安全運動と歯磨き(09/01/31 土-2161)
ある企業で品質管理を担当されている方とお話をしていた。組織における安全の向上と維持は最も重要なターゲットである。そのために様々な試みを展開されているわけだ。お話をしている中でこんな発言をされた。ミスや事故をなくすため全力を挙げて取り組んでいます。ところが、ときどき従業員から「これっていつまでやるんですか」といった質問を受けることがあります。これには参ってしまうのですが、うまく納得してもらうためのアドバイスはありませんか…=B朝から晩まで安全を目指して必死にがんばっていらっしゃることを考えると、ガックリされることでしょう。そのお気持ちわかります。ともあれ、ご質問を受けた形になったのだが、そのとき私の頭にはポッと歯磨き≠フことが浮かんできた。そんなときは「あなたはいつまで歯磨を続けますか」と聞いてみたらどうでしょう…=Bとまあこんなことを言ってしまったのだが、みなさんはどうお考えだろうか。最近は虫歯になる心配もなってきましたから、歯磨きは止めました≠ネんて人はいるわけがない。組織における安全運動を日常の歯磨きと同列に並べるのはどうかと思われる方がいらっしゃるかもしれない。しかし、ここでちょっとだけお耳をお貸しいただければと思う。歯磨きについては生きている限り続けることに疑問を持っている人はいないだろう。もちろん重篤な病気で入院し、最終的には不幸にしてこの世とお別れとなれば、いのち絶える瞬間まで歯磨き≠ニいうわけにはいかない。しかし、とりあえず歯磨きは死ぬまで続けるものだ≠ニいっても青筋を立てて反論する人はいないだろう。歯磨きはそれほど定着している。だから、私の身の回りには歯を磨かない人なんて1人だっていない。 |
させる≠フ心(09/01/30 金-2160)
ことば≠ヘ行動≠ニ密接な関係を持っている。揉み手、擦り手にニコニコ顔で何だって、この野郎ーっ≠ネどという人はいない。ことばが威圧的だけでなく、首には青筋を立て、怒髪天を衝く迫力で怒鳴りあげるのである。えーっ、そりゃあないんじゃないのおー≠ニいう言い方もある。そんなときは困惑した顔をしたり驚いた様子を見せる。少しばかり笑みを漂わせながらやれやれ≠ニいう表情をすることもある。そこには相手を縮み上がらせようといった雰囲気は感じられない。ことばと行動や態度は対応しているのである。だから、ことばをたくさん知っていると、それに応じた多様な行動ができるのである。そんなわけで、相手を心から尊敬していれば、それにふさわしいことばを使う。これが態度や気持ち→ことば≠フ流れである。しかし、相手を大事にすることばを使っていれば、それに対応した行動もできるようになる。これはことば→行動や態度・気持ち≠フ流れだ。そんなわけで、若年性認知症の患者に計算課題をさせる≠ニいった指導員のことばには、うーん≠ニうなってしまった。これについては本コラム26日Aをご覧ください。少なくともしてもらう≠ュらいの気持ちでいてほしいと思う。たしかにしていただく≠ニまでいう必要はないが、させる≠ヘ明らかにこちらが上位にあることを前提にしている。もう少し言うなら、心の端っこに相手を尊重していない感情があるのではないかと勘ぐってしまうのである。そんな気持ちで接していれば、その隠された感情が相手に伝わることになる。教師の間では、子どもたちと共に育つという共育≠フ気持ちが大事だと言われている。これから先、お互いに尊敬しながら生きていきたいものです。 |
ことば≠ゥら行動≠ヨ(09/01/29 木-2159)
私ははじめに行動ありき。そのあとでことばが生まれた≠ニ大雑把な表現をしている。ことばは声を出して発せられるものに限られない。ことばはものごとを考える基礎である。だからあることを考えた瞬間にことば≠ェある。あるいはことばを使っている≠アとになる。声帯が振動して声として伝わるものだけがことばではないのだ。それどころか、人間は話す時間よりも考えている時間の方がはるかに長い。私としては、声帯から出る音声も含めたことば≠謔閧燻條ヤ的には行動≠フ方が先にあったということさえ確認できればいいのである。ともあれ、まずは自分たちの感情や意志を伝える道具としてことばが発達していった。そして危ないぞ≠ニか獲物がいたぞ≠ニいった生きるために欠かせない情報の精度がことばによって上がったはずだ。こうして自分の体に生じた気持ちや意志を伝えるだけでなく、人間の行動を引き出す情報手段として、ことばは欠かせないものになった。意志や感情を表現する道具としてのことばが行動を制御する力を付けていったのである。行動→ことば≠ゥらことば→行動≠ヨと逆流する現象も生じたわけだ。こうしてことばが人間の意志や感情、行動に大きな影響を与えるようになった。気持ちが落ち着いているから冷静な言葉遣いができる。これはひとつの事実である。しかし、それとともに、冷静な言葉遣いをすることによって気持ちの方が落ち着いてくるという現象も起きるのである。不愉快なことがあったこき、このバカ野郎ーっ≠ニ叫ぶと、そのことばにつられて行動も爆発してしまう。これに対して、いやあ、まいったまいった。そんなバカなーっ≠ネどと言って相手をいなすこともできる。そのときは態度も柔らかくなる。 |
行動≠ゥらことば≠ヨ(09/01/28 水-2158)
ことばと行動の関係は繰り返し話題にしてきた。それは今後も変わることはない。ことばと行動が出現した前後関係ははっきりしている。単細胞の生き物からはじまって人間に進化していく過程の中で、ありとあらゆる行動が蓄積されてきた。そしてダーウィン的には、環境に適応できない行動は自然淘汰されていく。そうした試練を受けながらうまく生き残った生き物の末裔として人類も生まれてきた。はじめは生きるための行動があったことは間違いない。そうでなければ地球上で存続できない。そしていつのころからか声帯なるものがのどの辺りにできた。その歴史的な経緯や存在意義は専門家に聞くしかない。しかし、とにかくうぉーっ≠ニかうーっ≠ニいった音を発することが可能になった。アフリカの草原ではライオンが吠え、猿が叫び、鳥たちがさえずる。人間に達する前に動物たちはすでに声帯≠獲得していた。それは敵を威嚇することにも、異性に対する愛のささやきにも使われていく。ときには歓喜を表現し痛みを訴えることもある。さらに進んで、声は獲物を見つけたり敵に遭遇したときの情報を伝達する道具になった。それはもう単なる音声≠ナはなく信号≠ナある。つまりはことば≠ノ近づいたのだ。そして人間の場合にはあー≠セのいー≠セのと言っているうちに、あいうえお≠ェ生まれた。というのはでっち上げだけれど、人類はことば≠ニいうコミュニケーションの道具を完成させていったのである。そして、その過程の中で逆に声帯の方に変化が引き起こされた。さらに、ひとたびことばの基礎が出来上がると、それは幾何級数的に進化していったと思われる。そんなわけで、はじめに行動があって、そのあとでことばが生まれたのである。 |
教育はゼニになる?(09/01/27 火-2157)
オバマ氏が就学前の教育に100億ドルの予算を使うと宣言していたことをご存じですか。このごろは円高だけれど、日本円にしてほぼ1兆円ですよ。この情報はNew
York Times≠フ12月28日号(日曜版)に掲載されていた。そもそも国の政策の中で教育を軽んじるところは弱体化するに決まっている。別の言い方をすれば、自分たちの将来をきちんと考える国は教育を大事にする。たとえ自分たちを犠牲にしても子どもたちに投資する。それが健全な国のすることである。わが国でも明治の先人は素晴らしい決断をした。民衆の間では働き手を奪われる学校制度などには反対が多かったと思う。しかし、それにもかかわらず、明治政府は断固として義務教育を導入した。その成果が今の日本を創り上げているのではないか。富国強兵、殖産産業とならんで、それを実現するために教育の振興は欠かせないものだった。もちろん、その結果として敗戦という未曾有の悲劇ももたらした。しかし、その後の奇跡と言われた復興の基礎には、それまでの教育の力が効いたはずである。いわゆる識字率の高さなどは群を抜いていたのではないか。教育は金にならない≠ネんて言う人もいる。ひょっとしたら政治家たちも票にも繋がらない≠ニ考えているのかもしれない。世の中で責任ある人たちは、もっと長期的な展望でものを見てほしいものだ。明治の学校制度の導入が、少なくとも経済大国などと自称している今を創り上げたのである。まさに、教育は銭(ゼニ)になっている≠ナはないか。目先の金儲け≠ホかりを考えるから、教育は金にならない≠ネんて誤った発想に捕らわれてしまうのである。いずれにしても、自分たちの子どもを大事にしない国は、いずれ滅びるに決まっている。 |
