父と母と孫と… 2012/04/30(月)② 3393
昭和□年□月□日午前□時□分 □□の孫が生まれた。道雄の長男であるよりも、私の初孫であるよりも、□□の甥であるよりも、まず第一番に□□の孫である。そういえば、□□が亡くなったのも月曜日の朝の□時□分だった。四年後の月曜日の同じように午前の□すぎにこの孫は生まれたのである。□□の新生である。われ27歳にして□□を娶り、31歳にして第一子をもうけ、34歳にして第二子に恵まれ、56歳にして□□に先立たれ、59歳にして母を失い、60歳にして祖父となる。□□は子ども好きだった。近所の子どもとは大の仲良しとなるのだった。赤ん坊はとくに可愛くてたまらなくなる。あんまり可愛がるので、□□は大切な赤ん坊をよく預けられた。□□は赤ん坊を家に連れてきて、私に抱かせることもあった。孫の誕生を誰よりも喜ぶのは□□である。□□は可愛くてたまらず、目は輝き、喜びで笑いの止まらぬ日を送っている。孫の名前は吉田□□と決まった。□□よ喜べ、あなたの名は残った。私の意にかなうものである。もちろん、道雄がつけた名であるが。□のついた孫が今や新しい生命を授かった。□日は日柄もよく先勝である。孫は私と同じ□年である。5周り違う。私は還暦である。還暦に孫が生まれたのである。□□よありがとう。
ここまで何の前置きもなく、□□の伏せ字が目立つ文章をお読みいただいた。おそらくおわかりだと思うが、これは私の父が息子の誕生日の翌日に書いた日記である。母は医療ミスで47歳で亡くなっていた。父は母のことを想いながら孫の誕生を心から喜んでくれたことが伝わってくる。名前は私と家内で生まれてすぐに決めた。もちろん、私も息子の誕生が母が息を引き取った曜日と時間が一致していることを意識した。 |
免許の期限 2012/04/30(月)① 3392 Continued from 04/23
昨年教員免許状も法律が変わるまではその効力に期限はなく終身でした。それが、2008年に教職員免許法が改正されて有効期限が設定されたのです。法律が変わると、それに伴う対応が変わるのは当然です。ですから、この法律の下で教員免許を受ける人たちの免許状に効力が発生するのもまた当たり前のことになります。しかし、それ以前に免許を取った人たちはどうなのでしょうか。有効期限が設定されていないときの法律下で取得したものですから、その方々は対象外になりそうな気がします。あとで法律が変わって対応を過去にまで遡るのは〝約束が違う〟からです。その極限は殺人事件でしょう。刑事訴訟法が2010年に改正されて〝殺人罪〟には時効がなくなりましたが、それまでは控訴期限は25年と決められていました。それにもかかわらず〝すでに時効が成立している殺人事件〟も〝時効はチャラにする〟わけにはいきません。それが〝約束〟というものです。
だから個人的には教員免許状も新制度の下で取得する人たちから適用されるんだろうなあと漠然と推測していました。ここで念のためですが、私は教員免許状をもっていませんので利害関係者ではございません。それはともあれ、国会ではこの点についての議論はなされていましたが、最終的に既得者も対象になったのです。この点、いわゆる法律の論理として疑問の余地がないものなのかどうか、私にはその正当性の判断はできません。それほどもめた記憶はないので、問題はないということなのでしょう。そのとき私としては〝法律ってそんなもんなんだ〟と思ったわけです。ただその歳に〝それならこっちだって…〟と頭に浮かんだものがあります。それは国会議員の皆さんに関係する定数是正や歳費削減のことです。 |
平等と正義 2012/04/29(日) 3391
Continued from 04/22
この地球上にたった2人しか存在しない前提で物語を進めています。さて、獲物を獲る力に差が出ると〝獲る〟人間と〝獲れない〟人間に分かれてしまいます。そして、いつもたくさん獲る方はその一部を隠したくなるかもしれません。〝自分はこんなに獲っているのにあいつはまったくダメだ〟と思うと、そんな気持ちになるのもわからないではありません。いやあ、じつに遠回しな表現ですねえ。〝そんな気持ちになるのはわかる〟とか、さらに踏み込んで〝そんな気持ちになるのは十分にわかる〟とした方がはっきりします。そこを〝わからないでもない〟と二重否定する。何のことはない、真意は〝わかる〟ということですよね。しかし、それでは自分の意思を明確にすることになります。そこで婉曲的な言い回しを使って自分を少しばかり〝隠す〟んです。自分のことながら、そんな心の動きがなかなかおもしろいと思います。〝味な話の素〟を書いていると、こうした経験をいつもしているわけです。 それはともあれ、私は前回、自分が獲った獲物を〝隠す〟ことを〝倫理違反の兆し〟だと言えるかもしれないと書きました。しかし、どうなんでしょうか。隠す方に言わせれば〝倫理違反なんてとんでもない。そうすることこそ正義なのだ〟という可能性があります。ある意味では〝平等〟は〝正義〟と相性のいいものです。〝いつも自分の方が獲物を獲って、もう一方が何も成果を挙げられないじゃないの。それにもかかわらず私が獲ったものを隠さずしっかり半分にすることは平等じゃない〟というわけです。いわゆる〝働きに応じて〟ということです。これに対して完璧に反論することはできません。しかし、それならそれで〝隠さ〟ないで自分の意見を言ってはどうでしょうね。 |
競争意識 2012/04/28(土) 3390 Continued from 04/21
さて、〝K〟ちゃんサポーターの私が〝改善〟に続いて提案したいのは、〝競争意識( kyousou Isiki)〟です。いやはや、このことばだけを先行させると〝競争を煽るなんてとんでもない〟と叱られてしまいそうですね。もちろん、〝人を蹴落としてでも自分が勝ちたいという気持ち〟を〝競争意識〟というのであれば、これは不適切きわまりない〝K〟ちゃんに決まってます。個人的に本音を言いますと、私自身〝競争心〟はほとんどありません。もっとも、私もおかげさまで多くの方々とおつきあいいいただいています。そのなかには、〝ほんまかいな。あんたの言動は競争意識丸出しだよ〟とおっしゃる方がいらっしゃるかもしれません。しかし、少なくとも〝自己評価〟としては、〝競争意識〟は希薄な方だと思っているんです、はい。
ともあれ、ここで私が強調したいのは、個人よりも集団として〝みんなでしっかりがんばろう〟という気持ちがほしいということです。そのことで自分たちの集団が元気になって、結果として他のグループよりも望ましい成果を生み出す。こんな感じの意味での〝競争意識〟です。つまりはグループの仲間同士は協働しながら、他の集団と競い合うということです。まあ〝協働的競争〟というのでしょうか。公益財団法人集団力学研究所の調査項目に〝あなたの職場には他の職場には負けたくないという気持ちがありますか〟という質問項目があります。これは〝業績規範〟と名づけられているのですが、まさに〝他のグループ〟を念頭に置いた要因です。ただし、どんなことでも〝適度に〟という条件を付けておかねばなりません。そもそも〝競争〟ということばには危険性が潜んでいるのです。それは競争の対象である集団を〝敵〟と見なすことです。 |
大満足記録 2012/04/27 (金)3389 Continued from 04/25
熊本大学学術リポジトリでは毎月のダウンロード数のトップ20が集計されています。ここで〝はりあう〟つもりはさらさらありませんが、月末あたりには自分の文献がどのくらいアクセスされたかを見ています。もちろん、個別の数値はパスワードを入れて本人だけが確認できることになっています。それは〝マイリポジトリ〟と名づけられているのですが、4月26日朝の時点で覗いてみました。その結果、アクセス数は52,997件、ダウンロードは31,315件になっていました。アクセスはとにかくクリックして〝覗いてみた〟もので、ダウンロードはその内容まで確認した数値です。それがプリントアウトされたかどうかまではわかりませんが、私なんぞはこのデータを見て大いに満足しています。なにせ、同じ方が複数回アクセスされたことも含んでいるのでしょうが、とにかく5万件を超えているのです。さらに内容まで見ていただいた方が3万人以上というのですから、それだけで大満足です。 こうしたなかで、私の文献がランキングに載ったこともあります。最初は附属図書館の方から教えていただいたのですが、2008年7月に、何とトップになったことがあるのです。その論文のタイトルは〝対人関係トレーニングの開発と実践
: トレーニング・マニュアル作成の試み
(3)〟です。そのときのアクセスが1ヶ月で8,856件、ダウンロードも8,837件ということで、ほとんどの方が本文まで見ていただいたのです。私自身、いったいどんな方々がアクセスしてくださったのか、未だにまったく見当がつきません。〝対人関係トレーニング〟で使用する道具を紹介して、その使用法まで解説していますので、〝即使える〟と思われた方々が一気にダウンロードされたのでしょうか。 |
マニュアル問題(38) 2012/04/26(木)3388 Continued from 04/19
