| 御礼:公開講座「リーダーシップ・トレーニング」は定員に達しました。 |
厚かましさとうぬぼれと 2015/05/31 Sun 4585
前期高齢者ですから、必然的に四捨五入では、すでに「古稀」というわけです。そんなことから、浮き世にいるうちに自慢話を精一杯しておきたいという気持ちに駆られます。
じつは、先ごろ講演会でお話しした際に、ある方から「お久しぶりに先生のお話を聞きました」とお声をかけていただきました。まことに恐縮ながら、私自身はしっかり記憶がありませんでした。そこで、「それはそれは、ありがとうございます」とお礼を申し上げたのでした。それに対して「じつは先生のお話は何回かお聞きしたことがあるのです。その中でも「バンペイユ」のお話しはいまでもしっかり憶えています。今日もその話題が出るのかなあと思っていましたが、お話になりませんでしたね」と続けてこられたのでした。日本人がお土産をもらう際に、先方から「もの」を出されるまで気づかない態度を取る。それを私としては対人関係の在り方として考えるネタにしているわけです。そのときに引用するのが、八代特産の柑橘類である「晩白柚(バンペイユ)」なのです。この「晩白柚ネタ」はけっこう使っていましたが、もうよかろうとばかりお蔵入りさせていました。しかし、こうしたお話しをお聞きすると、「またぞろ復活」の気分になり、パワーポイントでバージョンアップに力を入れました。そして、このごろは「ちょいちょい」使うことがあるのです。
そして、ニューバージョンを入れた講演会が終わった際に、またある方からお声がかかりました。「先生、もう10年ぶりくらいにお話をお聞きしました。また『バンペイユ』のお話しは健在ですね」。これを聞いて、「やっぱり新ネタ出ないとまずいよなあ」と心の中でつぶやく私がいました。ところが、その方は「あの話、先がわかっているんですが、それでもおかしくて笑ってしまうんですよね」と楽しく言われたのです。
そこで私の「うぬぼれ精神」が刺激されることになるのでした。「そうなんだ。同じネタでもしっかり喜んでくださる方がいらっしゃるんだ。同じ演劇でも、また落語の名人芸だって、『同じ』でもちゃんと支持してくれる人たちがいる。私もそれを目指そうではないか」。とまあ、こんな雰囲気になっているわけでございます。ただし、そうは言いながら「同じでも違う」ことこそが「本物」への道だとは思っています。 |
生徒たちからのメッセージ(5) 2015/05/30 Sat 4584
学校の合唱コンクールにおける教職員の余興的合唱に対する生徒たちのメッセージの5回目です。いつもは夕刊ですが、たまには「本ちゃん」でご紹介しようと思います。なお、これまでタイトルを「生徒からの」としていましたが、その性格上「生徒たちから」とすべきでした。今後はこの「複数表現」を使用します。つまりは、まだまだ続くということです。
10)歌に合わせてののりがとても良かったと思います。校長先生の指揮も元気で楽しく、観客を明るい笑い声で楽しませてくれました。
会場に「笑い」が起きたことがわかる。「職員コーラス」は生徒たちのコーラスを審査する合間の余興ということである。それならとにかく楽しい方がいい。その目的は十分に達成されているようだ。
11)校長先生の指揮がとても楽しそうにやってらっしゃって、見ている方も楽しかったです。歌の方もとても上手で楽しめました。
「のりがよかった」だけでなく「歌もとても上手だった」という高い評価を受けている。職員たちは単なる余興を超えて、それなりのレベルで歌を唄ったのだろう。生徒たちからここまでほめられれば、誰だって嬉しくなる。
12)とても明るく楽しい曲で、聞いているほうも楽しくなりました。歌っている先生や指揮の校長先生、ピアノの□□先生もとても楽しそうにしていたので、表情が豊かでとても良かったです。
さらに「表情の豊かさ」までほめられた。歌う教職員、指揮を執る校長、そしてピアノを弾く教師という3つの役割をそれぞれ評価している。この生徒の表現力の「豊かさ」がすばらしい。
13)先生方の表情がすごく明るくて、楽しそうでした。また、校長先生の指揮は、去年より上達していたと思います。去年と同じように、楽しい曲だったので、聞いている私たちも楽しめました。
校長の指揮が「去年より上達していた」という。校長はこの日に備えてしっかり練習したのだろう。それをしっかり評価してくれるのだから、まあ「校長冥利に尽きる」の心境に違いない。 |
The サスペンス〝2つのミニレポート〟 2015/05/29 Fri 4583
授業の終わりに学生から「ミニレポート」をもらう。次の週には、その中から数点を選ぶ。質問や疑問点については解説をし、さらに興味深い意見をピックアップして、私なりのコメントを加える。また、これを出席チェックにも使う。そのことは最初の授業時に学生たちへ伝えている。
あるとき次のような内容のものがあった。「心理学は多大な実験を基に研究がなされていると知りました。また、身近なことからも人の心理について学べると知りました」。じつは、もう少し掘り下げて書いてほしいのだが、現実にはこのくらいのものがけっこうある。各授業後の「ミニレポート」だから多くを期待するわけにはいかない。もう1枚には「心理学はまだまだ奥が深く、これから学ぶことはたくさんあると感じた」と書かれていた。最初のものは2つの文から構成されていたが、こちらは1文の言いきりである。ミニレポートと言えども、ちゃんと評価はしておく。私の基準で厳密に評価すれば、こうした内容だと「D」にしたいところだが、ミニレポということでもあり、ゆるめに赤字で「C」をマークしている。
さて、話はこれからである。じつは、この「二人」の筆跡が「ほとんど同じ」、いや「完璧に同じ」なのである。こうなるとどうしても「二人」に連絡してみたくなる。まずは「学生A」に電話した。「ああ、A君?吉田です。今日あなたは私の授業に出てました?」。これに対して「はい」という返事が返ってきた。そこですかさず私は「ああ、そう。それじゃあ、君はB君のこと知ってる?」とたたみかけた。「はい」「あそう、ところで彼は授業に出てたかなあ…」。すでにA君は私が発した質問の意味を完璧に理解していた。そして、自分が「二人分」を書いたことを認めた。
その次の週からA君は授業に出てこなかった。すでに単位を取るのをあきらめたのである。一方のB君は何事もなかったかのように出席していた。「書いた方」は早々に単位を放棄したが、「書いてもらった方」はそうした行動を取らなかったのである。ただし、B君も最終的には出席回数不足でその学期を終えた。大学ではこんな「おもしろいサスペンス」を楽しみ、ささやかな興奮を感じることもできるのです。
ありがたや、ありがたや。 |
質素な本社 2015/05/28 Thu 4582
電機大手の3月決算は会社によって際だった違いを見せた。日立製作所・パナソニック・富士通・三菱電機・NECは純損益がプラスになった。これとは対照的に、ソニーとシャープはマイナスである。ソニーは赤字幅は縮小したものの1,259億円の赤字、シャープはそれよりも大きな2,223億円のマイナスである。売り上げ8兆円を超えるソニーよりも多い、2兆8千億程度の膨大な赤字である。「ソニー」と「シャープ」。この二つの社名を目の当たりにすると、やはりそれなり思いが浮かぶ。両者とも「フォロンティア」を走り続け、同時に夢を与えてくれた会社である。ソニーは次第に巨大化していったが、シャープは素人目にはそれほど大きくならずアイディア製品を生み出してきた。私はだからこそすばらしい会社だと大いに評価している。液晶の実用化もそうだし、それをビデオカメラに組み込んで、液晶ビューカムという、いまでは常識のシステムを開発した。あのソニーですら、「あんなものはやらない」と評価しなかったという話も聞いたりした。
