吉田道雄 YOSHIDA, Michio
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味な話の素
Since 2003/04/29

 No 110  2012年07月号 (3464-3495)
高性能だけでは… 2012/07/31(火) 3495 
  
そもそも日本人は自動車も電化製品も自国製品に満足してきました。またメーカー側もそれに応える品質を追求し続けてきたものです。そんなことから韓国製の車や電化製品が日本市場に入り込むスキがなかったといえます。しかし時間はその壁を壊す勢いを韓国製品に与えたようです。ついにLGが新聞に全面広告を出しはじめました。まさに満を持してと言うべきでしょう。そこでまた〝やられたな〟と衝撃を受けました。リモコンを徹底的に簡素化し、細かい操作は画面上で選択するという方式です。まさに〝コロンブスの卵〟です。
 あれもできる、これもできるとばかりにボタンをリモコンに埋め尽くす。それは技術力があるからこそ可能になったのでしょう。しかしそのためにメチャメチャに複雑なリモコンができあがってしまいました。とくに高齢者にとっては、どこをどう押したらどうなるのかがわからなくなるわけです。わが日本のメーカーはこんな競争に明け暮れ、それで世界のトップを走ろうとしてきたのです。それもある時期までは功を奏しました。
 しかし携帯電話などでは高機能ばかりを追い求めて世界標準から取り残されてしまったのです。ほかの国は〝ここまではできないだろう〟と考えてしまった。しかし現実は〝そこまでできなくてよかった〟わけです。携帯電話は膨大な資金と時間を必要とする電話に関わる設備のインフラが整っていない途上国ほど需要は高いのです。なにせ基地局だけつくればいいのですから…。そうした国々ではハイレベルの機器は必要ないのです。企業にとって、それまでなかった〝需要を開拓する〟ことは大事な戦略です。しかし、〝市場の需要をしっかり押さえる〟こともそれに劣らず重要なのです。どうも戦略ミスが目立ちます。
 
 
もう少し〝驚き物語〟を… 2012/07/30(月) 3494 continued from 07/22
  
ポーランドのアウシュビッツを含めて、今回のヨーロッパ滞在中の情報はたくさんあります。しかし、出かける前に書いていた〝驚き〟物語が途中で止まったままです。その決着は付けておきたいと思います。
 その話とは、パナソニック系の社長さんの〝日本製品は強いと思い続けていたが、アジア企業に追いつかれている〟〝日本はガラパゴス。居心地が良いだけに世界が見えなくなる〟という発言に驚いたという件です。まったくのド素人である私ですら、数年前に〝ヨーロッパでは韓国勢に席巻されているなあ〟とある種の危機感を覚えたわけです。そしてその体験をさっそくこのコラムでも取りあげたのでした。そして今回もパリへ行く際のトランジットでフランクフルト空港に降りました。もちろん相変わらディスプレイはLGが静かにしかし圧倒的にアピールしていました。パリのホテルもLGでした。ただしポーランドのクラクフのホテルではまだPHILIPSのブラウン管テレビががんばっていました。ヨーロッパではオランダのPHILIPSが家電系でしっかり根付いていました。しかし、それも韓国製に席巻されているのではないでしょうか。ただ車については、街中でTOYOTAやHOND、さらにはSUBARUやSUZUKIもけっこう目につきました。わずか2日ほどのことですが韓国のHYUNDAIにはあまり出会いませんでした。海外に出るといつのまにか〝国粋主義者〟になってしまうのでしょうか?いずれにしてもまことにくどいのですが、〝日本製品は強いと思い続けていた〟という社長さんの発言が記者の聞き違いであってほしいと願うばかりです。いまや液晶の薄さだけではありません。とりわけ家庭電化製品の魅力を決定するデザインもLGの方が日本製を圧倒していますね。
 
 フランクフルトから10時間40分のフライトで中部国際空港に着きました。さっそく明日は1時間目から〝学期末試験〟です。
また〝驚きと学び〟が… 2012/07/29(日) 3493
  
フランスとポーランドの旅から帰ってきました。いつものことですが、今回も様々な驚きと学びがありました。まずはルーブル博物館はその内容と規模のすごさだけでなく、おおらかさに感動しました。館内ではフラッシュは禁止されていますが写真撮影がOKなのです。そうです、あの〝モナリザ〟や〝ミロのビーナス〟も〝写して〟いいんです。ビデオだって撮れます。日本の場合は基本的に〝すべて×〟ですよね。私の体験ですが、少なくともヨーロッパでは〝OK〟が多いと感じます。たとえばギリシャのパルテノン宮殿に併設されている美術館は写真撮影が許されていました。ここはフラッシュ禁止に加えて、人を入れて展示品を写すのも×になっていました。その理由は確認しませんでしたが、ちょっとおもしろい対応でした。オスロに行ったときはムンクの美術館に出かけました。ここでもあの〝叫び〟などをしっかり撮してきました。そんなわけで美術館などで〝写真撮影禁止〟は世界の常識ではなさそうです。
 さて、パリではメインストリートのシャンゼリゼ通りに二人ほど物乞いの女性がいました。私が子どものころは、街中にはそうした人がいました。それが経済の発展に伴って見られなくなりました。しかし、いつのころからでしょうか。わが国でもホームレスと呼ばれる人々を目にすることが増えてきたように思えます。様々な点で疲弊し衰退しつつある日本の現状を象徴しているようです。ともあれ〝花のパリ〟とはいいながら、〝格差〟が拡大しているのだろうと推測しました。とりわけ若者たちに夢を与えない社会が発展するはずがありません。いまわが国ではそうした状況が拡大しつつあります。ここでしっかりとした手を打たないと問題はさらに深刻化します。
 
これでフランスとポーランドからの更新はおしまいです。日曜版は明日の午後のアップになります。
ヨーロッパの涼しい夏から亜熱帯の夏へ帰ります。
 
負の〝世界遺産〟 2012/07/28(土)3492
 今日の写真を見られて私がどこへ行ったかおわかりの方が多いと思います。ポーランドのアウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所跡です。私たちは〝アウシュビッツ(Auschwitz〟と呼ぶことが多いのですが、正式には〝ビルケナウ(Birkenau)〟とセットになっています。はじめにドイツが占領していたポーランドのオシフィエンチム市に第一収容所がつくられました。ここをドイツ語名ではアウシュヴィッツと呼び、さらに第二強制収容所が隣のブジェジンカ村(ドイツ語名でビルケナウ)につくられたのです。アウシュビッツにおける出来事は私の仕事であるグループ・ダイナミックスの領域で重要なテーマです。その詳細については改めてこのコラムでもご紹介しようと思います。
 ともあれ私は授業でも取りあげているアウシュビッツにはどうしても行かなければならないと考えていました。数年前にベルリンで学会が開催されたときにチャンスを探したのですが、時間が取れずに実現しませんでした。そして今回そのアウシュビッツに行ったのです。アウシュビッツに関する資料は無数にありますが〝ARBEIT MACHT FREI (働けば自由になる)〟と書かれているゲートは誰もが一度は見たことがあると思います。これは第一収容所にありました。そして、もう一つしばしば見るのが今日の写真です。その中央を線路が走り、ここに貨車で運ばれてきた人は二度と生きて帰れない。そんな惨劇を象徴する建物です。こちらはビルケナウの第二収容所の方にありました。その規模の大きさには声を上げてしまいそうになりました。総面積の1.75㎢は東京ドーム約37個分にもなるといいます。今回の体験の具体的な内容については、わずかなスペースではとてもお伝えすることができません。
 
