今年もお世話になりました 2014/12/31 Wed 4425
今年も健康で無事に終えることができました。この3月には、熊本大学を定年で退職しました。熊本大学には、34年半もの長い期間にわたってお世話になりました。その後は、昨年度から新設された「シニア教授」としてお手伝いしています。雇用形態は非常勤ですが、研究室もそのまま使わせていただいています。また授業も退職前とまったく同じように開講しています。勤務日は週3日ですが、そんなことはお構いなく、これまで身についた体の習慣が仕事場に向かわせます。若いころは元日に出かけて仕事をしたこともありました。さすがにそんなことはしませんが、やはり仕事場が落ち着きます。それに、勤務のない日に自宅にじっとされていると大いに困る人が約1名ほどいらっしゃいます。そんなわけでセッセと出勤することが、その方の精神衛生にもプラスに働いているに違いありません。ともあれ外からご覧になる限りでは、昨年までと変わらない状況なのです。
私は「仕事が趣味」でここまできましたから、定年退職後も「趣味生活」をさせていただいているのです。これほど最高級の幸福はございません。そこで、また性懲りもなく「ありがたや節」を口ずさむ私がいるのです。この際ですから、どなたか「おかげさま節」なるものを創っていただけないかと願うばかりでございます。その昔、「おかげ参り」と称して、伊勢神宮に数百万人規模の集団参詣があったといいます。また江戸末期に人々が仮装して踊った「ええじゃないか」と呼ばれるものもありました。私はなんと21世紀の毎日を、「おかげ参り」と「ええじゃないか」の心で過ごさせていただいているのです。「ありがたや、ありがたや…」。また来年もよろしくお願いいたします。 |
カナカナ見聞録(4) 2014/12/30 Tue 4424 Continued from 11/30
お久しぶりに「カナカナ見聞録」です。前回は11月30日でした。これまでは「夕刊」でしたが、ちょっとまとまりましたので「本番」に昇格させました。長野県で震度6の地震があったのは11月22日でしたから、ちょっと時間が経ってしまいました。今回は大きな断層が動いた可能性が高いということでした。ニュースによれば、断層が動いた割にはズレが「小さかった」か「大きかった」ようです。「小さかったか」「大きかった」かがはっきりしないなんていかにもいい加減ですね。そこは朝のニュースを観ている瞬間的な情報ですからご容赦いただきたいところです。ただし、「カナカナ見聞録」にとって、その「大小」は問題にはならないのです。
じつは、ニュースの中で現地調査に入った専門家の解説が気になるわけです。「今回は震源が浅かったことが考えられるカナあ」なんですね。ああ、また「カナあ」のご登場です。私も一応は研究者ということになっていますので、分野は違えども、同業者の発言にはきびしくなってしまいます。ここで、どうして「考えられる」と言えないのでしょうねえ。現地に出かけて調査した専門家が「考えられるカナあ」では寂しいではありませんか。あまりにも「地震」が、いや「自信」がなさ過ぎますよ。
それから一気に時間が飛んでしまいますが、理研の調査委員会の記者会見でも、「やれやれ体験」をしました。それは先週26日のことです。委員会は論文に不正が見つかったことを含めて問題点を掘り下げていました。そして、問題が起きた背景に、過度の資金獲得競争などがあることも指摘したわけです。そして、そのまとめ的な見解として、委員長がつぎのような発言をしたんです。「科学の基本が忘れられてしまうのではまずいのカナ」。やれやれ、ここで余計な説明を付け加える必要はございませんでしょう…。 |
大問題のルーツ 2014/12/29 Mon 4423
STAP細胞に関する一連の流れを見ていると、それは個人の単なる「過誤」ではなく「犯罪」ではないかという思いが強くなる。そこには「組織的」という冠をつけるべきかもしれない。調査委員会が「不正」と断じたものがあるのだから、「過誤」などではないのだ。そして、「不正」の大部分は「意図的」だから、それは「犯罪」である。その直接の原因は知りようがないが、このことで一人の人間が自ら命を絶っているのである。さらに、世界中の研究者が発表のあとに追試を行ったはずだ。その数はカウントできないが、膨大な数に達するだろう。それほど科学の歴史を覆すほど衝撃的な内容だったのである。はじめから「虚偽」の情報を流したのだとすれば、すべてが「ムダな時間と経費」を消費したことになる。それは膨大な額に上るに違いない。一般の社会であれば「損害賠償」を請求されてもおかしくないほどひどい話である。
また理研自身が行った検証や第三者委員会に要した時間と経費も相当なものになるはずだ。それも今回の「事件」がなければ必要なかったものである。その費用も税金が使われたのだろう。関係者たちは、自分たちの行為が引き起こした、こうした結果についても頭に入れておいてもらわなければ困る。それに、同じ組織で真面目に仕事をしている多くの研究者たちも大きなダメージを受けてしまった。
それにしても、ここまでに至ったのには多くの要因が働いているはずだ。そのなかでも、「風が吹けば桶屋が儲かる」的ではあるが、そもそも早稲田大学で学位論文がパスしたところからして問題なのである。こちらも検証委員会が組織されたが、相当にひどいレベルの論文だったという。おそらく、審査する側もまともに読んでいなかったのだろう。これに対して「ちゃんと読んでいた」との反論はなかったのではないか。それが事実なら、論文のいい加減さを評価できなかったのだからもっとひどいことになる。ともあれ、本人に「コピペでごまかせる」なんて気持ちをもたせたことは否定できない。
私は組織の事故や不祥事などについて、「『大は小からはじまる』を旨とすべし」と言っている。いいこともまずいことも、最初は「小さい」のである。これは、あの「ハインリッヒの法則」にも繋がる視点だが、本件も、そのルーツは「博士論文」にあったと言っていい。 |
夕刊③ゲストより先? 2014/12/28 Sun 4422
ときどき、チャンネルをスキップしているときに、NHK教育テレビの「健康番組」で止まることがある。何分にもいい年をしてきたので、画面右上のタイトルに目が向く。「糖尿」「血圧」「心臓」「肝臓」「前立腺」…。とにかく興味津々のテーマに溢れている。そんなわけで、「おっ、これは関係あるなあ」と思うものがけっこうあって、そのまましばらく見続けることになる。先日も、おしまいまで見たものがあったのだが、番組の内容とは関係ないことで苦笑いした。それはアナウンサーがパネルを使って説明をして、「詳しくは専門の先生にお伺いしましょう」といった発言をしたすぐあとのことである。カメラが引いて、ゲストも含めたテーブル全体が画面に広がった。そこでアナウンサーに呼ばれた専門家である医師が登場する。アナウンサーは「どうぞ」と言って席に座るように要請した。医師もそれに応じて席に座った。これだけ読めば、ごく自然の流れに見える。その通りで、どこにも苦笑いのネタはない。問題はタイミングなのである。じつは医師を誘ったアナウンサーの方がしっかり「先に」座ったのである。それから「はい」と答えたゲストが座るという時間差が生じた。ここで私の苦笑いが生まれたのである。お迎えした人よりもアナウンサーの方が先に座っちゃあまずいでしょうよ。おそらくご本人も気づいていないんだろうなあ。ただそれだけのことでした。 |
「絶対」は言えない 2014/12/28 Sun 4421
科学史に残る大事件、というよりも「不祥事」であり、完璧なまでの「スキャンダル」だった。〝scandal : beviour or an event
that people think is morally or legally wrong and causes public feelings
of shock or anger(Oxford Advanced learner's Dictionary)〟。「人々が道徳的あるいは法的に誤っていると考え、世の中にショックあるいは怒りの感情を引き起こす行為や出来事」。
