No.82 2010年02月号(2538-2565)
NYTの社説は続く(2010年02月28日 Sun 2565) 26日の続き
アクセルペダルの交換で問題は解決できる。そのはずだったが、さらに問題が起きることになる。 少なくとも2008年以来、トヨタはいくつかのモデルでアクセルから足を外してもエンジン出力が落ちないままになるという問題があることを知っていたのである。先月になって、TOYOTAは連邦安全局(the
fed-eral safety agency)の圧力で、8車種の製造と販売を中止し、さらにリコールを世界中の数百万台もの車まで拡大した。 現在、TOYOTAはペダルに金属片を取り付けることで問題を解決しようとしている。しかし、当然ながら、多くの消費者はこれでトヨタが問題を解決したとは思っていない。
とりわけ批評家たちが、電子スロットル制御装置に欠陥があるのではないかという指摘をTOYOTAが否定していることに猜疑の目を向けている。この点についてはTOYOTAの方が正しいのかもしれない。しかし残念ながら、そのことがさらに消費者の不信感を高めている。そうした最中に、日本政府はプリウスの2010年モデルをブレーキの不具合でリコールするよう圧力をかけた。TOYOTAは1月に瞬間的にブレーキが効かなくなるソフトウェアの問題を見つけたが、まだ在庫の車を修理しただけである=BNew
York Timesがどのような読者に読まれているかは知らない。しかし、社説のトップにここまで書かれているのである。当初はブレーキペダルがアメリカ製だという情報もあった。それは日本製は問題ないというメッセージでもあった。しかし、とうとう日本で製造したプリウスにまで問題が広がってきたのである。トップの記者会見が何度となく思い出される。ブレーキが効かないというのは、ユーザーの感覚であり、現実には何の問題もない。そんなニュアンスの発言だ。 |
JALとANA(2010年02月27日 Sat 2564) 25日の続き
ANAのモヒカンジェット≠ニいうのは、機首に青く塗られた部分が、モヒカン刈りのように見えるからだ。また尾翼には何とも妙なものが書かれていたのだが、あれはレオナルド・ダ・ビンチのヘリコプターだそうな。まだあの塗装で飛んでいたころ、その情報を聞いておもしろいなと思った。先だってなくなった森繁久弥がPRしていたころである。ところで、JALの厳しい状況に比べて、ANAの方は悠々と飛んでいるようにも見える。しかし、ANAだけの責任とはいえないものも含まれるが、一時はANAで事故が続いたことがある。そのとき素人の間ではJALの方が安全≠ニいう会話が交わされたりもした。まだ一般人が飛行機に乗る機会などほとんどない時代である。どの会社の飛行機に乗るとか乗らないといった話に現実味などなかったけれど。それにJALは国内の幹線だけを飛んでいた。おそらく九州では福岡にしか定期便はなかったのではないか。ANAの他に、離島などには、東和国内航空、後の日本エアシステムが飛んでいた。いわゆる棲み分けができていたわけだ。その点、JALは国際線が主要な路線だったのである。そんなこんなで、JALはとにかくスマートな航空会社だった。これもANAの責任とは言いにくいが、ロッキードトライスター購入に絡む贈収賄事件にも関わってしまった。あの田中角栄元総理が逮捕されるという、前代未聞のスキャンダルである。こうして昔はJALの方がANAを遙かにリードしていたと思う。それが時間の経過とともに、今日のような事態になってしまった。その原因はいろいろ指摘されている。会社の組織にも問題はあったのだろう。しかし、素人知識で言わせてもらうなら、これまでの航空行政の犠牲になった部分が無視できない。 |
後手、後手のイメージ(2010年02月26日 Fri 2563) 24日の続き
エレクトロニクス業界でも、すでに韓国や台湾が日本を超えはじめた。いまや国際的にはSAMSUNG≠フ方がSONY≠竍PANASONIC≠謔閧熬m名度が高いのではないか。自国の製品がいつまでも先を走るべきだ≠ニいうのは思い上がりに違いない。それはそうだとしても、とにかく現実は厳しさを増している。そんな中でのTOYOTA問題なのである。New
York Timesの社説を続けよう。TOYOTA車が十分に安全ではなかったことは明らかだ。8月にカリフォルニア州で起きたハイウェイ・パトロールの警察官がレクサスで事故を起こし死亡した。さらに11月になってから、高速道路安全局(the
National Highway Traffic Safety Administration)に問題を指摘されて、TOYOTAはトヨタは、ようやく運転席側のマットを取り除くように400万台のTOYOTA車ドライバーに警告した。そのときTOYOTAは、連邦安全局(the
federal safety agency)は、フロアマットは互換性があり安全には問題がないということで、欠陥を認めていないと主張した。しかし、それは誤りだった。これを安全局は強く非難した。それから3週間後に、TOYOTAは430万台をリコールし、アクセルが踏まれても適切に停止できるスマートペダル≠ノ交換すると発表した=Bつまりはアクセルペダルを交換すれば問題は解決するという態度で対応したのである。この社説を読んでいくと、とにかく後手、後手≠フイメージだけが頭に刻み込まれていく。そして、社説はまだ半分にも達していない。TOYOTAがその問題を認識していながら、対策をとらなかったというのである。人間の行為にはエラーが付きものだ。そうではあるが、それに適切に対応しなかったと認知されると、これは相当にまずい。 |
JAL応援団(2010年02月25日 Thu 2562) 22日の続き