前回は、いまでは〝こんなものいらない〟と思われる規則やマニュアルも、それらができたときはちゃんとした理由があったことを言いたくて、〝官僚だって必要だったのだ〟という話にまで入り込んでしまいました。そこで〝規則やマニュアル〟の本題に戻りましょう。 組織人として〝規則やマニュアルを守る〟ことは基本的義務に違いありません。ただし、その〝必要性〟や〝有効性〟については普段にチェックする体制を整えておかねばなりません。そうしないと、組織は〝規則やマニュアルだらけ〟になってしまいます。ただし、現にある〝規則やマニュアル〟は原則として〝頑固に守る〟ことを大事にしたいものです。それと同時に、積極的に〝修正や変更〟を加えていく柔軟性も合わせてもっておく必要があります。もちろん、状況によっては〝修正や変更〟ではなく、〝廃棄〟ということもあり得ます。職場全員が話し合って〝いらない〟と決まったら、思い切ってそのための手続きを取るべきでしょう。
さて、そろそろ私が企業が医療組織で働く方々から収集した〝マニュアルはどうして守られないのか〟という質問に対する回答を検討することにしましょう。その第一は、〝一人ぐらいマニュアル通りでなくても大丈夫だろうと考えるか〟です。これは〝よくある〟ことではないかと思います。しかし、それがきわめて危うい発想であることはおわりでしょう。〝私だけ〟という認識が〝一人〟のことでは終わらず職場全体に拡散していくのです。こうした状況の中で、お互いに〝自分だけ〟マニュアルを無視したり軽視ししているうちに大きなミスや事故が起きるわけです。 |
ひどすぎる 2012/04/25(水)② 3387
人口が減少しているとはいえ、わが国には1億2000万人の人間が生きている。だからどんなことが起きても、それを受け止めなければならないのだろうか。京都の亀山の事故はあまりにもひどすぎる。居眠り運転の車が登校していた子どもたちに突っ込んだ。この事故で小学2年生の女の子とグループを引率していた母親が亡くなった。女性のお腹の中にいた7ヶ月の赤ん坊も命を奪われた。運転していたのは18歳の少年で2人の仲間と一晩中走り回っていたという。しかも無免許運転だった。ただし、免許をもっていても無茶な運転をする者や運転技術が稚拙で危うい人もいる。だから技量の点では無免許であってもレベルが低いかどうかわからない。その点では、無免許のため未熟な運転をしたから事故を起こしたとは断定できない。問題は法という社会が決めた約束を破って運転していたことである。
運転免許に限らない。事件や事故が起きるとルールや約束事が守られていなかったことが明らかになったりする。もちろん法律や規則の方を変えるべきケースも山ほどあるに違いない。しかしそれを免罪符にして〝常識的に守るべき〟ものも無視することは許されない。小学生も含めて、これから人生がはじまる、あるいはそれを育てようとする人たちの命を奪った罪は深い。これは事故というよりも犯罪である。私にも3人の孫がいる。亡くなった子のおじいちゃんがインタビューに答えていたが見ているだけでつらい。母親の父親だったか〝自分が代わってやりたかった〟と言っていた。胸が張りさける。しかし、こうした事故はわれわれが起こす可能性もある。ときおり仕事で移動する際に狭い坂道を使う。無免許や飲酒の心配はないが、これまで以上に気をつけないといけない。 |
〝納骨堂〟へ 2012/04/25(水)① 3386
〝repository〟に〝宝庫〟の意味があるなんて言うと、〝えっ、あんたの書いたものなんか、ほとんどがらくたじゃないか〟なんて声が聞こえてきそうですね。うーん、まあそうかもしれませんけどね。でも他人から見れば〝ガラクタ〟でも、本人にとっては〝宝物〟ってことはけっこうあるじゃないですか。とにもかくにも私は熊本大学の〝納骨堂〟にすでに110本以上の〝お骨〟、いえいえ〝論文や読み物〟を納めているわけです。そんなわけでホームページのメニューにも〝Repository〟を入れています。そこをクリックするとエクセルファイルが表示されます。そのなかに論文や読み物のタイトルが並んでいます。それをクリックすれば私が〝納骨堂〟に納めているものが読めるようになっています。もちろんプリントアウトもできます。
ここに入っているものは私が2年後に大学を退職しても保管され続けます。そうです、まあ永遠は無理としても、とりあえずはあの世に逝っても保管されることになるんです。その点で〝Repository〟は疑いなく〝納骨堂〟というわけです。さてさて、私の仕事だけに限定するのはどうかと思いますので、熊本大学の〝学術リポジトリ〟に入るためのボタンを用意しました。これが〝シンボルマーク〟 ですが、ここをクリックすると〝熊本大学学術リポジトリ〟に入ります。そのあとの操作はお任せですが、〝キーワード〟に探したい論文と関連したワードを入力すれば、あとは〝検索〟ボタンでGoとなります。そのほかにも〝著者〟で検索したり、発表された〝日付〟や〝所属〟など、いろいろな観点から論文を探すことができます。なんと〝アクセスランキング〟までありまして、毎月ダウンロードされた順位が発表されているんです。 |
Repository 2012/04/24(火) 3385
repositoryという英語があります。おそらく知っている人以外はご存じないでしょう!? 電子版ランダムハウスによれば、〝1(1)保管する物[場所]、置き場、貯蔵室、収納庫 (2)《主に英》倉庫〟で、〝2(天然資源・知識・情報の)宝庫〟と続きます。さらに〝4
埋葬所、墓所、納骨堂〟といった意味があることもわかります。もともとはrepositという動詞から派生したものだと思われます。〝リポジット〟ということばはときおり聞くことがあります。たとえば空き缶を戻すとある金額を返してくれるようなとき使われています。 repojitには〝1
元の所へ戻す、返す 2 蓄える、しまっておく、蔵する、貯蔵する〟といった意味がありますから(電子版ランダムハウス)、間違いなくrepositoryの親戚ですね。
じつを言いますと、私はすでに〝納骨堂〟に入っているんです! 正確には〝熊本大学学術リポジトリ〟という〝納骨堂〟です。いやあ、いくら還暦を過ぎて熊本大学の定年まで2年を切ったからといって、〝納骨堂〟は少しばかり早すぎますよね。もちろん、〝納骨堂〟は冗談です。熊本大学が設置している〝Repository〟は〝収納庫〟のことです。つまりは、熊本大学の教員が書いた論文や読み物、また教材なども含めて幅広く納めておこうというわけです。もちろん教員自身が収納することを認めたものに限られていますが、登録件数はすでに9,000件を越えています。たまたまですが、その9,000件目は私が看護系の雑誌に書いたものでした。それに〝当たった〟からといって、もちろん〝賞金なんぞ〟はございませんので、念のため点。ところで手前味噌ですが、それらを〝宝物〟と考えれば、repositoryの〝宝庫〟という意味も含んでいるのですよね。 |
教員免許状更新講習 2012/04/23(月)② 3384 Continued from 04/16
自分がしっかり関わっている教員免許状更新講習に対して、〝校長の61%が効果がない〟と言っている。そんな見出しを見ては〝驚いている〟だけではすみません。まさに〝責任問題〟になりかねないではありませんか。お金を取っていながら受講者の責任者の6割もの人たちが〝効果なし〟というのです。そんなものを世の中では〝詐欺〟って言うんですよね。まあ〝詐欺〟は言い過ぎにしても、人によっては〝金を返せ〟と訴えるかもしれないじゃないですか。というわけで、見出しで〝ドキッ〟とし、記事を読んで〝びっくり〟したのは事実ですが、それと同時には私は〝ほんまかいな〟という疑問も浮かびました。
そもそもこの講習は自民党の安倍内閣のときに教員免許法が改正されたことからはじまります。その第9条の3に〝免許状更新講習は、大学その他文部科学省令で定める者が、次に掲げる基準に適合することについての文部科学大臣の認定を受けて行う〟と定められています。そして、〝講習の内容が、教員の職務の遂行に必要なものとして文部科学省令で定める事項に関する最新の知識技能を修得させるための課程(その一部として行われるものを含む。)であること〟とされています。キーワードは〝最新の知識技能〟ということで、10年ごとにその講習を受けないと教員免許状は失効することになります。こうなると大変です。学校で授業することができなくなるのですから、先生方にとって講習の受講は絶対に欠かせないのです。それまでは教員免許に有効期限はありませんでした。私たちの身近では運転免許が基本的に5年間になっていますし、パスポートも大人は10年間有効です。専門的な職業では医師免許や看護師免許などは一般人も耳にする機会があります。 |
ご指摘、ありがとうございました 2012/04/23(月)① 3383
昨年のことでした。ある会合で〝味な話の素〟を愛読されているという方が声をかけてこられました。〝いつも読んでいますがちょっと気になることがあります。それは文字がびっしり詰まっていてとても読みにくいんです。ある程度のところで改行されてはどうでしょう〟。大体そんな内容でした。それに対した私はまずお礼を言いました。〝いつもお読みいただいてありがとうございます〟。それに続けて〝ごもっともなご意見だと思います。ただご存じかと思いますが私は毎日きっかり720文字と決めているものですから、途中で改行はできないんです〟。そうなんです、とにかく私はこだわり症なもので720文字でまとめることを信条にしているのです。そこで行を変えたりすると720文字であることがわからなくなると考えたわけです。そんなわけで、せっかくのご忠告にも応えないままでいました。
