味な話の素  Since 2003/04/29 
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No.123 2013年07月号 3846-3876
一人でも集団 2013/07/31 Wed 3876  Continued from 07/28
 トイレという個室で〝人のことを考えている〟ときは、集団との関わりから逃れられない。だから〝一人であっても集団である〟という定義、もちろん私個人のそれですが、を主張したいのです。ただし、これには反論があり得ます。その典型的なものが〝自分が関わっている人のことなど考えていないときだってあるだろう〟というものです。
 たとえば、トイレの中で買ったばかりのデジカメのことを頭に浮かべてワクワクする。そして、〝今度の日曜日には阿蘇に出かけていい写真を撮るぞーっ〟などと考えているときには、〝集団〟なんてこれっぽっちも関係していないじゃないか〟と言うわけです。たしかにおっしゃるとおりのように思えるのですが、それでも私はひるまず〝個室の中の一人も集団だ〟と言い続けるのです。
 ここで〝新しいデジカメで阿蘇を撮ろう〟という一文を取りあげてみましょう。皆さんにもこの文そのものの意味は理解されるはずです。その理由は簡単です。私は文字や言い回しを自分勝手に書いたのではないからです。つまりは〝日本語〟という共通の言語を使っているのです。さらに、その〝日本語〟ですが、これを私が〝つくった〟などと言えば大いに笑われるでしょう。もちろん私だってそんなことを主張するなど考えるわけがありません。そうなのです、言語は永い歴史とそこで生まれた文化によってできあがってきたものなのです。ここまでくるともうおわかりでしょう。そうなのです、〝人との関係について考えている〟ときだけでなく、〝完璧にモノのこと〟だけを頭にイメージするときも、私たちは歴史と文化を創りあげてきた〝人々〟と関わっているのです。そんなわけで〝どんなことを頭に浮かべても〟私たちは集団から影響を受けているのです。
 
 
自分さえよければの世界 2013/07/30 Tue 3875
 人の車の前に自分の車を横付けにする。本来はそれだけでも気持ちが落ち着かないはずだ。もちろん狭い駐車場しかもたないところでは、やむを得ず詰めるだけ詰めようとする。その代わりに施設の担当者にキーを預ける。これはもう常識と言うのすら言い過ぎに思えるほど当然のことである。しかし、いま私の前に止まっている車の持ち主は、その当然のことをしていないのだ。駐車場の担当者は〝預けてくれと言ったのに〟とあきれているが、私なんぞは一緒になってあきれているわけにはいかないのである。つぎの会合場所に移動するための時間がなくなってきはじめた。フロントの担当者が車の中を覗いて〝学校の先生ですね〟と言った。それを聞いて私もシートを見たら、たしかに車の持ち主が教師だと断定できる資料が置かれていた。ここで私は〝教師のくせに〟などと職業を特定して文句を言うつもりはない。それよりも何よりも、これは単に〝社会人としての常識〟の問題なのである。〝こうすると人が困る〟ということを想像できない。それは〝自分さえよければOK〟という行動でもある。人に対する〝思いやり〟なんてものは持ち合わせていないのだ。こうした発想の人間が増えればいずれ社会は動かなくなる…。
 それから10分近く経過してから〝当事者〟が現れた。こちらに向かって〝歩いてくる〟のである。私は開いた口がふさがらなかった。〝こちらに見えないところまでは歩いても、車に近づいたら『走る格好』だけでも見せたらどうかい〟。私は心のなかで大声で叫んだ。これは気のせいだと思うのだが、ご当人はそれほど悪びれてもいないように見えた。何とも〝やれやれ〟である。その後のことだが、目的地にはスレスレながら5分ほど前に着くことができた。
駐車場の困惑 2013/07/29 Mon 3874
 他人事でなく、自分自身でも信じられないことを体験するものだ。先日、ある会場で会議があった。お昼に終わって食事をした。その後、13時30分から別の会合に出席するのだが、そこまでの移動時間はナビによると20分台だった。もちろん余裕をもっておかないといけないから、12時40分ころにレストランを出ることに決めておいた。これだと50分あるから会場には間違いなく着くことができる。そんなわけでコーヒーもゆっくり味わってから駐車場に向かった。
 ところが、わが車の前に別の車が横付けに止まっている。もちろんそれを見て驚いたはりしなかった。午後から参加者の多い会合が予定されているようだった。とにかくドンドン車が入ってくるから駐車場はすでに車であふれそうになっていた。私が駐車したときはいなかった整理係の人も出て車を誘導している。じつに手際よく車を捌いている。そうした風景を見ながら、私は目の前に止まっている車の番号を頭に入れてフロントに向かった。〝いやあ、こんなこともあるから早めに行動しないといけないなあ〟。私は心のなかでこんなつぶやきをしながら、時間の余裕をもって行動している自分自身に満足していた。
 ところが、ところがである。ここで予想もしなかった事態が発生する。フロントによれば、私が伝えたナンバーのキーを預かっていないというのである。その時点ではまだ多少の時間的余裕はあった。しかし、これから車の持ち主を探すのである。すぐに分かればいいが、それに時間がかかればどうなるか。事態は急変したのである。駐車場にいた整理係の人も〝鍵を預けるように言っているんですが〟と困惑し、あきれてもいる。そんなことは当然で、人から言われなくてもそうするのが最低限の常識である。
 
トイレと集団 2013/07/28 Sun 3873   Continued from 07/05
 トイレはまさに〝個室〟ですから、そこに座っている私は〝ひとり〟であって、〝集団のメンバー〟ではありません。しかし、どうでしょう。そこでその日の会議でみんなが驚くようなアイディアを出して上司や仕事仲間たちから賞賛されている自分をイメージする。それを思っただけでワクワクしてくる。こんなとき、私は孤立した〝ひとり〟ではなく、〝集団のメンバー〟になっているのです。たしかに周りには誰もいないのですが、仲間たちに囲まれているような気分になれているではありませんか。少なくとも頭の中の思考は明らかに集団モードなのです。
 もちろん、イメージする内容は真逆のことだってあります。〝今日の会議でも自分の意見を言えといわれるだろうなあ。それは仕方ないけど、何ともいいアイディアがないんだよ。また部長から『仕事をしていればちょっとした発想くらいは浮かぶものだがなあ』なんてイヤミな顔でいわれるに違いない…〟。そう思っただけではじまったばかりの一日が重い空気に包まれてきます。さらに仕事に対する意欲も減退します。こうして気持ちが落ち込んでしまうときも、〝人との関わり〟、つまりは〝集団〟が頭の中で大きな影響をおよぼしているのです。このように、トイレでの思いが意欲満々で出勤したり、あるいは自宅を出ることすらできなくなるといった行動になって現れるわけです。
