情報の読み方(06/11/30-1329)※本日は2回分です。1328からお読み下さい。
情報リテラシ≠フ話題を取り上げてから、かなり続いてきた。気がついてら今日は11月の最終日だ。じつは先ほど本日30日の原稿をNo.1328として書いたのだが、どうも区切りが悪い。そこで、もう1回分だけ追加して11月を終わることにしたい。先月から韓国の話題で、これが今月まで続いた。月の初めから読んでいただく方には、先月の味な話の素≠ワで戻っていただかないと話が続かないことになった。これはどうもうまくないと思った…。いつものように前置きが長くなったが、とにかく本日はこの下に書いてあるコラムと2回分ということである。さて、いま行われているインタビューのやり方には、いろいろな問題点がある。しかし、それでも文句ばかり言っていては何もできない。そんなわけで、街頭インタビューは今後も続いていくはずである。そうだからこそ、ニュースを見たり新聞を読んだりするときの、受け側の姿勢が問われることになる。このシリーズで見てきたような、いろいろな要素があることを踏まえながら情報に接することが大事なのだ。それは目の前に現れたニュース映像や記事の問題だけではない。特定の話題を取り上げるかどうか、それそのものが選択の対象になっている。表に出てこないことだからといって、それがこの世に存在しない≠けではない。きわめて重大なニュースが伏せられて国民に知らされない国があることは周知の事実である。また、世の中を騒がすような大事件が起きたときは、その影響が露骨に現れる。いつもならトップニュースになってもおかしくないことが、大きな事件に霞んで見えなくなる。だからタイミングを狙って、目立たないときに重大な発表が行われたりする。ニュースの重要度も相対的なのである。 |
世論の代表?(06/11/30-1328)
いわゆるインタビューに定番の場所がある。しかし考えてみると、渋谷や原宿を歩いている若者が一般の若者を代表しているわけではない。新宿や銀座を歩いている人だって、日本の世論を代表しているとは限らない。とくに昼間にそこを通りすがる人なんて、考えてみればかなり特別な人の可能性がある。少なくとも、デスクワークをしている人は休暇を取っていない限り歩いているわけがない。医師や看護師、それに教師などもほとんどいないだろう。これに対して、営業の仕事をしている人に当たる可能性はかなり高い。新橋駅前でつかまえたおじさんたちだって、サラリーマンの代表というわけでもないだろう。それに、聞き方≠烽ゥなりの影響がある。企業の不祥事などが明らかになると、インタビュアーが憤りを感じませんか≠ニいった質問を投げかける。これにそうですね≠ネどと答えようものなら、憤り派≠フ1名に加えられる。そして、市民のみなさんからは、今回の事件について口々に怒りの声が聞こえます≠ネんてことになる。こうなると、もう誘導尋問だものね。ややこしいことがあると、問題の官庁や会社の前で出勤や退勤している人にマイクを向ける。そんなときは、多くの人が口をつぐむ。おそらく箝口令が敷かれているのだろう。そうした状況を見ると、ますますその組織が胡散臭く見えてくる。みんなで隠しているという印象が強くなる。しかし、だからといって、そこで働く人たちが各人各様に思うままのことを言った方がいいのだろうか。このあたりは、なかなか難しいところである。もちろん、あれやこれやと細かい問題点を挙げはじめたら、インタビューそのものが成立しない。だから、今のやり方はやむを得ないという理屈になるんだろう。 |
銀座・新宿・新橋・丸の内(06/11/29-1327)
街頭インタビューについては、このところ銀座の登場回数が減ったような気がする。私が子どものころは、東京の繁華街といえば銀座と決まっていた。数寄屋橋があって円い日劇もある。そして、路面電車と服部時計店…。おじさんたちのカラオケの定番、「銀座の恋の物語」は、私が小学生時代の名曲である。これは同名の映画の主題歌だ。内容はまるで記憶にないが、おじさんが久留米の映画館まで連れて行ってくれた。その後は、新宿が副都心として颯爽と登場した。とにかく高層ビルが建ちはじめたから、テレビの画面には新宿があふれかえった。ビル群の西口に対して東口側には歌舞伎町もある。これまた、日本一の歓楽街としてその名をとどろかせた。テレビの刑事物では、歌舞伎町がしばしば事件の舞台になった。それは現実でもあったようで、商店街の人たちも犯罪の多発には頭を悩ませているらしい。しかし、その新宿にしても、最近はあまり見なくなった。それはともあれ、人が集まるという当然の理由からインタビューの場所が選ばれる。そうそう、サラリーマンに話を聞くとなると、定番は新橋駅前になる。ちょっとばかりアルコールが入ったおじさんが、選挙結果や酒の税率アップに持論を述べる構図である。ビジネスマンなら丸の内の方がピッタリのような気がするが、こちらはあまり画面には出てこない。東京駅の近くは、前だけ向いて歩く人が多い気がする。たしかに、横断歩道を渡る足だけがよく写るのが、東京駅前だ。そう言えば、あのあたりはインタビューできるようなスペースもなさそうである。その点、新橋の夕刻は駅前にも空間があるから、話が聞きやすい。ほろ酔いのおじさんから、時間によっては結構酔いのオッさんもいて、バラエティがある。 |
街頭インタビュー(06/11/28-1326)
街頭インタビューが人々の意見を正確に反映している保証はない。放送局のスタッフらしき人物がマイクを持って近づいていけば、それを見ただけで逃げる人もいる。これとは対照的に、自分から進んで発言しようとインタビュアーに寄っていく人がいてもおかしくない。さらに、一旦はマイクの前に立ったものの、聞かれた内容について知らないからと、改めて回答を断わる者だっているだろう。こうした流れの中で、回答者が限定されていく。人が話をするときの雰囲気も大事になる。どうしても絵になる∞おもしろい$l物が選ばれやすいのである。さらに、インタビューする場所の選定もなかなか興味深い。渋谷や旗宿などは、若者に対するインタビューではお決まりのスポットである。そこにはいわゆる若者≠ェ集まって来るからである。新宿や銀座などもインタビューの定番だろう。宝くじを買う行列となると銀座が登場する。おそらく大当たりが出ることが多いからだろう。そこで人も集まるという理屈だ。もっとも当然のことながら、たくさん売れれば当たる確率も多くなる。だから、銀座で当たりが出やすいのは当然なのである。少し前になるが、通信教育の未払い金≠ェあると言って金を請求しまくって、相手を自殺にまで追い込んでしまった男がいた。警察が調べたところ、そうした手口で稼いだ金から数千万円を宝くじにつぎ込んだらしい。ところが当選したのは、わずかな金額だったという。おそらく、確率的に予想される金額くらいにはなったのだろう。まさに、悪銭身につかず≠地で行ったわけだ。もともとのお金は、人が一生懸命に働いて得たものである。そんな良銭を悪銭に変えるなんて、とんでもない話だ。そんなことをして、うまくいくはずがない。 |