pasport free 2012/07/27(金)3491
 ポーランドのKraków(クラクフ)にやってきました。現在の首都はワルシャワですが、17世紀初頭まではここがポーランドの首都でした。いわば京都というところでしょう。そのクラクフに私がいる理由はさておいて、ヨーロッパという陸続きの国を移動すると、日本人の感覚では驚くことがけっこうあります。今回は福岡空港から関西空港へ行き、そこからフランクフルトに飛びました。そしてフランクフルトでパスポートを出して〝入国〟したわけです。そしてさらにパリに向かったのですが、ここでパスポートチェックはありません。ドイツもフランスもEU圏内ですから当然と言えば当然で、この間の移動は〝国内線〟レベルなのです。しかしパリからクラクフまではどうなるか。今度はミュンヘンを経由してポーランドに入りました。
 さすがにポーランドでは入国チェックがあると思っていましたら、これまたフリーパスでした。もっともこれは私の知識不足が原因で、チェックしてみたらポーランドも2004年にEUに入っていました。ただ貨幣がzłoty(ズロチ)でユーロではなかったものですから、EU圏内ではないと思っていたのです。そんなわけで4カ国を移動していながらパスポートチェックはフランクフルトだけということです。これを私たちに当てはめれば、中国や台湾、そして韓国や北朝鮮、さらには東南アジアの諸国までパスポートなしで出入りする感覚です。ここでとくに日本にとって大きなポイントは〝海〟でしょう。EUの場合はイギリスを除いてすべて〝陸続き〟です。わが国は周囲を海に囲まれているため、〝自分たちだけ〟という気持ちになりやすいかもしれません。海は陸地を隔てているだけでなく、心理的な壁もつくり上げているのでしょうか。
 
観光経済力 2012/07/26(木)3490
 世界で最も観光客が多いのはフランスです。何と、2010年は76,800,000人だとのことです。7千680万人です。観光客1人が5万円使ったとしても4兆円近くになります。もちろん平均値はそんなものではないでしょう。それだけのモノをつくって売ろうとすれば、それはそれは大変です。ルーブル博物館だけを見てもまさに入場者が殺到しているわけです。すばらしい資源をもっていると、それだけで人が集まってくるのです。その点、わが日本は30位で880万人程度に過ぎません。すぐ上にスイスがいて、そのまた上が韓国になっています。スイスは意外に少ないと思うのですが、もともと国土も狭いし人口も少ないわけです。その点では韓国も同じ状況にあります。観光客数と人口は関係ありませんが、土地の狭い韓国の方がわが国よりもアピールするところをもっていることになります。
 小泉首相のころからでしたか、〝Welcome to Japan〟を大事な戦略としてキャンペーンしていました。観光の担当部局は国土交通省ですが、今はあまりPRしている感じがしませんね。昨年は大地震にと原発事故の影響で、九州地方も含めて観光客が大きく減少したのは致し方ないでしょう。それにしても日本は外国人が強く〝行ってみたい〟と思う国ではなさそうです。もともと資源がなく、さらに元気がよかった産業の力もじり貧気味です。そんなときに〝観光〟も含めて〝ソフト面〟の充実を図る必要があります。政治が政争に明け暮れているときではないんです。もっとも、ルーブル博物館にはナポレオンが戦利品として奪ってきたモノもけっこうあるようです。それで稼ぐのもどうかという気もするのですが…。大英博物館にもエジプトが返還を求めているモノがあるみたいですよ。
 
〝本物〟だらけ 2012/07/25(水)3489
 黒く見えるエッフェル塔は赤い東京タワーとは随分と違っています。ただしエッフェル塔の方が歴史もあって、これが赤などで色づけされていればきっとしらけることでしょう。ともあれ先輩は風格があります。東京タワーがエッフェル塔の高さを超えたとき、フランス人のなかには〝東京でもエッフェル塔を見た〟なんて負け惜しみを言っている人もいたようです。しかし、タワーの価値は高さだけではないんですよね。
 ところで日曜日ですが、この日は〝ツール・ド・フランス〟の最終日でした。私も自転車レースであることくらいは知っていましたがフランス人が熱狂するスポーツだそうです。今年は100年を超える歴史のなかで初めてイギリスが優勝したということでした。凱旋門からシャンゼリゼ通りの広い道路が通行止めになっていました。
 さて私の方は夜も明るいサマータイムを活かしてルーブル美術館に出かけました。とにかくすごい。教科書や写真集で目にしただけの絵や彫刻が当たり前のような顔をして並んでいます。私は本物の〝モナリザ〟に出会えるなんて想像さえしていませんでした。〝ミロのビーナス〟も〝そんなに興奮して、どうかしたの〟と言わんばかりの雰囲気で立っていました。横顔がまたすばらしい!ドラクロアの〝自由の女神〟も教科書で見ていました。本物を見て〝こんな顔をしていたんだ〟と妙に感動しました。中学生のときは胸がはだけたところだけを見ていたのかもしれません。〝ナポレオン1世の戴冠式〟も教科書に載っていました。当時の教科書は〝自由の女神〟も〝戴冠式〟も小さなモノクロの写真でした。そんな〝本物たち〟が〝どうだ驚いたか〟と言わんばかりに迫ってくるわけです。〝戴冠式〟は見上げるばかりにでっかい絵でした。
凱旋門のパノラマ 2012/07/24(火) 3488
 宿泊しているホテルが凱旋門まで歩いて5分のところにあります。とにかくドでかい建築物です。あのナポレオンが凱旋したときの記念ということですが、洋の東西を問わず権力者は可能な限り巨大なモノを作りたがるのですね。それが他を寄せ付けない自分の力を誇示することになると考えるのでしょう。そして頑丈なほどいつまで経っても壊れませんから、自らの名前と功績が歴史に残ると信じるわけです。あの世に逝ってしまえば、思った通りになったとしても自分で確かめることはできません。それがわかっていても止められないのが権力がもっている魔力なんですね。そのことが庶民の汗と血を吸い取ろうと暮らしを破壊しようと気にかからないのだと思います。また国民の方も自分の国が戦争で快進撃を続けるとおおむね拍手喝采するものです。それで日頃の欲求不満が解消されたりするわけです。歴史はそんなことも教えてくれます。
 さて、せっかく目と鼻の先に泊まっているのですから、午後の8時過ぎに凱旋門に昇ってきました。なにせサマータイムで夜の10時くらいまでは暗くならない土地柄です。凱旋門ですから屋上というのはおかしいのですが、とにかくトップまでいきました。それはそれは絶景でした。この門を中心に放射線状に道路が広がり、あのヨーロッパ風の建物が連なっています。真正面を走るシャンゼリゼ通りの先にはルーブル博物館があります。その正反対の道路の先には代的な高層ビルビルが建ち並んでいます。こちらが新都心なのでしょう。凱旋門を挟んで歴史の今と昔が繋がっているのです。さらに少しばかり斜めの方向にあのエッフェル塔がしっかり立っていました。私の目には黒いというか焦げ茶色というのでしょうか、そんな色に見えました。
パリにやってきました 2012/07/23(月) 3487
  
