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味な話の素
No.48 2007年04月号(1451-1481)
 
春闘物語(07/04/30 M-1481)
 さて、誕生日のメッセージで飛んでしまったが、一昨日まで取り上げていた春闘≠フ話を続けよう。働く者たちが全国的に手を組んで賃上げを要求する。これが春闘≠ナあった。その当時は、文字通り両者に闘う≠ニいう雰囲気が感じられた。この春闘がスタートしたのは1955年だから昭和30年になる。この年にソニーが日本ではじめてトランジスタラジオTR-55を発売している。それからドンドン輸出などで日本経済は立ち直っていくことになる。しかし、それもまだまだのようで、この年の貿易収支は5400万ドルの赤字である。当時は1ドルが360円だったから、200億円ほどになる。それでも自動車の輸出もしていたらしく、その実績が1400台だという。どこに何を出していたんでしょうね。また人口は89,276,000人である。いま少子化と人口減少が問題になっているが、私が子どものころはまだ9千万に達していなかったわけだ。合計特殊出生率は2.37だから人口は増加の途上にある。そんなこんなで、わが国が戦いに敗れて10年、ようやく復興の兆しが見えてきた時代だった。こうした時代背景の中で春闘≠ェはじまったのである。その後は年中行事になった。そこで日本の風物詩になったというこどだろう、春闘≠ヘ季語にもなっている。そう言えば春闘を闘う≠ネんて、妙な表現もあったりした。この闘い≠ナ得られた回答が4月の新年度から適応されるのである。労働者側の要求が経営側に受け入れられない場合はストライキに突入することもあった。日本国憲法第28条に勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利は、これを保証する≠ニ書かれている。この後半にある団体行動≠ノストライキが含まれることになる。
ついでにもう1本(07/04/29(その2) Su-1480)
 せっかくですから、誕生日の記念にキリのいいところまで書いておきましょう。インフルエンザどころではありません。手術で1週間ほど入院したこともあるのです。しかし、手術といっても大したものではなくて、味な話の素≠フ原稿を書くには何の支障もありませんでした。そんなことで、こうした健康な体に生んでくれた両親に感謝しなければなりません。世の中には、健康に優れない方や障害と闘いながら生きている方々がたくさんいらっしゃいます。私の場合、もう還暦さえご近所にやってきました。そんな年になるまで健康について心配なく過ごせたことは、本当にありがたいことです。これも皆さま方のおかげと感謝しています。それに加えて家内や子どもたちにもお礼を言いたいと思います。何と言っても彼らが私の元気の素です。そうそう、忘れてはいませんよ。その中にニューフェースの孫が含まれていることは言うまでもありません。そんなわけで、私はあちらからもこちらからもお世話になっているのです。ですから、どちらにも足を向けて寝ることのできない人間なのです。そのため、とくに夏になると夜中はドンドン足の向きを変えるようにしています。まあ寝ている間のことですから自分ではよくわかりません。しかし、それが事実であることは家内が証明してくれます。それって単に寝相が悪いだけではないか≠ナすって?うーん、まあそう言う見方をする方もいらっしゃるかなあ…。ともあれ、これからも味な話の素≠フネタは尽きそうにありません。これまで通り、ボチボチお付き合い下さい。そうそう、誕生日だということで話がそちらに向かってしまいました。昨日まで続いている連載物≠ェ終わっていませんね。いつもの脱線でした。ご了承下さい。
本日は誕生日(07/04/29 Su-1479)
 本日は味な話の素≠フ誕生日です。その記念すべき日ですが、わがサーバーが昨日からアウトになっています。皆さんがアクセスしていただいても見えないわけです。あーあ、せっかくの誕生日なのに…。それでも私としては淡々と書いておく他はありません。そもそもゴールデンウィークですからアクセスされる方が少ないことはわかっています。それはそうなのですが、毎日のようにチェックしてくださるお客様がいらっしゃるのです。やっぱりあーあ…≠フ心境です。ともあれ、2003年4月29日にこの欄をスタートさせました。それから丸4年が経過したわけです。今月はN048で通算1479回までやってきました。ちょっとばかり調子に乗って1日に2回分を書いたこともあります。そのため今日までの日数はこの回数よりも少しばかり少ない1462日目になります。それにしてもありがたいことです。私自身、相当に粘着質の人間だと自認していますが、それだけではなかなか続かないと思います。まずは読んでくださる方がいらっしゃること。これが第一でしょう。そして忘れてならないのは、私が大きな病気をしないということです。この4年の間にはインフルエンザに罹ったこともあります。しかしそのときだって、体がだるい程度で済みました。じつを言うと出張前でインフルエンザじゃ大変だ≠ニ思って病院に行きました。診断はただの風邪≠ナした。そこで大いに安心して仕事に出かけたわけです。ところが出張から帰ってからも体調がいまひとつなんですね。そこでもう一度、病院に出かけました。すると今度は立派なインフルエンザ≠ナした。まあ、何が何だかわけがわからなくなりましたが、とにかく元気なんです。だから話の素≠ヘ続いてしまうのです。
集合性と個別性(07/04/28 Sa-1478)
 控えめな態度と攻撃的なそれとの違いを、農耕民族と遊牧民族の差で説明するのには限界がある。とくに今年は朝から晩までマスコミが大はしゃぎの大リーグだが、この世界でも選手たちは同業者のことをぼろくそにこき下ろすことはないようだ。たしかに優勝を目指します≠ネんてことは言う。松坂のようにイチローさんと対決したい≠ニ言った発言もする。しかし、何としてもイチローをきりきり舞いにしてやる∞あんな奴、初球からビビれさせてやる≠ネんて言い方はしない。だから昨年だったか、野球の世界選手権で、イチローがアジアの国がこれから30年間は、日本に勝てないことを思い知らせたい≠ニ発言して韓国などを大いに刺激した。その真意はわからないが、これなどはきわめてめずらしい挑発的な発言だった。そう言うわけで、野球もやはり球団が集まった同業者の仲間たちで構成されている。そうなると、控え目対応¢ホ攻撃的対応≠農耕¢ホ遊牧≠ニいう文化の違いでは説明しにくくなる。ここでのキーワードは、仕事が集合的≠ゥ個別的≠ゥということなのだろう。さてさて、試合前にボクシングの選手が出す景気のいいコメントも8掛けくらいで聴いておいた方がいい。そんな話からはじまって農耕だの遊牧だのというところまで脱線したが、私は8掛け≠ニいうと、なぜか昔の労使交渉を思い出すのである。いまでも春闘ということばはある。しかし、いまの若者たちがこれを知っているかどうか、かなり怪しい。私が子どものころ、いやいや大人になってからも、2月ころになると春闘≠ニいうことばが新聞をにぎわせた。これは春季闘争≠略したもので、そこで労働組合が主に賃上げを要求して経営者側と交渉するのである。
