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味な話の素
No.24 2005年04月号(717-747)



マニュアルを守る意識(05/04/30-747)
 マニュアルは個々の職場で閉鎖的なものになる。そして、自分たちの都合のいいように改善≠ウれていく。なにせ、仕事がやりやすい&向に改善≠ウれるのだから、誰だって文句の言いようがないのである。そして、閉鎖的であるが故に、当該集団以外の人間には、そうした改善≠ノも気づかない。まあ、これがマニュアルがいつの間にか成長≠オていく一般的なストーリーだ。しかし、実際には外部の人間だって知っていることも少なくない。ただ、そうした状況を見て見ぬふりをしているだけ。そんなこともありそうだ。それでうまくいっているのだし、不都合も起きていない。そんなときに、わざわざ波風たてることはない。こうした気持ちがお互いに働くのである…。いずれにしても、マニュアルの改ざんや無視のような事態を起こさないための絶対的、決定的な方策は頭に浮かばない。青臭いと思われるかもしれないが、対策の1つは、組織のメンバーの倫理観を高めることである。「自分たちは、変なことはしない」「マニュアルはきちんと守る」「よその集団がどうであろうと…」。こうした意識をみんなに持ってもらうことが必要なのである。「そんなこと当たり前じゃないか」などと、はじめから否定的に考えないようにしよう。そうした発想をしている限り、現状は変わらない。いいこと、大事なことと信じるならば、あくまでねばり強く実践することである。その昔、JRの禁煙車は皆無だった。そのうち、少しずつ禁煙の車両数が増えていった。しかし、はじめのころは、禁煙サインがあってもたばこを吸う人がいた。その人たちは、禁煙車であることを知らないようには見えなかった。むしろ、「おまえら、文句があるか」といった雰囲気で吸っている者がけっこういた。ひ弱い一般市民は、それに声を出すことができないままでいた。しかし、このごろはどうなったか。禁煙車両でたばこを吸う者は一人もいない。少なくとも私の経験ではそう断言できる。世の中は確実に変わったのである。とにかくあきらめてはいけない。
事故に関わる疑問(05/04/29-746)「味な話の素」スタート記念日(Since2003)
 
本日は、もう一つ書いてみたい。アトラクションの事故をきっかけに、ずっと事故に関わる問題を考えてきていた。そんな中で、ウイルスバスターの大きなトラブルが起きて、影響は世界中に広がった。その衝撃が収まらないうちに、今度はJR西日本の大事故である。まさに、暗澹たる気持ちになる。今回の事故については、精細な調査が行われている。悲惨な事故を起こさないためにも、調査委員会に対する期待は大きい。それにしても、素人ながらいくつかの疑問がわいてくる。1つは40mというオーバーランの大きさである。専門的には停止位置不良というらしいが、私自身は運転士の腕前にいつも感動している。ほとんど誤差ゼロで止めるあの技は、もう芸術的ですらある。それでも1m前後くらいズレることだってあるとは思う。しかし、40mや100mというのは、半端ではない。少なくとも「止まろう」という「意識」を持っている場合には、起こりえないのではないか。たとえ、未熟な人間であったとしても、そこまではいかないような気がする。したがって、あまりにも極端なオーバーランについては、運転士が「止まろうという意識」を持っていなかったのではないかと想像したくなる。とくに、駅というのは走行中とは周りの風景も変わる。運転士にとっては、「無意識的」「本能的」に「止まろう」という力が働いても良さそうな環境である。あのときは、運転士にそれを気づかせないような原因があったのか。また、電車は「快速」だった。彼がこの駅を「通過駅」と勘違いしたなどと言うことはあり得ないのだろうか。それこそATS などで「停車駅です」という機械の音声が流れていて、そんな間違いなどあり得ないのかもしれない。しかし、それならどうして大幅なオーバーランをしたのか。もう1点は、車掌との関係である。車掌には「飛ばしている」ことが分かったはずだ。しかも、そのスピードも把握したと思う。素人の私でさえ、電車の最後尾にある運転席のメータを見ながら、「おお、100K超えてる」などと楽しんでいることがある。