| 組織の暴走(05/05/31-779) 乗務前12時間以内の飲酒を禁じた規定≠守って、機長と副操縦士は交代を依頼した。規定は客室乗務員にも適用されるようだ。ところが、酒席にいた客室乗務員5人は、予定の便で仕事をしている。「乗務に支障をきたすほどの酒量ではない」と判断したとのこと。「いやー、怖いなー」。飲酒事故を起こした多くの人間が、「おそらく大丈夫」といった気持ちで運転している。自分たちで、「仕事に支障をきたすかどうか」を決められてはかなわない。飲酒はともかく、酒気帯びなどは自分では気づかないものだ。操縦には関係ない仕事だから、甘い判断をしたのではないか。しかし、それは規定違反≠ナある。規定が不合理なら、変えればいい。そうでなくて、思い思い≠ノ柔軟に¢ホ応していると、そのうちに、きまり≠竍マニュアル≠ヘ死文化していく。決められたことは愚直に守る≠アと。それがプロとしての基本である。もちろんその一方で、不適切なものはどんどん変える≠アとも必要なのだ。事故を防ぎ、職場の安全を確保するために、頑なさ≠ニ柔軟さ≠フ相反する態度を両立させるのである。当然のことながら、この件について会社は謝罪している。ただ、5月4日に起きた事態への対応が27日に公表されたのは、ちと遅い気もする。また、交代要員がマイカーで550Km走った点は、「好ましいことではないが、問題はない」との見解である。規定には違反していないという判断だろうか。しかし、交代時の移動手段を明確にしていなかったこと自体が大チョンボとも言える。組織本体までが暴走≠オないでほしい。 |
| 交代要員の暴走(05/05/30-778) 社内規定≠ノ違反してお酒を飲んだ機長たちは、これはまずい≠ニ判断したようだ。午前1時ころになって、翌朝の操縦を辞退する連絡をしている。時間的にいささか遅い決断≠セという疑問が残る。しかし、このときの選択肢としてはそれしかなかったと思う。昨今は、あちらもこちらもトラブル続き。後になってから責任を問われる事例が頻発している。そんなことも影響したかもしれない。まあ、理由はとにかく、ここでは辞退≠ェ正解である。そんなわけで、この件は一件落着といきたいところだが、どっこいそうはいかない。この後に、ここまでのストーリーに負けないくらいの大暴走&ィ語が始まるのだ。会社からの指名された交代要員の機長と副操縦士は、午前2時ころに秋田に向けて東京を出発する。その際に使ったのがマイカー≠ニいうからびっくり仰天した。東京から秋田まで550Km。高速を5時間半で走ったんだそうな。運転は主に&尅縦士がしたという。この主に≠ニいう条件付きの表現も相当に気になるところだ。ともあれ、車は朝の7時半に空港に到着。8分遅れの58分に離陸したという。何という暴走≠セろう。乗客の命を預かっているという自覚があるのか≠ニ叫びたくなってくる。ANAさんは、タクシー代も払わないほどコスト≠重視しているのか…。プロ≠フ仕事は結果だけでは評価できない。そのプロセス≠ェ重要なのである。この便は無事に羽田に着いた。だから文句ないだろう≠ナ済ませてはいけない。結果よければ、すべてよし=Bこの発想が、いつか重大なトラブルを引き起こす。 |
| クルー8人の集団止考(05/05/29-777) 乗務12時間以内は飲酒してはいけない≠ニいうきまりに違反した。会合に参加していたのは、機長と副操縦士に訓練副操縦士の3人と客室乗務員の5人である。全員が飲酒のきまり≠承知していたことは疑いない。そうでなければ、別の深刻な問題が発生する。この8人が、1時間半も超過するまで、きまり≠ノ気づかなかった。これが今回のストーリーである。記事によれば、ホテルで気づいたという。しかし、それはとても信じがたい。プロが8人もいて、9時半以降まで、誰ひとりとして違反に気づかなかった…。そんなことはあり得ない。もしそれが事実なら、この8人は自分たちでプロ失格であることを宣言しているようなものである。彼らの中にはまずいんじゃないですか≠ニ言いたかった者がいたと信じたい。しかし、それが言い出せない。そんな雰囲気や圧力はなかったのか。集団が考えるのをやめてしまう。それを私は「集団止考」と呼んでいる。そのとき、この現象が発生したのではないか。あるいは、まずいですよ≠ニ言ったメンバーがいたかもしれない。しかし、そんなものは、まあ、堅いこと言うな。もうすぐやめるって≠ネどといった声にかき消されてしまう。これまた、「集団止考」現象の典型的な現れ方である。ここまでくると、下巣の勘ぐりもしたくなる。本音を言うと、この程度のことはけっこう常態化しているのではないかと。しかし、JR西日本の事故やJALのトラブルなどで、とにかく時期≠ェ悪い。だから、乗務の辞退をしておいた方がいいか≠ニいう結論を出した。これが真実ではないか。そんな意地悪も言いたくなってくる。 |
| クルーの暴走(05/05/28-776) やっぱり、この国は危なくなっている。航空業界では、このところJALのチョンボが目立っていた。しかし、ANAさんだって負けてはいない。秋田での話。今月の4日、羽田から飛んできて午後2時前に乗務が終わった。翌朝は7時50分の便で羽田に折り返す。クルーの誰かが異動になったようで、6時ころから送別会を始めたという。その会合が終わって店を出たのが9時半である。規定によると乗務の12時間以内の飲酒は禁止されているとのこと。この時点で1時間30分のオーバーである。機長らはホテルに戻ってから違反に気づいた。そこで、相談したのだろう。午前1時ころに、羽田へ交代要員派遣の依頼をしたという…。これが昨夜の時点で、私がインターネットで見た情報である。まずある疑問が頭に浮んだ。オーバーしたのは本当に1時間半≠ネのだろうか。JR西日本の事故でも、最初に伝えられたオーバーランの数値は実際よりも過少だった。9時半に飲酒を切り上げた人たちが、どうして午前1時になって連絡をしたのか。そのあたりの事情が分かりにくい。少なくとももう少し≠ヘ遅くまで飲んでたんじゃないの。そんな勘ぐりをされても仕方がない時間の間隔がある。もちろん、9時半が事実だとしても問題だ。しかし、私の気持ちを言えば、あとになって、実際はもう少し遅くまでやってました∞一次会は9時半まででしたが、それからホテルでも若干は飲みました≠ネんてことにならないでほしいのである。それにしても、この件は、かなり深刻で重大な問題を抱えている。またまた連載になりそうな気配だ。そのこと自身が恐ろしい。 |
