吉田道雄 YOSHIDA, Michio
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味な話の素
Since 03/04/29
 No 98  2011年05月号 (3002-30□□)
5月のチョンボ 2011/05/31 Tue 3032
 ホームページで大きなチョンボをしていた。ホームページから私の論文や読み物86本ほど公開している附属図書館のRepositoryにアクセスできるようにしている。ところが、該当するところをクリックすると附属中学校のArchive≠ノ飛んでしまうことに気づいた。そのすぐ上に附属中学校Archive≠ェあるのだが、ここと同じ飛び先になっていたのである。なんとも単純なミスなのだ。ホームページでは月が変わるごとに表紙を替えている。その際に動作チェックをしていれば何の問題もなかったのだが、それをしなかったのである。そのチェックに要する時間はおそらく30秒とかからない。それにもかかわらず、大丈夫≠ニ決め込んでいたのである。したがって、このエラーが今月だけのことなのか、先月、あるいはそれ以上前から発生していたのか、私自身では確認のしようがない。じつは今月からアクセス解析≠ェできるようになって、読まれているページについての情報も得ていた。そのデータから附属中学校Archive≠ヨも一定数のアクセスがあった。私が附属中学校の校長をしたのは2002年度と03年度のことで、そのときに書いたものなどをArchive≠ノ収容していた。もうずいぶんと昔のことではあるが、入学式や卒業式の式辞なども入れているので、ときには懐かしく%ヌんでくださる方もいて、それはそれでありがたく、またうれしく思っている。しかし、さすがにそこそこ≠フアクセス数にしかならないはずだった。そこでちょっと待てよ≠ニ気づくべきなのだが、飛び先が誤っているとは思いもしなかったのだ。この間、私の書いたものを読もうとされた皆さまには深くお詫びします。とにもかくにも、単純な思い込みによるエラーの怖さを実感した。
 あぁ思い込み 2011/05/30 Mon 3031
 とにかく体重20%カット≠ノ成功した。ごく身近な人たちには違和感はなかったが、たまに会う方々には変貌ぶりが目についたようだ。職場で事務を担当しているMさんは吉田さんは大丈夫なの≠ニ質問されることがあったという。都合で学会に出かけなかったところ、私のことがちょっと話題になったらしい。私だって知人が急激に痩せたのを見れば、大病をしたかどこかが悪いのではないかと思う。それでも本人にそのことをはっきり聞くのは控えたりする。ただし、あんたどうしたの≠ニはっきり聞く人もいて、その結論がやたら貧相になったなあ≠セったから大いに笑った。たしかに、しぼんだ風船のように顔のしわがやたらと目立つようになったから、自分でも貧相≠ウを実感している。それでも、人間ドックのデータは軒並みよくなったのだから、貧相≠ナもOKというわけだ。成功した理由は単純で、とくにチョコレートなどの甘いものをカットした。それに出張時の外食は量を控えた。たとえば、ボリュームたっぷりのカツ丼なんぞをやめた。そこでパン食の方がいいだろうと思って、昼食は空港や駅にあるパン屋さんのコーナーで牛乳とパンを食べるようにした。また、ホテルの朝食もパンを選ぶことが増えた。私としてはご飯よりパンの方が軽い≠ニ思い込んでいたのである。ところがこれがとんだ間違いだったのである。とくに菓子パンはやたらとカロリーが高いことをかなり後になって知った。たとえば、メロンパンは400kcal、あんパンやカレーパンだって300kcalほどあるのだ。これに対して、おにぎりは梅だろうとおかかだろうと200kcalを切っている。やっぱしダイエットは和食ですなあ。それにしても、いい加減な思い込みには気をつけましょう。
兄貴≠フ顔写真 2011/05/29 Sun 3030
 こころの筋肉運動≠ニいう話をしている。体の健康を維持し、さらに増強するためには適度の運動=エクササイズ≠することが必要だ。それと同じように、対人関係≠竍リーダーシップ∞コミュニケーション≠フ力をつけていくためにも運動=エクササイズ≠ェ欠かせないという趣旨のネタである。その話の際にパワーポイントのスライドに私の顔写真を入れている。まずは、私の顔です≠ネどとは言わずにフェードでゆっくりと顔写真を映し出す。そこでこれ、私の兄貴です≠ニ説明すると、えーっ、そうなの≠ニ疑わしそうな表情を浮かべる人もいるが、なかにはそうなんだ≠ニうなずく人もいるから、自分でも吹き出したくなる。じつは、それは3年ほど前の写真である。その当時、私の体重は65kgほどあった。最高記録は66kg台である。それが2年前の3月からダイエット≠スタートして、1年後は52kg台に到達した。人間、20%も体重が減ると容貌が変わる。それからさらに1年以上が経過したが、体重はそのまま維持している。いわゆるリバウンドは克服したのだろう。そんなわけでこれ、私の兄貴です≠ニ言っても、昔の私を知らない人であればそうなんだ≠ニ思ってもおかしくはないのである。講義の中でもこのスライドを使ったところ、学生のミニメモにダイエットの仕方を教えてください≠ニいう、授業内容とは直接関係ないものが数枚あった。まあそれほどインパクトがあったわけだ。もちろんと言うべきか、これを書いたのはすべて女子学生である。まことに申し訳ないが、その後もダイエットの仕方≠ノついての講義はしていない。それはともあれ、細かいことは置くとして、ダイエットは入るを制する≠アとがポイントになる。
その後の経過 2011/05/28 Sat 3029
 バブルで窮地に立った金融機関に対して国が12兆円もの資金を出すことについては、国民の血税を注ぎ込むとして議論が沸騰した。もちろん経営者たちは厳しく批判された。あれから10年以上になるが、ほとんどの方がその後の経過はご存じないと思う。わたしも、そのこと自体≠忘れていた。これは私個人の記憶力の悪さと言うよりは、人間の特性ではないか。そうしたなかで、毎日新聞の余録≠ノおもしろい情報が書かれていた。今月9日のことである。余録≠ヘ朝日新聞の天声人語≠ノ当たるもので、1面の下段に掲載されている。それによると、この十数年の間に、金融機関は融資された資金をせっせと返済して、その額はすで99%に達しているという。私はそのことを知らなかったが、さらに驚くようなことが書かれていた。その返済の過程で、国は1兆5,000億円の利益を上げたというのだ。つまりは利ざや≠稼いだのである。この事実は庶民にどのくらい知らされているだろうか。最終的な結果から評価すれば、あの救済措置≠ヘ大正解≠セったということになるではないか。ことが起きたとき≠セけは大いに議論される。それも非難される≠アとが多いが、その結果は知らないままに終わってしまう。われわれはじつに忘れやすい≠フである。国民的な議論を呼んだケースについては、時間が経過した後でもちゃんと検証してもらいたい。一昨日紹介した釘原直樹著グループ・ダイナミックス≠フなかにスケープゴート現象≠ニいう章があって、新聞記事に関する研究が紹介されている。国民的な関心を呼ぶ事件が起きたとき、非難の対象が、個人→集団→文化・社会→システム→国家≠ヨと変わっていくことなど、興味深い分析が行われている。
