味な話の素  Since 2003/04/29 
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 2014年3月号 No 130 4094-4125
卒業御礼  2014/03/31 Mon 4125
 2014年3月31日月曜日、本日をもちまして、私は留年することなく、無事に熊本大学を卒業させていただきます。この間、34年と6ヶ月、本当にお世話になりました。とても文章では表現することのできないすばらしい人生を過ごすことができました。これも、私が関わりを持たせていただきました、数多くの皆さまと、とくに関わりは意識していない、もっと多くの方々のおかげでございます。私が小学生のころに守屋浩の〝ありがたや節〟というコミックソングが流行りました。そのときから、私の頭の中には〝ありがたや節〟がカラオケタッチで鳴り響いているのでございます。高校1年生から書いている日記も、〝ありがたや、ありがたや〟で終わる日が何と多いことでしょう。おかげで〝ありがたや〟の平かな5文字だけは上手に書けるようになりました。
 ところで、これからのことでございますが、とにかく体はまだ動きますので、じっとしておれない質の私としましては、活動を続けて参ります。そんな気持ちでいたのですが、おかげさまで熊本大学から、ありがたい称号をいただくことになりました。それは〝熊本大学シニア(老人)教授〟というものです。ある方とお話しておりましたら、〝シニア〟を〝老人〟とはけしからん、それを言うなら〝大老〟だとのご意見もあるのだそうです。そうなると〝熊本大学大老教授〟という名刺をつくらなければなりません。いずれにしましても、そんなことで、外からご覧いただく限りは、明日からも、これまでと変わりがございません。その上、ありがたいことですが大学の担当部局から、〝公開講座リーダーシップ・トレーニング〟を続けてほしいとのお誘いがございました。今年度、〝これで最後〟と絶叫しまくってきましたので、かなり躊躇しましたが、熊本会場に限定して1コースだけ開講させていただきます。
 
家族アンケート:注意散漫物語7  2014/03/30 Sun 4124
 私が高校1年生のときに録音した〝家族アンケート〟が出てきました。1964年8月28日午後7時15分から、まずは妹が16の質問に答えています。質問は16個もあるので、その詳細は省略しますが、抱腹絶倒の連続なんですね。そのとき妹は12歳で中学1年生なのですが、いきなりお家がほしいと言います。なぜなら当時は六畳と四畳半の二部屋の家に住んでいたからです。それでも福岡市の香椎にあった公務員宿舎です。部屋番号は27だったことをよく憶えています。平屋で2軒長屋だったのですが、それでも宿舎に入れただけでもすごいことだと、家族全員で喜んでいたのです。
 また、当時の池田勇人首相についてどう思うかという質問があり、それに妹が堂々と批判的な意見を述べているところがすごいのです。そして、総理大臣にはお金持ちではなく、貧乏な人、また今の表現ではホームレスの人たちでも総理大臣になっていいと思うと発言するわけです。教育テレビについては、〝今、それに夢中になっている人がいて、そのために観たいものが観られないので困っています〟と訴えます。〝夢中になっている人〟とはわが父親でして、やたらめったら〝教養好き〟でしたから、午後8時台のチャンネル争いが熾烈になっていたのです。〝大人が観たいものは、子どもが寝てからの遅い時間に放送してほしい〟とじつに説得力あふれる提案をしています。
 戦争についても、アメリカとベトナムの問題が心配だと語ります。また、どのくらい生きたいかとの質問には、〝浅沼さんのようになっては困る〟と言います。社会党委員長だった浅沼稲二郎氏が公開討論会で刺殺されたことを取りあげているのです。
 
中学生の勉強室:注意散漫物語6  2014/03/29 Sat 4123
 しばらく〝退職記念講演会〟を話題にしたしたので、少しお休みしようと思います。そして、21日まで続けていた〝注意散漫物語〟に復帰します。
 さて、私が中学3年生のときに、わが家にソニーのテープレコーダーがやってきました。私は〝中学生の勉強室〟というNHK第2放送の番組を録音して、それなりに勉強をしました。その放送があったのは夕方の6時台でした。当時、家庭用で一番大きいテープは7号と呼んでいました。その次が5号で、さらに小さくなると3号でした。いずれもテープを巻いたリールの直径だったはずです。それを2段階のスピードで録音することができました。もちろんテープが速ければ、いい音が録音できます。遅いと音質は落ちますが、それだけ長い時間の録音が可能になるのです。この理屈はビデオテープでも同じでした。
 私は父親に〝『中学生の勉強室』に使うから〟という理由をつけて、テープレコーダーの必要性を訴えた記憶があります。わが父は、私に似て(?)メカが大好きでした。そんなことから、〝勉強に使うから〟という私の理屈も、テープコーダーを購入する最大の理由ではなかったはずです。おそらく、〝そうか、それなら役に立つなあ〟などと、子どもの訴えを受け入れた風にしていたかもしれません。しかし、本当は自分もほしかったはずです。そして、高校1年生のときです。私が〝司会〟をして〝家族アンケート〟なるものを録音したのです。そのテープが残っていることは知っていましたが、もう40年くらい聞いたことがありませんでした。ところが、定年を前に〝身辺整理〟をしていましたら、その3号テープが出てきたのです。
 
ベストロケーション:退職記念講演会7  2014/03/28 Fri 4122
〝くまもと県民交流館パレア〟は熊本県の生涯学習の拠点施設で、熊本市内の中心地にあります。地元デパート鶴屋の別館の上にあって、講演会の会場としては、最高のロケーションです。そこを会場にしようというアイディアを出されたは、同僚の中山玄三先生でした。私が熊本県の社会教育関係の仕事をお手伝いしていることをご存じだったのです。今から34年半前に熊本大学に赴任したのですが、はじめて講演をしたのは〝天草青年の家〟でだったのです。そのときは、大先輩の佐藤静一先生からお声をかけられたことを憶えています。おそらく〝集団〟をテーマにした講演だったと思います。それがご縁で、熊本県の社会教育とは今日まで関わりを持たせていただいています。そんなことから、〝パレア〟の方でも快く会場にさせていただけました。それだけでなく、〝パレア〟が主催されている〝熊本県民カレッジ特別講演〟という形でジョイントまでしてくださいました。そうした皆さま方のお力で、会場には300名を超える方々にお見えいただきました。月並みな感謝のことばは思いつきません。
 当日は中山先生のリーダーシップのもとで、熊本大学メイクフレンズの学生たちが、講演会がスムーズに運ぶために大活躍してくれました。メイクフレンズは公民館を中心にして、子どもたちを対象にしたイベントの企画と実践を進め〝子ども理解〟を図ろうというグループです。一応は、〝教育実践指導法演習〟を受講して、2単位を取るというストーリーになってはいます。しかし、学生たちにとって大事なのは子どもたちとの交流で、単位取得などは頭にありません。その証拠に、2年生以降の後期だけ単位の対象になっているのに、1年生から大学院生までメンバーなのです。
 