| ライフラインの定義(05/05/27-775) ライフライン。「都市生活に不可欠な水道・電気・ガスなどの供給システム」。シャープの電子辞書に入っている「広辞苑」の定義だ。yahoo の「大辞林」では、「生活・生命を維持するための水道・電気・ガス・通信などのネットワーク-システム」となっている。ここでも交通は挙がっていない。「災害などの際、これらの機能の停止は市民生活に大きな支障となる」という解説がついている。交通システムは比較的大きな都市の問題なのだろうか。やはり yahoo の「大辞泉」を引いてみた。こちらは、「都市生活の維持に必要不可欠な、電気・ガス・水道・通信・輸送などをいう語」となっている。ここでようやく「輸送」ということばに出会った。しかし、頭に「都市生活」という条件がついている。じゃあ都市以外はライフラインはないのかと憎まれ口をたたいてしまう。ここで言いたいことは、ただひとつ。ライフラインとしてJR西日本を使っていた人々の状況も気になるということである。鉄道には「大動脈」といった表現も使われる。JRで病院に通っていた人もいたはずである。文字通り「生命線」としての鉄道が止まったときどうなるか。マスコミにはそうした視点からの分析もしてほしいと思う。さらに、JRの関係者に対して、嫌がらせや暴力行為まがいのことをする者がいるという。不幸な事故を安全への緊張感へと繋げなければいけない。そんなときに、真面目に働いている人たちのこころを傷つけることをしてどうするのか。また、JR関係者の子どもたちに、事故がらみのイジメなど起きていないことを願う。もう一方の当事者たちに焦点を当てた報道があってもいい。 |
| 何か足りない(05/05/26-774) JR西日本の事故から1ヶ月が経過した。この間、いろいろなことを考えた。国の対応もそのひとつである。事故後に大臣は、「ATSを設置しない限り運行は許可しない」といった趣旨の発言をした。そのこと自身は十分に理解できる。とくに犠牲者やその関係者たちのことを考えると当然だと思う。ただその際に、大臣が「許さんぞ」と規制者然とした態度で言っているような感じを受けた点が気になった。まずは、「こうした事故が起きて、国民の皆さま方には責任者としてお詫びします」といった発言がほしいと思った。もちろん、報道はすべてを伝えているわけではない。ひょっとしたらそうした意味合いのことばが出たのかもしれない。しかし、少なくとも、私は見なかった。たしかに、大臣個人には、直接的な事故の責任ない。しかし、規制する側の論理と顔だけを前面に押し出すのは、ちょっと違うのではないかと思うのである。それに、この事故でJRを利用できなくなった人の数も膨大なはずである。その影響が大きいのは、一般の人々である。大金持ちなら、はじめからJRを使っていないだろうし、タクシー通勤に替えることだってできる。ただ「動かさせないぞ」ではなく、「ご利用の皆さんには、大変なご不便をおかけしますが、安全最優先の趣旨をご理解いただきたい」くらいの発言がほしいものだ。これについては、しばらく後の報道番組で、大臣がそうした発言をするのを聞いた。私としては、それをいの一番≠ノ言っておくべきだったと思うのである。しかし、それにしても、「利用できなくなった人々」の視点に立った報道がまるでないような気がする。 |
| ストレスの解消法(05/05/25-773) 福岡の由緒あるお寺が火事になった。放火だということで捜査していたところ、身内の修行僧が逮捕された。彼は、まだ26歳。年長者を追い抜いて、住職に次ぐ立場に抜擢されていたという。寺には11人の僧がいたようだが、その関係がうまくいかなかったらしい。本人も「ストレスがあった」と供述している。何とも困った話だが、人間というものはむずかしいと思う。一方では、職場で意地悪されたり、いじめられる。挙げ句の果ては、昇進も抑えられる。そんな人もいる。そうした不遇をかこつ者が、つい切れて放火するといった暴挙に出てしまうこともある。また、欲求不満から、「誰でもいいから人を刺したくなった」などと、とんでもない理由で人を殺傷する者もいる。いずれも、マイナスのストレス状況に置かれた者たちの行動である。しかし、この僧の場合は、傍目には恵まれた立場にいた。しかし、それが故に周囲の者たちとうまくいかなかったのだろう。修行の身のお坊さんも人間なのである。出世といった世俗的な雑念も浮かんでくるのだろう。ともあれ、本人にとって、状況がよくても、悪くてもストレスが生まれる可能性があるということだ。人間を理解するのはむずかしい…。それにしても、もう少し冷静なストレスの解消法を思いつかないものか。事件を引き起こした者たちには、自分の行為の先が見えなくなっている。何でもかんでも世間体を気にする必要はない。しかし、犯罪を自制する世間体くらいは考えてほしい。想像力≠ェ必要なのだと思う。 |
| きまり∞マニュアル≠フ体質(05/05/24-772) マニュアルが抱える問題点については、先月から継続的に考えている。多くのミスや事故が、「当たり前のことを、当たり前にしていなかった」ために起きている。きまり≠竍マニュアル≠ェ守られていないのだ。こうした、きまり≠竍マニュアル≠フ問題点については、今後も考え続けていく必要がある。私としては、その解決策のひとつとして、すでにマニュアルの共有化≠提案した。他の立場の人と共通化しようということである。個々のきまりやマニュアルは、当事者しか知らないことが多い。そこから問題が起きてくる。自分たちには当然だと思えても、他の立場から見ればおかしいこともある。また、ややうしろめたい%ニ自のきまり≠竍マニュアル≠作りたくなる誘惑もある。そんなときは、ちゃんと仕事をするために必要なのだ≠ニいう理屈がつけられる。こうした職場思いの°C持ちに対して、表立って反論するのはむずかしい。それは、あっという間に職場の常識≠ノなる。しかも、その手のものは職場ぐるみで隠したくなる。後でばれるとまずいから、文書化もしない。まさに、「あうん」の呼吸で運用されるのだ。集団の行動規範は、こうした体質を持ちやすいのである。正直な話、その決定的な解決策はない。とにかく、日頃から自分たちの集団のあり方を振り返ることが大切だ。これでいいのだろうか≠ニ振り返る習慣を身につけておくことである。とくに管理者には、部下たちの本音を聞き出す力が求められる。それは、リーダーシップの問題でもある。また、適度の異動も有効だ。人が変われば、おかしい≠アとも見えてくる。 |