 バブルを知らない世代 2011/05/27 Fri 3028
 いまわが国に、かつて21世紀は日本の世紀≠ニ言われたことを記憶している人たちがどのくらいいるだろうか。それは1970年代後半から1980年代にかけてのことである。日本は敗戦の荒廃から立ち直り奇跡の成長を実現し、繁栄を謳歌していたのである。株価が40,000円も射程内と思われたそのときバブルが破裂した。そして1990年代は転落と停滞の時代を迎える。新しい世紀になって失われた10年≠ネどと言われたが、少なくとも庶民にはそれを取り戻したという実感はない。そして今年の成人式を迎えた若者たちは、バブルを知らない∞成長を知らない∞今の日本が当たり前≠フ人たちになった。あの夢をもう一度≠ネどという感覚をもたない世代である。それにしても、昔と同じようになることは状況から考えて無理な話なのである。中国やインドを取り上げるまでもなく、元気のいい新興国がドンドン成長しているのだから、自分たちだけが先を走り続けるなんてことはあり得ない。それでも統計的には貿易収支は黒字を維持しているとのだから、自分の実力にあった回復≠ヘしているのかもしれない。もちろん今回の震災による被害は途方もなく大きく、4月の貿易収支は31年ぶりに赤字になってはいる。しかし、庶民感覚としては実感がないものの、新聞では過去最高利益≠ニいう見出しをよく見る。ところで、バブル崩壊時≠ノ金融機関がバタバタと破綻し、国が12兆円にも及ぶ救済資金を投じたことを記憶している方がどのくらいいるだろうか。いま30代後半以上であれば、そうそう、そんなことがあった≠ニ答えられるに違いない。あのときは、国民の血税≠使うことに対して厳しい批判があったが、その後の経過についてはご存じだろうか。
 グループ・ダイナミックス≠フ本 2011/05/26 Thu 3027
 大阪大学教授の釘原直樹先生が有斐閣からグループ・ダイナミックス≠ニいう本を出された。副題が集団と群衆の心理学≠ナある。私は釘原先生が大学院生のときから知っているが、まことにユニークですばらしい研究をされている。なかでもパニックや緊急事態に関する研究では第一人者である。そもそもグループ・ダイナミックス≠ニいうタイトルが書名になった本はほとんどない。それこそ誕生の地であるアメリカで出版されたGroup Dynamics≠フ翻訳書はグループ・ダイナミックス≠ナあるが、これは当然のことである。私の恩師である三隅二不二先生が監訳者として、大先輩の先生方によって出版された。しかし、日本語で書かれたものとしては、三隅先生のグループ・ダイナミックス=i1976年)くらいのものだった。それも共立出版が出した情報科学講座≠ニ名付けたシリーズの1つであるから独立した£P行本とはいえないかもしれない。そのほかには副題≠ニしてグループ・ダイナミックス≠ェ付いたものはあった。ここまで書いてから、いつものことながら私の自慢話になるが、2001年に人間理解のグループ・ダイナミックス≠ニいう本をナカニシヤ出版から出した。早いもので、もう10年になる。これは、書名にグループ・ダイナミックス≠入れた単行本としては、おそらく初めてだったと思う。そんなこともあってか、大学の授業で教科書として使っていただいたケースもあるようだ。ありがたや、ありがたや。その後、京都大学の杉万俊夫先生監修によるコミュニティのグループ・ダイナミックス=i京都大学学術出版会)が出ている。そして、新たに釘原先生のグループ・ダイナミックス≠ェ加わった。めでたし、めでたし。
そのうち、そのうち≠フ人生 2011/05/25 Wed 3026
 そのうち、そのうち≠ニ思いながら仕事をそのあたりに置いておくと時間はあっという間に走っていく。目に入るところにあっても目に入らなくなる。まあ人間とはそういうものだ。昨年の暮れに中学校で話をした。そのときの感想文から私の主観でおもしろいと思ったものを取り上げて何回か書いた。まだ1年生の分までしかいっていなかった。そして自宅の机の横に未紹介のものを置いていた。そのうち、そのうち≠ナある。そして気がつくともう5月も下旬になってきた。このままでは2年生と3年生の生徒たちに申し訳ない。とは言いながら、賞味期限が切れてしまったところもある。またまた反省≠オてしまう。いつのころだったか、反省する≠セけなら猿でもできると言われた時代もあった。たしかにそうだけれど、まずは反省≠オないと、次のアクションにも繋がらない…。ともあれ、遅まきながら改めて子どもたちの声をお聞きいただきましょうか。朝から楽しい気分でいれば1日を楽しく過ごせる、小さなことをよろこべば楽しい気分になれることを知りました=B朝からワクワク≠ニいうのは私の十八番(おはこ)≠フ話である。大学の授業でも、一般の方々がお聞きになる講演会でも、また組織の研修会でも叫びまくっている。中学生からも同意≠オてもらったのだから、これまたキャッキャ≠ニ飛び上がりたくなる。ときおり公民館でお話しすることがある。その際にもこの手のタイトルになることが多い。講演会の案内が市政だよりに掲載されるが、それが家内の目に入ったときはいつも似たような演題じゃないの≠ニ言われている。まったく同じものは避けたいとは思うのだが、どうしてもワクワク∞元気≠ニいったキーワードが入ってしまう。
知識≠ニ知恵 2011/05/24 Tue 3025
 そこで、自由国民社≠フ現代用語の基礎知識&メ集部に電話して、情報社会≠ェ初めて取り上げられた年について問い合わせた。そのときのいきさつだけでも授業で話をすると15分くらいになるのだが、それはまた別の機会に譲ることにしたい。ともあれ、結論としては現代用語の基礎知識≠ナ情報科学用語≠ニいうタイトルが付いたチャプターが設けられたのが1969年のことである。そして、ここで話題にした情報化社会≠ヘ、その翌年の1970年版に収録されている。ところで、情報は英語でinformation≠セが、ランダムハウス英和辞典には類語が掲載されている。その一つは、knowledge≠ナもう一つがwizidom≠ナある。ここでinformation≠ヘ聞いたり読んだり、伝達された事実≠ナ必ずしも体系化されていない≠ニされる。またknowledge≠ヘ体系的知識≠ナあり、wizidom≠ノついては人間や生活、行動に関する知識。自分のものとして吸収されている。聡明さ/判断力/洞察力。知恵≠ニいう説明がなされている。われわれにとって最終的に大事なのはwizdom≠ナあることは言うまでもない。知識から知恵へ=A‘information’から‘wizdom’へ≠目指すべきなのである。人間には知っている≠セけではなく、それを活かす@ヘをもつことが求められているのだ。そう考えると、知識≠ヘ経験がなくても身につけることができる。しかし、知恵≠ヘ経験を土台にして育つものである。さらに言うなら、知識≠ヘ記憶≠ノよって増えていくが、知恵≠ヘ体験なしには手にすることができない。学校教育で強調される生きる力≠ヘ、知恵≠育てることで身につくはずだ。それは大人にとっても同じである。
