「F]の登場:素人経済学者14 2014/07/31 Thu 4258
素人経済学者が「『E』が厳しくなるかもしれない」と予感した理由は「F」の登場だった。この「F」は、食品を中心に「E」と同じく、やや「高め」ながら「品質」を売りにしたスーパーである。もともとは、地場の老舗デパートが商品倉庫の敷地内ではじめたお店だった。ときおり、その店がある通りを車で通り過ぎることがあった。その際は、「ああ、デパートが小さなスーパーをつくったんだあ」程度の認識だった。それが人から話を聞いたのか、それとも単なる好奇心だったのか、そのきっかけについては記憶がはっきりしないが、とにかく店に入ってみたのだ。そのときは、おそらく「ここは『E』と同じ路線のようだ。品質にウエイトを置いた、『ちょっと高め』でいくんだ」くらいの評価をしたと思う。それが成功したのだろう。そこが第1号店だったと思うが、他の場所にも2号店、3号店ができてきたのである。
素人経済学者にも、都心の流通業界で厳しさが増していることくらいはわかる。郊外に巨大ショッピングモールが登場してから消費者の動きが変わった。そして従来の中心街がのきなみシャッター街と化していった。そうしたなかで、デパートも厳しい状況に追い込まれている。デパートと言えば、街の花だった。何と言っても「百貨店」である。いろんなものが一ヶ所で手に入る。もちろん、サービスもいいし、品質も信頼できるというのが相場だった。さらに、私が大学性のころまでは、「だれもが冷房を楽しめる」楽園でもあった。おそらく「エスカレーター」も多くの人がデパートで初体験をもったのではないか。福岡の天神のど真ん中には、老舗のデパートである「岩田屋」の建物がどっしりと腰を据えていた。 |
地場資本の苦境:素人経済学者13 2014/07/30 Wed 4257
シニアなどの「いいもの志向」に応えて、地場のスーパー「E」はそれなりに頑張っていた。やや値が張るとしても、品物の質がよくて、安心感も相対的に高いという評価が定着していたのである。そして、一般の客であるわれわれから見ると、お店もうまくいっているように見えた。ところが、素人が知らないうちに「E」の経営が厳しくなったらしいのである。その理由はよくわからないが、新幹線の鹿児島中央駅への出店などがうまくいかなかったという情報もあった。
熊本に住みはじめて35年近くになる。その間、地元を中心にして展開していたいろんなところがアウトになった。あのバブル崩壊が大きな要因だったのだと思われる。とにかく、「〇〇、お前もか」とシーザーのように驚くほど軒並みという感じだった。まずは「ニコニコ堂」である。ここは、長距離の松野明美選手などを抱えて全国にも知られていた。とにかくドでかい、いわゆるショッピングモールなども積極的につくっていた。「ビッグウエー」というお店もあった。ここは「ニコニコ堂」と資本が繋がっていたかもしれないが、とにかく消えてしまった。また、「寿屋」もすぐに思い出す。ここは、スタートそのものは大分だったようだが、熊本の中心街にも店舗を構えて、九州内では最大手の地位を誇っていたと思う。それらが次から次へと消滅していった感があった。その根本的な理由も素人にはわからない。ただ、おそらく「拡大しすぎた」という点では共通しているのではないか。そして、「E」も鹿児島に足を伸ばしたことが致命的だったのかもしれない。
ただ、これとは別に、素人経済学者としては、「『E』が厳しくなるかもしれない」という予感があった。 |
熊本駅から「E」と「F」へ:素人経済学者12 2014/07/29 Tue 4256
熊本駅のバス停は、私の目には、どこ行きがどこにあるのかよくわからない。それに加えて、新幹線口とは反対にある旧来からの駅前に出ると、市電の電停がある。こちらは時間帯にもよるが行列ができたりもしている。そのなかには外国人観光客らしい人たちがいたりして、楽しそうに待っている。つまりは、タクシーでなければバスよりも電車に乗るのである。そして電車は「バスセンター」には行かない。それどころか、そのまま通町筋という、地場のデパートが目の前にある電停まで行くのだ。だから、「バスセンター」は影に隠れてしまうのである。こうした問題に対する対応はプロが考えているのだろうが、「素人目」には「何をやってるんだろうなあ」と見えてしまう。こうした状況で熊本駅の再開発がどのようになり、どんな影響を及ぼすことになるのだろうか。
さて、そもそも「素人経済学者シリーズ」をはじめた動機は、私が地元スーパーのEとFに関心をもったからだった。それが、いつものように道草、寄り道、脇道の連続で大拡散してしまった。そこで「原点」に戻って、このシリーズにも早めに決着をつけよう。まずは復習からはじめると、Eは地場資本のスーパーだが、「いいものをそれなりの価格」という戦略で売り上げを伸ばしてきた。われわれのような適当に年を取った者たちにけっこう受け入れられたのである。安全や品質に目を向ければ、「すこし高いけれど肉がしっかりしている」「魚がきれい」などと評価していたのである。そんなことで、間近にある大手のスーパーに行かずに、車で出かけたりもしていた。その店でご近所の方と会うこともあった。こうして「いいもの志向」の人たちを引き寄せていたのである。 |
JR熊本駅:素人経済学者11 2014/07/28 Mon 4255 Continued from 6/7
「素人経済学者物語」が6月7日から途絶えていた。これについても、終息させておかないといけない。
前回は、「熊本駅」の再開発が少し先に予定されているところまで書いていた。実際に「新JR熊本駅」がどのくらいの規模になるのかはわからない。JR九州は、このところ積極経営を旨とし、超豪華列車「五つ星」や「農業」への進出を図ってきた。そのトップが交代した。前社長は会長として引き続き影響をもっているのだと思うが、私なりに「新駅」については関心がある。すでに述べたように駅周辺の雰囲気で言えば、鹿児島中央駅は熊本と比べて格段に都市の駅らしい。また工事中ながら、大分駅の方がしっかり整備されていて、中核都市の風格を備えている。写真だけで判断を求めれば、大分の方が都会だという人が多いことは疑いない。電車で駅を通過する際のイメージで言うなら、佐賀駅の両サイドだって熊本よりはるかに都会風に見える。佐賀市の人口はおよそ24万人、熊本市は73万人なのである。ついでながら、鹿児島60万人、大分47万人だ(2010年国勢調査)。こんなことを書き連ねていると、間もなく35年周年を迎える自称「熊本人」としてはいかにも「自虐的だなあ」という感じがする。しかし、少なくとも現時点では、そうとしか言えないのである。
ところで、その駅前からバスに乗れば、市街地に向かうバスのほとんどが「バスセンター」止まりである。地場のデパート一番店がある熊本市の繁華街はその先にある。から、そこまで行く前に乗客たちは降りることになる。そうなると、「バスセンター」の地下街や隣接するデパートも客を期待することができるわけだ。しかし、ここにも素人経済学者から言わせれば問題がある。 |
故郷認定第1号:八幡市 2014/07/27 Sun 4254
八幡市の記憶はまだある。⑨台所にガスコンロが2つ並んでいた。⑩妹を脅かしたら、土間に落下した。そのとき母親はいなかったのではないか、⑪父親に叱られて床下に押し込められた。そのときの床下の光景というかにおいまで記憶しているような気がする。⑫父が自転車を買って、それを大事そうに家の中に置いていた。おそらく盗難に遭ってはいけないと考えたのだと思う。⑬近くに吉田さんというたばこ屋さんがあって、その2階で写真を撮った。その当時、プライベートに写真機をもっている家などほとんどなかった。つまり、「もう一つの吉田さんち」はお金持ちだったに違いない。⑭父が野球をしているグラウンドに連れて行ってくれた。そのとき、「野球は人間とボールが競争するゲーム」だといった感じの説明を聞いた。それで何となく野球が理解できたような気がしたような記憶もある。⑮雪が降る時期に母親とどこかへ行った。ずいぶんと後になって、母親の話なども合わせると、それが幼稚園に入園するための手続きだったのではないかと思うようになった。そのころは幼稚園の数も少なく、団塊世代で子どもたちの数が多かったことから、私は幼稚園に行くことはできなかった。つまり、私は園卒ではないのである。その代わり、家の近くに住んでいたお兄ちゃんたちから可愛がってもらった。三輪車で走り回ったとき、そのお兄ちゃんたちが感心してくれたことを妙に憶えている。人間はほめられると嬉しく、いつまでも記憶に残るに違いない。