| トップのけんか(05/05/23-771) 関西地方のある小学校でのトラブル。運動会後に開かれたPTA主催の打ち上げで、校長と教頭がけんかをはじめた。当然のことながら、保護者と先生方が仲裁した。その場は大いにしらけたことだろう。しかも、それから後がまずい。帰宅してから、教頭が校長を電話で呼び出したのである。場所は漁協市場。OK牧場の決闘≠カゃああるまいし、何のこっちゃあとあきれてしまう。しかも、教頭は飲酒運転で果たし合い場≠ワで行ったらしい。もう、自分のしていることが分からなくなっている。再開した二人はもみ合いになる。それを止めたのは駆けつけた家族だったという。校長は意識朦朧となり、何と脳内出血で緊急手術をする羽目になった…(毎日新聞5月18日)。珍しい事件だから記事になったのだと思う。いやそう思いたい。しかし、とにかく何をやってるんでしょうねえ。これじゃあ、子どもに示しがつきませんよ。かなり前から私はこのままでは、日本は崩壊するぞーっ≠ニ叫びまくっている。そんな中で、小学校のトップがこんなことでは、お先真っ暗ですわい。組織の力はトップによって大きく左右される。それは、学校にだって当てはまる。さまざまな意見を戦わせることは大切だ。しかし、議論≠ニけんか≠ヘ違う。まさに、切磋琢磨。お互いが成長することを目指さなければまずい。一般の先生方も二手に分かれたり、どっちについていいか分からなかったり…。ますます学校がおかしくなってくる。子どもたちにも、校長先生と教頭先生は仲が悪い≠アとがバレバレになってしまう。そこまでいくと、組織全体が機能しなくなる。 |
| うまく入国した後は(05/05/22-770) メキシコから首尾よくアメリカに入った後はどうするか。「手引き書」には、そこまで書かれている。アメリカに滞在したり居住する書類が揃わないうちは、「人の注意を引かないようにする」ことだ。とにかく、「おとなしくしておく」のである。だから、「馬鹿騒ぎ」は禁止だ。近所の人たちがうるさがって警察を呼べば、それでおしまい。もちろん、「ケンカ」は御法度である。「バーやナイトクラブ」で騒ぎが起きたら、すぐに立ち去ること。混乱した中では、何もしていないのに捕まるかもしれない。また、「家族内の暴力」も避けるべし。「それは、メキシコと同様にアメリカでも犯罪です」なんて解説付きである。そして、説明は続く。「暴力は殴るだけではありません。脅したり、大声で叫んだり、虐待することも含まれます」。密入国という状況下ではストレスも多く、とくに暴力的な反応を引き起こしやすくなる。そして、「子どもやパートナー、あるいは同居している者に暴力を振るったりすると、刑務所行きになりかねません」と警告している。また、「火器やナイフなど危険なものは持ち歩かないこと」も大事だ。「多くのメキシコ人がそれで命を落としたり、刑務所に送られたりしていることを忘れないでください」と注意している。もしも、警察が家にやってきたら「抵抗」してはいけない。その際は、「捜索令状の提示を求め」るよう勧めている。そして、「協力した上で、近くのメキシコ領事館に連れて行くよう頼みましょう」。これで、めでたく帰国≠ニなるのだろうか…。New York Times の話題はこれでおしまい。それにしても、これが政府発行の「出稼ぎ労働者手引き書」なのである。 |
| あれも権利、これも権利(05/05/21-769) メキシコ政府の「出稼ぎ労働者手引き書」は、アメリカで捕まった場合に、どんな権利を主張できるかについても言及している。まず、「自分がどこにいるのかを知る権利」がある。ややこしい人間に手引きされたときなどは、「自分の居場所」だって分からないかもしれない。そして、「最寄りのメキシコ領事館に助けを求める権利」も持っている。これまた強力なバックアップになることは言うまでもない。さらに、「弁護士あるいはメキシコ領事館代表者のアドバイスがなしに、宣誓したり文書にサインするのを拒否すること」もできる。とくに、それが英語で書かれている場合は不用意にサインなどしてはいけない。何が書かれているか分からないからだ。また、「けがや病気の際には治療を受ける」権利もある。まさに人道的な配慮が優先されるのである。もちろん、自分がどんな立場の人間であっても、「敬意を払われ、正しく取り扱われる」ように主張することもできる。最終的には、「安全な方法で送還される権利」まで有しているのである。まあ、「行きは怖いが、帰りはよいよい」というわけだ。まだまだ権利に関わる項目は続く…。「水と食料を与えられること」「拘束された際に、自分の立場について黙秘すること」「暴行されたり侮辱されたりしないこと」「外部との連絡を絶たれないこと」。そして、「持ち物を没収された場合には、返還を求められるように、受け取り証を請求する」権利まで書いてある。まさに、至れり尽くせりのアドバイスでいっぱいなのだ。これじゃあ、アメリカが「密入国を奨励している」と怒るのも理解できるなあ…。 |
| 書き残し(05/05/20-768) このコラムを以前からご愛読いただいている方は、メキシコ政府が出した「出稼ぎ労働者の手引き書」の話題をご記憶かもしれない。アメリカへの「密入国手引き書」同然だと、アメリカで問題になっているという話である。これについて最後に書いたのは2月28日だ。それからいろんなことが起こり過ぎて、ついつい連載していたことを忘れていた。「味な話の素」を書くためにメモをつくっていることは、すでにお知らせしたが、その中に、「まだ取り上げてくれないのー」と言いたげな顔をして待っていた。せっかくだから、残りの部分を一挙公開したい。情報源はNew York Times である。さて、密入国を試みながら先方に見つかった場合の対応策のところから、話を再開しよう。まずは、「係官が逮捕しようとした際は、抵抗してはいけません」となる。もちろん、「攻撃したり侮辱」してはまずい。さらに、「石や物を係官やパトカーに投げつけない」ように注意を促している。そんなことをすれば、「係官に対する挑発行為だと見なされてしまう」からである。また、「彼らは攻撃されると思えば、武力であなたを捕まえようと」する。アメリカなら当然だろうと思う。そんなときは、「自分が武器を持っていないことが分かるように、両手をゆっくりと挙げ」ることを勧めている。これも、アメリカのテレビや現実のニュースなどで頻繁に見る光景だ。とにかく、見つかったら、「逃げてはいけない」し、「危険な場所に隠れ」るのもまずい。そして、「砂漠で迷うよりも、彼らに何時間か拘束されて、メキシコに送還された方がいい」となる。じつに具体的な「手引き書」である。 |
