組織における役割と地位 2014/04/30 Wed 4155
組織は「役割分担」が基本です。「組織」という言葉そのものが、「人」を「組み合わせ」て「役割を織り込んでいく」ものなのです。その点、日本語の「組織」は「組織」の性質を見事に表現しています。人間に限らず、そもそも「一人」あるいは「単体」で生きていける動物はいないでしょう。まあ、「一匹狼」もいますが、それでも完全に単体であれば、存続できないのです。そして、よりよく生きるためには、お互いが力を出し合うことが必要で、そのために「組織」が必要になるわけです。人が集まって重いものをみんなで引っ張るなど、まったく同じことをすることもあるでしょう。しかし、現実にはそうしたケースよりも、それぞれが違うことを分担することの方が圧倒的に多いはずです。
そして、そこには「役割」が生まれます。そうなると、そうした「役割」をまとめるために「地位」も発生するでしょう。野球は9人で行うゲームですが、それぞれに応じた固有の役割があります。私の身近に、「右中間」を「宇宙間」だと勘違いして、「なんだか変だなあ」と思い続けていたという、完璧なまでに野球を知らない人もいたのですが、とにかく野球は9人が違うことをしてゲームを展開させます。もちろん、全員が自分勝手に動いていては試合に勝てるわけがありません。そんなわけで、みんなに指示を出す監督がいるわけです。さらに監督の下でコーチが専門的な立場から仕事をします。大雑把に見ても、投球と打撃は大いに違いますし、守備や走塁もまた別の技術が求められます。ともあれ、野球に限らず、スポーツはルールがはっきりしていますから、監督をリーダーとした場合、「フォロワーの人数」は決まっていますが、「専門性の分化」が図られているわけです。 |
組織の適正規模 2014/04/29 Tue 4154
トレーニングの終了時に、スタートしたときよりも「自分は自分を知らないことがわかった。まだまだだと思った」という方向に変化する参加者たちがいるわけです。しかし、それがトレーニングのマイナス効果でないことはおわかりでしょう。そこには「もっとチャレンジしたい」というエネルギーが感じられるのです。これからに対する楽観的な姿勢がはっきり見えます。そんなわけで、私としては「これぞトレーニング効果だぁ」と叫びたくなるのです。
さて、「公式」では、そのほかの条件が同じであれば、「フォロワーの人数」が「リーダーシップ力」に影響します。その数が多ければ、その分だけ「専門力×人間力」も小さくなるからです。そこで、「適正人数」もはっきりさせたくなります。しかし、それは仕事の内容や性質などによって違ってきますから、具体的な人数を算出することはできません。ただ、人数が多くなって一人のリーダーではうまく動かないときに、集団の分化や序列化が行われることになるでしょう。そうした歴史の長い流れのなかで、組織ができあがってきたのです。ここで「フォロワー」を国民とすれば、国家にも適正規模があると思われます。やはり具体的な「人口」を提示することはできませんが、それが多すぎると、全体をまとめるには「管理・統制」するしかないでしょう。現在の中国は人口13億人ともいわれていますが、これが国家として存在できる適正規模なのかどうかはわかりません。また、インドの人口も増えており、いずれ中国を抜くという分析もあります。これらは、地球規模の壮大な実験だということができます。一般の組織の場合は、適正規模簿の計算式がないとすれば、状況に応じて組織を変化させることが必要になります。 |
自分を知らなくなった? 2014/04/28 Mon 4153
私のお勧めする公式「リーダーシップ力=(専門力×人間力)/フォロワーの人数」には「フォロワー」の人数も含んでいます。影響を与えるべき人たちの数が増えれば、「リーダーシップ力」が落ちるのは当然です。それを避けるためには、分子の「専門力×人間力」を強化する必要があります。いろいろな考え方があるでしょうが、私は「専門力」も「人間力」も「終点」はないと思っています。どちらも仕事をしている限り、あるいは生きている限り追求し続けるものなのです。
リーダーシップを含めた対人関係トレーニングがスタートする前と終了後に、「自分のことをどのくらい知っていると思いますか」という質問をしていたことがあります。トレーニングに効果があれば、その得点は向上することが期待されます。ところが、その結果はけっこうばらついたのです。スタートのときに「自分のことを知らない」と回答した参加者の多くが、トレーニング後には「自分のことがわかった」という方向に得点を上げていました。もともと低かった得点ですから、トレーニングによって自信がついたのだろうと思われます。しかし、これとは対照的に、最初はけっこう肯定的な回答をしていた人たちの中には、トレーニング後に得点を低下させるケースが見られたのです。もちろん前後ともに高得点を示したり、さらに得点を上げる参加者たちもいました。こうした「上昇組」の人たちは、まずは「めでたし、めでたし」として、私は「低下組」の方々に注目しました。その分析を進めると、じつに興味深い事実が明らかになってきたのです。その多くが、「自分は職場のリーダーとしての役割をそれなりに果たしてきたと思っていたが、まだまだだということがわかった」というのです。 |
「効率・成果」だけでは… 2014/04/27 Sun 4152
いずれにしても、人間を「効率」や「成果」だけで評価するのはいかがなものでしょうね。それなら人間もロボットと同じレベルではございませんか。ただし、ここで大事なことは、人間を「効率や成果」だけで評価することが問題なのです。それを「理由」にして「効率や成果なんてどうでもいい」と叫びながら、仕事をいい加減にしてはいけません。仕事をしっかりしている人たちは、自分のなすべきことをいつも考え、工夫を加えるわけです。それは、楽しんでいるように見えることすらあります。そして、その結果として仕事の効率もよくて成果も上がるのです。そうなると当然のことながら、周りの人たちからも評価されるのです。