もちろんすべてが断片的ではあり、大きくなってから「脚色した記憶」になったものもあるのだと思う。しかし、これだけの記憶リストがいつでもすぐにできるのだから、私にとって「八幡市は故郷」だと言ってもいいと思うのだ。 |
夕刊⑪:遅くなっても「ノンストップ感」 2014/07/26 Sat 4253
私は「せっかち」だけでなく、長時間「じっと」していられない。授業や講演でも、はたまた研修でも、うろちょろし続けて「じっと」していない。子どものころから「落ち着きがない」と言われてきた。それが出張など遠方へ出かける際にも現れる。そもそもが飛行機好きではあるが、九州新幹線が開業してからでも、新大阪まで乗ったことがない。すべて飛行機である。所要時間だけで比較すると、たとえばわが家から大阪の梅田までだと、ほんの少しだけ飛行機が早く着く。この間、新幹線だとタクシーで熊本駅まで行けば、あとは新大阪まで1本、環状線で大阪駅まで行って梅田に到着する。これが飛行機だと、まずは熊本空港までタクシーかバスか、車になる。空港は市内から16Km以上あって、タクシーだと5,000円近くになるから、けっこうな負担である。伊丹についても、リムジンバスで梅田まで30分以上はかかる。それでも、どれもがじっとしているのは1時間以内だから気持ちが落ち着くわけだ。私はこれからもこのパターンでいくんだろうと思っている。 |
私の「故郷」はいくつある? 2014/07/26 Sat 4252
私にとって、「故郷」はどのくらいあるのだろう。父が転勤族だったため、子どものころから、福岡・佐賀・長崎の三県で引っ越しを重ねた。戦後の一時期、中国から引き揚げた両親は母の実家近くの浮羽郡吉井町に住み、そこで私は生まれた。だから、「故郷」が生まれた土地というだけの定義であれば、吉井町は私の故郷である。しかし吉井町に住んでいた記憶はない。「故郷」が「生まれ育った土地」と言っても、「育った事実」だけでなく、「その記憶」も含めているのではないか。そう解釈すれば、吉井町は「私の故郷」としての条件を満たしていない。そのうち、父は試験を受けて公務員になった。初任地は当時の八幡市だった。そこで今度は八幡市の住民となり、私が小学校に入る少し前まで生活した。この数年間の記憶は間違いなくある。年齢にして3歳から6歳のことだから、断片的かつ曖昧さも伴うが、頭に浮かんでくることが、一つや二つではないのである。まずは、①母親に連れられて買い物に行ったとき、アイスキャンデーを食べた。②さらに買い物がらみでは、町中から遙か遠くに高い塔のようなものが見えた。それはひょっとしたらガスタンクだったかもしれない。③家の近くに石膏屋さんのようなものがあり、店のウインドウに商品のサンプルが飾ってあった。④町を電車が走っていて、その道の脇に公衆電話ボックスがあった。⑤子ども同士のトラブルで追いかけられて、暗くなった路地をわが家に逃げて帰った。⑥映画のタイトルも、筋も憶えているわけはないが、乙羽信子が汚れ役をした映画を母と観た。⑦少し傾斜した自宅の前の道で、近所のお兄ちゃんが遊んでくれた。⑧三輪車を買ってもらって、それを周りの人たちが驚くほど器用に乗り回していた。 |
夕刊⑩:遅くなっても「ノンストップ感」 2014/07/25 Fri 4251
とにかく生来のせっかちである。それが故に、冷静に考えるとおかしなことをすることがある。私にとって、「ノンストップ感」を追求するあまり非合理的な行動を取ったりするのだ。たとえば、目の前に博多発17時20分の「つばめ335号」が発車しようとしている。ところが、それよりも16分後の17時36分に出る「さくら561号」がある。こうなると、迷うことなく「さくら」を待つ。理由は単純で「つばめ」は各駅停車だから「ノンストップ感」が味わえないのである。ただし、「さくら」も新鳥栖と久留米には止まるから「完全ノンストップ」ではない。しかし、それ以外に「筑後船小屋」「新大牟田」、そして「新玉名」は通過するから、それなりに「ノンストップ感」を楽しめるのである。その到着時刻だが、16分前に出た「つばめ」は熊本に18時08分に着く。これに対して「さくら」は18時14分着である。この6分間の「遅れ」は、「ノンストップ感」の爽快さによって完璧に相殺される。とにかく「せっかち」なのである。 |
絶叫アイディア 2014/07/25 Fri 4250
世の中にはいろんなアイディアがある。そのなかでも、小さなものの方が楽しい。先日、熊大教育学部の附属中学校同窓会から案内状が届いた。いまから12年ほど前、私は何と附属中学校の校長を務めたのである。そのご縁で同窓会の案内が送られてきたわけだ。はがきには二つのイベントが記されていた。まずはメインの「総会・懇親会」が開催される。それとは別の日に「懇親ゴルフコンペ」が行われるという。さらにイベント以外に「姓・住所変更等」の項目も付いている。その下に、※印付きで一文が添えられていたが、これにはしびれた。
「※上記いずれかに〇をつける方のみご返信ください」。はがきの表を見ると「料金受取人払郵便」となっている。いやあ、経費削減策としてじつに素晴らしいアイディアである。イベントに参加するか、住所等の変更がある人だけがはがきを送るから、郵送料は必要最低限ですむ。こんなときは往復はがきを使って、出席や参加の有無を確認するのが一般的だった。こうなると「往復」分の料金がかかる。しかも復路のはがきに、「出席の有無」に「〇」をつけるための印刷をしなければならない。それでまた経費が上乗せされるわけだ。それが、はがき1枚で目的を達するのだから感動してしまう。それに、「無」に「〇」の付いた回答が届いても、実際には来ない人の情報だから、なくても困らないのである。さらに往復はがきと比べれば用紙も半分になるから、「省資源」に貢献することになる。とにかく素晴らしいことずくめだ。私自身がこうした方法を見たのははじめてだった。いずれにしても、「ちょっとしたアイディア」が省資源、省エネルギーに繋がっていくのだから、嬉しくて絶叫したくなる。 |
夕刊⑨:「ノンストップ感」 2014/07/24 Thu 4249
東海道新幹線の運行本数の多さには驚くしかない。もうかなり前のことだが、品川で新幹線を待っていたとき、3分おきで列車がやってくるのにはたまげてしまった。これだけの本数を一括してコントロールしているのだから、それはそれは信じられないシステムなのである。それほどすさまじい列車が同じレールの上を走るのである。だから、名古屋を出た各駅停車の「こだま」はほとんどの駅で通過列車を待つことになる。それも1本だけではなく、ときには2本が真横を走り去っていくこともある。この待ち時間が積み重なって、136.7kmの距離を走るのに1時間少しばかりかかるのである。これは、3人並んでいるだかで何にしてもあきらめるのが精神の私にとっては相当程度のストレスになる。だから、名古屋駅でタイミングよく「浜松」に止まる「ひかり」に出会うと欣喜雀躍する。それで「一気に」浜松まで走るのである。そうすると、先発の「こだま」を、早ければ次の「三河安城」で抜き去ることになる。そして「浜松」で降りてから、次にやって来る「こだま」を待つのである。それに乗れば次の駅が「掛川」ということになる。こうした乗り換え時間を含めると、総時間としては「こだま」だけを利用した場合とそれほど大きな違いはなくなる。しかし、少しだけでも「ノンストップ感」を味わうことで満足できるのだから、精神衛生上はプラスになっている。 |
青春時代への旅:家計メモ22 2014/07/24 Thu 4248
私は当時の学生にとって定番だった麻雀はまったくしませんでした。そもそもルールを覚えるのも面倒くさくて、興味がもてなかったのです。それはそうと、いまどきの大学周辺には雀荘が見当たりません。昔は、雀荘のない大学なんて考えられませんでした。これも時間の流れです。もう一つ欠かせなかったのがパチンコ屋さんですね。学生の中には雀荘やパチンコ屋から大学に通った友人もいました。そんなことですから、「雀荘」や「パチンコ屋」に大学が「附属」しているという感じでした。