そして、私が「いいなあ」と思っていたのが本社屋である。ときおりニュースでどこかの街角に建つ4階建ての社屋が映し出された。バブルの時期を中心に大きな会社は超高層のドデカイ本社ビルを競って建てていった。NECもソニーも、そして東芝も東京モノレールに向かって、その偉容を見せつけていた。そして私は半年ほど前にシャープの本社をしっかり見る機会に恵まれた。それは関空方面から天王寺に向かうJR阪和線の電車からである。やがて天王寺に到着というころ、左側の車窓に、あの「4階建て」の地味な本社が目に飛び込んできた。「ようやく見ることができた」。私は感動し、言いようのない興奮を覚えていた…。
いまシャープは存続の危機に直面している。私はソニーもさることながら、こうした厳しい状況をシャープが乗り越えてほしいと願っている。ただし、どうしてこうなったのか、その原因をしっかり追求しなくては再生の道はない。 |
「正直」こそが「基本」 2015/05/27 Wed 4581
倫理的な行動とは「そのため3日徹夜しても仕方ない」ものだという意見がありました。これを見たとき、私はその意味がすぐにはわかりませんでした。しかし、よく考えてみると、それは「問題があったら徹底してその解決に努力する」ことの重要性を訴えておられるのだろうと推測しました。何かが起きたとき、「このまま処理すれば問題はある。しかし、それを完全に解消するには時間がかかる。まあ、そこまでする必要はないだろう」といった対応に陥ってしまう危険性を指摘されているのでしょう。とくに「問題がある」ことははっきりしていても、現実にそれが起きたり、表面化する確率が「きわめて低い」といった場合に、こうした「問題解決回避行動」が起きやすくなるのです。とくに日ごろから「多忙」な仕事で疲弊しているようなときは、「問題」に気づいても、その解決策を考える力が失われている危険性も否定できません。
もちろん、「だから仕方がない」ではすまされません。一端、事故やトラブルが起きれば、その対応のために、それ以上の負担がかかってくるのです。本当に「3日徹夜」する必要があるかどうかは別にして、「この問題をクリアするまでは先に進まない」といった職場の雰囲気が欠かせない。そのことを、この方は言いたかったのだと思います。これに類似した回答に「正直な仕事の実施」というものがありました。じつに簡潔で「そのとおり」としか表現しようのない指摘ではありせんか。もちろん、「正直」とは何かと言った議論もいるのでしょうが、やはり「正直こそ基本」という当たり前のことが職場全体の常識になっていてほしいものです。 |
元祖の確認 2015/05/26 Tue 4580
海外からの観光客が増加しています。昨年は1,300万人に達したということです。政府はこの調子で2020年の東京オリンピックまでに2,000万人までいきたいと言います。人と人が直に関わることで相互理解は深まります。また国の財政にもプラスの効果があることは言うまでもありません。世界で最も外国人観光客が多いのはフランスです。数年前にパリに行ったことがありますが、とにかく外国人が溢れていました。有名なルーブル博物館の入場者は年間800万人を超えるというのです。入場料は10ユーロで、私が出かけた際の為替相場は1ユーロ100円でしたから、ちょうど1,000円だったのです。日本の映画がシニア1,100円ですから、2時間ほどの映画と同じわけです。そこでは「モナリザ」や「ミロのヴィーナス」を筆頭に、教科書や美術書に出てくる作品が所狭しと並んでいるのですからたまりません。ヨーロッパは日本よりも北にあって夜遅くまで明るいのです。そんなことでサマータイム制とも相まって、仕事が終わってから博物館などの施設にも行きやすいわけです。ともあれ、フランスでは観光も立派な収入の柱になっていることを実感しました。
さて、日本では「澁谷のスクランブル交差点」がトップクラスの観光スポットになっているということです。信号が青に変わった瞬間、まさに縦横無尽に群衆が衝突もしないで歩いていく。そこがポイントなんだそうです。そんな話を聴くものですから、私としては「スクランブル信号」の元祖が熊本であることを言っておかないといけない気分になったのです。それは1968年12月1日のことです。阿蘇を源として熊本市内を流れる白川にかかる子飼橋という橋があります。それを渡ってすぐにT字路があって、右に行けば熊本大学、左折すれば国道3号線に繋がるのですが、その交差点が「スクランブル元祖」なのです。こちらは歩行者が多くても50人を超えることはないと思いますから、「澁谷」と張り合う気持ちは毛頭ありません。ただ、とにかく「元祖」なんです。因みに、熊本県警のモデルはニューヨークの五番街だったそうです。 |
教育の力 2015/05/25 Mon 4579 Education is the most powerful weapon …
今日は南アフリカのNelson Mandela氏の言葉です。彼は1918年に生まれ、2013年12月に亡くなりました。享年95歳ですから、まさに天寿を全うしたというべきでしょう。しかし、その生涯は厳しい戦いが続いたのでした。人種隔離政策でとして知られるアパルトヘイトに反対する闘志として捕らえられ、27年間もの獄中生活を余儀なくされたのです。しかし歴史の大きな変動のなかで1989年に釈放され、その後は様々な活動を展開し、1993年には釈放時の白人大統領デクラーク氏とともにノーベル平和賞を授与されています。さらに翌1994年になって大統領に就任することになります。
その言が〝Education is the most powerful weapon which you can use to change the world.〟です。「教育は世界を変えるために使えるもっとも強力な武器である」。世の中には「戦略」や「戦術」といったことばは「戦争」を連想させるというので嫌がる人もいます。しかし、ある意味では「平和」を勝ち取るのも厳しい「戦い」なのです。マンデラさんもあえて「武器」という言葉を選んだのかもしれません。私は犯罪を防ぐにも「教育」の役割が大きいと言い続けてきました。殺人事件が1件起きても、その捜査があり、幸いにして犯人が捕まっても、裁判が必要で、さらに有罪になれば刑に服すことになります。これらに費やされる税金は膨大なものです。そんなことから、私は「教育は金になる」と、ちょっと聴くと乱暴に思えるような発言をしているのです。おやおや「世界を変える」という趣旨から脱線してしまいましたな。とにかく「教育」を軽んずる社会に未来はありません。いまの日本はそのあたりがどうも怪しくなってきました。 |
思わず、拍手 2015/05/24 Sun 4578
これまで、テレビを見ていて拍手をした記憶はありません。おそらく小学生のころ街頭テレビで相撲を見ていて、若乃花が勝ったときに周りの大人たちと拍手をしたかもしれません。あるいは、東京オリンピックの女子バレー決勝戦で日本がソ連に勝った際に、家族と拍手した可能性は否定しません。それは私が高校1年生のときですから、いまから51年前のことになります。そんな私がテレビのニュースを見ていて、「思わず拍手」してしまいました。
それはアメリカ発のものでした。もうかなり前になるようですが、ある一人の警官が殉職します。その葬儀では、その息子が父親愛用のジャンパーを身につけて見送ります。心から父親を尊敬していたのです。それから何年もの時間が経過して、父親が乗っていた警察車両がチャリティでオークションにかけられることになります。大人になった息子がこれを何としても手に入れたいと思うのは当然でした。そのために一所懸命に努力して1万2,000ドルほどを集めて入札に臨んだのでした。
しかし、世の中はそれほど甘くはありません。ある牧場主がそれを上回る金額で落札してしまうのです。何とも非情な仕打ちではありませんか。息子と母親のショックは計り知れないものがあります。
