〝いままで通り〟? 2012/02/29(水)3315 Continued from 02/27
政治家には決断力が求められる。それによって失脚することだって覚悟する。まさに、〝政治生命〝をかけるということだ。その結果敗れることがあれば、あとは〝歴史の審判にゆだねる〟くらいの気概がないといけない。とりわけ反対の多いことを実行しようとすると、〝あとで失敗が明らかになったとき、本人はいないから無責任だ〟という批判もある。しかし、それでは〝いままで通りしかダメなの〟と問い返したくなる。そこだけを強調していては〝変化〟は起こりえない。それに、そうした発言は、〝これまでの歴史のすべてが失政だった。みんな悔やんでる〟と言っているようにも聞こえてしまう。あるいは、〝何も変えるな〟と主張しているように感じられる。もちろん、歴史の中で困ったことは山ほどある。そして、〝歴史に学ぶ〟ことも欠かせない。しかし、ここで大事なことは、私の好きな〝朝令暮改の精神〟だと思う。とにもかくにも〝やってみて、それでダメなら元に戻す〟で合意するのではまずいのだろうか。そうなると、けっこう短期間に一定の評価も出るから、〝責任者がいなくなってる〟という事態も起きない。そして、そのときは〝責任者〟が責任をとればいい。誰もが〝今のままではいけない〟と思っているのに、すべてが先送りされるままになる。〝日本の国債の大部分は国民が買っているのでギリシャとは違う〟。経済のプロのような人たちがそんなことを言っている間に、ギリシャの暗雲はこの国に大接近している。このところ、過激な発言を続ける橋下大阪市長がやたらと目立っている。最近では、総理大臣よりもマスコミで話題になっているのではないか。大阪は大都市ではあるが、当選早々の市長に政党の幹部が会うなんてことは前代未聞である。 |
〝Aさん〟の一日 2012/02/28(火)3314 Continued from 02/04
〝倫理的行動〟に関するお話の続きです。いつものように、かなり間が空きました。地球上にいるのはたった1人の〝A〟さんだけという、あり得ない前提で物語を始めていました。その〝A〟が朝ご飯を済ませたところで止まっていました。さて、朝食のあとすぐに、〝A〟には昼食のことが頭に浮かぶことでしょう。そして、それも無事に済ませることができたら、今度は夕食のことが気になるに違いありません。こうして、〝A〟の生活は〝食する〟ことを中心に時間が過ぎていくでしょう。まずはとにかく生きることが大事です。現代人のように好きなことをしたり、スポーツを楽しむなどの余裕はあり得ません。とにもかくにも生きていくことが基本なのですが、そのための食料を手に入れるのは至難の時代なのです。もちろん疲れれば休憩もするし、ときには夢の中で〝満腹体験〟をするかもしれません。しかし、とにかく〝A〟は〝ひとり〟なのですから、仲間と語り合ったり、遊んだりすることはありません。そして、この時代には〝A〟が環境に恵まれて〝食べるもの〟に不自由しなければ、その地にじっと住み着いて、充実した〝食生活〟を送り、その一生を終えることでしょう。これに対して〝食環境〟が貧弱な場合は、身の回りのものを食べ尽くしてしまえば、そこから移動しなければなりません。農耕の知恵が生まれるのはずっと後になってからです。ともあれ、この段階で〝A〟に〝食べ尽くすこと〟が環境を破壊する非倫理的な行動であるといった意識はないでしょう。ただ、ひたすら生きることに最大の価値が置かれているのですから、そのためにすべてのエネルギーを費やすのは当然のことです。それは、〝善悪〟といった価値意識を含む問題ではあり得ないのです。 |
政治と〝世論〟 2012/02/27(月)3313
〝世論調査〟にしたがうだけでよければ、私だって総理大臣になれる。すべての政策について〝世論調査〟をして、その結果でどうするかを決めればいいのだから。関東大震災当時に東京市長だった後藤新平が提案した復興後の道路建設計画はいまでも評価されている。その際に主要な道路幅が70m、90mといったものを提案したという。〝昭和通り〟は108mというから、関東大震災(1923年)直後の提案としてはものすごいものだった。しかし、当時はそうした先見性は理解されず、道路の多くは狭いままに終わった。後藤は〝大風呂敷〟と呼ばれたらしい。名古屋の〝100m道路〟も有名だが、こちらも市の助役だった田淵寿郎が提案したときは、〝飛行場でもつくる気か〟といった批判があったという。このときは、〝世論〟と言うよりも、GHQなども反対したらしいのだが、何にしても、〝はじめて〟は抵抗を受けやすい。宗教改革などでは、反対や批判どころか、迫害にまで会ってきたのである。国民の〝声〟を聞くことは民主主義の原点である。それが〝世論〟だとすれば、十二分に尊重する必要がある。しかし、政治は〝今日のご飯〟だけでなく〝明日の仕事〟も、いや少なくとも〝10年後の生き方〟も見据えて行動しなければならない。〝国家100年の大計〟という表現は決してオーバーではない。それが政治なのだ。そうした視点から、国民の不興を買う政策も、断固として実行する決断力が求められる。〝歴史の審判にゆだねる〟というのは、そういうことである。これに対して、〝あとでまずかったと分かったとき、当人はいないから無責任だ〟と批判する人がいる。それだけ聞くと〝たしかに、その通りだなあ〟と思ってしまう。しかし、本当にそうなんだろうか。 |
〝世論〟 2012/02/26(日)②3312 Continued from 02/24
幸いと言うべきか、現在のホークスはかなり強い。しかし、これから先、どん底に落ちることがあっても、とりわけ福岡の市民はライオンズの二の舞を演じることはないだろう。いまから30年ほど前、平和台をガラガラにした結果として、ライオンズは所沢に去っていった。そんな記憶が九州場所の惨状を見ると蘇ってきたのである。〝本場所が北海道に行くかもしれませんよ〟。とにかく大衆の心は移ろいやすい…。それはそうと、このごろは政治そのものが移ろっている。もちろん、〝世論〟は大事だが、そもそも〝世論〟とは何なのか。だれが世論を形成するのか。いわゆる〝世論調査〟の結果が〝世論〟なのか。そこには第四の権力と言われるマスコミの影響が大きい。ある意味では、世論を形成するのがマスコミの使命だとも言える。一人ひとりの市民では対抗できない大きな権力の動向に目を光らして、正義に反する行動をさせない。そのことは大いに大事なのだが、どんな権力も〝自分たちこそ正義〟という独善的な発想が生まれやすい。それはマスコミとて逃れることのできない力のある組織が抱える宿命である。そうした組織にとって、〝自分たちは間違う可能性を背負って仕事をしている〟という認識と緊張感が基本の基本である。さらに、〝自分たちが間違ったら、直ちにそれを認める〟ことも欠くことのできない要件だ。いつも〝攻めている〟から、自分がミスるとたしかに〝格好が悪い〟。しかし、それを乗り越えてこそ、本物の〝正義〟が実現する。組織にしても個人であっても、〝間違うことを恥じる〟のではなく、〝間違いを認めないことを恥じる〟べきである。いずれにしても、いわゆる〝世論調査〟の結果にしたがうだけでよければ政治のプロなんていらない。 |
いろんな仕事 2012/02/26(日)①3311
