吉田道雄 YOSHIDA, Michio
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味な話の素
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 No 100  2011年08月号 (3094-3124)
ラストまで漕ぎ着けて… 2011/08/31 Wed-3124
 それまで沈黙を守ってきた出席者を指名すると、これがけっこう長い話をされる。ほんの少し前に会議の終了時間が迫ってきていることは伝えているのだが、それほど時間を気にしているようには見えないことが多い。そして、また次に名前をコールした人も、またそこそこ長くなる。こちらとしては5分程度と考えているのだが、そうは問屋が卸さない。そして、ようやく最後の出席者になるのである。これがまたきわめておもしろい展開を示す。時間が迫っているようですから、ほんの一言≠ニいった発言が出るなんてことは、私の記憶には残っていない。その代わり、こんな光景が蘇ってくる。ご自分が最後であることをご承知の出席者が発言しはじめた。私が最後のようですね=Bその通りである。そもそもこの委員のお話があったとき、私としては引き受けたものかどうかと迷いました=Bまずは基本の基本であるそもそも論≠ゥらはじまるのである。私としてはえーっ≠ニ思うのだが、まあこれは日本人特有の謙譲的ご挨拶なんだろう。こうした前置きはそれほど珍しいものではない。同じ会議でも、何人かが似たような発言をされることがある。それはそうなのだが、とにかく時間が迫っている。すでに会議は○時までです≠ニ宣言≠オた、あるいは予防線≠張ったつもりなのだが、そんなことはまるで頭にないように見えるのである。さらに、いかにも余裕をお持ちで、その場の笑いを取るような話も付け加えられる。私自身も公的な会議でけっこう冗談を入れたりする。だから、人様のお話に文句をつけるなんてことは、天に向かって唾する≠謔、なものである。ただし、それも時間的な余裕がある会議の前半、あるいはせめて中盤にしていただきたいのである。
残り時間20分… 2011/08/30 Tue-3123
 まだ発言していないメンバーが数人いるのを念頭に置いて、終了時間を提示する。これによって時間も気にしてね≠ニ伝えるわけだ。たとえば、残り時間が20分くらいのときに4人ほど発言していない人が残っている。これだと1人あたり5分である。会議のはじめころから発言される方の所要時間には個人差がある。しかし、経験的には5分くらいが多いと感じている。とくにスタート時はいろいろな意見が出ていない段階でもあり、なかにはご挨拶≠ェわりといった方もいらっしゃる。さらにくわしい話はあとでという気持ちだろう。したがって、1人5分程度という数値はとくに短いとは思わない。一応は、座長として最後に簡単なまとめ≠することが期待されている。しかし、この5分くらいのまとめ≠することはほとんどない。なにせ、残り時間が20分で1人あたり5分だと、それだけで制限時間に達してしまう。まあ、しかしそれはそれでいいと思っている。とにもかくにも、そうした計算をした上で、□□さんにはまだご意見をお出しいただいていませんね≠ネどと声をかける。じつを言うと、ここからの展開がいつもビデオを繰り返し見るように似てくるのである。司会にとっては今日も同じだなあ体験≠繰り返している。それまでサイレントを維持していた方が、指名されると、ネタをずっとお腹のなかに溜めこんでいたかのように話し始める。そして5分経過しても止まらない。すでに意見を出した人たちよりもよほど長いのである。最初はご挨拶がわり≠フつもりでいた人たちは、もう一度しっかり言わせてよ≠ニ思われていることだろう。しかし、ここに至っては、その時間は残されていないのである。司会者としてはまことに申し訳ないと思う。
無言の人 2011/08/29 Mon-3122
 会議でだれかが口火を切ると、それをきっかけに発言が出始める。それが3人目、4人目と伝播していく。司会者としてはなかなかいい調子だと安心する。しかし、そうした状況の変化があってもしっかり口を閉じている人もいる。いいたいことがあるけど言わないのか、まだ発言する内容が固まっていないのか。お互いに頭の中は見えないので、そのあたりはわからない。しかし、そうこうするうちに時間は確実に進んでいく。こうしたお役を引き受けた際には、いつもこんな挨拶をする。今日は○人の委員がご出席されています。会議は○時までです。会議ではすべての方からご意見をいただきたいと思いますので、とにかく‘我先’というお気持ちでご発言ください=Bそんなこともあって、同じ会議でも複数回になってくると、吉田座長のことですから、結局は話さないといけなくなると思いますので≠ニ言った前置きをつけて発言される方も出てくる。そのタイミングはすでに時間が経過していることもあるが、こうした反応は司会者にとってありがたい。しかし、まだ依然として数人は発言のないままという状態が続く。そこで、やおら指名をすると、ようやく口を開いてもらえる。ところが、これまでのサイレント状態をカバーするかのように、いざ話がはじまるとけっこう長いことが多い。それならもっと早めに率先してご発言いただければよかったのにと思ったりする。そして、さらに残り時間が気になるほどの状況になってくる。それでも、3、4人が発言しないままということが少なくない。そこで、私はいま○時○分です。終了時間は○時○分ですから、ご意見をいただくのは○分までにさせていただきたいと思います。それが私に与えられた仕事です≠ネどと発言する。
座長の仕事 2011/08/28 Sun-3121
 自治体の委員会などが主催する会議で座長を引き受けることがある。長≠ニは言いながら、いわゆる司会役である。主催者が、それぞれの立場から意見やアイディアを出していただけると期待した方々が委員として委嘱されている。私もそのなかの1名ということになる。そこで、メンバーの意見に自分なりの考えを繋ぎながら、会議の進行を図る。そして、最後には座長として5分程度のまとめ≠するというのがおよそのストーリーである。いずれにしても、出席者の皆さんから積極的に意見を出してもらうことが仕事だ。会議の時間は1時間というショート型から3時間ほどかかるものまでいろいろある。またきわめて少ないが、午前・午後を使う超ロングランの会議もある。いずれにしても、どんな会合であっても、あらかじめ時間が設定されている。そこで司会としての私は、設定された時間を守ろうと思う。ごくごく当然なことである。また、与えられた時間内にすべての出席者から話を聞こうとする。メンバーは様々な領域から選ばれているのだから、少なくとも1回は発言してもらわないといけない。あるいは発言するのは義務でさえあると思う。とは言いながら、これは日本人に特有の傾向なのかどうか知らないが、いの一番に手を挙げて発言する人はほとんどいない。率先して口火を切る$lはきわめて少ないのである。そこで時間がもったいないと考える司会者としては、まずはこの人はどうだろうかと当たりをつけて、誘いをかける質問をする。そうすればその領域で仕事をしている人だからきちんとした意見を出してもらえる。最初のとっかかりができると、いい雰囲気になる。その人が発言した内容にも刺激を受けて手を挙げるメンバーが出現してくるのである。
