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味な話の素
 No.72 2009年04月号(2226-2260 )



冷蔵庫のお店≠フ不祥事(09/04/30 木-2260)
 私にとってベスト電器≠ヘ冷蔵庫を持ってきてくれたお店≠ナあり、身近な存在である。一つ一つは覚えていないが、福岡で一人暮らしをしていたころから、電器製品の多くはベスト≠ナ買っていた。その後は、九州以外からいろんな量販店が進出してきて、ついついそちらの方で購入する機会も増えていった。何分にも強烈な価格競争で、他店の方が安かったら教えてください。それよりもさらに値引きします≠ネどと言った売り文句が飛び交う時代である。それによって無駄な経費が取り除かれ、また少しでも低価格にするためのアイディアが生まれるのだろう。それは消費者にとってけっこうなことである。しかし、無駄な経費や工夫とアイディアの勝負ならいいのだけれど、それが無理につながると組織そのものが危うくなる。法令違反や働く人への厳しいしわ寄せが問題になったりするのである。つい最近、ダイレクトメールの郵送でかなり大きなニュースが流れた。心身障害者の施設を対象にした特別料金制度を悪用したというのである。本来は80円から120円かかるものが、なんと8円で送ることができるらしい。それを不法に使って200万通も送ったというので、ベスト電器≠フ元部長が逮捕されてしまった。その後の新聞情報では、手口を紹介した団体の問題や郵便局側の関与もあったようなニュアンスがある。今後どんな展開になるのかわからないが、ベスト電器≠ノとってはきわめて大きなイメージダウンであることは疑いない。会社としては違法性を認識していなかったというが、わずか8円で郵送できるならどこだってやる。そのチェックをしなかったのはそれだけで責められても仕方がない。私の心の冷蔵庫の電気屋さん≠ヘこれからどうなるのだろうか。
誕生日(09/04/29 水A-2259)
 今日は私にとって記念すべき日である。この味な話の素≠フ誕生日だからだ。いまから6年前の2003年4月29日に本コラムがスタートした。コンピュータに詳しい附属中学校の先生からホームページづくりの基礎を教えていただいた。その成果があってホームページを開設したのが4月10日だった。それからボチボチ整備を進め、味な話の素≠フ第1回目を掲載したのが4月29日である。もともと粘着質≠自認する私だから継続するつもりではいた。ただ、毎日欠かさず書き続けるぞーっ≠ニまでの意気込みがあったわけではない。しかし、実際に始めてみると、あれやこれやとネタが出てくる。それだけではない。これを書くぞ−≠ニ決めたのはいいが、その話題に関連したことが頭に浮かんできて、その話題に夢中になる。そして本来のネタから大きく逸れていく。その勢いがなかなか止まらない。ふと気がつくとスタートに戻れなくなるほど外れている。そんなこともしばしば経験した。そうした道をたどりながら、おかげさまで満6歳を迎えたわけである。脱線し過ぎや内容のくどさにあきれて、ご訪問いただくのをやめられた方も多いと思う。しかし私としては、これからも淡々と継続していくつもりでいる。それができるのも体調がいいからである。この間、休止せざるを得ないほどの病気などしたことがない。その点、健康な体を与えてくれた父と母に感謝しなければならない。肝心のネタの方であるが、これもまた絶える心配はこれっぽっちもない。何と言っても、世の中はネタにあふれている。これを書くぞ≠ニ思うことがあると、ワープロ2行ほどのメモを残している。それが溜まっている状態なのだ。ともあれ、これからも体が続く限り継続して参りますよ。
日本一のお店(09/04/29 水@-2258)
 今から50年近くも前の1963年ころに、わが家に冷蔵庫を持ってきたのはバーゲンセンター≠セった。そのころは天神にあった福岡県庁横の小さなお店は、それからドンドン大きくなっていく。1968年には名前をベスト電器≠ノ変更している。バーゲン≠ナは単なる安売り≠フイメージがあったからだろうか。当時はメーカー信奉が強くて、その会社の保証書がないと不安になる消費者が多かったと思う。そんな中で、自前の保証書でちゃんと対応します≠ニ宣言したのは、ベスト電器が最初だったのではないか。低価格を売りにしていたから、価格設定に強力な支配力を持っていたメーカーとは相当な確執があったのではないか。保証などしないぞ≠ニプレッシャーがかかっても不思議ではない。そこで独自の保証で対抗したという図式である。ただし、この部分は最初の保証書≠ニいう点も含めて私の推測に過ぎない。ともあれ、小さな店舗として産声をあげたバーゲンセンター≠ヘ、その周囲をドンドン買い続けて建て増しを繰り返す。そして、ついには現在のような大きなビルに成長するのである。その絶頂は1980年代ころだったのだろうか。とにかく全国にお店を出していって、一時は日本一≠フ家電販売店を誇っていた。今日では当たり前のフランチャイズシステムもいち早く導入して、全国制覇を成し遂げたということだろう。何と言っても、私にとっては冷蔵庫のお店≠ナあり、自分のふるさと九州で生まれた電気屋さんである。そんなわけで、出張などで関西や関東地方に行ったときベスト電器≠フ看板が見えるのが嬉しかった。その後は、他の量販店の攻勢が厳しく、いつの間にか日本一≠フ座を譲り渡していた。現在では業界第7位だそうな。
バーゲンセンター(09/04/28 火-2257)
 吉田家の冷蔵庫がはじめて氷をつくったのは、今から45年ほど前のことである。冷蔵庫のメーカーは日立だった。その表には白クマのエンブレムがついていた。いかにも冷え冷え≠ナ、冷蔵庫らしい雰囲気が漂っていた。それからしばらく経って、日立は冷蔵庫を白くま≠ニいうニックネームで呼ぶようになった。その記憶とともに冷蔵庫を買ったお店の名前も鮮烈に覚えている。それはバーゲンセンター≠ニいっていた。まだバーゲン≠ニいうことばが一般的でない時代のことだ。なにせ、スーパーマーケットなるものが登場して間もないころである。あのダイエーの前進主婦の店ダイエー≠フ発足が1957年のことだ。ともあれバーゲンセンター≠ヘ福岡県庁横にあったが、今でいう価格破壊≠フ先頭を切って走っていた。私の両親も高価な買い物である冷蔵庫を手に入れるに当たって大いに考えたはずだ。そして、最終的にはバーゲンセンター≠ノ決めたのだと思う。福岡県庁横といっても、東公園にある現在の庁舎ではない。天神と中州の間にアクロス≠ニいうビルがあるが、昔はあの場所に県庁があった。私が中学生のころだから正確な記憶はないが、とバーゲンセンター≠ヘ小さな小さなお店だった。おそらく2階くらいまではあったと思う。しかし、その後バーゲンセンター≠ヘ破竹の勢いで伸びていく。わが国が敗戦から立ち直り高度成長期≠ノ入ってしばらく経過したころだった。そして、そのお店は現在もバーゲンセンター≠ニ同じ場所にある。福岡市役所の真横に当たるところだ。ただし、その規模は私の記憶の中にある小さなお店≠フイメージからは想像できないほど大きなものになった。そのお店の今の名前はベスト電器≠ナある。
冷蔵庫物語(09/04/27 月-2256)
 
