吉田道雄 YOSHIDA, Michio
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味な話の素
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No.87 2010年07月号 (2691-2721)

口は禍の門 2010/07/31 Sat 2721
 口は禍の門=Fうっかり吐いた言葉から禍を招くことがあるから、言葉を慎むべきである、という戒め(電子版広辞苑)。菅直人氏が民主党の代表に選出されたのは6月4日のことである。そのときに映った満面の笑顔がまだ目に焼き付いている。しかし、いまやその面影は完璧に消え失せてしまった。自信まで失ったように見える。民主党の両院総会の様子は大々的にニュースで流された。辞任も含めた厳しい発言が続いたようだ。もちろん、しっかり頑張れ≠ニのサポートも1カット程度はあったが、きわめて少数だったと推測される。さすが民主党≠ニいうべきか、その模様はインターネットで生中継されたらしいが、それをすべてを見るほどの余裕はない。ただ理由は知らないが、中継の途中で不具合が発生してストップしてしまったようだ。もちろん内容が厳しいので意図的にカットしたはずもないが、現実はまことに皮肉だ。夜になって改めて放映しているようだから、ご関心とお時間をお持ちの方はそちらをご覧いただける。それにしても、口は禍の門≠身にしみて感じているのは菅直人氏自身に違いない。両院総会でも消費税発言≠フお詫びをするしかなかった。昨年の衆議院選挙で圧倒的な勝利とその後の混乱に失望した国民が少なくなかったことは推測できる。したがって、今回の参議院選挙は厳しい≠ニ認識すべきだった。それにも拘わらず調子に乗りすぎた。代表が交代した途端に支持率≠ェ急上昇したために、有頂天になってしまったか。正直が力(?)≠ニばかり、あえて自民党の消費税10%戦略≠ノ乗せられてしまった。まさに口が滑った≠フである。選挙前には自民党も今回の結果を予想していなかっただろう。とにかく菅代表の顔色が悪い。
大きな失敗、小さな成功∞大きな成功、小さな失敗=@2010/07/30 Fri 2720
 この世の中に完全∞完璧∞永遠∞普遍≠ネんてない。ただし死んだときには、全員がそのすべてを獲得できる。そんな話を3月6日に書いた。大事なことは、それらをいつも目指していくことだ。これと同じような意味で、100%の成功≠ネんてものも本当にあるのかどうか。そして、100%の失敗≠セってあるんでしょうかね。新しいことに挑戦するときは、まずは大きな失敗≠するものだ。自動車学校に行った初日はアクセルとクラッチを踏むタイミングがわからずにエンストを繰り返す。念のため、エンスト≠ヘエンジン・ストップ≠フ略語です。エンジン≠ェストップ≠キるなんてことが希になったこの時代、エンスト≠燻語になりつつあるのでしょうかね。さてさて本題。はじめは大きな失敗≠繰り返しているが、そのうち小さな成功≠体験しはじめる。そしてさらに進んでいくと、いつの間にか失敗≠ニ成功≠ェ逆転する。そしてとうとう大きな成功≠ェほとんどを占めるようになる。ただし、まだまだ小さな失敗≠セってある。しかし、それでいいのだ。まずは大きな失敗、小さな成功≠ゥらはじまって、大きな成功、小さな失敗≠ノ転換する。人生は、あるいはすべてのものごとは、そんなものだ。そもそも大きな失敗≠ヘ必然なのだから気にすることはない。キチンと努力していくうちにそれは小さく≠ネり、成功≠ェ大きく≠ネるに決まってる。そして、こうなったらいつだって100%成功≠ネどと思い込まない方がいい。細かいところではいつだってミクロの失敗はしている≠ニ考える方が健康的だ。そうでないと、思わぬところからほころび≠ェ出てくるのである。とにかく完璧≠ヘないんですから。
世論?? 2010/07/29 Thu 2719
 大相撲名古屋場所が終わった。詳しい内容は忘れたが、白鵬がこの国の…≠ニいった発言をしていたのを聞いて、日本人以上に日本人らしい≠ニ思った人も多いのではないか。とにかく大した横綱である。それにしても外国人力士はどうしてあんなに日本語がうまいのだろうか。モンゴル語は日本語と語順が同じで共通性が高いらしい。そのことは、「司馬遼太郎が考えたこと」の中で司馬氏が書いているのを読んで知った。しかし、日本語がうまいのはモンゴル出身の力士だけではない。ブルガリア出身の琴欧洲やエストニアからきた把瑠都なども、じつに素晴らしい日本語を使う。したがって、語順が似ているから日本語がうまいという単純な解釈は成立しない。機会があったらその秘密を知りたいものだ。ところで、NHKは1953年5月から60年近く続けてきたテレビ中継を中止した。中継すべきかどうかについて反対≠ェ多かったことがNHKの判断に大きな影響を与えた。毎日新聞(7/8)によれば、6月14日から中止発表前までは中継すべきでない≠ェ66%に達したという。そんな中で6日にNHKは記者会見をし中継中止を発表した。それが午後4時半ころだったようだが、それから翌日7日の正午までに、2000件ほどの意見が寄せられたという。その内容は中継すべき≠ェ46%で、中継すべきでない≠ェ27%だったらしい。これって一体何なんでしょうか。これって世論≠ネんてことにはなりませんよね。何のことはない、まずは止めた方がこれまで考えられもしなかったことだからおもしろい=Bその次は、止めると言うなら、やれと文句を言ってやれ=Bまさか同じ人間が止めろ≠ニやれ≠フ正反対の電話をしたんじゃないかとまでは言いませんがね。
クーラーいらず 2010/07/28 Wed 2718
 もう少しだけ北海道行きの話を…。天候次第では稚内に降りることができないかもしれない。そんな条件付きで飛んだのだが、飛行機はちゃんと着陸した。もちろん私の日ごろの行いがいい≠けではなく、単純に運がよかっただけのことである。ただし、ご当地は雨模様、で海も霞んで利尻島や礼文島などはまったく見えなかった。しかし、帰るときには機嫌を取り戻してくれた。利尻富士が眼前に迫り、その横には礼文島がなだらかに横たわっていた。富士≠ニはいうが、1721mの利尻山の頂はごつごつしていて、全体に厳しさが感じられた。阿蘇五岳を見慣れているものにとっては、根子岳にそっくりである。それにしても、ほんの少しながら雪も見える利尻富士は壮観だった。また、樺太までおぼろげながらも目に映ったのには感激した。いつもそうだとは限らないらしい。間宮林蔵。その名前だけはすぐに思い出した。前回、彼の名前が頭に浮かんだのはいつのことだろう。もう40年くらいは経っているのではないか。それを一瞬にして脳のメモリーから引き出せる。われながらというより、記憶のメカニズムに感嘆する。それにしても、いまから200年前、彼らはこの地を渡って樺太へ行き、シベリアの大地にまで達している。それは驚異としか言いようがない。さてさて泊まりは幌延町のホテルだったが、部屋にはクーラーがなかった。もちろん暖房機は備え付けられていた。地元の方に聞くと、最高気温が25度に達しないからクーラーはないとのこと。たしかに熊本に帰る日は風が強く、半袖シャツから出た腕の部分が寒かった。空には10月ころの雲が浮かんでいた。そんな稚内から飛ぶと、九州どころか羽田のボーディングブリッジで早くも熱風が巻き上がってきた。