ベテランの負力 2011/08/27 Sat-3120 Continued from 8/23
 すでに存在している規則やマニュアルは≠ニにかく守る。これが基本である。ただし、不都合なものがあれば、いつでも手を加えたり、場合によっては破棄するという条件をつけておくことだ。問題があればそれに気づき、率先して改善策を提起していくのは、やはり職場のリーダーである。次は、 自分の考えがすべて正しいとは限らないので,人の意見も尊重するという意見がある。きわめて素朴だが、倫理的な行動を考える際に重要な視点だ。規則やマニュアルに対して、いろいろと理由をつけて守らない≠アとの正当性を主張する。職場で影響力をもった者がそれをすると収拾が付かなくなる。それでも自分は問題を起こさない≠ニいうよりも自分の判断の方が正しい≠ニ思い込んでいるから、いわば確信犯だと言える。いわゆるベテランが陥りやすい落とし穴である。本当はルール違反であるにも拘わらず誰もそれを指摘できない。その人物が組織のトップにいるのでない限り、それをただすべき上役はいるはずだなのが、それができないのである。あるいは上役が問題だと指摘しても言うことを受け入れないといったこともある。そうこうしているうちに重大なトラブルや事故を引き起こしてしまう。一定規模以上の組織であれば報道もされる。ベテランであればあるほど、その道のプロとして、あるいは次の世代のモデルとして、守るべきはかたくなに守る∞変えるべきは率先して変える≠ニいう姿勢で行動したいものである。人の意見を尊重する≠フは、他人に屈する≠アとではない。それが自分たちの仕事をさらに安全で良質なものにするための力になるのである。そんな発想で人の意見を取り入れていく力が、とくに職場のリーダーに求められているのである。
帳場のセンス 2011/08/26 Fri-3119
 それにしても、大声で領収書はいりますか≠ネんて言ってほしくない。もちろん、それが必要な場合は本人の方から要求するはずである。それを聞いてから準備すればいい話だ。何も言わないのに領収書はいりますか≠ナは参ってしまう。しかも大声のオプション付きである。なあんだ。お祝いでごちそうになったのはいいけど、経費で落とすのかあ=Bそんな思いになられたのでは、せっかくの気持ちもパーになってしまうで。そうかといって、いまの聞こえた?今日のは私の財布だからね≠ネんて注釈なんてあり得ない。このお店は接待でもよく使われるのだろう。そこで先手を打って客に聞いただけのことに違いない。しかし、それなりのお店であれば、こうした小さなことに気づいてくれないと白けてしまう。やれやれ…。ところで、もう随分と昔の話だが、もう一つ領収書物語≠思い出した。家族ぐるみでお付き合いしていた親子と食事に行った。いよいよ支払いになったとき、先方から私がまとめて払います≠ニ言われた。そこで、わが家に応分の金額を預けて私はトイレに行った。小用の済むタイミングがじつに悪かった。ドアを開けた瞬間に声が聞こえた。領収書ください=B私は聞いてはいけないものを聞いた気がした。おやおや、わが家の分も合わせた食事代を経費で落とすんだあ…=B完璧に家族同士のプライベートなお食事会なのだが、この領収書も有効に活用されたのだろう。このことがあったからではないが、その後にこのご家族と食事をする機会はなくなった。地方議会の議員さんには政務調査費なんてものがあって、ここでも領収書が大活躍しているらしい。真偽のほどは定かでないがキャバクラの領収書もあるという。何の調査をされるんだろう。
領収書はいりますか 2011/08/25 Thu-3118
 領収書はいりますか=B支払いのカウンターで呼びかけられた。そのお店では、それなりに貫禄のある女性が発した大声だった。いりません=B私は反射的に答えた。しかし、ちょっと小声だったかもしれない≠ニ思った。これだといりません≠ニ答えた声が聞こえなかったかもしれない…。熊本市内にあるそこそこの日本料理店での体験である。聞こえなかったかもしれない≠ニ思ったのは2人の若者だ。じつは、かなり以前から知っていた2人が結婚することになった。晴れの式にご招待いただいたのだが、あいにくと仕事があって出席できなかった。そのときは祝電で勘弁してもらったが、その代わり、夕食をごちそうすると約束したのである。そこまでは良かったのだが、なかなか日程が合わずに延び延びになっていた。その約束をようやく果たすことができる日が来たのである。そこで楽しい夕食がはじまった。まったくの偶然だが、このお店は2人がご家族と初めて食事をしたところだという。そんな話も加わって、大いに喜んでもらった。私としても大満足したことは言うまでもない。そして、無事に食事が終わって支払いをする段階になった。お店のつくりから、彼らが先に出入り口の方へ行ったのだが、支払いのカウンターからそれほど距離がなかった。女性から金額を聞いてから、私はカードを出した。そのときである。領収書はいりますか≠ニ大きな声が響き渡った。その迫力に押されたわけではないが、いりません≠ニいう私の声は蚊の鳴くようなひ弱なものだった。少なくとも主観的にはそう思った。そもそも大学の教員に接待費などあるわけがない。それに、仮にもそんなものがあったとしても、知り合いとの会食費に回せば、犯罪的な公私混同である。
その前の日 2011/08/24 Wed-3117 Continued from 8/22
 3月11日の4時ころ、私は大学の会議を終えて仕事場に戻った。そのときちょうど事務室にいた同僚から東北地方ですごい地震が発生したらしい≠ニいう話を聞いた。しかし、そのすごさ≠ノは実感がなかった。そのとき同僚から原子力発電所も大丈夫ですよね≠ニいった意味合いのことも言われた。私がグループ・ダイナミックスと事故防止の研究をしており、原子力発電所でも安全文化醸成に関する講演をしていることを知っていたからである。私は地震が起きると緊急停止装置が働くから大丈夫でしょう≠ニ素人レベルではあるが、そんな答え方をした。それはこれまでも、地震が起きるたびに確実に繰り返されてきたことだった。新潟で地震があった際も、柏崎・刈羽原子力発電所の原子炉は緊急停止していた。ただし、あのときは使用済みの燃料を冷やしていたプールの水が揺れのためにこぼれたことが明らかにされていた。それを思い出しながらプールの水の方は少し気になりますが≠ニも言った。それから仕事場にあるテレビのスイッチを入れた。愕然とした。おそらく仙台市の海岸だったと思うが、海から津波が押し寄せて陸地を浸食し、家やビニールハウスを破壊しながら押し流している空からの映像だった。多くの車が逃げ惑っているように見える。それは、これまで見たことのない映像だった。その瞬間、明日の新幹線開業の放送はなくなったな≠ニ確信した。3月12日は九州新幹線が全線開業する日だった。九州では数日前から盛り上がりを見せ、全国ネットで晴れやかな開業行事が流れることになっていた。そのため九州にゆかりのあるタレントもやってきて、いよいよ明日です≠ニいったPRをしていた。しかし、その前日に未曾有の災害が発生したのだ。