ことば≠ニこころ(09/01/26 月A-2156)1月13日A2141の続き。
テレビで若年性認知症≠フ番組を観てから書きはじめていたものがまだ終わっていなかった。ともあれ私も昨年に還暦を迎えた。もう峠を越えて下り坂である。いわゆる高齢者の仲間入りをしつつある。そんな状況だから認知症≠ノ関わる番組は家内と一緒に大いなる関心を持って観たのである。もう2年近く前になるだろう、明日の記憶≠ニいう映画も観に行ったことも思い出す。ただし一緒に観たのは最初の部分だけだった。その日は仕事があって、番組の途中で自分の部屋に入ったのである。書斎というにはほど遠いが、一応は私の部屋らしきものがあるんです、はい。そこで仕事をしながら気になるテレビのスイッチを入れた。典型的なながら¢ーである。しばらく経過して、認知症の男性が足し算のドリルをしている場面が出てきた。その横で女性の指導員が課題の進行度合いを見守っていた。その作業が終わった後で指導員に対するインタビューが挿入された。ものの5秒にも達しないほどの短いコメントだった。しかし、私はその発言を聞いてがっくりした。聞き流しのような状況だったから正確なメモはない。はっきりしているのは、その女性が計算などの課題をさせる≠ニいうことばを使ったことだ。それが患者本人に望ましい効果があるといった類の表現をしたのである。私はこれを聞いてこりゃあ指導員としてはだめだ≠ニ思った。もちろん私は発言の趣旨そのものに反応したのではない。させる≠ニいう1語が私を刺激したのである。ことば≠ヘこころ≠反映する。させる≠ニいう表現を使うときは、発言者の方が上位にあることを前提にしている。たしかに状況はそうなのである。しかし、いやだからこそ、ことばにこころを使ってほしいのである。 |
語順は忠実に(09/01/26 月@-2155)
先日は大学入試センター試験の監督をした。だからというわけではないが、ここで英文和訳の問題をお出ししよう。次の英文を訳しなさい。I shall
faithfully execute the offife of President of the United States. わたしは合衆国大統領の任務を忠実に遂行します。英語の専門家でない私の解答としては、これで○をもらえるだろう。それではもう1題。
I shall execute the offife of President of the United States faithfully.
私は忠実に合衆国大統領の任務を遂行します≠ゥなあ。ご存じの方が多いと思うけれど、オバマ氏の大統領就任式における宣誓で語順に誤りがあった。連邦議会議事堂前で最高裁長官に従いながら宣誓文を繰り返す例の儀式でのことだ。本来はfaithfully
execute≠ニなっているのを長官がミスって、faithfully≠文末に持ってきてしまった。それに対してオバマ氏はえーっ≠ニ思ったのだろう、瞬間的に言いよどんだが、長官の言ったまま復唱した。この宣誓文はアメリカ合衆国憲法に規定されているのだそうで、その忠実な$髏セが求められるというわけだ。そこでオバマ氏は本当に大統領になったと言えるのか≠ニいった議論が出てきたらしい。そのため、ホワイトハウスで宣誓のやり直しをしたという。いやはや世紀の晴れ舞台で、最高裁長官も緊張してしまったのだろう。鯱張った形式よりも実践を大事にする自由の国、アメリカ。いつもはそんな印象を与えるアメリカだけれど、さすがに大統領の宣誓ともなれば、形式にこだわるんですね。これもまた歴史に残ることでしょう。ところで2つの文はどう違うか。faithfully≠ェexecute≠ノ直接かかった方が、本気でやります≠ニいう感じが強くなるような気はしますね。 |
ミドルネーム(09/01/25 日A-2154)
アメリカにとっては新しい時代の始まりである。私個人もアメリカの大統領に黒人あるいは女性がなるのと、わが国の総理大臣に女性が就任するのはどちらが早いかについて関心を持っていた。ひょっとしたら女性総理の方が早いかも知れないと期待したこともあったが、その夢はあえなく潰えた。しかも、このごろの様子だともうすぐともいかない感じだ。それにしてもCNNによれば、支持率が80%を超えたという。どこかの国の責任者にはうらやましい限りの数値だろう。しかし、そんな中でいかにもひねくれ根性が頭をもたげてくる。この高い数値が今後どのような経緯で低くなっていくのか。それをフォローしてみたいと思う。それはそうと、オバマ氏はバラク.H.オバマ≠ナある。この真ん中にあるHはミドルネームの頭文字だ。日本人の場合は、名前は姓={名≠ナ構成されている。これに対して英語圏などではミドルネームが付けられることが多いようだ。そこには旧姓や母方の姓を入れるなど、とにかく様々な事例があるらしい。ついこの前までの大統領は、George Walker Bush だし、その前は William Jefferson Clinton である。そして、William は愛称としてBill と呼ぶ。これまたおもしろい習慣である。Robert はBob、Elizabeth はBetty、Katherine は Kate などなど、じつにいろいろだ。ところでオバマ氏の場合は Barack Hussein Obama U である。ミドルネームはどこかで聞いたことがある名前だ。もちろん、それでどうということもないけれど、アメリカにとっては因縁の人物と同じである。就任の際の公式アナウンスではBarack H Obama ≠ニ呼んでいた。こんなときは、省略なしで紹介するのではないかと思うのだが、どうなんでしょうねえ。 |
年賀は永遠?(09/01/25 日@-2153)
お年玉付きはがき≠ナ切手だって当たればいいではないかと言われれば、まあそれだけのことではある。それにムキになってそれこそが問題なんだあ≠ニ反論する理由もない。しかし、あの切手は干支なんぞがデザインされているから、けっこう使い勝手が悪い。丑年になってからネズミの切手では何となく気が引ける。私が子どものころは切手収集が大ブームだった。その当時は当たり≠ノ限定されている年賀切手はそれなりの希少価値を持ったいた。しかし、切手ブームが去ってずいぶんと時間が経過した。とにかく当たって文句を言うこともないけれど、あの切手は使いづらい。それはそうと数年前のことだが、なんと1等が当たった友人がいた。もちろん60年ほどの人生ではじめて聞いた話だった。世の中にはそんな人もいるわけで、年賀はがきを交換する習慣はしっかり生き延びている。そしてとくに、廃止の声がわき起こることもない。こうした状況の中で、決まって年末に800字程度の書状をお送りいただく方がいらっしゃる。その年をふり返り、次の年を睨んだ堂々たる文章である。意地でも年賀はがきは出さないぞ=Bそんな気迫が伝わってくる。ところで、年賀はがきの宛名から本文まですべて印刷のみというものもある。お忙しいのだとは思うが、これってなんだろうなあと考えてしまう。やっぱり出しとかないとまずい≠ニ思いながら機械的にプリントされたのだろうか。それって、私の方が恐縮してしまう。私自身は少なくとも1文は自筆を加えることにしている。そうでないとあまりにも形式だけになってしまうと思うからだ。それともうひとつ困ってしまうのは郵便番号が書かれていないものだ。相手に番号を探させるようでは配慮不足と言われてしまいますね。 |
虚礼?(09/01/24 土-2152)