早く着きすぎたので、少し先に進んで車を止めました。道の周りは山に囲まれた畑でした。私は出かけるときは本をもっていきます。それを読んでいると、つい時間を忘れてしまいます。これを街中でやっていたら、お巡りさんから不審尋問をされるかもしれませんね。それに、目的の場所から少し離れていると、あやうく遅刻しそうになったりします。これでは、せっかく早く行ったのに元も子もないわけです…。それにしても、人間の記憶というものはおもしろいですね。もう20年以上も前に出かけた小学校のことを、その道を通っただけで一瞬にして思い出すのですから。さてさて、〝Yes
しか言わない〟がポリシーの私も〝夜間〟の仕事は原則として〝No 〟と申し上げているわけです。もう一つ、10年ほど前から、毎週授業を担当する非常勤講師も、やはり〝No
〟ということにさせていただいています。ほんの最近、とても特殊な事情から、ある大学で1学期だけお引き受けしましたが、これは完全に〝例外〟です。このほか、いろいろな組織の委員会等でお手伝いすることもあります。とりわけ国立大学が法人化してからは、いわゆる〝地域貢献〟ということで、大学の中でもそれなりの評価をされるようになっています。そうした中で、熊本県の社会教育委員としてお手伝いをしています。とくに熊本では教育関係の仕事が大半を占めています。そして、還暦を超えてしまってからは、委員会等でも私が最年長あるいは、それに近い状況になってきました。ところで、いま社会教育委員の会議では、超高齢社会における教育のあり方について話し合いを進めています。これまで〝生涯学習〟と言えば、リタイアしたあとの人生を有意義に楽しく過ごすことに重点が置かれてきました。 |
夜は〝No〟 2012/02/25(土)3310
人にはいろいろな生き方があります。当然のことです。まあ、私はと言えば〝‘No’と言わない〟、あるいは〝‘Yes’しか言わない〟ことを大事にしてきました。もちろん、これは原則ですから、〝例外〟はいくらでもあります。それに、還暦を超えてからは、夜間の仕事は基本的に〝No
〟とお答えしています。若いころは、かなり遠くの地域で行われる〝家庭教育学級〟などの講演もお引き受けしていました。仕事を終えて夜の9時ころ、真っ暗な山道を運転して帰ったのは、楽しい思い出でもあります。あるときは、雪が降っていて、暗闇の道路が凍結しているように見えたため、怖さを背中に背負いながら走ったこともあります。そして、とうとう還暦の関所をパスして3年が過ぎました。いまやいつ何時でも、どこかの血管が詰まったり切れたりしても不思議でない年になりました。そこで、少なくとも〝夜間に運転する〟ことが必要なお話は、お断りすることにしたわけです。少し前のことです。距離はそこそこあるのですが、明るいうちに行われる講演会のご依頼がありました。そもそも、そちらの地域へお邪魔するのは、10年ぶり、いやそれ以上になっていたでしょうか。その会場に向かう道すがらのことです。〝あっ、ここはずいぶん前にきたなあ〟と瞬間的にひらめいた小学校がありました。もう20年以上も前のことだと思います。いまのようにナビもありませんから、そのときは、所要時間の見積もりがむずかしくて、早く着きすぎてしまいました。校内研修ということで、先生方にお話することになっていたのですが、まだ授業時間中だと思われました。そこで、車を少し先まで走らせて、ちょっと脇道に入りました。そこでしばらく本を読みながら時間調整をしました。 |
30年前の思い出 2012/02/24(金)3309
九州場所の不振から、相撲協会は本場所を北海道で開催することも考えるのではないか。そう思ったときに思い出す30年前の記憶とは…。それは西鉄ライオンズの物語である。日本シリーズで巨人に3連敗しながら、4戦目から連勝した話は、すでに伝説になっている。しかし、その栄光のライオンズが弱体化していく。とくに、一部の選手が野球賭博に関わったことが明らかになってからは惨憺たる状況に陥ってしまう。そうしたことから、西鉄が経営を断念し、太平洋クラブ、クラウンライターと身売りを続けた。たしかに負けの多いチームだったが、そのころの平和台球場は観客よりもカラスの方が多いと言いたくなる嘆かわしい状態だった。そんな中で、堤義明氏が率いる西武鉄道グループがライオンズを引き受けるというニュースが流れた。それを聞いた多くの福岡市民が歓喜したはずである。〝あの西武なら大丈夫だ〟と。なにせ、堤氏は総資産で世界一と言われたことがあるほどの大金持ちだった。しかし、それは完全な糠喜びであることが判明する。たしかに西武はライオンズを買い取ったのだが、チームごと所沢に持って行ってしまったのである。こうして福岡市民の一時的な喜びは落胆に変わった。このとき、私は思った。〝そりゃあそうだろう。平和台に出かけて応援しないで知らん顔、そんな仕打ちをしておきながら、いまさら‘出ていかないで’はないだろう〟。それが1979年のことだった。それから10年の歳月が流れ、1989年から〝福岡ダイエー・ホークス〟として平和台にプロ野球が戻ってきた。長男が小学生のころだったが、平和台に連れて行った。そのせいもあってか、いまでは息子夫婦は〝ダイエーファン〟である。おそらく、孫たちもそうなることだろう。 |
ファイターズとイーグルス、そして相撲は… 2012/02/23(木)3308
私は、何かをするとき、最初から〝そんなの無理だ〟なんて考えないことにしている。そう言ってしまえば、それでおしまいになる。もちろん、その結果的として〝できなかった〟こともワンサカある。そのときは〝うあぁ、できんかったバイ〟などと言って、人と自分をごまかす。もちろん、自分をごまかしても罪はないが、人に迷惑をかけてはいけない。そこはちゃんと押さえておかないと、単なる〝無責任〟になる。ともあれ、こんな発想で行動していると、ものごとを真面目に考える方々から顰蹙を買っている可能性はございますが…。さて、北海道に移った日本ハムは、目立ちたがり屋で人気者の新庄を入れたりしながら、北の大地にしっかり定着した。そして優勝もした。その成功に目をつけたのが楽天である。こちらは仙台が本拠地だが、堂々たる東北の拠点都市である。やはり〝地元にプロ野球を〟という気持ちの強いところだったと思う。まだ優勝はできていないが、それがいつ実現するか。なかなか楽しみなところである。いま、大相撲が厳しい。九州場所などはガラガラだ。このままだと相撲協会が北海道場所を頭にイメージしてもおかしくはない。北海道出身の名力士はワンサカいる。また全国中継レベルのスポーツが来るのは大歓迎だろう。これまでの長い歴史の中で九州場所は続いてきた。当初は名古屋場所と並んで、準本場所と呼ばれていた。〝本番〟ではなかったのである。土俵の上にも本式の天井瓦はなく、垂れ幕がぶら下がった四角い板様のものでお茶を濁していた。ともあれ、客が来なければ存続できないのは当然である。相撲協会が〝もっといいところはないか〟と考えはじめたとしてもおかしくはない。ここで、もう30年以上も前の記憶が蘇ってくる。 |
〝思考停止〟と〝変化拒否症候群〟 2012/02/22(水)3307