吉田家に冷蔵庫が来たのは私が中学校3年生の時だったと思う。この記憶が正しければ1963年(昭和38年)のことになる。時期は夏ころだったのではないか。電気屋さんが自宅まで持ってきて設置して帰った。すぐに製氷皿へ水を入れ、氷ができるのを今か、今か≠ニ待った。その当時、氷が必要なときは文字通り氷屋さんに頼むことになっていた。もちろん、氷が届いても低温の状態で仕舞っておくところはない。スイカだのなんだのを冷やして、溶ければそれでおしまいだった。ちょっとばかり裕福な家には氷を使う冷蔵庫なるものがあった。これだと、現在の冷蔵庫と同じような使い方も少しはできた。もちろん、それも氷が溶けるまでの話である。いずれにしても、わが家で氷を買った記憶はまったくない。そんな状況の中に冷蔵庫が来たのである。氷ができるまで待ち遠しかったのは当然だった。その当時は福岡市の香椎にあった公務員宿舎に住んでいた。平屋が2軒くっついた長屋で、6畳と4畳半の2部屋しかなかった。あとは台所と風呂にトイレである。そこで親子4人が生活をしていた。ときに祖父や祖母がやってくることもあった。その際は5人になるのだが、文字通りごろ寝状態である。今や格差社会が問題視される時代になってしまった。現実として寝食に問題を抱える人たちもいらっしゃるから、不謹慎な発言は控えなければならない。そうではあるが、とにかく昔は今から考えるとかなり貧弱な条件の下で生活していたと思う。もちろん、狭い住居とはいえ標準的な公務員宿舎であった。当時の庶民にとっては十分に満足すべき広さだったと思う。何はともあれ、そんな家庭に冷蔵庫がやってくるのだから、子どもだけでなく父や母も大いに興奮していたはずである。
ほとんど=gすべて(09/04/26 日-2255)
 
言いたいことが言えない∞言っても聞いてもらえない=B世の中で起きる集団や組織にかかわる問題の原因は、ほとんどこの2点につきる。地元新聞の記事転用問題を検証した記事にもそのことがはっきり指摘されている。その背景についての分析で、いろんな個性が集まる新聞社で自由に議論できる環境を心掛けたつもりだが≠サれが必ずしもうまくいっていなかったことを責任者が反省している。自由にものが言える気風≠ェ薄れていたということである。また、チェック体制も十分でなかったようだ。問題の記事を書いた部門は自己完結型≠ナ、最終チェックの責任を持つ部門も記事は正しいものという認識になってしまっていた=Bあくまで確率的には、ほとんど≠フ記事は問題が起きないに違いない。しかし、それがすべて≠フ場合に当てはまるわけではない。長い習慣の中で、ほとんど≠ェすべて≠ニ読み替えられた瞬間にトラブルの悪魔≠ェ頭をもたげてくるのである。ほとんど°Nこることのない事象に気を配り続ける≠フは、経済的・心理的に大きなコストになる。しかし、それは必要な経費≠ニして受け入れなければならない。現代はそういう時代なのである。さらに問題の記事に掲載された図表についても、いくつかはイラストがそっくりだったり、表内の文言が完全に一致≠オていた。これについては、資料を加工するにせよ、記者側が先方の了解を取っているはず≠ニの認識があったという。たしかに、世の中ではそのはず≠ナ動いているものが多い。しかし、この場合もはず≠ゥら外れることが起こりうるのである。仕事が複雑化し、競争も激しくなり、スピードが最優先にされる今日、どんな組織にとっても気をつけたい問題だ。
自負≠ニおごり(09/04/25 土-2254)
 
地元紙の記事転用問題に関する1面を使った検証記事は極めて重要な情報を含んでいる。見出しのひとつは「自負がおごりに」である。記事を書いたご本人は政治分野での超ベテランだったという。その後、文化部に異動し医療問題も担当することになった。そしてコラムの中で自分自身がパニック障害であることを告白した記事を書いた。これに対する共感的な反応や質問が届いたという。こうした生の反応にご本人が感動しただろうことは十分に理解できる。それは政治部にいるときは未経験のことで、読者に役立ちたいという気持ちが高まったのである。これもまた当然で、なおかつ望ましい意欲の表れだと考えることができる。こうした意識がいい仕事を生むのである。それから報道部、そして再び政経部へと異動した。さらに忙しさが増す立場になったことから、周りも医療分野の記事は控えるように勧めたという。しかし、ご本人のたっての希望で連載を継続することになった。その後、記事が難しいとの指摘が内部であり、より身近な事例を取り上げるようになる。そして、選挙報道などプレッシャーの大きい仕事も抱えながら原稿を書き続けた。その際に、よくまとまっている≠ニ思われたNHKの今日の健康≠ェ参考にされることになる。ご本人としては盗用の意識≠ヘなかった。この問題を振り返って、医療を一生懸命に勉強したという意識が「おれは知っている」というおごりにつながった≠ニ話しているという。自分の力や仕事にそれなりの自信を持つ、いわゆる自負$Sは大事である。しかし、それがついついおごり≠竍慢心≠ノつながっていく。人の心はプールの水のようだ。ここまでは自負心≠ナこれから先はおごり≠ネどと明確な線は引けないのである。
著作権問題(09/04/24 金-2253)
 
昨年のことになるが、地元の新聞で著作権に関わる問題が起きた。医療関係の記事でNHK出版の「今日の健康」から不適切な転用が行われたというのである。11月初旬に10月末に掲載された内容が「今日の健康」に極めて似ているとの指摘があったらしい。それも社内外からだという。そこで11月18日に検証委員会を立ち上げ過去の記事も対象に検討を進めた。その結果、転用が著作権上問題があることを12月8日に公表した。その具体的な内容について12月28日の紙面で1面の検証記事を掲載している。最終的には19本に問題が見つかったというから、やはり半端な数ではない。こうした検証に要する期間や発表の時期については、あらゆる状況に適用できる正解はない。ただ、問題があればできるだけ早急に対応し、その結果についても速やかに発表することが必要になる。その点でこのときの経過を見ると、妥当なところだろう。まことに残念なことだが、真実を伝えるべき報道の世界でもけっこう問題が起こる。やらせ≠竍ねつ造=Aそして転用≠ヘ全国レベルで言えば、それほど珍しくはない。あるいは、珍しくなくなった≠ニ嘆くべきかもしれない。そうした事例が発生した場合、全国紙でない場合はその後の対応はよくわからない。しかし、時代は大きく変わった。今回はたまたま地元紙の問題だったからその後の流れがよくわかったが、他でも同じような対応をしているのだと思う。数年前の本欄で、「人は謝らない誤り≠犯してはいけない。その結果は信頼失墜に繋がる」といった趣旨のことを書いた(06/03/13)。むしろタイミングよく謝る≠アとで信頼が高まることだってある。大事なことは間違いに対する対応≠間違わない≠アとである。
与謝野氏の炯眼(09/04/23 木-2252)
 
世界同時不況である。自動車業界はいうまでもなく、これまで日本力の元だと考えられてきた電子機器業界なども厳しい情勢が続いている。そんな中で財務省が2008年度の貿易統計速報を発表した。輸出から輸入を差し引くと7253億円の赤字になったという。これは原油が高騰した1980年以来、28年ぶりのことなのだそうな。その原因について財務省は輸出の急激な落ち込みと昨年夏の原油高≠フ影響を挙げている。もちろん、それは間違いない事実だろう。しかし、報道陣に囲まれた与謝野馨財務大臣はわが国の競争力低下についても考えていかないといけない≠ニいった趣旨の発言をしていた。これはまさに炯眼というべきではないかと思う。世界中が不況だからわが国の製品も売れなくなった。そうした部分があるのは当然にしても、原因をそこにだけ置いていて大丈夫かどうか。中国をはじめ発展途上国の製品が今ひとつ≠セったのは昔の話である。新興国との比較だけではない。太陽電池≠ヘ世界のトップ≠ネどと自慢していたはずなのに、気づいてみればドイツに大きな差をつけられていた。それどころか、発電量はスペインにも越されたという。今でも省エネ技術は世界一≠ネどと言っているが、本当にそうなのだろうか。これまた気づいてみれば<xストテン外れなんてこともあり得るのではないか。国内でも不況の中で増収の会社もある。世界的暴風の中でうまく対応しているところもあるに違いない。赤字の原因を単に世界的不況≠セけにして、だから当面は仕方がない≠ニいう納得の仕方でいいものなのか。与謝野氏の競争力の低下≠心配する発言はきわめて重い。とくに政治家は目先の人気とりに狂奔せず、先を見る目と行動力をもってほしい。
予測困難(09/04/22 水-2251)
 