複眼の視点(06/11/27-1325)
情報リテラシー≠フ話題から飲酒運転許容文化の問題にまで、話が広がってきた。ともあれ、われわれは世の中に溢れる情報≠ノうまく対応する力を持たねばならないのである。しかし、それにしたって、それほど大袈裟に考えることはない。大事なのは、新聞の写真ひとつとっても、それ1枚だけでものごとを判断しないことである。記事の内容に合わせて写真も選択されている。そんな手法が取られていることを頭に入れておくことだ。そして、いつも複数の情報を求めることを大切にしたい。いわゆる複眼の視点≠持のである。新聞であれば、少なくとも2紙以上を比較してみるとおもしろい。テレビにしても、複数の局が流しているニュースを見るのである。私自身は複数の新聞を読みはじめてから20年以上になる。そして、事実はひとつしかないはずなのに、相当に印象の違う記事や写真になっている事例にしばしば遭遇する。新聞だけではない。テレビでは話題性のあるニュースがあると、街頭インタビューの様子が流される。歩いてくる人を待ち受けたり、あるいは追いかけたりと、そのパターンはいろいろだ。これもまた慎重に読み取る力を身につける必要がある。まずは映像で取り上げられるのは数人に限定されている。それは時間的な制約もあって、やむを得ないところもあるだろう。しかし、そうした中で賛否両論≠フある話題では、現実の賛否の比率に対応させて人数を決めているのかどうか。こうした点については、テレビを見ている者には分からない。もちろん一方の意見が多いからといって、他の意見を切り捨てられては困る。しかし、そうだからと言って、両論併記≠ナ同じ割合で取り上げるとすれば、それは現状を伝えるニュースになるのか。 |
鎖の切断(06/11/26-1324)
その昔、不幸の手紙≠ニ呼ばれていたものが、現代はチェーンメール≠ノなった。次から次へと鎖のように繋がっていく。そんなことからつけられた呼び名である。思いやり≠竍助け合い≠フチェーンなら歓迎だが、これは迷惑千万のチェーン≠ナある。人と人はお互いに網の目のように繋がっている。だから、電子メールなどの通信手段を使えば、膨大な数の人々に情報が伝わることになる。しかも、あっという間にである。こんなくだらないものは自分がストップするぞ=Bチェーンメールが届いたときには、そうした断固たる意志で鎖を断ち切ることだ。そうでないと、気づかないうちに自分自身が加害者になってしまう。現在は、そんな自覚が求められる時代なのだ。感受性が鈍ってしまってからはもう遅い。こうした問題は、子どものころから議論し、考えておくことが必要なのである。いずれにしても、ほとんどの人が自分は犯罪と無縁≠セと思い込んでいる。ましてや加害者になっているなんて夢にも思わない。しかし、気づかないうちに加害者になっていることは大いにあり得るのである。飲酒運転にしても、自分はしない≠ニしても、他人がやっていても見て見ぬふりをしてはいないか。ちょっとくらい、いいじゃないか=Bそうした一つひとつの小さな対応が、長い時間の中で積み重なって飲酒運転許容文化≠ェ生まれてきたのである。今日もまた、飲酒運転をする人間がごまんといるに違いない。そんな文化が生まれてしまったのだから。それでも、いかん、いかん≠ニ言い続けなければならない。そして今から10年でも経過したら、ようやくそういえば、このごろは飲酒事故を聞かなくなったね≠ニいった声がちらほら聞こえはじめるだろうか。 |
情報リテラシー(06/11/25-1323)
3R'sが、reading, writing, arithmeticだと知ったときは違和感があった。もちろん内容はそれでいいのだが、R≠ノこだわっているところがおかしくもあった。たしかに単語の中にR≠ェ含まれているけれど、3R's≠ネんて言うからには、頭文字でなくっちゃあと思ったからである…。それはとにかく、リテラシー(literacy)≠ヘ算≠はずした読み∞書き≠フ能力を意味している。それは生きるために必要な基本的な力である。そこで、これを現代の情報社会に適応させて、情報リテラシー≠ニいう言い回しが生まれた。世の中に溢れる情報をきちんと読み取り、自分の気持ちもちゃんと発信する。そうした力が必要であり、それを情報リテラシー≠ニいうのである。情報判断能力≠ニ言い換えることもできる。これがしっかりしていないと、とんでもないことになる。年配者が引っかかりやすいオレオレ詐欺≠ネどは、情報を使った犯罪の代表である。これらに適切に対応するためには、それがいい加減な情報であるかどうかを読み取る力が欠かせないのだ。若者だって出会い系サイト≠ネるもので被害に遭っている。最悪の場合は命まで失う事件に発展することもある。被害者の立場だけでなく、デマ情報などを発信して人を傷つけるといった加害者にも簡単になりうる。それが情報社会なのである。ずっと昔の話だが、不幸の手紙≠ニいう人騒がせなものがあった。手紙やはがきを数人に転送しないと、自分が不幸になると脅されるのである。そこで、おかしいと思いながらも、友だちに郵送してしまう。そうなると、手紙はネズミ算式で世の中に広がっていく。それが今日ではインターネット上で展開されるのである。こうなると、その範囲は世界的だ。 |
3つのR(06/11/24-1322)
新聞を読んだりテレビを見たりするとき、そうした情報にうまく対応する力が求められている。学校教育でも情報リテラシー≠フ育成が強調される。もともとリテラシー(literacy)≠ヘ、読み書きの能力≠指すことばだった。それを、ものごとを読み取る力≠ワで広げると、教養や教育がある≠アとまで繋がる。日本でも読み書き、算盤(そろばん)≠ニいう言い方があった。読むこと、書くこと、そして計算すること≠ヘ生きていく上で欠かせない基本である。いまでは算盤は電卓に取って代わられた。暗算はもちろん、ちょっとした計算でも頭を使わなくなった。それどころか、このごろのスーパーのレジではバーコードが大きな顔をしている。頭を使わないどころか、数字すら見なくて処理をするのだから、大脳が退化しないはずがない。教育の分野でも、長いこと3R'sということばが使われてきた。これは、まだ今日のような学校がなかったヨーロッパで、子どもたちに教えられていた基礎的な教育の内容を指している。その主体は教会だったようだが、わが国で言えばまさに寺子屋に当たるだろう。この3つのRとは、まさに読み、書き、算≠ネのだ。まずは読み≠セが、これがreading≠ナあることはすぐに分かる。それでは書き≠ヘどんな英語か。ここでr≠ナはじまる単語を考えるのだが、正解はwriting≠ナある。日本人の発音ではライティング≠セが、より正確にはゥライティング≠ニいう、やや難しい単語だ。このゥ≠ナあるw≠ェ頭にあるから、正しくはRではないじゃんか≠ネんて怒っても仕方がない。さて算≠ヘといえば、これも少々インチキ風でarithmetic≠セという。いわゆる算数・算術≠フことである。 |