協調性と闘争性(07/04/27 F-1477)
 試合前に大ボラを吹いていながらKOされる。そんなことになっても、翌日の新聞で相手の方が強かった≠ニいうまっとうなコメントが掲載されれば、それでおしまい。もう多くの人間は忘れてしまう。それこそがプロスポーツ、見る方もそんなもんだと心得ている。何と言っても勝負事である。はじめから控え目すぎてはおもしろくない。そんな気持ちでスポーツを楽しむ人もいるだろう。その点では日本の伝統的なスポーツは控え目な態度を取ることが多かった。相撲なんぞはその典型だろうか。金星を挙げても、無我夢中でした∞信じられません≠ニいったコメントが多い。インタビュアーの方が、いよいよ昇進ですね≠ニか優勝も目の前ですね≠ネんて誘導しても頑張ります≠ュらいがいいところ。むしろ、そんなこと考えていません∞毎日を大事にするだけです≠ニなる。いやあ、私自身にも勝算があるんですよ∞そもそも横綱はツメが弱いですから≠ネんてことは思っていても言わないのである。もっとも最近では、関取たちからかなり積極的な発言が聴かれるようにはなった。これも若者気質の変化という時代の流れなのだろうか。それにモンゴルをはじめ外国からやってきた関取も増えた。こうした変化もお相撲さんのマインドに影響しているかもしれない。まあ考えてみれば、相撲社会≠ニいわれるくらいだから、全員が1つの集団を構成している。取り組みの際には敵になるが、だれもが同じ組織に所属する仕事仲間である。それに比べてボクシングは同業者ではあるけれど、相手は1人の個人なのだ。しかも、試合前にもその後にも2度と会わない可能性が高い。そう考えると、農耕民族的な協調性と遊牧民族的闘争性の違いが出ているような感じもする。
8掛けと勝負事(07/04/26 Th-1476)
 今月のはじめに8掛け判決≠ノついて書いた。検察側の求刑に対して8掛け程度の判決が出るということだ。8掛け≠ネんて言うと、商売の値引きのように聞こえる。2割引ということだ。ともあれ求刑が10年なら8年という具合である。これに相場主義という業界用語≠ェあることも書いた。1人を殺しても死刑にならないが、3人なら死刑になる。そんな相場があるらしい。裁判の世界では法律だけでなく、すでに出された判決が大きな影響を与える。いわゆる判例≠ナあるが、これが法律と変わらないほどの力を持っているらしい。とくに最高裁の判決はもう法律そのもののようである。たしかに、全体としての公平さは必要である。同じ犯罪が裁判所によって刑が違うというのは問題だ。しかし、そうかと言って相場≠ネんて用語が簡単に使われるのはいかがなものか。もちろん、すべてが8掛け≠竍相場≠ナ判断が出ているはずはない。ただ、そんな話題が持ち出されること自身がやはり問題だと思う。たしかに世の中には、まともに聴いていたらあとでガッカリするものもある。そんなものは8掛け£度で受け止めておいた方がいい。プロボクシングなどもそれに入るだろうか。すでに試合前から戦いが始まっている。3回までにはKOする≠ネんて大風呂敷は常識中の常識だ。その昔、ほら吹きクレイ≠ニ呼ばれるめっぽう強いチャンピオンがいた。モハメド・アリである。彼はボクシングの実力だけでなく、口まで達者だった。アリは実際に強かったが、前口上の威勢よさとは裏腹に、いざ試合になるとあっという間にこちらがノックダウンということもある。KOするぞと言っておきながら反対にKOされたのでは、もう0掛け≠ノなってしまう…。
近くて遠いは…(07/04/25 W-1475)
 近くて遠いは田舎の道、遠くて近いは都会の道=Bいまは田舎≠ニいうことばを使うと怒られるのだろうか。私が子どものころだった。父と一緒に家まで歩いて帰っていたときのことである。おそらく歩き疲れた私がまだ遠いねえー≠ニでも呼びかけたのだと思う。あるいは、あとどのくらいかかるの≠ニ聴いたのかもしれない。そんな状況の中で父が言ったのである。近くて遠いは田舎の道、遠くて近いは都会の道=B周りが田んぼや畑、はるか彼方に人家がポツポツと見える。流れる川も蛇行していることがわかるくらいで、淡々と水を流しているばかり…。そんな変化の少ない状況では、時間の流れも遅くなる。これが都会を歩くと時々刻々と周囲が変化する。あれかと思えばこれが目の前に現れる。こっちを見ていると、あっちを見損なう。もうボーッとしている暇がない。そして終わってみれば時間が経過している…。福岡の天神にあるホテルから地下鉄駅まで行ったことがある。頭の中で10分もあれば十分に着くと予想した。このあたりは何十年も歩いているから、それは単なる推測ではなかった。それでも5分以上は余裕を持ってホテルを出た。ところが、地下街に降りて駅に向かうと、これが意外と遠いのである。もちろん予定の電車には乗れたが、けっこうギリギリだった。少しばかりヒヤリとしながら電車の中で父が言ったことばを思い出したのである。都会の道は想像以上に遠いものなのだ…。しかし、そのことが必ずしもいいことなのかどうか。都会をバタバタ歩きながら、私たちは人生を考えているか。遠くに見える小山の麓にわが家がある。そこまでボチボチ、独り言を発しながら、歌を歌いながら、そしていろんなことを考えながら、私は歩いていた。
思いやりの雌雄(07/04/24 Tu-1474)
 やっぱり雄大の雄≠フ方がオスメスの雄≠謔閧熬抗がなくていいですよ。道雄≠フ雄≠ヘオスメスの雄の方がいい≠ニいうご意見にそそんなお答えをした。これに対してすぐに返事が届いた。原文のまま引用せずに、趣旨をできるだけ正確にお伝えしてみよう。まずは、雌雄≠ニいうことばは小学校の理科で習うので誰でも知っているということである。それは専門家だからわかるというものではない。したがって、オスとメス≠ニ聞けば、みんなの頭に確実に浮かぶ漢字だと思う。その点で、電話などで相手がユウダイ≠ニ聴いて他の漢字と間違えられたりすれば、その人が恥ずかしい思いをするのではないか。そんな疑問をもたれたようだ。そして、世の中にはユウ≠ェつく形容詞はたくさんあるのだから、相手が間違えずにすぐ思い浮かぶように伝えることが大事ではないか。そうして相手を思いやることがヒトではなく人として大切だと思うという趣旨である。そして、最後に私の道雄という名前は、雄と雌の雄と書きます。私は男ですから〜。あはははは〜(笑)はいかがでしょうか≠ニのお勧めで終わっていた。私が、かなりいい加減なところがあるのも見越して、笑ってすませれば≠ニいうご提案付きである。ありがたいことである。ただし、私の経験では名前を紹介するときは、けっこうマジ≠ネ状況のときが多いから、あはは≠ニいかないこともある。これについては○○さんもけっこう粘着質かなあ。「あはは」と言える人には「オスメス」もいいかもねえ≠ニいう返事を出した。講演で自分が粘着質だという話をしていたものだから、冒頭に余計な一言を付け加えた。メールのやり取りがおしまいになったのは、そのせいかもしれない…。