約束を守ろう 2011/08/23 Tue-3116 Continued from 8/20
 とにかく決められたことが守られない=Bだから問題が起きる。ただ守らないというのではまずいから、それなりの理由付けはする。そのなかでも実情にあっていないから≠ヘもっとも多用されるものだろう。たしかにそうした現状があるのは事実だろう。しかし、だから決められたこと≠軽視したり無視するというのでは問題をさらに大きくするだけである。それならそれで、柔軟に変えていく≠フが正しい選択である。そもそも、人間の世界は約束事≠ナ成り立っている。しかも、それらが合理的∞論理的≠ノ決められているかと言えば、そうでもない。たとえば、20歳未満は喫煙、飲酒≠ニ法律で決められている。この20歳という年齢制限は人間の生理に関する科学的な根拠から導き出されたものではない。それが証拠には海外では18歳で飲酒可の国もある。ものを盗んだときに科される窃盗罪にしても、どうして10年以下の懲役又は50万円以下の罰金=i刑法235条)なのか。それが11年でも、あるいは10年と6ヶ月でもなく、10年以下でなければならない合理的な理由はないはずだ。その根拠が他の罪とのバランスということもあるだろう。しかし、それなら、そのバランスを取っている罪に科される年限は科学的な理由づけが可能なのか。こうして考えていけば、詰まるところはそもそもは世間の常識≠ニいうことになるのだろう。突き詰めればその程度のことなのである。しかし、そうだからといっていい加減にしていい*ではない。そもそも約束≠ェできるのは人間だけである。犬がいつもの約束通り3時にはおやつをくれ≠ネどと訴えたりはしない。人間しかできない*束≠セからこそ価値があるのだ。決まったからには守ろうではないか。
博多座の前日 2011/08/22 Mon-3115 Continued from 7/22
 映画わが心の歌舞伎座≠見に行ったのは1月30日のことである。その帰りには家内と娘に向かって博多座に行くぞーっ≠ニ叫んでいた。という話を7月22日の本欄に書いた。その勢いを受けて家内が博多座のチケットを取った。その日は3月12日であった。それは九州新幹線が全線開業する日だった。私の都合を優先した結果この日になったのである。しかし、それが新幹線の開業日と重なっていることは購入後まで気づかなかった。単純に当日は混むだろうなあ≠ニ思った。私は雑踏が苦手である。また長蛇の列に参加することができない質なのである。どんなに評判のお店があっても、3人以上並んでいたらあきらめる。そんなわけで、混雑を避けて、前日から移動しようと決めて、博多のホテルを予約した。そして、いよいよその日がやってきた。当日は午前中に附属中学校の卒業式があった。昨年度はちょっとした役職を兼ねていたことから来賓として出席した。もう8年ほども昔になるが、ご縁があって附属中学校の校長を体験≠オたことがあった。そこでこれが最後のチャンス≠セという思いもあって卒業式に出かけたのである。附属中学校の合唱はピカイチである。このときも素晴らしい歌声を聞いた。それが終わって、午後からは大学の会議に出席した。私の仕事場は京町という、熊本城に連なる台地にある。教育学部の附属小中学校と同じキャンパスである。そのため、授業や会議の際は4kmほど離れた熊本大学まで出かける。その会議が終わって再び仕事場に戻ったのは4時ころだっただろうか。たまたま事務室で同僚から、東北の方ですごい地震があったらしいですよ。東京でも火事が起きているみたいです≠ニ聞いた。そこでテレビのスイッチを入れた。
水≠ェすべて 2011/08/21 Sun-3114 Continued from 8/19
 スマトラ沖の大津波≠フ映像を見て、自分たちのところにも同じようなものが襲ってくるかもしれない∞あの規模の津波だとひとたまりもない=Bそんな恐怖を感じ、そのことを発信した人もいたと思う。しかし、結果としては、そうした声が現実の対策に社会に影響を与なかった。ギネスブックに掲載されるほどの防波堤すら飲み込むような津波である。まさに想定外だったということなのか。原子力発電所でも、スマトラの津波≠フ際には、それが議論になったかどうか。報道によれば、国の機関でも長時間の停電そのものが想定されていなかったという。人間は時計を逆に回すことはできないが、これから様々な検証を進めていく必要がある。それにしても津波という形を取った水の力の凶暴さにはことばを失ってしまう。住宅を根こそぎ流し、車を浮かせる。当然のことながら船は波とともに陸上にまで流れていく。そして、それらのすべてのモノが、そのまま凶器になって、破壊を増幅していく。さらに引いていく波が、破壊を続け、海に命も物もを奪い去っていく。そのすべてが水≠フ力なのである。命にとってなくてはならない水、柔らかでモノもこころも洗ってくれる水。それがすべてを奪う凶器にもなるのである。一体全体水≠ニは何なのか。福島の原子力発電所の場合も、まずは水≠ナ発電機能が失われた。そして、その結果として原子炉の冷却ができなくなってしまった。地震の揺れに対応して原子炉が停止したところまでは予定通りだったのである。ただ、そのあとに水≠ェ動かなくなった。原子炉の安全を保つための砦≠烽ワた水≠サのものなのである。過度の単純化は避けるべきだが、今回の震災のキーワードはすべて水≠ノつきるのではないか。
 お知らせ: 8月20日7:00〜14:00は、点検停電のため、ホームページ≠ノアクセスできなくなります。
規則やマニュアル、そして法律 2011/08/20 Sat-3113 Continued from 8/15