野球中継を試合開始からゲームセットまで見続ける根気はないのだけれど、ペナントレースの状況などは、それなりに楽しんでいる。今年はダルビッシュが大リーグへ移籍した。札幌ドームでの会見にはたくさんのファンが集まった。かつて、日本ハムは東京ドームを本拠地にしていたが、観客動員数の低迷にあえいでいた。それが北海道に移って大きく飛躍した。これは組織の在り方を考える上で大事なヒントを与えてくれる。適材適所ということばがあるが、〝同じ働きをするもの〟であっても、環境が変わるだけ大きな変化が生まれる。野球の場合は、地元との相互作用が大きい。そもそも北海道の人たちが球団が来ることを切望していた。それまでは巨人がオープン戦や数試合の公式戦を北海道で開催していた。その当時はいわゆる全国区の巨人だったから、北海道には巨人ファンが圧倒的に多かったと思う。これは推測だが、ファイターズがやってきてから、それは完全に逆転したに違いない。〝だめだ、だめだ〟〝どうせできない〟〝やっても仕方がない〟…。こんな発言をした瞬間から〝思考停止〟になる。それはそのまま〝行動停止〟に繋がる。そして〝成長〟も止まる。これは〝変化拒否症候群〟と言うべきもので、かなり深刻な事態をもたらす。〝これまでやっていないから〟などという理由を挙げるときも、この症候群を疑ったほうがいい。そうなれば、その後は〝ただ漫然と生きていく〟しかなくなる。もちろん、はじめから〝できないこと〟を目標に挙げてはいけない。私なんぞも〝地上10階から飛び出しても、鳥のように舞い降りるためにはどうしたらいいか〟なんてことは端っから考えない。私は〝とりあえず、Yes
と言ってみよう〟の精神が大事だと思っている。 |
〝忘れない〟エネルギー 2012/02/21(火)3306
そんな具合で、といっても昨日の本欄をお読みでない方には何のことかおわかりにならないのですが、私には野球中継なるものを始めから終わりまで見続ける根気がないのです。ただ、野球そのものは、プレーヤーだけでも9人がそれぞれの役割を担って組織的な活動を展開するのですから、グループ・ダイナミックスを仕事にしている私としては、かなりの興味があります。野球は筋書きのないドラマだといわれたりしますが、人間的な側面から本当におもしろいと思います。ブルペンエースというのですかね、投球練習ではすごくいい球を投げるのに、本番のマウンドに上がるとアウトという投手ですよね。つまりは気持ちというのでしょうか、いわゆる度胸が問題になるわけです。練習のようにはうまくできない。これは投手に限ったことではありません。しかし、おもしろいことに、人から見られる大舞台で実力を発揮する人もいます。こうしたことから、いわゆる〝イメージトレーニング〟なども重宝がられるわけです。人間は〝失敗してはいけない〟と思うと、それが気になってかえってチョンボしてしまう。多いですね、そんなことが。ちょっと話がそれますが、私は〝気になること〟ができたら、とにかく〝忘れないぞーっ〟と考えることにしています。とにかく〝憶えておくこと〟にこだわるんです。ところが、人間は〝すべてのこと〟を〝まったく同じ強度〟で憶えておくことはむずかしいんです。ちょっとでも〝油断〟をすると、〝忘れてしまってる〟ということが頻繁に起きます。それに気づいたら、〝いけない、いけない、忘れてはいけない〟と反省します。しかし、私の体験ですとこれには相当のエネルギーがいります。そこで記憶しておくことに疲れてしまうのです。 |
〝短気〟の自覚 2012/02/20(月)3305
プロ野球のキャンプ地でオープン戦がはじまった。私は〝短気〟だと自覚している。いろんなことで〝じっとしておれない〟〝待てない〟ところがある。つまりは〝せわしない〟のである。そもそも〝評判のお店〟なんぞに行くことはないが、仮にそこに出かけても3人並んでいたら、それだけで〝やーめたぁ〟となる。本を読むときも、時間を忘れて集中して1冊の本を読み切るなんてこともない。だから、いつも10冊ほどを並行して読んでいる。それはテレビでも同じで、連続ものはまったく観ないし、1回ものでも90分ドラマなど、始めから終わりまでテレビの前にいることはない。スポーツ中継でも、野球などは試合終了までかなりの時間がかかるから完全視聴などありえない。これに対して相撲の方は、全体の放送時間は長いが各勝負はあっという間に終わる。私の場合、勤務先も自宅も関係なく仕事をするが、家にいるときは相撲放送の音を消してつけていたりする。そして、立ち合いになったら画面に目を向ける。そんなやりかただから、ときどき見過ごして勝負がついていることもある。それはそれでいいやという感覚でいる。ただし、そんな私が映画館にはしばしば出かける。こちらは90分から120分くらい、じっと座ってスクリーンを注視しているわけだ。こればかりは、〝せっかち〟な私の行動とは違っているのである。はじめから真っ暗な中で出るに出られず、〝あきらめている〟のかもしれない。いや、それならはじめから行くわけがない。やはり、映画は私にとって特別の意味があるのだろう。今月も3本ほどは予定していたが、休みの日に家内が風邪気味だったことが続いて、まだ1回も行っていない。特別の事情がない限り、映画鑑賞は家内と一緒なんです。 |
マニュアル問題(36) 2012/02/19(日)②3304 Continued from 01/16
〝人間の行動には普遍的法則などない〟などと、いやしくも心理学を糧にしている人間が〝言ってはいけない〟ことを言っている私ですが、組織で絶えることなく起きる問題の根底には〝基本をおろそかにする〟点において、じつに普遍的だと思うのです。とにかく、〝基本を守る〟ことの重要性はいつになっても変わることはありません。そして多くの場合、〝マニュアル〟を守ることは〝基本〟そのものだと思うのですが、それがなかなか守られないわけです。それはどうしてなのか。お久しぶりに〝マニュアル問題〟について考えていきましょう。2010年4月20日がNo35でしたので、本日版を36回にしました。さて、私たちは何をするにしても、その根拠がしっかりしていないとまずいですね。たしかに、〝規則やマニュアル〟は守られなければならないはずです。ただし、その場合に〝規則やマニュアルが正しい〟という前提があります。そもそも不必要な規則や意味のないマニュアルは存在する意味がないのです。また、その内容が誤っていたりしたら、もうこれは論外です。守らない以前の問題です。こう言ってしまうと、誰もが同意されると思いますが、ことはそれほど単純じゃないんですね。現実の職場や集団になると、それが〝不必要であるかどうか〟、あるいは〝意味がないのかどうか〟が案外と決まらない。けっこう意見が割れたりもするわけです。そもそも世の中に存在している制度や規則などの多くが、あるいはもっと重い意味を持つ法律だって、それらが決められたときには、ちゃんと意味をもっていたはずです。このごろは何かというと話題になる〝官僚制〟だって、日本が西洋文明に接して、それに追いつこうとしたときには必要不可欠なシステムだったんですよね。 |
再びわが家のチャイム 2012/02/19(日)①3303