ヒトと人(07/04/23 M-1473)
 雄大の雄≠ニ表現しても、やっぱり自分のことを心が広い、大きな器の人間だ≠ニ言っているのではないか。だから、英雄の雄≠ニ言うのに抵抗を感じるのであれば、雄大の雄≠セって同じことではないか。これがオスメスの雄≠ナあれあば、あくまで生物学的な事実だから気にすることもないでしょう…。こんなアドバイスをいただいたわけである。このメールに対して、さっそくつぎのような返事をお送りした。なあるほど、説得力のあるお話ですね。そして、○○という□□をご専門にされているお立場があふれ出て、すばらしいと思います=B○○と□□にはメールをお送りいただいた方のお仕事が分かる表現が含まれている。英雄は人のことですので、自分を′英雄′もどきと言っているようで気恥ずかしいわけです。′雄大′だって、すごい表現ですが、これは自然を表すことばですよね。人のことを′雄大′という確率は低いわけです。たしかに人間は′生物′ですが、やっぱしオスメス≠ナは抵抗があるんです。私たちが大事にするのは、生物的なヒト≠ナはなく人≠ナあるように…=Bこの日は、ヒトと人≠フ話をしたばかりだった。私たちが関わるのは人・人間≠ナあって、霊長目ヒト科の哺乳類≠ナはありません。ヒト≠ニいうことばは医学書や生物学では使われるでしょう。それは科学の対象としてのヒト≠セからです。しかし、リーダーシップや対人関係を考えるときは、あくまで人間≠大事にしなければなりません…。とまあ、こんな話をしていたのである。そこで、メールの最後に書いたような表現になったわけだ。そして、このご質問については、講演の際に引用したいなあ。もちろん匿名です≠ニいう一文で締めくくった。
雄雌≠フススメ(07/04/22 Su-1472)
 ことばは人によって重さが違っている。こちらが何とも思わなくても、相手にとっては傷つくものがある。ことばはコミュニケーションの基本的な道具で、地球上で繰り返される会話の中で使われ続けている。だからことばづかいには大いに注意しましょうね。とまあ、これが道雄≠フ話題を通して私の言いたかったことである。もちろん自分がかかわりをもつ人たちすべてについて、それぞれが傷つくことばを掌握することなんて不可能である。そうだからこそ、ことばの言い方や言い回しは十分に気をつけた方がいいと思うのである…。そんなことで、私は授業や講演会でこのネタをしばしば使っている。そしてある講演会の数日後のことである。参加者の方からメールが届いた。講演での私の問いかけに対して、ご自分はオスメスの雄≠セと思われたという。メールにはその理由が詳しく書かれていた。私が固執している雄大≠ヘ雄大な○○≠ニいう使い方をする。だから雄大≠セって人≠ニ繋げれば心の広い、器の大きい人物≠イメージする。ということは、雄大≠燻ゥ分のことを英雄≠ニ言ってるのと同じではないかと思うと言われるのである。これに対して雄と雌≠ヘはっきりした名詞だ。そのため、人によってさまざまなイメージを生み出すことはない。雄≠ヘ人間の生物学的分類による男性をあらわすことばである。そんなことから講演のとき自分としてはオスメスの雄≠セと思った。おおよそ、こんな趣旨のメールである。もちろん文体は断定的でなく、ですます調≠ナ優しく書かれていた。そして文末に、以上のことを考え、私は雄と雌を選びました。先生はどのようにお考えになりますか?お返事頂ければ幸いです≠ナ締めくくられていた。
漢字とアイデンティティ(07/04/21 Sa-1471)
 自分の名前を伝えるときに、英雄の雄です≠ニ言うのには抵抗を感じ続けてきた。この場合、私以外のすべての人がそんなことないのに≠ニ思うかどうかは問題にならない。とにかくこの私がそう思うのだから仕方がないのである。私の勝手な推測だが、同じようなことは女性の場合にもあるのではないか。たとえば、名前に美≠ェ含まれるときはどうだろう。美人の美です≠ニ真面目な顔をして言う人はあまりいないのではないか。人によっては美人の美、なーんちゃって≠ネどと笑いを付け加えたりする人もいる。もっとすごいのは、不美人の美でーす≠ニ表現した人が現実にいたという話を聞いた。きわめて信頼できる筋からの情報だから、これを私は信じている。とにかく、私にとって雄≠ヘ単なる漢字の1つではなく、自分のアイデンティティにかかわる重要な漢字≠ネのである。道雄≠ナない人にとって、雄≠ヘオスメスの雄≠ナあり、英雄の雄≠ナある。そこに何の違和感もない。それどころか、雄大の雄≠ネんて言うよりも間違いがない。それは、雄≠ェ中性的な意味しかもっていないからである…。そんなこんなで、私の名前をネタにして、雄≠フ字だって人によって受け止め方が違うことを強調した。しかし、これは名前の漢字に限ったことではない。いつも当たり前に使っていることばにしても、人によっては気になるものもあるはずだ。それに気づかずに使うと、相手を傷つけたりもする。なにせ、自分とってはなんのこともない中性的な≠アとばだ。だから、それが人を傷つけるなどとは夢にも思わない。この地球の上で1日にどのくらいの会話が交わされているのだろう。それは数えることなど不可能な天文学的な量になるはずである。
雄≠フ伝え方(07/04/20 F-1470)
 道雄≠他人にどう伝えるか。これに対してオスメスの雄∞英雄の雄∞雄大の雄≠フ3つの答え方が出された。そこで私はその場にいる人たちに問いかける。さて、みなさん。いま3つの′雄′が出ましたが、私自身は子どものころからずっと1つの言い方しかしてきませんでした。それがどれだかお分かりですか=Bいまこれを読んでいらっしゃるあなたはこの質問にどうお答えになるだろうか。はっきり統計を取ったわけではないが、3つについて挙手してもらうとオスメスの雄≠ェけっこう多い。とくに若い世代はそんな気がする。それを見て、私の方は苦笑する。みなさんは私の気持ちになっていますか。いま、採用してほしくてたまらない会社の人事担当者と話をしているんですよ。その人に、みなさんは気軽に′オスメスの雄′なんて言われるんですか=Bこう問いかけると多くの人が笑い出す。どう考えても、オスメスの雄≠ナはないだろう。少なくとも私はそう思うのである。会場の笑いは、そうした私の気持ちが伝わった結果だと推測する。そこで、それでは、残る2つのうち正解はどちらでしょう≠ニ改めて問いかける。もうその答えはお分かりだろう。私の正解は雄大の雄≠ナある。英雄の雄≠ナはないのだ。その理由ははっきりしている。英雄の雄≠ネんて言えば、わー、あの人って厚かましいっ!自分のことを英雄と勘違いしてるんじゃない?≠ネんて思われるのではないか。そんな気がするのである。もちろん、これは私の勝手な℃vいである。あんた、それこそ自意識過剰じゃないかい。あくまで名前の漢字を伝えるだけじゃないの。′英雄の雄′と言ったからといって、自分が英雄だと思ってるなんて誰も考えないよ=Bそんな声が聞こえてきそうだ。また、そりゃあ考えすぎだ≠ニ言って笑う人がいるような気もする。
