犬は人間にとってもっとも古くからつきあっている動物である。しかし、それにしては慣用句などではあまりいい内容のものがない。そんな話題がNHK「実践ビジネス英語」のテキストで取り上げられていた(2月号)。たとえば、lead
a dog's life ≠ヘ惨めな生活を送る∞go to the dogs≠ヘ落ちぶれる∞die like a dog≠るいはdie
a dog's death≠ヘ惨めな死に方をする≠セそうな。まだまだあって、treat someone like a dog≠ヘ人を粗末に扱う≠ナ、in
the dog house≠ヘ面目を失う≠セという。もう少し例が挙げられているが、これでもう十分だろう。興味深いのは、日本語でも犬にまつわる慣用句は、プラスよりマイナスの方が多い気がすることだ。それこそ、die
like a dog≠ネどは犬死に≠サのものである。もちろん犬死には♂スの役にも立たない無駄な死に方である(電子版大辞林)。犬と違って人間は洋の東西を問わず恩知らず≠フようだ。犬には感謝しても感謝仕切れないほどお世話になっているにもかかわらず、この仕打ちである。飼い犬に手を噛まれる≠ニいうが、犬の方こそこっちの方が手足を噛まれてる≠ニ言いたくもなるだろう。夫婦喧嘩は犬も食わぬ≠ニいう。食えるものなら何でも食べる犬でさえ食わないほどつまらないということだ。おいおい、残飯から何から、あれもこれも食わせるのはいったいどこのどなたですかい…=Bそれどころか、彼の国では人間が犬を食べるというではないですか。そうそう、回し者やスパイも犬≠ネんて言い方をする。犬の遠吠え≠烽ゥなりマイナスのイメージがある。そんな中で、犬は3日飼えば三年恩を忘れぬ≠ニ言われれば、少しばかりホッとする。
しっかり生きよう(09/05/07 Thu-2267)
Joe O'Donnell氏は、被爆後の長崎を写真に記録するプロカメラマンだった。職務上は許されていなかったと思われるが、公式写真以外に密かに自分のカメラでも撮影していた。それをトランクに入れたままずっと自宅で封印していた。あまりにも生々しい原爆の惨状が記録されていたからである。それらを思い悩んだ末に43年経過した後に写真を公開し、原爆反対の運動に身を投じていくのである。当然と言うべきか、アメリカ国内では非難の声が津波のように押し寄せた。しかし彼はそれにもめげず、講演会や写真展を開催し続けたという。そして彼は2007年8月9日に85歳でこの世に別れを告げている。その日は長崎に原爆が投下されたまさに同じ日である。なんと運命的な人生なのだろう。彼の写真の中に、原爆で亡くなったと思われる弟を背負った少年が歯を食いしばったような顔をして立っているものがある。まさに規律をしているきちんとした姿勢である。それは焼き場の前だったという。おそらくは親を失い、肉親である弟を荼毘に付すためにやってきたのである。オダネル氏自身の肉声を含めてhttp://www.japanprobe.com/?p=5593
で、その主張を視聴することができる。戦後、彼はこの少年に会いたいと探したそうだが、残念ながら再会は果たせなかったという。米国内の非難が渦巻く中で、その行動を理解し支えたのは息子だった。そして、その息子までもくじけそうになったときに、今度は孫が父をサポートしたという。最後の砦は家族ということか。しかし、その家族の絆がこのごろは危うさを増している。少なくとも、そんな気持にさせるような事件がニュースを賑わせている。とにかくこの世に生まれたからには、みんなしっかり生きていきましょうよ。