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味な話の素
No.63 2008年07月号(1942-1972)
サービス不足
(08/07/31 木-1972)
ありがたや、ありがたや=Bいつも本コラムに目を通されているお得意様≠ェいらっしゃる。つい先日のことである。安全文化に関するお話に出かけた組織で事前の打ち合わせが一段落ついたとき、ご担当の方からちょっとしたドッキリ質問を受けた。ところで、ときどき「味な話の素」を読んでいるのですが、結局のところテレビはどうなったのですか…=Bこの質問の趣旨は瞬時にして了解できた。この方だけでなくても、同じような疑問を持たれているご愛読者≠烽「らっしゃるのではないか。そうなんです。実は20年近く使ったわが家のテレビが突然真っ赤になった話を書いたのは、5月26日のことである。それから、いつもの通り道草を食いながら6月5日まで6回ほど続けた。その最後は、今はやりの大型を買うのは決まったが、その大きさについては家庭内でも50インチ推進派≠ニそんなにまで大きいものはいらない≠ニいう抵抗勢力≠ェ火花を散らせている話になっていた。したがって、ご質問の趣旨は、結局は何インチのテレビを買ったのですか≠ニいうことにある。私も、もう少し続ける気ではいたのだが、なにせ他にもいろいろ書くことが出てくるものだから、ついついそちらに目が向いてしまったのである。それに、もう6回も書いたから、もういいか≠ニいう気持ちにもなっていた。しかし考えてみれば、これは読んで下さる方へのサービスという観点からは問題があった。とくに、話が中途半端で終わると気になるものではある。心理学の世界では、ツァイガルニク効果≠ニ呼ばれる現象がある。われわれ人間には、目標が達成されると緊張感がなくなり忘れやすいが、未完成のままだと、そのことが思い出されやすい′X向があるのだ。
マニュアル問題(24)
7月05日の続き
(08/07/30 水-1971)
一般にはヒヤリハット≠ニ言うことが多いが、関西電力ではハットヒヤリ≠ニなる。そこで考えてみた。どっちが先なのだろうかと…。何か危ういことをする。そのときは当然ヒヤリ≠ニする。そして、そのことを頭で考えるとハッ≠ニする。こういうことをしていたらとんでもないことになる≠ニ気づくのである。しかし、何かをしたときに、まずはハッ≠ニすることもあるに違いない。そして、そのあとで大事にならなかったことを思いヒヤリ≠ニする。こんな順番だって大いにあり得るだろう。ミスなどというものは、考えてみればヒヤリ≠ニハッ≠ニの順番なんぞを問わないところが特徴なのではないか。いずれにしても、それぞれの組織のメンバーたちが、小さなことを含めて自由にものが言える雰囲気作りをしていくことが重要である。なんでも言える¥況作りは容易ではない。それは、人の自尊心や評価に結びつくからである。まずは、私、失敗しました≠ニいうこと自身に抵抗感がある。われわれは基本的には失敗はしない方がいい≠ニいう価値観のもとで生きている。それが外的な要因によるものであれば仕方がないが、とくに原因が個人に帰される場合は、失敗を他人から責められる可能性が強い。それによってまずは自尊心が傷つく。それだけではない。その内容次第では、地位や収入に影響が出てくる可能性もある。神様、仏様であれば、そんな世俗的なことに拘ることなく正義を全うするだろう。しかし、一般の人間は、なかなかそこまでの心境には達することができないのである。失敗を責める≠ラきかどうかはかなり大きな課題である。このごろはno blame culture=∞(個人を)責めない文化≠醸成する必要性が強調されている。
たばこと思い込み
(08/07/29 火-1970)
もう少しベルリンでのお話を続けてみよう。彼の地では、歩きながらたばこを吸う人がけっこういた。それも私の目に映った限りでは、女性の方が多かった。そして、ほんの少し前の日本と同じように、道路際には吸い殻がワンサと落ちていた。もちろん日本だってまだまだたばこのポイ捨てはある。しかし、歩きたばこは罰金という自治体も現れたせいもあってか、たばこを吸いながら行き交う人はほとんど見なくなった気がする。またヨーロッパには屋外や路上にテントを張って食事をする場所がある。正式にはなんと呼んでいるのか知らないが、コーヒーを飲んだりもする、よく見かける光景である。そうしたところでもとくに禁煙にはなっていなかった。それに、少しばかり大きめの駅には、葉巻をはじめとして様々な種類のたばこを売っている専門店があった。あれほど大きなたばこのお店は日本にはないと思う。私は25年以上も前に禁煙したから、どうということもないが、ドイツは喫煙家にとって天国なのかもしれない。いずれにしても、この状況を見て、ちょっとばかり意外な気がした。それは私自身が、ヨーロッパならわが国と同じかそれ以上にたばこに対する目が厳しいと思い込んでいたからである。これはたばこに限ったことではない。いろいろな行動について、われわれにはこうした思い込みがつきまとうものだ。それは先入観と言ってもいい。そして、それを元に他の文化についてが評価し批判もする。まずは、事実を知ること。これが大事なんだなあと、当たり前のことに改めて気づいたというわけだ。まだまだベルリンの旅にまつわる話のネタはいくらでもある。ときおり思い出しながら書いていくことにしよう。ともあれ、熱帯に戻ってきたことを実感しながら…。
壁≠フおみやげ
(08/07/28 月-1969)
歴史の事実として、東ベルリン市民が西へと逃亡を図ったことは事実である。もちろん、中には反対方向に動いた人もいただろう。しかし、その数は比較にならなかったはずだ。だからこそ東側がベルリンの壁≠作らざるを得なかったのである。その時点で勝負は決まっていたと言えるだろう。それにしても東の人たちの執念には凄まじいものがあった。空を気球やほとんど手作りのプロペラ付の乗り物で壁を飛び越えようとした。その反対に地下にトンネルを掘ってモグラ式に逃れる人たちもいたのである。そんな土地に来たオバマ氏は、思想や宗教などの間に壁は作れないといった演説をした。集会が終わってものすごい数の群衆が帰路につくのを電車の中から見た。新聞によれば20万人もの人が集まったという。時刻はすでに午後8時を回っていた。しかし、なんのことはない、日本で言えばまだ夕方の明るい空のもとで彼はしゃべったのである。いずれにしても、人の心にも壁は作れない。そして壁は28年間の寿命を終えることになった。あのレーガンとゴルバチョフの時代である。ブランデンブルグ門の前の壁≠ノ集まった群衆が壁に乗り、ハンマーでたたき壊す。その映像は世界中に中継された。それを見ている私たちのような異国に住む人間も興奮したことを記憶している。しかし、物理的に切り離されたまま人生を終えた人たちは少なくない。射殺された人々もいる。それはもう取り返しのきかない事実である。数日だけ街を歩いた私には、そんな過去を背負った雰囲気の人は見あたらなかった。もう20年の歳月がそうさせているのだろうか。そして、いまではベルリンの壁≠ヘ観光みやげになっていた。例のコンクリート≠小さなかけらにして売っているのである。
