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味な話の素
No.65 2008年09月号(2004-2033)
 
ユークレイン?(08/09/30 Tue-2033)
 このごろのロシアは石油の産出などもあり、かなり豊かになってきたようである。その一方で、わが国の方は経済的にも先細りの様相を呈している。北方領土については、日本の経済力による支援をテコにして、そこに住んでいるロシア人の気持ちをわが国に近づけようという路線をとっていた。ソ連時代は、極東の地として北方領土は厚遇されていなかったようで、これなら日本に所属してもいいかもしれない≠ニいう雰囲気を醸成する戦略である。私は熊本大学の附属中学校長をしたことがある。そのとき、北方領土に住むロシア人の一行が学校へ視察にやってきた。生徒たちが校歌を合唱するなどして迎えたが、全員が当たり前のように歌えることに驚いていた。こうした交流が全国で地道に続けられていると思うが、すぐに目に見える成果が得られるわけではない。そして、先方はシベリアで石油が出たりして東端の方も活気づいてきた。そうなると、日本の援助がなくてもちゃんとやっていけるといった雰囲気になってはこないか。それは北方領土返還にとって、さらに厳しい状況だと言わざるを得ない…。そして、人口比金メダル獲得数の第7位はウクライナである。金メダルは7個だが、人口は4600万ほどで吉田式指数は1.5となる。あのソビエト連邦に含まれていた国だから、以前はこれらもソ連の金メダルとしてカウントされていたのである。英語では Ukreine と書いて、発音はユークレイン≠ナある。日本の読みがウクライナ≠ノなるのはなぜなのかよくわからない。いわゆるローマ字的な読みのようだが、わが国にはこうした例が少なくない。紛争でニュースになったグルジア≠煢p語ではGeorgia≠ナ、なんとアメリカのジョージア州と同じ読みなのである。
1枚岩のソ連?(08/09/29 Mon-2032)
 いまでもソビエト連邦に所属していた国のメダル獲得数を合わせると、かなりの数になるのかもしれない。室伏選手が出場したハンマー投げでベラルーシの選手がドーピングの疑いをかけられている。この国も昔はソ連に入っていた。また、このところ紛争でニュースに取り上げられているグルジアも旧ソ連のメンバーである。ただし、すべての国が喜んで一緒になっていたのかどうかは別問題のようだ。グルジアの場合はロシア帝国時代に武力によって併合されている。そのため、国民の間には反ロシアの傾向が強いのである。今回の紛争も、その火種は歴史的なものだと思われる。私が子どものころは、ソ連と聞けばそういう名前がついた1つの国だと思っていた。少し大きくなって連邦というのは、いくつかの国が集まったものだということがわかってきた。しかしそれはそうとして、ソビエト連邦を構成するすべての国が1枚岩で団結していると考えていた。ところがソ連が崩壊したとき、あっちもこっちも独立という感じになってきた。バルト海沿岸にあってバルト三国≠ニして知られるエストニア・ラトビア・リトアニアもソ連崩壊の流れの中で独立した。いや正確に言えば、こうした国々の独立運動が1991年のソ連崩壊を引き起こしたということらしい。いずれにしてもソビエト連邦に所属していた国々が一致団結の1枚岩でなかったことだけは間違いない。その意志とは関わりなくロシアに飲み込まれていた国がけっこうあったということである。それはともあれ、アメリカと覇権を争う超大国のイメージがあったソ連だったが、国民はそれほど豊かさを享受してはいなかったと思う。それが最近ではシベリア辺りで石油が産出するなど、かなり豊かになってきたようである。
ごっついドイツ(08/09/28 Sun-2031)
 私の勝手なイメージでは、ドイツは無骨で堅く、あまりスマートでない感じもある。ブラウンの電気カミソリなどはその代表で、すさまじい音で震えまくるが、切れ味もまたものすごい。その昔、ドイツの車は鉄板が厚くで頑丈だという話も聞いたことがある。見かけはどうか知らないが、とにかく強いというわけである。しかし、車のベンツなどはなかなか格好もいいと思う。ベンツを見ていると、トヨタの戦略車であるレクサスが今ひとつのような気がする。どちらにしても自分には関係ないから本気で比較なんかしてはいない。ただ、時折見かける純白のベンツなどは重厚さとスマートさを兼ね備えているように感じてしまうのである。そんなこんなで、ドイツという国は少なくともヨーロッパの中で、わが国に心理的な距離が近いと思う。フランスやイタリアなんぞもいい感じだが、気持ちの上ではちょっと距離があるかなあ…。これはあくまで私の主観です。そんなドイツが私流の人口1000万人あたり金メダル獲得指数で第5位であることは、ご同慶の至りではある。さてさて、第6位はというとロシアで、指数は1.6である。金メダルの数そのものは、中国の51個、アメリカの36個に続いて23個だった。中国・アメリカに次いで3位だから面目は保ったというべきだろうか。しかし、その昔はソビエト連邦としてアメリカと対峙していたことを思うと、数値的には実力低下は否めない。もっともその当時は連邦として集計していたわけで、今ではロシアという1つの国になったのだから、減って当然ではある。ただし、ソ連は15の共和国の連合だったが、一部が独立したものの、いまでもロシア連邦というのが正確な名称のようだ。ホームページもロシア連邦大使館≠ノなっている。
マニュアル問題(27) 9月17日の続き (08/09/27 Sat-2030)
 
