Home

Back Number

味な話の素
 No.72 2009年05月号(2261-2291 )
 
 食わせる人∞食わせてもらう人(09/05/31 Sun-2291)
 世の中には食わせる人≠ニ食わせてもらう人≠ェいる。これは私の若いころからの確信である。まだ20代のはじめころだった。三菱重工業長崎造船所で職場の安全を実現するための研究が開始された。これは後に全員参画による安全運動の展開≠ニ呼ばれるようになる。それはそれは大きなプロジェクトである。その実践的な研究に私も参加するチャンスを得たのだ。もちろん研究者にはほど遠い駆け出しである。チームの末席で修行に励んだのである。しかし、この体験がその後の私の人生を決めることになる。リーダーシップ(対人関係)トレーニングの開発世実践=Bそれが私のライフワークになった。そんなわけで、この話をスタートから書き始めるなら3ヶ月くらいは連載しないといけなくなる。そんなことをしていたら、せっかくアクセスしていただいている愛読者の皆さまから叱られること必定である。私としては、まだ先は長いつもりでいる。そこで、長崎物語は折に触れて書き続けていくことにしよう。そこで今回は食わせる人≠ニ食わせてもらう人≠フお話だけにしておきたい。ともあれ、わが恩師である三隅二不二先生を責任者として大プロジェクトがはじまった。私の仕事は造船所の現場に入っていって、働く人たちにインタビューすることであった。虎の威を借る狐ではないが、私は大先生をバックにした研究チームの一員である。まっさらな作業着とピカピカのヘルメットを身につけて現場へ出かけていく。与えられた立場と職務を考えれば当然そうなった。しかし、その先で衝撃的な場面に遭遇することになる。当時の長崎造船所では超大型と呼ぶべき石油タンカーを建造していた。その大きさも20万トン、30万トンと、どんどん大きくなっていた。
 カミソリとシェーバー(09/05/30 Sat-2290)
 いわゆるカミソリと電気カミソリは、それぞれいいところがある。だから、交互に使う。というのではなく、大抵は2つを併用している。電気カミソリのポイントは本を読みながらひげが剃れる点にある。この長所は朝の仕事時間に強烈である。カミソリだとこうはいかない。その代わりラジオを聞きながらバブルを塗りたくって剃ってるぞーっ≠ニいう気持で楽しめる。またいろんなことを考えながらワクワクすることもある。ここにたまらない魅力を感じる。その昔、ドイツ製のブラウンは高くて手が出なかった。しかし、そのそり味は強烈で、ほしくてたまらなかった。ただし、それが発する音響もトップクラスで、朝早くにこれを使おうものなら家中の人間が目を覚ますのではないかと思うほどだった。そのうち日本製もかなり進化してきて、現在では優劣がつけにくくなっていると思う。いまの私は少し低価格のブラウンを使っている。さらに出張中にもカミソリもシェーバーを使いたいという気持が強く、コンパクトなものも持って回る。こちらはずっと充電式にしていた。しかし、その調子が悪くなって、このごろ電池式に切り替えた。充電式は出かける前に充電し忘れると使えなくなる。これが電池式だと、最悪の場合には出かけた先で電池を買えばいい。電気シェーバーの楽しみはチリチリ≠ニいう短いひげが剃られるときの音である。これがなかなかの快感を生む。おーっ、まだまだ残ってるぞーっ≠ネんて独り言を発しながら頬のあたりを動かしていく。もっとも、私の所有物はそこそこのお値段のものである。したがって、テレビのコマーシャルでやっているような究極≠フそり味とまではいかない。しかし、欲を言えばきりがない。そこそこで満足できる方がいい。
 バブルとジェル(09/05/29 Fri-2289)
 朝のひげそりは、それなりにリラックスタイムでもある。もちろん、鏡に映った自分の顔にうっとりなどするわけではない。しかし、ひげがカミソリに当たって少しずつ剃れていくのを感じるだけで気持ちがいい。左手でそり残しを確認しながら、その部分に何度かカミソリを当てる。この際にラジオをつけていることもある。耳は朝のニュースに向いているが、顔は鏡に向かっている。その内容によっては、うん、これは味な話の素になる≠ネどと考えてニヤリとすることもある。もっとも、せっかく思いついたネタそのものをひげを剃り終わったあとに忘れていることもしばしばだ。もう、そんな年齢なのである。ところで、ひげそりはやはりバブルの方がいい。まあ、正確にはシェービングフォームと呼んでいるようだが、いわゆる泡になるものだ。このごろはジェルというのか、しめった練り状のものの方が多い。新しもの好きではあるので、これも使ってみたがどうもいけない。あれではひげを剃っている気分にならないのである。白い泡がカミソリの通過とともに削られていく。その軌跡の部分だけ、ひげが消えている。これが何とも言えないんですよね。ジェルの場合は顔全面が見え見えで、塗った部分だけ光っている。カミソリが通ればひげは剃られていくが、ただそれだけのこと。先日、たまたま泊まっていた孫に泡を塗りたくったままの顔で近づいていった。じいちゃんにいたずら心がわき起こったのである。顔半分が真っ白になった私を見て当然のことながら驚いた表情をした。その瞬間、これはまずいぞ≠ニ思って、直ちに洗面所に駆け戻った。そうなんですよ。せっかくなついてくれている孫を、こんなことで驚かせてはいけません。生来の軽率さは治らないままです。
 閉じた裁判所(09/05/28 Thu-2288)
 とにかく昔からいろいろな犯罪がある。しかし、このごろは想像を超えるものが少なくない。なにせ裁判所の書記官が判決文を偽造までするのである。これを使って銀行口座の凍結を解除して現金を引き出したという。ここまでくると、世の中は誰を信じていいのかわからなくなる。事件そのものは昨年の暮れに発覚したのだが、このときの裁判所の対応も興味深かった。記者会見はもちろんのこと、事件に関わる取材を拒否し続けたらしい。当然のことながら、マスコミはこれを猛烈に批判していた。警察が裁判所を捜索するという前代未聞の出来事である。これに対して、捜索は受けたが、逮捕されるとは限らないので一切コメントできない≠ニいうのが取材拒否の理由である。しかも、開庁中なので敷地内に入らないでください≠ニも言ったらしい。言うまでもなく、裁判所は人を裁くところである。しかし、その反対に人から裁かれることには不慣れだということだろう。そりゃあそうだ。記者会見をすれば管理責任を追求されることは目に見えている。これに対してなあるほど≠ニ納得してもらえるような理由など思いつくわけがない。そんなわけで、その場はとにかく逃げまくって、あとは時間が立つのを待つしかないことになる。その証拠に、昨年末に起きた判決文偽造事件など、大方の人が忘れておられるのではないか。くどいようだが、裁判の判決文までが裁判所内で偽造されるに至っては、世も末という他はない。ここまでくると、一般の人間にとってはどうすることもできない。こんな調子で戸籍や土地の登記簿まで改ざんされては、世の中の信用制度まで壊れてしまう。少しでもおかしなことがあれば、それが早めに明らかになる。そうした仕組みが必要なのである。