せっかくパリからアップロードできますので、〝驚いた物語〟はしばらくお休みにさせていただきます。
 さて〝花のパリ〟ですが、シャルル・ド・ゴール空港に到着したときの気温は16度でした。猛暑日に適応しかけていた体にとっては明らかに肌寒く感じます。もともとヨーロッパは日本よりも高い緯度にあるので夏でもわが国と比較すれば涼しいんですね。そのため、かなり前のことですが猛烈な熱波がヨーロッパを襲って、高齢者を中心に多くの死者が出たこともありました。クーラーが普及していないということでした。ともあれわれわれにとって過ごしやすいのは何よりです。
 関西空港を出たのは午前10時前です。それから11時間少しかけてフランクフルトまで飛んでいきます。地球の回転と逆向きに900km/ hほどで飛んでいきますから、空は〝ずっと明るい〟ままです。ただし、途中で機内の照明を消して窓もカバーを下ろしますから、一応は〝お休みモード〟ということになります。フランクフルトからパリ行きに乗り換えるのですが、ゲート間の距離がものすごい。おそらく20分以上は歩きました。そうそう、エスカレータを昇るとき〝いつものように〟左側に立っていたところ、〝Excuse me.〟と言われて追い抜かれました。そうなんですエスカレータなどは〝大阪仕様〟がインターナショナルなのでした。ところでユーロ圏に入ると、最初に飛行機が降りた国でパスポートを見せて入国することになります。このため、目的地がフランスでもパスポートのスタンプはフランクフルトというわけです。そしてユーロ圏内は国内線と同じ扱いになります。ドイツのフランクフルトから1時間ほどでパリに着きました。パリに近づくと遠くに黒いエッフェル塔が見えました。
 いま〝パリ〟にいます。幸いネットが機能しましたので、24日まではアップできます。
驚きの発言… 2012/07/22(日) 3486  from Paris
  
新聞やテレビに限らず、たとえ意図的でなくても人が伝える〝事実〟はけっこう違ってくるものです。そんなわけで、私は〝大事な情報は複数で確かめよう〟と授業でも強調しています。さて、この話の発端に戻りましょう。パナソニック系の社長さんが〝日本製品は強いと思い続けていたが、アジア企業に追いつかれている〟〝日本はガラパゴス。居心地が良いだけに世界が見えなくなる〟と発言したことに驚いてしまったということです。これがご本人の〝真意〟であるかどうか。すでに見たように発言は書き手によって〝整理整頓あるいはカット〟されているので、その前後にどんな話をされたのかはわかりません。
 しかし、とりあえずこれが〝事実〟だとすれば、まったく〝信じがたい〟発言だと思ってしまいます。まずは〝日本製品は強いと思い続けていたが、アジア企業に追いつかれている〟という部分です。それに気づかれたのは一体いつのことなのでしょうか。パナソニック系の責任者ともあろう方がこんな認識だったとは、もうびっくり仰天です。あるいは〝嘆かわしい〟と言ってもいいと思います。これでは〝追い抜かれる〟のも当然です。もっと細かいことを言えば〝追いつかれている〟のではなく、すでに〝追い抜かれている〟んです。いまから4年ほど前にヨーロッパへ出かけたときです。ドイツの空港で使われている液晶表示の多くが〝LG〟製でした。じつは〝LG〟が韓国のメーカーであることはそのときに知りました。また動く歩道のベルトに貼ってあるCMは〝SAMSUNG〟の文字で埋め尽くされていました。ウィーンの空港の出口には大きな看板に〝HYUNDAI〟の車が誇らしげにアピールしていました。プラハも〝HYUNDAI〟だったような記憶があります。
 
 本日より海外出張に出かけます。
ライブでアップする予定ですが、ネットが不調の場合は29日にまとめてアップします。
新聞少年から… 2012/07/21(土) 3485
  
新聞やテレビのインタビューでは相当部分がカットされます。放送時間や記事のスペースが決まっているわけです。さらに伝える側が強調したいところだけがピックアップされることもまた自然です。なんせ人間がものを言い、それを聞いたり書いたりするのです。その受け止め方は千差万別で、内容に幅がありブレがあり、ときには誤りがあるのは当然なのです。そんなわけで、私は授業で〝大事な情報は複数で確かめよう〟と強調しています。いま学校では新聞を教材に使うNIEと呼ばれる活動が盛んに行われています。〝Newspaper in Educattion〟の頭文字を取ったものです。活字少年から活字青年へと成長し、さらに活字成人を経てとうとう活字老人になった私ですが、現在も新聞大好き人間です。
 そんな人間は〝同じ出来事〟についても各社でかなりの違いがあることを知っています。もちろん政策などに対するスタンスの違いがあるのは当然です。それにもかかわらず日本の新聞は〝中立〟を強調するあまり〝どれを見てもみな同じ〟などと批判されていました。そもそもこの宇宙に〝中立〟なんてことは〝ことば〟でしか存在しないのです。〝いまここで生きている〟こと自身、すでに中立的ではあり得ません。ただこの議論に入り込むとまたまた長くなりますので先延ばしにしましょう。さて記事は誰が書いたのかがわからないのも大きな原則です。このごろは新聞社もかなり努力しているようですが、それでも署名入りは圧倒的に少ないですね。もっとも〝みな同じ〟というのはさすがに昔の話で、社説などのレベルでは相互の主張に正反対に近い違いも見られるようになりました。けっこうなことです。世のなかには多様な視点やそれに基づく意見があって当然なのです。
〝信じられない〟物語 2012/07/20(金) 3484
  
人間は生きていると〝信じられない〟と叫ぶような情報に接するものです。ただそれにしても、このごろはその頻度が多くなった気がするのですが、いかがでしょうか。ひょっとしたら私の〝揚げ足取り感受性〟の感度がさらに高まったのかもしれません。先週のことですが、地元紙の夕刊に〝日本企業 シンガポールへ〟という見出しの記事が載っていました。小国であるシンガポールが優遇税制などを背景に着実に発展しているというものです。法人税は日本の40%に対して17%なんだそうです。そこで日本企業もシンガポールを目指すというわけです。シンガポールが世界のなかでしっかり頑張っていることについては、今さら驚くことではありません。相対的に日本の経済規模が大きいから、大きく目を引かなかったのかもしれません。それが今や多くの日本企業が移動をはじめた。そんな記事です。〝背景には焦りも〟という見出しも付けられています。ところで私が〝信じられない〟と声を出しそうになったのは、パナソニックがこの1月に開設したという会社社長の発言を読んだときです。アジア太平洋地域を統括する会社らしいのですが、歴史的な赤字を出したパナソニックが調達物流本部をシンガポールに移したというのです。記事の最後に社長さんの発言が載っています。〝日本製品は強いと思い続けていたが、アジア企業に追いつかれている〟〝日本はガラパゴス。居心地が良いだけに世界が見えなくなる〟。この発言、私には〝とても信じられない〟ものでした。けっこう時間をかけたインタビューでも極端に端折られるものです。何と言っても新聞にはスペースに限りがあるわけです。こうした状況はテレビなどでも同じで、〝すべて〟を伝えることはできないのです。
DADAN 打男 2012/07/19(木) 3483
  