組織のリーダーはフォロワーである部下たちを信頼することが必要だ。しかし、下から上がってくる情報が無条件に正しいとは限らない。部下たちが意図的に情報をゆがめていなくても、結果として内容が誤っている可能性もある。自分に集まってくる情報の信頼性についてしっかり確認する姿勢を保つことが管理者には欠かせないのである。下から贈られてくる付け届け%Iな情報は、それをちゃんと見分けていないと、あっという間に裸の王様≠ノなる。それはともあれ、社会一般では虚礼廃止≠ニいったことばが流行したこともある。職場でも年賀状のやりとりはしないと明示しているところもあるようだ。そもそも年末まで顔を合わせて仕事をしておいて、1週間も経てば同じ職場で仕事始めをする。そんな仕事仲間同士で年賀状を交換するというのもおかしな話ではある。準備のいい人はクリスマス前までには書いてしまうらしい。そうなると隣の席で働いている人にあけましておめでとうございます。今年もよろしく≠ネんて書くのだからけっこう白々しい。それでも年賀状を出してくれれば日本郵便さんは大喜びだろう。それにしても、今年の年賀状は30億枚を超える売り上げだという。配達に特別の経費もかかるに違いないが、これほど大量に売れるのだから料金割引サービスだってあっていいと思う。そもそもお年玉くじなんてのがあるからいけない。そのために、あの赤い官製はがきでないとありがたがられないところがある。そこが日本郵便の狙いどころではあるのだろう。しかし、あのはがき、当たっても切手止まりがいいとこですね。これまでの長ーい人生の中では、家内が郷土特産セット≠フようなものを当てたことはあるけれど、まあその程度なんですね。 |
上昇志向(09/01/23 金-2151)15日の続き。
いつものように脇道に逸れていたが、年初から取り上げていた贈り物≠フ話に戻ろう。そもそもの発端は元日に書いた年賀状の話題からはじまっていた。それが赤穂浪士の忠臣蔵にまで突き進んでいたが、それも15日で止まっている。そのときは噂や密告≠熈贈り物≠ニしての性格を持っているという話にまで到達していた。こうした情報も下位から上位の者への付け届け%Iな意味合いがあるという話だ。たしかに子どものころよく見た時代劇では、頭を低くして恐れながら申し上げますが≠ネどと殿様にご注進する家来がよく出てきた。ただし、その多くは悪者だった。それにしても、ちょんまげを切ったくらいでは人の心は変わらないものである。現代にあっても、この手の情報はどうも上昇志向があるようだ。上位者としては自分にとってプラスの情報がくれば嬉しいことは間違いない。またそれを素直に喜ぶ気持ちも大事である。しかし職場の責任者は自分に伝えられる情報内容をしっかり吟味する必要がある。そもそも上の方には耳触りのいい情報が選択されて届く傾向がある。とくに権力をもっている者に取り入って、自分自身もその恩恵を被ろうという人間は少なくない。いわゆる取り巻きといわれる人々である。ここいらから発信される情報が責任者の判断を曇らせる。さらに心地いい情報に加えて、殿の放逐を狙っている不逞の輩がおります≠ネんて権力者にとってドキッとする不快な情報も昇ってくる。それが冷徹な粛清をもたらすなんてことは歴史を見れば珍しくも何ともない。組織の中ではこうした心のメカニズムが働くことを責任者はしっかり自覚しておく必要がある。下から上がってくる情報に一喜一憂しているだけでは現実を把握することはできない。 |
New Family?!(09/01/22 木-2150)
この数日間は、NHK女と男≠フ受け売りになった。私にとっては、それだけ中身が衝撃的だった。ここまで来たので、もう1回分だけ続けることにしよう。猿は乱婚で精子の競争が激しい。しかし、人間はひとりの男性の精子だけが女性の体内に入る。その精子の絶対数は相当の数になるとしても、所詮はお互いに兄弟みたいなものである。まさか譲り合いなんぞはしないにしても、他をけ落としてでも卵子にくっつくぞーという迫力に欠けるわけだ。少なくとも猿のように複数の個体から出た精子同士が戦うという迫力はないのである。まあ、何ともものすごい話ではある。だから人類が元気になるためには乱婚の方がいいと勘違いする人が出てくるんじゃあないかと心配になってきた…。それともうひとつ衝撃だったのは、現在の日本では想定しにくい家族が紹介されたことである。登場人物は6人。その構成は、まずは同性愛が2組で男性のA・Bさん、そして女性のC・Dさんがお互いにカップルになっている。このうちAさんの精子でCさんとDさんが妊娠して、それぞれの子どもを産んだ。EちゃんとFちゃんである。この6人がじつに楽しそうに生活しているのである。EちゃんとFちゃんにとって、お父さんはAさんである。ただし、母親は違っている。そしてそのお父さんは別の男の人と愛し合っているのである。そんな関係の中で、全員が普通の家族のように生活している。もう、何が何だかわからなくなってきた。その私の混乱ぶりが顔に出たのだろうか。授業でこの話をしたらいかにも否定的な評価をしているみたいですね≠ニ授業後のミニレポートに書かれていた。淡々と伝えたつもりだったが、学生にはそう見えたようだ。ともあれ正月早々からすごい番組を見た。 |
男性≠フ運命(09/01/21 水-2149)
さて、NHKの女と男≠ノよれば500万年後には男がいなくなる可能性があるという(第3回)。その大きな原因はY染色体が劣化していくからだそうな。しかも、そんなに長い時間を待つまでもなく、すでに現時点で大きな問題が起きているという。じつは現代人の精子が次第に元気を失っているのである。ヨーロッパでは男性の精子の数について経年比較が行われているらしい。その研究によると、この5年間ほどのデータでも明らかな数の減少が見られるという。これはきわめて短期間の変化であり、染色体の劣化だけでは説明できない。それとは別に環境など周りの状況が悪化しているためだと推測される。そう言えば、貝か何かのオスがメス化しているという記事を読んだ記憶がある。もうかなり以前のことだ。その際も排水に含まれる化学物質の影響だったか、とにかく環境変化が原因だと考えられていた。魚介類と比べれば人間は体が大きいから目に見える影響がすぐには出てこない。しかし精子レベルでの劣化は現実のものになっているのだ。こうした情報に加えて、番組では猿と人間の精子を比較した映像が目に飛び込んできた。猿の精子君たちは数も多く見るからに元気で飛び回っている。これに対して人間の精子は明らかに少数で、息絶え絶えとまではいかないものの一見して元気がない。そんな現実を目の当たりにしたあとで、その原因について衝撃的な解説を耳にすることになる。自然界に生きる猿は乱婚だという。メスは複数のオスと交尾するわけだ。そこでメスの体内には何頭かのオスの精子が入っていく。そこで1個の卵子に向かって激しい生存競争を始めるのである。その点、人間は一夫一妻制を取り入れた。したがって精子は特定の男性のものに限定される。 |
どっちがいいの…(09/01/20 火-2148)
NHK女と男≠フ3回目もなかなか刺激的だった。性科学の研究によれば、この世の中から男がいなくなると言うのである。その時期も500万年後かも知れないが、来週にそうなってもおかしくないのだそうな。まことに衝撃的な内容である。もっとも、科学理論はいつも仮説であることを頭に置いておきたい。森羅万象の力学を説明すると思われたニュートン物理学だって、相対性理論によって克服された。これが人間のことになるとその揺れはさらに激しい。アメリカでは、親は子どもが悪いことをするとお尻をたたいて厳しく教育する。物心つくと部屋を与えて独立心を育てる。これに対して日本ではおんぶに抱っこに子守歌≠ナ甘やかす。もっと距離を置いて育てなければ…。こんな話を私自身が子どものころに学校の先生から聞いた。それが当時における科学的研究の成果だったかどうかはわからない。だから彼我の間にそうした事実があったのかどうかを確かめる必要がある。ただ、一般的にはアメリカ的な子育て法が話題になったかと思うと、それでは愛情不足だという意見も聞かれるようになったりする。日本経済が調子のいいときには、アメリカ人たちが日本的経営を学べ≠ニ叫んだりもしたのである。そんな中で、小集団の力を活用するkaizen≠ネどは英語にすらなっている。Honcho(班長)≠烽オかりである。ただし、karoshi(過労死)≠ネんてのも辞書に含まれてしまった。しかし、それもわが国の経済が元気を失うとパッとしなくなった。とにかくそんならどっちがいいのかい≠ニ言いたくことが多いのである。そしてしまいにはどっちも行き過ぎはまずいのよ≠ニいった話に収まる。そんなわけで女と男≠フ内容もけっこう議論を呼ぶことだろう。 |