 決められたことを守る。あえて組織人に求められる行動基準として取り上げるものでもない。まさに人間としての倫理≠フ基本である。しかし、それが守られないことは現実を見れば明らかだ。新聞の社会面は、倫理違反≠フ事件に充ち満ちている。われわれの身の回りにある規則やマニュアルのなかには、あるいは法律でさえも実態に即していないものがあることは間違いない。それらを一つひとつ地道に改善していくことが何よりも優先されるべきである。法律の制定、改正は国会が独占的にもっている権限である。国民生活に直接関わるものや話題になった法律は報道されやすい。しかし、現実にはかなりの法律が作られたり改正されている。ただし、国家というレベルになると、その対応に柔軟性を欠くことが多い。とくに政局≠ネどと言う、まさに永田町的な用語があって、権力争いが優先する。政局:@政治の動向、政情 A首相の進退をめぐって、政治の主導権をめぐる争いが表面化すること≠ナある。これは政治上の大きな変動をいう「政変」≠ナはない。とくに政権交代の可能性や当確の兆しなどをいう≠ニされる(以上、電子版スーパー大辞林)。そんなわけで、国会の会期中にもかかわらず、何をするか≠ネどそっちのけで誰がなるか≠ナ大騒ぎしている。ただし、いまでも委員会などでの審議はしているのだと思うのだが、マスコミ的にはそんな情報の価値は低いのだろう、まったくと言っていいほど見聞きしない。やれやれである。その点、常識人が集まった民間レベルでは柔軟な対応を期待したい。と言いたいのだが、まあこれも人の世なのか、国会と比較すればどうなのか知らないが、規則やマニュアルなんてものもなかなか変わらないものだ。
他山の石… 2011/08/19 Fri-3112
 つい先日はナイヤガラの滝で行方不明になった日本人がいるというニュースが流れた。これも転落が直接の原因ではあるが、最終的には水の中に消えていったのだ。そして、天竜川の事故も、そもそもは水の流れを楽しむはずだった。しかし、それが水によって命まで奪う惨事になる。そして、だれもが水の凶暴さ≠ェ知らされたのが3月11日だった。人々が往き、住んでいる土地に侵入していくあの光景を前にして、誰もが声を失ったに違いない。いまは映像機器が普及して、さまざまな映像が繰り返して放映された。そのすべてが津波の恐ろしさ≠伝えた。映像的には、おそらくすべての日本人がスマトラで起きた大津波を知っていたはずだった。あの巨大な地震が起きたのは2006年12月26日のことである。その際のマグニチュードは9.3だったと言われている。今回の震災は9.1で史上第4位だという。スマトラのときも、津波が海岸を襲い、そのまま洪水のように街にまで襲ってきた映像が流された。日本人の誰もが驚き、恐怖感をもったと思う。しかし、それはやはり対岸の火事だったのだろうか。今回のような大地震は確率的には1000年に1回くらいしか起きないものだという。しかし、それはあくまで確率である。その数値が低いからといって、それが今日は起きない≠アとを保証しているわけではない。スマトラ沖地震は、わが国からそれほど遠くないアジアの地で現実に起きた大災害だった。あの映像を見れば、誰だってあれほどの津波が自分たちのところに来ればひとたまりもない≠ニ思ったはずだ。しかし、それが自分たちの現実になると考えた人たちがどのくらいいただろう。さらに、そのことを警告した人は、そして、それにまじめに応えようとした人は…。
命の水 2011/08/18 Thu-3111 Continued from 8/14
 水は生き物にとってなくてはならないものだ。水を飲まないままでいると生命に問題が起きる。それだけではない。水を使って手を洗う、掃除をする。また、詳しくは知らないがものをつくる際にも水は欠かせない。かつては世界をリードした半導体にしても、豊富な水≠ェ得られるという理由で、熊本にも多くの工場ができた。九州全体がシリコンアイランド≠ニ呼ばれていたことが懐かしく思い起こされる。さらに日本語では水に流す≠ニも言う。水がもっている洗浄力を人の関わりにまで適用した典型的な例である。それに加えて、湯水のように使う≠ニいう表現もある。古来から水資源に恵まれてきた日本らしい言い回しだ。それも今は昔の話か、ペットボトルの水が売られるようになって久しい。また水はじつに柔軟でやさしい。冬になると冷たいけれど、汚れた手を蛇口の下にもっていくと変幻自在、指の間もすり抜けながら汚れを落としてくれる。土の中にもしみこんでいく。だからこそ熊本では水道水の100%を地下水でまかなうことができる。暑くなれば汗となって体温を下げてくれる。こうして水の効用を挙げていけば、それだけで百科事典ができるのではないか。それほど水はものすごい力をもっている。ここまで読まれた方は、これだけプラス面≠強調したからには、そろそろマイナス面≠出してくるに違いないと予想されている。まさにその通りである。水は生きるためになくてはならないものだが、その一方で人間の命を脅かすことも多い。いつの年も夏になると海水浴での水の事故が報道される。また、いわゆる地球温暖化で、わが国も亜熱帯化しているのだろうか、このごろの雨は半端ではない。まさにゲリラ豪雨となって町や村を襲ってくる。
スイカ色の感動 2011/08/17 Wed-3110
 孫が指さした丸ごとのスイカを見て、吉田家のゲイツ夫妻は意を決した。しかし、これまで丸いスイカを買ったことがあるかどうか、その記憶すらない。もちろん、子どものころは別である。冷蔵庫がない時代には水を入れた桶などに入れて冷やしていた。その中で中で井戸は最適の場所だった。ひんやり冷えたスイカを包丁でザックリと割る。食べる人数も多かったと思う。何分にも割ってしまえば、それを水で冷やすことができなくなる。冷蔵庫なんてないのだ。そのまま放置していればハエが集まってくる。そんな時代しか、スイカを丸ごと買った記憶がないのである。そうは言いながら、昔は丸ごとが常識だったような気がする。お店でカットしたものを買っても自分の家で冷やせないからだ。つまりは冷蔵庫が普及したことでカット版が生まれたのだろう。それに、核家族化が影響しているに違いない。おじいちゃん、おばあちゃん、それに子だくさんの家族であれば、スイカの1玉だって食べてしまうことができる。さてさて、こうしてゲイツ夫妻≠フ大英断によって、吉田家に大玉のスイカがやってきた。あの何というか、ビニールの紐でつくったスイカ用のバッグが懐かしかった。まだあったんだあ≠ニ感動した。自宅で孫がおなかに抱えてと体重計に乗った。その重さはほとんど孫と同じ10kgだった。大きさから言えば貧弱にさえ見える吉田家の包丁をおばあちゃんが差し込んだ。ザックリと二つに割れたスイカは、まさにスイカ色≠していた。ようやく1歳半を越えた2番目の孫も一緒になって思う存分に味わった。しかし、適当なところで水腹になってしまった。ほぼ半分近くは息子のお友達家族にお裾分けすることにした。これからは、やっぱし切り売りだよね。
吉田家のビル・ゲイツ 2011/08/16 Tue-3109
