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味な話の素
No.44 2006年12月号(1330-1360)
 
2006年は本日でおしまいです。味な話の素≠お読みいただき、ありがとうございました。
来年もよろしくお願いします。
孫と大晦日(06/12/31 Su-1360)
 今年も大晦日を迎えた。このところ本欄では、学会で取り上げられた自己啓発セミナー≠フ話題がドンドン拡大している。昨日はグループ・ダイナミックスの創始者であるクルト・レビン氏の業績についてふり返るところまでいった。話のはじまりは18日だから、今日で2週間になる。じつはこのネタの結論はいつもの自慢話である。つまり、私たちが研究し実践を進めている対人関係トレーニング≠ェいかに正統派なのかということを主張しようというわけだ。ただ、そこに行くまでにはまだ時間がかかりそうな気配である。時間の経つのは早いもので、今年も今日でおしまいだ。2日前に孫≠ニ息子夫婦≠ェ帰ってきた。ちょうど4ヶ月を迎えたところで、かわいい盛りだ。まだ実際には試していないが、目に入れても痛くない≠アとは間違いない。子どものころ、家のママは世界一≠ニいうアメリカ製のホームドラマがあった。味の素の提供で、楠トシエの主題歌はまだ耳に残っている。それをそのまま家の孫は世界一≠ニいうコピーに替えたい心境である。私自身は生まれたときと、いわゆるお宮参りのときに会った≠セけで、今回が3回目のご対面になる。もう人の表情を見て笑ったりするから、これまたかわいさが何百倍にもなる。赤ん坊は周囲の人の顔色を慎重に窺って、タイミングを計りながら媚びを売っている…。なあーんてことはあり得ませーん。まさに自然体そのものがかわいいのである。このごろは、親たちが赤ん坊の命を奪う事件が頻繁に起きている。どうも社会全体がおかしくなっているような気がする。おっと、また脱線してしまいました。自己啓発セミナー≠フ話題が来年まで続くことをお伝えしようと思っていただけなのに…。よいお年を!
民主と専制と放任(06/12/30 Sa-1359)
 レビンたちが民主的≠セと考えていた条件は、じつは放任的≠ネものだった。何でも自由というのは本当の指導とは言えないことに気づいたのである。リーダーがフォロワーの気持ちを尊重することは大事だ、しかし、何でもかんでもあなたたちの自由なのよ≠ネんて言って放り出してはまずいのである。そこで、これを改めて自由放任 laissez-faire≠ニ呼ぶことにした。民主的な条件では、指導者は子どもたちの自主性を尊重しながら、きちんとサポートする。また仕事に対しては、その成果を客観的に評価し、それに基づいて褒めたり批判するという方針をとったのである。その結果は見事なものだった。民主的な指導のもとでは、子どもたちは自主的で積極的な行動をした。仲間同士も友好的で、指導者に対して依存する雰囲気も見られなかった。これに対して自由放任条件では、子どもたちは自分勝手に行動する傾向が現れた。何と言っても放りっぱなし≠ネのだから、当然の結果だろう。そして専制的な指導条件では、子どもたちは2つの反応パターンを示した。ひとつは攻撃的タイプである。もちろん専制的な指導者に対しては子どもたちは反抗しない。しかし、その欲求不満を解消するかのように、子どもたち同士には攻撃的な行動が見られたのである。それはそのままいじめ≠ノも繋がるようなものである。その一方で、服従的な行動が前面に出てくるグループもあった。強烈なプレッシャーがかかると、それに対抗する気力を失ってしまう。その結果、ひたすら従順な行動を取ることになる。そんな状況で自主性や積極性を期待するのは無理というものだ。この実験は1930年代に行われたものだが、今日の教育のあり方についても大いなる示唆を与えてくれる。
社会的風土(06/12/29 F-1358)
 アメリカに渡ったレビンは満を持していたかのように大活躍する。その功績には目を瞠るものがある。それらの中でも、私はとくに3つの研究が際だっていると思う。まずは、民主的・専制的・自由放任的指導法の効果を検討した社会的風土≠フ実験である。論文タイトルには社会的風土 social climate≠ニいうことばが使われているが、これはまさにリーダーシップの研究の先駆けというべきものだ。それはレビン氏の人生と密接な関わりを持っていた。独裁者ヒトラーを頭とするナチズムの迫害を受けた彼にとって、専制的な政治体制は嫌悪感の対象だったに違いない。そうした体験の持ち主には、アメリカの民主的なシステムがユートピアに思えただろう。レビンはこうした体制の違いを社会的風土≠フ視点から見たのである。それぞれの社会で生み出された風土は、人々の行動に影響を与える。だから、ドイツのような専制的な風土と、アメリカで実現されている民主的な風土では、大いなる違いが見出されるはずだ。レビンはそう考えたのである。こうして、子どもたちを被験者にして、専制的指導法と民主的指導法の違いを明らかにするための実験を行った。ところが意気込んだ割には、期待した結果は得られなかったようだ。たしかに、専制的な指導法がまずいことは明らかになった。子どもたちが卑屈になったり、ストレスのために攻撃的になったりしたからである。しかし一方の民主的な指導法にしても、期待したような望ましい効果は見出されなかったのだ。どうしてそんなことになってしまったのか。その原因について検討が行われた。その結果、レビンたちが民主的≠セと考えた実験条件が、必ずしもその意図通りに働いていなかったという結論に達したのである。
ゲシュタルトとシステム(06/12/28 Th-1357)
 昨日は、 同じ4つの●でも置かれた位置によって直線≠ノも見えれば、四角形≠ノも見える話をした。そうした現象は1つ1つの●が持っている性質からは説明できない。モノをどこにどのように置くかによって結果が違うのである。これは単なる位置の違いを超えたシステムの問題にまで広がっていく。そう考えると、ゲシュタルト的発想は国のような巨大なシステムに適用することも可能になる。早い話が、お隣の2つの国はその典型である。北と南に住んでいる人たちはDNA的にはまったく同じ民族である。だから、国を構成している個々の要素である人間には何の違いもない。ところが、国全体としての現実はどうなっているか。一方には先進国の仲間入りをする勢いがあるのに、もう一方では飢えに苦しむ人々がいる。この大いなる違いの原因が国の仕組みの違いにあることは明らかである。それを一般的に言えば、体制の違いであり、まさにシステムの問題なのである。構成要素1つ1つの潜在的な力は同じであっても、それを有効に活用するシステムができていなければ、組織はうまく機能しないということなのだ。それは組織や集団の成り立ちや目的、あるいは大小などは問わない。人間の集団に働く普遍的な原理なのである…。さて、わがグループ・ダイナミックスの創始者であるクルト・レビン氏だが、彼もこうしたゲシュタルト的発想を持った心理学者であった。その本場であるドイツで仕事をしていたが、やがてナチズムの嵐が吹き始める。彼はユダヤ系であり、ナチの台頭とともに迫害の危険が迫ってくる。こうした状況の中で、多くの人々が難を逃れてアメリカに渡って行った。レビンもその1人だが、アメリカの地で研究の花を咲かせることになる。