「STAP細胞」がこれに当たることを否定する者はいないだろう。理研の検証チームのリーダーは、記者会見で「STAP細胞は存在しないのですか」と問われて、「『科学者として』は答えられない」といった回答をしていた。これを私は「絶対にないとは言えない」と同義だと受け止めた。それはそうである。私も、パットしないながらも、一応は科学者の端くれである。そんな私は「世の中に『絶対』は『絶対』にない」と考えている。学生たちには「『絶対ということばは絶対に使ってはいけない』と言うときにしか『絶対に使ってはいけない』」などと。訳のわからないことば遊びをしている。ともあれ、理研の検証チームのリーダーとしては、わざわざ「科学者として」といった条件を付けなければならないほど、苦しい立場に立たされているということである。たしかに、ウン千年後とかウン万年後に、STAP細胞が現れるかもしれませんからね。
これに対して、第三者の調査委員会の委員長は、「STAP論文は、ほぼすべて否定された」と宣言している。この発言は検証の対象を「論文」に限定しているために、「その内容はすべて否定された」と断言したわけだ。ただし、ここでも「ほぼ」という副詞がついているところが興味深い。「ほぼ」は「だいたい。あらかた(大辞林)」である。それを受ける「すべて」は「ある物や、ある事の全部。いっさい(大辞林)」という意味だ。科学者が厳密さを重視するのであれば、「ほぼ」と「すべて」を合体させるのは避けた方がいい。ただし、私もその心情は十二分に理解できる。そうした表現を使わざるを得なかったということである。もっとも、英語だって〝almost
all〟なんて言うから、どこもおんなじなんですねえ…。 |
行動先行型教育 2014/12/27 Sat 4420
多くの組織で「接遇」の教育や研修が行われている。私が「接遇研修」ということばをはじめて聞いたのはいつだっただろうか。おそらく20年以上は経過しているのではないか。当初は銀行の元秘書の方などが講師として活躍していた。そのなかにはお茶を出すときの所作まで教えられていたようだ。私自身は研修を見たことがないから、これは人から聞いた話である。それでも頭の下げ方について、「角度が〇度」といった数値が提示されることは事実のようである。私のように、人生を大学だけで過ごした非社会的な人間には「そんな教育よりも気持ちが大事だ」と思いながら苦笑いしていた。
ところで、この手の教育は、私の定義によれば「わざわざ運動」に含まれる。「昔は日常生活を通して身についていた」態度や行動が、いまでは「わざわざ」教育しないといけなくなった。本当は「こころ」が先にきて、「行動」はそれについてくるのだと思うが、「接遇」も含めて「わざわざ運動」は「行動」先行型ということだ。そう考えると、同じことを繰り返しているうちに「こころ」の方に変化が生まれることもあるよなあという気持ちになってくる。たとえば、「挨拶運動」は小中学校の定番メニューである。ただ「おはようございます」と叫ぶだけでは意味がなさそうだが、それに「応えてくれる人」がいればいい気分になったりする。その結果として、挨拶を自然にする習慣で身について、社会全体のコミュニケーションがスムーズになればけっこうなことである。
ここで「わざわざ」を「頑固」に読み替えるのもおもしろい。職場の規則やマニュアルなども「他の職場が軽視していても、私たちだけは『頑固』に守る。ちょっと遠回りに思えることも『わざわざ』する」といった具合である。全員がそんな意識をもっている職場ではミスや事故も少なくなる。これを私は「やせ我慢運動」と呼んでいる。
それはそうと、「このごろの若い者たちは我慢する力がなくなった」。こう思ったときは、自分が年寄りになったことを自覚した方がいい。われわれ年寄りたちも車を乗り回し、夏はクーラーになじんでしまい、「昔よりも我慢できなくなった」と思いませんか。 |
ダイエーの消滅 2014/12/26 Fri 4419
今日、スーパーのダイエーが上場廃止になるとのことである。そして来年の春には、この世の中から「ダイエー」というブランドも消える。私が熊本に来たのは1979年10月だった。大学の先輩から「アパートから大学に出勤する途中に『ニコニコ堂』がある。あそこは午前2時まで営業しているから便利だよ。また、あなたの住まいの近くに『ダイエー』も開業するから、さらに生活がしやすくなるよ」と言われた。その通り、翌年の2月には「熊本ダイエー」が華麗に開店した。そのパワーの強烈さ故に、計画段階から既存の商店街は大騒ぎになったという。白川という、阿蘇を源流とする大きな川を跨いで数百メートルも離れているのに、中心街のお店が集まって、進出に反対するデモまであったと聞いた。私はそれが事実かどうかはしらない。しかし、創業者である中内功社長が計画した規模からは、相当に縮小されたのは事実のようだ。開店当日は、買い物客で道路は大渋滞した。私は比較的近くに住んでいたのだが、周辺の道路に車が溢れかえった。当然のことながら、その日は中内氏自身も熊本にやってきて、開店の大盛況を見ながら満足していたという。まさに「飛ぶ鳥を落とす勢い」とは「ダイエー」のためにつくられた言い回しのように感じたものだ。それから35年が経過した。先輩が教えてくださった「ニコニコ堂」はすでになく、そして「ダイエー」も消滅するのである。全国に店舗を新規でつくるだけでなく、地方の既存店をどんどん飲み込んで、一時はどこに行っても列車の窓から「ダイエーマーク」が目に入ったものだ。ここに至った原因はいろいろあるはずだ。いま、素人経済学者としては、似たような道を進んでいるように思われるスーパーがある。これからどうなっていくのか。ただ、淡々と見ているしかない。 |
音楽の力 2014/12/25 Thu 4418
このところ、カラオケの話で引っ張りすぎた。この話をはじめた動機は、「そろそろ『カラオケ大会』の時期がやってきたなあ」と思ったこともある。しかし、もう一つ大事な理由は、私が、このごろとくに音楽のすごさを実感しているからでもある。車の中では大体ラジオを聞いている。正確にはラジオ番組を録音したものである。とりわけNHKの第二放送は魅力的な番組に溢れている。これにNHKの第一放送を加えて、週に10本ほど録音して、それを運転中に楽しむのである。いわゆるICレコーダーは早聞きができるので、情報番組は1.5倍ほどのスピードで再生する。これでかなりの番組を楽しめる。ただし、語学番組は早聞きに適していないから、まともな速さで再生する。何分にも、週に10本ともなれば、なかなか消化できない。
そんな状況であるにも拘わらず、ときおり音楽を流してしまう。そして、これを聞きはじめると、相当な意思を働かせないと、音楽べったりになってくるのだ。「これでは、ますます溜まってしまうぞ」と自分に警告を発しながらも、ついつい聞いてしまう。その歌と言えば、メロディも歌詞も、もちろん歌手も完璧に同じである。それなのに、何回聞いても気持ちが乗ってくる、揺さぶられる、そして感動する。もともとせっかちで注意散漫、集中なんぞあり得ない私だから、本などは1回読んだら、それでおしまい。わが人生の中で複数回目を通したものが一体全体どのくらいあるのか。ほとんど思い出せない。そんな私が、まったく同じ歌を何十回と聞いているのに飽きることを知らないのである。これはもう音楽がもっている「不思議な力」としか言いいようがない。そして、海外の音楽で体験するように、歌詞が理解できなくてもリズムに乗れる。それが音楽というものなのである。音楽が人類全体のコミュニケーションを可能にする。音楽で世界の平和が実現する。これが単なる理想に思えなくなってきた、このごろなんです。 |
年末は13曲 2014/12/24 Wed 4417
「カラオケ」の話が、「妖怪ウォッチ」まで飛んでしまった。この支離滅裂さこそ、「味な話の素」の「売り」などと言うと、四方八方からお叱りを受けるに違いない。
