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味な話の素
No.39 2006年07月号(1176-1206)
文化的防衛力
(06/07/31-1206)
佐賀駅前のバスセンターから福岡空港まで70分程度、JRの特急は40分で博多に着く。高速道路もしっかり走っている。それでも佐賀に空港ができた。この先、福岡空港の代替地にでもなるのなら、ある程度の展望もある。しかし、そうなる可能性がどのくらいあるだろうか。時刻表を見ると、1日に、東京便が5便、そのうち大阪経由が2便で、大阪便が2便の合計7便である。どのくらいの規模か知らないが、これで建設費も含めて元を取ることが不可能に近いことは素人でも推測できる。建設費は知らないが、同じ大金を投資するなら、国際陶磁器研究所≠フような本物志向の施設をつくってはどうだろうか。あそこに行って勉強していなければ、陶芸の世界で一流とは言えない…=B世界の陶磁器家の憧れの的になるような、そんな研究所である。そうなれば、日本の佐賀が世界の陶磁器の中心になるに違いない。その方が、日本の文化を守る意味からも、いいに決まってる。佐賀空港の名前が世界中に響きわたることは、これから先もないだろう。しかし、世界陶磁器研究所≠ネら、きっと多くの人が知るようになるはずだ。それに、空港なんて、妙な気持ちを起こす国が出てきたら、攻撃の対象になる。その点、陶芸研究所≠ヘ軍事とは縁もゆかりもない文化的な資産である。そこを攻撃の対象にしたら、世界中から非難を浴びるに違いない。しかも、研究所に多くの前途有為な若者やすばらしい陶芸家が集っていれば、あえて攻撃を仕掛ける国なんて出てくるわけがない。これは佐賀に限った話ではない。日本国中にそんな施設があれば、国全体の安全性が高まるのだ。それは文化的な側面からの防衛力なのである。もうそろそろ、どこもここも同じ≠ヘ卒業しましょうよ。
空港だらけ
(06/07/30-1205)
ドバイ空港のショッピング街も、これまた驚天動地であった。まさに不夜城ということばがこれほどふさわしい場所はない。どのくらいの長さがあるかわからないが、とにかく店また店なのだ。もちろん、両替カウンターは24時間オープンである。こうした光景を眺めながら、わが国の空港の現状が目に浮かんだ。この春には北九州空港がオープンした。半年も経たないうちに乗客数はすでに怪しいようだ。北九州は私にとって本籍地でもある。だから、しっかり頑張って欲しいと思う。しかし、現実はきわめて厳しいようだ。いまでも空港見学者でにぎわっているというが、それって空港設置の目的から考えて、喜んでいい現象なのか…。少し東に目を向けると、伊丹に空港があり、海の上には関空があるのに、その上に神戸にまで空港ができた。かつては伊丹の騒音が深刻で、その代替空港として海上に空港をつくったのではなかったか。しかし、なぜか大阪空港は健在である。地元が存続を希望したということだった。あの騒音公害裁判は何だったのだろうか。伊丹が残ったせいかどうかは知らないが、関空は相当に厳しいらしい。それでも起死回生のためには、もう1本の滑走路が必要だという。そのツケは、われわれの子孫に回すことになる。そんな況の中で、またまた神戸空港である。もう、素人にはわけがわからない。つい先日も、神戸空港を出発した便だったと思うが、関空か伊丹かに着陸する飛行機とニアミスを起こしていた。そんな心配なら誰だってしていたはずだ。お近くの佐賀空港だって例外ではない。私は佐賀県の伊万里小学校を卒業した。それなりに佐賀に対する思いもある。しかし、空港はいただけない。すでに開港時に厳しいと言われていたが、その後はどうなんだろう。
驚きのドバイ空港
(06/07/29-1204)
アテネに行くとき、中東のアラブ首長国連邦にあるドバイで乗り換えた。この空港は、いろいろな点で驚天動地だった。まずは空港の建物のすごさである。わたしが確認したところでは43番スポットまであった。これが建物の両サイドに配置されている。そこまではよくある話である。ところが、その建物が一直線なのだ。そのため、建物が恐るべき長さになる。もちろん正確な距離を測ることなどできなかったが、とにかくどこまでも続いている。そんな感じだった。羽田の場合は65番スポットまである。これにはバスの乗降口は含まれない。さすが羽田である。ドバイ国際空港に負けてはいない。その羽田では、手荷物検査場に入る前に、スポットまでの距離が書いてある。それを見ると、6つで420mほどの距離がある。それでも、羽田は2つのターミナルビルに別れている。しかも、ビルは角度をつけて曲げられている。両サイドに配置されているとは言え、ドバイはこれが一直線なのである。そのすごさが想像できるだろう。しかも、それにまだ追加の工事をしていた。遠くから見ると、まるで長大橋を見ているようだった。日本だったら、少しは曲げる。まあ素人ながら、そんな気がするのである。こうした点も、ものごとに対する発想の違いというのだろうか。そんなわけで、着陸してすぐに、その設計のすごさにまずは驚いた。その次にビックリしたのは便数のすごさである。国際空港であるから、行き先もすごい。お近くのイランだってあるし、ヨーロッパはもちろん、アフリカにオーストラリアまで、どこでもありという感じだ。そして、その発着回数が驚天動地なのである。出発便については刻々と掲示が変わっていく。それを見ると、朝の7時台に至っては、20本以上もあるのだ。
平和に感謝
(06/07/28-1203)
日本を出ればすぐに海である。まさに島国なのだ。それからずっと東へ跳び続ければアメリカに着く。南ならオーストラリアである。その途中にニューギニアなどを通過するが、とにかく大半は海上を飛ぶ。しかし、今回のギリシャ行きでは、いきなり中国に侵入していく。往路は夜中だったのでよくわからなかったが、中国をほぼ横断して昆明上空も通過した。その後もナビゲータ状ではベトナム北部やミャンマー、それにパキスタンからインドの上を飛んでいった。さらに、中東を越えていくのである。帰りは帰りでヒマラヤ山脈を見ながら再び中国を横断。ほぼ北京も下に見ながら大連方面へ向かう。さらにソウル近辺から韓国を横断し日本海に出た。そして、中部国際空港に着陸したのである。今回ほど、平和の大切さを体感したことはない。どの国とも友好的な関係を維持しているからこそ、よその国の上空を平気で通過することができるのである。そうでなければミサイルで撃ち落とされても仕方がないのだ。とくに、紛争が続く中東上空を実際に飛びながら、平和のすばらしさを感じたのである。ああ、ありがたや、ありがたや。世界の歴史は高校で習ったあとはとんとご無沙汰している。したがって詳しいことはわからないが、ギリシャの神殿などもペルシャかどこかとの戦いで破壊し尽くされたという。戦争というものは、人の命を奪うだけでなく、そこにあるものを破壊し続ける。数年前だったか、バーミヤンの遺跡も、世界が注視する中で爆破されてしまった。思想や信条、あるいは宗教が違えば、遺跡も破壊すべき忌まわしいものに見えるのだろうか。太平洋戦争中、歴史的遺産を配慮してアメリカ軍が京都を爆撃しなかったという。歴史の教訓が生かされていたのだろうか。