と、そのときです。車のキーを手にした牧場主は青年の前にやってきます。そして、「これは君のものだ」とキーを差し出したのです…。そこに「思わず拍手」した私がいました。アメリカ版「義理人情」の世界ではないですか。
もっとも、「青年と母親が知らないうちにストーリーができていたんじゃないか」。そんな見方をする人がいるかもしれません。まあ、そんな可能性だってあるにしても、そうそうシラけないで、「思わず拍手」だっていいんじゃないカナと思うのですが…。 |
人差し指キータッチ 2015/05/23 Sat 4577
いまや日本国中の職場の景色が一変している。とにかく全員の机上にコンピューターが置かれている。それは職位はもちろん、職種も問わない。ありとあらゆるところにコンピューターがある。つい先だって、「ルート66肩か」と疑われる自覚症状があったので病院に行った。私はこれまで「四十肩」も「五十肩」も無事に体験済みである。後者は相当期間続いた。おそらく1年くらいは左肩を上げると痛みがあった。しかし、不思議なことに「いつの間にか治るのである。まさに神秘なるかな人体ということだ。そして「六十肩」は免れるかと思いきや、何の何の、「ルート66世代」なのだから、いままで体の方が待ってくれていたのだった。ありがたや、ありがたや…。
さて、対面したお医者さんは私よりもかなりご年配なのだが、私に問診をされながらキーボードで入力されていく。その際に使われているのは両手の人差し指だけといった感じなのである。とても気さくな方で、カルテを見て「お久しぶり。あまり会わない方がいいよね」と声をかけてくださる雰囲気をおもちなのだ。そこで、こちらも「先生もキーボード、大変ですね」と気軽に言ってしまう。「うん、うん、これが大変なのよ」と人差し指が動く。いまや全国の病院が電子化されているから、超ご年配のお医者さんたちのなかには「人差し指」が痛くなる方も少なくないのではないか。まあ、余計な心配ではある。
ともあれ、すべての職場にコンピュータが入り、ディスプレイを見ない日はない。そんな状況が当たり前になったきた。そして、誰もがキーボードにまったく違和感を感じない時代なのである。そんなわけで、若者たちはこの世の中にタイプライターと呼ばれる文書作りの機器があったことを知らない。 |
反省して叱られる… 2015/05/22 Fri 4576
「倫理的行動」について尋ねた調査で、「失敗や違反をしたときには正直に反省し、怒られる」という回答がありました。なかなかおもしろい意見ですね。いつのことでしたか、「反省するだけなら猿でもできる」といったコピーのCMがありましたが、とにかく「反省」は大事です。それが同じ失敗を繰り返さないための必須条件です。ただし、その反省が本当に活かされるかどうかは、その後の経過を見なければわかりません。したがって「十分条件」でないことは明らかです。「わかってはいるけれどそれができない」「ついしてしまう…」。私たち人間は、このことばを繰り返してきました。ただ言うだけではなく、個々人、あるいはそれが集まった集団や社会の自覚と強い意志が必要なのです。
それと同時に、個人の場合は周りの状況や環境も重要な影響を与えます。たとえば「新入社員が同じような誤りを繰り返す」といった事象が起きるのであれば、その原因は個人ではなく環境側にあると考えるべきでしょう。こんなときに、「今どきの若い者は」と嘆くよりも、問題になる事態を引き起こす要因の発見と整備に時間を費やす方がはるかに効果が期待できるでしょう。
ここでは、最後に「怒られる」まで付け加えられているところが、またすばらしいではありませんか。この方にとっては、「怒られることを覚悟して正直に事実を伝える」ことが前提になっているからです。何かがあったとき、「正直に申告する」ことは大きな問題の発生を予防するために欠かせません。そうなると、それを聞いたリーダーの「怒り方」がきわめて大事になります。みんながいる前で大きな声を出して、個人の非難に終始する。これでは、「正直に申告する」気持ちが失せるのは当然です。しかも、そのマイナス効果は本人に止まるだけではありません。その状況を見ている仕事仲間たちにも「正直者は怒られる」というマイナスの心象を創り上げてしまうのです。 |
年齢人口✕投票率 2015/05/21 Thu 4575
まずは淡々と計算して参りましょう。有権者になる最初の20代ですが、その人口は13,320千人で、「明るい選挙推進協会」の投票率を掛け合わせると、5,051千人になります。同じ計算を続けていくと、30代では8,646千人、40代は10,494千人、そして50代は10,629千人が「投票した」ことになるわけです。さらに60代が13,826千人と増え続けますが、70代になると1,0096千人へと減少します。これは60代に団塊の世代が入っていることと、さすがに70代になると絶対数が減っていくからだと思われます。これ以上の計算は意味があるかどうかわかりませんが、とりあえず80代以上で見積もってみると、4,298千人くらいになるでしょう。ここで、おおよその投票者数が出ましたので、その全体に占める年齢段階の別のパーセントを出しみましたが、その結果は相当に衝撃的です。
まずは20代ですが投票した人の数は、何と全体の8.01%なのです。たった8%の影響力しか与えていないのです。そして、30代は13.71%、40代16.65%、50代16.86%、60代21.93%と上昇し、70代でも16.02%に当たります。あえて80代以上も計算してみると6.82%になりました。この結果からどんなことが言えるでしょうか。①20代と30代を合わせても21%の人間が投票しているに過ぎない。②それは60代の投票者数とほぼ同じ。③60代以上を合算すると、44.7%に達し、全投票者のほぼ半分が「その年代」の「意思表示」をしている。そして、ここからは私の主観が多分に入りますが、④今後30年先のことに「責任を負えない」世代が政治の意思決定に強力な影響をおよぼしている。⑤「将来に責任を負えない」ことを自覚しているかどうかは措くとして、そうした世代は「目先」の利害関係で行動しやすくなる。あるいは誘導されやすくなる。⑥もう、これ以上は言いません。こんなことでいいいのか。「それでは絶対にいけない」と、「30年先」、いやいや、「もう15年先」ですら責任が持てそうにない前期高齢者の私は思うのです! |
昼出し夕刊③:生徒からのメッセージ(4) 2015/05/20 Wed
4574 Continued from
5/4
全校のコーラス大会で審査中の余興として教員たちが合唱したことに対する生徒たちのメッセージの続きです。
7)今年は、昨年よりも歌っていらっしゃらない先生がいらっしゃったので、来年はぜひ、全員での合唱が聞きたいです。校長先生は昨年よりもリズムを保つ指揮ができていて、皆おどろいていました。来年も頑張ってください。職員コーラスを来年も楽しみにしています!
生徒の目から見ると「手抜き」している先生がいたということだろう。なかなか厳しい。「いらっしゃらない」を重ねて、とにかく丁寧に伝えようという気持ちが伝わってくる。教師は翌年に期待しているという「頑張れメッセージ」に応えないといけない。
8)先日の合唱はとてもおもしろかったです。とくに校長先生の指揮は去年よりさらに磨きがかかったようでした。また来年も楽しみにしています。
校長の指揮のレベルが向上したのだろうか。「さらに」という表現から、前年も「まあ、まあ」だったと見ていることが窺われる。
9)歌、すごくおもしろかったです!!!みんなの手拍子で歌詞はよく聞こえなかったんですが、「人生はすばらしい」と思いました。歌のとおり、「こころは若い」人だからこれからも私たち生徒と一緒にがんばりましょう!!!