 1年半の記憶(09/05/27 Wed-2287)
 鹿児島女子短期大学に腰を落ち着けて仕事をしようと考えていた矢先に、熊本大学の教育工学センターに応募してみないかと誘われた。その話を聞いた瞬間はあり得ない≠ニ思った。なんといっても赴任して1年経過したばかりである。そんな時期に早くもほかの大学に異動するなど考えられなかった。ところが、それから間を置かずに恩師の三隅先生から電話があった。熊本大学の話を聞いたかという内容である。お伺いはしましたが、まだ短大に来たばかりですからといったお答えをした。これに対して三隅先生は、当然のことながら、何も君に決ったという話ではない。ほかにも応募者がいるはずだ。むしろ君は難しいのではないか。そんな状況だからチャンスはチャンスとして生かしてはどうか。およそこんな内容だったと思う。そこで私は学長に相談することにした。どこの世界でも同じなのだろうが、人事は秘密裏に進む。はっきりしない時期にこんな話がありました≠ネどは誰にもいわないことになっている。しかし、私としてはそれはできないと思った。そこで、当時の故有馬純次学長にご相談した。それはいい話だ。あなたにはしばらくいてもらって、しっかり仕事をしていただきたいと考えていた。1年ほどは海外でも勉強してもらおうと思ってもいた。しかし、若いあなたとしてはチャンスを生かすことが大事だ。心配しないで応募しなさい…=Bこのときの感動は今も忘れない。そして熊本にやってきてから今年でまる30年を迎える。長期間お世話になれば、それだけ思い出も多いでしょう。けれども、わずか1年半だったからこそ、あれもこれもと細かいところまで記憶に残るに違いないと思うのです=B私のために開いてくださった送別会でこんな挨拶をした。
 鹿児島女子短期大学(09/05/26 Tue-2286)
 5月9日に講義でめしを食いはじめた話≠書いた。その続きである。少し重複するが、いわゆるプロフィールを書けといわれると、私は可能な限り鹿児島女子短期大学を経て≠ニ入れる。この短大には1978年4月から翌79年の9月までお世話になった。昭和53年から54年にかけてのことだ。その期間は1年と6ヶ月である。任期付きだった九大助手の後で、そのまま首が繋がった≠フである。鹿児島女子短期大学に赴任してからのエピソードは、これまた書き始めると10回分にはなるだろう。しかし、いつ終わるともなく書き続けるのは感心しない≠ニいうのが、私の周辺からのアドバイスである。とくに家内と息子はその点を強調する。したがって、今回もできるだけ早めに切り上げたい。鹿児島の話題はこれから先も小出しにすればいい。私としては、はじめて給料をもらって教壇に着くことになった。そんなわけで、けっこう張り切っていた。そして、とくに根拠はなかったが、5年や10年はしっかり修行させていただこうという気持であった。まだ長男が生まれて間もないころである。3種混合だったか、正確には憶えていないが、予防接種のようなものを受けさせるのに校区の小学校に連れて行った。そのときも、この子はここに通うんだなあ≠ニ家内と話した。そんな気持でいた私に熊本大学の話が舞い込んできたのである。赴任した翌年の5月のことだ。細かいことは、これまた書き始めるときりがない。とにかく、教育工学センター≠ニいう新しい施設ができて、そこで仕事をする者を募集しているというのである。もちろん、そんな情報はまったく知らなかった。ところが、私をよくご存じの方からあなたも応募してみないか≠ニ誘われたのである。
 公衆電話(09/05/25 Mon-2285)
 日本の家屋は火災に弱いというのが相場だった。いわゆる木造建築だから火がつくとあっという間に燃え広がってしまう。喧嘩と火事は江戸の華≠ネどという成句もあった。これは火事が華やかですばらしい≠ニいう意味ではなく、威勢のいい火消したちの活躍を褒め称えるところにポイントがある。そうでなければ放火推進のとんでもない言い回しになる。それが時代とともに耐火建築が常識になり、事務所や商業用のビルはもちろん、マンションなども不燃性の高い建物が中心になってきた。そのおかげで、延焼による被災も減少していると思う。その昔は町ぐるみが消失するような大火と呼ばれる悲惨な火災もあった。私が熊本に来た30年ほど前までは町の中に火の見櫓もあった。まことに単純な理屈だが、高いところから町中の火事を監視していたのである。しかし、それも建物の高層化に伴って徐々に消えていった。もちろんその間に電話の普及や火災報知器の設置など、通報システムも発達していった。いまでは公衆電話が珍しくなってきたが、これには10円玉がなくても110番と119番には電話できるようになっていた。なかなかのアイディアだったと思う。それが携帯電話の登場とともに風前の灯火となってきた。先日もクリーニング屋さんの入り口に緑の公衆電話があったが、ホコリをかぶっていた。あれだって設置しているだけでも経費がかかる。NTTとしてはすべてをなくしたいところだろう。しかしどんなに携帯が普及したといっても、公衆電話を使う人がゼロにはなっていないと思う。それに、たまたま携帯を忘れて公衆電話のお世話になることだって考えられる。そんなわけで、あれやこれやと考え出すと公衆電話の利用が完全にゼロになる日など永遠に来ない。
 コストと収益・安全(09/05/24 Sun-2284)
 週に数日しか営業しないスーパー、定年のない会社。いずれも常識に対するチャレンジである。儲けるためには24時間でも店を開いたいたい。しかし、それではコストがかかる。収益を挙げるためには力ある人にいつまでも仕事をしておいてもらいたい。しかし、それもコストがかかる…。世の中ではコストと利益は対立するというのが一般的である。組織の安全にとっても同じようなことが言われる。つまりは、効率化やコスト削減に力を入れると安全が危うくなるというのである。経済理論には素人の私でも、それが一定の事実であることは間違いないのだろうと思う。しかし、それでは逆転の発想は永遠に生まれない。かなり前のこと、本欄で成果=見える成果×見えない成果≠ニいう式を提案した。日付をチェックしたら2007年6月14日だった。世の中では見える成果≠セけに目を奪われて、見えない成果≠見逃している。数値で見える成績が上がっていても、働く人々の意欲が低下していれば、その組織はいずれ消滅する。しかし、後者の意欲は生産量や売り上げのようには見えないのである。もっとも、ときには不良品の増加といった形で意欲が見える¥鼾もある。しかし、そうなると従業員の給与を上げるといった対応も必要になる。それでは再び見えるコスト≠ェ増加するという一般的な流れになってしまう。しかし、解決策はそれだけなのかなあ≠ニ思う。たとえば給与などは、それが不満に感じられれば意欲を失う。しかし、報酬を上げていけば、それに比例してやる気が上がるかといえば、そうもいかない。これはハーツバーグという人が提唱した動機づけ理論として知られている。私も安全と効率・コスト≠ノついて逆転の発想で考えていきたい。