JALがはじめて国際線を開設した1953年の翌年に公開された映画ハワイ珍道中≠見た日本人は、常夏の島の美しさと合わせて大いに楽しんだはずだ。あの1941年12月10日の真珠湾攻撃からまだ13年ほどしか経過していない。その後も、JALは順調に成長していったのだと思う。ようやく経済も敗戦から立ち直り、東京オリンピックが開催された1964年の次の年に、あのJALパック≠ェ売り出されたのである。あの≠ニ言っても、若い方にはその理由が分からないだろう。あこがれの海外旅行≠ェひょっとしたら私にだってできるかもしれない=B国民をそんな気持ちにさせた魅力ある旅行商品だった。そんなこんなで、鶴のマーク≠フJALには多くの思い出がある。そして、私の先輩や友人たちの就職先としても、日本航空はあこがれの的だった。それはいまから40年ほど前、1970年代はじめのころである。そう言えば、垂涎の的として、日本電信電話公社≠竍新日本製鐵≠ネどがあった。いまでは、いずれも大きな変化を迎えている。そうした時代の流れの中で、気がつくとJALはきわめて厳しい事態に直面していたのである。東京の地下鉄三田線の三田駅改札口付近にギャラリーコーナーがある。そこにJAL機の写真が20枚ほど展示されている。大きな月を背景に、その中を飛んでいるように見える写真をはじめ、とにかく素晴らしい。迫力も満点である。主催者は日本航空(勝手)応援団≠セそうだ。JALの再生を願って、しっかり応援している人たちがいるのである。1960年代の中頃に、全日本空輸の事故が目立った時期がある。全日本空輸とはANAのことである。現在、モヒカンジェット≠ニ呼ばれる塗装をした昔のデザインの飛行機を飛ばしている。 |
没落の始まり(2010年02月24日 Wed 2561)
New York Timesの社説はTOYOTAに厳しく迫る。2008年、当局に届いた急発進に関する苦情は115件を数えるが、そのうち52件がトヨタ車だった。過去10年間では、この問題で起きた18件の死亡事故にTOYOTA車が関係している。それでもまだ、高速道路で年間に4万人が死亡することを考えれば、ほんの一部ではあるが。TOYOTAはこうした問題を隠さずに完全に認める時機を失したため、問題をこじらせてしまった。何年かにわたってアクセルの急加速について苦情を受けながら、トヨタは2007年になってから、数台の車でアクセルペダルがマットに引っかかったためだと断定した。そして、特定のマットを装備したカムリとレクサスの55,000台だけをリコールの対象にしたのである。TOYOTAによれば、他のモデルではマットをクリップで固定することで安全だというのである=BNew
York Timesの社説をほとんどそのまま訳している。しばらく、これを続けようと思う。なぜなら、私は今回の事態を素人ながら深刻に受け止めているからである。それはTOYOTAという一企業の問題ではない。あれが日本の没落を決定づけた…=Bいつのころか、わが国全体がそうした評価を受けかねない。そんな危機感を持って、ことの推移を見守っている。今回のリコール問題とは関係ないが、アメリカの自動車市場では韓国車が急成長している。すでにHYUNDAI℃ヤが販売台数でHONDAを上回っているのである。HONDAは本田宗一郎という伝説的創業者の名前とともに、オリジナリティあふれる車づくりで知られている。だからこそ、アメリカ人にも受け入れられ、日本車としてはTOYOTAに続く地位を占めていたのである。それがついに韓国製の車に追い抜かれたのだ。 |
New York Timesの社説(2010年02月23日 Tue 2560)
アメリカでトヨタ問題が大きくクローズアップされている。当然、予測してはいたが、2月14日にはNew York Times の日曜版で社説のトップに取り上げられている。その見出しはToyota
Has A Lot to Fix≠ナある。直訳すれば、トヨタは多くの修理を抱えている≠ニでもなるだろう。意訳的にはトヨタが解決すべき多くの問題≠ニいう感じか。fix≠ノは多くの意味があり、その中に修理する≠煌ワまれる。そもそもは固定する、取り付ける≠ネどの意味があるが、それがドンドン派生していったという。英語のニュアンスまで理解できる力はないが、アクセルの取り付け≠ノも掛けているのかもしれない。ともあれ、トヨタにはかつてない厳しい視線が注がれている。経営トップがブレーキの違和感はユーザーの感覚の問題≠ネどと言っているような状況ではないのである。社説は語る。トヨタには、ドライバーの信頼を回復するためになすべき多くのことがある。同社は、いまや合衆国とカナダで昨年販売した台数の3倍の車をリコールした。これは製造とデザインに対する信頼を損ねてしまった=Bこんな文章ではじまる社説は単語数は700に迫る勢いで、文字数も4,000字を超えている。トヨタの問題はそれだけでは終わらない。アクセルがうまくコントロールできないという乗用車やトラックに関する何千もの苦情に対する対応が当惑するほど遅く、透明性にも欠けていた。さらに、当初ははっきりしなかったプリウスのブレーキについても、あらたにリコールの対象になった。リコールは自動車産業界では普通のことである。合衆国のあらゆる自動車メーカーが急発進に関する苦情に直面している。しかし、その中でもトヨタ車には多くの苦情が寄せられてきた。 |
19日(金)からサーバーがクローズしていました。その間にアクセスいただいた皆さまにはご迷惑をおかけしました。
本コラムは相変わらずせっせと書いております。 |
日本航空の離陸(2010年02月22日 Mon 2559)
敗戦の廃墟の中から日本航空株式会社≠ェスタートしたのは1951年(昭和26年)のことである。最初はアメリカの航空会社から機材だけでなく乗員まで借りたという。そのときは、羽田/伊丹/福岡間を飛んだ。さらに2年後の53年には羽田/ホノルル/サンフランシスコ便ができた。本格的な国際線が開設されたのだ。また、54年には沖縄便も運行を開始している。そのころの沖縄は連合国軍の占領下で、施政権はアメリカが握っていた。日本人が沖縄に出かけるときはパスポートが必要だったのである。お金はドルだし、車は右側通行と、まさにアメリカそのものであった。そんな状況の中で、JALは日本の顔として成長していくことになる。ここまで書いて、ふとハワイ珍道中≠ニいう映画のタイトルが頭に浮かんだ。もう記憶の彼方に消え去っていたから、それが脳みそのどこに残っていたのかと自分でも驚いてしまう。いわゆるドタバタ物であるが、その当時としては珍しい海外でロケをしたカラー映画だった(はずだ)。登場人物として、伴淳三郎や江利チエミ、そして田端義夫のイメージがかすかに思い浮かぶ。南の島らしく、バナナをネタにしたお笑いシーンもぼんやりと憶えている。その時期がメタメタに古いのだ。自分でも信じがたいが、私が小学校に行く前のことである。そのころは、父の勤務先があった北九州の八幡市に住んでいた。ときに見た映画なのである。われながら人間の記憶の凄さに感動する。インターネットで見ると、それは1954年の制作である。日本航空が国際線を開設し、その路線で最も近いハワイに出かけて映画を作ったのである。国内線ですら飛行機は、文字どおり高嶺(高値)の花だった。一般人が利用するなど想像すらできないころである。 |
