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味な話の素
No.26 2005年06月号(780-809)
    
         

父を越えた(05/06/30-809)
 わが家の仏壇に父と母が一緒に写った写真がある。1973年、昭和48年の5月に撮影したものだ。父や母から見た姪、私にとっては従姉の結婚式のときに撮ったことを記憶している。それから5ヶ月ほど経過した10月29日に、母はこの世を去ることになる。2人はそんなことなど想いもよらない表情で並んでいる。当然のことである。父を見ると、けっこう白髪が見える。それでも職場などでは、「若く見える」と言われていたようだった。その父は、1917年の生まれである。大正6年の2月だ。すると、1973年の5月だと56歳と3ヶ月あまりになる。何のことはない、気がつくとその写真の父よりも私の方が年を取ってしまっているのである。改めて鏡を見ると、その写真よりは私の方が白髪は少ない。人が見るとどうか分からないが、私の方が若く見えるような気がする。まあ、そんなことはどうでもいいか。それより、父が母を亡くした年齢を考えると、この6月の私と同じ時期に当たるのである。その当時、私は25歳、妹が21歳で、ともに成人していた。子どもたちも大きくなって、もう少しで定年を迎える。そのうち、家だって建てたい。母はそんな話もしていた。とにもかくにも、老後は2人で楽しく…。その夢はあっという間に奪われてしまうのである。その後、父は1人で75歳まで生きていった。それまで、母のことを想う気持ちはいつまでも変わらなかった。それは日常の会話では、はっきりしなかった。しかし、父が最後まで書き続けた日記には、母への気持ちが刻まれていた。私の場合も、子どもたちは大人になった。そして、家内は元気でいる。この年で突然に配偶者を失った父の心情は想像もつかない。おやじさん、僕はあなたを越えましたよ…。
長ーい目(05/06/29-808)
 人間は先のことが見えない。だから夢も描けるし、冒険もできる。その反面、「今」のことしか考えることができないという弱点もある。ところで、脇道にそれるが、この「反面」もおもしろい。新聞などでは「半面」の方が圧倒的に多く使われている感じがする。一方は、「裏と表」の関係。かなり「対立的」である。それに対して、どちらも半々と考えると、「半面」という表現になる。この方が「正反対」という強い感じがなくなる。私などは、「反面」の方がすっきりしていると思うし、実際に多用している…。さて、閑話休題。どんどんできるショッピングセンターは、端から見てる分にはおもしろい。私自身は行かないが、八代くらいなら物見遊山で出かける人もいるだろう。しかし、その一方で、従来の街はドンドン寂れていく。昔の田んぼの中にドーンとすごい街が生まれるのである。それに文句を言う筋合いではないが、その結果として地域共同体的なコミュニケーションの場や機会は失われていく。そうした中で、高齢者などは、いの一番に取り残されることになる。人と人との関わりが薄くなることで、子どもの教育環境も劣化する。子どもたちを暖かく「見守って」いた目が「監視カメラ」に変わっている。そして、従来なら防げたかもしれない犯罪も起きることになる。本来は、政治家が国の将来設計のリーダーシップを取るべきなのだと思う。しかし、それにしては、あまりにも頼りない。われわれ1人ひとりに、実際に社会を動かす大きな力はない。しかし、だからといって、みんなが「今さえよければいい。あとはどうにかなる」という発想でいてはまずいじゃないか。少しは長期的にものを見る目が必要なのである。
バブルの再来(05/06/28-807)
 
八代市は人口10万5千、熊本県で第2位の市である。そこに大型ショッピングセンターがオープンした。店舗面積は28、100平方メートルだそうな。素人には数字だけでは、どのくらいの規模のものか分からない。しかし、とにかく大きいんだろう。この八代市には、昨年の11月にも大きなショッピングセンターができたばかりらしい。こちらは27、700平方メートルである。前者は、直営のスーパーと専門店など90店、後者は75店が入っているという。このほかにも、熊本市近郊で、かなりの規模のものが建設中である。その上、さらにもう1店、「九州最大規模」と銘打ったショッピングセンターの計画が発表されたばかりだ。八代の場合は、人吉や水俣市も商圏として考えられているようだが、それでも人口は20万だという。さらに、熊本と八代の間にも既存の大型施設がある。ここなんかは、かなり厳しくなるだろう。経済はずぶの素人だけれど、このごろの報道を見聞きすると、まるで「バブルの再来」である。新聞だって、「大型SC」とイニシャルを使う時代だ。だれもが、「これでいいのだろうか」とは思う。しかし、他がどんどんやっている。だから、こちらだって手を拱いているわけにはいかない。少々の無理をしてもやるしかない…。これが、「バブルの心理」だった。たしかに、1カ所にいろいろな店があるのは便利ですばらしい。楽しいし、おもしろい。しかし、その一方で、古くからあった商店街のお店はシャッターを閉めていく。長崎県の諫早市に行ったときのこと。土曜日の夕刻だというのに多くのお店がシャッターを閉めている一画があった。日本国中でこんな風景が増えているのではないか。われわれ1人ひとりがもっと長い目で経済を考える必要があると思う。 
不純な動機(05/06/27-806)
 
全日空のCM撮影で女性客室乗務員の制服など12人分ほどが紛失したという。今月初めのニュースだったが、あれから制服は返ってきたのだろうか。正確にはジャケットやスカート、それにスカーフなどらしいが、一部は匿名で返送されてきたようだ。テレビや新聞で報道されて騒ぎになった。警視庁にも盗難の疑いで被害届を出すという。そんなことになって、匿名にせざるを得なくなったのかもしれない。しかし、それにしても、お粗末ではある。まずは、撮影をした会社の対応がかなりひどい。終了後に受け取り確認をしなかったというのである。そんなことは常識だろう。ここでもまた、「当たり前のことが、当たり前になされていない」のである。それに、エキストラは住所も氏名もなしで雇用していたのだろうか。あるいは、ほとんどが偽名だったというのか。このあたりがはっきりしていれば、フォローもできるだろうに。これまた、個人情報保護法に関係があるのかなあ。乗務員の制服の場合は、単なる紛失では済まない。それは、そのまま飛行機の安全に直結する。全日空では「制服だけでは空港の制限区域内には立ち入れない」としているが、本当に大丈夫なのか。IDカードだって偽造しようと思えばできないことはない。外向けのコメントかもしれないが、ちと甘いのではないか。しかも、「持って行った」動機が問題だ。「かわいい」「すてき」なんて理由なら、問題ではあるが気持ちまでは分かる。しかし、これがインターネットのオークションに出されるのではないかという話を聞いたときには唖然とした。何とも動機が不純なのである。何のことはない、これなら銭もうけ目的の窃盗ではないか。いやー、やっぱし世の中、おかしすぎる。
New York Times の日中関係(05/06/26-805)
 