他国の領空を飛ぶ
(06/07/27-1202)
中東にあるアラブ首長国連邦のドバイ国際空港を出発した飛行機は、ギリシャに向かって北上する。あのドーハの悲劇で有名なカタール近くからサウジアラビアに入る。そして、クエートやイラクを右に見ながら中立地帯を進んでいく。左にはイスラエルやレバノンがある。もちろん、その国々が飛行機から直接的に見えるはずはない。座席の前に付いた液晶画面からその位置がわかるのである。そして、わが飛行機はシリアを通って、キプロスに着陸した。ドバイを出るとき、行き先がアテネ≠ニラルナカ≠ニなっていた。ラルナカ≠ニいう地名はまったく知らなかった。あとでわかったが、ここはキプロスにある国際空港だった。見るからに避暑地というか、観光の町といったで、そこで乗り降りする客も何人かいた。ラルナカには1時間ほどいたが、給油もしていた。そして、そこを飛び立って、今度は右にトルコを見ながら、飛行機はアテネに向かっていった。機内のナビゲータと窓からの景色を見ながら、わたしは興奮していた。ひとつの国の飛行機が、他国の上を平気で飛んでいる。なんとすばらしいことなのだろう。もし、未確認の飛行物体が見つかったら、まず戦闘機が飛んでくる。そして強制的に着陸させられるはずだ。それを無視すれば打ち落とされる。まあ、いきなりそんなことはないだろうが、ミサイルが発射されてもおかしくないのである。あの湾岸戦争のときなど、イラクからイスラエルにスカッドミサイルが飛んでいったこともある。その空を、民間機が飛んでいる。それは、国の間でそのことを了承しているからできるのである。アメリカやオーストラリアに行くときは、行程の大部分が海の上である。そのため、他国の領空を飛んでいるという感じがしない。
どっちが得か
(06/07/26-1201)
アテネにいる間は、あれもこれも書こうと張り切っていた。そのため、続きが必要なことを忘れて話題を変えてしまったものもある。それは、アテネの交通機関の話である。バスやトロリーなどは0.7ユーロ、地下鉄は0.8ユーロだったが、問題はチケットである。改札に当たるところにはチケットに印字する機械が人が通れる間隔を置いて立っている。改札を出るときはフリーパスだ。そうなると、チケットを買わずにすり抜けて、黙って出ていけばただ乗り≠ノなる。そんな無防備な状態で大丈夫なのかと余計な心配をしたくなる。あるいは、ギリシャ人がそれほど高潔な人々ばかりなのだろうか。じつは、そこにはおもしろい対応策が取り入れられているのである。それは抜き打ち的に検査員が回ってくるのだ。そして、チケットを持っていない場合には40倍の料金が課されることになる。およそ5000円の罰金である。しかも、チケットを所持しているだけではいけない。ちゃんと改札の機械で印字されていないとアウトなのである。これでは1枚だけ買ってごまかすわけにもいかな。しかも、それがないと、もう理由の如何を問わず40倍だというわけである。すべての改札に人を置くことから発生するコストと不正によって被る損害のどちらが大きいか。なかなかおもしろい問題である。人件費を考えてみると、この方式はかなりうまくいくのではないかと思う。それに、実際見ていると他にも人が通る改札で、チケットや定期を通さずにすり抜けるのはかなり難しい。不正をしていることが容易にわかるのである。こうした、基本的には人の行動を信じるという対応法は、みんなの正義感を強めるかもしれない。それが、他の社会規範の向上にまで繋がっていくとすれば、すばらしいことだ。
国際学会の外国人たち
(06/07/25-1200)
若者たちが、国際学会でポスター発表をしながら、外国語の腕を磨いていくことは、それなりに効果的な方法だと思う。そのうちに口頭でも発表する力もついてくる。日本人は潔癖性的なところがあって、外国語は上手でないといけない、下手だと恥ずかしいといった発想がある。そのことで日本人はかなり損をしていると思う。もちろんまったく通じないブロークンでは困るが、ある程度は心臓で話すことも必要である。われわれだって、外国人が片言の日本語で話していても、ちゃんと理解してあげている。その逆もまた真なりである。一生懸命に話そうとしていれば、相手も理解してくれる。この点で、世代間の差があるかどうかはわからない。しかし、少なくともわれわれ世代は、どうも完璧を求める傾向に近いのではないか。どう考えても完璧なんてあり得ない。もっともっと居直っていいと思う。そう言えば、1990年7月には京都で国際応用心理学会が開催された。その際のパーティではイラクの研究者もいて、みんなで杯を酌み交わした。相当にアルコールの強い人で、ウイスキーをガバガバ飲んでいた。ひょっとしてアルコールはアウトの国じゃなかったっけなんて話になったりした。もちろん、学会にはイスラエルの研究者もいる。こうした人たちが同じ席にいるのを見ると、こちらの方が勝手に気を遣ったりする。しかも、このときは1週間くらい経った8月2日に、突如としてイラクのクエート侵攻がはじまった。友人たちと、あのイラク人はどうなったのだろうか≠ニしばらく話題に上った。また、日本人と見ると名刺を出してくる発展途上国の研究者もいる。少しでも研究費を提供してくれる者がいないかと探しているのである。この人たちも、相当な迫力を持っている。
国際学会と若者たち
(06/07/24-1199)
今回はアテネで国際応用心理学会に出席した。当然のことながら、参加者の国籍は様々である。日本人も多いが、このごろは若者が目立つ。なかなかいいことだ。われわれが若いころは、海外旅行そのものがめずらしかった。もともと経費がかかるし、発表する研究の国際性などもよくわからなかった。そんなわけで、海外に出かけるのはお偉い先生方に偏る傾向があった。しかし、時代は変わり、いまでは日本の若者たちが積極的に参加している。もちろん会場に行って人の発表を聴くだけではない。自分たち自身もちゃんと発表するのである。学会で発表する場にはいくつかの種類がある。最も一般的なものは口頭発表だ。また、特定のテーマを決めて、関連した研究をしている人たちが発表し、ディスカッションするワークショップもある。さらに、比較的大きなテーマでスペシャリストたちが集まり議論するものをシンポジウムと呼んでいる。シンポジウムは古代ギリシャで饗宴≠意味する。有名な哲学者のプラトンに饗宴≠ニいう著作もある。日本語訳から想像されるように、もともとは酒を酌み交わしながら議論をしたことからはじまったようだ。もちろん、現在のシンポジウムではアルコールは入らない。これに、ポスターセッションがある。その名の通り自分の研究をポスターにしてパネルに張り出す。そして、持ち時間90分から120分ばかりポスターの前に立つ。そこに、研究に興味・関心を持ったお客さん≠ェやってくるという段取りである。もともとは発表数が多くなり、発表時間が取れなくなったために考えられたのだと思う。しかし、外国語で発表し、質疑に答えるのに比べれば、はるかに気持ちが楽になる。英語に今ひとつ自信がない者には、最適の方法でもある。