フレーミング(06/11/23-1321)
嘘偽りのないように思える写真だって、意図的に印象を変えることができる。それは修正したり、写した後から何かを付け加えるといった小細工を労する必要はない。被写体にカメラを向ける角度をちょっと変えるだけで、相当に違った写真ができあがる。一眼レフならレンズを交換すれば、これが同じものかと見まがうほどになる。さらに、タイミングだ。竹下さんの記者会見のように、写真を撮る時間によって、積極的で元気に見えたりしょぼくれて見えたりするのである。さらにframeということばがある。骨組みや枠組み、組み立てといった意味だが、これが写真でも使われる。写真の枠組みといった感じだろうか。どこまで写してどこからカットするか、そんなこともフレーミングの問題になる。この同じ単語が、動詞ででっち上げる≠ニか罠にかける≠ニいう意味を持っているのもなかなかおもしろい。そして、frame-upになると、はっきりでっちあげ、たくらみ;八百長≠ニいう意味にまでグレードアップするのである(電子版ジーニアス英和)。もちろんカメラがでっち上げのためにつくられた道具だというわけではない。それどころか、プロの写真家はカメラが持っている力を活用しながらさまざまな工夫を凝らして、素人には手が届かない見事な作品を作りあげる。阿蘇の光景ひとつとっても、あの雄大さはどうしたら表現できるんだろう≠ネどと感心する。こうした事実を見ると、われわれも写真が真実≠サのものでないことを潜在的には知っているのである。ともあれ、情報が世界を動かし、毎日の生活に影響を与え続ける時代である。そうした環境の中で生きていくためには、写真やビデオなどの映像に限らず、情報にきちんと対応する力が求められている。 |
1/60秒の真実(06/11/22-1320)
おしぼりのようなもので口元を拭きながら目を閉じている。こんな写真を見せられれば、なんともしょぼくれたオッさんかいなという気がしてくる。まさに、「意味不明の40分」を過ごした人らしいではないか。そして写真には、ご丁寧に「記者会見を終え、汗をぬぐう竹下新総裁」という説明まで付いている。見出しに加えて追い打ちをかけるような表現だ。熊日の方は「記者会見する竹下新総裁」とあるから、そこから受ける印象には天と地ほどの差がある。そもそも、私たちは写真を見ると、それは真実だと思い込むところがある。文章であれば事実を歪めて書くこともある。しかし写真は文字通り、「真実」を「写し」ていると考えるのである。たしかに、写真に写っていることは「事実」ではある。しかし写真はカメラを向ける角度やシャッターを切るタイミングで、どんな風にもなることを忘れてはいけない。室内でストロボを焚く場合、シャッター・スピードは1/60秒だろう。その意味で、写真は「1/60秒の真実」を伝えているだけなのである。竹下新総裁の記者会見は40分である。それは2400秒であり、1/60秒はその1/144,000になる。そんな瞬間的な事実が全体を伝えることにならないのは、考えてみれば当然の話ではある。ニュースを見ていると、記者会見の際にはストロボがバチバチと光る。とくに原稿を棒読みしている政治家などは、顔を上げた瞬間に光とシャッター音が重なり合う。そんな状況で、一人ひとりの記者が撮る写真の枚数は相当なものになるだろう。そして、その山のような写真の中から、記事にピッタリの写真を選んでいくのである。もちろん、起きていることのすべてを伝えることはできない。だから、それはきわめて当然の方法なのである。 |
見出しの効果(06/11/21-1319)
竹下登氏が自民党総裁になったときの朝日新聞の見出しは、「竹下さん、意味不明の40分 展望示さず『一般論』連発」だった。どう見ても、今後に期待しよう≠ニいう気持ちにはならない。これに対して熊本日日新聞の大見出しは、「意欲満々『ヨシ、やろう』」なのである。これは相当に違う印象を与えるにちがいない。おっ、何とあの竹下さんが『意欲満々』だって! さすがに総裁ともなると前向きになってきたのか=Bこんな読み方が自然だろう。これが、同じ40分の記者会見を伝えているとは思えない。朝はとくに忙しい。バタバタしているから、世の中には見出しを読んですます人も少なくないはずである。そんなときには、見出しは大いなる影響を与えることになる。さまざまな機会に複眼の視点が必要だと言われる。実際に何が起きているかを知るためには、可能な限り複数の情報に目を向けることが大事なのである。もっとも、この日の熊日には、横書きの見出しに加えて縦書きの見出しもつけられている。「珍しく、言葉はっきり 苦手の外交はメモ頼り」がそれである。竹下さんとしては余計なことまで書くな≠ネんて言いたかったかもしれない。すんなりといい評価はしてくれないものではある。さらに興味深いのは記事に併せて掲載されている写真である。熊日の「意欲満々」の方は、にこやかに笑う竹下さんの顔が載っている。胸元から上の大きな写真だ。これに対して「意味不明」の朝日はどうか。こちらは、おしぼりを両手に持って口元を拭っている、やや遠目から撮った竹下さんの写真である。テーブルまで写っているからご本人が小さく見える。そもそも目をむいて口元を拭く人なんていない。だから、このときの竹下さんも目を閉じている。 |
言語明瞭、意味不明(06/11/20-1318)
少し古くなるが、私の手元に竹下登氏が自民党の総裁に選ばれたときの記者会見を取り上げた記事がある。日付は1987年11月1日になっている。病気で影響力を失った田中角栄氏と袂を分かって、ようやく勝ち得た地位である。竹下氏がそうした動きをしはじめたころから、真紀子氏とは断絶状態になっていた。目白台の田中邸に行っても門前払いを食うなど、田中側が相当に頭にきていたことは見え見えだった。それはともかく、多数党である自民党の総裁=総理大臣の時代である。竹下氏にとって天下を取った晴れがましい記者会見であるが、翌日の新聞がなかなかおもしろいのである。スクラップブックには朝日と熊日の新聞記事を貼っている。朝日新聞の見出しは、「竹下さん、意味不明の40分 展望示さず『一般論』連発」である。この大きな見出しを見たらどう思うか。あーあ、竹下さん、相変わらずわけのわからんことを言ったんかいな。こりゃあ、先行き期待できんなあ…=Bこんな感想を持つに違いない。けっこう前から、竹下氏自身が自分のことを言語明瞭、意味不明≠ネんて言ったという話が伝えられていた。経歴には官僚の経験はないが、いわゆる役人風ことばの達人のようだった。それは、何を言われても肯定せず、否定せず、あとで揚げ足を取らせずという高等な言語操作技術である。自らがそれを認めるなんてあるんだろうかと、つい頭を傾げたくなるほどだ。そう言えば、少し前にも、ものすごい首相がいた。あー=Aうー≠ニしか言わないという人だ。これまた、質問をされても頭の中で考えに考えながら答弁する。そこで、あー≠竍うー≠ノなってしまうのである。この人は風貌から鈍牛≠ニも呼ばれたが、もろに意味不明≠ナあった…。 |