道雄≠フ伝え方(07/04/19 Th-1469)
  会議で議論が伯仲していると思いきや、何のことはない、お互いが使っていることばの意味が違っている。そんな例が少なくない。はじめから意思疎通はできるわけがないのである。ことばに関連して、私は自分の名前を授業や講演のネタに使っている。いま、20代の吉田道雄≠ェいると思っていただきたい。その吉田道雄≠ェ就職のために走り回っている。そして、ようやく就職したくてたまらない会社の人事担当者と電話で話をすることができた。しばらくやり取りをしたあとで、先方が問いかけてきた。わかりました′よしだ′さん。それでは関係資料をお送りしましょう。ところで′よしだ′さんは普通の′吉田′と書くんですね。それから′みちお′の方ですが、こちらはどんな字ですか…=Bここで皆さんにお願いしたい。それは瞬間的に吉田道雄≠ノなっていただくことである。さて、人事担当者にどうお答えになりますか。実際の授業や講演では、身近にいる学生や参加者の方に聴いてみる。うーん、道路の道に、オスメスの雄ですかね=Bなるほど、たしかにオスメスの雄≠ナある。わたしの経験だけでいえば、この回答が圧倒的に多い。そこで、他の人にも声を掛けてみる。あなたはどうですか=Bそうですね、歩く道に英雄の雄ですか=Bもちろん、これも正解である。さらに、別の方にも目を向ける。どうですか、まだ他にないですかね=Bこのとき、私が確認したいのは道≠ナはなくて、雄≠フ方だということを伝える。それからすんなりもう1つの答えが出ることもあれば、ちょっとだけ時間がかかることもある。しかし、何人かに当たっていると、雄大の雄≠ニいう回答も返ってくる。この3つが揃ったところで、話が先にすすむ。
ことばの宿命(07/04/18 W-1468)
  私にとって犬≠ニ言えば、小学生のころに追いかけてきた、あのワンちゃんが頭に浮かぶ。それとおなじ理屈で人それぞれが犬のイメージをもっているのである。しかし、実際の会話では犬≠ニいう1つのことばを使いながら犬≠ニいうものについて話をする。もちろん、わが家の犬≠ニか、テレビに出ている犬≠ネどを話題にする場合は、犬も特定されている。これに対して、一般的に犬≠語るときには犬≠ェ抽象化されている。お互いに犬≠ノついて共通した認識を持っているという前提で話をするのである。しかし、すでに見たように、人それぞれが特有の犬体験をもっているのだ。そもそも犬≠ノ対する定義が異なっていれば、会話にもすれ違いも起きる。もちろん、犬≠ヘ単なる例として取り上げただけのこと。これはすべてのことばが抱えている宿命的な問題なのである。そもそも、ことばはみんなに共通で使えるから役に立つ。私の犬≠ニあなたの犬≠ヘもともと違うんだから、犬≠ノついて話はできない。そんなことを言っていたら、ことばは使えなくなる。ことばは、ものごとを抽象化している。だからこそ意思伝達の強力な道具として使えるのである。ここで大事なのは、ことばは人それぞれにとって意味合いがちがう可能性があることを頭に置いておくことである。その上で、お互いに意思疎通ができるように努力すればいい。何をするにしても、ものごとの長所と短所を理解しておくことが必要なのだ。同じことばでも、人によって意味が違うかもしれない。そうした意識をもちながらコミュニケーションをすすめていきたいものである。話し合いや会議などでは、ことばの定義がはっきりしないまま議論が停滞していることが少なくない。
ワンちゃんの思い出(07/04/17 Tu-1467)
  団塊の世代の悪い癖で、昔の話をし出すと止まらなくなる。相撲取りの名前だって、どうして湧き出るように思い出すんだろう。もう懐かしくて懐かしくて、涙が出てくるじゃないか…。そもそも、この話題の発端は4月10日の犬の話≠ゥらはじまっている。それが逸れて映画やテレビのネタに脱線したのである。じつは、私が子どものころの犬≠ニ相撲≠ニは切っても切れない関係があるのだ。ある日のことだ。学校が終わって、子どもたちの間で流行っていた相撲をしようということになった。いつもは運動場や近くの公園の地べたに丸を書いて土俵をつくる。しかし、校区内の神社さんに立派な土俵があった。せっかくならそこで遊ぼうということで話がまとまったのである。そこで、自宅にランドセルを投げ出して走って神社へ向かった。そして、その境内にある石段を駈け上がろうとしたときである。階段の先にある門の下にけっこう大きな犬がいてこちらを見ている。私の目には、にらんでいるようにも見えた。こころの中でやばいなあ、こわいなあ≠ニ思う。そこで、相手を刺激しないようにゆっくり昇っていく。唾も飲み込みながら…。それほど大した段数ではない階段を昇り終えた。犬を右に見やりながら、これで大丈夫かと思った。その気持ちが、私を駆け足にさせたのかもしれない。とにかく逃げる≠謔、な感じになったのだと思う。それを見た犬は突如として、うーっ、ワワーン≠ニばかり吠えて、私を追ってきた。そして、な、なんと私の右足をパクリと一噛みしたのである。結論から言えば、そう大した傷にはならなかったが、あのころは野良犬も多く、わが国でも狂犬病には気をつけろと言われていた時代だった。私にはそんな強烈な思い出がある。だから、犬≠ニいうことばを聞くと、私は直ちにあのワンちゃん≠連想するのである。
想像力¢r失(07/04/16 M-1466)