写真の挿入
(08/07/27 日-1968)
ベルリン滞在中は写真を挿入しなかった。ホテルでのインターネットが有料だったこともあり、短時間にファイルを転送する必要があったからである。そこで帰宅してから写真を追加した。お時間のある方は21日から25日までの本欄を覗いてみていただきたい。その日の話題と完全には一致していないが、メッセージ性のあるものを選んでみた。最初の21日は日の長さがわかる写真を掲載した。東京で言えば中央線に当たるようなところにある Zoologischer Garten 駅を取ったものだ。その名前から推察できるように動物園があった。高架を走る電車の向こう側に太陽がまぶしく輝いている。とても小さくて見にくいが右側に時計があって、8時ちょうどを指している。もちろん夜の8時である。まだ日が沈むという感じがしない。つぎの22日はホテルがあったFriedrichstrasse 駅から国会議事堂方面を見たものである。東西ドイツが統一されてから元の議事堂を修復したという。電車はかなり発達していて、山手線ほどまでは行かないと思うが、とにかくドンドン来た。学会の会場まで行くのにも乗り換えをした上で30分ほどで着いた。そのつぎの23日は、説明の必要はないだろう。ベルリンの壁≠フ遺跡≠ナある。いろんなところに残ってはいるが、。ここは落書きもなく重い歴史を伝えているような気がした。ただし、柵突きである。24日についてもご存じの通り、ブランデンブルク門である。ここから直線道路があって戦勝記念碑が建っている。そこにアメリカ大統領候補のオバマ氏が24日に来て演説した。最後の写真は歩行者信号のGoサインである。子どものマークがかわいく楽しい。東ドイツで使われたもので消滅の危機に直面したが、幸いにも生き残ったのだそうな。
亜熱帯回帰
(08/07/26 土-1967)
また灼熱の夏に戻ってきた。飛行機から空港に入るボーディングブリッジを歩いただけで汗が噴き出しそうになった。いまはまだ関空の中にいるから、それなりに涼しい。しかし、それも時間の問題である。福岡まで飛んで、それからJRに乗り換える。そんなこんなをしているうちに、汗が体を流れてくるはずだ。そこで生きていることを実感するのである。何といっても高温多湿のモンスーンだもの、これもまた人間の生き方である。ベルリンも最初の数日間は曇っていたせいもあってか、肌寒いほどだった。滞在終了までの2日ほどは青空が広がったので、少しは夏らしくなった。それでも汗ダクダクというところまではいかない。電車の窓は上の部分が開けられるようになっていた。冷房装置はついていないように見えた。それでも夏が過ごせるのだろう。寒いときは暖房が必要だが、これはモーターの熱を利用するから付加的な電気代はいらない。日本では夏になると電力消費量が過去最高だ≠ニかピークに達した≠ネどと話題になる。その主たる要因はクーラーだろう。その点、ドイツなんぞは少なくとも家庭のクーラー使用量が問題になることなどないに違いない。熱帯夜に悩まされる身としては、何ともうらやましい話である。わが国は、もはや温帯≠フ看板は降ろした方がいい。すでに亜熱帯≠ナあることは間違いない。そのうちマラリアなど、これまで日本では心配する必要のなかった病気も増えてくるだろう。お米だって、いずれは北海道産が一番うまくなるという話もある。もともと米は寒さに弱く、それを克服するために改良に改良を重ねてきた。そして北海道でもようやく収穫できるようになったのである。このままでいけば、九州なんぞは熱帯になるのか…。
本日でベルリン直送便はおしまいです。最高でも25℃程度の涼しい夏の日を過ごせました。
学べない人類
(08/07/25 金-1966)
ベルリンは本日24日が最後の夜になる。いま時刻は18時、日本では25日午前1時だ。味な話の素:ベルリン版≠烽アれでおしまい。こちらは日本より緯度が高いので、熊本だと15時ころの感じである。まだ4時間近くは日が沈まない。夕食は8時ころのに摂ったりしているが、写真を撮れば昼食だと間違えるだろう。とにかく夜の過ごし方が基本的に違う。ベルリンは、昨日はイラクの大統領、今日は民主党のオバマ氏が来るなど大賑わいだ。そのせいだろう、街中で警察官が目立っていた。ともあれ明日25日のお昼に出発する便で日本へ帰る。関西空港に着くのは26日の午前8時30分ころである。そんなわけで、26日の更新は早朝というわけにはいかない。それでも到着後1時間程度経過した9時30分までには更新したいと思っている。ところで、ベルリンの滞在は6日間になるが、その間の味な話の素≠ヘ全体として明るさがもう一つの内容だった。それは何といっても、ベルリンが背負っている過去の歴史が影響している。あの壁≠フ痕跡をこの目で見
て、その重さを改めて感じたのである。冷戦の中で、そして権力者の抑圧のもとで、どれほど多くの人たちが悲惨な目にあったか。国を分断され、さらに首都まで分割されるという厳しい現実の中で、庶民たちは翻弄され続けたのである。人間はどうして平和に生きていけないのだろうか。生まれたときは、だれもが無辜の人間だったはずなのに、どうして戦争をなどを始めてしまうのだろうか。これまで数千年も前から歴史を刻んできたというのに、人間は相変わらず争い続けている。まるで、自分たちには学ぶ力≠ェないと宣言しているかのようだ。ベルリンの悲劇もおみやげの写真集の中にしか残らないのだろうか。
ブランデンブルク門
(08/07/24 木-1965)
ブランデンブルク門の前にあったベルリンの壁≠ェ群衆によって破壊された。その映像はあまりにも衝撃的だった。門≠ヘホテルから徒歩で10分程度のところにあった。当然のことながら、多くの観光客でにぎわっていた。アメリカとソビエトの軍服を着た人間がいて、観光客と一緒に写真を撮る商売も繁盛しているようだった。門の前を走る道路の中央部には、例の壁の煉瓦が2個ずつ埋め込まれるようにして走っていた。この壁を隔てて多くの悲劇が起きた。西側にあった庭園前には、西ベルリンへ逃亡しようとして射殺されたり、川を渡る際に溺れて亡くなった人たちを悼む白い十字架が飾ってあった。その中には1989年5月に命を落とした20歳の若者もいた。あと半年もしないうちに壁≠ェ取り壊されるなど、夢にも想像できなかったに違いない。これ以上の悲劇があるだろうか。銃殺する兵士は、法を破る犯罪者に対して淡々と撃ったのだろう。その家族のこと、友人のこと、本人の人生のことなど考えない。兵士にだって親もいれば友人もいるはずだ。し