さて、New York Times が見た「日中関係」の続き。「この25年以上にわたって、日本は中国に300億ドル近くの援助を行ってきた。その事実は中国ではほとんど報道されていない」。ここで取り上げている記事は2月のものだが、その後に起きた反日運動の報道の際にも、この点は伝えられていた。中国には、日本の援助について十分に知らない人がいるようだ。そして、わが国の国会でも援助の必要性を疑問視する声もある。記事は続く。「小泉首相になってから、援助額は半減し、その終了も考えられている。『もうそろそろ卒業の時期だ』というのである」。中国自身も、その点は認識している感じだ。「とくに軍事面における日本の新しい姿勢の背景には、小泉氏やその後継者と目されている安部晋三氏のような戦後世代の政治家の登場がある」。小泉氏と並んで安部氏が後継者としてご指名である。少なくともアメリカにはそう見えているのである。もっとも、記事を書いたのは東京の特派員だろうから、情報のもとは日本国内で得たものだと思われる。しかし、それらがアメリカ人の意見や判断にも影響を及ぼしていくに違いない。「彼らは近隣諸国との関係が、大戦の結果に縛られてはならないと考えている。そして、中国のあり方にも問題を感じている」。小泉氏や安部氏を「波風を立てない政策」変更の代表者として取り上げているのである。そして、「1989年の天安門事件の取り締まりとその後の流れから、多くの日本人は中国が政策の重点を、共産主義から強固な反日ナショナリズムに転換したと考えるようになった。中国の10代や若者世代は、その親や祖父母たちよりも、きわめて反日的なのである」。これが New York Times の視点である。
トラブル報道のミス(05/06/25-804)
 
ときおり、ミスやトラブルの報道そのものがミスをする。今月18日のフジテレビ系で、その週のニュースをフラッシュしていた。その中で、前日にANA機の操縦席で煙が出たため、高知行きの便が引き返した場面が映った。朝の8時ころである。その画面の右上に「羽田空港」と出ていた。私は即座に「うん?」と思った。あれって、大阪空港発高松行きではなかったか。つまり画像は「羽田空港」ではなく「大阪空港」なのである。こんなところはだれがチェックしているのだろうか。一瞬で消えてしまうものだからと言ってどうでもいいものではない。報道にとって、事実を押さえるのは基本の基本であるはずだ。そもそも、確認していれば間違いようのない単純なエラーである。そういえば、12日だったか、NHKの1週間の出来事をまとめた番組を見ていた。そこで、全日空のCM撮影後、エキストラに着せた制服が紛失したというニュースを取り上げていた。正確な数値は記憶していないが、初めて聞く者には100着以上の制服が行方不明になったような伝え方だった。私は「そりゃあひどい」と思ったが、同時に「えーっ、そんなだったか」と首を傾げた。そこでネットで確認してみると、紛失したのは12人分だとのこと。これなどは、間違ってはいないのだろうが、誤解を招く事例である。少なくとも、私は事実と違った印象を受けた。ここまで書くと、また思い出すことがある。もう数年前になるが、JR九州で特急が所定の駅に停車しないトラブルが続いたことがある。その中に、鹿児島線の「羽犬塚駅」を通過してしまった事例があった。そのとき、ある新聞は駅名を「灰犬塚」と表記していた。単純なワープロ変換ミスに違いない。ミスの報道がミスっているのである。笑いごとじゃあないなあ。
日本の転換(05/06/24-803)
 
石原慎太郎氏の言動を引き合いに出しながら、日中関係に関して New York Times は続ける。「これは、これまで日本が取ってきた波風を立てない政策 make-no-waves foreign polocy≠フ大転換である。日本の経済にとって、中国は大きな利害関係を持つ国になった。いまや中国は、アメリカを抜いて日本にとって最大の貿易相手国である」。戦後一貫して緊密な経済関係を保ってきた日米関係だが、少なくとも金額ベースでは日中貿易のウエイトが大きくなったのである。アメリカにとっても、事情は似たようなものだろう。こうした中で、「しかし、中国の平和的な勃興≠ヘ日本の神経を刺激した。そして、アメリカとの確固とした同盟を強化する動きが生まれた。それがイラク派遣である」。アメリカの目で見ると、イラク派遣も中国勃興への対抗策のひとつと見えているわけだ。そして、「日本と中国には互いに牽制しはじめた。日本はヨーロッパやロシアに対して、中国へ最新兵器の輸出をしないように働きかける。中国は日本の国連常理事国入りに反対する。また台湾との関係にいらだちを隠さない。日本は月に人間を送る計画を持っている国に援助などするのかと考える」。いずれも事実を押さえている。さらに、記事は続く。「長い間、日本は中国との摩擦については波風を立てないようにしてきた。しかし、その忍耐にも限界が来たようだ。昨年の11月には、日本の駆逐艦が潜水艦を日本最南端で追跡し、それを中国籍のものと確認した。中国の反対にもかかわらず、日本は台湾の李登輝前総統を迎え入れたし、4月にはダライラマが来日することになっている」。たしかに、ダライラマ氏は熊本にやってきた。
 
アメリカの目(05/06/23-802)
 