教員たちの歌った曲は「こころは若い」だったのだ。歌詞が聴き取りにくくても「人生はすばらしい」と感じてくれるのだから、教師という職はありがたいものである。自分たちと「一緒にがんばりましょう」と後押しまでしてくれている。
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年代別投票率 2015/05/20 Wed 4573
熊本県明るい選挙推進協議会前会長たる私としましては、いまでも選挙は気になるものです。大阪市の住民投票は選挙ではありませんでしたが、やはりいろいろと考えるところがございましたね。さて、私の手元に総務省統計局の年齢別人口を表にしたものがあります。そのなかでも、5歳刻みのものが私の興味をそそります。もう一つ、公益財団法人「明るい選挙推進協会」の投票率に関するデータがあります。これは2012年12月16日に行われた第46回衆議院選挙の投票率を年代別に整理したものです。データは全国の49,214投票区の中から188投票区(47都道府県×4投票区)を抽出し、そこでの男女別と年齢別の投票率を調査したものです。この二つのデータを付き合わせてみると、じつにおもしろい数値が目に見えてきます。時期を合わせるために、総務省のデータも2012年のものを採用しました。
それぞれのデータは、お際から5歳刻みで、最高は「100歳以上」になっています。そこで、年齢段階別に、「人口」✕「投票率」=「投票した人の数」という式が成り立ちます。まずは人口を見ますと、20代の人口は13,320千人です。その上の30代が17,253千人、40代は17,674千人と増加しています。これが50代になると15,632千人に減少しますが、60代は18,450千人で盛り返します。そして、70代になると13,649千人まで減っています。これは60代に団塊の世代が入っていることを踏まえると頷ける数値です。そしてさすがに70代になると絶対数が減っていくわけです。そして、80歳以上の合計は8,939千人です。この年の統計によれば、100歳以上が5万1千人になっています。この数値には、年金詐欺の幽霊高齢者は含まれていませんよね…。
さて、この人口に「明るい選挙推進協会」が行った「投票率」結果を掛け合わせるとどうなるでしょう。 |
趣味考 2015/05/19 Tue 4572
私の趣味は「仕事」です。そのことだけで、自分がどんなに恵まれた人生を送っているか、十二分に理解しているつもりでいます。とにかくおもしろいのですから、これを趣味と言わないわけにはいきません。ただし、それだけ好きなことをさせてもらっていることを自覚し、感謝し続けなければいけません。このコラムをお読みいただいている皆さまには笑われるかもしれませんが、「味な話の素」を書くのも、私にとっては「仕事」であり、「趣味」なのです。たとえば、仕事に関わるアイディアが頭に浮かびます。それが直ちに研究や論文に結びつくなんてことはあり得ません。それを温めているうちに、熟成されて実用できるものに育っていくのです。そこでメモにしたり、ノートにまとめたりするのが基本的な流れになっていました。私にとっては、それが「味な話の素」になるのです。たとえば、今月6日の「早朝夕刊」に「釣り鐘モデル」なるものについて書きました。これは、組織における「事故」や「不祥事」を防止するためのモデルとして頭に描いているものです。これからその詳細を煮詰めていくのですが、私としてはこのコラムで成長させたいと思うわけです。それがしっかりしたものになれば、ちゃんとしたものにまとめることになります。
こうしたことで、「味な話の素」も、私の仕事と直結しているのです。しかも、多くの方に読んでいただけるのですから、これ以上に嬉しいことはありません。私はずっとOHPを使っていましたが、いつのころからかパワーポイントに変わりました。このパワーポイントがまたすばらしいわけです。講義や講演、研究発表のためにスライドを1枚ずつ創っていくことそのものが、楽しくおもしろいわけです。これに加えて、自分のアイディアを含めて「味な話の素」で発信できるのです。もう文句の付けようがありません。 |
リスクを取る勇気 2015/05/18 Mon 4571
He who is not courageous enough
to take risks
will…
私たちの世代でモハメド・アリを知らない人は少ないと思います。ボクシング世界ヘビーの元とチャンピオンです。当初はカシアス・クレイとして活動し、1960年のローマオリンピックでライトヘビー級の金メダルをゲットしています。その後プロに転向し、イスラムへの改宗にあわせてモハメド・アリに改名したのです。そのため、彼のことを〝モハメド・アリ〟と呼ぶ人の方が多いと思います。
ところで、彼の「言動」はきわめて刺激的・挑発的でいつも話題になっていました。そうしたなかで、アントニオ猪木との「格闘技世界一決定戦」は大いに沸いたものでした。それは1976年6月26日に日本武道館で行われ、テレビ中継の視聴率は38.8%だったそうです。よりによって、放送時間帯に三隅先生が中州で勉強会を開催されたのです。その際の発表者の方と内容はしっかり記憶にありますが、もちろん伏せておきます。私は院生でしたが、みんな「なんでこんなときに勉強会なんかするんやろー」と大いに嘆いたものでした。三隅先生は世俗のことにはとんと無頓着でいらっしゃったのです。はい。
さて、今回はモハメド・アリの〝He
who is not courageous enough to take risks will accomplish nothing in
life.〟です。「リスクを取る勇気がないものは、人生において何も成し遂げることができない」。短い一文ですが、人生にとって大事な教訓になっていますよね。その大小を問わなければ、私たちは毎日「リスク」と直面しながら意思決定をしているわけです。そして、リスクに挑戦して失敗することもあります。そのときに、それを次のエネルギーに転換していくことが充実した人生にとって大きな力になるはずです。
歴史に残るチャンピオンのアリもすでに73歳、現役時代に受けたダメージが原因でパーキンソン病と戦っています。 |
孫のコミュニケーション力 2015/05/17 Sun
4570
小学生の孫が「あやとり手品」にはまっている。小学校で流行っているのだろう。昔の子どもであれば、毛糸を使って一度は体験したことがあるのではないか。先日、家内がその一つを教わって帰ってきた。それが気に入って翌朝になってトライしてみると今ひとつうまくいかない。つまりはよく憶えていないのである。そこで孫に電話で聴いてみようという。私は内心、「そりゃあむずかしかろう」と思った。「あやとり」のような、指とひもの関係を電話なんぞで正確に伝えるのは至難の技だと決めつけたのである。しかし、家内はすでにダイヤルをしていた。いや正確には電話のボタンを押していた。
そこで私としては「お手並み拝見」、正確には「拝聴」となった。ところが、あに図らんや、電話による会話はスムーズに展開していくではないか。そして、とうとう「ありがとう、よくわかった」という家内の、つまりはおばあちゃんのお礼の言葉で電話は終わったのである。家内によれば、微妙なところもわかりやすく教えてくれたという。「(孫)中指にかかった糸を親指で取って…」「(おばあちゃん)中指には糸が二本かかってるよね。そのどっちなの…」「(孫)手前にかかっている糸の方を親指でとって…」。こんな具合で、それからも細かい「指導」が続いていったわけだ。孫は小学三年生である。この年齢の教育心理学的な平均的発達段階についてはよく知らない。しかしこうした具体的な手の運動についての情報を、視覚が使えない状況の下で「ことばのみ」で伝えることができるのに感心した。
これもまた「じいちゃんバカ」の典型例カナとは思うが、改めて孫の成長に目が細くなっ私だった。 |
駅前物語(6) 2015/05/16 Sat 4569
私の「自虐的:熊本駅物語」に対して、いつもご愛読いただいている大先輩からメールをいただきました。
「先日来の熊本駅物語を興味深く拝読。私の小学校時代を過ごした愛する山口駅は殆ど戦時中のままの木造。日本の県庁所在地では最も小さい筈。かって昭和30年代各地に新しい大学が生まれた頃、山口大学学長が講演で『山口大学は決して駅弁大学に非ず』と言いました。山口駅は小さく駅弁は現在も売っていません。しかし昔から『西の京』と言われた音のない魅力溢れる街です。山陽本線も通らず新山口から山口線で20分。□□(署名)」。
