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味な話の素
No.77 2009年09月号(2385-2414 )
 
ピーヒャラ≠パーパラ(09/09/30 水-2414)
 孫が3歳になっておしゃべり≠ノなった。ことば≠ヘ模倣の産物である。少なくとも文字が読めない孫にとってことばの素≠ヘ周りの人間だ。それにテレビの影響も大きいだろう。わが家ではちびまるこちゃん≠ヘ見ていないが、たまたまチャンネルを変えるときにテーマソングが聞こえた。その瞬間に興味を覚えたようだったので、そのまま歌を聴いた。あの弾むメロディでパットパラパラ、ピーヒャラ、ピーヒャラ≠ニいう感じのものだ。私も完全には再現できない。それからしばらくして遊びに来たとき、何の脈絡もなく私がパットパラパラ、パーパラ、パーパラ≠ニ口ずさんだ。それを聞いた孫から即座にピーヒャラ、ピーヒャラよ≠ニ修正されてしまった。まあ、よく聞いてるわいな。食事時には何を口に入れても笑顔でおいしいねえ≠ニ言う。身内のことで恐縮だがじつにかわいい。この表現がエスカレートして最近はまったくおいしい、まったくおいしい≠ニ手を叩くようになった。それは宴会時のおっさんの手拍子そのものである。このまったく≠ヘ一体全体どこから仕入れたのか。本人はおとうさん≠ニ言う。しかし父親であるわが息子にその自覚はないようだ。いずれにしても、自宅でご飯を食べるときに親たちがおいしい≠連発しているのだろう。それが大事なのである。われわれが話をしているときもじっと聞いている。その内容すべては理解できなくても、発話のイントネーションも含めて相当の感度で取り込んでいるはずだ。家内や娘によると、このごろ末尾にバイ≠ネどを付けたりするらしい。その原因はおじいちゃんにあるというのが二人の結論だ。方言そのものはしゃべれる方がいいけれど、私も発言には気をつけなくっちゃあ…。
カードと財布(09/09/29 火-2413)
 Suicaよりも前から知っていたカードがEdyである。こちらもカードのノウハウはソニーのものだ。ユーロEuroとドルDollar、そして円Yenに次ぐ通貨になってほしいということから、その頭文字を取ったのだそうな。こちらは全日空がマイレージクラブのカードにつけたため、早くから全国的に広まったのではないかと思う。全国に先駆けてかどうかは知らないが、熊本の繁華街では相当に以前から多くのお店で使えるようになっていた。これまでのクレジットカードと違うのは、一定金額を予めチャージ(入金)≠オておく点だ。その意味でこれは借りて使う≠フではなく、まさに財布に入れた現金≠ニ同じなのである。だから空っぽ≠フときは使えない。ただ現金だととくに小銭入れはかさばることがある。これがカードだと気にならない。1円を笑うものは1円に泣く≠ニいう。もちろん、小さなお金も大事にしないといけない。それはそうなのだが、1円単位でおつりが出ると財布がさらにふくらむ。お札で財布がふくらむのであれば文句など言ってはいけないが、小銭の場合はそれなりに重くなる。夏の期間は軽装にするから鞄やバッグの中に財布を入れている。そして買い物をするたびに鞄を開けて財布を取り出す必要がある。これがけっこう面倒なのだ。こうした点で、SuicaやEdyは抜群の便利さを誇る。これが世界中で共有化されると、紙幣や硬貨はなくなっていくのかもしれない。現に今年7月にノルウェーに出かけたが、彼の地では牛乳1パックでもクレジットカードが使えた。これが現金カード≠ノ代わっていく可能性は高い。そんな中で、JR品川駅のお店で現金のみの扱い≠ニ聞いたときは、ちょっと可笑しくなって、心の中で笑ってしまった。
お坊さんとグリーン車(09/09/28 月-2412)
 新幹線のドアにしがみついた女性は8号車から乗り込んだ。そこはグリーン車である。すでに出発した電車に乗るつもりだったのだからグリーン車は取っていなかったはずだ。そう思っていると後ろの車両の方へ移っていった。この女性についてはこれでおしまいである。その女性と一緒の8号車に袈裟を着たお坊さんが乗っていった。おりしも彼岸の時期である。いわゆる仕事着だから法事に出かけるのだろう。お坊さんもグリーン車を利用して移動というわけだ。今どきは皆さんがそうなのか、それとも普通車で行くお坊さんも多いのか。そんなことは完璧にどうでもいいことである。そう思うと可笑しくなって、私は心の中で笑った。人生いろいろである。ところで、夕食が少し重くなりそうだったのでランチはサンドウィッチと牛乳にした。品川駅構内の売店でSuicaは使えますか≠ニ聞くと、済みません、現金でお願いしています≠ニの返事が返ってきた。このごろは東京に出かけることも少なくないのでSuicaをけっこう使う。これは電子マネー機能を持っている。スイカ≠ニは妙な響きだが、Super Urban Intelligent Card≠フ頭文字を使っている。もともとはJR東日本が開発した。ただし、その基本技術はソニーのもので非接触型ICカードと呼ばれている。この手のものとしてはほぼ独占状態のようだ。そんなわけで、ソニーは目立たないところでも大きな影響力を持っているのである。基本的なノウハウを開発することの重要性がよくわかる。私の場合はほとんどが都内の交通機関で使うだけである。ただ、その適応範囲はかなり広く、関西地区でも大阪のJR西日本はOKだった。来年の4月からはJR九州や西鉄、福岡市営地下鉄でも使えるようになる。
新幹線通過の快(09/09/27 -2411)
 新幹線が疾風のように目前に迫ってきて轟音とともに走り去る。そして赤いテールランプのヘッドが見る見る間に小さくなって視界から消える。これを見るのがたまらない。そんなわけで時間が許す限り、新幹線の通過駅は20分から30分前にホームに上がる。これだけ時間があれば、JR東海の場合は運が悪くても上下2本は通過列車の目撃体験ができる。今回の出張の帰りには静岡駅で4本もの新幹線に遭遇した。いずこも同じだと思うが、わが孫も新幹線が大好きだ。というよりもじいさん≠フ好みを無意識のうちに押しつけている可能性が強い。それはともかく静岡では猛スピードで通過するのぞみ≠竍ひかり≠動画で撮った。孫はまだ3歳になったばかりだが、0系∞400系∞700系∞N700系=AそれにMAX≠ネどを知っている。九州新幹線にはすでに乗せた。山陽新幹線にも赤ん坊のときに乗ったが、このときは記憶そのものが残っていない。将来は東海道や東北新幹線に乗せたいものだ。それはそうと、この話の発端になった事件の主役であるドアしがみつき女性≠ヘ2本後の列車に乗っていった。もちろん乗り損なったときから彼女を観察していたわけではない。あの事件′繧ヘ私の興味の対象から消えていた。新幹線がホームに入ってきたので目を上げたらあの女性が立っていた。そのときは、つい先ほど絶叫していたとは思えない穏やかな表情を見せていた。気持ちが落ち着いたのだろう。勝手ながら推測すると、年齢は30代のはじめころの感じである。もちろん何の用事でどこまで行くのか知る必要もないが、今度はしっかり行ってらっしゃい≠ニ心の中で声をかけた。目的地に行ってこの体験をどんな人にどのように話すのだろうか。