ゲシュタルト(06/12/27 W-1356)
 さてさて、Kurt Lewin 氏の名前の読み方だが、わが国ではクルト・レビンの方が定着している。このレビン氏がセンシティビティ・トレーニング≠フ元祖という話から、名前の読み方で道草を食っていた。閑話休題。心理学の分野で20世紀の初頭にゲシュタルト学派≠ニ呼ばれる影響力を持ったグループが登場した。ゲシュタルト gestalt≠ヘドイツ語で形態≠ニいう意味である。彼らはドイツを中心に活動していたが、ユダヤ系の研究者が多くを占めていた。やがてヒトラーが率いるナチスがドイツを支配し、ユダヤ人に対する迫害がはじまった。そこで多くのユダヤ系研究者がアメリカに逃れたことは、わが国でもよく知られている。レビン氏もその中の一人なのである。ゲシュタルト学派≠フ発想は、その当時の心理学の領域では新鮮さが際だっていた。それまでは、ひとのこころ≠構成する要素≠ェあると考える傾向が強かった。そのため、心理学の仕事はこころの要素≠探すことが重視される。その当時も科学の領域では、分子や原子など物質を作りあげる元素がどんどん発見されていた。だからこころ≠セって、それを構成する元素のようなものがあるはずだ。なるほど、そう言われればそんな気にもなる。たしかに今日でもこころ≠フ大元は大脳だということは、はっきりしている。そして、その大脳は間違いなく1個1個が独立した細胞から構成されているのである。やっぱし、こころの素があるに違いないと思いたくなる。これに対して、個々の要素ではなく全体の構造を見る必要があることを強調したのがゲシュタルト学派≠ナあった。同じ4つの黒い点を横に並べば線に見える。しかし、2個ずつ離して平行に置けば四角形ではないか。
自分の名前?(06/12/26 Tu-1355)
 カールがカルロスであり、シャルルでもあり、はたまたチャールズとも呼ぶ。何とも妙な感じがするが、これって別におかしいことではない。われわれ自身だってやっている。たとえば同じ漢字を使う中国と日本では、人名の読み方が自国優先だ。毛沢東亡き後、今日の改革路線を引っ張ったケ小平氏は、英語ではDeng Xiaoping となっている。デン・シヤオピン≠ニいう感じだろう。日本ではとうしょうへい≠ナある。お隣の韓国や北朝鮮の場合も、以前は日本式発音で通していた。たとえば反体制派で日本から拉致された金大中氏の読みはきんだいちゅう≠セった。それから時間が経過して、彼が韓国の大統領になるころにはキム・デジュン≠ニなった。あのお国のトップも、いまではキム・ジョンイル≠ニ呼ばれる。その父親は金日成℃≠セが、権力の座にあった時代はきんにっせい≠ェ一般的な読み方だった。私も14年ほど前に中国へ行ったが、そのとき、おもしろい体験をした。グループ・ダイナミックスで仕事をしている仲間たちと、先方が主催する集会に参加して話をすることになった。はじめに、われわれを紹介してくれたのだが、いつ自分が呼ばれるのか分からないのである。英語はもちろん、ドイツ語でもフランス語でも、はたまたフィンランド語だってヨシダ≠ニ聞こえるだろうと思う。ところが中国語では吉田道雄≠ェわけのわからない発音に化けてしまうのである。もちろん、くまもとだいがく≠ネんて読まれはしない。そんなことで、横にいた中国の研究者に促されて立ち上がることになった。いま、あんたの名前を呼んでるのよ≠ニ教えてくれるのである。中国人から見れば、俺たちの発音の方が元祖だぞ≠ニ言いたいかもしれない…。
カート・ルーウイン(06/12/25 M-1354)
 K. レビンは、グループ・ダイナミックスの創始者として知られている。日本では、クルト・レビンと呼ぶのが一般的だ。私が学生のころ、アメリカからやってきた研究者の講演を聞いたことがある。そのとき、彼がレビンのことを、カート・ルーウインと発音していたのが印象的だった。スペルは、Kurt Lewinだから、Kurt≠ヘbird≠ネどと同じ日本語にはない曖昧母音のアー≠ニなる。あの口を開けないで発するアー≠ナある。もっとも、それを曖昧母音≠ニいうのは相当に自己中心的な表現である。日本語の母音であるアイウエオ≠ヘ大きく口を開けて発音する。それに比べればこもった感じがするので曖昧と言ったのか。そのあたりの経緯は知らないが、英語を母国語とする人間は、あれを曖昧だなんても夢にも思っていないはずだ。さてさてLewin℃≠セが、名字の方もwin≠フ部分はウイン≠ノなるだろう。ドイツ語はまるで知らないが、クルト・レビン≠ヘ彼の地での発音だと思う。国によって読み方が違うのは、なかなかおもしろい。高校の歴史だったか、西ローマ帝国の復活を達成したカール大帝という人物について習った記憶がある。西暦800年前後の人である。もちろん細かいことは憶えていない。この人はラテン語ではCarolus Magnusと呼ばれるから、発音はカロルスである。それがドイツ語になるとKarl der Groseでカールと変わる。さらにフランス語ではCharlemagneというわけでシャルルマーニュと発音する。シャルルなんて流れるようで粋な感じだ。そして英語はCharles the Greatである。まさにチャールズ≠ウんではないか。どれも聞いたことがあるような名前だが、何のことはない全部が同じ人物というわけだ。
リーダーシップの改善・向上(06/12/24 Su-1353)
 さて、監督者のリーダーシップを測定する物差しはできた。それを使ってリーダーを望ましいタイプとそうでないものに分類することも可能になった。その結果、うまくいくタイプだと判定されれば安心する。その反対に望ましくないと言われれば、人によっては落ち込んでしまうかもしれない…。ついついこんな発想になってしまうが、そう簡単に割り切ってはいけない。もう随分前にこの欄でも取り上げたが、われわれはリーダーシップを行動≠セと考えている。だから、その状況において求められている行動をキチンとやっているかどうか≠ェポイントになる。つまり、リーダーシップは個人の行動≠ェ変われば、改善・向上することができるのである。そうなると必然的にどうしたらリーダーシップ行動を変えることができるか≠ニいう課題が目の前に現れてくる。そして、その解答がリーダーシップ・トレーニング≠セったのである。少し後で取り上げるつもりでいるが、私が専門課程に進学したとき、学部ではセンシティビティ・トレーニング≠フ研究が進行中だった。これは文字通り、Sensitivity Training≠カタカナに直したものでST≠ニも呼ばれていた。日本語では感受性訓練≠ニ訳されて、1971年には同名の翻訳が日本生産性本部から出版されている。その際の監訳者は三隅先生である。このSTが、いわゆる対人関係やリーダーシップのトレーニングの元祖だと言うことができる。私自身はその方法や内容については、けっこう問題があると考えている。しかしこの手法は、講義などではなく、グループの力やその場の力を活用して対人関係≠ェ改善できることを示した点で高く評価される。その開発にリーダーシップを取ったのがK. レビンである。