もちろん、厳しい仕事では「楽しむ」ことなどできません。その場合は、「使命感」や「自負心」が大きな役割を果たすでしょう。「この仕事は自分にしかできない」「私がしなければ誰がするのか」。そんな気持ちです。そして、そのことを社会や周りが正当に評価しなければいけません。もちろん、ご本人たちは「わざわざほめてもらう必要なんかない」と思っているかもしれません。しかし、周りのものは、そうした気持ちとは関わりなく、大事な仕事をしている方々に対して感謝すべきなのです。テレビの情報ですが、いま福島の発電所で廃炉の仕事をする人の確保がむずかしくなっているらしいのです。東京電力が厳しい財政状況にあるため、競争入札になり、賃金も抑えられてしまったということでした。それではまずいというので、随意契約へ変えたりもしているといいます。ただし、それも元請けからさらに孫請けまでピラミッドのように広がっていくために、第一線で働いている人たちに反映しているのかどうかがわからないと言います。 |
何と言っても「こころ」が大事 2014/04/26 Sat 4151
公式「リーダーシップ力=(専門力×人間力)/フォロワーの人数」によれば、どんなに「専門的な力=専門力」に優れていても、「人間力」が「0(ゼロ)」だと、「他者に対する影響力」も「0」になってしまいます。世の中には、「あれだけ専門的な力をもっているのだから、もう少し人間ができていればなあ」と惜しまれている方がけっこういらっしゃいます。また、自分の力をひけらかせて周りの人をシラけさせる。「わかった、わかった。あんたが大将、大将」なんて言い方をされて、ほめられていると勘違いしてはいけません。さらに、「そんなこともできないのか。俺なんか若いころからちゃんとできてるのに」と言わんばかりの態度もいただけません。こんなとき、鼻の辺りがピクピクするようでは、なおさらいけません。誰もが自分に自信をもって仕事をするのはいいのですが、それを「自慢」にすると嫌みにしかならないんです。そこまで達するのにはご自身の努力があったとは思いますが、それができる環境を与えられたのです。
「ありがたや、ありがたやのこころ」を忘れてはなりません。「こころ」なんて言うと、非科学的だと思われるかもしれませんね。しかし、「成果、成果」と絶叫して競争を煽って人の「こころ」を疲弊させて、世の中が壊れそうになっていますよね。そもそも私なんぞは、「心理学は哲学を母とし、自然科学を父と勘違いした」と考えているんです。人の「こころ」を「自然科学」と同じ眼鏡で見ても仕方ないんです。もっとも、私の人生とは関わりのない相当の時間が経過すれば、大脳の自然科学的研究が進んで、「こころ」も科学的に見える時代がくるに違いありません。そんなときって、人の「こころ」はどうなっているんでしょうね。 |
管理と経営 2014/04/25 Fri 4150
私たちの定義によれば、「リーダーシップは他者に対する影響力」ですから、日常的な会話を含めて、あらゆる人間関係の中で起きている現象です。そして、職場の管理職であれば、他者である部下たちに影響を与えなければなりません。したがって、管理職たちがリーダーシップを発揮しなければならないことは言うまでもありません。ところで、日本語の「管理」には、「トップダウン」で一方向的にコントロールするというイメージが浮かびます。また、「在庫管理」「スケジュール管理」といった感じで、対象がモノであることが少なくありません。それと同じ感覚で「人」に対するのはどうかと思います。英語には〝management〟ということばがありますが、これには「管理」と「経営」という2つの訳が当てられています。
そんなこともあって、私は管理職が、「管理」ではなく、「経営」の立場・視点から自分の職務を果たしていくことが肝心だと思っています。つまりは、管理職全員が「職場の経営者」ということです。その点、「あらゆる人間関係」において「リーダーシップ」という現象が起きていると言っても、さすがに幼稚園の子どもたちの会話には「経営」的な発想は含まれません。大人の場合でも、新入社員たちの「リーダーシップ」に「経営的発想」まで期待しなくてもいいでしょう。ところで、私はこれまで「リーダーシップの公式」なるものを提案してきました。それは、「リーダーシップ力=(専門力×人間力)/フォロワーの人数」というものです。この式のポイントは、「リーダーシップ力」が「専門力」と「人間力」との掛け算で決まる点にあります。この両者が相乗的に働くことで「他者への影響力」が強くなったり、弱くなったりするということです。 |
何でもかんでもリーダーシップ 2014/04/24 Thu 4149
私たちはーダーシップを「他者に対する影響あるいは影響する過程」として捉えます。この考え方にしたがえば、「お互いに影響し合っている」状況では、いつでもどこでも「リーダーシップ」という現象は起きているのです。幼稚園の子どもたちが□□ちゃんちでの遊びに飽きました。そこで〇〇ちゃんが「公園に行こうよ」と提案します。これに対して■■ちゃんは「外は寒いから、〇〇ちゃんちがいいなあ。○○ちゃんのお母さんは、おやつをくれるしぃ…」。この■■ちゃんの「おやつ」発言で、3人は○○ちゃんのお家に行くことになりました。■■ちゃんは2人のお友だちに大いなる影響力を発揮したのです。まあ、幼稚園の子どもたちですから、こんな自由な会話と行動はできませんね。ここでは、幼稚園児たちの話の中でも「リーダーシップ」という現象が起きることだけを強調できれば、私としてはそれでOKなのです。
このように、「リーダーシップ」は組織などで公式に認定された「リーダー」だけが発揮するものではありません。いまは4月ですから、新しい職場に入って1ヶ月も経っていない新人がたくさんいます。彼等はいろんな人たちから影響を受けているに違いありません。しかし、それと同時に、新入社員同士でも、様々な影響を与えあっているはずです。こうなると、「リーダーシップ」の「大安売り」という感じになってきますね。とにかく、「何でもかんでもリーダーシップ」ということですから。私としては、それでけっこうなのです。ただ、「リーダーシップ」と言うと、どうしても「公式に上の者が下の者に影響を与える」と思われる方も多いでしょう。そこで私は「リーダーシップ」の代わりに「対人関係力」といった言い方をすることもあります。 |
ケチのネタ詰め合わせ 2014/04/23 Wed 4148
ケチって、つけ出すと止まらなくなるようです。朝のテレビも〝ケチのネタ〟の詰め合わせで笑ってしまいます。高速道路でバスが逆走した事故の原因は運転手の居眠りだったようです。睡眠には〝マイクロスリープ〟なる現象があるらしく、本人も気がつかないままに眠ってしまうのだそうです。何とも怖いのですが、〝眠気〟にすら気づかないとなると、防ぎようがありません。そこで基本的には睡眠不足を避けること、ストレスをためないことがポイントになるということでした。〝まあ、そらそうじゃ〟ですね。そして専門家が出てきて言うには、〝パーキングエリアで必ず休憩すること〟〝助手席に座ってもらうこと〟ですって。これまた〝そりゃあ、そうじゃ〟の3乗くらいの感動的アドバイスですね。そんな余裕があればいいのですが、そんな人ってどのくらいいるんでしょうね。