さて、長期連載になってしまった「家計メモ」ですが、その最後は「書籍 2,000円」で終わっていました。そのころの予算が、24,000円でしたから、10%に満たない額です。私の記憶はしっかりしていないのですが、実際は予算以上に本を買っていたと思います。とにかく本好きで、書店で「おっ」と思うと手が出ていました。もう時効的な期間を超えていますから実名を挙げますと、法学部の今地君という友人と「競争」していたことがあります。それは「書籍の購入額」ではなく、1日に「何ページ読んだか」の競争です。読書のスピードは本の内容にもよるので、ページの単純な比較など、何の意味もありません。しかし、今地君と会うたびに「昨日は〇ページ読んだ」だの、「〇ページの『□』を一気に読み上げた」などと「自慢」しあうのが楽しい時期がありました。もう何十年とお会いしていませんが、私の人生にとって忘れることのできないすばらしい「ライバル」だった方です。
このシリーズは、5月11日の日曜日にスタートしましたが、本日の22回目をもって終了とさせていただきます。身辺整理中に出てきた1枚のメモのおかげで、わが青春時代に出張することができました。 |
夕刊⑧:停車時間の差 2014/07/23 Wed 4247
停車駅の数はどちらも3つ、その距離差はわずか1kmなのに、15分もの時間差がある。これが、東海道新幹線名古屋と掛川間の「こだま」と、九州新幹線の「つばめ」である。その差が生まれるのは、「こだま」の停車時間が長いからである。たとえば、名古屋を18時29分に発車する「こだま676号」は、「三河安城」「豊橋」「浜松」の3駅でいずれも5分間停車している。そのため、掛川到着は19時31分になる。所要時間は1時間と2分である。次の「こだま678号」は、「三河安城」では1分だが、「豊橋」で6分、「浜松」で5分停車して、こちらは1時間と1分後の19時55分に「掛川」に着く。これに対して九州新幹線では、各駅の停車時間は1分である。この停車時間の違いが生まれる理由もきわめて単純である。「こだま」の停車中に「のぞみ」や「ひかり」が追い越していくからだ。東海道新幹線は運行本数がけた違いに多いのである。 |
「小遣い」の行方:家計メモ21 2014/07/23 Wed 4246 Continued from 6/29
いつものことではございますが、連載していた「家計メモ」が「果物 30円×30日」で止まったままでした。これに続く項目は「小遣い」の3,000円と、「書籍」の2,000円だったことを書いたのが、6月29日でした。その後に、シネコンの得点ポイント問題が「発生」し、それに首を突っ込みすぎてしまいました。そのため、「家計メモ」を決着させることをすっかり忘れていました。
さて、「小遣い」ですが、その範囲は広く、いろいろありです。このメモを書いたころ、私はたばこを吸っていました。少なくとも1日1箱はいっていました。当時、セブンスターやチェリーが100円くらいだったと思います。そうなると、たばこ代だけで3,000円になってしまいます。このあたりはどう考えていたのか、しっかり憶えていません。たばこ以外にもお菓子なんぞを買っていましたし、コーラやジュースだって飲んでいました。さらに今ほどではありませんが、ときおり映画館にも出かけていました。
福岡の天神にソラリアホテルがあります。大昔のことですが、ここには「福岡スポーツセンター」があって、大相撲九州場所の会場にもなっていました。その隅っこに「センターシネマ」という映画館がくっついていたのです。ここは封切館ではなく、ある程度時間が経過した映画を上映していました。その代わり入場料が50円と、学生にとっては手ごろな価格だったのです。また、中州は歓楽街として知られていますが、私が子どものころは映画館もたくさんありました。中州の川端に玉屋というデパートがあって、何階でしたか「玉屋ホール」という施設を備えていました。ここでも映画を上映していて、やはり封切館ではなかったので、格安の料金で映画を楽しむことができたのです。 |
夕刊⑦:東海道と九州の差 2014/07/22 Tue 4245
浜松で通過列車に追い越されたが、「列車が通過した後すぐに発車します」とのアナウンスが流れる。たしかに、ほとんど間を置かずに、わが「こだま」くんは直ちに動き出した。じつにいいタイミングなのだ。そんなことで、「いつもより早いんじゃないか」と嬉しくなる。名古屋と掛川間は原則として各駅停車の「こだま」を利用する。この間に「三河安城」「豊橋」「浜松」の3駅がある。距離にして136.7kmしかないのだが、これが1時間と少しかかるのである。
九州新幹線の距離に当てはめると、「新八代」から「鹿児島中央」までが137.7kmだから、「名古屋・掛川」間とほぼ同じである。九州新幹線でも、この二つの駅の間に、「新水俣」「川内」「出水」の3駅があるから、駅の数も同じだ。しかし、九州新幹線の各駅停車「ツバメ」はこの距離を44分で走っている。どうしてこれほど大きな差があるのか。その理由ははっきりしている。東海道新幹線の「こだま」は各駅に停車する時間が長いからである。 |
ある故郷考 2014/07/22 Tue 4244
「故郷:生まれ育った土地。ふるさと。郷里(大辞林)」「故郷:〔生まれた町〕one's hometown; 〔生まれた村〕one's home
village; 〔生まれた所〕one's native place 第二の故郷|one's second home(プログレッシブ和英中辞典)」。
私にとって「故郷」はどこになるのか。「生まれた土地」は福岡県吉井町である。現在は平成の大合併で「うきは市」になった。父と母が中国から引き揚げてきて、母の実家近くで数年を過ごした。その間に私が生まれたのである。私は「生まれ落ちた吉井町」に強い親近感をもっている。ただし、そこで「育った」記憶はない。いわゆる「本籍地」は「門司市」、現在の「北九州市門司区」だ。ここは「父が育った」土地である。父と母は門司区の城山霊園にある墓で眠っている。そんなことから、私が地元の新聞で「北九州出身」と紹介されたことがある。それを見た友人が「吉田さんは北九州出身だったのですか」と聞いてきた。その方も北九州の出身で親しみを感じられたらしい。私も北九州から来た人や学生に会うと、「自分の本籍は北九州の門司なんです」と話すことにしている。
もっとも、私は門司で住民登録をしたことはないし、住んだこともない。だから、「生まれ育った土地」という定義では、「本籍地の門司」は「私の故郷」ではない。ただ、父の母親や兄の家が現在のJR門司駅から歩いて5分程度のところにあった。父の弟も同じ北九州の小倉に住んでいた。そんなことから、お正月やお盆になると、わが家が揃って門司に出かけるのがしきたりになっていた。職場ではおとなしいと聞いていた父が、兄弟たちと談論風発、大声で議論する姿が記憶に残っている。私は従弟たちと一緒に遊んだから、門司駅周辺のことは周知していた。 |
夕刊⑥:通過線路の新幹線 2014/07/21 Mon 4243
新幹線の信号トラブルで困った方が多かったと思うが、結果として私にとっては幸いした。信号トラブルで5分だけ遅れた「こだま」がやってきたため、ほとんど待たずに乗れたからである。その代わり、いつものように、時速270kmで走り去る通過列車をホームから楽しむことはできなかった。ともあれ「こだま」に乗り込んだところで、列車の横を「のぞみ」か「ひかり」かが追い抜いていった。このときは通常のスピードのように速い感じがした。
そして、わが「こだま」くんもすぐに発車した。これが驚いたことに、駅を出るといきなりグーンと加速した。これではいつもと同じスピードである。私としては、この日は名古屋に着くまで減速が続くだろうと覚悟していた。とくに「こだま」である。この先も「のぞみ」や「ひかり」が優先されるに違いない。そんなあきらめがあっただけに、これもまた嬉しい誤算である。もっとも、次の浜松駅に着く前の天竜川鉄橋を過ぎてから、ちょっとばかり信号待ちになった。このときも、「浜松駅で列車が詰まっているため、今しばらくお待ちください」との丁寧なアナウンスがあった。しかし、それでも停止した時間はほんの少しで、私の予想よりも早く動きはじめた。そして浜松駅に着くと、通過列車がいつもの猛スピードで追い抜いていった。 |
「筋書き通り」の歪曲 2014/07/21 Mon 4242
本日で「教室間違え事件」もおしまいにします。授業は3階の教室でしているのに、どうして私は2階に行ったのでしょうか。これには自分なりに納得のいく説明ができます。それは、あることを「早く早く」済ませようとしていたからです。すでにお話したのですが、この日、私はかなり重要な用件で事務の方と情報交換をしなければならないと考えていました。しかも、授業後は時間がとれない予定が入っていたため、あくまで1時限目の前に、それを済ませる必要があったのです。もちろん、そうかといって非常識な時間には行けません。つまりは8時15分といったあたりが適切なのです。それだと5分で話が済めば、まだ授業の開始まで20分程度の余裕があります。そんなことが頭にあって、「少しでも早く事務室に行きたい」という気持ちが働いたに違いありません。そこで、3階まで行かずに、2階の教室が目的地だと思い込んでしまったのです。多くのミスやトラブルがこうした「思い込み」から生じることが多いのです。