山鹿の八千代座を〝八千代座〟として知られるようにした貢献者の1人が坂東玉三郎である。山鹿市民の手作りによる〝坂東玉三郎舞踊公演〟が1990年から継続的に開催されている。これで〝八千代座〟は全国区になった。とまあ、いかにも〝八千代座〟の歴史がしっかり頭に入っているような書き方だが、本当のことを言うと私自身は〝八千代座〟の場所すら知らなかった。そんななかで16日にはじめて八千代座へ出かけたのである。〝鼓童 打男〟の公演を観に行った。とにかくものすごい迫力で〝叩く、叩く、叩き続ける〟のである。その間90分、ステージで音がしない瞬間がない。
 太鼓の音はきわめて原初的な響きがあり、人の体をしびれさせる。松本清張の〝黒地の絵〟も〝小倉祇園太鼓〟の音と日本を占領していた米軍黒人兵を結びつけた作品である。モノを叩くと音が出る。極端に柔らかな物などはどうだか知らないが、水のような液体ですら〝打て〟ばその性質に応じた音がする。それは時代を超えて人間と切り離せないものである。原始時代のそのまた初めには、仲間に危険を知らせるためであったり、獲物を前にして一斉に飛びかかる合図だったりしただろう。いずれにしても〝叩く音〟は人間にとって基本的な刺激である。それが神を呼ぶ音になり、祭りの音になり、楽しむための音になってきた。そんな歴史があるに違いない。そしてそれが芸術的パフォーマンスにまで昇華して〝打男〟というグループが生まれたのだろう。それにしてもドでかい〝和太鼓〟の迫力には圧倒され体全体がしびれた。とにかく8人が入れ替わり立ち替わりに打ち続け、合いの手を除いてはまったく人の声が聞こえないのである。さらに八千代座の狭さがその迫力をこの上なく増幅した。
八千代座 2012/07/18(水) 3482
  
熊本県の山鹿市は〝山鹿灯籠〟で知られている。浴衣姿の女性が灯籠を頭の上に載せて踊る。灯籠は金銀の紙製でその繊細さは見事なものである。いわゆるお盆の8月16日には〝千人灯籠踊り〟が山鹿小学校のグランドで行われる。熊本に来て30年を超えるが、この行事には行ったことがない。何分にも子どものころから〝待つことを知らない〟〝じっとしていることができない〟。そんな性分だから道路が混みそうだと思うと動くことを避けてしまう。山鹿市には熊本県立教育センターがある。このセンターには熊本大学に赴任したころから機会があるごとに出かけている。そんなことから山鹿市そのものは昔からのなじみである。熊本の町だから当然のように温泉がある。ずいぶん以前ことだけれど、教育学部の学生が出かける教育実習先として山鹿市内の学校も含まれていた。実習終了後にはお世話になったお礼に出かけていたが、その後で温泉につかったりもした。熊本市から20km足らずで1時間もあれば着く距離にある。
 その山鹿市に八千代座と呼ばれる劇場がある。国指定の重要文化財である。そもそもは1910年(明治43年)にできたもので、江戸時代の伝統的な芝居小屋の様式を伝えている。いまでは時代劇を見る機会が激減してしまったが、映画のなかでもしばしば登場するあの小屋である。舞台に向かって中央は枡席で、桟敷が両サイドにある。また2階の座席が周囲を囲んでいる。テレビの普及や娯楽の多様化で、ご多分に漏れずこの小屋も存続の危機に瀕していた。そこで地元の有志を中心にして何とか復興しようという機運が高まった。そしてついには国の指定を受ける重要文化財として見事に再生したのである。その後の発展に大きく貢献したのが坂東玉三郎だ。
ハッピーエンド… 2012/07/17(火) 3481
  
3回目のノックで私に気づいた車掌さんが運転席のドアを開けました。若くて感じのいい方で、にっこり笑って〝どうしたんですか〟と私の顔をのぞき込んできました。さっそく私は切符を提示して、改札を通らずに乗ったこと払い戻しの対象になるのかといったことを聞いたわけです。その質問に答える前に車掌さんは私が提示した切符を手に取りました。それを見ておもしろい答えが返ってきたのです。
 〝お客さん、いま特急が動き始めました。人身事故が起きた当該の電車ですが、この後を追いかけています〟。おおーっ、青天の霹靂、稲光が走ったような衝撃的発言です。突如として光が見えてきそうではありませんか。車掌さんは続けます。〝土浦で待たれればその電車に乗れますよ〟。〝ええっ、そうなんですか。それで土浦ってどのあたりですか〟。おそらく私の顔は笑顔に満ちて声も弾んでいたに違いありません。〝この次の次の駅です。これだと5時40分ころには上野に着くと思います〟。その電車は私が乗車を予定していた電車より1時間先に出発するものでした。しかしそれがほぼ1時間ほど遅れているというのです。つまりは上野着が予定していた時刻になるわけです。なんというラッキーなことでしょう。そして本当にそうなったんです。もともと17時38分着だったものが41分ころに上野に到着したのですから…。
 それにしても鉄道会社は大変ですね。私の常磐線体験も最初は線路に車が突っ込んだものでした。そして今回は人身事故です。これは個人的な感覚でしょうが、とくに首都圏や大阪では〝人身事故〟による遅れが多い気がします。もちろんはっきりした説明はありませんが、その多くが自殺なのではないでしょうか。みなさん命を大事にしましょう。
 
マニュアル問題(42) 2012/07/16(月)② 3480 continued from 05/30
 お久しぶりに〝規則やマニュアルが守られない理由〟について考えてみたいと思います。病院で行った自由記述に〝夜勤入りなどで睡眠や休息の時間がなくなる〟というものがありました。今日では多くの組織で〝時間的な制約〟のために〝規則やマニュアルが守られない〟という声が頻繁に聞かれます。とりわけ病院の場合には夜勤が通常の業務であり、日勤のみの仕事よりも厳しい環境に置かれています。そうしたなかで体調を管理することは個々人の責任ではあります。しかし職場の条件によってはそれが十分に実現できないことも多いでしょう。それにも拘わらず規則やマニュアルを守れと耳にたこができるほど言われるわけです。
 これには〝わかってはいるのですが、ついつい手を抜いてしまうんですよ〟という本音が聞こえてきそうです。しかし状況が厳しいからといって、それを理由にして〝規則やマニュアルを無視する〟ことは正当化されません。もちろん個別の状況は多様ですから〝こうすれば全員が規則やマニュアルを守る〟という唯一の解答はあり得ません。このような問題については職場のみんなでアイディアを出し合うことが求められます。トップダウンで〝何とか工夫しなさい〟などとと言っても効果など期待できません。〝そんな時間が取れないから行き詰まっているんだ。いいアイディアがあるのなら言ってくれ〟と反発されるのが落ちでしょう。いまや政治も経済も行き詰まって、先の見えない停滞状態が続いています。そんななかで国民に〝多忙感〟が蓄積しています。〝人手が足りない〟けれども〝人を受け入れる予算もない〟。こうしたジレンマを乗り越えて知恵を出していくにはどうしたらいいのか。ここでもリーダーシップが大いに期待されるんですね。
 