タイミング(06/11/19-1317)
あのガラッパチ風で、威勢がいいけれど、ちょっと内容がないじゃないの≠ニ思いたくもなる田中真紀子氏。そんなイメージも、ほとんどの人間にとって映像を見て作りあげられてきたものだ。しかし、それらの映像がトリミングされていることは間違いない。とくに映像の場合は、絵になるかどうか≠ェ選択の基準になる。新聞では見出しが大きな役割を果たす。それを見た瞬間に内容まで読んでみる気にさせる。それが記者の腕だということになるだろう。そして、その見出しを裏切らない事実≠ェ記事として書かれていくのである。その際に、写真も大きな役割を果たす。このときも、記事に見合った写真が選ばれる。この場合は1枚の写真をトリミング≠キるというよりも、撮影した写真の中から1枚を選択するのである。これも拡大解釈すればトリミング≠フ一種だと言えるだろう。世の中では毎日のように記者会見が行われている。そんなときは、絶え間なくストロボが光っている。どのくらいになるのか知らないが、10分も話していれば、数十枚の写真が撮られるのだろう。テレビのニュースを見ていると、シャッターチャンスのタイミングをうかがっていることが手に取るように分かる。原稿をまる読みしているようなときは静かだが、ご本人が目を上げた瞬間に光が一斉に重複する。下を向いた写真では絵にならない≠フである。また事故や不祥事について謝罪する記者会見では、責任者が立ち上がって一斉に頭を下げるときに、ストロボの波が押し寄せる。椅子に座って事情や経過を説明する原稿を読んでいる光景では、謝罪会見≠ニしての絵にはならない≠ニいうことだ。そして山のように撮った写真の中から、記事にピッタリのものが選択される。 |
トリミング(06/11/18-1316)
トリミング(trimming) ということばがある。もともとはtrimの動名詞である。ジーニアス英和によれば、trimは「芝や生け垣を刈り込んだり手入れする」「余分なものを切り取る」などの意味がある。ある程度は日本語としても認知されているのか、広辞苑にも載っている。それには「ドレスや帽子などの端を縁取りする」「写真で原板の不要部分を除いて構図を決めること、印画の不要部分を切り落とすこと」「犬・猫の毛を刈り込み、整えること」といった説明がある。いずれも、見た目がスッキリとして格好よくなる効果がある。それはけっこうなことだが、このトリミングは要注意でもある。誰がどんな意図でトリミング≠キるかが大いに問題になる。犬や猫のトリミングなどは、人間様が自分たちの価値観をもとに勝手にやっている行為である。犬が新庄みたいにカッコよくなりたいから、頭の周りをスッキリカットしてよ≠ネんて言ってる訳じゃない。まあ動物のトリミングにそれほど目くじらを立てても仕方がないかもしれない。しかし、これがテレビや新聞などの報道になると、そうもいかなくなる。もちろんそこで起きている事実のすべてを伝えるわけにはいかない。だからニュースなどでは、大事なところ≠取り出さなければいけなくなる。そのときに誰がどんな基準で取り出すか。それによって、画面や記事は大いに違ってくる。取り出す≠ニいうことは、裏返して言えば必要でないところをカットする≠アとでもある。つまりは映像や内容のトリミング≠ェ行われるのだ。したがって、できあがった映像などの情報は、誰かの判断基準で余計なもの≠ェカットされているということになる。これが見る者、聴く者に大いなる影響を及ぼすことになる。 |
悪口だけでは…(06/11/17-1315)
田中真紀子氏の演説はド迫力があっておもしろい。少なくともテレビで見る限りそう見える。広場や会場に集まった人々は拍手喝采する。ニュース映像からその状況が手に取るように伝わってくる。ただし、ここでちょっと気になることがある。それは、真紀子氏の話は間違いなくおもしろい≠フだが、その内容はどうかということである。人の揚げ足取り≠セけで終わっている。そんな感じがしてならないのである。しかも、人の容貌も含めて冷やかし笑いのネタにする。地方の応援演説に行っても、当の候補者のことはあまり知らない。だから、本人が訴えたい政策や人柄は取り上げずに、対立政党の悪口を言いまくる。あるときは、候補者を横にして、この人誰だったっけ≠ネんて発言をしたこともある。これでは候補者はまるで上方漫才のボケ役である。突っ込みが鋭いから、聞いてる方はおもしろい。しかし、そんなのって選挙演説かいなと疑ってしまう。どうも内容がないのである。安部氏が総理に就任した直後の国会質問も相当にひどかった。安部氏をよちよち歩きで右に行ったり左に行ったり。危なっかしくてしょうがない≠ネんて言い回しからはじめた。これまた、話のスタートとしてはみんなの気を引いて笑いも取れる。前の晩にでもこのセリフが頭に浮かんだのだろうか。それとも、必死に考えまくったか。いやいや相当に頭の切れるお方のようだから、ひょっとしてその場で思いついたりしてね。それはどうでもいいが、とにかく人を揶揄するよりもきちんと論議をしてほしいものだ。このごろ品位≠セの品格≠セのが大いに流行っているが、その点で真紀子氏は今ひとつの感がある。ただし、どれもテレビや新聞を通して得られた情報からの印象だけれど…。 |
前途洋々…(06/11/16-1314)
真紀子氏の前途は洋々、まさに順風満帆だった。そして、その勢いはいよいよ絶頂に達する。小泉政権の誕生である。このときは小泉純一郎、田中真紀子のコンビで、全国の街頭に人が溢れた。そのパワーは凄まじかった。自民党員の投票だけで、他の3人の候補を圧倒する一大ブームを呼んだのであった。そして小泉氏が予備選挙で117票という驚くべき多数を獲得したのである。次点の橋本氏が15票というから、そのすごさが分かる。ここで最大の貢献をしたのが田中真紀子氏だった。自らを小泉政権の生みの親≠ニ宣言し、大事に育てていく≠ニ公言した。この点は、ご本人だけでなく世の中も事実として認めていた。そして、論功行賞かどうかは知らないが、外務大臣という晴れがましい地位を獲得したのである。発足当時のこの人事は好感を持って世の中に受け入れられたと思う。また大いなる期待もあった。ところが、ほどなく大きな問題が起こった。外務省の役人と厳しい対立を起こすことになる。おそらく満々のやる気と真紀子氏なりの正義感が、そうした事態を引き起こしたのだろう。その内実は、われわれには分からない。それはともかく、すったもんだの挙げ句の果て、外務大臣を更迭されてしまった。もちろん、切ったのは産みの子≠ナある小泉総理である。その際は、小泉政権の瞬間支持率が30ポイントほども急落した。それは真紀子氏への支持がいかに多かったかを示すものであった。しかし、いま真紀子氏を総理にという声は聞こえてこない。政界では野に下ってしまえば一巻の終わりということかもしれない。しかし、どうもそれだけではないような気がする。外務省にも問題があったのだろうが、真紀子氏の方にも気がかりな点が見えてきたのである。 |