ときおり New York Times の記事を取り上げていたが、このごろはご無沙汰である。ふと、「味な話の素メモ」を見たら、随分前に書いたものが目に入った。次から次へといろんなことが起きるから、メモを書いたことすら忘れてしまうのである。しかし、少しばかり古いだけに、その後の状況などを考えると、かえって興味深いメッセージを含んでいることもある。それは2月6日付けの日曜版である。現物は処分してしまったので、原文は分からないが、「ドラゴンは貿易を、鷲は安全を…」という見出しである。中国は貿易に関心を持ち、日本は安全が気がかりというニュアンスだったのだろう。ともあれ、かなりのスペースを割いて、わが国と中国との関係を取り上げている。海外メディアが見た日中関係である。「石原慎太郎氏から見れば、日本はアメリカに弱腰すぎた。彼は、『Noといえる日本』の著者のひとりだ」。これが書き出しである。そして、「1990年代は、アメリカがどう思おうと中国とうまくやっていくことが大事だという発想があった」。「日中友好」に彩られた状況は、アメリカから見ると、そんな風に見えたのだろう。たしかに、「いまや外国から学ぶものはなくなった。これから世界をリードするのは日本だ」などと言って、やたら自信過剰で鼻息の荒い時期があった。「労働者の意欲が低いからアメリカ製品は駄目だ」なんて、傲慢としか言いようのない発想をしていた時代である。しかし、状況は変わった。記事は続く。「今日では横柄な中国に対してNo≠ニ言わねばならなくなっている。そのためには、アメリカとの協調が求められている」。そして、「東京都知事となった石原氏は、東京から1,100マイル南の沖ノ鳥島に発電施設をつくり漁船を送り込むと宣言した」。
A型人間(05/06/22-801)
 
毎日新聞のコラムで「競争的であったり、気短で功をあせるようなら、その可能性が高いです」といわれたタイプAとはどんなものか。「このタイプは自律神経の交感神経がいつも興奮しているので、心筋梗塞になりやすいと言われています」と解説が加えられる。とうとう「心筋梗塞」にまでやってきた。ああ、怖い。「交感神経が緊張しすぎているので、ゆっくり眠ることができないのです」だって。それで3時に起きても、すぐに仕事をしてしまうのか。自慢話などしている状況ではないのである。あまり寝なくても仕事ができるなんて喜んでいてはまずいようだ。そう言えば、たまの昼寝だって10分そこらで、せっかちそのもの。おまけに、目をつぶったかと思うとすぐに寝息を立てるんだそうな。これは家内や娘の証言だが、寝付きまで「慌て者」なのだ。さて、金子先生のアドバイスはどうなっているか。「もし、自分がこういうタイプだったら、健康を守るためにルールを作ってください」となる。「残業は週3回までとか、遅くても8時には退社するとか、週1日はメールを見ないとか」。うーん、われわれの仕事には残業の概念はないが、けっこう遅くまで大学にいるわな。それに帰っても、PCを前にして仕事を続ける。いわゆる「原稿」ものは、ほとんど自宅で書いている。それも、朝方4時過ぎからなんて感じだ。もう土日もあったもんじゃない。「好きなだけ仕事をしていると、病気になるまでブレーキをかけられないので、結局、仕事を続けられなくなってしまいますから」。当てはまりすぎる、あまりにも当てはまりすぎる…。まるで仕事依存症だ。本当に仕事を続けたければ、ここいらでアクションを取らねばならぬという、貴重なご忠告なのだった。さあどうする。「慌てて」考えなくっちゃあ…。
当てはまりすぎるお話(05/06/21-800)
 
「これを読んでみて」と家内が新聞を持ってきた。毎日新聞の「元気ひと粒」というコラムを指さしている。タイトルは「仕事を続けるためには」。筆者は日本IBMの産業医金子多香子氏。「時々『睡眠は4時間で大丈夫』と自慢される方がいます」。まあ、自慢までしているつもりはないが、朝が早いことをあちこちで話している。それって自慢なのか。「こういう方はお昼休みもパット済ませて仕事に戻ったりします」。たしかに昼飯に時間をかけているとは言えない。まあ、「パット済ませている」のかもね。たしかに、すぐ仕事に手をつけてる。少なくとも「ぼーんやり」はしていない。「気分転換やむだ話は時間がもったいないし、常に何かに追われるように仕事をしています」。そうなんです、気分転換に「別の仕事」をしようなんて考えてる。だから、並行して5冊も6冊も本を読んでるわけだ。「こういう方の問題は、体の疲れを感じることが苦手なことです」。さすがに50代の半ばにもなってくると、寝付く前に「疲れたーっ」と思うことはある。しかし、全体としては疲れを自覚していない。じつは、「疲れていない」のではなく、「疲れを感じていない」ということなんだ。何のことはない、単に鈍感というわけだ。それでどうなるの。「アラームが出ないので、突然大きな病気で倒れてしまったりします」。いやー、平気で恐ろしいことをおっしゃる。それじゃあ、気がついたときにはアウトということですね。「時間がない、負けたくない、休んでいる場合ではない、いつもこんな気持ちでいるようなら、タイプAという行動型かもしれません」。仕事柄、「負けたくない」といった競争的な環境には住んでいない。しかし、時間や休みについては、完璧に当てはまる。ますます恐ろしくなってきた…。
青田を買う(05/06/20-799)
 田んぼの稲が青いうちに刈ってしまうと、せっかくの苦労が実らないわけで、何の意味もない。
これに対して、これから育つ稲を見て、あらかじめ唾をつけるのが、「青田買い」である。「この田んぼは買ったあー」と宣言するのだ。収穫が良さそうな田んぼに目をつけて先物買いをするのである。だから、「青田買い」は、将来がプラスになることが予想ができるものに使われる。そんなわけで、評論家の Y 氏が「脳死」に関して「青田買い」を使わないのは当然だろう。「脳死」を人の「死」と認定するのは早すぎるという議論で使っているからである。しかし、「青田刈り」にしても、「死」との関わりで使うのはどうかなとは思う…。ここまで書いて電子辞書を引いてみた。インターネットの辞書も覗いた。その結果、いささか驚いてしまった。少なくとも、広辞林∞大辞林∞大辞泉≠ナは、両者が同じ≠ニされている。ことばの誤用が定着していることを容認しているようなのだ。それなら、両者の違いをムキになって主張しても仕方がないか…。いやいや、やっぱし「青田刈り」と「青田買い」は明らかに違う。冒頭に、青田を刈るのは意味がないと書いた。しかし、青田≠刈る≠フは、戦っている際に、相手の食料供給を絶つための戦法なのである。いわゆる兵糧攻めということだ。これと、将来性を見込んで、結果を見ないうちから先物買いをする青田買い≠ニは、大いに違うではないか。流行語を扱う事典ならいざ知らず、国語の辞書なんだから、少しは保守的であってもいいのではないかと思うんだけどなー…。
青田を刈る(05/06/19-798)
 評論家として活躍を続ける Y 氏の著書を読んだ。その中に脳死と臓器移植に関わる論文が含まれていた。筆者は、「脳死」を基準に人の死を法律的に決めてしまうことに反対する。そして、そうしたことが行われるなら、「それは死の青田刈りというべきだろう」と問題を提起している。その主張は措いといて、この「青田刈り」という表現が興味を引いた。街の中に住んでいると見なくなった光景がある。水田である。そろそろ田植えの時期で、しばらくすると緑の稲でいっぱいになる。本当は「緑の田」なのだが、「青田」と表現する。この「青」と「緑」の感覚は、信号機などでも話題になる。普通は「青信号」といっているが、本当は「緑」だろうという話である。ところで、Y 氏は同じ本で「青田刈り」を繰り返し使っている。したがって彼の場合は、文字通り「まだ実っていない稲を刈ってしまう」、つまりは「まだ生き生きとしている命を絶ってしまう」という意味で使用しているようだ。しかし、「青田」には、これからぐんぐん元気になるというニュアンスが含まれている。その点では、「脳死」の議論で使うのはどうなんだろうかと引っかかった。この「青田刈り」は「青田買い」の誤用として、しばしば話題になる。それは、「的を射る」と「的を得る」などと並べて取り上げられることが多い。弓矢の「的」を持って行かれては、試合が続行できなくなる。だから、「的」は「得る」のではなくて、「的」は
真ん中に「射る」のが正しいのだ。田んぼの場合は、稲が実らないうちに刈るのが「青田刈り」である。しかし、それでは育ち盛りの稲を駄目にしてしまうだけで、何のメリットもない。だから普通に考えれば、そんなことをする人はいない。この話題は明日へと続いていく。
裁判官のお仕事(05/06/18-797)
 