息子思いの父親(09/01/19 月-2147)
アメリカでは、脳の研究成果に基づいて男女を別々に指導する学校がある。NHKの女と男≠フ第2回目ではそんな教室風景が放映された。どこの国や地域でも、あらゆることについて様々な試みが行われる。そこに焦点を与えるのも報道の役割である。ただ、それがどのくらい定着しているのか、議論は起きていないのかといった情報もまた重要になる。放送された教育システムがアメリカの潮流にまでなっているのかどうかも確認したいところだ。ともあれ女と男≠ニいう番組では、少なくともそれを観た者には男女の違い≠ェ印象づけられた。こうした内容は男女共同参画社会≠フあり方にも改めて論議を呼ぶことになるだろう。それはそうと、新年早々から万引き犯を、捕まえてみれば女装趣味≠ネんて記事が踊っていた。それで苦笑していたら、今度は息子の変わりに父親が受験するという替え玉事件が報道されていた。こちらは大阪発である。医薬品に関する資格試験で、54歳の父親が20歳の息子に変わって受験したというのである。息子の顔写真を貼って志願票を出したらしく、受験時には写真に合わせてパーマをかけめがねを外していた。世の中には実際の年齢よりも若く見える人はいるが、さすがに34歳の差はバレバレだった。息子に資格を取らせたかったということで、本人には無断でやったのだそうな。女装趣味≠ヘ本人の好みだとしても、万引き趣味≠ヘ大いに困る。それと同じで、子どもを思う気持ち≠ヘ大事なことだけれど、替え玉受験≠ヘ犯罪である。どこかに勘違いがあるんですよね。私も17日と18日は大学入試センター試験の監督をした。時節柄マスクを付けている受験生が数人いた。写真照合のときは一瞬だけ外してもらって確認をした。 |
どきどきモンロー(09/01/18 日-2146)
NHKの女と男≠ノよれば、両親を結びつける力の大きな部分を放っておいては育たない子どもが占めている。そこで子どもがある程度育つまでは2人の愛情も続くというわけである。しかし、それもおよそ3年というのだから大いに注意が必要だ。その昔、7年目の浮気≠ニいう映画があった。かのマリリン・モンローが出演した映画で、地下鉄の通風口から吹き出す風でスカートが巻き上がるスチル写真がよく知られている。などと言っても、若者たちにはマリリン・モンロー自身を知らない人が多いのだろうなあ。モンローが亡くなったのは1962年だから、そのとき私はまだ中学生である。だから、私ですらよく知っているとは言えない世代ではある。しかし何と言っても中学生として、いわゆる思春期の真っ直中である。きわめて少ない機会ではあったが、ほとんど偶然に出会うモンローの写真は刺激的だった。今なら小学生だった笑うだろうが、映画のポスターにビキニ姿の女性が載っているのを横目で見ながらドキドキした時代である。われながら、なんともかわいいものです。さてさて、女と男<Vリーズの2回目では、男女の大脳反応にも違いがあることが明らかになったという話に進んでいった。こうした発見を踏まえて、アメリカではクラスを男女別に分けて教育する学校が出てきたという。この試みが現実にどの程度広がっているのかわからないが、これまた議論を呼ぶことだろう。今日では男女共同参画社会≠ヘ、少なくとも理念としてはほぼ常識になったと言えるだろう。ただし、それが実現している程度や課題については、じつに様々な議論がある。そもそも男女共同参画社会≠ニいうことばを頻繁に耳にすること自体が、それが定着していない証でもある。 |
女と男(09/01/17 土-2145)
女装が趣味だといって万引きまでされては困るが、この世の中には男と女に関わる話題は尽きない。つい先日はNHKで女と男≠ニいう番組があった。男と女≠ナはなく女と男≠ナある。この順番は、これまでの習慣的な言い回しとは違うとことを意識してのことだろう。このシリーズはもう1回あるようだ。よくあるように仕事をしながらチラチラ見た。だから細かい情報については曖昧なところもあるが、けっこう面白かった。そもそも4本足で生活していた時代にサヨナラして、人間は2本足で立つことになった。それに対応して、骨盤あたりの容積が狭くなり、それまでのような余裕がなくなってきた。その結果、赤ん坊が他の動物に比べて早く生まれることになる。相対的な早産である。たしかに馬などは生まれてすぐに歩き始める。人間はといえば、出産後しばらくは周りのサポートがなければ生きていけない。それも2日や3日といった短期間ではなく、数年がかりである。親から見れば一瞬たりとも放っておけないほどひ弱なのである。そこで両親が一緒に力を合わせて育てていくようになった。そのため、両親の温かい協力関係も続くのである。そこまではめでたしめでたしである。ところが、そうした情熱も3年くらいで冷めるんだそうな。そのくらいの時間が経てば、子どもが独り立ちとはいわないまでも、それなりに成長するからだという。その結果、男はまた流浪の旅に出る…。かどうかは知らないが、新たな配偶者を求めて離れていくというのだ。この世に人類が少ない間は、自分たちの仲間を増やすためにも、別の離れたところでまた配偶者を求めることが必要だったという解釈である。これはあくまで、人間が発生しはじめたころのお話ですので、念のため。 |
趣味はひとつに…(09/01/16 金-2144)
元日からすでに2週間が過ぎたので新年早々とは言えないかもしれないが、年の初めから相変わらずいろんなことが起きている。毎日新聞の12日付け社会面に万引きの記事が載っていた。池袋のデパートで毛抜きや女性用のニット帽を盗んだ犯人が捕まったというのである。単純な話だが、商品をコートのポケットに入れて女性トイレに入ったところを女性警備員に押さえられた。そこで2人は揉み合いになったが、犯人は56歳の警備員を投げ飛ばして逃走したという。ここまで読めんだところでは、よくある万引き事件である。ただ警備員を投げ飛ばしたことから推測すると、ちょっと力の強い犯人だという予想はできる。そのときはそのまま逃げられてしまうが、犯人は逃走の際にバッグを置き去りにしたのである。その中から携帯電話が見つかり、犯人はいとも簡単に特定される。これでめでたし、めでたしといいたいところだが、じつはこの先が驚きなのである。なんと犯人は55歳になる男性だったのだ。警備員とトイレで格闘したときにカツラも落としていったらしいから、警察には捕まえる前から男性だということがわかっていたのかもしれない。しかし、それにしても苦笑してしまう。万引きしたときは、長い髪のカツラにコート、高いヒールのブーツを履いていたという。どうりで女性警備員を投げ飛ばすほどの力があったはずである。その理由が頻繁に問題になっている盗撮かと思いきや、これがまた違うのである。捕まったときの言い訳が振るってる。女装は趣味。ばれるのが恥ずかしかった≠だそうな。まあ、女装の方は個人的な趣味だからいいとしても、万引きまで趣味では困ってしまう。それにしても人口1億2700万人の日本、いろんな人がいるもんですねえ。 |
贈答文化(09/01/15 木-2143)
忠臣蔵≠竍赤穂浪士≠ニいったタイトルの映画、あるいはテレビを観る限り、吉良上野介は悪役である。賄賂好きの上野介とゴマすりなどナンセンスと考える内匠頭の対決という設定である。ともあれ、松の廊下の刃傷事件と吉良邸への討ち入りそのものは史実だ。さらに浅野内匠頭が取り調べに際して個人的な遺恨があった≠ニ語ったことも記録にあるらしい。とにかく2人の間に何かがあったことは疑いない。しかし、贈り物の多寡、善し悪しが原因だという点に関しては、その真偽は定かではない。ところで、登場人物たちは実在したのだから、その子孫もいらっしゃる。もうかなり以前のことだが、浅野家と吉良家に関わる皆さんがお会いになったというニュースを見た記憶がある。あの歴史的事件が発生してから300年以上が経過している。両家が和解されたのだろう。私がこの話題を取り上げたのは、事件の根源に贈り物*竭閧ェあったとされていることである。日本人の間には贈答文化≠ニいうべきものがある。いやいやそれは日本に限ったことではない。昔は朝貢≠ニいうことばがあった。中国の皇帝に対して貢ぎ物をしたことからこんな言い回しになったのだろう。それに対して皇帝からも賜り物をもらったのである。その意味では贈答文化は日本固有の文化だとは言えない。それはそうとして、わが国ではお中元やお歳暮などは季節に対応した年中行事になっている。そして年賀状もそのひとつに含まれるだろう。社会心理学では噂や流言≠ノ関する研究がある。その中で、噂などは下から上に流れる傾向があるとされている。それは下位の者から上位に対する贈り物%I性格を持っているというわけだ。その内容も軽い噂話から深刻な密告までいろいろである。 |