天気予報には気象衛星やスーパーコンピュータが使われている。そもそも科学≠ニして認められるためには、現象の記述∞説明∞予測≠フ3点セットが整っていないといけない。まずは現実に起こっている現象を客観的に整理することから科学が始まる。何が起きているのかわからないのでは、お話にならない。それができたら今度はその現象について、原因を明らかにすることが必要になる。どうしてそんなことが起こるのかを解釈し、説明するのである。そしてさらに大事なことはその後の現象を予測することである。われわれの実生活にとっては、この最後の要件がきわめて重要になる。気象学を基礎にした天気予報は当たることが最大の目標なのだ。しかし、これをクリアするのがなかなかしんどいのである。これは気象学に限ったことではない。たとえば地震学にしても、多くの専門家を集めて膨大なコストをかけた国のプロジェクトもある。しかし、地震が発生する特定の場所や時期は明確にできないようだ。地震の影響は甚大で、多くの人命が失われる可能性が高い。地震の巣である日本列島に住むわれわれにとって、予測が最大の関心事である。しかしそこが至難の業なのだ。そうかと言って研究を投げ出すわけにはいかない。とにかく地道な探求を続けていくしかないのである。こうした自然科学の困難さを免罪符にする訳ではないが、人の心≠科学する心理学もまた一筋縄ではいかない。とくに現象記述≠ニ説明・解釈≠ワでは何とかなっても、予測≠ニなるとけっこう怪しくなってくる。もっとも、私の研究費など口に出すのも憚られるほど少ない。だから、いわゆる費用対効果を考えるなら、それなりの仕事はしていると自信を持っていいかもしれない。
天の気分(09/04/21 火-2250)
 
自然科学の方法論を導入しても人間の行動は簡単に理解できない。いや素人から見れば自然科学に属すると思えるものでも、現象の正確な予測はむずかしいようだ。その典型が天気予報である。早い話が台風の進路予想などはけっこう怪しい。昨年、私が出張する際に、大型で強い台風が台湾付近にやってきた。周囲の海水温が高いため、ただでさえ強い勢力がさらに強くなるという予報だった。これを聞いて何もしないわけにはいかない。そこで出張そのものは変更できないものの、宿泊のキャンセルも含めて事前に対応した。ところが結果はなんのこともなかったのである。そもそも勢力も増すことはなかった。昨年は、これに似た状況が2度もあった。ここで気象庁に文句を言うつもりはない。予報とはそう言うものであり、ことに気象現象については正確な予想がむずかしいことも理解している。何と言っても、天気≠ヘ文字通り天の気分≠ネのである。人の心と変わらないのだ。女心と秋の空≠ネどという。故事ことわざとしては、男心と秋の空≠ニもいうから、お互い様である。もともと秋の天気は変わりやすい≠アとからこうした言い回しができたわけだ。まさに空の気分≠ニ人の気分≠ヘ似たようなものなのである。ともあれ、空の気分≠ヘ人間の行動と同じくらい複雑な条件に影響される。そもそも地形が複雑だし、海の温度だってそのときどきで違っているだろう。それに、地球全体の空気の動きが地域の気象にも影響を与えているはずである。そんなこんなで天気を決める条件は輻輳している。そのうちどれか1つでも変わると気分≠熾マわるわけだ。それにしても気象予報の場合は気象衛星はもちろん、最新鋭のスーパーコンピュータまで使っている。
文殊係数(09/04/20 月-2249)
 
私はグループ・ダイナミックス≠ニいう領域で仕事をしている。日本語では集団力学≠ニいう。直訳である。そこで3人寄れば文殊の知恵≠煬、究の対象になる。みんなでしっかり力を合わせればすばらしい知恵が生まれる。それこそ集団の力である。しかし現実の世界を見れば、集団がプラスの力を発揮するばかりでないことはすぐにわかる。新聞やテレビで毎日のように流される犯罪関連のニュースの多くが集団と関わりを持っている。とりわけ組織の事故や不祥事などは、そのほとんどが集団の問題だと考えていい。まったくの私欲から公金を着服するような事例などは、個人の問題だということになるだろう。しかし、そうした犯罪を事前に発見できなかったことまで含めれば、これもまた集団や組織のチェック体制に問題があったことになる。そこで、3人寄れば文殊の知恵≠一般的に表す式を考えてみた。GP=Mo×n がそれである。ここで GP は Group Power で、文字通り集団力≠ェどのくらいあるかを示す。MoはMonju の頭文字を取ったもので文殊係数≠ニ呼ぶことにしよう。集団の人数を n とすれば、人数によって GP は増えていく。100人なら100人力だ。しかし、ここで文殊係数≠ェ効いてくる。3人≠ェ寄った場合でも、係数≠ェ1であれば、集団力は3のままである。これが2であれば6人力≠ニいうわけだ。3人寄れば文殊の知恵≠ェ実現する。しかし、この値が 0.3 なんてことだって起こりうる。すると、集団力≠ヘ 0.9 に落ちてしまう。こうなると、1人で考えた方がかえっていい知恵が生まれることになる。ただ集まればいいというわけではないのである。文殊係数≠フ研究、おもしろそうだと思われませんか。
3人寄れば…(09/04/19 日-2248)
 
3日≠ェらみのことばで誰でも知っているのは3日坊主≠セろうか。これも長続きしないことを表す表現である。僧になると決めて頭を丸めたのはよかったが、修行の厳しさに耐えられず俗世間に戻ってしまう。そんな意志の弱いことを嘲笑する言い回しである。坊主≠ネんて言うからお坊さんには迷惑な話だ。そもそも3日≠オかもたない者は坊主≠ニは言えないのである。つまり本物お坊さん≠ヘ3日坊主≠ネんかではないわけだ。さてさて、3日、3月、3ヶ月≠ニ言うのだから、3日≠乗り切ると、3ヶ月までは何とか続くことが期待される。そして、それも首尾よくクリアすれば、その次の危機は3年後に来るというわけである。この3≠ヘどう考えてもマイナスの意味合いを持っている。そこで満を持して登場するのが3人寄れば文殊の知恵≠ナある。ところで満を持す≠ヘ十分に用意して機会を待つ≠アとである(スーパー大辞林)。いよいよ私の出番だ≠ニいう雰囲気だが、どうしてこんな表現をするかご存じですか。この満≠ニは、弓をいっぱいに引きしぼること≠ネんですね。つまりは標的に狙いを定めて矢を持った手をいつでも離すことができる、あの緊張した状態なのである。その由来を知ると、満を持す≠ニいうことばの力がさらに増す。さて、肝心の文殊さんだが、正式には文殊菩薩=A知恵をつかさどる菩薩≠ウんである。ここまでは、仏教に詳しくなくても推測できる。凡人であっても3人が集まって知恵を出せば文殊さん≠ノ匹敵するくらいのアイディアが生まれる。いや少なくともその可能性はある。それが3人寄れば文殊の知恵≠フ意味である。たった3人で菩薩に対抗できるかなんて細かいことは置いとこう。
5月病(09/04/18 土-2247)
 