ブリヂストンタイヤとの出会い(06/12/23 Sa-1352)
 私がグループ・ダイナミックスに関わりを持ったとき、三隅先生を中心にしてPM理論なるものが確立しつつあった。これは、リーダーシップ理論としては、わが国で開発されたオリジナルなものであり、その後も多くの研究を刺激した。そこでは管理・監督者のリーダーシップが測定される。しかし、リーダーシップを測定するだけでは、単に人を分類しておしまいということになる。これでは、とくにリーダーシップが不十分だ≠ニか望ましくない≠ニ言われた管理・監督者は困ってしまう。処方箋がないのである。そこで、リーダーシップを改善・向上させるためのノウハウを開発することが大いに期待されることになる。そして、リーダーシップ改善の期待に応える具体的な解答がリーダーシップ・トレーニング≠ナあった。まさにそうした機運が盛り上がっているときに、私はグループ・ダイナミックスと出会ったのである。その様な状況の中で、久留米市にあるブリヂストンタイヤの職長さんを対象にした研修はトレーニング開発の魁になった。職長さんはタイヤをつくる場で直接部下たちを指導する大事な役割を担っていた。まずは、その職長たちが職場で発揮しているリーダーシップ行動を評価をするプロジェクトがスタートしたのである。その際に、職長の行動を評価するのは部下たちだった。いわゆる部下評価≠ニいうことになるが、この手法はいまでは多くの組織で導入されている。なにせ、わが国立大学法人熊本大学≠ノおいても、学生評価≠ェ行われているのだから…。しかし、40年前の当時は、部下からの評価はほとんどの職場であり得ないことだった。そんな中で、当初から部下評価≠前提にしていた点こそがPM理論の最も大きな特徴なのである。
グループ・ダイナミックスとの出会い(06/12/22 F-1351)
 私にとってグループ・ダイナミックスに出会えたことは幸運だった。そのおかげで楽しい人生を送ることができている。それが実感である。その出会いのきっかけは大学に入学する前にまで遡る。私が高校生の時であるが、これには父の影響が大きい。そのころ西日本新聞で九大群像≠ニいうシリーズ物が掲載されていた。そこでは、ユニークな研究をしている九大の教員を取り上げて、その研究内容と人物像が紹介されていた。その中で三隅二不二先生が登場されたのである。先生は、当時グループ・ダイナミックスの旗手として売り出し中だった。これを読んだ父がいたく興味を持ったのである。とりわけ先生の研究がリーダーシップであることが目を引いたらしい。それから随分と時間が経過してからのことである。そのころ、父が職場における対人関係に大いに思い悩まされていたことを知った。そんな状況だったから、この手の記事が目に飛び込んできたのだろう。その父が逝って10年以上が経つが、そのときのスクラップはいまでも私の手元にある。こんな研究というのもおもしろいなあ…=B正確なセリフは記憶にないが、父は私にそんな言い回しをしながら、三隅先生の写真が載った記事を見せてくれた。いまでもそうだが、心理学≠ニいうことばには何かしら魅力的な響きがある。当時は、行動科学≠ニいうかっこいい@p語も流行しはじめていた。そんな中で、私自身もおもしろそうだ≠ニいう気分になってきたのだった。そんなこんなで、大学に入学した当初から、私は迷わずグループ・ダイナミックスを専攻することを決めていた。そして入学して間もなく、専門課程にあったグループ・ダイナミックスの研究室を訪ねたのである。じつに懐かしい思い出だ。
魅惑のトレーニング(06/12/21 Th-1350)
 私自身はいわゆる自己啓発セミナー≠ネるものに参加したことがない。そんなわけで、学会のシンポジウムを通して、その一端を垣間見ることになったのである。いずれにしても、この手のセミナーには大いに気をつけた方がよさそうだ。シンポジウムでも、そうした怪しいものにひっかからないよう、学生を指導する必要があると強調されていた。もちろん、中には真面目なものがあって、うちを同列に扱われては困る≠ネんて団体があるかもしれない。まあそのあたりのことは、それぞれの人が自分で確認するしかない…。ところで、この私自身も自己啓発≠ニいう用語とはけっこう関わりが深いのである。私は対人関係トレーニング≠るいはリーダーシップ・トレーニング≠ニ呼ばれるものを主要な仕事にしている。これがやはり自分の行動を変える≠アとをキーワードにしているのである。だからお前のもいわゆる自己啓発セミナーかい≠ネんて言われないように気をつけないといけない。それにしてもトレーニング≠ヘおもしろい。まことにダイナミックなのである。いつものように、自慢じゃないが≠ニ言いながら自慢する≠フだが、小規模なものを含めれば、これまで400コース以上はトレーニングを企画し実践してきた。そのどれをとっても、瞼を閉じるとトレーニングの光景が浮かぶほど、懐かしさとともに甦ってくる。オッとご注意、これは大袈裟な表現ですのでね。本当にすべてのことを思い出せるなんて無理な話である。しかし、そのくらい心に残る体験をすることができる。それが私にとってのトレーニングなのである。そんなわけで、自分がグループ・ダイナミックスと出会えたことの幸運を感じながら生きている。まさに感謝・感謝の毎日…。
自分を変えられる…(06/12/20 W-1349)
 私たちは気が遠くなるほどの長い時間をかけてようやく自由≠獲得したはずだ。それなのに、いまでは何をしていいか分からない¥況にはまっている。そこで、ああしろ、こうしろ≠ニ言われた方が楽だという気持ちになる。それは獲得した自由の放棄に他ならない。フロムに言わせれば自由からの逃走≠ニいうことである。そこには自主性を失った、喪失感にさいなまれる人間の姿がある…。今日のわが国の状況を見ると、こんな心の風が吹き始めているような気がする。そんな中では、自己啓発セミナー≠ニいったことばが魅力的に響いてくるのである。しかし、いわゆる自己啓発セミナー≠ヘ参加した者たちにさまざまな精神的問題を引き起こす。それらの多くは、もともと理論的な背景を持っているわけではない。単なる金儲けとしか考えられないものもあるようだ。そこまでいけば、それは詐欺的な行為と同じことになる。しかし、とにかく現代は朝から晩までストレスに囲まれている。対人関係についても悩み多き時代である。そんな状況で、自分を変えることができる≠ニいったコピーを見ると、ついつい心が動かされてしまう。とくに対人関係に問題を感じている人たちは、この手の情報に敏感になる。そもそも対人関係なんて面倒くさいや≠ネんて居直っている人間は、自己啓発セミナー≠ネんて言われても興味すら示さない。これに対して、人と何とかうまくやっていきたい≠フにうまくいかない=Bそんな悩みを抱えている人間には、自己啓発セミナー≠ヘ願ってもないチャンスに見えるだろう。大学でも新学期などにこの手の勧誘が多くなるという。そこでわが学会でも、自己啓発セミナーをテーマにしてシンポジウムが企画されたのだろう。