交通事故で子どもを失った両親が裁判を起こした。損害賠償金は1億3,000万円。これは亡くなった9歳から67歳まで生きたと仮定して計算した金額だそうな。それはあくまで60年近く後の額である。それを一度に支払うため減額される。当然のことである。問題はその際に採用される利率だ。明治時代に決まった法律があるらしく、この種の賠償では5%なんだそうな。現在の利率を考えると信じられないほど高い。これで運用した場合に67歳のときには1億3,000万円になるという計算をする。したがって、実際に両親に支払われた金額は数千万円だったとのこと。現在の利率はきわめて低いから、5%で運用などできっこない。これでは、あまりに非現実的だというので両親が訴えたのである。1、2審では3%の判決が出ていたらしい。その最終的な判断を最高裁がしたわけだ。法律の専門家ではないが、明治時代の遺物であろうと、「とにかく法律で決まっているから」というのであれば、それもひとつの判断だろう。もっとも、それだって最高裁なら、「時代に応じて対応すべきだった」と立法府に注文をつけてもいいとは思う。まあ、それは措くとして、今回は「裁判官が個々の事例で利率を変更していたら不公平になる」といった判断をしたらしい。素人としては唖然とするほかはない。それなら裁判官の仕事はなんなんですかと聞きたくなる。同じ殺人事件でも、個々の判決では量刑が違っている。関東と関西で、その量刑に差が見られるという話は、9日にも書いたばかりだ。これじゃあ、まるで判断放棄じゃないかい。最高裁判事のみなさん、素人にはそんな風に見えるんですが…。法律のために人があるのじゃなくて、人のために法律があるんですよね。
値段が先の物語(05/06/17-796)
 もう少し、流通の話を続けてみたい。中内氏のダイエーは小売り側が価格に影響を与えることを実証した。大量仕入れで大量販売。とにかく扱う量が違うのである。だから、生産者側もダイエーで売ってもらえれば大安心ということになる。そうした関係は、ますます小売り側を強くし、モノを作る側に対する圧力になった。そして、ダイエーはそれ行けどんどん≠ニ全国に展開していったのである。そうした変化のうねりが究極の形で登場する。それが100円ショップだ。なにせ、はじめに決まっているのは値段≠ネのである。原材料のコストがどうのこうのは問題ではない。とにかく、最終的に100円≠ナなければならないのだ。ここに価格先行革命≠ェ極まったのである。しかも、100円だけあってボロボロ≠ニいうのでは消費者から見放される。ものの種類が限定されていてもまずい。それらをどんどん克服していったところにダイソー≠フすごさがある。しかも、その成長と日本のデフレが重なったことも大きい。70年代のように、狂乱物価と呼ばれるような時期であれば、100円≠ネんて維持できなかったはずだ。組織が成長するに当たっては、そのトップの力に負うところが大きいことは言うまでもない。しかし、そうした組織は、時代環境も大いにバックアップしてくれるものだ。運も実力のうち≠ナある。それにしても、ダイエーの場合は時代の変化に対応できなかった。わが家の間近にダイエー熊本店がある。もう相当に昔のこと。2階の閑散さを見て、「ダイエーは大丈夫かいな」と家内に話したことがあった。素人が今日のことを予測してたなんて言う気はないが、なんとなく変な予感はしていたのである。
100円ショップ(05/06/16-795)
 ダイエーなど、大手の流通業者が力をつけることで、価格を決定する力にも変化が生まれ始めた。いつのころからか価格破壊≠ニいったことばも聞くようになった。大量仕入れで大量販売のメリットを最大限に生かして価格もどんどん下げていく。それだけではとどまらず、大手は自社ブランドの製品まで開発するのである。こうして価格決定権がメーカー側から小売り側へ移っていった。いまでは、電気製品なども「オープン価格」などというものがあって、カタログを見ただけでは実際の値段が分からないものが多い。昔は新聞広告でも「定価」があった。そのうち、製造者側の価格統制が問題になると、「希望小売価格」という奇妙な名前の値段も見るようになった。「定価」から「希望小売価格」、そして「オープン価格」への変遷は、そのまま値段決定の主体の移り変わりと対応しているようだ。そして、いつのころか、100円ショップが登場するのである。それまでの価格設定が「原料」をスタートに、コストを積み上げていく「プラス思考」だったのが、「はじめに100円ありき」となったのだ。100円という最終的な価格が決定されているから、あとは「差し引き方式」、つまりは「マイナス思考」ということになる。これは革命的な変化、まさに世紀の大逆転劇だった。経済の専門家から見れば、これは幼稚な分析なんだろうか。それまでも市場の状況を考えて、ある程度の価格設定はされていたと思う。しかし、100円ショップの特殊性は、その扱う領域がきわめて広範囲であることだ。しかも、それが100円という低価格に統一されている。アメリカなんぞにも one coin shop みたいなものがあるらしいが、とにもかくにもすごい発想だと思う。
モノの値段(05/06/15-794)