品川駅の女(09/09/26 土-2410)
 目の前に発車間際の新幹線のドアにしがみついて絶叫している女性がいる。いかにも異様な光景だった。そのとき大きなアナウンスが聞こえた。危険ですから下がってください=Bそんな内容だったと思う。その瞬間、さしもの女性も冷静さを取り戻したようで電車から離れた。そして新幹線は動きはじめた。彼女にとっては万事休すである。それにしても彼女はよほどあの電車に乗りたかったのだろう。しかしチンチン電車ならいざ知らず、新幹線の閉じたドアにくっついて開けてーっ≠ニ叫ぶのはなんとも凄まじかった。電車がまさに発車しようとしたときのことで、さすがにその場は諦めざるを得ない状況であった。それから彼女はどこかへ行ったようだった。私もその女性にそれ以上の関心を持っていたわけではない。ともあれ私が乗る予定の電車の前に数本がホームに入ってきて発車していった。とにかく東京は世界が違う。新幹線が10分おきくらいに出るのだが、その中には3分間隔というものまである。スピードではフランスやドイツにも強敵がいるが、この列車コントロールのすごさはJRが世界で最高に違いない。開業はモノレールと同じ1964年だが、それから45年間もいわゆる人命に関わる事故を起こしていない。これだけでも凄い記録である。ところで、新幹線の通過駅で待っていると、中央の線路を飛ぶように走っていく。三島だったか、追い越し線が中央でなく端っこのところもある。これも設計上の事情があるのだろう。そんな発見≠しただけで嬉しくなる。ともあれ轟音とともに通過する列車を見ていると、これまた凄まじいスピードだ。こんなに速く走っていいもんかいな≠ニ思ってしまう。しかし、これを目前で見るのもまた大いに楽しめる。
モノレールのライバル(09/09/25 金-2409)
 さて静岡の学会に出席するために羽田から京急電鉄で品川へ向かう。昔は羽田から都内へ行くのはモノレールと決まっていた。あの東京オリンピックが開催された1964年の開業で抜群の便利さを誇っていた。その飛び抜けた優位性にも強力な競争相手が出てきた。京急電鉄である。この電車は都営の地下鉄浅草線と相互乗り入れをしている。そのため、行き先によっては乗り換えなしで都内へ行ける。そんなわけで、このごろはモノレールより京急の方を利用することが多くなった。それでもモノレールにはあれだけ客が乗っている。だからいまでも大黒字だと思っていた。ところが、東京モノレールはJR東日本に買収されたらしい。黒字でも統合することはあるのだろうか。そのあたりの事情はもちろん知らない。あれで赤字なら世の中の経営はすべてアウトではないかと思ったりする。ともあれJRとの統合のおかげか土日祝日はモノレールと山手線のセットで500円のサービスをしている。そもそもモノレールが浜松町まで470円だから、山手線のどこまで行っても500円というのはかなりお得だ。チャンと確認してはいないが、スイカを使っても500円で処理しているようだ。そんなわけで羽田から京急で品川へ行き、新幹線に乗り換えた。エスカレーターでホームへ降りていたとき、かなり急いでいる様子の女性が私を追い抜いていった。そのときは気にも留めなかったが、私がホームに着いたとき驚くべき光景が目に飛び込んできた。ちょうど新幹線が発車するところだったが、先ほどの女性が閉まったドアを叩きながらしがみついて何事かを叫んでいる。その内容は聞こえないが、いやーっ、開けてーっ、乗せてーっ≠ニいった感じなのである。列車は出発寸前である。
赤字の累積(09/09/24 木-2408)
 静岡のローカルニュースを見る。空港で地元の人たちがイベントを開催している模様を伝えている。早くもJALが撤退することに危機感を抱いている様子だった。この連休中は80%の搭乗率だという。それはそだろうなあと思う。この時期に60%などということになれば存続は即アウトだろう。インタビューではこうしたイベントを継続していけば撤退がなくなるかもしれない≠ニいう声を取り上げていた。イベントの責任者だったと思う。その気持ちは十分にわかる。しかし、踊りやお茶のサービスによる出迎えを1年中やっているわけにもいかないだろう。かくして時間の経過とともに赤字を累積し続けることになる。空港本体で約490億円、周辺整備などを入れると総事業費は1,900億円にも上るという。国の補助金は約250億円ほどで、1,600億円以上を静岡県が負担するらしい。静岡もそうだが、わが国の地方空港は成田や関空を向かず韓国の仁川に飛ぶ。なんのことはない、韓国の空港を賑わすために地方空港をせっせと作っているようなものである。もちろん問題は空港に限ったことではない。四国の橋にしても3つも作ってどれもが苦戦しているのではないか。料金が1000円になってから賑わっているというが、それで黒字に転換するとはとても思えない。地方の駅前通はシャッターが閉まり、それが錆び付いていく。経営がたち行かなくなった小さな工場が閉鎖され、立ち入り禁止の札が朽ちていく。そして最悪の場合は、責任者たちが自らの命を絶つ。いまやわが国は10年以上も自殺者が30,000人を超え続ける先進国≠ナある。それが厳しい現実なのに赤字が発生しても存続し続ける。しかも誰も責任をとらない。そのうち国そのものが崩壊するに違いない。
羽田経由/静岡(09/09/23 水-2407)