マニュアルが現場の動きに即していない≠ニいう声もある。もちろんマニュアルが実態に合っていないことは、原則としてはあってはならないことである。しかし、こうした状況はめずらしいことではない。受注生産のような場合は、原則として使用者側からの要求に対応しているから、問題は少ないかも知れない。しかし、一般的にはハードをつくる側とそれを使う側には大きなギャップがある。この点に関しては、マニュアル提供側に対応を求めることも必要だが、利用者側が、それにあったマニュアルを作成するのも問題を解決する1つの方法である。もちろん、その際にはハードをつくる側とも十分なコミュニケーションを図ることが前提になる。そうでなければ、自分たちに都合のいい改善や修正が行われる危険性が出てくる。その最悪のケースとして裏マニュアル≠ワで作成して、それによって大きな事故を引き起こしたことは周知の事実である。もっとも、この場合は競争がはけしくコストや納期の問題なども絡んでいたから、現場の動きに合わない≠ニいった理由は副次的なものだとも言える。しかし、そうした内的・外的な事情もまた裏マニュアル″成の免罪符のように受け止められることが大きな問題なのである。また、時間の問題も大きい。時間に追われていたり、人手がなかったり、どうしてもマニュアル通りにできない事がある≠ニいった声が聞こえてくるからである。たしかに人々が時間に追われはじめて久しい。競争社会の激化、成果主義の導入によって、コストダウン≠ェ徹底して追求される。もちろん、ものごとを効率よく処理することは大事なことである。仕事の能率が悪くて、結果として税金の無駄遣いにも繋がるという指摘も後を絶たない。
枢軸&ィ語(08/09/26 Fri-2029)
 中学生のころに習った記憶では、わが国はドイツから法律や医学の分野で大きな影響を受けた。明治時代には帝政であることが大きな理由だろうが、為政者たちはドイツに親近感を持ったようだ。そもそも軍隊の気をつけ∞前に進め≠ネどはフランス語の直訳だと聞いたこともある。それがいつの間にかドイツに傾いて、第二次大戦では日独伊三国同盟を結ぶところまで行き着いた。この組み合わせは枢軸国と呼ばれ、結果的として3国とも敗戦を体験することになる。枢軸≠ニは車の心棒≠ナ、それが活動の中心≠ニいう意味に繋がっている。そもそもは、ドイツとイタリアに同盟関係が出来上がったとき、イタリアのムッソリーニが両国を中心にヨーロッパの国際関係が回っていく≠ニいったニュアンスの演説をしたことに由来しているらしい。枢軸≠ニいうことばは、私が子どものころにも日常的には聞いたことがない。こんなときに、先生がどうしてそんな用語を使うのか教えてほしかったなあと思う。教師の力量は、教科書に載っていないちょっとした情報を知っているかどうか、あるいは教えるかどうかで決まると思う。英語の序数にしても、たとえばthird≠ノもともと3分の1≠ニいう意味があることをご存じだろうか。だから3分の2≠ヘtwo thirds≠ノなるのだ。なぜなら、third≠ェ2個あって、複数形には末尾にs≠付けるから。このごろの学校ではちゃんと教えているのかもしれないが、少なくとも私が子どものころは、とんでもない覚え方をしていた。分数は分子の大きさを先に言って、そのあとに分母を持ってくる。ただし分母はone two three とかではなくてfirst second thirdのような 序数を使う…=Bこれでは混乱するはずだ。
身近なドイツ(08/09/25 Thu-2028)
 さて、韓国に続く金メダル人口別獲得数の第5位はドイツだった。人口は8200万人と少しあたりの指数は1.9である。今年の7月にベルリンに行ったので個人的には親しみがわいた国である。熊本に帰る際にベルリンのテーゲル空港に大勢のテレビクルーがいた。当然のことながら私を取材に来たのでないことだけははっきりしていた。周りを見渡すとドイツ国旗と並んで日の丸がプリントされているTシャツを着た人たちが目に入った。そこそこの数である。正確には記憶していないがCamp in Japan≠ニいった英語も入っている。そのときはすぐに気づかなかったが、熊本に帰ったらその秘密が明らかになった。ローカルニュースで、北京オリンピックの水泳チームが熊本でキャンプを張るためにやってきたと伝えている。なあるほど、そうだったんだ。これでまた急にドイツが気持ちの上で近くなった。それにしても北京オリンピックは無事に終わったが、ぎりぎりまで隣国でキャンプを張る国が多かった。韓国でも同じようなことがあったのではないか。前々から大気汚染がひどいなどと言われていたから、多くの国が敬遠したわけである。こんな状況は中国としてはおもしろい話ではなかっただろう。その一方で受け入れた側は、多少なりとも経済的な特需にもなったのではないか。地元の子どもたちとの交流も行われていたから、これもまたプラス効果が得られたわけだ。ともあれ、ドイツと日本は歴史的に深い関わりもある。ベルリンでは、ホテルから学会会場に行く電車の窓から森鴎外≠ニ漢字で大きく書かれた建物が見えた。言うまでもなく森鴎外記念館である。彼の小説舞姫≠ナ知られるように、鴎外を追ってドイツの女性が日本までやってきたというから凄まじい。
第4位韓国(08/09/24 Wed-2027)
 さてさて、オリンピックの金メダル国別人口比獲得数について分析を進めていたんだった。それがいつの間にか脇道に逸れすぎてしまった。金メダルの1位がオーストラリアで、2位はオランダだった。そして第3位、栄光の銅メダルを取ったのがイギリスであった。それで英国病≠フ話題になり、あれよあれよという間に日本病≠ノまで至ったのだった。ぼんやりしていると9月も終わってしまう。ともあれ、金メダルの話に戻ろう。銅メダルのイギリスに続く第4位はお隣の韓国だった。人口は約4800万人で金メダル13個、100万人あたりの指数は2.7である。因みにイギリスは3.1だった。オリンピックの野球では、ご存じのとおり日本に2連勝、というよりも全戦全勝だったから本当に強い。事前にオリンピックで使うボールを使用し、期間中はプロ野球も中断したというから取り組み方が違う。日本戦ではジャイアンツの李選手がホームランを打って日本は万事休す。真実のほどは知らないが、李選手がこのことで日本人に対して謝ったというニュースが流れた。これはまことにおかしな話である。ちゃんとルールに則ってやっているのだから、選手は全力を尽くすのが当然である。さすがあっぱれ≠ニ評価することはあっても、文句を言う筋合いはない。それにしても、このところジャイアンツはすごいですねえ。この先どうなるかわからないけれど、阪神ファンにとっては心臓によくないことは間違いない。はたまたパリーグもソフトバンクが相当に重症ですねえ。ピッチャーが1点に抑えても勝てないのだから対処のしようがない。王さんにとっては、監督に就任したときの悪夢を再体験しているようで体に悪いと思う。ご本人のせいではないけれど、ちょっと長すぎたかも…。
日本病*延(08/09/23 Tue-2026)
 ともあれ歴史を振り返ると、カリスマ≠ェ求められる時代は世の中が危ういときだということもできる。それなら迫力のある政治家が出ない日本の現状は望ましいというわけか? しかし、どう考えても現状のままでいいとも思えない。いやはや、どっちにしたって困ってしまう。それこそが閉塞状態ということなんだろう。それにしてもイギリスを英国病≠ネんて笑っていた時代を懐かしんでなんかいられない。いまではわれわれの方が日本病≠ノ罹ってしまった。しかも状況から判断すると相当な重症である。その上、この病気はかなり悪性の伝染病≠ナはないかと疑われる。あれよあれよという間に日本国中に広がって、終息する気配がない。それどころか、ますますその勢力を増している。さらに悪いことには、病気に罹っても免疫力がつかないようだ。それどころか、一度モラルに反するような行為をすると、その後はどんどんエスカレートする。どんなことをしても平気の平左になるのである。もう一つこの病気には大きな特徴がある。それは、地域で最初に感染するのは大人と決まっている。この病気、まずは大人の世界にどんどんと拡散していく。しかもこれが怖いのは、見ている≠セけで感染することだ。日本病≠ノ罹ってしまった大人を見ていた子どもたちに伝染していくのである。だから子どもたちも逃れようがないのだ。いずれ国中にこの病気が蔓延してめでたく日本沈没=c。こんな悪夢が現実味を帯びてきたから怖い。こうした危機的状況の中で解散をいつすると有利になるかどうかなんて騒いでいる余裕はないでしょうに。いずれにしても選挙が近づいてきたことは間違いない。日本崩壊≠キら予感されるこの時代、しっかり投票に行きましょうね。
カリスマと悲劇(08/09/22 Mon-2025)
 世の中が閉塞状態になり人々の心に不満が蓄積してくると、そのはけ口を求めるようになる。そんなときは、まずは小さなトラブルが起こり始める。思想や信念が異なる者たち同士に諍いが生まれる。少しばかり強い人間たちが自分たちより弱い者や集団を攻撃する。いわゆるいじめである。これが過激になると人の命まで奪うような行為にまでいってしまう。頻発する親殺しや子殺し。肉親の間ですら信頼できなければ、誰を信じればいいのか。それはそれは昔のこと。今日の食べ物すら手にできない厳しい時代もあった。ちょっとした天候不順で飢え死にするしかないようなときもあっただろう。そんな極限状態の中で、密かな子殺しや楢山節考のような老人を捨てることも行われたのは歴史の事実だと思う。しかし、今はそんな時代ではない。少なくともそう思いたい。もっとも、まじめに働けど食べられない人がいるという現実は、新たな棄民社会の到来を予感させるけれど。しかし、そうかといって人を殺していいという理屈など成り立つわけもない。それにしても、人の命を奪うことに対する垣根があまりにも低くなりすぎた感がある。自分が死にたいから人を殺す=Bそれは究極の自己中心主義としか言いようがない。そして一億総欲求不満状態が高じるにしたがって、小さな混乱が集まって大きな流れになっていく。そんなときカリスマが生まれるものだ。それは時代や大衆が生み出すものなのである。カリスマが登場すると、その影響下で国民が雪崩を打ったように同じ方向に走り始める。洋の東西を問わず、歴史を振り返るとこの手の事例は枚挙にいとまがない。しかし結果はいつも悲劇的だ。それはカリスマではなく、その絶大なる権力のもとで生きている民衆たちの悲劇である。
政治家と迫力(08/09/21 Sun-2024)
 このごろの政治家には今ひとつ覇気が感じられない。他人ごと≠フようで申し訳ないが、政治家こそは自分の命をかけるくらいの迫力がほしい。うまくいかないのでやめちゃおう≠ナはやるせない。もっとも、中にはうまくいかないけど辞めないぞーっ≠ニ地位にしがみつく人もいる。こちらもこちらで大迷惑ではある。前任者は病気で辞めた≠アとになっている。だから今回の辞任劇とは違うと言う話もある。それはそうだけれど、彼の場合は直前の参院選で大敗しても辞めなかった。野党党首と比較して、どちらを選ぶか≠ニ問いかけた上での結果だったから、辞めないのには違和感があった。もっとも、大物≠ェ実権を握っている国が素晴らしい成果を上げているわけでもない。こうした国では政治をする一部の権力者と国民の距離が絶望的に離れている。とくにカリスマ≠ニ言われる人たちには相当に気をつけた方がいい。ほとんどの民衆が実像を見たこともないのに、その人物に対する崇拝≠フ念だけが高められる。そうなると、もうご本人の声≠ウえ聞けなくなる。その人物は神≠ノなり、その存在が生きた伝説≠ネのである。まさに神格化≠ナある。その人物の批判はおろか、それを実現している体制を批判しようなんて考えてはいけない。そんな人間はとんでもないしっぺ返しを覚悟しなければならない。なにせ権力者は圧倒的に強力な武力も持っているからである。かくして国民全体が物言えぬ@}圧状態に陥っていく。もちろん、特定の人物をカリスマ化していく裏には、高度の情報操作など、あらゆる手立てが講じられる。その巧みな裏技によって、国民全体がまんまと騙されるのである。だれもがその人物の発言や一挙手一投足に発言に目を注ぐ。
経済学の憂鬱(08/09/20 Sat-2023)
 経済学はノーベル賞の対象にもなっているのだけれど、素人から見ると相当に怪しい感じがする。金融工学で経済学賞を受賞したショールズとマートンがはじめたファンドが破綻してしまったニュースはけっこう話題になった。その詳しい内容は知りようもないが、いかにも皮肉な話ではないか。そんなときに当たるも八卦、当たらぬも八卦≠ネんて笑っているわけにはいかない。なんたってノーベル賞なんだから。そもそも賞の創設者のノーベル自身が経済学賞なるものは想定していなかったのではないか。率直に言わせていただくなら、わが日本のバブルのときも、あらかじめ危機を予測した人がいたような気がしない。しかもどん底までくると、あの人もこの人も後出しの講釈が横行する。経済の専門家にはバブルとその崩壊のころに、どんな発言をしたのかを整理していただきたい。その点を突いた新書があったが、人から論評される前に自己評価をきちんとした方がいい。とにかく、絶不況状態になっても、今年の秋口には回復の兆しが見えるはずだ∞いや来年の春まではむずかしい=c。そんなコメントばかりを繰り返しテレビで聞かされた。しかし私が記憶する限り、結果的にはすべて≠ェ外れていた。こんなときに、いつか回復する≠ネんてコメントはあり得ない。それなら私のようなド素人にだって出来る。プロであるのなら、理由を説明しながら明確な回答をしていただきたいものである。数日前、今回のアメリカの危機が回復するのはいつごろか聞かれた某大学教授が答えていた。1、2年はかかるでしょう=Bまあ、はっきり答えられない状況なんだろうと同情はする。しかし、1、2年≠ニいうのは、いかにも曖昧ではござんせんか。そんなもんですかねえ。
崩壊の予測(08/09/19 Fri-2022)
 土地の値上がりと賃金の上昇が永遠に続くのであれば、サブプライムローンだってうまくいくに決まってる。しかし、そんな調子のいいことがいつまでも保証されるわけはない。たしかに、一時のアメリカは経済を含めて全面的に一人勝ちといった雰囲気があった。ソビエトが崩壊し、冷戦は過去のものになった。世界中が、残された最強の国はアメリカだけだと認める風潮もあった。しかし世の中は、思い通りにはいかないものだ。そもそも経済だって、右肩上がりがいつまでも続かないことは、バブル崩壊の日本で実証済みだったではないか…。とにもかくにも、人間というものは、学習しない≠だなあとつくづく思う。今回のアメリカの場合は日本のバブル崩壊とは違うという話もある。どこがどう違うのか、細かいことはわからない。しかし、無理な前提のもとで突っ走ったことだけは日本と変わらないだろう。こんな事態を見ているとふと思う。アメリカの経済専門家は何をやっていたんだろうかと。最終的には名門が潰れるほど深刻な状況になることを、サブプライムローンの制度ができたときから予測していた経済学者はいなかったのか。素人が皮肉を言わせていただければ、それどころか、こうしたシステムを裕福でない人たちへの福音だ≠ネんて褒めちぎっていた経済学者はいなかったでしょうねえ…。いやいや経済がグローバル化したこの時代だから、それはアメリカに新しいシステムができたというだけの話題ではなかったはずだ。そう考えるとの、アメリカだけでなくわが国も含めて、世界中の経済専門家が、制度が導入された当初から今回起きた危機を予測していたのだろうか。そんな疑問が湧いてくる。問題が出始めてから論評するのであれば、素人だってできる。
学習できない人類(08/09/18 Thu-2021)
 反省するだけなら猿でもできる=Bそんな笑い話があった。阿蘇にある猿回し劇場の猿がかなりの演技≠する。反省ザル≠烽アこの出身だったと思う。かなり前になるが、ウォークマンを聴きながら沈思黙考する猿も、やはり同じ劇場に所属していたはずだ。猿の反省≠ヘどの程度のものか知らないが、動物は少なくとも学習をする。手痛い目にあったときは、その体験を後に生かしていく。自分自身のことでなくても、他の仲間がひどい状態になったときもちゃんと学習しているはずである。そうした共通体験が種全体の知識となり、それらが共有化される。そのおかげで身の安全が守られるのである。それが知恵というものだ。人間は万物の霊長と呼ばれるのだから、そうした力が最高度に発達しているはずだ。しかし、本当にそうなのか。人類はまともに学習する能力を持っているのだろうか。リーマン・ブラザーズ≠フ破局を見ていると、そんな疑問が頭に浮かぶ。名前だけなら、この私だって知っている超名門企業である。そう言えば、メルリ・リンチ≠ニいう舌を噛みそうな会社だって、よく聞く名前だ。いまやこちらも危ういんだそうな。詳しいことは知らないが、いずれにしてもバブル崩壊の日本と同じことではないか。しかも、原因も不動産がらみのようだ。サブプライムローンなどという、素人にはよくわからないものが発端になって今回の激震に繋がったらしい。経済的に厳しい人たちにも気前よく金を貸し付けた。ところが、期間とともに利息が高くなるシステムになっていて、時間が経つうちにそれに対応できない人が出てくる。こうした方法がうまく機能するためには大前提がある。それは、土地の価格と労働者の収入が右肩上がりで伸び続けることである。
マニュアル問題(26) 8月8日の続き (08/09/17 Wed-2020)
 