| 読まず嫌い(05/05/19-767) 「新聞ありますか」「はい、ご希望紙はございますか」「ええ、日経以外ならどれでも…」。飛行機の中でのスチュワーデスと私の会話だ。いかにも日経嫌いの発言だが、「嫌い」という意識はない。ただ、一般紙に比べると経済にウエイトがあり、専門的でおもしろくない。これが私の主観的な判断であった。ところが、先日のことである。乗り口に置いてあった新聞が日経しかなかった。早朝の便で、誰も読んでいないものが残っていた。そこで、やむを得ず日経を持って席に着いた。それからやおら記事を読みはじめたのだが、これがけっこうおもしろい。一面から読んでいくうちに。ふと気づくとかなりの時間が経過していた。せっかちな私だから、新聞も一段落つくと、PCを取り出す。ところが、このときは、それに至るまでの時間が、一般紙よりも長くなった。ビジネスマンには必須の日経だろうが、私なんぞはずっと距離を置いていた。それが本気で読むと、なかなかの記事が載っていることに気づいたのである。もちろん、それまでも日経を開いたことはあった。しかし、頭から「おもしろくない」と思いこんでいたのだ。新聞だから「読まず嫌い」ということだったのだろう。人間は、自分の考えに合わせて物や人を見る。いやなやつだと思えば、マイナスの部分だけを探して、ほらやっぱりそうだと納得する。つまらないと思うと、日経は活字が小さくて気に入らない≠ネどといって、本質的でないことでいちゃもんをつける。大いに気をつけなければならない悪い癖だ。もっとも、そうかといって日経を定期購読するまで、心境が変化したわけではございませんので、念のため。 |
| 外を見る目、外から見る目(05/05/18-766) 地球を中心に宇宙が回っている。身の周りを見ていると、たしかにそう思えてくる。どちらを向いても、みんなが同じ運動≠しているから、違和感もない。そこで、自分たちが中心にいると考えてしまう。地球の外から見ないと、自分たちが動いているのが分からない。そんな中で、地球の方が回っていることを見抜いた人もいた。その代表がコペルニクスやガリレオである。彼らは冷静に≠ノ天体の動きを観察し、さらに自分たちの現実認識≠変える力を持っていた。だから、地球は回っている≠ニ確信したのである。それは、当時の権威≠ニ世間の常識≠ノ対する挑戦であった。洋の東西を問わず、異なる発想をする人間は排斥されがちだ。ガリレオさんなどは、その典型だった。実際に聞いたわけではないので、ご本人がそれでも地球は回っている≠ニ言ったかどうかは知らない。しかし、裁判で有罪になったときは、悔しかったに違いない。それから随分と時間が経って、地球が太陽を回っていることが常識になった。ガリレオさんが教えてくれている。@自分たちの周りだけ見て、それが常識だと考えてはいけません、A外の世界にいる人たちを十分に観察する必要があります、B権威者の言うことや多数意見がいつも正しいとは限りません、Cそして、健康な想像力≠ェ欠かせません。もちろん、ただ常識≠ノ反することを言えばいいと勘違いしてはいけない。そこには、十分な思考力≠ニ冷静さ≠ェ求められる。それがあれば、本当に外≠ノ出なくても、真実をつかむことはできるのだ。ガリレオさんのように…。 |
| 中立・公正(05/05/17-765) どんなにひどいことであっても冷静に事実を追求する。人間として怒りを覚えながらも、その感情を抑える。これが報道人に期待される能力なのだと思う。そうでなければ客観的な報道はできなくなる。そんなわけで、JR西日本が起こした事故に関わる会見での記者の発言も暴言と認知されたのである。あれでは、報道の使命である中立・公正な判断ができないということである。ただし、よく考えてみると、この中立・公正≠ニいうのも、十分に注意した方がいいことば≠ナある。そもそも、この世の中に住んでいて、真の意味での中立・公正≠ネんてあり得るんだろうかと思ってしまう。自分は真ん中≠ノいると考えて、何かの判断をする。しかし、判断≠ニいう行為そのものに、いつもある種の価値観≠ェ含まれている。そうでなければ、どうでもいい≠ニいう判断しかできなくなる。いやいや、どうでもいい≠ニいうこと自身が、やはり1つの価値観の表現である。自分が中立・公正≠セなんて思っているのは、地球が宇宙の中心だ≠ニ信じているのと変わらないのではないか。本当は、太陽≠ェ中心≠セったのに…、いやいやそれだって正しくないのだ。太陽系なんて、銀河系の隅っこにある極小のシステムらしい。その上、銀河系そのものも動いているというから、ますますややこしい。とにかく、自分が真ん中≠ノいるなんて、おこがましいったらありゃあしない。自己中≠烽「いところのなだ。そんな気持ちでいると、自分を振り返る≠アとなんて、思いもよらない。反省≠キることもない…。 |
| 自浄能力(05/05/16-764) あのJR 西日本の事故に関する会社の会見で記者が暴言を吐いたとして、所属の新聞社が謝罪したという。該当する新聞は見ていないが、紙面上での謝罪になったらしい。「あんたら、もうええわ、社長を呼んで」。私もこの場面を見て不愉快な気分になったことを記憶している。じつは、その翌日には、私の尊敬する先輩が、この問題をホームページで指摘していた。マスコミの世界で仕事をされている現職の方である。まさに関係者の立場から見ても、あの態度が顰蹙を買っていることを知って、ほっとしたものである。それにしても、ニュースでは、「JRの態度に、報道関係者からも怒りの声が上がっていました」といった調子で伝えられていた。そこには、「JR西日本のあまりものひどい対応に、こんな発言が出て当然」といった雰囲気があった。少なくとも私にはそう感じられた。こういう姿勢もどうかと思う。こんなときには、同業者を諫めるくらいのコメントがあってもいいのではないか。事実、あのニュースを見た視聴者から批判が寄せられたようだ。テレビの映像からは記者の所属は分からない。だから、ニュースを放送した局に文句がいったのだろう。さらに、どうも週刊誌がそのことを問題にしたらしい。そんなこんなで、謝罪ということになったと推測される。どうせそうなるのなら、あの映像が流れた時点で、迅速な対応をとっておくべきだった。あれが誰なのか、いの一番に分かったのは、その新聞社の人間なのだから…。人から言われて謝罪するのでは、遅きに失したといわれても仕方がない。いわゆる自浄能力を疑われる。 |