新年の言い訳(09/01/14 水-2142)
新しい年を迎えて、またまた味な話の素≠書く気が強まった。ありがたいことに、あれやこれやと書きたいことが湧いてくる。私の仕事は人間ウォッチングそのものだから、世の中のニュースは何でもネタになる。もちろん、自分自身が朝から晩まで見聞きしたり実体験することもすべてが考える対象になってくれる。そんなわけで題材には困らない。しかし、それも程度問題である。なぜなら、今の私にはネタがあり過ぎなのだ。そこで、何から書いていいのか困惑してしまう。仕方がないから、あれやこれやと書いていく。結果として、あっちに飛んだりこっちに来たりと大忙しになる。書く方は気ままなのだが、読んでいただく方にとっては、あっちゃこっちゃで混乱する≠ニ思われるだろう。しかも、私の根源的な性癖として寄り道・脇道・脱線≠ェ大好きなのである。そんなわけで、休みの日になると同じ日に2回分を書いたりしてしまう。成人の日に繋がる3日間もゆったりした。われわれの場合は仕事は時と場所を問わない。したがってこの間もけっこう仕事をした。また、息子夫婦も遊びに来た。当然のことながら孫に遊んでもらった。これが精神衛生上まことによろしい。そんな中で3日とも味な話の素≠2本ずつ書いてしまった。しかも内容はばらばらで、読んでいただく方のことは考えずに…。成人の日には映画「怪人20面相・伝」を観に行った。じつに痛快で面白かった。もともと荒唐無稽な物語だ。それは承知の上だから、単純に面白ければいいのである。その意味ではA≠あげていい。とまあ、本日は新年を迎えての心境を書いただけになってしまいました。じつは、本コラムがあれやこれやと飛びまくっていることについて言い訳をしたかったんです。
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峠を越えて(09/01/13 火A-2141)2139の続き。
人生の山を登りはじめたからには、しっかり登っていきたい。もちろん疲れたときに一休みするのもいい。草の上に腰を下ろして登ってきた道をふり返るのもいい。少しでも高くなっていれば下の景色も十分に楽しめるだろう。中腹くらいになれば途中で滑り落ちそうになってヒヤッとしたことも思い出すだろう。そんな体験があれば、これから登る道筋にも大いなる力になる。もちろん、山登りは自然と対することである。それは厳しい試練も与える。先のことを完全に予測することは不可能である。ちゃんとした心構えはしているつもりでも、季節外れの大雪やそれに伴う雪崩に見舞われて大けがをしたり、最悪の場合には命を奪われることだってある…。そんな中で、私はといえば、ともあれ山の頂のようなところまで来た。ようやく峠に辿り着いたわけである。もちろん眺めはとてもいい。ときおり突然の雷雨にあったり、予想以上の風でしばらくじっとしていたこともある。しかし、全体としては雲に遮られたりしながらも、お天道様の日を背に受けてここまでやってきた。そして、峠を越えてからは下り坂に入ることになる。下りは登るよりも楽かといえばそうでもない。熊本県美里町に日本一と言われる3,333段の石段がある。まだ3,000段くらいまでしかできていなかったころ、家族でチャレンジした。小学生だった息子と娘はポンポンと登っていった。当時の私は40代前半だったと思うが、それはもう青息吐息だった。しかし、それでもとにかくラストまで到達したときはやったー≠ニ叫びたくなった。いや本当に叫んだかも知れない。ところがである。その後で階段を下りることになって大変なことが起きる。両足ともガクガクで、それこそ膝っ小僧が笑いまくるのである。 |
事件の原因(09/01/13 火@-2140)昨日 2138 の続き。
松の廊下の刃傷事件で切腹を余儀なくされた浅野内匠頭の部下たちが、吉良上野介宅に討ち入って仇をとった。ときは元禄15年12月14日のことである。赤穂の浪士は47人、そのトップが大石内蔵助であった。そもそもの事件は元禄14年3月14日に起きた。それから1年と9ヶ月後に、あの雪の中で大石内蔵助が山鹿流の陣太鼓をたたく忠臣蔵≠ェ終幕を迎えるのである。実際の服装や太鼓については脚色っぽいようだが、とにかく赤穂浪士≠フイメージとして定着している。事件の細かい原因については正確なところは伝わっていないようだ。とにかく浅野内匠頭が吉良に遺恨あり≠ニ語ったとされる。ただ、映画等では吉良上野介が浅野内匠頭に相当ないじわる≠したことになっている。ことのはじまりは将軍徳川綱吉が朝廷からの勅使を迎える儀式が予定され、その接待準備役に浅野内匠頭が指名されたことにある。このときは上皇からの使いもいて、それには伊予藩主伊達左京亮が当てられていた。この2人を指導する立場にあったのが吉良上野介だったのである。ところが、2人が吉良氏に贈った挨拶代わりの品に大きな差があった。これは指南料に当たるものだったかも知れない。ともあれ、伊達氏は黄金や絵画を贈ったが、浅野は鰹節2本だけだった。潔癖な浅野は賄賂のようなものを嫌ったとされる。これで吉良氏の2人に対する評価が変わった。もともと賄賂好きの吉良氏は鰹節2本にカチンと来たのである。そこで浅野氏には接待に関する正しい情報を与えずに、意図的に恥をかかせようとした。現代風にいえば、迎賓館での公式パーティにブレザーでノーネクタイが決まり≠ネんて教えたのだろう。とにかく、いろいろあって浅野の堪忍袋の緒が切れたのである。 |
山登り(09/01/12 月A-2139)本日の2本目。
つい数日前のことである。若年性認知症と戦う家族をテーマにした番組があった。私もすでに還暦の峠を越えた。これまでは山の斜面の登りだった。その間は背中にしっかりとお日様の光を浴びてきた。その光は雲で遮られることもあったし、ときには雨も降った。天候があまりにも激しいために、しばらくは前に進めないこともあった。道がわからなくなったこともある。そんな場合は、がむしゃらに前進するのは危険なことが多い。それでも前進してうまくいく人もいる。しかし、案の定と言うべきか、予想もしない断崖絶壁に出会って二進も三進も行かなくなることもある。山登りの素人なら、道がわからないときは思い切ってもとの道を戻った方が安全に違いない。冒険物語も面白いけれど、われわれの目的はあくまで山登りを楽しむことである。それにしても、そもそも登る山の高さや厳しさは個々人によって異なっている。あるいは同じ山だとしても、生来の体力に差があれば、山の顔だって違って見える。まあこの際は、人間の数だけ山があると考えた方がわかりやすい。最初の山は自分で選んだものではなく与えられたものだ。しかし、人によっては自らの意志で登る山を替える人がいてもいい。いや世の中を見ていると、そうした人たちが間違いなくいる。その選択の結果はいろいろだ。山を登り始めてから、あるいはかなり登った後になって、やっぱりこの山を登ってよかった≠ニ喜ぶこともあるだろう。もちろん、こんなはずじゃなかった。最初の山の方がよかった≠ニ後悔する可能性もある。そんなときも、山の頂がなくなったわけではない。少し冷静になって登る道を替えてみるのもいい。また、一見すると穏やかな傾斜の山のようでも、自然は厳しい試練を与える。 |
松の老化(09/01/12 月@-2138)