たとえば、もう15年ほども前になりますが、ある病院で「患者取り違え事件」が起きました。このときは、心臓手術のベッドに肺の手術をすべき患者が寝ていたのです。前の週に患者と話をした麻酔医は、髪や歯の状態などに違和感を覚えたといいます。事故が起きた後で、「患者が違う」ことを示す事実がかなりあったことも明らかになっています。しかし、数か月後に主治医は「胸を開いてみたら症状が予想と違っていた、別の患者が運ばれてくるとは想像もしなかった」と語っています(熊本日日新聞
1999年7月8日)。私たちは「そもそもの前提」を疑うことなく、目の前のシグナルも「こんなこともある」として筋書きに合わせてしまうのです。 |
夕刊⑤:通過線路の新幹線 2014/07/20 Sun 4241
掛川から名古屋まで「こだま」に乗った。この日は信号ケーブルのトラブルで東海道新幹線は最大80分近くの遅れが出ていた。しかし、私にはそれが幸いした。掛川駅に着いたとき5分ほど遅れた「こだま」が数分後にやって来るという状況だった。ただし、この日は通過列車の迫力を楽しむことができないとあきらめた。そんな気持ちでホームに上がると、何と幸運なことだろう。通過用の線路に新幹線が「いた」のである。ただし、いつもとは違って止まっているのだ。それからほんの少しして、その列車は「ゆっくり」と発車していった。
これはなんと素晴らしいタイミングだったことよ。もちろん初体験である。こうした事態になった理由は単純で、東海道新幹線全体に遅れが出たことから、列車間の調整をするために信号待ちしていたのである。それにしても、いつもは270kmで走り抜ける通過線路に新幹線が止まっているのに遭遇するなんて、これまで体験したことがない。乗客としては「はやく走ってよ」と思っていたに違いない。またJR東海も大変だったはずだが、私としてはこの初体験に大いに満足した。さっそくシャッターを押したが、写真だと、この列車が疾駆しているのか止まっているのかはわからない。 |
自分を疑う力 2014/07/20 Sun 4240 Continued from 7/18
「教室間違え事件」の第3番目の問題は、「最初に感じた違和感」を生かさなかったことです。教室のドアを開けた瞬間でした。「あれっ、教室って、こんな感じだったっけ」と頭の中で疑念が走りました。それは「椅子」がいつもと違う感じがしたからです。「いつもと違うような気がする」。その気分を無視することから「エラー」が起きる。これは私が「リスクマネジメント」の講演でいつも指摘しているポイントなのです。その落とし穴にしっかりはまってしまいました。当然のことですが、後になって「本物の部屋」に行ったとき、「ああ、そうだそうだ。これがいつもの椅子だあ」と妙な感動すら覚えました。しかし、それも授業に5分程度の遅れが生じただけで済んだので、「感動」などという、その場としては不適切な感情が起きたわけです。これが重大な問題に繋がるものだったら、そんな悠長なことを言ってなどおられません。
もう一つの問題点は、AV機器を収納したロッカーのキーが共通だったことでした。教室ごとに違っていれば、キーが働かないので「おかしいな」ということになります。しかし、このときは「すんなり」といったものですから、その点で「部屋が違うのではないか」と疑わなかったのです。ただし、「キーが共通」であることは、随分と以前のことですが、聞いたことがありました。だから「ロッカーが開くから教室を間違えてはいない」との判断は誤っているのです。しかし、それも「教室が違っているのではないか」という積極的な疑問を感じなければ、このことが「エラー発見」の手がかりにはなり得ないわけです。こうして学生が来ない教室で、時間だけが経過していったのです。今回の件で、私は「自分を疑う力」の大事さを実感しました。 |
愚かな霊長類 2014/07/19 Sat 4239
ヨーロッパへ出かける際に、二つの飛行ルートを体験したことがある。その一つは韓国から中国上空を通ってモンゴル、ロシアを通過する。その後はスカンジナビア半島あたりからヨーロッパへ向かうのである。夜間にモンゴルを通過するときは、漆黒の空におびただしい数の星が輝く。そして眼下にはポツポツと町や村の灯りが見える。「ああ、みんながそれぞれの場所で生きている…」。そんな想いとともに、その人たちの生活を空想する。もう一つ、ドバイ経由でギリシャに出かけたときはヒマラヤの上空を飛んだ。もうどれもがエベレストに見える壮大さである。そんな中で、自分としては「エベレストの上を通過した」と信じている。そのときはさらに、広大なサハラ砂漠も真下に見えた。水は流れていないが川の流れのような筋がはっきり残っているのが印象的だった。そして地中海の上だって飛んでいく。
私たちの世代は20代の半ばまで中国との国交が回復していなかった。したがって、それまでは国際法上は交戦国だったのだと思う。そんな中国大陸の上空を飛んでいると、平和の大事さを実感する。よその国の飛行機が勝手に飛んでいけば撃墜される。大韓航空機が領空を侵犯したとして樺太付近でソ連軍から撃墜されたのは1983年のことである。民間機と識別できなかったのかどうかは知らないが、乗員乗客合わせて269名もの命が失われた大惨事である。しかし、その不幸なことがまた繰り返されてしまった。今度はウクライナの上空である。このところ内戦という厳しい状況が続いていたが、その中で「撃墜」されたという。こんなことがあっていいのか。その責任の所在については、両陣営がお互いに非難しあっているらしい。人間が霊長類だなんて、動物たちが笑ってる。 |
夕刊④:通過駅の楽しみ 2014/07/18 Fri 4238
東海道新幹線は今年で開業50周年を迎える。東京オリンピックが開催された1964年10月1日にスタートした。それから10日後が東京オリンピックの開会式である。この間、工事関係者が亡くなったことはあるが、一般の乗客が運転中に死亡する事故はゼロという輝かしい記録を打ち立てた。もちろん、今も更新中である。私は仕事で掛川駅をけっこう利用する。この駅の魅力は時速270kmで「のぞみ」や「ひかり」が通過するときのド迫力を体感できることだ。しかもタイミングがいいと上下線が目の前ですれ違うのである。これにはだだひたすら興奮してしまう。どんなことでも3人が待っていたら並ぶこともしない私だが、掛川駅には少しばかり早く着くと嬉しくなる。寒い季節でもホームに上がって通過列車を待つのである。東海道新幹線は本数が半端ではない。だから、ものの10分も待っていれば、少なくとも3回程度は通過を楽しめる。ただ、そのすさまじさを目の当たりにすると、「こんなものに自分も乗ってるのか」と恐怖感すら覚える。それほどすごいのだが、とにかくおもしろくてやめられない。 |
ミスの原因 2014/07/18 Fri 4237
さて、今回の「学生が来ない騒動」は、私にとってきわめて貴重な体験になりました。その経過を追うと、「エラー」に関して様々なヒントが得られます。まず、①3階の教室へ行くべきなのに、どうして2階だったのか。それまでは間違いなく3階へトントントンと階段を昇っていました。それがどうしてこの日に限って2階だったのでしょうか。おそらく、「どうしても授業がはじまる前に事務室に行って話をしなければならない」という事情が影響したと推測します。だからできるだけ「早く、早く」なのです。
次は、②目的である事務室のブラインドが降りていたのに違和感を感じなかった。いつもは部屋の灯りが点いていて部屋の中が見通せるのです。少なくとも誰かがいるくらいのことはわかります。それがブラインドで完全に閉ざされているのです。「ちょっとおかしいなあ」と思ってもおかしくない状況です。たしかに、時間がやや早かったのですが、それでもすでに8時は回っているのです。仮にそのときはまだ人が来ていなかったとしましょう。しかし、それから8時20分を過ぎて、教室からちらりと覗いたときもブラインドの状況は変わっていませんでした。これは明らかに普通ではない状況です。それでも「自分が誤って別の教室にいる」という認識に至らないのです。しかも、目の前では学生がまったく来ない事実も進行中なのにです。この時点で気づかなかったことに、われながら驚いてしまいます。それほど柔軟な発想ができないなんて、やはり前期高齢者であることも効いているのでしょうか。いえいえ、そんなことで問題をごまかしてはいけません。これは単純に私の思い込みの強固さの故であり、「いつもと違う」事象に対する感受性の低さが問題なのです。 |