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老舗の危機(05/05/15-763)
当たり前のことを当たり前にすることはむずかしい。もちろん、してはいけない≠アともしてはいけない=Bそんな中で、わが国の多臓器障害は、とにかく深刻だ。今度は老舗の放送局が開設しているホームページが問題になった。コラムに盗用があったというのである。しかも、その数も1件や2件などではない。期間も長期にわたっており、ニュースを見ていると日ごとに増えるといった感じである。その上、おかしいと指摘された後がいけない。当該放送局は、それを書いたのが「30代のフリーライターだった」と公式に発表した。契約も打ち切ったという話だった。だから、「放送局も気をつけないとまずいじゃあないか」くらいの気持ちで見ていた。ところが、ところが…。何と盗用したのはコラム担当の部長だった。しかも、フリーライターに対して当人が執筆したことにしてくれるよう依頼していたという。もうほとんど開いた口がふさがらない。危険度の高い職場では、2重3重に安全チェックをしていることが強調される。しかし、この場合は、まるで2重3重の不安全行為が行われていたのである。とにもかくにも、ものを書く人が「盗用」してはいけない。まさに、当たり前のことである。運悪く(?)ことがばれたら、正直に事実を伝えることである。これも当たり前。老舗の組織であるが故に、老化現象が現れてきたか。それにしても、ホームページでの盗用なんて、ばれるに決まってる。プライベートなかわいい嘘ではないのだから。それに気づかないなんて、あまりにも幼稚すぎる。このごろは、犯罪なども含めて、短絡化∞単純化∞幼稚化≠オている点が気になる。 |
| 当たり前のこと(05/05/14-762) 事故や不祥事が多発している。後から考えると、どれもこれも当たり前のことをしていなかっただけのことなのだ。しかし、その結果は取り返しのつかない深刻なものになる。アトラクションの事故では、シートベルトを装着する≠ニいう当たり前のことをしていなかった。ウイルスバスターのチョンボでは、新しいプログラムをチェックするという当たり前のことをしていなかった。JRでは速度制限を守る≠ニいう当たり前のことをしていなかった。この件では、車体不良の可能性を言う人もいる。もしそうだとしても、やはりちゃんと確認する≠ニいう当たり前のことをしていなかったということになるだろう。ウイルスバスターの場合は、「ウイルス解析・サポートセンター」がマニラにあることまで分かった。私のPCでもウイルスバスターが頻繁に自動更新している。その発信元はマニラだったのだ。われわれは、文句なしにグローバルな時代に生きているのである。管制官が閉鎖中の滑走路に着陸指示を出した件も見逃せない。担当者の18人全員が、閉鎖の事実に気づかなかった。詳細な理由は分からないが、そんなことが偶然≠ノ起きるはずはない。おそらく、この場合も、当たり前のことを当たり前にしていなかった≠フではないか。それにしても、人間は、どうして当たり前のことが当たり前に≠ナきないのだろうか。日産のある工場長さんが、ゴーン氏は、当たり前のことを当たり前にやった≠ニ発言されるのを聞いた。それだけ当たり前≠ヘ難しいということなのか。こうした人間行動のメカニズムを明らかにすれば、ひょっとしたらノーベル賞かもしれない…。 |
| 多臓器障害(05/05/13-761) 専門的な定義はあやふやだが、多臓器障害≠ヘ、文字通り複数の臓器が悪くなっていくことだろう。それが進行すると命がなくなる。高齢者などはとくに気をつけなければならない。このところ、わが国も多臓器≠フ障害≠ェ軒並み顕わになってきている。JALのトラブルが出始めたころの3月19日に風邪は万病の元≠書いた。深刻な事故に結びつかないミスを放っておいたら大病になるよという趣旨だった。その後も、JALのトラブルが報道される。そうこうするうちに、ANA系も指示なし滑走のトラブルを起こした。先月には、アトラクション施設で人が亡くなった。その問題について考えていたら、ウイルスを駆逐するソフトが大チョンボした。ウイルスに罹ったのではないかと疑われる現象をコンピュータに起こさせたのである。これについて書こうと思っていたら、あのJR事故である。そしてJRのニュースが流れ続けている最中に、今度は羽田で管制官が閉鎖された滑走路に着陸指示を出したというので驚いた。しかも担当の18人が誰も気づかなかったというから、とても信じられない。パイロットから確認された際にも、その滑走路に降りる指示を出したそうだ。国土交通省も、民間の事故ばかりを責めている訳にはいかない。それにしても、わが国はまるで多臓器障害≠フ状態だ。臓器が互いに関連しているように、こうした問題は独立に起きたものと考えてはいけない。日本が老化し体力を失っているのである。年をとると、ちょっとした風邪が命取りになる。いま真面目に治療しないと、わが国もいずれその期がやってくる。 |
| 現場の心(05/05/12-760) 上意下達:上層部の意思、指示や命令を下に伝えること。英語で言えば、TOP-DOWNである。組織は人の集まりだから、個々人がバラバラに動いていては収拾がつかない。だから、トップが指示や命令を出して、下の者はそれに従う。これが、いわゆるピラミッド型組織の基本である。そうした構造によって組織が効率的に動いていくことが期待される。ただし、それにはトップの発想がすべて正しい≠ニいう前提条件が必要になる。しかし、いつも正しい#サ断をする人なんて、この世の中にはいない。だから、フィードバックが重要になる。指示や命令が適切なものだったか、それが十分に受け入れられているか。トップの人間がこうしたことに気を配っているかどうかが組織の力を左右する。下の人間は俺の言うことさえ聞いてればいい。俺が間違うはずがない=Bこんな発想を持っているトップは、すでにその時点で大間違い≠しているのである。本当に組織を支えているのは第一線で働いている人たちである。その人々を本気で大事だと思っているか。その心≠理解するように努めているか…。とにもかくにも現場に対する感謝の気持ちがなければ、組織の存続は危うい。もちろん、見かけだけ理解≠オているふりをしても効果はない。そんなものは一瞬にして見透かされる。そもそも、上司が部下の心を見抜くのはむずかしい。しかし、部下たちは上司の心をちゃあんと知っている。あなた達がいないと困ります∞皆さんにいつも感謝しています=Bそれが、ことばだけのものかどうか、現場の人たちにはお見通しなのである。 |
