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味な話の素
No.46 2007年02月号(1392-1419)
 
大発見物語(07/02/28-W 1419)
 質問紙調査を実施する際には十分に注意しなければならない。こんなことも聞いてみよう∞あんなこともいいな…=Bそんな思いつきで項目をつくってはいけないのである。私自身、人様のことをとやかく言うほど優れた調査をしているわけではない。しかし、それにしても、世の中にはどうなんでしょうねえ≠ニ首を傾げるような質問がけっこう多いのである。そうしたものの中には、聞く側の論理と都合だけしか考えていないと思われる、とんでもない項目も含まれていたりする。いずれにしても、人のこころ測ることは至難の業だと認識しておかなければならない。それとは別に、どうせ聞くなら≠ニ、あれもこれもと調査票にワンサと項目を入れ込む人もいる。これまた大いなる問題だ。大体、あんまりたくさんの質問をされると、誰だって真面目に答える気持ちが失せてくる。こうなると、質問項目としてはキチンとつくっていても、信頼できる回答は得られなくなってしまう。まあ、あれやこれやで、質問紙はたくさんの課題を抱えているのである。こうした点をいい加減にしておいて、調査票にチェックされた回答を数値化するのは、何としても避けなければならない。そんなデータをもとにして、どんなに最新で高級な統計手法を使って処理しても仕方がないのである。このごろは、コンピュータを使えば、あっという間に統計処理ができるようになった。その結果を書き写せば、それだけで新たな事実を大発見したような印象を与えるから恐ろしい。とくにパワーポイントなんぞでプレゼンテーションすると、もう効果は抜群だ。みんなが驚くものすごい&ィ語が展開していくのである。そして、発表する方も聞く方もパワーポイント・マジック≠フ幻想に酔いしれる。
わからない(07/02/27-Tu 1418)
 質問紙の回答でどちらともいえない≠ヘ、わからない≠ニ区別する必要がある。そこで、5段階の選択肢とは別にわからない≠ニいう回答を加えたものもある。学生のころだったか、これをD. K. ≠ニ略号で示した論文を見たような記憶がある。Don't Know≠ニいうことである。質問紙そのものに、こんな略号を入れられても回答する方にはわけがわからない。おそらく、そこまではいっていなかったと思うが、細かいことは憶えていない。ともあれ、そんなこと聞かれても、わたしにゃあわかりませーん≠ニいう人だっているはずである。そうなると、質問紙にわからない≠入れるのが必須になる。ところが、これはこれでややこしい問題が出てくる。なぜなら、選択肢にわからない≠ェあると、これをチェックする人がやたらと多くなる可能性があるからだ。調査に回答することが面倒だと思っている人たちは、わからない≠ナ回答を埋め尽くすかもしれない。質問にいちいち考えるのが煩わしいのである。また、ものごとを真面目に受け止める人はどうか。うーん、自分は賛成かなあ。それとも反対なのだろうか。いやいや本当のところは、どちらともいえないかも…=Bそんなこころの葛藤で揺れた末に、いやあ、わからないにしとこうか≠ネんてことになる。こうした人たちが多くなると、わからない≠フオンパレードになって、そもそも賛成≠ニ反対≠フどちらが多いのか、わからなく≠ネってしまう。これでは調査にならないのである。こうした事態を避けるためには、わからない≠ニいう回答に偏りがちな質問を最初から除いておく必要がある。質問調査を実施する前に、こうした点についてあらかじめチェックしておかなければまずいのだ。
どちらともいえない(07/02/26-M 1417)
 質問紙調査の結果を見る際には、その質問の仕方や文章に含まれている条件などを押さえる必要がある。また、質問紙調査ではYes=ANo≠ナはなく、5段階の選択肢で回答することも多い。こんな場合は、選択肢が持つ意味も考えながらデータを分析することが大切だ。とくに、どちらともいえない≠ニいう中間的な反応は、けっこうややこしい。質問されていることがわからないときは、誰だって回答できる訳がない。たとえば、ギリシャ語で何かを聞かれても、私などは答えようがない。だから、そうした質問には1から5までのどこにも○を付けることができない。ここまで極端な例を挙げれば、それは当然のことのように思える。しかし、人によってはわからない≠ゥら、どちらともいえない≠ノチェックを入れることが大いにあり得るのである。どちらともいえない≠ヘ、あくまで選択肢の1〜5の中のちょうど真ん中だ≠ニ判断したときに選択するべきものだ。それは、わからない=A答えられない=A答えたくない≠ネどとはまったく違うこころの状態である。それがチェックされれば、結果が歪んでくることになる。それでも、集計作業はできるから、数値はちゃんと出てくる。そして、それがけっこうな自己主張をしはじめるから恐ろしいのである。こうした問題が起こることを避けるためにはわからないときは何も付けないでください≠ニいった但し書きが必要になる。しかし現実には、そうした点まで配慮した質問紙がどのくらいあるのだろうか。私がまだ20代の若いころ、仲間たちとそんな問題について議論したものである。今では懐かしい思い出になってしまった。そんなとき、5段階とは別にわからない≠ニいう選択肢を設けたりした。
レクサスが買える(07/02/25-Su 1416)