もう一つは、中国が日本籍の船を差し押さえたことについての解説です。S大学の先生とされる方が話をしていました。中国リスクというものがあって、大気汚染や不動産バブルの危うさ、さらには急激な賃金の上昇などの影響で日本から中国への直接投資が50%近くも減ったのだそうです。しかし、そうは言いながらも13億の人口を抱える国です。国民の生活水準も上がってくれば、日本製の価格が高い製品が売れると予想されます。そんなことで、一方ではリスク回避で逃げ出したいが、市場の大きさも無視できない。まさに葛藤状態にあるわけです。そうした解説をした先生の結論は〝日本も大人の対応をしないといけないわけですね〟ということでした。この〝大人の対応〟ってどんなことをするのか、その点の解説はなしなんです。結局はどうしたらいいかわからない〝大人の回答〟でした。 |
ケチの続き 2014/04/22 Tue 4147
小さなケチをつけたついでに、追加しておきましょう。それは鉛筆の握り方についてなんです。これは子どもから、中年過ぎの大人の方々まで、けっこう見られるのですが、筆記具の持ち方がすごいんです。とくに親指がやたらと遊んでいるように見えると気になるわけです。親指でペンの軸を押さえるからしっかり文字が書けるのです。それが浮いている。その反対に、親指に人差し指や中指が被さっている状態の方も目にします。いずれも〝それでよく字が書けますね〟と言いたくなるのです。私は〝うるさい高齢者〟と呼ばれても平気なので、気づいたときは学生たちにも言っています。それに対して〝努力します〟と答えてくれるケースの方が多いので、私としても喜んでいます。そして、しばらく経ってから、まともになっているのを発見したときは、〝おーっ、努力したなあ〟と評価してあげます。まだ同じ状態であれば、〝おいおい、まだ直ってないなあ〟と、やや大げさにがっかりした雰囲気を漂わせます。
私がこのことで最も気になるのはホテルのフロントです。いろんなところで経験するのですが、宿泊カードに部屋番号などを記入する際のペンの握り方がウルトラすごい人がいるのです。こちらから見ていて、親指を阿波踊りのように踊らせながら書かれると、思わず私の体の方がねじれてしまいそうになります。さすがに学生ではないので、〝あなたのペンの握り方は妙だね。変えた方がいいよ〟などと言ったことはありません。しかし、私としてはこれはホテルの教育の問題だと思っています。教育担当者は〝ペンの持ち方なんてどうでもいい〟なんて考えてはいないでしょうね。客が接する最初の段階なのです。笑顔と言葉遣いだけがお客様サービスではありませんよ…。 |
ちょっとケチを… 2014/04/21 Mon 4146
私が小さなことでケチをつけたり文句を言いたくなるのは、決して年のせいではありません。若いころからの習癖で、それだからこそ〝味な話の素〟も続いているのだと思ってもいます。じつは、あるところから書類が届きました。それはA4の用紙なのですが、私が署名をするところが山折りになっていました。完璧と言っていいほど〝真ん中〟に折り目が入っているわけです。その上ですから名前が書きにくいのです。もちろん、左手の親指と人差し指で拡げてサインをしたので、目的は達成できました。しかし、〝ちょっとした〟配慮があってもいいなあと思うわけです。じつに細かいようですが、ご自分たちで試し書きをされていないことだかははっきりしています。事前にチャックすれば、〝これは書きにくい〟と気づくはずです。それが〝相手の立場に立つ〟ということだと思います。
さらに、その書類を返送するための封筒が入っていましたが、これがB5タイプの細めのものでした。そこでどうなるかというと、三つ折りになっていた書類を改めて四つ折りにしないと封筒に入らないのです。しかも皮肉なことに、その結果として、先ほど署名した部分には折り目がつかないのでした。しかも新しく折り直したために、折り目は5本にもなったのです。私としては〝うーん〟と唸ってしまうのでした。まあ、そこまで気を回すのも大変だとは思うのですが、だれかが〝受ける側〟に立ってちょっと試してみるだけで、こうした問題は起きないと思います。しかも、それをこの1回限りにせず、その知識を後にも残していくことができれば、みんなが気持ちよくなるのではないでしょうか。じつに細かいことを取りあげて申し訳ないのですが、こうしたところに気を配ってほしいですね。 |
〝弱み〟の共有化:リーダーシップと評価力 6 2014/04/20 Sun 4145
人間にとって、ほとんどすべてのことが〝プラスとマイナス〟の両面をもっています。それは〝光と影〟とか〝裏表〟と言われたりもします。記憶という人間の活動も同じことです。呼吸もできなくなるような厳しい体験を〝忘れる〟ことによって、〝生きる力〟が再生することもあります。その一方で、〝忘れる〟ことで、同じ失敗を犯すことも少なくありません。〝歴史は繰り返される〟とか〝いつか来た道…〟などと言います。たしかに、人間は同じような失敗をあっちこっちで繰り返してきたことも否定できない事実でしょう。組織で起きる様々な事件やトラブルも、〝ああ、またか〟と言われたりします。こんなときは、〝過去の教訓〟が生かされていないわけです。
それは〝記憶が風化する〟という人間の本質的な〝特性〟によるものだと言えます。つまりは〝よりよく生きるため〟に備わっている〝プラスの働き〟が、一転して〝トラブル〟を引き起こすのです。この問題を完璧に克服することは不可能です。私たちのできることは、だれもがそうした〝弱み〟をもっていることを意識し続けることです。その際も、個人の頭の中だけで自分の弱点を認識しているだけでなく、たとえば職場の仕事仲間たちの間で、〝自分たちの弱み〟を共有化していくことが大事です。何か怪しいことに気づいたら、〝おっと、危ない、危ない、うっかりやっちまいそうになったよなあ〟などと、お互いに声かけができることが必要です。 |
記憶のメカニズム:リーダーシップと評価力 5 2014/04/19 sat 4144