日帰り出張(2010年02月21日 Sun 2558)
今月の表紙写真の話から、熊本空港についてあれやこれやと書いてきた。私が熊本に来たころは、発着時刻の関係から東京出張は1泊が常識だった。しかし、いまでは朝8時発があり、帰りは羽田を19時に出る。これでほぼ完全に日帰り圏≠ノなった。羽田の拡張が終わると、さらに遅い便ができる可能性もある。機材運用の都合だと思うが、現在でも熊本から羽田への最終便は20時45分発なのである。これだと羽田には22児20分に着くが、なにせ東京のこと、そんな時間帯でもちゃんと行くべきところへ行く足はある。やれやれ≠ナすね。いまから45年以上も前の1964年に新幹線が走ったとき、東京・大阪間の出張が日帰り♂ツ能になった。当初は3時間半ほどかかったから往復で7時間、かなり厳しいスケジュールではあった。しかし、それでも日帰り♂ツ能だというわけで出張族≠ェ嘆いたものだ。それがいまでは熊本・東京でも日帰り≠ェできるのである。いやあ、昔はよかったなあ…。ところで、今月の表紙には熊本空港を飛び立つJAL機が写っている。いま、JALは大きな試練の中にある。もう3年ほど前になるが、私はJALで組織の安全≠ノついて講演したことがある。それをきっかけにして、東京で開催している熊本大学公開講座リーダーシップ・トレーニング≠ノもJALの方にご参加いただいている。そんなご縁もあって、JALにはしっかり再生してほしいと思う。文字どおり日本の翼≠ニして赤いI≠フマークをつけたJALは、まだ飛行機が超大金持ちしか利用できない時代からあこがれの的だった。海外で働き、生活をしている人たちは、空港であのマークを見るとホッ≠ニしたという。まさに日本人にとって世界に羽ばたくシンボルであった。 |
絶景スポット(2010年02月20日 Sat 2557)
空港ビルの反対側にある細い道路まで行って気がついた。ここには息子が小さいころカブトムシを探しに来たことがある。夏の早朝だった。幼稚園の友だちのお父さんがこの場所を知っていたのである。そのときも一緒に来たのだが、うまく見つけることはできなかった。それから25年以上は経過しているはずだ。まだ熊本に来て間もないころで、そんな早朝には飛行機の離着陸もない。それに当時は東京便も16時か17台が最終便で、翌日の朝に出発する飛行機が駐機などしていなかった。そんなことから、そこが撮影スポットなどとは想像もしなかったのだろう。もともと子どものころから飛行機を見る≠フは好きだった。もちろん、乗る≠ネんてことは夢でも実現できないほど飛行機は大金持ち≠フ専有物だった。熊本に来たときは免許を取って間もなくで、休みの日は家族でいろんなところへドライブした。阿蘇や天草は楽しいが、少しばかり遠出になる。その点、空港は30分程度の距離である。そんなわけで空港にはときおり出かけていた。それほど便が多いわけではないが、飛行機が離着陸する姿は、ただ見ているだけで楽しい。到着した飛行機がエンジン音をとどろかせたまま近づいてくる。それを見て、だっこした息子が恐がった。まだそんな赤ん坊だった。ああ、なつかしや、なつかしや。このごろ、そのスポットに孫を連れて行った。遙か彼方から加速しはじめた飛行機が目の前で飛び上がっていく。その迫力は表現しがたいが、さすがに強烈で、それをはじめて体験した孫も、少しばかり恐怖感を憶えたようだった。車から出ようと誘ったが、それには乗らずしっかりその様子を見ていた。車外に出てわーっ≠ニ叫ぶまでには、もう少し時間を要するようだ。 |
夕日と飛行機(2010年02月19日 Fri 2556)
熊本空港は全国でも有数の撮影スポットである。毎年1月と11月に、滑走路の延長線上に夕日が沈む。そのタイミングで離着陸する飛行機があると、じつに見事な写真が撮れるのである。とくに夕日に向かって飛び上がる光景は一見の価値がある。私はこのことを最近まで知らなかった。そのきっかけは、昨年の秋、地元の新聞に掲載されたダイナミックな夕日と飛行機の写真である。写真に添えられた記事から撮影した記者自身のやっと撮れたぞ≠ニいう興奮気味の気持ちまで伝わってきた。たしかに素晴らしい光景だった。そんな情報を目にした後で夕刻の便に載ったところ、窓からまぶしい夕日が見えた。写真撮影にぴったりの位置からはズレていたはずだが、これ、これ、これなんだなあ≠ニ思うと嬉しくなった。大自然を代表する太陽と飛行機という人間の創造物がジョイントして画を創る≠ネんてのは、それだけで素晴らしい。そう言えば、熊本空港から飛び立つとき、空港ビルとは反対側に、いつも数台の車が止まっている。その周辺に車を止めて何かをするような施設もない。ただ単純に飛行機好きの人たちなんだろうか≠ュらいの気持ちで見ていた。もちろん、飛行機好き≠ネんだろうが、それだけでなく写真を撮る目的の人もいたのだろう。ともあれ夕日の写真を見てから、自分もそのうち、あちらの方に行ってみようという気になった。そして、その日がついにやってきた。娘が東京に出かけることがあって、その日は私が空港まで送っていった。空港前で娘を降ろしてから、向かい側を目指して車を走らせた。するとあった、あった、あの空港に沿った道があったのである。もちろん車が行き交う通常の道路ではなく、そこから脇道へ入り込んで行くのである。 |
たまがる℃タ力(2010年02月18日 Thu 2555)