 いかがですか。個室にいるときでさえ、私たちは〝集団と関わっている〟ということに納得していただけましたか。いやいやひょっとしたら、それには異論が出るかもしれません。〝たしかに、組織や仲間たちのことを考えているときには『集団』が影響していると言えるだろう。しかし、人とは無関係のことを思い浮かべるときはどうなんだ〟と。
道具の奴隷 2013/07/27 Sat 3872
 人間はさまざまな道具をつくり、それを進化させてきた。その多くがわれわれに大きなメリットをもたらした。しかし、時代と共に進歩のレベルが高まってきた。その結果、人間が道具を使うのではなく、道具に人間が使われるという本末転倒の現象も起きてくる。お金も人間として必要なものを手にするための道具であり、手段に過ぎないはずである。しかし、それが〝目的〟に転化してしまったのではないかと思われる人がいることも事実である。
 携帯電話もメリットの方がデメリットよりも多いと思う。しかし、最近では携帯が進化した〝スマートフォン〟が主流になってきたようだ。私は携帯拒否症候者連盟の代表であるから、詳しいことは知らない。しかし、このごろマスコミを賑わしている広島で発生した16歳の女性殺害事件では〝ライン〟なるものがクローズアップされている。これはグループ間でやりとりができる道具らしい。この事件では、それを使って暴行の模様を〝実況中継〟していたというではないか。しかも、事件に直接関わっている当事者たちだけでなく、第三者が〝もっとやれ〟などと煽ったらしい。それを聞いて、私は驚く意外に反応の仕方を知らなかった。小さなスクリーンを使いながらやりとりする。そこにあるのはまさにバーチャルの世界であり、まさにゲーム間隔でキータッチしているのと変わらない。そこには当事者と傍観者、あるいは野次馬しかいない。とんでもない事態が起きていることを知ったのなら、それを止めるような抑えがあってもいいではないか。しかし、現実は、さらに危機的な方向に突っ走っていった。それが人間の現実なのか。何とも寂しく悲しい気持ちになる。こうしてデメリットを克服できない人たちがますます増えていく。
 
携帯物語 2013/07/26 Fri 3871
 私は1970年代からコンピュータを使いはじめた。さまざまな調査から得られた大量のデータを扱うために〝電子計算機〟なるものが役立ったからである。ただしそれを動かすためには専用のプログラムを作らなければならなかった。私は科学技術計算に向いていると言われた〝FORTRAN〟を勉強した。ビジネス向けとしては〝COBOL〟と呼ばれる言語もあった。そして、1980年代を迎えようとした時期にマイコンなるものが登場した。それが現在のパソコンやスマートフォンに繋がっているのである。もちろんその能力たるや、今日のそれとは処理能力が月とすっぽんほどに違っていた。しかしそれでも、デビュー当時はびっくり仰天したものである。
 前世紀の終わりごろだっただろうか、携帯なるものが生まれて、だんだん普及して世の中が一転する。私自身は〝いつでもどこでも捕まるなんてとんでもない 〟と思っていたから、〝携帯拒否〟を貫いた。ただし、ある団体の役職を務めることになったとき、〝どうしても持ってもらわないと困る〟と言われた。それからは携帯を身につけざるを得なくなったが、それでも連絡できるのはその団体と自宅だけにした。〝電話帳に登録したところだけからしかかからない〟という機能を使ったのである。その団体からはリタイアしたが、関わっていた4年間は〝持っていない〟状態のままで通すことができた。〝持ってしまったからには、どんどん範囲が広がるものですよ〟と言った関係者がいたが、その人の予想は見事に外れたのである。〝この時代、いつどこにいても捕まるなんてとんでもない〟。この私の信念は今も変わっていない。〝それから後はどうしたか〟ですって?その質問に対しては〝ノーコメント〟ということにします。
 
意思力 2013/07/25 Thu 3870
 〝偶然〟の対義語、反対の意味のことばは〝必然〟である。国語的な感覚であればそれでいいのだが、私は人間にとって〝偶然〟の反対は〝意思〟だという気がする。つまりは〝偶然〟を乗り越えるのは〝意思〟であるべきだといいたいのである。自分の身の周りに起きる出来事を〝偶然〟の積み重ねだと考えるのではいかにも寂しい。〝いいこともわるいことも、みんな偶然なのよ〟と言われては、ことを行おうという意欲が起きない。〝ようし、つぎも偶然を狙うぞー〟などと、宝くじで当たることと同じような感覚ではまずくはないか。
 しかし、そうかといって〝世の中はすべて『必然』なのよ〟と悟りを開いたごとく説諭されても、これまたやる気には繋がらない。そりゃあ、この世に生まれてきたのも、超近視眼的に見れば、わが両親の卵子と精子の戦った末のことだから、私の存在そのものが〝偶然の塊〟であるに違いない。少なくともこれを〝必然〟と証明することは不可能だ。そうなると、私たちは〝偶然の虜〟になっていることになる。しかし、私としては、そんな発想で生きていくって今ひとつおもしろくないよなあと思うわけだ。
 そこで登場するのが〝意思〟あるいは〝意思力〟である。自分に与えられた環境は〝偶然〟であっても、そのなかで〝自分の意思〟で生きていく。つまりは〝自分に与えられた環境を、自らの力で変えていく〟ことが人生の醍醐味ではないか。このとき〝与えられた環境〟には〝自分自身〟も含まれることは言うまでもない…。
 さて、今日の〝提案〟はちょっとまとまりがないですかねえ。じつは〝味な話〟のメモに〝『偶然』の反対『必然』『意思力』?〟が残っていのです。ところが、そのときの真意は忘れてしまったので、推測して書いたんです。
戦後の教育改革 2013/07/24 Wed 3869  Continued from 07/06
 このところ、〝教育委員会〟の存在意義について議論が起きています。そもそもは、敗戦後の日本の占領政策をリードしたGHQが〝とんでもない戦争〟を引き起こしたこの国を根本から改造しようとしたわけです。軍の解体はもちろん、財閥解体や農地改革、さらには男女平等の選挙制度の導入など、とにかく矢継ぎ早に新たな施策を実施していきました。
 こうしたなかで無視することが出来ないのが教育です。そこで、この分野にもアメリカの制度を導入しようと考えたのは流れとして当然だったのです。とくに重視したのが国家による教育の統制を出来るだけ排除することでした。地方の権限を強化し、それぞれの実情に対応した民主的な教育を進めていくことが期待されたのです。そもそもアメリカ合衆国は独立した州が集まったものです。だからこそ United States というわけです。そんなことから、それぞれの州には大きな権限が与えられています。私の聞くところでは、州によって少年法の適用年齢が違うため、犯罪報道で顔写真を入れるかどうかも州によって異なるようです。また運転免許が取得できる年齢や死刑制度などもすべての州で共通しているのではないようです。