1日の長さ
(06/07/23-1198)
ほんの1週間とはいえ、地中海性気候のアテネから帰ると、日本はまだ梅雨が明けていなかった。あの国は青空が広がり、雨の1滴だって降りそうな様子はなかった。これとは対照的に日本は大雨で、多数の死傷者まで出ている。名古屋の中部国際空港でも、鹿児島便は引き返すかもしれないという条件付きのアナウンスが流れていた。それも、空港からのアクセスについてもご確認ください≠ニいう情報まで付いていた。無事に降りても、地上の道路や交通機関が怪しいというのである。それを聴きながら、わたしは福岡空港行きに乗った。こちらは平常通りで博多駅にもちゃんと着いた。そこから鹿児島中央行きのつばめに乗る。このときも、鹿児島地方が大雨のため、電車も新八代行きに変更された。その先の新幹線が動いていないという。わたし自身は熊本まで支障なく帰り着いた。そして、タクシーに乗って、この1週間、何事もなかったような顔をしている熊本の街を見ながら帰宅した。時計を見ると5時前である。これはアテネの時間だが、昨日の出発時刻が18時5分だったから、24時間が経過しないうちに、自宅まで帰り着いたことになる。ギリシャやアテネといえば、歴史上の地名としてしか知らないところであった。それはギリシャ神話の国であり、ソクラテスにプラトン、さらにはアリストテレスが生きた国である。そういえば、市民が直接参加する民主主主義なんてのも習ったものだ。そんなこんなでとにかく遠い≠ニいうのがわたしのギリシャに対する印象だった。しかし、今回の旅でギリシャは案外近い≠ニいう思いに代わった。もっとも、考えようによっては、それだけ1日が長いということでもある。大事に使えば、たくさんのことができる時間なのである。
ただいま
(06/07/22-1197)
中部国際空港に到着した。時刻は17時20分を回ったころである。アテネを21日18時05分に出発した。往路と同じ中継地のドバイには23時過ぎに着いた。アテネよりも時計が1時間先に進んでいる。ドバイでの待ちが3時間ほどあって、22日の午前3時に日本に向けて飛び立った。今度は東に向けて時間を追いかける。ドバイを出て、アラビア海からインドを通ってヒマラヤから中国の上空を飛ぶ。最後は韓国のソウルあたりを西から東に横切って、日本海側から中部国際航空に着陸した。これが17時30分ころになった。旅はまだ続く。そこからさらに福岡までを飛んで、その後にJRに乗り換える。いまその機内である。時計はアテネのままにしているので、13時10分である。日本とは6時間の時差がある。福岡には8時少し過ぎに着くというから、ギリシャ時間なら14時過ぎである。出発から24時間は経っていないことになる。飛行機というのはものすごいものだと思う。ヨーロッパの東寄りとはいえ、正味1日もかからずに自宅近くまで帰れるのである。そんなわけで、考えようによってはギリシャだって近い国だと言えるかもしれない。しかし、言語的には相当に遠い国のような感じもした。ギリシャ語といえば、πやΣ、θなどは数学などで習うからだれでも知っている。プラスαなんて言い回しもある。βやγくらいはよく聞くし、時計にΩがある。しかし、コミュニケーションの道具としてはチンプンカンプンだ。ホテルのテレビを見てもおもしろいほどわからなかった。しかも、一気にまくし立てているような響きで、喧嘩しているように聞こえたこともあった。今回は、まったくわからないことをけっこう楽しんだ。もっとも、われわれが接触する範囲内ではとりあえず英語が通じた。
アテネからのライブ更新は本日でおしまいです。明日22日は19時ころにアップする予定です。
サマータイム
(06/07/21-1196)
from Athens 7
アテネはなかなか夜が更けない。夜の9時過ぎに日が沈む。ただし、サマータイムだから通常なら8時ということだ。日本は東西にもそこそこの幅があって、東と西では日没時間にかなりの差が出る。わたしが住んでいる熊本では、最も遅いときは8時にようやく暗くなる感じである。だから、夏に1時間ずらせば、やはり9時近くまで明るさが残ることになる。サマータイムを採用すると、5時半に仕事を終えてから3時間以上は明るい状態が続く。そんなわけで、夕食が9時近くになっても、ほとんど違和感がなくなる。実際、アテネでは9時ころから食事をしてホテルに帰るとき、まだ街はにぎわっていた。そして、親に手を繋がれて歩いている子どもがあちこちにいるのである。道路も9時ころまで車でごった返していた。明るいからみんな動くのだ。涼しいうちに仕事をして、夕刻は長い時間をゆっくり楽しむ。これがサマータイムのプラス面だと聞いた
ような記憶がある。たしかにそうかもしれない。しかし、みんなが夜更かし型になるのがいいことばかりなのか。少なくとも省エネといった点では、あまりプラス効果がないと思う。そんな中ですごいのが、歴史博物館の開館時間だった。ホテルのすぐ前にあるのだが、これが9時開館はいいとして、閉まるのが2時なのである。日本の場合は開館は10時ごろだと思うが、5時くらいまでは開いている。京都などのお寺のクローズも早いようだが、それでも夕方まではOKのはずだ。もちろん、他の博物館は7時までのところもあるらしいから、たまたま店じまいが早いだけなのだろう。それにしても、サマータイムで9時まで明るいというのに、博物館の入場は2時でおしまい。このアンバランスがいかにもおもしろいと思いませんか。
衛兵の交代
(06/07/20-1195)
from Athens 6
宿泊しているホテルが街の中心地にあって、なかなか便利だ。ほんの5分ほど歩けば、シンタグマという名前の広場に着く。その正面には国会議事堂があり、公共交通機関の駅もすべて揃っている。わたしも学会の会場へは、この駅からの地下鉄に乗る。議事堂の手前に無名戦士の慰霊碑がある。ここに衛兵が立っており、1時間ごとに交代する。それを見るのがアテネ観光のひとつになっている。儀仗兵の交代というのはロンドンのバッキンガム宮殿が知られている。わたしは見たことがないが、衛兵などが交代するときは、洋の東西を問わず、相当に儀式っぽくなるんだと思う。それこそ、肩に銃を引っ掛けて勤務場所まで行き、やあ、ご苦労さん。今日もやたら暑いなあ≠ネんて話をするわけにもいかない。じっと立っていた側も、イヤー、参るぜ。ほとんど熱射病だよ。それに今日は観光客が多くてさ、写真を撮りまくられたぜ≠ネどと冗談交じりに
答えることもできない。現実はその正反対で、とにかくこの上なく形式的になる。手を大きく振り、足を上げ、靴音を響かせて交代が行われる。まさに、交代劇≠ナある。アテネの場合は3人でやってきて2人が代わる。それに、介添え役のような一人が付いている。彼は、交代が終わって所定の位置に着いた兵の服装を整えたりしている。そこへ連れてくるのも、連れて帰るのも、やはり彼の仕事のようだ。これが1時間ごとに行われている。交代が終わった3人はやはり大手を振り、足を上げながら行進していく。夕食を終えてホテルに帰る10時ころ、その交代に出くわした。どこまで戻るのかと思ってしばらくついて行ってみたが、きりがないのでやめた。国会議事堂を警備している警官に聞いたら、1kmほど歩くんだそうな。