自由からの逃走(06/12/19 Tu-1348)
 いまや多くの人々が、自分の生き方について迷っている。そんな空気が漂う時代になった。あなたの自由にしていいのだよ≠ニ言われると困ってしまう。いっそ、こうしろ、ああしろと言ってほしい=Bそんな依存的な精神構造が人のこころを支配しはじめた。その昔、エーリッヒ・フロムというユダヤ系ドイツ人の心理学者がいた。彼には自由からの逃走≠ニいう、やや逆説的な印象を与える名前の本がある。だって、人は自由を求めることはあっても、それから逃げるなんておかしい感じがするではないか。しかし、過去の歴史をふり返ると、そう単純な決めつけはできないのである。人々は束縛からの解放を求めて戦ってきた。そして、ヨーロッパでは中世の束縛から解放されて自由を獲得したように見えた。ところが、その結果はどうなったか。生き生きと自由を謳歌するというよりは、でこれまで頼りにしていた権威を失って、人々は孤独感や虚無感を味わうようになってしまった。そこで、そうした落ち着かない気持ちを解消するために、よりどころを求めるようになる。こんなとき、その心の隙間をねらって様々な権威が押し入ってくるのである。人々は渡りに船とばかり、その船にわっと乗り込んでいく。その様子は、まるで自由から逃走≠オているように見える。社会全体が貧しくても、将来に夢がある。そんな状況であれば、しっかり目標を持って前進しようという気持ちにもなる。それが幸いにも食べる心配がなくなった。より自由に生きる≠アとができるようになったのである。ところがそう思った瞬間、今度はどうして生きていったらいいのか&ェからなくなった。そこで人々の心は揺れはじめる。何でもするから、ああしろこうしろと言ってちょうだい…=B
自己啓発セミナー(06/12/18 M-1347)
 今年は武蔵野大学で日本グループ・ダイナミックス学会の大会が開催された。その中で、自己啓発セミナー≠テーマにしたシンポジウムがあった。自己啓発セミナー≠ニいう呼び名は、それ自身には何の問題もない。何といっても、自分≠啓発≠キるセミナー≠セから大いにお勧めの感じがする。対人関係≠竍リーダーシップ≠改善・向上させるためには、自分自身を変える必要がある。本人の成長が求められるのだ。その点では、私自身が仕事にしている対人関係トレーニング≠ナも自己啓発≠ヘ重要なキーワードでもある。だからといっては何だが、ことばとしての自己啓発≠サのものに罪はない。ところが、これにいわゆる≠ェ付いたりすると急にややこしくなる。何となく胡散臭さが出てくるのである。もちろん自己啓発セミナー≠ニ言わなくても、相当に怪しいものは昔からあった。はじめから詐欺が目的で、法外な値段でモノを買わせるためにセミナー≠ネどと称して人を誘い込む。こんな手を使う悪徳商法の報道なら、けっこう見た記憶がある。これらは外部から隔離された密室空間で行われることが多い。そして、集団で情緒を過激に刺激するといった手法が採用さる。鉦や太鼓かどうかは別にして鳴り物が入ることもある。いわゆる集団催眠の状況ができあがる。そんな中で、自信のなかった者≠ェ自己高揚感≠体験するのである。学会のシンポジウムでも、あるセミナーの様子がビデオで流された。やはり相当に情緒的な内容のものだった。いずれにしても新学期などには、大学でも学生をターゲットに、この手の自己啓発セミナー≠フ勧誘が多くなるようだ。そんなこともあって、学会のシンポジウムでも取り上げられたのである。
領土問題(06/12/17 Su-1346)
 地球上に住む大多数の人間が平和で穏やかな生活を望んでいるにちがいない。それなのに国のレベルに達すると、そうした個々の意思が消えてしまう。そして表面に出てくるのは冷徹な力関係である。面従腹背≠ニいう四文字熟語がある。にこやかな顔で従っていても、腹の中では背いている。何とも明るさに欠ける表現だ。そう考えると、外交は面友腹敵≠ニ言うべきかもしれない。まさに腹の探り合い駆け引きの世界になる。いかにも友人のような顔をしながら、相手を敵として警戒しているのである。押したり引いたり、脅したりニッコリ笑ったり。何でもありが外交というもののようだ。ともあれ、アメリカは中国の台頭をずっと前から警戒してきた。最近の経済成長によって、その思いはさらに強化されたことだろう。それを中国も十分に意識している。そんな状況で朝鮮半島がアメリカ側のリーダーシップで統一されることは、中国にとって大いに問題なのに違いない。さらにNew York Timesの分析は続く。国境そのものが問題になる可能性を持っている≠ニいうのだ。北朝鮮と中国の間に鴨緑江という川があるが、中国側にKoguryoの遺跡と呼ばれるものがあるらしい。そして、この数年、韓国は中国に対してその遺跡について問題を提起しているという。それは古代朝鮮王国のもので、いまの中国にあたる地域にも支配を及ぼしていた≠フである=Bそこには現在も多くの朝鮮系中国人が住んでいるようだ。New York Timesは、彼らが朝鮮に再統合されることを望んでいるのではないかと推測する。中朝間にいわゆる領土問題があるのだ。これも中国が半島統一に積極性を欠く理由だというのがNew York Timesの分析である。領土問題はいつでもどこでも難しい。
喉の骨(06/12/16 Sa-1345)