私たちの記憶は、〝自分にとっての真実〟であっても、それが〝客観的な事実〟であるかどうかはわかりません。厳密に言えば〝客観的な事実ではない〟と断定してもいいほどです。少なくとも、そうした姿勢で、自分の身の回りに起きることを考えていくことも大事です。そんなわけで、〝昔はよかった〟と言うのは避けた方がいいというのが私の考えです。とにかく〝自分がよかった〟と思えることだけが思い出されるものです。また、百歩譲って〝昔がよかった〟としても、時間は先にしか進みません。〝昔〟に戻ることはできないわけです。ですから、私たちは自分が置かれている状況の中でどう考え行動していくかを求め続けていくしかないのです。
ところで、〝記憶の風化〟ということが話題になります。私たちは〝忘れてはならないことも忘れる〟という事実があります。それは生きるために欠かせない条件でもあります。たとえば肉親の死など、そのときの悲しみはことばなどでは言い表すことができません。もう何も考えることができない、食事すら喉を通らない、そんな極限の厳しい状況に置かれるのです。しかし、そうした心の痛みが、そのまま永遠に続くとすれば、人は生きていけません。自分の生活ができませんし、仕事に復帰することもかないません。これに対処するように、厳しい事実についての記憶と感情は時間の経過とともに軽減されていくのです。それが私たちの記憶のメカニズムなのです。 |
選択的想起症:リーダーシップと評価力 4 2014/04/18 Fri 4143
私が、〝リーダーには『小さなことをほめる』力が必要だ〟と言うと、ちょっとばかり勘違いされる方がいらっしゃいます。〝そうか、小さなことをほめればいいのか。それなら気が楽になるなあ〟という受け止め方です。しかし、それは早合点というものです。それがうまくいくためには、リーダー側に〝小さなことに気づく力〟が備わっていなければならないからです。自分の目の前で部下たちがいつもほめることをしているのに、〝わが部下たちは、ほめるに値することをしない〟と嘆いてはいませんか。〝そんなご心配は無用、自分はその力をしっかりもっている〟。そう断言できる管理者がどのくらいいらっしゃるでしょうかね。
それどころか、〝自分の若いころはこうだった、ああだった〟と愚痴をこぼしていませんか。昔のことを言ってみても、迫力なんてありません。時間は前にしか進まないのです。そもそも〝昔はよかった〟と思ったときは、自分に〝選択的想起〟症状が出ているのではないかと疑ってみることです。人間は自分に都合のいいことを選んで〝思い出す〟傾向があります。人によっては、それとは真逆に〝都合の悪いこと〟〝ストレスになること〟をいつまでも〝憶えている〟場合もあります。人間の大脳を構成する細胞は140億個とも言われますが、当然のことながら容量に限界があります。そこで、自分が生きるために欠かせない重要なものをできるだけ〝効率よく〟収納する必要があります。 |
〝小さなこと〟をほめる力:リーダーシップと評価力 3 2014/04/17 Thu 4142
リーダーシップにとって、〝ほめる〟ことは重要な要素なのです。ところが、それがわかっていても、〝ほめる〟ことが苦手な管理者もいます。そもそも、〝うちの部下はろくにほめることをしないから困ってしまう〟などとため息を漏らす人さえいます。まるで、自分は神様って感じですよね。こんな発想だと、部下の方だってやる気は出ません。それどころか、〝そんなことあんたに言われたくないなあ。そもそも管理職に値する仕事してるんかいな〟などとそう反発を食らうかもしれませんよ。とにかく、〝それを言ちゃあおしまいよ〟なんです。する意味では、それは〝自分が部下をしっかり見ていないこと〟を認めているようなものです。
リーダーにとって大事なのは、〝小さなこと〟を見つけ出して評価することです。職場で働いている者がいつも〝大きな〟ことをするわけがありません。そうした大きな成果を上げるまで〝ほめる〟のを保留していては、いつまで経ってもその機会に出会うことはできません。そもそも自分自身を振り返ってみるといいですね。いつも人様から〝驚かれる〟ようなすごいことをし続けているでしょうか。もちろん世の中には、まれにそんな人もいるかもしれません。しかし、私たちは〝標準的なリーダーシップ〟を考える方が健全です。そんなわけで、リーダーに求められているのは、部下がする〝小さなこと〟にもちゃんと気づいて、それをタイミングよく〝ほめる力〟なんです。 |
〝ほめる=評価〟:リーダーシップと評価力 2 2014/04/16 Wed 4141
会話の最中に、話す側が相手に対してリーダーシップを発揮していると言われれば、〝それはそうだなあ〟と思います。しかし、そのとき〝聴いている側〟も〝うん、うん〟と頷いて、話している側に影響を与えている。つまりはリーダーシップを発揮しているのだと言われると、〝何でもかんでも〟リーダーシップになってしまいます。そうなると〝そこまで言うか〟〝そんなのありかい〟と疑問に思われるかもしれませんね。しかし、私としては〝そんなのあり〟なのです。リーダーシップは、〝他者への影響過程〟ということで、〝何でもあり〟なんです。
そして、もちろん社会的な立場や地位の違いは関係ありません。さらに会話のときも影響を与えている時間の長さや話している内容の軽重なども問わないのです。ところで、〝ほめる〟ということばを強調しすぎると、〝そんな甘い態度ばかりでは…〟と首をひねる方もいらっしゃるでしょうか。そんな場合は、〝ほめる〟を〝評価する〟と言い換えていただくといいですね。職場の管理者のような、〝公式〟リーダーは勤務評定などの評価をすることが大事な仕事です。しかし、それ以外でも、私たちはいつもお互いに評価をしているのです。もちろん、〝評価〟ということばには〝マイナスの評価〟も含まれますから、〝評価=ほめる〟は成り立ちません。つまり〝ほめる〟ことは〝プラスに評価する〟部分になりますが、それが大事なことは言うまでもありません。 |
マニュアル問題(65) 2014/04/15 Tue 4140 Continued from 10/06/2013
さて、久しぶりですが、超連載の〝マニュアル問題〟のことを思い出しました。とにかくこのトピックスには終わりはないのです。もちろん私の寿命には終わりがありますから、まあ永遠に続くものではありませんが。すでに10月20日の本欄でご紹介しましたが、ニュースサイトの〝Business
Media 誠〟にそれまで書いた論文が引用されていたわけです。じつは、私自身は〝もうそろそろおしまい〟と思っていたのです。ところが、ありがたくも取りあげてくださる方がいらっしゃるのを知ってしまいました。こうなると、またぞろ止まらなくなるのが私の習癖なのです。そんなわけで、突如として物語は復帰することになります。