人寄せパンダ(06/11/15-1313)
国会議員になってからの真紀子氏は注目度ナンバーワン、とにかくどこに行っても、何をしても絵になった。選挙応援にも引っ張りだこの状態だった。とにかく、田中真紀子来る≠フ看板だけでワンサと人が集まるのである。その昔、父親の角栄氏が自分のことを人寄せパンダ≠ニ呼んだことがあった。日中が国交を回復した記念として、上野動物園にパンダが寄贈された。ランランとカンカンという名前だったと思う。そのときの大騒ぎは、これまた半端じゃなかった。上野動物園は長蛇の列で、パンダ舎の前は数秒程度で通過しないといけなかったのではないか。そうした人が殺到する光景から、人寄せパンダ≠ニいう言い回しが生まれたというわけだ。しかも、日中の国交を回復した責任者は田中角栄その人だったのである。角さんが来る≠ニいうだけで会場が満杯になったという。まさに人寄せパンダ≠ニいう言い回しがピッタリの状況だった。「みなさーん」とだみ声で聴衆に呼びかける。「これから日本国中を改造していくんです。新幹線を走らせるんですよ…」「野党が何のかんのと言ってますがねえ…」「私はねえ、みなさん…」。まあ、こんな感じなのである。こうした庶民宰相といった雰囲気を漂わせながらの演説は、そこにいた聴衆に大きな影響を与えたに違いない。相当の汗っかきだったようで、流れる汗を拭く様子は、まるで初代のハンカチ王様だったりして…。とにかく大衆を相手にした語りかけは超一級の腕前だった。もっとも、私自身は角栄氏の話を生で聞いたことはない。それはすべてテレビのブラウン管を通じてであり、編集された映像から受ける印象である。その角栄氏の娘である真紀子氏だが、これまた父親には決して引けを取らない傑物だった。
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表舞台への登場(06/11/14-1312)
波瀾万丈の人生を送った田中角栄氏の評価はさまざまだが、娘である真紀子氏は父親の血を引いていた。なにせ、父親はコンピュータ付きブルドーザー≠ニ呼ばれたほどのエネルギッシュな人間である。女性ではあるが、その父親を彷彿とさせる風貌、声の大きさなど、そのダイナミックさは世の中の期待をいやが上にも高めていった。わが国でも女性の総理が生まれるかも知れない。誰が言うともなく、そんな空気も漂いはじめた。闇将軍≠ニ呼ばれ、裏舞台に下がった後も隠然たる力を発揮した角栄氏だったが、85年2月に脳梗塞で倒れることになる。子飼いの竹下登氏が独立して創世会≠発足させてから20日後のことであった。当時、竹下氏らの行動は政界を揺るがす造反劇としてマスコミをにぎわせた。この事件≠ェ角栄氏の脳梗塞の原因になったのかどうか、それは分からない。しかし、病に倒れてから次第に影響力が失われていったのは当然のことだっただろう。そして1993年には、満を持していたかのように真紀子氏が新潟3区から立候補する。そこは引退した父親が築いてきた選挙区である。予想通りというべきか、ぶっちぎりで当選する。そらからというもの、今度はプロの政治家として注目されることになる。この年の12月に角栄氏は75歳の人生を閉じる。また、この選挙では自民党が過半数を割ることになった。そのため、長期にわたった与党自民党が下野するという大波乱が起きるのである。そして、日本新党を率いる細川護煕氏が総理大臣に指名されることになった。この年に角栄氏が亡くなったことは、政治変革の象徴的な事件でもあった。しかし、自民党は負けても真紀子氏はやたらと元気がよかった。とにかくマスコミの露出度も半端ではなかった。 |
今太閤(06/11/13-1311)
今太閤≠ニもてはやされた田中角栄氏だったが、晩年はロッキード事件に関わったとして逮捕され、東京地裁で有罪判決を受けた。これに対する控訴審の東京高裁も地裁を支持した。そこで直ちに最高裁に上告したが、裁判の途中で亡くなった。小泉首相になってから派閥政治がなくなった≠ネどと言われている。こうした派閥≠フ力を徹底的に使った代表が田中角栄氏だった。そして首相を退陣し、ロッキード事件で被告の立場にあっても政権を裏で操っているなどと言われた。闇将軍≠ニ呼ばれたが、それが典型的に現れたのが中曽根康弘総理誕生のときである。誰が言い出したか知らないが、政権が発足すると田中曽根内閣≠ニ揶揄された。中曽根氏としては不愉快きわまりないネーミングだが、それだけ影響力が大きかったのである。田中氏の自宅は東京の目白台にあった。その昔、私の叔父夫婦と子どもたちが山手線の目白駅近くに住んでいたことがある。昭和40年代だから1970年よりも少し前になる。もう40年近く経過している。大学生になった私は、夏休みになって叔父の家に遊びに行った。その滞在中にご近所≠フ田中邸が話題になった。すでに郵政大臣・大蔵大臣を歴任し、自民党の幹事長を務めていたころだったと思う。まさに、飛ぶ鳥を落とす勢いの時代である。大臣をした田中さんの家だけど、あそこはドンドン大きくなっている。ついこの前も隣の土地を買い取ったらしい=Bまあ他愛もない世間話ではあった。そんな訳で、詳しい内容なんて憶えているはずもない。しかし、その話を聞いて、さっそく邸宅を見に行ったことは記憶している。このお屋敷、首相になってから陳情者≠ナあふれかえる場所として、日本人の誰もが知るところになった。 |
当たりませーん(06/11/12-1310)