希な出会い 2010/07/27 Tue 2717
 ともあれ、稚内から羽田に向かう機内で客室乗務員から熊本まで行かれるのですね≠ニ声をかけられた。それに対してはい≠ニまともに、あるいはうん≠ニなれなれしくかのどちらかで答えた。すると私どもも熊本まで乗務するのです≠ニいう。いやあそんなこともあるんだ。私も飛行機を乗り継いだことはある。たとえば富山や小松、三沢などに行ったときは羽田で乗り換えた。札幌にだって熊本から直行便はない。もちろんアテンダントは仕事だから1日にいろんな便に乗って飛んでいるはずだ。それでも同じ日に同じ客≠ニ乗り合わせることは珍しいという。その話は羽田から熊本に行く便に乗ったときに聞いた。ともあれ羽田で降りるときにはまたお待ちしています≠ニ声をかけられた。まことに偶然ではあるが、じつにおもしろい体験だ。そして、しばらく羽田で過ごしてから熊本便に乗り込んだ。そこでにこやかにお帰りなさい≠ニいうお迎えを受けたというわけだ。ともあれ、どんなことでも珍しい機会≠ノ出会えるのはそれだけで運がいい。運がいいと言えば、私はオーストラリアからの帰りに飛んでいるコックピットに入れてもらったことがある。その当時は機長がOKすれば、乗客を操縦席に入れるサービスもしていた。そのときの経緯もけっこうおもしろいのだが、とにかく幸運だった。ただし、あの9.11以降は完璧にアウトになっただろう。そして今度は、同じメンバーたちがサービスする便に乗り継い≠セというわけだ。それが滅多にないことだと聞いて、私としては無条件に満足した。そもそも、今回の北海道行きは稚内の天候次第では羽田に引き返すという話からはじまった。しかし、結果的には雲の下に滑走路が現れて予定通りに稚内に降りた。
遙かなる樺太 2010/07/26 Mon 2716
 さてさて、いよいよANA機は稚内の近くまで飛んできた。飛行機はひたすら真っ白≠ネ中を飛んでいるが、いよいよ着陸態勢に入った実感がある。それにしても地上が見えないので、どのくらいの高さのところを飛んでいるのかわからない。この雰囲気だと着陸のし直しもありかと、少しばかり期待しはしめた…。そのときである、突如として右側に海岸線が見えたかと思うと、機内のスクリーンに滑走路が映った。というわけで、わが機はめでたく雨に濡れる稚内空港に着陸した。結果的にはすべてが予定通りの行程になった。ともあれ、旅そのものが非日常的なこともあって、あれやこれやの事件≠ノ遭遇する。今回の北海道行きでは、熊本へ帰るときにもおもしろい体験をした。その日の稚内は朝から青空が広がる上天気だった。来たときとはえらい違いだ。海の向こうには利尻島が見えた。島と言うよりは厳しい形をした利尻山がそびえ立つ。その右側には礼文島があった。それだけでない。はるか北の彼方には樺太までもがおぼろげながら目に入った。もちろん、それとわかる人に教えてもらっての話だけれど…。ともあれ、そんな好条件の稚内をANA機は順調に飛び立った。利尻島の方向に離陸すると真下にそれが見える予定だったが、それとは逆方向に飛び上がる。まあ、風向きもあってのことだろうから仕方がない。それから20分くら経過したころだっただろうか。アテンダントから声をかけられた。お客様は熊本行きの便に乗り継がれますね=Bもちろんその通りだからええ≠ニ答えた。いやひょっとしたらうん≠セったかもしれない。どうもぞんざいでいけない∞とにかくなれなれしい=c。いつも家内や娘から言われているから、どちらだったかは怪しい。
北海道の天候調査 2010/07/25 Sun 2715
 北海道に出かけて帰ってきた。熊本空港を出発する際に稚内へ乗り継ぎの吉田さま≠ニご指名で呼び出された。すぐに反応すると、稚内空港は天候調査中で、羽田に引き返す条件付きで出発します。詳しくは羽田空港でご確認下さい=Bとまあ、そんな趣旨のことを伝えられた。もちろん、どんな条件付がついていても、まずは羽田まで行くしかない。そんなわけで、とにもかくにも羽田に着いた。まだ1時間以上の待ち時間があり、天候調査中≠フままだった。ゲートの係員に聞くと、安全に着陸できない場合は千歳空港に降りるか、羽田空港に引き返します≠ニのこと。このとき新たに千歳≠ェ加わった。私の認識では、稚内は日本で最も北にある飛行場だ。私にとっては初めて降りる空港だから、どうしてもそこで降りたいもんだ。もう何度か行ったことがある千歳ではおもしろくないし、そんなことにでもなったら後が大変だ。JRに乗るしかないから、目的地に着くのは夜中になってしまう。しかし、そのときはそのとき、ここで選択の余地なんぞこれっぽっちもない。ただひたすら稚内の天気がよくなるようにと祈るばかりだ。いや、祈って天気が変わるものなら本気で祈るが、人生はそれほど都合よくいくわけがない。というわけで、まったく祈りもせずにとにかく予定の便に乗った。羽田を飛び立ってしばらくは地上が見えていたが、下界を遮る雲の面積が少しずつ広がってきた。そして北海道に入ってからは真っ白な雲ばかりになった。まさに雲の絨毯=A空の上から見れば雲はいつも美しい。機長の機内放送が流れる。稚内地方の天候は回復してきたようです=Bただし、着陸のやり直しはあるというニュアンスだ。それでも何とかうまくいきそうな気配になってきた。
2つの現実 2010/07/24 Sat 2714
 ストレスの多い時代ではある。そうだからと言って、母親が怒声を上げながら自分の子どもを叩くのはいただけない。社会心理学には欲求不満/攻撃仮説≠ニいわれるものがある。欲求不満≠ェ高じると、それを解消するために攻撃行動≠起こすというのである。また、グループ・ダイナミックスの創始者であるクルト・レビンらが行ったリーダーシップの実験がある。専制的なリーダーから指導された子どもたちは、指導者がいる前では服従的な行動を取る。しかし、その一方で子どもたち同士が攻撃的になるのである。攻撃は弱い方に向くに決まっている。そうなると、それがいじめになるのは時間の問題だ。自分の欲求をそれなりにコントロールしながら生きていく。それが人生の一面だろう。そんな中で、できるだけ多くの解消方法≠身に付けていく必要がある。そこで攻撃≠ェ優先されると、その後はそれだけに頼ってしまうことになる…。そんな思いを巡らせながら気がつくと私はまだフードコートにいた。目の前には映画を初めて見て大満足している孫がいる。ようやく6ヶ月を迎えて、笑顔がたまらないもう1人の孫がいる。孫と一緒に映画に行った両親がいる。そして、下の孫と遊んでもらって楽しんだばあちゃんとじいちゃんがいる。その6人がフードコートで銘々で好きなものを食べた。私も外食としては生まれて初めてホットケーキを食べた。そのホットケーキも小さくカットして孫の口にもっていった。孫はそれをおいしそうに食べた。ささやかな、じつにささやかな、しかし至福ともいえる時間を過ごしている。しかしそのまったく同じとき、隣の席では母親が怒声を発し、自分の子どもを激しく叩いている。あまりに、あまりにも対照的な現実がある。