撮るだけ人生:退職記念講演会6  2014/03/27 Thu 4121
 デジカメは、とりわけ一般人の写真に対する考え方と行動を変えてしまいました。フィルムもいらなければ、現像の必要もなし。撮った写真はその場で見られるし、枚数など気にすることはありません。とにかく撮り放題です。そして、その日にPCのディスプレイや自宅の大型テレビで見たら、あとは二度と日の目を見ない。なぜって、それかからも洪水のようにデータが増えていくのですから。いや、ちょっと試しに見てみることすら忘れてしまうこともあります。しかも、メモリー容量も増加の一途ですから、〝いつかそのうちに見よう〟などと思いながらハードディスクに保存する。これがまた永遠に眠ることになるわけです。これでは〝撮るだけ人生〟で終わってしまいます。
 それにしても、みんなが老人になったみたいですね。手を伸ばしてカメラのシャッターを押す光景は、全員が老眼スタイルではありませんか。これに対して一眼レフはファインダーを覗きます。その方がカメラをしっかり握っていますし、顔にもくっつけているので固定できます。その方が写真のできもよくなると思っています。私としては、〝やっぱし一眼レフ〟という気持ちが強いですね。このごろはミラーレスというのが勢いを増しています。これについては本欄でも触れたことがありますが、もういつのことだったかは忘れました。日本のメーカーは、どんなにミラーレスに押されても、一眼レフを作り続けるべきだという主張です。
 それにしても、このごろのデジカメはすごすぎます。顔に焦点を当ててバックをボカすなんてことは朝飯前、なんとハイスピードの動画まで撮れるのです。さらに360度のパノラマまでOKというのですから、驚きもしましたが、なぜか意味もなく笑えてしまいました。
 
懐かしの写真:退職記念講演会5  2014/03/26 Wed 4120
 私の〝退職記念講演会〟は、いきなり両親の結婚記念写真からはじめました。その上で、私が生まれて100日目、10ヶ月、2歳半の写真を提示しました。ところで誕生日は生年だけで、月日付は〝✕〟で伏せていたのですが、わがセンター長がご挨拶で月日まで言われてしまっていました。いずれにしても、こんな写真を提示するだけでも、私の講演としては、前にも後にもあり得ない内容です。
 ところで、100日目は百日(ももか)のお祝いをしてくれたのでしょうが、このとき私が着ていた産着はしっかり生きています。まずはわが息子の、そして次は孫たちの百日祝いにも、同じものを使いました。昔の衣類はしっかりしています。孫の母親が幼稚園の会合で、祖父・父・本人の写真を提示して、〝さて〇〇くんはどれでしょう〟といったプレゼンをしたと聞きました。いやあ、すばらしいアイディアです。その場が楽しくなったはずです。
 それから、敗戦後に中国から引き上げてきた父が就職した八幡からずっと写真を交えて時間を追いかけていきました。私は、ほんのちょっと前まで連載していましたように注意散漫型です。昨年の早い時期に同僚の中山先生にタイトルをお伝えしてから、少しずつ写真の準備をしてきていました。その時どきで懐かしく、1枚の写真をスキャナーにかけるつもりが、つい他の写真にも目がいってしまうので、自分で勝手に困っていました。それにしても、写真の枚数が少ないことに大いなるすばらしさを感じます。私が子どものころは、1年に1枚もない年が珍しくありません。今ではデジカメで、フィルム代もプリント代すらいらないので、とにかく取りたい放題です。もちろんそうだからこそ、素人でもいい写真が撮れるというメリットもあります。
 
〝最終講義〟の内容:退職記念講演会4  2014/03/25 Tue 4119
 〝楽しい人生創りの化学〟は、それだけでは意味がわかりにくいので、記念講演会のサブタイトルとしては、すぐに〝ボツ〟にしました。ただ、もう少し熟成してから、いつかは使いたいと思っています。
 さて、〝私のワクワク人生:これまで、今、これから〟というタイトルを決めたときに、私にはあるイメージが湧いていました。それは単純に、その通りに〝自分の人生を振り返ってみよう〟ということでした。〝熊本大学退職記念〟となっていますが、いわゆる〝最終講義〟と呼ばれているものです。つまりは、〝いつもの話〟ではないのです。いや、もっとはっきり〝このとき1回ぽっきり〟の内容にしたいと思ったのです。もちろん、〝グループ・ダイナミックスの旅人として〟ですから、私の仕事もちゃんと関係づける必要もあります。
 そして、もう一つ私の心にある思いがありました。それは、前期高齢者になるまで〝ワクワク人生〟を送ってこられたことに対する感謝の気持ちです。もちろん、それは私が関わりを持たせていただいた〝すべての方々〟に対するものです。ただ、その中でもわが両親はちょっと別格の存在です。こうして無事に前期高齢者にまで達した今、父と母にもメッセージを送りたいと思いました。そんなことがタイトルをつけた瞬間に頭に浮かびました。そんなわけで、スライドの1コマ目は、〝まずは、私がこの世に出てくる前のお話から…〟として、両親の結婚式のツーショットにしたのです。それは、1944年6月4日のことですから、今からちょうど70年前になります。父は27歳でしたが、母はまだ17歳だったのです。〝何か知らないうちに見合いになって、いつの間にか結婚することになっていた〟。そんな話を母から何回か聞いた記憶があります。
 
楽しい人生創りの〝化学〟:退職記念講演会3  2014/03/24 Mon 4118
 〝人と人とが関わりながら集団を創り、関係を創っていく〟。その過程で様々な変化が起きます。うまく組み合わせると、私たちに役立つ強い物質ができあがります。それとは対照的に、間違った物同士を合わせると爆発したり、人間にとって毒物になったりする。しかし、そう言いながら〝毒をもって毒を制する〟なんてことわざもあります。インフルエンザの猛威もようやく静まってきたようです。私は前期高齢者の〝常識(?)〟として予防接種をしました。あのワクチンなんぞは、基本的には〝毒〟なんですよね。
 いかがでしょうか。メンバーの組み合わせがいいと、強い組織が生まれます。お互いにうまくいかない〝者同士〟だと組織を爆発させたり、劣化させるわけです。しかし、ちょっと困った人たち、つまりはいつもは毒っぽい人たちが、案外と組織の危機を救ってくれたりもします。その際は毒の分量が多すぎても少なすぎてもまずいのでしょう。そのために調合のプロが活躍することになります。これを人間の組織に当てはめると、リーダーシップが重要だということです。まあ、そんなわけで、人間集団のメカニズムは〝化学的〟な視点から観ることができるのです。それはまさにグループ・ダイナミックスの生きる道ではございませんか。下手に〝自然科学〟に近づこうなどと思わない方がいい…。
 こんな発想が浮かんだので、退職記念講演会のサブタイトルを〝楽しい人生創りの化学〟としてはどうかと思ったのでした。それって、ちょっと奇をてらったと言いますか、〝何これ?どういう意味?〟と興味を持っていただけるかもしれません。しかし、それはボツにしました。これだと、一般の皆さまから見れば、ますます訳がわからなくなるという気がしたからです。
 