霧が深いので、これからすべて計器に切り替えます=B着陸寸前に機長自身からこんな説明をされると不安を覚える乗客も出てくるだろう。そこでカテゴリーVB≠フ細かい説明などは不要だが、少し安心させるような一言二言があってもいい。たとえば、熊本空港では霧に対応した最高レベルの計器を装備していますので、こちらに切り替えて着陸いたします≠ネんてのはどうだろうか。現に、気流が悪くて揺れるときなどは乗務員が飛行の安全にはまったく支障がございませんので、ご安心ください≠ニいった説明を加えている。そのあたりまで配慮するのがサービスということになるだろう。ともあれ、カテゴリーVBの実力はものすごい。機長はビルの4階ほどの高さまで地上に近づいてから、着陸するかどうか≠決めることができるのだ。それだけでも驚きだが、それで話は終わらない。滑走路視距離≠ネるものもがある。文字どおり、目の前にある滑走路が見える距離≠フことだが、これまたたまがる≠フである。おっと失礼、たまがる≠ニいうのは驚く≠ニいう意味だが、これは生粋の九州弁らしい。なにせ、たまがる≠辞書で引いたら載っていないのでたまがって≠オまった。これには魂が消える≠ゥら転じたという説があるらしい。私が小学生のころ、男はびっくりすると玉が上がるじゃろうが。つまりは‘玉が上がる’が詰まって‘たまがる’になったわけよ≠ネんて講釈を聞いたことがある。それを聞いてなあるほど≠ニ妙に納得した記憶がある。この手のネタはいつまでたっても忘れないものだ。誰が言ったかも憶えてはいないが、子どもをからかったのだと思う。これまた失礼しました。着陸前に話のレベルも急降下してしまいました。 |
CATVBの実力(2010年02月17日 Wed 2554)
熊本空港の霧対策に導入された計器着陸装置、カテゴリーVBの実力はものすごい。とにかくビルの4階ほどの高さまで降りてから、着陸するかどうか≠決めることができるというのだ。それだけでもすごいが、まだ驚くことがある。滑走路視距離≠ネるものである。文字どおり、目の前にある滑走路が見える距離≠フことだ。カテゴリーVBでは、これが75m以上、200m未満となっている。つまりは75m先が見えれば、飛行機を着陸させることができるのである。そのときのスピードは時速200kmを超えている。単純な割り算で、1秒当たり56mほどの速さになる。それでいて、75mも見えれば着陸OKというのである。パイロットから見れば、霧の中から目の前に突如として滑走路が現れるという感じだろう。いやあ、とにかくものすごい。このカテゴリーV、国内では成田・釧路・中部・広島と熊本の5つの空港だけに設置されている。そんな中で、おもしろい経験をした。空港が近づいてきたときのことである。機長の機内放送が聞こえた。熊本空港は霧のため視界が不良です。こらからすべて機器に切り替えます…=B細かいメモをとってはいないので正確な表現ではないが、とにかくそんな趣旨の情報が流れた。その瞬間、後ろの席からえっ、大丈夫なの≠ニいう声に続いて2人連れの不安そうな会話が聞こえた。機長の放送に対して、少なくとも乗客の2人は不安を覚えたのだ。しかし、いまや情報開示の時代である。それを伝えなくても、確実に降りることはできる。そのためにこそ、カテゴリーVBが設置されているのだから。しかし、事実は事実として伝える≠アとも大事なのだと思う。それは何かが起きたときの予防線という防衛的な理由からではなくて。 |
表紙の写真(2010年02月16日 Tue 2553)
毎月、表紙の壁紙と写真は変えている。今月は熊本空港のJAL≠ナある。熊本空港を離陸した瞬間を撮った。熊本空港の旅客数は九州では福岡、鹿児島に次ぐ第3位に位置している(2007年統計)。鹿児島は離島も多いから、少人数でも便数が多く、これも数値を押し上げているのではないか。じつは全国でも9位とトップ10に入っていて、仙台や広島を上回っている。これには地理的な条件が影響していると思うが、神戸や北九州よりも多いのである。もっとも、来年の3月には新幹線が開通する。その際には、大阪までは直通で3時間程度になるらしい。そうなると関西までの便には影響が出るだろう。私も微妙なところだと思っている。ところで、熊本空港は頻繁に霧が発生する。そのため欠航率が離島の空港並みで、まことに評判が悪かった。そもそも空港の適地を探す際に、そのくらいのことは分かっていたはずだが、まあいろいろあるのだろう。そこで登場したのがカテゴリーVBという計器着陸装置である。これがものすごい性能なのである。もちろん導入の経費もものすごいに違いない。それはともあれ、パイロットの着陸決心高度という、これ自身がまたまたものすごい用語だが、とにかくそれが50フィート未満または設定なし≠ナある。これは1フィート30.46cmから単純計算すると15mになる。六本木ヒルズが地上54階で高さが238m、地下が6階ある。地下も高さ≠ノ含まれているのかどうか分からないが、それも入れて60で割ると、1階当たりほぼ4mである。これで計算すると15mはビル4階の高さになる。着陸時の飛行機のスピードは時速200kmを超えている。ビルの4階くらいまで、降りるかどうかを決めずに降下していけるわけだ。 |
実名の影響(2010年02月15日 Mon 2552)
山口県光市で起きた母子殺人事件は多くの人が知っているはずだ。1999年4月14日、アパートで水道検査と偽って家に侵入した18歳の少年が母子を殺害した。首を絞められ息絶えた母親を強姦し、生後11ヶ月の乳児も殺害した。山口地方裁判所で無期懲役、それを不服とした検察の控訴を広島高等裁判所が棄却したため、最高裁判所に上告。2006年6月に最高裁は広島高裁に審理を差し戻す。2008年4月に広島高裁は死刑を言い渡した。弁護団は即日上告して、現在は最高裁で審理中である。そうした状況の中で、被告人の実名を出した本が出版された。弁護団側は出版禁止の仮処分請求をしたが、実際には全国の本屋に並んだ。偶々だったが、私も本屋でそれがあるのを見て購入した。タイトルそのものが「□□君を殺して何になる」と実名が入っている。冒頭近くには本人が通った小中学校の写真があり、54ページに中学校の卒業アルバムからとった顔写真が掲載されている。本全体は238ページである。それを読んだ私は、実名の必然性≠まったく感じなかった。それだけではない。実名にすることで二次被害が起きる心配まである。著者は、被告の親の家に行って弟にもインタビューしているのである。彼が被告の存在を知らされていなかったことが分かって著者は焦り、慌て、話題をそらしたという。それで本人をごまかせたかどうかは書かれていない。しかし、被告の名前を明らかにしたのだから、その弟も特定される可能性が極めて高くなった。それだけではない。親の複雑な事情も書かれているから、さらに本人を特定しやすくなっている。まだ書きたいことはあるのだが、いつものように明日まで続ける気持ちになれない。とにかく実名の必然性はまったくない。 |