 私は吉田家のビル・ゲイツ≠ナある。あるいは吉田家の孫正義≠セと言ってもいい。正確には、孫から見れば≠ニいう注釈がつくのだが…。先月のことである、息子から電話があった。孫がおじいちゃんにお願いがあると言っているらしい。電話では言えないほど大事な用件だという。そうなればじゃあ、すぐにでも出てきなさい≠ニいうことになる。本人に会って聞いてみるとスイカ≠買ってほしいと言う。なあんだ、そんなことか。じつにおやすいご用だ=Bとにかく私はビル・ゲイツなんだから。それにしてもスイカぐらい食べさせとけよ≠ニ息子に対して言おうと思ったが、とにかく果物がそろっているスーパーに出かけた。熊本は植木のスイカが有名だが、これは早い時期に収穫して高級品として首都圏などでも評判がいいらしい。そんなわけで、本格的な夏になると熊本のお店には鳥取産が並んだりする。ともあれ、あった、あった。おいしそうな赤いスイカがいくつもある。さあ、どれがいい≠ニゲイツは余裕綽々で問いかける。これにたいして孫の反応が今ひとつなのである。これじゃない≠ニいう顔をしている。どうしたの≠ニ聞くと、孫は別の方を指さした。そこには大人の顔が2人分は隠れてしまうのではないかと思うほど大きな丸いスイカが座っていた。孫は幼稚園でスイカ割りでも体験したのだろう。ざっくり切ったスイカではなく、丸ごと1個を包丁で切る流れを体験したかったである。これにはさすがに和製ビル・ゲイツも心の中でたじろいだ。なにせ、鳥取倉吉≠ニラベルが貼ってある大きな玉には3,800円≠フラベルも付いているではないか。私は、和製メリンダ・ゲーツと目を合わせた。ちなみにメリンダはビルの奥さんである。
社会の常識、組織の非常識 2011/08/15 Mon-3108 Continued from 8/13
 正直者が馬鹿を見る=Bそうした考えがメンバーのなかに広がっていれば、不当な行動≠ェ正当化≠ウれたりもする。2) 公平で客観的な立場からものを見る=Bもちろん正論ではあるが、言うは易く行うは難し≠フ代表だろう。そもそも、公平∞客観的@ァ場というものが必ずしも明確ではない。あえて言えば、自分たちに不利益なことであっても、現実を認める¢ヤ度が必要だということだろう。その場合も、厳密な意味で客観的≠ネ判断をしているかどうかはわからない。しかし、少なくともそうした気持ちで仕事をしている限り、倫理から逸脱した行為をする可能性は低くなる。こうしたとき、職場のリーダーが自分たちにとって不利なことでも事実は事実として認める≠ニいう姿勢を示すことは部下たちの考え方に大きな影響を及ぼす。2) 会社のルールが社会のルールにあっていること=B外部から見れば常識では考えられないことも、職場の中では当然のこととして通用している。こうした現実があることは、組織の大きな事故や不祥事が起きるたびに目にする報道でも明らかにされることが多い。それにしても、社会の常識≠ゥら外れていることを組織の構成員たちは気づいていなかったのだろうか。その可能性は低いのではないか。少しばかりおかしい≠ニは思いながらも、様々な理由をつけて仕方がない≠ニ自分たち自身にも言い聞かせる。現実はそんなところではないか。そのことに気づかないほど、人は鈍感ではないはずである。あるいは、全員が自分たちの行動規範に疑問をもっていても、それを口に出すことをしない。集団にはそうした力が働くものである。私もおかしいとは思ってはいましたが、自分から言い出すことができませんでした=B
 水=@2011/08/14 Sun-3107
 地球上の生き物は海≠フ中から生まれた。そこには様々な栄養素があり、また細胞を育てる環境が整っていた。まずは単細胞の生き物が生まれ、長い年月をかけて進化して、ついには魚になった。その魚が陸に近づいて空気中でも呼吸ができるようになる。はじめは水陸両用で生きることができる両生類が生まれた。それがさらに陸に上がり、地を這い、そのうち足もできた。その足も4つだったからじつに安定していた。ワニなど、地を這う動物たちは耳が発達していないらしい。地面を伝わる振動が世の中の動きを伝えてくれるから、空気の振動を感じる器官などはあまり必要ないのだ。それがいつだったのか知らないが、ついに2足で立ち上がる動物が生まれた。それが人間だ。いずれにしても、生命は水≠フ中で生まれた。そして生き物の基本単位である細胞も水≠ナ満たされている。それがわんさか集積した人間では、60%が水であり、新生児の場合は80%に達するという。つまり、人間は水だらけ≠ネのである。だから水がなければ生きていけない。熱中症で亡くなる人まで出る厳しい夏だが、とにかく水分を補給することが大事なのである。それはそうと、年をとってくると喉の渇きを覚えなくなるという。いわゆる老化現象であるが、私はすでにその域に達している。ふっと気がつくと、2コマ続けて授業をしたうえで昼食を摂っているときですら喉が渇いていないのである。これは相当に危ないことらしい。そんな話を聞いてから、けっこう意識して水分を摂るようにはなった。そういえば子どものころは昼休みなどに炎天下で遊び回り、汗だくだくで水道の蛇口に口を当てた。ゴックン、ゴックン≠ニ喉が鳴った。そのときの水のうまさは、この世のものとは思えなかった。
不当なことはしない=@2011/08/13 Sat-3106
 罪の文化≠行動の基準にしているとされるアメリカでも、盗聴事件≠ナ大統領が辞任を余儀なくされた。これは歴史的な大事件である。そんなわけで、どんな文化といえども倫理≠ヘ永遠の課題なのだ。そこで、私は複数の祖危機に働く人々にストレートな質問をしてみた。いま,「企業倫理」の確立が求められています。あなたにとって「倫理的に行動する」とはどんなことでしょうか.また、どんな行動が「非倫理的」だと思いますか。具体的にお書き下さい≠ニいうものである。じつはその結果については、すでに本欄で触れたことがある。しかし、まだまだ紹介していないものが数限りなくあるため、改めて少しずつ紹介しいきたい。そこで再開の第一弾として、1) 誰から見ても不当だと思われる行動(仕事)をしない≠挙げてみよう。われわれには、いわゆる常識≠ニいうものがある。もちろん、人間の世界にすべて≠フ人々が完全に一致する基準はない。しかし、それでもこれは常識だ≠ニか、それをやってはおしまいよ≠ニいった共通の認識はある。そして、そうした行動を取らないのは当然のことである。しかし、それが質問に対する回答として出てくるのだから、当然≠フことができていないのである。不当≠ナあるにも拘わらずしてしまう。そこには個人、組織の要因などさまざまな理由があるだろう。あるいは制度的な不備も考えられる。しかし、誰もが&s当だと思うのであればしてはいけない。そんなとき、個人でも組織でも、そこにはある種の後ろめたさ≠ェ漂っているはずである。そうした状況では、とりわけ管理者の意思や行動が重要な役割を果たす。少なくとも職場のリーダー自身が率先して不当な行動を実践するようではお話にならない。
倫理と神の声 2011/08/12 Fri-3105