  私が小学生のころは家にテレビがなかったから、野球も相撲もラジオで聞いた。ラジオの中継はアナウンサーの声だけが頼りである。じっと耳を傾けて、あとは自分でその光景を想像する。いまでも、ラジオで野球や相撲を中継しているから、その雰囲気は分かると思う。ただ、今日ではテレビが当たり前で、少なくともプロの野球や相撲がどんなものであるのかを、みんな知っている。その上で、球場や土俵上を想像するのだが、その昔はテレビそのものがないのである。たしかに大きなお店や電器屋さんにはテレビがあった。だから、まったく映像を見たことがない人はいなかったと思う。それに、すでに話題にした映画館のスポーツニュース≠見るチャンスもあった。しかし、その時間や回数はきわめて少なく、日常的なものではなかった。その意味で、ラジオは想像力≠豊かにする力をもっていたと思う。想像力≠ヘイメージ力≠ニ言ってもいい。それに、中継するアナウンサーもプロ中のプロだった。NHKのスポーツ専門に志村喬というアナウンサーがいた。彼が伝えるラジオは臨場感に溢れていて興奮した。大勝負になると、この人の声を聴きながらドキドキしたのである。いまでは何でもかんでも即物的≠ノなってしまった。その結果、想像力やイメージ力が欠如する。そのことが即イジメ≠ノ繋がるなんて短絡的なことは言わない。しかし、それが人生の送り方や対人関係のあり方などにも大いなる影響を与えているのではないかと思う。われわれは放っておいても進化し続けている≠ニ勘違いしがちだ。そんなことはない。使わないものは退化する。磨かない能力は失われてしまう。このごろは大人も子どもも、組織も家庭も想像力≠失ってはいないか。
懐かしの力士たち(07/04/15 Su-1465)
  相撲は栃錦と若乃花のほかにも、個性溢れるすばらしい関取たちがいた。2人よりも少し若いところで朝潮太郎がいた。鹿児島県出身ということで九州人には人気があった。胸毛いっぱいの大男という感じだったが、体全体は柔らかく見えた。それもやはり映画館でのスポーツニュース≠ェ主な情報源である。そうそう、大内山という大男もいた。名前も大きいが体も2メートルを超えていたの。それに先輩格では横綱の吉葉山に鏡里。鏡里は小学生のころ巡業に来たときに目の前で見た。ある記念碑で奉納土俵入りをしたのである。いわゆる太鼓腹のまん丸な体型だった。ちょうど横綱の化粧まわしを着けるところに出くわした。そのとき、何人かが周りから囲んでまわしを取り付けて≠「たが、前にいた若い駆け出しの肩に両手を掛けていた。それだけまわしが重いんだなと感心した。それと同時に、人に支えてもらわなとまわしも着けられなくて、よく相撲が取れるもんだ。はたかれでもしたら簡単に前のめりになるんじゃないか≠ネんて思ったりもした。縦横ともに大きく見えたが、身長は174cmだったという。私が小学生だったから、とくに大きく感じたのだろうか。両手をショベルカーのように曲げて降ろし、また持ち上げながら仕切るのは鳴門海。実際にどのようにしていたのかは、映像でないと伝えられない。信夫山は両差しが十八番だった。小柄ながら下から潜って若乃花たちを悩ませた岩風。ニックネームは潜行艇だった。そうそう、父親が行司の式守錦太夫で、関脇まで昇進した房錦もいた。色が黒かったらしく、褐色の弾丸≠ニいうニックネームが付いていた記憶がある。父親が仕切る相撲で勝って、勝ち名乗りを受けたことがあって、大いに沸いたものである。
相撲の思い出(07/04/14 Sa-1464)
  野球は手作りかどうかは別にして、それなりに道具がいる。それに比べると相撲は何にもいらない。そんなこともあって、私が子どものころは相撲がけっこう流行っていた。こちらは何と言っても道具がいらない。運動場や近所でも地面にまる≠書けば、それで土俵のできあがりである。それに、その辺の乾いた土か砂でも集めれば純白の塩≠ノなる。ご存じのように塩の撒き方も関取によって個性がある。もちろん仕切りの仕方も個人差が大きく、これがおもしろかった。現在のロボコップ≠アと高見盛は大いに場内を沸かせている。子どもたちにもごひいきの相撲取りがいて、その仕草を真似ながら勝負していた。私が小学校高学年のころは、若乃花が人気トップだった。初代の横綱若乃花である。その後、2代目、3代目と続いて、3人とも横綱になった。最後はあの若貴兄弟のお兄ちゃんである。初代は青森出身、リンゴ農家だったが、台風で家業が全滅して、函館に移り住む。兄弟が多く、生活を支えるために函館で船に荷物を運ぶ仕事をしていた。それが足腰を鍛えることになった。体は小さいと言われていたが、とにかく強かった。稽古も猛烈で土俵の鬼≠ニ呼ばれる。このあたりの情報は、子どものころに読んだ若乃花物語≠ノ依っている。だから内容の正確性については保証できない。もっとも、小兵というけれど、実際はどのくらいだったかとネットで調べてみた。それによると身長179cm、体重105kgだという。これで小さいというのだから、やはりプロの世界はすごいんだと感心する。若乃花の強力なライバルである先輩格の栃錦とは名勝負を重ねた。その後、ともに相撲協会のトップである理事長を務めた。栃錦は亡くなったが、若乃花も79歳になる。
草野球3点セット(07/04/13 F-1463)
  テレビ東京は発足当時は東京12チャンネルと呼ばれていた。福岡にも長い間、この局の系列はなかったが、1990年にTVQが発足している。いわゆるテレQ≠ナある。熊本にはこれに当たるものがない。そのため、この局の番組はゴールデンアワーなどで生放送されない。そのかわり、人気番組などは土曜日や日曜日の午後などに放映されている。なんでも鑑定団≠ネどはその代表だろうか。本チャンは火曜日の9時ころから放送している。これが熊本にやってくると日曜日のお昼の番組になる。内容は前の週のものなのか、もう少し遅れているのかは知らない。私が子どものころの映画館は、これと似ていた。大きな町で上映が終わった映画フィルムが周辺の町に回されてくるのである。そんなわけで、映画のニュースだって1、2週間は遅れていたかもしれない。私が小学生時代は、少なくとも都会には住んでいなかったから。それでも人の生活はちゃんと動いていたのである。やれやれ、この手の話をはじめるといけない。どうにも止まらなくなる。とにかく懐かしい…。映画ニュースでもスポーツ専門で産経スポーツニュース≠ネんてのもあったなあ。そのタイトルバックにはギリシャ神話の神様だったっけ。弓を引く彫像がクルクル回ってた。さてさて、私がガキのころの草野球の話に戻ろう。バットは山の木の枝、ボールはラムネ玉と凧糸製までは手に入った。もうひとつ大事な道具はグローブだ。これも本物は高嶺の花だった。子どもたちの多くが生グローブ≠ナ満足していた。誰かのお古だったのだろう、ほとんど原形をとどめない革の袋≠もっていた者もいた。野球仲間のうち、1人か2人くらいは、ちょっとばかりまともなグローブをもっていただろうか…。
ニュースの映画(07/04/12 Th-1462)