耐え続ける体験 2010/07/23 Fri 2713
 フードコートで事件が起きた。母親の怒声とほとんど同時に頭を強烈に叩く音も聞こえた。なすすべもなく打たれていたのはお姉ちゃんの方だった。4歳か5歳くらいに見えた。母親は怒鳴り続けながら、それから少なくとも3回は女の子を叩いた。女の子の子は泣き声を押さえながら何かを答えていた。その声は聞こえなかった。しかし、チャーハンと言っただろうが≠ニいう母親の詰問にそうだ≠ニ認めていたのだと思う。勝手な推測だが、女の子がチャーハン∴ネ外に食べたいものを口に出したのだろう。それに母親が反応したのである。目の前にいたおばあちゃんも早く食べなさい≠ニ言うしかなかった。妹は固まっていた。公衆の面前であれだけの行動を取る母親を見て邪推した。家の中ではもっと激しいのではないか≠ニ。子どもが一度発言した内容を変える。そんなことはよくあることだ。大人だってけっこう気持ちが揺れる。それに対して、攻撃にしか見えないあの激しさは何なのか。単純化してしまえば、母親がストレスの大きな生活をしていて、ちょっとしたことで切れてしまう。そういうことなのだろう。しかし、その理由は何であれ、あれでは子どもの心は傷つくに決まってる。それをじっと見ている妹にもプラスの影響があるとは思えない。自分の気持ちを出すことができない。少しでも前言と違うことを言うとたちまち叩かれる。それにはただ耐えるしかない。そんなおびえ続ける体験を積み重ねていく。それが対人関係スキルに深刻な影響を与えることは容易に想像できる。そして、自分の欲求が満足できないときには爆発する以外に対応の仕方を知らない。ふと気づくと、それは自分が子どものころに目の前で見た母親の行動とまるで同じではないか…。
でっかいテレビ 2010/07/22 Thu 2712
 でっかいテレビだったあ=B孫がはじめて映画を見た。なあるほど。私が子どものころはテレビが小っちゃい映画≠セった。とにかく白黒テレビすらない時代のことである。動く映像といえば映画に決まっていた。チラチラするテレビを電気屋さんで見はじめたときの画面は14インチのものが多かったから、とにかく小さいテレビ≠セったのだ。子どもの映像初体験の印象は完全に逆転した。アンパンマンだからおじいちゃんと行ったら=Bそんな話もあったが、やはりはじめての体験は両親と一緒ということで落ち着いた。そりゃあそっちの方がいい。あの暗い劇場の中で恐怖感でも味わうと外傷体験になりかねない。ということで、ばあちゃんとじいちゃんは7ヶ月の孫に遊んでもらうことになった。まあ、一般的に劇場内の空気がいい訳はないし、あの大音響は赤ん坊にはまずいに決まってる。さてさて、孫の映画体験は、また行こうね≠フ大満足で終わった。めでたし、めでたし。いつか、じいちゃんが同伴することになるだろう。そのときはドラえもん≠ゥ仮面ライダー≠ゥ…。おかげでじいちゃんの教養の幅も広がるというもんだ。さて、映画が終わったのがお昼どき、さっそくランチとなった。フードコートで銘々が好きなものを食べる。私は外食としては、はじめてホットケーキにした。このごろは体重も減って、食が細くなった。そして全員が食べ終わって席を立とうとしたときである。隣の席で事件が起きた。そこには4人が座っていた。母親と2人の女の子、そして容貌から推して母親の母親、つまりはおばあちゃんだ。チャーハンと言っただろうがあ=Bそんな怒声だった。セリフだけ聞くと男と思ってしまうほど激しい言い回しだが、声の主は母親だった。
Kwaidan≠フ驚き 2010/07/21 Wed 2711
 雪女≠ヘ吹雪の夜の話からはじまる。季節としてはスコールに襲われるような状況だから吹雪とは縁がなさそうに思える。しかし、そこがKwaidan≠ナある。やや暗めの照明にした会場で、それを聞いていると涼しくなってくるから不思議だ。話を聴く方もその気になる。そこが朗読会のポイントなのである。ところで、雪女≠ヘ東京地方に伝わっていた物語なんだそうな。ということは、昔はこの地方でも冬には人の命を奪うほどの吹雪が吹いていたことになる。たしかに関東地方は空っ風≠ナ寒いとは聞いていたが、地球の温暖化ですっかり様変わりした。このごろはゲリラ豪雨≠ネんだから。さて、雪女≠聞きながら驚いた。彼女は男女を混ぜて10人もの子どもを産んだんだそうな。ああ、驚いた。それから耳なし芳一のはなし≠ノ移る。こちらも子どものころによく聞いた。父が門司の出身で、私の本籍地も門司ということになっている。お盆や正月になるとお墓参りに出かける。門司の先、門司港のお向かいが下関だ。そんなことで、壇ノ浦の戦いなんぞの話も聞いていた。敗れた平家の霊が芳一に取り憑くというすごい話だ。朗読のバックに琵琶法師が詠う声も流された。こうした雰囲気の中で聞いていると、亡者の嘆きが伝わってくる。ご多分に漏れず、段階世代としてど演歌大好き$l類なのだが、その割には伝統文化に親しんでいない。,このごろは娘の方が歌舞伎や狂言に関心を持っている。戦後の復興期にあって、伝統文化などに触れる機会もなかったということか。まあ、それはそれとして、芳一のはなし≠ナも、やはり驚いた。耳を失ってしまった芳一だったが、その後は琵琶に専念して大金持ち≠ノなったんだそうな。知らなかったな−。
熊大のレリーフ 2010/07/20 Tue 2710
 熊本大学の中にあるハーンのレリーフは、没後100周年を記念して作られた。アングルによっては、赤煉瓦の五高記念館をバックにいい写真が撮れる。この建物はNHKの坂の上の雲≠ナ、陸軍大学校として使われたそうだ=Bそうだ≠ニは曖昧だが、私はその番組を見ていないので、取りあえずこんな表現をしておきたい。生来のせっかち≠ナあることは自認しているが、その上に気が短い≠フかもしれない。とにかく延々≠ニ続くものは苦手なのだ。ともあれ撮影は飛び飛びの2日にわたったそうで、本木雅弘(秋山真之役)、香川照之(正岡子規)、小澤征悦(夏目漱石)、阿部寛(秋山好古)、高橋英樹(児玉源太郎)らがやってきたという。さらに熊本大学の学生が10人ほどエキストラで参加した。以上は、熊本大学のホームページから得た情報である。一方、熊本市の中心には小泉八雲旧居≠ェある。こちらは市の指定文化財である。ハーンは熊本で3年間を過ごしてから、神戸にあった英字新聞社に就職している。それから日本に帰化し小泉八雲≠ニ名乗っている。その後、東京大学の講師になったが、彼の後任が夏目漱石なのだそうな。ところで、小泉八雲記念館≠ヘ静岡県の焼津市にもある。上京してから焼津の海が気に入って、亡くなるまで夏になるとしばしば焼津を訪れたという。さてさて、お話玉手箱≠フ話題に戻ることにしよう。朗読会があったのは17日だが、おりしも熊本市では城下町くまもとゆかた祭り≠ェ開催中だった。そのため、街中に浴衣姿の人が目についた。そんなわけで、朗読する本田史郎さんと福島絵美さんも浴衣で登場し、雪女≠ニ耳なし芳一の話≠熱演した。会場には灯籠が置かれ、いよいよ雪女≠ェはじまった。