 さて、扇風機はおろか洗濯機もない時代、そして公務員上級職の初任給が5,500円のときに、テレビがどのくらいの価格だったか。本欄で22日に取り上げた家庭電化読本≠ノ各社のテレビが掲載されている。それによれば、最安値のものがサンヨー製で99,800円である。もちろん白黒テレビで、画面の大きさは14インチだ。東芝の17インチは168,000円になっている。サンヨー製でも、公務員の初任給で単純に割ってみると18倍である。東芝に至っては30倍だ。現在の国家公務員上級職の初任給がどのくらいかは知らないが、神戸市職員の場合は198,440円になっている。これを概算20万円として計算すれば、14インチのテレビが360万円ということになる。東芝の17インチなんぞ、なんと600万円なのである。サンヨーの360万だと日産のスカイラインが買える。東芝まで手を出そうとすれば、トヨタの最高級車レクサスだって買うことが可能な金額になる。どう考えても、テレビは庶民の生活とは縁のない超贅沢品だったのである。しかも、その時代環境が今とは桁外れに違っている。なにせ、普通の家には洗濯機や冷蔵庫はおろか、生活必需品だって十分に揃っていないころの話なのである。そもそもテレビ放送そのものが成熟していない。九州地方なら、いまのNHK総合と民放が1局程度しか映らない時代である。しかも、放送時間も数時間という寂しさだった。昼間はテストパターンが映っているだけ。そんな訳で、テレビの普及は遅れる≠ニいう意見に76%の人たちが賛成≠オた(本欄21日)のは、当然だったのである。いずれにしても、質問の仕方、前置きの内容によって、人々の回答傾向が変わってくるのだ。この点は十分に注意する必要がある。
キツネ色のパン(07/02/24-Sa 1415)
 若い人たちが七輪≠知らないだろうと言ってはみたが、私だって、どうしてそんな名前が付いたのかは知らなかった。大辞林によると、その由来はものを煮るのに炭の価が七厘ですむ≠ゥらだという。またまた出ました。炭≠セって。その昔、私たちが子どものころは木炭というのがあった。文字通り木を炭化させたもので、どの家庭でも燃料として使っていた。それは真っ黒で、火を点けると真っ赤になって熱を発するのだ。最後は白い灰になる。七輪≠ヘその木炭を使うこんろだったのである。そして、木炭を価格にして七厘分ほど買えば、それで煮物ができたというのである。厘≠ヘ貨幣の単位で、かつては円銭厘になっていた。いまででも、野球の打率を3割3分3厘などというときに使っている。100銭で1円だったが、厘はその銭の10分の1で、1円の1,000分の1に相当する。私が子どものときは、最低単位は1円になっていた。しかし、お菓子の値段にはまだ50銭が生きていた。あめ玉2個や煎餅2枚が1円というわけだ。いまでは厘≠フ価値はよくわからないが、50円とか100円といった、かなり安い価格だったのではないか。それはともかく、私が子どものころはトースターなんて気の利いたものはなかったから、食パンは七輪≠フ上に網を置いて焼いていたのである。それは、もうお餅を焼くのと同じだった。もっとも、網≠セって、このごろは見たことがない。ああ、これじゃあ若者たちに説明のしようがない。餅の場合は、焼けてくると膨らむが、パンはうっかりしていると焦げてしまった。それから何年が経過したことだろう。晴れてわが家にトースターがやってきた。そのとき、パンがキツネ色に焼けるのを見て感動したことを憶えている。
七輪≠ニパン(07/02/23-F 1414)
 1956年に出た雑誌の付録である家庭電化読本≠ノは、まさに生活を豊かにする*イの電化製品が並んでいる。その表紙に掲載されている6つの電化製品、アイロン・洗濯機・扇風機・トースター・ミキサー・テレビのうち、その当時のわが家にあったのはアイロンだけである。それは私が小学生のときである。その当時も、朝食としてパンを食べることはあった。世の中では米ばっかり食べていると栄養に偏りが出てしまう。小麦粉で作ったパンもバランスよく食べる必要がある=Bそんな話も聞いていた時代だ。それに、あのスマートなアメリカ人たちはパン食だ。朝からパンを食べるって、アメリカナイズされていてカッコいい。そのころの日本人には、そんな気持ちも働いていたかもしれない。それから随分と後のことである。パン食の勧め≠ヘ、アメリカが小麦を売り込むためにとった陰謀だったなんて話も聞いた。それがホントかどうか知らないけれど、まあ何でもありの世の中ではある。いずれにしても、私自身はパンも大好きだった。ところが、食パンを焼くためのトースターなんて気の利いた道具は存在していなかった。子どもの私としては、そんな製品があることすら知らなかった。それでは、わが家ではパンをどうやってトーストにしていたか。いまどきの若い人には想像もできないだろうが、七輪に網を置いて食パンを焼いていたのだ。そもそも、七輪≠ニいう道具そのものがお分かりだろうか。大辞林によると土製のこんろ≠セそうな。これを見ただけで笑ってしまった。土で作ったこんろ≠ネんて、これまた知らない人間には想像すらできないのではないか。しかし、辞書もスペースが限られている。七輪≠ノしても、こんな説明しかできないのだろう。
テレビは普及するか(07/02/22-Th 1413)
 テレビの普及に対する2つの質問の場合も、対象者をランダムに半数ずつつに分けて聴いている。その結果、一方でテレビが急速に普及する≠ニいう意見が多くなった。ところが、高価である≠アとを強調した問い方をすると、普及は遅れる≠ニ考える人が圧倒的多数を占めるのである。ここでも、Yes#ス応が多いという傾向が認められる。文章そのものに、納得がいく条件≠ェ書かれているから、Yes≠フ気持ちに拍車がかかるわけだ。前者は、娯楽としても満足できるし、また文化の面から見ても有益≠ナあることはそうだなあ≠ニ思う。そこで、急速に普及する≠ニいう予測には同意したくなる。しかし、テレビは高い≠ニ言われると、これまたそりゃそうだ≠ニ頷いてしまうのである。とにかく、当時のテレビは庶民にはまず手が出ない高価な品物だった。その価格は半端じゃあなかったのだ。戦後値段史(朝日文庫)によれば、1956年(昭和31年)の国家公務員上級合格者の初任給が5,500円の時代である。その年、第一銀行の大卒が5,600円になっている。ついでに東京・大阪間の航空運賃は1950年で6,300円というから、これまた相当な値段である。当時、キング≠ニいう名前の雑誌があった。私の手元に同じ年の正月号の付録で家庭電化読本≠ニいうタイトルの小冊子がある。頭にあなたの生活を豊かにする≠ニいうイントロが付いている。表紙に描かれているのは一軒家をデザインした絵である。そして家の中には6つの電化製品が置かれている。2階建てのようで、1階にはアイロンと洗濯機がある。2階には扇風機とトースター、それにミキサーも見える。屋根の上にはアンテナが立っている。もちろんテレビを象徴している。