 アメリカにとって、喉元にできたキューバの社会主義政権はとにかく気になって仕方がない。そんなわけで、ケネディ政権は成立してから時間をおかずキューバ侵攻作戦に踏み切った。ところが、これが大失敗に終わってしまう。キューバのピッグス湾から侵入を図ったことから、ピッグス湾作戦≠ニも呼ばれているが、その失敗の原因についての分析は、私の仕事であるグループ・ダイナミックスの分野でも知られている。このことについては、2004年3月7日に取り上げてから思い出したように書いている。いわゆるGroup Think≠ニして知られている集団の陥りやすい落とし穴についての話題である。一般には集団思考≠ニ翻訳されているが、私は集団考≠ニいう訳語を提案している。集団思考≠ナは、そこに問題が含まれているという点が明確に伝わらないからである。そんなことで、集団浅慮≠ネどといった訳語が使われたりする。浅慮≠セと、浅はかさ♂チ減は伝わってくる。しかし、どうもいまひとつという気がするのである…。急場と言えば、首相は現在でもカストロ氏である。さすがに高齢で、ほんの最近になって病気で倒れ、表舞台からは降りた状態になっている。それにしても、あのケネディの時代からずっと元首が同じというのだからものすごい。わが国の場合、キューバ当時の首相は池田勇人氏だが、その後に佐藤栄作氏などが続いて、現在の安部晋三氏で20人目にもなる。その中には在職期間が64日という人もいる。政界がゴタゴタしても、何とかやれる国、それが日本なのかしらね。それだけ国民がしっかりしているということなのだろうか。それはとにかく、この地球上で生きている一人ひとりは誰もが平和と安定を願っているはずだ。
気になる影響力(06/12/15 F-1344)
 中国は北朝鮮に対して強硬な制裁をすることに難色を示している。そうした中国の態度について、New York Timesは分析を続ける。いまの時点で北朝鮮が崩壊すれば南北統一が現実のものになる。それは朝鮮の人々が心から願っていることだろう。日本が関東あたりで北と南に分断されている状況など、平和を享受してきたわれわれには想像すらできない。いまから60数年前、そうした可能性が皆無だった訳ではない。ともあれ朝鮮半島が統一されることになれば、そのリーダーシップは経済的に優位に立つ韓国が取ることになるだろう。それは東西ドイツの場合と同じである。そのドイツだが、めでたく統一は果たしたものの、東西の格差は未だ続いているという。そして旧西側の経済的負担の重さは大きな問題になっているようだ。こうした状況を目の当たりにして、韓国の方もいますぐに統一となると、ついつい躊躇するというのが本音ではないかと思う。いすれにしても、半島統一が実現して韓国がリーダーシップを取るということは、そのままアメリカの影響力が強まることを意味している。それは容易に予想されることだが、じつはそこが問題なのだ。自分の身近でアメリカの影響力が増大する事態は、中国にとって望ましいものではない…。これがNew York Timesの分析である。たしかにそうだと思う。いまから50年近く前の1959年、キューバでカストロ政権が成立した。社会主義革命である。カリブ海に浮かぶこの国は、アメリカ本土から目と鼻の先にある。アメリカは自他共に求める資本主義のカリスマ的リーダーだ。そう信じているアメリカにとって、自分の身近で社会主義を標榜する国が出現したことは由々しき大事件だった。まさに喉元に刺さった魚の骨である。
難民問題(06/12/14 Th-1343)
 New York Timesが掲載した北朝鮮の国境についての記事は、国境の長さなど客観的な情報から、中国との関係について触れはじめる。ここからの分析がかなり興味深い。それは中国がアメリカや日本とは一線を画して強い制裁に難色を示す理由が推測できる内容だからである。中国にとって頭が痛いのは、国境間に設置するフェンスの適切な数≠セという。それが少なすぎると、中国側に不安定な要素を持ち込むことになるからである。それは主として難民の流入を指しているのだろう。しかし、フェンスが多すぎてもまずいことになる。それによって北朝鮮の崩壊がもたらされるかもしれないからだ。そうなると、さらに大量の難民がなだれ込んでくることが懸念される。北朝鮮では1990年代の中盤から後半にかけて大飢饉が発生した。このとき中国へ入ってきた北朝鮮の難民は10万〜30万にも達したという。世界は情報ネットワークの中にあって、どんなことでもあっという間に伝わるような思い込みがある。しかし、現実はそうでもないようだ。北朝鮮が飢饉に襲われたらしいことは聞いたことがあった。しかし、中国に多く見積もれば30万にもおよぶ難民が押し寄せたことは、十分に知っていたわけではない。あるいは、私がその情報に気づかなかっただけなのだろうか。それにしても、10万から30万という数値の間には相当に大きな違いがある。この手の推測情報はどうしても曖昧になりがちである。いずれにしても、はっきりした数値は知らないにしても、中国が難民の流入を心配して北朝鮮の崩壊を望んでいないということは、日本でも報道されている。だから強硬な態度を取らないというわけである。しかし、そうした態度の背景には、まだ他の要因も考えられる…。
朝鮮半島の国境(06/12/13 W-1342)
 この数ヶ月になるだろうか、New York Timesの記事に北朝鮮を取り上げたものが目に付くようになった。それは頻繁に≠ニいう修飾語を付けてもいいほどである。とくに核実験をするという宣言をしてからは、1面トップになったこともあった。また1ページ近くのスペースを取った特集も組まれた。そして、10月22日付日曜版でもトップに北朝鮮の記事がきたのである。その日はさらに2面に北朝鮮と中国・ロシア国境周辺の大きなカラー地図が掲載されている。見出しは緊張と自暴自棄:中国−北朝鮮国境(Tension, Desperation: The China-North Korean Border) である。その地図に興味深い情報が書かれているのだ。そもそも中国と北朝鮮の国境線は880マイル、キロに直すとおよそ1420Kmになる。この国境は北朝鮮にとって生命線である。総貿易量のほぼ40%が中朝間のものであり、石油に至っては80%から90%に達している。これと対照的なのがロシアとの国境だという。こちらは11マイルだから、わずか18kmにも満たないが、相当にガードが高いようだ。また韓国との間の非軍事境界線は150マイルある。あの板門店で知られる北緯38度線の国境である。これは240kmに当たるが、両サイドに膨大な数の兵士が対峙している。この記事の中で、日本の親戚が北朝鮮にお金や品物を送っていることも書かれている。こうした事実は、アメリカの一般人には知られていない話なのだろう。はるか彼方の極東での話だから、考えてみれば当然のことである。ただし、核実験後はこれも停止されることになっていると付け加えている。日本が北朝鮮に発動している制裁のことを指しているのだろう。こうした情報を書いた後で、焦点を中国に当てている。
再び、New York Times(06/12/12 Tu-1341)