自慢話の素(2010年02月14日 Sun 2551)
自慢が好きな私である。味な話の素≠ヘ、ただ思いつくままを書いている。もちろん公開しているのだから、何でもかんでも言いたい放題というわけにはいかない。そこには、それなりの節度は必要である。そんな前提はあるが、とにかく書きたいことを書いているつもりだ。その結果、ときおりにやり≠ニすることが出てくる。本欄に書いていたことと同じアイディアによる事業や実践が提案されたりするからだ。ここでポイントになるのは時間である。明らかに私の方が早い∞ずっと昔から言っていた。提案していた≠ニいうケースの場合がもっとも満足度が高い。これが自然科学の世界になると、少しでも早いほうが勝ち≠ノなり、それがノーベル賞に繋がったりする。さらに、結果として膨大な経済的報酬を得たりもする。まことに大変な世界ではある。その点、われわれの場合はかわいいものだ。先に言ったぞ≠ニ自慢するだけでおしまい。しかもその内容によっては、それがどうしたの≠ニ笑われたりもする。そんなときは、自慢話のつもりが単なる自己満足ということになってしまう。いやいや、それでもいいのである。藤原正彦氏の「国家の品格」に書かれているある部分とほとんど同じことを味な話の素≠ナ書いていた。もちろん出版より前のことだ。すると、それが自慢話になるのである。11日もNHKのニュースを見ていて、またまたにやり≠ニ笑った。岡山地方では地元の活性化のために、裕福な中国人をターゲットにした人間ドック≠企画しているらしい。そのアイディア、1月29日に書いたばっかりだもんね。しかも、阿蘇の健康カントリー″\想の方がスケールが大きいぞーっ…。ちょっとでも先に書いておくと自慢話になるわけです。 |
後出しコストの大きさ(2010年02月13日 Sat 2550)
調子がいいときは、そのペースを乱したくない。変な躓きをしたくない。個人も組織もこんな気持ちになるものだ。しかし、そこに悪魔の落とし穴が待ち構えている。組織の責任者は単に真実を語るだけでなく、それがどのような印象を与えるかについても配慮しなければならない。これはコミュニケーション力の問題である。トヨタの場合でも、いやトヨタだからこそ、記者会見の映像が世界中に配信されることは承知しているはずだ。これは体の特性に関することだから、そこを責めるのは問題もあるが、会見では責任者の顔が心なしか笑っているように見えた。まずいなあ=B映像を見た瞬間にそう思ったのは私だけだろうか。もちろん、ご本人としてはそんなつもりは毛頭なかったと信じるが、あの映像からは、客の方が間違っている≠ニ言っているような印象を受けてしまった。しかも、だから素人はかなわない≠ニいう雰囲気まで感じられた。客が不安だと言うのなら、それに応える。それも大事な品質保証≠ネのだ。小さなクレームが出た段階で、お客様からブレーキに関してご心配の情報をいただいています。じつは、これこれの理由で、そんな感じを持たれるのだと思います。しかし、ご心配は解消しないといけません。ご希望があれば直ちにプログラム調整をさせていただきます=Bまあ、こんな感じでオープンにしておけば、さすがトヨタだ≠ニ高い評価を受けることができたのではないか。そのコストたるやリコール同等の対応にしてしまった場合と比べれば、微々たるものに違いない。今回は、会社のどの段階でそのような意思決定がなされただろうか。ことがここまで進んでしまうと、社長が出てくるのも遅い≠ニいう批判まで巻き起こってくるのである。 |
事実={KY(2010年02月12日 Fri 2549)
トヨタのアクセル不具合問題はアメリカを発信源にしていた。その上、問題の部品はアメリカ製であることも強調された。だから日本国内では心配がないというわけだ。それはそうなのだろうが、聞きようによってはアメリカ製品に責任を転嫁している感じでもある。ところが、100%日本製だというプリウスにもクレームが発生していることが伝えられはじめた。プリウスはダントツの人気で、ハイブリッドカーとして、はじめて販売台数トップになったという。実際、私の身近にも数ヶ月待ってプリウスを購入したという方がいらっしゃる。もうお一人は、まだ来ない≠だそうな。そんなプリウスのブレーキ操作に違和感があるというクレームが付いたというのである。これに関連してトヨタのトップが行った記者会見での対応は、いかにもまずかった。KY≠ニいう言い回しがある。空気が読めない≠ニいう意味らしい。そう言えば少し前には漢字が読めない≠フ略語だという話もあった。いずれにしても、組織のトップには事実≠把握するだけでなく、状況の空気≠読む力が求められる。ブレーキ感に時差が生じるだけで、実際の安全には問題がない。専門的なことは知らないが、これは事実≠セと思う。だから欠陥≠ナもないというわけだ。しかし、組織のトップは事実≠伝えるだけでは、その役割を果たしたとは言えない。その事実≠どのように伝えるか、そこが重要なのである。発進したメッセージの内容だけでなく、その伝え方がどのように受け止められるか≠ワで頭に入れておく必要がある。それではじめて危機への対応が可能になるわけだ。それでも危機が回避できるとは限らない。いまの世の中は、そんな難しさに満ちあふれているのだ。 |
後悔先に立たず(2010年02月11日 Thu 2548)