平和なYes(07/02/21-W 1412)
 私たちには、もともと平穏で安定を求める傾向があるようだ。だから、何かを聞かれたとき、No≠謔閧熈Yes≠フ方が平和で答えやすい。No≠ニいうためには、それなりの気構えがいる。Yes≠ネら平穏無事、それでおしまいになる。しかし、No≠ニ答えると、どうして≠ニ問い返されるかもしれない。自分の信念がしっかりしている内容なら、それなりに答えることもできる。しかし、それほどでもなければ、どうして≠ネんて聞かれても困ってしまう。あるいは、単純に面倒くさい。まあ、あれやこれやの理由でNo≠ノはエネルギーがいるのである。こうして、前に置かれた条件話に引っ張られて、ついつい賛成≠ェ多くなってしまうのである。いまではあり得ない質問のセットをもうひとつだけ挙げておこう。これは、1952年に、電通が東京都内に住む一般成人1,000人を対象に行った調査である。第1の質問は、テレビは映画とラジオを一緒にしたようなもので、娯楽としても満足できるし、また文化の面から見ても有益だから、日本でも急速に普及するだろう≠ニいう意見がありますが、あなたはどうお考えになりますか≠ナある。これに対して、そう思う≠ェ55%、そうは思わない≠ェ26%であった。これに意見なし≠フ19%が加わって100%になる。もう一つは、テレビは映画とラジオを一緒にしたようなもので、非常に便利なものに違いない。しかし、日本ではテレビのような高い機械を買える家庭は少ないから普及は遅れるだろう≠ニいう意見がありますが、あなたはどうお考えになりますか≠ニ聞いている。この回答は、そう思う76%、そうは思わない12%、意見なし12%である。やはり、どちらも賛成≠ェ多い。
矛盾≠オた態度(07/02/20-Tu 1411)
 この2日間にわたって取り上げた夫と妻の関係のあり方≠ノ関する質問の回答を予測するのはそれほど難しくない。妻は夫に従うべき≠ノは不賛成≠フ人がきわめて多く、夫と妻の話し合いが大事だ≠ニいう意見には圧倒的な賛成≠ェ得られるはずだ。それは、男女平等≠ニいう視点から見てきわめて一貫性のある姿勢だからである。したがって、前者に賛成で、後者にも賛成というのは、いかにも矛盾した態度だと言わざるを得ない。ところが、ところがなのである。この調査が行われたとき、2つの質問に対する賛成≠ェ、それぞれ62.3%と93.0%だったのだ。なんと、2/3の人たちが、一方で夫の優位性≠認めながら、他方では夫婦の話し合い≠ェ大事だというのである…。この矛盾した結果には、あるカラクリが隠されていた。国立世論調査研究所は全国の成人25,00人を調査対象にした。そのとき、半数には夫が妻に指示する″目を使い、他の半数に対しては話し合い≠強調した質問をしたのである。その結果、前者の賛成≠ヘ62.3%となり、不賛成≠ヘ31.0%に止まったのだ。これにわからない≠フ6.7%が加わる。そして、後者では賛成≠ェ93.0%と不賛成≠フ2.1%を圧倒的している。わからない≠ヘ4.9%だ。何のことはない、質問の仕方≠竍聴き方≠ノよって結果が違っているのである。二つの質問の場合、誘導尋問とまでは言わないけれど、はじめにそういえばそうかもなあ≠ニ思わせるような文言がついている。こうなると、私たちにはついついYes≠ニ回答しがちなのである。少なくとも、のっけからそんな馬鹿な≠ニ思わせるような表現や内容でない限り、人はそれを受け入れてしまう傾向を持っている。
男女同権∴モ識(07/02/19-M 1410)
 今日では男女平等≠フ適否を聞く質問などあり得ない。その意味で、昨日この欄で取り上げた質問は、それ自身が大問題だというご意見もあるに違いない。しかし、これは1950年に国立世論調査研究所が行った本物の質問項目なのである。ただし、この研究所は現在は存在していない。それにしても、大きな時代の変化を感じさせる質問内容である。このときは、敗戦からまだ5年しか経過していない。男女平等の普通選挙が行われたのは1946年のことだった。その衆議院選挙で、39名の女性議員が誕生している。なお、ここで話題にしている調査項目と結果は「心理学研究法9」(東大出版会 1975)に掲載されているものである。ともあれ、昨日このコラム末尾に挙げた質問にお答えいただきたい。私の勝手な推測に過ぎないが、100%に近い人が不賛成≠ニ答えるに違いない。ここで不賛成≠100%と断定しないのは、いつの世でも、必ず世の中の大勢と異なる意見をお持ちの方がいらっしゃるからである。さて、それでは次の段階に進もう。ここにもうひとつの質問がある。現在の日本の家庭では、まだ夫に絶対の権力がある。日本を民主化するためには、他人の意見を押さえてはならない。だから家庭を幸福にするためには、主婦が夫と同じ地位を占め、家庭のことはすべて、夫と妻の話し合いでやっていかなければならない≠ニいう意見がありますが、あなたはこれに賛成≠ナすか不賛成≠ナすか。さて、この質問も、いまから見ればかなり古くさい感じはするが、皆さんのご意見はいかがだろうか。これまた私が勝手に推測すれば、大半の方が賛成≠ニいうことになるだろう。この2つの質問に対する私の回答予測だが、そこには一貫性が認められるはずである。
昔≠フ意味(07/02/18-Su 1409)