 世の中は逆転物語に溢れている。少し前の4月には、このコラムでも逆転物語にこだわった。今回は価格に関する逆転の話題を取り上げよう。前にも触れたような気もするが、モノの値段のことである。一般的に、モノ作りには材料が必要だ。それを手に入れるための手間賃がいる。それから、材料に手を加えるから、加工賃がプラスされる。さらに、モノを消費地に運ばなければならないから、移動のための費用が加算される。もちろん、モノを仕入れる人も自分たちの生活に必要な経費を追加する。最後に、小売店でモノを売る時点で、お店の取り分がある…。各段階で取られる額の適正さはさておいて、この一連の流れは当然のことだ。こうして、最終的に消費者には価格≠ェ付けられて販売されるのである。だから、ものの値段は原則的に積み上げ方式≠セった。いわばプラス思考≠ナある。かのマルクスだって、こうしたメカニズムを前提に経済を考えていたのだと思う。このようなシステムでは作る側≠ェ強くなりやすい。とくにモノが不足している場合は、その影響力は絶大になる。この値段でいやなら買わなくてけっこう≠ニいうわけだ。消費者は神様≠ネんておだてられていたが、その実態はメーカーが神様だった。そうした風向きが変わり始めたのは70年代ころからだろうか。それを変えた代表がダイエーだった。メーカーと渡り合いながら、自社ブランドのカラーテレビなども発売した。まさに、価格破壊のヒーローの登場である。戦地で死と直面した体験を持つダイエーの総帥中内功氏は、まさに信念の人だった。彼が、日本における経営の神様として、その名を歴史にとどめることは、誰も疑っていなかった…。
携帯依存症(05/06/14-793)
 いまや、老いも若きも携帯を持つ時代になった。そんな中で、若者を中心に携帯依存症が蔓延しつつあるようだ。朝から晩まで、身近に携帯がなければ落ち着かない。風呂場まで持って行く。絶え間なく携帯を覗く。メールが着いていればすぐに開ける。それを読んだら、ただちに返信する。そうしなければ相手が無視されたと思うのではないかと心配になるのだ。その気持ちは相手も同じだから、またメールが返ってくる。これを繰り返していると終わりがなくなってしまう。その内容も、あまりに短いと、これまた相手に悪く思われるのではないかと気になってくる。だから、先方に不快なことを書いてしまったと思うと、夜も寝られなくなってしまう…。どの事例を見ても、対人関係に対する過敏さが気になる。しかも、その相手は限定されていて、狭い範囲の人間としか関わりを持っていない。だから、人のことを気にする一方で、他人が大勢いても平気で電話する。関係のない人間に与える影響は気にならないのである。どう考えても、バランス感覚に欠けている。こうした状況に出会い系サイト≠ネどという、ややこしいシステムが加わる。そこには、偽名の悪魔やオオカミがわんさと隠れている。何とも魅力的な誘いのことばに、信じられないほど簡単に引っかかってしまう。そして、その中からまた不幸な事件が起きてくる…。人と人との直接的な出会いのない世界が広がっている。そこには、スキンシップもアイコンタクトもない。薬物に限らず依存症は恐ろしい。一度はまってしまうと、そこから抜け出すことがむずかしい。もちろん、携帯依存症は若者たちだけの問題ではない。
電車の信号待ち(05/06/13-792)
 話は続く。人は心に余裕がないと、他人をほめたり評価することはできない。私が、信号が変わるまで客を待ってくれる市電を「いいじゃないか」と思ったのも、気持ちにゆとりがあったからだ。さて、市電は原則として道路の真ん中を走る。だから、電停に行き着くためには道路を渡らなければならない。そのため、電車が一信号変わるまで待ってくれれば大いに助かる。もちろん長い信号もある。前方の信号が青になったばかりでも待てとまでは言わない。そのあたりは程度の問題である。しかし、基本的には「信号が青でも、次まで待つ」というのはひとつの方針だと思う。朝のラッシュ時は時間を争っている人が多いというのなら、その時間は除外してもいい。ともあれ、その日、私は「なかなかいいじゃないか」と満足したのである。そして、それが交通局の考え方なのだと推測した。それから数時間後、今度は帰るために電停に向かった。あいにくと信号が赤になった。そこへ電車がやってきた。電車にとって信号は青になったばかりだ。これがじつに長い。しかし、降りる客もかなり多く、時間が刻々と経過していく。そのうちに、電車と同じ進行方向の歩行者用信号が赤になる。私はとても嬉しくなった。これで間違いなく、この電車に乗れる。朝方の体験から、青でも1回は信号を待つことになったと考えていた。だから、「待ってくれる」というのは、ほとんど確信に近いものだった。ところがである。客を降ろした電車は、一時も早く立ち去らなければといわんばかりの雰囲気で発車したのである。その途端、信号が黄色に変わるというギリギリのタイミングであった。「なあんだ、あれは運転手さんによって違うのか」。自分の思いこみを「反省」しながら、私の足はバス停に向かっていた…。
小さな違い、大きな差(05/06/12-791)
 昨日の、ガラガラで入ってきた「リレーつばめ」だけれど、私は先頭の11両目に乗っていた。博多で降りる際に、乗客の数を数えたら、私を含めて12名だった。乗り降りもあったと思うし、何人かを見逃しているかもしれない。しかし、ここでは正確な数値は問題ではない。時期によっても、その混み具合は違ってくるはずだ。ともあれ、自由席がたっぷりある列車に乗る客に、「指定にしますか」とだけ聞いてはいけない。それを言いたいのだ。「どんなに空いていても、指定が好きな人だっているでしょう」。そんな声もあるかと思う。それはそうかもしれない。しかし、それでも、問いかけの内容が違うべきだろう。「お客様、この電車は熊本から自由席を繋げます。お座りになれると思いますが、指定席をお取りになりますか」。これが正しい聞き方ではないか。この一言で、「きちんと情報をくれてありがたいな」。客の方も感動するのである。小さな違いがサービスの大きな差になって現れてくるのだ。熊本市電でもおもしろい体験をした。私が乗った電車が、客の乗り降りが終わってもすぐに発車しない。よく見ると信号が変わるまで待っている感じである。なるほど、これなら歩道で信号を待っている人も乗れるわけだ。「そんな配慮をしてるのか」。現代人は「少しでも早く」の気持ちが当たり前になっていて、すぐにイライラする。正直なところ、私もはじめは「何で出ないんかいな」と思っていた。しかし、これもサービスかと思い直すと、「いいじゃない」という気分に変わっていた。そして、「市電も客の立場を考えたサービスを始めたんだ」と勝手に納得して、大いに評価した。もっとも、その日は時間的な余裕があったから、そんな気分になれたのかもしれない。