 静岡へは熊本−羽田−品川−静岡<求[トでやってきた。飛行機と新幹線の乗り継ぎである。新しく開港した静岡空港と熊本の間にはフジドリームエアラインズの1便がある。しかしこれについては先月14日にも本欄で取り上げたが、時間帯が悪くてとても乗れたものではない。熊本を10時50分に出て静岡市内にはバスを使って15時過ぎに着き、帰りは朝の8時45分発なのだ。これでは仕事になりゃあしない。観光だって何とも効率が悪い。そんなことで端っから乗る気にならなかった。先日のニュースでは早くもJALが撤退するようだが、採算が合わなければ当然のことである。チャーター便の方は健闘しているらしいが、こちらは県民が1人あたり6,000円の補助金を出しているという。無理に無理を重ねているのである。熊本空港では成田便が1本もない。だから羽田まで行って3,000円もかけてバスで行かざるを得なくなる。時間帯によっては前泊だ。全国に空港がまったくいらないとは言わない。しかしどこもここも本格的なジェットが離着陸できる規模でないとまずいのか。いま熊本と名古屋の小牧間はJALが50人乗りの小型ジェットを飛ばせている。これがなかなか楽しい。空港での乗降には内蔵のタラップがドアのところから出てくる。これもまたかわいくて嬉しくなる。機内は通路を挟んで座席が2列ずつ並んでいる。最後尾は2席分のところがトイレだ。スチュワーデスは1人で十分である。このほか、福岡から関空に行くときにはボンバルディア製のプロペラ機に乗った。これが75人ほどの定員である。さらに伊丹−出雲は36人乗りが飛んでいる。小型飛行機の魅力については昨年4月にも書いたが、これらをフルに飛ばすのなら長い滑走路もいらない。
盛りだくさんの1日(09/09/22 火-2406)
 1日だけでもいろんなことがある。連休中だが昨日から出張している。静岡大学で開催されている日本教育心理学会に参加するためだ。娘がお休みなので空港まで車で送ってもらった。空港近くまで来て驚いた。いつもと違ってかなりの渋滞である。それを見た瞬間に、その原因は空港ではなく阿蘇方面であると予想した。少し先に行ってから私の読みが正しかったことが判明する。空港の少し前から右折して阿蘇方面に行く道がある。熊本市内の2方向からこの道に車が流れ込む。とにもかくにも大型連休である。そこで阿蘇に向かって車が殺到したのである。それにしても誰が付けたのか知らないがシルバーウィーク≠ナすって。還暦越えの私が言うのもどうかと思うが、何とも年寄り≠チぽくってパットしませんなあ。それはともあれ最終的にはチェックイン時間ギリギリの20分より少しだけ前に空港に着いた。いつもはしっかり余裕がある時間に家を出たのだが、やっぱり連休というのは桁が違う。正直なこところ、こんな時期に学会なんか設定しないでよと言いたくもなる。ところで運よくも何とか間に合ったと思いきや、空港内の手荷物検査場の前がこれまた長蛇の列だった。そういえば過去にもそんなことがあったなあ。などと、その場になって思い出す。人間とはそういうものなんだなあ…。ヒヤリとした体験もすぐに忘れて教訓として生かせない。まあしかし、そんな状況だったからチェックインが少しばかり遅れても問題は起きなかった。航空会社にとっては書き入れ時、当然のことのように満席である。そんなこんなで出発時間が遅れたため、羽田の到着にも若干の影響が出た。ところで、今年の6月には静岡空港が開港して、熊本との間には毎日1便が飛んでいる。
情報リテラシー(09/09/21 月-2405)
 リテラリーダイジェスト誌≠ェ大統領選挙の予測を間違った原因は、特定の人たちから意見を聞いたからだった。これはわれわれの日常生活でも大事な教訓になる。とくに組織のリーダーにとって、どんなに多くの情報を手にしても、その源に偏りがあればお話にならないということである。とくに力を持った階層になればなるほど取り入り≠ェ起こりやすくなる。上層部から覚えめでた≠ッればいいことがある。そんなわけで権力者には付け届け%Iに情報が入ってくる。しかし、その手の情報がどのくらい信頼すべきものか。このあたりを十分に気をつけていないと組織の実態を見誤り、その運営に支障を来すことになる。情報リテラシー≠ニいうことばがある。それは主として情報社会≠フ中で、情報を適切に収集し、うまく判断し、実践行動に繋げていく力≠指している。教育の場ではインターネットや携帯電話などの上手な使い方なども含まれる。こうした定義よりもさらに広い意味での情報リテラシー≠ェ組織のリーダーには求められているのだ…。おやおや、いつの間にか戸別訪問調査の思い出にまで話が逸れてしまった。ともあれ政党や政治家の場合は、そのほとんどがイメージで評価される。この点は直接的に関わりを持っている職場のリーダーたちと違っている。その情報はテレビの映像や新聞報道しかないから、それらが政党や政治家のイメージを作り上げる。そしてその情報をもとにして、われわれは仲間たちと○党はこうだ∞候補者の□はどうだ≠ニ話をし議論する。こうした間接的な情報の交換を通して、個々人が持っていた特定の党や人物のイメージが、さらに創り上げられて≠「く。それがそのまま投票行動にも影響を与えることになる。
押しつけインタビュー(09/09/20 -2404)
 秋場所が開催中だ。私が子どものころは遊びの代表は相撲だった。とにかく道具がいらない。校庭に棒きれで丸く円を描けばそれで土俵が出来上がり。野球も人気はあったが、バットやボールが必要になる。できればグローブも欲しい。そこでバットは棒きれで、石が硬球ボール≠ノなった。ビー玉を糸で巻き付けて2枚の布でくるみ、それを赤糸で縫う。これで硬球ボールそっくりになった。糸もあまり使えないから形は丸いがかなり小さかった。しかしこれが棒きれのバットに当たるとカーン≠ニいう音がした。それが本物そっくりの音で大満足だった。子どものころから体は小さかったが、相撲はけっこう強かった。おそらく足腰が強かったのだろう。投げをかけられてもギリギリまで粘ったりした。その結果、こめかみあたりに擦り傷をつくることもあった。メンソレータムをベッタリ塗って、傷のあたりがピカピカしていた。ところで、昨日の相撲中継は引退した出島がゲストだった。アナウンサーが出る出る出島で知られた≠ニ繰り返し言う。これがどうも気になった。出るのが信条の出島だったことは承知しているが、だれもが出る出る出島≠ニ言ってたっけと思う。そこでウイキペディアを引いてみたら、やはりそう呼ばれていたようだ。そこまで確かめても、現役のとき相撲中継のアナウンサーが出る出る出島≠連発していたかなあと頭をかしげている。ところで、旭天鵬の一番が終わったとき、もう一人のゲストである元大関貴ノ浪にアナウンサーが問いかけた。やはり旭天鵬はやりにくかったですか=Bなんか決めつけてるんだなあ。旭天鵬はいかがでしたか≠ニ聞くべきなんじゃないでしょうかねえ。自分の思いを押しつけず話を引き出すのが仕事でしょう。
戸別訪問の功罪(09/09/19 土-2403)