 それほど独立した州に教育の権限を与えているアメリカの教育委員会システムを、戦後の日本にも導入しようとしたわけです。PTA(Parent-Teacher Association)の制度も同じ流れのなかで確立されていきました。親たちと教師たちが一緒になって子どもたちを育てる。いわば当然のことなのですが、その意義と果たす役割は、創設時以上に大きくなっていると思います。〝とにかく忙しいからPTA なんかに関わってられない〟〝好きな人がすればいい〟なんてことを言う親御さんたちはいませんよね。
 
八幡から行橋へ 2013/07/23 Tue 3868  Continued from 06/29
 私は子どものころから小柄だったのですが、その体格と比較すればかなり〝大柄な〟机を買ってもらったのは小学校のときです。父は中国大陸から引き揚げてきてしばらくは母の郷里である福岡県の浮羽郡で仕事をしていました。そんな経緯もあって、私は吉井町、現在は〝うきは市〟になっていますが、そこで生まれたのです。その後、父は試験を受けてノンキャリアの国家公務員になりました。
 最初の勤務地は八幡市でした。ご存じのように現在は北九州市の八幡区になっています。明治の殖産興業の旗手だった官営八幡製鉄所ですが、当時は民間の製鉄会社として戦後の復興に大きな役割を果たしていました。ずらりと並んだ煙突群から昇る〝七色の煙〟は、それから高度経済成長期に突入する元気な日本のシンボルだったのです。木下恵介監督の映画〝この天の虹〟は、製鉄所で働く人々を主人公にしたホームドラマでした。もちろん、その後は全国の工場にある煙突から出る煙が健康を害する元凶として大きな問題になっていきます。石油コンビナートから出る煤煙が〝四日市ぜんそく〟と呼ばれる公害病を引き起こしたのも多くの方がご存じだと思います。
 さて、私の家族はその八幡市で小学校入学の少し前まで住んでいました。それから父が行橋市へと転勤になったのです。日豊線を小倉から南下すると日産やトヨタの工場がある苅田を経て行橋に至ります。因みに〝苅田町〟は〝かんだまち〟と呼びます。漢字だけ見ると〝かりた〟と読みたくなりますよね。自動車はもちろんですが、日立金属・三菱マテリアルやセメント工場、さらには九州電力の火力発電所まであるのです。そんなことから、素人の余計なお節介ながら税収はかなりの額に昇るに違いありません。その結果でしょうか、平成の大合併の大波とは関係なく、しっかり〝独立〟を守ったのだと思います。
 
参議院選挙 2013/07/22 Mon 3867
 参議院議員選挙が終わった。最近はメディアの情報を収集し、それらを分析する力がきわめて強化された。そのため、投票が終了した瞬間に結果が予測され、大きな誤差もなく現実の数値がついてくる。それ以前に、事前に流される各種の調査で大勢が決している。いわゆる番狂わせといったものはほとんど起きない。その点では、おそらく電話を中心にして行われる調査の精度が高いということができる。たまたま対象に当たったという友人が〝自分は嘘ばかり言っといた〟と笑っていた。まあ、こういう人たちがいることも事実だろうが、全体で見れば人は〝正直〟に答えるんだなあと思う。
 民主党がまさに惨敗と言うべき結果に終わったが、これも織り込み済みである。とにかく〝ひどすぎた〟のだから、今回の結果については、民主党の当事者も含めて驚く人はいないだろう。あの前首相も応援演説をしていたようだが、出れば出るほど逆効果だったのではないか。〝永田町には私の顔を見るのも嫌だという人がけっこういるんです〟などと笑いながら発言していた人だ。彼の問題は〝顔を見たくない〟のは〝永田町だけ〟ではないことを認識できていないことである。衆議院選挙でも落選したが、比例で滑り込んでいる。総理経験者が落選しても蘇るという何とも潔さのない対応である。
 また社民党がかろうじて1議席を確保した。私が子どものころは小学生でも知っていた社会党がここまで来てしまった。われわれは歴史を後になって見るから、すべてを原因と結果として繋げたくなる。しかし、単なる偶然で説明できないような力が働くこともある。私は村山富市氏が自民党・さきがけと連立して、〝首相に祭り上げられた〟ときが社会党の〝終わりのはじまり〟だったと確信している。
 
紙の問題 2013/07/21 Sun 3866
 海外でのトイレ話になったついでながら、これまで海外でシャワー式のものに遭遇したことがない。ウォシュレットはTOTOの商品名だが、いまや個人宅でも公共施設でも珍しくなくなった。細かい描写をするのは控えるが、じつにいい気分である。生まれて初めて〝試した〟のは福岡で研修をした際に使ったビルのトイレである。このときはさすがに〝恐る恐る〟の心境だった。しかし時間の経過と共に当たり前のことになった。わが家の場合もすでに15年ほど前からそのお世話になっている。
 ところが10日程度でも海外に出かけるとご無沙汰になる。とくにギリシャのトイレは驚きだった。あのアテネでも下水施設が充実していないということで、紙を流すことが御法度だったのである。それではどうするかというと、トイレの横にある缶に入れるんですよ!このとき泊まったホテルはAランクだったのにである。これについては〝紙の問題〟というタイトルで 2006年07月17日付けの本欄に書いた。ご関心とお時間のある方はバックナンバーで検索していただきたい。トイレの注意書きの写真を付けているので〝ホンマ〟であることを確認していただけるはずである。
 さらにトイレ話を続けると、つい先だってのこと、男性トイレの個室からトイレットペーパーを猛烈な勢いで巻き取る音が聞こえた。自分の体に巻いてミイラになるのではないかと疑うほどだった。私だって女性のトイレを覗くなんて馬鹿なことはしないが、構造上の理由から向こう側の音が聞こえるところもある。そんなとき、ロールが目を回すほど回転している音を聞くことが少なくない。女性はいろいろ大変なんだなあと思ったりもする。しかし、それと同じ音をこちら側で聞くと、何をしてんのと疑ってしまう。
 
公衆トイレ考 2013/07/20 Sat 3865
 ストックホルムの空港に着いて、ターンテーブルの前で預けた荷物が出てくるのを待っていた。ふと別の方向に目を向けると男女が並んでいる。その、向こう側にトイレがあることは壁に貼られたマークでわかった。男性と女性が横に並び、さらにそれぞれの横に小さな男女のマークがついている。これを見れば性別・年齢を問わずすべてが対象だということが直感的にわかる。その列の先に4つの個室があった。つまりは全員が並んで待っているのである。ストックホルムに着いた途端に見た光景として印象に残った。じつは写真も撮ったし、私も試しに並んでみた。あまり催してはいなかったのだけれど…。
 これは国の違いを超えて共通しているだろうと思うのだが、映画館や高速のパーキング等々、人が集まるところでは女性がトイレの前で並んでいることが多い。これに対して男性の方はけっこう空いていて、少なくともトイレの入り口まで待つ人であふれているなんてことはきわめて少ない。これでは同じ面積を使う割にはきわめて効率が悪い。もちろん、男女共同利用にすればすべてを個室にする必要がある。男性専用の便器なら同じスペースにたくさん設置できるというメリットがあり、個室にすればその点がデメリットになる。しかし、世の中はすべてメリットあるいはデメリットだらけというのは案外と少ないものだ。ついでながら、〝ノーベル賞ミュージアム〟でもこの方式だった。