Kwaidan≠フ朗読会 2010/07/19 Mon 2709
 ゴールデンウィークに朗読会お話玉手箱≠話題にした。RKKのアナウンサー本田史郎さんと福島絵美さんが名作を朗読する会である。そのときは家内に誘われてはじめて行ったのだが、これがじつに感動的だった。読書そのものは大好きで、活字中毒≠自認しているのだが、いわゆる物語を読むことはほとんどなくなった。それに、活字≠セけでなく、仕事中毒≠熾ケ発している私にとって、朗読はじつに素晴らしい時間だった。そんなわけで、先日も家内と娘の3人で現代美術館に出かけた。私にとっては2回目だが、朗読会は7回目を迎えたということだった。会場に着く前にスコール様の雨が降った。雷までは追いかけてこなかったと思うが、このごろはこんな日が多い。すでに亜熱帯の気候に変わっている。しかし、天候とは関わりなく大勢の人が参加した。その日の題材は、ラフカディオ・ハーンの雪女≠ニ耳なし芳一のはなし≠セった。どちらも怪談≠ノ収録されているもので、われわれ世代であれば一度は聞いたことがあるだろう。これと並んでむじな≠熬mられている。私の場合は、中学校の英語教科書に登場した。原題がKwaidan≠ナあるところからクワイダンだ、クワイダンだ≠ニ言って喜んでいた。昔の日本では現にそのような音で話していたのである。ラフカディオ・ハーンは島根県松江で英語教師になり、そこで小泉節子と結婚している。ハーンと聞けば松江を思い浮かべる人が多いかもしれない。実際、松江市には国の史跡に指定されている立派な旧居≠ェある。その後、松江の寒さに閉口したらしく、熊本の第五高等学校に移っている。そんなわけで、熊本もハーンゆかりの地なのだ。熊本大学にもハーンのレリーフが設置されている。
交流戦 2010/07/18 Sun 2708
 すでに賞味期限切れのネタではあるが、今年のプロ野球セパ交流戦、あれはなんだったんかいな。上位6球団はすべてパリーグ、したがって7位から12位がセリーグの球団である。試合数は少ないものの、総当たり制でホームとビジターとして各2試合ずつ戦うのだから、それなりの実力が発揮されると考えたくなる。事実、セリーグの結果はそれまでのペナントレースの順位と一致していたから、なおさら実力≠反映していると言われても仕方がない。オープン戦なら調整だの様子見だなどと言い訳できるが、交流戦は公式の勝敗としてカウントされる。しかも、セリーグで勝ち越したチームがないのもひどい。セのトップになった巨人が12勝12敗でトントンなのだ。オールスター戦や日本シリーズのころになると、人気のセ、実力のパ≠ネどと言われていた。これは私が子どものころからだったと思う。何のことはない、それが本当だったということか。交流戦の優勝チームは、2005年、06年のロッテ連勝にはじまって、日本ハム、さらにソフトバンクが2年連続、そして今年がオリックスである。すべてがパリーグだ。まあ、終わってしまうとすぐに忘れられるのが浮き世の常ではあるが、これってかなりひどい話ではございませんか。何といってもプロなのですから、実力がないけど人気はある≠ニいうのでは、客に対して失礼でしょう。そんなことでは強いチーム≠フ迫力ある試合を見られないことになる。セリーグにはもっと奮起してもらいたい。パリーグの方は、札幌や仙台にフランチャイズを移して、地元密着型の経営を図っている。インターネットを使えばパリーグの試合もほとんど見ることができる。このままだと実力も人気もパリーグ≠ノなってしまいまっせ。
真夜中の陸送見学会 2010/07/17 Sat 2707
 私は長い人生の中でも徹夜をしたことがない。そもそも、夜中に起きていることは罪悪だと思い込んでいる。大学を受験するときも11時過ぎには布団を引いていた。そんな私に孫と新幹線の陸送を見に行く≠ニいう誘いがきた。そうなると、わが生活信条もなんのその、もちろん、行くぞ−っ≠ニいうことになる。信条といいながらじつに軽いのである。いやいや、そうではなくて、それだけ孫のパワーが重いということだ。とにかく熊本港の出発が午前2時ころらしい。そうなると車両基地に着くのは3時くらいになるだろう。そんなわけで、息子が孫を連れて午前零時ころにわが家にくるという。そこで私としては10時過ぎから少しばかり寝ておくことにした。これだと2時間ばかりの睡眠時間が確保できる。というわけで、このときも本当の徹夜はしなかった。したがって、私の信条は取りあえず貫徹されたのである。そして、いよいよ真夜中にわが家を出発した。ほんのちょっぴり雨が降っていたが、とにかく無事に国道3号線を走る新幹線さくら≠拝むことができた。この日は1セット8両のうち、半分が搬送された。最初にきたのが1両目≠セった。あの長い鼻をした先頭車が後ろを向いてトレーラーに乗っかっていた。なかなかの迫力だ。ただ、想像していたよりは短い♀エじがした。いつもはホームから、やたらと長ーい編成のものを見ている。そのため、1両も実際以上に長い気がするのだろう。道路から車両基地に入る最終段階では、国道を大きく右折する。これなんぞが、まさに陸送時でなければ見ることができない光景である。帰る前に車両基地を横断する陸橋の上に行くと車両が静かに休んでいた。こうして、大騒ぎの陸送見学会≠ェ無事に終わった。
夜中の事件 2010/07/16 Fri 2706
 いつだったか記憶にないが、たまたま出張中に新幹線を陸送する≠ニいう記事を見たことがある。そんなチャンスは滅多にないとは思うが、何せ仕事で出張中なのである。新幹線を見に夜中に出かけることなんぞ、夢にも思わない。そう言えば、数年前のこと大阪駅のホテルに泊まったことがある。そのとき、夜中に何かしら騒がしい音がして目を覚ました。部屋のカーテンを開けると、パトカーが数台とサーチライトのようなものが見える。そこそこの人数もいるようだ。パトカーを見て、これは単なる工事ではないと思ったが、とにかく真夜中だ。上の方から覗いていても仕方がないので、すぐにベッドに戻った。それについて翌朝のテレビニュースが伝えていた。大阪駅付近で男性を引きづったまま3Kmも走って死に至らせた事件があった。とんでもない事件だが、その後に犯人が捕まった。そしてその日が現場検証だったというのである。まったくの偶然だが、世の中の人々が耳を疑うようなひどい事件だった。まあ、そんなことで夜中にニュースネタに遭遇したことはあるが、真夜中の新幹線陸送≠ネんて滅多に出会えない。そんなわけで、こりゃあ、冥土の土産になるぞ≠ニ興奮してくる。じつはお調子者は私だけではない。家内だって十分にその気である。そして、もちろんそれだけでもない。この手のことになると胸が騒ぎ出す家系だ。すでにわが息子からも休みの前の日だったら、子どもを連れて行く≠ニいう情報が入っていた。つまりは私たちの孫のことだが、まだ4歳にならない。しかし、彼もけっこうな新幹線マニアで、少なくとも新幹線に関してばあちゃんの情報を超えている。私も東京に出張したときは、いろんなタイプの新幹線を写真に撮って送っている。