かし、人間的な感情を持っていては責務が果たせない。自分を機械として徹しなければ人の命を奪うことはできない。そして、それを命令する国家の責任者には、個々人の顔も見えないし、その悲しみも伝わらない。だから人の命を奪う命令も平気でできる。支配者にとって、自分から遠く離れて生きている民衆の命など知ったことではないのだ。しかし、そんな人間も自分の家族や近親者の死には涙するに違いない。自分たちさえよければ、他人はどうでもいい=Bまさに究極の自己中心主義∞エゴイズム≠ナある。国の命運を左右する権力を握った者たちがこうした発想に達したとき、悲劇が積み重ねられていく。
抑圧の壁
(08/07/23 水-1964)
落書きの現象は世界的なものだと思う。例のイタリアで起こった落書き事件≠ヘ記憶に新しいところだが、これとは違ったワンパターンのものだ。駅や橋、公共の建物、そして商店のシャッターなど、とにかくどこでもいいという感じである。どう表現していいかわからないが、世界中で真似をしているに違いないと思える形のものもある。これは日本でもよく見かける。それ以外の落書きにしても、一見したところではじつに似ている。その意味では、個別に自己主張したいことがあるとも思えない。そうなると、単なる欲求不満の現れなのだろうか。そう決めつけると当事者の中には怒る人もいるかもしれない。しかしそうかといって、あれが芸術だとも思えない。お店のシャッターに書き付けられれば、それを元に戻すためにコストがかかる。店によっては潰れるところだって出てくるだろう。欲求不満の解消のために人様の生活を壊してはいけない。もっとほかの世の中の役に立つ方法を考えてほしいものである。いずれにしても、欲求不満−落書き♂シ
説が正しいとすれば、それが目立つところほど、人々の心の中に満たされないものが多いことになる。その意味では、わが国でも欲求不満の人たちが増えているのかもしれない。ところで、ベルリンの壁≠ヘ当時の市民にとって抑圧の象徴だった。何といっても、同じ市が分断されて、お互いが行き来できなくなったのである。しかも、それを乗り越えようとすれば銃殺されるというのだから恐ろしい話である。いまでは、東西間のゲートがあった地点が観光スポットになっている。その前に入口の狭さからは想像もできない広いスペースの博物館があった。入ってみると、分断された人々の悲劇を伝える写真や現物があふれていた。
涼しい夏
(08/07/22 火-1963)
ベルリンはとても涼しい。いや正確に言うと昨日の夕刻過ぎに着いたときは肌寒さ≠キら感じた。緯度的には日本よりも北の方にあるから当然と言えば当然ではある。また夏はいつまでも明るいのがこのあたりの特徴だ。とにかく21時ころまでは日が沈まない。しかも、それがサマータイムで調整された結果なのだから、本来なら22時ころまで夜にならないわけである。そうした環境の国でも日本でも、この季節を夏≠ニいう。人間理解のためにはことば≠ェ最強の道具になる。それは間違いないのだが、夏≠ミとつとっても実態には相当な差がある。これが生き方や価値観にまで広がれば、その差はもう無限大にまで拡大する。もちろん、そうだからと言って相互理解をあきらめていては、元も子もない。それにしても、ことばは環境や文化によって育まれていくものであることを実感する。ところで、ベルリンの道路や駅など公共的なものの表示は、ほぼ100%ドイツ語である。当たり前のことだが、英語の国ではないことを実感する。今回宿泊しているホテルは旧東ベルリン市内にある。街全体で見ると、西側の方が発展が著しく新しいホテルなども建っ
ているらしい。学会が開催されている会場もそちら側にある。ただ、それだとおそらく東京や大阪と変わらない景色が広がっているだろうと想像した。そこで宿泊場所は東側にあるホテルを選んだ。その方が歴史的な雰囲気が感じられると思ったのである。会場へ行く電車の駅は徒歩で2分のところにあるから問題はない。実際に出かけてみると、乗り換えを含めて30分で着いた。その電車の中や街中で、とにかく落書きが多いのは気になるほどだ。電車の床にまで描かれていたので、これには驚くよりもあきれてしまった。
ベルリンから
(08/07/21 月-1962)
ドイツは夜の9時を回ったところだ。時差が7時間だから、日本はすでに21日になっている。体は午前4時だと感じているから、私としては相当に眠い。しかし、ここで更新しておくと、本欄を愛読して下さる皆さまには、朝から読んでいただくことができる。ちょっと頑張りましょう。関空からルフトハンザでフランクフルトまで飛んだ。それから先はドイツの国内線に乗り継いでベルリンへに到着した。昨年もウィーンとプラハに行ったが、このときもルフトハンザでフランクフルト経由だった。成田発のためか新潟からロシアに入り、そのままシベリヤ上空を突っ切った。今回は関西空港から朝鮮半島を横切って中国・モンゴルを通過してシベリアというルートになった。いつものことながら、外国の領空を安全に航行できる平和の大事さを感じる。さて、ベルリンと言えば、われわれ世代の頭に浮かぶのは壁≠ナある。米ソ冷戦の傷跡を背負ったベルリンの壁≠ェ作り始められたのは1961年の8月からである。このコラムは今日で1962回目だ。もちろん壁≠ニは何の関係
もないが、数値だけは偶然に重なりがあって、ある種の感慨がある。その当時のアメリカはケネディ大統領、ソ連はフルシチョフ首相だった。それから30年近く経過した1989年に壁≠ヘ崩壊した。私たちの世代には、少なくとも自分が生きている間に、あの壁≠ェなくなるなんてことは予想すらできないことであった。それは奇跡としか言いようがない歴史的大事件≠ナある。こんな現実を見ると、人間世界は洋の東西を問わず、一瞬先は闇のように思える。しかも時間が経過するとともに、すべてが過去のものになる。こうして若い世代ではベルリンの壁≠知らない人々がどんどん増えていく。
本日20日から26日までベルリンに出張します。
期間中も更新できる予定ですが、うまくいかない場合は26日にまとめて更新します。
アウシュビッツ
(08/07/20 日-1961)
