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味な話の素
No.56 2007年12月号(1707-1744)
 
拙著新刊のご紹介
 
熊本大学の「知のフロンティア講座」でお話しした内容が「熊本大学ブックレット」として発刊されました。
 タイトルは「人生をよりよく生きるノウハウ探し −対人関係づくりの社会心理学−」です。
 表紙は、何と「夏目漱石さん」です。ひょっとして、私は漱石さんの生まれ変わり? 
 たしかに、小柄で短足なところは、私も十分に似ているのですが、どう考えてもスケールが違いすぎですかね…。
 あれやこれやと、「味な話の素」タッチでまとめています。熊本日日新聞社刊で定価800円です。
 ご遠方の皆様も、ワザワザお取り寄せの上、お読みいただければ幸いです。
今年も味な話の素≠ご愛顧いただき、ありがとうございました。
まだまだ、継続する意欲は衰えていません。No.2000≠目指して、Let's Go!
明日≠ニ今(07/12/31A Mon-1744)
  ことしも最後の日になった。明日は来年≠ナある。もちろん、明日≠ノなった瞬間に今日≠ノなる。その意味では、明日≠ヘ永遠に実体験≠ナきない。あるのは今日だけ=Aあるいは今だけ≠ナある。しかし、その今≠熨鞄魔ノ怪しい。少なくとも今≠われわれがどう認識しているかは、まだよくわかっていないのではないか。今、自分の目の前で起きた≠アとは、本当に今≠ネんだろうか。少なくとも、ある事柄が網膜≠ノ写ると、その信号が視神経を走って、大脳に伝わる。その先は視覚野≠ニ呼ばれる領域である。そこで情報がどのように整理されるのか、そんなことは素人の私にはわからない。そのメカニズムは脳科学者たちが一生懸命に追っかけているはずだ。ただ、あることが起きてから、それを人が認識するまでには、間違いなく時間がかっている。まずは、起きた事実が信号として目に入るまで、距離÷光の速さ≠フ時間が必要である。それから、目の網膜をスタートにして視覚野まで信号が走らなければならない。その距離がどのくらいか知らないが、ゼロ≠ナないことはたしかである。また、神経回路の中で信号が走るスピードを明らかにするのも専門的な話である。しかし、とにかく幾ばくかの時間が必要なことは疑いない。つまり、私たちが今≠セと思っている事実も、きわめて短い時間ではあるけれど、過去≠ノ起きたことなのである。地上波とBSで同じニュースを見ていると、音声がほんの少しズレている。電波が36000km上空の衛星を往復した分だけ遅れるのだ。まあ、あれほど極端なズレはあり得ないが、われわれが今≠ニ思っていることも、じつは瞬間的ながら、ちょっと前の過去≠ネのである。ああ、おもしろい。
マニュアル問題(7) 30日からの続き(07/12/31 Mon@-1743)
  組織自身が危うくなるような行動を取ってしまう。これもまた、組織にとっては安全≠フ問題である。しかし、低レベルの不祥事は論外だとしても、この世の中から事故や災害はなくならない。その原因はいろいろ考えられるが、その中の1つに、マニュアル≠竍規則≠フ不履行がある。マニュアル≠守らないだけでなく、裏マニュアル≠ワでつくられて、最悪の事態を招いた事故まであったことはご承知の通りである。あのときは、裏マニュアル≠ニいう用語≠ワで定着するほどだった。そこまでには至らないにしても、マニュアルや規則が守られないという実態は、その程度を問わなければ、あらゆる組織に潜在している。もちろん、マニュアルや規則の遵守は、仕事の基本であるはずだが、なかなかそうはいかないのである。こうした現実を前提にして、ある組織で、マニュアルが守れない@摎Rを自由に挙げてもらった。その結果、じつにさまざまな意見が出てきたのである。12月22日からはじめた、このマニュアル問題シリーズ≠熏。日で7回目になるが、ここではじめて具体的なマニュアル≠フ問題が登場することになる。その意味で本日は第1回目でもある。まずは、マニュアルがうまく守れないのは、現場を知らない人々が作成している(1)≠ゥらだというものがあった。この指摘の意味はよくわかる。これは、現実に仕事をしている人々と、マニュアルをつくる人間が異なっていることから起こる。日常的な仕事の段取りなどのマニュアルは当事者たちがつくるだろう。しかし、職場に導入される装置や機器といったハードについては、一般的にはメーカーがマニュアルを作成する。つまりは、マニュアル作成に関わるものと、その使用者が違っているのだ。
孫のフォロー(07/12/30 SunA-1742)
  孫はもうよちよち歩くようになった。這えば立て、立てば歩めの親心≠ニいう。この気持ちはじいちゃん、ばあちゃんも変わらない。なにせ、寝返り≠キらできない状態から、這い這いしはじめると、もうそれだけで喜ぶ。つぎは自力で立ち上がったときに大騒ぎになる。カタカタなどで歩行の練習に移る。そして、いよいよ一歩、二歩と歩き出すのである。それにしても、移動ができるようになると、その興味関心の範囲はあっという間に広がる。そして何度も同じところへ行って同じことをしても飽きることがない。だからわが家に来てもついて回ることになる。とくに台所あたりは、引き出しあり、ボタンありで、好奇心の対象がワンサとある。しかし、その奥には包丁が置いてあったり、ガスの天下スイッチがあったりする。この手の突起というか、飛び出ているものはとくに興味深いようだ。仏壇の数珠やチーンもおもしろいことこの上もない。このごろは、襖が開くことも憶えたようだ。自分の家での体験が一般化されるのである。窓を開けるときにロックを解除することもわかってきた。まずは個別の体験を繰り返し、その積み重ねで新たな行動を身につけていく。この地球上で生きているみんなが、こうした時間を経ながら成長していくのである。それにしても、体の大きさを考えると、歩き回る距離は相当なものになるだろう。じいちゃんとしては、それについて回るのである。体が小さいから、こちらも体を曲げながら対応する。そこで、いつもは眠っているような筋肉も使うことになる。そのせいだろうか、孫が帰ったあとは、大いに疲れているような気がする。休みの日などは、こたつの中でうたた寝してしまう。そういえば、まだ孫の夢までは見たことがないなあ…。
マニュアル問題(6) 29日からの続き(07/12/30 Sun@-1741)
  法律がどうなっているかは知らないが、もしも自分たちが設定している賞味期限≠ェ厳しすぎるのであれば、そのことを宣言してから期間を変更すればいいのである。それを自分たちは、どこよりも厳しい基準を設定して仕事をしている≠ネんて宣言するから大問題になる。それを強調すればするほど、大嘘をついているのだから。先代≠竍先祖≠ノ申し訳ない≠ニ詫びるのもいいけれど、その前にお客さん≠ノお詫びしてくれないと困る。それに、先祖に詫びるのは、自分がなすべきことをしたのに期待に応えられなかったときではないのか。インチキをしてしまったのでは、もうお詫び以前の問題なのである。それにしても、問題が明らかになるのは、そのほとんどが内部告発≠ノよっている。しかも、それは組織の末端の人間がしていることに関するものではない。組織のトップが関与し、あるいは先導し、結果として組織ぐるみ≠ニ指摘されるような構造的な問題なのである。詳しい情報は持たないが、その昔は金融機関の不祥事などでも、一般職員の使い込みなどのニュースなどが多かったような気がする。組織の責任者たるものは、仕事の能力だけでなく、人格も高潔であることが期待されていたのではないか。まあ、ここまで書いてしまうと、実態はそうでもなかったかな≠ニも思う。何せ、その昔だって越後屋、おまえも悪じゃのう≠ネんて言う人間もいただろうから…。それはともあれ、一連の食品に関する不祥事も、結局は組織のあり方の問題である。そして、いい加減なことをしていると、組織の存続そのものが危うくなるのだ。このように、人命が失われるような事故≠ヘ起きなくても、それは立派な組織安全≠フ問題だと考えるべきなのである。
回る地球(07/12/29 SatA-1740)
  丸い地球は自分で回転している。だから自転≠ニ言う。向きは西から東である。そのため、太陽は東から出て西へ沈むように見える。そもそも、この自転のエネルギーはどこから来ているのだろうか。どうして西から東向きなのだろうか。それは論理的≠ノは説明ができないことなのだろう。そして、いつの日にか、地球も自転を止めるのだろう。あるいは、その前に爆発してしまうのか…。どれもこれも、よくわからない。しかし、私たちはとにかく生きている。まあ、そんなことばかりを考えていては、仕事はできない。しかし、それも私には楽しい時間のように思える。地球が西から東に回っていることは、海外旅行をすると実感する。この夏はヨーロッパに出かけた。成田を7月1日の朝9時55分に飛び立った飛行機はロシアのシベリア方向へ向かう。それからずっと西に飛んで、フランクフルトに着いたのは、その日の午後2時35分≠セった。それから飛行機を乗り換えて、1時間半ほどしてウィーンに着いた。それでもまだ7月1日の17時25分である。とにかく東から西へ飛ぶので、その間はずっと明るい状態だった。まさに、地球が西から東に向かって回っていることを実感する。もっとも、その途中では窓の日よけを降ろして睡眠タイム≠ヘ取られた。そうでないと、ずっと昼間なのである。ウィーンと日本との時差は8時間だった。したがって、17時25分といっても日本では、すでに翌日の午前3時になっている。こちらでは夕方でも、体は真夜中の状態である。そんなわけで、ホテルに着いてから、そのまま寝てしまった。ともあれ、朝¥o発して、10時間以上も飛んだのに、フランクフルトは昼過ぎ≠ネのである。やっぱり地球は西から東に回ってる。
マニュアル問題(5) 25日からの続き(07/12/29 Sat@-1739)
  野菜などは、形や色が整ったものを選別して売る。そのため、海外の畑で取れたものも規格外はドンドン破棄する。そんなことが現実に起きている様子をテレビで見たのは、もうかなり昔のことである。それもこれも消費者が形や色の悪いものを敬遠するからという理由が前面に出されていた。そう言われるとそうなのか≠ニ思う。それならすべて消費者が悪いことになる。しかし、理由はそれだけなのだろうか。どれもが同じ形と大きさであれば、流れ作業で包装しやすいし、値段を付けるのも簡単だ。規格外だと、そのあたりがややこしくなる。そうした売る側の都合に消費者が乗せられてはいないのか。そんな気もするのだが、実際はどうなのだろうか。それはともあれ、われわれが少し冷静になれば、規格に合わないからという理由で捨てられている野菜や果物の命も救われるに違いない。色形で健康が損なわれることはないのだから。もちろん、食品の安全が大事なことは言うまでもない。しかし、賞味期限≠ネども、ひょっとしたら相当に厳しい基準を要求しているのかもしれない。少なくとも、ちょっとだけであれば、期限過ぎのものでも健康上で問題を起こすことはないというのが実態なのだろう。だから、老舗までもがついインチキをしたに違いない。たしかに、2000年に起きた雪印乳業の食中毒事件のように、現実の健康被害として表に現れることもなかったのである。だからといって、その責任が軽減されることにはならない。老舗≠ナあることを誇り、選ばれた原料を使い∞きちんと製造管理をしている≠アとを売り≠ノしていたのである。それが虚偽≠セったと言うのだから、これは立派な詐欺行為≠ナあり、ただ、謝れば済むことではないのだ。
2期で十分(07/12/28 Fri-1738)
  ところで、アメリカ大統領はワシントンが潔く2期で辞めてから、暗黙のうちに2期までになっていた。そのままでいけば、さすがアメリカ≠ニ高い評価を得ただろう。ところが結局は、修正条項で任期は2期までとワザワザ決めることになったわけだ。その理由は、じつは2期を超えて大統領職を勤めた人が出たからである。その人の名はフランクリン・ルーズベルト。ルーズベルトが大統領だったのは1933年から1945年までの12年間に亘っている。最初の就任演説は、1933年3月4日に行われている。その当時のアメリカは不況の真っ只中にあった。これに対応するために、あの有名なニューディール政策が導入されたのである。2期目は1937年1月20日にはじまっている。そして3期目の就任演説が行われたのは1941年の1月20日のことである。この年の12月8日に日本軍の真珠湾攻撃が行われる。太平洋戦争の勃発である。そして何と1944年には大統領として4回目の就任演説をすることになる。ところが、その年の4月12日に脳卒中で死亡する。もちろん、4期目の任期途中であった。その後任として副大統領のハリー・S・トルーマンが大統領に昇格した。トルーマンは広島と長崎に原爆を落とした最高責任者である。その年の5月にはドイツが、そして8月には日本が降伏する。ルーズベルト自身は、そのどちらも知らないままに他界したのである。それにしても4期は長すぎると受け止められたのだろう。戦後の1947年に大統領の任期が2期までと定められることになったわけだ。永遠に人の上に君臨できるのは神様≠セけだ。われわれ人間は、どんなに素晴らしい$l物であっても神様にはなれないのである。自治体の首長だって、2期くらいで十分じゃないか。
修正条項(07/12/27 Thu-1737)