誰もが土地神話≠信じ、日本国中が列島改造論≠ノ踊っていたとき、その後の日本を予測した専門家がどのくらいいたのか。このあたりになるとかなり怪しいのではないか。もちろん、今のままではいけない£度なら、一般人の中にも疑問に思った人はいただろう。しかし、専門家ならはっきりと根拠を示し具体的な時期なども明確にする必要がある。いつかこのままではまずくなる≠ニいうのでよければ私にだって言える話だ。その点では、バブル崩壊後の日本経済再生についても、かなりいい加減な専門家≠ェ多かったような気がする。それは1900年代の中盤ころだっただろうか。テレビでは、景気の回復が来年の春までには≠ニ言う人もいれば、いやいや冬までかかる≠ニ予想する評論家もいた。そして、そのいずれもが間違っていた。人は忘れっぽい。もう誰が何と言っていたかなんて憶えてもいない。このところ、戦後最長の景気拡大を続けているという。その期間は11月で58ヶ月に達した。もちろん、一般のわれわれにはほとんど実感はない。しかしそれはともあれ、5年ほど前に、これから戦後最長の景気回復がはじまる≠ネんて予測した人がいたのだろうか。経済は人が作りあげるものだから完全な予想は難しい≠ニいうことか。まあ、そりゃあそうだと思うが、失礼ながら経済学≠烽サれほど力があるものじゃないなんて思ってしまう。少なくとも心理学と変わらないか…。いずれにしても、田名角栄氏が首相の時代は凄まじかった。すでに書いたように、1年でベースアップが30%を超える年まであったのだ。こうした中で、角栄氏はマスコミでも豪快かつ開放的、気さくな人物としてのイメージが形成され、今太閤≠ニまでもてはやされたのである。 |
土地神話の時代(06/11/11-1309)
若くして総理大臣になった田中角栄氏の評価は毀誉褒貶相半ばしている。ただ、総理大臣を辞職した後にロッキード事件が発覚、元総理の犯罪として大騒ぎになった。そもそも金脈問題が問題になって評価が落ちていただけに、晩年はマイナスイメージの方が強かったと言えるだろう。ともあれ、世の中はさまざまだ。褒め称える人もいれば、徹底的に貶す人もいる。1993年12月16日、75歳で亡くなった。それから10年以上が経過しているのである。いずれにしても、高学歴でない人物が天下を取ったということで、首相になったときは今太閤≠ニもてはやされた。あの豊臣秀吉の再来というわけである。首相になってからは、コンピュータ付きブルドーザー≠ネどと呼ばれながらエネルギッシュに動いた。辞職後も裏で誰を総理大臣にするかを決めたとまで言われた。そのときの呼称は闇将軍≠セった。その著書日本列島改造論≠ヘ、文字通り日本列島に新幹線網を張り巡らすなど、開発を旗頭にした景気のいいものだった。おりしも1970年代の初頭で、日本経済もそれいけドンドン≠フ時代である。なにせ開発が再優先だから、そのための土地が必要になる。そこで凄まじい土地ブームが起きた。まさに猫も杓子も、玄人も素人も土地を求めて走り回ったのである。そして、土地は買っておけば必ず高くなった。いわゆる土地神話≠ナあるが、それが歴史的事実≠セと思われた。当時そのことを疑う人間はどこにもいなかったのではないか。このとき20年後のバブル崩壊≠予測していた人がいたら、それはもう神様に近いと言っていい。素人ならいざ知らず、経済学者などの専門家やいわゆる評論家たちに、それを指摘した人がいたのかどうか。興味あるところである。 |
真紀子氏の父親(06/11/10-1308)
今日では田中真紀子氏が有名で、若者たちにとって父親の角栄氏は歴史上の人物になっている。しかし、その角栄氏は戦後の宰相の中でも特筆すべき人物である。彼は1918年5月に新潟県の農家に生まれた。父親は牛馬商である。そのため、留守がちだったのだろうか、おばあちゃんっ子だったようだ。子どものころに家が傾き、相当に苦しい生活を体験したという。小学校を卒業してから上京し、住み込みで働きながら中央工学校土木課を出た。1936年3月には自立しているから、まだ満18歳になる前のことである。一級建築士の資格を持って、建築事務所を設立したのである。太平洋戦争中には兵役も経験している。その後、23歳の時に結婚する。相手は、借りていた事務所の家主の娘である。名前ははな≠ウんといったが、夫が総理になった後も、ひっそりと表に出ない人だった。首相として外遊する際などにファーストレディの役割を果たしたのは娘の真紀子氏である。仕事は順調だったのだろう、政治献金もしたようで、その縁で政界入りを勧められたという。最初の選挙は落選したが、47年には新潟3区から出馬し、初当選した。そのとき28歳。政治の世界に入ってからは、みるみる頭角を現した。36歳で自由党副幹事長、そしてなんと39歳で郵政大臣になっている。その後もトントン拍子で、ついには54歳という若さで総理大臣の椅子を射止めることになる。ケネディの大統領就任は44歳だから、これにはかなり差を付けられているが、年寄りの多い日本の政界では飛び切り若い大臣である。もっとも、つい先だって安部晋三氏が52歳で首相の座に着いたから、年齢の点では追い越されたことになる。ともあれ、この人のダイナミックさは他を圧倒して寄せ付けなかった。 |
どっちが先か(06/11/09-1307)
このごろは特定の人をおばさん≠ニ呼ぶとまずいような時代だが、とにかく世の中にはすごい方々≠ェいらっしゃる。昨日までは、映画館の携帯おばさんのことを書いた。その話題に入る前は投書のおばさん≠セった。取り上げたのは、22日から26日にかけてである。警官にシートベルトを締めていないことを咎められた。ところが、それが妊娠のためかと勘違いされて、ハイ≠ニ答えて切符を切られずに済んだ。大事にしなさい≠ニまで言われたのに、私そんなに肥っていません≠ニ怒るのである。まあ、わけのわからない自己中心的な話が多いと嘆いたわけだ。もっとしっかりしてよ≠ニ言いたくなる。こうした話は一般人のことだが、世の中で目立っている人でも、どうかと思うことが少なくない。例えば政治の世界でもテレビに頻繁に出てくる人の言動は目につくものだ。私は、あることが日本とアメリカのどちらで早く実現するかについて興味を持っている。それは女性が総理大臣になる日と、女性かあるいは黒人の大統領が実現する日である。来年の大統領選挙ではクリントン前大統領のヒラリー夫人が注目されはじめた。アメリカ議会の中間選挙では予想通り民主党が勝利を収めた。こうなると流れは民主党ということで、さらにヒラリーさんに注目が集まることだろう。その点では、黒人が大統領にがなるのはまた先送りということになる。これに対して、日本における女性総理の方が先に実現するのではないかと思われた時期があった。それは言うまでもない、田中真紀子氏である。じつにエネルギッシュで、とにかく元気がいい。実際に聞いたことはないが、声もデカイようだから迫力満点である。小泉政権誕生の際は、自他共に生みの親≠ニして認めていた。 |
心が追いつかない(06/11/08-1306)