昨日からベルリン出張だと前宣伝していたが、まだ日本にいる。関西空港から10時過ぎに出発する便を利用するため前泊したのである。ところで、1週間ほど前に忽然として台風7号が現れた。日本の天気予報を見ている限り忽然と≠ナある。はじめのうちは、今日あたりに九州から関西の方面が進路に入っていた。まったくもって、おやおや∞やれやれ≠ナある。その日に直撃されれば行程は大幅な修正を余儀なくされる。しかし、相手は台風さんである。人間がわいのわいのと騒いでも、来るときは来るのだ。人間の都合などかまってくれない。それが自然というものである。結果としては、台風は中国大陸の方に北上していった。こちらとしては幸いなことだが、あちらの方では被害が出ているに違いない。ところで、今回はベルリンまで出かけるので、ポーランドのアウシュビッツにも行く気持ちでいた。アウシュビッツは第2次大戦中のユダヤ人収容所として知られている。そこでは多くの人々が命を奪われた。私の仕事であるグループ・ダイナミックスの分野でも、アウシュビッツの大虐殺について、衝撃的な研究が行われている。イェール大学のスタンレー・ミルグラム教授が行ったもので、権威と服従≠フ視点から人間の行動が分析されている。その紹介だけでも本コラム10回分にはなるだろう。この研究については、改めて考えたいと思う。ともあれ、いまではアウシュビッツは世界遺産に登録されている。それもあってか出かけるための日程調整がむずかしかった。しかし、ようやく22日ならOKということで仮予約を入れた。とっころがである。その後に知らされてきた、私の学会での発表日がまさに22日だったのである。何とも運の悪いことではある。
できること
(08/07/19 土-1960)
ふと自分はたばこを止めたんだ≠ニ思い出すようになったとき、禁煙≠ヘ止煙≠ニなる。言い換えれば、喫煙習慣≠ェ喫煙しない習慣≠ヨと入れ替わったのである。たばこの例が適切だったかどうかはわからないが、われわれの行動は意識≠ゥら無意識≠ノ転換したとき、それが身についたことになる。このところ、公開講座の話題から、そこで行う目標設定の条件を考えてきた。その第1の要件が求められていること≠セった。それが意識≠竍無意識≠フ話にまで広がってきたのである。ここいらで第2のポイントに目を向けよう。それは、できること≠ナある。およそ目標達成が失敗するのは、それが、はじめからできないような場合が多い。理想的すぎたり、状況を無視したりといった具合である。こうした問題を克服するために、公開講座ではかなり短期的目標≠設定する。最も標準的なのは3ヶ月である。組織の状況によっては6ヶ月などの場合もあるが、私としては3ヶ月が好みである。その間にやってみてうまくいけばめでたし、めでたしである。そうでなければ、目標の設定そのものがまずかったと考えることだ。それなら、できるだけ早めに変えた方がいい。とにかく短期間のうちにできること≠目標として設定するのである。何分にもできること≠セから、かなり単純なものも多い。その中には、今さらこんなことが目標だなんて言うと笑われるかもしれない≠ニ心配にあるようなものだってあるかもしれない。しかし、真面目に組織と自分を変えようという気持ちでいるのであれば、人から笑われる≠ゥどうかなど気にしないことだ。多くの組織や人がしていることなら、遅まきながらでも自分たちもちゃんとした方がいいに決まってる。
意識から消えていく
(08/07/18 金-1959)
禁煙を開始して以来、お向かいの中学校の職員室でたばこを吸っている先生が見えた…。いまから30年近くも前のことである。それはひょっとしたら幻覚だったのかもしれない。そうだとしても、その手の記憶がいまでも残っている。禁煙して間もなくは、とにかくたばこが気になって仕方がなかったということだ。しかし、そうは言いながらも人間はよくできているものである。眠られないときに羊が一匹、羊が二匹…≠ニ数えているうちに気が遠くなる。まあ、その効果は人によって違うとは思うが、これを覚醒時にやっていると、おそらく途中で面倒くさくなるのではないか。数値なんてのは絶対間違いなく数えていると思っていても、どこかでミスる。そうなると、これまたどうでもいいや≠ニいう気分になってしまう。こうしたいい加減さがかえって大事なのである。人間に限らず、動物全体に共通することなのかもしれないが、ひとつのことに集中し続けることはできないようになっているのではないか。それはあながち欠点と言うわけでもなく、プラスに働くことだってある。ニコチンの禁断症状は強烈ではあるが、それでも24時間、ニコチンのことだけを継続して考え続けることはできないのである。いっそのこと禁断症状≠ェ襲ってきたら居直るといい。ようし、たばこのことを一瞬たりとも忘れないぞーっ≠ニ決断するのである。しかし、その強い意思もなかなか続かないと思う。少なくともちょっとした瞬間はたばこの記憶がどこかに飛んでいるに違いない。そして、そのうち、その間隔が気づかないうちに長くなっていく。さらに時間が経過していけば、忘れている時間の方が多くなってくる。いつも意識≠ノ上っていたものが心の中から消えていくのである。
誘惑者
(08/07/17 木-1958)
ニコチンとは縁を切ったつもりでいても、周囲には悪魔のような仲間があふれている。自分だって止めたいと思っているのに、こいつだけに抜け駆けはさせないぞ=Bたばこを吸っていると、そんな心理がはたらくようだ。とくに自分が禁煙できないと信じている者にとっては、たばこを止める人間が出るのは心理的にきわめてまずい。たばこは肺ガンの原因になるなんて言われると、もう誰でもいいから1人でも道連れを確保しておきたくなる。その仲間が減るのだから、これは何としても阻止しなければならないのである。そこで禁煙宣言≠ネどとつまらないことを言い出した輩に対しては誘惑の限りを尽くす。それまでは、たばこが切れて1本ちょうだい≠ネどと言おうものなら、体全体でいやな態度を示していた人間が態度を変えるのである。あっ、そうなの。ところで1本吸わない≠ネどと言いながら、鼻先にたばこを突き出すのだ。ここで誘惑に負けてはいけない。そんなことはわかっているのだが、気がつくとつい手が出てしまっている…。禁煙奮闘記には、こうした体験があふれているはずである。そんな中で、幸いにも私は禁煙に成功した。もうその当時の気持ちなどは記憶していない。しかし、ご多分に漏れず、禁断症状≠ニ闘ったことだけは間違いない。その当時の日記を見れば、きっと生々しいことを書いていると思う。いずれにしても、とにかくたばこのことが頭に浮かぶのである。それこそ、寝ても覚めてもたばこが目の前をちらつくのだ。私の仕事場は2階にある。その向かい側は中学校である。おそらく40メートルくらい離れているだろう。その中学校の職員室が2階にある。そして、そこでたばこを吸っている先生が手に取るように見えるのである。
求められていること
(08/07/16 水-1957)