  アメリカ大統領の任期を2期までとすることは、憲法に明記されていたのである。まずは、大統領に関して書かれているのは憲法の第2条である。そこでは行政府について規定している。その第1節に行政権は、アメリカ合衆国大統領に帰属する≠ニある。ここで行政権≠ヘThe executive Power≠ナある。executive≠ヘ行政部、執行部≠ニいった意味がある。会社などの組織では、後者の使い方が多い。このごろは、わが国でもCEO≠ニいう用語を頻繁に見聞きするようになった。これは、Chief Executive Officer≠フ頭文字をとったもので、最高経営責任者≠ニ訳されている。われわれ素人が知っている社長≠ニどう違うのか、よくはわからない。しかし、とにかく一番偉い人であることだけは間違いないようだ。さてさて、アメリカの大統領の方に戻ると、憲法の第2条は、大統領の任期は4年とし、同一任期で選任される副大統領とともに、下記の方法で選任される≠ニ続いている。その具体的な方法については措くとして、ここでは任期が4年と定められているだけである。ところが、アメリカの憲法には、本文とは別に修正条項(Amendment)なるものがあった。現在のところ、これが27条まである。その第22条で大統領の任期は8年までと規定されているのである。原文はNo person shall be elected to the office of the President more than twice≠ナある。まさに、何人も2回を超えて大統領になることはできない≠ニ明記されているのだ。この条項は1947年5月21日に議会を通過、施行されたのは51年2月27日である。そんなわけで、3年半前の2004年6月21日に書いた本欄の記述を、ここでようやく訂正することができた。
先送り(07/12/26 Wed-1736)
  われわれは、気になりながら、しなければならないことを先送りする傾向がある。そのうち、そのうち≠ニ思っているうちに、そのこと自身を忘れてしまう。あるいは記憶にあったとしても、それをすること自身に意欲を失うこともある。私にはきょういくいろいろ≠ニいうネタ話がある。その中で今日育≠フ大事さを強調している。子どもの教育は今日育≠ナないといけない。子どもはドンドン育っていく。明日育(あす行く)≠ナは遅い。そんな内容の話である。教育に先送り≠ヘタブーだということを言いたいわけだ。ところで、忘れてはいないのに、また意欲を失ってもいないのに、ずっと先送りしてきたことがある。そのことが気になっているからこそ、研究室のホワイトボードにもそのメモ≠ェあるほどである。ちょっともったいぶったが、それは本欄で書いたアメリカ人の引き際≠訂正することである。そのコラムの日付は2004年6月21日だから、すでに3年半もの時間が経過している。私はそこに、アメリカの大統領は最長でも2期で辞める。法的な根拠はないが、ジョージ・ワシントン以来の不文津であり、常識である≠ニ書いた。もちろん、そう思っていたから、そのように書いたのである。ところが、あるときのこと、それが間違いであることを知った。アメリカ合衆国憲法に、大統領の任期は2期までと明記されていたのである。たしかに、ワシントンが3期目も大統領になることを期待されたが、それを自ら断ったのは事実だと思う。彼は同じ人間が権力の座に長く座り続けることの弊害を十分に認識していたのである。まことに見事な引き際≠ナある。それが伝統になって、その後も3期はせず≠ェ不文律≠ニして完成したと思っていた。
みんなデジタル(07/12/25 TueA-1735)
  われわれ団塊の世代は私はアナログだから、デジタル人間のことはわからない≠ネどと嘆いたりする。もう少し年長の先輩たちの中には、情報社会にうまく適応できないという人もいる。いわゆるパソコンなどが苦手で、ワープロもなかなかうまく打てないというわけだ。さらに年上の方になると、パソコンそのものが使えない人たちもいらっしゃった。学校にコンピュータが導入されはじめたころ、けっこう焦っておられる校長先生たちが少なくなかった。若い教師が授業でバンバンとコンピュータを使うのを見るだけだだったのだ。もちろん、校長にとって情報時代のリーダーシップは、コンピュータの使い方で若手に負けないことではない。うちの学校には、こんなに優秀なコンピュータの使い手がいるんです。だから、コンピュータ関係の予算を回して下さいよ=Bこんな交渉をすることが校長に求められる情報化に対応したリーダーシップなのである。それはともあれ、とにかく自分はアナログだ≠ニ言う人はけっこういらっしゃる。しかしですね。じつは人間は誰でもデジタルなんです。それは大脳細胞のレベルまで遡れば周知の事実だといっていい。大脳は神経細胞の密集地帯である。その細胞一つ一つがシナプスと呼ばれる回路を通じて信号のやりとりをしている。そこで欠かせない伝達の役割を果たすのは電気信号である。この点は、細かいことはわからなくても、みんなが知っている事実だろう。電気信号がパルスになって行ったり来たりか、一方的に伝わっているのか知らないが、とにかく情報が伝達されていることは間違いない。そうなんです。電気信号は間違いなくオン・オフのはずだから、赤ちゃんからお年寄りまで性別を問わず、みんなデジタル人間なんですよ。
マニュアル問題(4)(07/12/25 Tue@-1734)
 まったく知らないことであっても責任を取るのが組織のトップである。ところが、ある老舗のトップはパートが勝手にしたことで知らなかった≠ニ責任をなすりつけた。それが本当ならまだしも、最終的にはその発言そのものが嘘だったことが判明する。あまりのひどさにパートの方が怒って、発言に対して抗議したのである。ご本人は、なれない記者会見で頭が真っ白になってしまった≠ニ弁解した。しかし、頭が真っ白になったからといって、真っ赤な嘘を言われたのでははシャレにもならない。それにしても、今年もまた信じられないような不祥事が頻発した。その中でも、食品関係のチョンボが次から次へと明らかになった。ただし、多くのものが今年限定≠フ問題ではなく、年来≠フインチキがまとまって白日の下に晒されたというのが実態だった。いずれにしても、製造者側の倫理観が問われることは間違いない。しかし、われわれ消費者の方も考えるべきことがあるのではないか。専門的なことはわからないが、賞味期限を少し外れたからといって、直ちに健康に被害をおよぼすことはないんだろうと思う。そもそも日本人は潔癖過ぎるとも言われる。それだけではない、野菜などではキュウリが曲がっていると敬遠する。トマトも形がおかしいと嫌がる。そんな気質が製品に対する基準を上げていった。もちろん、健康維持に必要な面でレベルが上がるのはけっこうなことである。しかし、少しくらいキュウリが曲がっていたってかまわないじゃないか。何でそんなに気にするのだろうかと思う。ちょっと待てよ、われわれ消費者は野菜のかっこうが悪いと言って買わない人たちばかりなのだろうか。売る側は消費者が敬遠するから≠ニ言うのだろうが、本当にそうなのか。
お父さんの記憶…(07/12/24 MonA-1733)
 ダッカのハイジャック事件で、日本政府は身代金と服役囚の解放という犯人の要求をそのまま受け入れた。こうした「超法規的措置」に対しては、「日本はテロまで輸出するのか」という国際的な批判も受けることになる。歴史に「もしも」はないから、この際に強硬措置に出ていた方がよかったのかどうか、それはわからない。ただ、この事件から2週間ほど後の10月13日にドイツのルフトハンザ・ドイツ機が西ドイツ赤軍らによってハイジャックされた。このときの空港はソマリアのモガディシオである。犯人たちは当時の西ドイツ政府に身代金と政治犯の釈放を要求した。しかし、4日後の17日に西ドイツの特殊部隊が航空機に突入して犯人たちを制圧し、人質全員が救出された。この部隊は1972年9月に起きたミュンヘンオリンピックでのテロ事件をきっかけに創設されていたのである。C型肝炎の和解案に対する福田さんの対応を見ていて、ふとダッカ事件を思い出したというわけだ。政治決断≠ニいうことばが頻繁に聞こえてきた。原告側はいわば「超法規的」な措置を求めたのだが、政府は高裁の判断≠超えた対応はしなかった。裁判所としては、ここまで言っておきますので、あとは政治的なご判断もありですよ≠ニ誘いをかけた。責任を政府に預けたわけである。これに対して福田さん、桝添さんに代表される国側は、司法の判断を無視できない≠ニいう正論≠ナ、これまた裁判所にボールを返した。まあ、国も裁判所もはっきり決めたくなかったのだろう。これでは、責任逃れのキャッチボールをやってるように見えてしまう。福田さんは、ダッカ事件のあとで、テロリストまで輸出するのか≠ニ責められたお父さんのことが頭に浮かんだのだろうか…。
マニュアル問題(3)(07/12/24 Mon@-1732)
 問題が起きたとき、組織のトップは知らなかった≠ナはすまない。それが責任者≠ニ呼ばれる所以でもある。そもそも、どんな人間だって自分の所属する組織で起こっているすべてのことを把握することはできるわけがない。小さな家族にしても、親、とくに父親は自分の子どもがしていることのどのくらいを知っているのだろうか。乳幼児のときの母親なら、自分の子どもについてかなりのことを把握しているだろう。しかし、それでさえもちょっと目を離したすき≠ノとんでもないことが起きたりするのである。少なくとも未成年の子どもが問題を起こしたとき、私は知りませんでした≠ゥら何の責任もありません≠ネんて言う親がどこにいますか。えっ、それが、けっこういるんだ≠ナすって! このごろはヤレヤレですなあ。しかし、ここではとりあえずそんな親はいない≠ニ言う前提で話を進めましょう。仮にパートが勝手にインチキをしたのであって、自分は知らなかった≠フが事実だとしましょう。それでも、そうした行為を阻止できる体制をつくっていなかった責任はトップにあるんですね。また、そうしたシステムまで乗り越えてインチキをしていたとすれば、そのことを可能な限り早く察知する方策を組み込んでいなかった責任があるわけですよ。組織は生き物だから、いつも自分の健康状態をチェックしておくことが求められる。その責任者がトップであることは言うまでもない。その代わり、トップは給料だっていいではないですか。社会的にもトップは一目も二目も置かれるじゃあありませんか。うまいもんだって食べられるし、名刺だって格好いいよね。その分だけ、何かが起きたときは、責任を一身に負う覚悟ができていないとまずいわけですよね。
マニュアル問題(2)(07/12/23 SunA-1731)
 清水寺が恒例にしている今年の世相を表す漢字≠ヘ偽≠セった。毎年テレビニュースで流されるとともに、新聞でも報道される。あの大きな紙は縦1.5メートル、横1.3メートルもあるのだそうな。この報道を見始めたときは、清水寺で考えて書いているのかと思っていた。ところが事実はそうではなく、日本漢字能力検定協会≠ェ公募しているのである。今年の場合は、トータルで9万816件の応募があり、そのうちの1万6550件が偽≠セったという。全体の18%である。清水寺の森貫主はこういう字が選ばれるのは、まことに恥ずかしく悲憤に堪えない≠ニ嘆いたという。まったく同感である。貫主は神仏が見ているのだと自分の心を律してほしい≠ニも語ったらしい。私としては、神仏≠ノお天道さん≠煢チえておきたい。漢字源≠ノよれば、偽≠ヘ手(にんべん)≠ニ象の形≠ゥらできているという。そもそもは、人間が像をあしらって手なずけるさま≠表したものなのだそうな。それが、人間の作為により姿をかえる、正体を隠してうわべをつくろう≠ニなったのである。にんべん≠ェ付いているところがポイントだろう。偽≠ヘ人間≠ノしかできない困った行為なのである。もちろん、動物だって目くらまし≠ヘするが、それは生きるための最低限の線に抑えられているはずだ。少なくとも、その行為を意図的にごまかしたりはしない。ましてや、人がやったから≠ネどと責任を自分以外のものになすりつけるようなことは断じてないはずだ。こんなとき、私は知らなかった≠ネんて弁解もよく聞かれる。どこかのトップもはじめはそんな発言をしていた。だから責任がない≠ニ言いたいのだろうが、組織のトップはそうはいかないのである。
超法規的措置(07/12/23 Sun@-1730)
 超法規的措置=B文字通り法律の期待を乗り超えた措置を執ることだ。その主体は国家ということになるが、現実にはそのときの行政機関の長である総理大臣が決定する。この措置そのものには法的な根拠はないという。しかも、国会による事後承認、裁判所による判断もない。すべてを法律に基づいて運用される法治国家としては、それを超えることなど前提にしていないのである。法律は人の命を奪う≠ニいう絶対に許されないこどですら、正当防衛≠準備している。だから法律の議論として超法規的措置≠ェ成立しないのは当然とも言える。それは法律≠フ自殺行為ですらある。しかし、この措置が執られた事実は厳然として存在する。それは1977年に起きた。その年の9月28日、パリのシャルル・ド・ゴール国際空港発羽田行きの日航機が、日本赤軍によってハイジャックされた。その後経由地だったインドのボンベイ空港を離陸してからバングラディシュのダッカ空港に強行着陸させられた。犯人グループは人質の命と引き替えに、服役中だった犯人グループの釈放と身代金を要求した。ハイジャックそのものが許されざる行為であり、ましては犯罪を犯して刑務所に入っている物を解放するなどは、まともな法律が承認するはずもない。しかし、結論から言えば、日本政府は犯人の要求に応じたのである。そのときの首相は福田赳夫氏だった。彼は「人命は地球よりも重い」と語り、日本円にして16億円ほどの身代金と釈放に応じた6名の服役者をダッカまで送り届けたのである。この際、法の番人である法務大臣と検事総長が「違法措置」として反発したが、法務大臣は更迭された。この「超法規的措置」を決断した福田首相こそは、福田康夫総理大臣の実父である。
マニュアル問題(1)(07/12/22 SatA-1729)
 