独擅場≠ニ独壇場≠ヘどちらでも通じる。世の中ではほとんどの人が独壇(だん)場≠使っていると思う。もともと手偏の擅≠ヘほしいまま、やりたいまま≠ニいう意味がある。だから、独擅(せん)場はその人ひとりだけで、思いのとおりの振る舞いができるような場面・分野=iスーパー大辞林)となる。歴史的にはこちらが先にあった。これに対して土偏の壇≠ヘ、まさに一段高いひな壇≠ニか演壇≠フことだ。文字通り一人舞台でほしいまま≠ニいう意味合いになる。そんなわけで独壇(だん)場≠ニ誤用されたのだという。歴史の裏話というほどではないが、ことばに纏わる情報はどれをとっても面白い。さて映画の話に戻ると、東映の正月映画は忠臣蔵≠ニ清水の次郎長≠ェ交代していた。その忠臣蔵では人情松の老化≠ェ有名だ。ああー、時代が変わったんですねえ。にんじょうまつのろうか≠ニ入れて変換したらこうなっちまいましたよ。ここは人情≠ナはなくて刃傷≠ネんです。人を刃物で傷つけること、刃物沙汰≠ニいう訳です。松の老化≠燒竭閧ナはありますね。全国の砂浜では松食い虫対策に大わらわでしょうから。それに、いまどきろうか≠ニ入力すれば老化≠ノなるのは当然でしょうね。しかし、ここは松の木が老化をしたのではなく松の廊下≠ネんです。江戸城の中に、松が描かれているキンキラキンの襖が並んでいる廊下があった。そこで、播磨国赤穂の藩主浅野内匠頭が典礼指南の吉良上野介に斬りつけたのである。元禄14年(1701)3月14日のことだ。内匠頭はその日のうちに切腹している。正月近くになると、今回は誰が浅野内匠頭になるか、吉良上野介は誰か、ということが映画界の話題になった。 |
娯楽の王様(09/01/11 日A-2137)本日の2本目は 1/6の続きです。
私が子どものころはテレビがなかったから、娯楽の王様は映画だった。映画館だけが動く映像≠提供できる唯一の施設だったのである。とくに正月と5月のゴールデンウィーク、そしてお盆は映画の独壇場だった。現在も使われているゴールデンウィーク≠ニいうことばそのものが映画界が作り出したコピーなのである。今のように指定席・オール入れ替え制などではないから、客を入れるだけ入れる。後ろの壁までぎっしりということもあった。子どもは上背がないから声だけ聞くことになる。そして天井にチラチラと反射するスクリーンのひかりが目に入る。ときおり大人たちの体の間からスクリーンのほんの一部が見えることもある…。そんな状況だった。だから、映画が終わると一斉に席取り合戦≠ェはじまる。とにかく入れ替えなし≠セから、全員が席を立つとは限らない。途中から見始めた人もいれば、なかにはもう一度≠ニ考える客だっていてもよかったのである。しかも、満員のときはそうでもなかったと思うが、みんなが座れるくらいの状態の時はタバコを吸っている者もいた。もちろんスクリーンの横や出入り口には禁煙≠示す灯りがついていた。しかし、実態としてはそれが十分に守られてはいなかった。映写機からスクリーンに走る光線の中をタバコの煙がゆらゆらと昇っていく。子どもの目には、それが映画の風物詩とすら思えていたほどである。昔は映画のフィルムが燃えやすく、それが原因で映画館が火事になることもあった。しかし、それに加えて客のタバコの不始末で火事になったこともあったと思う。ところで、またまた脱線するが独壇場(どくだんじょう)≠ヘ本当は独擅場(どくせんじょう)≠セったというお話、ご存じでしたか。 |
あるがままに…(09/01/11 日@-2136)
あるがままに…≠ニいうのはなかなかいい言葉だ。このところ映画に行くたびに予告編で聞いている。道元禅師を主人公にした「禅 ZEN」という映画で、もう公開されている。道元が鎌倉時代の禅僧で、曹洞宗の開祖だというくらいの知識は中学校あるいは高校の歴史で記憶≠オた。あの永平寺を開いたのも道元さんなのである。永平寺といえば昨年の金沢への還暦旅行で行き損なったところだ。金沢から列車で福井県の東尋坊へ行き、それから永平寺というコースを考えていた。ところが東尋坊までがけっこうな距離だった。その上、いつもと違う穏やかな表情だったが、東尋坊がなかなかいいところで、かなりの時間をとったのである。私自身は15年ほど前に来たことがあったが、家内は初めてだった。最初の時は10人くらいで来たことは憶えていたが、その場の雰囲気など細かいことは忘れていた。前よりも寂しくなっているような気がした。韓国語も盛んに聞こえたから、新しい顧客層を掴んだのだろうが、それも今の円高で厳しくなっているだろう。熊本に帰ってから穏やかな海の東尋坊≠ノ行った話をしたら、ある人から東尋坊は荒れていないと行ったことにはならんですバイ≠ニ笑われた。そのとたんにシラけてしまった。東尋坊は荒れているのが通り相場ですよね。そんな穏やかなときもあるんですか。それもまた面白そうですねえ…=Bまあ、そんな見え見えのことを言ってくれなくてもいいけれど、ものは言い様なんですよねえ…。ところで、東尋坊から帰りのバスだが、これにそのまま乗っていると永平寺に行くことになっていた。しかし、すでに夕刻が近づいていた。その日の最終目的地である山中温泉に向かわざるを得ないタイミングになっていたのである。 |
八百万の神(09/01/10 土-2135)
和英辞典には習合≠ヘ載っていなかった。この言葉は異なる2つ以上の教義などを折衷すること≠意味している(スーパー大辞林)。辞書にないのはそれだけ使用頻度が少ないということだろう。ともあれ、わが国では神も仏≠煦齒盾ノなれるのである。日本では古代から八百万の神≠ニいう発想があった。なにせ、神様は八百万≠烽「らっしゃるのである。世界中にはいろいろな宗教があるが、さすがに八百万≠ニいうのは珍しかろう。イスラエルとパレスチナ自治政府との紛争もキリスト教とイスラム教との対立である。あの9/11テロ≠烽オかり。いずれも唯一絶対の神を信仰するからお互いに相容れることがない。それが千年の時間を超えて続いている。しかもイスラム教についてはシーア派とスンニ派という呼称を頻繁に耳にする。この対立がまた厳しいようだ。たとえばイランの国教はシーア派のものだという。これに対してイラクのフセイン大統領はスンニ派だった。そんなわけで、1980年にはイランとイラクの間で戦争が勃発したこともある。わが国では「イ・イ戦争」と言っていた。もちろん仏教にもいろんな宗派があるから、どこも同じようなものではある。しかし、その対立の度合いが大いに違っている。人間の運命も含めて森羅万象、とにかくすべてのことをオールマイティの神が統御している。こう考えるのが一神教だ。これに対して、雨も風も木や植物にもそれぞれの神が宿っているというのが八百万の神の発想だろう。前者の方が統一的、普遍的な原理を受け止めやすい。それがいわゆる科学的発想を生み出していったのかも知れない。これに対してわが先祖たちは、あれもあり、これもあり≠ナ世界を受け入れていた。まさにあるがまま≠ノ…。 |
神様と仏様(09/01/09 金-2134)
3人寄れば文殊の知恵≠ニ言う。文殊は文殊菩薩の略称らしいが、智恵を司る菩薩のことである。菩薩は最高の悟りを開いて、仏になろうと発心して、修行に励む人≠るいは高徳の僧をたたえて付ける尊称≠ナある。さらに神仏習合の思想により、日本の神に与えられる称号≠ナもある(このあたり、スーパー大辞林)。そう言えば、子どものころ読んだ漫画に南無八幡大菩薩≠ニ前置きして何かを祈る侍がいたのを思い出す。文化は面白い。日本では神と仏が合体するのである。明治の初年には廃仏毀釈≠ニいう政策が導入されたこともあった。このときは神道を国教化する意図のもとに、神と仏の分離が図られた。そのため、全国で仏堂や仏像などが廃棄された。しかし、今日では信教の自由が保障されている。そしてわれわれは神も仏もない世の中だ≠ネどと言って嘆くのである。神にもすがり、仏様にもすがるというわけだ。たしかに多くの日本人が正月は神社参りをし、結婚も神の前で誓う。このごろは教会での式も増えてはいるが…。しかし、人生にさよならをすると仏壇の中に位牌を入れてもらうことが圧倒的に多い。私が出席したお葬式のほとんどがお坊さんがお経を上げる仏式のものである。これまで神道によるお葬式に出席したのは2回くらいしかない。何分にも普段からの勉強不足で、お経の内容はほぼ100%わからない。これに対して神道の方は、聞いているとご本人の経歴や功績などを交えているようである。そんなわけで、はじめて参列した者にもそこそこ理解できる気がする。このあたりは神仏の間に相当な違いがある。それはともあれ、習合≠ニいうことばもなかなか面白い。ジーニアス和英には集合≠ヘあっても習合≠ヘ入っていない。