タイトルの裏話:退職記念講演会2  2014/03/23 Sun 4117
 ともあれ、〝退職記念講演会〟のメインタイトルは〝私のワクワク人生〟になりました。それに〝退職の記念〟ですから〝これまで、今、そしてこれから〟もいいなあと思いました。そんなことで、中山先生から〝演題はどうしますか〟と聞かれたとき、ここまでは即座にお答えしました。しかし、やはり〝退職〟ということを考えると、これまで続けてきた私の仕事がわかっていただけるサブタイトルもほしいと思うわけです。
 ただ、〝グループ・ダイナミックス〟では、いかにも〝わからない〟感じがします。実際、この領域名は専門家以外にはあまり知られていません。講演会は一般の方にも公開しようというご提案でした。あまり専門的なものはどうかということになります。そこで、頭に浮かんだのが〝社会心理学の旅人として〟というサブタイトルでした。〝過去から現在、そして未来(?)〟という時の流れの中で旅をする。ああ、いいなあと思いました。
 しかし、それから心は揺れるのです。一般的に馴染みはないとしても、私の専門は〝グループ・ダイナミックス〟なのです。社会心理学とは近接し、かつ重なりもありますが、〝やっぱり、私の仕事はグループ・ダイナミックスだよなあ〟という気持ちが消えませんでした。そんなわけで、最終的には〝グループ・ダイナミックスの旅人として〟で行くことにしました。〝何じゃあこりゃあ〟と思われる方がいらっしゃったことでしょう。これは〝しかたがないなあ〟とあきらめることにしました。
 ついでながら〝楽しい人生創りの化学〟というサブタイトルも考えました。心理学は人間行動を科学的に分析する、つまりは〝こころの科学〟なのだとアピールしています。しかし、〝自然科学〟の真似をしても仕方がありません。
 
心から御礼申し上げます:退職記念講演会1  2014/03/22 Sat 4116
 おかげさまで、昨日の3月21日に〝退職記念講演会〟を無事に終えることができました。会場の〝くまもと県交流館パレア〟には300人もの皆様方がお見えくださいました。春の3連休にも拘わらず、遠方からご参加いただいた方もいらっしゃいました。まさに、感謝感激で、この気持ちを表現する適切なことばが見つかりません。幸いお天気もよく、しかも、晴れているのに一時的に道路が濡れるほど雨を降らせたのは、〝おまえの退職講演会らしくしてあげるよ〟と、お空の神様が演出してくださったのだと、これまた感謝しました。
 私は熊本大学に赴任して34年半、本当に楽しい時間を過ごさせていただきました。熊本にやってきたとき、私はまだ30歳でした。それからというもの、たくさんの方々とお会いし、私としては今日までずっと成長させていただきました。大学の授業以外でも、講演や研修、さらには研究会などですばらしい体験を積み重ねてくることができました。今回の〝退職記念講演会〟については、何と1年ほども前に、同僚の中山玄三先生からご提案いただきました。私としては、面映ゆさを感じながら、お話をありがたく、かつ喜んでお受けしました。先生には、その後も着々と準備を進めていただきました。心から御礼を申し上げます。
 ところで、演題はすぐに決まりました。何と言っても〝退職記念〟ですから、不遜ながら〝これまでの総括〟とまではいかないとしても、〝振り返り〟がいいに決まっています。そこで、〝これまで、今、そしてこれから〟というサブタイトルっぽいものは入れたくなります。そして、何といっても私の売りは〝ワクワク〟だと思いました。かなり能天気な性格ですが、この話は小学生から高齢者の皆様方にもしてきました。
 
テープコーダー:注意散漫物語5  2014/03/21 Fri 4115
 ずいぶん前からリタイアに向けて身辺整理を進めてきました。あるとき、オープンリールの録音テープが入った箱が出てきました。それを見た瞬間に、私にはそれが何であるかがわかりました。そしてソニーの〝テープコーダー〟が目に浮かんだのです。ソニーは自社のテープレコーダーを〝テープコーダー〟という商品名で販売していました。そのため、意識してか、あるいはただ知らないのかはわかりませんが、テープレコーダーを〝テープコーダー〟という先生がいました。
 それはさて置いて、わが家にテープレコーダーがやってきたのは、私が中学3年生のときです。人間の記憶というものは不思議なものです。それを買ったのは福岡の中州、50m道路沿いにあった弓削電気でした。しかも、せっかく買ったのに調子が悪く交換してもらったことまで憶えています。当時、私たちは福岡の香椎に住んでいました。そこから中州まではけっこうな距離があります。まだ1960年代のはじめころです。マイカーなどということばすらない時代ですし、タクシーでそこまで往復することも考えにくい状況でした。それでテープレコーダーを買ってからどうしたのか、さらに交換するための一往復はどうだったのか。まったく記憶に残っていません。
 それはそうと、当時は高校受験向けのラジオ放送で〝中学生の勉強室〟という番組がありました。これをテープレコーダーで録音していたことを思い出します。進学塾などない時代ですから、NHKもこうした番組を放送していたのです。もちろん、それなりに視聴者がいたわけで、テキストもちゃんとありました。これで国語や数学、理科・社会、そして英語の勉強ができたのです。体育や音楽、美術、技術家庭科などはどうだったか憶えていません。
連続物物語:注意散漫物語4  2014/03/20 Thu 4114
 〝スーパージャイアンツ〟や〝紅孔雀〟〝風小僧〟などは〝続き物〟でした。そんなときは〝前編・後編〟、それに〝中編〟が入ることもありました。また、〝一部・二部…〟とか〝○○の巻〟と言ったりもしていました。私が子どものころで、両親が観に行ったものに〝人間の条件〟という映画があります。これは全6部で、上映時間の合計は9時間31分に及ぶ超ロング映画です。私は熊本に来てから、つまりは30歳を過ぎてこの映画を観ました。いつのころからでしょうか、〝人間の条件〟を一挙一上映するのが流行はじめていました。夕方から朝まで、その間に食事時間まで取って観るわけです。これが後に〝オールナイト興業〟と呼ばれるものの嚆矢になったといいます。私が観たのは朝から晩までで、年休を取って観に行ったことを思い出します。ちょうどそのとき、肥後にわか系の喜劇俳優〝ばってん荒川〟氏も観ていました。人間って、こんなことはよく憶えているものですね。今はありませんが、熊本のセンターシネマでした。ところで、〝前編・後編〟タイプの映画では、後編の冒頭に〝これまでのあらすじ〟が流れたりするわけです。ともあれ、大人になるにつれて、注意散漫さがさらに高じて、〝長々と続く〟ものにはとても付き合っていられなくなったのです。それでも高校生くらいまでは、テレビ自身が珍しいもので、大河ドラマもかなり〝観続けた〟ような気はします。NHKの第1作目は幕末の大老井伊直弼が主人公の〝花の生涯〟でした。尾上松緑が主演したのですが、これが1963年で、私が中学3年生のときです。父は相当な天の邪鬼で、〝みんながすることはしない〟という信念の持ち主でした。だから、〝みんなが観る〟ものには目もくれませんでした。
 