ともあれ、私が子どものころは「アニメ」ではなく「実写物」が元気だった。そのトップバッターが「月光仮面」であることは議論の余地がない。いまでも、「月光仮面」の主題歌を流しながら熊本市内を回っている移動販売車があるが、その正体は焼き芋屋さんだ。それから「七色仮面」や「ナショナルキッド」なるヒーローも生まれた。「七色仮面」は文字通り、7つの顔をもった正義の味方である。私のカラオケ定番のなかに「月光仮面」と「七色仮面」が入っていることは言うまでもない。「七色仮面」は波島進が扮していた。波島は1961年にスタートしたテレビ番組「特別機動捜査隊」で主役を演じた。現代の「捜査物」の走りである。もう一つの「ナショナルキッド」は、その名前から推測できるように、「松下電器=ナショナル、そして現在のPanasonic」がスポンサーだった。こちらは、私が中学生のころの作品で、「主題曲」まで体に身についてはいない。
また、「怪傑ハリマオ」もわれわれ世代にとって忘れることはできないヒーローである。その主題歌の「真っ赤な太陽、燃えている…」を聞いただけで鳥肌が立ってくる。これを歌ったのが三橋美智也であることを知らない人もいる。三橋は民謡出身で高音がすばらしい歌手だった。だから、私のような素人が歌うのはきついのだが、やはりこれを無視しては、団塊の世代とは言えないのである。
まあ、そんなこんなで学生たちとの年末カラオケ大会は、つい先だって終了した。時節柄「3時間限定」となり、「今度は6時間コース」のかけ声むなしく、「1時間短縮」になってしまった。その結果目標の16曲は達成できなかった。ただし、それでも13曲までいったということは、学生たちを押しのけて、調子に乗ったということなんでしょうかねえ…。 |
夕刊② 720文字の卒業 2014/12/23 Tue 4416
お気づきの方はいらっしゃらないと思うが、このごろ、本コラムの分量が微妙に違っている。もう相当長い間、「1日720文字」と決めて書き続けてきた。粘着質の私だから、とにかく「720文字」にこだわって、「1文字たりとも誤差なし」なんて滑稽なことに楽しみを覚えていた。そして、そのことを講演などでもお話したものである。それはそれなりに愉快な体験だったが、前期高齢者になったころから、「もうそろそろ分量にこだわらずに行こうか」という気持ちが芽生えてきた。そもそも、「720文字」をスタートさせた時期は、私にも分からなくなっている。それほど長期にわたってきたのだった。そんなわけで、「720文字をストップした時期」は記憶しておきたいと思った。そこで、「定年退職した誕生日」をもって「720文字からの開放の日」と決めた。それが、少しばかり前のことである。もちろん、そうかと言って、突如として長くなったり短くなったりはしない。私にとって、これまで維持してきた720文字は、かなり相性のいい分量なのだ。そんなわけで、これからも「720文字」を中心に本欄は続いていくことになる。これまでどおり、皆様方のご愛読とご支援を心からお願いいたします。
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「美しき十代」と「のりたま」? 2014/12/23 Tue 4415
私のカラオケは「青春時代」がメインになる。まずは、三田明の「美しい十代」あたりがスタートの定番である。「白い野バラを捧げる僕に、君の瞳が明るく笑う…」。まあ、何とも純情な歌なのである。また、団塊世代として欠かせないのが石原裕次郎である。そのなかでも「赤いハンカチ」や「夕日の丘」などは、悲しくも美しい恋心を歌う。「夕日の丘のふもと行く、バスの車掌の襟ぼくろ」ではじまる「夕日の丘」は、前奏のときから、夕日に映える山の麓をゆっくりと走るバスが思い浮かんだ。いまから35年ほど前に熊本に来て、阿蘇の外輪山をドライブしたとき、「ああ、夕日の丘だあ」と叫びそうになった。
ところで、このところ子どもたちの間に「妖怪ウォッチ」なるものが大流行している。幼稚園に通っている孫の運動会に行ったとき、運動場で踊っている子どもだけでなく、控えにいる子どもたちまで踊っていた。それだけではなく、小学生になった孫は、「卒園生のかけっこ」に「招待」されていたのだが、これまた見物席の近くで踊っていた。小学生の運動会で練習済みとあって、リズムにバッチリ乗っていた。それを見ているだけで楽しくなるんですねえ。
われわれの小学生時代には、アニメなるものはほとんどなかった。そのころ、ディスニーのミッキーマウスやダンボ、それにポパイなどのキャラクターは外国産だった。あのアニメ版「鉄腕アトム」が登場したのが1663年1月だから、私はまもなく中学3年生になるころだ。これに刺激を受けたか、同じ年の11月から「エイトマン」がはじまった。ふりかけなどで知られていた丸美屋がスポンサーである。そのCM効果は抜群で、ふりかけの「のりたま」は子どもだけでなく大人も知る人気商品になった。高校1年生のとき、社会科の先生のニックネームはストレートに「のりたま」だった。やれやれ、カラオケの話が「妖怪ウォッチ」に化けて、「のりたま」まで来てしまった…。
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半世紀を超えて 2014/12/22 Mon 4414
学生たちとカラオケに行くのだから、若者たちは「いま流行っている」曲を楽しく歌う。これに対して私はと言えば、青春時代を思い出しながらだから、ほぼ半世紀前の「流行歌」が中心になる。そもそも最近の歌は、調子を合わせることすら困難なのだ。私は1948年生まれの「元祖団塊の世代」である。
その50年前は1898年であり、明治31年になる。この年のカレンダーを見ると、1月には「第三次伊藤博文内閣が成立」し、6月に「大隈重信内閣」が継いでいる。海外では、4月に「米西戦争が勃発」し、6月にはイギリスが清国から九龍半島を租借することになっている。また7月にはやはりイギリスが威海衛を租借する。じつは清国に対する動きはめまぐるしく、イギリスの租借より前の3月6日には独清条約が調印され、ドイツ帝国が膠州湾を租借している。それから3週間後の3月27日にはロシア帝国が関東州を租借するといった具合である。アメリカとスペインの戦争、つまり「米西戦争」は、8月に停戦したが、アメリカは12月のパリ条約でフィリピン・グアム島・プエルトリコを領有することになった。なお、停戦と同じ日に、アメリカはハワイ共和国を準州として併合している。歴史的には、この「併合」はかなりあいまいな形で行われている。
いずれにしても、自分が生まれる50年前というのは、「歴史教科書」の時代であることは疑いない。したがって、そのときの「空気」も「リアリティ」もまったく感じない。そう考えると、いまの学生たちにとっての50年前も「歴史」としての感覚しかなくて当然である。それにも拘わらず、前期高齢者の歌に手拍子を取ってくれるのだから、感謝する以外に対応する術を知らない。まさに、「ありがたや、ありがたや」である。「ありがたや節」が私の定番になるのは当然のことなのだ。これも、1960年、昭和35年の流行歌だから、すでに64年が経過しているなあ…。 |
カラオケ物語 2014/12/21 Sun 4413
昨年の暮れに「忘年会」と称して、大学院の学生たちとカラオケに行った。学生が場所を選定し、予約してくれたのだが、「4時間コース」と聞いて驚愕した。私としては「そんなに長時間、座がもてるのかいな」と不安がになったからだ。じつは、それまで私は「カラオケ体験」を積んでいなかった。どちらかというと、みんなで出かけたスナックなどで歌ったりすることが多かった。いわゆるホンモノの「カラオケ」に行ったことは、5回に達していなかったと思う。そんなわけで、「4時間コース」と言われたときには、「大丈夫かいな」と思ったわけだ。ところで、そのときは、私が関わっているサークルの学生がバイトをしていた。教員も、いろんなところで「見られてしまう商売」なのである。