ところが、またもや同じことをおっしゃる方に出くわしたのです。しかし、このときも〝たしかに読みづらいとは思いますが、何分にも720文字で行くことにしているものですから〟とほとんど同じ答えをしました。ただし、〝ちょっと考えてみますけど〟と付け加えたのです。そして本当に考えてみました。何といっても〝ご愛読者さま〟のお声です。可能な限りご意見は尊重しないといけません。そして、お風呂に入っているときふと思ったのです。〝文字数を720文字にしておけば、改行を入れたってかまわないじゃないか〟と。そうですよね。文字数にこだわるならそれもよし。しかしそれが故に〝読みにくい〟のでは本末転倒というべきです。そんなことで、自分としてはこれからも〝720文字〟は固守しながら改行を入れることにしました。なんともあっけない変更です。 |
下が迷惑 2012/04/22(日)② 3383 Continued from 03/24
先月、〝トップダウンとボトムアップ〟についてあれやこれやと連載した。その最終日は3月24日である。そこでアピールしたかったのは〝ボトムアップ〟を〝グラウンドアップ〟と言い換えましょうということだった。そのことを書いた3月24日に講演をしたが、そのときにはじめて〝グラウンドアップ〟の考え方を紹介した。それからもう1、2回この話をしている。もちろん、うん十年間も〝世界の常識〟だった〝ボトムアップ〟だから、私なんぞが叫んでも〝グラウンドアップ〟に交替するなんてできっこないだろう。しかし、それでも私は〝グラウンドアップ〟と言い続けることにする。ともあれ、〝麓=大地=グラウンド〟のない〝山〟なんて存在し得ないのである。〝大地〟がなければ山だってないことは誰にもわかる。そして、〝大地〟にとって〝山〟は必須の条件ではない。山がなくったって大地は存在している。そして、その〝大地が揺れれば山は崩れる〟のである。あのスカイツリーだってちゃんとした基礎があるから立ってられるのだ。基礎のない構造物など世界中のどこにいってもあり得ない。そう言えば、山も上に行けば行くほど寒くなる。だから雪も降りやすい。雲だって高いところに発生する。富士山の雪は美しいが、考えようによっては頂上を覆い隠す。雲がかかれば上の方が見えなくなる。麓から見ればトップは何を考えているのかわからない。そんな状況に似ている。それに頂上の雪ほど溶けにくい。組織にも頭がカチカチで変化することのできないトップがけっこういるのではないか。そうそう、それに上の方で雪が降り積もってくると雪崩の危険性も高まってくる。上の方で雪が崩れて滑ってくる。それで被害を被るのは下にいる者たちなのである。 |
獲物を捕る力の差 2012/04/22(日)① 3382 Continued from 03/15
地球上で2人が〝獲物〟を捕まえて生活をしています。そのとき、〝獲物〟を見つける確率、あるいは運は違う可能性があります。また、〝獲物〟を見つけても、それを仕留める〝力や技量〟に差が出てくることも考えられます。それが完全に偶然や運によるものであれば、2人の成果は均されて長期的には同じくらいになるでしょう。ところが、1人はいつも獲物を捕まえるが、もう1人はほとんど収穫なしという現実が続いてきたらどうでしょう。そうなると、それが〝運〟や〝偶然〟によるものだと考えにくくなります。同じことが繰り返されるのですから。そのうち2人はそれが〝力〟の違いによっていることを認めるようになるかもしれません。さらに、より大きな〝力〟をもっている方が、それは〝自分が努力したから身についたのだ〟と考えたとしましょう。そうなると、〝自分がもう1人を食わせてやっている〟といった気持ちになってしまう可能性はあるでしょう。そもそも人間の筋肉は生まれたときから〝まったく同じ〟ということはないはずです。だから、〝同じ努力〟をしても結果に差が出てくることは大いにあり得ます。そこで、一方が差が認められる現実を〝自分の方が恵まれているからなんだ〟といった気持ちで受け止めれば、2人の安定した生活は続いていくはずです。しかし、そんな〝懐の深い〟人は昔も今もワンサカいるわけではなさそうですね。ついつい、〝おれが食わせているのだ〟と思うと、すべてを平等に分けるのが馬鹿らしくなってきます。そこで獲物の一部をちょっと隠したりする。そんなことが起きたらどうなるでしょうか。それは2人が力を合わせて差別なく生きていこうという目標から見れば〝倫理違反〟の兆しの現れだといえるでしょう。 |
座席のバランス 2012/04/21(土)② 3381
飛行機の乗るのは楽しい。あの500人もの乗客を乗せるジャンボも姿を消しつつある。先日は羽田空港に政府専用機のジャンボが2機駐機していた。政府専用機はトラブル対応のためペアで飛んでいる。これはどこの国でも同じなのだろう。ということは、アメリカ大統領のエアフォース1もいつもは2機で飛んでいるに違いない。ジャンボは2階席があって回数は記憶にないがとにかく乗ったことがある。日本は国内線でジャンボを最も多く所有していた。さすがに金持ちだと思いきや空港の段取りが悪いのか発着回数の制限などから一度に多くの乗客を運ばざるを得なかったかららしい。なあんだそんなことか。適当な大きさの飛行機をシャトルバスのように離着陸させる。これこそが先進国というものである。全国あっちこっちにジャンボが離着陸できる滑走路をもった空港をつくるなんて愚の骨頂だったのである。熊本空港はやたらと霧が発生する。そのため欠航が多いということでロンドンのヒースロー空港並のレーダーを設置した。それが功を奏して欠航がほとんどなくなった。しばらくはそうだったのに、このごろ霧の欠航が増えているらしい。その理由は、経済効率をよくするため飛行機の小型化を進めた結果、ハイレベルのレーダーに対応できない機種が増えたからだそうな。飛行機だけでなくパイロットの免許もやはり特別のものがあるとも聞いた。いずれにしても〝やれやれ〟である。ところで、あるときボンバルディアの小さなプロペラ機に乗った。そこでおもしろいことを聞いた。空席がいくつかあったのだが、バランスを考えて座席を埋めているというのだ。なるほど右側だけ多いとか前方座席に偏っているのは問題なのである。〝なあるほどね〟としっかり納得した。 |
〝kaikaku〟 2012/04/21(土)① 3380 Continued from 03/14
アメリカのビジネス用語として〝Kaizen〟が英語になっているだけでなく、〝kaikaku(改革)〟も定着しているようです。これについては、たとえば
http://www.1000ventures.com/business_guide/mgmt_kaizen_vs_kaikaku_10c.html
やWikipediaでちゃんと解説されています。前者によれば、〝Kaizen is evolutionary, focused on incremental
improvements〝なのです。つまりは〝漸次的あるいは個々に手を加えて進化させていく〟ということですから、まさに日本語の〝改善〟ですね。これに対して〝改革〟は〝Kaikaku
is revolutionary, focused on radical improvements〟とされています。文字通り〝革命的な〟といいましょうか、〝根本的な〟変化、進歩を目指すものということになります。Wikipediaでは、〝Both
Kaizen and Kaikaku can be applied to activities other than production〟とまとめています。〝kaizen〟〝kaikaku〟はそもそも日本の製造業から輸入された〝考え方〟と〝実践活動〟ですが、それ以外の分野にも応用することができるというわけです。いずれにしても、〝日本語〟が〝英語〟として定着しているのですから素晴らしいではないですか。現状を眺めると、わが国が世界経済の中で飛び抜けるほど勢いをもっていたころが懐かしくなってきます。私が教えている学生たちに、こうした時代とその雰囲気を伝えるのは至難の業です。全員がバブル崩壊後に生まれたのですから…。ともあれ、〝Kaikaku〟もちゃんと〝K〟からはじまる〝k〟ちゃんの仲間ですね。もっとも同じ時期でしょうか〝過労死(karōshi
)〟も英語になってしてしまいました。こちらも頭文字が〝k〟ですから、〝k〟ちゃん擁護派には厳しいものがあります。 |
やっぱり見えた 2012/04/20(金) 3379 Continued from 04/16
福岡空港を離陸して、熊本県の三角半島までぼんやり見えるからには、もう少しすれば〝あれが見えるはずだ〟と期待した。飛行機の窓はそれを裏切らなかった。まずは南向きに飛び立って上昇しながら機首が東北向きに変わる。やっぱり期待したとおりだった。遙か遠くに、あの特徴ある根子岳を目印にするように阿蘇の山々が並んでいる。阿蘇は五岳と呼ばれる山から出来上がっている。いわゆる〝阿蘇山〟という名前のついた山はない。最も高い1,592.3mの高岳から、中岳(1,506m)、根子岳(1,408m)、烏帽子岳(1.3337.2m)、杵島岳(1,270m)が連なっている。このうち根子岳の特徴ある形はどんなに遠くから見てもすぐにわかる。阿蘇の高森町はおしいい田楽で知られているが、これを食べに行くと眼前に根子岳が迫ってくる。その迫力は不気味さを覚えるほどである…。とにもかくにも阿蘇が見えたことに感動しているうちに大分県の由布岳がゆっくりと後ずさりしていく。そしてすぐに別府と大分の市街地が繋がっているのが見えてくる。別府は言うまでもなく一大温泉地だが、高崎山の猿もよく知られているし、大分と結んだ〝別大マラソン〟もすでに60回を超えている。第1回目は1952年ということで、還暦レベルの伝統あるマラソンだ。飛行機はやがて国東半島の上空にきた。半島の南側別府湾に大分空港がある。それからゆっくりと機体は四国の佐多岬半島の上空に達する。その付け根のところには四国電力の伊方原子力発電所が見える。そしてさらに飛んでいくと本州と四国をつなぐ橋が並んでいるといった具合である。こうして、福岡空港から飛び立つと熊本発とはまた違った風景が眼下に広がるのである。せわしない私も飛行機からの景色はいつも楽しめる。マ |