白い街
(06/07/19-1194)
from Athens 5
チケットを買わずに公共交通機関に乗って、監視員に見つかったらどうなるか。昨日の話はまだ終わっていない。しかし、今日は別の話題を取り上げることにする。せっかくアテネからライブ≠ナ更新しているのである。あれも書きたい、これも取り上げたい。そんな心境である。アテネ滞在中の話題で書き残したものは、熊
本に帰ってからじっくり追加しよう…。アテネは白い街≠ナある。気温は30度を越えていて、暑さは日本と変わらない。お天道様の下を歩けば汗も出る。ただ、汗がダラダラ流れて下着もジットリという状態にはならない。木陰などではけっこう涼しい風が吹く。それに、日没後は昼間の暑さが残らない。空気が乾燥しているのだ。それを象徴するように、アテネの周りにも山や丘があるが、深い緑に覆われたものはない。どれも岩肌が見えていて、そこに木が必死でくっついているという様子である。その岩も日本のように黒いものはなく、ほとんどが白く見える。絵の具で言えば、茶色に白をどんどん混ぜていったような色である。それに合わせているのかどうか知らないが、遠くに見える家並みも白い感じがする。屋根はオレンジ色と言っていいのだろうか。その系統の色が多い。飛行機でアテネに降りるときも、全体が白く見えた。そういえば、ここは地中海性気候なのである。年間を通して温暖で、雨が少なく乾燥している≠ネんて中学校で習ったような気がする。降水量のグラフがあって、この地方のものを当てるときには、とくに夏に雨が少ない点を目安にした記憶がある。ああ懐かしいなあ。市内にはリカヴィトスの丘というのがあって、けっこう高いらしく、街のあちこちから見える。写真を撮ってみたが、これがじつに典型的な色をしているのだ。
アテネの交通機関
(06/07/18-1193)
from Athens 4
アテネの公共交通機関はバス、トロリー、トラムに地下鉄である。ホテルから学会の会場までは地下鉄を使う。新しくて、けっこうスマートだ。3年前のオリンピックで整備されたに違いない。アテネの空港にも繋がっている。オリンピックを機会に空港も移転したとのこと。オリンピックのような大きなイベントがあると、公的資金がワッと投入される。そのときは景気もいいが、その後は経済的に苦労することも多い。アテネの地下鉄はどうか知らないが、この点は、洋の東西を問わない。ともあれ、アテネの公共交通機関は、それぞれ一律料金のようだ。たとえば、わたしが乗った地下鉄は会場まで一駅だが 0.8 ユーロだった。日本円で120円くらいである。乗車の際にチケットを買うのは当然だが、それを改札の機械に入れて時刻を印字させる。この機械が5
〜6台くらいだろうか、人間がひとり通れるくらいの間隔を置いて立っている。係員のボックスみたいなものはあるが、目の前に人はいない。その係員も、しっかり監視しているという感じはない。客は印字された切符をとって、機械の間をすり抜ける。あとは目的のホームに向かうことになる。電車を降りたときは、ただ機械が立っている間を通って出ていく。そこで、これから乗ろうという乗客とすれ違いになる。じっと立っている機械の間は、どこをすり抜けようと勝手である。とにかくこれでおしまいなのだ。こんな状態だから、その気になれば、チケットを買わずに乗ってもフリーパスのような気がする。そんなら無賃乗車の人間ばかりになるじゃないか…。いやいや、そう簡単にはいかないのである。じつは、抜き打ちでチェックする係員が廻って来るというのだ。彼らに巡り合わせると、それは大変なことになるらしい。
紙の問題
(06/07/17-1192)
from Athens 3
外国に行けばいろいろと驚くことがある。そんな体験ができるから、人生も豊かになる。けっこうなことである。今回はギリシャに来たが、車は左ハンドルで右側通行だ。これはアメリカなどと同じである。しかし、外国はみんなそうかというと、そうでもない。イギリスや連邦を構成していたオーストラリア、ニュージーランドなどは日本と同じで、車は左側を走る。ヨーロッパといえばECである。さすがに一体化しただけあって、入国審査に差が出る。EC圏内からの旅行者は、並ぶ場所も別になっていて、ノーマークで出ていった。さて、ギリシャは2日ほど体験しただけだが、食事の値段は、お安くない感じがする…。しかし、そんなことよりも相当にビックリしたことがある。お食事がまだお済みでない方は、これから先は後でお読みいただ
きたい。何がすごいかというと、ホテルのトイレで紙が流せないのである。紙を流すな≠ニギリシャ語で書いてあれば、チンプンカンプンで知ったことではない。しかし、写真でご覧の通り、きちんと英語の表示もあるからまずい。ほんまかいな≠ニ思ってフロントに聞いたら答えはNo≠セった。しかも、とんでもない≠ニいう、大げさな表情まで付いていた。それじゃあどうするかというと、トイレの横に紙入れの缶が置いてあるのだ。これって、慣れていないと、相当な違和感がありまっせ。それを聞いて、わたしがよほどひどいホテルに泊まっていると思われるかもしれない。いえいえ、一応はAランクとされているホテルなんですよ。ギリシャでは下水設備が整っていなくて、これが当たり前なんだそうな。日本人も、昔はしゃがんでいたが、それでも紙は遠くに落としていた。やっぱし、ちょっとしたカルチャーショックですなあ。
ドバイの空港
(06/07/16-1191)
from Athens 2
昨日の午後2時過ぎにアテネに着いた。日本では20時過ぎになる。わが家を出たのが14時30分だったから、単純計算では30時間近くかかったことになる。ギリシャはやはり遠い国である。予定では中部国際空港を23時に出たエミレーツ機のドバイ着は朝の5時に着くことになっていた。機内の表示に tail wind が100kmを越えるときがあった。ずっと追い風に恵まれていたのだろう。その結果、3時30分に着いてしまったのである。これがけっこうありがた迷惑ともなる。なにせ、アテネへの乗り継ぎ機は8時35分発なのである。最初の計画通り、3時間ほどの待ちなら気持ちの余裕もあっていいと思っていた。それより1時間30分も前に着いてしまったのだ。ともあれ、それからしっかり待つことになった。眠気半分ではあるが、人間ウォッチングも楽しませてもらった。しかし、それにしても、ドバイ空港は凄まじかった。中東のハブ空港というのだろうか、未明だろうが何だろうが10分を置かずに飛行機が出発している感じだ。午前7時台などは20本以上の国際線が飛び立っていった。これだけ出発するからには、到着する便数もワンサとあるに違いな