暗闇の映画館で携帯を使った驚くべきおばさん。話が終わったあとは、さすがに電源を切るかマナーモードにしたにちがいない。そう信じた私だった。ところが、ところがなのである…。それからさらに1時間ほど経ったころだった。件のおばさんの携帯が、またぞろ暗闇の中で鳴り響いたのだ。真っ暗な館内で液晶がそこら中を明るく照らしながらビンビン鳴っている。最初の話が終わったとき、携帯を切るとかマナーモードにするだろうなんて発想はまるでなかったのである。それだけではない。ご想像のようにおばさんはまたしても電話に出るのだ。先ほどと同じように会話≠ェ手に取るように聞こえてくる。やはり、いま映画を見ているところ≠ネんて言っている。しかも今回の方がもっとひどかった。何と、翌日の計画まで打ち合わせをしているのである。このおばさんもかなりひどいが、その相手も相手だ。映画を見ている最中だと分かったら、また後で≠ュらい言ったらどうなんだい。いや、いいよ≠ネんて返事が返ってきても、そりゃあまずいよ≠ニ諫めるくらいのことができないんだろうか。まあ、言いたかないが、この二人は似たもの同士、人に迷惑をかけようがかけまいが知ったことじゃない。自分たちだけよければそれでOK=Bそんな精神構造の持ち主なんだろう。嘆かわしいったらありゃあしない。どうしても話を続ける必要があるのなら、席を立たなきゃあいけない…。かくして、機械はドンドン進化しているが、それを使う人間の精神構造が追いついていない。それどころか、心の構造はむしろ退化し続けている。飲酒運転しかり。いくら自動車が発達しても、それを使う資格のない人間たちがわんさかいるから、あっという間に凶器になってしまう。 |
携帯おばさん(06/11/07-1305)
さて先月末に韓国の学会に出かけた。そこでLANが使えたので、韓国からのライブで味な話の素≠更新した。それから、韓国がらみの話題が昨日まで続くことになった。そんなわけで韓国に出かける前日まで書いていた話が中断したままになっている。その内容をご記憶だろうか。最後は27日のことだが、映画の上映中に携帯で話をはじめた信じられないおばさんの話である。あまりにも凄まじい出来事だけに、ここで続きは書いておかねばならない。この手の話は間を置くと味が落ちる。大抵の方が先月の27日ころまで遡らなければ話が分かりにくいという問題もある。しかし、それでも続ける価値があると思うほどすごい内容なのだ。とにかく映画館の中で、しかも上映中に携帯の音が鳴ったのである。まずはビックリ仰天したが、その電話に出るのだから、さらにオッたまげた。私から見て斜め前の席だったが、おばさんの声がはっきり聞こえてきた。なにせ、スクリーンから流れてくる大きな音に負けられないと言わんばかりなのある。もっとも、さすがに少しは理性が働いたようだった。ほんのちょっと会話を交わしてから、いま映画を観ているところ≠ニいって話を終えた。それにしても、館内に入ったときに電源を切っていないなんて、マナー知らずもいいところである。このごろの若いモンは≠ネどと文句なんか言ってられないレベルの低さである。立派なおばさんがこんなことでは、若者に対して示しがつかないじゃあないか。ここで二百歩くらい譲って、うっかりスイッチを切り忘れていたとしよう。それでも、この時点でオフにするかマナーモードに切り替えるのが常識のはずである。暗闇で携帯を折りたたんだおばさんをチラリと見ながら、私はそう確信した。 |
自然災害と忘却(06/11/06-1304)
日本の環境が甘い≠ゥら、太平楽でものごともすぐに忘れてしまう。そんなことはないはずだ。そもそも日本は自然災害の多い国なのである。地震などはその典型だ。とにかく生活の基盤そのものが揺れるのである。揺れるだけならまだしも、多くの人命を奪っていく。その厳しさは、砂漠のそれに負けるとは思えない。また台風は毎年やってくる。いまなら予報もできて、それなりの対応もできる。しかし、それでも人命は失われている。しかも、その被害が甚大であることは言うまでもない。たったひとつの台風で、日本国中が大変な目に遭う。台風だけではない。稲作にとって欠かせない雨だが、これがまた集中豪雨にもなる。いつもは静かな川が洪水となって押し寄せる。ひとたび氾濫すれば、これまた人命をも失う大災害となる。しかも、日本の国土は狭いが、南北に長い列島を形作っている。このため、冬には雪による被害も覚悟しなければならない。いわゆる豪雪地帯などでは、雪下ろしをしていて亡くなる人だっている…。こうして挙げていけば、日本の環境が穏やかだなんて幻想ではないかと思えてくる。いまならまだしも、列島に人が住み始めたころは、ただただ自然の振る舞いに身を委ねるしかなかっただろう。その中で、身内はもちろん、近隣の人々が亡くなったときは、その悲しみも大きかったに違いない。しかも自然は無情だ。嘆き悲しんでいるうちに、また災害が襲ってくるのである。そんなことだから、ひとつの災害で悲嘆に暮れていては生きていけない。すぐに気持ちを切り替えないと、再生の仕事もまともにできないことになる。平穏というよりも、むしろ災害が多いからこそ、それを乗り越えるために忘却する習性が身についた。こんな解釈はできないか。 |
自然環境と人のこころ(06/11/05-1303)
その昔、韓国から見て海の先に土地があるなんて思いもよらなかった。そうであれば、新天地を目指す気持ちも起こらない。だから、日本にやってきた人は難民だったかもしれない…。そんなことを考えた。しかし、それはあまり気の利いた推測ではない可能性がある。なぜなら、実際は朝鮮半島から島影が見えるはずだからである。2年ほど前のことだが、生まれて初めて対馬に行った。そのとき山の上の展望台に案内していただいた。その際に、夜になると海の向こうに釜山の灯が見えると聞いた。そうなると、半島側からもこちらに島があることは知られていたことになる。もっとも、対馬から先にある九州の地が見えたかどうかは分からない…。ともあれ、文化の違いを知るのは楽しく、想像力をかき立ててくれる。そして、それは国民性についても、いろいろな推測を可能にする。日本人は過去を簡単に忘れると言われたりする。世界を見ると、1000年とか2000年のスケールで過去の事実をもとにした紛争が続いているところもある。イスラエルとイスラム諸国の争いなどはその典型的な例だろうか。中東の地図を見れば、砂漠地帯も多く厳しい自然環境の中で文化が育ってきたことが想像される。そんな条件の中では、ものごとに対する見方や対処の仕方も厳しくなる。そして、自分たちの存在や生き方に影響をおよぼしたことを簡単には忘れない。そんな精神的な構造ができあがるのかもしれない。その点で、日本は砂漠のような厳しさがない。だから全体的にのんびりしていて脳天気、まるで無責任なのかというと、そんなこともない。日本だって自然はけっこう厳しいものがある。それは砂漠とは違った厳しさである。地震はあるは、台風もやってくる、大雨で洪水も起きる…。 |
穏やかさと海(06/11/04-1302)