夕刊③:MLBとの違い 2014/07/17 Thu 4236
ヤンキースの田中将大投手が肘を痛めて欠場することになった。開幕当初から期待通りの大活躍だっただけに何とも残念だ。本人も悔しい思いでいるに違いない。専門的なことはわからないが、投手が腕の筋肉をいかに激しく使っているかがわかる。それにつけても、大リーグへの入団が大騒ぎになっていたときのことを思い出す。アメリカのプロが田中選手の肩について懸念を表明していた。とくに日本シリーズの際に連投したのは、向こうの常識では信じがたいことのようだった。日本的な感覚では、日本一が決まる大試合に投げることは格好いいことである。まさに「肩を壊しても投げさせてください」と志願する。もうそれだけで感動ものである。それにあの星野監督である。もう義理と人情の物語は完璧にできあがる。しかし、それが長い目で見れば問題を引き起こすとなれば、そこは冷静に対応しなければならないということだろう。
大リーグでは投球数にも制限を加えている。それは「ビジネス」として「商品」を長持ちさせるという側面もあるだろう。しかし、何よりも本人にとってマイナスになっては、せっかくの逸材が活かされないことになる。本当の原因はわからないが、とにかくアメリカのマスコミが報じた懸念が数ヶ月で現実になったことだけは間違いない。 |
誰も来ないわけ 2014/07/17 Thu 4235
そのうち1限目の開始時間である8時40分まで10分を切ってしまいました。それでも学生は一人もやってきません。授業の前に事務室に連絡をするつもりだったのですが、それは厳しくなってきました。念のため、教室の入り口まで行って、目的の事務室を覗いてみました。何とまだブラインドが下がったままなのです。これはきわめて想定しにくい事態です。はっきり言えば、あり得ないことです。それでも、まだしばらく待っているうちに、ついには1限目の開始時間になってしまったのです。
これはまずいと思い、教務係に連絡しました。「今日はとくに休講日なんかじゃないですよね」。そんなことを確認しながら、改めて教室の入り口まで来たときでした。その瞬間に何かが私の頭の中にひらめいたのです。そして電話をしながら入り口の上にある教室名の札を見たわけです。「2-B」。
これで、この30分近くの「不可解なできごと」が起きた原因のすべてがわかりました。私が授業をする教室は「3-B」なのです。これは「原因」とも言えない。私の単純なミスだったのです。つまりは3階の教室に行くべきところを、2階までしか到達していなかったということです。これでは事務室のブラインドは閉まりっぱなしでも、学生がただの一人もこなくても当然だったのです。とにもかくにも私としては息せき切って3階の教室まで行きました。学生たちもいつもは早く来ている私の行動パターンを知っています。今日はどうしたんだろうくらいのことは考えたと思います。しかし、そんなことを聴いている時間はありません。まさに授業開始のチャイムは、すでに鳴り終えていました。ただ、「『リスクマネジメント』の研究をしている私自身が『エラー』してしまった」とは伝えました。 |
いつもと違う 2014/07/16 Wed 4234
つい先だってのことです。いつもよりも早い8時15分ころに教室に向かいました。それは、授業の前にある事務室に寄って情報を伝える必要があったからです。その部屋は授業をする教室と同じフロアにあります。そして、教室の入り口から部屋の様子が見えるのです。ただし、この日はブラインドが降りたままで、まだ人がいないようでした。いつもだとこの時間は灯りがついているのですが、少し早すぎたのかもしれません。ただし、授業後が予定があるため、どうしても授業前に数分でもお話しないといけません。そうは言っても、誰もいなければ仕方がありません。
そこで、先に教室でスクリーンやプロジェクターの準備を済ませることにしました。そのうち学生が来ますから、数分間だけ事務室に行けばいいのです。PCをセットしてからですと、電源はオフにしても、誰もいない教室に置いたままでは動けません。まだ時間は20分ほどもあります。人間ってすごいなあと思うのですが、ブラインドのかかった事務室を見て、教室のドアを開けながら、上のようなことを一瞬にして考えたのです。そして教室の中に入りました。そのとき、これまた一瞬なのですが、軽い違和感があったことを思い出します。
ともあれPCなどの準備は数分で終わりました。あとは学生が来るのを待つだけです。ところがどうしたことでしょう。この日は刻々と時間が経過するのに学生が一人も来ません。いつもですと、少なくとも一人や二人は10分以上前に顔を出すのに、何だか様子が違います。たしかに、その日は強い台風が接近中ではありました。しかし、とくに警報が出ているわけでもなく、教室から外を覗くと、ぽつぽつながら学生の姿が見えます。一斉に休講するなどとは聴いていません。 |
出発時は「1/4」 2014/07/15 Tue 4233
私は8時40分のチャイムが鳴ると同時に授業を開始します。もちろん、第一声は、「みなさんおはようございます」です。ただし、そのとき教室には受講生の半分くらいしか席に座っていません。ちゃんとチェックしたことはありませんが、「時間前」にいる学生は1/4程度でしょうか。それから5分くらいの間に2/3くらいになると思います。あとは「思いのまま」の感があります。私は最初の授業で「30分以上の遅れは欠席と見なす」と伝えています。それでも、その基準を超えて教室に入ってくる学生がいます。このあたりの対応は、正直なところかなりあいまいなままです。
グループ・ダイナミックスの領域で開発された「感受性訓練(Sensitivity training)」というものがあります。ここで細かい解説はしませんが、「リーダーシップ」や「対人関係力」向上を目的にしたグループ活動です。そこで強調されるのが、「いま、ここで」の出来事です。私のライフワークである「リーダーシップ・トレーニング」も、そのルーツは「感受性訓練」まで遡ります。ただし私としては、まことに不遜ながら、それを批判的に発展させたつもりでいます。
ともあれ、そのキーワードである「いま、ここで」は引き継いでいるつもりです。そこで、学生が教室に遅れて入ってくると、「あーっ、アウト」とか、「おやおやいまごろ来てる」などとは言います。ただし、それで「ちゃんと約束したのだから、あんたは受講してはいけない」と追い出すことはしていないのが現状です。ただし、授業後のミニレポートはその点を考慮して評価します。それにしても、われながら相当に甘いのです。もっとも、同じ1時限目でも、所属によって遅刻の程度に大きな差があります。つまりは「常識」が違うのです。 |
夕刊②:「渇き」は「藁」を超えたか? 2014/07/14 Mon 4232
映画「渇き」は賛否両論で湧いているという。予告編では役所広司が叫びまくっている場面が目に付いた。一応は「映画好き」で通しているのだから、「賛否両論」だと聴けば行かないとまずかろう。ということで、昨日の午前中にシネコンへ出かけた。先週まで続けたやたらと永いシリーズで話題になった例のポイントがたまっていたので、900点を使って観た。
父親が行方不明になった娘を探す物語である。娘を思う親の気持ちはよくわかる。ただ、映画そのものは「うーん」だった。やたらと血を見るシーンが出てきて、ついには飽きてしまう。そもそもあれだけ出さないとまずいのだろうかと疑う。それに必然性だって感じられない。また暴力シーンもドンドン血が出るが、ほとんどリアリティがない。それに役所が演じる元刑事藤島があれだけ動きまくっていながら警察に捕まらない。これも現実にはあり得ない。こうなると、私は「否」の方に入るわけだ。とにかく「救いがない映画」という評価があったので、それなりの期待と覚悟をもって出かけた。しかし、「救いがない」度合いでは、昨年の「藁の盾」には及ばない。 |
またもや「ありがたや」 2014/07/14 Mon 4231