 逆転の発想(09/05/23 Sat-2283)
 発想の転換はコロンブスの卵でもある。うまくいった話を聞いてそりゃあ当たり前だ≠ネどと言う。しかし、それなら先に当たり前のこと≠やればいい。でも、それが誰もできなかったのである。そんなときはひたすら感心し、その偉業をなした人を褒めましょうよ。ところで、2週間くらい前だったか、この不況の中で大盛況のスーパーマーケットが話題になっていた。そこに平日のお昼ごろ行っても駐車場はがらがらだそうだ。それもそのはず営業をしていないのである。一見するとつぶれたのかと思うような状況なのだ。ところが、このスーパーは客寄せで大成功しているという。正確な営業日は忘れてしまったが、金土日の3日ほどしか開店しないのだ。そのかわり大いにサービスするのだろう、店が開いている間は客がどっと押し寄せるという。週の半分はしまっているから電気代もいらない。もちろん人件費だって大いに節約できるわけだ。厳しい時代に生き残るには、時間を問わず働き続ける。それが正解だと思いがちだが、このお店は完全にその逆をいっているのである。もちろん大手になれば、従業員への給与を保証するなど、様々な制約があることだろう。そんなわけで、大手が真似のできない$略で生き残っているのである。また別の機会にもおもしろい方針で経営している小さな製造会社が話題に上っていた。そこでは定年≠ェないんだそうな。そして、機械の前で仕事をしている女性が語っていた。彼女はもともと食堂で仕事をしていたらしい。ある日、たまたま機械の担当者が休んだので臨時に手伝ったという。ところがそれがおもしろくてやみつきになった。そしてそのまま居着いてしまったのである。この不況の中で、会社はしっかりもうけているらしい。
 じいちゃんの初体験(09/05/22 Fri-2282)
 孫の0系新幹線駅弁≠手に入れるため、開店早々のデパートに出かけた。まだ開いたばかりだからエスカレータに乗った客の数はそれほど多くはない。そこでちょっとした余裕も感じながら目的の階に着いた。そしてお目当ての駅弁市フロアーにゆっくり歩いて行った。まあ、そこまでは予定通りだった。しかしすぐに私は驚愕すべき光景を目の当たりにすることになる。な、なんと10時を数分しか過ぎていないというのに、駅弁市の会場は人であふれているではないか。その中でも0系弁当≠フ列はすでに20人以上は並んでいる。メインの入り口から人が殺到したのだろう。私としては人混みを見ただけでUターンが信条である。20人以上も人が並んでいるなんて、すでに天文学的な人数である。しかし、この日は違った。なんとしても孫に0系新幹線≠フ弁当を買わねばならぬのである。そのついでに700系≠セって…。まあそんなわけで、人生ではじめて30人に達するかと推測される行列の参加者となったわけだ。それから、売り場のハンドマイクの叫びが聞こえてきた。0系は数に限りがあります≠セって。まあ、日頃の行いがいいというべきでしょうか。とにかくお目当ての0系≠熈700系≠烽ニもに手にすることができたのである。じいちゃんを動かす孫の力のものすごさよ。それから5月になった。今度はドラえもん大会≠セって。こちらは母親が連れて行くということで、私は車の運転手を引き受けた。これまた10時に着くつもりで出かけた。私としては不覚の極まりだった。まずはデパートに行く道筋までが大渋滞していたのである。そして10時を10分ほど過ぎて会場に着いたら、もう1時間待ちだったそうな。この次はしっかりするぞーっ!
 3人いれば嫌になる(09/05/21 Thu-2281)
 3人並んでいればやめる。これが私の基本ポリシーである。生まれつきのせっかちで、やるぞと思うと居ても立ってもいられなくなる。その一方で、すぐにできないとなると即あきらめる。その決断も早い。そんなわけで、食べることに淡泊ではないけれど、食事処で並んでまで待つのはとても辛抱できない。まあ2人くらいの列なら仕方なく待つこともある。しかしそれ以上だと途端に意欲を失うのである。とにかく自己中心的でわがままなのだ。その私が数ヶ月前30人近くの行列に並んだ。それはほとんど奇跡だと言っていい。このごろはデパートの人寄せの定番として駅弁市がある。何回か家内と行ったことがあるが、いつも押すな押すなの大盛況だ。しかし、これは私にとってまことにまずい。こんなところにいると人に酔ってしまう。もう、並ぶとか並ばないといった問題ではなくなるのである。ところがである。それがちょっと違った状況になった。今から半年ほど前のことだ。孫が0系新幹線≠フ駅弁がほしいと言い出した。いや正確にはそう思っているに違いない≠ニ孫の両親が言う。なにせまだ2歳と少しで、はっきりと言語で意思表示したわけではない。しかし、おじいちゃんとしてはそんな話を聞いて黙ってはおれないのである。かわいい孫の期待に何としても応えないといけない。そんな気持になって奮起する。そして、気がついたら朝の開店前にデパートへ出かけているのだった。開店前とはいってもちょうど10時に入り口に到達した。入り口が開いて店員の皆さんがご挨拶する。それを横目にエスカレーターで目的の階まで昇っていく。もちろん、この際はおばあちゃんも一緒である。熊本でもっとも大きなデパートで、正面の入り口とは違うところから入った。
 やってみて恥をかく(09/05/20 Wed-2280)
 もう随分と昔の話になるが、私は情報教育の専門家≠セった。そのときの所属が教育工学センター≠ナ、いかにもそれらしい名前のところで仕事をしていたのである。もちろん本来の専門はグループ・ダイナミックスであり、情報教育≠ニは縁もゆかりもない。ただ、私自身は父親譲りの新しもの好き、電器物好きだった。そんなわけで当時のレベルでコンピュータを使ってはいた。そんな中で、細川熊本県知事が提唱したマイタッチ計画≠ナは、それなりのお手伝いをした。細川氏は数年後に日本新党を率いて総理大臣になった、あの人である。知事は熊本県のすべての小中学校に少なくとも1台はコンピュータを導入するという計画を打ち出した。これをマイタッチ計画≠ニ名付けた。もちろん学校に1台だけを導入してもコンピュータ教育が大展開するわけではない。しかし、そうしたスローガンの元で、教育にコンピュータを≠ニいう流れができたことは間違いない。そんなわけで、熊本県には全国から視察者が来訪するという状況も生まれ、けっこう元気だった。その際に教師のコンピュータ教育をサポートしたのがソフトバンクだった。そうした関係から、熊本県で行われた情報教育のシンポジウムでは孫正義氏と同席したこともある。そのご縁でまだ生まれてそれほど経っていないソフトバンク本社に出かけた。もう30年近く前のことで、私も30代だった。こんなことを急に書いたのは、私が情報教育≠ニは遠縁だったにも拘わらず、平気な顔をして首を突っ込んだことを思い出したからである。私も若いころはけっこう無謀だった。しかし、あれもできない、これもできない≠ニいって拒否するよりは、やってみて恥をかく&が私の体質には合っているようだ。