走れ新幹線 2010/07/15 Thu 2705
 東海道新幹線が登場したのは1964年10月、東京オリンピックの開会式直前である。当時の時速210Kmは、一般人が利用する地上の交通手段としては世界最速だった。東京と新大阪間を3時間30分で走り抜けた。まだ敗戦後20年を経過していない時期で、資金は世界銀行から借りた。それいけ、やれいけの経済成長のおかげで、その借金もあっという間に返済したはずだ。そのときに走った新幹線が0系≠ニ呼ばれるようになった。昨年だったか、ついに現役をリタイヤした。その後にドンドン新しいモデルが開発され、100系、200系と進化しながら、現在は700系まで成長した。同じ700系でも、新バージョンはN700系≠セ。これをベースにして、九州新幹線のつばめ≠ヘ800系≠ニ呼んでいる。そして、来年の3月の山陽新幹線と繋がることになって、さくら≠フ登場となる。ところでこの12月からJR東日本が新たにはやぶさ≠走らせる。こちらは時速320Kmまでいくようだ。この名称は、東京−熊本間を走っていた寝台特急につけられていた。こちらはブルートレインだったが、新しい新幹線を見ると基調はやはりブルーの仕様である。くちばしが突起していて、はやぶさ≠チぽい感じがしないでもない?さてさて、それはともあれ、九州新幹線の新しい8両セットが熊本港に陸揚げされた。次の段階はそれを熊本市内にある車両基地へ陸送することになる。もちろん車の通行を妨げないために、移動は夜中に行われる。これまでもニュースなどで新幹線が道路を走る≠るいは歩く′景を見たことはある。しかし、その本物≠直に見るチャンスはなかった。そりゃあそうに決まってる。なにせ新幹線とは縁のない地域に住んでいるのだから当然のことである。
さくら≠ェ走る 2010/07/14 Wed 2704
 九州新幹線が全通するとさくら≠ェ走る。その車両が船で熊本港に運ばれてきた。出発地は山口県下松市で、そこにある日立製作所で製造された1セットの8両である。東海道新幹線は16両編成だから長さはその半分だ。JR東海が走らせている新幹線はすべてが16両編成だという。そのため、何かのトラブルがあって乗客に乗り換えてもらうような場合でも、すべての座席をそのままにして対応できるのだそうな。これはJR東海の方からお聞きした話だから間違いない。東京と大阪のメガポリス間を走るのだから需要も大きいのである。現在の九州新幹線は鹿児島中央駅と新八代間を6両編成で走っている。車両は700系を基本にしたものだが、新しさをアピールするためだろうか、800系と呼んでいる。座席は和風で普通車でも両サイド2席ずつでゆったりしている。人口から推測できる乗客数を考えれば、この仕様で十分に対応できるわけだ。乗客にとっても、3つ並んだ席の真ん中に挟まれることがない。ともあれ、来年の3月には新幹線が博多まで繋がる。ひかり≠ニこだま≠ェ1964年に東京と新大阪間を走ってから半世紀近く経過している。JR九州はJR西日本と一緒に、新大阪まで直通を走らせる。所要時間は3時間20分というから、航空機と競合する。Yhoo!路線情報≠ナ熊本/大阪≠入れると、飛行機が3時間20分だから、時間的にはほぼ互角になる。ただし、同じ席に3時間以上も座っているのは耐えられないという方もいらっしゃるので、こちらは飛行機のままだろう。その一方で、空を飛ぶのは苦手という人たちは新幹線に乗り換えるはずだ。新幹線の本数がそこそこ確保されれば、便数の少ない飛行機の分が悪くなる。価格競争も厳しくなってくるだろう。
コインの音 2010/07/13 Tue 2703
 機内サービスが有料になると、当然のことながら現金のやりとりが行われる。ANAの場合、いまのところ飲み物などは300円が多い。そのうち、客室内でチャリン、チャリン≠ニいう硬貨の音が聞こえはじめることだろう。もっとも私の知る限りでは、海外の国内線ではすでに飲み物は有料≠ェ常識になっているのかもしれない。昨年はスエーデンに出かける機会があったが、コペンハーゲンからオスロまでの便でもコーラが有料だった。これは2つの首都の間を飛ぶ国際線だが、このあたりは国内線と変わらない。こちらで言えば、日本と韓国、台湾、中国なんぞがお互いに国内線といった感じなのである。その証拠に、コペンハーゲンで入国チェックを済ませて、オスロではまるで国内線を降りるようにノーチェックなのである。ともあれ、ANAの有料サービスも、そのうち当たり前の日常的な風景になるのだろう。それはそれで構わないが、そもそも客室乗務員の仕事とは何なんだろうと思ったりする。かなり前から機内でいろんなものを売っているが、私が見る限り購入する客はほとんどいない。そんな中で、いかがですか≠ニにこやかに微笑みながら後ずさりして歩くのもむなしいんじゃないか。とまあ、余計な心配までしてしまうわけだ。スチュワーデスの歴史についてはいろいろありそうだが、アメリカのユナイテッド航空が8名の元看護婦を採用したのが1930年のことである。そのときは、健康維持や病気のサポートというよりも、女性でも乗れる安全な乗り物≠セということをアピールしたかったからだという(Wikipedia)。それはともあれ、客室乗務員には緊急時における判断力や対応力が期待されているはずだが、そのあたりはしっかりしておいてくださいね。
楽しいメニュー 2010/07/12 Mon 2702