 今日では戸別訪問による調査などとても考えられない。インターフォンで調査をお願いに…≠ネどと言えば即座にけっこうです≠ニ拒絶されるに決まってる。懐中電灯で足下を照らしながら夜道を歩いて調査対象者の家を訪ねる。ときには玄関先じゃ何だから上がりなさい≠ニ言われたりもした。さすがに飯まで食った記憶はないが、お茶とお菓子くらいの体験ならそれほど珍しいことでもなかった。じつに大らかで開けっぴろげ、懐かしい思い出である。戸別訪問と言えば、大昔(?)は1年に1回くらい派出所の巡査が各戸を廻っていた。これもプライバシーや個人情報が重視されるようになってなくなったようだ。外国人の中には警官が家にきて、家族の状況を聞くなんて考えられない≠ニ驚いた人もいる。それに加えて、いかにも警察に統制された後進国家≠ニいう否定的な評価をする人の話を聞いたこともある。たしかに、国家権力が家庭の中にまで入り込む≠アとはきわめて問題である。しかし、世の中のことは表裏一体、光と影がある。そしてすべてのことは程度が問題である。やり過ぎ≠ヘもちろん困るが、やらなさ過ぎ≠烽ワた問題を引き起こす。おまわりさん≠フ訪問で地域の安全が保たれていた側面だって完全に否定はできないだろう。このごろ起きるいろんな犯罪の可能性を未然に防ぐ効用の部分もあったのではないか。ストーカー被害や高齢社会の孤独死、ご近所同士のトラブルなども少しは減らせるかもしれない。人間は一人だけでは生きられないのに、一人であることが自由の証であると考える。世の中に徹底的に依存しながら、依存していることに気づかない。そんな状況が続く中で、いつの間にか近隣のコミュニケーションも失われていった。
偏ったサンプル(09/09/18 金-2402)
 リテラリーダイジェスト誌≠ェ200万以上のデータを手にしながら大統領選挙の結果を見誤った。それは偏った層だけから得られた回答をもとに予測をしたからだった。アメリカの場合ごくおおざっぱには保守層や裕福な人たちが共和党を支持する傾向があるとされる。軍関係の支持者も多いようだ、これに対して民主党はいわゆるリベラルで自由主義的、どちらかと言えば革新性があり庶民層からの支持が強い。黒人からの支持も多い。黒人初のアメリカ大統領であるオバマ氏も民主党である。こうした事情を考えるとリテラリーダイジェスト誌≠ヘ共和党支持者≠中心にデータを集めたことになる。それならランドンが圧倒的に勝利するという図式も出来上がるはずである。まったくの余談だが、先月末の選挙では、自民党支持者に投票予定先を聞いても他党に投票するという回答がけっこうあったのではないか。ともあれ、私は恩師の三隅先生を責任者にして実施された政党のリーダーシップ£イ査に加わり、福岡の香椎あたりを戸別訪問して廻った。そのときにはすでにリテラリーダイジェスト誌≠フ歴史的なチョンボについても知っていた。だから、抽出された方々の家をチャンと訪ねて、ご本人に会わなければならない≠ニけっこう責任を感じていた。したがって該当者が不在の際は、別の時間に出直すことも少なくなかった。そこで改めて訪問する時間がかなり遅くなったりもした。そんな状況など、いまでは想像するのもむずかしいと思う。都心部はマンションも多くなった。対象者のところへ出かけて建物の入り口で部屋番号を押す。インターフォンで相手の声が聞こえる。それに政党のリーダーシップ≠ノ関する調査にお伺いしました≠ニ伝えたらどうなるか。
予測の大チョンボ(09/09/17 木-2401)
 リテラリーダイジェスト誌≠ヘ200万件を超えるデータを使ったにもかかわらず、大統領選挙の予測で大ミスをしてしまった。その一方でギャラップ社≠ヘ5,000人のデータでルーズベルトの当選を予想していた。こちらは大当たりというわけだ。ギャラップ社$「論調査会社としてよく知られている。ともあれこの件でリテラリーダイジェスト誌≠ヘ面目丸つぶれということになった。一時は100万部を超える読者を獲得していたようだが、この事件≠フせいかどうかはわからないが、予測失敗から2年経過した1938年に廃刊になったようだ。どうしてリテラリーダイジェスト誌≠ヘ予測を誤ったのだろうか。その理由として挙げられるのが調査対象者≠選ぶ手続きの問題である。調査に当たってリタレリーダイジェスト誌≠ヘその購読者を中心に対象者を選んだのである。たしかに対象者は1000万にも達したが、回答者はわずかに2.4%だったという。しかもこの雑誌の購読者はアメリカ人の平均収入を上回る人たちだったことが響いた。これでは回答の内容が偏るのは当然である。さらに、リテラリーダイジェスト誌≠ヘ調査対象者を選ぶのに別の情報も使った。それは、電話と自動車の所有者のリストである。これが大失敗の原因になったことは容易に推測できる。いくら経済的に世界のトップを走っていたアメリカといえども、いまから70年も前のことである。そんな時代にすでに電話を持ち、マイカーを所有している家庭なんぞが少なかったことは当然だろう。つまりはアメリカの中でもお金持ちの世帯を対象に選んで調査をしたというわけだ。これではいくら多くのデータを手にしても、国民全体の投票行動を予測できないことは考えるまでもない。
イメージ調査(09/09/16 水-2400)
 私が20代のころ、イメージの心理学≠ノ関心を持っていた。人の行動はイメージ≠ノよって影響を受けることが多いと思ったからだ。飽戸弘氏の著書イメージの心理学=i潮出版社)も読んだ。いまチェックしたら1970年の出版である。すでに40年近くが経過していることに少し驚いた。同じころ、私の恩師である三隅二不二先生をリーダーにして政党のリーダーシップ≠ノ関する調査研究も行われている。その中で当時の政党に対するイメージの分析も含まれていて興味深い。その調査がスタートしたのは1968年だが、それに続いて1975年と76年にもデータが収集された。このときは私も調査員の一人として関わることができた。福岡市東部の香椎にある公団アパートを戸別に訪問して面接調査を行ったのである。最近では調査といえば電話が主流のようだ。マスコミの投票予測と現実の選挙結果を見る限りそれなりの妥当性はあるようだ。その当時は市役所で住民台帳を閲覧し、予め決められた方法で調査対象を選んでいった。いわゆるランダムサンプリング、無作為抽出という方法である。この手続きの部分をいい加減にすると調査結果に偏りが出てしまう。その典型的な例がアメリカ大統領選挙における雑誌リテラリーダイジェスト誌≠ノよる選挙予測の大失敗である。それは1936年、共和党のランドンと民主党のルーズベルトが戦った選挙で起きた。リテラリーダイジェスト誌≠ヘ当時のアメリカではかなりの影響力を持っていた雑誌らしい。そこがなんと1000万通ほどの調査票を郵送し、200万人を超えるデータを集めてランドンが圧倒的に優勢だと予測したのである。ところが、投票箱を開けてみるとルーズベルトが圧倒的多数で選挙に勝ったのである。