 5日前の7日木曜日にNew York Timesの名前が、久しぶりに登場した。同紙が今年になってからカラー写真を使い始めたという話題である。第1面にカラー写真が来るか否かは、劇的はイメージチェンジになる。この話がそのまま展開していくはずだったが、翌日は12月8日である。まさに太平洋戦争のはじまりとなる真珠湾攻撃≠フ日だ。日本人にとっては歴史的に大事な日だと考えて、8日の話題にしたのである。ところが、その話が歴史学や経済学にまで触れるところまで行ってしまう。そして、ようやく9日の土曜日にカラー写真の話にまでは戻したのである。ところが、その内容は黒澤明監督の話になり、またまた2日目の昨日まで引っ張ってしまった…。じつは7日にNew York Timesを取り上げたのは、同紙が今年になってはじめてカラー写真を採用したという話題がきっかけではなかった。そうでなくて、最近の記事の中にきわめて興味深いものがあって、それを取り上げたかったのである。そこには、日本ではあまり報道されていない内容が書かれていたのだ。その報道とは朝鮮半島に関連した話題である。いまからふり返れば、20世紀の終盤までは、アジアのニュースと言えば日本に関連した記事が圧倒的に多かった。そうした傾向が次第に中国にシフトしていった。それは日本のバブル崩壊と合わせたような感じだった。この味な話の素≠立ち上げたころ、New York Timesの内容をけっこう取り上げたが、その大半が中国の記事だった。それらを読んでいると、アメリカが中国を意識していることがはっきり伝わってきた。そこからは、敵視≠ニまではいかないが、将来の強力なパワー≠ニして、中国を警戒≠キるアメリカの心情が読み取れたのである。
色彩問題(06/12/11 M-1340)
 黒澤明氏の映画づくりに対するこだわりには凄まじいものがあった。彼の頑固さと徹底ぶりは、素人にもよく知られている。とにかく本物志向。ロケ地はもちろん、大道具・小道具を問わず、その選定や制作は凝りに凝ったという。なにせ、「七人の侍」では村人たちの戸籍簿まであるのだ。モノクロ映画にもかかわらず赤ひげの赤色を出そうとする。そのためには、俳優の肌を痛めても仕方がない。そんなすごい迫力があったという。黒澤監督がモノクロを選んだのは、カラー≠ナはわざとらしく、いわゆる本物を表現できないと考えたからだろう。黒澤氏ほどこだわらないとしても、色が付いていれば本物に近いという発想には気をつけてもいいと思う。もっとも、黒澤監督は「どですかでん」以降は一転してカラーの美しさを出すために心血を注いだような気がする。「影武者」はカンヌの国際映画賞でグランプリを獲っている。このときの評価の重点が色彩など幻想的な表現に置かれていたらしい。この映画では主役の武田信玄に勝新太郎が選ばれていたが、撮影の途中でトラブって降板し、仲代達也に交代した。仲代もすばらしい役者だが、日本人のイメージでは、武田信玄は勝新太郎がピッタリだと思う。信玄が実際にどんな顔をしていたのか、いまとなっては知りようもない。しかし、よく見かけるのは眼光鋭い、ふっくらした顔の絵である。あれはやっぱし勝新だろう。それを知らない外国人が色彩≠ノ重点を置いて高い評価をしたのである。当初はモノクロにこだわった黒澤氏にとって、この賞は皮肉な側面も持っていたということか。それともカラーを使い始めると、今度は一転して色の表現に徹する黒澤氏の面目躍如の作品なのか。そのあたりは、素人には分からない。
赤いひげ(06/12/10 Su-1339)
 一昨昨日(さきおととい)の7日木曜日にNew York Timesがカラー写真を使い始めたことを話題にした。そして、カラー写真だからと言って真実近いというわけではないということを強調した。なにせ、あの映画界の大巨匠である黒澤明監督も、長いことモノクロを採用しカラー映画にはなかなか手を付けなかった。「どですかでん」がはじめてのカラー映画だった。これが1970年のことである。ベネチアの映画祭でグランプリを獲った「羅生門」は1950年、アメリカの西部劇を超える迫力の「七人の侍」は1954年、クリント・イーストウッドが出演し、盗作騒ぎにまでなった「用心棒」は1961年、そして「赤ひげ」は1965年である。それまで黒澤は23本の映画を撮っていたが、すべてモノクロである。戦前・戦時中のものが4本で、その後「羅生門」までが7本ある。日本で初めてのカラー化されたのは「カルメン故郷に帰る」という松竹映画である。これが1951年のことだが、その後も「どですかでん」の1970年までの12本はすべてモノクロで撮り続けた。最後の「赤ひげ」では、主役の医師新出去定を三船敏郎が演じた。タイトルのように、主人公は赤ひげを蓄えていた。黒澤はその赤ひげの「赤」らしさを出すために相当のエネルギーを使い、海外から染料を取り寄せたという話を聞いたことがある。それが肌には悪くて三船敏郎は大いに悩まされたというのである。しかし、それでも黒澤はあくまで「赤」を出すためにその染料に固執したらしい。この映画こそが、黒澤監督最後のモノクロ≠ネのである。白黒映画なんだから、それほど赤色にこだわることはないだろうに。どうせ分かりはしない=B黒澤にとってこんな発想は素人のものに過ぎなかった。
科学≠チて?(06/12/09-1338)
 昨日は真珠湾攻撃の日ということで、ちょっと寄り道をした。ともあれ、過去の歴史に興味関心を持って、それをこれから先に活かすことが大切である。歴史は過去をふり返るためだけが目的ではないはずだ。このふり返る≠ニいう表現も専門からは怒られるかも知れない。それは科学的な分析でなければならないからである。とは言うものの、過ぎ去ったことだから手に取れる証拠がなかなか手に入らない。そこで、その間の事情を推測しなければならなくなる。そんなときに、主観や思い込みが入る余地が出てくる。邪馬台国があった場所にしても、いまだに解決していない。お互いに科学的≠ネデータに基づいて近畿説や九州説を主張しているのだろう。しかし、そうなると科学的≠ニはどんな意味なのか分からなくなる。客観的≠ネ資料なら、モノ≠ニして見えるのだろうが、それがあまりない。そこで、わずかな資料で事実を推測するから、意見が分かれて収拾がつかなくなるわけだ。この点は、社会科学≠ニ呼ばれているもの全般に当てはまる。心理学にしても行動の科学≠標榜しているのだが、何を基準に科学≠ニ言うのか、かなりややこしい。かのマルクスも自分の仕事を科学的社会主義≠ニ表現した。そして、それ以前の社会主義を空想的≠ニ断じて批判していたようだが、彼の科学≠ニはどんなものだったのだろうか。まあ、ろくに勉強したわけではないが、経済学はいずれも人のこころ≠考えていなかったのではないか。そんな中で、最近は行動経済学≠ネるものが力を得てきているらしい。ところが、その上っ面だけしかかじっていないのだが、行動経済学って、まるで社会心理学じゃないかい≠ニ言いたくなるような内容なのである。
今日は何の日(06/12/08-1337)
 