失敗やミスが多い人に降板してもらいたいと思っても、そう簡単に説得できないこともある。どうしてもその仕事を続けたい気持ちが強くて、ミスやエラーなどの問題を隠してしまうような場合だ。これに対応するには、エラーをしたとき周りがそれに気づくことが必要になる。こうなると、もちろん100%効果のある解決策はあり得ない。その内容や状況によっても対策は変わってくるだろう。ただ、そうかといって100%の対策がないから何をしても仕方がない≠ニ諦めてしまうわけにはいかない。そこは組織メンバーの知恵を出し合って、効果的なシステムやノウハウを開発していくしかない。基本的には複数で仕事をし、お互いにチェックする体制をとるのもその一つだろう。そうなると、相互監視といった、性悪説的なニュアンスも出てくる。その点は人間には弱いところもある≠ニいった捉え方で対応すればいい。つまりは信用しないというのではなく、お互いに弱いところを補うといった見方に切り替えるのである。世の中の犯罪への対応法についてもいろいろな議論が行われている。犯罪が起きると法律の不備が指摘され、罰則強化が提案されたりする。これに対して法律的な対応だけでは犯罪は防止できないという反論も出される。たしかに、法律をいじるだけ≠ナ問題が根本的に解決しないことは確かである。しかし、そうかといって、罰則規定を変更しない方がいいという理屈も成り立たない。そもそも理想的には法律はない方がいいのである。すべての人々が他人のことを考え、自分を律していけば何の問題もない。ところが、残念ながら世の中には法で律しなければならない人もいるのが現実なのである。そこで、われわれの社会にはやむを得ず*@律が生まれた。
カリスマの危うさ(08/09/16 Tue-2019)
 