電車の車掌さん 2012/07/16(月)3479
  
さて上野駅行き普通電車で〝自然の呼びかけ〟に応えてすっきりした私でした。トイレは障害者も使える大きなもので〝普通電車でもしっかりしてるなあ〟と感心しました。それから車内を眺めると最後尾の運転席が目に入ってきました。〝あそこには車掌さんがいるはずだ〟。そんなことが頭に浮かびます。水戸駅では〝普通は動いています。これに乗ってください〟と勧められて、私は反射的に切符を通さずに改札を通過したのでした。そのとき自動改札機は空いていたと思ったのですが、私が通り過ぎるとき瞬間的に閉じて私の腰のあたりに抵抗感がありました。〝ピッ〟といった警告音も鳴ったような記憶もあります。しかしそんなことを気にしている時間はありませんでした。駅員さんも後ろから声をかけることもなく、とにかく駅の階段を駆け下りたのでした。
 さて車掌さんがいるだろうと思ったら、今度は聞いてみたいことが頭に浮かびます。改札を通っていない切符はどう処理するんだろう、また特急指定券なんぞは払い戻しもありかいな。慌ただしい時間が過ぎて〝自然の呼びかけ〟にも応えたあとですから、気持ちの余裕が出てきたようです。それに熊本への最終便はあきらめていますから時間の余裕もあります。指定券の〝払い戻し〟なんぞの、ややせこいことも考えながら〝車掌さんに聞いてみよう〟と思ったわけです。そこでそのまま運転席に足を向けました。車掌さんは運転席に座っています。最後尾ですから走り去る景色を見ているような感じもしますし、目の前にある電車のディスプレイに目をやっているようにも見えます。そこで運転席のガラス窓をトントンと叩きました。最初と2回目は気づかれなかったので、少しばかり力を入れて3回目をトライしました。
 
〝Someone in〟 2012/07/15(日) 3478
  
ところで〝Nature calls me〟を話題にしたのですが、トイレに入っているときノックをされたらどうするのでしょうか。一般的には内側からもノックで返すというのが正解でしょう。このほか〝入ってまあす〟としっかり応えることも正しい対処法ですね。それではこれを英語で何と言うか。これまた岩田一男氏の〝英語に強くなる本〟に書いてあるんです。それによれば端的に〝Someone in〟です。これまたわかりやすい英語です。〝わたし入ってます〟ではなくて〝だれかが入ってます〟なんですね。まさか〝吉田が入ってます〟なんて自己紹介することはないですたい。
 じつを言うと〝英語に強くなる本〟はもう手元にはございません。そりゃあ今を去ること50年前のペーパーバックスですから仕方ありません。ということは、〝Nature calls me〟も〝Someone in〟も私の記憶に頼っているのです。それでも私はこれを100%間違いないと断言できます。しかもぼんやりながら、それらに付けられていたカット絵までイメージできているのです。これを機に図書館なんぞで確かめることができないものかと思います。ともあれ半世紀前に頭に入った英語のフレーズがごく自然に再生されるのです。大脳の不思議というしかありません。さてさて水戸駅で普通電車に駆け込んでしばらくしてから〝Nature calls me:自然が私を呼んだ〟のです。〝ドラッカー名著集〟から車内に目を上げると〝トイレ〟を案内するステッカーが貼ってありました。その矢印は電車の後方を指しています。そこで荷物をもってやおら矢印の方へ歩き始めました。後ろへ後ろへと前進して行くと目的のトイレを最後部の車両で発見しました。幸い〝Someone in〟の状態ではありませんでした。
 
〝自然が呼んでる〟 2012/07/14(土) 3477
  
ともあれ還暦を超えて早くも4年近くになろうとしています。このごろは直近のできごとについての記憶力というか注意力の低下にも磨きがかかってきました。先月も腕時計が私のもとからいなくなってしまいました。授業終了まで教壇に置いていたことはきっちり記憶にあります。それからおよそ1時間30分後に車を降りるときに時計が腕についていないことに気づいたわけです。〝あったとき〟と〝なかった〟ときの時間と、その間にどこからどこまで移動したかはしっかりわかっています。ただし行方不明の時計はまだ帰ってこないままです。この時計がわが手に来てから14年、十二分に働いてくれたのですが、まだまだ身近にいてほしかったですね。そのうち身辺整理をしているときにポロリと出てくるなんて〝感動のご対面〟をかすかに期待しています。
 やれやれ言わんこっちゃあないですね。そもそもは常磐線の電車で〝Nature calls me〟を体験したことを話題にしていたのでした。そのことを完璧なほどに忘れていました。じつはこのフレーズ、岩田一男氏の〝英語に強くなる本〟によれば、〝おしっこにいきたくなった〟という意味なんです。たしかにおしっこは自分でコントロールして貯めたりすることなんてできません。ですからある程度の時間が来ると〝自然が呼んでる〟状態になるわけです。〝自然〟が主語というのがまことに婉曲的でとてもいい感じですよね。日本でも〝お手洗いに行ってくる〟などと言います。その際は本当に〝手を洗う〟ためだけに行くのではありません。それどころか、ちゃんとしまった後で〝手を洗わずに〟出て行く人だっていますもんね。女性のなかには〝えっ、そんなことってあり〟なんて驚く方もいらっしゃるでしょうが…。
風呂場での大発見 2012/07/13(金) 3476
  
さてさて、常磐線の上野駅行き普通列車のなかで〝ドラッカー名著集〟の第13巻〝マネジメント〟を開いてボチボチ読み始めました。それから10分ほど経過したでしょうか、〝自然〟が私を呼びにきたんです。〝Nature calls me〟。私の記憶が正しければ岩田一男氏の「英語に強くなる本」のなかに取り上げられていた一文です。この本は光文社のカッパブックスとして1961年に出ていますが、あっという間にベストセラーになったはずです。その年に私は中学1年生になって英語を習い始めたばかりでした。父親がやたらと〝教養好き〟で、この本も当然のように買っていました。私はその本をのぞき見したわけです。
 それにしても、われながら自分の〝記憶力〟のすばらしさに感動します。岩田氏の名前とカッパブックスを瞬間的に思い出したんです。書名の方は〝英語の…〟程度でしたが、いまやインターネットで検索すればあっという間に確認できます。何というすばらしい時代でしょう。そんなわが記憶のすごさに自己満足するのですが、その一方でこのごろはほんのさっきまであった手帳や時計がどこかへいってしまうんですよね。またお風呂のなかで〝これはいけるぞーっ〟と絶叫したくなるようなアイディアが思い浮かんでくるんです。この点はもうアルキメデスのレベルまで達しているわけです。ところがまだ湯につかっているうちにそのアイディアが大脳から蒸発してしまいます。少し前まではお風呂から上がったときまでは大丈夫だったのですが、忘却力にはさらに磨きがかかってきました。それにしても、昔の記憶の鮮明さと直近な出来事に対するいい加減さとのアンバランスの絶妙さにはいつも感動しています。おやっ?いまここで何を話題にしていましたっけ。
〝ドラッカー名著集〟 2012/07/12(木) 3475
  