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喜びは掛け算(09/01/08 木-2133)
一人ひとりの人間は弱い存在である。パスカルは人間は考える葦である≠ニ言ったが、同時に人間は悩める葦≠ナもある。そもそも小さな動物は別にして、1対1の力勝負をして人間が勝てる生き物なんてが知れている。それでは生きていけないから、類人猿のころから集団で狩りをした。まあ、頭を使ったのだけれど、同時に集団の力を活用したのである。そんな人間だから、ひとりぽっち≠ヘ似合わない。自分1人で悩みや問題を解決するにはちと弱すぎる。もちろん、孤独≠フ中で自分の意思を貫く人もいる。それは格好もいいし、すごいことだ。だからそんな人がいたら単純にすごいなあ≠ニ感動し、尊敬すればいい。そして独力で悩みや問題を解決できる力を身につける努力をするのもいい。その結果として、あらゆることに1人で対応できる人はその力を存分に発揮していただきたい。しかし、か弱き一般ピープルとしては、悩みは人と分かち合う割り算≠ナ生きていくのも大事なことだ。その中でお互いが助け合う喜びも生まれる。そして、喜びに関しては悩みとは違って心の足し算≠ェ働いてくる。喜び+喜び=2喜び≠ネのだ。これはあくまで1人分の喜び≠セと考えよう。したがって、その場全体の喜びは(喜び+喜び)×2人≠ナ4喜び≠ニなる。こうなると、足し算と掛け算が複合した式が出来上がる。うーん、なかなかいいではないですか。だから人数が増えれば、それに伴って、一人ひとりが受け止める喜びも大きくなるわけです。たしかに、みんなで悩め≠ホ、それを克服するための智恵やヒントも出やすいに決まってます。いろんな経験も加わってきますからね。ここまでくるとこじつけ≠チぽいですが、そこは気持ちの問題≠ナす。
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心の算数(09/01/07 水-2132)
相対性理論の E=mc2 がとてもすっきりと宇宙を説明するのに感動した話をしていた。それに悪乗りして心の数式≠考えよう。そんな話に持って行きたくて、昨年の末に何回か書いていた。ところが、なかなか最終目標に行き着かない。あれやこれやと書きたいことが邪魔をする。まるで通せん坊だ。これでは埒があかないので、結論の部分だけ先に書いておこうかという気になった。そうしないと言いたかったことを忘れてしまいそうだから…。そこで心の算数≠フ第1原理として、割り算の法則≠ゥらはじめようか。人間、誰しも困ったり悩んだりすることがある。ときどき私の態度や行動を見てあなたには悩みなどあるのですか≠ニ聞く人がいる。なんと失礼な、私だって思い悩むことはあるのです=B少し興奮した雰囲気でそう答えたいところだ。もっとも、人が抱えている悩み≠ノ平均値があるとするなら、私のレベルはかなり低いかもしれないですがね。いずれにしても、困ってること∞悩んでること≠ェあれば、人に話してみるといい。もちろん信頼できる人という条件はつくけれど。そうするとえーっ、あなたもそうなの。私も困ってるのよね≠ニいった答えが返ってくる可能性はけっこうある。そうなると1人の悩み≠セけでなく2人の悩み≠ェ明らかになるわけである。そこで悩み={悩み=∞悩み×2≠ニなる…。かと思いきや、じつはここでは割り算が働くのである。つまりは、悩み={悩み=∞悩み÷2人≠ニなるのだ。それが3人になれば、さらに悩み≠フ程度は薄められる。あれこれと自分だけで考えすぎずに、人に相談してみることが大事なのである。世の中、悩んでいるのは自分だけでないことがすぐにわかるはずだ。 |
正月映画(09/01/06 火-2131)
職場内でのお中元やお歳暮、そして年賀状なども含めて、形式的なことは止めようという話も出ては消えを繰り返している。いわゆる虚礼廃止≠ニいう提案である。これらは組織で決めればすぐになくなることもある。しかし、一般的には長く続いてきた慣習は急に消えてしまうことは少ない。それには時間の経過が必要で、たいていは気づいたときにはなくなっていたという感じである。そう言えば、以前は正月になると多くの車がバンパーに松飾りをつけていた。今年も3社ほど参りにいったが、お飾りをつけた車は1台も見なかった。車の飾りはマイカーの普及に伴って新しく生まれた習俗だったはずだが、もう消えてなくなった。本来の門松さえもほとんど見なくなった。もっとも門松は私が子どものころだって、それなりのお家の前にしかなかった。何せ門松だから門がなければ意味がないのである。いずれにしてもお中元やお歳暮で職場の成績評価をされてはかなわない。そうは言いながらも、わが国では歴史的に贈答文化が出来上がっている。そのため、組織人にとってはやはり無視できない影響力をもっていた。われわれ世代の日本人なら「忠臣蔵」を知らない者はいない。東映の正月映画は「忠臣蔵」と「清水の次郎長」が定番だった。それが年ごとに交互で作られるのだ。このときは、東映に所属していたスターたちが勢揃いする。まさにオールスターキャストである。私が子どものころの両雄は片岡知恵蔵と市川右太衛門だった。北大路欣也の実父である。ここまで来ると、当時の映画俳優の名前と顔が次々に浮かんでくる。鞍馬天狗は嵐寛寿郎、丹下左膳が大河内傳二郎、月形竜之介に大友柳太朗、若手には東千代之、中村金之助、大川橋蔵、そうそう伏見扇太郎もいた。 |
お中元とお歳暮(09/01/05 月-2130) 4日@の続き
この人は年賀状をくれたのに、あの人はくれない=Bこんな気持ちが職場での評価にまで繋がるようであればかなりまずいと思う。日本では昔から贈り物≠ヘ大事な習慣である。その起源は知らないが、もともと自分より地位が上の人に献上≠キることからはじまったのだろう。朝貢≠ニいうことばなども、朝廷に貢ぎ物≠するという意味だ。現在でもお中元∞お歳暮≠フ時期になるとデパートも大賑わいになる。おそらく宅配便の仕事もこの時期は書き入れ時だろう。中元≠ヘもともと道教で贖罪の日として設定したものらしい。旧暦の7月15日がそれに当たるが、いつの間にか仏教の盂蘭盆会と混同されたという(この前後はスーパー大辞林による)。そこで7月の始めから15日にかけて、お世話になった人たちに送るのがお中元≠ニいうことになる。もともとは贖罪の日≠ニ聞いて苦笑いした。贖罪≠ニは日ごろの悪行を償うためにお金やものを提供したり、善行を積むことである。じゃあ、自分で悪いことをしていない人≠ヘお中元≠ヘ無用ということかしら。いやいやそれは大いなる勘違いでしょう。自分が善だというのは単なる思い込みにすぎません。人間というものは、そもそも生きていること自身が罪深いことなのです。毎日毎日どれだけの人に迷惑をかけているのでしょうか。それに気づいていないだけのことなのです。そもそも私たちは他人のおかげなしでは1日とて生きることはできません。しかし、そのことをどれだけ自覚しているのでしょうか…。いやはやだんだん道徳のお話みたいになってきましたね。ついでにお歳暮≠フ方は文字通り歳の暮れ≠ノ贈るところから命名されたのだろう。こちらは宗教とはまるで関係なさそうだ。何 |
父の転勤(09/01/04 日A-2129) 本日は勢い余って2本目。1/2の続きです。
