〝比較行動力〟 2013/04/28 Sun 3770Continued from 4/20
今月の2日に、〝気づく〟ことの大事さを指摘した。それが〝比べる〟ことに繋がる。そこで〝自分たちの方がいい〟ことに気づけば、〝まあ、いいか〟と気持ちの整理がつく。まことに消極的というか、次のアクションに繋がらない整理の仕方である。それでも〝こころが安定〟して、それなりに仕事に専念できれば目くじらを立てて否定することもない。しかし、いいところと〝比べる〟ことで仕事の手を抜いたり、〝もっとひどいところ〟の仕事を妨害するのでは大いに問題である。そんな対応では単なる現状維持で終わって、さらなる成長や進歩は期待できないし、あるいは気持ちもしぼんで現状維持すらおぼつかなくなる。
そんな状況から脱出するには〝行動〟するしかない。われわれの成長にとって〝比較〟が〝行動〟に繋がらなければ意味がないのだ。これを〝比較行動力〟と言ってみようか。何分にも、〝新語〟っぽいものを創るのが趣味である。そんなことで、〝比較行動力〟を〝新語〟として提案したいのだが、まあ一般的に言えば〝実践力〟である。いずれにしても、この〝比較行動力〟にはエネルギーが必要になる。それを供給するのは、人の心のなかにある〝変わろう〟〝変えよう〟という意欲である。もちろん、ここで〝変わる〟主役は自分である。職場を擬人化すれば〝職場〟が変わる意思を示すことだ。また〝変える〟のも自分が自分を〝変える〟と受け止めてもいいし、さらには〝他人や組織〟を〝変える〟と考えることもできる。ただし、人様を変えるという大それたことをするのだから、まずは自分自身が変わるのが順番であり、それが礼儀というものである。私はこれまで、〝説得〟と〝納得〟は単なる裏返しではなく、本質的に違っていると言い続けてきた。
現場インタビュー 2013/04/27 Sat 3769
仕事をしているなかで、〝ミスや事故〟を防ぐ、あるいは影響を最小限にするアイディアが生まれる。そんなときに、あらかじめ決められた職場の担当部門にメールする。これを受けたら、できるだけ早く当該の担当者が発信者のところへ出かけていってミニ・インタビューする。その際に、〝これはインタビューに値するか〟などと審査しない方がいい。詳しい状況がわからなくても、とにかく話を聴くことである。このときのインタビュアーは、通常の仕事をしている限りは現場に出かけることがあり得ない者がいい。
いまどき、性別や年齢を指定するのはまずいが、職場経験の少ない事務担当の女性などが現場に出かけるとおもしろい。彼女たちもこうした機会がなければ見ることができない現場の様子を知ることができるわけだ。それに、インタビューされる方も楽しくなるに違いない。なにせ、自分が働いている現場に若い女性が来てくれるのである。このときとばかり、自分たちの仕事をアピールしようと張り切るだろう。そのインタビューの様子をビデオに撮るのである。もちろん忙しい仕事をしている人が多いだろうから、メールした〝アイディア〟について、ほんの1、2分だけ話せば十分である。カメラを三脚で固定して、画面の手前端にインタビュアーも写し込む。そして報提供者の顔を中央に置く構図にすれば、カメラのスタッフはいらない。それを社内のインターネットで流すわけだ。もちろんインタビュアーの一口コメントを加えるのもいい。〝アイディア〟だけでなく、〝いま困っていること〟などを取りあげることだって〝あり〟である。そうしたものも〝安全〟に貢献するだろう。職場にはネットに詳しい若者がいる。そんな人たちが中心になれば運用も可能だ。
〝アイディア情報室〟〝安全ポスト〟 2013/04/26 Fri 3768Continued from 4/21
〝むずかしい、むずかしい〟〝できない、できない〟などと言いつづけているうちに〝本気になって〟あきらめる。もちろん〝できる、できる、きっとできる〟と唱えていればうまくいくなんてこともあり得ない。しかし、〝あきらめる〟よりも〝何とかしたい〟という気持ちを維持していた方が、ものごとが成就する確率は高いに決まっている。とにかくいつも〝考え〟ながら〝求めつづける〟ことである。そうしていれば、〝小さなアイディア〟〝ささやかな知恵〟が向こうからやってくる。
とりわけ職場の若い人たちの安全意識を高めるにはどうしたらいいか。それを考えつづけているとおっしゃる方とお話をしていたとき、ふとNHKの〝まちかど情報室〟が頭に浮かんだ。ご存じの方も多いと思うが、これはNHKのニュース〝おはよう日本〟のなかで流されているものだ。放送は6時と7時の時報よりも少しばかり前の時間帯だが、これがなかなかおもしろい。番組自身はいわゆるアイディア商品とおぼしきものを3つほど紹介するだけである。しかし、いつも〝ほーっ、これは便利だ〟とか〝うわーっ、楽しいじゃない〟などと言いたくなる。そのネタは利用者からの情報なのか、あるいはメーカーの売り込みなのか詳しいことは知らない。しかし、とにかくごく普通の人たちがじつに楽しそうにその商品を使っている様子が映し出されるのである。親子で楽しめるものもかなり多い。