 法律の解釈(09/05/19 Tue-2279)
 軽犯罪として挙げられている4番目も、日本語の勉強になるような内容だ。生計の途がないのに、働く能力がありながら職業に就く意思を有せず、且つ、一定の住居を持たない者で諸方をうろついたもの=Bどうでもいいが、この項目だけ最後がもの≠ニひらがなで表記されている。その他は者≠ナある。少なくとも政府の公式ホームページに掲載された条文がそうなっている。六法全書まで見て確認していないが、これってどうなってるんでしょうねえ。それはともあれ、この項を常識的に読めば、まずは生計の途≠ェあれば働かなくてもいいことになる。しかし、それでは生計の途≠ヘ働くこと≠ナはないのかという疑問が湧く。まあ、寝ていてもお金が入ってくる大資産家はそれでOKというわけか。しかも、職業に就く意思がない≠セけでは罪にならない。なぜなら、且つ≠ニいう副詞がつづいているからである。そして一定の住居を持たない¥鼾でも直ちに罪にはならない。諸方をうろついて≠「なければ条件に該当しないのである。ここでも諸方≠ニはどの範囲を指しているのだろうか。同じ町内であれば問題ないのか。少なくとも同一県内くらいの広がりは必要なのか…。そんなこんなを考え始めると夜も寝られなくなる。なんてことはないけれど、とにかくおもろいのである。しかし、現実にはこうした条文を解釈しながら世の中が動いていくのだ。何事もなければいいが、法に引っかかるような事態に陥ると面倒なことになる。そしてこの解釈≠ェややこしい問題を引き起こす。最終的には裁判官が解釈=Aつまり判断≠キることになるのだろう。しかし、法律の解釈には微妙なところがある。その結果、不公平な裁きになる可能性も抱えている。
 患者数の伝え方(09/05/18 Mon-2278)
 いよいよインフルエンザも国内問題になった。またしばらくは大変だろう。先々週の土曜日だったかと思う。車の中でNHKのニュースを聞いた。新型インフルエンザの患者が7300人を超えました=Bアナウンサーがそう言ったように聞こえた。その瞬間、軽い違和感≠覚えた。7300人を超えた≠アとは間違いないのだろう。しかし、7300人≠ナ超えた≠ニ言う言い回しは適切なのか。それだと7400人≠ノなれば、7400人を超えました≠ニ言うのだろうか。私の感覚では、7000人≠ニか8000人≠ネら、超えた≠焜Aリかとは思う。数人からはじまった場合は10人≠ナも1つの区切りとして、そうした表現でも違和感までは感じない。しかし、7300人≠ナはどうも中途半端な感じがする。そこには、とにかく強調したい≠ニいう動機が見える。あえて批判的に言えば煽りたい≠ニいう気持である。当事者からはとんでもない。事実を客観的に伝えただけのこと≠ニ反論されるだろう。しかし、事実≠ナあるなら7300人になりました≠ナよくないか。超える≠ニ言う表現には大変なんだ≠ニいう不安を呼び起こす力がある。これに対しても、考えすぎですよ。そんな意図的なことするわけないでしょう≠ネんて反論が聞こえてくる。しかし、そうであればことばのプロに対していささか不安になる。それにしても国の新型インフルエンザ対応はものすごい。アリどころか目に見えないウイルスを1個だって入れないという大騒ぎである。私にとって危機管理も大事な仕事だから、念には念を入れて≠ノ異議を唱えるつもりはない。しかし、1人50個はマスクを準備すべき≠ネんて専門家がいるから焦ってしまいます。
 怪しい携帯物(09/05/17 Sun-2277)
 刃渡りが6cm以下でも刃物を持ち歩くと軽犯罪法に引っかかる。ただし、法律には正当な理由がなくて∞隠して≠ニいう文言がついている。昔なら鉛筆削りのナイフを筆箱に入れているのは正当な理由≠ノ当たるだろうか。筆入れに隠して≠「ると認定されると苦しくなる。それじゃあ手に持って歩けばいいのかというと、そちらの方がもっと危ない。山を登るとき、ベルトにナイフケースを装着している場合などは正当な理由≠ェあるし、また隠していない≠ゥら問題はないのだろう。いやはや、厳密に考え出すとなかなかややこしい。軽犯罪法第1条の3番目は、正当な理由がなくて合かぎ、のみ、ガラス切りその他他人の邸宅又は建物に侵入するのに使用されるような器具を隠して携帯していた者=Bたしかにこういう人は相当に怪しい。ガラス切りで窓を壊し進入するなんて、泥棒さんとしては古典的だなあ。ともあれ、そんな物品を人の目に触れるような状態で持ち歩いている者なんてまずはいない。隠して携帯≠オていたらまずいのなら、見え見えならいいかというと、そうもいかないだろう。そんな怪しげなものを持ってほっつき歩いていれば、見えていようがいまいがまずいに決まってる。その一方で、バッグや袋に入れていれば、それに気づく人なんているわけがない。文頭の正当な理由≠烽ッっこう曖昧だ。解釈次第でどうとでもなるところがある。そもそも、合い鍵やのみ、それにガラス切りなど、やたら具体的な品名を挙げていながら、そのあとにその他他人の邸宅又は建物に侵入するのに使用される…≠ニ続ける。これで、時代が変わってもありとあらゆるモノを含めることができるようにしている。法律とはそんな性質のものなのだろう。
 1号の大きさ(09/05/16 Sat-2276)