年末の連休で少しばかりこころのゆとり≠ェ生まれた。そこで本日は2つ目のネタを書いておこう。ただし、今日の分はほとんどが前置き的な内容になりそうだ。じつは、このごろマニュアル≠ノ関する話題を継続的に取り上げていきたいと思い始めた。そこで、マニュアル・シリーズ≠ネるものをスタートしようというわけである。もちろん、それだけに拘っていると、何でもありの味な話の素≠フ精神に反することになる。だから、いわゆる連載≠ヘしない。まあ、ときおりマニュアル≠フ問題を考えていくことにしたいのである。ただし、タイトル≠セけは、シリーズ物とわかるようにしようと思う。じつは、組織の安全≠ヘ、私の仕事の大事な部分を占めている。安全≠ニ一口に言うが、その範囲はまことに広い。火災や爆発といった誰の目にも見える事故だけが安全を損なうものではない。組織の存続を脅かす問題は、すべて組織の安全≠ノ関わるものと考える。そうしたスタンスである。今年もややこしい組織の問題が頻発している。社会保険庁の年金問題などは、その最たるものだ。それに賞味期限の問題など、食品関係の組織も大いにクローズアップされた。相変わらずと嘆くべきなのか、あるいは今年はとくにひどかったのか。何せ老舗と呼ばれるところが、どんどんチョンボするのだからニュースになるはずである。吉兆≠ウんなどは、いっそのこと吉凶≠ノ名前替えしたらどうかいな。吉≠ゥ凶≠ゥはそのとき次第なんてね。もっとも、真面目にやっているところもあるようで、今回はその中の一つだけが暴走したということだろうか。まあ、そうあってほしいものである。今回は、若大将がパートに責任をなすりつけたのが致命的にまずかった。
暫定的謀略?(07/12/22 Sat@-1728)
 