〝今日がはじめてなものですから…〟。注文とは違うものが届いたと電話したとき、お店の女性はそう答えた。そして、電話中に配達した当人が帰ってきたので、〝配達先を間違ったみたいよ〟と伝えている声が聞こえた。ともあれ、彼女はお詫びとともに、注文したものをすぐに届けると言ったので、それで一件落着である。〝包みは開けてしまいましたが、手は付けていませんので〟と言ってから付け加えた。〝配達された方に強く言わないでくださいね〟と。〝今日がはじめて〟と聞いたこともあるが、当人だけが一方的に責められてはかわいそうだと思ったのだ。電話で対応した女性は〝ありがとうございます〟とお礼を言った。それから15分くらい経過しただろうか、再びわが家のチャイムが鳴った。ドアを開けると、すっかり恐縮した配達員が立っていた。大きな紙袋をもっている。その中には最初にわが家が注文したものが入っているはずだ。本人に確かめたわけではないが、どう見てもバイトだった。〝申し訳ありません〟。彼にとっては、そう言うだけで精一杯だ。〝いやあご苦労さん。寒いのにあなたも大変だね〟と声をかけた。それから、〝これは包装を開けてしまったけれど手は付けていないからね〟と、先ほどもってきた袋を指さした。〝いえ、ご迷惑でなかったら、そちらも食べていただけませんか〟。注文していないものも引き取ってほしいというのだ。こうした場合は、そんな対応をするのだろうかと思った。形ある物とは違って、生の食べ物だからだ。そのとき、〝うわぁあ、もうかった〟などとはしゃぐ気になったわけではないが、〝そんなものだろうな〟とも思った。そこで〝ああ、そうなの〟と答えて、そのことばを受けた。とにかく彼は恐縮している。 |
早く来たのはよかったけれど… 2012/02/18(土)3302
外食チェーン店の宅配が増える中で、お店には何度も行ったことがある〝和食系〟が〝出前〟をするというPRを見て、軽い驚きを感じていた。さて、細かい経緯は置くとして、いよいよそのお店に宅配を頼む〝チャンス〟がやってきたのである。これまた何を頼んだかは置いといて、とにかく電話で注文した。その日が休日だったためだろうか、〝1時間ほどかかる〟ということだった。まあ、どうせ自宅で待つのだから、それはそれでよしということにした。ところが、それから15分くらいもしないうちに玄関のチャイムが鳴った。何ともう着いたのである。まあ、早い分には文句があるはずもない。もってきたのは明らかにバイトの学生だったが、けっこう大きな紙袋を受け取って代金を払った。ここまでは、めでたし、めでたしだった。そもそも1時間ほどかかると聞いていたので、風呂にでも入っておこうかと思っていた。しかし、予想外に早く来てしまったからには、すぐに食べようということになった。せっかくなら温かいほうがいい。そこでやおら包みを開けたのだが、どうも様子がおかしい。内容が注文したものものと明らかに違っている。いやはやこれには参ってしまった。やたら早く着いたのも、他にもっていく分を間違えたのではないかと思われる。そうなると、かなり前に注文したところだろう。〝まだかまだか〟といらだっているに違いない。まあ、いまはよそ様のいらだちまで心配するよりも、とにかく〝間違っていた〟ことを伝えるしかない。そこでお店に電話した。先方にも伝票があるので、こちらがその旨を伝えると事情はすぐに通じた。ちょうど電話中に宅配した若者が戻ったようだった。ほんの少し、〝配達先を間違ったみたいよ〟といった声が聞こえた。 |
外食チェーンの宅配 2012/02/17(金)3301
このごろは外食チェーン店も宅配をするところが増えた。昔から〝出前〟ということばがあり、〝寿司〟や〝そば〟などは、その定番だったし、〝ラーメン〟を含めた〝中華〟などもそうだった。また、もとは洋風の〝ピザ〟も、ビカビカに目立つスクーターで宅配している。それが〝ケンチキ〟にも広がり、このごろでは〝ほっかほっか亭〟も〝出前〟をするらしい。こうした現象には需要の停滞が反映しているのだろうか、あるいは競争の激化によるものか。これから高齢者が急増するから、活発に動きにくい人たちの数もどんどん増える。買い物が自由にできなくなると、宅配は大きな力になる。一時期、食材の宅配のPRをよく見かけたが、あれはどうなったかしら。届けられた材料を自宅で調理しないといけないのだろうから、そこがネックになって案外と伸びなかったのかもしれない。またデイケアなどは、もちろん〝出前〟や〝宅配〟ではないが、自宅まで迎えに来てくれる。誰もができる限りは自宅で生活したいと思う。また病気になっても自宅で療養したいと願う人も少なくないだろう。さてさて、〝宅配〟の話に戻ろう。日本の平均的家庭がどのくらい出前を頼んでいるのか。その回数なんて知りようがないけれど、わが家は少ない方ではないかと勝手に思っている。おそらく年間で多くても3、4回といったところだろう。その宅配をこのごろ頼んだ。家内が風邪気味になり、私の方も仕事で遅くなったこともあって、〝出前〟ということにした。自宅の郵便ポストに入っていたPRで、ある外食チェーンが〝宅配〟をはじめたことを知っていた。〝へえーっ、ここも宅配するようになったんだねえ。いつか頼んでみるか〟。家族でそんな会話を交わしていたことがあった。 |
すぐに忘れる粘着質 2012/02/16(木)3300
人にはそれぞれの癖というか、個人的な特性があります。私に関して言うと、〝終わったことは忘れる〟タイプだと思うんです。人生の中では〝忘れてはいけないこと〟があります。それが〝個人〟に関わることであれば、少なくとも他人には影響を与えないわけです。しかし、そのことが、自分以外の人から〝忘れないでほしい〟と思われていることもあるはずです。そうしたことは、しっかり覚えておく必要があります。しかし、〝それに気づく〟ことはけっこうむずかしいのではないでしょうか。人は自分で〝気づかない〟うちに他人に影響を与えているのです。もちろんそれは、〝悪いこと〟だけではなく、〝いいこと〟だってあるでしょうね。ともあれ、そんなわけで、〝忘れやすい〟私は、自分が書いたものについても、けっこう〝忘れやすい〟んです。論文でも〝書いたらおしまい〟というところがあります。よく言えば、〝過去の仕事〟よりも〝未来〟に向かってチャレンジできる。〝過去〟に縛られないということです。しかし、本当は〝過去〟があって、その上に〝新しい〟ものを積み重ねていくことが〝進歩〟なんだと思うんですね。その点で、わたしの〝忘れやすい〟特性は、大いに問題を抱えていることになります。しかし、そう言いながら、自分は〝粘着質だ〟とも公言しています。この〝味な話の素〟だって、そうです。われながら、〝粘着質〟だからこそ、まだ続いているのだと思っています。まあ、そんなことで、もう2年近くも〝忘れていた〟マニュアルに関わるコラムを復活させようというわけです。〝やれやれ〟と言うべきでしょうか、あるいは、〝どこまでいっても治らない〟というべきでしょうか、〝基本を守らない〝トラブルが絶えないですよね。 |
マニュアル問題の復活 2012/02/15(水)3299
どんなことも〝基本が大事だ〟と言われます。これに反論する人はいないでしょう。そして、〝基本〟という限り、それは大抵は〝小さいこと〟に決まっています。それこそ〝基本的なこと〟なのですから。となると、それを守ることも簡単なように思えます。しかし、世の中には、〝基本を無視した〟ために起きたとしか考えられないような事故やトラブルが絶えません。その昔、石川五右衛門が処刑されるとき、〝石川や濱の真砂は尽きるとも、世に盗人の種は尽きまじ〟と辞世の句を詠んだのだそうです。これはものすごい表現です。砂浜にある砂粒はとにかく無数で、とてもその数をカウントするなんてできません。しかし、その砂がなくなっても、この世に盗人がいなくなるなんてことはない…。五右衛門の台詞を引用するのは不適切だと叱られそうですが、〝事故やトラブル〟、ついでに言えば〝組織の不祥事〟は、人間がこの世にいる限りなくならない。そんな弱気になるほど、組織の困った問題は絶えることなく発生しています。その原因は様々だとしても、〝基本が守られていない〟ことは、その筆頭にあげられるでしょう。〝想定外〟ということばはありますが、そうした中には、〝基本さえしっかり押さえておけばよかったのに〟と悔やまれるケースが多いのではないでしょうか。むしろ、ほとんどの問題が、〝基本をないがしろにした〟ことから発生している。そんな断定的な表現をしたくなるのが現実ではないでしょうか。この〝味な話の素〟でも、そうした中で〝マニュアル〟に焦点を当て考えていたことがありました。もうずいぶんと昔のことで、遡って探してみましたら、最後は2010年4月20日号だったことが判明しました。シリーズ物でNo35までいっています。 |