プロの車掌がそれを一瞥だにしなかったとは考えにくい。その上、年齢は40代だったと思う。それなのに、「ちょっとスピードを出し過ぎだよ」などと言えなかったのだろうか。オーバーランの過少申告に同意したようだから、忠告するような関係ではなかったのかもしれない。しかし、私はここでちょっと別のことを考えてしまう。それは、運転士と車掌との関係である。この2つの職種は、「安全運転」を実現するという点で対等な関係にあるのかどうか。なんとなく、両者の仕事は画然と分けられていて、互いに干渉してはならないという雰囲気があったりはしないか。運転に関して車掌がよけいな口出しをしてはいけない。そんなきまり≠ェあるとすれば、これはまた大いに考える必要がある。
マニュアルの閉鎖性(05/04/29-745)「味な話の素」スタート記念日(Since2003)
 マニュアルは、それぞれの仕事を進めるために必要な手続きを書いたものである。だから、仕事場における個々の状況に応じて、マニュアルの内容は違ってくる。当然のことながら、より具体的で詳細なものになる。そして、マニュアルは閉鎖された特定の集団で使われる。その職場では「誰でも知っている」が、同時に外部の人間は「誰も知らない」という状況が生まれやすい。そこに「取り決め」が生まれる余地が出てくる。自分たちに都合のいい解釈がなされ、大きな抵抗もなく変更・修正≠ェ行われるのである。それは、「裏マニュアル」にまで変身≠キることさえある。そうした新版マニュアル≠ヘ、あっという間に職場の「常識」になる。その方が仕事がしやすい≠ゥらである。こうなると、元に戻ることは極めてむずかしい。また、本来あったマニュアルの存在そのものが隠されてしまう。あるいは、表面的にはマニュアルを守っているような姿勢を見せながら、実態はマニュアル無視や軽視が当たり前になる。だから、外部の人間にはその実態が分かりにくい。そんな中で、超まじめな人が出てくるかもしれない。「やっぱりマニュアルはきちんと守らなければならないのではないか」。実に素朴でまともな意見を言う。しかし、その声はほとんど力を持つことはない。「いやいや、原則ばかり言ってても仕事は捗らないよ」「あんた、子どもみたいなこと言うんじゃないよ。マニュアルなんか守ってたら、コストダウンなんてできっこないんだから」。今や世の中は「コストダウン」のスローガンに溢れている。まるで黄門さんの印籠である。これを言われると、反論もしにくくなる。こうして、ますます「マニュアル」から逸脱した規範が形成されていく。もちろん、職場外の人間にはできるだけ知られないように…。
50,000件御礼(05/04/28-744)
 昨夜、アクセスが50,000件に達しました。これも皆さま方の力強いバックアップのおかげです。じつは、少しでも早く50,000件をという思いが強く、毎日50回〜60回は、自分でクリックしてました…。嘘、嘘、嘘ですよ。この数値は、文句なしに皆さまのお力なのであります。それにしても、ホームページの立ち上げが2003年4月10日でした。そして、この「味な話の素」をスタートさせたのが4月29日だったのです。ちょうど2年目を迎えようという節目に、記念すべき数値を達成できたのであります。いやー、感謝、感謝、また感謝。それにしても、ありがたいことです。10,000件目はお寺のご住職の奥様でした。幼稚園の保護者の皆さまにお話ししたきっかけから、ホームページを見ていただいたのです。まことに喜ばしいではありませんか。これで成仏≠ナきると思いました。そこで、20,000件目は、教会の牧師さんの奥様からを期待しました。そうなると、天国≠ワで行けますから。ただし、教会でお話しすることもないので、そんなことにはなるはずがありませんでした。20,000件目は民間会社の方にゲットしていただきました。それも値千金でした。なにせ、毎日のようにアクセスしてくださる「味な話の素」ファンでいらっしゃったからです。そして、30,000件目は熊本県内の中学校の先生でした。こちらも、仕事でおつきあいいただいている大事な先生でした。そして、40,000件目は、広島県にお住まいの民間企業の方になりました。だんだん範囲が広がってきましたよと喜んだのが2月のことでした。それから2ヶ月半程度で50,000件です。早速、50,000件目をゲットしていただいた方からメールが入りました。今回も民間企業にお勤めの方ですが、お住まいは四国の愛媛です。かなり前から、大台≠狙っておられました。アクセス5万件目のゲット、おめでとうございます=Bとにもかくにも、ありがたいという思いがいっぱいです。お付き合いいただいている皆さま、これからもどうぞよろしくお願いします。