 人間は生きている限り課題を背負っている。その人間たちが構成する組織もまたしかり。とりわけ倫理≠ヘ人間にとっても組織にとっても太古の昔から課題であったし、これからも課題であり続ける。社会的な問題が起きたとき、そこには大なり小なり、倫理≠フ問題が存在している。いまではコンプライアンス≠ネる用語が一般的になった。これを法令遵守≠ニ言う人もいたが、法律さえ守れば、あとはどうでもいい≠ニいう気持ちなら、すでにその時点でコンプライアンス%Iには問題なのである。その昔、文化人類学者のルース・ベネディクトが日本人を分析しして、菊と刀≠ニいう本にまとめた。そのなかで、日本人の行動は恥の文化≠ノ基づいているとし、自分たちの方は罪の文化≠セと考えた。彼らは、いわば神の声≠基準に行動する。これに対して日本人は社会の声≠気にして行動するというわけだ。そうだとすれば、社会の中で生きていくためには、あるいは人との良好な関係を維持していくためには、少しばかり問題があっても非倫理的行動≠とってしまうことになる。自分たちを振り返ると、たしかにそうした力が働きやすいことはわかる。しかし、そうであるなら彼の国では非倫理的な問題≠ェ起きないのかというと、なんのなんの、そうでないことは現実を見ればすぐにわかる。むしろ、アメリカの方が国も組織も規模が大きいだけに、問題が起きれば社会全体に与える影響は途方もなく大きい。すでに過去の歴史になったとは言え、アメリカのトップであると同時に世界のリーダーであるはずの大統領自身が、敵陣営に盗聴器≠仕掛けるという、信じ難い非倫理的行動≠ニいうより低次元≠ニさえ言える犯罪を犯したことがある。
パワーシフト 2011/08/11 Thu-3104
 アメリカが巨大な負債を抱えて、世界経済に暗雲が垂れ込めている。オバマ大統領がアメリカの国際はAAAだ≠ニ発言しても、それを単純に信じるほど市場は甘くない。こうした状況に対して、アメリカ国債を最も多く保有している中国がアメリカ政府を非難した。自分たちには文句を言う権利があるといいのである。債権者だから、いい加減な経営をしている債務者に、もっとまじめにやれ≠ニ言うのは当然なのである。そして、軍備費の削減≠ノも言及する勢いである。さらには、国際通貨をドルから転換すべきという主張も見える。こうした要求や批判に対するアメリカ国内の反応は知らないが、軍備費≠竍ドルの信頼性≠ノまで文句をつけられたのには反発もあったのではないか。しかし、アメリカの方が債務者なのである。ここにはパワーシフト≠フ兆しが見える。日本も中国に次いでアメリカ国債をもっているが、こちらはまず文句を言わない。この点が日中の明確な違いである。中国は債権を外交の切り札として使う。いま中国が債権をすべて売り払うなどと言えば、アメリカ経済は破綻する。しかし、人ごとではない。中国は日本の国債だって相当量を保有しはじめているのではないか。何十年も前からどんなに赤字になっても、国債は国内で消化しているから大丈夫≠ネどと言う専門家がいる。景気がよくなればあっという間に債券は消えてなくなる≠ニ言う者たちもいる。それなら、どうすればいつごろ景気がよくなるのか。ほんの少し前は史上最長の景気だと言っていたのに、どうして赤字が減ってないのか。一体全体、どのくらい成長≠キればいいのか。何のことはない。専門家と言われる人間たちが、ひたすら破滅を引き寄せているだけではないのか。
アイディア勝負 2011/08/10 Wed-3103
 それにしても、Cars≠フアイディアには驚かされました。これからご覧になる方には申し訳ないので、差し支えがあるようでしたら、この先はお読みにならないでくださいますか。すごいアイディアだというのは、とにかく登場人物(?)がすべて車なんですね。つまりは車社会の物語ということです。まあ、だからCars≠ニタイトルがついているわけで、考えてみればこれほど当たり前のことはないのです。しかし、その点にこそ、これまでのアニメとは違う際だった特徴があるわけです。じつは筋書きもしっかりしていて、どんでん返しもある。途中でどうしてなんだろう≠ニ思った疑問にもちゃんと答える。俳優たちが演じる普通の映画と変わりないのです。しかし、とにかくすべてが車なんです。そこには人間がまったく登場しない。日本はアニメの世界で先頭を切って走っているといわれています。それは間違いないのでしょうが、こうしたアイディアについてはどうなんでしょうか。これはディズニーが配給する映画でしたが、この会社は昔からこの方面で強いんですね。私が子どものころ、砂漠は生きている≠ニいう、タイトルをすぐに思い出すようなインパクトの強い映画もつくっています。そんななかで動物を主役にする物語などはお得意中のお得意でしょう。そして、ついには車≠セけのストーリーにまで到達したということでしょうか。同じ≠謔、なストーリーでも視点を変えればまったく違った世界が開ける。すごいなあと感心します。仕事だってそんなところがあると思われませんか。いつも同じ、同じ。だから退屈、退屈≠ネんて嘆かないで、ちょっとばかり考え方を変えてみませんか。ともあれ、孫とはじめて体験した映画鑑賞はすばらしいものでした。
割り込み 2011/08/09 Tue-3102
 孫がポップコーンのサイズをL≠ニ言ったのは、おそらく父親と行ったときには2人分だったのでしょう。ともあれ、その日はお母さんのS≠ニいう情報が優先しました。ポップコーンなら、私としてはキャラメル味≠選びたかったのですが、孫は迷うことなく塩味≠ニ断言しました。そしていよいよ入場です。小さな子供用にイスの上に載せるクッションを持って、エッチラオッチラと指定の席まで上っていきました。ちゃんと30分前にはチケット売り場に並んだのですが、それでも3人が並んで座れるのはM列≠セったのです。それは最後尾から一つ前でした。ところで、並んだ≠アとで思い出しましたが、ポップコーンの売り場の整理はじつにまずかったなあ。カウンターは4つほどあったのですが、その中央に並んで空いたところに進む感じでいたわけです。ところが、それを無視して空いたところにさっと行った人がいました。やれやれ≠ニ思った瞬間にその後ろにも数人が並んでしまったのです。これではもうどうしようもありません。私たちから見れば割り込んだ人≠ヘ真ん中に人が並んでいるのには気づかなかった≠ニ言うかもしれません。しかし、それはないでしょうよ。子どもを入れれば、中央に5、6人が一列に並んでいるのに気づかない≠ネんて、そんなに感受性が低いのでは困るんです。おそらく、お気づきになりたくなかった≠でしょう。こんな小さなことから社会の規範が変わってくるんです。とくにこれからの日本を背負ってもらう子どもたちに、割り込んだが勝ち∞ボケーッとしている方が悪い≠ネんて価値観を植え付けないでくださいよ。もっとも、シネコン側がこうした事例が起きないように対応しておくべきなんですね。
Cars 2011/08/08 Mon-3101