 質問する項目がキチンとした日本語になっていても、それだけで人のこころを正確に測れるとは限らない。質問に使われる日本語そのものが、それを受け止める人によって意味が違うことがあり得るからである。たとえば、日本では昔と比べて、人々の倫理意識が薄れているという意見がありますが、あなたはどう思いますか≠ネんて質問を考えてみよう。この場合、昔≠ニいうことばが気になってくる。それは、具体的にいつのことなのか。そこに人による解釈の違いが生まれる余地がある。自分が子どものころを昔≠セと思う人もいるだろう。これに対して本で読むと、明治の人々はしっかりした倫理意識を持っていたぞ≠ネんて考える人だっているかもしれない。質問に昔≠ニいう曖昧なことばを入れるとそんな問題が出てくるのだ。それなら10年前≠ニ限定したらどうなるか。これで、ことばの上では時期がはっきり示されたことになる。しかし、10年前≠フ状況を明確に記憶している人がどのくらいいるだろうか。ことばそのものの意味は誤解されることがなくても、今度は記憶の曖昧さが回答に影響をおよぼす可能性が生まれてくるのだ。いやはや、質問紙を使って人のこころを測るというのも、こだわり出すと大変なのである。問題はことばの意味だけではない。問いかけ方によって、回答が違ってくることもあるから、ますますややこしくなる。いきなりで恐縮だが、次の質問に回答していただきたい。男女同権になると、家庭に秩序がなくなる。たとえばどんな立派な民主的な軍隊でも、命令を下す人がいなければおさまらない。同じように家庭内でも夫がすべて指図して妻はそれに従うべきだ≠ニいう意見がありますが、これに賛成ですか、不賛成ですか。
ことば≠ニ質問紙(07/02/17-Sa 1408)
 連合国側が出してきたポツダム宣言に対して、日本の首相が記者会見で黙殺する≠ニ発言した。これを通信社がignore≠ニ訳して世界中に配信したのは歴史的な誤訳だとされている。このあたりの事情を含めて、鳥飼久美子「歴史をかえた誤訳」(新潮OH!文庫、2001年)は、さまざまな誤訳≠取り上げて分析している。なかなか興味深い内容である。ともあれ、ことば≠フ行き違いは、国際関係だけでなく、人々の間にとんでもない事態を引き起こすことがあるのだ。そんなわけで、人のこころ≠フ内容や状態をことば≠使って測るのは、この上なくむずかしいのである。その点で、ことばを使った質問紙を使うことが多い心理学は大いに気をつけなければならない。これは心理学に限ったことではない。テレビや新聞、あるいは専門の機関がおこなう世論調査などについても、しっかり読み取る力を身につける必要がある。数値として出てくる結果だけに目を奪われて一喜一憂≠オてはまずいのである。ところで、このところある人から一喜一憂してはいけない≠ニいうことばを頻繁に聞くようになった。調査の数値が上がったら喜んで、下がったら気に病む。そんなことをしていたら、まともなことはやれない。それはそうなのだが、ことばの定義で言えば、その前提には上がったり、下がったり≠キる状況がある。したがって、上がりっぱなし≠竍下がりっぱなし≠ェ続くときには、一喜一憂≠ヘあまり適切な表現だとはいえないのですが…。まあ、それにしても、責める側も、何かがあるとすぐに調査をする。いまは電話による調査が多いようで、集計だってあっという間に終わる。そして、そうなるだろう≠ニ予想できるような数値が出てくる。
誤訳(07/02/16-F 1407)
 ことば≠ヘ同じでも、その意味が違うことがある。そんな場合は、お互いが共通理解に達することは難しい。それだけでなく、そんなことば≠フ特性につけ込んで、自分たちの都合のいいように解釈する輩も出てくる。これが国際的なレベルになると、そもそも言語が違うから、事態はさらに深刻になる。朝鮮半島をめぐる交渉の合意についても、どうなんだろうかと書いたばかりである。ところが、早くも解釈の違いが出てきているというニュースが流れている。というよりも、それをはじめから意図して交渉していると言った方が正しいのだろう。そんな状況を見ながら、太平洋戦争末期のポツダム宣言にまつわる誤訳事件≠思い出した。宣言の受諾を迫られた鈴木貫太郎首相の記者会見での発言にまつわる問題だ。政府内では、無条件降伏を迫まれたのに対して、水面下での交渉もしていることから、その様子も見ようということで、黙殺≠ニいうことばを使うことにしたらしい。殺≠ニいうきわどい漢字が使われているが、国語辞書的には無視すること∞取り合わないこと≠ニいった意味合いがある(大辞林)。いわば、ノーコメント≠ニいうことだ。はっきりとは言わないが、気持ちはわかってよ=Aもう少し待ってよ≠ニいう感じである。ところが、この黙殺≠日本の通信社がignore≠ニ訳して世界に配信したのである。アメリカのラジオにはreject≠ニ報道したものもあったようだ。これで、断固たる拒否≠フ意思表示と受け止められてしまった。この発言によって原爆使用もやむなし≠ニいう状況が生まれたという意見もある。それが本当の理由になったかどうか、私自身は知りようがないが、ソ連もこれを機に、日本に宣戦を布告する。
玉虫色(07/02/15-Th 1406)
 同じことばでも違う意味を持っていることがある。それが話をする者たちの間で勘違いや誤解を生む。それが笑い話で終わるなら実害はない。しかし、世の中にはそれを悪用する者だって出てくるのである。お互いに対立している集団が妥協するときなど、その危険性が大いに高まる。両者が共通のことば≠使いながら、お互い自分たちに都合のいいように解釈する。玉虫色の≠ニいった表現がある。玉虫の羽根は見る角度によって、その色が変わる。そこで、どんな風にも解釈できる≠謔、なものを玉虫色の≠ネどという。この表現は染め物などにも使われる。虫の羽根や着物が色を変化させるのは美しい。しかし、これがコミュニケーションの場で使われると、その色も怪しさを増してくる。玉虫色≠フ決着は先が見えている。話し合いがついた振りをしながら、相変わらず自分たちの考えを主張し続けて、譲らないのである。ちゃんと約束したじゃないか≠ネんて責められても平気の平左だ。なにせ、自分たちが言ったことば≠フ解釈≠ェ違うのである。だから、約束を守らないのは相手の方だということになる。これが国際的な問題になると、そのギャップはもっと大きくなる。この場合は、そもそものことば≠ェ違っている。だから正確な翻訳≠ニいうこと自身が土台無理なのである。ことば≠ヘ歴史そのもの、文化の産物である。もっと基本的には人々が生活している風土に影響を受けている。そうした違いを超えて共通の意味を持ったことばなんてあり得ない。そんな性質を利用して、ほとんど勝手な解釈が成り立つことになる。それはもう絶望的ですらある。つい先だって、何とか成立したとされる彼の国との交渉だが、その正確≠ネ履行はかなり怪しい。