学生のときに〝断絶の時代〟を読んだものの、その内容は記憶にないまま〝知の巨人 ドラッカー自伝〟を手にしたのです。ドラッカーが亡くなって間もなくだと思っていたのですが、ネットで調べてみると2005年11月に逝去ということです。すでに7年近くが経過しているのでした。この本は日本経済新聞に掲載された〝私の履歴書〟をまとめたものです。そんなことから日本人の名前も出てきて興味深く読みました。
 そして今年の初めのことでした。書店で赤い表紙の〝ドラッカー名著集〟を見つけました。第1巻〝経営者の条件〟からはじまって15巻の〝マネジメント(下)〟までが刊行済みになっていました。そこで〝ボチボチ〟ではなく、一挙に15巻を購入しました。そして2月ころから読み始めることにしたのです。せっかく全巻を手に入れたのですから、しっかり早く読み切ってしまおうと思うわけです。
 このコラムでもときおり触れていますが、私の特性のひとつは〝注意散漫〟です。そのため読書も1冊に集中できなくて、日常的に10冊以上を同時並行的に読んでいます。研究室に6冊、自宅に5冊、はたまた車の信号待ち用に1冊といった具合で、とにかく〝すごい〟んです。いえいえ、それを言うなら〝ひどいんです〟でしょうね。つまりは集中できないということです。そんな私ですがこのシリーズには少しばかりウエイトを置いてみようと考えました。そこでこれを〝最優先〟にして〝トイレ用〟にも適用することに決めました。もちろん相変わらず10冊以上を並行して読む路線はそのままですが。ともあれこの集中化はまことに効果的で、すでに13巻までたどり着いたのです。そんなわけで移動中にも少し重いのですが全集を持ち歩いているわけです。
 
〝駆け込んで〟… 2012/07/11(水) 3474
 とにもかくにも水戸駅の階段を駆け下りて上野行きの普通列車に乗り込みました。まさに〝駆け込み乗車〟ってやつです。すぐにドアが閉まり電車は定刻通りに動きはじめました。乗客としては学校帰りの高校生が目立ち、年配のおじさんやおばさんたちもいました。まだ4時過ぎたばかりですから通勤ラッシュまでは少し時間があります。それでも座席はけっこう詰まっていました。とはいいながら、還暦越えのおじいちゃんである私もちゃんと座ることができました。いずれにしてもこれで熊本の最終便に間に合わないことは確定しました。あとは20時発の福岡便に切り替えるしかありません。私としてはけっこうあきらめが早い方だと思っています。
 そこで本でも読むかと〝ドラッカー名著集〟の第12巻〟を開けました。私が学生のころドラッカーの〝断絶の時代〟がベストセラーになりました。原題〝The Age of Discontinuity〟に含まれる〝Discontinuity〟の響きのよさに〝かっこいいなあ〟と思ったものです。そのころ父が新聞に掲載されるベストセラー読破のチャレンジをしていました。父は転勤族で当時は佐賀県の武雄にいました。ベストセラーがすぐに手に入らないこともあって、この本も私が福岡の書店で買って帰省時に持参しました。そんなことで、私もこれを読んだ記憶はありますが内容はまったくどこかに飛んでいってました。そらから21世紀を迎えました。ほんの2、3年前ですか、ドラッカーが漫画になって女子高生たちの間で評判になっていることが話題になりましたね。それに刺激されたわけでもないのですが、私も日経ビジネス文庫の〝知の巨人 ドラッカー自伝〟を読みました。これは昨年だったか一昨年だったか、とにかく〝つい最近〟のことです。
2回目の体験 2012/07/10(火) 3473
  
じつはついこのごろ常磐線で2回目の〝遅延体験〟をしました。その日は水戸駅発16時27分発の特急に乗ることになっていました。ごく普通に改札口に向かったのですが、その前に構内のアナウンスが聞こえました。すぐに何かが起きて電車が遅れているらしいことがわかりました。いよいよ改札口まで届いたのですが〝人身事故〟のため遅延しているということです。それも私が乗車する東京方面の列車が止まっているらしいのです。その瞬間、〝うわあっ大丈夫かなあ〟と思いました。私が乗ることにしていた特急電車は羽田を出る熊本便の最終に繋がっています。その特急が上野に着くは17時40分ころですから、それから浜松町のモノレールに乗り継いでいくと羽田には18時過ぎて到着します。最終便は19時10分ですから、順調にいけば少しは余裕があります。しかし、その次の特急では完璧にアウトになります。
 そんなことを頭に浮かべながら水戸駅の駅員さんにこちらの事情を伝えて状況を尋ねました。これに対してまずは〝特急については見通しが立ちません〟という直球の回答がありました。そして〝普通列車は時刻通りに動いていますので16時06分の上野行きに乗られませんか〟ということでした。そこで到着時刻を聞いてみると、なんと18時40分ころになるのです。これでは19時10分は完璧にアウトです。それでも〝見通しが立たない〟状況であればじっとしているわけにはいきません。そこで時計を覗くともう16時05分、あと1分しかありません。私はほとんど反射的にホームに向かってダッシュしました。もうけっこうな年ですから走ったりすると躓いたり転倒してしまいます。こんなとき、日頃から運動をしていないツケが回ってくるわけです。
 
ゆっくり待って… 2012/07/09(月) 3472
 線路から車を移動させてもすぐに電車は動けません。車が突っ込んだあたりの線路が大丈夫かどうかを点検しなければならないのです。鉄道は効率のいい乗り物です。全身が鉄でできた列車ですが、動き出すと車輪と線路の摩擦係数が小さいのでしょうか、少ないエネルギーでスピーディに走ります。最近はアルミなどを利用してドンドン軽量化を図っているようですから、さらにエネルギー効率は上がっているに違いありません。しかも線路は独占的に使えますから基本的には渋滞がないですね。あの新幹線ですらピーク時には3分間隔で発車することもあります。それで時刻表どおりに走るのですからその制御能力には驚くばかりです。
 さてさて、いずれにしても衝突事故を起こして年配の女性が乗っていた車が線路内に落っこちてしまった。私が常磐線に乗っていたときそんな事故に遭遇したことがあるわけです。そのときは停車中の駅で乗り換えのアナウンスがありました。バスを使って成田にも繋がっている電車への乗り換えもできるということでした。それを聞いてかなり多くの人たちが動いていきました。私はといえばけっこう落ち着いていて動くまで待つという気持ちでした。そもそも別の路線については知識がありません。羽田に行くのが最終目的なのですが、乗り換えてから先がどうなるのかもわかりません。すでに当初の予定だった熊本便に乗ることはあきらめていました。それでも福岡便を使えばとにかく熊本には帰れるわけです。そのときは少し動き出してもさらに途中の駅で止まったりもしました。それだけ前の電車が詰まっていたのでしょう。遅延した時間ははっきり憶えていませんが、おそらく2時間を超えていたと思います。これが私の〝常磐線遅延〟体験です。
私の体験 2012/07/08(日) 3471
  