一昨日からの2日間は暫定≠ニ恒久≠ノついて、ちょっと皮肉なことを書いた。もちろん広辞苑≠ノは好事苑≠ニはまったく逆の意味が書かれているわけである。暫定≠ヘ本式と決定せず、しばらくそれと定めること≠ナあり、臨時の措置≠ネのだ。そして、恒久≠ヘ久しく変わらないこと。永久≠ニいうわけである。大事林≠燻рェ勝手につくったもので現実には存在しない。本物は大辞林≠ナある。こちらだって、まともな語義が載っている。それにしても、法律に限らず、ことば≠フ使い方が相当に怪しいものが少なくない。とくに社会的に責任ある立場の人たちのそれがかなりいい加減になっている。というよりも、意図的に煙に巻くことを狙っているところもありそうだ。何たって暫定%Iな法律が40年も続くなんて考えられないじゃあないですか。たしかに、法律や規則は、それができたときには、それなりの正当性があるものだ。だから、特定道路財源≠フ暫定税率≠ノしても、その当時の道路事情を考えるとやむにやまれない¢[置だったのだろう。そして、ほんの一時的なことで、すぐ本来の姿に戻すんですから、ここはOKしてよ≠ニいう理由づけがなされたに違いない。暫定ならしゃあないか=Bわれわれはついそんな気持ちになるものだ。勝手に推測すれば、法律を通した側も、それが40年∴ネ上も更新≠オ続けられるとは思ってもいなかったのではないか。もしも、現在の状況まで読み込んだ上で、意識的に暫定≠ニいう表現にしたのであれば、その人物は超一級の戦略家というべきかもしれない。いやいや、そこまでいけば立派な謀略家である。それにしても、恒久平和≠フ方は、本来の意味を維持してほしいですよね。
暫定≠ニ恒久(07/12/21 Fri-1727)
 
なるほど、40年も続く法律なんてのは、たしかに暫定%Iなのだろう。ところで、その反対の意味があると思い続けてきた恒久≠フ方はどうなのだろうか。こちらの方は、しばらく様子を見る≠アとらしい。そう言われてみれば恒久≠ニいうことばにも思い当たる実例がある。あれは1999年のことだった。当時の総理大臣小渕恵三氏が恒久減税≠ネる大型花火をぶち上げた。いわゆる景気対策として消費を回復しようというわけだ。そのバックには元首相である宮沢喜一大蔵大臣がいた。宮沢氏は積極財政論者として知られていたらしい。とにかく定率減税は6兆円にも達したのである。これに住宅ローンや投資を促進する減税などを合わせると9兆4000億円になるという。そのすべてが赤字国債≠ナカバーされることになる。ところが、この恒久′ク税は10年も経たないうちに雲散霧消する。まずは2006度分で半減し、翌年の07年以降はあえなく廃止となったのである。こうした経過を目の当たりに見ると、恒久≠ニは正式に決定するまで、仮に定めること。臨時の措置≠ニいう大事林≠フ定義にピッタリではないか。なにせ10年も続かなかったのだから、間違いなく臨時的¢[置なのである。しかも、小渕総理は国会の答弁で恒久的≠ニ的≠付けたらしい。この的≠チていうことば、何となくうさんくさいと思いませんか。少なくとも日本語ではもどき∞的≠ネ意味合いがありますよね。それなら、なおさら恒久的措置≠熈超臨時的≠ネものとして納得がいくではありませんか…。うーん、われながら、かなり皮肉な書き方になってきた。もちろん、昨日から書いている暫定≠ニ恒久≠フ意味はまったく正反対であることは言うまでもない。
辞書を引く(07/12/20 Thu-1726)
 
ちょっとばかり、ことばの意味が気になって好事苑≠引いてみた。暫定:久しく変わらないこと。永久≠ニある。もう一つ、恒久:本式に決定せず、しばらくそれと定めること=Bことばの意味は大事なので、念のため大事林≠ナも確認した。暫定:長く変わらないこと。永久=Bやはり好事苑≠ニ同じ意味だ。そして恒久≠ヘ正式に決定するまで、仮に定めること。臨時の措置=Bと説明されている。これまた、ほぼ同じ内容だった。やっぱり辞書で確認してよかった。何とも思い込みは恐ろしいものだ。うっかり使うと大恥をかくところだった。というのは、私はこれまで暫定≠ニ恒常≠フ意味をまったく逆に考えていたからである。ああ、恥ずかしい…。つい先だって、道路特定財源≠フ暫定税率≠10年間維持することになったというニュースが流れた。そこで暫定≠ニいうことばが気になったのだ。ちょっと調べてみたら、道路特定財源≠フ税率は本来の2倍になっているそうだ。その措置が執られたのが1974年(昭和49年)のことだという。いまから33年前である。その際、2年間≠フ暫定措置≠ニ決められたらしい。ということは、その時代には暫定≠フ意味が今とは違っていたのかもしれない。だって2年間£閧ワって変わらない≠ニいうのは、変な感じがするではないか。ましてや、2年間が永久≠ネんて受け止める人はいるわけがない。ともあれ、これまで33年間も続いてきたし、今後も10年間は継続というのである。これを合計するだけでも40年を超える。これはもう間違いなく、大事林≠ェいう暫定:長く変わらないこと≠ニいう解説がピッタリの措置なのである。あの好事苑≠セって同じように言っている。
世界はいくつ?(07/12/19 Wed-1725)
 