目標設定のポイントの第一はフォロワーから求められていること≠セった。いくら本人が大事な行動だと思っていても、フォロワーから求められて≠「なければ意味がないのである。もちろん、長期的な展望に立つ場合は、自分が欠かせないと信じる行動を継続し、その必要性を理解してもらうことも大事なことだ。しかし、そうした効果を期待するためにも、いま求められている行動をしっかり実践しておくことが基本になるのである。さて2番目はというと、できること≠ナある。何かをすると言っても、できなければ絵に描いた餅になる。この場合、ある程度の期間を設定しておく必要がある。しかもそれは比較的短い方がいい。たとえば3ヶ月といった程度である。科学的な根拠はないが、6ヶ月だって長いという気がする。とにかくその期間中に限ってできることを決めるのである。この間だけは意識しながら継続することだ。それがいつの間にか無意識≠ノなっていればシメたものである。そのとき、目標とした行動は習慣化して身についたことになる。私は娘が生まれてしばらくしてたばこを止めた。息子が誕生した際は、換気扇に向かって煙を吐き出すように行動を変えた。しかし、娘のときは禁煙に成功したのである。息子は抱っこされて、たばこの自動販売機のボタンをを押した記憶があるという。そうした記憶は娘にはないのである。娘が父親に与える影響力のものすごいことよ。そんなわけで禁煙したのは27年以上も昔のお話である。禁煙成功のもう一つの要因は、毎日を過ごす仕事場にたばこを吸う人間がいなかったことだろうか。その当時、私以外に仕事場にいたのは事務担当の女性だけだった。この環境はたばこを止めるためには大きなプラス要因だった。
フォロワーシップ あるいは 公開講座物語(4)
(08/07/15 火-1956)
リーダーシップを考える場合、企業組織では上司と部下、学校では教師と児童・生徒などの関係が取り上げられる。また、看護の世界では師長と一般ナースがその対象になる。これらを共通することばで言うならリーダー≠ニフォロワー≠フ関係である。これを良好なものにするためにリーダーシップ≠ェ重要な役割を果たすことになる。そして、それを実現しようとするのがリーダーシップ・トレーニング≠ナある。しかし、職場の対人関係はリーダー¢、の行動だけで決まるわけではない。リーダーに相対するフォロワー≠フ方も、リーダーと望ましい関係を創り上げていくことが求められている。それはリーダーシップ≠ノ対してフォロワーシップ≠ニ呼ぶべきものである。リーダーは給料も高いし、権限も持っている。だからしっかりしないといけないのはリーダーだ。その点、フォロワーはリーダーについていくだけである。職場として仕事がうまくいかないとしても、責任をとるのはリーダーなのだ…=Bとまあ、フォロワーたちがこうした発想でいる限り、職場の対人関係はうまくいかないし、仕事の成果も期待できない。フォロワーは受け身であってはまずいのである。たしかに、すぐれたリーダーがすぐれたリーダーを育てる≠アとは疑いない。しかし、すぐれたフォロワーがすぐれたリーダーを創り上げる≠フも、また真実なのである。一緒に仕事を進める人間なのだから、お互い様と言うべきなのだ。この点については改めて考えていくことにしたい。ところで、看護系の方で日総研から出ている雑誌主任&中堅≠お持ちの方がいらっしゃるだろうか。実は、最新の7・8月号にリーダーシップとフォロワーシップ≠フ原稿を書いたばかりである。
チョンボのご指摘 あるいは 講座物語(3)
(08/07/14 月-1955)
ありがたいことである。昨日の朝8時にメールをいただいた。本コラムを欠かさずお読みいただいている方からのものだ。昨日の内容が7日のものと同じというお知らせである。今年は私の干支である子年だ。ということは、私も48歳…。なあんてことはありません。いやはや、私も今秋にはなんと還暦を迎えるのである。。そんなこともあって、このごろはうっかりミスを連発している。今回もすでに書いた原稿をワープロから削除していなかったのである。そのメールに気づいたのは9時前だったが、すぐに新しい内容に書き換えた。そのため、修正前のものをお読みになった方はそれほどいらっしゃらないと思う。それにしても、こうした情報をいただけるのだから、まことにありがたいことである。感謝。さて、公開講座「リーダーシップ・トレーニング」の話に戻ると、これは基礎研修≠ニフォロー研修≠ェセットになっている。この2つの研修の間には3ヶ月の間隔がある。たとえば、今回の基礎研修≠ヘ7月3日、4日だったが、フォロー研修≠ヘ10月3日である。最初の基礎研修≠ナ集団に関わる様々な情報を提供する。その中心がリーダーシップに関するものであることは言うまでもない。そして2日間の基礎研修≠フ最後に職場で実践する行動目標を設定する。その際のキーワードは、求められていること∞できること∞見えること≠フ3点セットである。われわれはリーダーシップは行動だという前提で研究を進めている。その行動を改善することが効果的なリーダーシップの発揮に欠かせないと考える。しかし、その行動は求められている≠烽フでなければならない。ここで求める℃蜻フは一般的な組織では部下である。教師の場合は児童・生徒になる。
公開講座物語(2)
07日の続き
(08/07/13 日-1954)
首都圏≠ナ公開講座 リーダーシップ・トレーニング≠開催することになっことは、たしかにめでたし、めでたし≠ナあった。しかし、そうかと言って、ただ喜んでいるわけにもいかない。開講しても受講者がいなければお話にならないのである。さて、そこをどうするか。熊本大学としては、単独の公開講座を東京でPRする手立てがない。そもそも、そんな予算など設定されていないのである。そこは個人的なネットワークに頼るしかないわけだ。そこで、日ごろからお付き合いいただいている組織や個人の方々に声をかけることにした。そしてその成果があったというべきか、最終的には19名の皆さまにご参加していただいた。募集定員は25名だったから、そこまでは到達しなかった。しかし、なにせはじめてのことである。私としては十分に満足した。ともあれ講座そのものは受講者の方々の気持ちに支えられて順調に終えることができたからである。そして、皆さんから、来年もうちのスタッフを参加させますよ≠ニいったありがたいお言葉もいただいた。熊本の公開講座の体験から、ご参加を得るためには口コミこそが最大の力を持っていることを実感している。そんな雰囲気があったから、試みにはじめた東京コースだったが、第1回目の終了日に、翌年も継続することを決めたのである。そして今月3日と5日に、第2回目がスタートした。昨年にご参加いただいた方の口コミ≠フおかげもあって、今回は定員を上回る27名の方からお申し込みをいただいた。最終的にはお2人のご都合がつかなくなったが、定員どおりの状態で基礎コース≠終えることができた。昨年は参議院選挙の時期で、会場の田町駅前では田中康夫氏がビラを配っていたことを思い出す。
叩いてさすっても…
(08/07/12 土-1953)