 それに本音の話、海外では男性専用便器は日本人に向いていないこと甚だしいのである。ただし、日本人と言っても私のような背の低いというか、短足系の者に限られるのだが、とにかく〝高すぎて〟困るのである。さすがに〝届かない〟とまでは言わないが、危ういほど〝スレスレ〟なのだ。
書籍の行き先 2013/07/19 Fri 3864
 それにしても時代は変わっている。私が若いころは大学の近くに古書店が何軒かあった。熊本大学の昔は知らないが、少なくともいまは市内にあることはあるという程度である。所蔵している本の中には、それなりに〝価値がある〟と推測しているものもある。しかも、それらは昨日書いた、私が書籍をお送りしているある施設の図書室では置かれないだろうと思われるものだ。
 そこで公的な図書館に寄付できればと思って電話をしてみた。その回答は単純明快だった。〝お志はありがたくお受けいたします。ただ、書籍の整理が大変ですので、当方としてはお断りしております…〟。 もちろん丁寧な雰囲気があふれていたし、この引用そのままの言い回しではなかったと思うが、とにかく〝お断り〟なのである。いまや世の中には天文学的な数の書籍があふれている。それらを保管する空間そのものが不足しているに違いない。その図書館からは、公的なリサイクル施設を紹介していただいた。それで思い出した。そこは私が5年ほど前に20%のダイエットに成功して衣服のほとんどがダボダボで使用不能になったときそれらを持ち込んだところだった。クリーニングしてから出すのが決まりだったことも思い出した。しかし本はクリーニングできないし、私が〝価値あり〟と推測しているものはかなり旧くなっているから、ここは適切だとは思われなかった。そこでOKの書籍ならいまお送りしている図書室で受け入れていただける。
 さらに熊本市内の古書店にも電話してみた。著者名や出版年等の情報を伝えたが、先方の返事はやはり今ひとつであった。いわゆる稀覯本と言われるようなものでない限り商品にはならないということだろう。ともあれ私の本棚は自宅のものも1/3ほどスリムになった。
 
書籍の命 2013/07/18 Thu 3863
 今年度で定年になることから身辺整理を続けている。いや正しくは3年ほど前からそのつもりでいた。その成果があって、研究室の本棚はすでに1/3の状態になっている。私的に購入した書籍は新刊でも読んだらすぐに処分する。さらに若いころに買っていた本も基本的には整理する方針で対応してきた。ただ、〝処分する〟〝整理する〟というと、そのままゴミ箱行きのような印象を与えるかもしれない。私も本は大切にする人間であるし、何分にも〝活字中毒者〟、まあ今日では〝活字依存症〟と言うべきなのだろうが、ともあれそんなことから〝ポイ捨て〟なんぞには抵抗を感じる。
 こうした中で私と利害関係が一致するところが見つかったのは幸運だった。細かいことは伏せるとして、ある施設が新しくなったのだが、そこに出来た図書室で本が不足しているということを聞いたのである。〝そんな状況でしたら、私の読んだ本でよければお送りしますよ〟。これで話がついた。それからもう4年くらいにはなるかと思うのだが、ときおり新刊も含めてまとめて送っている。ただし、このごろは〝身辺整理〟の意味合いが強くなってきたため、私が大学生のころに買った新書まで含まれるようになった。それらは見栄えも古くさくなっているし、タイトルから見ても時代を感じさせるものもある。そんなものは送られた方が迷惑するかもしれないと思ったりする。もちろん〝不要なものは処分して下さい〟という一文はつけてはいる。それらがどんな運命をたどるのかはお任せである。その施設には1年に2回ほど出かけている。しばらく前に行ったときに図書室を覗いてみたが、私がお送りしたものがちゃんと並んでいた。〝しっかりがんばって寿命を全うしてね〟と声をかけておいた。
 
ローマ時代の命、いまの命 2013/07/17 Wed 3862
 ローマのスキピオとカルタゴのハンニバルがアフリカの地で決戦を迎えたザマの会戦によって、ローマのスペインやアフリカ支配が決定的になった。いわゆる第二次ポエニ戦争の最終局面である。このときスキピオが総指揮を執るローマ側は歩兵34,000と騎兵6,000だった。これに対してハンニバルのカルタゴ軍は歩兵が46,000と騎兵が4,000で、さらに象が80頭いた。象は現代では戦車に当たるから相当な戦力になるはずだった。ところが、いざ戦いが始まると象は突進するだけだったから、ローマ軍が通路を空けると何もしないままに走りすぎてしまったようだ。
 昨年、コミックを題材にした映画「テルマエ・ロマエ(ローマの風呂の意)」を観てから、突然にしてローマへの興味が高まった。そこで塩野七生著「ローマ人の物語」(全43巻+スペシャル・ガイドブック)を手に入れた。集団を通して人間理解を進めるグループ・ダイナミックスにとって、歴史の中で動きまわった人間たちの行動や関係はきわめて重要な情報になる。ザマの会戦は5巻目のメインテーマである。この戦いでカルタゴ側の戦死者は2万をはるかに超えたという。もちろんローマ側も無傷であるはずはないが、わずかに1,500人の命が失われたらしい。
 しかし、問題は〝わずか〟ということばである。いま私たちは人命をあらゆる価値の中でトップに位置づけている。〝人の命は地球よりも重い〟のである。そんな時代に生きている私には、当時の兵士だけでなく、すべての人々が〝命〟というものをどう考えていたのだろうかという思いに駆られる。とくに前線で戦えば自分の命がなくなる可能性はきわめて高い。平穏に平均寿命程度まで楽しく生きられればいい。そんなことは夢想だにしなかったのだろうか。
元気いいです 2013/07/16 Tue 3861
 われながら元気がいいと思います。手帳を見ると土日もなく動き回っています。この2週間ほどでも、6月末の土日は〝教育実習事後指導〟でした。これは4年生を対象にした必修の授業で朝から夕方までのスケジュールです。その次の週は金曜日に〝公開講座リーダーシップ・トレーニング〟を終えてから福岡に移動して1泊しました。翌日朝のKLM機でオランダに発ったわけです。そしてストックホルムでの仕事を経て13日に帰国しました。これが土曜日でしたが、翌日の14日はあらかじめ予定されていた会議のために朝から出かけて帰宅は3時過ぎになりました。
 そして昨日は〝アンハッピーマンデー〟でしたが、大学では講義日になっており、まずは1限目から2コマの授業をしました。海外出張で休講しましたので、その振り替えも兼ねたため2コマになったのです。さらに夜間の授業も予定通りに終えました。こちらは大学院の夜間授業で、いつもは6時から7時30分までなのですが、これも補講分を加えて2コマにしたので、9時10分までの授業になりました。そして、今朝は大学で補講日と決められた日になります。そこで、朝一の8時40分から授業というわけです。