 ANAは機内サービス有料化に踏み切ったが、JALは先月の段階では無料サービスを維持していた。それを変更するという情報もなかった。厳しい経営再建の試練に晒されているJALだからこそ、サービスの低下を避けているのだと勝手に推測している。パイロットが機内放送をする際に、ANAは本日もANA(エイ・エヌ・エイ)をご利用いただきありがとうございます≠ニいった呼びかけをする。録音したのではないから、一言一句まで正確だとは言わないが、まあこんな感じだ。これに対してJALでは本日は数多くの会社から、私どもJALをお選びいただき、ありがとうございました。≠ナある。国内の航空会社が数多く≠るとは思えないのだが、とにかく選んでもらった≠アとに対する感謝の意を表しているのである。日本語としての違いは微妙だが、私としてはJALの気持ちがわかるなあ。さてANAはスタートした有料サービスをANA My Choice≠ニ呼んでいる。機内を楽しむANAの新しいサービス≠セそうな。メニューはしっかりした16ページ仕様で、そのトップはスターバックスのドリップコーヒー≠ナある。これが300円だ。その次がブドウジュース≠ナこちらも300円也。ダージリンティー≠烽る。おつまみ付きのビール≠ヘ以前から販売していたが、これにチューハイ≠熬間入りだ。どちらも500円である。さらにワインは1,000円でシャンパンは1,200円。そうそう、プレミアムクラスの弁当もあって、こちらは1,800円だという。これに対して客の方も現金なもので、有料となると買う$lがほとんどいなくなった。今のところそんな感じだ。ただし、先日は隣席の女性がコーヒーを注文した。そのとき、乗務員には手持ちのおつりがなかった。
サービスの本丸へ… 2010/07/11 Sun 2701
 時間が流れていく中で、飛行機は次第に庶民の足になっていく。そのうち、サンダル履きの乗客も見かけるようになる。そうした変化に対応するかのように、サービスもまた少しずつ変わっていくのである。まずは週刊誌がカットされた。その具体的な時期については思い出せない。それほど時間が経過しているのだと思う。週刊誌の値段は知らないが、とにかく経費節減を図ったことは疑いない。これを書きながら、ひょっとしたらそれはバブルが崩壊したときかもしれないという思いに至った。私の年齢になると、バブル崩壊もほんのこの前のような気がする。なにせ東京オリンピックの開会式が昨日のことのように思える感覚だから、私のほんのこの前≠ヘいかにも当てにならない。それにしても、バブル崩壊からもう20年近くが経とうとしている。あれが日本崩壊≠フはじまりだった。それからしばらくして、とうとう新聞まで置かれなくなった。さすがにこのときからはそれほど時間は経過していないと思う。しかし、それでも3年や4年くらいは前のことだったのではないか。新聞は週刊誌に比べるとかなり安いはずだが、すべての便に置いていたのだから数量としては半端じゃない。そこで、これまた経費節減の波に飲み込まれたに違いない。そして、いよいよサービスの本丸へと手が伸びてきた。少なくともANAでは、この7月から飲み物の機内サービスが大きく変化した。先々月まではお試し期間で、意思表示すればスターバックスのコーヒーがサービスされた。そして先月まではジュースは無料だった。それがほとんど有料になった。いまでも無料のままなのは、飲料水・日本茶(温冷)である。しかしそれも客の方がちょうだい≠ニ声をかけないと手に入らない。
おしぼりと週刊誌 2010/07/10 Sat 2700
 私が飛行機にボチボチ乗り始めたころは、搭乗してから間もなくおしぼり≠ェ配られていた。私の記憶に間違いがなければ、それはちゃんとした布製で本物のおしぼりだった。そもそもはJALが国際線で採用して、それが大いに評価されたと聞いていた。まさに日本式サービス≠ナある。それが外国の航空会社にも広がっていったのである。ともあれ、国内線のおしぼりもアツアツだった。おしぼりで顔を拭くのはおっさん≠ネのだそうだが、私なんぞは若いころからそうしている。しかし、おしぼりサービスはかなり早い時期になくなった。今では食事をするところでも本物≠ヘなかなか出てこない。そのほとんどが紙製である。これも時代の流れということだろう。そうそう、飛行機には週刊誌や新聞も置かれていた。私は生まれてこの方、週刊誌を読む習慣はないが、飛行機ではけっこう手に取っていた。いつもは読まないから、ちょっと覗いてみる気になったのである。そんな機会に、週刊誌の内容が新聞とはかなり違うことを知った。今回の親方や関取たちの賭博問題でも、最初に火を付けたのは週刊誌らしい。いま大騒ぎになっていることについては、新聞記者だって以前からそれなりの情報はもっていたはずだ。それでも新聞には出ない。そんなものなんだろう。そう言えば、プロレスは一般の新聞では報道されない。力道山の昔から、プロレスはショーであってスポーツではないということになっていた。もちろん、スポーツ新聞≠ナはプロレズが一面を飾ったりもしたと思う。それにしても、スポーツ紙≠ノは女性のややこしい写真も大きく載っている。あれもスポーツなんだろうか。通勤電車の中で、あの手の写真が大っぴらなのは日本だけだと聞いたことがある。
喫煙飛行機 2010/07/09 Fri 2699
 飛行機雲はひょっとしたらタバコの煙が漏れているのではないか。そんな勘違いを起こすほど機内は煙だらけだったのである。かく言う私自身がタバコを1日に30本ほど吸っていたからその光景は今でもしっかり記憶している。それが時間の経過とともに、喫煙席は後部座席の方に追いやられる。後ろの席だと降りるときは遅くなるから、愛煙家に不利な状況がつくられていった。それでもとにかくタバコが吸えていたのだが、それはどのくらい続いたろうか。そのうち機内は完全禁煙≠ニなった。今では10時間以上も乗り続ける国際便でもタバコは御法度である。トイレにも煙センサーがあって、この禁を犯すととんでもないことになる。そんなわけで愛煙家は長時間にわたって我慢しないといけない。まあ、考えようによっては禁煙≠ノ挑戦するいい機会ではある。私はタバコにおさらばできたのだが、その体験から言えば、止められない≠ネんてのは、自分がそう信じているだけのこと。禁煙だってやればできる≠フ世界である。タバコを止めると手持ちぶさたになる=Bそんなことはない。それならタバコを吸わない人間は誰もが手の持っていきようがなくなる。どうしても手を動かしたければ適当に動かしておけばいい。子どもの体操にお手々をブラブラブラ…≠ネんてあるじゃないですか。手の運動になって、血行だってよくなるわけですよね。あるいはタバコを止めると間が持てなくなる≠ナすって。これも屁理屈ですよ。私なんぞは禁煙した後になってからも、あんた、少しは間を持って話しなさいよ≠ネんて言われてるんです。昔からおしゃべりなんですがね。かくして、いまや喫煙飛行機は過去の歴史になった。そして、さらにいろんな変化が導入されていく。
憧れの飛行機 2010/07/08 Thu 2698