3日≠ネらず1日≠ナ会社を辞めたくなった後輩だったが、その後はとくに連絡もなかった。それから間もなく私たち家族は鹿児島へ移ったから、しっかり続いているのだろうと推測した。めでたし、めでたし≠ナある。そういえば私たちが学生のころは五月病≠ニいうことばが流行っていた。就職にしても進学にしても、スタートから1ヶ月ほど経過した5月に危機的状況に陥る。仕事や勉学の意欲を失ってしまうのである。とくに受験勉強で精も根も尽き果てた大学生たちにこの傾向が強かった。高校までは50分だった授業も1コマ100分という未体験の長時間になる。これに耐えられない。それに教師から示された指針通りに勉強するのではなく、自ら学ぶことが求められる。ああしろ、こうしろなんて、誰もいってくれない。その上、まずは教養課程と称して高校と変わらないような授業ばかり。これではやる気を失ってしまうというわけである。もちろん、教養を身につけることは豊かな人生を送るために欠かせない。教養は人間形成の基礎である。それは間違いないのだが、われわれが大学に入ったころは教養課程が抱える問題が指摘されていた。教養そのものではなく、それをどう教育していくかが問題になっていたのである。私自身の経験で言えば、自然科学系の授業でこのクラスは文系だから、まあ適当でいいか≠ニいった発言をした教師がいた。ご本人は軽い冗談のつもりだったと思う。しかし、受ける側としてはどうでもいいんかい≠ネんて気持にもなってしまう。そんなわけで、教養課程の単位が取れずに、その先の専門課程に進めない学生の数が急速に増える時代だった。いわゆる留年≠ナある。私の友人たちの中からも進学できない者がけっこう出た。
初日のつまずき(09/04/17 金-2246)
 
さて、3日、3月、3年≠ニ言えば思い出すことがある。4月は新人があふれている時期だ。もっともこのところの経済情勢で就職も厳しくなっている。大学は新入生が入ってきてそれなりに活気を呈している。しかし、世の中全体としては元気が今ひとつと言ったところだろうか。それはともあれ、新しい仕事を始めてまずは3日くらいで迷いがくる。あるいは仕事がつらく感じられる。そこで、自分にはこの仕事が合っているのだろうか≠ニ思い悩む。自分が考えていたものとのギャップが大き過ぎてショックを受けるかもしれない。新年度がスタートして2週間、新人たちの中にはそんな若者がいるかもしれない。もう30年以上も前のことになるが、私はそんな状態の後輩から相談を受けたことがある。ある民間会社に入った彼は出社第1日目にこんなはずじゃなかった≠ニ思ったのだそうな。そのとき私は大学で助手をしていたから民間会社の状況はまるでわからない。そんな状況で、私としてはまだ数日で先を判断するのは早すぎるんじゃない≠ニいう程度のことしか言えなかった。私自身が20代の後半で社会そのものを知らないのだから当然である。それに対してはい、少しがんばってみます≠ニいう答えが返ってきた。それにしても相談に来るのが早過ぎるバイ≠ネどと言って苦笑した記憶がある。こんなときは、下手な理屈を垂れるよりも、相手の話を聞いてあげることが大事なのだろう。もともと人生の選択に当たって、これしかないという正解なんてあり得ない。これでいいんだろうか≠ニいう漠然とした不安を少しでも和らげることで、冷静に状況を考えることができるようになる。そんな効果があるのだと思う。ともあれ彼の場合は3日どころか1日だった。
文殊さんとの再会(09/04/16 木-2245)
 
今年がはじまって間もない1月9日のことである。本コラムで文殊菩薩さん≠取り上げた。その際はしっかりとお伝えしたいメッセージがあった。ところが、いつもの癖で脇道に大きく逸れて、もともと歩いていた道に戻らずじまいである。しかも脇道したこと自身を忘れていた。そこで、久しぶりに文殊さん≠ノ再会させていただこう。さて、文殊といえば3人寄れば文殊の知恵≠ニ決まっている。和英辞典で引いてみるとTwo heads are better than one≠ニある(電子版ジーニアス)。こちらは3人よりも1人少ない2人になっている。そう言っちゃあ何だけど、2人よりは3人の方がもっといい知恵≠ェ生まれると思うのですがねえ…。ラッキー7というけれど、私たちは3≠ニいう数字がかなり好きなようだ。これは日本人特有なのか、それとも世界共通なのか。そのあたりのことはわからない。ともあれ、3日、3月、3年≠ネどという。3、3、3、長嶋さん≠ニいうのはメッチャ古いかなあ。元巨人軍で背番号3の長嶋茂雄氏に対して親しみを込めてこんな呼び方をしていた。もちろん、われわれ世代しか知らない言い回しに違いない。ところで、楽天の田中投手の活躍に、野村監督が神様、仏様、田中様≠ニコメントしていた。これは、今から半世紀ほども前に、神様、仏様、稲尾様≠ニ言って、西鉄の稲尾投手が賞賛された表現を再利用したものだ。稲尾氏は一昨年に亡くなってしまったが、長嶋選手と対決した大投手である。日本シリーズで西鉄が巨人と対決したとき、3連敗後に4連勝という大逆転劇を演じたことがある。そこで連戦連投で活躍したのが稲尾だったのだ。そんなわけで、神様、仏様、稲尾様≠ニいう名文句が生まれたのである。
歴史の教訓(09/04/15 水-2244)
 
車の本場であるアメリカの雑誌に日本車のCMが本格的に載り始めたのは1970代ころだろう。それからの躍進ぶりには目を瞠るものがある。少しずつ、少しずつアメリカの中で浸透していったのである。その大きな理由の1つは燃費のよさだろうが、見栄えも相当なレベルに達したと思う。私が子どものころは、米車は大きくてかっこよく、日本車は見るからに不格好というのが相場だった。サービスのネットワークづくりにも力を入れたに違いない。まさに刑事コロンボ≠ェ走るロスの道路際にTOYOTA≠フ看板が映り込むようになったのである。そして昨年はついにTOYOTAが生産台数も売り上げもGMを追い越したというのである。数値の上ではとくにトヨタが目立っているが、ホンダや日産など、とにかく日本車の評価は高い。ともあれ、こうした歴史を見ると、いくつかの教訓が頭に浮かぶ。まずは小さな努力の積み重ねが大事だということだ。日本車だってここに来るまで40年の歳月がかかった。豊田佐吉が創業した豊田自動織機製作所に自動車部が開設されたのが1933年である。自動車王ヘンリー・フォードがデトロイトで自動車会社を立ち上げた1903年から数えると1世代、30年が経過していた。創業期まで遡れば、ほぼ80年にして頂点に上り詰めたわけだ。そして、その瞬間からもう一つの教訓を念頭に置く必要が出てくる。あのガリーバーも脱帽するようなGMが、存続すら危ぶまれるときが来るという事実である。インドでは耳を疑うような価格の車が登場している。中国でも自動車生産は国家の中核的産業になるに違いない。いまはインド車などを笑っているが、時間は確実に経過する。かつて70年代ころは造船も製鉄もわが国は世界のトップを誇示していた。
やっぱり詰めてよ(09/04/14 火-2243)
 