い。名古屋の国際線ロビーに入ったのは21時過ぎだったが、出発便の表示はわれわれが乗る便を含めて2本だけだった。それより少し前、国内線はもうブランクになっていた。何でもかんでも多けりゃあいいというものではない。飛行場は環境汚染や騒音問題だって考える必要がある。たしかにそうなのだが、それにしてもあまりに大きな落差にやっぱり驚いてしまう。しかも、わが国では、環境や騒音の問題はどこ吹く風で、あっちにもこっちにも空港ができている。しかし、どこもここも中途半端になっているような気がしてならない。
アテネのホテルでインターネットが使えましたので、いつもどおり更新します。
ドバイ
(06/07/15-1190)
from Athens 1
熊本から博多までJR、福岡空港から中部国際空港へ飛んだ。それからエミレーツ航空機に乗ってドバイに降りた。いま現地時間は午前4時35分、日本は9時35分だ。今回はアテネで開催される国際応用心理学会に参加する。ギリシャには日本からの直行便はない。すぐに思い浮かぶのはヨーロッパを経由する便だ。しかし、これとは別に、中東経由のルートもあるという。アテネ着の時間がいいということで、そのルートを選んで、ドバイにやってきたのである。ドバイといえば、アラブ首長国連邦≠ニいう国名が頭に浮かぶ。われわれの世代にとって、この国の名前は鮮やかな記憶として残っている。パリ発アムステルダム経由羽田空港行きの日本航空機がハイジャックされたのは1973年7月である。ちょうど母が手術をして入院していた時期と重なる。その年は、秋口にオイルショックが襲ってきて、日本中が大騒ぎになった。そんな中で、母は10月に亡くなってしまう。わたしにとって忘れることのできない年である。ハイジャックの犯人は日本人とPFLPのメンバーだった。この日航機が降りたのがドバイなのである。その後、リビアのベンガジ国際空港で、乗員乗客を解放してから機体が爆破される。じつに衝撃的な事件である。ドバイからの中継映像がいまも思い出される。航空機会社の名前である emirate はアラビア首長の国≠ニいう意味があることをはじめて知った。もとの emir がアラビアの君主∞モハメッドの子孫の尊称≠ニいう意味があるらしい。そして、United Arab Emirates 、UAE がアラブ首長国連邦≠ニいうことになる。その名のとおり、7つの首長国から構成されている。ドバイはそのひとつである。ターバンのおじさんを見ると中東にいるという実感が湧く。
お知らせ : 今日から学会でギリシャへ行ってきます。本コラムは21日まで更新できません。
現地でも書き続けますが、アップは22日夜になります。しばらくお待ちください。
トップの危うさ
(06/07/14-1189)
日銀総裁の利殖が問題になった。話題の村上ファンドにも投資して、かなりの利益を得ていたという。当然のように大きな話題になり、世論調査では辞任するべきだ≠ニいう声が大きい。その一方で、玄人筋からは総裁を擁護する意見の方が多い。そもそも、今回の件は法律的には何の問題もない。それに、総裁自身が有能な人物で、いまこの人を失うと大きな損失だという。それほどの人なのである。素人の一般大衆のひがみに似た意見に流されていては、大局的には道を誤るというわけだ。なるほどそうなんだろう。しかし、それでも庶民はやっぱりひっかかってしまう。それほどの人なら、素人なんぞから文句を言われないように行動して欲しいと思う。そもそも、法律的には問題ない≠ニいう言い回しには、いつも胡散臭さが漂う。それは、法律にさえ違反しなければ何をしてもいい≠ニいう表現と裏腹だからだ。そうなると、ホリエモンや村上氏の発想とまったく変わらない。しかも、こうした心理は、法律に違反しても、見つからなきゃあいい≠ニいうところまで走ってしまうから恐い。そもそも、法律なんてない方がいいのである。何の規制がなくても、世の中の人がお互い楽しく安全に生きていければ、それがいいに決まってる。しかし、残念ながら、それができないから法律を作らざるを得なくなる。だから、法律がたくさんあるのは、それだけ困ったことをする人間が多いという証だとも言える。そんな中で、世の中のモデルになるべき人がチョンボするのは何としてもまずいのである。そういえば、あるスポーツの責任者が日本代表チームの次期監督候補名をぽろりと言ってしまった。史上最悪の失言≠フようだが、このごろはトップの危うさが気になりますねえ。
数日間にわたってアクセスができませんでした。この間、せっかくご訪問いただいた皆さまに、お詫び申し上げます。こればかりは、個人的な対応ができません。
ただし、味な話の素≠セけでもとおっしゃる方は、
http://www.k2.dion.ne.jp/~ymichio/hanasinomoto06
○
.htm
の
○
にその月の数値を入れていただければ、よほどのことがない限り、読むことができます。
たとえば、7月の場合は
hanasinomoto06
7
.htm
です。
2006年7月
ですから、
067
というわけです。バックナンバーの一部もこの要領で読めます。なお、10月以降は、x、y、z にします。
自宅から早朝に更新できるよう、この部分だけ別のサーバーを使用しています。ただし、これを使われると、アクセスカウンタ≠ェ伸びません! あくまで一時的な味な話の素<}ニア向けの裏技です。通常はホームページの表紙からお入りください。
集団のできあがり
(06/07/13-1188)
おばあちゃんからバス停の時刻表を見てくれと声をかけられたお兄ちゃんは反応する。なんだ、このばあさん。うるせえな=B一時的にそう思うのだが、何せ相手は年寄りである。そこで、日ごろは短気お兄ちゃんも、少しばかり優しい気持ちになる。そこで、熊本駅へ行くんだって≠ネんて感じで反応するのである。そして、バス停の時刻表に近づいて、おばあちゃんのために時間を調べはじめる。この瞬間にカメラのシャッターを押すと、そこにおばあちゃんとお兄ちゃんの2人の人物が写ることになる。めでたし、めでたし。もうこの2人は間違いなく「集団」になったということができる。それは、お互いが関わりを持ったからである。おばあちゃんとお兄ちゃんは、熊本駅行きのバスの時刻≠知るという共通の目的を持ったわけだ。このとき、お兄ちゃんがおばあちゃんを助けるという関係ができあがったのである。そこにはお互いが働きかけ合うという状況が生まれている。こうした働きかけを「相互作用」と呼ぶ。人が2人以上「いる」だけでは「集団」ということはできない。そこに「相互作用」が加わって、はじめて「集団」が成立するのである。大都市は人で溢れている。休みの日に繁華街を歩いていると、つい人にぶつかりそうになる。そんなにワンサと人がいるのに、誰ひとりとして知った者はいない。さっさと歩きたい気持ちから言うと、前から来る人間たちはまるで障害物のように見える。そんな状況の中では、自分が関わる「集団」はひとつもないのである。こんなにたくさん人がいるのに、自分のことをわかってくれる人間はただの一人もいない=Bこころに悩みを抱えている者には、人が多ければ多いほど、自分が孤独≠ナあることを実感する。