正確無比に走るわが国の鉄道ですから、少しでも遅れると〝またか〟などと言われてしまいます。かなり前のことですが、東京の地下鉄に乗っていたとき電車の遅れについてお詫びの車内放送がありました。それをこのコラムで取り上げたのですが、そのときは3分くらいの遅れだったと思います。とにかくわずかな時間でもお詫びになるわけです。
 ところで常磐線の東には太平洋があります。そのせいなのか、あるいは関東は〝空っ風〟で知られていますので山越えの風が吹くのためなのか、とにかく強風や突風が発生しやすいようです。それで電車が徐行しないといけなくなるから遅延してしまう。そんな自然の影響で、常磐線は他の路線よりも遅れることが多くなっているのかもしれません。こうしたトラブルは自分たちの過誤ではなく自然が原因ですからJR東日本も頭が痛いに違いありません。
 そんな環境にある常磐線ですが、私自身も2回ほど大きな遅延に遭遇したことがあります。昨年だったと思いますが、年配の女性が運転していた車が線路内に落っこちた事故でした。詳しいことはわかりませんが、おそらく線路よりも少し高めの道路だったのでしょう。車同士が接触して一方が線路に入ってしまったようでした。どんな車かわかりませんが、こうした事故が起きると処理が大変です。とにかく線路から車を取り除く必要があります。しかしその前に警察の現場検証があります。警察にしても鉄道が止まると影響が大きいことは承知しているはずです。ですから早く処理したいという気持ちはしっかりあると思います。しかしそうはいってもいい加減にはできないですよね。また事故の程度も影響するでしょう。それが終わってようやく車を線路から取り除くことになります。
 
常磐線は遅れる? 2012/07/07(土) 3470
 常磐線の北の終点は宮城県の岩沼駅ですが、名称の由来は磐城国(いわきのくに)にあります。戊辰戦争が終わってから陸奥国(むつのくに)から分かれてできたということです。戊辰戦争は1868年から1869年にかけて戦われた内戦です。はじまったのは慶応4年ですが、この年は王政復古から明治政府が樹立されます。つまりは薩摩・長州藩を中心にした新政府軍と旧幕藩勢力とが戦ったのです。戦争が始まった1968年が干支で戊辰に当たるため、この名称がつけられました。
 さてその常磐線ですが、そこを利用する方々からは列車が遅れることが多いと聞きます。ここまで書いてから、はじめて常磐線を利用したのが2005年だったと思ったのは間違いだと気づきました。福島の第2原子力発電所までの距離が遠かったので、そこへ出かけたときが〝はじめて〟だと思ったのでした。じつは1999年の11月に茨城県にある日本原子力発電東海発電所に組織の安全に関わる調査のために行っていました。こちらはJR東日本の勝田駅や東海駅で降りるのですが、この路線も常磐線でした。それはそうと〝常磐線が遅れることが多い〟というのが統計的なデータに基づいているのかどうかを確認したわけではありません。しかし複数の異なる組織の方から異口同音にそんな話を聞いたことは事実です。全国のどこであれ、特定の路線を頻繁に使っているとトラブルに出くわす可能性も増えてきます。私たちは〝普通〟にことが進んでいるときはとくに気にすることもなくそれを〝当然の現実〟として受け入れます。そんな状況のなかで〝普通〟でないことが起きるとその衝撃が大きく強烈に印象づけられます。とくに日本の鉄道は時刻が限りなく正確であるのが当たり前だと思われています。
常磐線物語 2012/07/06(金) 3469
 私が大学生をはじめてから今年で45年の歳月が走っていきました。その間に全国いろんなところへ出かけました。ただ〝通過しただけ〟の県も入れればほとんどすべての都道府県をカバーしています。ただし〝あそこだけ行っていない〟というところがあります。それは秋田県です。じつは30代のはじめころですが、秋田へ行く仕事があって京都まで寝台特急〝日本海〟に乗っていたんです。ところがまだ赤ん坊だった長男に〝小さな事故〟があって引き返してしまいました。そのときはどうすべきか迷ったのですが、公衆電話で私が所属するセンターの責任者に相談したところ〝帰った方がよかろう〟ということになったわけです。秋田の方にも会合に欠席する旨の連絡をしました。そんなわけで秋田に行くチャンスを失ってそのままの状態が続いているのです。大学を定年で辞めるまでに秋田へ行く可能性はきわめて低いと思います。せっかくですから〝全国制覇〟は実現したいのですが…。
 さていつものように前書きが長くなりました。今回はいろんなところに行ったうち、〝常磐線〟のお話をしようと思ったのでした。私が初めて常磐線に乗ったのは2005年の1月です。安全文化について講演をするために東京電力の福島第2原子力発電所に出かけました。上野駅から常磐線に乗って、とにかくかなりの時間がかかったことを憶えています。この常磐線は公式には東京の日暮里駅から宮城県岩沼市の岩沼駅までになっているのだそうです。ただし運用上は上野から仙台ということで、一般人にとってはそのほうがイメージしやすいと思います。常陸(ひたち)と磐城(いわき)の頭文字を取って〝常磐線〟と呼ばれています。常陸国はいまの茨城県ですが由緒ある呼び名なんですね。
 
全国津々浦々へ 2012/07/05(木) 3468
  
私は若いころから仕事でいろんなところに出かけるチャンスがありました。〝仕事〟と言っても学生時代は〝研究のお手伝い〟あり、それが〝アルバイト〟になったりもしました。私が学生だったのは1960年代の終盤から1970年代の10年ほどのことです。それから教員になってもあっちこっちへ出かけることになります。その大きなものが学会です。大学は北海道から沖縄まで全国津々浦々にあります。特定の学会、たとえば私が所属している日本グループ・ダイナミックス学会でも多くの大学に会員がいます。そうした人たちの間で〝来年は学会を開催してくれないかなあ〟といった打診をしながら会場を決めていきます。
 ときには〝自分のところで引き受けたい〟と立候補される場合もあります。たとえばその学会へ大きな貢献をされた方が定年でお辞めになるときなど、周りの関係者たちが提案することもあるわけです。学会の大きさにもよりますが、全国規模の大会となると準備から実施、そして後始末まで大変です。そのためボランティアで働いてくれる大学院生や学生がいないと簡単に引き受けることはできません。そんなこともあって、これは私の勝手な推測なのですが〝引き受け手〟を探すのに苦労することもあると思います。もっとも学会の大会委員長となれば、大きな仕事をしたのですから、それなりの評価はされることになります。これも推測ながら履歴書などに〝〇〇学会第〇回大会委員長〟などと書かれる方もいらっしゃるようです。ここで〝推測〟が二つ続きました。じつは私にはこうした経験がまったくないものですから〝推測〟になったわけです。いずれにしましても、こうした事情から私などもいろんなところへ開催される学会に出かけることになるのです。
庶民の星 2012/07/04(水) 3467
  
まるで〝忠臣蔵〟ですねえ。あるいは〝清水の次郎長〟物語でしょうか。子どものころ、東映の正月映画といえばこの2本が年ごとに入れ替わって庶民を楽しませてくれたものです。それからテレビが普及して映画界が厳しくなりました。東映では〝やくざ路線〟が登場し大いに流行ったものです。もっとも私自身はその線のものはほとんど見ていませんが。それにしても〝離党届〟なるものを〝親分〟に預けるなんて聞いたものですから、つい〝忠臣蔵〟や〝清水の次郎長〟を思い出したわけです。その上、〝そんなつもりじゃなかった〟なんて言い出す人がいらっしゃるらしいですね。その手の人は〝忠臣蔵〟や〝次郎長〟にはいなかったような気がするんですけど…。
 