夕刊:モデル  2014/03/19 Wed 4113
 すでに数日前から書こうと思っていたが、もう遅きに失したというべきだろう。今回のロシアとクリミアの件である。これは遠い国の出来事ではない。この成り行きをじっと見ている国がある。それは中国である。力を行使しても、アメリカもヨーロッパも実質的に有効な手立てを取ることができない。まさに生のモデルを提供しているのである。本音で言えば、アメリカもヨーロッパもロシアとの政治的経済関係は絶つことができない。ニュースでも〝これ以上、関係を悪化したくないという思惑がある〟と伝えていた。そんなものである。アメリカにとって、〝岩〟のようなものを守るメリットがどれだけあるのか。アメリカではそんな議論が行われているという。
銀幕のかなたに…〟:注意散漫物語3  2014/03/19 Wed 4112
 さて、私が子どものころのヒーローとしては〝スーパージャイアンツ〟がダントツではありました。しかし、そのほかにも〝連続物〟を楽しみにしていた思い出があります。たとえば、〝風小僧〟もそうでした。ネットで確認すると、主役の〝風の小六〟は山城新伍が演じていたのでした。当時はまったく知りませんでしたが、山城新伍は後に個性的なキャラクターで売っていましたね。もう亡くなってかなりになりますが、じつに懐かしい名前です。〝風小僧〟の劇場公開が1960年ということなので、私が小学6年生のときです。また〝紅孔雀〟という映画も思い出します。これもけっこう〝続き物〟として人気を博しました。主人公の中村錦之助が肉の丸焼きを鷲づかみにして食べるシーンがありました。これが強烈で、あんな肉が食べられるのなら、自分も映画俳優になりたいと思ったものです。大人になってからもローストチキンを見るたびに〝紅孔雀〟と〝中村錦之助〟を思い出していました。
 映画はスクリーンの感じからでしょうか銀幕と呼ばれていました。その銀幕のスターたちは、自分たちとは違う世界に住んでいました。いま自分が呼吸をしているときに、あの俳優たちも呼吸はしているんだなあと、妙なところで同一化して自己満足していたものです。そんなことですから女優さんなどはもっと遠い世界の人たちばかりだったのです。私は一応、映画好きということにしていますが、このごろはそうした昔の気持ちが懐かしくなります。その最大の理由は、〝銀幕〟のスター、とりわけ女優さんたちが、みんな〝普通〟に見えてしまうのです。それだけ身近になったということですが、ちょっと幻想くらいは感じたいところもあります。何のことはない私が年を取ったんですね。
 
ヒーローは映画館に…〟:注意散漫物語2  2014/03/18 Tue 4111
 子どものころから〝注意散漫〟だった私でしたが、20代を迎えてその度合いが強化されていきました。テレビの〝連続物〟は見ない体質になっていたのです。ある。そもそも私が子どものころはテレビがなかったので、動く映像と言えば、劇場映画しかありませんでした。今は空気のようになったニュースですが、人が動くものは映画館のニュースで見たのです。そうです、60年安保で国会が大騒動になったことも映画館のニュースで知りました。何やらたくさんの人に抱えられた人が、マイクを握って叫んでいる。その周りには押しくらまんじゅうのように人がいて、手を出したり、それを押さえたりしているのです。そこにいるみんなが大声で叫んでいるから、マイクのおじいさんが言っていることも聞こえません。そんな状況がスクリーンに映し出されたのでした。それは日米安全保障条約の改定を衆議院で強行採決する際の騒動でした。画面中央のおじいさんは清瀬一郎衆議院議長でした。そうそう、オールスターで長嶋選手が走るのも映画館で見たのです。
 そして映画館での〝連続物〟のヒーローが〝スーパージャイアンツ〟だったのです。その宇津井健さんが82歳で亡くなりました。また私の子どものころのヒーローが一人いなくなったことになります。しかし、それも致し方ございません。わくわくドキドキしていた子どもがすでに前期高齢者なのですから。ともあれ、宇津井さんのご冥福をお祈りします。ところで、その〝スーパージャイアンツ〟ですが、今から考えると、あれは〝ジャイアンツ〟ではなくて〝ジャイアント〟が正解ですね。あのヒーローは間違いなく一人でしたから、複数にしてはいけません。元祖の〝スーパーマン〟も〝スーパーメン〟ではないですよね。
 
快挙の結末  2014/03/17 Mon 4110
 これからは女性の時代です。OECDは〝日本で働く女性が増えれば、GDPが20年で20%増える〟と予測しています。細かいところは置くとして、世の中にはすばらしい能力をもった女性はたくさんいます。もちろん若い男性も含めて人材はワンサカいます。彼等をしっかり育てなければ、日本の未来はありません。そんなとき、女性が〝スーパー・ホームラン〟を打ちました。それは言うまでもなく〝STAP細胞〟です。なんと30歳の女性が、将来の〝ノーベル賞〟確定と思える〝大研究〟をしたのです。このニュースが飛び込んできてから、私はさっそく授業でも〝これからの女性の目標になる〟といった話をしました。あるテレビの情報番組で、司会者が専門家に〝じつは、間違いだったなんてことはないでしょうね〟と聞いていたことを思い出します。そのとき専門家は〝理化学研究所が発表したのですから確かです〟といった答えをしていました。今になって、あの司会者は苦笑いしていることでしょう。回答した専門家は、詳細は知らなかったとはいえ、苦々しく思っているに違いありません。
 私も研究者の端くれです。その立場から見ると、このところ矢継ぎ早に出てくる情報が正しければ、どれもこれも信じられないことだらけです。人の論文を〝コピペ〟するなんて、プロとしてあり得ません。もちろん既存の研究を引用はします。そうでないと、自分の研究の位置づけや意味を伝えられませんから、これは当然なのです。しかし、そもそも原文を貼り付けるなんてことはあり得ません。もっとも、すごい〝名言・名句〟をそのまま提示する可能性はあるでしょう。そんなときでも、〝単語〟あるいは〝短語〟というレベルです。それに、変なことをすれば〝ばれる〟に決まっています。今回はご本人も問題ですが、私は〝理化学研究所〟に組織的欠陥があったと思います。
 
〝スーパージャイアンツ〟から〝ザ・ガードマン〟:注意散漫物語1  2014/03/16 Sun 4109
 子どものころから注意散漫で興味が次から次へと移っていく。それがテレビの視聴にも影響している。子どものころに〝スーパージャイアンツ〟という、はっきり言ってアメリカの〝スーパーマン〟をパクった劇場映画があった。主演は宇津井健で、エメラルド水星からやってきた正義の味方を演じた。これがシリーズ物になって、母親から連れていってもらうのが決まりになっていた。どのくらいの本数になったかわからないが、ほとんどすべて観たと思う。これなんかは〝連続物〟ではあるが、物語はそれぞれ違う展開だったはずである。
 その後も宇津井健は〝ザ・ガードマン〟で隊長として主役を演じていた。いまでは警備保障会社は常識になったが、当時は〝そんな仕事もあるんだ〟と驚いたりもした。そのころ、〝霞が関ビル〟という〝日本初の超高層ビル〟が鳴り物入りで建ったばかりだった。そのビルを背景にしてメンバーが集合する。それがじつにカッコよかったのである。因みに霞が関ビルは地上36階147mである。最近完成した〝あべのハルカス〟は60階で300mだから、まさに隔世の感がある。さて、〝ザ・ガードマン〟だが、東京オリンピックが開催された翌年の1965年4月から350話も放送されている。昨年はオランダに出かけたが、アムステルダムのスキポール空港に着いた。そのとき、〝ああ、ガードマンもこの空港のシーンがあったなあ〟と懐かしく思い出した。さらに、宇津井健は山口百恵の父親役として〝赤いシリーズ〟にも出ていた。しかし、このころになると番組を見た記憶がまったくない。何と言っても彼は〝スーパージャイアンツ〟だし、〝ザ・ガードマン〟の隊長だった。それがお父さんというのでは、私のイメージにはどう考えても合わなかったのである。
 