まずは、お書きいただいた内容の事実関係についてお断りがございました。それは山口大学長が上記のような発言をされたかどうかは未確認だということです。ただ、先輩としてはそうした発言があったというエピソードをどこかで聞かれたのだと思います。ともあれ、学長がそうした発言をしたのであればすばらしいことです。また、それが脚色されたものであったとしても、当時の学長がそうした発言をされる雰囲気をお持ちだったのでしょう。これもまた賞賛すべきことではありませんか。
いずれにしても、私の「自虐的物語」の根底に、「現代化」「近代化」への一方的な信奉があるのを見抜かれたのだと思います。こうした貴重な情報も受け止めながら、もうしばらくは「物語」を続けていくことになるでしょう。感謝。
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駅前物語(5) 2015/05/15 Fri 4568 Continued
from 3/26
北陸新幹線が開業してから初めてのゴールデンウイークで大いににぎわっていた。私はけっこう北陸に出かけている。はじめて金沢に行ったのは1979年10月である。この時は熊本大学に赴任してまだ二週間だった。この年の4月に熊本大学教育学部附属教育工学センターが開設され、その専任教員として年度半ばの10月1日付けで採用されたのだった。大学に出勤すると、初代センター長でいらっしゃった吉良偀先生から「あなたが来るのを待っていました。さっそくですが金沢で開催される協議会に出席してください。手続きはとっています」と言われた。これにはいささか驚いたが、すでに私の出張が決まっていたのである。そのころ金沢大学は金沢城内にあり、すばらしい雰囲気の学舎だった。宿泊先は厚生年金会館だったこともしっかり記憶している。円形のユニークな形をしていた記憶があるが、その後は北陸電力が引き取ってコンサートホールとして存続しているという。年金に関しては様々な問題が噴出し、全国にあった厚生年金会館もクローズされていった。当然のように熊本にも会館があり、昼食のレインボーランチはなかなかのものだった。私もときおり来客があるとお連れした。しかし、それも時の流れのなかで敢えなく閉館となり、その跡地はマンションに変わってしまった。
それからも、大学の仕事以外で何回か金沢に出かけていた。そんなことから、「旧金沢駅」についても、しっかりと記憶に残っている。そして、この数年は「リーダーシップ・トレーニング」で毎年のように出かけている。そうだからこそ、金沢駅と熊本駅の違いがしっかりわかる。そして、いつも金沢駅の迫力に圧倒されることで、自虐的「熊本駅物語」が続いているのである。 |
妖怪はお元気か? 2015/05/14 Thu 4567
さすがに中曽根康弘元首相もこのごろは見なくなったと思っていたら、何のその元気な姿がニュースで流れたのだった。たしかに言葉に少しばかり引っかかりがあったが、96歳としてはかなりの「妖怪ぶり」だった。その中曽根氏を見たとき、「そう言えばあの人はどうしているんだろう」と頭に浮かんだ人物がいる。竹村健一氏である。この人も私の目には、相当程度の「妖怪」として写っていた。生まれたのは1930年だから、今年85歳である。
特徴のある関西弁を使いながら、大物と対談する「竹村健一の世相を斬る」はフジテレビ系で1979年10月から1992年3月までのロングラン番組になった。竹村氏はその後続としてはじまった報道番組にも2008年までコメンテーターとして出演していた。それまで「竹村の」を冠にしていた番組とは違って脇役的存在に押しやられ、影が薄くなった感があった。そしてこの番組を降板した後はほとんど見なくなった。そこで、「あの元気な妖怪はどうしているのだろうか」という思いになったのである。一時期は「飛ぶ鳥を落とす勢い」とはこの人物のためにあるのかというほどのすさまじさだった。フルブライト奨学生の第1号だそうで、アメリカの政治家ともけっこうコンタクトが取れたようだった。「竹村式関西弁的英語(私の定義)」もなかなか興味深かった。その当時、1回の講演料が100万円とも言われていた。そして講演会で「私の話はこの方がまとまっていてよくわかる」と言って過去に行った講演の録音テープを流して聴衆を唖然とさせた…。この話、私は竹村氏の豪快さを示すエピソードとして1回だけ聞いたことがあるが、さすがにそれはないだろうと思っている。大物にはこうした噂というか、デマに違いものがつきまとうものだ。その方がひどくおもしろいからである。「それほど豪傑=妖怪」という評価にもなれば、「とんでもない人物だ」という非難にもなる。ご本人は口述を録音してそれを本にして出したというから、講演録音を原稿にしたこともあるだろう。こうしたことが、「講演で話をしないで録音を聴かせた」という「エピソード」に仕上がったのではないか。その真偽は確認しようもないが、そこがまさに「妖怪」の所以というべきだろう。何せ「妖怪」なのだから、少しばかり妙なことを言われても、ご本人は笑って聞き過ごすに違いない。 |
土光敏夫氏も妖怪? 2015/05/13 Wed 4566 Continued from
5/09
中曽根氏は5年間に亘って総理大臣の座にあった。日本専売公社(現日本たばこ)・日本国有鉄道(同JR)・日本電電公社(同NTT))を民営化したのも中曽根内閣の時代である。これは「増税なき財政再建」を旗印に中曽根氏の前任鈴木善幸内閣時代に設置された「土光臨調」の「三公社民営化」提言を実施したものだ。会長の土光敏夫氏は、石川島重工業・石川島播磨重工業社長、東芝社長などを歴任し、経団連の会長に就任した経済界の大物である。土光氏は1896年の生まれで、臨調会長に就任した際はすでに80歳を超えていた。
その質素な生活ぶりはとくにNHK特集「85歳の執念 行革の顔 土光敏夫」で広く世に知られることになった。そのなかでも、妻と二人で摂る夕食の光景は衝撃的ですらあった。それは「メザシ」に「菜っ葉」、そして「味噌汁」と「玄米」というメニューだったのである。そのころの日本と言えば、経済は右肩上がりの勢いが衰えず、海外からも「21世紀は日本の世紀」だともてはやされていた時代である。私もこの番組を見た。そのときは「立派だとは思うが、世の中には『メザシしか食べられない人』もいる。土光氏の場合は『メザシも選択できる』違いがあるのではないか」などと、やや斜に構えた見方をしていたことを思い出す。おやおや、「妖怪中曽根康弘」物語が、土光敏夫氏の話に嵌まり込んでしまった。まあ、土光氏も立派な「昭和の妖怪」の資格十分の大人物である。
さて中曽根氏は総理大臣退任後も幅広い活動を続けていたから、エピソードを挙げていくと切りがない。そもそもが「保守」であり、「改憲論者」としても知られていた。また「日本列島を不沈空母にする」「メリカの知的水準は低い」などに代表される発言が問題にされたりもした。とにかく「妖怪」であるから、その評価はいまでも大いに分かれるところである。 |
今月の写真② 2015/05/12 Tue 4565
今月の写真、もう1枚はどなたが見てもおわかりですね。こちらも新緑の熊本城です。夏目漱石が熊本の五高に赴任し、高台の新坂から街を見渡したとき、「熊本は森の都だ」と言ったのだそうです。漱石は松山の「坊ちゃん」が有名ですが、熊本にゆかりのある人物でもあり、ここで5年間を過ごしています。あの「草枕」は熊本を舞台にしたその代表的なものです。また、「三四郎」も熊本の高等学校を卒業して上京するわけです。さらに、「二百十日」は阿蘇山が舞台になっています。その漱石来熊は1896年ですから、来年が120年になるわけです。そこでいろいろなイベントも企画されています。
さて、熊本城の写真も「森の都」ぶりを十分に発揮しています。ほんの少しばかり「上から目線」になっています。これは熊本市役所14階からの眺めです。この階はホールとレストランがあるのですが、いつでも一般人が昇ることができます。この方向から熊本駅方面も見ることができます。さらに反対側へ行くと、熊本市の商店街からずっと南の方向もしっかり眺めることができるのです。もちろん、東の方ですが、遠くには阿蘇山の姿を楽しめます。最近は噴火活動が盛んで、上空まで噴煙が昇っていることが多くなっています。わたしもつい先だって阿蘇に行きましたが、帰宅してみるとうっすらと灰をかぶっていました。箱根もそうですが、日本国中で火山の動きが気になるところです。 |