小さな配慮(05/06/11-790)
 
昨日は、快速が鈍行よりも遅いと噛みついた。これに対してJRさんは苦笑いするだろうか。「やれやれ、こちらの事情も知らないで、こまったもんだ。自分たちは少しでもサービスをしようと快速も設定した。何分にも単線区間なので、離合待ちは避けられない。全体としては、快速の方が速いのだ。利用者なんて言いたい放題なんだから…」。まさに、そのとおりではある。しかし、サービスは利用者側の立場に立って考えなければならない。特別の料金を上乗せしない快速なのだから、無理することはない。実際、特定の区間だけ快速として走っているところもある。快速が諫早から大村までは各駅に止まってもおかしくはないのである。それなのに、「次は大村」と言っておいて次の駅で止まるから、客は「快速が何で」という気持ちになってしまう。それも、たまたま停車するのではなく、時刻表にも離合が組み込まれているのだから、つい文句も言いたくなっちゃううんだなあ。「安全、正確」は当然のこととして、「気持ち」も大事にするのがサービスというものである。そう言えば、こんなこともあった。窓口で博多までの切符を買おうとした際に、「指定にされますか」と聞かれた。その時は自由席にしたのだが、ホームに行って驚いた。「リレーつばめ」だったから、八代から来ると思ったら、始発の4両がホームに入ってきた。もちろん全車空席である。しかも、一部を除いてほとんどが自由席。あとで、八代からの7両を連結して11両で走ることが分かった。この電車の客に指定券を買わせてはいけません。窓口の係員がその状況を知らないではすまされない。これだって配車の都合など、ちゃんとした事情はあると思う。しかし、とにかく、「客の気持ち」に配慮してこそサービスなのである。

おもしろ時刻表(05/06/10-789)
 