しっかりした政治家がいないのは、国民のレベルがそれに相応しているからだという。これは卵が先か鶏が先かの議論になる。政治家がつまらないから国民もつまらなくなる。その逆に、国民が駄目だから政治家も駄目になる。うーん、どっちもどっちかなあ…。ともあれ、選挙を控えて甘言を弄するのは洋の東西を問わない。衆議院選挙もにわかに現実味を帯びてきた。つぎは国民がどう反応するかである。政治家と国民のレベルが一致しているかどうかは別にして、このごろは大物がいないと嘆く筋もある。たしかにそんな感じは強いが、ここらがむずかしいところではある。カリスマ的な人物は人を引っ張る点では凄いのだが、その方向を誤ると取り返しのつかないことになる。ヒトラーなどはその典型だ。彼は第1次大戦処理に対する不満などがドイツ国民全体に広がっているときに登場した。景気のいい演説に酔いしれて、国全体が同じ方向にどっと流れていった。よく聞くと内容はないのに、聞いていると興奮した=Bドイツでつくられたドキュメンタリーでは、そんな振り返りをするドイツ人もいた。ヒトラーはいわゆる大衆操作の名人だった。スポーツなどでも熱狂するのはいいけれど、それが行き過ぎると暴動にまで発展することもある。それが高じて国と国との戦争にまで至ったことさえある。それは1969年に行われたワールドカップメキシコ大会での話だ。予選のエルサルバドル対ホンジュラス戦≠ナエルサルバドルが勝ったことに端を発して戦争がはじまったのである。もちろん、それまでに両国間にいろいろな問題があったのだが、わずか100時間ほどの戦闘で数千人の命が失われたという。熱狂が興奮に代わると、自分たちの行動を冷静に見ることができなくなる。
お先が危ないようで…(08/09/15 Mon-2018)
 