トンボが複眼だからといって、その目に20000個もの世界が写っているわけはない。彼らにとっては、ちゃんと一つの世界が見えているに違いない。ただ、あれだけでっかい目だから後ろの方だってよく見えるだろう。たしかに、悪ガキたちが後ろから忍び寄ってくる。こうした危険性から逃れるためには、あのような球体の構造はすごく便利なはずだ。そう言えば、イヌは色の識別ができないらしい。これをいかにも事実のように言っているが、どこかにイヌになった人がいるのだろうか。そうでなければイヌが、この世を白黒映画風に見ているなんてわかるわけないのになあ…。いやいや正確には色を認識する錐体細胞が3個ではなく2個なんだそうな。そのうち赤系≠ノ対応したものがないらしい。そんなわけで、犬になった人はいないけれど、人間のような色≠ヘ感じないというわけである。犬と同じように、牛も色の識別ができないという。だから彼らは赤≠ヘ認識できないのである。それにもかかわらず闘牛では赤い布を使っている。どうも牛が興奮する≠ゥらではなく、人間が興奮する≠ニいうのが真相のようだ。さてさて、よーく考えてみよう。トンボや犬、そして牛たちは、この世界をわれわれ人間とは異なるように見ていることは間違いない。そうだとすると、彼らは身の回りの世界を間違って#F識しているのだろうか。とんでもない。トンボたちも、犬たちも、そして小さな蚊や蟻たちにしても、この世はこの世なのである。それを、自分たちと同じように見えない≠ゥら、かわいそうだ≠ニか、世界をゆがめて見ている≠ネんて考えるとしたら、これほど傲慢な態度はない。自分たちにだって見えない色や聞こえない音はいくらでもあるじゃないか。
複眼の見え方(07/12/18 Tue-1724)
 
こともの年齢に応じて、親たちが見聞きする情報が変わるのは童謡などの歌だけではない。子ども向けのテレビ番組などからも大いに影響を受ける。わが息子の場合は太陽戦隊サンバルカン≠セった。正義を愛する3人の若者が悪と戦う。いつもは普通の姿をしているが、いざとなると変身するのだ。バルイーグル、バルパンサー、バルシャーク≠セったっけ。その後もシリーズは続いて、ゴーグルファイブ≠ネるストーリーへと展開していくことになる。まあ、当然のことだけれど、これからは孫に合わせていくんでしょうねえ。ご存じですか、最近はしましまとらのしまじろう≠ェ流行ってるんですよ。しまじろう≠ヘ虎の男の子なんだそうな。スキスキスキスキ ステップ ウキウキウキウキ ステップ いつもどっきり アイランド…=Bじつにウキウキタッチの歌で、老人の体も動きそうになってくる。やれやれ、とんぼのめがね≠ゥら相当に脱線してしまった。それはそうと、トンボさんだが、子どものころからその目は複眼だということは知っていた。しかし、そこから先が相当に誤解していたような気がする。そもそも複眼の視点≠ネどという。このことばが使われるときは、いろいろと違った見方をすることの重要性が強調される。そこで、トンボの目が複眼だと言われると、この世界がワンサと違って見えると思ってしまう。あの万華鏡のように、目の前のビルなども視覚が微妙にずれた映像がいっぱい見える…。そんな受け止め方をしていたのである。しかし、そうなるとトンボは困らないか。何せトンボの目は2万個の単眼からできているというではないか。一度に、それだけ違うものが見えたら、わけがわからなくなるだろう。大混乱するに決まってる。
思い出プレゼント(07/12/17 Mon-1723)
 
子どもの成長に応じて、親たちが知っている¥報も変化する。その中でも、私はとんぼのめがね≠フ歌が大好きだった。いまでも歌いたくなる。昨日は1番を取り上げたが、2番も3番も、とてもいい。とんぼのめがねは、ぴかぴかめがね おてんとさまを みてたから みてたから=Aとんぼのめがねは あかいろめがね ゆうやけぐもを とんだから とんだから=Bこころからホッとする歌詞だ。まぶしい太陽の下で飛び交う大きな目をしたトンボ。根っからの不器用で、追いかけてはみるものの、ほとんど捕まえることができなかったなあ…。そうそう、おじいちゃんのお家に行ったとき、いなかの山の向こうに、とてつもなく大きな太陽がゆっくり沈んでいったなあ…。目を閉じると、真っ赤な太陽がニッコリ笑ってバイバイしている。いずれも子どのものころの思い出だ。こうした自然と関わる体験が失われ続けている。それこそバーチャルな体験ばかりが増えて、もう自然はどこかへ行ってしまった。こうした状況を嘆いても、個々人の力ではどうすることもできない。しかし、このまま走っているとどうなることかと、やっぱり心配にはなってくる…。このごろは、子どもたちに本の読み聞かせをするボランティアもある。小さいころから物語を聞いたり、童謡を歌ったりすることは、最高の思い出づくりになるはずだ。あれこれと、ものを買い与えるのもいいが、こうした心に残るプレゼントも、大いに必要だ。えっ、そう言うおじいちゃんこそ気をつけてでっすって?=Bそうですなあ、もうすぐクリスマスだし、年が明ければお年玉ですたい。まだ何もわからない1歳と3ヶ月少々の孫の顔を思い浮かべているじいちゃん≠ニしては、大いに気をつけましょう…。
トンボのメガネ(07/12/16 Sun-1722)
 
色のスペクトルの両端に紫≠ニ赤≠ェある。そこを越えると、人間の目には見えなくなる。紫≠フ外側が紫外線で、赤≠越えると赤外線というわけである。まことにわかりやすい。そこから先は、この世の中にはあるけれど見えない≠フである。しかし、昆虫の中には、その波長の電磁波が見える≠烽フもいるという。電磁波の波長だけの問題ではない。対象があまりにも小さいと、われわれはその存在に気づかない。当然のことである。あっ、インフルエンザ・ウイルスが飛んでらあ≠ネんていう人は、どこにもいない。酸素原子が気になって、仕事が手につかない≠ネどという悩みはあり得ない。まあ、これは極端な話だが、およそ人間の感覚というものは、すべて同じことが言える。聴覚にしても、われわれに聞こえる音の範囲は決まっている。周波数が大体20Hzから15000Hzないし20000Hzというのがその数値である。これを可聴域と呼び、その範囲を超えると文字通り超音波という。だから、それは存在しないのではなく、ただわれわれの耳に聞こえないだけのことなのである。当然のことだが、あっても見えないもの∞あっても聞こえない音∞あっても感じないもの≠ヘワンサとあるわけだ。このあたりのことをちゃんと押さえて世の中に対応していくかどうか。これが対人関係やリーダーシップにもにも大きな影響をおよぼすことになる。トンボのメガネは水色メガネ、あーおいお空を飛んだから、飛ーんだからー=Bああ懐かしい。額賀誠志作詞、平井康三郎作曲とんぼのめがね≠ナある。もともとは1949年(昭和24年)にできた歌だという。わが息子や娘が小さいころにNHKで流していたのではないかと思う。私もいっしょに歌ったものだ。
総天然色(07/12/15 Sat-1721)
 