さて、それではまずは〝規則やマニュアルを守らない〟のは〝自分のやり方が効率的だと思うから〟で、結果として〝他の人に言わずに実施してしまう〟という声を取りあげましょう。ここには〝効率〟と〝安全〟の葛藤が見られます。〝規則やマニュアル〟が仕事を効率的にすすめる障害になっていると感じているのです。たしかに仕事の経験や個人的な器用さなどによって、同じ仕事をする者たちの間に技術的な差が生まれることは事実です。私たちはロボットではありませんから、これは自然なことなのです。しかし、それでも〝規則やマニュアル〟の原点に返って、どうしてそうなっているのかを考えてみることが必要です。そうした結果として、〝効率的な方法〟が様々な視点から容認されるなら、〝規則やマニュアル〟の方を変えることになるでしょう。
ところでこうした声には2つの問題が含まれています。その一つは、自分のやり方を優先してマニュアルを無視あるいは軽視するというものです。もう一つは、そのこと自身を他人に伝えないことです。 |
父の想い:ある日の日記 4 2014/04/14 Mon 4139
私が北九州市の職員研修の講演に出かけたのが、ちょうど母の誕生日だったのです。そのとき会場に行くタクシーから、母が亡くなった病院の前を通ったのでした。そのことを手紙で父に知らせていたのです。もう少し、父の日記をフォローします。〝その日がちょうど6月25日、〇〇の誕生日なのだ。しかも、それがちょうど還暦の日である。道雄が北九州市の新規採用の上級職職員の研修の講師として招かれていくのを、〇〇がどんなに喜んだことか。〇〇は立派な人だった〟。文中の〇〇は母の名前が入ります。こうして私の母の、つまりは父にとっての妻をほめているのです。
これから先は、自分の息子である身内や大学の教員に対する過大な評価が入ってくるので、ここに書くかどうか迷いました。しかし、それがわが父の思いということで、そのまま引用します。〝大学の教師として講師をする晴れ姿は〇〇あればこそである。道雄を、一応ひとかどの人間に育て上げたのは、まさに〇〇である。私のような、こんなひねくれでは、とても今日の道雄を育て上げた自信はない〟。父は〝自他共に認める変わり者〟だったと言えるでしょう。仕事はそれなりにできたと信じていますが、とにかく〝笑いが止まらない〟ほど、世間的な意味での出世ができなかった人でした。
父の日記は続きます。〝道雄の今日あるのは〇〇あればこそだったのである。だから道雄も、その日を憶えており、還暦の日であることさえ知っている。正直言って私は道雄からの手紙を見て、やっと気づいたのである。道雄の手紙によると、その日の講演は道雄自身とても納得のいくものだったという〟。父は56歳のときに妻を亡くしましたが、母への想いは75歳で自分があの世に逝くその日まで変わりませんでした。 |
母親似?:ある日の日記 3 2014/04/13 Sun 4138
母が発した最後のことばが〝道雄ちゃん〟だったという父の日記を見たときは衝撃を覚えました。いやもっとほかの感情がわき上がってきたと言うべきでしょう。その当時、私は25歳になったばかりでしたが、母も私のことを〝道雄〟と呼んでいました。おそらく意識が朦朧とする中で、ずっと昔、私も子どもだったころのことが目に浮かんでいたのだろうと推測します。
父の日記は続きます。〝その後、「あー」とか「おー」とか大きなため息のような声を出したときが、霊が去ったときだったろうか。しかし、このときは、もうことばになっていず、ただかろうじて声があっただけである〝。この日記は、母が亡くなってから12年後に書かれたものですから、その日がいつだったかわかりません。しかし、それから数日間は意識不明の状態が続いて、ついには10月末に、私たち家族の手が届かないところへ旅立ったのです。
そして、父の日記はさらに続きます。〝そういえば、よその人は道雄を見ると、○○の写真を見て、似ているという。「道雄」と言った最後のことばが蘇る〟。ときどき父が若いころの写真を見ることがありますが、私は若いころの父の顔に似ているなあと思ったりしています。しかし、父の認識では、私に母親の面影があるように見えたのでしょう。たしかに、母を知っている人からは、私が母親似だと言われたことはあります。一般的に、肉親同士は似ているかどうかがわかりにくいようですね。
ところで、父は母の最後のことばを急に思い出して、その日の日記に書いたのではありませんでした。日記がこんな風に続いていくのです。〝昨日、道雄から来た手紙を見たら、滅多に行かない北九州に講演に行って、タクシーであの〇〇病院の前を通ったという〟。 |
父の思い…:ある日の日記 2 2014/04/12 Sat 4137
母は体調が悪いということで検査したところ、胃がんだとの診断が出たのです。当然のことながら手術を受けることになったのですが、母は手術を嫌がっていました。しかし、とにかく胃がんなのです。家族の全員が手術することを勧めたのは言うまでもありません。そして手術そのものは首尾よくいったはずでした。ところが、それから1週間ほどして母のお腹が大きく膨らみました。そのとき、私は病院にいなかったのですが、なぜか再手術になったのです。その理由は手術後の〝縫合不全〟ということでした。胃を切除した後の縫い合わせがうまくいっていなかったというのです。それは明らかなミスでした。それから、様々な試練が続いていくのですが、入院から3ヶ月も経たないうちに、母は重大な局面を迎えていました。
そのときは父がいたのですが、〝『どこの?』『うちの?』『道雄ちゃんの?』〟が、父が聞いた母の最後のことばだったというのです。私は昨日、父の日記を見るまで、そのことを知りませんでした。これを読んだ瞬間、ある思いが私の頭を巡りました。父としては、息子の私に〝お母さんは、最後におまえの名前を呼んだ〟とは言えなかった。ひょっとしたら、言いたくなかったのかもしれない。やはり〝お父さん〟と言ってほしかったのではないか…。どれもこれも私の推測にすぎません。私は、手術後に母の意識が混濁したとき、私の手を握って〝お父さん〟と呼びかけてきたことを今でもしっかり憶えています。私は〝ああ、意識がなくても母は父を呼んでいるんだ〟と思いました。けれども、そのことを私は父に伝えたかどうか、記憶にありません。ただ、父が母の最後のことばの話をしてくれていたら、私は母が父を呼んでいたことを伝えたはずです。 |
母のラストワード:ある日の日記 1 2014/04/11 Fri 4136