転げ落ちてくる雪だるまを止めるには、途中で大きな穴を掘るといい。そこに填めてからお天道さんの暖かい熱で溶かすのである。しかし、いまの日本にはそんな大きな落とし穴をつくる余裕がない。それに、もう平地まで届いて民家を破壊するまで残された時間はあまりない。こうなれば念仏でも唱えて破滅を待つしかないのだろうか。われわれの行く末にはそんな運命が待っているかもしれない。しかし、ここで諦めてしまえば、本当に破局を迎える。選挙が近づくと、経済、福祉、そして教育なども話題にされる。そのほとんどは耳あたりのいい話ばかりだ。経済の調子が悪いと、またぞろバラマキを予想させる話を出す人がいる。もちろん国民にとって経済が大事なことは言うまでもない。しかし、それなら具体的にどうするのか。そのあたりが判然としない。消費税に触ると猛反発を食らうので、これを議論に載せる人はほとんどいない。その一方で、減税と称して一律に現金を配るような話が出てきたりする。また昨年の選挙前にも、急に祝日を増やすなんて案が出そうになった。歴史的背景を踏みにじるアンハッピー・マンデー≠ネんて、いまからでも元に戻してほしい。体育の日≠ヘ10月10日しかあり得ないのである。すでに、1964年10月10日が東京オリンピックの開会式だったことを知らない若者が多くなっている。いや、けっこうな年配者だって相当に怪しい。いずれにしても、本当に大事なことだと思っているのなら選挙とは関係なしにやってほしい。政治が札束で頬を張るようなことをしてはいけない。もっとも、本物の札束≠ニはほど遠い金額のようではあるが、とにかく品のいいやり方ではない。そう言えば金券を配る話まで出たことがありましたねえ…。
止められない雪だるま(08/09/14 Sun-2017)
 
官民を問わず偽装≠竍不祥事≠ェ頻発している。人の世の中だから、いつだって問題は起きてきたし、これからだって起きるに決まっている。しかし、それにしても、このごろの状況はひどすぎる。失敗は学習に繋がることがもっとも大事なのだが、それがいまの日本人できているかどうか、はなはだ危うい。はっきり言えば、どの事件もそれまでの学習≠ェできていないから起きるのである。食品の偽装系の問題も、やってしまった会社が存続すら脅かされているのを見れば、少なくともその後は偽装を止めるくらいの気持ちになりそうだが、それがそうなっていない。あまりにもダメージが大きいので、いまさらストップというわけにもいかない。最悪の場合にはバレて会社がなくなっても、そのときはそのときだ。そんな状況にまでいってしまっているかのようだ。経営者としての倫理観なんてあったものじゃない。こうした問題が起きると、当然のことながら監督官庁も責められる。それも致し方ないが、その結果としてまたぞろ規制が強化され人員が増えたりする。国民全体が自分の首を自分で絞めているようなものだ。そんな状態になったとき、国は衰退の道を辿るのかもしれない。坂道を転げ落ちる雪だるま。落ちれば落ちるほど問題は大きくなるし、スピードも加速する。しかもそれを止める力はなくなっている。最後は地上の障害物にぶつかって粉々に散ってしまう…。そんなシナリオは悪夢であってほしいとは思う。しかし、いまのわが国の状況を見ると、それが相当に現実味を帯びているように思える。ここまできてしまうと雪だるまを止める決定的な策はない。漫画的に言えば、平地に到達する前に大きな落とし穴をつくるといい。まずはそこにはめてしまうのである。
大英帝国の銅メダル(08/09/13 Sat-2016)
 
さて、北京オリンピックにおける金メダル人口比獲得数の話題に戻ることにしよう。その銅メダル国、つまり第3位はイギリスだった。金メダルは19個だが人口が6000万人ちょっとである。1000万人あたりの指数は3.1になる。第2位のオランダは4.3だった。私が中学生のころは栄光の大英帝国が力を失っていた。しかも働く意欲なども問題になっていたようで、英国病≠ネどというイギリスの活気のなさを揶揄する言い回しもあった。しかし、オリンピックだってしっかり頑張っているわけだ。それにいつのころからか北海に油田が見つかった。日産600万バーレルというから相当なものだと思う。イギリスにとってはかなりの強味になっているだろう。いずれにしても、いまやわが国はよそのことを心配している余裕なんてありゃあしない。こっちの方が深刻な日本病≠ノ罹って青息吐息の状態である。食品偽装騒ぎに社会保険庁の問題、そして教員採用でもとんでもない事態が起きてしまった。この数日は事故米≠ネどという新語≠ワで登場した。この手の話はバレるに決まっている。少なくともこのごろの社会情勢を見れば、そう考えるのが常識である。だから、他のところで問題になったらその後は止めるというのであればわかりやすい。しかし、それにも拘わらず続けるのだから、われわれの想像を超えている。責任者たちは自分たちの場合は大丈夫≠ニ思っていたのだろうか。その精神構造は理解不能だ。今回もやはり従業員を路頭に迷わせてしまいそうだ。消費者に対する責任も大きいが、内部の人間にも致命的なダメージを与えることが大問題なのである。この際、膿は徹底的に出し切った方がいい=Bよく聞く台詞だが、もうわが国の体内は膿だらけではないのか。
勘違いしないで(08/09/12 Fri-2015)
 
勝負に勝ったのだから、飛び上がって喜べばいい=Bそれはそうなのだけれど、はやり相手の心にも配慮する。そのあたりが人間らしさというものではないか。たしかにプロなどは結果がすべて≠ナはあるけれど…。こうした勝ったが勝ち≠フ精神構造が成果主義≠ネどと結びつくと、それこそ勝ち組≠ニ負け組≠フ世界をつくり出す。実るほど頭を垂れる稲穂かな=Bじつに含蓄のある金言ではないか。こうした言い回しがあること自体、昔から偉くなるとふんぞり返る人間が多かったことが想像される。総理大臣などが海外に行くと儀仗兵までついて歓迎される。あんな状況に置かれると俺って偉いんだなあ≠ニいい気持ちになるだろう。しかし、ちょっとまってほしい。そうした歓待を受けるのはあなた個人の力ではないんですよ。そのバックに日本国民がいるからなんです。みんながしっかり仕事をして経済もそこそこの国をつくり維持しているのです。魅力ある製品だって、国民の努力によってできあがっているのです。だからこそ経済援助なども可能になるわけですよね。ともあれ、国民を忘れてもらっては困りますよ。この点は、大臣たちに限ったことではありません。世の中で権力を持っていると思われる人は十分に気をつけていただく必要があります。それは、この国の官僚も、お役所のスタッフも、はたまた裁判官も、検察官も、警察官も…。とにかく自分たちの力は国民からお預かりしているという基本的な物語を忘れないようにしましょう。このごろは、この点がまったく建前だけになっている。巧言令色、少なきかな仁≠ニいう孔子のことばもある。ことばは巧みでも、顔の表情はいい人っぽくても、人間としてはどうかなという人が少なくないのだ。
武道の精神(08/09/11 Thu-2014)
 