離合*竭(07/02/14-W 1405)
 同じことを違うことばで表現するのではなくて、同じことばが違う意味を持っている。博多弁で太か≠ニ言えば背が高い≠アとを意味する。よその人間が聞いたら違和感があるに違いない。まあ、しかしそれはそれで文化そのものだから、考えようによってはおもしろくもある。そう言えば、私は自分が書いた本の中で離合≠ニいうことばを使った。狭い道などで車が出会うと、道幅に余裕があるところで一方が待ってあげる。それでもギリギリで、お互いにドアミラーを折りたたんで擦れ違う。この擦れ違う≠アとを離合する≠ニ書いたのである。私としてはまったく違和感がない表現だった。ところが、これがおかしいと息子が言うのだ。かなり自信がありそうなので、念のため辞書を引いてみた。その結果、私の使い方は正しくないようだ。もちろん離合≠ニいうことばは載っていた。離合集散≠いう熟語もある。しかし、そこには車が擦れ違う≠ニいう意味は含まれていない。これは標準語ではないのだ。たしかに、擦れ違う車は離れる≠アとはあっても一体≠ノなったりはしない。ちゃんと考えると、車のすれ違いを離合≠ニ表現するのはおかしいのである。しかし、はじめてそのことを指摘されたとき、私はいささか驚いたのだ。それは子どものころから聞いていた日本語≠セったのだから…。まあ、これは私的な問題だけれど、もっと公的な場面でことば≠フ定義が違ったり、受け止め方が同じでなかったりすることは大いにあり得るのだ。そうなると笑い事ではすまなくなってくる。そもそもことばの意味が違うのだから、それこそ議論は離合=Aいや擦れ違う≠アとになる。世の中には、そんなことで問題が一向に解決しない事例がいくらでもある。
太か$l(07/02/13-Tu 1404)
 さて、熊本弁から北部九州の福岡あたりに目を向けてみよう。最後にバイ≠付けるところなど、似ている点も多い。何分にもお隣の県だから当然だろう。ただ、これは福岡特有ではないかと思うのは、太い≠ニいうことばの使い方である。福岡では背が高い人を太い≠ニ表現する。だから、あの人は、太(ふと)かね≠ネんて言うときは、その人物は背が高いと考えていい。いわゆる体重の重い太った人には、あの人は太っとるばい≠ニか肥えとばい≠ニなる。空港にはうちのAがお迎えに行きますバイ。かなり太か人間ですケン、すぐに分かりンシャルと思います=Bそんな連絡を受けたら、九州弁に馴染みのない人はどう受け止めるか。まずは、バイ≠ヘ文末に付くことばだからあまり意味はない。ケン≠烽ワたことばのおしまいに付ける。行きますから≠フから≠ノ当たる。シャル≠ヘ尊敬語かしらね。なられる≠ニいった意味合いだ。行きんしゃる≠ヘ行かれる=A持っとりんしゃる≠ヘ持っておられる≠ニいった感じになる。ここで、太か人間ですケン≠ニ続けば、それは腹の出た体重100kgを超えるような人物を想像するのではないか。ところが、空港で待っていたのは身長が185cmのスマートな若者だった。こんな誤解が福岡人とそれ以外に住んでいる人の間に起きる可能性もあるのだ。太か≠ニいう表現そのものは福岡特有のものである。しかし、そのもとは太い≠ニいうことばだから、それ自身は全国的に共通なものだといえる。しかし、その定義は福岡とそれ以外の地方では決定的に違っているのである。もちろん方言は、それぞれの文化であり、大事にする必要がある。それに、この手の誤解はある意味では楽しいものだ。
普及会≠ヨのお誘い(07/02/12-M 1403)
 熊本では模造紙≠フことを広用紙≠ニ言う。そして、たいていの熊本人たちはこれを標準語だと思っている。だから、広用紙≠ェ熊本弁≠セというと、えーっ≠ニいう驚きの声が上がる。しかし、熊本以外では広用紙≠ヘ通じないから仕方がない。一般的には模造紙≠ネのだ。それではどうして模造紙≠ネのか。この点については、本コラムの2003年6月11日から12日にかけて書いているので、そちらも覗いていただきたい。このときはまだ味な話の素≠スタートさせて1ヶ月少し経ったころだ。アクセスカウンタが2,000件を超えたと喜んでいる。じつに懐かしい…。ところで、標準語は模造紙≠セけれど、ことばの定義からいうと広用紙≠フ方が間違いなく正しい。模造紙は製造法の歴史に由来する名前であって、紙の広さ≠ニは関係ない。だから、A4版やB4版の模造紙だってあるはずなのだ。これに対して広用紙≠ヘまことにわかりやすい。とにかく広い@p紙なのである。そんな思いもあって、私は全日本広用紙普及会≠フ会長を自称している。九州以外の地に行っても、広用紙、広用紙≠ニ絶叫しまくっている。もっともそのインパクトは今ひとつで、広用紙≠フ全国的普及までには、しばらく時間がかかりそうである。そんな中で、若い人たちの反応にはけっこう期待している。大学の授業後に行う試験やレポートには広用紙≠フ文字がしばしば引用されるからだ。それはあんたが授業で言いまくるからでしょう。学生がおまえさんにゴマすってるのよ…=Bこんな声も聞こえてきそうだが、それはそれでいいじゃないですか。これを機会に、みなさまにも全日本広用紙普及会≠ノご加入いただければ幸いである。会費は無料です。
と≠ゥら広用紙≠ワで(07/02/11-Su 1402)