マニュアルの要件(05/04/27-743)
 憲法が基本にあって、それをもとに法律ができる。そして、さらに条例などを作ることで、より具体的な事例に対応しようとする。「公共の福祉に反する行為をしてはいけない」というのは憲法レベルだろう。「人に犯罪行為をしてはいけない」というのは法律の範囲か。さらに、「たばこをポイ捨てすると2000円」というのは条例が受け持つ。法律には素人の私だから、厳密な法律論議はできない。このあたりは中学校で学んだレベルを越えていない。私としては、マニュアルは条例レベルのものだと言いたいのである。現場の仕事を安全かつスムーズに進めるために必要なものがマニュアルだということである。だから、それは現場個々の状況に対応して具体的で、詳細なものになる。manual は、manu+al で、 manu には手の≠ニいう意味がある。al≠ヘ、もともと形容詞的なことばを名詞的な用法にする際に付くものらしい。ともあれ、まさに手による操作≠ノついて書かれた具体的なものがマニュアルなのである。社長室に掲げられている「安全第一」という社是などは憲法レベルに当たるだろう。しかし、それだけでは機械の操作をどうしたらいいか分からない。実際に機械を使ったり、作業を進める現場では、個別的で具体的な指針が必要になる。「安全第一」という憲法を、法令化・条例化するのである。もちろん法律は憲法に反するものであってはいけない。条例だって、法律と整合性がなければ受け入れられない。だから、「安全」を最重視する社会にあっては、安全を無視したマニュアルがあってはいけないのである。
善意の葛藤(05/04/26-742)
 今日も、ウイルスバスターの大チョンボについて書きたい気持ちはいっぱいだ。しかし、あまり興奮していると冷静な分析はできない。これは後日の話題にしよう。また、昨日はJRで惨憺たる事故が起きた。こちらについても、事実が曖昧なうちに無責任な論評をするのは控えておこう。ここは、22日から連載中≠セったアトラクション施設での事故分析を続けることにする。どこの施設でも、みんなが楽しむためにやってくる。そんな中で、利用が禁止されている人であっても、「どうしても」と言われると担当者としては無下に断るのはつらい。ついつい心が動いてしまう。その気持ちはよく分かる。しかし、その一方で、「もし事故が起きたら」と心配にもなる。お台場における事故の場合、係員がそうした「心配」をしたかどうか。それもまるで感じなかったとなると、また別の問題が起きてくる。しかし、そのあたりは、真実がはっきりするかどうか、むずかしいところだ。なぜなら、「心配して」いたのに「実行した」場合には、「法的」には罪が重くなるからである。「夢にも思わなかった」ことなら、「過失」として責任は相対的に軽くなるだろう。細かいところは法律の専門家に聞くしかないが、現実にはこうした微妙な問題も生じてくるのである。そんなことだから、アメリカなどでは「正直に言うこと」で免責する制度も定着しているのだと思う。真実をとるか、あくまで関係者の責任を追求するか。まさに、バランスの問題であり、文化の問題でもある。ともあれ、「乗せてあげたい」と「事故にならないか」という葛藤状況に現場第一線の者を置くのはまずい。しかも、それがアルバイトだとすれば、やはり大いなる問題がある。そんな場合には、どうすればいいか。ここで考えられるひとつの解決策は、シートベルトを装着しなければ運転操作ができない≠謔、にすることである。そうなれば、現場の担当者は気持ちが楽になる。装置が動かないのは自分の責任ではないからである。シートベルトをはめていない場合、「○番機ベルト未装着のためスタートできません」といった電光掲示板などを点滅させるとなおさらいい。それを見れば、利用客も納得してくれるに違いない。「すみません規則ですから」「すみません、ご覧の通り操作できないようにできているものですから」。だれだって、後者の方が言いやすいに決まってる。現場の人間が、無用な葛藤に直面しないで仕事ができる。そうした配慮があって、はじめて安全が実現できるのである。もっとも、それは「安全」に限ったことではない。何よりも、第一線で働く人々を大事にすることである。そこまで考慮して、はじめて Fail-Safe が現実のものになる。