  ラムネ玉硬球≠ヘ、何と言っても木刀バット≠ノ当たったときの音がよかった。それは、ラジオの野球中継で流れてくる長嶋選手のホームランと同じものであった。そうだ、長嶋選手のホームランの音は、ラジオ以外でも聞いたことがあった。それは、ときおり出かける映画館で、お目当ての映画の前に流されるスポーツニュースの中だった。あーなつかしい。今の若い人たちには信じられないだろうが、まずは庶民の家にテレビがなかった。私が子どものころの情報源はラジオだったのである。ニュースもドラマも、はたまた生活情報や毎日の知恵も、そのすべてをラジオが伝えていた。もちろん、スポーツの実況中継も例外ではない。そして、たまに映画館に行くと、はじめて人が動く<jュースを見ることができた。それにも種類があって、まずは普通のニュース≠ェ流れる。その後は海外ニュース≠セ。さらに、スポーツニュース≠ェ続くのである。この3本がいつもセットになっていたかどうか、そのあたりの記憶はあやふやである。いまとなっては推測するしかないが、おそらく毎週1本のペースでニュース映画≠ェ作られていたと思う。しかも、いわゆる本チャンの映画フィルムが地方の町に回ってくるには時間がかかっていた。それを考えると、ニュースのフィルムだって、1、2週間は遅れていたのではないかと思う。現在のテレビでも、地方都市では東京にあるキー局の放送が遅れて流されることがある。たとえば熊本の場合は、NHKの2局と民放が4局ある。TBSがRKK、フジテレビがTKU、日本テレビがKKT、テレビ朝日がKABという対応ができあがっている。いま東京に何局あるのか知らない。しかし、少なくともテレビ東京というのがある。
硬球ボール作り(07/04/11 W-1461)
  私が子どものころは、野球をする前にボール作りからはじまったのである。もちろん、フニャフニャのボールはお店で売っていた。いわゆる軟球だって買おうと思えば買えた。しかし、新しくボールを買っても、使うのがもったいなかった。それに、近所に広場なんてないから、誰かが大当たりでもすれば田んぼや畑に飛んでいく。その場所によっては池に飛び込んだり、川に流されたりする…。そうなれば探せばいい≠ニ思うのはいまどきの発想だ。ましてや、また買えばいい≠ネんてのはあり得なかった。そんなこんなで、ボールを手に入れても普段は使わないものだった。その点では布きれで包んだラムネ玉に糸を巻いて作ったボールは消耗品≠セった。今から思うと、その糸は凧や烏賊つり使う太めのものだったような気もする。しかし糸巻きにも限界があって、本物のボールほど大きくはできなかった。それは大きくなりすぎると形が崩れるといった物理的な理由ではなかったと思う。とにかく早く使いたいので、小さいままで妥協したのである。ある程度の大きさになったところで、母親から白い布きれ2枚をもらう。文章では表現しにくいのだが、布きれをコの字′^に組み合わせてボールを包むのである。そして、その布を赤い糸でせっせと縫っていく。これで全体が縫い終わると見事な硬球≠ェできあがるのだ。あの赤い縫い目のついた本物そっくり≠フボールである。もちろん、子ども心にそう思っているだけなのだけれど、完成したときは嬉しくて仕方がなかった。そして、それを使うと本物の野球をしているような気分になるのである。何と言っても木刀バット≠ノ当たったときの音が見事だった。カーーン=Bそれは間違いなく硬球ボールの快音だった。
犬&ィ語(07/04/10 Tu-1460)
  ことばは誰にも共通して理解できる。だから自分の意思も伝えられるし、人の気持ちもわかる。お互いに通じないのであれば、それはことば≠ニは言えない。しかし、そこから先がなかなかむずかしい。なぜなら、ことばは本当に共通に理解されているかというと、これが相当に怪しいからである。いや怪しいなんてものじゃない。はっきり言えば、完全に°、通理解できることばなんて、じつはあり得ないのである。たとえば、この世の中に犬≠ニいうことばを知らない人はいない。それなら、イヌ≠ニ聞いた途端に誰もがまったく同じ犬を思い浮かべるか。そんなことはない。早い話が、私が犬≠ニ聞いてすぐにイメージする犬がどんな犬であるかを当てることができる人なんて、この世に1人だっていないわけだ。ことば≠フネタから話が逸れるが、ここで私の犬≠フ物語もお伝えしておきたい。それは小学4年生のころだった。その当時、男の子の遊びとしては相撲が流行っていた。もちろん野球も人気があったが、こちらは道具がいる。ボールにバット、それにグローブがないと野球にならない。そんなこと当たり前だ≠ニおっしゃるなかれ。その時代にこの3点セットをまともにもっている子がいたら、その家は相当の金持ちだったはずである。少なくとも私の場合、バットは近くの山で取ってきた太めの木の枝だった。ボールはビー玉というか、あのラムネの玉でつくった硬球≠ナある。プロ野球で使うボールがコルクを核にして、それに糸を巻いて、それから革で包んでいることは知っていた。そこで、コルク替わりにラムネの玉を布で包んでから糸をドンドン巻いていくのである。布で包んだのは、そうしないとガラスの玉だから、糸が滑って巻けないのだ。
できない&ィ語(07/04/09 M-1459)
  人間にはできること≠ニできないこと≠ェある。仕事で悩みを抱えている人と話をすると、毎日ができないこと≠ノ溢れているように思える。ある方から仕事がうまくいかないというのでご相談を受けた。お話を聞いていると周りとのコミュニケーションがうまくいかないようだった。私としては、話の内容から察してそれなりのアドバイスをした。○○されてはいかがですか≠ニいったタッチである。これに対してすぐにそれがうまくいかないんですよね≠ニいう反応が返ってきた。うーん、それならと別の提案をする。□□するというのもひとつの考えですよね=B今度も即答に近い。それも、なかなかうまくいきませんよ=Bもう2つもアイディアを出せば、こちらはネタ切れだ。それでも渾身の力を振り絞って、ない知恵を絞り出す。それでは、△△ってのはどうなんでしょうねえ=B先方もさすがに気の毒そうな顔になる。ええ、それだってなかなかなんです=Bまあ、はっきり言って、私としてはもうおしまいだ。そこで、やれやれとばかりそうなんですかあ。どれもこれもうまくいかなかったんですね=Bあきらめ気分で言ったこのことばに反応があった。いえ、実際にやってうまくいかなかった訳ではないんですけどね。まあ、私としてはうまくいかないと思うんですよ=Bこれにははーーっ??≠ニいう反応しかなかった。なあんだ、まだやってないんだ。ただ、ご本人ができない、できない≠ニ思っている、あるいは信じているに過ぎないのである。人生、やってみなけりゃわからない。はじめからできない、できない≠ニ言ってるだけじゃあ話はすすまない。まずはやってみることだ。そしてできなきゃあ、また別の方法を考えればいいんですよ。
贈ったことば(07/04/08 Su-1458)