「ご愛読者の皆さまは神様です」。かつて、こんなセリフで知られた国民的歌手がいましたね。私もそのセリフを使わせていただかなければなりません。昨日、「私も使うことができる分室」と書きました。これに対して、「シニア教授になると部屋はなくなるんですね」とのお問い合わせがありました。まことにありがたいことで、ちょっとした文言にも注意を払ってくださっているのです。また「ありがた節」のメロディーが私の頭いっぱいに広がっていきました。この「ありがたや節」は3月末にもちょっとだけ触れたことがあります。しかし、そのうち本欄でしっかりご紹介することが必要だと思っています。
ところで「分室」の件ですが、私は退職する前から「教育実践総合センター」で仕事をしています。これが教育学部から3kmほど離れた、附属小中学校と同じ敷地内にあるのです。そのために、授業などは熊本大学の本部地区に当たる黒髪キャンパスまで出かけて行くことになります。そこで、「センター」の職員が共用で使える「分室」が準備されているというわけです。
さて、8時40分からはじまる1限目好きの私は早めに教室に出かけて学生が来るのを待ちます。これが8時20分ころです。教室ではスクリーンを降ろしたり、プロジェクターをオンにしてPCと繋いだりします。今では無線LANの施設も設置されていて、授業でインターネットをそのまま使えます。とにかく時代が変わったものです。この時間ですから、まだ学生は来ていません。ただ、ときおりですが、学生がいることもあります。ただし、一人のことがほとんどです。あるとき「早いねー」と声をかけたところ、「寝坊してしまうといけないので、起きてからすぐ来ました」との答えが返ってきました。 |
夕刊① :こらっ、「一太郎」、なんばしよっとか! 2014/07/13 Sun 4230
ベネッセの個人情報漏洩が問題になっている。その情報を買ったところがなんとジャストシステムということだ。私のワープロは「一太郎」だが、とにかく「初代JxWORD TARO」の時代からの付き合いである。その当時は8インチフロッピーディスク版だった。この会社は、徳島大学を卒業した夫婦が地元で立ち上げたものだ。二人に子どもがいないこともあって「太郎」と名づけたという。また素晴らしい日本語変換能力を備えた「ATOK」は、「阿波の徳島」に由来するともいう。とにかく、そんなエピソードも含めて、私としては高く評価し続けてきた会社である。それが、よりによって妙な情報を購入していたのである。私も登録ユーザーだから、ジャストシステムから、「ベネッセの情報とは知らなかった」という釈明のメールが届いた。しかし、それが事実だとしても、この時代に情報源を十分に押さえないで個人情報を購入するのは、まさに情報のプロ会社としては弁解の余地なしである。こらっ、「一太郎」、お前なんばしよっとか! |
朝から興奮じいさん 2014/07/13 Sun 4229
とにかく早い時間に自動的に目が覚める。これまで大抵は4時台だったが、最近はときおり5時台になったりする。やはり前期高齢者に達したからだろうか。新年度から「老人(シニア)教授」になったことから、大学での授業はこれまでとまったく変わっていない。定年を区切りに「おしまい」を宣言していた「公開講座:リーダーシップ・トレーニング」も、さすがに東京会場はクローズしたが、熊本では1コース開講することになった。それ以外はどうかというと、教育委員会をはじめとした自治体の委員や、研修等のお手伝いについても、これまでと同じようにお受けしている。そんなことから、退職後も「急激な変化」はない。私自身が「気分はまったく変わっていない」と思い込んでいる。そして、授業や研修で話しているうちに、つい興奮してくるのが自分でもわかる。そんなときは、こころのなかで、「おいおい、前期高齢者、少しは抑えろ、落ち着け」と言い聞かせている。
とにかく目が覚めたときからすでに興奮状態に近いのである。そしてまずは「味な話し素」を書く。その後も仕事が行列して待っている。とにかく注意散漫が主要因なのだが、あれやこれやと手を出す。書籍に限っても朝用が4冊ほどある。これに車の信号待ち用や研究室用まで合わせると、常時10冊前後の並行運転である。いずれにしても、朝の数時間は千金の価値がある。そして7時前には、ワクワクしながら朝食を摂る。その勢いのままに「大好きな1時間目」のために大学へ向かう。ずっと以前から、8時40分スタートの1限目の授業がやめられない。大学には8時ころに着いて、私も使うことができる分室に行く。そこで授業で使用するミニレポートの準備やパワーポイントのチェックをする。 |
まだ、「引っ張ってる」? 2014/07/12 sat 4228
昨日は「シネコン物語」の「連続記録樹立」を宣言しました。ところが、その後で改めて確認したところ、3日に「今月の写真」を解説していました。そのため、「連続」はここの時点で切れており、連続日数は4日~11日までの8日間ということになります。私としては、それでも「新記録」の様な気がするのですが、確信はもてなくなりました。
それでも、ある方からは「ついつい遡って読んだ」とおっしゃっていただきました。いつものことながら「ありがたや、ありがたや」でございます。さらに、「あれは一つのシネコンの問題ではありませんね。サービスを仕事にしているすべての者に関わることだと思います」との声もいただきました。これまた「ありがたや」と申し上げるほかはありません。私としても、ただ「文句をつける」だけのつもりで書いているわけではございません。これは「危機管理」にまつわる問題なのです。私の単なる推測なのですが、問題になった機械にポイントを付加したデータが残っているのではないかと思います。カードを最初にゲットする際に、どのくらいの個人情報を出したかは記憶していません。しかし、カードには「会員No
」が付いているのですから、住所と名前くらいは書いたはずです。いまどき、得られた情報はフルに活用しようという時代です。利用回数程度の記録は残すでしょう。つまりは、詳しくチェックすれば、「何が起きたか」くらいはわかると思います。「今回のポイント覧」に「あり得ない数値が印字されていた」ことも記録されているのではないでしょうか…。
おっとっと、まことに申し訳ございません。昨日で「一件落着」していたはずなのに、妙な形で「引っ張って」しまいました。これで「連続9日(?!)」。 |
まあ、一件落着でしょう 2014/07/11 Fri 4227
この「シネコン物語」は随分と続きすぎた。スタートは先月の25日で、ちょっと飛んだ30日から「寄り道なし」である。回数の多さなら、「マニュアルシリーズ」などがあるが、連続回数は「新記録」だろう。ある方からも続いていることに対して、驚きというか、あきれた感じのコメントをいただいた。そんなわけで、今日こそ「一件落着」といきたい。
シネコン側が「ダブル更新」を認めたことで、問題は解決したことになる。理想的には、問題が起きたときの担当者と責任者で交わされた電話内容も確認したかったが、そのことは口に出さなかった。ともあれ、「粘着質」の私としても、「まあいいや」という気持ちになったのである。それでもこの話にはまだ付録が付いていた。じつは家に帰ってから気づいたことだが、カードにある「今回のポイント」覧に、1回ではあり得ない数値が記録されていた。ここには、1回分の150点か、ネット予約であれば180点が入る。それ以外の数値はあり得ないはずなのだ。それなのに想定外の得点が印字されていたのである。ただし、私としては不覚にもコピーを取らなかったから、これを明らかにする物証は残っていない。しかし、こうしたことからも、今回は機械の方がおかしかったことは推測される。しかし、さすがの私にも、これをまたシネコンにもっていって、「ほら、やっぱし機械がおかしいんですよ」とまで言うエネルギーは残っていなかった。
ところで、「一件落着」した後で、私は「『更新時には特典サービスがない』と言われたんですよね」ともう一つのトピックスを責任者に伝えた。それに対して、すぐに「その点は申し訳ありませんでした」と即答された。ただし、本当は最初に先方から取り上げるべきでしたよね。 |
一件落着? 2014/07/10 Thu 4226
客がすでに更新しているカードを更新しようとすると警告音が鳴る。そのときは、「更新済みですが、それでも更新しますか」と念を押す。「それにも拘わらず客が『する』と言ったら、新たに更新する」のだと言う。そして、「その場合にだけ」、私が言っているような「ダブル更新」が起こる可能性があると言うのだ。つまりは、「当方としてはちゃんと確かめた」のに、客の方が「何があっても更新する」と言い張らない限り、こうした事態は起きないというわけだ。しかし、そんなことを確認されれば、家内だってすぐ近くにいる私に声をかけるはずである。もちろん、家内にはそうした確認を受けた記憶はない。