 このネタですが、ひょっとして自慢話になってるかもなあ、と思いながら書いています。ともあれ、それだけ健康に恵まれているわけですから、とりわけ両親には感謝しています。もちろん、すばらしい環境で仕事ができるのは、多くの方々のおかげであることもしっかり認識しているつもりです。とにもかくにも〝回遊魚〟の私です。マグロは止まると命が危ないのです。そんなわけで、〝何もしなくてよくなった〟らどんなことになるのか、賢明な私ですからそんなことは想像しないことにしています。
終わりなき挑戦 2013/07/15 Mon 3860
 統計的な分布だけで考えると、確率上はどんな集団にも〝3σ〟の人がいるわけです。〝それにしても、このごろは教師の不祥事が多すぎるのではないか〟と言う方もいらっしゃるでしょう。体罰や飲酒運転で新聞記事に載る教師は後を絶ちませんから…。セクハラにしても、頻繁とは言いませんがニュースとしては珍しくなくなってしまった感がします。こうした人たちまで〝3σ〟だとすれば、度を超えた教師が多すぎるのではないかと思われるでしょう。すでにかなり時間が経過しましたが、女性教師が副業として風俗で働いていたという、目を疑うような情報もありました。さすがにこのケースは文句なしの〝3σ〟でしょう。もちろん、どんな事例であれ、〝あってはならない〟〝してはならない〟ものであることは議論の余地がありません。
 それはそうなのですが、文部科学省の統計を見ると、全国に教諭と呼ばれる人たちがほぼ100万人いることがわかります。3σが0.27%ですから単純計算をすれば 2,700人という数値が出ます。これは分布では右と左の端になりますから、社会的に問題になるのは半分の 1,350人ということになります。これに年勤続年数を30年として、これで割ると 45人です。ここまで来ると単なる数値の遊びになってしまいますが、このくらいの人数が3σとして存在しうるのです。もちろん、〝だから、あってはならないことが起きてもやむを得ない〟というわけにはいきません。しかし、私たちは現実としてこうした可能性を持っているということです。それにしても、このごろは職業を問わず、〝あってはならない〟ことが繰り返され過ぎですね。これに対する特効薬などはありません。とにかく問題と向き合って、その解決に挑戦し続けていくだけです。
 
3σの世界 2013/07/14 Sun 3859
 この世の中にあるものの性質は正規分布することが多いとされています。平均値を真ん中にして左右対称で、ちょうど富士山のように裾野が広がっている、あのイメージです。平均値から左右にどのくらい広がっているかを示す指標が標準偏差と言われるものです。平均値から遠く離れたところまでデータがあれば標準偏差は大きくなります。平均値からの偏りの程度、あるいは〝バラツキの平均値〟ということです。これをσ(シグマ)という単位で表記します。
 統計の細かいことは置くとして、正規分布の場合は平均から左右のズレが1σ以内にデータ全体の 68.27%が含まれます。これを2σまで拡げると95.45%、さらに 3σになれば 99.73%が入ることになるのです。つまり、3σよりも外には左右の合計で0.27%しか存在しないということです。そこで仲間たちの常識からはなはだしくズレた考え方をしたり行動をとったりしていると、〝あいつは3σだ〟などとからかわれたりするのです。ともあれ、個別の数値は別にして、どんな集団にも〝3σ〟以上離れたところにいる人は存在しうるわけです。もちろん、それは平均値の左右どちらにもあるのですから、すばらしく〝望まし〟かったり、〝とんでもなく困った〟りするケースになります。
 そして、教師にも、警察官にも、さらには裁判官にだって〝3σ〟の人がいて、ときおりニュースで世間を驚かせるわけです。まるで他人事のように言っていますが、大学の教員に至っては、世間の常識を基準にすれば大半が〝3σ〟だったりして…。それはそうとして、学校の教師が体罰やセクハラ、さらには飲酒運転などニュースネタになるのが珍しくなくなってしまいました。こうした人たちは〝3σ〟の人間だったということでしょうか。
 
ストックホルム情報の修正 2013/07/13 Sat 3858
 ストックホルムから帰ってきました。アムステルダム経由で福岡空港着です。もちろん状況はしっかり認識していましたが、それにしても暑いこと。いやこれは〝熱い〟と書くべきでしょう。何分にも〝25度〟で〝暑かった〟というお国から帰ってきましたから。
 ところで、ストックホルム滞在中の本コラムですが、その内容に修正というか、書き足すべきところが2ポイント出てきました。その一つは、昨日の〝日照時間〟の問題です。あまりにも日が長いのに圧倒されて、夜まで明るいことを強調しました。しかし、考えてみれば、あちらの冬はまるで反対になるのでした。年の初めなんぞは日の出が8時40分ころで、午後3時には日没というじゃありませんか。これで太陽の動きに合わせていたら、おやつの時間から翌朝まで寝てるしかないことになります。もっとも、これだって日常の行動に影響をおよぼすはずですから、私たちと人生観が違ってくるという点では、昨日の主張に修正はないのですが…。
 もう一点は市内と空港を結ぶ鉄道の料金に関する話題です。片道が280クローナなので、2人だと560クローナになります。これに対してタクシーは400から600クローナだというのですから、タクシーが安い場合が出てくるわけです。これが3人になると、840クローナですから、もうお話になりません。とまあ、こんな感じで書いたのですが、これが大間違いでした。実際にチケットを買いに窓口に行ったら、2人で280、3人で380、そして4人で480クローナだというのです。何のことはない、タクシーより鉄道の方が安いという〝世界の常識(?)〟通りだったのです。しかし、一人でも280クローナなんですよ。それが二人になっても同じ料金だという発想がわかりませんよね。
 (写真:空港/市内間 特急 Arlanda Express)   
 これでストックホルムはおしまいです。明日13日の更新は午後からになります。
太陽と気温と文化… 2013/07/12 Fri 3857
 ストックホルムの日の出時間は午前4時前、日の入りは22時ころになっています。ご当地の人は〝9日は25度にもなったのでとても暑かった〟と叫んでいました。太陽の出没時間と気温の2点を取りあげただけでも、私たちとこの国の人たちの人生観が違ってくると思います。わが日本民族は永いこと〝早寝早起き〟だったに違いありません。照明器具がない限り、太陽が沈めば寝るしかないわけです。ところが電気なるものが登場し、その普及とともに夜が明るくなりました。そこで大人はもちろん、子どもの夜更かしも増えてきたのです。これに対して北欧の人たちは、夜というものをどう捉えているのでしょうね。たしかに〝夜は暗い〟のですが、その時間は私が体験した数日間に限定されますが、4時間にも達しないのです。日没後もしばらくは空が薄っすらとしているのは日本と同じです。そして3時になれば夜明け前の雰囲気になります。また気温が25度でも〝暑かった〟と話題にするのです。