あっという間にトヨタのリコール問題は賞味期限を過ぎた感がある。つまり、本欄でそれを取り扱っても、もう新鮮味がないということだ。トヨタはそれほど多方面から一斉に叩かれている。問題は単純だ。巨大組織の危機管理体制≠フ脆弱さが表面化したのである。アクセルペダルの不具合については、アメリカで2007年の春あたりからクレームが出ていたらしい。それが2008年にはヨーロッパにも拡大している。そして、その対応がなされたのが2009年の11月である。このとき426万台ものリコールを余儀なくされている。もちろん詳細な情報は持たないが、ああ、もっと早く対応していればなあ≠ニ言いたくなる。誰もがそう思っているに違いない。それにしても、この手の嘆きをわれわれはいつまで繰り返すのだろうか。後悔先に立たず≠ニいう。人間はこのことわざから永遠に逃れることができないということか。失敗は人間の特質≠セと言いたい。いや生きているものはすべて失敗する。その体験の積み重ねが進化≠フ原動力になったのだと思う。ただし、失敗から学ぶ力≠ェなければ進歩はありえない。同じ失敗をただ繰り返すだけになる。トヨタのトップの間で、アクセルのクレームについて、どんなことが、どのように議論されたのだろうか。すでに中国ではあなたは棺桶に乗りますか≠ニいった書き込みまで出ているらしい。それが誹謗中傷だとしても、この手の情報は人の気持ちに影響を与えやすい。GMはトヨタ車から買い換えをすれば優遇するというキャンペーンを張った。そうした対応は商道徳上はどうかとも思う。しかし、これも消費者にはきわめてわかりやすい。好むと好まざるとに関わらず、われわれそんな時代に生きているのである。 |
板付基地(2010年02月10日 Wed 2547)
いま沖縄の基地問題が焦点化されているが、私が大学生のときまでは福岡空港にも米軍基地があった。板付基地と呼ばれ、1950年の朝鮮戦争の際には出撃拠点になった。その後も米軍の戦闘機が玄界灘上空で訓練飛行をしていた。ときおりドカァーン≠ニいう音が空のどこかで響き渡る。ジェット機が音速を超えたときの衝撃音だということだった。そうした状況の中で1968年6月には、米軍の戦闘機ファントムが九州大学に墜落するという事故も起きている。折から建設中でコンクリートとパイプだけの大型計算機センターに機体が突き刺さった。建設中だったとはいえ、不幸中の幸い≠ネどという表現ではとうてい間に合わない。それはまさに奇跡そのものであった。その周辺は理学部で、放射性物質が保管されている施設もあった。当時の西日本新聞は、そこに墜ちていたら、福岡市はしばらく人が住めなくなるところだったと書いていた。記事には具体的な年数も入っていたが、その詳細な記憶はない。もちろん、九大でなければ周辺は民家が密集する街中である。おそらく100mもずれていたら、これはもう取り返しの付かない大惨事になるところだった。墜ちるとすればここしかない=Bそもそも墜落などあってはならないことだが、そんな思いにさせるほどの場所に墜ちたのである。事故の検証が終われば、建物に突き刺さった残骸を撤去して電算センターの建築を再開する。これが予定された段取りだが、折から学園紛争の動きが燎原の火のごとく全国に広がっていた。そんな中で、墜ちた機体が反体制∞反戦≠フシンボル≠ニされ、機体撤去阻止≠フ運動になっていくのである。 |
規則/マニュアルの根拠(2010年02月09日 Tue 2546)
何をするにしても、その根拠がしっかりしていないとまずい。たとえば、規則やマニュアル≠ヘ守られなければならない。ただし、その場合、規則やマニュアルが正しい≠ニいう前提が必要だ。そもそも不必要な規則や意味のないマニュアルは守っても仕方がない。ましてや、誤った内容のものなど論外である。この点では、誰もが同意するだろう。ただし、それが実際の職場や集団で不必要≠るいは無意味≠ナあるかどうかを決める段になると、意見が割れたりもする。そもそも世の中に存在している制度や規則などの多くが、あるいはもっと重い意味を持つ法律だって、それらが決められたときには、ちゃんと意味を持っていたはずだ。何かというと話題になる官僚制≠ノしても、少なくとも日本が西洋文明を知り、それに追いつこうとしたときには必要不可欠のものだった。とにかく一時的にはエリートが国民を引っ張っていかねばならなかった。それは敗戦後の混乱の中で経済の再生に必死で挑戦する際にも重要な役割を果たしたのだろう。もっとも、経済に関しては、高度成長期の現実はいつも経済企画庁の予想を上回った≠ニいう分析を見たことがある。もうその資料がどこにあるか分からなくなっているが、市販の日記帳の末尾に情報欄として掲載されていた記憶がある。それは私が中学生のころだと思う。何のことはない、すでにそのころから経済の専門家は実態を予測できていなかったわけだ。まあ、それは置いといて、規則やマニュアルを守る≠アとは組織構成員としての基本的義務だとしても、その必要性≠竍有効性≠ノついては、普段にチェックする体制を整えておかねばならない。そうでないと、組織は規則やマニュアルだらけ≠ノなってしまう。 |
共有と固有(2010年02月08日 Mon 2545)
健康≠維持するには、食事や$眠時間=Aさらには運動≠ネどなどが必要だ。人間の体は総合的なものだから、いろんな面からアプローチしないといけない。それと同じで組織の安全文化≠維持・向上させるにも、多面的な働きかけが必要だ。健康≠フ食事≠竍睡眠時間≠ネどに当たるのは、どんなものだろうか。たとえばハード≠ノ関わるものもあれば、規則やマニュアル=Aそして人間≠フ側面など、それはそれはいろいろありだろう。その具体的なものは、それぞれの組織でお考えいただいた方が現実的だ。私のような部外者が勝手に分類しても説得力がない。ただ、あくまで健康≠ニの対比を続けるなら、一般的≠ネレベルと固有≠フレベル≠押さえておくことが必要だろう。すべての人間にとって食事≠ヘ欠かせない。だから誰でも食事についてしっかり考えていく必要がある。しかし、具体的に何を食べるかは、個々人で違ってくる。食文化と言われるように、その内容は与えられた地理的・歴史的条件などに大きく影響される。良質な動物性タンパク質が必要な点では人類に共通している。だから、日本人はそれを海の幸に頼ってきた。これが肉食系の国になると、牛や豚をはじめとした陸地の動物から確保することになる。グローバル化でその差が見えにくくなってきたとはいうものの、タンパク質の摂取≠フ必要性を共有しながら、それぞれの国で固有なものを食べているのである。それはそれでいいとして、問題はその先にある。タンパク質を摂る≠アとの重要性は理解していても、それを実際に摂っているかどうかは別の問題なのである。 |