とにかくこんな流れで、先方もスンナリと解決を図りたくいないかのように見えた。しかし、これだと膠着状態が続いてしまう。そうした中で、責任者が「もう帰ったけれど、そのときチケット売り場で対応した担当者に電話で確認しましょう」と提案した。もちろんそれには大賛成だ。そして、はやく「真相」を明らかにしようではないか。私だってご当人から話を聴きたいものである。それからしばらく電話が続いていた。それが終わったらしく、先方がこちらに戻ってきた。「わかりました。そういうお客様がいらっしゃったことが確認できました。更新手数料はお返しします」という。これで一件落着のようだが、そうもいかない。正直なところ、「そういうお客様」とはどんな客のことを言っているのだろうか。たしかに、スタッフから「カードの更新時に特典がない」と聴いて、家内と私はおかしいじゃないのと聴いた。そんな客とは、まさか「更新していると伝えたのに、ダブルで更新すると言い張った、(妙ちきりんな)客がいた」という意味じゃないですよね。
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クレーマーじゃありませんよ! 2014/07/09 Wed 4225
私の説明に対して男性スタッフは、「すでに更新したものを重ねて更新することはあり得ない」と主張する。そんなときはブザーか何かが鳴って警告するというわけだ。私もそう思う。そうでなければ機器としておかしい。しかし、とにかく「二重更新」のエラーが起きていることは事実なのである。こちらにはレシートだってある。そんなことから、お互いが「おかしい」という膠着状態の様相を呈してきた。このときになってはじめて、正式のスタッフらしき女性が登場した。それまで対応していたのは、チケット売り場や入場口で仕事をしている、おそらくはアルバイターだった。事実、数年前には私の授業を受けている学生が窓口にいたこともあった。私から言わせれば、責任者が出てくるタイミングが遅かった。
もちろん、彼女も「そんなことはあり得ない」という前提で話しをする。こうなると、私の方が「あり得ないことで文句をつけているクレーマー」のようになってくる。しかし、こちらとしても「ああそうですか」と引き下がるわけにはいかない。クレーマーなんかでは断じてないからである。そこで、「こんなことは絶対にあり得ないのですか」と問いかけた。これに対してきわめて興味深い答えが返ってきた。「そうした警告が出たときには、『お客様はすでに更新されていますが、さらに更新されますか』と尋ねる」というのである。これにはいささか驚いた。いやむしろ滑稽さに笑ってしまった。そんな確認ってあり得るだろうか。それはともあれ、まずは更新した家内に聴いてみたが、そうした確認などはなくスンナリ更新できたという。それはそうだろう、そんな問かけをされたら、「えっ、そうなんですか」くらいの反応をして、娘に確かめるに決まっている。 |
やっぱり行かなくっちゃ! 2014/07/08 Tue 4224
シネコンでカードを更新した際に特典チケットをくれる。それが複数のスタッフの間違いでゲットできなかった。これは特典の価値の高低ではなく、サービスを旨とするシネコンとしてはあってはならないことである。しかし、それだけだったら、いくら粘着質の私といえども「まあ、いいか」ですませていたかもしれない。何分にも夜になっていたのである。
ところが、この日に更新した娘のカードは、じつは数日前にも更新していたと聞いて、問題として見過ごせなくなった。そもそも、そんなことがあるのだろうか。短期間に重ねて登録しようとすれば機械がサインを出すのではないか。それを見て、「お客様のカードはすでに更新済みです」と言うのが当然だろう。しかし、娘の代わりに手続きをした家内は「そんなことは聴かれなかった」というのである。しかも、たしかに更新したレシートもあるのだ。さらに娘も更新したことを示すレシートをもっていた。もちろん、それでもいきなり「二重取りだ」なんて叫ぶつもりはない。しかし、とにかくおかしい。
そんなことで、私はその日のうちにシネコンに向かったのである。入場口には「特典は新規のときだけです」という誤った判断をした彼がまだいた。そこで「やっぱり更新でも特典はありますよ。ホームページにそう書いてある」と伝えた。その瞬間にも彼はそのことを認識していなかったが、事務所に問い合わせたようだった。そして、ようやく間違った解釈をしていたことがわかったのだろう、特典のチケットを2枚もってきた。家内と娘の分である。これで問題の一つは片付いた。つぎは、数日前に更新したチケットをさらに重ねて更新した件について話をした。それを聴いた彼は「そんなことはない」といった顔をした。 |
新たな事実 2014/07/07 Mon 4223
その日、「おかしいなあ」と思いながら、「テルマエ・ロマエⅡ」を観てから、わが家に帰った。そして、やおらシネコンのホームページを開いてみたのである。そこには「カードの新規、更新時」の「サービス特典」がしっかり謳われていた。何のことはない、あの男性と女性の二人のスタッフは、まったく同じ間違った認識をもっていたのである。しかも、それで客に対応していたのだ。私のような「粘着質」の人間でなければ、そのままで終わっていたことになる。それだけではない。私が疑問を呈する前にも同じような対応をしていたはずである。さらに、私の後に更新した人がいたとすれば、その人たちにも決められたサービスをしていなかったことになる。もちろん私は彼等二人を責めているのではない。そうした間違った認識を複数の者が同時にもっているということは、シネコンに問題があるのだ。つまりはちゃんと教育していないのである。組織の安全を仕事にしている私としては、これは「燃える事件」だった。そしてどうしてそうなったのかを知りたくなった。
しかも、ここで新たな事実が発覚したのである。その日、家内と私のチケットはネットで買っていた。そこで私が2枚をシネコンの販売機からゲットして、家内のカードを更新した。その際に、「特典」が付かないことが問題になったのである。同じ時間に家内の方は少し遅れる娘のチケットを売り場に並んで購入した。そして「娘のカード」も期限が切れていると思って「更新」していた。ただし、すでに見たように、それも「更新時には特典が付かない」と言われたわけだ。ところが、わが家でスタッフの間違いが話題になったとき、娘は「自分のカードは、少し前にすでに『更新』していた」と言うのである。 |
特典トラブル 2014/07/06 Sun 4222
カードの更新の際にサービス特典があることを指摘したところ、シネコンの男性は「それは最初の入会のときで、更新時にはありません」としっかり答えたのである。いやあそんなことはないはずだ。これまで数回は更新してきたが、いつもそれがあった。現に私は1週間ほど前に自分のカードを更新したが、そのときはサービス特典を受けたのである。その記憶はしっかりしている。そこで、「そんなことないでしょう。だって、私はこの前サービス券をもらいましたよ」と訴えた。それに対して彼は困った顔をして、チケット売り場にいた女性に声をかけた。そして、われわれの前にやってきた彼女もまったく同じことを言ったのである。
ここに至ってはさらに反論するのがむずかしくなった。その時点では私の記憶しかないのである。彼等の言うことが正しいのなら、私のカードを1週間ほど前に更新したときに特典を受け取ったこと自身が間違いだったことになる。そうなると、もらってはいけないものをもらってしまったという後ろめたさまで感じるではないか。その上、鑑賞する映画のはじまる時間が迫っている。私はおかしいなあと思いながらも、とにかく劇場の中に入っていった。この後の細かい経緯を追っていくとけっこう時間がかかる。しかもこの日はさらにおもしろい事件が続くのである。そこで結論を先に言っておくと、この件については彼等の方が間違っていたのである。つまりは「新規と更新」のどちらの場合にも「特典サービス」が付くのである。それにしても、これはかなり深刻な問題を含んでいる。一人ではなく複数のスタッフが「間違った認識」をもっていたからである。 |
数ヶ月前の体験 2014/07/05 Sat 4221