宇宙間のおしまい:宇宙間5  2014/03/15 Sat 4108
 さて、わが〝ロアッソ熊本〟だが、新たにはじまったリーグ戦の初戦では勝ったようだ。ただし、まだ勝ち点3となっているので、その後はまだ勝ってはいないのだろう。ともあれ、私が出かけたときは最終戦ということで、試合終了後にはセレモニーもあった。せっかくなら勝って花を添えたかったところである。それでも、J2とは言いながら、とにかくプロの試合である。けっこう満足した。それにスタジアムは本格的なもので、相当程度に上等だ。熊本の国体の際につくられたと思うが、グリーンも含めてきれいだった。そんなわけで、〝また機会があったら観に来てもいいなあ〟くらいの気持ちにはなったのである。私がサッカーに対する評価をちょっとだけ変えた日として記憶に残るだろう。
 ところで、このところ〝宇宙間〟というタイトルで連載しているのだが、一体全体なんだろうと思われているのではないか。あるいは、〝それって『宇宙観』の間違いではないか〟と思われている方もいらっしゃるかもしれない。じつは、間違いなく〝宇宙間〟なのである。これは家内の発言で、野球の〝右中間〟を〝宇宙間〟だと思っていたという、これまた飛びきりの物語である。かく言うからには、家内が〝まったく〟野球を知らないことはすぐに理解していただけるだろう。一度だけくじが当たって福岡ドームのボックス席に家族で行ったことがある。そのときも、野球を観ていたというよりはラッキーセブンの風船飛ばしなどを楽しんでいた。とまあ、〝興味がない〟と〝右中間〟も〝宇宙間〟になるという話なのである。あまりの興味のなさに、〝変なことを言うな〟とは思っても、それについて聞いてみる気にもならなかったのだそうな。〝興味がない〟とはそういうことである。
 
プロ初体験:宇宙間4  2014/03/14 Fri 4107
 私としては、生まれて初めてプロのサッカーを観に行った。じつは、孫が3人いるものだから、お兄ちゃんだけというとまずいだろうと、息子が一般席を買って一緒に観ることにしたという。ただし、孫は上が小学1年生で、弟は幼稚園の年中さんである。つまりはいわゆる子どもだ。そんなことから、結局はSS席チケット2枚で、息子と私の大人二人が子どもを引率するという形で入場することができた。孫は3人いるのだが、最年少はまだ2歳未満だからお家でお留守番だった。
 その日はたまたまロアッソのホーム最終戦だった。そのせいもあってか、スタジアムは満員の大盛況だった。いつもはどうか知らないが、応援も沸騰していた。これを観ているだけでおもしろい。しかも敵陣の方は数えるくらいしかいないから。その好対照に笑ってしまった。相手は横浜FCで、ひょっとしたら〝和も〟と期待したが、出場はしなかった。それにしても、数は少ないといってもこの遠隔地まで応援に来てくれるファンたちはありがたいものである。あの中に地元熊本の人もいたのだろうか。
 さて肝心の試合だが、ちょっとした小突き合いまで入って、なかなか白熱していた。前半と後半90分もかけて1点、2点を競り合うなんてまどろっこしくて仕方がない。ずっとそんな思いでいたのだが、何分にもSS席である。全体が見渡せるところから観戦していると、これがけっこう楽しめた。試合は無得点のまま後半に入り、それも時間切れで引き分けかと思った瞬間だった。あっという間にゴールを決められてしまった。すでに残り時間は2分もなかったと思う。こうして〝ロアッソ熊本〟は地元の最終戦を勝利で飾ることができなかったのである。大勢の応援団もさぞかしがっくりしたことだろう。
 
〝美味果菜〟〝良果菜〟:宇宙間3  2014/03/13 Thu 4106
 まずは〝うまかなよかなスタジアム〟の由来だが、熊本市に本社がある山田青果卸売市場が熊本県から命名権を獲得している。そこで、付けたのがこの名前である。〝うまかな〟は〝美味果菜〟で〝よかな〟は〝良果菜〟というわけだ。そもそも、これはこの会社の商標登録名だという。つまり、〝おいしくて、いい果実と野菜〟ということである。富山で最初に聞いたときは、馬刺しが売りの熊本だから、〝馬〟に関係があるかと思ったが、それは大間違いだった。それにしても、熊本人でも〝果実と野菜〟は結びつけられなかった。
 ネーミングと言えば、ちょっと脇道に逸れるが、〝崇城(そうじょう)大学市民ホール〟と聞いたら、どんなところをイメージされるだろうか。じつは、正式名称は〝熊本市民会館〟である。つまりは大学がスポンサーになったのだが、どう見ても〝崇城大学〟のホールと思ってしまう。もっとも、大学にこのことについての責任はまったくない。当初の募集に応募がなく、改めて募集した結果、崇城大学が応じたということである。最初から〝大学の名前を付けて売り出そう〟などという気持ちがあったわけではない。当初は年間1,500万円だったが、再契約の際に〝市民会館崇城大学ホール〟と変わった。おそらく〝大学のもの〟というイメージを薄めようとしたのだろう。その代わりだと思われるが、契約額が1,000万円に減額されている。これを知って、ちょっと苦笑いしてしまった。
 因みに〝うまかなよかなスタジアム〟の方は年間2,500万円だそうだ。まあ、お金の話ばかりしていては品がありませんね。さて、とにかく〝うまスタ〟に孫と公式戦を見に行った。
 
うまかなよかな?:宇宙間2  2014/03/12 Wed 4105
 サッカーの審判になってほしい。この要請を0.01秒ほどで瞬間的に〝N0〟と答えたのは、〝まずはYes〟を心情としてきた私にとって、人生の中で稀なケースである。それはさておき、あれから20年以上が経過した。昨年、生まれて初めてプロのサッカーを見に行った。熊本にJ2〝ロアッソ熊本〟というチームがある。昨年はとくに勝てなかったようで、ひょっとしてJ2陥落かと、地元のファンをやきもきさせたらしい。時代は変わったものだと、われながら驚くのだが、わが熊本大学も、〝ロアッソ熊本〟の公式スポンサーなのである。昨年、私をホームページで取りあげてもらったのだが、そのお礼という感じで事務局からSS席のチケットはいらないかと問い合わせがあったのである。何分にも〝Yesしか言わない〟と決めているのだから、ここでも〝No〟はあり得ない。それだけではない。私としては、〝初めてのものは、原則トライする〟ということも、もう一つの心情にしている。チケットは2枚で、小学1年生になった孫に聞くと〝行く〟との回答。
 これでめでたく〝うまかなよかなスタジアム〟に出かける段取りがついた。最初にこの競技場名を聞いたのは富山でだった。仕事が終わって富山空港から帰る際に、富山県総合運動公園陸上競技場に連れていっていただいたのである。ここはカターレ富山のホームスタジアムである。そのとき、偶然にも次の週に〝カターレ富山〟と〝ロアッソ熊本〟の試合が予定されていた。その日程表を見て、ご一緒いただいた方が〝ああ、今度は熊本ですよ〟と言われたのである。その場所が〝うまかなよかなスタジアム〟と書かれていた。〝うまかな〟は〝うまいな〟、〝よかな〟は〝いいな〟だから、熊本弁だということはわかる。
 