今日は12月8日。私なんぞはすぐに真珠湾≠思い出す。それは1941(昭和16)年のことだから私はまだこの世にいない。しかし、あの太平洋戦争が勃発した日であることはよく知っている。日本軍がハワイのオアフ島にある真珠湾のアメリカ軍基地を奇襲攻撃した。日本時間で午前3時19分だから、すでにそのときが過ぎている。いま午前5時を回ったところだ。それから1945年の8月までの3年8ヶ月もの長期にわたって戦争が続いたのである。この攻撃については、アメリカは事前に察知していたが、あえて放置した。それは、この攻撃をアメリカ国民の戦闘意欲高揚に利用するためだった…。まあ、そうした話が本当かどうかは知らない。しかし、私が子どものころは、いろいろな説があることも聞いていた。歴史は風化すると言う。まだ今日のニュースは見ていないが、真珠湾攻撃を取り上げる放送局はあるのだろうか。おそらく、いまの若い人たちは12月8日と言われても、何のことか分からないだろう。私の専門であるグループ・ダイナミックスの領域には、アウシュビッツに関わる実験がある。昨日、大学の授業でその話題を取り上げた。その際に、アウシュビッツを知っているかどうか聞いてみた。学生の6割から7割が手を挙げた。どこまで詳細な情報を持っているのか確認しなかったが、名前を知っているのだから、その内容についてもある程度は理解しているのだろうと思った。そのとき、ついでに、それじゃあ、12月8日はどう≠ニ尋ねてみればよかったと、いまになって思う。先だってから高校での未履修が問題になっているが、どうも歴史に対する教育がうまくいっていないのではないか。歴史はいま自分が生きていることに繋がっているのに…。
色づいたNew York Times(06/12/07-1336)
 久しぶりにNew York Timesからの話題をご紹介したい。今年になってNew York Timesは大変革をした。それはカラー写真を使い始めたことである。日本だけでなく世界の新聞はカラー写真が溢れている。その中でNew York Timesはずっとモノクロを維持していた。それが今年になってカラー化したのである。勝手な推測だが、大きな決断だったのではないか。われわれの世界はさまざまな色に充ち満ちている。だから、写真もカラーの方が本物に近いと考える。私の子どものころは、カラー映画を総天然色≠ネどと呼んでいた。まさに、天然・自然≠フ色だということを強調していたのである。英語ではnatural color≠ネんて言っていたのだろうか。ここで総≠ェ頭に付いているのもおもしろい。昔はカラーフィルムが高価な贅沢品だった。だから、ほんの一部だけカラーになる映画だってあったのだ。そこで始めから終わりまで総て≠ェカラーだと総天然色≠ノなるという理屈だ。なんともゆったりした懐かしい時代である。ただし、天然の色≠セからといって、それが本当の色を伝えているとは限らない。カラーだからこそ、その色合いに目を奪われてしまう。その結果として、大事なことを見逃すことだって大いにあり得るのである。とくに昔は、映画俳優もカラーとなれば、色が映えるようにどぎつい化粧をしていたんだと思う。そうなるとますます現実とはかけ離れてくる。それはもう歌舞伎役者の隈取りの世界と同である。あれはもちろん芸術性溢れる表現だろうが、現実の世の中には、あんな顔をして大袈裟に見得を切る人なんているわけがない。まあ、そう考えると映画でも写真でも、モノクロの方がかえって自然な真実を伝えることになるかも知れない。
因果応報(06/12/06-1335)
 アメリカは真相追及′^で、個人の責任を軽くする取引をしてでも、真の原因を探ろうとする。そんな風土があると思っていたが、それでもno blame culture≠ェ話題になっている。アメリカにして、まだまだ個人の責任を追及する傾向が強いと考えられているのだろうか。あるいは、責任追及が少しくらい軽くなっても、人間は本当のこと≠言わないということか。このあたりは、なかなか難しい問題を含んでいる。アメリカといえども、事件や事故の原因が意図的≠ネ行為にあるときは、個人の責任を追及せざるを得ないはずだ。ましてや、その意図に悪意≠ェ含まれていれば、許すことができないだろう。そうなると、どんなに正直に言っても、やはり罪は罪という話になるのではないか。また、問題を引き起こした意図的な行為が個人的な利益のためでなく、組織のためだったらどうなるのか。私利私欲からではなく、状況に迫られたのだからやむを得ない。そんな状況下では誰だって同じことをする。そうした理屈で罪が問われないことになるのか。しかし、組織のためという訴えが本当なのかどうかを確認するのは、これまた至難の業である。人間は自己防衛のために嘘偽りを言うことも少なくないのだ。アメリカ人の法律や犯罪に対する見方は知らないが、こうした事態にどう対応しているのだろうか。これに対して、わが国の場合は個人責任追及′^だと言われることが多い。罪を憎んで人を憎まず≠ニいうが、実際にはそうはいかない。因果応報≠ニいう言い回しもある。仏教用語のようで、本来の意味は知らないが、悪いことをしたら、その報いはきちんと受けなければならない≠ニいったニュアンスがある。これだと、やはり個人責任≠ヘ大きくなる。
司法取引文化(06/12/05-1334)
 事件や事故が起きると、その原因を追及する必要がある。そのためには当事者の証言が最も重要であることは言うまでもない。そこで、彼らに対して事情聴取が行われることになる。この段階までは洋の東西を問わず共通している。しかし、その具体的な対応方法には違いが出てくる。アメリカの場合には、原因を徹底的に追及する≠アとが最優先課題と考えられるようだ。少なくとも、そうした発想を前提にして、法体系もつくられているのだと思う。だからこそ、司法取引≠ネんてものが存在しているに違いない。正直に本当のこと≠言えば罪が軽くなるのである。それは、神のもとで正直だったから許してあげる≠ニいった宗教的・倫理的な配慮のためだとは思えない。それによって、事件や事故が起きた真実の経緯≠ェ明らかになることが期待されるのである。原因がはっきりすれば、同じような事態を防ぐことができる可能性が高まる。その後の改善や対応に役立つ情報が得られるからである。このように、事故や事件に対するアメリカの手法は、個人的な責任は認めるとしても、相対的に原因追及≠ノ重点を置いたものになっている。その点では、まさにno blame culture≠ェ実現されていると思ってしまう。ところが、そのアメリカでno blame culture≠ニいう用語が頻繁に使われている。ベストセラーかどうか知らないが、ちゃんとした本も出版されている。その案内には、no blame culture≠ヘ人々に誤解されていると書かれている。そんな文を読むと、私も少しは勉強しないとno blame culture≠読み違えている可能性もあるなあ。それにしても私の頭の中では、アメリカは個人追及≠謔閧熈状況追及≠フ文化的風土があると考えていた。
個人責任不問文化?(06/12/04-1333)