情報社会元年 2011/05/23 Mon 3024
 教育情報科学≠ニいう講義を担当している。そのなかで、情報社会≠ェいつからはじまったのかを考える。私が勝手に1980 年代からだ≠ネどといっても迫力がない。そこで、それを根拠にしてなら≠ニ納得してもらえるソースを探すことになる。新聞の縮刷版は有力な候補になりそうだが、これに頼るわけにはいかない。たとえば、一応の目星を付けて1980年版を探して、3月3日に情報化社会の到来≠ニいった見出しを見つけたとしよう。しかし、これが初出≠ナある証拠はまったくない。もっと前にも出ていた可能性はいくらでもあるからだ。そうなると、どこまでいっても確定≠ナきなくなる。もっとも、これを考えたのが20年ほど前になるから、いまでは事情が変わっているかもしれない。つまり新聞記事がデータベース化されていれば、マウスの1クリックで検索すればすべてが出てくるからである。ただし、それでも情報社会≠ノ限れば、30年から40年くらい前までさかのぼってデータ化されている必要がある。新聞社がそこまでしているのかどうかは知らない。そんな時代で、私としては現代用語の基礎知識≠根拠にしようと思った。当時は、イミダス≠竍知恵蔵≠ニいった後発のものもあったが、いずれも新しかった。現代用語の基礎知識≠フ創刊は1948年なのである。私と同じ誕生年だから、今年は63年ということで、これなら情報社会≠フスタートをフォローしているに違いない。そこで図書館へとなりそうだが、そう都合よくはいかないだろうと思った。現代用語の基礎知識≠ヘ蔵書として何十年分も保管するような種類のものではないからだ。こうなると、最後の手段として発行元の自由国民社≠ノ連絡を取るしかない。
目から鱗≠フ運動会 2011/05/22 Sun 3023
 朝早く花火の音が聞こえる。どこかの学校で運動会が開かれるのだ。雨模様のときはこの音が開催するサインになる。ところで、私たちが子どものころは運動会といえば秋に決まっていた。しかし、このごろは今の時期に行われることが多いようだ。その理由を現職の先生にお聞きした。じつになあるほど≠ニ思うお答をいただいた。目から鱗≠ニいったところだろうか。まずは、最近の秋はとくに暑い≠ニいうことだ。練習が9月になるろ、これが真夏日≠フ連続で、熱射病になってしまう。日本の亜熱帯化を考えると納得できる。いまどきの≠ニいう前振りは慎むべきだと思うが、体育館内の集会でも15分くらいで倒れる子どもがいたりする。その点、5月だと気温はそれほど高くない。ただし、ずっと昔はこの時期に田植えの準備をしていたから運動会などとんでもないという状況があった。私が小学生のころは第一次産業が40%台の時代である。その多くが農業だっただろう。それが10月になれば収穫を終えたあとで時間もとれるわけだ。まさに、秋祭りと同じような感覚で地域のみんなが運動会を楽しめたのである。さらにもう一つ、5月開催のメリットがある。それは、新入生を含めてクラスの人間関係づくりが促進されることである。これもそのとおりだろう。クラスや学年間の対抗戦もあるから、一気にまとまりが出てくるのである。もちろん、秋には秋らしく、文化的な行事が設定されている。こうして運動会の開催時期が地球と社会環境の変化によって変わってきたのである。なるほど、なるほど=Bところで、目から鱗が落ちる≠ニいう言い回しは、新約聖書の使徒言行録≠ェ原典だということをご存じでしたか。それこそ、目から鱗≠ナしょうか。
アクセス御礼! 2011/05/21 Sat 3022
 アクセス解析≠ニいうツールが手に入った。自分のホームページのアクセスについて、いろんな情報が得られるというのである。そこで早速試しに使ってみた。なかなかの優れものである。たとえば、この2週間を見ると、土曜と日曜日が少なくて、20〜30件台で並んでいる。そのほかの日は50件から60件で、これも日による変化は大きくない。スタートしたころは、100件を超える日もけっこうあったが、このごろはじっくりペース≠ノなっている。それでも、60名前後の方にお立ち寄りいただいているのだからありがたいことである。おかげでいまのところ、Yahoo やGoogleで‘吉田道雄’を検索すれば、私のホームページがトップに出ます≠ニいう自慢話は継続中である。このソフトは訪問者の地域≠ワでわかるようになっている。それによると、この1週間では熊本県≠ェ39%、ついで東京都≠ェ18%、福岡県≠ェ14%となり、それから大阪府∞岡山県≠ェ続いている。このソフトを入れたのは5月の連休中だが、週によっては富山県≠竍長野県≠烽った。地域を特定できないそのほか≠ェ20%ほどあるから、上記以外のところからもアクセスしていただいているわけだ。時間帯は8時台≠ェ群を抜いている。お仕事をお持ちの方だと、職場にお着きになっておはよう≠ニいった感じで読んでくださっているのだろうか。それより早い4時〜7時台≠ノも数件ある。私としてはいつも4時台からごそごそ仕事をしているのだが、その日の段取りもあって、味な話の素≠フ更新が5時から6時台になることもある。そんなときは、なあんだ、まだ更新してないじゃないか≠ニ思われているのだろうか。とにもかくにも感謝、そして感謝である。
アタック25 2011/05/20 Fri 3021
 児玉清さんが亡くなった。テレビのクイズ番組アタック25≠フ司会で知られた人だ。家内はこの番組が好きで日曜日にはときおり見ていた。私もいわゆるクイズ番組は好きな方だが、年とともに何となく面倒くさくなってきた。それにこのごろは、年寄りから見ればまともでない問題≠セらけのクイズ番組≠ェ多くなっている感じがする。その昔、私が子どものころ、ラジオのクイズ番組で20の扉≠ニいうものがあった。それは生き物ですか∞それはどんな家庭にもありますか≠ネどと、回答者が質問していく。正解を20問までに見つけることができれば、めでたしめでたしということになる。アメリカの番組がルーツだという。このほか、人物を当てる私は誰でしょう≠竢齒鰍当てるここはどこでしょう≠ネど、いつも楽しみにしていた。私が小学生のころだったが、遊びの要素もありながら大いに知的な番組だった。アタック25≠ヘ、そうした流れをある程度維持していたのではないか。それには、児玉清という人がもっている雰囲気が影響していたと思う。じつは、この番組は私たちが結婚した年にスタートした。その当時はほとんど毎週見ていた記憶がある。新婚の二人でお互いに当てっこをしていたのである。正解を出したらパネルが点灯するが、はさみ将棋のように他の正答者のパネルも自分の色に変えられる。あのオセロゲームの感覚を取り入れたもので、正解の数が多いだけでは勝てないのである。そんな戦術のおもしろみも加えられたクイズ番組だったが、児玉清さんが36年間も続けてきたということである。今後も番組は続くようだが、最初から知っている者には大きな区切りを迎えたと思う。それにしても、結婚して36年にもなるんだあ…。