 司馬遼太郎氏は新聞社時代にいきなり文化部へ異動を命じられ、何の知識もないままに仕事を始めざるを得なかった。最初は当惑もしたようだが、そこでしっかり仕事に挑戦したはずだ。そして、文化部での体験と知識がその後の作品に反映していることは容易に想像できる。人生はなかなか思い通りにはいかない。そんな中で、あれもできない、これもできない≠ニ嘆いていては事態はますます悪くなるばかりである。それよりも、とりあえずは与えられた状況に挑戦してみてはどうだろう。はじめは嫌でたまらなかった仕事だって、やってるうちにおもしろくなってくるかもしれない。いずれにしても、文化部に配属された司馬氏としては先行きに不安を覚えながら古本屋で本を買う。書名は「油絵の描き方」という薄っぺらな本で、中学校初年級向けだったらしい。そしてこの本のおかげで、油絵の一号とははがきの大きさであることを初めて知った≠ニいうのである。この後の文がまたぞろ私の興味を引いた。司馬氏は無知もここまでくれば、愛嬌がある≠ニ続ける。記事の日付と司馬氏の生年から計算すると38歳ころのことだ。彼はジャーナリストであり、とりあえずは文化部に所属していたわけだ。だから司馬氏と私を同等に比較する気はいささかもない。しかし、私はこの文章を読んで絵の一号の大きさのことをはじめて知ったのである。私はすでに還暦を過ぎた身である。したがって、司馬氏よりもさらに2周りほど経過している。彼が無知というのなら、私なんぞは一体全体どのように表現したらいいのだろうか。そもそも世の中は知らないことに満ちあふれている。むしろ知っていることの方が僅かなのである。私としては、1号の大きさをはじめて知って大満足した。
 自ら学べ(09/05/15 Fri-2275)
 輜重輸卒が兵隊ならば、チョウチョウ・トンボも鳥のうち…=B弱い立場、目立たない縁の下の力持ちをさげすむ嫌な唄だ。権力者は文字通り圧倒的な力を持っている。そんな彼らを皮肉り、揶揄するのは、弱い立場の者たちにとってささやかな武器になる。しかし、優位な地位にある者が不用意な発言をすれば、それは差別にも繋がる。その人の品格≠ェ問われるのである。こうして、司馬遼太郎が考えたこと≠フ第2巻(新潮文庫)は、私にとってはいきなり衝撃的な始まりになった。そこで、その後の部分にも少しだけこだわってみたい。司馬氏は突然に社会部記者から文化部に異動を命ぜられた。実情は知らないが、氏としては迫力のない職場に移ったということだ。しかも、赴任早々に明日から美術評をかけ≠ニ言われる。そのときの衝撃を私がもすこしまともな人間なら、このとき自殺をしていただろう。なぜなら絵のことなどは小学校で水彩画をならっただけで、どういう学殖も見識もなかった≠ニ書いている。この10年以上にわたって、自殺者が3万人を超える時代である。そんな中で、それを笑いのネタにするのは不謹慎だが、彼がまともでなかった≠ィかげで、国民的作家が生まれたわけである。もちろん、こんな書き方をしながら、ご本人としては大いに勉強をしたはずである。少なくともその当時の新聞社は「みずからまなべ(原文のまま)」というのが伝統であった≠ニいう。この点は新聞社だけでなく、世の中の多くの職場で上司や先輩の技や知恵を盗む≠フが原則とされていた。すでに1970年代になっていたが、造船所の作業長さんたちから、自分たちは何も教えてもらえなかった。とにかく盗み取るしかなかった≠ニいう話をよく聞いた。
 輜重と兵隊(09/05/14 Thu-2274)
 司馬遼太郎氏は、自分が社会部から文化部の記者に異動するように言われたとき、文化部記者などは輜重湯卒のようなものだ≠ニ考えた。司馬氏はそのことを当時、迷信があった≠ニ書いているから、そのときは本気でそう思ったのだろう。そのあたりの事情については、私にはそれほど興味はない。私の目を引いたのは、その次に続く文章である。輜重輸卒が兵隊ならば、チョウチョウ・トンボも鳥のうち≠ニいう兵隊唄があったという下りだ。輜重湯卒≠ヘ前線に食糧・被服・武器・弾薬などを輸送する兵隊のことである。彼らを兵隊≠ニいうのであれば、チョウチョやトンボだって鳥になるじゃないか。つまりは、チョウチョやトンボなんかただの昆虫に過ぎない。それを鳥なんて言ったら笑われる…。それと同じことで、輜重湯卒なんて兵隊のうちに入るわけがない≠ニ彼らのことを揶揄しているのである。なんとも差別的な言い回しだと思う。戦争そのものの善し悪しは置くとして、前線で戦っている兵士が大事な仕事をしていることは間違いないだろう。しかし、それも武器や食料がなければ戦えない。それらを輸送し、補給するのが輜重輸卒≠ネのである。それをおまえさんたちは兵隊とは言えない≠ニ笑っているわけだ。もっとも、兵隊唄というから、自分たちの仕事をまともに評価してもらえない輜重輸卒≠スちが自虐的に口ずさんでいたのだろうか。そうだとすれば、自分たちの仕事の評価が低い現状に対する抗議の気持も込められていたのかもしれない。戦後生まれの私としては、そのあたりの事情はわからない。しかし、いずれにしても輜重輸卒≠さげすむ意味合いで使われていたことは間違いない。この言い回しを見た途端に寂しくなってしまった。
 司馬遼太郎のエッセー(09/05/13 Wed-2273)
 司馬遼太郎氏は国民的作家だと言われている。少なくとも新潮文庫のPRには国民作家≠ニ書いてある。しかし、私は司馬氏と言えばテレビのインタビュー番組を見たくらいの記憶しかない。すでに1996年に亡くなっている人だから、その番組は10年以上前の放送だったわけである。数年前に司馬遼太郎が考えたこと≠ニいうタイトルでシリーズものの文庫が出ている。全部で15巻というからかなりのボリュームである。1巻あたり500ページを超えている感じだ。少しばかり前になるが、その最初の巻を読んでみた。私としては、正直なところ国民作家≠ニいうものすごいイメージは湧かなかった。もちろん、内容はけっこうおもしろかった。しかし、それもプロとしては当然だろうなと思った。さすが、国民的作家だあ≠ニまでは感じなかったわけだ。司馬氏のファンには怒られるだろうか。その理由の1つは、内容がエッセーだったからかもしれない。お得意の歴史小説の世界に入ればその実力を納得させられる可能性は高い。しかし、私自身は歴史小説はほとんど読まない。それでも、司馬遼太郎が考えたこと≠フ第2巻目くらいまでは目を通してみようと思った。そして、その中にちょっとおもしろい文章があった。司馬氏は産経新聞の記者から作家へ転身した。その記者時代、突然明日から文化部へゆけ≠ニ言われたらしい。それを聞いて彼は大きなショックを受ける。それは司馬氏が新聞記者とは社会部記者のことで、文化部記者などは輜重輸卒のようなものだ、ということだ≠ニ考えたからである。輜重(しちょう)とは軍隊用語で、前線に輸送・補給する食糧・被服・武器・弾薬など≠フことで、輸卒はそれを輸送する兵卒≠ナある(電子版大辞林)。
 軽犯罪法の対象(09/05/12 Tue-2272)