私毎日新聞の株式欄に空白が目立つ。それがかなり大きなスペースをとっているので気になるのである。ほかの新聞はどうかと思って熊本日日新聞を見ると、こちらは建設∞食品≠ニいった業種のタイトル部分が少し幅が広くやや空白が見えている。これも通常の記事に比べると空白部分が広いので目立ちはする。ただ、毎日のようにボカーン≠ニ空いている感じはそれほど強くない。産経の場合も、やはり業種欄に白い部分がついている。先日は日経をみたが、私の記憶が正しければあまり違和感を感じなかった。さすがに経済の日経ということだろうか。ただし、日経や産経はたまたま見ただけだから、いつもがどうなっているのかはわからない。いずれにしても、私なんぞは新聞は文字がとにかくビッシリ詰まっていることを当然と思う世代である。自分たちが出す職場のニュースレターなどでも、まずは複数ページにすることを考える。最後のページが白紙だとかっこ悪いからだ。その上で、可能な限り最後の行の末尾まで文字を詰めようと意識しながら原稿を調整している。そんな細かい質の人間から見ると、プロの新聞が空白を作るなんて、とても信じられない。いろんな事情はあるのだろうが、あのブランクだけは何とかしてほしいと思う。時代はデジタルを謳歌しているのではないか。文字を微妙に拡大するなど、細かい工夫はいくらでもできるだろう。素人のワープロだって、漢字の縦横費を微妙に変えることができる。たとえば、縦よりも横幅が3%だけ広くすることも可能なのだ。昔は熟練した植字工の人が鉛の活字を1文字ずつ拾っていた。そんな状況ならいざ知らず、この程度のことならお茶の子さいさいだと思うのだが…。ともあれ、新聞にブランクは似合わない。
ダツン(09/04/13 月A-2242)
 
私が学生時代だからそれは1970年前後、いまから40年も前の話である。アメリカの心理学系の雑誌に日本車の広告が載った。子どものことから格好いい車≠ニいえば、それはアメリカ車だった。これに対して日本車はとにかく不格好≠フ象徴だったのである。それがアメリカ進出というのだから、人ごとながら大丈夫かいな≠ニ心配した。アメリカ人が見たらどう思うだろうか≠ニ思いながら、妙に恥ずかしい気持になった。何とも卑屈な反応ではある。しかし、敗戦から10年ほどしか経過していない時期に学校に通いはじめたわが団塊の世代にはアメリカに対してある種の劣等感があったように思う。しかし、ともあれそのころから悪戦苦闘の歴史がはじまったである。だからこそ、70年代のはじめころに作られたコロンボの画面にTOYOTAの看板が写り込んだりしているのである。そして日産≠ヘDATSUN≠ナ売り出したのだった。大先輩からDATUN≠ヘアメリカではダツン≠ニ読んでいる話を聞いたのは70年代も終わりのころだったかと思う。ところで、このダットサン≠ニいう名前の由来がまたおもしろい。現在の日産につながる会社は快進社自動車工業といったらしい。その創立メンバーである、田健次郎(Den)、青山禄焉iAoyama)、竹内明太郎(Takeuchi)のイニシャルをとってDATとしたのである。これは足の速いたとえで使われる脱兎のごとく≠ノもかけたという。そこで当初は脱兎号(DAT CAR)≠ネどと呼んでいたようだが、その後に息子≠意味するSON≠つけた。ところが、SON≠ヘ損≠ニも読めるから縁起が悪い。そこで同じ音のSUN≠ノ変えたという。こちらだと太陽≠セから明るくて前向きな感じになる。
空白の理由(09/04/13 月@-2241)
 
私自身は新聞の株式欄はいつも素通りである。毎日新聞の場合、そこに囲碁や将棋欄があるから立ち止まる人もいるだろう。しかし、私は右手で新聞を開きながらパスをする。ところが、このところ毎日新聞の場合は株式の欄に大きな空白が目立つのである。太平洋戦争の際は、新聞をはじめとした報道機関は厳しい検閲を受けていた。そのため、新聞が記事の削除を命じられた場合、その部分が空白になることもあった。活字を組んだあとに検閲されるのだから、空白が生まれてもやむを得なかったわけだ。しかし、そうした空白の存在そのものが、読者にメッセージを送っていたとも言える。もっと大事なことを書いていたのですが、検閲で削除されました≠ニいうわけだ。そのあとは読者が推測するしかないが、何かがある≠ニ受け止めた人は多かったと思う。あるいは検閲制度≠サのものに対する抗議の意志も空白から伝わってきただろう。さらに言えば、掲載OKの部分から空白の内容を可能な限り伝える工夫というか、闘いというべきか、そんなせめぎ合いもあったのではないか。しかし、いまやそんな時代ではない。それにもかかわらず、新聞にけっこう大きな空白があるのは、何とも妙な感じがするのである。内容だって株価だからすでに公表済みの情報である。それにしても、どうしてこうなったか。もちろん、その理由は聞いてみないとわからない。ただ、このところの厳しい経済情勢が影響しているのではないかとは思う。上場を取りやめたり倒産する会社が急増していることは、しばしば報道されている。もし素人のこの推測が正しいとすれば、新聞には大いに工夫してほしいと思う。掲載する記事が減ったからブランクを入れたのよでは何とも寂しい話ではないか。
TOYOTAの看板(09/04/12 日A-2240)
 
ハイビジョンの刑事コロンボ≠ヘ順調に続いている。このうち指輪の爪痕≠ヘシリーズ初期のもので1970年代の初めころに放映された作品である。この中でコロンボのおんぼろ車が道路を走っているシーンが出てくる。ロサンゼルスの郊外といったところだろうか。その背景にTOYOTA≠フ看板が映っていた。今から40年近く前の光景である。自動車産業はアメリカを中心に回っていた。自動車の父といわれるフォードが車の量産化を目指してデトロイトに自動車工場を建設したのが1903年である。日本は明治36年だから、まだ馬車や人力車の時代だろうか。その新設工場でかの有名なT型フォード≠ェ生産された。その後、GMとクライスラーも登場し、デトロイトは世界のautomobile capital≠ニ呼ばれるようになった。いわゆるビッグ3のそろい組である。それから100年が経過した今日、アメリカの自動車産業は危機のビッグ3になってしまった。その存続すら危ういなどとは、私たちの世代にとっては想像もできない事態である。もちろん日本の自動車産業も人ごとではないが、フォード、GM、クライスラーの危うさは生半可なものではない。ところで、大学の心理事務室に海外で出版されている専門誌や雑誌が置かれていた。ほとんどはアメリカのものだったが、その中の雑誌に日本車の広告が掲載されていた。私が大学の3年生ころだっただろうか。もちろん詳細な内容は記憶にないが、たとえばカローラ≠竍ブルーバード≠ネど、当時はおそらく1200cc程度のエンジンだったと思う。日産はダットサン(DATSUN)≠ニいう社名で売っていた。そのころアメリカに滞在したことのある大先輩が、アメリカではダツンと呼んでいる≠ニ教えてくれた。
気になる空白(09/04/12 日@-2239)
 
毎日新聞にかなり大きな空白がある。それがいつからはじまったのか、よくわからない。しかし、もう相当な期間に亘っている。たとえば少なくとも今年の初めには、すでにその空白は存在していたのではないか。こういった表現ではおわかりになりにくいかもしれない。そもそもどこを見ても文字や写真、それにイラストなども含みながらびっしり詰まっているというのが、新聞に抱くイメージだと思う。それがぽっかりと白い空欄が目に飛び込んでくるから気になるのである。たとえば、4月10日の朝刊では、4cm×8cmと2cm×2cmの空白がそれぞれ1個ずつ1ページに入っている。後者は小さいけれど、それでも空白≠フ存在がすぐにわかる。これは11面なのだが、その右側の10面にはもっと多くの空白≠ェある。3cm×4cm、2cm×9cm、2cm×3cm、1.5cm×5cm、2cm×6cm、1cm×4cm、1cm×3cm(2個)で合わせると8個になる。細かいことをいえば、1cm×1cmのもっと小さいものも数カ所ある。いったい何のページかというと、日付が記されている欄外に証券≠ニ書かれている紙面である。東京証券取引所の第1部≠ゥらはじまって第2部=Aそしてジャスダック≠ヨとつながっている、あのページである。そこには銘柄≠セの始値∞高値=c出来高≠ネどの数値がびっしり詰まっている。もともと株なんぞとは無縁の生活を送っているから、このページは単純にめくるだけで内容を読むことはない。おそらくかなり多くの人が同じなのではないかと勝手に推測している。もっとも最近はネットで株のやりとりをしている方もいらっしゃって、ときおり話題に上ることがある。利益が出ているのかどうかは知らない。
イチローだって…(09/04/11 土-2238)
 