 no blame culture≠個人責任不問文化≠ニ訳すのは、どうも抵抗がある。本来は個人に問題があって、その責任を追及すべきなのに、それを糺さない。しかもそこには、誰かの意図が働いて特定の個人に有利な配慮をするといったニュアンスもある。何となく胡散臭い表現なのだ。そこでいっそのこと個人的な部分をカットして、状況追及文化≠るいは、状況原因追及文化≠ニ言ってみたらどうか。しかし、これでは個人の責任を追及しない≠ニいう大事な要素が消えてしまう。そうか、漢字を使った熟語にしなければならないと思うからややこしいのである。そこで、あれこれと思い悩むのはやめにして、個人の責任を追及しない文化≠ニ言い切ってはどうか。これならしっかり分かりますよね。そのかわり、あまりかっこいい表現とは言えない。どう考えたって流行語対象≠ノノミネートすらされないだろう。ピリッとした刺激がないのである。そんなわけで、no blame culture≠ヘ、適訳が見つからない点で、きわめて悩ましい用語なのだ。それなら、原語を使えばいいのだが、とにかく横文字の氾濫するこのご時世だから、気の利いた訳語がほしくはなるのである。それにしても、no blame culture≠ヘ、いまや組織活動にとって最も重要なキーワードである。googleで検索したら、その件数は380万に達していた。航空機事故などが起きると、わが国では個人の責任を追及する傾向がある。これに対して、アメリカでは事故原因究明≠ノ重点が置かれるという。新聞でも司法取引≠ニいうことばをしばしば目にする。これも真相追及型≠フ風土が生み出した手法だろう。そこで、アメリカではno blame culture≠ェ定着していると思ってしまう。
no blame culture(06/12/03-1332)
 組織を震撼させる事故や不祥事も、もともとは小さなことから始まっている。大は小から始まる≠アとを忘れると、取り返しのつかないしっぺ返しを喰らうのである。ところで、組織の安全を考える領域ではno blame culture≠ニいうことばを耳にすることが多くなった。blameには、ある事柄について人を非難≠オたり責任≠追及するという意味がある。だから、それにnoが付いたno blameは、人を咎めたり責任を負わせたりしないということになる。先日も安全文化≠ノ関して仕事をされている方々と、このことばが話題になった。英語のno blameがなかなかうまい日本語にできないのである。まずは何でもありとばかり、私の方から個人責任追及回避文化≠ネんて固い日本語を言ってみた。すぐにそれじゃあまるで中国語ですねえ≠ニ一笑に付された。そりゃあそうじゃ…。そう言えば、保険の世界では免責≠ニいうことばをよく聞く。たとえば、自動車事故で損害額があらかじめ決められた金額より低い場合は、保険会社は支払いをしない。数日前だったか、地元紙に、当て逃げされたレンタカーのキズの修理代が保証されなかったという嘆きの投書が載っていた。お気の毒に、修理の費用が免責金額≠下回っていたのだろう。免責≠ニいうことばは、こうしたときに使われる。責任≠負うことを免れる≠フで免責≠ニいうわけだ。そうすると、no blame culture≠個人免責文化≠ニ訳すことはできるだろう。しかし、これも何を免責するのか分かりにくい。そうかと言って個人責任免責文化≠ナは、これまたくどすぎる。それでは個人責任不問文化≠ナはどうか。これも不問≠ニいうことばが持っている語感が気にかかる。
その一言が…(06/12/02-1331)
 そもそも大が小を兼ねる≠ニいう発想が、いまの時代には合わないのである。大きいことはいいことだ=Bバルーンに乗った音楽家の山本直純氏が大はしゃぎで指揮をする。バックには富士山。それに合わせて合唱するために1,500人もの人が動員されたという。そんなチョコレートのコマーシャルが流れたのは1967年から68年にかけてのことだった。戦後の高度成長も絶頂に達し、GNPがアメリカに次いで世界第二位になったのは1969年である。あのCMで流された歌声はいまでも思い出す。山本氏の天真爛漫さにも脱帽する。しかし、それも過去のものとなった。大きいこと、多いこと≠ェ必ずしもいいこと≠ナはないのだ。地球資源を大切にという観点からも、大は小を兼ねる≠ニいう発想はお勧めとは言えない。それは、あっちの組織、こっちの集団で起きる事故や不祥事にも当てはまる。その原因を探ると、多くのケースがじつに小さなことから始まっている。問題が起きた後でインタビューする。その際に、悪魔がいたとしか考えられません。メンバーの全員がどうしてこんなことになったのか、分からないのです…=Bこんな声が聞こえてくることは、きわめて少ない。いやあー、おかしいとは思っていたのですが、ついつい放っていました=Bこのままだとまずいことには気づいていました。でも、誰かが言わないかなと思ったものですから…=Bこんな反応がほとんどなのである。その一言が事故を防ぐ=Bそれが分かっていながら言えない=A言う気にならない…=B組織のメンバーにそうした意識があることによって、小さな火種のうちに火を消すことができないのである。そして、やがて組織の存続を左右する大きな事故や不祥事が襲ってくる。
小さなビッグバン(06/12/01-1330)
 いつもながら、時間経過の早さに驚かされる。あっという間に12月を迎えてしまった。今年は天候がおかしいですね=Bそんな会話を交わしながら年が終わろうとしている。つい先日も、ある会合でこの調子だと正月まで銀杏の葉が落ちないんじゃないでしょうか≠ニ言った人がいた。そうそう、わが家だってハイビスカスがいまだに赤やピンクの花を咲かせている。10月末には韓国に出かけた。会話を楽しんでいるその場に、ブーン≠ニいう羽根の音が聞こえてきた。この季節に蚊が飛んでいるのだ。蚊はどこに行っても嫌われ者のようで、哀れにもパチンと手を合わせてつぶされていた…。このごろは天候がおかしいですね=Bこの手の会話が日本国中、いや世界中の人々の間で交わされる。そして、それは取り返しのつかない変化になって、人類の前に現れるだろう。そのことに気づいていないわけではない。しかし、具体的な解決策は見出せない。人類はそんなストーリーの中で生きているように見える。一方に少子化を心配する国があり、もう一方では人口爆発に悩む国がある。宗教的な対立も激化することはあっても緩和するなんて思いもよらない気配である。宇宙のすべては大は小から始まる≠ニいう原理で動いているのではないか。宇宙の始まりはビッグバン≠セという。直訳すれば大爆発≠ナある。しかし、その前に爆発のエネルギーを貯め込む小さな段階があったに違いない。ビッグバン≠セって、大は小から始まる*@則に従って起きた現象のはずである。しかも、そのビッグバン≠ゥら生まれた宇宙は膨張し続けているという。それなら、いまの宇宙の大きさと比べれば、ビッグバン≠ヘ目にも見えないほど小さな小さな爆発≠セったことになる。