ウイルスバスターの大Fail(05/04/25-741)
 じつは、23日の午前中に大変なことが起きていた。朝方からPCに向かって仕事をした。もちろん、「味な話の素」も更新した。それから遅めの食事をして、再びPCに戻った。ところが、これが全く動かないのである。一瞬、ウイルスにやられたのではないかと疑った。しかし、ちゃんと「ウイルスバスター」は入れてある。まずは、そんなことはないだろうと思った。それにしても、うんともすんとも言わない。それどころか、「ホイールパッドがどうのこうの」と、ちんぷんかんぷんなエラーメッセージがでる。いよいよウイルスかとあきらめざるを得なかった。なぜなら、急ぎの仕事があり、そのまま放ってはおけなかったのである。ここで決断を迫られた。ウインドウズをインストールし直すことはできる。しかし、そうなるとPCに入っている文書やメールの内容が消えてしまう。それだけではない。デジカメで撮ってきた記念写真の数々も吹っ飛ぶことになる。しかし、しなければならないことはしなければならない。目の前が真っ暗になりながら再インストールを決意せざるを得なかった。じつは、健康だけを自慢している私だが、数日前から超遅めのインフルエンザに罹ってしまった。B型だそうな。そのことも表に出さず、昨日の朝も「味な話の素」を更新した。それからやおらテレビを見たら、もう一度、目の前が真っ暗になった。いや、いや心臓が止まりそうになったと言ってもいい。なんと、前日のトラブルの原因が「ウイルスバスター」そのものにあったというのだ。トラブルを回避するためのソフトが、再インストールを決意させるという最も重大なトラブルを引き起こしていたのである。もちろん安全のため、日頃からバックアップをとってはいる。したがって失われたファイルは全体の一部にすぎない。しかし、それでもメール関連が200通程度、作成中の文書でデスクトップに置いていたものが4本、そして写真に至っては300枚にはなるだろう。このうち何枚をCDなど、ほかのメモリーに保存していたか、確認する気力もない。今日は興奮して、もっともっと書きたいが、咳き込んできた。これはインフルエンザ・ウイルスのせいか、ウイルスバスターのせいか…。それにしても、あーあ…。
Fail-SafeのFail(05/04/24-740)
 アトラクション施設の事故では、安全バーは着けていたが、シートベルトは体格がよくて装着できなかった。これについて、関係者側は開発や点検の際に「シートベルトなしで安全」との確認をしていたと言っていたらしい。しかし、どうもそのこと自身が虚偽だったようだ。いまどき、こうした事故後に嘘≠ついてはいけない。それはともかく、人命に関わる機器の場合は、Fail-Safe の設計思想が徹底しているものと思っていた。しかし、シートベルトを装備しながら、それを着けない状態で安全性を検証していなかったのは、そのこと自身がFailなのではないか。まさに、Fail-Safe の Fail が起きているのだ。安全実現の根本である Fail-Safe そのものが Fail する可能性。こうした事故を見ると、それをも十分に考えておく必要があると思う。今回の事故には、「どうしてもと言われると、ついつい…」という「善意」が、不安全な行動を引き起こした原因になっている。私も、この会社が「金儲け主義」で、「客の命なんてどうでもいい」と考えていたなどとは思わない。お客さんと直接的に関わる担当者はつらい状況に置かれるものだ。「せっかく来たのに」「ほんのちょっとだから」などと言われる。そうなると気持ちが揺れる。そもそも、われわれは、人にNo≠ニいうのがむずかしい。とくに、「他の人からベルトがなくても乗られたと聞いた」などと実例を挙げられると、ますます気持ちがひるむ。反論もできなくなる。こうした安全に関わる事象では、前例をつくると自分の首を自分で絞めることになる。そんな役割をアルバイトに任せていることも、組織の Fail だと言えるかもしれない。
重大性評価の共有化(05/04/23-739)