 その昔、飛行機は大金持ちの乗り物だった。私が子どものころ、ときおり上空を飛行機が通り過ぎていった。まだプロペラが中心だったからブーン≠ニいうエンジン音が聞こえてきた。一生のうちに一度だけでもいいから乗りたいなあ=B飛行機はそんな乗り物だった。そのうち、もはや戦後ではない≠ェ流行語になり、日本経済も政府の予測を超える成長を遂げていく。それは敗戦によるどん底からの奇跡の復興≠ニ呼ばれた。経済成長率は10%近くと、まさに今日の中国と同じ勢いだった。そんな中でJALパック≠ネる海外ツアーも開発された。庶民も海外旅行ができるようになったのである。とくにハワイなんぞはアメリカ本国よりも近くてお手軽だったから、日本人観光客が殺到する。テレビのクイズ番組などでもハワイ旅行をプレゼント≠ェ大いに受けた。その多くが団体ツアーで、とくに彼の地ではノーキョー≠ウんはよく知られているという話も聞いた。もっとも、日本人の団体客が、ホテルの中をステテコで歩き回るといって顰蹙を買うこともあったようだ。そんなこんなのエピソードを生みながら、国内の旅行でも少しずつ庶民が乗れるようになってくる。それは1970年代ころからのことだろう。それから40年、飛行機も大いに変わった。いま学生たちに昔は1列目から最後列まで全部の椅子に吸い殻入れがあった≠ニいうと、誰1人として信じない。さすがに離着陸時は禁煙≠セったが、水平飛行に移るやいなや機内中がタバコの煙で充満した。現在の、電波を発しない電子機器≠ェ使えるようになるタイミングだ。そして、やはり降下前にはアウトになった。男性の喫煙率が70%ほどもあった時代だから。とにかくあっちもこっちも煙だらけになった。
新聞、読んでますか? 2010/07/07 Wed 2697
 マンションのエントランスからインターフォンで○○新聞ですが…≠ニ声をかける。ほとんどの場合はけっこうです≠ニいう反応しか返ってこないのではないか。そんな時代になってしまったのだ。新聞にとってないないづくし≠フマイナス・スパイラルである。こうした傾向は今後も強まっていくに違いない。ところで、新聞協会は2年ごとにメディアに関する意識調査を行っている。この結果は相当に興味深い。結論を先に言うと、新聞を読む$lの割合が驚異的に高いのである。たとえば、2004年は94.5%、2006年は92.5%、そして2008年度は91.3%になっている。大学の授業で学生たちに新聞を読んでいる人は手を挙げて≠ニ問いかける。正確な統計を取っているわけではないが、半分も挙がらないことがある。そこで私はあなたがたは全国の平均値と比べると、恐ろしいほど読んでいないんだね≠ニ慨嘆してみせる。これに対して学生からこんな声が聞こえてくる。調査対象は15歳から69歳となっていますが、高校生がそんなに読んでるんでしょうか=B回収率が60%程度ですが、回答しなかった人たちでも90%の人が読んでいるんでしょうか∞ここで′読んでいる′というのはどの程度のことをいうのでしょうか=Bなあるほど≠ニ思う指摘である。じつは2007年に文化庁が発表した調査結果では、よく読む∞ときどき読む≠ェ合わせて79%なのだ。そして、16歳から29歳まではまったく読まない≠ェ18%に達している。また同じ年の読書週間調査では、9割を超える世代がなくな≠閨A学生では%ヌまない≠ェ46%なのである。こちらの方が目の前の学生たちの回答に近い。こうした数値を見ると、新聞協会のデータには甘さ≠ェ感じられる。
新聞の危機 2010/07/06 Tue 2696
 全国紙の1つがホテルで無料サービス≠している。最初に遭遇してから数年になる。その範囲もけっこう広い。私の経験だから認知した件数はたかがしれている。それでも、東京を含む関東地方、関西や中部あたりでも体験済みである。熊本でホテルに泊まることはないが、九州内でも同じサービスがあった。いちいちメモなんぞは取っていないから正確なところはわからない。ただ、東京や名古屋の大都市だけに限定されたサービスでないことはたしかだ。フロントにご自由にお取り下さい≠ニ書かれていて、その部数もかなりのものである。他の新聞は有料だから、ホテル側の負担はないのだろうと推測する。それだけ台所事情が厳しいのだろうと思う。そう言えば、もう10年ほど前にこの新聞を止めて他紙に替えた。それからしばらくして購読再開のお願い≠ニいう手紙が届いた。支局長名のものだったが、それが印刷されていることにある種の感慨があった。もちろん一読者に手書きなどあり得ないが、文書≠作らざるを得ない厳しい状況を想像した。再購読≠依頼すべき元読者がけっこういるということである。たしかに新聞を取り巻く環境は厳しさを増している。街中はマンションが多くなった。その結果、自宅のドアまで配達できなくなった。早朝に新聞が差し込まれる音が聞こえる。何をしていてもまずは朝刊を取りに行った。パジャマを着替えずに玄関ポストから新聞が取れるのだ。それが毎日のはじまりだった。それももう懐かしい昔話になってしまった。購読料だって銀行振り込みである。だから集金する人も個別に訪問しなくなった。こうしてコミュニケーションの機会も失われた。勧誘するにしてもエントランスのインターフォンを利用するしかない。
メディア革命 2010/07/05 Mon 2695
 看護師の中には、忙しい仕事に従事しながら、同時に研究を進める人たちがいる。私のところにも研究や論文の照会があるが、看護系の人たちの比率はけっこう高い。だから、昨日リストアップしたような論文検索サイトを紹介すると喜ばれる。ともあれ、こうしたサイトも含めて、この世の中には情報が溢れている。それも玉石混淆だから、受け止める側の情報視力≠ェ大事になる。いわゆるメディアリテラシー≠ニいった情報を読み書きする力≠フ教育が欠かせないのである。それにしても、授業中にもメールに夢中なんてくらいだから、若者たちが文字≠使っていることは疑いない。ただ、それが紙活字≠ゥら離れてきたということである。その結果として、新聞や雑誌、さらには出版といった紙活字≠ノ関わる領域の厳しさが増している。それに、昔のように豪華な背表紙の本が書斎の飾りになるようなこともなくなった。書棚には高そうなウイスキーまで並んでいる。そこでパイプの煙でもくゆらせながらゆっくりコーヒーを味わう。そんな光景がCMになる時代もあったような気がする。ああ、懐かしや。そんな中で、私自身は相変わらず活字中毒≠フままだ。しかし、メディアに接触する時間は変化している。その昔は授業の教材づくりには新聞とテレビが欠かせなかった。とくに新聞はOHPなどで使いやすいので多用した。テレビの場合はビデオに録ることになるが、こちらは授業時間を食うので、精選する必要があった。何といっても、教師が主役≠ナある。しかし、そのテレビの情報源そのものも多様になった。いまでは多チャンネルのケーブルテレビもある。そしてついにインターネットが登場する。これが何と野球の生中継まではじめるのである。
出てくる、出てくる… 2010/07/04 Sun 2694