 まずは熊本弁のとっとっと≠ナある。これは電車やバス、あるいは待合所のベンチなどで使われる。補足しながら標準語に翻訳すると、この席はあなたがとっているのですか≠ニいう意味である。最後のと≠ヘものを尋ねる場合につける疑問符のようなものだ。とっているんですか≠フか≠ナある。これにね≠つけると少しばかりやさしくなる。行くとね∞食べるとね∞するとね≠ニいった感じだ。とっと≠ヘ席をとっている≠ニいう意味である。これを短くしてとってる≠ニも言うが、それがとっとる≠ノなるわけだ。これらを合わせるととっとると=Bそれがさらにはねる感じになってとっとっと≠ェできあがる。さて、すっすっすー≠ヘどうか。こちらはすーすーする≠ェ詰まったもの。すーすー≠ニは風が吹き抜ける感じだろうか。肌寒いというか、そんな感触を表現している。最後のすー≠ヘする≠ニいうことだ。どこからか風が入ってくるのか、どうも寒いですねえ≠ニいうときにすっすっすー≠ニなるわけである。もう一つ、あとぜき≠烽ネかなかのものである。これは部屋の入り口で戸やドアを開けたら、ちゃんと閉めることである。いわゆる開けっ放しにしなさんな≠ニいう意味だ。標準語として塞く≠るいは堰く≠ニいうことばがある。これには、流れを塞ぐ∞せき止める≠ニいう意味がある。あとぜき≠ヘ、こんなところに語源があるのかと思う。初めて熊本に来てトイレのドアなどにこの表示を見ると、???≠ニなる人も多いようだ。さらに熊本の場合は、広用紙≠燻謔闖繧ーておく価値がある。この欄でもふれたことがあるが、これはいわゆる模造紙≠ナある。それを熊本では広用紙≠ニ呼ぶ。
熊本訛り(07/02/10-Sa 1401)
 私が大人になるまでは北部九州で過ごしたから、ことば≠烽サのあたりの訛りがごちゃ混ぜになっている。講演などで話をすると、熊本弁が出ますね、と言われることがある。しかし、私自身は本物の熊本弁は話せない。何と言っても30歳で来たのだから、ことば≠竄サのイントネーションは身に付かない。もちろん、熊本弁のどぎゃんすっとね≠ネんて言い回しを真似たりすることはある。そんなところを聞いて、熊本弁≠セと思われるのだろう。ちなみにどぎゃんすっとね≠ヘ、どうするのかね≠ニいった意味だ。しかし、ニュアンスとしては一体全体≠ニいう枕が付いた、問いつめるような感じで使われる。語尾にバイ≠付けることもある。たとえば、そりゃあいかんバイ≠ニ言う具合だ。これも、それはいけない≠ニかそれはまずい≠ニいう意味だけれど、何となくバイ≠ノよって強められるような気がする。あるいはその逆に、バイ≠ノよって表現が少し軟らかくなる感じもある。それはまずいなー…≠ニいったニュアンスである。このあたりは私の勝手な受け止め方だ。地元の人はどんな気持ちで使っているのか、あるいは言語学的にはどうなのかはわからない。この最後に付けるバイ≠聞いて、熊本弁が出ましたね≠ニ言われることもある。しかし、バイ≠サのものは福岡でも使うから、とくに熊本弁というわけではない。そう言えば、熊本では知られた笑い話がある。熊本弁のとっとっと≠ニすっすっすー≠セ。この2つの意味がすぐにわかる人は熊本弁の初級はマスターしていることになる。それから、料理屋さんなんかに行くと、ドアなどにあとぜき≠ニ書かれていることがある。これまでわかれば、熊本通かもしれない。
九州人(07/02/09-F 1400)
 最近になって本コラムを読み始められた方は、いまどんな状況で話が進んでいるのか、おわかりにならないと思う。その点は申し訳ないけれど、そこは気にせずにおつきあいいただきたいというのが私の気持ちだ。なにせ、いまのストーリーをご理解いただくためには、昨年の12月にまで遡っていただかねばならない。だから、ともあれ途中からでも呼んでいただく方が、書いている身としては大いにありがたいのである。まずはそんな言い訳をさせていただいた。その上で、このままでは脱線がひどくなるので、私が八幡で過ごしたところで思い出話は止めておこう。もともと話の焦点はことば≠フ問題に当てていたのだった。ともあれ、私は生まれてこの方、ずっと九州で生活してきた。出張や旅行で九州を出ることは少なくないけれど、九州以外に住んだ経験はない。現在の熊本にやってきたのが1979年の10月だから、もう28年目になる。わが人生の中で1カ所に住んだ最長記録である。それまでもっとも長かったのは福岡市である。父の転勤で中学2年生の夏休みに佐賀県の伊万里市から香椎へ引っ越した。1962年のことである。香椎が福岡市に編入されて間もないころだ。それから高校、大学と福岡で過ごし29歳までいた。その後、30歳になる年に鹿児島へ移った。九州人とはいうが、北部九州をうろうろしただけで、南九州には初めて住んだ。北部九州というときは、福岡・佐賀・長崎の3県を指すことが多い。父はこの3つの県を異動したが、私自身が実際に住んだのは福岡と佐賀の2県にすぎない。熊本は天気予報などでは北部九州に入っている感じだが、地理的には中九州というところだろう。福岡にいたときには鹿児島と並んで南国というイメージがあった。
私が見える(07/02/08-Th 1399)
 私たちはことば≠フ重みを十分に理解しておくことが必要だ。それによって人を幸せにすることもできれば、不幸のどん底に落とし込むことにもなる。さてさて、蠅の話からトイレの話題にまで入り込んでしまったが、いまやトイレは水洗が常識になった。その上、このごろは、おしりまで水洗するのが当たり前になりつつある。そんなわけで、環境は激変した。その結果、蠅の赤ちゃんであるウジ虫くんたちも住む場所がなくなった。それに比べると、私が子どものころの便所は蠅さんたちにとっては牧場みたいなものだった。おっと、これ以上に妙な話になってはいけないので、蠅さんの話題はおしまいにしよう。さて、蠅よけネットの方だが、赤ん坊が寝ている間にかぶせるものも、食卓の上に置いているものもなくなってしまった。身の回りから蠅がいなくなったのだから当然である。それにしても、あのネットは蠅を避ける道具としてよくできていたと思う。ここでまた、八幡に住んでいたころの思い出が甦ってくる。ハエよけのネットに似た蚊帳の中で昼寝をしている私が見える。ゼンマイ仕掛けの消防車を走らせる。ウーン≠ニいうサイレンが鳴る。消防自動車が走ります=B母から読んでもらった、いろいろな車が載った絵本の文章をそのまま声を出している。これも私だ。この子は、消防車が大好き。本の内容を大声で真似をしているのよ…=B嬉しそうに語っている母の声が聞こえる。話している相手は父に違いない。どう考えても5歳ころのことである。目に浮かぶ映像、耳に聞こえる音声がどのくらい真実で、どのくらい幻想に過ぎないのか…。還暦がそう遠くない私にとって、そんなことはどうでもいい。ただ、私のこころの中に八幡が甦った。ただそれだけのこと。