ただし、先に結論を言えば、終わりころには「時間が足りなかったなあ」という気分になっていた。そして、帰り際には「今度は6時間コースだーっ」と叫んでいる私がいた。何分にも前期高齢者2年生の身である。そのときに何曲歌ったか憶えていない。正確な数値は学生たちの方が記憶しているかもしれない。私の頭には、12曲だったような気がしているだけだ。そんなわけで、前期が終わった7月末に、またぞろ同じ院生たちと出かけた。やはり「4時間コース」だった。そして、「先生、記録更新ですよ」などという学生たちの刺激に、前期高齢者は調子に乗るのだった。そのときは、多分14曲まではしゃいだ。そして帰るときに、「次は16曲ですね」と学生たちから言われた。いや、自分の方から、「今度は16曲だぞーっ」と絶叫した可能性の方が高いが、これまたほとんど記憶にない。ただし、私の頭の中では、次の「忘年会」は、ほとんど決まりということである。
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懐深くはむずかしい? 2014/12/20 Sat 4412
中村氏が裁判で争った会社に「仲直り」のサインを送った。しかし、会社側は、これ以上ない丁寧な表現ではあったが、あっさりと握手を拒否した。たしかに、「手打ち式」は最高度に絵になるから。マスコミも殺到して大混乱になる。それはそうだけれど、会社側の方も「ちょっとだけ」懐の深いところを見せてもよかったのではないかと思ってしまった。こうした結論を出すからには、部外者が知り得ないよっぽどの理由があったのだろうか。
そんなことを考えていたら、もう一つ新しい情報が入ってきた。ノーベル賞を受賞した者はノーベル博物館に何らかの寄贈をするらしい。中村氏としては、初めて製品化した青色LEDを贈ってはどうかと考えた。そこで、会社に製品の提供を打診した。ところが、会社側からは、「製品は残っていない」という回答があったという。私はこの記事を見て、「会見拒否」に続いて2回目の「うーん」出しをした。どの業界でも、「初物」は誇らしげに飾ってあるものだ。その場所は社長室であったり、大きな組織であれば、記念館や博物館までつくっている。NHKは愛宕山の放送博物館に、記念すべき放送機器をたくさん保管している。それぞれが、「どうだい、すごいだろう」と自慢し合っているような感がある。もちろん、あのソニーも「歴史資料館」をもっている。その「製品」が残っていないというのである…。
日亜化学工業は中村氏との裁判で、多くの特許を「量産には必要のない技術」として無価値だと主張したという。素人ながら、その「無価値の技術」がノーベル賞の対象になったとしたら、これまた皮肉な話ではある。 |
恩讐は越えられない? 2014/12/19 Fri 4411
懐の深さが試されている。日亜化学工業のことである。ノーベル賞の中村修二氏と青色LEDの開発の対価を巡って裁判で争った。そして、東京高裁で和解が成立し、会社が4億8,000万円を支払っている。東京地裁では200億円だったから、中村氏は満足できなかったかもしれないが、とりあえずは決着がついていた。じつは、会社の創業者が太っ腹で、提供された潤択な資金や時間がなければ、青色LEDの開発はなかった。会社は中村氏をアメリカに留学までさせている。しかも、会社の会議などにも出席しなかったという。通常の組織人であれば常識的な義務も免除されたのか、無視されたということである。
これほどの条件下で仕事ができたにも拘わらず、「法外な金」を要求する中村氏は、憎らしい恩知らずと映ったことだろう。しかも、マスコミに映る中村氏は、何となくむずかしそうな人物のように見える。ただし、これはマスコミを通して得られている情報だけだから、私の思い込みである可能
性を十二分に認識しておかなければならない。そうした問題があるとしても、製品開発の報償金が2、3万円だったと聞けば、誰だって、「それはないだろう」と驚いてしまうだろう。
それはともあれ、ノーベル賞が決まってから、その中村氏の方から握手の誘いかけがあった。「青色LED開発は日亜の貢献が大きく、製品を社会に浸透させたのは日亜の小川英治社長の力だった」と発言し、共同研究も考えたいと語ったという。いわば現代版「恩讐の彼方に」の演出である。しかしながら、会社はこれに応えることはなかった。「弊社歴代社長と弊社に対する深い感謝を公の場で述べておられ、それで十分と存じております。中村教授が貴重な時間を弊社へのあいさつなどに費やすことなく、研究に打ち込まれ、物理学に大きく貢献する成果を生みだされるよう、お祈りしております」。きわめて丁寧なことばである。 |
コメンテーターの視力 2014/12/18 Thu 4410
大韓航空「ナッツ事件」は、だんだん大きくなってきた。副社長が告訴されたのだ。民間人が、一端動き始めた航空機を勝手に戻した。さらに、乗務員を降ろしてしまった。そのことが航空法に触れるわけだ。たしかにその通りで、副社長さんはとんでもないことをしてしまったのである。何せ、飛行機のトイレでたばこを吸えば、50万円以下の罰金である。その状況次第では、近くの空港に緊急着陸する可能性だって示唆されている。さらに、飛行機の機長には絶対的な権限が与えられている。酒を飲んで暴れ回るような客がいれば、拘束する権限をもっているのである。もちろん、事情によっては搭乗を拒否したり、乗ったあとでも、問題の客を降ろすことができる。しかし、民間人がそれをやっては犯罪になる。そんなことは素人の私でも知っているのだから、大航空会社の副社長さんが知らないなんてあり得ない。問題の発端になった「ナッツを袋から出さなかった」といったマニュアル違反とはレベルが違う。
そう言えば、この「事件」を取り上げたテレビのニュースで思い出したことがある。よく知られたコメンテーターが、副社長の行動を批判はしたものの、「それにしても告訴の話まで出るなんて、たかが『ナッツ』のことでしょう」といったニュアンスの発言をしていた。私には、いかにも「大げさ」で、お国の文化がまるで違うと言っているようにも感じられた。やれやれ、大物のコメンテーターなんだから、航空法のことも頭に入れて解説してほしいものだ。もっとも、「庶民レベル」で発言するのがコメンテーターだと言われれば、「ああそうですか」でおしまいだけど。しかし、そのコメンテーター氏は、いつもは舌鋒鋭く問題を指摘している。その割には「問題の本質」を見通せていなかったということである。そこにいたアナウンサーたちもにこやかに笑って、それで次の話題に移っていきましたがね…。 |
トップのなすべきこと 2014/12/17 Wed 4409
よその国の方の話だから、余計なお節介ではある。そうは思いながら、やっぱり一言は言いたくなった。大韓航空の副社長の件である。最初はネットの表題だけ読んだので、細かい内容はわからなかった。また、話題の人物が女性であることもあとになって知った。もちろん性別は問題ではない。ただ、こうした人は組織のトップに立つべきでないことだけははっきりしている。あるいは、この手の人が組織を運営しているとすれば、従業員はこの上なく不幸であることは間違いない。御年40歳ということだが、要するに未熟な「わがまま娘」というだけのことである。
ソウル市民のインタビューでも「国の恥」とまで言う人もいた。ついでに、私が知っている韓国人にも聞いてみたら、同じことを言った。まことに当然で、国としてもお気の毒なことである。しかも、組合が問題の件をネットで批判したら、アクセスできなくなったという。さらに、「何もなかった」との偽証を強要したそうだ。いずれもテレビのニュースだったが、これが事実であれば、さらに驚いてしまう。自分に都合の悪いものは排除するというのは、強権的な国や組織が採る常套手段である。少なくとも大人がすべきことではない。