組織の気質 2011/05/19 Thu 3020
 講演のあとで、次のような質問を受けた。自分たちの業界と他のところとでは組織の気質など何か異なることはあるのでしょうか=Bこれに対してこんなお答えをした。いわゆる風土や文化に近い雰囲気≠ヘ業種によって違いがあります。ただし、同じ業界内でも個々の会社や組織にそれぞれ個性があります。たとえば車のメーカーのトヨタと日産、ホンダや三菱などでは、素人が見ていても違いがありそうです。もっと細かい点に目を向ければ、同じ製造の会社でも工場による違いすらあります。もう40年ほど前になると思いますが、あるタイヤ製造メーカーが全国に工場をつくっていきました。その仕事に関わられていた方からお聞きした話です。創業地と新しくつくった工場では、働く人の雰囲気にかなりの違いがある。ほとんど同じ行程で、しかも働く人たちの性別や年齢にも大きな違いはないのだが、どこかが違うという感じがすると言われるのです。これには土地柄なども影響しているのでしょうか。そんなわけで、違う点だけ見れば、世の中の組織はすべて個性的で違っていることになります。それは人と同じです。私としては、自分たちと他の業界の違いを知ることも大事ですが、職場のメンバーの皆さんがご自分たちの仕事に責任と誇りをもっていただくことがさらに大事だと思います。この点に関しては、業種も性別も年齢も関係ありません。そして、職場のリーダーがしっかり専門力≠もっていて、何よりも元気であることが全体にプラスの影響を及ぼすわけで、そこはあらゆる組織に共通しています。また、リーダーシップと働く方々の意欲や満足度に強い関係があることは業種を問わず明らかにされています。生の回答にかなり補足したので迫力がなくなった…。
時間の相対性 2011/05/18 Wed 3019
 おもしろいことをしているときは時間が速く経つ。その反対に興味も関心もないことをしたり、同じことの繰り返しのときは退屈だから時間が長くなる。われわれの時間に対する感覚はそんなものである。そうなると、一日一日の心理的な時間は子どもの方が速く=A年を取れば遅く≠ネるとも言える。そしてそれが故に、子どものころは思い出≠ェ詰まっているが、年齢とともにそれが少なくなってくる。そこで、たとえば半年の間に体験した密度が違うから、子どもの方が一定期間を振り返ると長く感じるとことになるのではないか。絶対的な時間は同じでも、そこに含まれる体験の量によって心理的な時間は大いに違ってくるということだ。しかも、アインシュタインが確立した相対性理論によれば、時間そのものが相対的だというのだから、こうした推測は当たらずとも遠からずなのではないか。相対性理論の理屈などまったく理解していないが、光に近い速度≠ナ旅をして地球に帰ってくると浦島太郎になっているという話などは、なかなか示唆的である。エネルギッシュ≠ノ生活していると時間はゆっくり進んでくれる、ボーッ≠ニ過ごしているとあっという間に年を取る≠ニいうことだろう。まあ、そんなこんなで、毎日を新しい日≠ニ思って、今日も新しいことにチャレンジしよう、知らないことを知ろう≠ニ意欲をもって生活していると、いい時間を過ごすことができるのだ。とにかく、身の回りは知らないこと≠セらけなのである。というよりも、知れば知るほど、知らないことが増えてくる≠ニいうのが正しい感覚なのではないか。それにしても、早いですねえ、今年ももうすぐ6月になっちまいますよねえ。皆さん、毎日が充実してますか…=B
何でも知ってる、何でもできる? 2011/05/17 Tue 3018
 身の回りのことはもちろん、世界の出来事も含めて、われわれには知らないこと≠ホかりであり、できないこと≠セらけなのである。それは宇宙の大きさに、いや地球の大きさに比べれば存在しない≠ノ等しい人間なのだから、知らないこと∞できないこと≠ェあって当然なのだ。まあ、お釈迦様の手のひらの上で走りまくる孫悟空のようなものである。あるいは、知っている∞できる≠ネんて思ってるのは井の中の蛙≠ニいうことでもある。しかし、人間としてそう自己卑下することもない。われわれってそんなもんなんだ≠ニ思えばいいだけのことである。ともあれ、年を取ってからなんでもで知ってる∞なんでもきる≠ネんて思ったら、自分の感受性が低下していると考えた方がいい。あるいは挑戦意欲が低下しているのである。そもそも、やっても仕方がない…≠ナは時間は過ぎていくだけになる。それにしても、子どものころは疑問に思えば何でもかんでも聞きたがる。そんなときに、うるさそうな顔をしないことが肝心だ。誰かに聞きなさい≠ニいうのもいただけない。もちろん、口から出任せの嘘を言ってはまずいが、何とか自分でも考えてみるといい。あるいはちょっと調べるのはどうだろう。昔のように図書館に出かけたり百科事典を引かなくてもインターネットがある。それはともあれ、年を取ると子ども時代の好奇心がなくなりがちだ。わからない≠アとでもまあいいや∞いまさら≠ネどと自分に言いながら、あえて聞いたりもしなくなる。そんな生活を送っていると、ますます時間は早く進むのではないか。ただし、ここで小さな疑問が生まれる。まったく同じことをしていれば退屈だから、むしろ時間はゆっくり経過するのではないか。
中身の濃さと時間 2011/05/16 Mon 3017
 ともあれ、鉄棒のエビ上がり≠ヘ逆上がり≠謔閧瑕。かに難しい。しかし、それにしっかりチャレンジして、少なくとも4年生の1学期までにはできるようになっていたはずだ。その間には、棒から手を外してそのまま頭から墜落、顔に擦り傷を負ったことすらある。それでも練習をしているうちに成功する日がやってきたのだ。これが私の心のなかにやればできる≠ニいう自信をもたせたことは想像に難くない。その後の思い出としては跳び箱がある。こちらは5年生くらいだったと思うが、これも最初は低い段でもまるで飛べなかった。それがあるときコツ≠つかむとドンドン高い段まで飛べるようになった。チビの部類に入っていた私の体型としてはおっ≠ニ思うほどまでいった。そんなこんなで子どものころはできないこと≠ェ多い。つまりすることがいっぱいこっぱい≠って、しかもそれが上手ではないから時間もかかる。勉強にしても知らないことが多いからあれもこれも♂ッえないといけない。こうして一日のなかにたくさんの経験が詰まっていると、時間が長く感じるのではないか。しかし、できなかった≠アとができる=A知らなかったこと≠知る≠アとは大きな喜びを伴う。それが生きる力に繋がっていく。その点、年を取るとなんでもできる≠謔、になって、同じような日が繰り返されるだけになる。それで、あれもあった、これもあった≠ニいった思い出がなくなり、あっという間≠ノ時間が経過し、いつの間にか5月、それも後半に入っちゃった≠ネどと驚き、ときには嘆くのである。しかも、何でもできるようになった≠ニいうのは完全な錯覚で、じつは身の回りには知らないこと∞できないこと≠セらけなのである。