見てはいけないものを見た… 2012/02/14(火)3298 Continued from 01/21
自称〝映画好き〟の〝映画物語〟を、ちょっとお休みにしていました。ときどき思い出しながら続けましょう。一般の映画館が取り上げない作品は電気館まで出かけます。それは熊本市の繁華街にあるのですが、ご多分に漏れず、中心街の映画館はここだけになってしまいました。経営者がしっかりがんばっていますが、なかなか厳しいものがあると思います。そして、一般的な映画になると、わが家から歩いて5分(ちょっと)の〝MYシネコン〟に行くことになります。とにかく近いのが最高です。角川系の〝シネプレックス〟というのですが、音響も相当に充実していて、大いに満足できます。とにもかくにも、その昔、映画は娯楽の代表選手でした。とにかく白黒テレビさえなかった時代なのです。私の家もけっこう映画好きだったようで、けっこう映画館で座っている記憶があります。宇津井健が扮する〝スーパージャイアンツ〟などは、アメリカの〝スーパーマン〟のパクリのようなものでしょうが、子どもとしては大いに楽しみました。シリーズもので、母親に連れて行ってもらって、ほとんど全巻を見たのではないかと思います。そのころ新東宝という映画会社があって、そのこともしっかり記憶にあります。あるとき、予告編だったのでしょうが、何とも妖艶なシーンが流れたことがありました。その記憶はかなり曖昧なのですが、とにかく場違いというか、私は小学校の3年生くらいだったと思います。そんな子ども心にも、〝見てはいけないものを見た〟といった気持ちになったことだけは、いまでも記憶にあります。たまたま近所のおばさんも一緒に観に来ていた。そんなところまで思い出すのですから、人の記憶はすごいですね。それから50年以上も経っているのです。 |
福島とスマトラ島沖地震 2012/02/13(月)3297
もう1ヶ月を切った。あの震災から1年目を迎える日である。映像で見る限り、がれきなどはずいぶんと目に見えなくなってきた。ただし、これはあくまで遠くのわれわれが見る〝映像〟である。がれきの処分については、受け入れ先も含めて、まだまだ問題は解決していない。いま生きているわれわれにとっては、かつて経験したことのない、まさに未曾有の大災害である。その当然の結果として、報道を代表に、膨大な量の情報があふれている。そうしたなかで、東京電力福島第一原子力発電所の深刻な事態についても、〝事故調査・検証委員会〟をはじめとして、その分析が進行中である。私もグループ・ダイナミックス的な視点から、〝安全〟をキーワードにした仕事をしてきた。そうした経緯から、調査・検証委員会の最終報告がどのような内容のものになるか、きわめて重大な関心をもっている。この時点で推測できることは、〝純粋なハードエラー〟が問題になることはないだろうと言うことである。もちろん、直接の原因は電源が喪失したこと、それを補うためのディーゼルエンジンが津波による浸水で使えなくなったことにつきる。その結果として炉心を冷却するための水が回らなくなった。これはすべてハードの問題だが、そのハードを配置する場所を含めて、意思決定したのは人間にほかならない。今回の大災害について考えるとき、私はどうしてもスマトラ島沖で起きた地震のことを思い出さずにはいられない。あれは2004年年12月26日のことであった。沖合で起きた巨大な地震が信じられないような大津波を発生させた。それはインドネシアを筆頭に大きな被害をもたらした。その規模はマグニチュード9.1、インドネシアだけでも13万人を超える人命が失われている。 |
ビデオのお勧め 2012/02/12(日)②3296 Continued from 02/07
喜劇映画を観ていて思わず笑ったら、私だけだった。そんな話を中学生にしたのですが、そこにKTくんが反応したわけです。まずは〝マナーいはんだと思いました〟と指摘されたことは前回書きました。それに続きがあるのです。〝なのでわらえるえいがでわらうのはビデオなどを買ったりかりたりして家で見るときにわらってください〟と指導してくれました。〝なあるほど、そんな思いで聞いていたのかぁ〟と苦笑しながら、ちょっと疑問がわいてきました。何と言っても喜劇映画なんですよね。〝おかしいとき〟は笑わないといけないんです。と言うよりも、喜劇映画は〝笑うため〟に観に行っているわけです。ところが、彼は〝声を出して笑う〟ことが〝マナーいはん(いつものように原文のままです)〟と感じたのです。これは私の推測にすぎませんが、KTくんは映画館に喜劇を観に行ったことがないのかもしれません。そんな時代なのでしょうか。私なんぞは、子どものとき白黒テレビさえなくて、映画でしか動く映像を見られなかったわけですね。だから、悲劇も喜劇も、荒唐無稽な空想物語も、とにかく映画でした。そんな習慣が身についたのでしょうか。私は劇場映画のビデオを借りてきて自宅で楽しむことはまったくありません。映画館に集まった知らない同士が一つの場面で大笑いする。それっていいと思うんですけどねぇ。さてさて、私に貴重なアドバイスをくれたKTくんでしたが、感想文の最後を読んで感激しました。〝はなしかたはおもしろかったので少しはあきづにきいてられると思いました〟。じつに嬉しいことを言ってくれますね。これだから子どもたちに話をするのがやみつきになってしまうんです。高校にも出かけますが、この点は中学生が最高ですよ。 |
異質性の国 2012/02/12(日)①3295
アメリカではWASPが国のリーダーシップを取ってきたことは事実のようだ。その一方で、アメリカは〝ほとんどあらゆる人種〟を受け入れてきた。もちろん、人種差別などに代表される深刻な問題はいまだに引きずっているのだとは思う。そうした点は無視できないとしても、少なくとも〝多様性〟、あるいは〝異質性〟を受け入れる心理的なレベルは世界の国の中で最も高いのではないか。きわめて一般的で単純な事実だけれど、集団の場合、構成員が〝等質〟よりも〝異質〟である方が、プラスの効果が多い。一丸となって突っ走るときは〝等質性〟の高い方が効果的なこともある。あまり考える必要がない状況である。しかし、少しでも〝創造的発想〟が求められはじめると、〝等質集団〟はこけやすい。戦後の高度成長路線を右肩上がりで謳歌していた時代は、わが国の〝等質性〟はこの上ない推進力の根源になった。しかし、〝追いつくものがなくなった〟などと、自信過剰ともいえる状況になった途端に、その力が失われはじめた。まさに、あのときが坂の上まで来たのだった。あとは〝下る〟しかないのだろうか。もしそうだとすれば、優雅に下りたい。それはともあれ、最高度の〝異質性〟を実現しているアメリカだから、その底力はやはり相当なものであるはずだ。それにしても、〝人種の多様性〟が高まるということは、それだけ個々人の違いも大きくなって、〝一つの旗の下で一丸となる〟ことがむずかしくなる。いわゆる国民国家という。人種や文化、あるいは価値観、そしてもともとお互いが近くに住んできた、ある程度は似たような人々同士がまとまって一つの集団をつくる。そして、〝ここから内側は私たちの住むところだぞ〟と宣言する。これが国家なのだろう。 |