ことばの力(07/02/07-W 1398)
 このごろは、まともな想像力≠竍思考力≠フ欠如が目立ちすぎる。それは立場も年齢も問わない。まことに嘆かわしい話だが、まさに普遍的な現象と化している。多くの人が聞いている講演会で、女性を子どもを産む機械≠ネどと言ってしまった人もいる。自分が置かれた状況がまるで判っていない。ご本人としては、あれで笑い≠ェ取れるなんて思ったのではないか。同じ政党に属する女性議員がテレビで言っていた。奥様もお嬢様も働いていらっしゃる。お子さんを保育所に連れて行かれるなど、子育てにも積極的な方なのに=Bこんな趣旨の発言だった。しかし、それでもだから、今回のことは信じられない≠ニいうまとめ方しかできなかった。とにかく防戦必死、少しでもいいところ≠伝えようという気持ちがありありだった。責任者の安部さんも内心では苦り切っているはずだ。ともあれ、ことば≠フ重みが判っていないんだなあ。人はことばで勇気づけられるし、癒されもする。ことばを通じてお互いのことを分かりあえる。その意味で、ことばは人間理解、最強の道具≠ナある。これこそが人間と動物の間の最大の違いだといってもいい。しかし、人間はことばで人を傷つけることもある。それが生きる気持ちを喪失させ、自殺にまで追い込むことだってある。そう考えると、ことばは人間誤解、最悪の凶器≠ナもあるのだ。この言い回しは、もう随分と前から使っている。このコラムでもすでに書いている。しかし、それをまた繰り返して書かざるを得ない状況が目の前にある。まことに残念なことである。私も想像力≠竍思考力≠ェ必要だなんて絶叫しているが、それらは特別な力ではない。ごくごく当たり前の人を思う気持ち≠ェ必要なだけなのだ。
便所のおつり(07/02/06-Tu 1397)
 そういえば、昔は蠅が多かった。食事時に1匹や2匹がブーン≠ニ羽音を立てながら飛んでくるのは日常的なことであった。どの家庭にも蠅叩きという、きわめて原始的ではあるが相当に強力な武器が常備されていた。そして、その使い方にはちゃんとした要領があった。この蠅めっ≠ニばかり憎しみを込めて強く叩くと、これがいけない。蠅の柔らかな生身の体がつぶれて中身が飛び出してしまうのである。子どものころはジゴが出る≠ネんて言っていた。生き物の内臓をジゴ≠ニ呼んでいたのだが、まあどこかの方言に違いない。ともあれ、いまではトイレという方が多いと思うが、そのころの日本では便所≠ニいう方がぴったり合っていた。水洗トイレなんてものはなく、ほとんどが落下型≠セった。そして、場所によってはポッチャン≠ニいう音とともに、その跳ね返りが飛び上がってくることもあった。これなどもおつりが来る≠ネどと、じつにおもしろい表現をしていた。もちろん、そんなおつりなどいるわけがないが、こちらの意志とは関係なくお返しがくるのである。当然のことながら、それをなんとしても避けないといけない。そこで、タイミングよくおしりを上げることになる。そんな動作を外から見ていれば滑稽そのものだったに違いない。しかし、幸いにも便所は個室だから、どんな動作をしても個人的な問題で終わるのである。もっとも、このごろはトイレで盗撮するなんて犯罪が起きている。ほんの最近も、自分の職場のトイレでそれをやった男が捕まっていた。どこでやろうと許されない犯罪だけれど、よりによって仕事場を選ぶなんて、開いた口がふさがらない。想像力がない≠ニ言うべきか、そもそもまともな思考≠ェ成り立っていない。
ハエよけネット(07/02/05-M 1396)
 さて、私が八幡に住んでいたころの記憶の中に石膏ギブス≠陳列していたお店が残っていた。それは白い足をかたどった感じのもので、幼い子どもの目には相当に大きく見えた。そんなこともあって、とくに暗くなってからその前を通ると恐怖を憶えた。そんなことで、いまになっても記憶の片隅に残っているのだろう。そのGips≠ナあるが、最終的にはドイツ語で石膏≠意味することばだと判った。何のことはない。原語から見れば、石膏・石膏≠ニ繰り返していたのである。八幡で呼吸していたころから50年を越える歳月が流れた。そしてはじめて知った事実が、ギブス≠ナはなくギプス≠ナあり、石膏ギブス≠ヘ意味的には石膏・石膏≠セったというわけだ…。やれやれ、それがどうした≠ニ聞かれれば、別にどうってことはない≠ニ答えるしかない。しかし、それでも私は何ともいえない満足感というか、ある種の充実感を味わっている。味な話の素≠ェ脇道に逸れに逸れた。その結果として、こんなタイミングで八幡自身を思い出すなんて考えても見なかった。そこにはまだ若い父がいて、母がいた。そして私よりも3つ下の妹がいる。あれは何と呼んでいたのだろうか。赤ん坊が寝ているときに布団全体を覆うネットのようなものがあった。被せるといった方がいいかもしれない。蚊帳のようなものだけれど、いつもは折りたたんでしまっておく。いざ使うとなると、先にあるひもを引っ引っ張る。すると傘のようにパッと開くのである。昼寝のときに使っていた記憶がある。だから、蚊を避けるというよりも蠅よけのためだったと思う。そう言えば、その小型版もあった。こちらは、蠅から食べ物を守るために、お膳の上にセットされるのである。
プロファイル(07/02/04-Su 1395)