子どもの時間、大人の時間 2011/05/15 Sun 3016
 子どものときは時間が経つのが遅いのに、大人になるとあっという間である。私が熊本に来たのが1979年10月で、すでに32年目に入っている。まだ30歳だったから、熊本で人生の半分以上を過ごしたわけだ。今から振り返ると、その長さに驚きもする。そして、あと2年と10か月≠ナめでたく定年を迎える。おかげで今のところ体の調子は悪くないから、そのくらいは仕事ができるだろう。ありがたや、ありがたや。月並みだが、健康に生んでくれた両親にまずは感謝しなければならない。さて、子どものころにはできないことがたくさんある。あれもできない、これもできない。そこで一所懸命にトライする。小学校の3年生ころだった。まずは鉄棒の逆上がり≠ェできなかった。いとも簡単にやっている友だちがいたが、自分にはその要領がつかめない。とにかく、何日も何日も放課後に練習した。本当にどのくらいの日数がかかったのか記憶にない。ひょっとしたら案外と短期間だったかもしれない。いずれにしても、子どもにとってはかなりの時間だったに違いない。しかし、ついにうまくいくときがやってくる。そのときの嬉しさまで体感的に記憶しているわけではないが、それはそれはものずごかったはずだ。それと同時に、やっとできた≠ニ、その期間の長さ≠感じたと思う。もちろん、この成功体験は大きな自信に繋がる。やればできる≠ニいう確信である。それからエビ上がり≠ノチャレンジしたことはしっかり憶えている。こちらは逆上がり≠謔閧烽ゥなり高度なテクニックだが、どんなものかを文章で表現するのがきわめてむずかしい。インターネットで逆上がり≠検索すると、子どもが実演している動画もあったので、そちらをご覧いただきたい。
何とかしましょう、熊本 2011/05/14 Sat 3015
  川尻のお菓子屋さんの話まで、5月の3日から鹿児島と熊本の観光にまつわるシリーズとしてぼちぼち書いてきた。もうそろそろまとめ時ですね。鹿児島で活躍しているシティビューというバスは磯庭園まで行く。あそこまでの距離がどのくらいか知らないが、実際に乗ってみるとかなりのものだった。それなら、熊本駅から川尻だって観光圏内には十分入る。そのうえ、川尻からであれば10分以内で新幹線の大きな車両基地もある。こちらはJRが見学用に開放すると言っている。観光客の趣味にもよるが、こうしたあたりを含めて観光ルートの開発を進めてはどうだろうか。また、熊本駅から10分くらいのところには、あんたがたどこさ≠フ船場山≠セってある。まあ、実際は山はどこにもなくて電停の船場橋≠セけだが、この橋の下を流れる坪井川≠ナは園遊会と名付けた川下りをしている。これを特定の期間だけでなく年間を通してやったらどうか。HPを見たらそんな構想もあるらしい。やっぱり考えることは同じだと思ったが、それなら早くやりませんか。ただし、それに加えて周辺の古い町並みも整備してほしい。ほんの少し先には蔚山(うるさん)町という朝鮮ゆかりの町もある。震災の影響で大幅に減少したとは言うものの、熊本は韓国からの観光客も多い。こうしたところも、なんとかならないものかなあ。そうそう、熊本駅近くに花岡山という山がある。ここには全国各地で見られる仏舎利塔があるが、標高132.7mの高さで熊本市が一望できる。鹿児島にも金沢にも夜景めぐりのバスがあったが、ここならそれなりの夜景は楽しめるはずだ。まあ、素人がとやかく言うこともないのだが、他の町に出かけるたびに、熊本は何とかならんかなあと思うのですよ。
葛のちまき 2011/05/13 Fri 3014
  川尻で2軒目の和菓子屋さんは店主らしい人が出てきた。ここでも柏餅は漉し餡だったが、ほかのお菓子を少しばかり買った。そのなかでもミニ黒棒は気に入った。甘いもの大好き人間だが、52kgに身には軽いものがいい。そして、工芸会館に作品が展示されていた立山さんちにも出かけようということになる。このお店、まずは場所がいい。メインストリートではなく、小さな路地といった方が良さそうな細い道に入っていかないといけない。もっとも、その同じ道に川尻小学校もあるから、昔のスケールでいればそこそこの道幅だったんだろう。それでも車同士が行き違うのはけっこう苦しそうな狭い道路だ。あった、あった、和菓子のたてやま≠ェ。車をどこに止めていいのかわからず、まずは店に入って家内に聞いてもらった。お店の横に車と自転車が置いてあったが、そちらでいいという。はっきり駐車場はこちら≠ニ一目瞭然でわからないいところがすばらしい。すぐにUターンできなくて、少しばかり先に行ってから戻ってきた。店の中に入ると、すでに家内と娘が店主の立山学さんと話をしていた。これまでのお店と雰囲気が違う。というのはガラスケースには、あまり多くのお菓子が置かれていないのである。その代わり、芸術ともいうべきお菓子の作品が目に入った。鳥かごや鮎の塩焼きまである。塩焼きが砂糖と米粉でできているというのがおもしろい。柏餅は売り切れたそうで、おすすめはちまきだった。これがなんと葛製なのである。それもたった1個しか残っていなかったのがいい。まだ3時過ぎだったと思う。私の目には、ご本人からも店内からもお菓子を売ろう≠ニいう雰囲気が感じられなかったところも感動的だった。ともあれ葛のちまきは最高ですよ。
柏餅のあんこ 2011/05/12 Thu 3013