Brady のサルに電気ショックを送る実験で不幸にも1匹が死んでしまった。その際のショックと休憩のスケジュールが6時間−6時間だった。その後、時間を変えて同じ実験を行ったが、命まで失うサルは出なかった。そこで、再度6時間−6時間の実験を試みたところ、休憩をとっている管理者ザル≠スちの胃酸が最高値を示したのである。生理学的に正確な説明をする力はないが、実験中は電気ショックに対応するために交感神経がぴりぴり張っている。この活動が休憩中に治まると胃の中に消化に関係するホルモンがどっと出てくる。これは副交感神経なども関係したリバウンドのようである。そのメカニズムの解明は専門家に任せるとして、とにかく管理者ザル≠フ胃の中で起きた変化が胃潰瘍を引き起こしたのである。このとき同席≠オていた部下ザル≠スちには、その兆候はまったく見られなかったという。こうしてストレスがザルの胃潰瘍を起こした≠ニいう研究結果が発表されたのである。その後、実験手続きについて管理者と部下ザル≠ェ同種ではなかった∞ショック量が違った∞年齢が異なる≠ネどの批判があったようだ。研究だから、いろいろ課題が出されるのは当然で、われわれの知識はそれによってさらに蓄積されていくのである。いずれにしても、過度なストレスが人間の体にマイナスの影響を与えることは、今や常識だろう。それも生きる力の素を最初に取り入れる大事な臓器である胃に出てくるというのだから考えさせられる。胃潰瘍になったイチロー選手について、同僚の城島選手が発したコメントがよかった。イチローさんも人間ということですよ=Bイチローのすごさにはいつも驚かされている身にとって、妙にホッとする一言ではあった。
管理者ザルのストレス(09/04/10 金-2237)
 
BradyのExecutive Monkey≠ヘ管理者ザル≠ニいったところだろう。実験手続きから考えると重役≠ノまでは手が届いていないようだから。さて、この実験についての情報はけっこうあるが、ここでは Wikipedia をもとに内容をフォローしてみよう(Ulcers in Executive Monkeys≠ナ検索)。 Brady が行った2度目の実験も猿を椅子に固定して電気ショックを流す点は同じであった。ただし参加した猿は管理職ザル≠ニ部下ザル≠フ2匹である。このうち管理職ザル≠ヘ事前にレバーを押す行為を学習しており、それによって電気ショックを避けることができるようになっていた。本物の論文には目を通していないので、細かい点ではっきりしないところがあるが、電気ショックが流れる前にライトが点くようにしたようだ。管理職ザルは≠サれを見てレバーを押せば電気ショックから回避できるのである。これに対してもう1匹の部下ザル≠ヘ電気ショックに対する防御策を持たなかった。だから電気ショックが襲ってきてもひたすら耐えるしかないことになる。もちろん、上役であるExecutive Monkey≠ェレバーを押してショックを防いでくれれば自分にもその被害は及ばない。そこで管理職、がんばってくださいね≠ニばかり100%上役に頼るしかないのである。管理職としてはすべての責任と期待を一身に背負って、ショックのサインが来るのを待ち続けることになる。ストレスに満ちた厳しい状況である。実験は6時間勤務≠フ6時間休憩≠ニいうスケジュールで行われた。その結果、23日が経過したとき管理者ザル≠ヘ死んでしまった。その後、Brady は様々な時間スケジュールで実験を続けたが、これによって命を失う猿は出てこなかった。
サルの胃潰瘍(09/04/09 木-2236)
 
しっかり仕事をすれば、周りがちゃんと評価してくれる。その周りの代表がリーダーである。リーダーはメンバーがいい仕事をしたときは、それに気づいてきちんと評価してあげることが大事だ。本人がやったぞ、やったぞ≠ニ騒いでいないときほど、しっかり支えていくのがリーダーなのである。イチローの冷静さの話(6日)から逸れてきたが、とにかく世の中はストレスに満ちあふれている。これにうまく対応していくのは至難の業である。イチローの胃潰瘍問題で思い出す話題がある。それは Brady という研究者が猿を使って行った実験で、1958年に科学誌Scientific American≠ノ掲載されたものだ。すでに半世紀が経過しているが、今日ではとてもできない実験である。それは動物虐待として問題になるに違いないからだ。はじめに Brady は椅子に固定された猿にレバーを押す反応を条件付けた。その上で、電気ショックを20秒ごとに与え続ける実験を始めた。その際に、レバーを押せばショックを回避できるようにした。それはすでに身につけていた行動である。こうした実験を進めた結果、多くの猿が胃潰瘍で死んでしまう。そんなわけで、実験は中止されるが、Bradyは 別の条件で実験を続ける。今度は1度に2匹の猿を使うのである。そのうちの1匹はexecutive monkey≠ニ呼ばれた。わが国でもよく聞かれるようになったCEOはChief Executive Officer≠ナ最高経営責任者≠ニ訳されている。Chief≠ニいうわけで会長や社長に当たる重役たちである。それにしても、アメリカでCEOと言い出すと、これがすぐに輸入される。私のような経済や経営の素人には、その有用性はわからないが、何でもかんでもアメリカのまねでもなかろうと思うのですが。
マニュアルの電子化(09/04/08 水-2235)
 
電子辞書の能力を考えると、世の中にある文書の多くが1つのパッケージに収まるはずだ。そこでふと規則やマニュアルのことが頭に浮かんだ。多くの組織にとって、安全を守り事故を防ぐことは最重要の課題である。しかし、システムが複雑化すればするほどマニュアルやルールも増えてくる。その結果、それがきちんと守られているかどうかをチェックする項目もまた多くなる。そのチェックや分析、報告を書類で行うとなれば、これに要する時間が幾何級数的に増加する。こうした時間をどうにかできないかと思う。また現場では、何かが起きてもその場でマニュアルや規則を確認することはむずかしい。大きな組織、成長した組織では、それらは相当に厚くて重くなっていると思われる。それを気軽に持ち歩くことはできないのである。そこで、それらこそ電子化してはどうなのだろうと思う。現在の能力を考えると、大きな組織のものでも、すべてを組み込んだものができるはずだ。内容の修正やバージョンアップが多いというのならSDメモリーなどを使えばいい。この種のメモリー容量はすでに32ギガのものまであるから不足はないだろう。電子辞書よりも検索機能や音声機能を充実させれば、現場では大いに役立つと思う。また、昔の内線電話に代わってPHSを導入している組織も多い。画面もワンセグのテレビが見えるほど大きく精細になっている。これを使って緊急連絡情報を流すのも簡単にできそうだ。また音声で検索語を入れれば、該当する情報が直ちに出てくる。そんな方法もきっとできると思う。いや、ひょっとしたら私が知らないだけで、すでにこの線で実用化しているところがあるかもしれない。ご存じの方がいらっしゃれば、お手数ながら教えていただきたい。
遊び≠フ喪失(09/04/07 火-2234)
 