そもそもの発端は、豆菓子を袋のまま出したことだった。会社の規定で、ファーストクラスでは豆を袋から取り出してサービスするとなっていたらしい。それをCAが怠ったことから、副社長が激怒したというのだ。こうしたとき、副社長は周りの客席を回って、「サービスが行き届かなかった」ことをお詫びすべきなのである。自分が責任をもっている会社の従業員が犯したエラーではないか。その姿を見れば、CAたちは恐縮するに違いない。自分たちのミスをトップが謝ってくれているのだ。もう同じ失敗はしてはいけないと思うだろう。そこには感動すら生まれるかもしれない。今回の経験が前副社長の人生にプラスに働くのでしょうかね…。 |
「生」の魅力 2014/12/16 Tue 4408
寄席の「生」のお笑いが、「言ってはいけないこと」をネタにしているから、テレビよりもおもしろいというつもりはない。どんな場合でも、「言ってはいけないこと」は「言ってはいけない」のである。私だって、授業での「発言」には気をつけているつもりだ。そもそも「問題ネタ」などを使わないでも、「生」は教師側も楽しめる。
そして、1回で終わるつもりの内容が、その日の朝のニュースの情報を取り込んだため、2回になったりする。私は授業後に学生たちからミニレポートをもらう。そこには、当日の授業に関する様々な情報が含まれている。とくに、「理解できなかった」というものは、次の授業で取り上げて改めて解説する。また、「勘違い」と思われるものもある。これも誤解を解くことが欠かせない。また、「自分の考え方、見方が変わる思いがした」といった文章に出会うと嬉しくなる。まさに教師冥利に尽きるわけだ。授業でそんなことをしていると、10分くらいはあっという間に経ってしまう。内容によっては20分になったりもする。そんな対応をしていると、その日の「シラバス的設定」が完結しなくなるのである。さらに、「まったく話すつもりがなかった」のに、学生たちの声に触発されて、予定していなかった課題に入り込むことすらある。私はこれこそがダイナミックな授業だと思う。少なくともそれが「生」の授業であるべきだ。こんなとき、「『シラバス』では終わっているはずでしょ…」などと言われては白けてしまうではないか。
また、「シラバス」を読んでいない学生が相当程度いるという実態もある。これは学生たちの責任ではなく、われわれ側の問題である。シラバスを事前に読んでもらえる働きかけをしていかないと、詳細なものを準備をしても意味がないのである。もちろん、「だから『シラバス』は適当でいい」などという気はコレッポッチもありませんので、念のため…。 |
「書かれたとおり」の授業… 2014/12/15 Mon 4407
学生に対して、事前に授業内容をしっかり伝えることは当然である。ただし、その程度について、私なりに考えるとことがある。授業は「生もの」だ。はじめから終わりまで、シラバスに「書かれたとおり」では面白くも何ともない。それで済むのならテキストを読んでもらえば十分ではないか。また、一度しっかりビデオでもつくっておけば、それを流せばいいことになる。それに、わが国には放送大学があって、まさに卓越した教員がすばらしい授業をしている。
私は放送大学が実施する面接授業と呼ばれるものを担当したことがある。これは、学生の方々に直接授業をするのである。その体験も、合わせれば5年度分くらいにはなると思う。放送大学の受講者は様々な背景をもっている。どちらかと言えば高齢者に属する人もいる。また、仕事と両立させている方々や不登校で学校に行けなかった若者たちもしっかり勉強している。さらに、全国各地の学習センターを回って、必要な単位を積み上げているユニークな学生さんに会ったこともある。いずれの場合も、学生の学習に対する意欲の高さにはいつも頭が下がる。そんな実体験した私としては、放送大学は受講する側の動機づけが重要なポイントになると考えている。
ところで、日ごろは「おもしろい授業」をする教員が、放送大学になるとそれほどでもないというケースもある。それにはそれなりの理由がある。放送では、「テキスト」にそって、「設定された内容」を「計画通り」に伝えなければならないからである。そこでは、「冗談話」はもちろん、「余談」や「道草」は御法度だ。教員は、とにかく「淡々と」仕事を進めなければならない。お笑いの世界でも「放送コード」があって、テレビでは話の内容に気をつけるらしい。だから「生」の寄席に出かかると、放送では味わえないおもしろさがある。放送大学の教員たちも、こうした「制限」の元で授業をしているのだろうと推測する。 |
受講者数と受験者数ギャップ 2014/12/14 Sun 4406
大講義室で授業をするとなると、出欠をとることも困難になる。いや不可能と言っていい。仮に一人の名前を呼んで返事を確認し、出欠簿にチェックするのに4秒しかかならないとしよう。それでも1分間で15人分だから、400人なら30分近くが必要になる。これでは授業に影響が出てしまうから、現実的な対応とは言えない。だから出欠は取らないことになる。その当時、事務職員が出欠を確認する私学があるという話も聞いたりした。それに、興味深いことには、試験の際には別の部屋も準備しなければならなくなるのである。何分にも、欠席常習者もしっかり受験するからである。とくに試験の場合は、不正行為を防止するために座席の間を開けなければならなくなるから、部屋が複数必要になるのも当然だった。
そんなこんなで、試験ではなくレポートにする教員も出てくる。そのレポ-トの枚数は限りなく登録者の人数に近いのである。こうなると、採点する教員も大変だ。自然科学系はどうだか知らないが、人文系では一般的に論文式が多い。これをしっかり読んで、「同じ基準」で評価するのはきわめて困難である。そこで、どうするか。提出された答案やレポートを机上に積み上げる。そして、やおら扇風機のスイッチを入れて吹き飛ばすのである。その結果、遠くに飛んだものから「優良可」を付けていく…。とまあ、私が学生のころは、そんなうわさ話をささやかれる教員もいた。ただし、私はそれが事実かどうかを確認してはいない。
さてさて、いつものように脇道にそれてしまった。このところ、大学の授業内容等を記述した「シラバス」の話だった。学生に対して、事前に十分な情報を伝える。そのことについては、まったく異論はない。と言うよりも、しっかり賛成である。 |
夕刊② 不思議な天気予報 2014/12/13 Sat 4405
今朝10時にNHKが流した天気予報は、まことに不思議なものだった。と言っても、その理由はきわめて単純なものだ。全国の地図が出ていて、県庁所在にに当たる場所に黄色い〇マークが付いている。熊本は「雨のち曇り」の表示になっていた。しっかり聴いていないから、やや怪しいのではあるが、「午前中、九州は雨模様」と言った内容だったと思う。じつは、これが単純に不思議なのだ。なぜなら、家の中から外を見ると、雲はあるものの、しっかり青い空が見えているからである。しかも、この状態はいま始まったことではない。私が外の様子に気づいたときから、ずっと前からこの状態なのだ。そう言えば、昨夜は九州も九州も雪が降るという予報だった。阿蘇の火山灰で欠航する便が出ている熊本空港だが、雪も心配だなあと思っていた。しかし、現実には何のこともなく着陸した。ともあれ、晴れ間が見えている、そのときに「雨です」と言われるのは、何とも不思議な感じがしますね。 |
マスプロ教育の時代 2014/12/13 Sat 4404
今日の大学の基準を適用すれば、昔の大先生たちのほとんどは3日で首だったに違いない。ついでに言わせてもらうなら、われわれ学生の方だってすごかったのだ。何と言っても、「3日で首になるような先生方」がワンサカいる状況下で、それなりに勉強したのである。しかし、そんなことでは、学生の立場に立っていない、つまりはサービス精神に欠けると批判されても当然のことだった。こうした時代の流れのなかで、「シラバス」という、それまで聞いたこともない、しかもかなり妙な響きのする用語が大学に入ってきたのである。それは大学改革が叫ばれはじめた時期と軌を一にしていたのだと思う。