 さて、川尻のくまもと工芸会館≠ノ感動してから、いよいよ柏餅≠求めて和菓子屋さんを訪れることになる。最初の1軒目は外見も店内もいわゆるお菓子屋さんだった。ケースにはずらりとおいしそうな和菓子が並んでいた。それだけでなくケーキやクッキーなどの洋菓子もいろいろ置かれていた。これもよく見る光景だが若い女性の店員さんがいて、いらっしゃいませ≠ニ声をかけてきた。きれいでかわいい和菓子は選ぶのに苦労をする。探していた柏餅もあったが、漉し餡(こしあん)が入っているということだった。じつは家内が粒餡(つぶあん)派なのである。私は子どものころから和菓子が大好きで、30代のころは、わざわざそれだけを買いに行ったりもしていた。けっこうたくさん手に入れて帰宅したところ、たまたまご近所の奥さんがわが家に来られていたことがあった。そこで1ついかがですか≠ニおすすめして喜んでもらったこともある。その後、吉田さんのとこは甘党≠ニいう噂が広がったような広がらなかったような、まあどうでもいいか…。それに私は和菓子だけでなく、たとえばチョコレートなんぞも依存症の水準に達していた。そんなこんなで2年ほど前までは65kgバージョンでふっくらしていたのだが、現在は52kg台で安定している。これにはダイエット&ィ語があって、その話のほうに関心を持たれる方も少なくないのだが、それはほかの機会に譲ることにしよう。ともあれ、私は漉し餡も粒餡も選ばないが、家内の好みを尊重して、そのお店はお菓子を見て楽しんだけで出た。それから少し進んで次のお店に入った。こちらもよくあるお菓子屋さんの雰囲気だったが、男性の店主らしき人が出てきた。ただし、ここでも柏餅は漉し餡だった。
金太のからくり 2011/05/11 Wed 3012
 川尻のくまもと工芸会館≠フ1階ではおばけの金太≠つくる実演がある。これはからくり人形で、真っ赤な顔をした金太の頭の後ろにあるひもを引くと目をむいてベロを出す。熊本の郷土玩具である。加藤清正の時代に金太という足軽がいた。その顔がおもしろく人を笑わせるのが上手だったらしい。この日は来場者が少なく実演の雰囲気はなかったが、われわれ家族が近づくと厚賀新八郎さんが声をかけてこられた。頭をぱっくりと開けて、ごらんなさい。ベロを出すのに竹のバネを使っているんです。これを考えたのは5代目ですが、昔の日本人は知恵があった≠ニの解説。私は10代目ですが、たいしたことありません…≠ニ笑いを誘う。なんと10代続いているのである。からくり人形は海外にもあるが、とにかくいろんな工夫が凝らされていて楽しい。同じ会館内には刃物工房≠烽る。会館の奥の方に進むと別の入り口に繋がっている。その先は瑞鷹酒造資料館≠セった。こちらは創業慶応3年、赤酒≠オかなかった熊本で清酒を造ったのが吉村太八さんだったという。それが現在の瑞鷹≠ノなったのである。資料館のなかに公衆電話ボックスがあった。あの送話器と受話器が別々の磁石式電話機が収まっていた。ハンドルをぐるぐる回すなんて、若い人たちには想像すらできないだろう。その下の方には国鉄川尻駅の時刻表が貼ってある。これがまたものすごい。いつのものか確認するのを忘れたが、熊本行きなどは当然としても、行き先が門司港の列車もあり、さらにはみずほ≠ネんぞの列車名も見えた。そのころはすべて蒸気機関車、つまりはSLである。酒蔵跡を出るとその先は瑞鷹の工場に繋がっていたが、とにかく工芸館≠セけでも十分に楽しめる。
伝統の町、川尻へ… 2011/05/10 Tue 3011
 熊本市の南部にある川尻は伝統の町である。熊本に住んでいれば、まずは刃物と和菓子が頭に浮かぶ。お酒が好きな人は熊本の赤酒≠竍瑞鷹(ずいよう)≠つくる酒蔵もある。また江戸時代に船荷の積み卸しをした船着き場の石段が残っている。その近くを鹿児島線と九州新幹線が走り抜ける。こうした古い歴史とは対照的にNECの半導体工場がある。最盛期には世界最大の半導体生産を誇っていたところだ。そんなわけで、ワクワクうきっ子≠ナ手に入らなかった柏餅≠求めて川尻に向かった。まずは通りの様子をうかがいながら車を走らせると、それらしき和菓子のお店がいくつか目に入った。ひとつずつ覗いてみようかと話しているうちに、家内がここには工芸館≠ェあることを思い出した。それなら、まずはそこから行ってみようということでメイン道路を進むとすぐに見つかった。この日はこどもの日≠ナ、こうした工芸館に足を運ぶ人は少ないのだろうか、来館者は多くなかった。当然のことながら、伝統的な工芸品が展示されていた。その中には有名な包丁などの刃物もあった。けっこうなお値段であるが、まさに本物だからリーゾナブルなのである。2階の展示室では何も開催されていなかったが、和菓子職人の見事な作品が置かれていた。これを制作したのが立山学さんで、これはお菓子なんぞではなくて、完璧な芸術品である。もう8年ほど前になると思うが、川尻の和菓子職人の方が附属中学校に来られて、お菓子づくりの実演をされたことがある。このときのプロが立山さんだったかどうか、はっきり記憶にないが、皮をちょっとむいたみかん≠フすばらしさなどは鮮明に憶えている。こうなると、立山さんとこで柏餅≠手にいれなくてはいけない!
少なからず、多からず… 2011/05/09 Mon 3010
 客が買おうとしている蜂蜜を、味がきついけど、いいですか≠ネんて確かめてくるところがうれしい。大きなスーパーではほとんどあり得ないことだろう。サンサンうきっ子≠ヘJA系の小さな店舗だが、いつ行ってもほどよい数の客がいる。これがまたいい。少なすぎても寂しいし、多すぎるとそれだけで外に出たくなる。ここは餅もおいしい。それにいちごだって、きれいでおいしい。また豆腐もでっかいのがあって、これまたうまい。先日はたまたま知り合いと会った。この人、わが家からそう遠くないところの住人である。ここまで¥oてくるだけの価値があるのだ。もちろん近くにも大手のスーパはあるのだが、そこにはない魅力が人を引きつけている。まさに地産地消≠フモデルみたいなものだが、こうした動きが広がるといい。ところで、その日は5月5日でこどもの日≠セった。いつものように菖蒲と柏餅も買うつもりだったが、菖蒲は売り切れで、柏餅も店内になかった。そこで、今度は川尻に向かった。和菓子で知られた伝統の町である。サンサンうきっ子≠ゥら車で20分もかからない。ところで、この話は昨日からの続きだが、昨日のタイトルにContinued from 05/05≠付けていたから、これって連載なの≠ニ疑問に思われた方がいらっしゃったかもしれない。5月5日までは、3回ほど鹿児島と熊本の観光を話題にしていた。それが、昨日はお昼ご飯の話からJAの直売店サンサンうきっ子≠ノ行った話になり、そしてこれから川尻に向かうところまで進んできた。それはいいとしても、どこが鹿児島や熊本の観光と繋がるのか≠ニいう疑問をもたれたのではないだろうか。いやあ、じつはこれが繋がるんです。もう少し様子を見ておいてください。
サンサンうきっ子 2011/05/08 Sun 3009 Continued from 05/05