 アトラクション事故の続き。これまでなかった≠ゥらこれから起こらない≠ニいう発想は捨てる必要がある。むしろ、確率は高まっていると考えなければならない。ここで、ことの重大性&]価が大いに問題になる。われわれは、すべて≠フことがらに対して平等に<Gネルギーを割くわけにはいかない。そこで想定される事態の重さが問題になる。それは安全の優先順位と言うこともできる。われわれの社会では、人命が失われたり、ケガをしたりすることが最も重大な事故である。紙が破れたり、ものが割れたりするのとは質が違うのだ。まずは、そのことを組織全体で確認しておく必要がある。ここでキーになるのはトップの態度である。「世間的には安全最優先だと言っておかないとまずいじゃないか。しかし、この競争社会に、そんなマジなことやってたら生き残りなんかできるかい」。トップがこんな調子でいると、それは確実に組織全体の空気を変える。そもそも、トップが真摯で厳しい姿勢を保持している場合であっても、その精神や方針を組織全体に浸透させることは容易ではない。いろいろな人が集まった組織とはそんなものだ。ましてや、トップに言行不一致があれば、従業員がその表向きの態度に従うわけがないのである。「トップは、口では安全重視とか言ってるが、内心はそんなもんどうでもいいと思ってるんだぜ。まあ、頭には儲けることしかないのさ」。こんな見方をされたが最後、組織の安全自身が危うくなる。世の中に、巨悪ということばがあるが、巨善は浸透しがたく、巨悪は直ちに組織を浸食する≠ニ考えた方がいい。ともあれ、組織のメンバーがことの重要性≠共有化≠オていなければ安全は保障できない。
これまでなかった¥ヌ候(05/04/22-738)
 東京のアトラクション施設で、車いすの男性が転落死した。事故の詳細は捜査中だが、マスコミ情報によれば、間違いなさそうな事実がいくつかある。@これまでもやっていたが、事故は起きなかったから大丈夫だと思った。厳密に言えば、「大丈夫」とまで確信していたかどうか分からない。しかし、「まあ事故にはならない」程度の気持ちはあった。A正式なマニュアルには「障害者」は利用できないとなっていたが、強い要請があった場合には、その場で判断していいという「現場マニュアル」があった。これがどこで作成されたかは分からない。しかし、「現場」が、「裏」であった可能性はないのだろうか。「裏マニュアル」と聞けば、1999年9月に起きたJCOの臨界事故が思い起こされる。B介助者が、足が不自由であることを伝えたが、アルバイトが「大丈夫だ」と応えた。しかし、体型上からシートベルトを締めることができなかった。正確な前後関係は分からないが、アルバイトは現場責任者に、そのことを伝え、確認を求めた。その際に、足が不自由であることを伝えなかったようだが、結果として責任者はOKを出した。
 この種の事故が起きると、関係者がこれまでなかった≠ゥらという理由を挙げることが多い。何かをやっている限り、絶対的≠ノ事故が起きないという保証はない。つまり確率はゼロでないわけである。だから、これまでなかった=これからもない≠ニいう式は成り立たない。それどころか、むしろその確率は高まっている可能性がある。これまでなかった≠フは単なる偶然≠ゥ、強運≠セったと考えるべきなのだ。これまでガンに罹らなかった≠ゥらこれからもガンに罹らない≠ネどという人はどこにもいない。
支え合いの世界(05/04/21-737)
 私は演歌フアンである。哀調を帯びた調子がいい。どちらかというと根暗な感じで、男と女の世界をテーマにしたものが多い。私自身は根暗ではないが、いわゆる心の琴線に触れるところが堪らない。しかも、よく聴くと人生の機微も語っている。瀬川瑛子の「命くれない」なんぞは、かなり行けてる。「なんにもーいらない、あーなたがいればー。笑ー顔ひとつで、生きーられーる」。愛する者同士には、笑顔さえあればいいのである。そして、「泣く日、笑う日、花咲く日までー。あーなた、お前、手を重ーね」。人生は悲しい日も、楽しい日もある。そして、いつか生きていてよかったと思える日が来るに違いない。そんな中で、いつも二人は手を取り合って前進して行こう。そんな支え合いの世界を、瀬川瑛子が歌うのである。最後は、「命くれーない、命くれない、ふーたーりずーれ」でおわる。この「命くれない」の意味は今ひとつ分からないが、愛する二人の世界をうまく表現している。私が子どものころは、父がラジオで「演歌」を聴いていた。それがいつの間にか私にも影響したのだろう。わが家では、「演歌」好きは約1名の少数派である。しかし、それでもしっかり踏ん張っている。演歌の歌詞には、人生を感じさせてくれるもの多いことを強調したい。ところで、今月のANAの「歌のアルバム」では熊本特集をしている。その中で、熊本城の「忍び返し」が有名だと鈴木史郎氏が語る。なあんか違うんだよなあ。熊本城の石垣は「武者返し」というんですよ。その反り返るようなカーブがじつに美しい。敵がよじ登ってくるのを阻止する設計から、その名が付いたと聞いている。ともあれ、正確な情報をお伝え下さい。はい。