| Golden Week(05/05/11-759) Golden Week:黄金週間である。4月末から5月にかけての連休につけられた呼び名で、いわゆる和製英語。現在では3日の憲法記念日と5日のこどもの日に挟まれた4日は「国民の休日」とされているから、いつも3連休になる。土曜日に仕事をしていた時代は、出たり休んだり≠フ年が多かった。たとえば、29日が金曜日だと、30日は出勤する。1日は日曜日で休み。2日に出ると3日は祝日となる。そして4日は仕事で5日がお休み。さらに6日と7日は出勤で、8日は日曜日という訳だ。これを称して「飛び石連休」と言っていた。なかなかおもしろい味な表現だ。それが今年は10連休のところもあったというから、もはや「飛び石連休」も死語となったか。時代が変わったものである。それに応じて、心も豊かになったかどうかは怪しいけれど…。それにしても、この時期をGolden Weekというのはなぜか。理由は簡単、映画業界が創ったプロモーション用語なのである。その昔、連休には映画館の入場者が増加した。そこで、業界も客を当て込んで張り切って映画をPRしたのである。正月とお盆と並ぶ書き入れ時だったという訳だ。映画は家族そろって楽しめる娯楽の花であった。遠くに出かけるほどは休みが続かない。もともと先立つものもない。そんなとき、町中で日常性を超えられる空間は映画館≠セった。ほとんどの人間が一生に一度でも東京に出かけることもない。そんな時代、まさに銀幕に映し出される俳優たちは、文字通り自分たちの手が届かないところで輝いているスターだった。 |
| そして連休もシネコン(05/05/10-758) ここまでくると、5月の休みにも1回はシネコンでしょうとなる。まあ、そんなノリで「コックリさん」を観に行った。韓国の映画であるが、女子高校生のイジメにまつわるホラー映画だった。制服や教室の机などが日本とほとんど同じ。しかも、顔だって日本人と変わらない。ただし、文字だけはハングルで、まったくチンプンカンプンだ。この点は漢字で何とか意味が読み取れる中国と違っている。それにしても、館内はほとんどが若者たちだった。そりゃあそうだろう、ホラーといいながら女子高生が主役の映画なのだ。そんな中にウーロン茶の大カップを買って入った。家内がチケット売り場で並んでいる間に、気を利かしてお茶を買ったのである。家内も飲むだろうと大≠ノしたのだが、これが桁違いに大きかった。カップを見た家内に、そんなの誰が飲むのよ≠ニ言われてしまった。そのでっかいカップを持って館内に入っていったのだが、確かに大カップ≠ヘ誰も持っていなかった。実際、2時間ばかりの映画が終わった後もまだ飲みきれずにいた。それどころか、歩いてわずか5分のわが家である。家に帰ってからもまだ十分に喉を潤す程度は残っていた。ともあれ、人を刺す場面などを見て、韓国映画もかなり激しい描写をするものだと思った。しかし、あの映画が訴えたいのは、人間、イジメをしたらいけません≠ニいうことだったのだろう。それにしても、どこの国にもイジメがあることを実感した。自分と異なる者を受け入れない。そして、徒党を組んで弱い者をいじめる。ああ、悲しきかな人間…。 |
| シネコンの第2作目、3作目(05/05/09-757) もともと観るつもりのなかった「ターミナル」のおもしろさに、シネコンの味を知った。第2作目には「呪怨」を選んだ。これは日本映画をアメリカ版にしたもので、すごく怖ーいという評判だった。前回の「ターミナル」のときにも、予告編が流れていた。まあ、怖そうな映画もいいじゃないかということで家内と出かけたのである。夫婦の場合、一方が50歳以上であれば、1人が1000円になる。そこで、いつも夫婦同伴である。もちろん、家内も50歳は越えています。念のため…。東京を舞台にした内容で、客のほとんどは若い人だった。何というか、かなり訳の分からないストーリーではあった。しかし、あまり堅いことは言わない主義だ。大きな画面で迫力のある音を聞いているだけで、そこそこ満足した。そして、第3作目は「ナショナルトレジャー」となった。これも、「呪怨」で予告編を見て、興味をかき立てられた。そこで、今度は娘も参加して、「ナショナルトレジャー」ツアーとなった。タイトル通り単純な宝探し≠セが、じつにおもしろかった。とにかく始めから終わりまで、次はどうなるか、そしてその次は…≠ニ息をつかせぬ流れがあった。文句なしに、おすすめだ。しかも、この映画、先月ニュージーランドに行ったとき、帰りの飛行機でも上映された。何という幸運。退屈な空の旅の中で、あっという間に2時間が経過した。それを聞いた娘が悔しがること。自分ひとりでもう一度行くなどと言っていたが、連休中に終わってしまった。ともあれ、わが家では、時間があれば映画に出かけることが習慣になりつつある。とにかく映画はおもしろい。 |
| 近所のシネコン(05/05/08-756) 昨年の12月、わが家から歩いて5分のところにシネコンができた。現時点では熊本県下で最多の10館からできている。とにかく行かなくっちゃと出かけて、ターミナル≠観た。最初はゴジラ≠と思っていたが、系列が違った。そんなことで、まずは建物見物に行ったのである。チケット売り場の前で、家内が「『ターミナル』はおもしろいらしいよ」という。それならということで、入ることにした。これがなかなかの出来映えだった。国際線でアメリカに着いたら、祖国が革命でひっくり返っていた。アメリカがまだ承認していないという理由でパスポートが無効になる。入国できなくなってしまったのである。そこで、閉じこめられた空港内でさまざまな物語が展開していく。そんな厄介者がいては空港も大いに困る。そこで空港のトップは彼を追い払うために、謎をかける。警備員を意図的に移動させ、空港から出て行かせようというのである。空港の外で不法入国者として捕まれば、自分の責任は免れるのだ。明言はしないが、見て見ぬふりをする≠アとを暗に伝える。こんなところは、洋の東西を問わない。わが国だけが、腹芸で事を運ぶいい加減な文化を持っているなんて自己#癆サする人もいる。しかし、どうして、どうして、どこも同じなのよね。こんなことが分かるのも映画のいいところだ。文化の違いだけでなく、類似点だって知らせてくれる。こんな訳で、私にとって、ご近所のシネコン第1作目は大正解で終わった。めでたし、めでたし。それにしても、とんと映画はご無沙汰だった。距離が近いということは、それだけで人間を動かすものなんだと思う。 |