このごろは.若者たちが〝自分で物事を決められない〟なんて嘆いている人もいますが、〝国権の最高機関〟である国会にいる〝選民〟の方々が〝自分で決められない〟んです。そもそも〝党を割らない〟などと言って無駄な時間など使わないでくださいよ。言いたい放題のテレビに出て、いつも〝まだやれていない〟〝これからやるんです〟なんて言ってる〝子分〟の方がいらっしゃいます。とても目が大きくてかわいいんですよね。あのはしゃぎようから察すると、ご本人としては〝お笑い番組〟に出演していると思っていらっしゃるのでしょうねえ。どんなに攻められても〝とにかくやるんです〟〝これからやるんです〟のワンパターンで通すんです。その〝ぶれない〟態度は国会で表彰すべきですよ。それに、約束を実行しなくても〝なあんだ、あれでいいんだ〟と全国の子どもたちも大安心するに違いありません。〝自分もあんなこと言ってみたいなあ〟。いまや重いストレスを背負った庶民のあこがれの星ですよ。
国民総満足の超正解! 2012/07/03(火) 3466
  
こうして〝日本文化〟に貢献する分野を挙げていけば、あれもこれもとなります。まさに〝めでたし、めでたし〟のオンパレードです。もっとも粘着質が売りの私もさすがに〝疲れて〟きました。こうして〝真面目かつ真剣(?)〟に〝軽減税率適用〟の対象を考えていたら〝キリ〟がなくなるからです。今回は〝いの一番〟に取り上げられる〝食料品〟などは〝常識〟として言及しませんでした。こうした〝当然の領域〟はお互いに知らないものであふれているに違いありません。そして、それぞれの立場から説明を受ければ誰もが〝なあるほど〟と納得することでしょう。こんなところで〝不公平〟が生まれることは問題です。人々が争うことを避けなければなりません。
 
そこで私は〝これしかない〟という解決策を発見したのです。それに気づいたときは〝神の啓示か〟と疑ったほどでした。その策とは〝8%や10%などとけちなことを言わずに消費税は一挙に30%に上げる〟ことです。〝とんでもない暴論を言うな〟とおしかりを受けるでしょうか。もう少し待ってください、その次があるんです。それは〝その上で、すべてのものに軽減税率20%を適用する〟ことです。どうです、全国民と業界の方々が〝軽減税率適用〟を勝ち取ったではありませんか。これほど公平で誰もが満足する解決策を発想できるなんて、私ぐらいしかいないのではないでしょうか。そんな高揚感に満ちあふれています。〝軽減税率〟を実現するために政官財が結びつく。そこで権力や財力、そしてコネクションをもった人たちが蠢きはじめます。〝軽減税率〟はそんな問題も孕んでいます。だから大いなる議論が必要なのですが、法律が通る前から新聞が〝軽減税率〟適用をアピールしたのはすごいですよねえ…。
 
SMAPだって… 2012/07/02(月) 3465
 この〝激減税率〟シリーズをはじめたのが先週の月曜日でした。もう1週間を超えてしまいました。その内容も〝あれもこれも軽減税率〟というわけで、うんざりの方もいらっしゃるでしょう。それでももう少しだけ続くんです。何といっても〝粘着質〟の私です、申し訳ございません。
 さてさて映画から歌舞伎にお笑いまで、とにかく日本文化を守るために欠かせないものだから消費税も軽減税率を適用すべきであるとアピールしました。そして同じことが有田焼などの伝統工芸や温泉にまで広げるべきことも、〝皆さま方〟から〝大いなる賛同〟をいただいたのではないかと思っています。しかし、そんなことで済ませるわけにはいきません。たとえばSMAPはどうでしょうか。私はMAPSと言って娘から顰蹙を買った経験の持ち主ですが、彼らは海外の日本文化理解に大いなる貢献をしていますよね。いつもぎくしゃくする日中関係ですが、政治家には会わなくてもSMAPに対しては国賓級の対応をしていました。ここが中国のすごさというかしたたかさでもあります。その点、SMAPはうまく使われたとも言えるわけです。まあそのあたりの議論はとりあえず置いといて、彼らの国際的な貢献を評価するならそのコンサートチケットは当然のことながらこれまた〝軽減税率適用〟ですね。
 ちょっと待ってください。日本文化をアピールしているグループはまだ他にもあるはずです。その点は〝しっかり公平さ〟を大事にしていただく必要があります。その点では〝漫画やアニメ〟産業も、さらにはコスプレ業界もアジアやヨーロッパまで、海外でしっかりがんばっているようです。そうだそうだ、そうなんです。こうした方々が提供するものにも〝軽減税率〟を適用しなければいけません。待ってください。日本文化をアピールしているグループはまだ他にもあるはずです。その点は〝しっかり公平さ〟を大事にしていただく必要があります。その点では〝漫画やアニメ〟産業も、さらにはコスプレ業界もアジアやヨーロッパまで、海外でしっかりがんばっているようです。そうだそうだ、そうなんです。こうした方々が提供するものにも〝軽減税率〟を適用しなければいけません。
 
温泉だって… 2012/07/01(日) 3464 continued from 06/30
  
このごろの〝落語〟は単なる伝統芸能も超えています。〝英語落語〟なんてものに挑戦するプロがいて、諸外国の日本理解にも大いに役立っているんです。その先鞭を付けたのは桂枝雀さんだったと思います。彼は才能あふれる噺家だったのですが自ら命を絶ってしまいました。じつに惜しいことでした。ところで私は〝英語落語〟を桂文珍さんのライブで聞いたことがあります。これがとにかく抱腹絶倒なんですね。そんなわけでいつものように脇道に逸れてしまいましたが、寄席の入場料にも軽減税率を適用するのにだれ一人として反対される方はいらっしゃらないはずです。しかし〝笑い〟の文化性を評価するのであれば吉本興業なんぞのチケットだって〝軽減〟ですよね。とにかく日本文化と庶民文化をしっかり支えているのですから。だからこのあたりの入場料はすべて軽減しなくっちゃあいけません。
 もちろん伝統工芸品なんぞも放っておいては罰が当たりますよ。有田焼から籃胎漆器、秋田のこけしなどなど、とにかくこの種のものは日本国中に数え切れないほどあるわけです。もおぉちろん、めでたくすべてが軽減税率適用ですよ。そうそう全国各地の旅情あふれる温泉旅館などは絶対に守らなければならない日本の文化そのものではありませんか。熊本県の黒川温泉なんぞはベスト何位かにランクされる評価の高い温泉です。その文化性を評価してこうした温泉での入湯料は当然として、旅館の宿泊費の方も軽減税率が適用されなければなりませんね。とにかく温泉ほど日本文化を維持しているものはないでしょう。そんなわけで、温泉に出かけるために企画されるツアーは温泉という歴史と日本文化の維持になくてはならないものです。となると温泉ツアーの料金も軽減ですよね。
 
 
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