私は高校1年生の11月から日記をつけてきました。とにかく粘着質で、はじめたら止まらない私ですから今日まで続いています。日記を書く習慣が身についたのには、2人の人物が関係しています。その1人は父で、若いころから日記を書き続けていました。それともう1人は、高校1年生のときの同級生の□□くんです。彼が日記を書くことのおもしろさを教えてくれました。それから随分と時間が経ってから□□くんと会ったとき、〝君の影響で日記を書き続けている〟と言ったところ、〝そんなこと言ったっけ〟という回答でした。それを聞いて相当程度に拍子抜けしてしまいました。しかも、彼は日記をつけていないというのです。これにも驚いたわけですが、それはそれでおもしろいですよね。何分にも影響を受けた側が粘着質だったものですから、弟子の方が大成した(?)のです。
ここで、1985年10月13日に書かれた日記の一部をご紹介しましょう。〝いまから何年か経って、何十年か経ってかもしれない。そのとき、道雄が『やはり俺の親父はただ者ではなかった』と思うようなときが来るだろうか。来るかもしれない。来ないかもしれない…〟。文面からご推察の通り、これは父が68歳のときに書いた日記です。この後には、定年後のゆったりした生活の描写が続きます。それから9か月の1986年7月5日の日記まで進んだとき、数行が一度に私の目に飛び込んできました。このときは当用日記ではないため、年の途中から書き始めて、翌年も同じ日記帳のままでした。〝『どこの?』『うちの?』『道雄ちゃんの?』〟。筑後訛りのこのことばが、○○の最後のことばである。危篤に陥って、意識が朦朧としたときの最後のことばである…〟。〇〇は私の母の名前です。 |
ほめること:リーダーシップと評価力1 2014/04/10 Thu 4135
一般的に人はほめられると嬉しいものです。それは自分の能力や存在が認められたことを意味しているのですから当然ですね。それが、さらに前向きに生きていこうというエネルギーになるわけです。そんなわけで、世の中のリーダーは日ごろからフォロワーたちをどう〝ほめるか〟を考え続けておきたいものです。ここで〝フォロワー〟ということばを使いました。これは要するに〝リーダーに着いてくる人〟のことです。それぞれの状況で、〝部下〟であったり、〝後輩〟〝スタッフ〟〝メンバー〟など、いろいろありです。教師にとっては〝児童生徒〟や〝学生〟ということです。新人の看護師さんにとって、〝患者さん〟は〝フォロワー〟と考えていいでしょう。とにかく、自分が様々な影響を与える人は、〝みんなフォロワー〟なのです。
そう考えると、二人で会話を楽しいんでいるときですら、〝リーダー〟になったり、〝フォロワー〟になったりしているわけです。こちらから話をします。それを相手がしっかり聞いて、〝なあるほど、そうなんですね〟などと反応すれば、その瞬間は〝影響〟を与えているわけです。そうした相手の態度がとても気持ちよくて、話をした私自身が気持ちよくなります。ということは、そのとき自分も〝影響〟を受けていることになります。それは〝相手〟がちゃんと聞いているよということをことばと態度で表したことになります。それもまた〝リーダーシップ〟ではありませんか。そこまで言い出すと、〝何でもかんでも〟リーダーシップになってしまいます。〝そんなのありかい〟と疑問に思われる方もいらっしゃるでしょう。しかし、私としては〝そんなのあり〟なのです。リーダーシップとは、〝他者への影響過程〟ということなんですね。 |
〇〇ちゃん:退職記念講演会10 2014/04/09 Wed 4134
退職記念講演会では、このときだけ、1回限りとして、プライベートなことをドンドンお話しました。私が小学校に入り前に父が八幡から行橋に転勤になり、新築の市営住宅に入居できました。最初は雨漏りする借家だったのですが、市営住宅がくじで当たったのです。畳の2間しかなかったのですが、それでも気持ちは〝億ション〟並だったでしょうか。
私の家はちょっした道路から2番目で、前には同じ造りの住宅がありました。そこに私と同年で〝〇〇ちゃん〟と呼んでいた女の子がいました。じつは、私が小学校3年生の夏休みに、その〝〇〇ちゃん〟から〝色が黒くなったねえ〟と言われたのです。夏休みですから、外で遊んだ結果として真っ黒になっていたのでしょう。そこで家に帰って鏡を見ると、たしかに〝そうだなあ〟と思ったんですね。そうした顛末を絵日記に書いているのです。まずはそれをパワーポイントで映し出しました。問題はその〝〇〇ちゃん〟なのですが、じつは今の家内なんです。父の転勤で私が小学校4年生のときに、佐賀県の伊万里市に引っ越しました。よくあることですが、母親同士が仲良しで、こまめに手紙を出し合ったりしていました。そんな影響もあってか、私も〝〇〇ちゃん〟と文通をしていました。もちろん年とともに、年賀状程度になったりはしていましたが…。それでも私が大学に入学したときは連休に小倉でデートなんぞもしたわけです。
その後、私の母が何と医療過誤で47歳で亡くなってしまいました。細かいことは省きますが、私としては母を知っている人がいいと思ったのは当然でした…。とまあ、そんなわけで〝〇〇ちゃん〟が家内になったわけです。じつは彼女も講演会場にいたのですが、このネタは完璧に㊙にしていました。 |
〝水主町〟物語 2014/04/08 Tue 4133
〝水主町〟って、文字通り〝町〟の名前なのですが、お読みになれますか。私と同じ世代の方ですと、〝必殺シリーズ〟で藤田まことが演じていた中村主水を思い出されるでしょうか。これは〝なかむら・もんど〟でしたね。つまりは、〝もんど町〟が頭に浮かびます。そして、フランス語で〝monde〟は〝世界〟を意味しますから、なんと〝インターナショナルホテル〟もそれに合わせたのかと感動してしまいます。ところが、それは単なる私の妄想でした。
じつは〝かこまち〟なのです。そして、この〝水主町〟は、九州から遙か離れた富山市や岐阜市など、各地にあるんです。それにはちゃんと理由もあったのです。Wikipediaによれば、この地名は全国の城下町や港町にあるそうです。もともとは、水夫を〝水主衆〟あるいは〝加子衆〟と呼んでいて、その人たちが住んでいる町だったというわけです。〝加子衆〟だったら誰だって読めますが、〝水主衆〟はとても無理ですね。しかし、水夫が〝水の主〟であることはたしかです。その誇りも込めて、こうした文字で表記したということでしょう。それにしても地名はちゃんと由来があって、それを知ると歴史が感じられます。しかし、もう前世紀から、町名の表記を変え続けて、昔の名前はどんどん消えていきました。