東京オリンピックでヘーシンクの勝利が確定した瞬間、オランダの関係者が試合場に駆け上がろうとした。やったぞーっ≠ニいうわけである。しかし、ヘーシンクは彼らを手で制止した。その映像がすごく印象的だった。また、それを見た人々に感動を与えた。日本武道は礼に始まり、礼に終わる≠ニいう精神を示したのである。勝っても騒がず、負けても卑屈にならず。自分の目の前に起きている現実を冷静に受け止めるのである。いまでは勝ったらガッツポーズ≠ェ常識である。相撲でも横綱がそれをやりはじめたから、ときおり品格に欠けるという人もいる。私にしても、朝からキャッキャ騒いで楽しむタイプだ。そんな人間にとっては、冷静で自分を抑えた行動はなかなか取りにくい。しかし、そうした態度を維持できる力も大事にしたい。もちろん、自分の気持ちを前面に出すことも人々に感動を与える。しかし、それと合わせて他人の気持ちを慮ることも忘れてはならない。人は自分だけで生きてはいないのである。イチロー選手が記録を達成したときに冷静なのも、父親から相手のことを考えろ≠ニ教育されたからだという。勝敗が決まるスポーツではうまくやった$l間の向こうにはうまくやられた$l間がいるのだ。そのこともちゃんと頭に置いたうえで、自分が得た結果を喜びたいものである。ボクシングなどでは、最初からノックアウトしてやる≠ネどと大口を叩くのが習慣である。それでも負けてしまえば、相手のパンチが強かった≠ネどといっておしまいになる。こんな調子で、輸入系のスポーツはけっこうカラッとしている感じだ。これに対して大和系の武道は最初から大風呂敷を広げない。終わった後でも敗者に対して配慮する精神が発揮される。
ヘーシンクの衝撃(08/09/10 Wed-2013)
 
さてさて、外国に対しても、われわれは一般化の落とし穴に嵌ってしまう。そんなわけで、オランダの木靴≠ノしても、みんなが履いて通勤しているなんてあり得ない。国中が風車であふれているわけでもない。電気製品で有名なフリッップスもオランダだから、けっこう工業製品などにも強い国ではないかと思う。ところで、初めてあるいは久しぶりの本欄を読まれる方は、突然オランダの話でなんのこっちゃあ≠ニ思われるだろうか。じつは、北京オリンピックの人口比金メダル獲得数の話題を9月3日からはじめた。その集計の結果、トップがオーストラリアで第2位がオランダになった。その流れの中で、国ごとに思いつく話題を書きなぐっているのである。まだ2位までしか進んでいないので、第10位に辿り着くまでは相当の時間を必要とする。もちろん、話題が急に飛んだりしながら、行きつ戻りつのヨタヨタ歩きになることは見えている。この点はぜひともご理解ください。さて、オランダのネタに戻ると、彼らは背が高いことでも知られている。正確な統計は知らないが、ある情報によれば、平均身長は男性が182.5cm、女性が170.5cmだという。日本人が男性170cm、女性158cmだから、その差はかなりのものである。そう言えば、オリンピック東京大会の無差別級で金メダルを取ったのはアントン・ヘーシンク選手だった。彼はオランダ人である。このとき柔道がはじめてオリンピックの正式種目として取り入れられた。その最初の大会の最重量級で日本柔道≠ェ敗れたのだから、当時としては相当な衝撃だった。ヘーシンク選手は198cmもある大男だった。その彼が決勝で神永選手に袈裟固めで1本勝ちしたのである。あの体で押さえ込まれれば万事休すだ。
一般化、単純化 9月6日の続き(08/09/09 Tue-2012)
 
いろいろな国に対していくつかのキーワードで表現することが多い。○○人は□□だ∞××に行くと△△ばかりだあ≠ネどと言う。しかし、この傾向は国に対するだけでなくありとあらゆるものが対象になる。人はものごとを一般化、単純化する傾向を持っている。それにはそれなりの理由がある。そうした力がないと、この世の中でまともに生きていけないのである。自分が関わるすべての人や事柄について、その違いを意識していては頭が混乱する。この人はこんな人だ≠ニパターン化できるから、その人にあった対応ができるのである。したがって、一般化、単純化できるのは、人が生きるために欠かせない能力だと言うことができる。しかし、その力が一歩でも間違うと思い込み≠竍偏見≠ノ繋がる。単純化するのは、対応が楽になるという行動経済的な理由だけではないだろう。人類の祖先たちは厳しい環境の中で生きていくことを余儀なくされていたはずだ。だから少しでも危険なものに対しては警戒しなければならない。ちょっと油断しただけで掛け替えのない命を失うかもしれないのである。そんなわけで、大体こんな格好をしているのは危ない≠ニか、あの手の目をした奴は用心した方がいい≠ネどと、外見や雰囲気で判断し、注意を怠らなかったと思う。本当はいい人で、付き合えば楽しくなるような人であっても、もしそうでなかった場合には大変なことになるのだ。そうした用心深さが、危険を避けるために求められた。そこでわれわれには、ものごとを一般化、単純化する力が育っていったのではないか。ダーウィンがどう言っているか知らないが、身につく能力も適者生存≠フ法則にしたがっているのだろう。役に立つ能力が時間を超えて引き継がれる。
無料CM(08/09/08 Mon-2011)
 
シナリオライターの思惑通りと言うべきか、マスコミは総裁選挙で大盛り上がり。とくにテレビでは顔も声もドンドン出るから、もうそれだけで大コマーシャルである。総裁選挙で当選するなんてことはないと思っている人だって、これで名前はすでに全国区である。衆議院だから、全国に知られる必要もないが、もうおつりがきそうな状況だ。テレビコマーシャルのスポンサー料がどのくらいのものかは知らない。しかし、この数日だけで数千万から億単位の宣伝効果があったのではないか。そして、次なる手は全国の都道府県で党員・党友投票による予備選を実施することである。これはまたすごい。全国ニュースに続いてローカルでも、彼の党についての情報があふれるように流れていく。任期中に総裁が辞めた後で都道府県で予備選をするのは初めてらしいですよ。いやー、これはもうPR大作戦としか言いようがありませんなあ。起死回生というか、そんな手があったのかと驚くやら感心するやら。社会心理学の世界では、特定の人の写真を何度も見ていると、その人に好意を抱くようになるという古典的な研究がある。露出度が多いほどプラスになるわけだ。ただし、それにはスタート時の評価が大事だとされている。はじめからいやだ≠ニ思っている人の場合は、見れば見るほど、余計いやになるというのである。さて今回の方々の場合はどうなんでしょうかね。いずれにしても、この状況変化で野党が完全に目立たなくなってしまった。あの党では代表の選挙はしないと決まっているようだから、その手のニュースも流れない。そんな策略で影が薄くなるような野党じゃないというのであればいいのですが、そこのところがどうもねえ…。さてさてわれわれ国民がどう反応するか。
ウルトラCのシナリオ(08/09/07 Sun-2010)
 