安全第一≠フ起源(2010年02月07日 Sun 2544)
安全文化って何ですか≠ニ問われて、安全な文化が出来上がっていることですよ≠ナは誰も納得しない。それを実現し、維持していくためにどんなことをしているか、あるいはできるか、そこが知りたいのだ。そもそも安全第一≠ニいうことばは目新しいものではない。私が小学生のころにも、工事現場のフェンスに安全第一≠ニ書かれていた。いまにして思えば、いわゆる緑十字≠フマークと一緒に見たのだろう。それが50年も前のことだぞと自慢しそうになったが、どうしてどうして、安全に関する運動は、私の記憶とは比べものにならないほどはるか昔にスタートしていた(Wikipedia)。その端緒は1919年に東京で災害防止展覧会が開催されたあたりからはじまっている。会場には300人が集まったというから、かなりのものだ。まだ大正の8年というわけで、まあ大昔なのである。そして、そのときに緑十字がシンボルマークとして採択されたらしい。したがって、安全第一≠フスローガンはしっかり出来上がっていたわけだ。ただし、それが本当に意識され、実践行動に繋がるまでには相当な時間を要した。そして、時代とともに、相対的には事故や災害は減少してきたはずだが、ゼロ≠ヘ実現していない。労災の件数なども、もう限界か≠ニいう関係者の嘆き聞いたこともある。人間が生きて活動している限りは、いつもミスやトラブルの可能性を背負っている。だから、ゼロ≠ヘいつまでも目標であり続けるはずだ。未来は確率的であって、確定的なことは何もない。われわれに求められるのは、その確率≠ゼロ≠ノ近づける工夫と努力をし続けることである。 |
昨夜(5日)に、アクセス200,000件を達成しました。
スタート当初からご覧にただいている方が、1週間ぶりに見られたら、ジャスト20万だったとのことです。
記念写真≠烽ィ送りいただきました。ありがたや、ありがたや。これからもしっかり続けて参ります。 |
健康維持・増進対策(2010年02月06日 Sat 2543)
さて、健康って何ですか≠ニ聞かれて、健康な状態が維持されていることですよ≠ナは答えになっていない。じゃあ、どうすれば健康を維持できますか≠ニ問われれば、今度はいろんな答えが出てくる。やれ食事に気をつける=Aいや早寝早起きだ=Aそれよりも運動でしょう=c。まあ、いろいろあるわけだ。もちろんそのどれをとっても正解である。ただし、そのときどきの個人の状況によって対応の仕方は違ってくる。まずは三食をまともに摂ること≠セという人もいるだろうし、三食は摂っているが、偏食を治さないといけない≠ニ考える人だっていてもいい。食事は問題ないんですが、運動がちょっとね≠ニいうのなら、運動≠フ方が優先順位が高い。食事の場合でも、いつも同じものを食べることもあるだろうし、ご飯とパンを交替したり、ときには麺類を選ぶこともある。まったく同じでもおいしい≠ニ思っていればそれでもいい。私なんぞは白飯≠ェとにかくうまい。日本人なんでしょうか、あれは飽きません。もう結婚して今年で35年になるが、まだ愛妻弁当(?)≠ネんです。その昔はランチジャーなんてのが流行っていましたが、あれも一時的でした。現在は普通の弁当だから、ご飯そのものは冷たくなっている。しかし、その白飯を口の中に入れて噛んでいると、これがおいしい、おいしい。とまあ、今日も健康≠フ話題になってしまったが、じつはこうした視点が組織の安全文化≠考える際にもうまく使えるのではないか。そう思うのである。このアイディア、ある電力会社の方と安全文化≠ノついてお話しているときに、ふと頭に浮かんだ。 |
健康≠チて何ですか?(2010年02月05日 Fri 2542)
健康≠チて何ですか。こんな質問をされるとなんと答えていいか分からない。それでは健康≠保つためにどうすればいいですか。そう聞かれると、いくつかの答えが頭に浮かぶ。そうですねえ、たとえば食事≠ノ気をつけることでしょうか。少なくともバランスよく食べることは大事ですね。朝ご飯抜きという方もいらっしゃるようですが、これはいけません。そうそう、もちろん暴飲暴食もアウトですね。いやあ、食事も大事だけど、健康にはなんといっても早寝早起きでしょう。とにかく夜更かしはいけません。文部科学省が子どもたちに早寝早起き、朝ご飯≠奨励していますが、大人だって同じことですね。食事≠熈早寝早起き≠熨蜴魔セってことですよ。ちょっと待ってください。適度の運動≠燒Yれてもらっては困ります。忙しくて運動する時間がないなんていってると、筋肉は衰えてしまうんです。できるだけ階段を上るとかバス停の1つくらいは歩きましょうよ。まあ、どれもがごもっともだけと、ちゃんとした健康チェックも欠かせないでしょう。1年に1回は人間ドックに行ってほしいですな。健康に関わるネタってこんなもんかな≠ナすって!とんでもない、まだまだ大事なものをお忘れですよ。だって、健康≠ヘ肉体≠フ問題だけではないでしょうが。いまはとくにメンタル*ハでの健康≠セって考えないといけません。そのためには家庭や職場での人間関係にも注目する必要があるでしょう…。それにしても、食事≠竍早寝早起き=Aそれに運動≠ネどは意識的にチャレンジする必要がありそうです。ここで突飛な質問を。安全文化≠チて何ですか。 |
二六時中(2010年02月04日 Thu 2541)