 広辞苑にギブス≠ェ載っていないというのは、わたしのヒューマンエラーだった。電卓辞書を新しくしたことから、搭載されている辞書も変わっていたのである。これまで使っていたものがずっと広辞苑≠載せていた。そこで、電卓辞書は広辞苑≠セという思い込みがあったのだ。さすがにそれは仕方がないでしょう≠ニ同情を買いたくなる。しかしそんな言い訳は通じない。なぜなら液晶画面の左上には、いつもスーパー大辞林≠ニいう文字が見えているからである。まあ、還暦までには少しばかり時間があるが、どうも注意力不足は否めない。とにかく、思い込み≠ヘ恐ろしい。しかし、こうなると今度はスーパー大辞林≠ノ、何で、gips(独)→ギプスといった解説をつけないのかあ≠ニ文句を言いたくなる。まるで居直り強盗ではあるが、これでは原語を知らないと、意味がわからないではないか。読み方そのものが本人の勘違いなら仕方がないが、インターネットにはむしろギブスの方が多い≠ニ書いているものもあるのだから。そんなことを考えていたら、かなり以前の体験を思い出した。私が編集に関わった書籍の原稿にプロファイル≠ニ書かれた方がおられたのである。英語のprofileで、簡単な人物評や経歴を書くときに使うことばだ。もうこれはプロフィール≠ニして日本語になっている。その本は随想的な内容のものだったので、私としてはプロフィール≠ノ修正することをお勧めした。ご本人としては、原語は<プロファイル>と発音するのに≠ニ不満だったかもしれない。あるいは、英語を知らないくせに≠ニ笑われた可能性もある。しかし、少なくとも20年近く前のそのころは、プロフィール≠お勧めして間違いではなかった思う。
整理のつづき(07/02/03-Sa 1394)
 昨日から、脇道に逸れたプロセスを確認している。ただ振り返るだけなのに、本コラムの1日分では終わらない。そこが味な話の素≠フいい加減なところだけれど、この点はお許しをお願いするしかございません。これに懲りずに、これから先もお付き合いください。さて、私が小学校に進学する前に住んだ八幡にまつわる思い出として石膏ギブス≠ニいうことばが浮かんだ。そこで確認のためにギブス≠広辞苑で引いてみたら掲載されていなかった…。これが、1月31日までの状況である。ともあれ、広辞苑にギブス≠ェ載っていないことに驚いた私は、すぐさまインターネットに走った。そして、すぐにギブス≠ェ広辞苑に載っていない理由を突き止めた。ギブス≠ヘもともとはドイツ語でGips≠セという。ということは、ギブス≠ナはなくてギプス≠ェ正解なのである。そんなわけで広辞苑を改めて引いてみると、確かにギプス≠フ項には載っていた。濁音のブ≠ナはなく半濁音のプ≠セったのである。しかし、わが国では本来のギプス≠濁音でギブス≠ニいうことが相当に多いという。それなら、広辞苑でもギブス≠項目に入れて、Gips(独)→ギブス≠ュらいの親切はあってもいいのではないか…。とまあ、そこまでは順調なつもりだった。ところが、ここでとんでもない間違いに気づくことになる。じつは広辞苑にはギブス≠ェ載っていたのだ。そして、ちゃんとギプスの訛≠ニ書かれているではないか。どうしてこんなミスが起きたのか。その理由はきわめて単純だ。ほんの最近になって、主として使う電卓辞書が変わっていたのである。新しい辞書はスーパー大辞林≠セが、これで引くと間違いなくギブス≠ヘ出てこない。
ちょっと整理を…(07/02/02-F 1393)
 新しい月になって、昨日は孫の寝返り≠話題にした。それはいいけれど、このコラムが収拾がつかないほど脇道に逸れている。ここらあたりで少しばかり整理をさせていただきたい。まずは、昨年から自己啓発トレーニング≠フ話をはじめた。12月18日のことである。その流れの中で、グループ・ダイナミックスの創始者であるクルト・レビン氏を取り上げた。彼がユダヤ系の人でアメリカに亡命した話になって、その後の研究に繋がっていった。そのひとつが知行不合一≠フ克服を目指した集団決定法≠ナある。これを考えているうちに、人間は戦争がまずいと判っていながらやってしまう≠ニいう話になった。そしてベルリンの壁の話題に向かっていった。これだけでもかなりの脱線だが、世間では突如として不二家が大問題になった。とくに、この工場がISOを取得していたことから、どうして認定されたのかという話に深入りして行くのである。そこで、認証評価≠ニはなんぞやという疑問にぶち当たる。それが高じて、心理学におけるこころ≠フ測定を俎上に乗せることになっていった。そして、心理学で使われる質問紙が抱える課題について考えるうちに、その大事な要素であることば≠フ問題に行き着いた。そこで、ことば≠ノ関連して、九州弁をネタにしようと考えた。そのため、私が九州で生まれたことから書き始めたのである。そうなると、自分の出生地である福岡県吉井を取り上げ、さらに八幡の話になっていく。その八幡でのボンヤリとした記憶の中に石膏ギブス屋≠ウんがある。ギブス≠ニいう名称は、わが人生の中でも何回かしか使ったことがない。それにもかかわらず、そのことば≠ちゃんと記憶していることに、妙な感動を覚えた。
寝返りの記録(07/02/01-Th 1392)
 あっという間に2月になってしまった。わが孫も5ヶ月を超えた。先週、その孫が寝返った=Bいやそうではなくて、寝返り≠した。土曜日で父親が休みの日である。その瞬間をビデオに撮ることができたという。寝返りをしたあとはうつ伏せになる。手が胸の下に来て、赤ん坊としてはかなり苦しい状態だ。そのためにワンワンと泣き出すのだが、親たちの方は寝返りに感動して声を挙げながらビデオを回し、カメラのシャッターを切る。その光景がじつにほほえましく、すばらしい。じつは、私の場合も運良く息子の寝返り≠ノ遭遇することができた。そのときはビデオなんてものはなく、8mm映写機で記録した。これはビデオと違ってものすごいコストがかかった。まずは撮影機そのものが高価なのだ。富士フイルムが出していたシングルエイトだが、これを買うときは断崖から飛び降りるような勇気が必要だった。それでも機械の経費は1回きりだが、フィルムは撮影のたびに購入しなければならない。このコストがものすごかった。カラーフィルム1本で2,000円ほどした。それで撮影できるのはわずか3分間である。しかもフィルムだから撮影してしまうとそれでおしまいいらないところは消して取り直しなんてできない。当時、かけそばが250円程度だったというから、給料を考えると、心臓に悪いような負担である。そうは言っても、家庭用のビデオなどない時代で、動くのは8ミリ映画しかなかった。今から考えると、よくもまあ撮れたものだと、われながら感心する。しかし、そんな経済的な負担などが気にならない。それが親というものである。私と同様に、わが息子も自分の子どもが寝返り≠キるときに居合わせることができた。それはそれはめでたいことだ。