網膜に錐体細胞があって、それが3つに分かれ、それぞれが赤・青・緑に対応している。その結果として総天然色≠フ世界が広がるというわけだ。総天然色≠ニいう言い方は、若い方々にはなじみが薄いだろう。私たちが子どものころは、映画の看板、いわゆるポスターだが、それには総天然色≠ニいう文字が誇らしげに輝いていた。今風にいえばフルカラー≠ニいうことだ。天然≠ヘ自然≠ニほぼ同義だと思うが、要するに人間の目に見える総て≠フ色をそのまま&\現した映画だとアピールしていたわけである。もちろん、それまでの多くは白黒♂f画だったから、総天然色≠ニいう文字が輝いて見えたのだ。いまでも、第2次大戦中の記録映画などは、そのほとんどが白黒である。しかし、アメリカ軍が撮影した太平洋諸島での日本軍との戦闘記録にはカラーのものがある。占領直後の広島を撮影したカラー映画もある。日米間には、物量において天と地の差があったというが、その落差はこうした映画フィルムにも現れている。しかし、考えてみれば総天然色≠ニいう言い回しも、けっこう自己中心的な発想の表現ではある。総て≠ニ言っても、正確には人間が認識できる#ヘ囲内での総て≠ネのだから。可視光線≠ニいうことばがある。これは人間の目で見ることができる′線である。ということは不可視光線≠烽るわけだ。光も電磁波として捉えられるところがあって、波長が380〜800ナノメートルほどの光が目に見えるという。ナノメートルがどんなものか、そんな細かいことはわからないが、とにかく、この世の総て≠フ色が見えるわけではない。たしかに、色のスペクトルなんてものがあって、その端っこが紫≠ニ赤≠ノなっている。
網膜と3原色(07/12/14 Fri-1720)
 
anthropology≠ェ人類学≠セから、文化人類学≠ヘcultural anthropology≠ニなる。そんなこんなで、psycho-logy≠ヘこころの科学≠ニいうわけだ。ところで、その心理学もいろいろな領域があることをご紹介したが、とくに基礎的な領域に知覚≠竍感覚≠ノ焦点を当てるものもある。ものの見え方≠竍感じ方≠ヘ人のこころのはたらきの基盤になる。まずは外界を知覚した上で、人間はさまざまなことを考え、活動する。そこでは実験的な手法も多用され、さまざまな事実が明らかになってきた。先週、この欄で話題にした光の3原色についても、網膜の細胞の種類から説明される。そもそも網膜には、錐体と桿体という細胞がある。錐体≠ニいうのは英語でcone=A要するに円錐≠フような形をした細胞らしい。桿体≠フ桿≠ヘ棒≠竍さお≠フことである。こちらも、棒というか棹のような形をしているのだろう。もちろん、この二つは働きが違う。錐体≠ヘ明るい状況で働き、桿体≠ヘ暗い条件下で仕事をするのである。暗闇の中でも、色ははっきりしないが、何となくぼんやり見える。そんなときは桿体が仕事をしているのだ。これに対して明るいところでは錐体の独壇場になる。その働きで、色も形もはっきり認識できるというわけである。この錐体には3種類のものがある。そうです、ご推測の通り、赤・青・緑の3原色を吸収する細胞に分かれるわけです。ということで、とうとう網膜の細胞までくると、われわれが光を3つの色に分解しながら、外界を見ているということがわかってくる。そんなわけで、カラーテレビが赤・青・緑≠フ3色で表現されていることも納得≠ナきるのだ。これはデジカメだって同じことである。
Psycho∞logy(07/12/13 Thu-1719)
 
人間の発達という側面から見ただけでも、発達心理学∞乳幼児心理学∞児童心理学∞青年心理学∞老人心理学≠ネどなど、いろいろありである。このまま心理学の名前ばかり挙げていてはきりがないし、退屈でもある。とにかく、人間を対象にしているものだから、何でもありということだけ強調しておけば十分でしょう。ところで、心理学は英語ではPsychology≠ナある。psycho≠ニlogy≠ェ合成されたものだ。psycho≠ヘもともとギリシャ語の魂≠意味するプシュケー≠ノ由来する。英語ではsoul≠ナある。まさにこころ≠ニいうことだ。たしかに、psycho はプシュコ≠ニ読める。日本人的には、これをサイコ≠ニ発音するのは無理があると思うのだが、まあそれなりの理由があるに違いない。その後ろにくっついているlogy≠ヘ、これまたギリシャ語の"ロゴス;logos"から来ている。こちらは、もともとことば≠ニいう意味があるらしいが、理性≠竍論理∞理論≠ネどに繋がっている。今風に言えば学問≠ナあり、科学≠ニいうことになる。この接尾語が付いたことばは枚挙にいとまがない。環境問題が怪しくなって、最近はエコロジー;ecology(生態学)≠ニいう用語を頻繁に聞くようになった。これはもう日本語化しつつある。そのほか、生理学はPhysiology=A生物学はbiology=A恐竜発見に繋がる地質学はgeology≠ニなる。一般的ではないが、terminology≠ネんてものもある。専門用語(term)に関する用語法≠ニいったものだが、内容はよくわからない。先月の本欄で取り上げた菊と刀≠フ著者であるRuth Benedictは文化人類学者だったが、人類学はanthropology≠ナある。
何でも心理学(07/12/12 Wed-1718)
 
そんなこんなで、青年心理学≠フ範囲は、けっこう曖昧なままである。もっとも、人間は個人差が大きいから、もともと発達の範囲を特定することはできないのである。早い話が、目が覚めたら突然にして青年期になっていた≠ネんて、カフカの変身≠烽ヌきのことは起こらない。さて、青年≠とは壮年≠竍中年≠ニいうことになるが、その名が付いた心理学はあまり聞かない。しかし、これも私の専門は壮年心理学だ≠ニ声高に宣言する人が出てくれば、そりゃああり得ない≠ニ反論する理由もない。そして晩年は老人心理学≠フ領域となる。今後は突出した高齢社会になるから、老人の心理や行動についての研究は欠かせない。こうして、発達心理学≠段階に分けただけでも複数の専門領域が存在するのである。そんなわけで、何でもあり≠ェ心理学の特徴だと言っていい。もうけっこう前のことになるが、女性心理学≠ニいうタイトルの本も出た。そうなると、当然のことながら、男性心理学≠ネるものが登場しても、これまたおかしくはないのである。それに心理学は人間だけを対象にしてはいない。動物心理学≠ニいうものもちゃんと存在している。もちろん、これも単に動物の心理≠セけに拘っているのではない。動物の行動を分析することで、人間の心理や行動について理解を深めることが大事な目的なのである。私にとって関わりの深い集団系の心理学に限っても、これまた何でもありと言うほどの領域がある。最もカバーする領域が広いのは社会心理学≠セろう。それこそストレートに、集団心理学≠ニ呼ばれるものもある。また、組織心理学≠ネども集団系に入れていいだろう。また学校心理学≠竍病院心理学≠ネんてものもある。
児童と青年(07/12/11 Tue-1717)
 
赤ん坊が少し大きくなって保育園や幼稚園に行けば幼児になる。このあたりまでは乳幼児心理学≠ェカバーする。その後も子どもはドンドン大きくなって、いよいよ学齢期を迎える。ランドセル背負って元気よく♀w校に通い始めるのである。ここから先は児童心理学≠ェ受け持つことになる。一般的に小学生を児童と呼ぶから、児童心理学≠フ主たる対象は小学生である。ただし、4月の新学期に中学校を覗くと教室はダブダブの制服を着たが新入生が走り回っている。これはまだまだ児童≠フ世界だ。しかし、彼らはあっという間に成長して生徒≠ノ変身する。この生徒≠ニいう呼び方は高校生まで続いていく。この時期は思春期を含めた多感な時期だ。そこで生徒心理学≠ネるものがあってもよさそうだが、これは一般的ではない。いまのところ、児童心理学≠ノ続くのは青年心理学≠ナある。青年≠フ定義は、なかなかむずかしい。その始まりと終わりは必ずしも明確ではない。まあ、中学生の真ん中あたりから20代の中ごろまでを対象にするというのが大方の意見だろうか。少年≠ヘ青年≠フ前段階だろうか。少年法はこれまで14歳未満は罰しないとしてきた。ということは14歳になれば、少年≠フ卒業ということになるか。この年だと中学生の2年生ころである。しかし、その少年法が改正され、少年院送致については「おおむね12歳以上」とされた。おおむね≠ネんて、なじゃらほいと言いたくなるような表現だが、こうなると中学生は少年法≠ゥら抜け出て青年≠ニいうことになるということかしらね。このあたりは、何とも曖昧なのである。また、日本では飲酒と喫煙は20歳からとなっているから、制度的にはここでも一区切りする。
乳幼児心理学(07/12/10 Mon-1716)
 