 納骨堂の意味もあるRepository(リポジトリ)≠セが、いま全国の大学が競って整備している。これを使うと、所属する研究者の論文や教材などを見ることができる。例えば、http://reposit.lib.kumamoto-u.ac.jp/items-by-author?author=%E5%90%89%E7%94%B0%2C+%E9%81%93%E9%9B%84 をクリックしていただくと、私の論文や評論がリストアップされる。今のところ84件が登録済みである。ここからさらに進むと、本文そのものがダウンロードされて印刷もできるようになる。とにかく便利なこと、この上ない。その代わり、論文が手に入りませんでした≠ネどという言い訳は通用しなくなる。このリポジトリに蓄積されている情報をまとめて検索できるのが、JAIRO≠ナある。これはJapanese Institutional Repositories Online ≠フ頭文字をとったものだが、2009年10月現在で54万件を検索できるとしている。こちらは、http://jairo.nii.ac.jp/ でトップに入る。それから著者名などを入れると、同じように論文等がリストアップされる。私の場合は、現時点で92件の論文が出てきた。熊本大学以外の研究者と書いた共著論文がプラスされているため少しばかり多くなっている。さらに輪をかけてすごいのが、CiNiiだ。こちらはCitation Information by NII≠フ略称だが、NII≠烽ワた略称で、国立情報学研究所(National institute of infomatics)≠フことである。トップページに書かれている収録件数は13,001,172件(2010/06/27現在)である。1千300万を超えるというのだから凄まじい。こちらで私の名前を入れたところ147件がアップされた。中身をよく見ると、同姓同名の研究者がいて、当然のことながらその方々の分も一緒にカウントされていた。
納骨堂 2010/07/03 Sat 2693
 われわれの業界でも、研究雑誌をインターネットで配信するところが出始めた。分厚い印刷物をつくるためには経費がかかる。その上、全国に送るとなるとさらに負担が増える。またそれを受け取る側も保管する場所の確保に苦労する。この手のものはベストセラーなんぞにはなるわけがない。だからずっと置いてある割には活用されないことも多いのである。しかも最近では本当に読みたいと思ったら、その論文だけをインターネットで入手できる確率が高くなってきた。まずは全国の大学にはリポジトリ≠ネるものがある。Repository≠ヘ埋葬所、墓所、納骨堂≠ニいう意味がある。もちろん大学に墓なんぞがあるはずもない。この訳は辞書の3番目から4番目のもので、トップは保管する入れ物や場所、収納庫≠るいは端的に倉庫≠フことである。その大学の研究者が書いた論文や作成した教材などをずっと保管しておきましょうというわけだ。もちろん、それはインターネットで公開されている。試しにYahooにrepository≠セけを入力したところ、東京大学≠筆頭にとにかくワンサカリストアップされた。検索結果の数値は、153百万、つまり1億5千3百万件である。海外のものも含まれるからこんな件数になる。これに大学名を付けて検索すれば、まず一発で当該大学のリポジトリにたどり着ける。その後は著者名や論文タイトルなどを組み合わせて検索する。これで読みたい論文をどこにいても手にすることができる。もちろんプリントアウトも可である。すごい時代なのである。もちろん、リポジトリに保管されるのは、原則として研究者本人が申し出たり了解したものに限られている。しかし、今の時代に掲載不可≠セと言う研究者なんているのだろうか。
ペーパーレス社会 2010/07/02 Fri 2692
 コンピュータが普及しはじめたとき、ペーパーレスの時代が来るといわれた。文書はワープロでつくるから紙が不要になるというわけだ。しかし、正確な統計は知らないが、その予想は当たっていないというのが実感である。たしかに入力そのものはコンピュータでするから、その段階では紙を使わない。しかし、文書の内容をチェックする段階になると、まずはプリントアウトする。その理由は簡単で、画面だけでは文章としておかしいところやミスを見落とすことがあるからだ。ワープロも印刷イメージ≠ナディスプレイに表示できるから、見た目は紙と同じになる。しかし、何とも説明しがたいが、やはり紙とディスプレイは違う。そのポイントの1つは紙全体が見渡せるかどうかだろう。コンピュータは基本的に画面が小さい。そこに全体を表示はできるが、文字が小さくなりすぎる。それだけで不自然な感じになる。このごろはワイドな画面のものもあるが、そうなると設置場所の問題が出てくる。さらに数ページ先の内容と照らし合わせるときなどは、これまた紙の方が圧倒的に有利である。あのめくる≠ニいう感覚は紙でしか味わえない。見た目では画面でページをめくる≠謔、な表現をしているしているものもあるにはある。しかし、そこは実際に指でつまむ♀エ覚が大事なのである。かくしてペーパーレス社会≠ヘ未だに実現しないままで今日に至っている、その一方で書籍や新聞業界など紙媒体≠基本にするビジネスは厳しい状況の中にある。新聞の折り込みチラシなども、景気が悪いせいもあるだろうが、昔に比べると減っているように思える。それでも紙が増えるのは、基本的にマスを対象にしていない仕事場や家庭で紙の使用量が減っていないからだろうか。
全員城主 2010/07/01 Thu 2691
 めでたく熊本城主になって、お城への入場券が10枚だったか、もう少しあったかが送られてきた。ただし最近は、城主証≠ニいうカードに代わっている。期限付きで熊本城に出入り自由になる。これを使うと、お城以外にも熊本市関連の施設がフリーパスになる。まあ、それほど行くわけではないが、思い出したころに家内と出かけたりする。年度末には同僚の送別会をしたが、そこは城主指定≠フところで、10%の割引だった。全員で6人の食事だから、10%でもまあまあのものである。最初の登録から1年ほど経ってから孫がこの世に登場した。そりゃあもちろん孫も城主≠ノしなければならない。そこで孫の分もさっそく登録した。ただし、その時間差は如何ともしがたい。孫の木札はわれわれ先行組とはかなり離れたところに掲示された。そうこうするうちに、城主登録≠熄I了することになった。そのあとで、ふと家内が言った。おじいちゃんとおばあちゃんも登録しておけばよかったと思うんだけど=Bこれは私の両親のことである。家内の両親は、義母が元気だったから、われわれと同時に城主≠ノなっていた。しかし私の両親はすでに他界していた。そんなことで、正直なところ私の頭にも浮かぶことがなかった。たしかにそうだったなあ=Bそんな気持ちになったが、すでに制度は終わっていた。そう言ってくれただけで家内には大いに感謝した。ところが、ところがである。城主システム≠ェ予想外に好評で、実入りも≠謔ゥったのだろう。しばらく経ってから、これが再開されることになったのである。しかも、運のいいことには二番目の孫が生まれてきた。曾じいちゃんと曾ばあちゃん≠ノ並んで新生の孫が城主≠ノなったことは言うまでもない。