集団づくり
(06/07/12-1187)
バス停の両サイドに立っている、恐そうなお兄ちゃんとおばあちゃん。これをデジカメで撮れば2人の人間が写る。それを見れば、人が2人∴ネ上いれば集団という条件は満たしている。しかし、それでこの2人も集団≠セと言えるのか。どう考えても、これで集団というわけにはいかない感じがする。その通り、この2人には何かが欠けているのである。そこで、あなたに課題を差し上げることにしよう。まずは演出家になった気分なっていただこう。あなたの課題は、この2人を集団≠ノするためのストーリーを作ることである。さて、あなたならどんな物語を頭に浮かべられるだろうか。これは私の演出である。バス停にやってきたおばあちゃんは時刻表をのぞき込む。夏休みで帰省してくる孫を迎えに熊本駅まで行きたい。これがおばあちゃんの目的である。ところが、おばあちゃんはここで深刻な問題に直面する。なんと家を出かけるときに、うっかり眼鏡を忘れて来たのである。そのために、いくら大きく目を見開いて時刻表を見ても文字がぼけて、肝心の情報が得られない。少しばかり腰も曲がってきたので、時刻表そのものの位置も悪い。おばあちゃんは困ってしまうのだが、すぐに人がいることに気づく。あの恐ーいお兄ちゃんである。眼鏡を通して見れば、とても声をかける気にならなタイプの人間である。しかし、このときのおばあちゃんには、彼の細かい様子などわからない。そこで、おばあちゃんはお兄ちゃんに大声で呼びかける。ちょっと、あんた。私しゃバスで熊本駅に行きたかとよ。ばってんが、目がよう見えんけん、バスがいつくるか分からんたい。あんた、ちょっと見てくれんかい=B急に声をかけられたお兄ちゃんは、なんとも胡散臭そうな顔をする。
バス停の2人
(06/07/11-1186)
私が専攻するグループ・ダイナミックスは、日本語では「集団力学」という。Dynamics≠フ訳が力学≠ネのである。集団力学に出会うまで、そのことは知らなかった。ともあれ、グループ・ダイナミックスは、文字通り「集団」が最も大事な研究対象である。それでは、どんなものを「集団」と考えるのか。もちろん「集」という文字が示すように、人が集まったものであることはいうまでもない。それでは何人いたら「集団」だと呼べるのだろうか。人が「集まる」というのだから、10人以上か、いやいや5人でもいいのか…。先に結論を言うと、人数的には2人以上いれば「集団」である。それでは、次のような場面をイメージしていただこう。どこかの街のバス停である。そこに一人のお兄さんが立っている。かなりの大柄である。色眼鏡をかけて、タバコを吸っている。見るからに恐そうな感じがする。そんなお兄さんがバス停に立っている可能性は低いが、とりあえず、そんな光景を思い浮かべていただきたい。ほんの少しして、そのバス停に、おばあちゃんがやってくる。すぐにバス停の時刻表を見始めたところから、バスに乗ろうとしているのはすぐにわかる。そこまではよかったのだが、このおばあちゃん、いかにも目が遠そうなのである。どこに行きたいのか知らないが、とにかく時刻表の文字が読みづらいようだ。困った表情が見て取れる。さて、そのおばあちゃんが難儀していることは置いといて、この時点でデジカメでカチャリとやってみよう。すると、そこにはバス停を挟んで2人の人が写ることになる。恐そうなお兄さんと、おばあちゃんである。さて、この2人を「集団」だと言っていいのだろうか。人数的には、間違いなく「集団」としての条件を満たしている。
小さな違いと大きな差
(06/07/10-1185)
大分行きのバス物語はとりあえず終わった。霧のため遅れるバスの指定席券を買った乗客に、それよりも早く発車するバスがあることをどうして伝えなかったのか。それを言わなかったからといって、職務上の問題があるわけではない。もともと客が指定したチケットである。バスが遅れるという情報もきちんと言っているのである。しかし、私としては、そこで言いたいことが出てくるわけだ。最低限しなければならないことに、ほんのちょっとだけプラスαする。この、ささやかなプラスが大事なのである。小さな違いが、大きな差を生み出す≠フだ。これは、チケット売り場の窓口に限らない。いわゆるサービス業だけの問題でもない。いわゆるリーダーシップや対人関係の世界においても、こうした小さな違いが重要な影響を及ぼすのである。しかも、こうしたちょっとした違い≠フあるサービスをしているかどうかについて、その上司たちにはなかなかわからない。すべての行為を後ろから監督することなんてできないからである。だから、それは部下たち個々人の感性に任せるしかない。まあ、リーダーとしては、そう言いたくもなる。しかし、それでは、もう手の打ちようがない。私としては、そうした感性を育て、きめの細かいサービスを実現することも、リーダーシップの発揮の仕方で可能になると考えたい。こんなときはどうしたらいいか∞あんな場合はいい対応法はあるのか=Bそんな話題が、職場の会議で出されるかどうか。そこで職場に差≠ェつくのである。はっきりトラブルとわかる問題が起きたときは、どんなところでも議論せざるを得なくなる。そうでないときに、これは問題かなあ≠ニ気づく感受性を育てること。それもリーダーシップなのである。
小さな差、大きな違い
(06/07/09-1184)
さて、昨日までの話で、私が無事に大分に着いたことはお分かりいただいたことと思う。ところで、今月2日からここまでお読みになった方は、この物語にどんな感想をお持ちだろうか。いつものことながら、私としては何かを言いたいわけである。もちろん、予約していたものとは違う便に乗せてくれた運転手さんには感謝している。私が小言の対象にしたいのは、チケットを売ってくれた窓口の女性である。あの日、10時40分のバスに乗るためチケット売り場に行ったのが10時10分ころだ。そして、指定券を手渡されるとき、高速道路が霧で一部が通行止めになっているのため迂回することを知らされた。結果として、到着が30分ほど遅くなるというのである。それに対して、私はうーん≠ニうなった。それは一瞬だったとは思う。しかし、とにかく目の前で客が考え込んだのである。その際に、どうして一言が出なかったのだろうか。お客様、ご予約便の20分前にも同じスーパーノンストップがございますが…=Bこれだけで十分なのである。相手が何を求めているのか。それが分からなければサービスとは言えない。私が10時40分のバスに乗ることにこだわっていないことは一目瞭然なのである。目の前で、遅れると聞いて困った顔をしたのだから。ひょっとしたら、20分のバスを勧めて、それが満杯だったら困ると思ったのかもしれない。もしそうだとすれば、満席の場合はお乗りできませんが≠ュらいの予防線を張っておけばいい。いやいや、それはあり得ない。当該のバスに席があるかないかは目の前の端末で分かったはずである。ほんの小さな差が大きな違いとなって現れる。これはサービスだけではなく、対人関係にもあてはまることだと思う。これって、言いがかりでしょうかね。