 まさに生きている〝風土〟が違うのです。そこで生育する動植物も違うから、食べ物も異なって当然です。それが食文化となり、身につける衣服などでも固有の文化が生まれます。そうした文化が集大成されて、それぞれに固有の行動パターンが生まれるわけです。地球上の広範な地域で、ひたすら生きている人間の姿そのものが文化なのでしょう。そこには優劣の差などありません。しかし、理屈はわかっても、それを行動に移すことがなかなかむずかしいわけです。宗教も文化そのものだと思うのですが、その違いが原因になって戦争やテロが起きるという現状があります。こうした問題の解決は永遠の課題であり続けるのでしょうか。北欧の短い夜の話から少し飛躍しすぎましたか。
 (写真:午後8時45分の青空)   
物価問題 2013/07/11 Thu 3856
 スウェーデンは本当に物価が高いと実感します。今日の為替レートでは、1クローナ=14.85円となっていますが、実質的には手数料などを含めてほぼ18円の換算率でした。とくに最近は〝アベノミクス〟効果で円安が進み、海外でものを買うときは、軒並み〝値上げ〟状態なのです。昨年の同じ時期にユーロを使いましたが、このときと比較すると30%ほど違いがあります。
 ストックホルムに着いてからコンビニで500mlのミネラルウォーターを買いました。これが2本で3.0でしたから、360円にもなるのです。それも〝2本買えばお得!〟といったアピール付きでこの価格です。まあ普通のランチでも90クローネあたり最安値というところでしょうか。チキンと野菜のボールとパン、それにサラダ程度です。これでも計算すると1,600円以上になります。このごろは日本のサラリーマンが食べるランチはワンコインが主流のようですから、これも3倍を超えるわけです。
 そうそう、空港から市内までは電車で20分ですが、これが260クローナで、4,680円ですか。距離は45Kmほどのようです。往復だと490クローナでしたか、それでも8,000円を超えてしまいます。熊本・博多間が118.4Kmで、往復だと7,000円ですから、やはり相当なものです。ここでおもしろいのは、空港からのタクシー料金です。この幅が相当に大きいんです。空港のインフォーメーションでは400から600クローナと聞きました。これだと3人以上なら列車より絶対に安いのです。その価格は交渉次第かというとそんな心配はいりません。タクシーの表に大きく空港と市内間の料金を書いたステッカーが貼ってあるのです。つまりは客が値段を選んで指名すればいいんです。やっぱりベンツなんぞが高いようでした。
 (写真:1,600円のランチ)  
ノーベル・ミュージアム 2013/07/10 Wed 3855
 昨夜、アムステルダムからストックホルムにやってきました。さすがに北欧です。白夜とは言いませんが、11時ころまで空はうっすらと明るいんですね。しかも、午前3時には、もう夜明けといってもいいくらいの明るさです。どうして3時の空を知っているのかについては、ご想像にお任せします。
 それはいいとして、ストックホルムはとにかく物価が高いですね。ちょっとしたランチ程度でも1,500円くらいはします。これは税金が高いからだと推測しています。そして、たっぷり取られるけれど十分にサポートもしてくれる。これが〝高負担、高福祉〟政策というものでしょう。ただし、旅行者にとっては一時的ではありますが、高負担のみでリターンはないわけです。あまりに福祉が行き届いていると〝人の働く意欲を阻害する〟と言う人たちもいます。しかし、考えてみると物価が高ければ、収入を増やさないとものが買えないことになります。そこで〝せっかくならいいものがほしい〟なんて考えて〝しっかり働く〟のではないかと思ったりもします。
 さて、ストックホルムと言えばノーベル賞でしょう。ノーベル賞に心理学の部門はないために、私が受賞する可能性はこれっぽっちもありません。しかし、その雰囲気は味わう必要がありますので、〝ノーベル・ミュージアム〟に出かけました。それはそれは凄い施設かと思っていたのですが、ワンフロアに淡々と展示がしてある程度で、やや拍子抜けしたのは事実です。ただし、ビストロ・ノーベルという軽食のお店でノーベル賞の晩餐会に出るアイスクリームなるものを食べました。そして、そこにある座席の裏側にはノーベル賞受賞者がサインをしているという大仕掛けがあるんです。そしてあの山中伸弥氏のものがありましたよ。
 (写真:山中氏がサインした椅子) 
土日に走らない? 2013/07/09 Tue 3854
 このところ毎年のようにヨーロッパに出かけてきました。そうした中で、タバコのマナーは日本が上を行っていると感じています。いつも数日の滞在ですが、こちらでは街中で歩きタバコの人がけっこういます。性別は問いません。オスロではホテルなどの公共施設が法律で禁煙になっているようで、そうした場所はじつにきれいなのです。ところがホテルのドアの外に出た瞬間に吸い殻が目につくのです。今回のアムステルダムも似たようなものでした。どのくらいになるでしょうか、東京の中央区でしたか、歩きタバコで2,000円の罰金を取るということで、マスコミでも大騒ぎになったことがありました。その後、この方式を倣う地域が増えたようでしたが、罰金を科すまでは至っていないところもあると思います。それでも私は日本の道路から歩きタバコの姿が徹底して減ったと実感しています。じつに喜ばしいことです。やればできるのです。
 ところで、アムステルダムで驚いたことがあります。スキポール空港から市内のホテルまではタクシーに乗ったのですが、数分だけ走ったところで大渋滞に巻き込まれてしまいました。運転手さんがうんざりしたように〝土日は電車が走っていないので道路が混んでしまう〟と言ったのです。しかも高速で事故まで発生したんだそうです。事故の方は突発的なことで仕方ないにしても、空港と市内を繋ぐ公共交通機関である電車が、よりによって土日に走らないなんて信じられますか。これも〝なあるほど〟と納得できる事情があるのでしょうか。まともだと20分くらいらしいのですが、この日はホテルまで45分もかかってしまいました。まあ運転手さんがいい人だったことと、渋滞料金の加算がなかったことがせめてもの慰みでしょうか。
 (写真:ゴッホ ミュージアム)
アンネの家 2013/07/08 Mon 3853
 〝アンネの日記〟は日本だけでなく、世界のベストセラーです。私もナチスの迫害を受けたユダヤ人の問題については強い関心をもってきました。昨年はポーランドのアウシュビッツ収容所跡にも出かけました。グループ・ダイナミックスでは〝人の行動は集団によって影響を受ける〟ことを基本的な前提にしています。