さて、ここまであれやこれやと言ってきたが、私としても、それが「シラバス」と呼ばれるかどうかは別にして、事前に学生へ授業に関する情報を提供することには何の異論もない。それはむしろ当然のことである。試験についても、その採点基準は明らかにしておくべきである。私が学生のころは、マンモス大学なるものが登場した。何と言っても「団塊の世代」の若者が大学を目指したのである。しかし、それを受け入れる側の準備は十分だとは言えなかった。これに対応するために、大講義室でマイクを使う、まるで講演会のような講義もあった。受講する学生も大勢だから、マスプロ教育ということばは国民の誰もが知っていた。「マスプロ=マス・プロダクション=大量生産」ということだ。そこで、学生の間では「代返=代理返事」も日常語だった。大学によっては、400人以上の学生が登録している授業に、300人収容の「大講義室」が使われたりもしたと言う。これは当時の伝聞情報ではあるが、全員が出席すれば、立ち見席があっても足りないことになる。しかし、なぜかけっこう空席があったらしい。 |
大学の「仏」と「蛇」 2014/12/12 Fri 4403
さて、昨日から「シラバス」を話題にしているが、時間の経過とともに、その内容についてチェックがきびしくなってきた。とにかく15回の授業内容について相当程度に細かく書かないといけないのである。大学によって名称等には違いがあるだろうが、シラバスをチェックする委員会が構成されている。そして、大学の基準に合致しない場合は、改めて追加や修正が求められる。現実には、「基準に合わない」と言うよりも、「情報が不十分」との指摘が多いと思う。学生に対して、講義の方針や授業内容、成績評価についての情報、さらには教員の連絡先などを伝えておくことは必要である。
われわれが学生時代は、授業内容について大学の教員たちから発信される情報はほとんどなかった。試験の採点基準も学生にはまったくわからなかった。学生たちの間には、「仏の〇〇、蛇の□□」」といった情報が流れていた。〇〇や□□には、それぞれ教員の名前が入るのである。もちろん、「仏」の教員は楽勝で、「蛇」は一筋縄ではいかないということだ。
また、授業開始から30分経過しても教員が教室に現れない場合は「自然休講」となった。ところが、決まって「29分」ころになって「きちん」と現れる教員もいた。この人のことは、すでに47年も経過しているのだが、名前も顔もしっかり覚えている。それどころか、講義の内容まで記憶にあるのだから、類い希なる教員だったのかもしれない。
多くの学生が「自然休講」で喜んだところは嘆かわしさも感じるが、この時代の先生が今の大学の状況を知ったら背筋が寒くなるに違いない。正直なところ、3日を待たずに首になる教師も少なくないだろう。良きにつけ悪しきにつけ、昔の教師はおおらかであり、また大物でいらっしゃったわけだ。 |
シラバスのはじまり 2014/12/11 Thu 4402
シラバス : syllabus 講義実施要綱。講義内容・達成課題・使用テキスト・参考文献・テスト方法などについて記した計画書(ジーニアス英和大辞典)。もともとは、羊皮紙のラベルを意味するギリシャ語が誤用されたものだという。その歴史的な経緯は置くとして、シラバスはアメリカでは慣用的に、つまりは常識として使われているらしい。その一方で、ヨーロッパではポピュラーでないようだ。アメリカの場合は講座の独立性が強いとか、外部からの教員が多いといった事情があるという。そのため、教員への連絡先なども書かれているシラバスは学生にとって欠かせないものになっている。
これがわが国に導入されはじめたのがいつだったか、もう記憶に残っていない。少なくとも前世紀であったことは間違いない。当初は授業内容についての簡単なメモだった。それが時間とともに、詳細な記述が求められるようになった。大学の場合、基本的には週1コマが15回で30時間、2単位となる。現実には1コマ90分になっている。私が学生のころは100分だった。これは土曜日にも授業があったため、通常1日は4コマだったからだ。それが今日では5コマが原則になった。熊本大学の場合、1限目が8時40分にはじまり、夕刻の5時40分に終わる。
もっとも、今日では社会人の入学も前提にした夜間大学院などもある。この場合は、さらに2コマ程度が加わるから、7時間目の終了は21時を回る。私も現役時代には6限目に大学院向けに7時半まで授業をしていた。私の場合、学生のほとんどが職業人だった。仕事の都合で授業開始に間に合わないこともある。そんなときは、ある程度待つなど、比較的柔軟に対応していた。そうなると、終了時間が19時30分を回たりもした。とにかく、仕事と勉強を両立させようとする方々だから、その熱心さには迫力があった。 |
あと何回? 2014/12/10 Wed 4401
このごろはプロペラ機で運航する便が増えた。小さな飛行機で飛んだ方が効率がいい。それで便数も増えれば、けっこうなことである。出雲や小松に出かけるときは福岡空港を利用する。出雲へはJAC(日本エアコミューター)のSAAB340Bが飛んでいる。スエーデン製で36人乗り、通路の左側1席、右側2席の12列の仕様である。私のような小柄な人間でも
少し体を曲げて座席に座る。客室乗務員1人の小型機だが、これがじつにかわいいのである。さらに、JACで提供しているキャンデーは、私の大好きな「黄金糖」であることも空の旅を楽しくしてくれる。一昨年のことだが、JACからの依頼で、鹿児島空港にある本社へ講演に出かけたことがある。その際、黄金糖の話をしたところ、「お土産(?)」に黄金糖をいただいた。それを聞いた娘は、「お父さん、そんな話をしたら『ちょうだい』と言ってるのと同じじゃないの」とあきれていた。
このほか、福岡や熊本からボンバルディア社のプロペラ機が飛んでいる。仕様の違うものもあるのだろうが、私が乗ったのは74席である。この飛行機は主翼が胴体の上部に付いているため、離陸の際には車輪が滑走路から離れる瞬間が見える。当然のことながら、着陸時には接地して煙が出る状況を楽しむことができる。
つい先だっては、福岡から中部国際空港に向かったときがボンバルディアだった。空港に着陸して、そのままビルに向かう。その間もプロパラは回転している。主翼とプロペラの向こう側に空港ビルが見えた。そのときだった。「この光景をいつまで見ることができるのだろうか」という思いが頭に浮かんだ。私もずいぶんと飛行機に乗ってきたが、すでに66歳を超えた。「あと何回くらい乗るんだろうか…」。そんなことを考える年齢なったのである。そうであればこそ、これまで以上に毎日を大事にしよう。いつが最後のフライトになるのか。それもまた楽しみになってきた。 |
国産旅客機 2014/12/09 Tue 4400
私がはじめてプロペラ機に乗ったのは、大阪から徳島に飛んだときである。もう40年くらい前のことである。その後に本四架橋が完成したため、この便はなくなった。そのころは国産のYS11機が飛んでいた。これは東京オリンピックのころに製造されたもので、ギリシャから聖火をもってきた。日本は太平洋戦争までは自力で飛行機をつくっていた。その代表として最も知られているのが零戦だろう。その機動性はアメリカの戦闘機を上回っていたから、少なくとも開戦初期には大きな戦果を挙げたという。しかし、その一方でパイロットの人命を守るといった点からはきわめて貧弱な装備だったようだ。さらに戦争末期の特攻隊などは、人命軽視の最たるものである。敵艦に突っ込んで打撃を与えたケースはあるが、その命中率はどのくらいのものだったのか。おそらく悲しくなるほど低かったと推測する。そもそも若者たちの命を軽視するとは、一体全体、国は何のためにあるのか…。
そして敗戦後、わが国は連合国によって占領され、武装解除、飛行機の製造も禁止された。それが戦後20年ほど経って、YS11という国産機の製造に至ったのである。YSの由来は、設計した「輸送機設計研究協会」の「輸送機」と「設計」の頭文字をとったものだという。YS11は国内線や自衛隊で使われていたが、旅客機としては2006年にリタイアした。その後は、わが国で本格的な国産旅客機は製造されなかった。そして、このごろ久しぶりに国産機MRJ(Mitsubishi Regional Jet)が登場することになった。その名の通り、三菱重工業が中心になって開発したもので、先ごろ試験飛行が行われた。完成までにはもう少し時間がかかるようだが、すでにそこそこの契約が成立したという。しかし、この領域では、他国製の飛行機とも競争しなければならないらしい。 |