 Cars≠ニ聞いて、すぐにピンとくる方はどのくらいいらっしゃいますか。私もつい最近、知りました。そうなんです、これってディズニー≠フアニメなんですよ。そのアニメに孫から招待≠ウれたのです。それは6月の父の日にさかのぼります。もうすぐ5歳になるのですが、その孫からおじいちゃん、映画に行こう≠ニ赤い大きな袋をもらったんですね。その中に、これまた下敷きになりそうなデッカイ入場券が入っていたわけです。本人とおばあちゃんの分も合わせて3枚でした。そしていよいよ夏休み、大公開となりました。もちろん、孫と映画を観るのは今回が初めてのことです。孫が生まれて初めて映画を観たのは1年半ほど前だったでしょうか。そのときも、おじいちゃんと≠ニいう声もあったのですが、人生最初のこと≠ヘ親子で体験すべきだと主張しましたよ。そこで、おばあちゃんとおじいちゃんは生まれて間もない2番目の孫と遊んでいたわけです。孫の初めての映画はあんぱんまん≠ナした。もう少しで終わりというときに、預かっていた孫が泣き出して、お母さんを呼び出すことになってしまいました。そんなわけで、お母さんは最後のいいところを見損なったんじゃなかったかなあ。まあ、それでもとにかく最初の映画は親子で楽しんだのです。劇場から出てきてからの第一声が大きかった≠ナしたから、とてもいい体験だったことがわかりました。その後も父親と何回か映画に行っていたようです。そして、いよいよおばあちゃんたちとの映画鑑賞と相成りました。まずは、入場する前にトイレでしっかりおしっこです。それから、ポップコーンと飲み物を買います。サイズを聞くと本人はL≠ニ言いましたが、お母さんに確かめるとS≠ナした。
倫理というもの 2011/08/07 Sun-3100
 ある学会で倫理綱領≠フ作成に関わったことがある。いまや世界中で倫理≠ェ問題にされる。コンプライアンス≠ネる言葉もほとんど日本語になってきた。輸入された当初はcompliance≠法令遵守≠ニ呼ばれたりもしていた。これはじつに狭い定義で、法律さえ守れば、あとは何をしてもいい≠ニいう屁理屈を誘発しかねない。基本的には法律を守る≠アとは当然である。それが問題を含んでいても、現前している限りは守らねばならない。悪法も法なり≠ニいうことである。もちろん、歴史を振り返れば一部の権力者が都合のいいように決めた法律もある。それらに対しては、あえて法を犯す≠アとで体制を変革する場合もあった。いわゆる革命である。いずれにしても、われわれは常識的な行動≠とっている限り、倫理規定≠ネどいらないし、コンプライアンス≠燒竭閧ノならない。そんなことで、倫理綱領≠ヘ簡単な方がいい、つまりは条文も少なくすべきだと考えた。第三者が見たら、皆さんたちは、こんなことも文章にしないといけないんですか≠ニ言われる。そこには、いかにも幼稚な人たちですね≠ニいう嘲笑も込められている。と、まあそんな理屈で可能な限り簡素なものを提唱した。それは他の学会と比べると簡素すぎるほどのものだ。これではあまりにもひどすぎる≠ニいう意見が噴出するかと思ったが、とくに異論もなく受け入れられた。その後にやはり問題だ≠ニなって、バージョンアップされたかと思って当該学会のホームページを覗いてみたが、いまのところそのままである。ついでながら、法律にしても本来はない方がいいのだ。みんなが常識的な考えをもって、他人を傷つけず、ちゃんと生きていれば法律なんていらない。
インタビュー 2011/08/06 Sat-3099
ながら族≠セ。仕事をしながら<宴Wオのスイッチを入れた。誰だか知らないが若者に対するインタビューらしきものが聞こえてきた。いま、わが国は様々な問題を抱えています。国民がそれなりの生活ができるようになったのはよかったのですが、そのあとがいけない=B問題山積というわけですか=Bそれはそうでしょう。みんなが豊かになったように見えますが、その結果として経済優先、とにかくお金さえあれば何でもできるといった風潮が支配的になってしまった=Bどうやら、正義感あふれる若者へのインタビューのようだ。たしかにその声は自信にあふれている。そんな状況を突破するために政治に関わろうとされたのですね=Bそうです。いまの政治を見ていると居ても立ってもいられなくなったのです=Bそうですねえ。ただ、今回は落選ということになりましたね=Bとても残念ですが、今まで以上に勉強します=B若者は政治家を志しているようだ。ところで、あなたが理想とする政治家は誰ですか=B正直、いまの政治家にそんな人はいません。ただし、こんな人だけにはなりたくないという人物はいますがね=Bええ、そうなんですか。よろしければその人の名を聞かせていただけますか=Bお聞きになるまでもないでしょう。いまの総理大臣ですよ=Bこのとき、若者の声をどこかで聞いたような気がした。ところがその瞬間に番組が終わってしまった。そして、アナウンサーの声が聞こえてきた。今日は改革を訴える若者の代表、菅直人さんにインタビューしました=B不思議なことに、1970年代の放送が私に聞こえたのだった。情熱にあふれていたこのときの若者はいま自分が最も嫌っていた人物≠ノなっているのではないか…。
それを言われちゃあ… 2011/08/05 Fri-3098
  尊敬=B組織のトップに求められるキーワードはこれしかない。実際に尊敬されているかどうか、それを客観的に測定する物差しはない。しかし、それを言われたらおしまいよ≠ニいった目安はけっこうあるものだ。たとえば、天下り≠オた人物が、現場の人たちからこんなことを言われていないか。いままでなかったのに、新しい役職ができちゃったね。どうしてかと思ったら、新しく来た○○さんのために用意してたんだあ=Bあるいは、それは本当になくてはならない新規の役職だったのかもしれない。しかし、その必要性が現場には伝わっていない。それに、○○さんて、なにしてんだろうね。10時ごろに出てきて、2時か3時には帰っちゃうよね。それにいつも新聞とか本を読んでいるだけじゃあないの≠ネんて言われては、役職の必要性について説得力のある説明はむずかしい。さらに、いくらか知らないけど、給料もけっこう高いんだろうね。もともと年金だってもらってる年だけど、それでもほしいモンはほしいんだよね…=Bいかがだろうか、これは私の創作ではなく、ある若者から聞いた職場仲間たちの会話&ィ語である。ご当人はそんな話をされていることをご存じでなのだろうか。もちろん、それが直接的に聞こえるはずもない。しかし、ちょっと鈍感ではござんせんか≠ニ言いたくなる。いやいや、そんなことはありません、ちゃんと知ってますよ≠ネんてお答えはあるんでしょうか。そうだとすれば厚顔無恥としか言いようがない。なにもしないで報酬を手にし、若者から陰口をたたかれても平気だなんて、よくやってられますなあ。そうです、そんな話をされないように、しっかり仕事をすればいいんです。とにもかくにも尊敬≠ウれましょうよ。
尊敬≠フ相互作用 2011/08/04 Thu-3097