 軽犯罪法に引っかかって科料が払えないと労役場で働くことになる。科料の分だけ稼がないといけないのである。この場合、時給はいくらなんだろうか…。まあ、そんな余計な心配はいないことにしましょう。そもそも科料がかけられることをしないことが何よりなのです。ところで、どんなことをしたら軽犯罪になるのか。これがまたかなりおもしろい。軽犯罪法の第1条に対象になる内容がリストアップされている。その数、なんと34項目にも昇っている。まず第1条は左の各号の一に該当する者は、これを拘留又は科料に処する≠ニある。左≠ニいうのは、法律が縦書きで右から書かれているから次に掲げる≠ニいった意味になる。その第1は人が住んでおらず、且つ、看守していない邸宅、建物又は船舶の内に正当な理由がなくてひそんでいた者≠ゥらはじまっている。家や建物以外は船舶≠ノ限定されているところがおもしろい。列車やバス、飛行機などは含まれていない。おそらく、それらについては別に法律があって、もっと重い犯罪になるのだろうか。船舶も昔の漁船など、個人所有ものものを想定していたのではないか。何分にも制定されたのが1948年5月だから、今から60年前の社会状況を反映しているのである。とにかくひそんで≠「るとまずいのだ。人の家に意図的に入っていくと住居侵入罪≠ニなって、こちらは刑法の対象で軽い犯罪ではなくなる。その2番目では正当な理由がなくて刃物、鉄棒その他、人の生命を害し、又は人の身体に重大な害を加えるのに使用されるような器具を隠して携帯していた者≠ェ問題になる。本物の日本刀や銃器についてはニュースなどでよく聞く銃刀法≠ェある。この場合は刃渡り6cm以内の物が対象になる。
 軽犯罪の刑罰(09/05/11 Mon-2271)
 犯罪行為にも程度の差はある。軽犯罪法というものがあって、これは文字通り軽い犯罪≠対象にしている。この場合は、拘留または科料≠ノ処せられる。拘留≠ニは留置場に拘置されること。留置場は警察署にあって、そこで拘束されるわけだ。われわれは自由≠大切にしているから、それを奪われると苦痛を感じる。留置場に留め置かれると自由を剥奪≠ウれる。そのこと自身が刑罰というわけである。期間は1日以上30日未満≠ニ決まっているようだ。もう一つの科料≠ヘ、千円以上1万円未満の財産刑となっている。素人は罰金≠フことかと思うのだが、両者は大いに違っていて、罰金≠フ方が科料≠謔閧熄dい。こちらは1万円以上とされている。科料≠ニはべつに過料≠ニいう用語がある。こちらは金銭を取り立てる制裁≠ニいうことで、刑罰≠ナはないらしい。その違いを詳しく調べるのもおもしろいと思うが、それをはじめると私が本当に書きたいことから遠ざかる。それに、ちょっとばかり面倒くさい気もする。そんなわけで、今回はここでストップしておきましょう。ところで、プロの間では同じかりょう≠ニいう音なので、科料(とがりょう)∞過料(あやまちりょう)≠ネどと呼んで区別しているんだそうな。日本語は漢字を見れば違いは一目瞭然なのだが、聞いただけでは混乱することも多い。その点では、聴覚よりも視覚を優先する言語である。それこそ百聞は一見に如かず≠ニいうわけだ。軽い犯罪とはいえこれはまことにひどい≠ニ思われるようなときは、過料プラス拘留のダブルパンチもあり得るらしい。もちろんその判断は裁判官がするはずだ。ここで過料が払えない場合は、労役場≠ナ働かされることになる。
 世襲問題(09/05/10 Sun-2270)
  国会議員の世襲が話題になっている。世襲とされる方々の多くは制限することに批判的である。そんな中で、熊本県選出の実力者が自分は世襲でなければ議員になれなかっただろう≠ニ発言していた。テレビなどで見る限りは、こちらの方が少数派だと思われる。世襲はいけないと言うが、選挙は大変なんですよ≠ニ言う。その発言は事実だろうが、そうでない人はもっと大変でしょう。世襲≠ナあることがかえってマイナスになる≠ニいう事実でも提示してもらえば納得するけれど、それってできるのかなあ。世襲と言うけれど、私としては親とは関わりなくしっかりやっている=Bこれも間違いないのだろうと思う。しかし、それなら世襲でない人はしっかりやっていない≠フだろうか。いや、誰だって自分はしっかりやっている≠チて言うんですよね。最後には職業選択の自由≠ニいう憲法にかかわる問題にする人もいる。そこまで公式な議論をされると、法律の素人には攻めにくい。しかし、今の議論はまったく立候補を禁止するわけではない。親などと同じ選挙区≠ゥら立つのはアウトにしようというのである。ともあれ、常識的≠ノ考えて、世襲≠ェご本人にプラス≠ノ働いていることは間違いないだろう。しっかり発言している方々は、仰せのとおり世襲♂]々とは関わりないのかもしれない。しかし、国全体で見れば、世襲≠ノよる問題は特定の階層による支配を生みだしかねない。個々の特例だけを強調していては世の中は変わらない。そもそも等質のメンバーで構成された組織は脆弱だというのがグループ・ダイナミックスの知見でもある。それにしても、あの人がご子息に選挙区を譲ったのには仰天してしまった。開いた口はまだ塞がっていない。
 自己満足力″ト考(09/05/09 Sat-2269)
  自殺者が年間に3万人を超えている。そのことにも関連して昨年末に自己満足力≠フ大事さについて書いた。12月29日から30日のことである。自殺の理由は多様で、そのときの気持ちを他人が勝手に憶測することは控えるべきである。しかし、それにしても理由なき殺人や車の中で集団自殺したというニュースなどを見ると、彼らは十分な自己満足力≠備えていたのだろうかと思う。ものごとには多様な側面がある。世の中が、あるいは身の回りで起きることがおもしろくないと思えば、あくまでおもしろくない。しかし、少し視点を変えれば、その同じものでも見え方が変わってくる。私は自分でも相当に脳天気な方だと思うが、朝からけっこうワクワクしている。そもそも目が覚めたこと自身が楽しいではないか。前の晩、床に入ったとき、明日も生きてるぞ≠ネんて誰も約束してくれたわけではない。それにもかかわらず、今朝も目が覚めたのである。もうそれだけで喜んでもいいのではないか。宗教には限らないが、よく人は生かされている≠ニ言われる。たしかにそうだと思う。この世の中に自分の意思で生まれた者は一人としていない。まずは命をもらったときから生かされているのである。それに、私は自分の心臓を自分で動かしています≠ネんて人もいるはずがない。この点でも生かされているなあ≠ニ実感する。そんなわけで私は目が覚めたときから大いに自己満足≠キる。仕事についても、毎日の小さな変化や進歩に気づいておもしろいと思う。そしてそう思う自分に満足する。これほど精神的健康にプラスなことはない。世の中には大きなことでしか満足できない方もいらっしゃるようだ。しかし、それでは人生を1/10くらいしか楽しめないのではないか。
 恩を仇で返す人間さま(09/05/08 Fri-2268)