今月の写真(2) 2014/12/08 Mon 4399
今月の写真の続き。菊池渓谷から山道をドライブして阿蘇の外輪山に達したところまで書いた。阿蘇山は五岳と呼ばれる五つの山から構成されている。その構成は、根子岳・高岳・中岳・烏帽子岳・杵島岳で、噴煙が出ているのは中岳である。この写真を撮ったとき、一緒に出掛けた家内と「いつもより煙が多いなあ」と話した。
それからしばらくして、阿蘇が1000mもの噴煙を上げた。その火山灰が熊本空港にも飛んできて、多くの便が欠航を余儀なくされた。当日、名古屋から私のところへお見えになった方は、福岡便に切り替えたとのことであった。その意味では、阿蘇のご機嫌が「私にも影響を与えた」のである。その後、私も飛行機を使う予定があり、「おい、おい、大丈夫かい」と心配した。しかし、私自身は無事に空港から出かけることができた。ただし、阿蘇のご機嫌はまだ直っていない。御嶽山の悲劇から間もないこともあって、いわゆる風評被害も深刻になっている。宿泊施設のキャンセルが増えているという。専門家によれば、火口から1km以内に入らなければ大丈夫だというが、影響は避けられないようだ。しかも、こうした状況はしばらく続くらしい。自然界で流れる時間は、人間のものとは根本的に異なっているのである。阿蘇は「世界ジオパーク」として登録されたばかりである。観光客の誘致にも大いに役立つとの期待が高まっていたが、ここで気勢をそがれた感もある。
ところで、外輪山から眺めた写真だが、これが「涅槃像」に似ていると言われる。お釈迦様が横たわっている姿に見えるのである。左側に横顔がある。これは五岳のうち根子岳である。それから右に首が続き、ふっくらとした胸は高岳だ。そして、煙が昇るのは中岳である。夕日が沈む前の絶景である。 |
今月の写真 2014/12/07 Sun 4398
今月のホームページの写真は2枚とも熊本発である。まずは紅葉と水が織りなす絶景から。これは熊本県の菊池渓谷である。ここは夏の避暑地としても知られている。
熊本県は雄大な阿蘇を源流とする伏流水が各地であふれ出てくる。全国的にも知る人の多い水前寺公園だが、この東海道を模した美しい風景を映すのも湧水である。また、県庁所在地である熊本市の上水道は、100%が地下水である。熊本市は政令指定都市で人口は74万人に達している。このクラスの都市の水がすべて地下水というのは、世界にも例がないのではないか。
ともあれ、その豊かな水源から発した透き通った水が美しい紅葉と見事な調和を見せているのが菊池渓谷である。夏、その水に足をつけると、冷たさで痛みを感じるほどである。そして、紅葉の時期は写真のような季節感を漂わせる。このときは家内と二人で出かけたのだが、その絶景を撮そうと、大勢のカメラマンが、長靴を履いて流れの中に入り、しきりにシャッターを切っていた。まことに平和な情景である。しかし、時計が進んでもう少し冬になると、また厳しい寒さが襲ってくるのだろうと思ったりする。自然は人に癒やしを与える優しさと、生命を脅かすほどの厳しさを併せもっているのである。
ともあれ、この日は気持ちも穏やかになって、そこから山の方に延びる道路をドライブしていく。しばらくすると、自分たちが走っている道が阿蘇の外輪山に通じていることがわかる。われわれの眼前に阿蘇のパノラマが広がるからである。そこから撮ったのが、もう1枚の写真である。ちょうど夕刻の時間で、阿蘇が夕日に照らされていた。阿蘇とは180度反対側には、これまた見事な太陽が空を真っ赤に焦がしながら明日に向かっていた。逆光で小高い丘のように見える草原は暗くなって、こちらもまさに絵になる光景である。 |
夕刊① チョンボ修正 2014/12/06 Sat 4397
一昨日、本コラムに「インフラ物語」と題して書いた。私の講演をお聞きいただいた方からのご質問にお答えする内容である。そのことを先方にお伝えしたところ、さっそくお礼のメールが届いた。「分かりやすい説明だった」と書いてくださっていた。そこで、念のために私も再読してみた。すると、明らかなチェックミスが見つかったのである。文章の趣旨には影響ないものの、「おかしな表現」が目に飛び込んできたわけだ。やれやれ、しっかり確認していないことがバレバレではございませんか。もっとも、この夕刊を読まれている現時点では修正を終えているので、「どこがおかしかったか」はおわかりになりませーん。いずれにしても、「人生は『修正』の積み木細工」ですねえ…。 |
体感は正しかったんだあ! 2014/12/06 Sat 4396
さて、初体験の「みずほ」が新大阪を発車した。まだ駅構内だが、ぐんぐんとスピードが上がる。そして数分後には「十分満足できる」迫力になる。それから間もなく神戸トンネルに入るが、たしかな「速さ」を体感する。先頃、私は「九州新幹線」が「遅い」と思うのは窓から見える「景色の違い」によるものだとの仮説を立てた。そして、その「発見」にそれなりの満足感を味わっていた。しかし、「新大阪」から実車してみると、「やっぱしスピードも迫力も違う」のである。真っ暗闇のトンネルのなかでも「違い」を感じるとすれば、「風景」が原因だとは言えなくなる。じつは、この体感が間違っていなかったことがわかったのだ。私はこのコラムに、「九州新幹線が遅いと感じる」と折に触れて書いていた。それをご覧になった愛読者のお一人がその理由を教えてくださったのである。
九州新幹線は「整備新幹線」と呼ばれる。これに対して、東海道新幹線と山陽新幹線、さらに東北新幹線の東京~盛岡間、そして上越新幹線は整備新幹線ではないのである。ここが重要なポイントになっている。そもそも整備新幹線区間は最高速度が260km/hとして設計・整備されているんだそうな。その理由は建設コストなどが絡んでいるらしい。しかも、スピードをアップするとなると騒音やレールの消耗の問題など、コストがかかるといった問題も抱えているのだ。ということで、私がいくら叫んでも、九州新幹線は260km以上では走らないことが判明したのである。
ところで、初めての「みずほ」体験だったが、ずっとPCで仕事をしていた。その間に、ほんの少しばかりウツラウツラした。その結果、自分が「思っていた」あるいは「心配していた」よりは早く熊本に着いた。そこで、「大阪までなら飛行機にこだわらず新幹線でもいいか」という気持ちになったかどうか。まだ何とも言えませんねえ…。 |
「みずほ」初体験 2014/12/05 Fri 4395
生来(?)の飛行機好きだ。九州新幹線が全通したのは3年前の2011年3月である。それは、あの大地震と大津波が東北地方を襲った翌日12日だった。そのとき、「最速」の「みずほ」を利用すると、「熊本-新大阪」間が2時間59分になった。その後、所要時間は1分だけ短縮された。一般的に、行程が3時間を切ると新幹線は飛行機と競合できると言われる。その点、「みずほ」はそこをクリアしたわけだ。その結果、熊本から関西まで新幹線を使う人が増えたのではないか。しかし、私はとにかく飛行機好きである。この3年間、関西にはけっこう出かけているが、これまで新幹線を利用したことは一度もなかった。空の方も「負けてはいられない」とばかり、大阪便を増やした。そのなかには効率のいいボンバルディア社のプロペラ機もあって、これがなかなかいいのである。