JRのある路線の時刻表がある。それを見ると、普通と快速列車が走っている。前者はA駅を発車してB駅に止まり、次のC駅へ向かう。快速の方はB駅をパスしてC駅に止まる。A駅からC駅までの距離は11.4Kmで、所要時間はそれぞれ14分と16分。さあ、ここまで読まれてお気づきの点はございますか…。そうなんです。快速の方が時間が余計にかかるんです。その差は2分。これは、長崎県のJR諫早・大村間の話。たとえば、諫早発11:12発の鈍行は、岩松に11:21着。そこから5分の大村に着くのが11:26である。この間に14分が経過している。その後の、11:37には快速の「シーサイドライナー」が諫早を出発する。なかなかいい名前だ。つぎの岩松には止まらずに大村に着くのだが、到着は11:53である。引き算をすると16分かかることになる。どうしてこんなことが起きるのか。じつは、快速は岩松で行き会いの電車を待つのである。車内放送で待ち時間が2分だと伝えられる。停止と運転開始の動作などを入れるとその倍くらいのロスをするのだろう。そのために結果としては鈍行より時間がかかることになる。おもしろいと言えばおもしろいが、それなら岩松に止まればいいのに。快速に乗って諫早を出たときには、「次は大村です」なんて言われるから、「おお、いいぞーっ」と得をした気分になる。ところが、次の駅でドアも開けずに「行き会い待ちです」とくる。これじゃあ、「なんてこったあ」と文句も言いたくなる。しかも、時刻表にも、はじめから鈍行より時間がかかるように記載されている。この電車、トータルとしては普通よりも「快く走る」んだとは思う。しかし、乗る側の気持ちも考えてほしいんですよね。
法の下の平等(05/06/09-788)
  「司法の病巣」には、こんなことも書かれている。殺人事件の有罪判決総数のうち、「死刑」の割合が、東京高等裁判所管内で0.4%であるのに対して、大阪高等裁判所管内のそれは0.12%だった。これは、1978年から1985年までの8年間に言い渡された一審判決について、法務総合研究所が行った分析結果だ。大阪は全国8つの高裁地区の中で最低である。強盗致死についても、死刑は東京が8.0%で、大阪は7.2%だった。東京の方が「重い」のである。これに対して、殺人事件で「7年以下の懲役」は、東京が70.7%なのに、大阪は75.5%となる。強盗殺人事件でも同じ傾向が見られ、「7年以下の懲役」は大阪では15.5%に対して東京では4.2%なのである。それぞれの事件に固有の事情があることは当然である。また、殺人は一律に○年の懲役だとか、強盗殺人はすべて死刑などと決めることはできない。言うまでもないことである。しかし、一方では法の下の平等ということばもある。その精神は、裁かれる立場になっても変わらないはずだ。もともと裁判官は検事の求刑に対応して判決を出す。だから、この差は検事の求刑の違いでもあると思われる。この本では、「大阪が野党的で中央に引きずられない」「人情に厚い風土がある」「弁護士が粘っこい」などといった「理由」も挙げられている。たしかに、人間の行動は文化に影響を受けるものだ。地方によって価値観が異なっていてもおかしくはない。それにしても、同じ国で「死」
に関わる判断が、こんなに違っていたのである。裁判とはそんなものなのだろうか。裁判員制度が現実のものになろうとしている…。
目は心の窓(05/06/08-787)
  産経新聞司法問題取材班「司法の病巣」(角川書店2002)は、司法が抱える問題点を追求したもので、なかなか興味深い。しかし、内容を読むとただおもしろいとばかりも言っておれない。たとえば、最近の検事は取り調べ能力が落ちたと言う人がいるらしい。ある検事OBは、その原因の1つがワープロにある可能性を指摘している。取調中にワープロに向かい合っているため、被疑者の顔を見る時間が減っているというのだ。検事が相手の目を見ながら話をしないのである。何と言っても対話は相手の目を見ることから始まる。目は口ほどにものを言≠、のである。われわれにとって、目が心の窓≠ナあることは間違いない。目は心を反映しているのである。どんなに笑顔を作っても、目は冷たく光っている。子どもなどは、そうした大人の目を見逃さない。とにかく目は正直なのだ。口では嘘をつけても、目は嘘を言わない。心の中を隠そうと思っても、すぐに見抜かれてしまう。だから検事も真実を追及できるのである。それが、ワープロに目線が向いてしまうから、相手との真の対話ができなくなってしまった。この仮説が当たっているかどうかは分からない。とくに、OBの発言は、「昔はよかった」という心情に発していることが多いから、割り引いて聞くことも必要だ。それでも、昔と比べると検事の取り調べ能力が落ちたというのであれば、大いに問題ではある。日本人は、会話の際に相手をじっと見据えるのが苦手だと思う。そんな中で、「私の目を見なさい」なんて、検事から攻められると、嘘はつけなくなってしまいそうだ。かなり大きな談合事件が発覚した。じっと目を見て、迫力ある追及ができているだろうか。
時間感覚(05/06/07-786)
 それにしても時間を守らない人が多いこと、多いこと…。結婚式の挨拶などでもけっこう危うい人がいる。たとえば、乾杯の発声を依頼されたお偉いさんなども大いに気をつける必要がある。「僭越ながらご指名でございますので乾杯の音頭を取らせていただきます」なんて言いながら、「その前にちょっと…」となる。そこから物語が始まるのである。これがいつ終わるとも分からない長編だから参ってしまう。せっかく手にしたコップのビールが蒸発してしまいそうだ。ようやく終わったときのまとめが、これまたすばらしい。「はなはだ簡単ですが」なーんちゃって…。いやはや、ご本人は何とも感じておられないのである。ときには、「少しばかり長くなってしまいましたが」などと宣うお方もいらっしゃる。「分かってるなら、やめろーっ」と言いたくなる。同じような光景は学会でも見られる。われわれの場合、発表時間が15分といったことが多い。これには質疑応答も含まれており、発表そのものは13分である。途中の12分にベルが鳴らされる。それから1分で終われば上首尾ということになる。ところが、それがうまくいかないのである。13分が経過して2鈴目が鳴り、質疑応答の時間がきてもしゃべり続ける。そして、とうとう時間切れの3鈴が鳴らされる。そこで司会は、「時間ですので、質問等は後ほどの全体討議の際にお願いします」と言わざるを得なくなる。もちろん、きちんと時間を守る人はいる。しかし、そうでない人がけっこういるのである。せっかくいい内容であっても、時間を守らないばかりに聞く気が失せてしまう。何はともあれ、時間は守りましょうよ。それにしても、ここまで書くと、「気持ちは分かるけど、あなた自身は大丈夫でしょうね」なんて言われそう…。
コーディネータの嘆き(05/06/06-785)
 シンポジウムとパネルディスカッションの定義≠フようなものを考えてきた。多くの人たちが広場みたいなところに集まって、ひとつのテーマについて議論し、考えるのがシンポジウムということになる。したがって、共通の話題に関して専門家が情報を提供する基調講演も大きなシンポジウムの枠に含まれる。パネルディスカッションの場合は、議論の方に重点が置かれている感じがする。だから、シンポジウムの中に、パネルディスカッションを組み込むこともおかしくはないんだろうと思う。それはとにかく、私もときおり、司会やコーディネータのお役を仰せつかることがある。何でもかんでも興味がわくので、いろいろな情報に接することができるシンポジウムやパネルディスカッションに参加するのは楽しい。ただし、このお役には、ちょっとした悩みと嘆きを伴うことがある。それは、シンポジストやパネリストの方々の時間感覚だ。結論から先に言うと、予め決めた持ち時間を守らない人が圧倒的に多いのである。こんなことがあった。事前の打ち合わせの際に、私が最初の発言時間を15分にすることを提案した。すると、登壇者の中でも最年長で責任ある地位の方がおっしゃった。「先生、そりゃあ長いですよ。まずは10分にしましょう」。渡りに船である。ダラダラ進むのはまずいと思っていた私は大いに喜んで、持ち時間を10分に修正した。そして、当日を迎えたのである。最初の発言者が、その大物さんだった。そこで皆さんの予想されるとおりのことが起きるのだ…。彼は時計の針など気にすることもなく15分以上もしゃべり続けた。なにせ、「15分は長いですよ」といったご本人である。開いた口がふさがらなかった。しかし、現実にはこの手の人が少なくないのである。
パネルとシンポ(05/06/05-784)