サッカーの思い出:宇宙間1  2014/03/11 Tue 4104
 知らないことはあくまでわからない。それでも〝知りたい〟と思えば調べればいい。昔のように、場合によっては百科事典を引かないとわからないようなものもある。そんなときは〝知りたい〟という動機付けがないと放置してしまう。それでも〝知りたい〟と思うものは〝興味がある〟ものだと考えていい。その点、私にとってサッカーはまったく興味がないものだった。なにせ1時間半も走り回って1点とか2点で勝ったの負けたのと騒いでいる。その点だけでも、そもそもせっかちな人間には向いていないのである。
 ただし、息子が小学生のときはサッカー部に所属していたので、家内と一緒に応援にけっこう出かけた。まだ30代で、私も土日などは時間の余裕があった。そんなことだから、私たちは〝熱心な保護者〟に映ったようだった。あるとき、部活の保護者代表の方から声をかけられた。〝吉田さん、いつも応援に来ていただいていますね。ありがとうございます。保護者の間でも吉田さんとこは熱心だと評判ですよ〟〝いえいえ、お恥ずかしい。子どもがお世話になっているのですから、時間があるときはと思って…〟〝ところで、皆さんとお話をして、吉田さんにぜひお願いしようということが出てきたんですよ〟〝えっ、何でしょうか〟〝じつは吉田さんも感じておられると思いますが、いま審判が足りないんです。よろしければ、吉田さんに審判の講習を受けてもらえないだろうかと…〟。この会話は一瞬にして終わった。〝とんでもない!それはできませーん!〟。私は人生のなかで、できる限りは〝Yes〟と言い続けてきた。まずは、〝うん〟と言ってから〝考える〟のだ。これが正しい生き方であるかどうかはわからない。しかし、とにかくそうしてきたのだった。
 