  やや遅くなったが卒業する学生に贈ったことば。新しい人生のはじまり、はじまり。楽しいことで飛躍し、苦しいことで成長する。そんな人生を送ってください。できないことよりも、できることを先に考えましょう=B私が大学生のときは卒業式がなかった。いわゆる学園紛争の嵐が吹きすさんでいたころである。3月の末に、大学の学生課まで卒業証書をもらいに行った。あれから数十年の歳月が経過した。今年は景気もいいらしく、また団塊世代の大量退職もあって、採用事情はまあまあだったようだ。いつの時代も卒業式は大きな区切りである。まさに生まれ変わりと言っていいほどの変化がやってくる。そこで新しい人生のはじまり、はじまり≠ナはじめた=Bこれから先、いいことや楽しいことがあるに違いない。それをエネルギーにしてジャンプしてほしい。そんな気持ちから楽しいことで飛躍し≠ニなった。しかし、人生は甘くもない。きついこと、いやなこと、そして苦しいことも山ほど体験するにはずだ。そうかと言って、それで凹んでいたら先にすすめない。失敗は成功の元である。苦い体験もその後の人生に生きてくる。時間が経てば、すべてが思い出になる。そこで苦しいことで成長する≠ニなった。ところで、仕事がうまくいかずできないこと≠ホかりを考えている人がいる。しかし、どんな人間にもできること≠ェ必ずある。まずは、できることを頭に浮かべて楽しい気分になることだ。その上で、できないこと≠考えればいい。現実に、できないこと≠ナ止まってしまって、できること≠ワでできなくなっている人がいる。ちょっと順番を変えればいいのに…。そこで、できないことよりも、できることを先に考えましょう≠ニまとめてみた。
相場主義(07/04/07 Sa-1457)
  法廷で裁判官を際だたせるのは着ている法服である。あれは、そもそもは外国からの輸入なんだろうか。遠山の金さんの場合は、桜吹雪≠ェセールスポイントだったようだが、近代になって黒い服になったか。おそらくずっと昔は中国からの輸入だったかもしれない。いずれにしても、黒い法服は他を圧倒しているように見える。あの黒も大いに意味がある。何と言っても重厚さを感じさせる色だ。あれが赤や青、あるいは緑といった原色だと道化師になってしまう。しかし、この事実もおもしろい。形が同じでも色が違うと、重くなったり軽くなったりする。ときには滑稽さまで感じる。それは本来の色の力なのか。それとも、黒は重い≠ニいう、人間がつくった文化的な価値からくるものなのか。これまた考え出したら大いに脱線しそうなネタではある。いずれにしても、裁判官がスーツだと迫力は相当になくなるだろう。人の行為を裁く厳粛な場である。上から見下ろすセッティングや法服は、その場に必要な演出だと思う。そうだからこそ、裁判官は人のこころ≠失ってはならない。法律をキチンと解釈することは大事だが、裁判官が法律の奴隷≠ノなってはまずいのである。法律≠ヘあくまで人間がつくった道具に過ぎない。相場主義≠ネんて業界用語があるらしい。死刑にするかどうかは、殺した人数に依存するという。刑罰に一般的な相場≠ェあるというわけだ。専門的には過去に出された判例も法律と同じくらいの意味をもっているのだそうな。それはそれでけっこうなことだが、裁判に相場≠ニいうことばが存在していること自身、相当に問題だと思う。先日書いた8掛け≠ネんてのも人を裁く裁判にはなじまない。いまから2年後には裁判員制度がはじまる…。
上から下を見る(07/04/06 F-1456)
  法廷では裁判官が上から人々を見下ろすという状況ができあがっている。この点は、学校の教壇の場合も似たようなところがある。児童・生徒そして学生といった複数の学習者に対して授業をするのだから、教師側は立つことが原則である。これが座ったままだと、教師は後ろの生徒の顔が見えない。生徒の反応も分からない。もちろん、生徒側も教師の顔や態度が見えないから、スムーズなコミュニケーションが取りにくくなる。それにいつもは座っていて、板書するたびに立ち上がるのも大変である。そんなこんなで、教師が立って授業をするのはごく自然なことである。しかしその結果、教師の方が座っている生徒たちを上から見下ろすような形になるのである。それほど意識されていないだろうが、これだけでもある種の権威関係ができあがっている。なにせ授業≠ヘ、教師側が業≠授ける≠フである。ついでながら、業≠ヘそれだけで学問・技芸≠ニいう意味を持っている(広辞苑)。一般に授かりもの≠ニいえば、それを与えてくれるのは神や仏だ。そうなると、教師は神や仏とまでは言わなくとも、それに近い存在なのか。もちろんそんなことはない。とくに大学では、私なんぞ単なる初老のオッさん≠ニ認知されている節もある。それはともあれ、教師が立って授業をするだけでなく、昔の教室にはさらに教壇が設置されていた。その理由の中には、小学校低学年の子どもたちの場合などが黒板に届かないという事情もあったと思う。それにしても、教える側≠ニ教えられる側≠ニの関係が、上下の関係として目に見えている。これが法廷になると、その権威関係が格段に強調される。座る位置の高さの違いだけではない。まだまだ権威を象徴する演出がある。
セッティングと雰囲気(07/04/05 Th-1455)
  人の罪を裁くことは、他の何者とも比較しようがないほどの責任を伴った重い重い行為である。何と言っても、究極的には死刑≠ワで宣告する可能性まであるのだ。日本は法治国家だから、すべては法律に基づいて対応しなければならない。江戸時代のように仇討ちは許されない。法律によらないで私的に制裁を加える私刑は禁止されている。私刑は英語でリンチ(lynch)のことである。だからこそ、裁判所は正義を実現するところでなければならない。誰もがそれを期待している。テレビのニュースなどで見るように、裁判官は法廷で黒い法服を着ている。もちろん、裁判官たちも日常的にはスーツを着て仕事をする。そんなときは、見た目は普通のサラリーマンと変わらない。それが、法廷になると雰囲気が、がらりと変わる。それは法服だけの影響ではない。そこには、裁判官を権威づける環境ができあがっている。何と言っても、最も高いところの中央に裁判官の席がある。被告は言うまでもなく、検察側も弁護側も地上に座っている。とにかくみんなが低いところにいるのである。この仕組みだけですでに心理的な差ができあがっている。何と言っても上から下を見る、下から上を見上げるという上下の権威的な構造ができあがっている。そうした状況が与える影響を、裁判官の人たちがどのくらい意識しているか、それは分からない。個人差もあるはずだ。しかし、人間だから椅子に座っただけでここでは自分が主役だ≠ニいう気持ちが働くことは間違いない。そうそう、椅子だって、大きな背もたれ付きで、そこにいる人々とは格段の差があるように見える。そして、こうしたセッティングを、こころの中で当然のことだと受け止めている。法廷にはそんな雰囲気が感じられる。
頑なさと柔軟さ(07/04/04 W-1454)