| Oh, Help Me!(05/05/07-755) ゴールデンウイークの大サービス(?)で、本日は2本目。このところ、ちょっと困ったことが起きているので、そのお話。じつは、今日までせっせと「味な話の素」を続けてきました。しかし、ご存じのように、スタート以来すでに2年が経過しています。本音を申し上げると、さすがにネタが底をついてきました。そこで、ここいらで、しばし休養をいただきたい。そんな気持ちが強くなってきたのです…。なあんて言うのは真っ赤な嘘でーす。むしろ逆のことで頭が痛いんです。ネタが浮かぶと、すぐに2、3行のメモを書きます。今日も家族で昼食に出かけたのですが、なぜか微分と文化≠ェつながってしまいました。ところが手元にメモがありません。そこで、テーブルのナプキンとたまたま置いてあったボールペンで、部分 同じ人 個人差 文化差≠ニ書きました。すると途端に頭の中で積分もだあ≠ニいう声が聞こえました。そこで、積分≠焜<bノ加えました。こんな訳でメモはどんどん増えていきます。回遊魚 2人 若者と経験者 短期 裁判員 マルチリンガル≠ニいうのもあります。これは、組織における事故や不祥事を防止するために、回遊員制度≠創設してはどうかというアイディアです。多臓器障害≠ニだけ書かれたメモもあります。こちらは、多発する事故や不祥事を象徴的に表現して、問題提起するつもりで書いたものです。メモを数えてみたら100を超えていました。なかには、内容が思い出せないものもありました。いまでは鮮度が落ちてしまった話題もあります。ああもったいない。とにかく、悩み多き私なのであります…。 |
| 組織風土の影響力(05/05/07-754) JR西日本の事故では、その後に信じられないことが明るみに出てきた。事故を起こした電車に乗っていた2人の運転士が、そのまま職場へ行った。あの日に、同じ支社のグループがレクレーションに興じていた…。こうした事実を聞くと、この人たちはいったい何を考えていたのかと言いたくなる。そんな発想をすること自身、許せないと思う。そして、自分たちは間違ってもああした行動はとるはずがないと考える。そこまではその通りである。しかし、これが個人的な資質の問題だけでないことは、多くの人が感じているはずだ。マスコミでも企業体質≠ニいうことばが使われている。まさに組織の風土に大きな問題があるのだ。それっておかしいんじゃないですか=Bその一言が言えない。そうした人間関係があると、言っても仕方がない≠ノ変わるまでに時間はかからない。そして、どうせ、みんなやってるじゃないの∞まあ、後で問題になっても、私の責任じゃないもん=Bこんな気持ちが全員に広がっていく。そうした風土が生み出す組織メンバーの習性が、危機的な状況が起きたときにも影響を与えるのである。上意下達だけでやっていると、うまくいっているときは成績も上がる。そして、上の者たちが、成果は自分たちの力のおかげだ≠ネどという顔をする。これでは、現場第一線で仕事をしている者たちは意欲を失ってしまう。おっしゃるとおりにしましょう。文句も言いません。その代わり、責任もとってちょうだいね=Bこんな風土で生きている組織の人間は、外から見ると信じがたい行動にも疑問を感じなくなる…。JR西日本を他人ごとのように非難ばかりしておられるのだろうか。われわれは、何年も前から、組織が抱えるこうした問題を訴え続けてきたつもりなのだけれど…。 |
| 箱ブランコを揺する人たち(05/05/06-753) 日本人が持っている精神の危険な箱ブランコ≠ヘなかなか消えていかない。バブルの時代にはもう外国から学ぶものはなくなった≠ニ言い放つ。何という傲慢さ。ところがバブルが破裂するとどうなったか。経済の不振を前に、今度は第二の敗戦≠ニきた。それまでの努力はすべてが誤りだったと言わんばかり。またぞろ、一億総懺悔≠ゥいな。とにかく揺れすぎなのだ。このときも危険な箱ブランコ≠ェ息を吹き返したのである。そして、JR史上最悪の事故が起きた。またまた、外から箱ブランコ≠揺する人のご登場である。テレビのワイドショーにも新聞にも、正義の味方がどんどん登場する。その中には、民営化≠アそが、諸悪の根源≠ニ噛みつく人もいる。国鉄≠ノ戻せと言いたいのかしらと疑いたくなるような興奮ぶり。そして、国が管理しろ、厳しいチェックをしろと叫ぶ。そうなると、またまた公務員が増えますよ。そんな人に限って、国鉄℃梠繧ノは国鉄≠罵り、国の管理≠ノついても猛反対する。とにかく、箱ブランコ≠ェお好きなのである。今回の事故で、JR西日本の経営体質が追求されるべきことは言うまでもない。責任の所在も明らかにされなければならない。国の管理強化を招くようなことをするなと叫びたくもなる。しかし、それでも民営化がすべて悪かった≠ニまで揺れるのはまずいんじゃないの。わが国には、歴史と伝統を持った私鉄がたくさんある。公共交通機関のバスだって、大部分は民営ですよね。精神の箱ブランコ≠燉hすり過ぎては危険なんだなあ。 |
| 危険な箱ブランコ(05/05/05-752) その昔、全国の公園に箱ブランコ≠ェあった。ゴンドラに子どもたちが向かい合って乗る遊具である。座っている者が反動をつけているうちはいいが、外で立っている人間が揺するとかなり大きく揺れた。また、元気のいい子が乗り口に横向きに立って揺すると、激しく動いて怖くなることもあった。子どもたちには、それも一種の快感にもなって、きゃあー≠ニ叫んだりしていた。しかし、やりぎてケガをしたり、大地との間に挟まれて死亡する事故まで起きた。そんなことから、箱ブランコ≠ヘ次第に公園から消えていく。しかし、われわれ日本人には、精神の箱ブランコ≠ェ、まだまだ残っているように思える。それは、揺れすぎの危険な箱ブランコ≠ナある。すでに、この欄で、日本人の揺れすぎを話題にしたことがある。いまから、60年ほど前のこと、われわれは鬼畜米英≠ニ叫びながら戦争をしていた。アメリカやイギリスは、鬼や畜生なのだ。ところが、それが8月15日以降には一変する。まさに、一億総懺悔≠ニいうわけである。何という変貌ぶり。それはまるで時計の振り子だ。右に振れたかと思うと、今度は左に振れる…。こんな表現をすることがあるが、私に言わせれば、振り子≠ナは事実を十分に伝えられない。時計の振り子≠ヘそれほど極端には振れないからだ。激しく動くこともないし、そもそも危険でもない。そうなのだ。こんなときは、箱ブランコ≠使った方が現実を表現するにふさわしい。それは、使い方を誤ると危険な点も共通している。本当に言いたいことは、明日になってしまった。 |