父は転勤族だった。平均的に3年から4年くらいで異動があった。エリアは北部九州にあたる福岡・佐賀・長崎の3県に限定されていた。父の性格や仕事について話し始めると、本コラムの100回や200回分にはなる。しかも、単なる個人的なエピソードを超えて組織やリーダーシップのあり方まで関わってくると思う。そもそも私がグループ・イナミックスを職業として選んだことも父と無縁ではない。しかし、父に纏わる話はもっと先に譲ることにしよう。ともあれ、私が高校2年生のとき父は福岡から長崎に転勤することになった。今から40年以上も前のことである。当時は単身赴任≠ニいうことばすらなかったと思う。過去の歴史にもしも≠ヘあり得ない。それは空想物語としては面白いが、その瞬間に歴史≠ナはなくなってしまう。それでももしも、父が現在のような社会状況だったら≠ニ推測してみる。これに対する私の答えはやはり単身赴任はあり得ない≠ナある。それはそうとして、高校2年生の私はどうするか。家族が長崎に引っ越すのだから、最初の回答は一緒に行く≠セったはずだ。何分にも40年以上も経過しているので、その辺りは曖昧模糊としている。父はずっと日記を書き続けていた。当時のものを探せばそのころの事情もわかるかもしれない。いやいや、じつはそんな心配をする必要はない。父が日記を書いていることに刺激を受けて、私自身も高校1年生のときから日記を書いてきているのだ。スタートしたのは1964年(昭和39年)11月19日(木)である。その年はわれわれ世代にとっては永遠に忘れることができない。それはあの東京オリンピックが開催された記念すべき年なのだ。そして新幹線が東海道を走ったのもこの年の10月である。 |
当たりのお返し(09/01/04 日@-2128)
自分が出した年賀はがきの番号まで記録する人がいるのもお年玉付き′フのことである。また私が小学生のとき、担任の子どもからもらったはがきが当たったときは、その景品を子どもに渡していた先生がおられた。すべて切手シートだったと記憶しているが、いたいけない子どもたちからもらったものを横取りしてはいけないと思われたのだろうか。何とも優しい思いやりのようにも見えるが、これってけっこう問題もある。すべての子どもが先生に年賀状を出しているとは限らない。そんな子から見れば来年は出さんといかんかなあ≠ニいうプレッシャーになるかもしれない。その一方であいつら先生にゴマすってるんだ≠ニ見るような子がいる可能性もある。それが子どもたちの関係次第でいじめに発展するようなことになってはお話にならない。しかも年賀状を出した子でも、自分のはがきは当たらなかったかあ≠ネんて考えたりするかもしれない。まあ、そんなこんなで、せっかくの配慮が裏目に出ることも大いにあり得るのである。子どもたちが純粋な気持ちで書いてくれたのだから、それを気持ちよく受け止めるだけでよかったのではないか。年賀状をくれた人も、くれなかった人もみんなおめでとうございます=B心の中でそう思いながら新しい学期を迎えればそれでOKですよね。大人同士の世界でも、年賀状が届けばああ、元気でやってるんだなあ∞おーっ、なつかしいなあ∞えーっ、孫が4人もいるのかあ≠ニいった楽しく嬉しい気分になってそれで大満足すればいいのである。ところが、そうあっさりと済まない人もいるらしい。こいつはくれたのに、あいつはくれなかった≠ネどといって人を比較してしまう。こうした文句を言い出すともういけない。 |
年賀状物語(09/01/03 土-2127) 昨日の続きではありません。気が変わりました
年賀状の起源は相当に古い。年始の挨拶状は奈良や平安時代にまで遡ることができるという。今のような年賀はがきらしきものは郵便制度ができてからのことになる。事前に投函して1月1日以降に配達するサービスは1899年(明治32年)にスタートしている。いわゆるお年玉付きの年賀はがきがデビューしたのは戦後の1949年(昭和24年)である。ちょうど60年前の丑年のことだ。これが大人気を博したことは想像に難くない。世の中に物がない時代、楽しみも少ないころのことである。それが今に至っても続いているわけだ。年賀専用の赤味がかったデザインは正月らしくていいとして、私のような天の邪鬼は大いに問題も感じている。そもそもお年玉付き≠ナないとなあんだ≠ニがっかりされのではないかと心配のネタになる。本当は中身が大事なはずなのに。それに当たるとしてもせいぜい切手シートなのだが、とにかくお年玉付きでないとまずい≠ニいう強迫観念を国民に強いてくる。私の知り合いに自分が出すはがきの番号まで記録している人がいる。彼は誰が○等に当たった≠ネんて情報をしっかり持っているのである。あんた○等だったでしょう≠ニまで言うのかどうかは知らない。しかし、あいつは私のはがきで○等が当たったのにお礼の一言もない≠ネどと思われたらかなわないなあ。とんでもない恩知らずになってしまうわけだ。私はかなりの面倒くさがり屋で、いただいたはがきは書棚に置いておく。そのうち、それが目に入ってああそう言えば年賀はがきの抽選は終わってるよなあ≠ニいうことでチェックする。昔は新聞に気づかないで処分してしまうこともあり、そうなる郵便局に行かないと当選番号はわからなかった。これがまた面倒なのである。 |
夢の話(09/01/02 金-2126)
何分にもお正月なので、夢の話をしてみたい。ただし私の個人的な夢だから、ご関心のない方も多かろう。人の夢なんて聞いても仕方ないですものね。三箇日では済まず、いつもの粘着質を発揮して松の内は続きそうである。ご関心のない皆さまは8日ころからお付き合いいただければと思う。さて、私は大学に入る前から漠然とではあるが将来は大学の教員になりたいと考えていた。それには父親の影響もあるが、大学に入学して間もなくその気持ちを加速させる先生と出会ったことも大きい。その当時、学生相談室にいらっしゃったK先生である。入学早々の新学期に受けた教養部の授業の中で相談したいことがあったらいつでもいらしゃい≠ニ学生たちに語りかけられた。そこで私はすぐに出かけていった。将来、大学の教員になるためにはどうしたらいいか≠聞きたかったのである。おそらく5月ころだったと思うが、そのときすでに妙に気が合って仲良くなっていた友人のHくんと2人で行った。その場での会話がじつに楽しかった。いわゆる受験戦争≠竍受験地獄≠ニいう身の毛もよだつ軛から解放された実感がわいてきた。われわれのころは大学の入試合格者発表は午前0時ということになっていた。まさに合格発表の日がはじまった瞬間に合わせていたのである。今から考えると大げさというか、それこそ事大主義的な一大イベントだった。その上、なんと地元のテレビなんぞが中継までしていたのである。それも1局だけではなかったような記憶があるが、その点は曖昧だ。まあ、そんなことはどうでもいいか。そのとき私は寮に住んでいたが、大学生だった先輩がいっしょに見に行ってくださった。もう昔のことだからお名前も出したくなった。寿崎さんといわれた。 |
年賀はがき(09/01/01 木-2125)
新年、あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。昨年の経済危機が今年はさらに深刻化することは間違いない。とくに年度末の決算期には大小を問わず多くの企業が赤字を計上すると思われる。税収の落ち込みも相当なものになるだろう。こうした状況を気分だけで乗り切ることはむずかしいとは思う。そうではあるけれど、少なくとも気持ちくらいは前向きでいたいと願う。今年は時期がどうなろうとも衆議院選挙が行われる。それまでに経済情勢が好転している可能性はほとんどない。100年に一度という厳しい状況の中で、これまでとは意味も重さも違う選挙になるはずだ。じつを言うと、私は熊本県明るい選挙推進協議会≠フ会長を仰せつかっている。皆さん、選挙のときはしっかり投票をいたしましょう。さて今日は元日、1年の事始めということになる。この日の午後、私は年賀状を書いて過ごす。なんと不遜な≠ニお叱りを受けるかもしれないが、私は原則として年末には年賀状を書かないことにしている。もうかなり以前からの習慣である。家内の両親が健在だったときにも正月に書いていたら、元日に年賀はがきが届くのを楽しみにしているという。これを聞いて父母には年内に出すようにした。その二人もいまはいない。両親と同じようなお気持ちの方も多いとは思うのだけれど、私としては年賀状は正月になってから書きたいと思っている。正月早々から恐縮でーす。その代わりではないけれど、とにかく一筆は入れる。すべての内容が違うとまではいかないが、できるだけお出しする方にフィットするように考えているつもりである。そんなわけで年賀状書きが毎年の初仕事ということになる。もちろん、それは元日だけで終わることはない。 |
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