 犬は人間にとってもっとも古くからつきあっている動物である。しかし、それにしては慣用句などではあまりいい内容のものがない。そんな話題がNHK「実践ビジネス英語」のテキストで取り上げられていた(2月号)。たとえば、lead a dog's life ≠ヘ惨めな生活を送る∞go to the dogs≠ヘ落ちぶれる∞die like a dog≠るいはdie a dog's death≠ヘ惨めな死に方をする≠セそうな。まだまだあって、treat someone like a dog≠ヘ人を粗末に扱う≠ナ、in the dog house≠ヘ面目を失う≠セという。もう少し例が挙げられているが、これでもう十分だろう。興味深いのは、日本語でも犬にまつわる慣用句は、プラスよりマイナスの方が多い気がすることだ。それこそ、die like a dog≠ネどは犬死に≠サのものである。もちろん犬死には♂スの役にも立たない無駄な死に方である(電子版大辞林)。犬と違って人間は洋の東西を問わず恩知らず≠フようだ。犬には感謝しても感謝仕切れないほどお世話になっているにもかかわらず、この仕打ちである。飼い犬に手を噛まれる≠ニいうが、犬の方こそこっちの方が手足を噛まれてる≠ニ言いたくもなるだろう。夫婦喧嘩は犬も食わぬ≠ニいう。食えるものなら何でも食べる犬でさえ食わないほどつまらないということだ。おいおい、残飯から何から、あれもこれも食わせるのはいったいどこのどなたですかい…=Bそれどころか、彼の国では人間が犬を食べるというではないですか。そうそう、回し者やスパイも犬≠ネんて言い方をする。犬の遠吠え≠烽ゥなりマイナスのイメージがある。そんな中で、犬は3日飼えば三年恩を忘れぬ≠ニ言われれば、少しばかりホッとする。
 しっかり生きよう(09/05/07 Thu-2267)
 Joe O'Donnell氏は、被爆後の長崎を写真に記録するプロカメラマンだった。職務上は許されていなかったと思われるが、公式写真以外に密かに自分のカメラでも撮影していた。それをトランクに入れたままずっと自宅で封印していた。あまりにも生々しい原爆の惨状が記録されていたからである。それらを思い悩んだ末に43年経過した後に写真を公開し、原爆反対の運動に身を投じていくのである。当然と言うべきか、アメリカ国内では非難の声が津波のように押し寄せた。しかし彼はそれにもめげず、講演会や写真展を開催し続けたという。そして彼は2007年8月9日に85歳でこの世に別れを告げている。その日は長崎に原爆が投下されたまさに同じ日である。なんと運命的な人生なのだろう。彼の写真の中に、原爆で亡くなったと思われる弟を背負った少年が歯を食いしばったような顔をして立っているものがある。まさに規律をしているきちんとした姿勢である。それは焼き場の前だったという。おそらくは親を失い、肉親である弟を荼毘に付すためにやってきたのである。オダネル氏自身の肉声を含めてhttp://www.japanprobe.com/?p=5593 で、その主張を視聴することができる。戦後、彼はこの少年に会いたいと探したそうだが、残念ながら再会は果たせなかったという。米国内の非難が渦巻く中で、その行動を理解し支えたのは息子だった。そして、その息子までもくじけそうになったときに、今度は孫が父をサポートしたという。最後の砦は家族ということか。しかし、その家族の絆がこのごろは危うさを増している。少なくとも、そんな気持にさせるような事件がニュースを賑わせている。とにかくこの世に生まれたからには、みんなしっかり生きていきましょうよ。
 長崎の目撃者(09/05/06 Wed-2266)
 自殺数が3万人を超える状況が10年も続いている。せっかくこの世に生まれてきたのに、自ら命を絶つのはもったいない。私はこの世に私しかいない。地球がはじまってからこの方、私はいなかった。そしてこれからどんなに時間が経過しても、私以外に私は存在しない。何と言っても唯一無二なのである。それはもう希少価値≠超えている。自殺の理由は様々で、他人が簡単に理解できることではないだろう。しかしそれでもしっかり生きていきたい。現実にしっかり生きている人がたくさんいるのである。昨年の12月30日、NHKが九州地区を対象に九州沖縄アンコール≠ネる番組を放映していた。その年にNHKで話題になった番組をピックアップしたものだ。本数は記憶にないが、けっこう長い時間をかけていた。そのとき、年内に終わらせようと思っていた仕事があったのですべてを見ることはできなかった。しかしそのうちの2本には心を動かされた。どちらも全部は見ていないが、休憩のつもりでスイッチを入れてから、そのまま消せなくなった。ひとつは長崎への原爆投下を記録するために来日したアメリカ人カメラマンの話だった。途中から見たので放送日をNHKのホームページで確認した。それは8月7日に放送されていた。長崎の原爆投下が9日だから、これに合わせた特集だったのだろう。そのとき彼の名前がジョー・オダネルということがわかった。それをもとにさらにYahooで検索するとJoe O'Donnellの名前が見つかった。そこから彼の情報を動画を含めて得ることができた。こまかい内容まで立ち入るとキリがなくなるが、彼は職務として撮影した公式写真とは別に、自分のカメラで密かに撮っていた長崎の写真を自分のトランクに封印していた。
 講義でめしを食う(09/05/05 Tue-2265)
 私はほとんどの場合、自分のプロフィールに鹿児島女子短期大学講師を経て≠ニ入れる。それには、もちろん理由がある。大学院に進学したことで、ひよこ≠ネがらまずは研究者のスタートを切った。そして助手になったとき、一応は研究でめしを食い始めた≠フである。助手になってから、はじめて非常勤講師なるものをした。仕事場は九州産業大学である。たまたま自宅が福岡市の東部にある香椎だったので、歩いて通勤した。非常勤だから週に1回のペースである。これで、教育≠ノも携わったことになる。しかし、まだ本職≠ナはない。(財)集団力学研究所とは学部の学生時代から関わっていた。そんなことで、助手の時代には生産性九州地方本部の講演にも出かけた。当時、研究所の副所長だった高禎助先生から推薦≠オていただいたのである。今から考えるとまだ20代の後半だ。よくもまあ産業界の方々に話ができたものだと思う。それまでくっついていった産業現場での体験と高先生の講話などをもとに、目一杯に背伸びをしての仕事≠セった。大学の助手には任期があったが、運良く鹿児島女子短期大学に採用された。戦後ベビーブーム世代が入学するころ、その対応のために全国的に大学が増えた。そんなわけで、大学教員の採用もバラ色の時代があったようだ。そもそも大学院出身者が極度に少ないころだから、需給バランスがとれていたのだろう。われわれはベビーブーム世代のど真ん中にいるが、自分たちが大学の職を探すころになると、これがかなり狭き門になっていた。そんな中で、助手からそのまま鹿児島女子短期大学に就職できたのである。まことに幸運だというべきだろう。そしてここで初めて講義をして°距ソをもらうことになったのである。
 プロファイル(09/05/04 Mon-2264)