みなさん二六時中≠ニいうことばをご存じでしたか。もちろんにろくじちゅう≠ニ読みます。その意味は一日中≠ニいうことです。えっ、それって四六時中だろう≠ナすって?そうなんです。私もそう思っていたのですが、もともとは二六時中≠ネんですって。その昔は、現在に当てはめると、一日を12時間に分けていたんですね。そうです、子の刻≠ニか丑の刻≠ニいう時刻のことです。そのころもスタートは午前零時ということになっていたようで、まずは子の刻≠ゥらはじまる。いわゆる子丑寅…≠フ十二支を対応させていたわけだ。したがって、一日は12刻ということになる。細かく言えば、午前零時が子≠フ真ん中で、その前後1時間を振り当てたという説と、零時そのものが子≠フはじまりだという説があるという。この計算でいくと、お昼が午≠ノなる。その前後というわけで、現在でも午前・午後≠ニ呼んでいる。お昼に、あっ、丑の刻だあ≠ニ叫ぶのもおもしろいなあ。まあ、そんなわけで一日が12刻となるから、2×6=12≠ナ、二六時中≠ニなったわけだ。したがって、辞書では(一日二四時間を、昔の「二六時中」にならって今風に言い直したもの)一日中。いつも。≠ニなる(電子版スーパー大辞林)。すでにご存じだった方からは、何を今ごろ≠ニ笑われそうだが、私はちぃーっとも知らなかった=Bこれに関連して、3時のおやつ≠ネんぞも、八つ時≠ノ食べる間食のこと。この一つ、二つ、三つ≠フ方は、2時間を9個に分けて計算していく。その詳細を書き始めると長くなるので、こちらは皆さんでお調べいただきたい。 |
自業子孫得≠フ無責任(2010年02月03日 Wed 2540)
子どもたちを育てるのは、もちろん親だけではない。地域社会全体がその責任を負っている。もちろん、学校だけでないことも当然である。地域の教育力が失われた≠ニ言われはじめてから、どのくらいになるだろうか。社会の変化と共に、そうした問題が深刻化していることには気づいている。しかし、実態はわが家は大丈夫≠ニか、誰かがやってくれる∞そのうち、そのうち…≠ネどと考えるだけ…。私は今日育≠フ大事さを強調している。そのうち、そのうち症候群≠ヘ、実際は何もしない症候群≠ニ同じ病に属する。暴飲暴食をはじめ、人間はいろんな面で無茶をしがちだ。暴飲の場合はアルコール依存症という病名がきちんと付いている。それなら暴食だって立派な依存症だ。どんな依存症も、まことにやっかいだ。周りの者たちが警告しても、あるいは止めようとしても聞こうとしない。まさに病気≠ネのである。そして、ついには限界に達してぶっ倒れる。それこそ言わんこっちゃない≠ナある。多少なりとも病気が回復して退院できればいいが、最悪の場合は日常生活への再起不能、そして死に至ることすらある。それでも冷たいいい方をすれば自業自得≠ナはある。人間とはこんなものなのかもしれない。しかし、われわれがいましていることはどうなのか。国家財政は借金体質の暴飲暴食≠続けている。そう遠くないうちに、この国はぶっ倒れて緊急入院となる可能性が強い。しかし、そのときの主役は、我が子や孫ではないか。それは自業自得≠ナはなく自業子孫得≠ナある。自分たちはやりたい放題で、知らんぷりしてサヨナラ。こんな無責任な話はない。 |
マニュアル問題(29)(2010年02月02日 Tue 2539)08/10/16 の続き
すでに1年以上が経過したが、マニュアル問題≠再開しよう…。とまあ、そんな気持ちでいたときに、にわかにTOYOTAが気になりはじめた。アクセルまわりの不具合のようだが、昨年の販売台数を上回るリコールをするという。対象エリアはアメリカだけでなく、ヨーロッパにも拡大している。これはどう考えても半端な話ではない。まだ関係の有無は分からないが、07年には、すでに問題を指摘されていたというニュースも流されている。かつてわが国が世界のトップリーダーであったエレクトロニクスが、気がつくとその勢いを失っていた。そんな中で信頼できるものづくり≠フ代表がTOYOTA≠ナある。今後、どのような展開になるか。経済だけでなく政治的にも困難な時期を迎えているわが国にとって、個人的にもかなり気になるニュースである。いや正直なところ、心配している。ところで、戦後の荒廃から立ち直っていく流れの中で、わが国ではまず製鉄や造船などが復興し、そしてその後はエレクトロニクス分野を先頭に世界をリードした。その花が開いたのは1970年代のことである。そこで力を発揮したのが小集団活動≠ナあった。これを集団主義≠ニ呼ぶとすれば、その通りである。いずれにしても、日本では小集団≠重視する働きかけがボトムアップ≠フ具体的な形として大いに機能した。その当時、私は久留米にあるブリヂストン・タイヤや三菱重工業の長崎造船所におけるアクション・リサーチなどに参加していた。まだ20代前半の駆け出しひよこだったが、この体験が自分のライフワークを決めることになる。とにかく現場はおもしろい≠フ一言に尽きた。もちろん、それは第三者的に関わるだけで表面的なものに過ぎなかったけれど。 |
マニュアル問題≠フ記憶(2010年02月01日 Mon 2538)
次第に記憶や怪しくなり、なおかつあっ≠ニいう間に時間が経過していく。組織の安全≠ヘ私の仕事の大事な部分である。それに関連してマニュアル≠ェ守られない理由について自由記述による調査をした。そこで得られた回答を味な話の素≠ナ取り上げ、地道≠ネ分析を進めていた。連載をスタートしたのは2007年12月22日である。それから不定期的に書いていたが、2008年10月16日の29回目でストップしている。もちろん、やめるつもりは微塵もなかった。しかしちょっと間が空くと、途中で止まっていること自身を忘れてしまうのである。もちろん、完全に失念したわけではないが、ついついそのうち≠ニいう気分に支配される。こうした心の動きそのものが、安全にとっては危険な要素なのだと思う。それに、最後は昨年の1月だと思い込んでいた。ところがチェックしてみると、それは10月だったのである。こうした記憶もきわめて怪しいものだ。それにしても、1年以上もブランクがあるとは私自身も驚いてしまった。それはともあれ心機一転、またぞろ不定期連載≠再スタートしたいと思う。そこで、まずは最後の回あたり流れを見ておこう。その際に問題になっていたのは競争の激化、成果主義の導入≠ネどのため、マニュアル通りにはやってられないという声であった。仕事の効率を上げること自身は大事なことだ。そこで思い出されるのは、わが国の製造業が元気だった時代である。その当時は世界が驚嘆する効率で物づくりをしていた。そうした成果を生み出した秘密の1つが小集団を基礎にした日本的システムである。いわゆる小集団活動≠フ花が咲き乱れていたのだ。こうした分析を進めているところで、第28回目が終わっている。 |
|