さて、そんな3年間を過ごしてきた私に大転機のときがやってきた。ついに「新大阪-熊本」間で「みずほ」に乗ったのである。正しくは、「転機」と言うよりは「やむを得ず」である。関西で仕事をして、翌朝に熊本へ帰るスケジュールである。ただし、午後から熊本で仕事が入っていたため、お昼ころまでには熊本に着いておく要がある。そこで、飛行機の時刻表を調べると、期待に添う便はあったが、それだとホテルを7時前に出ないといけない。私は早起きだから、時間だけなら問題はないが、これだと朝食もままならない。何と言っても、私は文部科学省が提唱する「早寝、早起き、朝ご飯」を奨励している立場の人間だ。ここで「朝食抜き」にしては言行不一致になってしまう。そこで新幹線をチェックすると、7時20分にホテルを出れば、希望する時間に熊本に着く「みずほ」があったのである。そんなわけで、今回初の新幹線利用と相成った。「朝飯」が理由で、3年半以上も守ってきた「飛行機好き」をあっさりと返上する、その軽いこと…。 |
「インフラ物語」 2014/12/04 Thu 4394
先日、講演会で「コミュニケーションのインフラ」について話した。伝える内容がどんなに正しいものであっても、相手との人間関係のあり方によって伝わったり、伝わらなかったりする。この「関係」を「インフラ」と呼んだのである。これに対して「インフラ」をどう考えるといいのかという質問をいただいた。
そもそも「インフラ」は、英語の〝infrastructure〟を省略したものだ。その英語辞書的な意味は「下部構造」であるが、一般的には「社会基盤」といった意味で使われる。そこで、「電気・ガス・水道」は、日常生活を送るための「インフラ」ということになる。また、経済活動の「インフラ」となれば、「道路・鉄道・空港・港湾」などを挙げることができる。さらに、携帯やスマートフォンがどんなに優れていても、その電波を繋ぐ「基地局」が整備されていなければ役に立たない。この場合は、「基地局」が「インフラ」になる。
これと同じように、「ことば」の内容だけでなく、その内容(=コンテンツ)がきちんと伝わるように、「人間関係=インフラ」を整備しておくことが欠かせないのである。私はこれをプレゼントを例にして話すこともある。たとえば、生クリームをたっぷり使った手作りのケーキを友人に送る。それをちゃんと舗装された道路を使う車で送ってもらえば、そのまま先方に届けられる。ところが、未舗装の凸凹道で、しかもおんぼろ車に乗せて運んだらどうなるか。箱の中に入ったケーキは上下左右に揺れまくる。たっぷりの生ケーキは箱の内側にべとべととくっつく。これでは、せっかくの贈り物が台無しである。ここで「ケーキ」そのものには何の問題もない。それを送り届ける手段(=インフラ)がまずかったわけだ…。これが、私の「コミュニケーションのインフラ」物語である。 |
楽しい体験(2) 2014/12/03 Wed 4393
先日、同じ日に楽しい出来事2件に遭遇した2つ目のお話。お昼から熊本市内のショッピングセンターに出かけた。いよいよ寒さが本格化するとのことで、温かい毛布なんぞを買おうということになったのである。ほかの買い物も済ませたのが2階だった。さて、お目当てのものは何階にあるのだろうと言いながらエスカレータ-近くに行くと、店内図が貼ってあった。「これこれ」と図を覗こうとしたときだった。ちょうど下の階から毛布のようなものを手にしてエスカレーターで上がってきた男性の定員さんが私たちに気づいた。「お客様はどちらをお探しでしょうか」。とまあ、こんな感じでまことに丁寧な態度である。
これに対して、「毛布を探しているんですが」と答える。すると彼は、これまたじつにすらすらと説明をする。まずは目の前にあるエスカレーターで3階に上がる。それから「…」。ここで「…」と書いたのは、正直なところあまり具体的なイメージが湧かなかったからである。それでも、そこから「まっすぐ進んだり」「その先で右か左に曲がったりする」ことはわかった。私たちとしてはこれで十分だった。あとは3階まで上がって探せばいい。そこで「ありがとうございました」とお礼を言った。それで終われば、本コラムで取り上げるほどのことはない。ところが、このあとにおもろいことがおきるのだ。
その店員さんが「いいえ、どういたしまして」といったかどうかの記憶はないが、ご本人が目の前のエスカレーターに乗って「3階」に上がっていったのである。そんなら、まずは「3階にございますので、そちらでご案内します」と言えば、さらにスッキリするのになあと思うと、おかしくなってきた。しかも、そこでお目当ての毛布を手に入れてレジに行くと、あの店員さんがいたので、さらに吹き出しそうになった。ただ、それだけのことではあるのですが…。 |
楽しい体験(1) 2014/12/02 Tue 4392
先日、同じ日に楽しい出来事2件に遭遇した。まずは朝のこと、手帳のスケジュールをネット上のカレンダーに転写していた。誰でもそうだと思うが、手帳を紛失すると最悪である。まともに仕事ができなくなるから、当然のリスク対応である。そこで定期的に記録を確認するとともに、未記入のものをチェックしていく。基本的には手帳を優先しているから、手帳に書いていてもネットに転写していないものがある。それがあれば、すぐに入力していく。
ところが、ある月のある日については、ネットのカレンダーに書かれているのに手帳に未記入のものが見つかった。手帳優先の原則から言えば、このケースはないはずなのである。しかし、とにかく私はその日程については記憶していた。つまりは、「例外的ながら、手帳に記入するのを忘れていた」ということである。それにしても、当日の開始時間が記されていない。そこで先方とやりとりしたメールを確認しようとしたが、それは別のPCに入っていて、手元にないことがわかった。そんなわけで、そのときは「おやおや」と思うしかなかった。
ところが、そうした作業を終えて、メールを開けてみて驚ろいた。なんと、たっていま経ったいまといった感じでそれからすぐに新しいメールが入った。何と、その件についてのメールが入っていたのである。先方からスケジュールを確認するものだった。まるで、こちらの様子を見ていて、すかさず確認のメールを送ってくれたようなベストタイミングなのである。もちろん、これは偶々そんなことになっただけのことである。しかし、そうは思いながらも、「人間の心って、何かで繋がっている」といった感覚に襲われてしまう自分がいた。「テレパシー」なるものの存在を信じたくなった。 |
目の前の世界 2014/12/01 Mon 4391
いつものことながら、「あっ」という間に師走になった。作家の藤本義一氏の作品に「一日は長い、一年は短い」といったタイトルのものがあった。まったく同感である。
このところ全国各地で紅葉が見頃になっている。先週だったか、朝のニュースの時間帯にNHKが京都や奈良のお寺から、紅葉した見事な庭を中継していた。最近のテレビは画面も大きくキメ細かくなったので、臨場感溢れる美しさである。その画面を映し出しながらアナウンサーが語りかける。「見事な紅葉が私たちの目を楽しませてくれます」「すばらしい美しさを見せてくれているのです」といった具合である。こうした表現に違和感を感じる人はいないだろう。何と言っても、それが「事実」なのだから…。
しかし、ちょっと待てよ。「紅葉した木々」に「人間たちを楽しませよう」とか「自分の美しさを見せよう」という意思があるのか。もちろん、「そんな気持ちや意思」があるはずもない。さらに、人間の「目が楽しむ」なんてこともあり得ない。それにも拘わらず、アナウンサーの語りかけにわれわれが違和感を感じないのはどうしてなのか。それは眼前の世界に対して、人間の方が「意味づけ」をしているからである。しかも、その「意味づけ」の仕方に、かなりの共通性があるのだ。だから、「多くの人たち」が「紅葉が目を楽しませてくれる」と感じるのである。しかし、同じものを前にして「違った意味」をもつものとして観る人も出てくる。それが芸術を生むこともあれば、精神的な脅威を生み出すこともある。
ともあれ、人間は「世界を意味づけする」動物ということである。それを「生きる力」にできるか、「抑圧する力」と意味づけするかで、人生そのものに大きな違いが生まれる。自分の目の前に広がる世界をどう見るか。前期高齢者2年生の私としては、夕日を「間もなく出かける彼岸」と観るか、「明日へのつなぎ」と観るか…。 |
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