| 運転と眠け(05/05/04-751) 昼寝のことを考えているうちに、バスの運転手さんのことが気になってきた。普通の人間が午後2時頃に眠くなるのは当然の生理現象である。もちろん、運転手さんは一般人とは緊張感が違っているはずだ。しかし、そうかといって、彼らが運転中に全く眠くならないとは考えられない。自動車学校では、高速道路の運転は単調で眠気を誘いやすいと習った。いまでは、福岡と熊本を結ぶ便だけでも1日100往復もの高速バスが走っている。バスは時刻表に従って動いているから、トラックの運転手さんのように、眠くなっても仮眠をとる訳にはいかない。バス会社では、こうした睡魔≠ヨの対策をどうしているのだろうか。「眠気を催さないように、十分な睡眠をとっています」。これは模範解答ではあるが、利用者を十分に安心させるものではない。また、「眠気を催した事例など皆無です」と言われても、誰も信じないだろう。会社では、こうしたことについて調査しているのではないかと思う。その結果を無条件に公表することはできないかもしれない。それで余計な不安を煽る心配が出てくるという考えもあり得る。しかし、この時代、会社がとっている対策を明らかにすることも大事ではないか。私たちは「このようにしています」という具体的な対応が分かれば、「ああ、それなら安心だ」ということになる。しかし、眠気をシャットアウトする完璧な方法はないと思う。運転手さんが「やや眠気を感じています。お客様と会話をさせて下さい」なんて正直に言った上で走る。こんな対処法って、あり得ないんでしょうねえ…。 |
| 昼寝の楽しみ(05/05/03-750) 私の睡眠時間は、けっこう短い。わざわざ計ったことはないが、6時間まではいかないと思う。それでも昼間に眠くなることはほとんどない。授業をしているときはもちろんだが、部屋で仕事をしていても眠気を感じない。ところが、休みの日になると話が違ってくる。どんな日でも、朝は早く目が覚める。平均的には4時台である。じつは、今朝は2時台で、このコラムの更新は3時ごろになる。休日は家内もゆっくりしている。私の方は8時ころまで仕事をする。そんなことで、平日に比べると遅めの朝食となる。それが終わるとまた仕事を続けることが多い。ところが、10時も過ぎてくると、眠くなってくるのである。そうなると、下手な抵抗はせず、すぐ寝ることにしている。しかし、その時間はかなり短く、30分を超えることはない。ときには10分で目が覚める。それでも、すっきりするから昼寝はすばらしい。覚醒時には、大脳が絞られたような快感を覚える。これが何とも言えない。生きてるーっ≠ニいう実感がして嬉しくなってくる。それから昼ご飯となる。朝ご飯を何時に食べようと、お昼にはお昼ご飯なのである。ごちそうさまーっ≠ニ言った途端から、またまた眠気が差してくる。そんなときも、無理はしない。すんなりとお昼寝である。これまた、10分から30分だ。それで終わりかと思うと、また夕刻にまぶたが下がってくることもある。昼寝すると夜が眠れなくなる$lもいるらしい。私に関しては、それはまったく当てはまらない。これは、平日との緊張感の違いなのだろうと、われながら感動する。もちろん、休みはいつも昼寝を3回してる訳ではないので、念のため…。 |
| マニュアルと対人関係(05/05/02-749) マニュアルが暴走して都合のいいように改善≠ウれないためには、どうしたらいいか。そのポイントは職場のリーダーにあると思う。リーダーが「マニュアルはきちんと守っていこう」「勝手に変更するなんてことはしないでおこう」という姿勢をしっかり持ち続けている。こんな職場では、都合のいい改善≠フ確率は減少するに違いない。その際には、リーダーの対人関係力が問題になる。ただ高圧的に「マニュアルから逸脱するな」「変更は断じて御法度」などと、江戸時代の悪代官のようなことを言っていてはまずい。自分の保身≠フためにマニュアル厳守を指示していると見られるようだと迫力を失ってしまう。「あの上司が、先輩が言うのだから…」。こんな感じで受け止められるのがポイントだ。こうした信頼関係が何にもまして大切なのである。同じようなマニュアルやルールであっても、きちんと遵守される職場もあれば、いい加減なところも出てくる。その違いの要因として、職場における管理者のリーダーシップを無視することはできないのである。そして、個々の集団は重層的に重なり合いながら、より大きな組織になっている。第一線のリーダーが、その上のリーダーを信頼していること。そして、そのリーダーが、そのまた上のリーダーをどう見ているか…。最終的には組織のトップのリーダーシップにまでたどり着く。トップに対する信頼感は、すべてのリーダーシップの基礎になる。トップ層が、組織に所属する人々から、現場を大事にしている≠ニ認知されているかどうか。それによって、組織の安全は大きく左右されると考えていい。 |
| マニュアルの共有化(05/05/01-748) マニュアルが個々の集団で都合のいいように変容≠キる。部外者はそのことを知らないか、知っていても知らないふりをする。初めのうちは、何事も起こらない。そのため、ますますマニュアル改善≠フ正当性が高まったように思えてくる。そして、いつの日か蓄積した金属疲労が致命的な破壊となって顕れる。先日の事故がなければ、「オーバーラン」を過少申告した事実も表には出てこなかった。ほとんどの人がきちんとした仕事をされているとは思う。しかし、こうした「過少申告」が、今回の二人のあのときだけの出来事だとは考えにくい。こうした問題については、また別の視点からの分析が必要だ。ともあれ、いまや、情報公開の時代である。まずはマニュアルをほかの集団とも共有化することが必要だろう。お互いに仕事の専門性が高いから、よその人間は素人同然になるかもしれない。しかし、専門的でない目で見ることで、案外とマニュアルの問題に気づくこともあり得るのである。自分たちの常識≠焉A別の立場に立てば非常識≠ナあることは、しばしば経験する。いずれにしても、組織にとって閉鎖性≠ヘ悪性の腫瘍だ。自分たちですら気づかないうちに、取り返しの付かない状況にまで肥大化していく。しかも、この閉鎖性≠ニいうガンは、組織全体に簡単に転移する。うちはうち。お互いに干渉しないでいこうや。それがみんなの平和のため…=Bこんな発想が蔓延している組織はかなり危ない。 |