落書き事件≠ヘ一件落着となったようだ。ともあれ、いつごろから冷静な発言があったのかどうか知らないが、最初のうちは責めまくりの様相を呈していた。あの勢いだと、さらに他の国でも日本人の落書き≠ェないかどうか探しまくろうという迫力だった。ところが、海の向こうからイタリア人の方が日本の反応に驚いている≠ニいうニュースが届くと、その勢いも萎んでしまった。たとえば、キレのいい辛口で評判のMMさんは、自分がイタリアに行ったときの経験談のような話をしていた。彼の地では、観光地の入口あたりでサインペン≠売っているところがあるという。その際に、記念に書き残していきませんか≠ニいって購入を勧めたりしているのだそうな。MM氏は、そんな土地柄だもんね≠ニいったニュアンスの発言をしていた。出勤前の聞き流しに近いから正確なフォローではないが、とにかくそんな感じの発言だった。まずは、そうなのかそんなこともあるのかと思った。そのつぎに、それなら最初に問題になったときに、そうした現実も伝えていたのかしら。こんな疑問が頭をかすめた。責めるときは責めまくり、イタリアが驚く≠ニ、まあ、そんな状況があることは確かだもんね≠ナは、ちょいとばかり遅すぎるのではないか。世の中に完全な公平ということはあり得ない。しかし、叩いてさすれば元通り≠ニいうわけにもいかないでしょう。叩いてへこんだ傷は、それが心の場合は、とくに修復がむずかしいのである。ただし、それ以前の放送を見ていないので、すでにその手のことを話題にしていたのかどうかはわからない。これを聞いてゼミの学生が反応した。ある番組ではそんな悪質な業者はほんの少数だ≠ニイタリア人が怒っていたという。
流れの変化
(08/07/11 金-1952)
落書きした短大生の1人が自費でイタリアに出かけて謝罪したという。学長さんと一緒だ。これを迎えたイタリア側は、彼女を平和の親善大使に任命したという。なかなかうまいというか、それこそ粋な計らいということだろう。この話題もまたイタリア国内でニュースとして流されるに決まっている。これで日本人の印象が悪くなることはないだろう。ただ、ものの捉え方は一様ではない。わざわざ謝罪に来ることのすごさは、日本人が一丸となってある行為を責めまくる怖さのようなものを感じさせるかもしれない…。それはともあれ、観光地での落書き行為そのものは褒められたものではない。だから、それなりに厳しいことを言われ、責められるのは仕方がないだろう。ただし、テレビでの一連の流れを見ているとちょっと気になることがある。あきれた行為だ∞日本人の恥だ≠ネどとさんざん批判した後で、イタリアでは日本人の反応に驚いている≠ニいう情報が流れた。それからの動きには、かなりトーンの変化があったような感じがするのである。しっかりした評価の目を持っていれば、いくらイタリアが許すといっても判断は変わらないはずである。そんな声に甘えてはいけない。イタリアと日本は価値観が違うのだから、世界中のどんなところにいっても落書きなんかしてはいけない。まさに厳罰に処して当然なのだ=Bそんな意見が飛び交ってもおかしくないと思うのだが、その方向の批判が急になくなっていった気がする。もちろん私にとって、ワイドショーは時計代わりの覗き見程度である。それに、あっちこっちチャンネルを変えている余裕もない。だから実際には、テレビ画面に登場した人の中には、最初から冷静な意見を言っていた人もいるのはいたのだろう。
旅の恥は…
(08/07/10 木-1951)
イタリアでの落書き事件は少なくとも日本では大顰蹙を買った。私だって朝っぱらからワイドショーを見続けるほどの時間はない。それでも、出勤前の時計代わりに点けているテレビから、その行為に対する厳しい批判の声が流れていた。日本には旅の恥はかき捨て≠ニいう言い回しがある。日常的な場面では不道徳なことをするとまずい。知っている人の目があるからだ。しかし、だれも自分を知らないところに行けば恐れることは何もない。そこでブレーキがなくなってしたい放題。自分の住んでいるところなら恥ずかしくてできないことも平気でやらかすというわけだ。そんなわけで、残念ながら(?)、日本人には見知らぬ土地ではいい加減なことをしても平気なDNAが備わっているのだろう。何といっても稲作で食ってきた民族である。田植えも雑草取りも、そして収穫時の稲刈りだって、みんなで力を合わせる必要がある。そんなときに自分勝手に集団から外れるようなことをしてはいけない。それこそ村八分≠フ憂き目に遭うのである。ところで、この言葉の由来が興味深い。村でお互いが互助的に行う十個の行事や祭事などのうち、葬式と火事≠フ二つだけを除いて援助しないことから、八分≠ニいうわけだ。その他の中には、成人式∞結婚式∞出産≠ネどが含まれる。ただし、これも後付の解釈で、本来は爪弾きする≠フはじく≠ェ訛ったという説もあるらしい(ウイキペディア)。いずれにしても、人の目を気にしながら生きていたから、ストレスもたまったことだろう。そんな日常的な環境から解放されたとき、ついついたがが緩んでしまう。もっとも、いくら集団主義的だからと言って、こうした行為が日本人だけに限られるということはないと思う。
落書き騒動
(08/07/09 水-1950)
イタリアの観光地で日本人が落書きをした事件で大騒ぎになった。部活の指導者がクビになったり、学校として謝罪したりといった反応が続いた。そのことがイタリアで報じられて、これまたニュースになっているらしい。どうも彼の地では観光地での落書きが多いようで、イタリア人自身はそれほど気にしていない様子である。観光地ので落書きでクビになったり、本人たちに消しに行かせるといった対応には、いささか驚きのようである。少なくとも、そのことがニュースになるのだから、イタリア人の多くがえーっ≠ニ思ったことはたしかだろう。今回の場合も、まったく真っさらのところに、日本人だけが落書きしたのではないという。それこそ、イタリア語はもちろん、英語などでそこら中に落書きがワンサかとあふれているのだそうな。しかし、そうだからと言って落書きを書いた方がいいわけではない。少なくとも、落書きをする≠アと自身が目的になっているような観光地は別であるが、一般的に落書きはまずいに決まっている。凶悪犯罪で頭を悩ましていたニューヨークでは、その対策として小さな犯罪をなくすことからはじめた。その中心人物が、あの911テロで名をはせたジュリアーニ市長である。彼が採用した対策の1つが地下鉄の落書きを一掃することだった。この例から考えても、やはり落書きは犯罪なのである。そんなわけで、他の国の人がどんなに落書きをしていても、日本人としてはそんなことはしない。こうした気概を持っていることも国際化の中で大事なことだ。グローバリゼーションなどと言うが、それが何でもかんでも同じことをする≠アとではないはずだ。道徳的なことも不道徳的なことも、すべてが国際標準でというのはおかしな話である。
言葉のプロ
(08/07/08 火-1949)