 連休中に家族で近場へ食事に出かけた。熊本市の南側で自宅から30分ほどのところだ。加勢川と緑川を渡って少し先へ行くと新幹線の高架が目の前を走る。九州新幹線はかわいい。各駅停車の800系つばめ≠ヘ6両編成で、さくら∞みずほ≠ノしても8両だから、東海道新幹線の16両と比べると半分の長さである。私は東海道で16両編成のN700 系のぞみ≠竍ひかり≠ェ通過駅を走り去るのを見るのを趣味にしているから、九州新幹線はとにかくかわいい≠フである。緑川を渡ってからまもなく、広大な新幹線基地が現れる。昨年はさくら≠熊本港から陸送するというので、それを見るため深夜に出かけた。早寝早起きが信条、徹夜はこれまでの人生で1回したかどうかという私が出かけた。孫が行くといったからである…。ともあれ、食事を終えてそこから山側に入ってJAの直売所サンサンうきっ子≠ヨ行く。このあたりが宇城地区と呼ばれていることから名付けられたのだと思う。その昔は、宇土市、宇土郡、下益城郡を一体化して呼んでいた。なお、下益城はしもましき≠ニ読む。うきっ子≠ノはけっこう行っているのだが、このところ少しばかりご無沙汰だったが、ここはとにかくすばらしい。そして、あった、あった、いぶこぶ≠フトマトがあった。格好は悪いが味は抜群、でっかいのが3個で250円と、とにかくお安い。蜂蜜は熊本産で品質も抜群だ。昨年、黒色の蜂蜜が置いてあったから、おもしろそうだとレジにもっていった。なにせ好奇心だけは人には負けないのだ。それを見た店員さんが即座に初めてですか≠ニ聞いてきた。そうだ≠ニ答えると、これは血圧を下げたりするのにはいいけれど、ちょっときついですよ≠ニ親切に解説してくれた。
授業の時間配分 2011/05/07 Sat 3008 Continued from 04/22
 教育実習生≠ノ対する中学生の評価はまだまだ続く。時間が間に合わなかったり曖昧なところがあったのでスムーズに授業を進めればいいと思った=Bまことに単純な指摘である。教師は指導案というものを作成して授業をする。それは授業の台本である。そこには1時間の筋書きが、こまかい時間配分とともに書かれている。私のような大学生相手に授業をする人間から見ると、学校の教師は大変だ。それは置くとして、予定通りにいかない≠フは世の常である。とくに教育実習生にとっては間に合わなく≠ネることも頻繁に起こる。その反対に、時間が余ってしまう≠アとだって同じくらい起きるだろう。ただこつがつかめない時代は、話すことがなくなる≠ルうが心配で、どちらかというとあれもこれも≠ニ多めに、いや大過ぎ目に準備する。そして、いざ授業となるとせっかく準備した≠烽フはすべて触れたくなる。まだ捨てる技術≠もっていないのだ。その結果として、時間が間に合わなくなってしまうのである。そして時間が迫ってくると、あわててまとめようとするから、これまた混乱に拍車をかけることになる。これに関連して、なんかくどかったと思う≠ニいう、じつに単純素朴な声もあった。どこをどのように伝えていくか、いわゆるメリハリ≠ェ効いた情報提供ができないのである。それについても、指導案を作るときには考えていたはずなのだが、いざ本物の授業となるとどっこい思うようにはいかなくなるのである。それにしても、こうした試練を体験しながら教師になっていくわけだ。その点、われわれと同じ世代くらいの大学教員はこうした訓練を受けていない。さすがにこのごろは、いわゆる授業法≠フ勉強会なども行われているが…。
現在完了形からの転換 2011/05/06 Fri 3007
 空港に着くとスチュワーデスが機内放送をする。ただし、今ではスチュワーデスではなくキャビンアテンダントと呼ぶのだそうな。これは性別にとらわれない表現≠重視するアメリカの流れに沿ったものである。ただし、英語圏ではFlight Attendant≠ェ一般的だという。ということは和製英語なのかしら。さて、機内放送だが日本語に続いて英語でも呼びかける部分がある。その発音がいろいろである。どう表現していいのか迷うが、妙に舌を回すというか、私の耳には不自然に聞こえることが多い。もっと淡々と言えばいいのにと思う。いかにも日本人英語なのだ。それはともあれ目的地に着くと、こんな英語が聞こえてくる。Ladies and Gentlemen, we have landed at Kumamoto airport. Please remain seated until the captain turn off the seat belt sign. Keep cellular phone and other electronic devices off until you leave the aircraft. この最後の部分が数年前に変わった。until you leave ≠フ部分が以前はuntil you have left ≠ニ現在完了形になっていた。これを聞くたびにどうして現在完了形なんだろう≠ニ思っていたのだが、それが現在形≠ノ変わったのだ。それまでは、完全に機外へ出るまで≠ニ強調していたのが、今ひとつ弱まっているような感じがするのだが、英語にお詳しい方、いかがでしょうか。さすがに、わざわざキャビンアテンダントには聞いておりませんが…。まあ、そんなことどうでもいいと思われる方もいらっしゃるだろうが、こんなことにもこだわると、けっこうおもしろいんです。ところで、彼の地にはDon't judge a man until you have walked a mile in his boots≠ニいう言い回しがあるらしいですよ。
自慢もあります 2011/05/05 Thu 3006
 もう3年ほど前の2008年11月15日に金沢駅と熊本駅を比較した。金沢駅からは兼六園も金沢城も、東茶屋も見える≠フに、熊本駅ではお城も水前寺公園も何にも見えない≠ニ書いた。その後も折に触れて駅周辺にケチをつけている。もちろん、何とかしようよとメッセージを送っているつもりである。JR九州さんも博多と鹿児島中央にエネルギーを注いでいることははっきり見て取れる。やはり地元がJR九州をその気にさせるような対応をしないと、何とかしてくれ≠ニ要求してもうまくいくはずがない。それにしても熊本を自虐的に責めているが、もちろんいいところもある。たとえば鹿児島の1日乗車券は市営のバスと電車だけが対象である。ところが鹿児島でバス停に立っていると、民営のバスがけっこうやってくる。しかし、他社のバスだと目的地は合致していても1日乗車券では乗られない。それに余計な文句までつけさせてもらうと、外見から市営かそうでないかの見分けがつきにくい。全国どこでもいろんな外装で趣向を凝らせているが、とにかく一見さん≠ノはわかりにくい。その点、熊本の1日乗車券はものすごい。とにかく熊本市電・市営バス・電鉄電車・産交バス・電鉄バス・熊本都市バス≠フすべて≠ノ有効なのである。しかも、1日で500円と鹿児島の600円よりもお安い。さらに区間を広げた700円券もある。もっとすごいのは1500円の県内版で、これだと阿蘇や天草、人吉や五木村まで行くことができるのである。もっとも、五木村まで行くと便数の関係で帰ってこられないかもしれないですけど、まあ細かいことは言いますまい。この共通化≠ヘ回数券の時代から導入されており、もう20年以上になると思う。これは大いに自慢していい。
駅前の元気さ 2011/05/04 Wed 3005