今月の写真  2014/03/10 Mon 4103
 今月の写真は「熊本城マラソン」と「缶ペン」の2枚にしました。「熊本城マラソン」は2月16日の日曜日に開催されました。今年で3回目になるのですが、42.195kmの「歴史めぐりフルマラソン」と「金栗記念30キロロードレース」、それに「城下町4キロ」の3コースがあります。フルマラソンには1万1千人以上が参加しました。写真はスタートして間もなく、熊本市の大甲橋を過ぎた場所で撮ったものです。この橋は阿蘇から流れてくる白川に架かっているもので、広い道は市電も走る熊本市のメイン道路です。コーラの看板が写っている少し先が熊本の中心街になります。新幹線が開通してから、ほんのわずかながら、熊本駅周辺も変わり始めてはいます。しかし、ほんの最近まで熊本駅に降りた方は、人口10万人くらいの小さな町に来たといった感じだったと思います。それから街の方に進むと、ようやく70万人くらいは住んでいそうに思えるような雰囲気が出てくるわけです。
 さて、駅周辺の話はおしまいにして、レースの方ですが、フルマラソンでは、あのご存じ埼玉県職員の川内優輝選手が2時間10分14秒で優勝しました。ダントツでした。また、若手の登竜門とされるロードレースでは東洋大学の服部勇馬選手が1時間28分52秒で優勝しました。彼は箱根駅伝に出ていて、予想通りの活躍でした。
 さて、もう1枚は缶ペンです。これは正確には「缶ペンケース」と言うんですね。私たちが子どものころはセルロイドというのでしょうか、今でいうプラスティック様のものでした。これが金属製の缶になったわけです。写真は私が長年に亘って愛用しているものです。もともとは娘が小学生のときに買った雑誌の付録だったと思います。それをもらったわけですが、とにかくすばらしいのです。古色蒼然たる状態になってきたので、適当なものをと文具屋さんに行くのですが、これに勝るものが見つかりません。
最後は〝Calling 〟: 仕事の階層11  2014/03/09 Sun 4102
 さて、「仕事の3階層」ということで、「JOB」から「CAREER」へ進んだところで、マズローの「欲求5段階説」や「影響力の源」について考えた。ここで「仕事の3階層」に戻ると、「CAREER」の次に来るのは「CALLING」である。これを英和辞書で引くと、最初に「呼ぶこと;呼び声、 叫び;点呼」となっている(プログレッシブ英和中辞典 第4版)。これは、英語の「call」を知っているからすぐにわかる。その次が「召集、 召喚、 呼び出し」とあって、例文として〝the calling of Parliament:議会の召集〟が挙げられている。これもわかる。そして3番目に「訪問」が来る。これは訪問先の呼び鈴を押すイメージだろうか。こうした「call:呼ぶ」からイメージできる意味が並んでいる。ところが、その最後は「天職、 職業、 生業」で終わるのである。「call」がどう流れて「天職」になるのか、瞬間的にはわからない。このところバタバタで、その由来まで調べる時間がないのだが、それなりの想像はできる。
 何分にも英語の国である。おそらく神様が「お呼びになって、それに応じて就いた仕事」だから「CALLING」ではないか。こんな解釈である。単なる「職業」の意味もあるようだが、「仕事の3階層」という立場からは、やはり「天職」がふさわしい。とにかく「天(神)」から授かった職業なのである。こうした仕事ができる人は、ご本人としてもこの上なく幸せに違いない。ここまで来ると、またぞろマズローに戻ってしまう。これは、彼が言う最終段階である「自己実現」の状態とまったく同じである。もちろん、これが100%達成されている人はいないと思うが、少しでもその境地に達したいものである。そのためには、職場でも上司がしっかりサポートすることが欠かせない。まさにリーダーシップの問題である。と同時に、当の本人が前向きでチャレンジ精神を磨き続けていなければならない。
専門力の中身: 仕事の階層10  2014/03/08 Sat 4101
 ところで、「専門力」は、すでに述べたように、すべての面で部下たちを上回っている必要はない。それは部下たちが「期待している専門力」なのである。学校の校長が若い教師よりもPCを使いこなす専門力に優れていなければならないなどと言うことはあり得ない。PCをうまく使いこなせる「専門性」は、若い教師たちが身につけているべきものである。それでは、校長に求められる専門力とは何か。そうした有能な教師がいる学校の校長であれば、「うちの学校ではPCでこんなにすごい教師がいる。その力を出させるためには、いまのものは古すぎて駄目だ。すぐにでも新しいPCを購入する予算を何とかしてほしい」。こうした働きかけを自治体の教育委員会などと交渉をする。そうした力こそが校長の「『情報教育』にかかわる『専門力』」なのである。
 さらに、管理者は様々なことにチャレンジをし続ける姿勢を持つことも期待されている。もちろんチャレンジしたすべてのことで成功するとは限らない。失敗もするに違いない。しかし仕事に対する前向の姿勢と失敗を恐れず前進するという気概があれば、そして、最終的な責任は自分が持つという確固たる意思が通じれば、部下たちはついてくるだろう。それがそのまま「憧憬力」に繋がっていくことは言うまでもない。失敗た場合でも、その対応の仕方がリーダーシップになる。失敗に対して、それをどう克服して行くか。そのために部下たちと一緒に考え、問題解決に向けて全力を挙げる。こうした姿こそが、リーダーとしてのモデルになっているのである。この点については、本欄でも、リーダーは「カリスマ」ではなく「ミニカリスマ」を目指すべきだと強調したことがある。さらに、うまくいかなかったときには、部下たちにきちんと「謝る力」も持っておきたい。失敗をごまかし、自分の責任を回避する態度や行動では、「憧憬」から離れてしまう。
部下がついてくるために: 仕事の階層9  2014/03/07 Fri 4100
 ところで、ここまで上げた管理者が持つべき6つの力だが、その性質から大きく2つに分けることができる。「強制力」「報酬力」「正当力」と、その後の「専門力」「憧憬力」「情報力」の間には違いがあるのだ。はじめの3つは、多かれ少なかれ、地位に備わっているものである。それが「権限」として明記されているかどうかは別にして、状況に応じてその力を行使すすことが当然だとされている。つまりは、どれもが第3番目の「正当力」そのものだと言うことができる。もちろん、それを使う状況や強度には個人差はあるだろう。しかし、この3つの「力」は最初から地位に付随しているのだから、その立場に就いたときに自動的に与えられていることになる。やや誤解されそうだが、その役職に就いただけで、努力なしで与えられる。それが「強制力」「報酬力」「正当力」ということだ。そして、管理者としてそれらを適切に(?)使いながらリーダーシップを発揮していくのである。
 しかし、それだけで部下たちは喜んでついてくるだろうか。じつは、ここがポイントになるのである。真の意味で影響力を発揮するには、「与えられた力」だけで満足しているわけにはいかないはずだ。そこで登場するのが「専門力」であり、「憧憬力」ということになる。「専門力」が高ければそれを部下たちが尊敬するから、「憧憬力」も高まるという一面がある。ともあれ、こうした「力」は地位に就いたからといって自動的に与えられるものではない。もちろん、一定の「専門力」を持っていることが証明されたから、管理職になったという面はある。しかし、そこで「専門力」を磨くことを止めれば、「憧憬力」など期待すべくもない。「あの人は、今の地位に就くまではがんばっていたが、その後は力を抜いた」。そんな評価を受けるような管理者では、部下たちは尊敬しないし、むしろ距離を置きはじめるに違いない。
〝正当〟から〝憧憬〟へ: 仕事の階層8  2014/03/06 Thu 4099
 フレンチとレイブンは、「強制力」「報酬力」に加えて、「正当力」を挙げている。上司が部下たちに指示や命令を出すのは、社会的な常識ということもあるが、そもそも「そのように決まっている」からである。もちろん、服務規程などの決まりをいつも取り出して確認することはないし、またその必要はない。それほど「当然」のことなのである。ともあれ、こうした「権限」を持って管理者は部下たちを動かし、組織の目標を達成しようとするのである。
 さらにフレンチとレイブンは、これに「専門力」と「憧憬力」というべきものを、リーダーが持っている「影響力の源」として提示する。まさに、管理者の専門的な知識と技量によって、部下がその指示や命令にしたがうというわけだ。もう一つの「憧憬力」だが、これは原語では〝referent power〟となっていて、心理学では、一般的に「準拠勢力」と訳されている。「準拠」とは、それを自分の考え方や行動の基準にするといった意味である。教科書には「文部科学省学習指導要領準拠」と書かれている。「指導要領準拠に則っている」ということであるが、日常的に使われることばではない。私はその内容から「憧憬力」と呼ぶことにしている。つまりは「あんな人になりたいなあ」という気持ちである。そう思うから、ものごとを判断したり行動するとき、自分の行動の基準として、いつも模範にする。そんな人が持っている「力」である。
 さらに、管理者が持っている情報によっても、部下に与える影響力は違ってくる。そこで、第6番目に「情報力」もあわせて挙げることもある。これは広義の「専門力」に含まれると考えることもできるだろう。さて、こうして、リーダーが部下に影響を与える根源になる6つの「力」がそろったことになる。このすべてにおいて管理者が部下たちよりも優れていれば、間違いなく大きな影響を与えることができるはずである。すでに管理職である読者は、自分がどの程度の力を持っていると思われるだろうか。
専門性の要素: 仕事の階層7  2014/03/05 Wed 4098
 管理職のリーダーシップに「専門性」が含まれることは言うまでもない。私はリーダーシップは個々人が生まれたときから持っている特性ではなく、絶え間ないエクササイズで鍛えることができるものだと主張している。その気持ちを込めてリーダーシップ「力」と呼ぶことが多い。それと同じ意味で、ここでも「専門『力』」と表現しておこう。
 ところで、管理職の言うことに部下たちがどうしてしたがうのか。別のことばで言えば、「影響力の源」は何かということである。これについては、フレンチとレイブンが提唱したものがよく知られている。彼等によると、まずは「強制力」と「報酬力」が挙げられる。とにかくリーダーの言うことを聞かないと罰される。その代わり上手くやっていけばいいこともある。もちろん「罰」と言っても様々なものがある。直接的に鉄拳制裁を加えるのもそこに含まれるが、これはまさに体罰そのものである。特定の個人だけに重い仕事を集中させて、結果として辞めざるを得ないようにする。これなどは、まさに職場におけるいじめそのものだが、世の中の管理職の中に、自分がこうした力を持っていると信じ、それを道具として使う者もいる。もちろん、「強制力」のすべてが忌避されるべきだとは限らない。リーダーにとって、けじめをつけて、「叱るべきときはきちんと叱る」ことも重要な役割である。その際に、「規則やマニュアル」などを根拠に、それに応じたペナルティを与えることは当然のことだろう。
 もう一つの「報酬」も、「昇進をちらつかせる」といった低レベルのものだけではない。それに「経済的利益」に繋がるものだけでもない。いい仕事をしたとき、上司として評価するといった心理的なものも含まれる。人間はほめられると嬉しいが、とりわけ上司からのそれは仕事の意欲をさらに高める。ただ、それを単なる「道具」として使ってはスマートではない。
 