空の演歌(05/04/20-736)
 生まれたときからせわしない性格である。移動しているときも、何かしていないと落ち着かない。電車や飛行機の中では、ゆったり眠るといった芸当ができない。本を読むのはその代表だが、パソコンで仕事もする。最近はバッテリーが強力になって、相当の移動時間があっても入力できる。そんな私だが、飛行機に乗ったときは、いつのころからかイヤホーンをつけるようになった。一時は、落語がおもしろくて、ちょっと凝ったものだ。そのうち、日本の歌に興味を持ちはじめた。落語は仕事をしながら聴くのがむずかしい。それに対して、歌は仕事のBGMになる。それができるのは、集中して聴いていないということなのだろう。ANA機の場合は、「歌のアルバム」と題したコーナーがある。アナウンサーの鈴木史郎氏がナビゲータをしている。そこでは、「懐かしの歌」が流されるので、つい聴き入ってしまう。とくに演歌大好き人間としては、1曲か2曲は堪らなくなる歌が入っている。今月については、その代表が瀬川瑛子の「命くれない」だろう。その歌詞が何ともすばらしい。「なんにもーいらない、あーなたがいればー。笑ー顔ひとつで、生きーられーる」。ここまで聴いただけで鳥肌が立ってくる。そうだ、笑顔なんだ。われわれは、あれやこれやの物欲に踊らされてはいないか。そのために悲しき犯罪まで引き起こす。笑顔は楽しく生きていくための基本じゃないか。そう思うと、目頭まで潤みはじめるのである。お互いが支え合って生きていく姿は美しく、たくましくもある。
BASIC物語(05/04/19-735)
 昨日、DoCoMo≠フことを書いているうちにBASIC≠思い出した。今では懐かしいパソコンを動かすための言語である。私は1979年10月、熊本大学に赴任した。その年は記念すべき年だった。NECからPC8001シリーズという、一世を風靡したパソコンが発売されたのである。本体にキーボードがついており、専用のカラー・ディスプレイもあった。まさに、現在のパソコンの走りである。ただし、これを動かすためにはBASIC≠ニいうプログラム言語を使う必要があった。この言語は初心者が習得しやすいように開発されたもので、当時のパソコン言語の基本だった。その名の通りBASIC≠ネのである。ところが、その由来がまことにおもしろい。なんとBASIC≠ヘ、Beginner's All Purpose Symbolic Instruction Code≠フ頭文字をとったものだというのである。何と訳したらいいのか。まあ、「初心者向けのあらゆる目的に対応した象徴的な表示による命令符号」とでもなるか。いずれにしても、何のことかわからない訳になってしまう。もとの英語だって、一般人には理解できなかったに違いない。ともあれ、開発者たちは、ごく自然にこの長ーい命名をした。そして、その後で頭文字をとってみると、何と偶然≠ノBASIC≠ノなっていた…。そんな話なんて信じられないでしょう。プログラムの目的や位置づけから、まずはBASIC≠フような名前がいいなあと考えた。そうに決まってる。そして、何とか頭文字がBASIC≠ノなる文章ができあがったときは、みんな喜んだことだろう。あれから四半世紀、こつこつとBASICを使ってプログラムを組んでいた時代を思い出す。
どこでもDoCoMo(05/04/18-734)