無事の到着
(06/07/08-1183)
ともあれ、予約していた10時40分の大分行きスーパーノンストップ≠謔閧20分早い便に乗られることになった。霧のため高速道路の一部が通行止めになり、30分は遅れるというのだから、早めに出発するバスが利用できるのは大きい。自分は運がいいと確信した。そう思うと、急に嬉しくなって、運転手氏に軽く話しかけた。こちらの方が早く着きますよね…=Bまあ、われながら何という愚問だろう。じつにつまらぬことを聞いたものだ。これに対して運転手さんは直ちに答えてくれた。20分早く出ますもんね=Bまあ、これ以上に親切な回答を期待するのは無理というものである。そして、バスは無事に出発することになった。それはいいとして、迂回路経由のために遅れることが分かっているせいか、運転手氏はバスを飛ばしに飛ばしまくった。その日はかなりの雨が降っていた。しかし、そんな障害には負けずとばかり走るのであった。もう、車体が浮かんばかりの超高速運転である。さすが空飛ぶスーパーマン≠ナはないが、まさにスーパーノンストップ≠フ面目躍如というところだった。しかし、客が不安を感じるような運転はどうかと思うなあ。ともあれ、バスはいよいよ湯布院あたりにやってきた。高速道路が通行止めになっているところである。しかし、バスは高速から出ていかなかった。そうなのだ。幸いと言うべきか、それともわれわれの行いがよかったためか、すでに高速道路の通行止めが解除されていたのである。そんなわけで、その後もバスは高速を走り続けることになった。おかげでバスは、予定よりもかなり早く大分に着いたと思う。到着時刻を確かめずに乗ったバスだから、正確なところは分からない。しかし、とにかくめでたしめでたしで終幕を迎えた。
ちょっと待ってください
(06/07/07-1182)
このバスに乗れますか≠ニ聞いた私に運転手氏はちょっと待ってください≠ニ制止した。しかし、一呼吸おいて空いてるからいいですよ≠ニいう回答が返ってきた。そりゃあそうだろう。もう乗る人がいないことは、誰の目にも明らかだった。それは、周囲の状況を見れば、最初から分かっていた。それでも運転手さんはちょっと待ってください≠ニ言ったのである。しかも、その後すぐにいいですよ≠ニ答えるところがおかしかった。ちょっとも待ってないじゃんか=Bそう思ったからである。それにしても、ちょっと待ってください≠ヘ、あちこちで聞いている。日本看護協会が編集した全日本看護師常用語集≠ノよると、看護師が日常的に使っている言い回しのトップは、ちょと待ってください≠ネんだそうな。患者から何かを言われると、もう反射的にちょっと待ってください≠ニなるのである。実際に看護師さんたちを観察していると、その後すぐに対応していることもけっこう多い。いつも忙しい仕事をしているから、ちょっと待ってください≠頻発する。すぐに患者の要望に応えることができない。そんな状況なのである。その結果、いつの間にか、ちょっと待ってください≠ェ看護師たちの口癖になってしまったのだ…。とまあ、調子よく書いているが、本当に全日本看護師常用語集≠ネんてものがあるとお思いですか。いやー、すんません。そのようなものはございません。またまた私の勝手な創作なのでーす。しかし、看護師さんたちが何かというとちょと待って≠ニ回答する傾向があるのは、ご自身たちも認めている。それだけ、患者とのコミュニケーションも多く、時々刻々と対応を迫られる。そんな厳しい仕事をされているということだ。
早く来たスーパーノンストップ
(06/07/06-1181)
大分行きスーパーノンストップ≠フ発車まであと20分だ。しかし、霧のため高速道路が一部通行止めになっており、到着が30分ほど遅れるという。そうなると、昼食はバスの中でとった方がいいだろう。そんな思いで売店に行こうとしてそのときである。再び目の前にバスが滑り込んできた。これまた大分行きである。しかも、案内板を見て驚いた。なんと、スーパーノンストップ≠ニ書いてある。先ほどは各停だったが、今度はスーパーノンストップ≠ネのだ。あわてて時計を確認した。10時20分である。私が持っている40分発のバスにしてはあまりにも早過ぎる。ほとんど反射的に表示板を見ると10時20分発になっている。その瞬間、私はこれだ≠ニ思った。すぐに窓口に走って行ってチケットを変更してもらうことを考えた。しかし、それはやめた方がいい。もう時刻は発車とされている10時20分になっている。そんなことしている余裕などありゃしない。そこでバスの乗り口に立っている運転手さんに声をかけた。10時40分のチケットを持ってるんですけど、これに乗れますか=Bそのとき、私としては必ず乗れると確信していた。バスに乗り込んだ客は10人に満たなかったからである。それでも、私から問いかけられた運転手さんは言った。ちょっと待ってください=Bじつにきちんとした対応である。なにせ、別のバスに乗るチケットを持った客である。まずは、このバスを予約している客を優先しなければならない。それで満席にならないことが確認できれば、急に乗りたいと言い出した客も乗せることにしよう。そんな気持ちが伝わってきた。まあ、いかにも律儀な対応である。しかし、近くにも遠くにもこのバスに乗ろうという雰囲気の人はまったく目に入らなかった。
経験に基づく意思決定
(06/07/05-1180)
熊本から福岡へ行くノンストップ<oスの場合、スーパーノンストップ≠謔閧烽ウらにもう2つの停留所に止まる。植木インター≠ニ筑紫野≠ナある。この植木インター≠ェかなりの曲者である。このバス停は、料金所から出たところにあるため、高速から外れることになる。スーパーノンストップ≠ヘ時速100kmで突っ走り続けるのに対して、料金所を経由してバス停に止まり、さらに料金所を通って本線に戻ることで生じる差は大きいようだ。ともあれ、先に来たノンストップ≠ノ乗った私だったが、無事に福岡のバスセンターに到着した。やや暗めの停車場に着いたときだった。運転手が車内に向かって放送したのである。あー、スーパーノンストップが発車しています。このバスの後に出た便ですが、あちらの方が早かったですね…=Bこの親切≠ォわまりない情報提供には参ってしまった。それを聞いた途端に、そんな余計なこと、言うなーっ≠ニ叫びたくなった。なにせ、こちらの方が早く乗ったのに、後から発車したバスに追い越されたのである。気分がよくないに決まってる。この運転手さん、どんな気持ちで、あんな説明をしたのだろうか。もちろん、今でも理解不能である。ともあれ、そんな苦い経験があるために、大分便の場合も、目の前にやってきた各停には乗らなかったのである。たとえ25分早く出発しても、その差はあっという間に解消されてしてしまうに違いない。そう確信したのである。それに、このバスの方が大分に先に着くのなら、そのくらいのアナウンスはするはずだ。そんな思いもあって、私としては理性的で合理的な判断をしたつもりだった。そこで、さて、まだ20分ほどもある。弁当とお茶でも買うか≠ニ、売店の方へ足を向けた。
ノンストップ便