発達心理学≠、もう少し成長段階別に分けると、また新たな心理学≠ェできる。まずこの世に生まれてしばらくは乳幼児心理学≠ェ受け持つことになる。最初の主役は赤ん坊である。もちろん赤ちゃんにインタビューすることはできないから、観察が大事な手法である。わが孫は、いま1歳と3ヶ月少々だが、その行動や反応を見ていると、とにかくおもしろい。じいちゃんとしては、まったく飽きることがない。何分にも身内だから、客観的な観察は無理というものだ。それにしても、人間は生まれたときから好奇心旺盛である。いないいないバー≠ネども、見えないものが見えることに面白味を感じるのだろう。テーブルの上から顔を隠して下から覗くと、これが相当に受ける。こちらの顔が見えなくなった瞬間から、下の方を窺って相手の顔が出てくるのを待っている。顔と目が合うとニッコリと笑う。これを何度繰り返しても飽きないのである。さて、乳幼児心理学≠ナは、子どもの行動観察に加えて、母親をはじめとした周りの大人たちとの面接や行動観察も行われる。この際に、両親の関係が赤ん坊に与える影響なども研究対象になる。また、どうして自分≠ニいうものに気づいていくのか、どうやってことば≠ェ身に付くのかといった興味深いテーマにあふれている。私も子育てをしたというのはおこがましいが、とりあえずが相当前に卒業したことになっている。なにせ息子は30歳になったし、娘も成人である。そんな立場で孫を見ていると、時間的な余裕があったら乳幼児心理学≠フ勉強もしてみたいような気がしてくる。いまのところはバタバタしているが、老後≠ノすすめる乳幼児心理学≠ニいうのもおもしろそうだ…。それって、専門家に失礼かな。
この世はSimple(07/12/09 Sun-1715)
 
この世に存在するすべての色が3原色で表現できる…。実感としては、いまでも「そうかなあ」と思ってしまう。しかし、その原理でカラーテレビができていることは間違いない。それに、「減法混色」というらしいが、「赤・青・黄」が3原色だという絵の具や印刷も、たしかに目の前で確認できるようになった。絵の具では、少なくとも素人がどんなにがんばっても、あらゆる色を再現することはできない。しかし、カラープリンタの場合は、「赤・青・黄」に「黒インク」を足しただけなのに、写真の微妙な色も印刷されて出てくる。たしかに「3原色」なのだ。「黒」をつくるためにわざわざ3色を混ぜるのはもたいない。だから、黒インクは特別に準備されているのだろうと。勝手に解釈している。いずれにしても、「あらゆる色」が「3つの色」から構成されているということ自身が楽しいではないか。この世の中は複雑に見えるが、けっこう単純な原理で動いているのである。まあ、そんな気分になってきますよね。そして、われわれ人間の行動だって同じことなのだ。ちょっと見ただけでは、まるで無関係に見えることでも、その奥では共通したメカニズムが働いていることがわかる。心理学は、そうした原理を見つけ出し、人間を理解することが目的なのである。もちろん最終的には、それが社会に役立つことを目指している。ところで、一口に心理学といっても、それがカバーする範囲はやたらと広い。人間の行動に関わるものであれば何でもかんでも$S理学の対象になるからだ。○○心理学≠フ○○には何でも入ってしまう。人間はこの世に生まれた瞬間から成長していく。だから、まずは発達心理学≠ネるものがある。その発達にしても、さまざまな段階がある。
みんな揃うと純白(07/12/08 Sat-1714)
 
光の場合、3原色が一緒になると「純白」ができあがるというのは、何と素晴らしいことだろう。人間にしても、一人ひとりが違っている。それが、「みんなが一緒になる」とすべての個性を超えた「白」へと変化するのである。「混沌」へ向かうのではなく、「色の付かない」まっさらな世界になるというわけだ。ややもすると、われわれは人が増えれば増えるほど混乱してしまう傾向がある。秩序も何もあったものではなくなる。ここでもう一度、光の「加法混色」の原理を見習いたいものである。先月だったか、水の蒸発の話をした。水は上から下に流れるだけではない。目には見えないが、ちゃんと下から上の方へも蒸発している。組織のコミュニケーションも同じこと、下から上にも流れないとうまくいかない。トップ・ダウンとボトム・アップの両者を大事にしたい。そんな話をしたばかりだ。何でもかんでも自然現象との類似性を引き合いに出すと、それはこじつけだと笑われるかもしれない。しかし、われわれ自身が地球の上で生まれて育ってきた自然の産物であることを忘れてはならない。光の3原色が「みんな合わさると純白になる」というのは、なかなか示唆的ではないか。さらに「3原色」という事実そのものが興味深い。生まれて初めて「3つの色の組み合わせで、すべての色が再現できる」と聞いたときは、「ほんまかいな」と驚いた。まあ正確に言えば、関西人ではないから、「えっ、それって本当」と、やや標準語的に驚いたのだけれど。だって、この世の中には無数の色があるじゃないか。それが、たった3つの色の組み合わせで再現できるなんて、とてもじゃないけど信じられなかった。いやいや正直な話、いまのいまだって、何とも漠としているのである。
バラの歌(07/12/07 Fri-1713)
 
その昔、「赤、青、黄色、さんカラー、バラ、バラ、バラ」という歌がテレビから流れていた。SANYOカラーテレビのCMで濱口倉之助が歌っていたものだ。いかにも「美しい」という感じのメロディだった。さすがにプロである。ただし、その歌詞には誤りがあった。カラーテレビの三原色は「赤、青、緑」が正解だ。「黄色」ではなく「緑色」なのである。ただし、歌詞としては七五にしたかったので、「きいろ」になったのだろう。「みどりいろ」では字余りになる。しかし、子どもが三原色を意識してこの歌を憶えたら、やはりまずいよね。もっとも、「赤、青、黄色」も三原色ではある。それは絵の具や印刷の場合で、「黄色」が「緑」に変わるのだ。たしかに、カラープリンタでは「マゼンダ(赤)」「シアン(青)」「イエロー(黄)」のインクが使われる。こちらは「減法混色」というのだそうな。これに対して光は「加法混色」と呼ばれている。ところで、この3つが重なるとどうなるか。「減法」の方は「黒」になる。まあ、みんな混ぜこぜにすれば「黒」というのはわかりやすい。これに対して「加法混色」はどうなるか。ご存じの方も多いと思うが、これが何と「白色」になるのだ。この事実を始めて知ったのは、小学生のときだった。自分で3つの色を別々に発生させて、それを重ねる実験なんてできなかった。だから、これは「ほんまかいな」と相当に怪しんでいた。しかし、その後テレビのブラウン管を目を凝らして覗き込んだりしながら、「そうなんだろうなあ」と、一応は納得している。それにしても、これは素晴らしい事実である。なにせ、3色ですべての色が表現できるのだ。しかも、その3つが合わさると、「真っ白」になるというから感動する。
電車と自己チュウ(07/12/06 Thu-1712)
 
連接した電車の隣の車両が、カーブにかかるたびに左右に揺れ動く。その現象は前の車両も、後ろの車両にも起きる。ただし、前の車両が右に隠れてしまったと思ったら、後ろの車両は左側に消えていく。もちろん、どちらもすぐにもとの状態に復帰する。とくに都会の電車はよく動く。それにしても自分の車両は上下左右に振動はするが、とにかくしっかり安定している…。なあんて思っているが、それが大錯覚であることは言うまでもない。何のことはない。実際はカーブした線路の上を、すべての車両がしっかり走っているだけのことである。自分の車両だって同じように動いているのに、相手だけが勝手に揺れ動いているように見えてしまうのだ。こうした体験をすることは、けっこう多い。同じ電車でも横に並んだ相手が動き出すと、こちらが動きはじめたのかと思うことがある。電車が動くのだから、振動や音が伴うはずで、自分が動いているかどうか一瞬でわかるはずだ。しかし、その割にはちょっと気をつけてみないと、それがはっきりしないこともある。こうした体験をしていると、人間というものは自己中心的なものの見方をしているのだなあと思ってしまう。もちろん、電車の場合は自分が動かずに相手だけが動いているなんて思っていない。それは理屈が判っているからである。しかし、これが対人関係になってくると、相当に怪しくなる。ややもすると、自分は動いていないのに他人だけが動いているように見えるのである。われわれは、どうしても天動説を採ってしまいがちなのだ。そんなとき、相手から見ればどうなんだろう≠ニいった発想ができるかどうかが、大事になってくる。
隣の車両(07/12/05 Wed-1711)
 