それにしても賑やかなものだ。あの人は当然として、また女性の彼の人もあり得るとは思っていたけれど…。本コラムでも、アメリカの大統領に黒人あるいは女性が就任するのと日本で女性が総理大臣になるのとどちらが早いかについて書いた記憶がある。かなり昔のことだ。ひょっとして日本の方が早いかもしれないと期待した時期があった。そして、その人が外務大臣になった。いよいよ準備が整ってきたかと思ったが、そこから先がオイオイという感じになった。その後を見ていると、人の悪口をおもしろおかしく言う点では超一級だが、それでおしまいの感がある。演説会場にも人は集まるが、それ以上には進まない。そうこうしているうちにアメリカでは女性大統領の可能性が急速に高まった。少なくとも昨年の今ごろまでは、民主党はクリントン氏で確定という情勢だった。ところが、これが見事にひっくりかえされた。しかし、黒人系のオバマ氏が大統領になるチャンスがある。だから日本の女性総理実現の方が遅くなることは間違いないと思われた。ところが、降って湧いたようにあの人が政権を放り出した。そのために本命の人が声を上げたが、同時に女性のあの人も手を挙げそうな気配になった。おそらく可能性はきわめて低いのだろうが、ひょっとしたら日本の方が早くなるかもしれないなんて気にもさせる。素人の目だが、本命よりもあの人の方が選挙では勝てるのではないか。それはともあれ、その後に出るは出るは、候補者が。けっこう知ってる人、ちょっと知ってる人、ほとんど知らなかった人、ちょっと暗そうな人…。いずれにしても、これでマスコミの目を引っ張ることは間違いない。誰が書いたシナリオなのか知らないが、ウルトラC級の裏技ではござんせんか。
フジヤマ、ゲイシャ…(08/09/06 Sat-2009)
 
人口あたりの金メダル獲得数第2位のオランダは人口が1600万程度だが、人口密度はヨーロッパで最も高い。世界ランクで見ても第4位である。そのオランダの後に日本が第5位でつづいている。面積が九州と同じくらいだというから国土が狭いのである。ただし、日本の場合は山間地が多いため、ほとんどが平地だと思われるオランダよりも人がいっぱだと感じるかもしれない。しかし、その一方で過疎化が進むのが日本の現実である。オランダといえば、風車≠ノチューリップ∞木靴∞ポルダー≠ネどが頭に浮かぶ。しかし、これは日本がフジヤマ≠ノサクラ=Aそしてキモノ∞ゲイシャ≠フ国だという、まことにワンパターン化したラベル付けと同じに違いない。サクラ≠ニフジヤマ≠ヘいいとしても、いまどきキモノ≠着て通勤している女性などいやしない。ゲイシャ≠ノ至っては、見たことがない人の方が多いだろう。もう30年以上も昔のこと、リーダーシップ研究の大物だった三隅二不二先生にくっついて四国の会社に行ったことがある。先生の助手というか、鞄持ちというところだ。そんな役回りでいたら、先方のトップと夕食をご一緒することになった。まあ役得というか、私もご相伴にあずかったわけだ。そのとき、ゲイシャさん≠ェ登場した。お謡や踊りのご披露と相成ったが、どんな顔して聞いていいのか見ていいのか、さっぱりわからなかった。戦後生まれのわれわれにとって、ゲイシャ遊び≠ネどは別世界のお話なのである。それでも一生のうちに一度は目の前でゲイシャさん≠見たのだから、いい思い出にはなったわけだ。もっとも、日本をフジヤマ∞ゲイシャ≠フ国だという見方は、さすがになくなってきているとは思う。
落雷でPCがアウトになり、本日まで表紙の更新ができませんでした。
いま宝くじを買うと当たるかもしれません。
豪州と和蘭(08/09/05 Fri-2008)
 
さて北京オリンピックでの金メダル獲得数第9位はイタリアの8個である。そしてベスト10は、フランス・ウクライナ・オランダが7個で並んでいる。この後にも6個以下の国が続いている。しかし、ここでは10位までで一応の区切りをつけることにしよう。さて、この数を人口比で考えるとどうなるか。世界の人口については、インターネットで国際連合の「世界の人口推計(2006年度版)」がすぐに見つかった。さすがインターネットはすばらしい。これをもとにして人口比を算出してみよう。ただし、オリンピックで各国が獲得した金メダル数をその国の人口で割ると数値が極端に小さくなってしまう。なにせ2桁の数値を数千万単位で割るのだから仕方がない。そこで「金メダル数÷人口」の結果に1000万を掛けることにした。これだと人口1000万人あたりの獲得メダル数になる。さて、その結果はどうなったか。ダントツに躍り出たのはオーストラリアだ。指数6.7である。あの広大な大陸に2000万人ちょっとしか住んでいないのである。日本の1/6の人口で14個も獲得しているのだから、見事としか言いようがない。第2位はオランダで指数は4.3である。ご存じの方もいらっしゃるのだろうが、人口が1600万程度の国である。私はこの数値を見ていささか驚いた。そんなに少ないとは思っていなかったのだ。日本の場合、首都圏の人口だけでも3400万を超えている(住民基本台帳 2007年3月31日現在)から、その半分以下である。わが国は長崎を窓口にしてオランダとも深い縁がある。一時は長崎オランダ村やハウステンボスが大いににぎわっていたが、いまはどうなのだろう。オランダ村には子どもたちと行ったが、ハウステンボスはホテルにだけ泊まったことがある。
ベスト10入り?(08/09/04 Thu-2007)
 