ある新聞が法務大臣の死刑執行について「死に神」という表現を使ったという。それが問題になっている。たしかに、死刑については賛否両論がある。世界的にも死刑廃止の流れがあるようにも見える。しかも、様々な意見を出すことができるのが民主的な国である。だから、自分の信じるところを自由に表現することは尊重されないといけない。しかし、それでも、何でもかんでも自由≠ニ言うわけにはいかない。誹謗・中傷など、人を傷つけるような表現は慎むのが常識だ。とりわけ、新聞に関わっている人々は、言葉のプロ≠ナなければならない。自分が使う言葉がどんな影響を与えるのか、それに対する感受性を持っていないとまずいのである。執筆者のご本人は風刺≠フつもりだったようだが、法相をとにかく批判したいという感情が先に走ったのではないか。その結果、筆が抑えられなかったということだろう。おそらく執筆者はエリートと呼ばれる人に違いない。批判がわき起こった後でも、心の中では、国民のレベルが低くて風刺も理解できない≠ネんて思ってはおられないでしょうね。ついつい、そんな邪推をしてしまうのですよ。風刺≠ニいうのは、皮肉を込めたハイレベルのメッセージである。それを読んだ多くの人がにやり≠ニ笑う。そして、ターゲットにされた関係者たちも、イヤー、なかなか痛いところを突くではないか≠ネどと苦笑≠キる。それが風刺≠ネのである。大臣はもちろんのこと、全国犯罪被害者の会からも抗議を受けて、批判を厳粛に受け止める≠ニ回答したという。その中には、中傷≠竍侮辱≠フ意図はなかったとも書かれているようだ。本当にそうだとすれば、まさに言葉のプロ≠ニしては、いかがなものかと思ってしまう。
公開講座物語(1)
(08/07/07 月-1948)
昨年から東京で公開講座「リーダーシップ・トレーニング」を開催している。私がライフワークにしているつもりの「リーダーシップ・トレーニング」を、公開講座としてはじめたのは1992年のことである。それから早いもので17年もの歳月が流れた。おかげさまでそれなりの評価をいただき、すでに受講者数は1200名を超えている。ありがたや、ありがたや…。かなり前のことになるが、東京でお付き合いいただいている方に講座をご紹介した。そのときは、単に話題にしたつもりだったのだが、ある組織からは何名かが熊本まで来られるようになった。そうこうするうちに、やはり東京でお仕事をご一緒している方から東京で開催したらどうですか≠ニいうご提案があった。夏目漱石の坊ちゃん≠ルどではないが、生来から調子に乗るタイプである。そりゃあいいですね≠ニ、すぐその気になった。そうなると話は早い。もう話題になった翌日には大学の事務局に、東京開催の件についてメールした。東京だと旅費や会場使用料などの経費がかかる。しかし、それは受講料で何とかトントンに持っていける。そのくらいの計算をした上でメールを送ったのである。これに対して、その当時のご担当者からは、どうして東京で≠ニいう質問も出たりした。どうしてって、需要があるからですよ≠ネんて、けっこう風呂敷を広げて答えた記憶がある。そのうち、首都圏で公開講座を開催するなんて、素晴らしいではないですか≠ニサポートしてくださる方も現れてきた。この首都圏≠ニいうことばがとても印象的だった。そんなこともあって、その後は比較的スムーズに話が展開していった。そして、昨年度いよいよ東京進出≠ニなった。まずはめでたし、めでたし≠ナある。
仕事場
03日の続き
(08/07/06 日-1947)
物的証拠がないと、つい自白≠ノ頼りたくなる。もちろん真犯人が自分の罪を悔いて進んで事実を告白するのであれば、それが最も望ましい。しかし、世の中そう簡単にはいかないからややこしくなる。みんながみんな、はい、やりまし≠ニは言わないのである。そこで取り調べる側としては、本人の口から真実≠語らせようという気持ちが強くなる。その際は、相手との押し引き≠ェ行われる。これを別のことばで言えば脅したりすかしたり≠ニいうことだ。押し引き£度の表現であれば、ちゃんとしたコミュニケーションの一環という感じがする。しかし、脅しすかし≠ニいってしまうと、これはもう問題になる。つまりは、力に任せたアンフェアな印象が強くなるのである。そもそも調べる側と調べられる側とでは心理的にも圧倒的な差がある。調べる側にとっては、取調室も仕事場の中に含まれている。そもそも玄関前に物々しい姿で警備員が立っているような建物や施設は、素人にとっては、それだけで入りにくい。しかし、そこを仕事場にしている者には何のこともない日常的空間なのである。大学時代の友人に裁判官がいて、たまたま講演を頼まれて裁判所に話しに行ったことがある。もちろん友人は背広姿で、いわば普通のサラリーマンと何ら違うところはなかった。そして裁判所の事務室などをはじめ、通された部屋などもとくに自分の仕事場と変わっているようには見えなかった。おそらく警察官が集まって仕事をしている事務室なども、これと似たような雰囲気なのだろう。ときには部屋中に笑い声が響き渡ることだってあるはずだ。そう考えると、自分が勤めている大学にしても外部の人から見れば、何となく入りにくい感じを与えているのかもしれない。
マニュアル問題(23)
6月25日の続き
(08/07/05 土-1946)
ヒヤリハット≠ェ報告されやすいかどうかは職場の規範や文化に影響される。人々の行動の行動の基準、常識が規範や文化である。職場集団になんでも言う∞なんでも言える°K範や文化ができあがっているかどうかがポイントになる。そして、その形成には職場における対人関係やリーダーシップが大きく関わっているのである。ところで、ヒヤリハット≠ノついてはおもしろい体験をしたことがある。もともと関西は東京に対する対抗心が強い。JRの電車でも、東京は「特別快速」があり、九州でも同じ呼び名を使っている。ところが、関西に行くとこれが「新快速」になる。エスカレータの追い越しを右でするか左でするかも東京と大阪では違っている。東京の場合は左側に立って、右側を追い越しに使う。これが関西になると急がない人間は右側に立つのである。これについては、関西の方が国際的な基準に合致している。それは1970年に大阪で万博が開催されたとき、諸外国の方法を参考にしたからである。これと類似したことを、安全に関しても発見した。それは関西電力の発電所に出かけたときのことである。多くの工場などと同じように、安全に関わるポスターなどがいろいろなところに貼ってある。ところが、ここでは他とは異なる表現が使われていることに気づいた。どこでもヒヤリハット≠ニいう言い方が一般的だ。ところが、そこにはハットヒヤリ≠ニいう文字が踊っていたのである。これを見たとき、少しばかり笑みがこぼれた。しかし、すぐに首をかしげた。ヒヤリハット≠ニハットヒヤリ=A実際にはどちらが先に来るのだろうか。まずはヒヤリ≠ニする。すぐに、それが避けられなかったときの結果を考える。その恐ろしさ怖さにハッ≠ニする。
映像の裏側
(08/07/04 金-1945)