 そうした立場から、被験者を〝看守と囚人〟役に分けて、その立場の違いがおよぼす影響を明らかにしようとしたジンバルドーの研究があります。また、人が権威から命令されると驚くほど服従することを実証したミルグラムの実験も、私たちの領域ではよく知られています。こちらはユダヤ人の大量殺人に関わったアイヒマンの〝自分は命令されたからだ〟という弁明について研究したものです。その結論から先に言いますと、こちらも人々は〝いとも簡単に権威に服従する〟こと示すデータが得られたのです。
 現実としてはオランダもドイツ軍の手に落ちて、その地に住むユダヤ人たちも危うくなりました。そんなユダヤ人の中のひとりがアンネ・フランクだったのです。彼女の一家は知り合いを含めた8人で隠れ家に住んで生活を送りました。結果としては密告によって全員が捕らえられ、収容所に送られてしまったのです。そして父であるオットー・フランクだけが戦後まで生き残ることができたのでした。彼はアンネがつけていた日記を出版し、1960年には仕事場とその裏側にあった隠れ家を記念館として残すことにしたのです。ここまで書いた内容自身は、ご存じの方もいらっしゃるでしょう。私はアムステルダムにあるその場所に行ってきました。まずは入場まで蛇の列ができていることに驚きました。しかし、それが〝アンネの日記〟の重さを伝えていました。
(写真:アンネ・フランク・ハウス入り口)
アムステルダムから 2013/07/07 Sun 3852
 今回の行き先はオランダとスウェーデンです。まずは福岡空港から11時間少しをかけてアムステルダムに到着しました。この福岡からの直行便は今年の春頃から開設されたようです。ヨーロッパに出かける場合、まずは国内線で成田空港や関西空港、あるいは中部国際空港などまで出かけることが多いわけです。それが福岡空港からOKとなると、これはかなり便利で楽になります。九州新幹線の効果もあって、福岡空港までのアクセスは抜群によくなりました。
 福岡を飛び立つと韓国を横断するように飛んでいきます。それから中国に入り、大連や北京あたりの上空を通過して、モンゴル、ロシアと通過していくのです。その後は北欧から南に下がってヨーロッパの国々に着くという段取りです。これと違って南回りのルートを使ったこともありました。アラブ首長国連邦の〝エミレーツ航空〟でギリシャに出かけたのでした。このときは夏だというのに雪に覆われたヒマラヤの山々を眼下に見ることができて、それはそれは大感動しました。もちろん確認できませんでしたが、〝どれかがエベレストに違いない〟と考えるだけで興奮したわけです。さらにこのときはアラビア半島の砂漠の上も飛びました。おそらく川が流れていたんだろうなあと思われる筋も見えて、その壮大な砂の世界に息をのみました。それからドバイの空港も桁違いでした。とにかく電光掲示板に表示される発着便の多さに驚愕しました。
 ところで、数年前にオスロに行ったのですが、このときはノーベル平和賞の授与式が行われる市庁舎にも出かけました。そして今回はストックホルムです。平和賞以外のノーベル賞が授与されるご当地そのものです。とても残念ですが、ノーベル心理学賞がないものですから、私がもらえる可能性はないのですが、その〝空気〟だけでも感じることができればと思います。
(写真:アムステルダム中央駅) 
 本日から海外へ出かけます。もちろん本コラムは書き続けますが、ネット環境が整わない場合は、13日にまとめてアップします。
Continued from 4/16 2013/07/06 Sat 3851
 連日の〝Continued…〟をお詫びいたします。ただでさえ〝瞬間忘却器〟を自認している私ですが、〝そういえば、トイレの話、これは昨日の本欄を見ていただければ事情がおわかりになるのですが、それ以外にも放りっぱなしの話題があったよなあ〟と思いついたのです。いつもの余談ですが、このごろは〝瞬間湯沸かし器〟を知らない学生もいたりするんです。そんな人たちに〝私は「瞬間忘却機」〟なんて言っても、〝はあーっ?〟って感じです。とりわけ冬には、炊事でひび割れしてしまった母の手を想い出します。そんな状況でしたから、〝瞬間湯沸かし器〟がわが家にやってきたときは家族揃って歓声を上げたものです。いまや蛇口をひねるとお湯が出てくるのが当たり前なんですね。さてさて本題ですが、もう一件、標記のように4月16日に書いてからそのままになっていた話題があったのでした。それは敗戦後に日本を占領した連合国、といってもアメリカそのものですが、その中心になったGHQが矢継ぎ早に実施した日本改造政策について書いていたのです。そして、軍や財閥の解体、農地改革などを振り返った後に、教育の分野について目を向けたところで終わっていたわけです。そこで、これについても〝記憶をたどりながら〟続きを書いていきたいと思ったわけです。何しろ〝続き〟ですから、ここからお読みいただく方には中途半端になりますし、〝その当時から〟ご愛読の皆さまからも〝そんな昔のことなんぞ記憶にないぞ〟とお叱りを受けると思います。それでも恐る恐る続きを書こうと思います。などと言いながら、今日は720字になってしまいました。まことに申し訳ありません。しかもちょっと海外へ出かけますので、話題はそちらに取られるはずです。
Continued from 4/30 2013/07/05 Fri 3850
 先月の28日に同じようなタイトルで書いたことがあります。そのときは、〝Continued from 5/17〟でした。つまりは1か月以上前のコラムの続きということです。それが今日は〝Continued from 4/30〟です。月の最終日ですから5月1日と同じだとも言えるのですが、足かけ的には3か月ほども経過しています。そもそも私自身が〝この前はいつ書いたっけ〟などと、その時期もしっかり記憶にないのです。そんなわけで、読者の皆さまが〝Continued from 4/30〟なんて、〝何のこっちゃあ〟と思われるのは当然のことです。じつはそれまで私の考える〝集団の定義〟について、あれこれ書いていたのです。そして、〝2人〟いるだけで立派な〝集団〟なのだというところまで達していました。ただし、私が専門にしているグループ・ダイナミックスではその通りなのですが、私としては〝1人〟であっても〝集団だ〟と考えているということを主張したのです。それは私たちがトイレの中に座っているという状況での話でした。もちろんそこには1人しかいません。そして、問題の4月30日は〝トイレのなかで、今日いまからどんなことが起きるか、あなたは思いを巡らせはじめます〟で終わっていたのです。ということで、この時点から止まっていた時計を動き出させることにしようと思います。まずは〝思い巡らす〟内容から続けましょう。〝いよいよ大事な会議で私のアイディアを出す日がやってきたぞ。きっと皆が驚くこれだろうなあ。部長はいつものように大きな目を開いて、『すごいぞ〇〇くん、そんなアイディアを待ってたんだ』なんて喜んでくれるに違いない…〟。何ともプラスのイメージが頭の中に広がって、トイレに座って思わずにっこり笑っている自分に気づきます。 