北京オリンピックの金メダル獲得数第2位はアメリカで36個である。アメリカはトップの座を中国に奪われたが、銀と銅を合わせると110個で、中国の100個を上回った。まあこれで、何でもかんでも世界一が好きなアメリカ人としては、一応は満足というところだろうか。さて、それに続く第3位はロシアで、23個の金メダルを取っている。かつての冷戦時代は、米ソ対決がスポーツの世界にも入り込んで、熾烈な競争が行われていた。ただあのころはソビエトは連邦だったから、複数の国の集合体であった。それが分離したのだから、以前ほど金メダルは取れなくなった。これは仕方のないところだろうが、それでも第3位なのだから、とりあえず面目は維持したということか。そして第4位はイギリスで19個の金メダルを獲得している。イギリスも、その昔は大英帝国として世界を支配していた。なにせ、地球上のあらゆる地域に連邦があったので、日が沈まない帝国といわれたほどだ。世界標準時がグリニッジを基準にしているなんてところは、往事のスーパーパワーの名残と言うことができるだろう。その当時にオリンピックがあれば、オーストラリアやアフリカの国々も含めて文句なしにダントツだったと思われる。しかし考えてみれば、そんな数え方自身が問題ですよね。それはともあれ、第5位はドイツで16個。この国も以前は東西に分かれていて、とくに東側は国威高揚のためにスポーツにはかなり力を入れていた。さて、第6位はオーストラリアの14個である。歴史的にイギリスと深い関係にある国だ。そして第7位に着いたのが韓国で13個の金メダルを取った。その後に続く第8位が日本の9個である。銀と銅を合わせて25個だった。金メダル2桁、メダル総数30個以上という目標を掲げていた。そのため、終了後にかなり叩かれている種目もある。
メダル狂想曲(08/09/03 Wed-2006)
 
とかく話題を呼んだ北京オリンピックも無事に終わったといっていいのだろう。みんなが熱狂するのに水を差すわけではないが、どうも日本は騒ぎすぎのような気がする。時差の関係やそれ以外の事情があるのだろうが、アメリカのNBCは開会式も実況しなかったという。国内で独占放映権を持っていたにも拘わらずである。また、ヨーロッパではフランスのサルコジさんが開会式に出席して評判を落としたのだそうな。チベット問題で、欠席もちらつかせながら騒いだ割にはすんなり出かけたのが不評を買ったらしい。そう言えば、ヨーロッパの元首はあまり出席していなかった。私自身もそれほどオリンピックの放送は見なかった。正確に言えば、何かの競技ではじめから終わりまで≠見たのはひとつもなかった。せっかく50インチを手に入れましたのにねぇ。まあ、それは私個人のことだからどうでもよろしいですね。それにしても、いつもメダルの数が話題になる。もちろんたくさん取れれば、それはそれでけっこうなことではある。しかし、あれも数だけで大騒ぎするのはどうなんだろうと思う。人口が多い国はそれだけ潜在的に人材がいる可能性が高くなる。わが国も世界第2位の経済大国なんて言っているけれど、けっこう人口が多いのである。1人あたりにすると、その順位は落ちるのではないか。だからといって白けることもないが、首相が突然辞めるなんて国は、外から見るとなんだあの国は≠ニ思われるだろう。それは置くとして、相当な暇人だと勘違いしないでいただきたいが、金メダル数とその国の人口を考慮するとどうなるかチェックしてみた。金メダルの獲得数が多い国の順に並べるのが普通のようである。ご存じの通り、第1位は中国の51個である。
会話のタブー(08/09/02 Tue-2005)
 
公園のベンチに座っていても chat がはじまる。アメリカなどにはそんな風土がありそうだ。わが国でも旅は道連れ世は情け≠ニいう。人が生きて行くときは一緒の方がいいし、思いやりの心が大事だ。そんな気持ちが伝わってくる。袖振り合うも多生の縁≠ニいうのもある。身近でお互いに袖が振れるのも、これまたご縁というわけだ。ここで多生≠ヘ仏教用語で何度も生まれ変わる≠アとである。他生の縁≠ニ書くこともある。他生≠ヘいま生きている今生≠ノ対して過去≠竍未来≠フこと。いずれにしても、関わりを大事にしながら生きていきましょうというわけだ。そんな気分でいれば、知らぬ同士の会話(chat)だって生まれる。しかし、何でもかんでも話せばいいというものでもない。アメリカでは他人との会話で避けた方がいいとされる話題が3つある。それは性≠ニ 宗教=Aそれに政治≠ノ関するものだ。このごろはセクハラ≠ェ大いに問題になっている。しかし、それ以前から性的な話は慎んだ方がいいと考えられていたのである。わが国だって、いわゆる下の話≠する人が人格的に高い評価を受けることはない。また宗教もきわめて個人的な内面に関わる話になる。人によっては宗教が生活の基盤になっていることもある。お互いに対立している宗教に属している場合は、それが明らかになってしまうと、その後の会話が止まってしまう可能性もある。そして政治≠ナある。これもまた対人関係に微妙な影響を与える。世俗的利害関係に結びつくからである。いずれの話題も慎重さが求められるという点では理解できる。ただ、これが自由なコミュニケーション≠最も大事にしているとされるアメリカの話だから、ちょっとおもしろい。
8月29日(金)夕刻から31日(日)にかけて、コンピュータのメンテナンスのためアクセスできませんでした。せっかくご訪問いただきました皆様にはお詫び申し上げます。
Chatの世界(08/09/01 Mon-2004)
 
井戸端会議≠熈浮世風呂談義≠烽ネくなった。そして、浮き世床≠フ世間話も減少している。これに対して急増しているのが携帯電話やインターネットによる情報交換である。チャット≠ネどは、まさにおしゃべり≠サのものである。英語のchat≠ヘchatter≠フ短縮形だが、もともとは鳥や猿などが甲高い声で鳴くこと、あるいはその声のことを意味している。そこにはやかましい≠ニいうニュアンスも含まれていた。これがchat≠ノなると、そうした意味合いはなくなるのだそうな。しかし、それでも辞書には無駄話≠ニいう意味も載っている。もうひとつ、chitchat≠ニいう単語もある。こちらは雑談やうわさ話をすることだ。ともあれ携帯やインターネットを使ったコミュニケーションが井戸端会議≠ニ決定的に違うのは、人と人が生で話しをしていないことだ。文字や音声だけのコミュニケーションは本当の会話とはいえない。私はコミュニケーションに求められる3つのポイントを強調している。その第一は聞こえる声で、聞いてもらえる声で§bをすることだ。そんなこと当たり前だと思われるだろうが、世の中には話が聞こえない実例がけっこうある。ここで取り上げるのもどうかと思うが、数年前に父の法事をした際に、お坊さんの法話がまったく聞こえなかった。息子も後で聞こえませーんと言おうかと思った≠ニ苦笑いしていた。学校の授業じゃあるまいし。とにかく何を言っているのかわからないのだ。お坊さんにとっては多くの法事の1つだろうが、お願いする側には大事な行事なのである。そこはやはりプロ意識に徹してほしいと思う。まあプロは論外としても、誰だって自信がないことを言うときには、ついつい声が小さくなる。