真の友情とは… 2015/05/11 Mon 4564
One of the most beautiful qualities of true friendship is to
understand…
人間は一人で生きていくことはできません。一般的には、人生は親兄弟を含めた血縁との関わりからはじまります。ただ、熊本の慈恵病院にある「こうのとりのゆりかご」に置かれる赤ん坊たちはその典型ですが、そうでない人生をスタートさせる子どもたちもいます。こうしたケースについても社会でしっかり考えていくことが必要になります。いずれにしても、時間の経過とともに子どもたちは社会と接触をはじめ、様々な人と関わるようになります。文字通り「社会化」が進むのです。そうしたなかで、友だちができます。そして子どものころの出会いが一生に渡って続くこともあります。自分が信頼できる友人を持つことは、充実した人生を送るために欠かせないものです。
人間は「一人でも自分を理解してくれる人がいれば強くなれる」。これは私が「グループ・ダイナミックス」の授業で学生たちに伝えているメッセージの一つです。もうずいぶん前のことになりますが、この言い回しが印象的だったと授業後の感想に書いてくれた学生がいました。ここには「友情(フレンドシップ)」の大事さも含まれています。
さて、今日の一言は、〝One
of the most beautiful qualities of true friendship is to understand and to be
understood.〟です。これは、Lucius Annaeus Seneca
のものです。英語表記だとわかりにくのですが、ローマ帝国のユリウス・クラウディウス朝時代に生きたセネカと言えば、「知ってる」とか「聞いたことがあるなあ」という方もいらっしゃると思います。ストア派の哲学者で、第5代ローマ皇帝ネロの幼少期に家庭教師をしたといいます。紀元前1年頃の生まれで、
65年に亡くなっていますから、あの世に逝ったのがいまの私くらいになります。
さて、その言は「眞の友情の最も美しい特性の一つは、自分が相手を理解し、また相手が自分を理解してくれることである」。当然と言えば当然のことですが、友情に限らず、良好な関係は「相互理解」がなければ成立しません。そのためには、お互いに「理解してもらえる」行動をとることも、また重要な要素になるわけです。 |
今月の写真① 2015/05/10 Sun 4563
今月は新緑の熊本にしました。緑に囲まれた海が見えるのは、天草の松島です。右側遠くに四号橋が小さく写っています。天草の島が5つの橋で結ばれたのは1966年でした。その道路はご当地の真珠養殖に因んで「天草パールライン」と呼ばれることになります。表紙の写真は最後の五号橋に立って松島を眺めながらシャッターを切りました。「松島」と言えば、宮城県の松島がダントツで知られています。しかし、ここも「日本三大松島」として、「天草松島」として挙げられているのです。もう一つ長崎県の「九十九島」です。ここは「松島」の呼称はついていませんが、西海橋を含めて島々が美しさを競っています。私は子どものころから「九十九島せんペイ」が大好きです。ピーナツをちりばめて、その香りとサクサク感はたまりません。そもそも「松島」は松の茂った島のことでしょうから、それらがたくさん集まってすばらしい景観になっていればいいわけです。その点では「九十九島」も立派な「松島」です。ただし、「日本三大〇〇」と言った表現は、公的に認定されたものではないとのことです。その点では、「先に言ったモン勝ち」的なところがあるわけですが、まあいいじゃないですか。とにかく「天草松島」は「日本の「三大松島」なのです。
ところで、「松島や、ああ松島や、松島や」という一句は有名です。これを「奥の細道」の作者である松尾芭蕉の作だと思っている人がけっこう多いのではないでしょうか。しかし原作者は江戸時代の狂歌師田原坊の作なのです。仙台藩の「松島図誌」に「松嶋やさて松嶋や松嶋や」が記載されていることから、その点ははっきりしています。芭蕉の偉大さに、「松嶋の一句」も彼の作にしたいという気持ちが先走ったのでしょうか。世の中にはこうした「思い込み」「常識」が少なくありません。えっ、「田原坊の作だったことはとうの昔から知ってたぞーっ」ですって!それは、それは、失礼いたしました。 |
パフォーマー総理大臣 2015/05/09 Sat 4562
中曽根康弘氏は、1982年に題71代内閣総理大臣に就任した。それから1987年までの5年間、第72代、第73代まで政権を維持した。そもそもは人数の少ない派閥に所属していたため、総理大臣になる際にも高度なパワー戦略が求められた。中曽根氏は「政界の風見鶏」と揶揄されたりもした。つまりは、大勢の風向きを敏感に察知しながら、うまくその方向に体を合わせることが必要でもあったわけだ。しかし、一般人から見ると、ご本人は「風見鶏評」をコレッポッチも気にしているようには見えなかった。これも「妖怪」たる所以か。
その「パワー」は総理大臣になるときに示された。その当時、ロッキード事件で政界の表舞台から降りていた田中角栄元総理大臣が隠然たる力を誇示していた。田中氏の意向で総理大臣も決まると言われたほどで、マスコミは彼のことを「闇将軍」と呼んでいた。中曽根氏もそのバックアップで総理大臣になったと言われた。そんなこともあって、やれ「田中曽根内閣」だの、「角影内閣」、さらには「直角内閣」などといった活字が新聞紙面にも踊った。
しかし、総理大臣に就任してからは、「持ち前の実行力(?)」を発揮し、かなり「目立った」総理大臣になった。サミットの写真撮影では、アメリカのレーガン大統領やイギリスのサッチャー首相の隣の位置、つまりは「真ん中」を「確保する」といったパフォーマンスもした。英語の実力は知るよしもないが、けっこうにこやかに言葉を交わしている場面も演出した。
その一方で、「日本列島を不沈空母にする」とか、「アメリカの知的水準は低い」といった発言などが大きな問題になったりもした。
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妖怪ウォッチ 2015/05/08 Fri 4561
いま、「妖怪」ブームのようである。子どもたちの間にはアニメの「妖怪ウォッチ」が大人気で、わが孫たちもテーマソングが流れると軽快に踊り出す。孫たちの幼稚園と小学校でも、これがダンスとして採用されていた。幼稚園の運動会では、小学生のお兄ちゃんが「場外」でリズミカルに踊っているのを見て笑ってしまった。身びいきもいいところだが、とにかく「上手」なのである。
もっとも、ここではアニメではなく実在の「妖怪」物語である。いや、正確には「妖怪」と呼ばれる人物の話題だ。そもそも「妖怪」とは、「日常の経験や理解を超えた不思議な存在や現象。山姥・天狗・一つ目小僧・海坊主・河童・雪女など。ばけもの」とされる(大辞林
第三版)。これを人物に当てはめるのだから、きわめて非礼な扱いということになりそうだ。しかし、その一方で、「きわめて突出した人物」である意味合いも込められている。ただし、一般人には「得体が知れない」部分もあることから、「妖怪」となるわけだ。そこで、ご本人たちには「妖怪」と呼ばれることは「名誉だ」と受け止めていただきたい。今回は私が「昭和の妖怪」だと考える二人の人物を取り上げる。
まずは、その一人目である。つい最近、ふと、「あの人もこのごろはさすがに見なくなったなあ」と思った人物がいた。ところが、1週間ほど前のこと、その思いに答えるかのように、ニュース報道でその「健在ぶり」を目の当たりにしたのである。その人物とは元総理大臣の中曽根康弘氏である。彼は1918年生まれで、今月末には97歳になる。私の父が1917年だからほとんど同年だが、すでに23年前に他界した。これに対して、テレビに映った中曽根氏は、ほんの少しだけ滑舌に難がある部分もあったが、全体としては「元気そのもの」という感じだった。まさに、「妖怪健在なり」なのである。 |
貧乏揺すりの心理学 2015/05/07 Thu 4560