(06/07/04-1179)
私は、目の前に来た大分行きの各停には乗らないことにした。なんと言っても、私の便はスーパーノンストップ≠ナある。その名の通り、スーパーマンのように飛んで行くに違いない。たしかに、各停の方は25分も前に出発する。しかし、それでもスーパーノンストップ≠ノは敵わないはずだ。私はそう確信していた。そう思うには、それなりの理由があった。私の苦い経験が甦ったのだ…。熊本と福岡の間にはひのくに号≠ニ呼ばれるバスが走っている。これがすさまじい本数で、1日100往復もある。その中の一部は空港までいく便で、福岡市の中心街には行かないようだ。しかし、それにしてもすごい便数なのである。そんなわけで時間帯によっては10分間隔で発車している。ある日のことである。ひのくに号≠ノ乗ってみようとバス停に出かけた。スーパーノンストップ≠ニいう、いかにも速そうな便があったので、その発車時刻に合わせたつもりだった。ところが、バス停に着くなり、すぐにノンストップ≠ェやってきた。私自身が自宅を少し早めに出たことと、バスがやや遅れていたという条件が重なったのである。もともとは、スーパーノンストップ≠フつもりだったが、こちらだってノンストップ≠ナある。時刻表の上では、こちらの方が10分早く出る。そのとき、私はほとんど反射的に、目の前のノンストップ≠ノ乗った。細かいことを言うと、スーパーノンストップ≠ヘ熊本市内からやや早めに高速道路に入る。それからは2つのバス停に止まって、その後はそのまま福岡市の天神まで走っていく。これに対してノンストップ≠ヘ高速に入る前に熊本市内を走る距離が少しばかり長い。それから、スーパーノンストップとおなじ2つのバス停に止まる。
バスで行こう
(06/07/03-1178)
高速道路の一部が霧のために閉鎖されている。そのため、大分着は30分ほど遅れる=Bその情報が伝えられたのは、チケットがカウンターに出てきてからである。一瞬、その前に言ってくれりゃあいいのに≠ニも思ったが、まあそれはいいとしよう。キャンセルはできるのだから。しかし、細かいことを言えば、やっぱり順番は逆だろうなと思う。それはともあれ、30分遅れを告げられた私は、うーん、どうしようか≠ニいう顔をしてちょっと考える。その日は、スケジュール的には、少しは時間的な余裕があった。それでも30分はけっこう大きい。着いてからがバタバタになるだろう。昼食だって危うくなる。そうかといって、いまさらJRに切り替えるわけにもいかない。天神から博多駅に移動するだけで20分以上は必要だ。そもそも都合のいい特急があるかどうかすら分からない…。こんなことを考えたのだが、私の主観では30秒、実際には10秒もかかっていないだろう。いずれにしても、最終的にはバスで行くことに決めた。カウンターのチケットは私のものになったのである。それから、訪問先のご担当者に電話を入れて、到着が30分ほど遅れることを伝えた。その日はバス停までお迎えに来ていただくことになっていたのである。こうして、必要な連絡も終わり、まずは一件落着した。そこで、大分行きの乗り口へ歩いていった。そのときである。目の前に大分行きのバスが入ってきた。すぐに電光表示板を見ると各駅停車だと書いてある。発車時刻は10時15分だ。私が乗る予定のバスは40分発だから、こちらの方が20分以上も早く出発する。頭の中でどうしようか≠ニ考えた。しかし、これには乗らない方がいいだろう≠ニいう結論に達した。何と言っても各停なのである。
霧の高速道路
(06/07/02-1177)
福岡から大分に行ったときのお話。大分方面にはJRとバスの二つの選択肢がある。JRだと鹿児島線を北に回って走り、北九州を迂回する。もうひとつ、南下して久留米から大分へ行くコースもある。久大線というが、こちらは本数が少なく、電化されていないのでスピードも遅い。一方のバスは都市高速から九州自動車道に入る。そして鳥栖で大分自動車道に乗り換え、日田を通って九州を横断する。このため、JRとバスはかなりいい勝負をしているのではないか。福岡の中心地である天神から乗車する利便性を考慮するとバスの方が大分に早く着くかもしれない。それに、運賃もバスの方が安いと思われる。とくに片道だけ利用する場合は違いが大きいはずだ。そんなことも考えながら、ネットを使って数日前にバスの予約をした。天神のバスセンターを10時40分に発車する便である。予約情報をプリントアウトすると、チケットは発車の15分前までに購入してくれという。その後は自動的にキャンセルされるらしい。ホテルのチェックアウトが10時だったから、ちょうどいい時間になるまで仕事をして、やおら出かけた。ボチボチ歩いて、10時10分より少しばかり前にバスセンターに着いた。そのままチケット売り場に直行して、窓口の女性に予約していることを告げた。担当者から問われるままに電話番号を伝えると、チケットが発券された。01番のAである。どうやら私がこの便で一番の予約者らしい。まあ、そこまでは上首尾だったのだが、係の女性が情報を付け加えた。今日は朝から湯布院方面で霧が発生して、高速道路が通行止めになっています。一般道路に迂回しますので30分ほど遅れます…=Bそれまで、1回程度しか利用したことのない路線である。霧の発生なんて計算していなかった。私は、ほんの少しばかり、困ったなあ。どうしようか≠ニ考えた。
危うい相談相手
(06/07/01-1176)
そもそも、相談できる$lを持っているということ自身が大事なことなのだ。もちろん、自分で蒔いた種は自分で刈るべきだろう。人に頼らず自分で始末をつける方が格好だていい。だから、それができるのなら、自分1人で解決すればいい。しかし、世の中は、なかなか思い通りにはいかない。ああでもない、こうでもないと悩んでいるうちに、にっちもさっちも行かなくなる。そして、その挙げ句の果てに信じられない事件を起こしてしまう。こんな不幸な例が何と多いことだろう。そんなとき、直言してくれる相談者≠ェいてくれたらと思うのである。もっとも、この相談者≠ニいうのも注意は必要だ。相談の結果、金を借りた相手を抹殺してしまおう≠ネんて結論に至るようなこともある。集団になると、ついつい無謀な行動に走ってしまうこともある。ひとりでは考えもつかないような残虐非道なことでも、平気で行えるのである。まずは集団だからということで、責任が分散する。自分だけじゃない≠ニいう気持ちが先行する。私が言い出したのではない≠ニいった理由づけも頭に浮かぶ。しかも、集団の状況によっては、異を唱える≠ニ自分の身に危険が及ぶ可能性もある。少なくも、個々人が危険だ≠ニ認知する。とくに、集団の中に過激なリーダーがいる場合は、その恐怖感が人々の同調行動を引き起こす。みんなとおなじことをしないと、自分がやられる≠フである。また、すでに手を出した者たちは、当然のことながら、自分たちだけで責任を負いたくないと考える。そこで、何もしていない人間に、おなじことをさせようと圧力を加える。こうして、こんなことは、やめた方がいいのではないか≠ニいう発言や、それを阻止する行動は抑えられていく。