全国で遺跡や〝モノ〟を残す運動が繰り広げられています。私もそうした運動の趣旨は理解できるのですが、〝なんでもかんでもすべて〟というわけにはいかないでしょう。何分にも、遺跡そのものは土地ですし、〝モノ〟だって、それを保管する場所が必要です。そうなると、いま生きている人たちが住む場所がなくなってしまいます。その点、地名はどんなに残しても、スペース不要の〝歴史遺産〟なのですよね。 |
MBLってすごいですよね 2014/04/07 Mon 4132
ビデオで判定していたら〝試合の流れが壊れる〟なんて言う専門家の話には笑ってしまいます。〝ボールをキャッチしたかしないか〟だけで大もめして10分だの20分だのかかることがあるのは、周知の事実ですよね。気の短い監督などは、カッカきて暴言まで吐いてしまいます。すると、それで即退場ですから、ひどい話です。それにピッチャーだって、その間に大事な肩が冷えてしまいます。それだけではありません。アウトだと思っていたのにヒットですから、そのショックは大きいに違いありません。
裁判員制度ができたとき、法律の専門家が、〝一般人が、自分たちには考えつかない様な質問をする〟などと驚いていました。私なんぞは、それを聞いて驚いてしまった記憶があります。それじゃあ、あなた方は何を基準に人を裁いてきたのよと聞きたくなりました。それどころか、〝判決は求刑の7掛け、8掛け〟〝3人以上の殺人なら死刑…〟なぞに至っては、〝それが専門家のすることか〟と憤りすら覚えました。とにかく〝専門家〟の言うことはけっこうあやしいんです。
ところで、MBLの監督がビデオ確認を要請するのを〝チャレンジ〟と言うらしいのですが、これは1試合に2回までという制限付きだそうです。ただし、7回以降には、審判がその要請をすることができるとされているんです。これってすごいですよね。つまりは審判という身内の判定でも「おかしい」と思ったら、ビデオで確認ということになるわけです。まあ、同業者ですから、多少はおかしくても〝まあ、いいじゃない〟で済ませがちではありませんか。これは〝自分が自信がない〟ときが多くなるのかもしれませんが、とにかく〝お互いに指摘し合う〟可能性を持っているのですから、すごいと思うんです。 |
MLBに先を越されちゃった 2014/04/06 Sun 4131
自主的に見るつもりではなかったのですが、たまたまリビングに行ったら、田中投手の試合が放送されていました。ご存じのように、私は注意散漫型ですから、3回くらいでしたか、ヤンキースが逆転したところで、趣味の仕事に取りかかりました。ただ、その前に驚いたことがあったのです。イチローが打った打球が大きなバウンドをしてセカンド前に飛んでいきました。まさにイチローヒットです。ところが、これが間一髪でアウトになり、3アウトでチェンジです。ところが、ちょっと様子がおかしいのです。何と、ヤンキースの監督が審判にセーフだとアピールしたというのです。そうこうするうちに、審判が集まってビデオを見ているではありませんか。しかも、その結果、判定はセーフに覆ったのです。
この制度はアメフトから来たらしいのですが、〝ヤレヤレ〟と思ったのは私だけでしょうか。何が〝ヤレヤレ〟かというと、本家のアメリカに先を越されてしまったことです。とても言いにくいのですが、日本の審判はときどきひどいエラーを犯します。いつからですか、ホームランだけはビデオ判定になりました。しかし、ビデオで見ればちゃんとキャッチしているのに、それをヒットにするなんてことが実際にあったのです。たまたま私もテレビで見ていた試合でした。それでもそのままなんです。審判だって、スポーツニュースでキャッチしているところを繰り返し流されると恥ずかしいと思いますよ。そんなときに〝人間だから間違うことはある〟などと居直ってはいけません。そうだからこそ〝ビデオ〟で確認することが大事なのではありませんか。こんなとき、〝専門家〟らしき人が〝試合の流れが壊れる〟なんて言ったりします。これで〝専門家〟とは、笑ってしまいます。 |
幼年時の記憶:退職記念講演会9 2014/04/05 Sat 4130
さて、両親の写真を出してから、次は私の番です。まずは生後100日の写真からはじめて、3歳になる少し前までのもの3枚を映し出しました。人間の記憶はどのくらい確かなのでしょうか。じつは、このとき写真館でソファーに立っていたようなイメージが残っているのです。何分にも、3歳に達していないのですから、〝そんなことないやろ〟と言われそうですが、じつは〝そんな気がする〟のです。皆さんはいかがでしょうか。ついでに言えば、これまた小学校に入る前に違いないのですが、親戚の家に行っていたとき、私が何かをしたのだと思います。叱られて外に出されたとき、地べたに寝っ転がってワーワーと泣き叫んだ。そんな記憶があるんです。
さらに、これは八幡に住んでいたころですが、やはり親に怒られるようなことをしたんでしょう。父親が畳を上げて、床下に押し込まれようとした記憶もあります。今では畳を上げるなんて発想が生まれないと思います。そのときは、結果がどうなったのかは覚えていません。ただ、〝ああ、床下ってところがあるんだあ〟と新発見をしたような気持ちもあったような気がするのです。さらに、大昔は赤ん坊の昼寝するときの虫除けだったのでしょうか、大きめの折りたたみ式ネットがあって、それを被せるのです。こんな書き方をしても、現物を知らない人にはまったく想像もつかないと思います。折りたたみ式の蚊帳くらいしか思いつきません。ところが、どうでしょうか、〝蚊帳〟だって、もうほとんど死語ではないでしょうか。今どき〝蚊帳の外〟などと言われても、お若い方々からは〝なにそれ?〟と言われるのが落ちですね。それはともあれ、私の記憶には、薄青いネットの中で昼寝をしていたイメージが残っているのです。 |
父と母とシャイ…:退職記念講演会8 2014/04/04 Fri 4129
退職記念の講演会は、1回限りのものにしたいと思いました。幸い、大学の単位を伴う公式の授業ではありませんから、自由な発想でお話ができます。まずは、私に〝ワクワク人生〟を送ることを可能にするチャンスは両親が創ってくれたわけです。そこで、一般の皆さまに私事を優先させるのはどうかと思いますが、いきなり両親が結婚したときのツーショットからはじめることにしました。両親は私と同じで、真から〝シャイ〟でした。写真をスクリーンに提示した瞬間、最も驚いたのは父と母だったに違いありません。会場の皆さまには写真がセピア色に映ったと思いますが、私には2人の体全体が恥ずかしさで赤みを帯びているように見えました。母親は言うまでもありませんが、父親は〝人前で話すのが苦手で、〝いつもドキドキする〟と言っていました。