グラウンドアップ 2013/07/04 Thu 3849
 さて、いよいよ問題の〝ボトム〟です。これは組織をピラミッドに見立てることから由来していることは明らかでしょう。ピラミッドには頂点、つまりはトップがあり、底辺、つまりはボトムがあります。だから組織の第一線に当たる部分を〝ボトム〟と呼ぶのは自然と言えば自然なのです。私は指示や様々な情報を〝水〟に例えました。〝目に見えない状態で上に昇っていく水、すなわち水蒸気〟がなければ、〝低きに流れる水〟も枯渇してしまいます。これはピラミッドではなく、自然の世界、とくに大地と山の関係だと考えると分かり易くなります。雨となって山に降った水は、山のすべての部分から蒸発します。しかしそれが最も多いのは海でしょうし、山と大地の関係で言えば、大地からの蒸発量は頂上付近よりもはるかに多いはずです。そして、その〝大地〟からの水蒸気こそが大事なのです。
 そんなわけで、私は〝大地〟の英語である〝ground〟を〝bottom〟に替えて使うことを提案しているのです。〝トップダウン〟と〝グラウンドアップ〟こそ、組織の血液である指示や命令も含めた情報の流れを示す適切な表現だと思うのです。しかも〝大地は山がなくても存在できる〟のですが、〝山は大地がなければ存在できない〟のです。山の頂上が〝俺のおかげでおまえたち大地があるんだぞ〟などと言えば笑いものになるでしょう。〝大地〟あっての〝山〟であり、〝頂上〟ではないですか。しかも大地が揺れれば山の頂上だって困るでしょう。また頂上がある上の方は相対的に温度が低くなります。それは〝冷静さ〟を象徴していると言えますが、〝凍ってカチカチ〟だと柔軟性に欠けることになります。さらに上で雪崩でも起こされれば、下の方は堪ったものではありません。
 
太陽とリーダーシップ 2013/07/03 Wed 3848
 そもそも〝ボトム〟ということばが問題です。これに関して、本コラムをご愛読いただいている方から〝ときおり「末端」という人がいて気になる〟とのメールをいただきました。これは無意識に出てくるのでしょうか。ご本人としては、〝組織図を冷静に見ればそれは当然のことで、もちろん悪意なんぞこれぽっちもない〟と確信していらっしゃるかもしれませんね。しかし〝ことばはこころの表出〟なのです。無意識だから、悪意がないからこそ、予想もしない影響を与えるのです。ともあれ、〝ボトム〟からの声は聞こえにくい。と言うよりも、トップに限らず、組織の管理者であれば、それが聞こえてくるような働きかけを意識的にしないといけないのです。
 そこで〝水〟のたとえ話に戻るのですが、自然界では太陽の熱によって、水は水蒸気になり蒸発しています。組織の場合にもトップには太陽の役割が求められているのです。イソップの〝北風と太陽〟を引くまでもなく、太陽の力は絶大です。どんなに猛烈な風も水を天まで吹き上げることはできません。それが可能なのは、太陽の温かさです。北風のようにプレッシャーをかければ、旅人はマントを脱ぐどころか、すべての力を出して身構えます。組織の人間だって同じです。自分の気持ちや仕事上で気づいた問題点などを率直に伝えるなんてことは考えもしなくなります。こんな状況でトップが〝何でも言いなさい。とにかく風通しのいい職場を目指そう〟なんて訓示を垂れても、シラけるだけです。もちろん太陽はやさしいだけでなく、ときには焼け付くような熱をぶつけて来ます。つまりは厳しさもしっかり保持しているわけですが、そもそもリーダーには〝温かさと厳しさ〟のバランスをとることが求められているのです。
尊敬と感謝の気持ち 2013/07/02 Tue 3847
 組織の上の方にいる人たちは、組織の第一線で懸命に仕事に励んで知る方々に対する尊敬と感謝の気持ちをもっていなければなりません。それなくして完全な組織など実現できるはずがないのです。〝俺がいるから組織があるのだ〟〝自分が皆を食わせてやっているんだ〟なあんて発想をするようなトップはとんでもない勘違いをしているのです。そんな気持ちで組織を動かそうとしても尊敬などされるはずがありません。それどころか〝自分たちのことを考えていない〟と反発されるに決まっています。ひょっとしたら、〝尊敬しているふり〟をするかもしれません。それはまさに〝面従腹背〟〝言いたいことが言えない〟という、組織にとって最悪の状況にあるのです。これでは遅かれ早かれ組織の力が失なわれてしまいます。また、ミスや事故を有効に防ぐこともできなくなるのです。
 それはともあれ、組織が健全に運営されるためには〝トップダウン〟の流れは欠かせません。それはあたかも〝水が低きに流れる〟のと同じくらい当然のことです。しかし、それだけで組織活動がうまくいかないことは誰でも知っています。そうです、そこに〝ボトムアップ〟の流れも必要になります。それは自然界における水の場合でも、〝水が地上から上に昇っている〟からこそ、ちゃんと循環して〝上から流れる水〟が絶えないのです。ただし、水が上に昇るときは水蒸気になっていますから、それは目には見えません。ここが組織を考える際にもきわめて重要な点です。私たちの場合も、上からの指示や大事な情報は目に見えて、あるいは耳に聞こえる形で流れてきます。しかし、第一線で仕事をしている人を含めた、いわゆる〝ボトム〟からの声や情報は必ずしも見聞きできるとは限らないのです。
ボトム再考 2013/07/01 Mon 3846
 私は折に触れて〝トップダウンとボトムアップ〟についての話題を取りあげてきました。また少しばかり頭の整理が進みました。組織が効率よく動くためには、上からの指示や命令がきちんと伝わらなければなりません。それは〝水が上から流れて全体に行き渡る〟ことと同じです。もちろん、水の流れが途中で詰まればそこで淀んでしまいます。組織の中間でそれが起きればコミュニケーションはうまくいきません。伝えるべき内容がゆがんだり消えてしまうことすらあるでしょう。それが組織の活性化を疎外し、最悪の場合にはとんでもない事故を引き起こしたりするのです。しかし、世の中には様々な段階にいる管理者やリーダーが〝淀み〟の原因になっていることがあります。しかも方丈記に言うとおり、〝淀みにあるうたかた(泡沫)〟は〝かつ消えかつ結び〟ていくわけです。さらに管理者には、自分自身が〝泡沫の発生源〟であることに〝気づかない〟ケースが多いのです。
 もちろん、組織のトップが最初から泥混じりの水を流すなどはもってのほかです。これでは真面目に働いている人々はたまりません。しかし、いつのころからか上層部がややこしいことをして、そこで水が詰まって組織そのものの存続が危うくなる事例も多くなっていますね。やれやれ、困ったことです。ところで〝トップダウン〟は〝上から下へ〟ということですから、表現としてはそれほど違和感がありません。これに対して〝ボトムアップ〟について、私はずっと〝不適切な言い方だ〟と思い続けてきました。〝ボトム〟は〝底〟です。どんな職場でも実際は第一線で働いている人々が組織を支えているんのです。そうした〝なくてはならない〟人たちを〝ボトム〟だなんて、何という失礼な発想でしょう。