マニュアル問題(37) 2012/04/19(木) 3378 Continued from 02/19
マニュアル問題の続きです。前回が2月でしたから、いつもながら間隔の空きすぎをご容赦ください。前回は〝現状に即していない規則やマニュアル〟をどうするかというところで止まっていました。どんなものでも最初は必要から生まれるものだということで、官僚制を話題にしたところでした。もうずいぶんと前から官僚制が批判されているのですが、これも最初は必要だったからできたわけです。明治になって一刻も早く文明国になろう。そうしないと列強の餌食になる。そんな危機意識の上でエリート官僚が生み出され、とにかく国民を引っ張っていったわけです。そして、それがうまくいったからこそ今日の日本があるといえるでしょう。私は過去の軍が国家の中でどのような位置を占めていたのかよく知りません。しかし、軍もピラミッド組織による意思決定を行い、戦争遂行に突き進んでいったわけで、ここでは軍官僚たちが重要な役割を果たしたことになるのでしょう。その決定過程の匿名性や無責任性などがしばしば問題になります。しかし、戦争に敗れてしまったあとの混乱の中で経済の再生に脇目もふらず挑戦する際には、やはり官僚組織がそれなりに重要な役割を果たしたのだと思います。もっとも、経済に関しては〝高度成長期の現実はいつも経済企画庁の予想を上回った〟という分析を私はずいぶんと昔に見たことがあります。その資料がどこにあるかも分からなくなっていますが、博文館が出している日記帳の末尾に付録的についている情報欄に掲載されていた記憶があります。それは私が中学生のころだったと思います。つまりはけっこう昔から経済の専門家は先の見通しを誤ってきたわけです。そういえば、新設する空港の需要予測なども似たり寄ったりですよね。 |
あげくの〝はげ゙〟に?! 2012/04/18(水)②3377
〝東北観光博覧会〟のホームページの生保内(おぼない)関所跡の英訳は〝Barrier trace in life insurance〟だった。〝関所〟は和英辞典で〝a
barrier; a checkpoint〟、跡は〝trace〟でよさそうだ。しかしそのあとがいけない、と言うよりもむちゃくちゃだ。〝生保〟が〝
life insurance〟で、その〝内〟だから〝 in life insurance〟と〝忠実に翻訳〟したんだそうな。まったく開いた口がふさがらない。さらに秋田は〝tired〟ですって。秋田の人も〝飽きた〟なんて言われては怒るに決まっている。これでは〝会場〟に行く気も起こらない。また、仙台の旧伊達邸鍾景閣(しょうけいかく)もローマ字で〝キュウイタツテイ*ケイカク〟になっていたという。さらに秋田県の男鹿市で行われるかの有名な伝統行事〝ナマハゲ〟の中国語訳は〝はげ頭病〟に〝はげて〟、いや失礼〝化けて〟いたそうだ。ともあれ、秋田県だけで誤訳が30カ所以上あったというからひどすぎる。観光庁はホームページ上で〝機械翻訳によるもので100%正確なものではない〟と断っていたそうだが、そもそも自動翻訳の危うさを認識していなかったのか。まともにチェックしないで公開するなんて信じられない。そもそも関係者たちは〝仕事〟というものをどう考えているのか。国の機関ともあろうところが、むしろ〝博覧会〟の足を引っ張っている。おそらく予算がないとか何とか理由はいろいろあるのだろう。だからといってこんなレベルの翻訳が許されるはずがない。これなら掲載せずに外国人から〝不親切だ〟と批判された方がまだましだ。単なる推測だが、この件はおもしろおかしく海外に発信されただろう。ああ恥ずかしい。官民を問わず、わが国における組織の〝劣化度〟が深刻さを増している。
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トップの責任 2012/04/18(水)①3376
先日、ある団体が主催する会合で講演をし、続いてシンポジウムにも参加したのですが、そのときに次のような質問を受けました。組織の中にあるいくつかの部門間の調整がうまくいかないことがあるが、そうした場合はどうしたらいいか。もう少し複雑な質問だったと思いますが、趣旨としてはそんな内容でした。それに対して私は〝複数の部門にかかわることであれば、トップの方にしっかりしていただきたいですね〟と答えました。しかし、これには十分な納得が得られなかったようで、〝トップの責任というだけでは問題は解決しない〟といった声が出ました。また、〝われわれの同業組織には現実としてけっこうひどいトップもいる。そうした条件の下でも何とかうまくやっていくにはどうしたらいいかが問題なのだ〟という意見もありました。ただし、この二つのご意見は私の解釈ですから、発言された方の真意と異なっている可能性はあります。それはそうとして、ともあれ私の〝トップがしっかりしてくれることが大事〟という発言に反応されたことは間違いありません。せっかくですから、これについてしばらく考えていくことにしましょう。また永くなりそうですが…。まずはいくつかの状況を設定します。①トップがきちんとリーダーシップを発揮していれば、その組織はうまく機能するでしょう。ここではトップ以外のメンバーたちもそれなりにしっかりしていることを前提にしています。これは言ってみれば理想的な組織ですから、深刻な問題を抱えることもないでしょう。それでは、②組織の構成員たちがいい加減だった場合はどうでしょう。いくらトップが有能で全力投球でがんばってもメンバーたちがそれに応えないのでは、望ましい成果を得ることなど期待できません。 |
あきれた翻訳 2012/04/17(火)3375
自分とは何の関係もないのだが、あまりのひどさにあきれ果て、腹まで立ってくることがある。先月から〝東北観光博覧会〟が開催されているらしい。あの大震災からの復興を願う一大イベントであることはいうまでもない。私が住む九州から東北6県は遠いが、頭の中で〝秋田、青森、岩手、宮城、福島、山形〟とひとつずつ数えていった。私としては何とか挙げることができて安心した。遠方からで迫力はないが大成功を期待したい。そんななかでとんでもないことが起きた。観光庁が博覧会の公式ホームページのうち、日本語版を除いて閉鎖したというのである。その理由は誤訳が多かったからだというのだ。人のすることだから間違いはある。しかしそれにも限度があって、誤訳にしても〝多い〟となると問題である。公表前に間違いがないようにチェックしておくのが常識であり、それでも〝見落とし〟があった場合は速やかに修正する。それが常識というものである。ところが今回はその基本がなっていない。そもそも〝誤訳〟と言えるほど生やさしいものではないのだ。その内容を見て、レベルの低さというか杜撰さにあきれ果てて、他人ごとながら腹まで立ってきた。誤訳の原因は自動翻訳機能ソフトを使ったためだという。たとえば、石川啄木の「啄木忌」は〝Woodpecker
mourning〟で〝キツツキの喪〟である。これでは啄木もビックリして〝われ泣きぬれて蟹とたはむ〟れてなんぞしてはおれない。そもそも〝啄木〟さんが消えてなくなっている。〝キツツキの喪〟があるなんて〝日本人もメルヘンチックだなあ〟と感動してもらえるかもしれない。秋田県の田沢湖駅から徒歩10分のところに江戸時代の生保内(おぼない)関所跡があるという。この英訳がものすごい。 |
筑後川から… 2012/04/16(月)②3374 Continued from 04/13
福岡空港から飛び立つと博多駅が見える。昨年は新しい駅が完成してひときわ大きくなった。そこから新幹線の九州新幹線の高架が南にも延びていく。福岡市の南、那珂川町には新幹線の車両基地がある。さきほど熊本から博多まできたときに右側に見えたものだ。ここはJR西日本の基地だから、500系も含めていろいろな車両が体を休めている。そのなかに九州新幹線の車両も置かれている。そこからすぐに福岡県と佐賀県との境にある背振山をくり貫いたトンネルに入って、その向こう側の鳥栖に出る。タイミングがよかったようで、ちょうど上下の九州新幹線が走っている。東海道新幹線の16両編成とは違って、九州では6両あるいは8両の編成だから、空から見るとまるでミニチュアのようだ。しかし、それもまたかわいくて楽しい。背振山の向こう側、つまりは南側には九州自動車道の鳥栖インターの大きなクローバー全体が見える。ここは九州自動車道と長崎、大分自動車道が繋がるジャンクションで、全体がでっかい。さらにそのお隣に久留米市があり、空から見ると筑後川が大きく蛇行しながら悠々と流れ、その豊かな水を有明海に注いでいるのが一目でわかる。そのまたかなり南の方には、ぼんやりながら熊本県の三角半島が浮かんでいる。そこから先は天草の島々が点在しているのだが、さすがにそこまでしっかりとはまだ離陸してから5分と経過していないと思うのだが、これでどのくらいの高さにまで達しているのだろうか。とにもかくにも絶景なのである。もう空に舞い上がったような嬉しさである。いやいや実際に空に舞い上がっているのである。こうなると当然のことのように期待が大きくなる。飛行機はやがて東に向きを変えるはずだから、あれが見えるだろう。 |