 パネルディスカッションといえば、シンポジウムも頭に浮かんでくる。この場合、登壇者はシンポジストになる。もともとはギリシャの哲学者プラトンが酒盛りをしながら議論をしたことに由来している。ある祝宴で愛≠ノついて出席者が次々に意見を述べる。最後にはプラトンがまとめの演説をする。その内容を書いたのが饗宴(Symposion)≠ニいうわけである。そんなわけで、同じテーマについて複数の人間が、違った側面から意見を述べるのがシンポジウムである。もちろん、そこに参加した人々も質疑応答などの形で討論に加わっていく。いわゆる集団討議≠ナあるが、一般的には公開で規模も大きいものをシンポジウムと称している。全体の流れを調整するのは司会である。これに対してパネルディスカッションは、やや様相が違っている。それは登壇者が、共通のテーマについて対立する意見を持っていることである。したがって、テレビの国会討論会などは、シンポジウムというよりもパネルディスカッションに近い。これをパネル≠ニ呼ぶ理由は、今ひとつ分からない。ただ、OXFORD英英辞典のpanel≠ノは、a group of specialists who give their adivice or opinion about something≠ニある。だから、パネリストはとにかく、その道の専門家≠ニいうことなのだろう。各人の意見を明確に示す看板を背負ってるという意味だってあるのかもしれない。だから司会はまとめ役ということで、パネルディスカッションではコーディネータということになるのだろうか。これに対してシンポジウムでは司会なのかというと、そのあたりは相当に曖昧である。ちゃんとした情報が提供されて、意味のある議論が行われればそれでいいのだけれど、私としてはいつも気になるのである。
ピアニスト(05/06/04-783)
 記憶喪失のピアノマン≠ェ話題を呼んでいる。ずぶ濡れで保護された(?)この男、誰だか分からないが、ピアノを弾かせるとピカイチらしい。写真まであるのに、なかなか特定できないようだ。彼かもしれないという情報も、すぐに否定されている。途中から、手の込んだPR大作戦ではないかという話も出てきた。まあ、実害のあるニュースではないので、様子見というところである。テレビもけっこう取り上げていたが、そろそろ疲れ気味か。ところで、2週間ほど前には、日テレ系の番組で徳光アナウンサーが、「それにしても、どうしてピアノマンなんでしょうねえ。ピアニストじゃないのかなあ」といった発言をしていた。これを聞いて、「プロなんだから、もっとことばを大事にしてよ」と言いたくなった。だって、ピアニストって、とりあえずは演奏家なんでしょうもん。まあ、厳密には「ピアノを弾く人」の意味もあるんだろうけれど、とくに日本ではそんな使い方はしない。その時点では、彼自身がピアニストかどうかははっきりしていないわけだ。そんなことで、「ピアノマン」と呼んでいるんだろう。そのあたりのニュアンスの違いを遊ばないとおもしろくも何ともない。ところで、パネルディスカッションなるものがある。それぞれの立場から意見を出して討論するやつだ。そこで登壇する人のことを「パネラー」と呼ぶことがある。しかし、これは正しくは「パネリスト」である。パネラーは文字通り panel を取り付ける人のことである。panel は「鏡板」や「羽目板」のことだ。ただし、「広辞苑」によると、和製英語として「パネリストと同じ」とされている。なんでもかんでも日本語にしちゃってる。しかし、国際的には看板を取り付ける人のことですからご注意を…。
日勤脅育(05/06/03-782)
 「日勤教育」。JR西日本の事故以来、しばしば聞かれるようになった。こんなことばが流行語になっては断じて困る。その内容は、まさに「脅育」である。私は1年ほど前に、「きょういくいろいろ」と題して、避けるべき「きょういく」をいくつか取り上げた。その筆頭が「脅育」だった。このほかにも、「恐育」や「狭育」、さらに「凶育」、「怯育」などになっていないかをチェックする必要性を指摘した。マスコミの情報しか手に入らないが、JR西日本での「日勤教育」は、まさにこうした忌避すべき「きょういく」だったようだ。それにしても、いまは21世紀である。まるで戦前か戦時中の遺物が残っていたのかと驚いてしまう。単なる「懲罰」や「見せしめ」は、人のこころを「ゆがめる」ことはあっても、「矯正する」力はない。恥をかかされて、やる気を起こす者はほとんどいない。人によっては、猛然たる反発心を持つ。それは恨み≠ノも転化する。いずれも望ましい結果を生み出すとは思えない。また逆に、卑屈になって落ち込む人もいる。そうなると。最悪の場合には自殺だって引き起こす。JR西日本のトップは、そうした現状をどのくらい知っていたのだろうか。第一線で働く人々に対する教育の実態を知らされていなかったとすれば大きな問題だ。もちろん、そのことを知っていたとすれば、問題はもっと深刻になる。いずれにしても、トップは職場の教育について正確な情報を持っている必要がある。JR西日本では、今後はシミュレータを導入するなど、実践的な教育内容にするという。明確な基準がなかった再教育期間もはっきりさせるとのこと。どれをとっても、「そんなこと、当たり前じゃないか」と思ってしまう。ここでも、「当たり前が当たり前に」なされていない。
誇り≠ニ傲慢≠フ差(05/06/02-781)
 「『プロジェクトX』と『その時、歴史が動いた』の2本だけで、NHKに受信料を払ってもいいな」。日頃からこんなことを言っている私である。その中でも、前者はとてもおもしろい。勇気づけられもする。タイトルだって、なかなかいい。少し前に発表されたPTAの調査では、保護者が子どもに見せたい番組のナンバーワンだった。これを評して、「成功者の物語じゃあないか」と言ったワイドショーの評論家もいたらしい。その人、本気で番組を見たことがないんだろうなあと思う。物事は結果だけでなく、そのプロセスが大事なのである。内容の性格上、すべて過去の話である。だから、厳密に言えば事実と若干は$Hい違うこともありうる。また、少々≠フ演出も必要だろう。しかし、それにも限度がある。今回は、合唱日本一を勝ち取った工業高校の物語が問題になった。当然、この番組も見たが、いつも以上に感動させられた。荒れに荒れた学校を合唱≠ナ変えていく。しかも、主人公≠フ先生は小柄で、見るからに優男。その彼が猛者ともいえる男子学生たちの心を動かす。まさに、やればできる≠フ世界が広がった。しかし、「退学者が80人」とか、「初めて出場した合唱コンクールではパトカーが来た」といった事実はなかったとクレームがついた。事前にそのことを指摘された際に、時間がないという理由で押し切ったという。ことの詳細は分からないが、番組が高く評価されているが故に、それを創っているという誇り≠ェ傲慢≠ノすり替わったのかもしれない。人生には、自信≠竍誇り≠ェ必要だ。しかし、その隣にうぬぼれ≠竍傲慢≠ェ潜んでいることを忘れてはいけない。
健康診断(05/06/01-780)
 どこまでいったら止まるのかしら。航空業界は、問題が出るは、出るは。早く終わりが来てほしい。それにしても、どれもが事実だろうから、空°ーろしくなってくる。今度はパイロットの健康問題である。JALの機長が3年間、気管支ぜんそくであることを隠していたらしい。航空法では、ぜんそく患者の乗務を禁止しているという。ぜんそくに悩んでおられる方々にはお気の毒だが、法律で禁止するほどだから、パイロット業務には危険なのだろう。それなのに、どうして会社が3年間も気づかなかったのだろうか。パイロットは指定された機関で、半年ごとに健康チェックを受けるという内容の本を読んだことがある。「さすがに航空業界は厳しいものだ」。そう思って、感心したものだ。だからこそ利用客も安心して飛行機に乗れるのだ。それなのに、長期にわたって病気であることが分からないのなら、健康診断の意味がない。この間の飛行回数は1,606回にも達している。しかも、ご本人は「法律で禁止されている」ことを知らなかったと言っているようだ。しかし、プロとしては、「知らなかった」ではすまされない。「症状は軽く、乗務に支障はなかった」と考えていたという。これまた、勝手に判断してはいけない。乗務からはずされたくない気持ちは理解できる。そうなると、異動後の条件変化も気になるだろう。しかし、だからといって、それを乗客の命と引き替えにされては困るのである。こうした環境や条件の変更に対応する保険などはないのだろうか。すでにあるのなら、余計なお節介だけれど、組織には、規則だけでなく、人のこころに触れる保障制度も必要だ。