 鹿児島はターミナル駅として元気がいい。市の人口は置くとして、熊本駅と鹿児島中央駅は比較にならない。そもそも新幹線が開通したというのに、新幹線側はまだ整地中である。そう言っては何だが、畑の真ん中にできた新しい駅と雰囲気は変わらない。これまでの表側から新幹線への地下通路は1本で、その幅は2mあるのかしらという感じだ。表玄関側には35階建ての熊本タワー≠ネるものが建築中ではあるが、つまりは建築中なのである。鹿児島では市交通局の1日乗車券≠ェ600円で、市電と市バスに乗れる。シティビュー≠ニ名付けた観光専用バスが30分に1本走っている。これが2系統ある。城山・磯コース≠ニウォーターフロントコース≠セ。さらに土曜日には夜景コース≠ェある。季節によっては金曜日も加わり、ゴールデンウィークやお盆は2本の運行だという。鹿児島中央駅の改札を出ると正面に観光案内カウンター≠ェあり、すぐに1日乗車券≠ェ購入できる。しかも、シティビュー≠フ乗り場も教えてくれる。そこへ行くと3人ほど案内の人がいて、これまた懇切丁寧に乗り方を教えてくれる。私が行ったときはバスが発車したばかりだった。あと30分ほどかかりますから、市電かバスで西郷さんの銅像前まで行かれると、そこにシティビューが来ますよ≠ニこれまた親切なのである。私は鹿児島市民だったこともあり、ご当地は思い出のある好きな町である。しかし、すでに32年も熊本に住んでいる者としては、熊本もしっかりしてほしいと思うのが人情だろう。もちろん、ただ人が多い∞ビルが多い∞街が賑やか≠セけがいいという時代ではない。それはそうなのだが、今の熊本でそれを言うと、言い訳≠ニしか聞こえない。
 空港の選択肢 2011/05/03 Tue 3004
 まったくのお遊びで鹿児島に出かけた。ノンストップのみずほ≠フ自由席はかろうじて座れるといった混み具合だった。さすがに連休の始まりという感じがした。新大阪からのぞみ&タの停車駅で鹿児島中央駅まで走る。新大阪と熊本の所要時間は2時間59分というのが売りだ。つまりは飛行機との競合が成り立つのである。いまのところ航空機も新幹線の影響がはっきりしないようだ。それよりも震災の影響の方が出ているのかもしれない。だだし、空港間の競争を考えると熊本もしっかり対応することが期待される。そもそも熊本空港は全国でも珍しい黒字の空港で優等生なのだ。ただ、個人的に名古屋まで行くことを考えると状況が少し変わってきた。これまで大阪以遠は飛行機しか頭になかった。ところが新幹線が開通すると、福岡空港が見え始めるのである。とにかく最速という条件が付くとはいえ、熊本/博多間が33分〜38分である。その先地下鉄で福岡空港まで10分とかからないから、あっという間に空港に着く。実際にはそんな足し算は成り立たないのだが、心理的に近い≠ニいうイメージが強くなる。そうなると、今度は便数の問題になる。移動する時間によっては熊本空港からの便よりも福岡の方が都合のいいものが出てくる。熊本の場合は市内からやや離れているため、どうしても時間の余裕を見込んで動いている。こうした時間をどう評価するかが選択の分かれ道になる。ともあれ、いわゆるパックもので福岡空港発しかない場合だけ、福岡が目に入っていたが、新幹線開通で、熊本からの時間が今ひとつのときに、ところで福岡空港からだとどうなるのかなあ≠ニ時刻表をチェックする機会が増えるのではないかと思い始めた。ともあれ、熊本もがんばりましょう。
すべての鉄道はローマから… 2011/05/02 Mon 3003
 新幹線のレール幅は在来線よりも広い。在来線は1067mmに対して新幹線は1435mmある。ほぼ1.4倍になるが、これでも国際的には標準≠ナある。だから在来線は狭軌≠ニ呼ばれる。そもそもの始まりは明治時代に鉄道を敷くとき、英国の助言もあって狭軌にしたという。やはりコストが大きな理由だったのだろう。電力が50サイクルと60サイクルに分かれたのも明治時代のことだ。いろんなことが明治に遡れるのである。そういえば新幹線はモーターで走るから周波数の違いは大きな影響を与える。東海道新幹線の電車は60ヘルツに対応させ、50ヘルツ区間も変電所で変換しているという。これに対して長野新幹線の場合は、電車の方に変換装置を組み込んでいるのだそうな。これもどちらかに統一されていれば、もっと単純化できたわけだ。ところで、蒸気機関車の発祥の地イギリスでは1435mmの標準軌道である。その起源がローマ時代に使われた戦車の轍幅1435mmにあるというからおもしろい。それがどのようにして伝わったか知らないが、石炭を運ぶトロッコにまで引き継がれていたらしい。そして、蒸気機関車を実用化したスチーブンソンがこの幅を採用したというわけだ(扶養者文庫「新幹線に乗るのがおもしろくなる本」)。が元祖だという。すべての道はローマに通ず≠ニはよく知られた成句だが、すべての鉄道もローマから通じて≠「たわけだ。ところで、九州新幹線が全通してから熊本/博多間を3回、鹿児島中央間を1回乗った。博多との間ではノンストップのみずほ≠ゥ1駅だけ止まるさくら≠オか乗らない。いわゆるつばめ≠ヘ原則として各駅停車である。なにせ118kmの間で5つもの駅に止まられては新幹線≠ノ乗った気がしない。
通過スピード 2011/05/01 Sun 3002
 新幹線の通過列車ウォッチングだが、静岡県の掛川駅では上下線でのぞみ≠竍ひかり≠ェ目の前で行き会う。その迫力は私の文章力ではとてもお伝えすることができない。しっかり記録をとってはいないが、掛川駅の17時過ぎころだと思う。もちろんその他の時間帯も私が知らないだけの話ではある…。通過駅の前後では停車する電車のレールと通過する電車のレールがまずは分かれ、そしてふたたび合流する。そのポイント点では線路に隙間が出るから在来線だと左右に揺れる。だからスピードも落とさないといけないはずだが、そこを新幹線は突っ走るのである。東海道新幹線の場合は、駅の通過も270kmに達するところもあるという。これはJR東海の方のからお聞きした。またまた自分はつきあいが広いんだぞ−っ≠ニいう自慢話ですねえ。とにかく止まりません。開業当初に比べて駅名表示がグッと大きくなり、また電車内にもただいま○○駅を通過しました≠ニいう電光表示が出るが、窓の外を見ていただけではどこを通過しているかわからないほどのスピードである。ただ、九州新幹線はそうもいかないようだ。基本的には通過専用の線路が設置されていない。もちろん安全柵があるのだが、さすがにそこを人が飛ばされるほどの猛スピードで走り抜けるのは厳しいのではないか。少なくとも私の体感では、熊本を出た新幹線はぐんぐんスピードを上げて新幹線らしい速さになる。しかし、10分ほど先の新八代が近づいてくると、熊本・鹿児島中央間がノンストップのみずほ≠ナもスピードがはっきり落ちる。もっとも、まだ走り始めなのでスピードダウンには他の理由があるのかもしれない。その点はJR九州の方にお聞きしたことがないので、自慢話ができない。