見出しの衝撃 2012/04/16(月)①3373
熊本日日新聞の2010年10月8日に〝教員免許更新 校長61%「効果なし」〟という見出しの記事が載りました。中見出しは〝知識習得では一定評価〟となっています。これは共同通信が配信したものでしょうから、おそらく同じような感じの記事が全国で掲載されたと推測します。そもそも〝教員免許更新〟という制度は2009年から導入されたもので、今年で4年目になります。本格的な実施の前年2008年に〝試行〟が行われています。講習を実施する主体は大学が中心ですが、県がリーダーシップを取っているところもあります。私自身は〝試行〟から関わっていて、そのときは熊本大学と阿蘇にある〝青少年交流の家〟で講座を担当しました。そして、上のような見出しの記事が出た2010年には熊本大学教育学部の〝教員免許状更新講習実施委員会〟の〝委員長〟をしていました。そうした立場の人間にとって〝校長61%「効果なし」〟という見出しがどれだけ衝撃であったか、多くの方にご想像いただけると思います。講習は〝必修〟と〝選択〟に分けられていますが、全体で30時間から構成されています。そして受講者の先生方には30,000円の受講料をお支払いいただいているのです。ただし、それは熊本大学ですべての講座を受けた場合で、先生方は全国どこでも受講できることになっています。事実、熊本大学の講座に県外から来られる受講者もいらっしゃいます。また全国的に見れば、県が主催しているところでは受講料がいらないケースもあるようです。いずれにしても、私たちのように受講料を頂戴している業務について、学校の責任者である校長の〝61%〟が〝効果なし〟というのです。いつもは脳天気な私といえどもこれを見て〝驚愕〟しないはずがありません。 |
2人の生活 2012/04/15(日)②3372 Continued from 04/07
私が専門にしているグループ・ダイナミックスでは〝相互に作用している2人以上の人の集まり〟を〝集団〟と定義しているのですが、天の邪鬼として私は〝1人だけしかいなくても集団の条件は満たしている〟と主張しています。それは、この世で生きていく限り、〝社会〟〝集団〟〝組織〟、そして〝他者〟を一瞬たりとも意識しないことはできないからです。トイレはまさに個室ですから一人っきりです。何分にもせわしない私のことです。トイレの中でも本を読んで楽しく過ごしています。その間も私は本を通して社会と関わっているのです。物理的に1人であっても、私たちは社会や集団から離れることはできないのです。さてさてそれはそうとして、地球上に〝2人〟の人間が〝集団〟を構成したとしましょう。この2人にとって〝生きていく〟ことは大前提です。自分が生きるためだけでなく、人ともに生きていかなければならないのです。そのために仕事を分担しながらしっかり助け合っていくことになるでしょう。しかし、この〝分業〟という方法を採用した瞬間から2人の間には〝違い〟が生まれます。仕事が〝まったく同じ〟にはならないのです。とにかく〝仕事〟そのものが違うのですから当然です。あるいは〝まったく同じ仕事〟、たとえば2人とも〝獲物を見つける〟ことに専念するとしましょう。それでも違いは生じてきます。一方が運良く獲物を見つけます。しかし、もう1人は収穫なしでその日が終わることもあるでしょう。現実のはその方が多いはずです。それでも住処に帰ればお互いに食べものを分け合って生きていく。これが理想というものです。そして、2人の間に信頼関係ができていれば、何の疑問ももたずに助け合いの生活が続いていくに違いありません。 |
ああ、恥ずかしや 2012/04/15(日)①3371
私の講演を聴いてくれた中学生の感想文を紹介しているが、子どもたちの新鮮な視点に驚いたり、感心したりしながら楽しんでいる。そんななかで、熊本日日新聞の〝ハイ!こちら編集局〟という読者から受けた電話を紹介するコラムを読んだ。今年の1月末だが、小学6年生の女子児童の声が取り上げられていた。〝学校から帰るとテレビで国会が中継されていました。大臣のような人が議場の議員さんに、何かを一生懸命説明しようとしていました。でも、議員さんたちは、「なんでそんなことをするんだ」「おまえは引っ込んでろ」など、説明をさえぎるようにやじを飛ばしていました。人の話を最後まで聞かずに、やじを飛ばすのはいけないと教わっていますし、言葉遣いも荒くてびっくりしました。学校の討論会のときには、人の意見を聞き終わってから、みんなが発言します。もっと、子どもの手本となるような議論をしてほしいと思います〟。何とも現実を突いた厳しい指摘である。私はかなり前のことだが、このコラムに子どもに見せられない〝ワースト番組〟のひとつに〝国会中継〟があると書いたことがある。それがついに小学生から〝指導〟されることになってしまった。国会議員の皆さん、耳が痛くはございませんか。それとも〝カエルにつらに小便〟状態ですか。女子スキーのジャンプで優勝した高梨沙羅さんは、そのとき中学2年生14歳だった。試合後の優勝インタビューがふるっていた。細かいメモは取っていないが、自分が勝ったことで〝元気のない日本がすこしでも元気になってほしい〟といった趣旨のことを言っていた。いやあ、そうなんですよね。この国の大人たちがどうしようもないから子どもたちが頑張るんですね。まったく、穴があったら入りたい。 |
〝不安〟の具体化 2012/04/14(土) 3370 Continued from 03/12
さて、英語になった〝Kaizen〟ですが、これは〝The Japanese Strategy of Continuous Improvement〟とされています。英語辞書では〝improvement〟だけで〝改善〟を意味しますが、ここに〝continuous;継続〟が含められていることを忘れてはいけません。その点で、〝Kaizen〟には、本来〝改善〟に欠かせない大事なポイントがちゃんと押さえられているのです。改めて〝継続は力なり〟を感じながら前進しましょう。ところで、〝適度の危機意識〟ですが、これについて少しばかり補足しておきたいと思います。それは、とにかく〝今のままではいけない〟と右往左往してはまずいということです。自分たちの〝どんな〟発想や行為が〝危ない〟のか、さらには〝そのどこが、どのように〝危険なのか〟をしっかり押さえないといけません。つまりは〝具体的な問題〟に気づく、意識することが大事なのです。〝何となくまずい〟という抽象的な感じだけでは、それを解決する手立ても思い浮かびません。漠然とした〝不安〟だけに終わってしまいます。もちろん、最初はそうした何とも説明のつかない不安や〝ちょっとおかしいんじゃないの〟といった疑問が浮かんで、それが〝改善〟のきっかけになることも少なくないでしょう。しかし、そんな感じがしたら、職場のみんなでそれを問題にして考えていくことが大いに期待されるわけです。ぼんやりした不安をはっきりした問題に整理していくことで、個々人の考え方や態度、そして何よりも〝行動の改善〟が実現できるのです。ところで、〝Kaizen〟に加えて〝Kaikaku(改革)〟もアメリカのビジネス界では辞書化されているようです。 |
香椎の海岸 2012/04/13(金) 3369Continued from 04/07
福岡空港から南に向けて飛び立つと、西の方に福岡ドームが見える。私が学生のころは、いまドームがある場所から目と鼻の先の室見に住んでいた。百道(ももち)の砂浜で学生寮の仲間たちとキャッチボールをしたり、酒を飲んで騒いだりもした。上空から見ると大都会の風格のある都心と並んで博多湾が信じられないほど狭くなったことがわかる。わが家族が福岡に引っ越していったとき、最初に住んだのは現在の東区にある香椎だった。国鉄香椎駅から歩いて少しで西鉄香椎駅、さらに北向きに進むと香椎の浜に出る。海の中に鳥居が立っていた。ある日のこと、その海岸に男女2人が寄り添って亡くなっているのが発見されたのである…。というのが、松本清張の傑作〝点と線〟のスタートである。私はまだ中学生だったが、カッパブックスの〝点と線〟を食い入るように読んだ。おそらく父が買ったものだとは思うが、ひょっとしたら私が買ってくれと頼んだのかもしれない。そのころ小説なるもののおもしろさに目覚めて、文庫本などであれやこれやと読み始めていた。とりわけミステリーはおもしろかった。江戸川乱歩の探偵小説に登場する〝怪人二十面相〟や〝明智小五郎〟の戦いにもゾクゾクした。しかし、そんな〝怪奇〟〝奇想天外のトリック〟といった、クイズ物的なストーリーではなく、社会の中で生きる普通の人間が関わってしまう犯罪に焦点を当てたのが松本清張だった。いわゆる社会派推理小説が登場したということになっている。そんな解説を中途半端に理解しながら、とにかく清張物はよく読んだ。そして、小説通りの香椎の海岸が自宅から歩いてすぐのところにあったのだ。あれからすでに半世紀、そんなミステリアスな風景も一面の埋め立てで消えてしまった。 |