さて、11月28日から書き始めた電車の話題だが、そろそろ本題(?)に入ることにしよう。もともとこの話、東京や大阪の電車の話題からはじまった。私が日常的に乗る電車は博多に行く際の特急つばめ≠ナある。しかし、この電車では体験できないおもしろい現象が東京や大阪では起きるのである。もっとも、福岡でも地下鉄なら同じことが体験できる。また熊本地方でも2両以上を繋いだ鈍行であれば、これまた経験できるはずである。特急つばめ≠フ場合は、連結された車両の間にトイレや乗降口があって隣の車両が見えない。いわゆるデッキと呼ばれている部分がある。これに対して、東京の山手線や地下鉄に乗ってみるとどうなるか。当然のことながら電車は繋がっている。しかも8両とか12両編成である。さすがに都会はものすごい。その電車がカーブにさしかかったときどうなるか。自分が座っている席から隣の車両が見える。ところが電車がカーブに来ると、向こうにある車両がグーンと横に曲がっていく。例えば車両が右に折れて、車両全体が見えなくなるような感じになる。これは相当な変化だ。なぜなら、線路がまっすぐなところを走っているときは、隣の車両のドアが見えているのだ。さらに、その先にある車両の様子までうかがうことができる。それなのに、カーブにかかると、隣の車両が見えなくなるのである。しかし、そう思っていると、すぐに隣の車両全体が左の方に戻ってくる。線路が直線に戻ったのである。このときの様子は、隣の車両が右に左にと揺れているように見える。もちろん、これはこちらの一方的な思い込みである。なぜなら、隣の車両に座っている人から見れば、こちらの車両の方が左に曲がって、全体が見えなくなったはずだからである。
隅っこの魅力(07/12/04 Tue-1710)
 
西鉄の連接車の運転席を覗ける座席は、運転している状況が見えれば超特等席になったはずだ。しかし、その当時は運転席横の座席側は、大抵は目隠しが降ろされた。だから、運転の様子や目の前に広がる景色は見えないのである。そんなわけで、前方の運転席横の席はそれほど魅力的なものではなかった。そうなると、最後部の運転席横が最高の席になる。そこに座ると右側、つまりは運転席側には人がいない。そこまで思い出すと、そこには車掌さんはいたような気がする。しかし、その場合でも乗降口側に立っているから、座っている者にはそれほど気にならなかったと思う。ともあれ、人間は隅っこが好きなようだ。わが孫もよちよち歩きながらじいちゃんを挑発する。逃げるから追いかけてちょうだい≠ニいう雰囲気を漂わせる。もちろんことばは発しない。しかし、表情がそう言っている。そこで私の方も待て待て≠ニいう仕草で着いていく。すると必ず部屋の隅っこまで行って、こちらを窺う。そして、もう逃げられないところでニコニコ笑って、次の動作を待っている。すでに1歳児のころから隅っこが好きなのだ。どうしてか、そこまで行けばそれ以上は逃げるところもなくなるのに、なんとなく気持ちが落ち着く気がする。それは本当に追いかけられている危機的状況ではないからかもしれない。たしかに、人と人の間に挟まれていると、どちらにも気を遣わなければならない。あるいは原始の時代だと、周りが危害を加えるかもしれないので、警戒しなければならなかったか。そうした歴史的体験が隅っこ好きにさせたのだろうか。いずれにしても、私はとにかくその席に座るのを無上のの楽しみにしていた。そんなこんなで、私にとって連接電車の思い出は尽きない。
電車の運転席(07/12/03 Mon-1709)
 
大学生なると授業の時間割にゆとりが生まれ、通学で利用する電車の時間帯は変動した。これに対して高校生のときは、朝は決まった発車時刻の電車に乗っていた。そして、いま熊本市内を走っている、あの連接電車の指定席に乗るのが私の日課だったのである。文章では表現しにくいのだが、連接電車の最後部に運転席がある。後部といっても、進行方向が逆になれば最前部になる部分だ。運転席に向かって左側に乗客が乗り降りするドアがある。私の指定席はその反対側にあった。運転席の右側はパイプで仕切られているが、そのギリギリのところまで座席がある。だから、進行時の前部の場合は、運転士や前の景色が見える理屈である。じつはこの席も、本来ならば1等席というべきだろう。運転手は左手でレバーを回して電車を発車させる。それをさらに回転させるとスピードがアップする。そこで速度計を見れば電車が走っているスピードがわかる。これだけでも、相当におもしろい。またの右手側にはレーキのレバーがある。この使い方も微妙で、運転手がうまく調整しながら電停にちゃんと止める。電停の間はそれほど離れていない。電車は発車後、グーンと加速させるが、運転手はかなり早い時期にレバーを元に戻す。それから電車は慣性で走り続ける。その距離はかなりのものである。車のアクセルを吹かしてグーンと加速し、それからはブレーキをうまく使いながら目的地まで走る。そんな感じである。いまからもう20年近く前にはなるだろうか。ファミコンで電車でGo≠ニいうゲームが発売された。運転士になった気分で山手線などを走るのである。それを知った私は、何のためらいもなく購入した。これが画面もけっこうリアルで、それこそはまってしまいそうになった。
刺激と記憶(07/12/02 Sun-1708)
 
もう少し、福岡の市内電車の話をお聞きいただきたい。博多駅から祇園町へ来た線路は2本に分かれるが、そのうちの1本は博多駅を背にしてまっすぐ走り、呉服町で貫線と出会う。もう1本は私が通っていた高校前にある潟洲町に向かう。その先が千代町で、そこで貫線と交差する。この系統の電車が16番だったと思う。千代町から先は貝塚線と同じになり、新博多まで走る。新博多から貝塚に向かうのが貝塚線。その新博多から博多湾の方向へ向かい、築港前や現在の国際センターが建っている通りを進むルートもあった。これが天神に繋がり、さらに現在の博多大丸や三越前を通って、城南線の渡辺通りへと続くのである。西新から六本松、渡辺通、そして博多駅に向かう電車が16番の記憶があると書いた。その渡辺通から分かれて、博多駅ではなく天神に向かう路線もあって、そのまま築港・新博多から貝塚に向かうと25番になった…。いやはや、申し訳ございません。ただひたすら、西鉄電車の個人的な思い出話になってしまいました。地図のイメージが湧かない方には、何ともわけのわからない話ですよね。それにしても、思い出し始めると頭の中で当時のイメージが広がっていく。われながら人間の大脳ってのはすごいなあと思う。ちょっとした刺激で、それに関係した引き出しがドンドン開いていくのである。記憶のメモは消えているのではなくて、出てこられないでいるようだ。電車の刺激が私の脳を活性化しているのが実感できる。高齢社会を迎えたわが国では、認知症に悩む人の数はドンドン増えていきそうだ。この病気はの原因は大脳の機能にあるという。これを予防する効果的な方法があるのかどうか知らないが、日ごろから大脳を使っておくことだ大事なようだ。
西鉄電車のネットワーク(07/12/01 Sat-1707)
 
このところ、西鉄電車の話題にこだわっている。この話、11月28日の東京や大阪で電車に乗る話からはじまった。それが熊本の連接電車になり、連接電車の連想から福岡に住んでいたころの西鉄電車のネタへと移っていった。いつものことながら、本当に書こうと思ったことは別にある。しかし、そこまでなかなか到達しないのである。そして、あっという間に月も変わり、今年も12月になってしまった。なんと、あと1ヶ月で来年ではないですか。まあ、本コラムにずっとお付き合いいただいている方は、いつものこと≠ニ苦笑されていることだろう。しかし、はじめて読まれる方は、なんで西鉄電車なのと思われるかもしれない。そのあたりについては申し訳ございませんが、もうすぐ区切りが付きますので、よろしくお願いします。さて、西鉄電車の思い出話だが、私が利用していたころは、チンチン電車のルートはけっこうあった。まずは姪浜から九大前の貫線があり、系統番号は1番だった。すでに書いたが、これがメインストリートを走る。天神にはデパートの岩田屋があり、中州には玉屋があった。そして、呉服町は大丸である。貫線の千代町から分岐して、新博多を経由して貝塚に向かうのが貝塚線で、こちらは5番系統である。新博多は、後に千鳥橋と名前を変えた。新博多から貝塚までは路面ではなく専用の線路になった。さて、西の繁華街である西新から六本松へと回り、薬院・渡辺通へ行くのが城南線である。どこまでを城南線と読んでいたのか、その当時もはっきり意識してはいなかったが、このルートは渡辺通で終わりではなく、その先が2方向に分かれる。そのまま直進すると博多駅に至る。博多駅の次が祇園町で、そこからまた線路は2方向に分かれていく。