元寇と英国 2012/02/11(土)3294
私たちがイギリスと呼んでいる国に住んでいる人はもともとヨーロッパ大陸から進出してきたのである。それは、縄文から弥生時代のような〝歴史的事実〟がはっきりしないころのことではない。その時は5世紀ころと言うから、しっかり〝歴史〟のなかに残っているのだ。〝元寇〟とは、文永の役(1274)と弘安の役(1281)と呼ばれる〝蒙古襲来〟事件である。このときは〝神風〟が吹いて敵を撤退させてたことになっている。それが史実と比べてどうなのかは知らないが、多くの日本人がそのように聞いてきたと思う。もし、このときに蒙古側が侵攻に成功していたら、現在の日本列島の形は同じでも、日本という国そのものがあったかどうかもわからない。もちろん状況はまったく異なるが、今のイギリスは、外部からの侵入者によって成立したということである。私たち日本人は、何となく今のイギリス人たちも日本と同じように、太古の昔にやってきた人たちの末裔であると思っているのではないか。このあたりは、歴史をちょっとでもご存じであれば常識なのだろうが、私なんぞは〝へーっ、そうだったんだあ〟と嬉しがる。いつものように話は長くなったが、ともあれアメリカをリードしてきたのは、WASP、つまりは〝白人のアングロサクソンでプロテスタント〟と呼ばれる人々である。いわゆるエリートなのだ。第3番目の〝プロテスタント〟は、いわゆる〝宗教改革〟によって登場した新教という程度のことしか知らない。ルターやカルバンの名前が思い出される。古くからキリスト教会を動かしてきたローマン・カソリックに対する運動の結果生まれた。その〝禁欲的〟〝合理的〟な考え方が、資本主義の発展に大きく貢献したと分析したのがマックス・ウエーバーである。 |
WASP 2012/02/10(金)3293
もちろん、いまでもアメリカの底力はものすごいのだと思う。その力の源泉の大きな部分は、〝異質性の取り込み〟ということだろうか。ところで、〝WASP〟という略語がある。これは、〝White=白人〟〝Anglo-Saxon=アングロ・サクソン〟〝Protestant=プロテスタント〟の頭文字をつなげたものだ。一般的にアメリカの支配層を指している。まずは白人であること。そして〝アングロ・サクソン〟だが、その呼び名は知っているが、私なんぞは、細かいことになるとあやふやになる。もともとは5世紀ころ、現在のドイツ北岸、南部からグレートブリテン島に進入してきた人々のことである。〝グレートブリテン島〟というのは、われわれがイギリスと呼んでいる国のうち、アイルランドを除いた大きな島の部分である。かなり無理があるが、私の目には〝左を向いたウサギ〟のように見える。ただし、アイルランド島やマン島などとともに、ブリテン諸島を構成するというから、またややこしい(このあたりはWikipediaによる)。われわれは、いや少なくとも私は、イギリスはドイツやフランス、さらにはオランダなどとは違う人たちが住んでいると思っていた。しかし、歴史を振り返ると、イギリスは大陸から進入してきた人たちが作り上げたのである。もちろん、人類はアフリカで生まれたらしいから、そもそも出生の地以外は世界中のすべてが進入されたことにはなる。しかし、それは〝歴史以前〟のことである。私たちの祖先にしても、かなりおおざっぱに南方から来ただの、大陸からだなどと言う。北方からだってやってきただろう。はじめに縄文時代があって、それがそのまま発展して弥生時代になったなどと思っていたら、そもそも縄文人と弥生人は違うのだそうな。 |
アメリカの目 2012/02/09(木)3292 Continued from 02/06
SONYが出した有機ELテレビは11インチだった。その先に進めないうちにSamsungが大型を投入するという。それは〝円高〟のせいではなく〝実力の違い〟なのである。太平洋戦争が終わったとき、GHQの総司令官ダグラス・マッカーサーは、議会で〝日本人は12歳の少年〟と言ったという。その真意は必ずしも日本人を否定的に表現するだけではなかったようだが、とにかくアメリカから見れば、われわれはその程度だったのである。そして、モノを作っても〝安かろう悪かろう〟と笑われていた。小学校の担任が〝日本製品は安いけど、ぼろい〟などと自虐的なことを話していた。車にしてもしかり。私自身が大学生のころ、日本車がアメリカの雑誌にPRを載せたというだけで驚いたものだ。〝あのすごいアメリカ車に勝てるなんてあり得ない〟。誰もがそう思っていたのではないか。たしかに、そのころすでにソニーをはじめとして、トランジスタラジオなどでは海外でもそれなりの評価を得ていることが知られていた。しかし、それは〝ちっちゃなモノ〟に限定されていた。世界の中で相対的に小さな体格の日本人に〝ぴったし〟の製品でもあった。しかし、〝勤勉な(?)日本人〟は、地道に努力して腕を磨き、ついにはアメリカからテレビ産業をなくしてしまった。そして、アメリカの命ともいえる車にしても、ついにGMを吹き飛ばすがごとき力を持ったのである。こうした流れの中で、アメリカ人たちはどう考えたか。現実を受け止めざるを得なくなるまでは、〝自分たちの方が優れている〟と思い続けていたのではないか。それだけではない。〝液晶の原理はアメリカ人が発見したんだ〟〝もともと日本はずるいことをするアンフェアーな国だ〟などと批判しなかったか。 |
とにかく大げさ 2012/02/08(水)3291 Continued from 02/06
ほんの90分ほどの講演をしただけなのに、振込のため通帳のコピーまで提出しろというんです。さすがに〝おとなしいこと〟を、少なくとも自認している私も〝そんなことまでしないといけないのなら、もう講師料はいらない〟と回答したわけです。その結果、コピーは無しでもいいということになりました。しかし、同時に3年ほどリピートしていたこの件も〝お呼び〟がかからなくなりました。仕事そのものは、それなりの評価をいただいていたと思っていました。それが〝切れた〟のは、私が〝切れた〟からなのかなあ…。ともあれ、90分の講師料を頂戴するために、私は〝債権者〟になったのでした。そのときの額は記憶にないし、また憶えていたとしても具体的なものを提示するのも品がありません。ただ、〝私は債権者だぞーっ〟と言えるほどのものでなかったことだけは疑いありません。さて、この通知書の別ページには、いくつかの注意書きが掲げられていました。まずは、①内容に誤りがないかどうかを確かめること、そして、②当該機関から支払いを受けるときには〝債権者番号〟が必要になるので通知書を大切に保管しておくこと、また③内容に変更があったときは先方に届けないと支払いをしないことが念押しされています。最後には④当該機関と取引が2年間ないときは〝債権者〟の登録は取り消されることも確認されていました。何とも大仰な内容ですよね。私が推測するところ、いわゆる大手のゼネコン会社と業務契約をするときも、この方法が採用されているのでしょうね。そんな仕事であれば、数億円の工事費などにもなるに違いありません。それとまったく同じ方式を90分の講師料の支払いにも適用しているということなんです。とにかく大げさなのです。 |