キーワード〝家族〟2012/04/12(木)② 3368 Continued from 03/10
〝みんなで楽しくステキな社会を作っていけたらいいなと思いました〟と書いたNSさんですが、感想文の最後は〝心に残る人権講話でした〟とまとめて、お調子者の私を舞い上がらせてくれました。少しでもほめられると、それを徹底的に信じるんですよ、おじさんは。ありがたや、ありがたや。やっぱり話に行ってよかったなあ…。FMさんは〝私も道雄先生のように小さなことで喜べる笑える人になりたいです(19)〟と書いた上で、〝途中に自分の体験したことなどを加えていてすごくわかりやすかったです〟と伝えてくれました。やはり日常の〝体験談〟は役に立つんですよね。ただし、大学の講義では〝体験談が多すぎる〟と顰蹙を買うこともあるんです。その適量が微妙なわけです。そして、FMさんは〝家族にも今日の話をしてあげたいです〟と締めてくれました。これは私自身が嬉しいと感じるだけではありません。こうした〝家族に〟ということばが頻繁に出てくるのがすばらしいと思います。それだけ、話す機会がある、コミュニケーションがとれているということなんですね。グループ・ダイナミックスでも〝われわれ意識:we
feeling〟という用語を使います。集団のメンバーが〝私は(が)〟ではなく〝私たちは(が)〟ということばを頻繁に使うときは、それなりにグループとしてまとまりがあると推測されます。チームワークがとれているということです。いわゆる連帯感を表現することばなのです。そう言えば、私たちが学生のころ、大学構内のあちこちで〝われわれうわーっ、連帯してえーっ、日本帝国主義の打倒を目指してーっ…〟といったアジ演説(agitation:扇動)が毎日のように聞かれたものでした。このときも〝われわれ〟〝連帯〟がキーワードでした。 |
〝Kaizen〟2012/04/12(木)①3367
よりよく生きるためには、〝適度の危機意識〟が必要です。それはある種の〝不全感〟と言い換えることもできます。あるいは、〝欠乏感〟と言ってもいいでしょう。そう、〝欠乏〟は〝Ketubou〟ですから、またまた〝K〟くんに出会うではありませんか。もっとも、ことばとしては〝不全〟や〝欠乏〟はポジティブな意味をもっていません。そもそも最初の〝危機意識〟だってマイナスイメージを背負っていますね。しかし、私たちは〝現在を適切に否定する〟ことによって成長することができるのです。〝いまのまま〟〝現状維持〟では〝思考停止〟に陥って進歩は期待できません。昨日よりも今日を、そしてさらに明日をよくしたい。そんな気持ちが行動の改善(Kaizen)に繋がります。おっと、ここでも〝K〟くんが登場しましたね。この〝Kaizen〟は、日本の優秀な工業製品を生み出すキーワードとして、すでに〝英語〟になっているんです。とくに、トヨタ自動車における〝Kaizen〟はアメリカの経営界でも大いに注目されたのです。敗戦の焦土から立ち上がり、しっかり働いて前世紀の後半近くまでは経済的にはきわめて成功した国、それが日本だったのです。そうした〝元気な日本〟がいつの間にか〝遠い過去の栄光〟になってしまいました。今日では、あらゆる状況が変わりましたから、〝夢をもう一度〟というわけにはいきません。ここで夢など見ても仕方ありませんし、幻想を抱くこともなく、しっかり現実を見つめながら新しい生き方を発見し続けていきたものです。そんなわけで、〝いまのままでいい〟〝どうしようもない〟ではまずいのです。〝このままではいけない〟という〝危機意識〟をもつことが大事なのです。もちろんそれは〝適度に〟〝前向きに〟です。 |
〝Kくん〟と共に… 2012/04/11(水)3366
〝3K〟が〝きつい〟〝きたない〟〝危険〟と言われっぱなしでは〝k〟がかわいそうです。一方的に責められるのは忍びないではありませんか。そういう思いから〝ポジティブK〟を探そうと思ったのです。その気になると、あるんです、〝ポジティブK〟くんたちが。それも〝わんさか〟と。そのいくつかはすでにこの欄で取り上げたことがあります。しかし、もうかなり以前のことですから、昔から〝味な話の素〟にお付き合いいただいている方しかご存じないと思います。いやいや、それも考えすぎでしょう。私自身がいつごろ書いたかもはっきりしないのです。仮にご覧になった方がいらっしゃっても、失礼ながら、しっかり憶えていただいていることはないでしょう。おっとっと、念のため、もう一度お詫びはしておきますが…。ともあれ、そんなこんなで、それらを含めながら新たに追加するものも含めてご紹介しましょう。まず最初は〝適度〟の〝危機(Kiki)意識〟です。ここで〝適度〟という条件が重要になります。〝過ぎたるは猶及ばざるがごとし〟といいます。何でもそうですが〝行き過ぎ〟がまずいことは当然です。しかし、この言い回しの裏側には〝不十分なものも問題だ〟という意味だって含まれているのです。まさに、〝適度〟が大事なんです。ただし、この〝適度〟の基準を決めるのがなかなかむずかしいわけです。ここが人によって大いに違ってくるので世の中はややこしくなるんですね。そんなわけで、〝適度の基準〟の議論はちょっと脇に置くことにしましょう。とにかく〝適度の危機意識〟があってこそ、それを克服するための知恵が生まれます。そして、知恵が新しい行動を引き出すことで、私たちは刻々と変化する環境にうまく対応していけるのです。 |
私が〝見習い〟たいなあ 2012/04/10(火) 3365 Continued from 03/08
私の話を聞いてくれた中学生の感想文ですが、まだまだ続きます。〝人権のお話では、ひとはもともといじめる体質というのを聞いて、そのことを心に刻んで、いじめをしないようにしたいです(16)〟。そんなことをTMさんが書いてくれました。私は〝人間は一人ひとりが違っているのだから、そのこと自身が差別を生んだりいじめのきっかけになる。だから、‘いじめはありえない’ではなくて、‘いつでもどこでも、だれにでも’いじめが生まれる可能性はいくらでもある〟。そんな話をしたんですね。それをストレートに受け止めてくれたことに感謝します。文末も〝これからは、人も自分も大切にして、みんなに尊敬してもらえる人になれるよう、先生をみならいたいと思います〟とまとめてくれました。私が〝見習われる〟べき対象かどうかは相当に怪しいのですが、みんなから〝尊敬されたい〟という〝気持ちで生きていく〟ことはすばらしいではありませんか。私の方が見習いたいと思います。〝吉田先生の話を聞いて、自分の人生も変わりました。ありがとうございました(17)〟とはDくんが書いた感想文の結びです。いやあ、参った、参った。おじさんの話で人生まで変えることはありませんよ。それはそうなんだけど、1時間半だけでもそんな気分になってくれたら、おじさんとしてはスーパー満足です。こちらこそ、ありがとうございました。また、NSさんは〝いつも笑ってたら、友達も増えるかもしれないから、これからは、これからは私自身で楽しい人生と、みんなで楽しくステキな社会を作っていけたらいいなと思いました(18)〟と書いています。私の演題が〝みんなで創るステキな社会 -あなたも大事、私も大事-〟だったので、これに反応してくれたのですね。 |
〝K〟のお話 2012/04/09(月)3364
その昔、〝3K〟ということばが〝流行〟した。仕事が〝きつい (Kitsui)〟〝汚い (Kitanai) 〟〝危険 (Kiken)〟の頭文字をとったものだ。バブルの絶頂期には仕事もバブルで人手が足りなかった。そんなことから、低賃金で3Kを厭わない外国人労働者が一気に増えたりもした。土地の価格も上昇の一途だった。土地を買っておけば、その値上がりで必ず儲かると信じられていた。いわゆる〝土地神話〟である。そこで、狭い土地を合わせて一定の広さにして売るために、〝地上げ〟なるものも生まれた。それを暴力的に行うことが深刻な社会問題にもなった。そんな時代である。世の中には無数の仕事があり、その内容も千差万別だから、どんな国でも敬遠されるものが出てくる。そんなわけで、3Kha英語的には〝Dirty(汚い〟〝Dangerous(危険)〟〝Demeaning(品位を傷つける)〟仕事として〝3D〟と呼ばれている。最後の〝Demeaning〟は日本語の感覚とかなり違っているが、とにかく〝3D〟なるものがあるわけだ。わが国では、このほかに〝きつい〟〝帰れない〟〝給料が安い〟とか、看護師たちが〝結婚できない〟もあるんですよなどと言っていたりもした。それにしても、〝3K〟は徹底して暗い。私としてはアルファベットの〝K〟ちゃんがかわいそうになった。そこで天の邪鬼を自認している私は、〝K〟ちゃんの応援団長になりたくなった。〝K〟が頭に来るすばらしいことばはいくらでもあることを強調したいのである。そもそも人間は〝きもち〟が大事、前向きで生きていかなくっちゃあ。ということで、まずは〝きもち〟の〝K〟がある。そして前向きになれば、〝こ(Ko)のままではいけない〟と考えることも、またきわめて大事ではないか。 |
〝天網〟あるいは〝ドジ〟? 2012/04/08(日)②3363