させていただく′果(09/09/15 火-2399)
 たまたま出くわした自民党総裁選の街頭演説だったが、石原氏の場合はさせていただく≠フ多用が気になった。とくに政治家は大衆を上から見ている、ふんぞり返っていると受け止められるとまずい。そもそも日本人は謙譲の美徳≠評価する。少なくともこれまでは評価してきた。万事が控えめで、相手を立てることを大事にするのである。もちろん、このあたりは時代とともに大いに変化しているとは思う。それはそうだが、させていただく≠ヘ大衆にものごとを訴える際に効果的な表現である。しかし、それも程度問題だ。私の耳には、石原氏の演説にはそれが気になるほど多かった。慇懃無礼≠ニいうことばがある。表面の態度は丁寧だが、心の中では相手を軽くみている=i電子版スーパー大辞林)ことだ。もちろんご本人に実際に会ったわけではないから単なるイメージに過ぎないが、石原氏は相当な自信家に見える。テレビ番組などでも、論争の相手をあなた、わかってないね≠ニいった感じで見ているような印象を受ける。あくまで映像で作られたイメージ≠ネのだが、情報が他にないからそれで全体像を推測してしまう。そうだからこそ、マスコミに頻繁に登場する人たちは十分に気をつけないといけない。それと同時に、われわれも実際に会っていない人に対する印象については、一方的な情報のみしか持っていないことをしっかり意識しておく必要がある。この点は政治家やタレントなどに限らない。われわれは一般の人たちに対しても、情報が不十分なままで評価していることが少なくない。ともあれ、強い≠ニいうイメージがある石原氏がさせていただく≠多用し過ぎるとかえって逆効果になると思った。いずれにしても、イメージづくりはむずかしい。
全国行脚(09/09/14 月-2398)
 自民党の総裁選挙の立ち会い演説会が全国で展開された。颯爽と登場した5人もの候補者たちが繁華街で自説を訴えるのである。自民党の総裁選挙の投票資格は党員にしかない。それなら、選挙運動は全国の党員に向けてアピールすればいいはずだ。たとえば地方のホールを借りて、党員だけが集まったところで演説会を開くのが当然のようにも思える。それに、揚げ足取り的に細かいことを言えば、特定の団体に駅前や公園などを開放していいのかといった問題もあるだろう。しかし、とにかく現実としては街頭での演説会になる。それは自民党に限ったことではない。ともあれ、10日ほどで全国を一気に巡る街頭行脚は見事な効果をもたらす。とにかく毎日のニュースで自民党の総裁選が報道されるのである。それは全国民を巻き込んだ壮大なパフォーマンスにほかならない。はやくも記憶は薄れてしまったが、小泉旋風≠ェ吹きまくったときは総裁選も大いに盛り上がったはずだ。そのように世の中が流れていくことを福田さんは期待して、あるいは計算して辞任したのではないか。そして自民党もこれをチャンスとして勢いづいたと思う。そこには人気の麻生氏≠ェいた。あの郵政選挙≠ナ獲得した圧倒的多数の議席はむずかしいにしても、いまならかなりの議席を取れる。そう考えたとしても無理はない。じつは私は熊本市内の繁華街に出かけたとき、偶然この演説会と出くわした。公園が会場だったが、あまりの暑さに、麻生氏が登壇する前に行き先だったデパートに入った。そんなわけで石原氏と小池氏の話だけを聞いた。他の3人との比較なしで個人的な印象を言えば、石原氏は演説がうまいなと思った。ただし、全体を通してさせていただく≠多用するのが気になった。
総裁選挙の戦略(09/09/13 -2397)
 自分が客観的に見える≠ニいう福田さんの発言は、その後もけっこう話題になった。それなら、はじめから政権投げ出しだって見えたでしょうに≠ニいう皮肉な声も聞こえてこようというものだ。しかし、ともあれ福田氏としては、その衝撃から総裁選に移ることで世情が賑やかになる。マスコミも大いに報道してくれる。その勢いで選挙をすれば、郵政選挙で圧勝した296議席は必ず減少するにしても、その幅は最低限に抑えられる。これが福田氏の戦略であり、麻生氏へのお土産だったと推測する。そのシナリオ通り、総裁選挙は盛り上がった。何と言っても5人もが立候補し全国を回ったのである。その5人とは、麻生太郎(351)、与謝野馨(66)、小池百合子(46)、石原伸晃(37)、石破茂(25)の各氏である。名前の後の数字は総裁選挙での得票数だ。麻生太郎氏の圧勝である。因みに麻生氏は森喜朗総理の後を受けた総裁選で初めて立候補する。そのときあの小泉氏が298票で155票の橋本龍太郎氏を圧倒した。麻生氏は第3位で31票である。いま話題の亀井静香氏は地方票の開票後、小泉氏が大いに支持を得たと判断したのだと思うが、本選挙を辞退している。このときだったか、小泉氏といろいろな約束をして彼を支持したらしいが、後になってそれらを破られたとして大いにもめることになる。その怨念がいまでも尾を引いていると見える。さて麻生氏の場合は、安倍晋三氏が464票を取ったときに136票で2位に付けて、大いなる成長を遂げた。そして安倍氏の政権放棄後に行われた総裁選挙では福田氏が330票、麻生氏は197票を得てさらに前進した。さらに4回目の挑戦で、押しも押されもせぬ圧倒的多数≠獲得したのが昨年の9月22日だった。
自分が客観的に見える…(09/09/12 土-2396)
  それにしてもマスコミの持つ力はこの上なく大きい。昨年、福田首相が突如として辞めた。記者会見では私は自分自身のことは客観的に見ることができるんです≠ニいう発言が話題になった。細かいことで揚げ足を取るようだが、そもそも人間は自分を客観的に見ることはできないのである。少なくとも他人が自分を見るように、自分を自分の目で見ることができないことは誰に目にも明らかだろう。わざわざわかりにくい文で遊んでしまった。ご容赦ください。もちろん,目を外して自分を見ることができないなんて、不真面目な話をするつもりはない。もともと人間は反射を除いて、ほとんどのことを大脳で判断し、反応している。その大脳そのものが、育った環境も違えば、関わりを持った社会や集団、そして人々もすべて異なっている。生物学的な成り立ちは完全に同じとされる一卵性双生児にしても、長じるにつれて付き合う仲間も違ってくる。そんなわけで、物事の判断や評価の中核である大脳はすべての人に固有のものなのだ。そもそも自分は自分のことを客観的に理解することはできない=Bこれを対人関係の基本に据えておくことがすべてのはじまりなのである。福田氏の場合は、記者から突っ込まれたことに対してカチンときたのだろう。最後の記者会見のときだけでなく、在任中の報道などを苦々しく思っていたのかもしれない。いずれにしても、福田氏としてはあのタイミングに辞めれば、すぐに総裁選≠ェはじまる。これを派手にやればマスコミが集中的に報道し世間の耳目を退くことは確実だ。そんな計算が働いたことは十分に推測できる。とにかく小泉旋風≠ナ自民党は圧倒的な数を取ってしまった。次回の選挙ではその数を下回るのは覚悟せざるを得ない。