先日、博多駅で電車を待っていたとき、「半端でない『貧乏ゆすりマン』」に出会って感動した。ほんの少しばかり両足の振動幅は異なっていたが、それが微妙にタイミングよく上下に揺れているのである。正確には、その揺れは多少ながら横にも拡散していたと思う。まことに残念ながら、私の目はそれほど精密な測定能力を持ち合わせないので、ここは推測で我慢するしかない。さらに興味深いのは、そのことをご本人が意識していないように見えたことである。もちろん、彼のところへ行って、「かなりけっこうな『貧乏ゆすり』を実践されていますが、それは意識的になさっておられるのですか」などというぶしつけこのうえない質問などしてはいけないのである。
そこで「貧乏ゆすり」なるものをネットで探索してみた。結論を先に言えば、そのメカニズムは十分に解明されていない。ただし、「足のむくみの解消」から「ストレス解消」、「集中力向上」、さらには何と「エコノミー症候群予防」まで挙げて、「健康ゆすり」と呼ぶべきだとの意見まであるのだから驚いてしまった。まさに「貧乏ゆすり礼賛」である。
呼称の由来についてもいろいろあって、「貧乏人が寒さに震える様子」「江戸時代に足をゆすると貧乏神に取り付かれるといわれていた」「貧乏人がせかせか動いているように見える」などなど、諸説紛々である(ウィキペディア)。いずれにしても、現代の大勢としては「行儀が悪い」といって止めさせない方がいいという結論のようだ。
ところで、今年度から常勤の従業員に対してストレスチェックの実施が義務づけられる。事業者はこれに対応しなければならない。クールビズが当たり前になったように、ストレス低減のために、「朝から職場で『貧乏ゆすり』運動」を展開することを推奨したくなった。
もうずいぶんと以前から「テクノストレス」という言葉が使われている。ネット依存症も深刻化する一方である。「ストレス解消」のつもりが「依存症」を引き起こす可能性を高めるのだと思う。かくして、スマートフォンが使えない状況で手ぶらになったときも、人差し指が左右に震えて自分の意志では止めることができなくなる。そして、街角の信号待ちの人々が、みんな手を震わせている光景が普通になる日が間近に迫っているのではないか。 |
早朝夕刊②:釣り鐘モデル 2015/05/06 Wed 4559
これは予告です。いま私は、「組織の安全」あるいは「リスクマネジメント」を考えていくにあたって、「釣り鐘モデル」なるものを提案しようとイメージしています。
お寺でお坊さんが「ゴーン」と鳴らすあの釣り鐘のことです。釣り鐘もむずかしくいえば、梵鐘ですね。基本的には、人を招集するとき、朝夕の時刻を知らせるときに使用するものとされています。大晦日の「除夜の鐘」は誰もが知っています。これは「ゴーン」と108回も鳴らすのです。この回数については、子どものころから、「人間の煩悩」が108個あって、それを「ゴーン」で取り除くのだと聞いていました。だから、「煩悩」というむずかしい言葉の意味が、「人間の心身の苦しみを生みだす精神のはたらき。肉体や心の欲望,他者への怒り,仮の実在への執着など(大辞林)」であることも、子どもなりに理解していました。
ところが、これにはいくつかの説があって、最も知られているのが「煩悩説」だというのです。日本大百科全書(ニッポニカ)によれば、「一年間」の意味もあるんですね。これは、「十二ヶ月」「二十四節気」「七十二候」の足し算説で、合わせると108になります。さらに、「四苦八苦説」も加わります。それによれば、「四×九+八×九=108」ということになります。しかも「格別にどれが正しいということはないが一般には煩悩説が有名である」というのが結論のようですよ。
「それが『安全』や『リスク』とどんな関係があるのかい」と疑問に思われると思います。そうです、いつものように、これから「長い物語」のはじまりです。今日は「予告」ですし、「夕刊」でもありますから、これでおしまいです。はい。 |
「うーん」「ウーン」「うーん」… 2015/05/06 Wed 4558
正確には「シャンパンタワー」か「シャンパンシャワー」かは知らないが、この「遊び」に「50万円だの100万円だの」の対価を支払うらしい。それも「ホストクラブ」の定番メニューのようだ。そうなると、基本的には若い男性を相手に、おそらくはご婦人方が万円札をだすわけだ。こんなときに、硬貨や1000円札と5000円札の組み合わせなんてことはあり得ない。それでは「喜劇」になる。いずれにしても、これが事実であれば、私は「うーん」と唸るしかない。もっと他のことでお金を使えないものかと思う。
事件に関わったグループが捕まってニュースバリューがなくなったのだろう。先月の生き埋め事件の情報は流れなくなった。トラブルで殺害されたとされる18歳の女性のメールのやりとりのなかに、「シャンパンタワー」に「50万円か100万円払った」というやりとりが残っていたというのである。これが事実なのか、仲間内の冗談なのかは知りようがない。しかし、18歳の未成年が「50万円」とか「100万円」といった話をすること自体、私の想像力を超えている。どこからそんなお金が手に入るのか。あるいは、そうした金の貸し借りが今回の事件を引き起こしたのかもしれない。それならそれで、未成年同士でそんな大金の貸し借りがどうしてできるのかということにある。こうなると、高齢者は迷宮のなかをさまようしかないのである。
ついでながら、院生から「ドンベリ」という「新語」を教わった。それはフランス製のシャンパンで正確にはドン・ペリニヨンという銘柄だそうな。これがホストクラブなんぞでは5万円とか10万円にもなったりするらしい。「うーん」「ウーン」「うーん」。もう、飽きるまで唸り続けていくしかない…。 |
高齢者向けコメディ 2015/05/05 Tue 4557
映画「龍三と七人の子分たち」を観た。連休中とはいうものの、朝一であれば空いているだろうと思って9時過ぎに出かけた。ところがチケット売り場にはけっこうな行列ができていた。この状況は計算済みで、いつものようにネットで予約していたから、会員カードを機械に通せば並ばずにチケットをゲットできるのである。それはともあれ、客が多いのは若者や子供向けの映画が公開されているからだろうと思った。ところが、わが映画のスクリーンに入ったところ、予想以上に混んでいた。私が予約していた席の両隣にも人がいた。これはかなり珍しいことである。もちろん、映画の内容から推測できると思うが、私と同じ年頃の人たちが大半だった。映画が終わって帰る際に、中学生くらいの子どもがいたのが目についた。
さて、「龍三と七人の子分たち」は、主人公の元やくざたちが「正義の味方(?)」になって、犯罪集団と対峙する物語である。やくざを演じる俳優の平均年齢が72歳だという。わが国の高齢者は全人口の25%に達した。なんと全国民の4人に1人が年寄りなのである。そんなことで、元気な老人は社会に貢献する必要がある。もちろん、若い人の仕事を奪ってはまずいから、自分の立ち位置もわきまえて役割を果たしていかなければならない。
ところで、この映画には暴力的なシーンもあり、かなりきわどいセリフも含まれていた。そうした流れのなかで、映画のエンディングロールの最後になって目を見張った。そしてすぐに笑ってしまった。スクリーンに「助成:文化庁文化芸術振興費補助金」の文字が飛び込んできたからである。その瞬間に、三席ほど右側の男性も「おーっ、文化庁かぁ」と小声で叫んだ(?)。私と同じ気持ちだったのだろうと推測した。いかにも楽しいお話である。最後に「落ち」まで付けた、現代社会を風刺したコメディである。 |
早出し夕刊①:生徒からのメッセージ(3) 2015/05/04 Mon
4556 Continued from
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全校のコーラス大会で審査中の余興として教員たちが合唱したことに対する生徒たちのメッセージの3回目です。
4)毎年、すばらしく、おもしろく、舞台の上を盛り上げてくれます。校長先生の指揮もよかったし、先生方のおそろいの赤いリボンもとてもかわいくキメていました。来年も期待しているので、生徒の上をいく、きれいな歌声をまた聴かせて下さい。そしてまた盛り上げてください。
校長をはじめ全職員がおそろいの赤いリボンを付けていたようです。生徒たちに喜んでもらおうと準備したのでしょう。