専門性: 仕事の階層6  2014/03/04 Tue 4097
 「仕事の3階層」で、「JOB」から「CAREER」まで達した。再び、マズローの「欲求の5段階」に戻れば、「安全」の次は「愛と所属」、さらに「承認・自尊」を求める段階が続いていく。食べ物を含めて、生きること自身にある程度満足できれば、それが安定することを求める。もちろん、仕事も安全である方がいい。そして、それもまた一定の水準で満たされれば、今度は仲間がほしくなる。愛情もまた相手がいないと成立しない。それに、自分が孤独な人間ではなく、みんなと一緒というのも気持ちが落ち着く。さらに、単に所属しているだけではなく、その中で自分が「認められ」「評価される」ことが大事な要素になってくる。
 ここで、「仕事の3階層」に当てはめれば、「CAREER」は、こうした「愛と所属」や「承認・自尊」に対応しているだろう。「JOB」の段階では、「誰でもできる」仕事であったものが、「CAREER」では、専門性を伴った仕事をすることになる。そこでは、職場の上司や仕事仲間たちから、「あなただからできる」とほめられたり、「あなたがいないと困る」と言われたりする。これが仕事に対する意欲を高めることは当然である。管理職は部下たちをそうした状況にまで育てて行くことが期待される。そのためにも欠かせないのは、管理者自身の専門性である。上司がしっかりとした力を持っていれば、部下たちはそれを目標に努力する。それによって達成された成果を、それが小さなものである場合でも、絶え間なく評価していく。こうした働きかけ、つまりはリーダーシップによって、部下たちが成長していくのである。もちろん、専門性も相対的なものである。時代と環境が変化していく中で、すべてのことで部下たちを上回る専門性を持ち続けることはむずかしい。何でもかんでも「力が上」である必要はない。それを条件にするのであれば、スポーツのコーチなどつとまらない。
 
カリア?: 仕事の階層5  2014/03/03 Mon 4096
 マズローの説を追いかけていくと、「JOB」→「CAREER」→「CALLING」の流れを忘れそうになってしまう。そこで、とりあえず「JOB」の上にある「CAREER」について考えることにしよう。まずは英語の勉強だが、これは日本語では「キャリア」と発音する。しかし、原語は「カリア」と聞こえる。そして、真ん中の「リ」にアクセントがある。「CAT」は「キャット」、「CAN」は「キャン」だから、つい「CA」を「キャ」と読んでしまう。ところが、「運河」を意味する「CANAL」も「カナル」なのである。福岡に「キャナル・シティ博多」と呼ばれる商業施設がある。こちらも英語では「Canal City HAKATA」になっている。その場所は東中州の少し上流側にあって、運河をイメージさせるが、英語を使う外国人なら「カナル・シティ」と読むに違いない。
 さて、その「CARRER」だが、プログレッシブ英和中辞典では、まずは「経歴、履歴、 活動(歴)」とあって、それに続いて「(一生の仕事とする専門的)職業」とされている。つまりは「経験を積んだ上での専門性を持った仕事」ということである。したがって、これは明らかに「JOB」とは違っている。経験もキーワードなのだから、はじめから「CAREER」を要求される仕事はできなくて当然である。しかし、いつまでも「JOB」をさせられていては、やる気も失われる。そこで、職場の管理者は、部下たちに「JOB」から「CAREER」にステップアップできるように教育していくことが求められる。自分の仕事が全体でどのような位置づけにあるのか、あるいはどれほど重要なのか。こうした情報を与えるのも管理者の役割である。それによって、「自分は大事な仕事をしているのだ」といった自信と誇りが持てるのである。その一方で、部下たちの方にも、「いろいろなことにチャレンジしたい」「成長したい」といった積極性が求められる。
 
一億総中流社会: 仕事の階層4  2014/03/02 Sun 4095
 マズローの〝生理的欲求〟には〝性〟も含まれることになっている。これは個体が生き続けるだけでなく、人間としての集合体が存続するための条件である。ただし、〝人類のためセックスをしている〟なんて自覚はありませんよね。ともあれ、まずは〝生理的欲求〟がそれなりに充足されないと、つぎの段階に進むことができない。人間が〝パンのみにて生きるのではない〟といっても、まずは〝パン〟がないと生きていけない。だから、〝レ・ミゼラブル〟のジャン・バルジャンも1本のフランスパンを盗んだわけだ。これで19年の刑に処されたというのだから驚いてしまう。ただし、この聖書解釈は間違いで、〝神のことばによって生きるのだ〟というのが真意らしい。まあ、このあたりは置くとして、〝JOB〟は、それによって経済的な報酬を得ることはできるが、〝生きがい〟にはつながらない。
 マズローの5段階では、〝生理的欲求〟が満たされれば、次に心を支配するのは〝安全の欲求〟である。この安全も幅が広い。単に自分が安全に仕事ができるというだけでなく、雇用が安定しているとか、自分の健康、さらには家族が安全に安定して過ごせることなども含まれている。今風で言えば、〝安全・安心〟が保障されているということである。まずは、雇用が安定していて、継続的に仕事ができると思えば、仕事は少しばかり面白くなくても、ちゃんとこなしていく。こんな気持ちの場合は、〝JOB〟ということになるのだろう。かつて、わが国では〝一億総中流〟と言われた時代があった。みんなが〝自分たちは中流だ〟と考えていたのである。現実には格差があったにしても、〝とにかく食べていける〟し、右肩上がりの経済に、〝これからもよくなるに違いない〟という、ささやかな夢もあった。そして、いわゆる3K職が敬遠されるようになっていく。〝3K〟とは〝きつい、きたない、危険〟な仕事である。
 
 生理的欲求いろいろ: 仕事の階層3  2014/03/01 Sat 4094
 〝呼吸〟は生得的な要素が大きいが、とにかくわれわれが〝酸素を含めた空気〟を求めることは間違いない。それほど大事な空気だが、基本的には地球上のどこにいても手にすることができる。もちろん高地に行けば酸素濃度などが低下し、いわゆる高山病になる。また、半世紀ほど前の日本や、現在の中国のように、大気が汚染されると、これまた病気になる。空気が清浄であることは、人間がよりよく生きるための基本なのである。さて、ある意味では食べ物に含まれるのだが、〝水〟もまた欠くことができない。空気の欠乏は瞬間的に生命を脅かすが、水にしても、周りの状況や体調に寄るのだろうが、体は数日と持てないだろう。われわれは〝飢え〟を感じるだけでなく、〝渇き〟に対する感覚も独立している。その意味で〝水〟は別格なのである。
 そして、健康に生きていくためには〝睡眠〟も重要な要素になる。もっとも、ある睡眠の研究者によれば、〝人間にどうして睡眠が必要なのかはわかっていない〟という。これはNHKの科学番組で聞いた話だが、番組名は忘れてしまった。ともあれ、大脳生理学をはじめ、様々な科学的研究が進んでいると思うのだが、基本のところは案外とわかっていないんだと驚いた。しかし、またそれも楽しい話である。そもそも動物が動くのは食料を求めるからである。だからライオンなどは飢えを満たすことができれば、しばらくの間は寝ているという。これに対して牛や馬などの草食動物は、いつも手も何かを食べている。もちろん、牛が横たわっている光景に遭遇したことはあるが、大体はそのあたりの草を食べている。これは当然で、草のようなものを体の中の酵素で〝肉〟にしなければならないからである。ライオンなどは肉をストレートに食べるから、そのままタンパク質が体になるというわけだ。草から大きな体をつくるための肉にするのだから、それは大変なのだ。