辞書が何冊分も電子化されて新書程度のサイズになる。驚くべき進化である。もちろん、この世の中に100点満点のものはない。三省堂のコンサイスとはお別れしたが、紙を使った辞書もすばらしい特徴を持っていた。その一番のポイントは遊び≠フ可能性だ。誰もが気づいていることだが、辞書≠ヘ目的の単語以外のことばにも目が移る。本来の目的を達したあとで、いや場合によっては探している単語を見つけた瞬間に、他のものを先に読んでしまうことさえあった。それからことばの旅へ出かけたりするのである。その可能性はきわめて低いが、辞書の間違いにまで気づくこともある。この楽しみは辞書に限らない。もっと情報量の多い百科事典などはさらに夢を広げてくれる。松本清張が西郷札≠書いたきっかけも、あることを百科事典で探していたときにふと目に入った項目だったという。これが電卓辞書となるとそうはいかない。ディスプレイ部分が大きくなって一度に見える情報量は増えたが、余計な部分≠ワで見せることはない。その点では間違いなく効率的である。それが情報過多で多忙な現代の生き方に合っているといえばその通りだろう。つまりは遊びがないのである。平凡社といえば百科事典の本家本元だったが、もう本屋さんでも百科事典は置いていないだろう。これは海外のいわゆるencyclopedia≠ナも事情は同じようだ。最近はみんなが書き加えていくという新発想のWikipedia≠ェ影響力を増している。紙の英語辞書は使いこなしているうちに、単語のイニシャルを見てそれが載っているあたりを開けることができるようになっていく。その進化も自分の力が付いてきたことを感じさせるサインになった。電子辞書ではそんな楽しみは味わえない。
サムライ魂(09/04/06 月A-2233)
 
自分の正直な気持ちを出すか出さないか。これは文化によっても大いに違っている。私が小学生のころ、その違いの大きさにいつも驚いていたことがある。それは相撲取りとボクシング選手の反応の違いである。とくに昔の関取たちはいつも控え目だった。一生懸命がんばります∞勝ったのは運がよかったからだと思います∞もうどうなったのか覚えていません=c。これに対してアメリカのボクシング選手は攻撃的だった。とくにヘビー級のチャンピオンとして名をはせたカシアス・クレイは、その攻撃的な発言でも知られていた。いわゆる大口をたたくビッグマウス≠フ元祖といっていいだろう。ベトナム戦争への兵役拒否でヘビー級のタイトルを剥奪されるといったこともあった。後にはイスラム教に改宗してモハメド・アリと改名し、今ではこちらの方が知られている。とにかく試合までのインタビューでも歯をむいて相手を威嚇、罵倒する。俺こそがチャンピオン∞首の骨を折ってやる≠ニいった口調だ。もちろんプロだから大いなる演出もあるだろうが、それにしてもすごい剣幕だった。このごろは相撲のガッツポーズなどが問題になっているが、それでもまだまだ控え目な文化は変わっていない。イチローがベースボールの発祥地アメリカで冷静な態度を維持するのは、まさにサムライ″ーの発揮ということになるだろうか。たしかに、嬉しいことがあったら正直に表現すればいい≠ニいう考え方もある。自分の感情を抑え込みすぎるのは不健康だ。だから、それはそれでいい。しかし、そこに相手がいる場合には、その気持を思いやることも大事にしたい。本人がはしゃぎ回らなくても、しっかり仕事をすれば、まわりの人たちは正当に評価してくれるはずである。
辞書との別れ(09/04/06 月@-2232)
 
オーストラリアの病院で、電子辞書が思わぬ活躍をした。家内が体調を崩して診察を受けた際に、お医者さんの言うことばの中に理解できないものが出てくる。そこで電子辞書にキーワードを入れてもらう。すると直ちにその日本語訳が現れるのだ。これが大助かりだったことは言うまでもない。いや、このときほど電卓辞書の力を感じたことはなかった。たとえば尿≠ヘurine≠ニいうことも、そのとき初めて知った。この劇的な体験をして以来、私にとって電子辞書はなくてはならないものとなった。新しい年度を迎えた。子年生まれの多くの人たちが定年を迎えたはずである。まことにありがたいことだが、私が勤める熊本大学は65歳まで仕事ができる。しかし、それでもあと5年を切ったわけで、そのことを意識して少しずつ残務整理≠している。ギリギリになって慌てたくないからだ。そうした状況の中で、先月には三省堂のコンサイス英和辞典≠処分した。表紙裏には1969年12月29日と書かれていた。大学3年生のときに佐世保の本屋さんで買ったものである。父が転勤で武雄市に住んでおり、最寄りの大きな街が佐世保だった。かなりお世話になった辞書だが、ふと気づくと本棚の中にひっそりと立っていた。もうこの10年ほどは使っていなかった。いわばお役ご免になっていたわけで、ときどき私の目の中に入てはいた。それなりに使い込んだものだから、すぐにさよなら≠ニは言えなかった。辞書を派遣切り≠フ対象にしてはバチが当たる。しかし、それでも自分が使ったものは自分でけじめをつけておかないとまずい。急に私がいなくなったりしたら、残された者は整理に困るのである。そこで、大いなる感謝の気持ちを込めてコンサイスに別れを告げた…。
イチローの胃潰瘍(09/04/05 日A-2231)
 
イチロー選手が胃潰瘍で開幕試合に出られなくなったそうだ。体調が悪くて診察を受けたところ胃から出血していたという。渡米以来はじめて故障者リストに登録されたという。こうなると8試合は出場できないらしい。今年は9年連続の200本安打という前人未踏の記録がかかっている。8試合だと35〜40打席のマイナスになる。これが終盤ギリギリのところで悪い方に効いてこなければいいがと思う。WBCの緊張がストレスになって胃にダメージを与えたというのがマスコミの見方である。まあ素人でもそう思う。体に出る症状の原因はいろいろあるから、WBCだけのものだとは断定できないかもしれない。しかし時間的なことも考えれば、あの影響は大きかったに違いない。とくに今回は、はじめから絶不調の状態が続いた。最後の最後に決勝点のヒットを打ったから結果としてはバランスをとったが、やはり相当のストレスになっていただろう。あの冷静に見えるイチローでも胃潰瘍になるのである。まことに不謹慎かつ本人には申し訳ないが、一般ピープルとしては、このニュースを聞いて妙に安心したりもする。たしかにイチローは冷静で、大きな記録を打ち立てたときも、ほとんど表情を変えることがない。それこそ、イチローのガッツポーズ℃pを見た人などいないだろう。あれはチチロー≠ニも言われたお父さんの影響らしい。野球のような相手があるスポーツでは、自分が記録を達成した≠ニき、その記録を達成された℃メが必ずいる。こちらは気分がよくても、相手の方は悔しかったり、うちひしがれているのである。そうした相手の気持ちを推し量り、自分だけが有頂天になってはいけない。そんな教育を受けたのだという。いやあ、なかなかのものだと思う。
オーストラリアと電卓辞書(09/04/05 日@-2230)
 
オーストラリアに6ヶ月も出かけるのに英語辞書を持って行かないと決めた。もちろん、辞書なしで不自由しないなんて考えられない。そうかと言って、やたらと大きな辞書は重いだけで持ち運びが大変である。あとでわかったことだけれど、先方の大学図書館には英和辞典も和英辞典もちゃんとあった。当然と言えば当然のことである。もちろん図書館の書籍だから自宅に持ち帰って使うことはできなかった。ともあれ、私は辞書の代わりに電子辞書を持って行ったのである。今から10年以上も前のことだから、そのレベルはかなり低かった。それでも広辞苑≠ェ入っている程度のものではあった。ようやく電卓℃ォ書から脱皮して電子℃ォ書に進化したところだった。そして結果として、これで6ヶ月間をオーストラリアで過ごすことができたのである。その中でも予期しないところで役立ったことがある。それは単身で赴任していた私のところに家内がやってきたときのことである。夜中に体の不調を訴えたため病院に連れて行った。こちらと同じで裏側の救急患者用の入り口から入った。診察室ではお医者さんから体調についていろいろ聞かれることになる。とりあえず仕事に関するものであれば、それなりに単語も知っているから会話は成り立つ。ところが普段の体調に関わる内容になると、子どもでも知っているような単語がわからないのである。英語のニュースは理解できても、お笑い番組や公園で遊んでいる子どもたちの会話が聞き取れない。そんな体験が何度もあった。ともあれ、外出する際は電子辞書を携帯していた。もちろん、家内を病院に連れていったときもバッグに入れていた。そこでお医者さんの言うことがわからないと電子辞書のキーを叩いてもらうのである。
電子辞書(09/04/04 土-2229)
 