1/60秒の真実(09/09/11 金-2395)
  竹下登氏が自民党総裁に選ばれた際の記者会見がじつに対照的な見出しで報道された。ひとつは意欲満々ヨシ、やろう=Aそしてもう一つは竹下氏、意味不明の40分≠ナある。しかも、前者はにこやかに¥ホう竹下氏の写真が載っている。これに対して意味不明≠フ竹下氏は、おしぼりで鼻のあたり≠拭いている。そんなときは誰でも顔全体を下に向けるし、目もつぶる。天を仰いで目をむき出して顔を拭く人なんているわけがない。この写真の竹下氏は吹き出してしまうほどしょぼくれて≠「る。それこそ意味不明≠フ見出しにぴったりの雰囲気なのである。おそらくはじめに記事があるんだろうなあと思う。この会見をどう位置づけて、どのように報道するかが先なのである。まあ、当然と言えば当然のことである。その上で、見出し≠ノうまく合う写真を見つけ出す。テレビニュースを見ていると、ストロボが光りシャッター音が絶え間なく続く。どの会社も被写体の劇的な瞬間≠撮ろうと必死のはずだ。だから、どちらの新聞社にも晴れやかな表情≠フ写真もあれば、しょぼくれたカット≠烽るに違いない。その中から記事にフィットした写真が選ばれるのである。ここで見出しと写真を逆に組み合わせてみると、瞬時にしておかしさ≠感じる。もちろん、写真≠サれ自身は偽物≠ネどではない。真実そのもの≠セといってもいい。ただし、それは瞬間的真実≠セということである。ストロボを発光させる際のシャッタースピードは1/60秒だと思う。したがって、写真≠ヘ1/60秒の真実≠伝えていることだけは間違いない。しかし、それはあくまで1/60秒≠ナある。そのほかの時間帯もすべてそのような表情をしていたとは限らない。
見出しの効果(09/09/10 木-2394)
  大事な情報は複数で確認する=Bこれは情報が溢れる社会で生きる際に大事な姿勢である。そこで私としては担当する教育情報科学≠フ授業でも、複数の新聞記事を取り上げて比較を試みる。少し古くなるが竹下登氏が自民党総裁に選ばれたときの新聞記事などは、なかなかおもしろい。当時の自民党総裁はそのまま総理大臣になったから、その記者会見はトップクラスのニュースになった。それは1997年11月1日の社会面である。A紙を見ると意欲満々ヨシ、やろう≠ニいう横書きの大見出しが目に飛び込んでくる。これに加えて、縦書きで珍しく言葉はっきり≠ニか苦手の外交はメモ頼り≠ニもある。こちらはご本人にからは余計なことを書くな≠ニ言いたくなるような見出しではある。このころ竹下氏の発言はマスコミなどから言語明瞭、意味不明≠ニ言われていた。発言はしっかりするのだが、結局のところ意味が掴めないというのである。言葉≠ヘ明確でも言質≠ヘ取られないというわけだ。そういえば、冒頭にあー、うーっ≠ニ発言して寄席の声帯模写で取り上げられる総理大臣もいたっけ。それはともあれ、A紙には意欲満々ヨシ、やろう≠フ見出しとともに竹下氏のにっこり笑った顔写真が掲載されている。この見出しと写真がワンセットになって目に飛び込んでくるのである。そこで、瞬間的にこれは期待できるかも≠ニいった気持ちになるわけだ。ところが同じ記者会見を伝えるB紙の方は見出しのトーンが相当に違っている。なんと竹下氏、意味不明の40分≠ネのである。そしてサブの見出しに展望を示さず、「一般論」…連発≠ェ続く。これだけで、あーあ、相変わらず言語明瞭意味不明か。期待できないなあ≠ニいう気分になる。
豪腕の実像…(09/09/09 水-2393)
  細川氏と言えば日本新党<uームを起こして、最終的には総理大臣にまでなった。そのときの仕掛け人が小沢一郎氏だということはよく知られている。今回も民主党圧勝の立役者は小沢氏ということで、その突出した影響力を懸念する声がある。もちろん、そのほとんどがマスコミや対立政党からの発信である。豪腕≠ネどとも呼ばれたりしていたから相当にすごい人なのだろう。イメージ的にはいかにも裏技師≠チぽく、明るい≠謔閧ヘ暗い=Bさらに言えば、善人≠謔閧ヘ悪人≠チぽい。もちろん私は小沢氏のこと微塵も知らない。顔くらいはテレビで見ているが、映像と本物は大いに違うということも頭に入れておいた方がいい。そんなわけで、小沢氏のイメージは本物に限りなく近いのか。それともある程度創り上げられたものなのか、それなりに興味のあるところだ。いずれにしても、世の中によく知られている人物について生の情報を持っている人はほとんどいない。その多くはマスコミを通じて流される。われわれとしてはその情報が正しいことを期待している。しかし、このあたりはけっこうややこしいところがある。そもそも同じ事柄を報道しても、その情報には食い違っていることがけっこうあるからおもしろい。もちろん報道各社の独自性はないといけない。だからこそ、一見すると事実だけを伝えているように見える報道内容にも、それなりの違いがあることも知っていたほうがいい。情報は複数で確認する=Bこれが基本である。私は教育情報科学≠ニいう講義を担当している。かつては視聴覚教育≠ニ呼ばれた授業が時間とともに成長≠オてきたものである。そしていまではコンピュータ≠竍メディア≠フ活用が大事なテーマになっている。
若手に譲って…(09/09/08 火-2392)