中学生からのアドバイス 2012/02/07(火)3290 Continued from 02/02
冷たい布団に足を伸ばせば、あっという間に温かくなる。だから、とにかく嬉しくて、思わず意味不明の〝UdoDoDoDoo〟と叫ぶ。そんな体験が、年のせいでしょう、やや弱体化してきました。そこで、懐かしの湯たんぽを仕入れたわけです。もちろん金属製ではなくプラスティックの1リットル入りです。これにお湯をたっぷり入れて試してみました。いやはや天国ですなあ。その抜群の温かさは言いようがありません。そこで、自力で温まったのではないのに、〝UdoDoDoDoo〟と叫んでしまいました。何という幸せなことでしょう。さて、これは〝中学生の感想文シリーズ〟であることを確認しておかねばなりませんね。いつの間にか〝UdoDoDoDoo〟物語になっちゃってました。ところで、生徒の皆さんから教えられることも多いんです。KTくんは〝ぼくはダイエーや百円ショップでけっきょくなにも買わないのはちょっとくらいはいくなら勝ったほうがいいと思いました〟ではじまります。これで引用は8人目、これまで通り原文のままです。私は〝店にある商品を見ているだけで嬉しくなる〟と言いながら、人はモノの見方次第で〝楽しくなれる〟ことを強調しました。その流れの中で、ダイエーや百円ショップを具体的に取り挙げて、〝だからモノを買わないでも楽しい時間が過ごせる〟とまとめたわけです。KTくんはここに反応したのです。さらに私に対するアドバイスが続きます。〝えいがかんでえいがの最中に声を出しているのは、マナーいはんだと思いました〟。これは喜劇映画を観に行ったときの話をもとにしています。観客が家内と私を含めて8人しかいなかったんです。映画の途中で〝おかしい〟場面があって笑ったら、何と私だけだったという話をしたのです。 |
〝幻想〟との決別 2012/02/06(月)②3289
電機大手4社が大きな赤字を出す見込みになった。かつては日本経済を引っ張ってきた業界だが、先の見通しは厳しい。テレビなどの映像メディアでは、わが国はすでに韓国の後塵を拝している。たしかに電子部品は日本から輸出しているので、韓国製が売れれば日本も儲かるという側面はある。しかし、それも〝今のところ〟という条件を付けなければならない。台湾のコンピュータも大きな力で世界に影響を与えている。もちろん中国は言うまでもない。そして、今度は自動車が同じような事態を迎えるのは時間の問題である。私はこのコラムで、ヨーロッパにおいては、電子系のSamsungやLG、そして車のHyundaiが日本を押さえて圧倒的な存在感を示していることを書いた。ヨーロッパの空港で目に付くのはSamsungであり、LGなのだ。ウィーンの空港にドでかいPRをしているのはHyundai自動車である。それはもう5年ほど前のことになる。そうそう、昨年出かけたイスタンブールでも、空港にはHyundaiのコマーシャルが大きくアピールしていた。ともあれ、われわれはこうした事実をまずは受け止めることが必要だ。その上で新たな行動を考えていかなければならない。その際に、〝本当はわれわれの方が実力がある〟などといった〝幻想〟は、もういい加減に振り払うことからはじめなければならない。そんな発想では〝追いつく〟ことすらできない。すでに〝彼らの方が上〟なのである。リチウム電池を実用化したのは旭化成やソニーだが、その生産量は韓国が上回ったというニュースを聞いたのは昨年だったか。有機ELテレビも家庭用を最初に開発したのはソニーだった。しかし、その後の進展が見られないうちに、Samsungが大型を投入して突っ走る気配である。 |
私は債権者? 2012/02/06(月)①3288
ある自治体からいきなり〝あなたは債権者〟という趣旨の文書が送られてきたわけです。最初は何のことか、まるで理解できませんでした。私が〝債権者〟なんて、心当たりなどありません。そう思いながら往復はがき大の文書を読んでいくと、最下段に〝所属〟が書かれていました。それを見たとき、〝ああ、なあるほど〟と合点がいきました。その数ヶ月前でしたか、そこへ出かけていって講演をしていました。つまりは、私の口座に講演料を振り込むための〝正式な文書〟だったというわけです。それがわかった途端に思い出しました。それはある教育関係の機関でしたが、そこでお話をしたあとで住所や口座番号を記入する書類が届きました。これがまたものすごかったんですね。ただ書くだけでなく、私の銀行通帳の一部でしたが、そのコピーを送ることまで要求されていたのです。たしかにこの数年は〝オレオレ詐欺〟など、世の中を騒がせる犯罪が頻発しているので、多くのところが神経を使っていると思います。しかし、この書類を受け取ったときはそんな妙なことなんかまったく起きていませんでした。じつを言うと、やり過ぎだと思って、温和な私(?)も不愉快になってしまいました。そこで、〝まことに申し訳ありませんが、コピーまで必要だとおっしゃるのでしたら、もう講演料は頂戴しません〟と啖呵を切ったのです。やや興奮しすぎだったかもしれません。これに対しては、〝コピーは不要です〟という返事をいただきました。そんなやりとりがあって、今度は〝あなたを債権者として登録しました〟という書類が送られてきたわけです。そう言えば、その後は〝また来てちょうだい〟のお声はかかりません。それまで3年ほどでしたか、リピートしていたのですが…。 |
現代国家? 2012/02/05 (日)3287
震災関連の会議について議事録が作成されていなかったという。これを聞いたとき、〝唖然〟ということばしか頭に浮かばなかった。われわれのような十数名の会議でも議事録は作る。公的な会合であれば、それは〝常識〟以前の問題だ。未曾有の災害でそこまで気が回らなかったなんて、理由にしてはいけない。プロなのだから。会議の場所が大地震で津波が襲ってきたというのならいざ知らず、ちゃんと話をしたのでしょうに…。それとも、ほとんど支離滅裂の会合だったから記録に残せなかったのか。国会や裁判ではいまだに速記で、録音は採用されていないのかもしれない。それでも、〝緊急事態〟なのだから、ボイスレコーダーくらいは使おうという発想すらなかったのだろうか。今では1,000時間も録音できる製品すらある。しかも、価格は1万円を切っている。これを10個でも購入すれば10,000時間、毎日24時間の会議をぶっ続けたって416日分も記録できるのである。何とも嘆かわしい。いやしくも現代国家の体をなしていない。人様のことばかりは言えないが、この国はたしかに〝劣化〟している。いつもは、いやと言うほど文書主義なのに、大事なときには文書も残せない…。文書と言えば、ちょっとした文書の思い出がある。もうかなり前の話になるが、ある地方自治体から私に〝登録内容及び債権者番号通知書〟なるものが送られてきた。〝この通知書は大切に保管してください〟と注意書きがある。相当に重要なものに違いない。そして、〝あなたから提出された債権者登録申出書の内容を左記のとおり登録しましたので通知します〟と続く。往復はがき大のものだが、〝登録内容〟として、私の住所と氏名、電話番号、さらには銀行口座番号などが印字されている。 |