職場の安全に関してもこんな感じで、〝小さなアイディア〟がみんなに共有化されるといいと思う。たとえば、〝ちょっとした工夫〟で〝うっかりミス〟を防ぐことができる〝ノウハウ〟を発見した。そのときはすぐに、〝アイディア情報室〟〝安全ポスト〟などとネーミングされたところにメールする。
裏表紙のメモ 2013/04/21② Sun 3763
定年の年度に突入して〝身辺整理〟のペースを上げている。数日前のこと、学生時代に買った本を処分した。裏表紙に〝72/5/23 中州 積文館 □□調査のペイで〟とのメモがあった。大阪の会社に組織調査で出かけたのだが、そのときのアルバイト代をもらって購入したのである。書店の所在地は福岡の中州だ。〝あいうえお、覚えたときから積文館〟。積文館と聞けば、リズム感あふれるこのコピーを想い出す。もう、うん十年以上前のものだが、いまでも十分に通用するすばらしい作品だ。天神の新天町に本店があり、西新の電停前の支店もよく覚えている。加賀まりこの写真集が出たとき、それを〝ドキドキ〟しながら覗いたのは西新支店だった。もちろんと言うべきか購入してはない。どうして〝ドキドキ〟したのかは伏せておくことにしよう。私の年代の男性であればその理由がお分かりになる方も少なくないと思う。
ところで、西新の電停だが、これがすさまじかった。いわゆる安全地帯がないのである。市電から降りた客はいきなり道路そのものに立って信号が変わるのを待つのだ。その間も一車線の道路をバスやトラックまでもが通り過ぎていくのである。いまでは、想像することすらできない状況だが、その道路を無事に渡るとすぐ前に積文館があった。西新止まりの電車に乗ってきて、その先の室見や姪浜までいく人たちは、積文館の前で待っていて次の電車を待つことになる。そんな事情から、積文館は立ち読みの専門店になるのだった。そして目的の電車が来ると〝わっ〟と客が道路を渡るわけだ。そのときにちゃんと信号を守っていたかどうか、もう記憶がない。〝赤信号、みんなで渡れば怖くない〟とばかり、集団で車を止めていたのではないか。そんな気もする。
言うは易く… 2013/04/21① Sun 3762
人間は理想を掲げることができる。そして、それを実現すべく努力する潜在的な可能性ももっている。ただし、それはあくまで可能性である。本当に力を込めて努力し続けることができるとは限らない。およそ〝理想〟と言われるものは、大多数の人間が〝それはいいねえ〟と評価する。ただし、〝それは理想的すぎる〟と言って否定的な評価を受けることもある。
ところで、世の中の組織には、それぞれが存在している理由があり、目的をもっている。そうした目的を達成するために具体的な目標が設定され、組織の構成員が自分たちの役割を果たしながらその実現を目指す。そのスムーズな展開を促進すべく、あるいは組織の存在意義を確認すべく、〝社是〟〝理念〟、ときには〝宣言〟などが掲げられる。〝スローガン〟は標語だが、しっかりした文章が並んでいることも多い。学校でも校長室や教室であれば黒板の上に額に入った〝目標〟が目に入ってくる。病院でも〝患者さま第一〟を謳ったものや、〝コンプライアンス〟を重視するものなどがある。あるいは〝社会全体の幸福に資する〟として社会貢献を訴えたり、〝何よりも安全こそが存在の前提〟と、〝安全〟に焦点を当てたりもする。それらはどれを取っても〝なるほど〟と納得できるものばかりである。
皆さんは、私が何を言いたいのか、お分かりのはずである。そう、問題は、それを現実するための具体的な方策である。〝言うは易く行うは難し〟。あちらでも〝Easier
said than done〟と言っている。まさに時代も洋の東西も問わない、人間の〝真理〟というか、あるいは〝心理〟と言うべきか。じつに〝悩ましい課題〟である。そうかといって〝むずかしい、むずかしい〟と手を拱いているばかりでは前に進まない。
〝比べる〟から〝行動〟へ 2013/04/20 Sat 3761Continued from 4/03
〝気づく〟〝比べる〟は組織の安全にとって重要なキーワードではある。しかし、自分たちを他と比べて〝あそこはいいなあ〟とうらやましがっているだけでは何も変わらない。もちろん〝あそこよりはましだ〟と自分たちの不満足な状況を合理化するだけでも事態は進展しない。そこで求められるのが〝行動する〟ことである。〝生きる〟とは〝問題を解決し続ける〟プロセスに他ならない。われわれを取り巻く環境は絶え間なく変化している。それに対応するために、われわれ自身も時々刻々と変わっている。それはあまりにも些細で、しかも習慣化しているために〝変化に対応している〟ことすら感じないものもある。