  今回の選挙では自民党支持者からもいい加減にしてよ≠ニ思われたことが決定的だった。だからこそ、民主党もしっかり緊張していないと次の参議院選挙で揺り戻しが来る。人心はそれなりにバランス感覚を持っているものである。民主党がこれから一定の評価を受けるような動きをしたとしても、参議院選挙では今回のような大差はつかないだろう。もちろん、それには自民党がしっかり再生したと認識されることが大前提になる。そのためにも、余計なお節介ではあるが、若返り≠ヘ緊急の課題だ。鳩山氏は選挙中だったか、総理経験者は政界から退くべきだ≠ニ主張していた。それが数年後に実行されるかどうかは知らないが、これは大事な発想だ。もちろん年長者の豊富な経験が世の中に役立つことはある。しかし、それはアドバイザー≠ュらいの立場からにしてほしい。いつまで経っても現職の国会議員として料亭あたりを出入りするなんてのはどうかと思う。その点、あの細川護煕氏はまさに模範とすべきだろう。還暦を機に政界からの引退を表明し、現在は神奈川県の湯河原町で陶芸家、茶人として活動している。縁の深い熊本でもときどき個展や講演を行ったというニュースを見聞きする。熊本日日新聞の記事だったか、情報源はしっかりしないが、アメリカの大統領が訪日する際などはパーティへの招待状が届くらしい。総理経験者だから、それはあり得ることだと思う。しかし、そうした会合にもまったく顔を出さないそうだ。小人から見ると、自慢話の大ネタとしてホイホイ出かけていきそうだが、それをしないというのだからすごいと思う。その道のプロが政治家としての細川氏をどう評価するか知らないが、もう若手に譲ったら≠ニ言いたくなる人が多すぎる。
旧さ≠背負って…(09/09/07 月-2391)
  いまでは革命≠ニいうことばが強烈なマイナスイメージを持たなくなっている。産業革命≠ヘかなり古いが、このごろは流通革命∞価格革命≠ニいったことばがテレビCMは言うに及ばず、新聞のチラシにまで溢れている。そうそう、脳内革命≠ニいうベストセラーまであった。いずれも、革命≠ェ積極的に挑戦するという望ましいイメージとして使われている。これに対して自民党は旧い≠ニいうイメージを一身に背負ってしまった。選挙の特番を見ていても、かつては活躍したがいまでは高齢の人たちが落選組に含まれていた。総理大臣を勤めた海部氏はその代表の一人だろう。もう78歳だという。大臣経験者で多くの人が知っていると思う方も80歳を超えていた。こうした状況を見ていると、国民の多くがもう若い人に譲りましょうよ≠ニ言いたくなったのではないかと思う。もちろん年を取れば人間の価値が落ちるということではない。あの日野原医師に至っては1911生まれだというから、まもなく100歳なのである。まあ、この方は完璧に例外だとしても、とにかく高齢で元気な人もいれば知恵者だっている。しかし、そうではあるのだけれど、年齢に応じた役割というものもあるはずだ。日野原氏だって、組織の黒幕として隠然たる影響力を振るっているなんてことはあるはずもない。そういえば、50年以上に亘って国会議員をすれば名誉議員となり、国会に銅像が建つといって選挙に出続けた人もいた。わが憲政史でそれに該当するのは尾崎行雄氏や三木武夫氏くらいしかいなかった。ここまでくると、もうことばを失ってしまう。ご本人が本当に公言されていたのかどうか知らないが、こうなると出る方も出る方≠セが、通す方も通す方≠ナはある。
2つの風≠フ共通点(09/09/06 -2390)
  完璧に演出された小泉劇場≠フ舞台を見ながら国民は変化≠求めた。その結果が自民党の圧勝となる。あのときは民主党の存在そのものがなかったかのようだった。ところで、昨日は接触回数が多いほど好意的になる≠ニいう印象形成≠フ研究を紹介した。しかし同じ研究の中で接触回数≠ニ好印象≠ェうまく結びつかない条件も指摘されている。それは、はじめから否定的な感情を持っている¥鼾である。そうした相手に対しては、見れば見るほど∞会えば会うほど<}イナスの印象を持つ可能性が強くなるという。だから、ひとたび悪いイメージ≠持たれてしまうと、今度は目の前に出れば出るほど∴象が悪化するのである。この点を勘違いすると、とんでもない失敗に繋がってしまうのでご注意いただきたい。まあ、そんなこんなで郵政民営化の風≠熈政権交代の風≠烽カつは変化≠ニいうキーワードを使えば共通していたのである。その点で与党側は変化≠アピールできなかった。麻生氏も演説で自分たちは保守である≠アとを強調していた。聞きようによっては、自ら変わらない≠アとを宣言していたようなものである。民主党が革命≠ニいうことばを使ったものだから、そこに矢を射るつもりで保守≠アピールしたのである。われわれは革命のような危険なことはしない≠ニいうわけだ。しかし、それがさらに旧態依然、変わらない≠ニいう印象を強化してしまったのではないか。あくまで気持ちとしては、革命≠ニいうことばが持つおどろおどろしさ≠強調したかったのだと思う。しかし、革命≠熕フのような超マイナス≠フ印象を与えなくなっている。そもそも産業革命≠ヘプラスのニュアンスを持っている。
印象形成(09/09/05 土-2389)
  変化≠ノ対する国民の期待を郵政民営化≠フ看板に乗せる。しかも、古い体質の権化≠ノ見える大物に刺客≠当てる。まさに小泉劇場大舞台≠ェ出現したのである。この演出が大いに受けた。しかもディレクターの呼びかけがワンフレーズでわかりやすい。抵抗勢力≠ニいった四文字熟語を創出するのも最高にうまい。こうした勢いにマスコミが拍車をかけた。朝から晩までおもろい地区≠フ状況が報道される。社会心理学に印象形成≠ノ関する研究がある。その結果をおおざっぱに言えば、人間は接触する回数が多くなるほど、相手に対していい印象を持つようになる。小泉氏がわかりやすい一口台詞≠ニともに繰り返して画面に映し出される。これがさらにプラスの印象を強化していく。しかも付けられた愛称がライオン≠ナある。この閉塞した状況における変革≠ヘ強い者でないとできない。誰もがそう思う。まさにライオンこそが適任なのだ。しかも、小泉氏はときおりにやり≠ニ笑った。わっはっは≠ニ歯を見せる高笑いではない。軽くほほえむ程度の笑いである。自民党をぶっ壊す=Bそんな過激なことを絶叫をした後に、そうだ、そうだ≠フ反応を受けてちょっぴり笑う。みなさんそうでしょ。私は間違ってますか=B自らの発言に確信と自信をもった余裕の笑いに見えてくる。そして、その笑いの程度とそれを見せるタイミングもじつにうまかった。悪者にはめっぽう強いが、弱者には優しい=Bそんな断固とした意志と優しさ≠備えたライオンは最高に強いのである。こうして選挙は自民党と野党との戦いではなくなった。小泉氏の改革勢力≠ニ抵抗勢力≠フどちらが勝つか。変化≠ニ停滞≠フどちらを選ぶかだけが焦点化された。
2つの風の共通点(09/09/04 金-2388)