法律は増える一方なので六法全書≠煬くなるばかりである。現代はなんと言っても電子時代だ。広辞苑≠竍大辞林≠ニいった大きな辞典が電子辞書に入っている。それどころではない、漢和辞典≠竍英和・英英≠ヘもちろん、家庭の医学≠ネども併せて1台という触れ込みだ。ついに百科事典≠ワで搭載されているのが常識にすらなってきた。そんなに多量の情報を載せていても、サイズは文庫版ほどだから驚いてしまう。そんなことだから六法全書≠セって1個の電子辞書になっているはずである。そう思ってインターネットで検索したら、あるはあるはという感じだ。いまや情報に関しては、良貨も悪貨≠熈味噌も糞≠焉Aとにかく何でもありの状態なのである。だからこそ、使う側も、それを活用する力を持っていないとまずいことになる。そんな中で、深刻な問題も起きている。裏サイト≠ノ関わる犯罪などはその代表である。ところで、私自身は電子辞書が世に出たころから使っている。はじめて手にしたのは、液晶に1行の訳が出るだけのものだった。もう20年近く前になるのではないか。今はどうか知らないが、当初は SEIKO社のものががんばっていたと思う。そのうち液晶部分の密度が高まり、表示行数も増えていった。最初に広辞苑≠ェ入ったと聞いたときにはびっくりした。そうした状況の中で、私はオーストラリアで6ヶ月を過ごすことになった。滞在先は西海岸にあるパースという町である。それは1996年のことだからすでに13年も前になってしまった。いつものことながら振り返るときの年月は過ぎるのが早い…。ところで、オーストラリアに出かける際に私はひとつの決断をした。それは英和辞典を持って行かないということである。
六つの法典(09/04/03 金-2228)
 
法治国家≠ナは法律が前提にしていないことは罪に問えない。国民すべての行為に法律で対応しようというのだから大変だ。そんなわけで、法律は増え続ける一方である。そして、ひとつの法律ができたり既存のものに変更が加えられたりするごとに、それに関連する法律にも手を加えければならない。こうした仕事をしているのが内閣法制局なる組織である。名称から察すると、ここではあくまで内閣が提出する法案を対象にしているのだろう。法律は国会議員が提起するいわゆる議員立法というものもある。こちらの内容的なチェックはどこがするのだろうか。それはともあれ、法制局のような専門集団であっても見落としがあるようだ。その具体的な事例を挙げることはできないが、そうした問題が起きたということを聞いた記憶がある。それが新聞だったかテレビだったか、はっきり覚えてはいない。もし、そんな事実は金輪際ないということであれば、この発言はいつでも取り消すつもりだがいかがだろうか。いずれにしても、法律は増殖し続けるから六法全書もどんどん厚くなっていく。ところで六法全書≠ナいう六法≠ヘ文字通り6つの法典を指している。法学部の学生なら常識だろうが、一般人ですべてを挙げることができる人はどのくらいいるだろうか。もちろん、私とてえーっと≠ニいって指折り数えると、憲法∞民法∞刑法≠ュらいは頭に浮かぶ。そうそう商法≠ニいうのもあったなあと思う。そして、言われてみれば刑事訴訟法≠竍民事訴訟法≠ネんてのも聞いたことがある。細かい内容はさておいて、たしかに6つである。ともあれ、国会は国の唯一の立法機関(憲法41条)であるから、そこでひっきりなしに法律ができ、改正が行われている。
法治国家(09/04/02 木-2227)
 
人間にとって法律はない方がいい。法律や決まりなしで平和で安心な生活を送ることができれば、それが一番である。しかし、人間の数が増えていくとそうもいかなくなる。それでも神のような権力者が世の中をコントロールしているときは、その意志が絶対的な基準になる。仮に過去に言ったことと矛盾することをしても、それが合理化され、正当化される。おかしいと思っても、誰も文句を言えない。なぜなら権力者が武力を含む絶大な力を持っているからである。下手に対抗すれば最悪の場合は命を奪われる。そこまで行かなくても自由を失ったり、まともな生活ができなくなったりする。それを考えると、不満はあっても我慢してしまう。権力者が法律そのものだったのである。こうして世の中はなかなか変わらない。そんな長い歴史の中から、弱い立場にある民衆の力を尊重する知恵が生まれてきた。現実にはいろいろな問題を抱えてはいるが、選挙という道具も発明された。また国に関することはすべて法律で決めるという法治国家≠ニいう考え方も生まれた。もちろんそれは形だけで、実質的には権力者が支配している事例はいくらでもある。ともあれ、とにかく国民のあらゆる行為を法律的に考えるのが現代国家の常識なのである。だから私的な解釈で人を罰したり復讐してはいけないのだ。それは私刑≠ニ呼ばれ法律で禁止されている。英語ではlynch≠セが、これは殺す≠アとまで含まれている(ジーニアス英和)。その由来はアメリカの独立戦争時代に遡る。治安判事だったCharles Lynchが法律によらずに人々を処罰したのである。この際に群衆が関わっていることもポイントになっている。それにしても、こうした内容で名前が残るのもどうなんでしょうね。
大関の責任(09/04/01 水-2226)
 
大関魁皇もすごくがんばっている。彼は千代大海と同じ九州出身だ。しかも福岡だから一応は私と同郷でもある。だからしっかり応援したい。そうなのではあるが、いやそうであるだけに、またきつい文句を言いたくなるのである。千代大海がカド番13回目を迎えるらしいが、魁皇もかなりの数ではないかと思う。そして、この点が問題なのだ。魁皇自身は相撲が大好きで、命つきるまで相撲をとっていたいという。そのこと自身はすばらしい気持だと思う。どんな世界でも限界が来る前にスパッと退く人がいる。それが美学だと評価する人もいる。もちろん、それもすばらしい。私なんぞも還暦の峠を越え、この先どうなるかわからない。しかし、いわゆる引き際≠ヘきれいな方が格好いいと思っている。世の中には口だけそう言って、相当に粘り腰の人があっちこっちで見かけるけれど…。ともあれ生涯一捕手の野村氏もいるし、しっかり相撲を取りたいという気持は大事にしてほしい。ただし、それが大関という責任ある地位のままでいいのかとなると、大いに疑問を感じるのである。とにかく大関は歴史的には実質上のトップであり、強くないといけないのだ。それもいわゆるカド番が1回とか2回までなら、そこに至るまでの努力を評価することにしよう。しかし、仏の顔も三度≠ニいうではないか。カド番も度重なってくるといい加減にしてよ≠ニ言いたくもなる。自分の気持ちと社会的な責任とを区別しないといけないこともあるのだ。それにしても、大関が5人もいるのに1人も優勝に絡んでいない。そうした状況を見れば、誰だって問題だと叫びたくなるのではないか。しかし相撲はまだいい方だろうか。世の中には、責任があっても退かない人がけっこういるのよね。