巫女の装束や寺院の色彩が派手で大袈裟さな感じが海を渡って日本まで達するとどうなるか。衣装にしても建物にしても、同じものが穏やかな色合いになってくる…。何といっても周りは海である。それは自然に作られた城壁でもある。その壁が自分たちを護ってくれる。少なくとも突然に大勢の敵が襲ってくることはない。だから相手を驚かせるようなド派手で大音響を伴う風習や文化を作りあげる必要もなくなった。平穏な生活をすることができるのである。そんな平和な環境の中では、さまざまな文化も穏やかなものになるというわけだ。ところで、海を渡って日本列島にやってきた人たちは、どんな状況だったのだろうか。大陸で圧迫された人々か。いわゆる現代の難民である。こうした立場の人間たちなら、島国に来てさぞかしホッとしただろう。それなら、文化が穏やかなものになってもおかしくない。あるいは進取の気性に溢れる者たちだったか。海の向こうにも大地があるに違いない。そこまで達すれば、また新しい人生が送れるぞーっ。万一、そこに敵がいても、そんなものは粉砕するぞーっ。こんな人たちだったら、おそらく過激な文化を作ったのではないか。そもそも縄文よりももっと前の時代である。海の向こうに征服すべき土地があるなどと確信を持っていた人間がいたはずがない。大航海時代ならいざ知らず、海を隔てた先にも土地があるなどとは夢にも思わなかったのではないか。そうなると、やはり難民に近い状態で流れ着いた者たちが多かったということになるか…。こうしてにわか歴史学者≠ナあり、比較文化研究者≠フ吉田説が生まれたというわけである。韓国で行われた学会後の原色鮮やかなアトラクションを楽しみながら、こんなことを考えた…。 |
危機意識と過激さ(06/11/03-1301)
韓国の巫女さんの衣装がやたら派手で動作も大袈裟、鳴り物の音も凄まじい。寺院などでも同じような印象を受けた。お寺などは中国の影響がはっきりしているのだが、本家よりもさらにキンキラキンになっている感じがする。それに対してわが国はどうか。私の主観だが、服装や建物の形などが総じておとなしくなっている。それはどうしてか。そんなことは専門家のみなさんにとっては常識で、とうの昔から説明はできているのだろう。しかし、学説や定説だけを書くのでは味な話の素≠ニしてはおもしろくない。ここは素人なりに考えてみるのである。そこで、この違いを陸続きと海で隔てられた土地の差に求めたいと思う。中国と朝鮮は地続きである。いまは北朝鮮と韓国に2分されているが、鴨緑江を隔ててすぐ向こうは中国だ。その中国からさまざまな文化が入ってくる。文化だけなら平和でいいが、両者には緊張も生まれるだろう。詳しい歴史は知らないが、この二つの地域の間だにも戦いはあったはずだ。その昔、蒙古軍が日本に攻め入ってきたくらいである。その途中の朝鮮半島にだって緊張が起きていてもおかしくない。食うか食われるか。現代とは違って、まさに弱肉強食の世界である。そうなると、どうしても相手に対する警戒を怠るわけにはいかない。そこで中国の文化を受け入れるにしても、より過激なものにする。外見からお宅には負けてはいないぞ≠ニいう印象を与えるのである。音にしても、耳を劈くような大ボリュームにしておけば、相手も驚いて手を出さなくなる。まあ、そんな気持ちが働いた。こうした危機意識と緊張感に迫られた結果が、色彩の鮮やかとなり、音の強烈さとなって現れた。そんな解釈はいかがだろうか。これが海を渡るとどうなるか。 |
悪霊払い(06/11/02-1300)
テコンドー・ショーの途中にはビートのきいた音楽が流れ、ダンスのように見える演技もあった。こちらの方もリズムに乗って、観客の方もつい手を叩き、身体を動かしたくなってくる。あんな感じなら、現代の若者を引きつけるのではないかと思った。それに続いて女性が登場して、伝統楽器を演奏した。歌詞はさっぱり分からないが、ハスキーな声で歌も唄った。こちらはなかなか魅力的だった。そして、いよいよメインイベント、悪魔払いの儀式となる。日本なら白装束の巫女さん登場という状況だ。ところが韓国では相当に雰囲気が違っていた。何といっても着ているものの派手なことこの上ない。赤・青・緑に黄色と白…。とにかく原色の鮮やかな装束の女性が舞台の上で踊る、手を振る回転する…。農作業に使うような刃物を手に当てる、足に押さえつける。さらには、その上に乗る。その間も絶え間なく呪文を唱える。もちろんセリフはまったく分からないが、とにかく異様な雰囲気が漂っている。これに耳を劈く鳴り物が入る。最後は、会場にいた観客ま で浴衣のような上っ張りを着せて舞台に引き上げて踊る。太鼓や銅鑼はますますそのボリュームをあげる。そしてまさに気を失うばかりの絶頂に達して終焉を迎える…。あまりプラスの表現ではないが、一言で言えばけばけばしく、かつ激しいのである。最後はお供えのものをみんなに配る。私も、やたらと大きな梨とあめ玉をもらった。それにしても、装束の派手さや音の強烈さは、ものすごいものがあった。しばらく時間が経っても、それはそれは目にも耳にもしっかり残っていた…。そう言えば、韓国の寺院などを見ると赤や緑の原色が強いような気がする。屋根のそり具合にしても強烈に自己主張しているように見える。 |
テコンドー(06/11/01-1299)10月30日からのつづき
夕食後にテコンドー・ショーを見るために前方の席に座ったら、英語通訳の女性がやってきて私に韓国語で声をかけた。ことばが分からないという表情をすると、今度は英語でここは危険ですから、もう少し後ろに下がってください≠ニいう。これには驚いた。テコンドーは見るだけでも危険なのかしら。ひょっとして、投げつけられた人間が飛んできたりして。なんとも恐ろしいものだと思いながら少しばかり後ろの座席に移動した。ショーが始まってから、あの忠告の意味が理解できた。わぉーっ≠ニいう気合いの声と同時に繰り返し板を蹴破るのである。その結果、見事に割られた板の破片が飛んでくる。それが危険だというわけだ。それにしても、通訳の女性には私が外国人かどうか分からなかったようだ。そう言えば、学会1日目の朝にも受験生のオヤジさんらしき人から、△※◇○◎□…≠ニ声をかけられた。まあ、お互い蒙古斑のできるモンゴロイドである。顔を見ただけでは韓国人か日本人かは分からないということだ。それでも空港で買い物をする ときなどは、いきなりこんにちは≠ネんて言ってくる。国際線だということもあるのだろうが、プロが見るとどこか違うのかもしれない…。さてテコンドー・ショーだが、総勢25名ほどの若者たちがダイナミックな技を見せてくれた。私などが見ると空手との違いすら分からない。まあ正確に言えば、空手だってろくに知らないから、そもそも違いが分かるわけもない。ともあれ、あの構えをされただけで、やたら強そうな感じがする。手の突きや蹴りは目にも止まらぬスピードだ。まさに一撃で骨を砕き、身を切ると思えるほどの迫力があった。体力は軟弱で運動神経も怪しい私としては口を開けて見ているだけだった。 |
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