このところ、ポイントを付加する機器が故障した祭のシネコン側の対応について、あれやこれやと書いている。何となくそのサービスに疑問を呈しているような雰囲気を感じられたかもしれない。じつは、私自身がこのシネコンで会員カードに関してちょっとした体験をしていたのである。それは3か月ほど前のことだ。カードの有効期限は1年である。私は期限切れ前に更新を終えていた。カードの入会と更新の際には、館内での飲み物や食べ物、あるいは映画の割引をする特典などあり、その一つを選ぶようになっていた。その券をくれるのである。もう毎年のことながら、そのときも券をもらっていた。それから1週間ほど経って、家内と娘の3人で映画鑑賞となった。私と家内のチケットはネットで取った。娘はやはり会員カードを持っているが、これはチケット売り場で買った方が割安になるらしかった。ただその日は娘が遅れてシネコンに着きそうなので、私と家内が先に行って、娘のチケットは家内が売り場に並んで買うことにした。
こうした前提のもとで、物語がはじまるのである。私はネット予約の機械で家内の分と合わせてチケットを2枚ゲットした。それから当時はチケット売り場の横にあったコーナーに行って、私のカードにポイントを付けてもらった。その上で、期限が切れている家内のカードを更新した。そのときに何も聴かれずに1枚のサービス券を渡された。ただし、それは私たちにとって、それほど利用価値のあるものではなかった。それは置いて、「更新時の特典」について説明し、その選択について聴いてくるはずなのに一言もない。「ありがとうございました」で終わりそうなのである。そこで私は男性のスタッフに「サービス特典があるでしょ」と聴いた。 |
機器故障への対応 2014/07/04 Fri 4220 Continued from 7/02
シネコンの入場口に置かれていたポイントを付ける機器が故障した。それに対してスタッフがチケット売り場まで行って対応する。それで、ネット予約機でチケットを買った客がポイントを付けるために改めてチケット売り場で並び直さなくてよくなった。これは入場口の機器を修理して即座に対応しなくなったことへの解決策の一つである。もちろん機器を直せば、ポイント付加はその場ですぐにできる。客としてはスタッフがチケット売り場のカウンターと往復する時間は待たなければならないから、サービスは低下したことになる。しかし、そこまで文句を言うこともない。
ただ、それが「自発的」に行われるようになったのか、それとも客からクレームがついて対応を変えたのかはわからない。私はポイントを付けてくれるように言ったとき、「機械が故障していますのでチケット売り場に並んでください」と告げられたのである。もちろん、それがいつ壊れたかもわからない。ただ私が第1号だったのでないことはまず間違いない。なぜなら、機器を使わないと、それが壊れているかどうかはわからないからだ。あのとき入場口にいたスタッフは、即座に「壊れている」と言ったのである。そこであわてずチケット売り場での対応を説明したのだから、その方針は責任者も含めて決められていたのだと推測する。そうだとすれば、その対応そのものに課題が残る。はじめから、スタッフがチケット売り場まで走って行ってポイントを付加するということにしておかなければならなかったのである。そうでなければ結局は客に面倒をかけることになる。お客に並び直させるような対応はサービス精神に欠ける。また文句を言う者も出てくるだろう。そうした想像力に欠けていたのではないか。 |
今月の写真 2014/07/03 Thu 4219
熊本大学のシンボルとして、赤レンガの建物はしばしば登場します。現在でも道路に面している赤門は国の重要文化財に指定されています。そして旧第五高等中学校の本館は、「五高記念館」として一般にも開放されています。あの夏目漱石もここで教えたという歴史的な建造物です。今月の写真は、その本館を木々の間から覗いてみたものです。漱石は明治29年(1896年)に、あの「坊ちゃん」で知られる松山中学校から五高に赴任します。はじめて降りたのが当時の池田駅で、現在の上熊本駅です。駅前には小柄の漱石像が建っています。彼の身体検査の記録が残っているようで、それによれば、22歳の時に158.7cmだったといいます。漱石は池田駅に降りてから、いまでも駅の目の前に立ちふさがっている京町台を登り、新坂から町を眺めます。そのとき、熊本は「森の都だ」と言ったといいます。私も熊本は緑が多いと思います。そして熊本大学も緑に包まれています。五高本館の写真は建物の正面を含めるのが定番ですが、今月は緑を強調しようと思ったのです。
さて、もう1枚は関西地区で走っている阪急電車です。これは宝塚線ですが、かなりいい角度で電車が駅に向かってくるので、ついシャッターを切りました。ところで、阪急といえば宝塚劇場ですね。そのスタートは1914年で、今年は100周年だということです。じつは私が小学校4年生の春休みに、祖父と叔母に宝塚劇場へ連れて行ってもらったのです。ただし、「行った」記憶しかありません。また、そのときどうして宝塚まで出かけたのか、その理由はわかりません。そのころ20代だった叔母の希望で足を伸ばしたのかもしれません。そもそも祖父たちの旅行の目的も知りませんが、このときは大阪城にも行きました。 |
その後の対応 2014/07/02 Wed 4218
経営的な視点からコストがかかることを避けるのは当然である。入場口のポイントを付ける機器は直さずに、チケット売り場で済ませる方が経費がかからない。そして「新方式化」だとポイント付加は自動的にできるようだ。しかし、それはついこのごろ導入されたばかりである。旧方式の客で、有効期間が10か月ほどは残っているものもいるはずだ。それにも拘わらず、コストをかけずに客に不便を強いるのではサービスの基本を忘れている。そもそも長い目で見れば評判を落とす。それが客離れにつながれば、コストどころか存続すら危うくなるではないか。とまあ、そんな思いをもちながらその日は終わった。
それから1週間ほどして、またぞろ映画鑑賞に出かけた。映画の楽しみもさることながら、「あの故障した機器」がどうなっているかに大いなる関心があった。このときも、インターネットでチケットをとり、入場口に向かった。そこには女性がいたが、ちらりとその後ろを見ると「あの機器」がない。つまりは「正常に動く機器」が置かれていないのである。私は女性に言った。「ポイントの処理をしてもらえますか」。これに対して彼女はにっこり笑い、すぐに胸に付けたマイクで「もぎりの交替をお願いします」といった趣旨の連絡をした。すると後方から男性がやってきた。それから女性はチケット売り場に行った。もちろん、ポイントを付けるためにである。すでにおわかりのように、シネコンは「あの機器」の故障は直していなかった。しかし、客に「ポイントはチケット売り場で付加してください」などと、「また並び直せ」と言わんばかりの対応もしなかった。そして、その役割をスタッフが果たしたのである。目の前で処理をするのと比較すれば時間はかかったが。 |
機器の修理 2014/07/01 Tue 4217
シネコンの入場口でチケットにポイントを記録する機器が故障していると言われて、ちょっと「気になった」。「すぐに直るんでしょうねえ」。ついそんな問いかけをしたい衝動に駆られたのだ。このときは3組ほどだったが、もしもたくさんの人が並んでいたらどうなるんだろう。そうなれば、ネットで買うと並ばなくていいというメリットがまったくなくなるではないか。ネットで購入すると、それなりの条件を受け入れる必要がある。その最たるものが、チケットを買ってしまうと払い戻しは出来ない約束になっていることだ。シネコン側にすればチケット売り場の混雑を避けられる。つまりは人件費の節約にも繋がる。そうした有利な条件だからこそ、窓口よりもポイントをプラスするサービスをしているのだろう。そうであれば、いつ壊れたのかは知らないが、入場口の機器はできる限り早く直さなければならないはずである。それがサービスというものなのだ。
ここまで強調すると、たまたま「故障」に遭遇しただけなのに、いかにも「すぐに直さないのではないか」と疑っているような雰囲気を感じられる方がいらっしゃるかもしれない。しかし、私には、そんな気持ちになるそれなりの理由がある。その一つは、このシネコンが新しいカード方式を導入したことである。大手の映画会社と提携したような感じなのである。そして私の見たところ、新方式では発券と同時に機械の方でカードにポイントを書き込むようになっているようだ。この推測が当たっていれば、これまでのように入場口で人がポイントを書き込む必要がなくなる。古いカードはいずれ有効期限を迎える。そうなれば、それに対応した機器も必要でなくなるわけだ。それでも故障を直すのであればコストがかかる。 |
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