  NHKのグリコ・森永事件≠見ていて、組織のトップがどうあるべきかについて考えさせられた。犯人を目の前にしていながら、組織的な指示で止められた¢謌齔の方々は、あれで何の問題もなかった≠ゥのように聞こえる元トップの発言をどんな気持ちで聞いただろうか。番組では、どう見ても、トップの判断に問題があったと受け止められる流れになっていた。そんなことで、元トップの発言を不快に感じたかもしれないが、あるいはわかる人にはわかってもらえる≠ニ気持ちが落ち着いただろうか。ここで勝手な推測をしてもはじまらない。それにしても、トップが構成員たちから尊敬されることは、組織にとって欠かせない。そのポイントは、トップがすべての人々を尊敬≠オているかどうかにかかっている。もちろん、それは口先だけのサービスではなく、確固たる人生観としてそうした気持ちを持ち続けてほしい。ところで、NHK特集未解決事件≠ナは2人のプロデューサーの名前がエンドロールの最後に流れた。そのお一人の中村直文≠ウんは、彼が子どものころよく知っていた。じつは、私が熊本大学に赴任したのが1979年10月だが、その際にわが家はアパートの4階に住むことになった。その上の5階が中村さんのお宅だった。今の時代、あまり細かいことを語るのは問題だから、事実だけでさっと済ませると、そのとき彼は小学生の高学年か中学生だったと思う。弟さんがいて、わが家の息子もけっこう相手にしてもらっていた。小さいころに読んだ絵本をもらったりもした。もちろん、ただそれだけのことなのだが、大学を卒業してNHKに入ったことまでは家内を通して聞いていた。新番組はなかなかおもしろい企画だと思う。今後もしっかり期待したい。
現場≠ニトップ=@2011/08/03 Wed-3096
  グリコ・森永事件≠ェ歴史に残るもう一つのポイントは、犯人が捕まらなかったことである。それ以前に起きた大事件で時効になったものがある。それは1968年12月に発生した3億円強奪事件である。この二つの事件に共通しているのは、多くの遺留品があったことだ。その点で犯人の特定はできると思われたのだが、どっこいそうはいかなかった。グリコ・森永事件≠フ場合は大量生産のものが多く、犯人たちに結びつけることができなかった。しかし、3億円事件と違うのは、犯人を捕まえるチャンスがけっこうあったことだ。しかし、警察はそのチャンスを生かすことができず犯人を取り逃がしてしまう。われわれは時計を逆に回せない。したがって、永遠にグリコ・森永事件≠フ犯人を捕まえることはできなくなった。しかし、それを今後の教訓にしなければならない。犯人を取り逃がしたとされた滋賀県警の本部長は自ら命を絶っている。NHKの番組では、その悔しさをバネに時候ギリギリまで犯人を追った警察官がいた。また、現場≠ナは職務質問≠ェ許されず、犯人の一味だと確信できる人物を取り逃がしたことも明らかにされた。これに対して当時の捜査責任者は、ほとんど反省点≠ネどないかのような反応をしていた。おそらく天下りしたと思われるこの人物は、犯人を捕まえられなかった≠アとから何も学んでいないかのようだった。今となっては、そうした反応しかしようがないのだろう。しかし、それにしても映画の台詞ではないが事件は現場で起きている≠フだ。第一線で働く人たちを尊敬し、その智恵とエネルギーを生かすことこそ、組織のトップに課せられた責務である。そうした姿勢こそ、現場がトップを尊敬することに繋がっていくのである。
グリコ・森永事件≠ニ自由=@2011/08/02 Tue-3095
  それにしても、グリコ・森永事件≠ヘ犯罪史上だけでなく、日本の歴史に残る出来事≠セった。それは、いわゆる劇場型と言われる、かつてなかった新手の犯罪である。マスコミが連日報道すれば、その意味ですべて劇場的≠ネ要素はもっている。しかし、この事件の犯人たちは、ひらがな≠中心にした挑戦状≠マスコミに送り続けた。いまでは懐かしい和文タイプライターを使ったことも多くの人が記憶しているだろう。私の職場にも同じようなものがあった。その内容もきわめて刺激的でけいさつのアホどもへ≠ニいった、当事者たちの血を頭に上らせるようなものだった。さらに、新聞社の入り口に毒を塗った証拠品≠置いて回っている。それが本物の毒だったかどうかはすでに私の記憶にはないが…。この事件の犯人が捕まらなかった理由については私なりの解釈があり、すでに本欄にも書いたと思う。それは自由を獲得した代償≠ニいう考え方である。この事件では、若い者か、あるいはある程度の年齢だとしても、それなりの男たちが休みの日に毒入りお菓子を置きにウロチョロしたのである。東京の報道機関にも足を伸ばしていたはずだ。昔なら、○○さんちの若いモンは、休みのたんびにどっかに行っとるでぇ≠ュらいの噂は立ってもおかしくない。ある意味では監視社会だったからである。それが周りの人たちにまるで気づかれない。われわれは、まさに隣は何をする人ぞ≠フ自由な世界に住むようになった。その代わり、グリコ・森永事件≠フ犯人も捕まらないことになる。虐待されたり放置された赤ん坊が近隣の人たちが気づかないままに命を失う。あるいは、ちょっとおかしい≠ニ思っても、口を出すことを躊躇する。そんな世の中なのだ。
100号御礼 2011/08/01 Mon-3094
  味な話の素≠ェ創刊100号を迎えた。いまから8年前の2003年4月29日にスタートした。イチローの真似などすると笑われるだろうが、まさに1号、1号の積み重ね≠ナある。しかも、われわれには年月の経過をコントロールできないから、ただひたすら書き続けていく≠オかない。あくまで平均寿命で計算すれば、200号までは達成できるだろう。そのとき私は70の大台に達している。うわーっ、先が見え見えになってきたなあ…。さて、NHKで未解決事件≠ニ題する新しいシリーズがはじまった。その第1回目はグリコ・森永事件≠セった。最新鋭の音声分析によれば、身代金の指示をした子どもが男の子2人と女の子1人だったという。なんと言ってもプロフェッショナル、その推測が当たっている可能性はきわめて高いのだろう。しかし、素人としてはにわかに信じがたい。それほど衝撃的だ。3人の子どもたちが、そのこと≠一言も漏らさず成長して、いまでは普通の大人として生きている。そのことにも驚嘆してしまう。しかし、彼らはその記憶を生涯にわたって背負っていく。それが負担になるというのは、われわれの勝手な解釈にすぎない。しかし、私個人の思いから言えば、子どもにそんな記憶を植え付ける大人の行為そのものが信じられない。それにしても、あの事件は国民全体を巻き込んだ大犯罪だった。子どもが好きなグリコ・森永≠フおかしに毒を入れるというのだから、国民を人質に取ったようなものだ。その後、ターゲットは丸大食品やハウス食品にまで広がっていった。すべてが食品である。それにしても、東京の新聞社にまで脅迫状を届けるなど、犯人たちはとにかく派手に動き回った。それにもかかわらず、事件は未解決のままで終わったのだ。