〝Aさん〟と〝倫理的行動〟 2012/02/04 (土)3286
人間にとって〝モラル〟は永遠の課題であり続けるのでしょう。地球上に人類が生まれてから今日まで、〝モラル〟が問題にならなかった時代があったのでしょうか。人間に限らず、生命体は第一義的には〝生きる〟ことを前提にして〝生きて〟います。個体としての人間は消滅しても、次の世代を作って〝生き続け〟ようとしてきました。〝人はパンのみにて生きるにあらず〟とは言いいますが、それもまずは〝生きて〟いることを前提にしていますよね。まずは〝生きなくっちゃあ〟お話にならないのです。そして、その〝パン〟も、目の前にぶら下がって食べられるのを待っているわけではありません。それを得るためには、それなりの努力が求められます。その際に欠かせないものがあります。それは〝他の人〟たちです。おそらくすべての生き物と同じように、人間は〝ひとりで生きていく〟ことができないのです。もちろん、そんな理屈を考えるまでもなく、生きていきために必要ですから、最初のうちは自然に、そしてその後は状況に適応するように、集団や組織が生まれていきました。現実的ではありませんが、ここで人間が〝ひとりしかいない〟という状況を考えてみましょうか。その一人を〝Aさん〟と呼ぶことにして、この〝Aさん〟には〝倫理的行動〟、あるいはその反対の〝非倫理的行動〟というものが想定できるのでしょうか。朝〝Aさん〟は太陽の日差しに促されて目を覚まします。すぐに軽い空腹を感じます。そこで、やおら外に出て食べ物を探すことになります。もちろん生活体験を積み重ねるうちに、食料を蓄える術を身につけることでしょう。それが習慣化していれば、朝食は外に探しに行かなくても済ませることができます。まずは、〝朝ご飯〟が終了です。 |
アスリート・シップ?失格 2012/02/03 (金)3285
大分県のアーチェリー協会が提訴されたという記事があった(毎日新聞 12/16)。国体で不調の選手がいたらしく、診断書をねつ造して交代させた。交代した選手を含めた3人の団体競技で3位になった。ところが、その後に不正が発覚したため記録が抹消され、賞状も返還しなければならなくなった。問題は、その選手が不正で交代したとは思っていなかったことである。もちろん、〝体調が悪いから代わる〟こと自身は認識していたはずである。しかし、細かい手続きなどについてはわからないのが当然だ。そこで、〝不正を知らずに競技に打ち込んだ選手が責めを負わされ、精神的に苦痛を受けた〟と慰謝料を求める訴えを大分簡易裁判所に起こしたのである。選手の気持ちは大いに理解できる。じつにひどい話だ。これは2008年の国体のことである。深刻なのは、この協会が翌年の09年の国体九州ブロック大会でも同じ不正をしていることである。時間的には、こちらが先に明らかになり、それから前年の件が発覚したようだ。地元で開催された国体本番で〝まんまとうまくいったから、また九州ブロックでもやっちまえ〟ということだったのだろう。これではスポーツマン・シップ-今日では、アスリート・シップと言うべきでしょうか-もなにもあったものではない。いやいや、わざわざ〝スポーツ〟を出すまでもなく、単なる人としての常識の問題である。とにかく勝つためには不正だってする。しかも〝ばれなけりゃ、それでいい〟という精神構造が重なり合わされる。そんな風潮が世の中全体に広がれば、国は崩壊するしかない。それほどの〝大事件ではない(?)〟ので、その後の経過まで報道されるかどうかわからないが、人を不幸にさせるようなことをしてはいけない。 |
湯たんぽの衝動買い 2012/02/02 (木)3284 Continued from 01/30
冷たい布団に入って〝すぐに温まるぞーっ〟と思うと〝UdoDoDoDoo〟叫びたくなる。この話は中学生にけっこう〝受けた〟ようです。さすがに還暦も過ぎた私ですから、声を上げて叫ぶなんてことはなくなりました。しかし、その気分と言いますか、精神構造にはほとんど変化がないままでいます。心の中で、〝UdoDoDoDoo〟というところです。生徒たちへのメッセージとして、〝気持ち次第で楽しくなる〟ということは伝わったと思います。ただし、このごろは足先の温暖化率が昔ほどではなくなってきました。これは間違いなく〝老化〟のせいに違いありません。そんなこともあって、久しぶりに〝湯たんぽ〟のことを思い出しました。そう言えば、まともな暖房器具など何もなかった時代に、〝湯たんぽ〟は冬には大活躍のサポーターでした。私が子どものころは金属製でしたが、今ではその多くがプラスティック製です。さらに昔は陶器製だったようです。湯たんぽの起源はこれまた古くて、中国は唐の時代に〝湯婆〟と呼ばれていたんですって。〝湯婆〟が〝tangpo〟と発音するので、日本に来てから〝たんぽ〟になったといいます。〝婆〟は〝妻〟や〝母親〟のことを指していて、その体温に支えられながら眠るということなんですね。いやあ名前の由来もすばらしいじゃないですか。わが国に到来したのは室町時代で、〝たんぽ〟を器具だと考えて、それに〝湯〟を入れることから〝湯たんぽ〟になったといいいます(起源からここまではweb〝語源由来辞典〟による)。ともあれ、温暖化率の低下を自覚して、ホームセンターに行ってみました。いやあ、あったあった、ありました。金属製のものまでありました。そこでやや小ぶりの1リットル入りを衝動買いしたのです。 |
〝大好き〟なのはわかるけど… 2012/02/01 (水)3283 Continued from 01/31
魁皇は私と同じ福岡の出身でもあり、できればケチなどつけたくはない。それに、彼としては既存の制度に則ってのことだから責任はこれっぽっちもない。そういえば、同じ九州は大分出身の千代大海も、この点ではすさまじかった。彼の場合は角番の場所が14回で最高記録保持者である。それに次ぐのが13回の魁皇なのである。第3位が栃東の8回だから、二人は群を抜いている。ちなみに大関在位はともに65場所と、これまた歴代トップである。魁皇にしても、千代大海にしても、間違いなく相撲が好きだったはずだ。それはそれでいい。野球の工藤選手とまったく同じである。おそらく〝生涯一捕手〟と言っていた野村克也氏も〝野球好き〟に違いない。しかし、野球の場合は実績が伴わないと使ってもらえない。大好きな試合に出ることができないのである。相撲協会も理事の交代があったようだが、大関の角番システムも考え直さないと、その地位にふさわしい役割を果たす者がいなくなる。横綱の朝青龍は強かったし、白鵬の力も飛び抜けているのだろう。しかし、それにしても大関が何人もいるのに、優勝争いに顔を出すことがどのくらいあったのか。そうは言うものの〝大関〟はいわば最高位である。そこで、1回だけは2場所連続負け越しまでは地位を保証する。しかし、その次はとにかく負け越したら直ちに降格するというのはどうだろう。そもそも関脇や小結は昔からそうなっているのである。相撲が大好きでいつまでもとり続けたいという力士は少なくない。それはすばらしいことである。初場所は、角界のロボコップ高見盛、元関脇栃乃洋に若の里、そして前頭3枚目までいった武州山などが十両でしっかりがんばっていた。大分出身の垣添は幕下16枚目だった。 |
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