  すでに2年後のスタートが決まった裁判員制度については、いろいろな心配もある。裁判員になったために生じる事故やトラブルだって考えられる。犯罪行為に対して、良心に基づいた判断をしたら、そのことで被告から恨まれてしまった。その結果、とんでもない報復を受けるなんてことがあったら大いに困る。現実として、そんなことはない≠ノしても、裁判員にそんなことになったらどうしよう≠ニいう不安が頭をかすめるかもしれない。そうなると、裁判での判断に影響をおよぼす可能性は大いにある。さらに、厳しい事件で死刑と決したとき、後々まで心理的な問題は残らないか。現在は、報道を通して判決を見たり読んだりするだけである。だから死刑判決といっても、第三者的に淡々と受け止めている人が多いだろう。それが当事者になるのである。そうそう、裁判所に出かける際に交通事故などに遭ってしまったらどうなるのだろう。それはどう考えても労災にはならないだろうなあ…。なんて考えていたら、とにかくあれやこれやいろんなことがある。しかし、とにかく裁判員制度の導入は決まっている。もう、やってみるしかない£i階にまで来ているのである。そうだとすれば、実際に運用が始まってから出てくる問題には迅速に対応することが必要だ。法律というものは一旦決まると、とにかく変わらないものである。そもそも変えようとしない力が働くようだ。法律はそんなに軽いものじゃない≠ネんて権威主義的な発想が頭をもたげてくるのである。決まったことを頑なに守ることは当然である。しかし不都合な決まりは柔軟に変えることも必要なのだ。この頑なさ≠ニ柔軟さ≠フ両立が欠かせない。それは、組織のルールやマニュアルにも共通している。
思い込みの落とし穴(07/04/03 Tu-1453)
  じつは、かなり前になるが、裁判所で司法修習生に話をする機会があった。そのときは集団が個人に与える影響など、私の仕事であるグループ・ダイナミックスについて、情報を提供した。それまで聞いたことのない内容だったようで、けっこう興味を示してくれた。それはわずかに90分間のことである。私の話が彼らのその後に影響を与えたなんて考えてもいない。ただ、司法に関わるものは、自分が知らない世界の方が何万倍も広いのだ≠ニいう認識を持ち続けてほしいと思う。いやいや、偉そうなことを言ってはいけませんねえ。かくいうわれわれ教員だって、世の中を知らない%T型的な職業集団として指摘されることが多い。とりわけ大学の教員は…。まあ、そんなことで同じ穴の狢ではござんすが、お互い変な思い込みはしないように気をつけましょうね。そんな中で、これから裁判は大きく変わろうとしている。いわゆる裁判員制度の導入は2年後である。裁判員は一種のくじ引きのような方法で指名される。それに当たれば、個人的な理由で断ることはできない。辞退が認められるのは以下の人たちに限られている。@70歳以上の人、A会期中の地方自治体議員、B学生や生徒、ただし通信制は除く、C過去5年間に裁判員を経験した人、D重い病気の人、E親族の介護・養育をしている人、Fその他政令で定める上記に準ずる事由とあるが、まだ政令は制定されていない。すでに企業では、社員がこれに当たった場合の対策を検討しているようだ。国民の義務だから、裁判所に出かけることを欠勤扱いにするわけにはいかない。それでは、有給休暇になるのか。しかし、このときに手当が出ればどうなるか。有給であれば、給料を払っているのだから、おかしくはないか…。
裁判官とヒューマンエラー(07/04/02 M-1452)
  裁判官も人間だから、ミスを犯すのは当然である。裁判が三審制を取っているのも、そうした理由からだろう。さらにときどきニュースにもなる再審という制度がある。判決が確定していても、新しい証拠が出てくれば改めて審理を行うというものである。ただし、昔ほどではないが、この制度はなかなか適用されない。ともあれ、裁判官にも個人的な思い込み≠ヘあるはずだ。自分は思い込みとは無縁だ≠ニ断言する人がいたら、その人は深刻なほど思い込み≠ェ強い人だと思って間違いない。そもそも思い込み≠ヘ、本人には思い込み≠セと気づかれないのだ。だから恐いのである。まさに思い込み≠ヘヒューマンエラー≠引き起こす大原因なのである。何よりも大事なことは、裁判官自身が自分も誤る可能性を持っている≠ニいう認識を持ち続けることなのだ。また、われわれは先入観≠ニいう鬼っ子と一緒に暮らしていることも忘れないでほしい。人間は、自分が生まれた環境、育ってきた文化、人との関わりなどなど、固有の歴史を背負っている。それは自分の歴史だから、どれからも逃げることはできない。そして、それらのすべてが自分の考え方や行動に影響をおよぼしているのである。それが生きる大きな力になるが、同時に勝手な思い込みにも繋がることになる。裁判官は自由心証主義≠ニいう、信じられないほどのこころの自由≠与えられている。それは、もう神様しか持てないほどの絶大なる保証ではないか。しかし、神様なら世の中のすべてを知っている≠ゥもしれないが。人間である裁判官は、そうはいかない。裁判はヒューマンエラー≠ニいう悪魔と隣り合わせの仕事なのである。自分の弱点を認識している人ほど強い人はいない…。
8掛け判決(07/04/01 Su-1451)
  裁判はなかなか一筋縄ではいかないとことがある。ちょっとややこしくなると、窃盗≠セって問題になるだろう。訴えられた方が、あれは窃盗には当たらない≠ネんて言い出したらどうなるか。まずは問題の事象が法律の窃盗≠ノ当たるのかどうか。そんなことで裁判が争われることも大いにあり得るわけである。ときどきニュースで見る判決に門前払い≠ニいうのがある。どんなに重要な問題でも、あなたたちが訴えて裁判に勝っても何の利益にもならない。だから、裁判そのものが成立しませんよ=B裁判官にこんなことを言われて、論争する前にアウトになるというものである。こちらは損害賠償などの民事裁判に多いのかもしれない。いずれにしても、法律とはこんな具合なんですよね。そんなことを考えると、裁判官も法律解釈の技術屋さんなのだ。だから、プロ的に言えばなまじ人間的≠セとかえって問題なのかもしれない。しかも、自由心証主義≠セから、判断は裁判官のこころの印象≠ノまかせることになる。この点は心≠ニいう人間的≠ネ文字も入っているが、それはあくまで裁判官のこころ≠ネのである。だから、素人のこころ≠ノは理解しにくい判決が出てきたりするのだと思う。そう言えば、検察側の求刑に対して8掛け≠フ判決が出るなんて話を聞いたこともある。10年なら8年になるというわけだ。これが冗談ならいいのだが、裁判のニュースを見ていると、ひょっとしたら本当かも≠ネんて思ってしまう。裁判官も大変なようで、一人で10件も20件も訴訟を抱えているらしい。しかも、ニュースになるような大裁判≠ノ遭遇するのは、宝くじに当たるようなものだろう。裁判官さんたちも、じつに地味な技術屋さんなんだなあ。