講演でもお話したのですが、ノンキャリアの公務員だった父は、とにかく〝出世〟と無縁の人でした。それでも、遅まきながら部下を持つ立場になったわけです。そのとき、部下の方は3、4人だったと思うのですが、それでも〝話をするときは声が上ずる〟と言っていました。母が47歳で他界したため、その後は1人で生活していました。根っからの福岡人で、熊本には10日おきに来ていました。そのうち体調を崩して入院します。病院も福岡を選びましたから、当地に住んでいる妹は亡くなるまでの4ヶ月近く、孫を連れて毎日通うことができました。私は週末に高速で出かけていました。その間、講演があるとテープに録音して、それを父に聞いてもらいました。これは○○で話したとき、こちらは□□にいったとき…。それをベッドで聞いた父は、〝けっこう笑ってる人がいるんだなあ〟と満足そうな顔をしていました。 |
家族アンケート:注意散漫物語8 2014/04/03 Thu 4128
私が高校1年生のときに製作した録音番組(?)〝家族アンケート〟ですが、まずは中学1年生の妹が、〝池田さん〟だの〝浅沼さん〟だのと名前を挙げて論評していました。池田氏は、当時の総理大臣池田勇人氏のことです。浅沼さんは演説会で17歳の少年から刺殺された社会党委員長でした。私がアンケートの質問に〝池田さん〟を入れていたからですが、それに対して中1が〝まともに(?)〟答えているので笑ってしまいました。池田氏は戦後経済の奇跡的成長につながる〝所得倍増計画〟をぶち上げたことで有名ですが、1964年10月の東京オリンピックの開会式前にガンで入院してしまいました。その後、退院はしたものの、翌年には亡くなってしまいます。享年65歳ということで、何と今の私と同じです。池田氏は熊本大学の前身である第五高等学校を卒業しています。池田氏については〝所得倍増計画〟と並んで、〝貧乏人は麦を食え〟という暴言を吐いたことで有名でした。その当時は子どもでも知っていたのです。もちろん大人たちがそんな話をしていたからに違いありません。その発言が出たのは吉田内閣の大蔵大臣をしていた、1950年の国会です。まだ敗戦から5年が経過したころでした。参議院の予算委員会で社会党の議員から、〝米価を上げるのに麦などの価格はあまり上げない〟ことについて質問されたのです。これに対して、〝所得に応じて、所得の少ない人は麦を多く食う。所得の多い人は米を食うというような、経済の原則に副った方へ持っていきたい…〟と答えたわけです。これが翌日の朝刊に〝貧乏人は麦飯を食え〟という見出しで報道されたのでした。子どものころは、詳しい内容は知りませんでしたが、発言だけは中学1年生にも知られていました。 |
今月の写真 2014/04/02 Wed 4127
今月はさくら二題です。左側は熊本大学の赤レンガの旧校舎とさくらです。日本国中の大学でさくらは咲きますが、熊本大学はベスト3に入ると思っています。夏目漱石が熊本大学の前身である第五高等学校の教師だったことはよく知られています。その漱石に学んだ学生の中に寺田寅彦がいます。あの〝天災は忘れた頃にやってくる〟との名言で知られる物理学者ですが、漱石から英語と俳文学を学んだとされています。また、〝吾輩は猫である〟の水島寒月のモデルだとも言われているようです。大学の敷地内に五高記念館がありますが、赤レンガの中はそのまま漱石の時代に入っていくことができます。ところで、寺田寅彦は〝天災は忘れた頃にやってくる〟とは言っていないという説が有力です。これも興味深い話題なのですが、そのうち取りあげることにしましょう。
もう1枚は熊本城のさくらです。日本国中のお城はさくらが似合います。そして、熊本城は、これまた勝手連的ながら、お城のさくらベスト3に入ることは間違いありません。先週の金曜日は周辺の道路が大渋滞でした。翌日は雨との情報もあり、文字通り〝ハナ金〟のこの日に花見客が殺到したのです。その日は学生を連れて、いつもお世話になっている公民館を周る日でした。時間的には十分な余裕を持って4ヶ所にお伺いすることにしていました。ところが城の近辺だけでなく市内の主要道路がお昼間から渋滞していました。もちろん遅刻はしませんでしたが、さくらの力は見事なものです。みんなが集うことが少なくなったこのごろですから、いろいろな仲間たちがさくらを仲介にコミュニケーションを楽しむのはけっこうなことです。私はいつもそんな熊本城を眺めながら通勤しています。もう当たり前の景色になっているのですが、さくらの時期だけでなく、四季折々で石垣の色まで違ってきます。 |
新入学のご挨拶 2014/04/01 Tue 4126
2013年4月1日火曜日、私は本日から〝熊本大学シニア教授〟として、熊本大学に再入学させていただきます。職業人としては〝第二の人生〟のはじまりということでございましょうか。これまでお世話になりました皆様方には、引き続きよろしくお願い申し上げます。もちろん立場が変わっても、人間としての私自身が変わるわけではございません。これからも、〝グループ・ダイナミックス〟を楽しい仕事として続けて参ります。とりわけ、〝リーダーシップ〟については、その改善と向上を目的にした〝リーダーシップ・トレーニング〟のバージョンアップを目指します。これには最終ゴールがございません。そして、もう一つが〝組織安全学〟の確立です。もう10年以上前に〝組織安全学〟という名称だけは〝創った〟のですが、なかなか〝学〟にまで至りません。そうこうしているうちに〝安全・安心〟といったキーワードが世の中に広まってきました。ともあれ、〝安全〟は〝安心して〟生きるために欠かせません。それは集団の性質や規模を問いません。グループ・ダイナミックスでは〝お互いに影響を与え合う2人以上の人の集まり〟を〝集団〟と定義します。ですから、新婚の家庭も〝集団〟であり、当然のことながら〝安全〟も問題になり得ます。火災や爆発事故、脱線、転覆といった目に見える、また大々的に報道されるものだけが〝事故〟ではありません。学校で起きる不祥事やトラブルも、すべては〝事故〟であり、組織を揺るがすのです。しかも〝事故〟にはかならず〝原因〟があります。何と言っても〝故ある事〟が〝事故〟なのですから。そして〝大きな事故〟の原因を分析していくと、そこには〝人間的要素〟が関わっています。この点こそが、私たちがお役に立てるところなのだと確信しているのです。ともあれ、もうしばらくお付き合いください。 |
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