 講演などではプロフィールを出すように依頼されることがある。Profileは横顔≠ナある。もうかなり以前のことだが、原稿にプロファイル≠ニ書かれた方がいらっしゃった。英語辞書で発音記号を調べると、たしかにproufailとなっている。しかし、少なくとも当時としてはプロファイル≠ナは通じないだろうと考えてプロフィール≠ノしていただいた。企業組織のトップをお引きになった方だった。こちらの方が正しいんだぞ。おまえの知識がないのが問題だ≠ネんて思われたかもしれない。最近では警察の捜査に関連してプロファイリング≠ニいう用語も耳にするようになった。それはともあれ、私としてはプロフィールでしゃべるわけではない。そこで、基本的には簡単なものをお出しする。その典型がこのホームページに掲載しているものである。最終学歴と3つの職歴、そして数冊の著書を取り上げている。ただし、ときおりもう少し景気のいいものをというご要望をいただくことがある。他の方とのバランスがとれないというお話である。そこで少しばかり多目のものを作ってみた。これに対して、さらに大げさなものがいいというところが出てきた。そこで、これまた大仰なものも試作してみた。そんなこんなで、ホームページのプロフィールを控え目・簡潔バージョン≠ニして、少し幅を広げたものをやや目立ちたがりバージョン≠ニ命名した。それを膨らませて中風呂敷バージョン≠作り、ここまで来たらとばかりに大風呂敷バージョン≠ノまで突っ走ってしまった。最後のものは、自分でも恥ずかしくなるようなもので、日の目を見ることはないはずだ。そんな中で控え目・簡潔バージョン≠ノも必ず入れる職歴に鹿児島女子短期大学≠ェある。
 プロのチョンボ(09/05/03 Sun-2263)
 裁判員制度は1審のみということで、上級審にいけば、結局は裁判のプロが決めることになる。もちろん、新しい制度を導入したのだから、プロ側からはすでに1審は重く考える≠ニいう発言が出ている。そんな中で、現実としてどのようになるか、それは制度がスタートした後でないとわからない。しかし当然とは言え、プロが間違う可能性も大いにある。法律のプロの頂点にあるのが最高裁判所だろう。もう2年ほど前になるが、裁判員制度の準備が進む中、かなりおもしろい記事が目を引いた。最高裁判所が裁判員制度についてPRする映画を作成した。その際に、映画の発注先と契約書を交わしていなかったというのである(07/02/20 熊本日日新聞)。契約額は6,800万円で前年の9月に発注したようだ。この記事が2月だから、どこからか知らないが問題を指摘されるまで気づかなかったのだろう。会計法では、契約は契約書に記名押印してはじめて成立することになっているらしい。その条件そのものは最高裁自身が判断しているのである。ちゃんと判例になっているわけだ。憲法を含めて、法律の最後で最高の番人が法律違反をするというのではシャレにならない。これはやはりチョンボというしかないだろう。この問題は国会でも取り上げられたらしい。誰が質問したか知らないが、それに対して映画制作の契約書は現在決済中。好ましくないことだが、広報に不慣れで、事務に混乱があった≠ニ答弁したという。契約を結ぶのは広報≠セけではないだろう。おそらく入札などもやっているのだろうから、そのあたりの手続きは常識なのではないか。まあ不慣れ≠ナ済むなら、ほとんどの犯罪が不慣れ≠ナおしまいということになる。プロもしっかりしなくっちゃあね。
 裁判員制度(09/05/02 Sat-2262)
 日本国中の箍が外れだしたような感じがする。とにかくあってはならないこと≠ェ多すぎる。しばらく前になるが、京都の裁判所では書記官が戸籍を捏造するという事件が発覚した。外部の人間が偽造するならまだしも、戸籍を扱うプロにやられては打つ手がない。しかも、この不祥事に対して裁判所側が記者会見を忌避するという騒ぎのおまけ付きだ。人は裁けても、裁かれることには慣れていないのである。もう間もなく裁判員制度がスタートする。その内容を十分に理解していはないが、本番前から不安なことが多い。そもそも裁判員をしていること自身を他言してはならないというが、そんなことって可能なのだろうか。もちろんプロの人間であれば守秘義務を守らなければ職を失いかねない。しかし、国民全般に網をかけて就任させるのである。そりゃあいろんな人がいる。とくに殺人事件のような世間の耳目を引くような裁判に関わったとき、ただの1人も口外しないと言えるだろうか。まあ常識的な答えはNo≠セろう。そんな中で、うっかり人に言ってしまうと、今度は自分が犯罪者になるわけだ。なまじ当たらなければ平和に過ごせたのに、裁判員に指名されたために犯罪者になってしまう。そんなの相当にまずいですよね。しかも、いきなり死刑にも繋がる事件に関わることになったというのだから、かなり激しい。もっとも、裁判員制度は1審のみで適用されるらしい。ということは、1審でどんな結論が出ても、控訴審や最高裁でひっくり返る可能性があるわけだ。これまでも、上級裁でいわゆる逆転判決が出されたニュースはそれほど珍しくはない。それを考えると、素人としては少しは気が楽になるかもしれない。しかし、裁判がそんなことではまずいに決まってる。
 カラーの功罪(09/05/01 Fri-2261)
 最近の新聞はカラフルだ。最初にカラー写真が掲載されたころに比べると、画質も格段と向上している。そんな中で、あのニューヨークタイムズさえもついにカラー化に踏み切った。さすがニューヨークタイムズだ、白黒にこだわってるな≠ニ思っていた。しかし、いまではトップページから大きなカラー写真を載せている(日曜版)。カラー化すると紙面が明るくなって迫力も増す。しかし、それも程度問題だ。最近の新聞を見ていると、1ページにカラー写真があふれていて、かえって見づらいと思ったりする。ある新聞を開けてみると、1ページにカラー写真が9枚、その隣が8枚といった具合だ。その一部は見出しまでカラーである。こうなるとモノクロの見出し≠ェかすんでしまう。そこでそのページはパスということになる。デジタル化によって写真技術も発達し、印刷のノウハウも格段に向上した。だから、可能な限りカラー化したくなる気持ちはわかる。しかし、私のようなマイナスの印象を持っている者もいるのだ。あくまで少数意見かもしれないが、この点は新聞社にも考えてほしいと思う。そもそもカラーの方が真実を伝えるとは限らない。かの黒澤明も長いことモノクロにこだわっていた。赤ひげ≠フときには、白黒映画にもかかわらず、三船敏郎にひげを赤い染料で染めるよう要求した。しかも、その色調にこだわって輸入物にしたらしいが、三船の肌には合わず、彼自身が往生したといういうエピソードを聞いたことがある。白黒映画で赤色≠感じさせる。そこが監督の腕の見せ所といった気概があったのだろう。報道写真だって同じことだと思う。モノクロの写真で生の迫力を伝える。それが編集者や記者の力だという、そんなこだわりを持ってほしいと思う。