  前回の衆議院選挙は郵政民営化の風が吹いた≠ニ言われた。今回は政権交代の風≠セという。たしかに風≠ニいうか、そんなムード≠ェあった。しかし、この二つの風には大きな共通点がある。それは変化≠ナある。小泉氏は自民党をぶっ壊す≠ニ叫んで国民に大受けをした。多くの人がそれを古い体質を変える≠ニいう宣言だと受け止めた。国民が抱いていたいい加減に変わって欲しい≠ニいう気持ちに響いたのである。もちろん変わるべきもの≠ヘ無数にあったはずだ。社会≠熈経済≠熈教育≠熈生活≠焉Aさらに人の心≠セって…。これまで右肩上がりできた経済が停滞し、先が見えないトンネル状態の中にあった。何かが変わって欲しい=B誰もがそんな気持ちでいた。そうした状況の中で郵政民営化≠ヘ変化≠フ象徴になった。明治以来の古い体制≠壊す。地方の郵便局の世襲体質やそれの伴う特権など、事情を知らない国民が聞くと問題だと思われるような情報がマスコミからも流された。彼らが特権を維持するために圧力団体になっている=Aかんぽの宿もでたらめだ=c。悪いところ≠ェこれでもかこれでもかと強調された。規制緩和≠ニいうことばも魅力的だった。規制≠ノよって特権的地位を保証され、甘い汁を吸っている者たちがいる。多くの国民が閉塞状態にある中では、これまたけしからん連中≠ノなる。しかも国民から見れば、当時の民主党には政権を託せるほど実力があるとは思えなかった。そこで自民党をぶっ壊す≠ェ大受けしたのである。それに異論を唱えるとくに大物たちは古い体質と特権を固守する♂物のように見えた。そこに小泉氏は刺客≠向けるという、単純明快な物語≠演出した。
政権と奇策(09/09/03 木-2387)
  政権という二文字は、素人の想像を遙かに超えて魅力的なもののようだ。細川内閣の成立とともに、自民党は第一党でありながら他党に連立を組まれて下野を余儀なくされた。1993年のことである。こうした中で、自民党は何としても政権奪還を図ろうとした。その超奇策≠ェ社会党との連立である。より正確には、自由民主党・日本社会党・新党さきがけの3党が連立を組み、社会党委員長だった村山富市氏を首班に選んだのだ。ちなみに当時の自民党総裁は河野洋平氏である。河野氏はつい最近まで衆議院議長を務め、引退を宣言して今回の選挙には出馬しなかった。年齢は72歳、美しい引き際である。河野氏は自民党の歴史の中で総理大臣にならなかった唯一の党総裁だ。それまでは自民党総裁が自動的に総理大臣になっていた。そして、河野氏のあとはやはり党総裁=総理大臣が復活していた。今月末に自民党の総裁選挙が行われるようだが、次期総裁は少なくとも直ちには総理大臣にならない。その某氏が2人目の総理大臣にならない自民党総裁≠ノなるかどうか、それはわからない。そんな河野氏だが、2003年11月に就任した衆議院議長の在職期間は、日本憲政史上最長の記録である。ところで、村山市と首班指名を争ったのが海部俊樹氏だった。海部氏は自民党総裁として総理大臣も経験していたが、このときは自民党を離脱して、新政党や日本新党のバックアップで首班指名に立候補したのである。今回の選挙では落選した首相経験者としてニュースにも登場していた。水玉模様のネクタイがセールスポイントだった50代の海部氏が思い出される。しかし、時間は確実に流れていて、画面からはああ、さすがに年だなあ≠ニいう印象を受けた。もう78歳だという。
水面下(09/09/02 水-2386)
  今回の選挙結果を海外ではどう見ているのか。とくに解決すべき重要な課題を抱える北朝鮮は自民党と民主党の違いをどのように分析しているのだろうか。今回の選挙結果が先方の動向に変化をもたらすかどうか。水面下での話し合いが進められたりするのだろうか。もちろん水面下≠フ交渉など、普通の対人関係では忌避すべきことだ。しかしこれが国際関係になると、いやがってばかりでは前に進まないこともある。ただし、その事実を一定期間後には明らかにするという条件は必要だ。外交をはじめとして、さまざまな公文書の公開制度はその具体的な対応策の一つである。ところで、米軍の核持ち込み≠ノついてはずっと議論が続いている。アメリカの公式文書や駐日大使の発言によれば、核を持ち込んだ事実≠ェあったとされる。さらに外務省の事務次官経験者の中にはそれを肯定している人がいるらしい。それでも政府は持ち込みはなかった≠ニいう公式見解をとり続けている。わが国には、阿吽の呼吸≠ニいうものがある。言わなくてもわかってるでしょ。それ以上は聞かないものよ≠ニいう、いかにも微妙な雰囲気の中で、明白には事実≠語らない。もっとも、そうした行動パターンはわが国にだけのものでもなかろうとは思う。人間は案外と共通点が多いものである。民主党はこの点をはっきりさせると言っている。ともあれ、わが国初の政権交代≠ェ行われる。正確には政権交代≠ヘ過去にもあったらしいが、多くの日本人がいつだったか知らないほどの大昔のことである。自民党が瞬間的に下野したことはあった。細川政権のときだが、それでも人数としては自民党が第一党だった。そして間を置かず社会党との連立という超裏技ですぐに与党に戻った。
当確ミス(09/09/01 火-2385)
  このごろはシニアの仲間入りをしたが、年齢とは関係なく昔から朝は早く目が覚める。その瞬間に今日も生きていた≠ニ思うとワーッ≠ニ叫びたくなる。朝からキャッキャ≠ネのである。そのかわりに夜の方も、子どものころから早かった。高校生時代には11時過ぎから旺文社の大学受験講座≠ェはじまっていた。ちゃんちゃちゃちゃちゃーん、チャンチャチャチャチャーン、…≠フオープニングはいまでも耳に残っている。私はその音楽を聴きながら布団を敷いていた。だから11時台にはすでに寝ていたのである。そうした夜に弱いという体質というか習慣が未だに続いている。いわゆる12時過ぎの午前様になるのは、年間に2日もない。そんなわけで投票日の夜も10時台には寝ていた。投票時間が終了した午後8時には、放送局が一斉に議席獲得数を予想した。いつものように局によって数値に差があったが、全体としては予想通りの結果になった。ただし、相も変わらず当選確実≠フ打ち間違いもあったはずだ。これには、一秒でも早く≠ニいう突っ走り精神≠ェ原因であることは明らかである。その昔は大物の当確≠間違えたら、責任者の首が飛ぶくらいの厳しさがあったと思う。しかし、いまでは当確≠フ出し違いは、なにせ予想なのだから≠ニいった程度で軽く扱われているのではないか。そんな感じがする。その走りは久米宏℃≠フニュースステーション≠セ。えーっ、こんなに早く当確を出しちゃってもいいのお…≠ネんてノリでやっていたのを思い出す。そんな視点で見ているものだから、今回はどこがどのくらい外したのかしら≠ネどど考えてしまう。当確打ち≠ナは勝負できない新聞には、この手の情報がけっこう出るものだ。