〝天網恢々疎にして漏らさず〟。〝天の網は広大で目があらいようだが、悪人は漏らさずこれを捕らえる。悪い事をすれば必ず天罰が下る意(電子版広辞苑)〟。インターネットで女子大生がiPodを落札しました。じつは年末に自分の車から盗まれたため、インターネットで購入したわけです。ところが、注文した品が届いてびっくり仰天です。自分が盗まれたものと色はもちろん傷の付き方まで同じだったのです。そして何とシリアルナンバーも一致したわけです。つまりは、自分が盗まれたiPodそのものを入札したということです。すでに盗まれたときに警察に届けていたのですが、品物を送ってきた包みに住所と氏名が書かれていたので、すぐに22歳の男子大学生が捕まりました。石川県での出来事なのですが、これって〝天網〟なんでしょうかねえ。私が犯罪を勧めているように受け止められると困るんですが、〝天〟がすごいと言うよりも、〝単なるドジ〟ですよね。もうひとつ、大阪でのお話です。こちらは47歳の男で、新聞には〝説教強盗〟という見出しがついています。この男、男性2人が住んでいるマンションに侵入、部屋の外に電化製品を放置していたのを〝物を置くな。わしは管理人に頼まれた極道や〟などと説教したようです。管理人が頼んだことはなく、撤去を求める張り紙をみたらしいんです。それからJR新大阪駅まで送らせて、その途中で刃物を突きつけて脅迫して24万円を奪ったんだそうです。ところが、何と被害者たちの部屋に身分証明書が入った財布をおき忘れてたんですって。それであっという間に捕まっちゃった。これも〝天網〟とは言えませんよねえ。 |
〝どっきり〟感想 2012/04/08(日)①3362 Continued from 03/04
講演を聞いてくれた中学生の感想文でございますよ。前回は〝1日30回以上笑いたい〟と書いてくれたYMさんに感動したところで終わっていました。経済のインフレはデフレと並んで困るのですが、〝スマイル〟はハイパーインフレを目指したいものです。また、インフルエンザの流行は防がないといけませんが、スマイルはどんどん流行してほしいですね。MGくんの〝人権はバランスが大切なことがよくわかりました(12)〟。朝練で5時半に起きないといけないTSさんは、〝朝練もいやだなと思ってやっています。でも吉田先生の話を聞いて、私も朝からキャッキャして楽しく朝練にいきたいと思いました(13)〟。いいですねえ。話しに行ったのが12月でしたが、そのあと寒さはさらに厳しくなってましたが、いまでもキャッキャできてるかなあ。さて、冒頭に〝いつ死ぬかわからない人生で〟という文章が目に入ってきて、とりあえず〝ドキッ〟としました。何のことはありません。この私が〝自分はもう60歳を過ぎています。朝になって家族が気づいたら床の中で冷たくなっていてもおかしくない年になりました。それなのに目が覚めたらまだ生きてるではないですか。もうそれだけで嬉しくなってしまう〟なんてことを話したわけです。それに対するHYくんの反応だったのです。彼は〝朝起きること、朝ご飯を食べたりすることは、とても幸せなことだと考えさせる話でした(14)〟とまとめてくれました。そんな気持ちになってもらいたかったんです。〝今日は吉田さんの話を聞いてとっても感動と笑いのどっこいどっこいでとてもおもしろかったです(15)〟。これはNSさんの感想文です。おかげで、私自身が〝とっても感動と笑いのどっこいどっこい〟体験をさせてもらいましたよ。 |
共感の芽生え 2012/04/07(土)② 3361Continued from 03/31
先週の土曜日の続きです。この世の中に人間が一人しかいなければ、食べるために動物の命を奪っても、いわゆる〝倫理的〟な問題意識が生まれることはないでしょう。ただし、相手が動物の場合は、植物などよりも命をもっていることがはっきり目に見えます。そして、手をかけるときは苦しむ様子も見えます。そんな状況の中で、〝なにかしら申し訳ない〟気持ちや〝やり過ぎない方がいい〟という感情や意識が生まれる可能性はあります。動物は人間ではありませんから、彼らと一緒に生活する集団を創るわけではありませんから、仲間意識が生まれることはないでしょう。しかし、自分の気持ちや体験から推測して、〝死にたくないんだろう〟とか〝痛いだろう〟といった共感的感情が生まれるかもしれません。〝生きる物〟と対峙し、その〝反応(行動)〟に接することで、相手に対する〝思いやり〟のようなものが発生してくる素地があるということです。さて、〝この世に一人っきり〟という非現実的な前提でものを考えすぎてきたようです。とにもかくにも、こうした状況下では、〝倫理〟が問題になり得ない。ただ、そのことだけを確認しておきたかったのです。それでは、やはり非現実的な仮定ながら、この世の中に人間が〝2人〟いる場合はどうでしょうか。もちろん、この2人はお互いに関わりをもっていることとします。お互いの存在を知らないほど遠くに離れていては、〝2人いる〟ということにはなりません。じつは私が専門にしているグループ・ダイナミックスという研究分野では、〝相互に作用している2人以上の人の集まり〟を〝集団(グループ)〟と定義しています。つまりは〝2人〟揃えば集団だと考えるわけです。もちろん、それは集団として最小の単位です。 |
ご無沙汰福岡 2012/04/07(土)①3360
福岡から鹿児島女子短期大学に採用されて住民票を鹿児島に移した。ちょうど30歳になる年だった。まだ長男が4ヶ月のころで、彼の地でしっかり修行するつもりでいた。ところが、その翌年には熊本大学の話が出てきて、わずか1年半で熊本の住民になった。この間の事情は、かなり以前にこのコラムにも書いた。私はきわめて短期間しか在職していなかったにも拘わらず、快く転出を認めてくださった当時の有馬純次学長をはじめ、短大に感謝している。そんなことから、私は著書の奥付や講演などで使うプロフィールには、必ず〝鹿児島女子短期大学を経て〟と入れている。それにしても、あれから33年目にもなる。そして、この4月に入ってから、熊本大学の定年まで余すところ2年を切った。あと1年と359日で退職である。ちょっと脇道に逸れたが、話を福岡に戻そう。昨年まで福岡市の天神にあった財団法人集団力学研究所に関わっていた。私が学部学生のころから出入りして、45年ほどにもなっていたところだ。そんなわけで、研究所がある福岡にはそこそこ出かけていた。しかし、それもいまや完全にリタイアしたので、福岡にはとんとご無沙汰である。昨年は〝新幹線と地下鉄ツアー〟と称して4歳になる孫を天神まで連れていっただけだろうか。この年齢になると、おじいちゃんと二人で〝旅〟に出ることができる。もっとも〝新幹線に乗る〟という、ささやかな〝餌〟つきではあるけれど。さて、私の乗った飛行機は、福岡空港から南に向けて飛び立った。その瞬間から都市高速道路を間近に見ながら、眼下に福岡の町が広がっていく。その福岡は大都会の風貌を備えている。 |
福岡市街展望 2012/04/06(金)3359
熊本空港から羽田や大阪まで飛べば、札幌をはじめ、金沢の小松空港や島根の出雲空港など、全国の空港に乗り換えで行くことができる。しかし、とにもかくにも新幹線開通後は90分で福岡空港に到達するから、こちらの方が時間的にも経済的にも効率的なのである。さらに、名古屋行きの場合は、熊本発はあるが時間帯が今ひとつで使いにくい。福岡・名古屋間も便数が多いとは言えないが、移動しやすい時間に飛んでいる。そのため、私の頭の中では、〝名古屋には福岡から〟が定着してしまった。そして、はじめて福岡から名古屋まで行ったとき、それまでなかった楽しい体験をした。その日は右側の席に座ったのだが天気がよくて絶好の視界だった。どこの空港でも滑走路が1本しかないと、周りの風向きによって、飛び立つ方向が変わる。福岡空港の場合は北側が博多湾で南側は九州の陸地そのものである。この日は南側に向かって飛び立ったので、福岡の密集した市街地が見える。市街地から少し距離を置いたところに福岡ドームが鎮座している。私は中学2年生から30歳になる年まで福岡に住んでいた。中学3年生のときに博多駅が現在の場所にできた。まだ、周囲は一面の空き地で、しかもしばらくの間はぺんぺん草が生えるといった状況だった。駅ビルにはデパートの井筒屋が入っていた。その後、駅前は次第にビルが建ちはじめたが、裏側の筑紫口と呼ばれる方は,ビルもまばらな状況がかなり長いこと続いた。そんな中に国の合同庁舎が建てられたが、しばらくはこれだけが目立った存在だった。この庁舎に入ることがあったが、ちょっと上に昇っただけで、福岡空港がしっかり見えた。 |
ジッとしておられない… 2012/04/05(木)3358
熊本/東京便は20便もあるから福岡空港を使うことはない。また、大阪は新幹線が全通したので、博多駅で降りて空港に向かうことはあり得ない。ただし、私はまだ熊本から新大阪までの新幹線に乗ったことがない。最速の〝みずほ〟だと、熊本から2時間58分で新大阪に着く。このため、昨年度は熊本/大阪間の新幹線と飛行機のシェアが逆転した。新幹線が19.9%から48.5%と2.4倍に増えた一方で、飛行機は79.8%が39.9%と激減した(九州経済調査会)。〝そうなんだろうなあ〟と思う。新幹線と航空機は3時間を壁に戦っているらしい。ただし、そうした状況になっても、私はまだ飛行機に乗っている。理由はかなり単純で、長時間〝ジッとしておれない〟からである。とにかく子どものころから〝落ち着きがない〟と言われ続けて今日に至っている。すでに還暦までも追い越してしまった。大阪の場合、熊本空港まで40分ほど、伊丹まで50分あまり飛んで、あとは空港から大阪市内まで40分くらいである。こうした細切れ時間が私の体質にピッタシなのだ。ある方にそんな話をしたら、〝それじゃあ海外なんか行けないじゃないですか〟と突っ込まれてしまった。もちろん、〝仕方ない〟ときは〝あきらざるを得ないから、ひたすら〝耐えて〟いるのである。いやあ、10時間ほども〝ジッとしている〟なんて、想像するだけで気持ちが滅入ってきますよね。さてさて、福岡空港の話に戻ると、新幹線効果を味わえる路線がけっこうある。たとえば、北陸の金沢や島根に出かけるときは、福岡空港発が便利だ。さらに、熊本からは札幌便が飛んでいない。沖縄便はあるけれど、1日に1便しかない。 |