5)昨年を増す、すばらしい歌だったと思います。ちょうネクタイも皆さん似合っていて、ユーモアたっぷりだったと思います。来年も、ちょうネクタイと今年の歌に勝るものが見れる事を願っています。
ここにきて、「赤いリボン」なるものが、「ちょうネクタイ」だった可能性が高まってきましたね。いずれにしても、それが生徒たちに与えたインパクトはけっこう大きかったようです。
6)とてもおもしろかったです。あの赤いちょうネクタイもすごくみなさんにあっていました。来年も期待しています。
これで「赤いちょうネクタイ」は確定でしょう。早くも来年への期待が表明されているのですから、先生たちもやる気が出ますよね。子どもも大人も、もちろん先生たちだって、褒められれば意欲が高まるのは当然です。 |
気持ちがしっかりしていれば… 2015/05/04 Mon 4555 Failure will
never overtake me
…
私はあっちこっちで「失敗は自慢話になる」と言っている。前期高齢者ともなれば、これまでの人生で重ねてきた「失敗」は数知れない。もちろん「他人様に迷惑をかける」ような失敗はしない方がいいに決まっている。しかし、お互いが依存して生きているこの世の中で、人にまったく影響を与えない失敗なんてあり得ない。もっとも、「同じ失敗」を繰り返すのはできるだけ限り避けた方がいいのは当然だ。そうは思いながらも、人生は「同じ失敗」をやってしまうものではあるけれど…。
さて、今回は「失敗」にまつわるオグ・マンディーノ(Og
Mandino 1923-1996)の一言〝Failure will never overtake me if my determination to
succeed is strong
enough.〟。彼はアメリカの自己啓発書作家である。小説を書いたり、講演業もしていたという。「成功するぞというしっかりした気持ちがあれば、失敗なんぞに負けるはずがない」。〝ovettake〟には「追い越す」といった意味合いがあるから、「失敗が追いつく暇もない」と訳するのもおもしろい。ともあれ、その趣旨は単純明快である。とにかく「断固たる決意」、「しっかりした目標」を定めて前進しなさいということである。月並みに言えば「失敗を恐れるな」だ。それでも失敗に「追いつかれる」ことはある。そのときはそのときで、「また追い抜くぞーっ」とばかり前に進めばいいのですよね。みなさん、とにかく「失敗は自慢話にする」ことをお勧めします。 |
5%の非協力者たち 2015/05/03 Sun 4554
次のようなご質問をいただきました。「リーダーシップが効果をあげて、部下の95%が相互理解を深め、仕事に対する意識も向上してきた。ところが、5%が非常に非協力的で、それがマイナスに作用してしまうことがあります。そうした状況をリーダーシップによって改善することはできますか。どのようにすれば全体の力をアップすることができるでしょうか」。
これに対する私の回答です。
その5%の方々の特性や影響力も関わってきますから、「これしかない」という方法はありません。そこで探究すべき可能な対応策を考えてみましょう。
①まずは、5%のグループが「どうして非協力的」なのか、その理由に注目する必要があります。それが組織として、またリーダーとして「まったく受け入れられない」ものか、「ある程度は理解できる」ものなのかがポイントになるでしょう。もしも「まったく受け入れられない」ものであれば、職場のリーダーとして、その方々に「協力する」ようトップダウンで指示するのは当然です。ただし、その理由をしっかり伝えることが大事です。ただし、その説得が直ちに成功するとか限りません。そんな場合は、自分の上司に相談して指導してもらうことも必要になります。そうでないと組織は動きません。またそうした働きかけをするのが管理者の役割です。すでに95%の皆さんが「協力的」なのですから、上に相談したからといって、自分のリーダーシップ力を疑われることはないはずです。しかし、「そんなことは自分でしろ」と「丸投げ」というか、「逃げる」上司だっているかもしれません。それでは困るのですが、そんなときは、「95%の協力者たち」とともに「訴え続ける」ことも選択肢に含まれるでしょう。
また、「非協力的な理由」が、程度の差はあれ、「なるほど」と「受け入れ可能」なものだった場合はどうでしょう。そのときは、「95%の皆さん」にも理解を得ながら、「5%の方たち」の気持ちを取り入れていくことになるでしょう。とくに、ご自分のリーダーシップが「非協力の原因」だというのであれば、そこはリーダーとして改善していく姿をしっかり見せることが期待されます。その際に、仕事のレベルや質を維持する、あるいはさらに向上することに配慮する必要があります。そこがダメージを受けては元も子もありません。ただし、それが「一時的」な問題を生じるといった場合には、もっと長い目で効果を評価して対応していくべきでしょう。 |
図書館の記憶 2015/05/02 Sat 4553
私は原則として書籍は私費で購入してきた。研究費だと、ついつい「買っておこうか」という気持ちになる。そのうち購入したことすら忘れて「積ん読」の山になることはしたくなかった。そんなわけで、読む本は自分で揃えたから、大学の図書館を使うことはなかった。それでも「終身のパスポート」を頂戴したのだから、それを使ってみるのは礼儀というものだろう。そんな思いから、大学の図書館に行った。少し前に改修されたこともあって、明るくきれいな施設になっていた。しばらく書架の間を歩いてみたが、けっこうおもしろそうな本が並んでいた。そして、ふと大学1年生のときに入った図書館の雰囲気を思い出した。それは福岡の六本松にあった九州大学教養部の図書館である。いつできたのか知らないが、木造でとにかく古くて、まるで歴史建造物のようだった。
そこで私はアルベルト・カミュ(Albert Camus)
の「異邦人(L'Etranger)」にチャレンジした。第二外国語は「フランス語」を選択したからである。〝 Aujourd'hui maman
est morte, ou peut-être hier, je ne sais
pas".冒頭の衝撃的な一文はいまでも口から出てくる。「今日ママが死んだ。ひょっとしたら昨日だったかもしれない。でも、どうでもいいや」といった感じである。薄暗い閲覧室の椅子に座っている18歳の自分の後ろ姿が見えたような気がする。そんな記憶を蘇らせてくれたのだから、「終身パスポート」には感謝しないといけない。ありがたや、ありがたや…。 |
名誉教授のお特典 2015/05/01 Fri 4552
私は熊本大学に34年6ヶ月の永きに亘ってお世話になり、昨年の3月に定年で退職いたしました。その後は前年度にできた「シニア教授」というポストに採用されたのでした。これは1年間の契約ですが、今年度も「継続」ということになりました。そんなわけで新学期も「趣味の1時間目」から授業をしています。これは多くの学生にとっては「悪趣味」かもしれませんが…。
ところで、とにかく長いこと熊本大学で仕事をして「基準を満たした」ことから、「名誉教授」の称号をいただきました。そこで私の名刺には「熊本大学名誉教授」と「熊本大学シニア教授」の二つを並べて入れています。マスコミ関係者とお話しした際に「どちらを使ったらいいんですか」と聞かれました。私としては「どちらでもどうぞ」と答えたわけです。その結果を見ますと、地元紙は「シニア教授」を、それ以外は「名誉教授」を採用することが多いようです。実際、「『名誉教授』の方がわかりゃすいな」と言った人もいました。たしかに「シニア教授」というのは、それほど頻繁に聞く呼称ではありませんものね。
これまで何人かの方から「名誉教授は大学から給料をもらうんですか」とか「年金が人より高いんですか」といった質問をされたことがあります。もちろんと言うべきですが、答えは「No」です。そうした経済的なメリットはまったくございません、はい。その呼称を死ぬまで使ってもOKということで、まさに「名(誉)」のみということです。とは言いながら、じつは「驚異のお特典」があることを告白しておかねばなりません。それは「熊本大学」の「すべての図書館」に自由に出入りできるパスをゲットできるからです。しかもこのカードの「有効期限」覧は□□年3月31日となっています。つまりは「永遠の年度末」までなのです! |
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