たとえば夜になると眠くなることなど当然のことである。しかし、それも仕事をして心身ともに細胞に疲労物質が溜まり、それを元の戻すために活動を休止して眠ることが必要なのである。もちろん生理学的な細かいことはわからないが、生きているということは、生きる活動のために行動し、それによって生じた疲労などのアンバランスを回復することの繰り返しである。もっとも、何度も繰り返しをしているうちに細胞をはじめとした部品そのものが疲れてくる。それがいわゆる老化ということである。もちろん、毎日の食事にしても活動できる体を維持するために必要なエネルギーを摂り入れることが目的である。だからそれが必要になると空腹を感じ、食べるという行動を引き起こす。こうして、われわれは生きるために必要なことについては、改めて意識することなく〝行動〟している。しかし、それが組織の安全などになると、必ず〝行動〟に移すとは限らない。しかし、〝気づく〟〝比べる〟だけでなく、それに〝行動〟が続かなければ組織の安全は確保できない。
めでたく〝集団〟成立 2013/04/19 Fri 3760Continued from 4/08
バス停でおばあちゃんから声をかけられたお兄ちゃんのその後です。いつもなら〝なんだ、うるせい〟などと睨み返すのですが、なにせ相手はお年寄りでした。そこで〝ちょっとあんた〟に対して、面倒くさそうな顔はしたものの、〝何だい。何か用かい〟と応えてしまったのです。こうして二人の会話が始まりました。
〝うん、これから水前寺公園に行きたかとばってん、バス停の字が読めんとたい。悪かけど、ちょっと見てくれんかい〟〝あーっ、水前寺公園てな。いま何時かい。うーん、それなら15分があるなあ。あと5分くらいで来るたい〟〝あー、そんならそげん待たんでよかたいな。あんたんおかげで助かったばい〟〝ああ、よかったな。まあ、気をつけて行きなっせ…〟。
私は熊本に住んで30年を超えますが、これが正統熊本弁になっているかどうか自信はございません。ともあれ、これでこの二人の関係はおしまいになるでしょう。バスがくるまでの5分間にさらに話が弾んで、意外にも共通の知り合いがいることがわかるなんてのは、かなりわざとらしいストーリーになりますね。いずれにしても二人の関係は単なる一時的なものです。しかし、それでもとりあえずはことばのやりとりは行われたわけです。つまりは〝相互作用=影響を与えたり、与えられたり〟があったのですから、この二人を瞬間的な〝集団〟と呼ぶことはできます。そもそも人と人とが〝仲間を創る=集団を創る〟のは、こうした出会がきっかけになることも多いはずです。もちろん実際のグループ・ダイナミックスはもう少し人数が多く、継続時間も長い関係をもった人の集まりを〝集団〟として研究することが多いわけです。しかし、〝集団は二人からはじまる〟ことは頭に入れておきたいと思います。
〝裸の王様症候群〟 2013/04/11 Thu 3752 Continued from 3/21
ダイエーの創業者である中内功はカリスマだったようだ。わたしは〝カリスマ〟の危険性を強調し、世の中のリーダーは〝ミニカリスマ〟であるべきだと主張している。その理由の詳細は〝コミュニケーションとリーダーシップの技術〟に書いている。ホームページ表紙からクリックすればダウンロードできるので、ご関心をお持ちの方はそれをお読みいただきたい。ともあれ、〝カリスマ〟だった中内氏は、商品の仕入れや配置などでも周りの意見を聞かなかったらしい。それがどのくらいの範囲までだったかなどはわからないが、いわゆる〝ワンマン〟だったということだろう。
もう随分と前のことだからしっかりした情報はもっていないが、ダイエーの調子が少し悪くなったとき、中内氏が第一線から引いたことがある。ところがトップが交替して経営状態が上向きになると、またぞろ復帰してきたのである。そのときのニュースに驚いた記憶がある。この再登場がスムーズに行われたのか揉めたのかは知らない。しかし、その後はうまくいかないままでダイエーは破綻の危機を迎えることになる。たしかに絶頂期を超え、すでに調子が悪くなっていたからトップの座から身を引いたのであるが、あのまま復帰しないでいたら、中内氏は松下幸之助氏と並んで〝経営の神様〟と呼ばれる栄誉を勝ち取っていたかもしれない。ともあれ、このストーリーは、3月に書いた自動車王ヘンリー・フォードから始まったものだった。ほんの2、3人のケースではあるが、洋の東西を問わず、世の中には〝カリスマ〟であるが故に、そのマイナス面に支配されて、自らが築いてきた組織そのものを危うくするトップたちがいるんだなあという思いに駆られる。ともあれ、〝裸の王様症候群〟はまことに恐ろしい。