福岡空港90分 2012/04/04(水)3357 Continued from 04/02
新幹線で博多へ行き、地下鉄で空港へ向かう。そして、帰路はその逆コースをとって熊本へ帰る。新幹線が開通してから、この選択肢が増えた。博多駅と福岡空港は地下鉄で5分という至近距離にある。人口が100万を超える大都市で、都心からのアクセスがこれほどいいところは世界中を探してもないはずだ。そんなわけで、JR熊本駅を出てから地下鉄に乗り換える時間も含めて1時間で福岡空港に到達する。私の職場、あるいは自宅からタクシーを使うと1時間30分後には間違いなく福岡空港にいるのである。これが以前は2時間30分ほど必要だったから、新幹線効果はきわめて大きい。そして、この行程が増えたということは、熊本空港の利用が減ったことを意味する。こうした選択をする人が多くなれば、熊本空港にとっては無視できない影響が出てくる。ただし、どのくらいの方がご存じかわからないが、熊本空港は全国の空港の中で優等生なのである。そもそも、空港を作ること自身に疑問が投げかけられた空港があっちこっちにある。そうした空港は一時的には話題になるが、その後はどうなったかフォローがほとんどない。そんな中で、熊本空港は乗降客数ランキング全国11位(2008年度)なのだ。この中には羽田や成田、新千歳、福岡、大阪伊丹、関西、中部国際なども入っているのだから、けっこういい線を行っている。そして東京便は朝の7時35分発から、何と20時45分発まで20便もある。ただし、最終便で行くと羽田着22時20分である。私は一度だけこの便を利用したことがあるが、不夜城の東京といえどもホテルに着くのが11時過ぎということで、もういいなと思った。 |
〝あり得ない〟?、〝残念ながら〟? 2012/04/03(火)3356
すさまじい数値が出た。内閣府の有識者検討会が〝南海トラフ地震〟について想定される震度分布と津波の高さを発表した。それによると、高知ではなんと34メートルもの津波が押し寄せる可能性があるという。最新の科学的知見や過去の津波の痕跡調査などから、考えられる最大級の被害を検討した結果だそうだ。毎日新聞(西部本社版)では、1日の1面トップである。〝高知34メートル、宮崎15メートル〟という見出しが目に飛び込んでくる。おそらく他紙もも似たような扱いだろう。本文には、さらに各地の津波高が書かれている。日本中の人々が東日本大震災の映像を繰り返し見ているから、具体的な数値が提示されると不安が高まる。住民の中には、〝いまから引っ越ししたほうがいい〟と思う人がいてもおかしくない。とにかく衝撃的な発表である。それも内閣府という国が責任をもつ機関の発表なのだ。もう〝想定外は許されない〟のだろうから、国は責任をもって、明日にも〝巨大地震が起きる〟ことを前提に国民が〝完璧に〟安心できる対策を始めるべきだ。本気でやってくれますよね。とにかく〝最新の科学的知見や過去の津波の痕跡調査〟を基にした〝真実〟なのだから、〝風評被害〟はあり得ないでしょう。ところで、記事の末尾には、〝だたし、今回の発表内容は震源の想定を変えた16パターンの最大値を重ね合わせたもので、これらの被害が起きることは「実際にはあり得ない」(事務局)という〟と書かれている。これってどう受け止めたらいいのでしょうか。朝のワイドショーでは筑波大学の先生が、〝どのくらいの確率で起きるのか〟と聞かれて、〝残念ながら、有史以来起きたことがない〟と答えていた。〝残念ながら〟って、一体どういう意味ですか。 |
大分行きの選択 2012/04/02(月)3355 本日21時45分まで、3月31日とダブってました.
熊本から大分へ阿蘇の雄大な風景を楽しみながら九州横断特急で向かうと、ほぼ3時間の旅になる。豊後と肥後を結ぶ豊肥線を利用するのだが、その間は148kmある。これに対して、新幹線で小倉まで行き日豊線に乗り換えて特急で下ると、2時間50分ほどで大分に着く。実際に列車に乗っている時間は2時間45分くらいだ。ただし、距離は318.5kmで、豊肥線の倍以上ある。運賃は距離を基本にしているため、前者の4,850円に対して、後者は11,320円と、2.3倍にもなる。この時間と運賃をどう考えるかが問題になる。豊肥線の特急は1日に4本しかない。これが新幹線/日豊線ルートだと、特急が朝から晩まで1時間に2本ほどが走っている。時間に余裕があって、〝のんびり〟を楽しむのであれば間違いなく豊肥線がお勧めだ。雄大な阿蘇が眼前に広がるし、スイッチバックも楽しめる。たった2両の編成だが、ローカルにしては外国人の利用も多い。いずれにしても、新幹線が全通するまでは、私も大分に行くとなれば九州横断特急と決まっていた。しかし、そもそもが〝せわしない〟質である人間としては、どうしても〝本数と時間〟を優先したくなるのである。そんなことで、昨年に九州新幹線が走り始めてから、大分はこちらのルートを利用することにした。一応、〝時は金なり〟の精神である。さてさて、この大分行きとプライベートに倉敷まで出かけたときの2回をを除くと、いまのところ私はすべて博多で降車している。そうかといって、福岡市での仕事で新幹線を使ったことは一度もない。それでは、博多駅からどこへ行ったか。ご推測の方も多いと思うが、福岡空港へ向かうのだ。 |
政令指定都市 2012/04/01(日)② 3354
九州新幹線が全線開業して1年が経過した。開業は12日で、全国ネットの記念番組も企画されていたが、その前日に東日本大震災が起きた。当然のこととして、祝賀行事はすべて中止され、報道もほぼ100%震災に向けられた。あれから1年が経過して、開業の効果や影響についてさまざまな情報が出てきた。その中でもターミナル駅がある鹿児島は大きなプラス効果があった。通過都市の心配もしながらだった熊本市も健闘している。ところで本日をもって熊本市は政令指定都市になった。全国で20番目ということだが、九州では北九州市、福岡市についで3番目である。私は福岡市が政令指定都市になった1972年には、福岡の住民だった。そのときは室見に住んでいて、住所に〝西区〟が入っただけで、何となく〝大都会〟になったような気がした。今回は〝東西南北〟区と〝中央〟区の5つでスタートした。すでに還暦も越えて〝かっこいい〟なんて気分にはならないが、すでに30年以上も住民として生活している町である。しっかりした都市になってほしいと思う。そうそう、新年度に突入したことで、私が熊本大学で仕事をする期間は〝2年〟を切ったことになる。あと1年と364日、つまりは今年度と来年度でおしまいである。まことに月並みながら、しっかり有意義に過ごしていきたい。ところで、新幹線の開業だが、これは私の行動にもかなりの影響を及ぼしている。ただし、利用するのはほとんどが博多までである。これまで、博多より先まで足を伸ばしたのは2回しかない。そのひとつは家族旅行で倉敷にでかけたときである。もう1回は大分で仕事をした際に小倉まで乗った。 |
反応いろいろ 2012/04/01(日)① 3353
検索エンジンに〝吉田道雄〟を入力すれば、私のホームページがトップにきます。私は講義や講演でそんな見え見えの〝自慢〟をしている。そのときの反応が千差万別でおもしろい。ほんの一部でクスッと笑うだけのこともある。また、ほとんど無反応に近い場合もある。そのときは、〝私が自慢したいことはおわかりでしょう。ここで反応するのが対人関係の基礎ですよ〟などと迫ったりもする。もちろん、全体から〝ワッ〟と大きな反応が返ってくることもある。ありがたや、ありがたや…。話をスタートしてから最初の5分間くらいでどんな雰囲気をつくるか、このあたりがポイントのような気がしている。また、とくに〝受けるところ〟ではないと思うのに、強烈に反応する人がいたりする。それが他のメンバーに大きく影響して、そのうち周りもつられて笑ったりする。話の内容に反応しているのではなく、その人の過激な反応の方がおもしろいというわけだ。こうした人は〝ムードメーカー〟というのだろうか、会場全体が明るく元気になるから、こちらも話やすくなる。これまた、ありがたや、ありがたやである。とにかく世の中には〝感謝〟しないといけない人がワンサカいるものだ。いずれにしても、反応があってもなくても、それなりに対応しながら仕事をしていけるのがとても楽しい。ところで、大学では学生による授業の評価が導入されて久しい。授業の大半が30時間で2単位、回数的には講義15回でワンセットになっている。最後の時間は10分ほど前に授業を切り上げる。そしてアンケートと回答用のマークカード、さらにそれらを回収する封筒を学生の代表者に渡す。それから教員は教室から出て行く。回答の入った封筒は、学生が大学の担当事務にもっていく。 |
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