ブッシュ大統領がNHKの記者に会った。独占の会見である。すごいな≠ニ思いきや、夜には日本テレビでやはり独占的な会見をしていた。もちろん部屋もまったく同じである。ブッシュ大統領の足を組んで答える姿勢もこれまた同じだった。私自身は気づいていないが、この調子だと他の局のインタビューにも応じていたのではないか。それは措いても、とにかくアメリカが日本を意識していることは明らかである。これぞまさに日本の世論向けの情報作戦である。もちろんインタビューをすれば、それが記録として残るから、発言に責任も伴う。その意味では、インタビューがまったくないよりはいいとも言える。しかし、この件に限らず、われわれは情報をきちんと評価する力を養っておくことが必要だ。テレビの映像だけ見ているとインタビュアーがいきなり突っ込んだ質問をしているような印象を受けた。これは私の勝手な想像だが、インタビューの前に質問する内容はちゃんと伝えられていたのではないかと思う。さらに言えば、そうした事前情報について注文が付けられなかったのかどうか。素人的には、こうした手続きが要求されている方が自然に思える。さらにさらに突っ込んで言えば、無駄な空白は措くとしても、映像そのものがすべて再生されていたのかどうか。あるいは、インタビュー後にビデオのチェックが行われなかったかどうか。また、その際は日本側のカメラだけしかなかったのか。ひょっとして、その模様をモニターする別のカメラがあったりして…。こんな調子で、素人の妄想はどんどんと広がっていくのである。そんなことはあり得ないと言うのであれば、それを信じたいと思う。しかし、国の対応なんてそんなに単純なものではないような気もするのである。
取り調べ記録
01日の続き
(08/07/03 木-1944)
物的証拠がないと自白≠ノ頼りたくなる。犯人しか知りようのない事実≠本人の口から聞き出せば、それは物証と同じ価値があるからだ。純粋な法律としてどう定義されているか知らないが、現実の裁判では自白≠ヘそれなりに評価されるようだ。もちろん、その任意性≠ェ問題になる。それは強制されたものであってはいけない。自分から進んで言い出したことでないとまずいのである。この点が大いに問題になる。もうかなり前になってしまったが、警察官から自白≠引き出すために踏み絵を強制されたことが問題になった。踏み絵≠ニは、これまた時代錯誤的な取り調べではある。もちろん、こうした方法が問題であることは言うまでもない。他の関係者はみんな白状している∞家族は本当のことを言ってくれと願っている=Bこの事件では事実がないのに、こうしたセリフで自白を迫ったという。こうした状況があって、裁判では無罪が言い渡された。そんなこともあって、取り調べの模様をVTRに記録することが現実のスケジュールに乗ってきた。これで不法な取り調べがなくなる、あるいは少なくなることが期待されるというわけだ。ただし、どこまでオープンにすべきかについては、まだ議論があるようだ。人間もいろいろである。すんなり反省して事実を伝える者がいる一方で、一筋縄ではいかない人間もいる。記録が残されるとなれば、取り調べ方もこれまでとは変わってくるはずだ。その結果、真実が明らかにされにくくなる事例が出てくるかもしれない。理不尽な自白の強要がなくなっていくとともに、本当のことを言わずにうまく逃げ切る者だって生まれてくる可能性はある。時代の流れの中で、われわれ自身がそのことをちゃんと覚悟できているか。
お手玉遊び?
(08/07/02 水-1943)
手玉に取る≠ニいう。「手玉のように投げてもてあそぶ。人を思うままに操る。翻弄する(広辞苑)」。まさにアメリカは彼の国に手玉に取られた≠フである。任期満了近くの大統領と国務長官。まさに彼の国のトップが思ったままにストーリーは展開した。おそらく笑いが止まらないのではないか。政権末期になると脆弱になる。まるで見え見えの流れであった。人間は自分がかわいいものだ。自分のことは措いて50年も100年も先を見ることはできない。IQは200とも言われた国務長官だが知能指数は高くても、自分の業績づくりのためにはなんでもありの選択をするのだろうか。その意味ではLQというか、Life Quotient の方はかなり怪しいのではないか。それにしてもあっちこっちでほころびが起きた政権というものは、なりふり構わない行動をするように見える。国家とは結局はそんなものなのか。よそごとだけで済むわけもない。トップの人が、アメリカのテロ国家指定解除をじつに冷静に受け止めているように見えた。そこで素人は考えた。これはきっと、われわれの知らないところで、かなりにんまりできる取引ができたのではないかと。そのうち、あっと驚く≠謔、な事実が公表される。それは、永年の懸案を一気に解決するものだ。だからこそ、あんなに落ち着いて指定解除に対応していたのである…。しかし、それは素人の大いなる思い過ごしだったようだ。何のことはない、ほとんど話は進まず、相変わらず手詰まりというのが真相なのではないか。それに彼の国と国交関係を持っている国は、われわれが想像するよりもはるかに多い。インターネットでチェックしたら、74カ国にも達している。韓国が94カ国というから、圧倒的に孤立している国でもないのだ。
物的証拠と告白
(08/07/01 火-1942)
物的証拠が乏しいと、本人の口からものを聞きたくなる。キリスト教の世界では懺悔というのがある。あの懺悔で犯罪までも告白することがあるのだろうか。もしそうだとすると、そしてそれを聞いた側には守秘義務があると思われるが、そのあたりはどうなっているのだろうか。犯人の告白を聞いたとき、自首しなさい≠ニいうアドバイスもありということかもしれない。このあたりはまったく情報がないから、勝手な推測を重ねるのはやめておこう。いつか機会があったら、しっかり確かめてみたいものではある。物証がなくても、本人しか知らないことを告白した場合は犯罪の証明ができる。たしかに、凶器を□□に隠しました≠ニ言われてそこに行ってみるとそれが発見される。ほかの誰もが知りようがない事実だから、これは犯人に違いないというわけである。しかし、そこがなかなかむずかしい。意図的に罪を犯した者の場合、自分の犯罪をできるだけ隠そうとする。それでも物証がなければ、何としても本人の口から情報を得たくなる。そこでついついテレビで見るような厳しい取り調べにもなるのだろう。被疑者の口から自白≠引き出そうとするわけだ。その際に、押したり引いたり、なだめたりすかしたりと、様々な手法が使われるに違いない。社会心理学では説得≠竍態度の変容≠ノついての研究がたくさんある。取調室でのやり取りも、ある意味では被疑者に対する説得≠フ過程である。したがって、押し引き≠竍なだめすかし≠ネどは当然使われているだろう。ただ、それでも口を割らない¥鼾には、調べる側もついつい力が入ってしまうことは容易に推測できる。それが行き過ぎると、いわゆる自白の強要≠ニいうレベルに達することになる。