 携帯電話のDoCoMo≠ヘ何かの頭文字のように見える。じつは、その通りで正式な表現がある。それは、Do Communications Over The Mobile Network≠ナある。まさに、DoCoMo≠ノなっている。もうずいぶん前の話だが、建設中のドコモ≠フ建物を囲うフェンスに、この表現が書かれていた記憶がある。直訳すれば、「移動可能なネットワークを使ってコミュニケーションしましょう」くらいになるだろう。まさに「どこでも」ということで楽しいなあと思った。それと同時に「かなり無理して創り上げた名作だ」と口元がゆるんだ。「なかなかうまいじゃないか」。もともと、「われわれの仕事は、移動できるネットワークを使ってコミュニケーションすることだ。これって英訳するとDo Communications Over The Mobile Network≠ノなるなあ。えーっ、ちょと待てよ。この頭文字をとったら、DoCoMo≠ノなるじゃないかあ。わーっ、すっごい偶然だ。日本語のどこでも≠ノ通じるじゃあないかあーっ」。こんな物語があって、DoCoMo≠ニ名づけられたなんて夢にも思えない。「どこでも使える」「どこでも話せる」「どこでもコミュニケーションできる」。これを的確に伝えられる表現はないか。まずはそれが原点にあったはずだ。その発想で知恵を絞ってできたのがDo Communications Over The Mobile Network≠ニいう創作文に違いない。私はずっとそう思っていた。ところが、あるネットの記事では「『どこ(で)も』からとったというのは誤り」という解説をしていた。そうかなあああ…。私にはとても信じられない。本当のところは最初に作った人に聞けばいいのだが、それがだれだか知りようがない。私自身は、自分のストーリーの方が事実だと思うし、なおかつ楽しいと信じ続けていこう。
スイカと塩(05/04/17-733)
 早くもスイカを食べた。熊本はおいしい果物を始め農産物が豊富である。その中でも、植木のスイカは全国的にも有名だ。そのスイカをおいしく食べるために塩をかける。子どものころは、「甘いものに何で塩がいるんだろう」などと疑問に思っていた。しかし、これが甘さを感じさせる秘訣という。われわれの味覚は塩辛さを先に感じるのだそうな。その後で甘さが加わるから、より甘いと感じるのである。いわゆる対比効果である。これは、リーダーシップのあり方にも当てはまる。人に対して「甘いばかり」ではうまくない。そこに「辛さ」があってこそ、甘さも効いてくるのである。ここで「甘さ」というと誤解を受けるかもしれない。人の場合は「優しさ」と言った方がいい。そして、「辛さ」は「厳しさ」ということだ。リーダーシップには「優しさ」と「厳しさ」が必要なのである。この両者が相乗的に働いてこそ効果的な影響力が発揮できることになる。しかも、塩をかけすぎては、せっかくのおいしさも台無しになる。何事も「過ぎ」ては逆効果なのだ。味覚の場合には「塩辛さ」が先に感じるらしい。その理屈だと、まずは「厳しさ」があって、それに「優しさ」が加わるといいことになる。しかし、対人関係の世界では、どちらを先に感じるかには個人差があると思う。「優しさ」先行型の方がいい人もいるだろう。しかし、その場合でも「厳しさ」も忘れてはいけないということである。それに、スイカは塩が加わることで「甘さ」そのものが変わるのではない。そこが大事な点だ。リーダーシップだって、「優しさ」や「厳しさ」の絶対的効果は変わらなくても、一方が加わることで「心理的な」効果が違ってくるということである。
人口減少の不安(05/04/16-732)
 今月の始めに出かけたニュージーランドの首都ウエリントンは小さな町だった。人口はわずかに40万人だそうだ。単純な比較はできないが、熊本市が70万近いから、かなりこぢんまりしている。そもそも国全体の人口が380万ほどである。面積は日本の3/4くらいである。とにかく人口密度が低い。人間よりも羊の数の方が多いと聞いたのはニュージーランドじゃなかったかしらね。まあ、そんなお国だが、一見したところ、人々は豊かに暮らしているようだった。そこでふと思うのである。わが国では、少子化の加速もあって人口が減少することに不安感が高まっている。人がいなくなると元気がなくなるということだろう。また資源のない国だから、みんなで物づくりをして輸出しなければならない。そのためにも人がいるということなのかもしれない。しかし、ニュージーランドだって、それほど資源に恵まれている感じではない。人口も少ないから物の生産も、それに見合った量だと思う。それでも、ちょっと見には困っているようには見えないのである。人が多ければいいというものでもないのかなあと思ってしまった。そもそも農耕民族はみんなで一緒に仕事をする習性がある。その際、人手は多い方がいい。そんなことから、とくにアジア系は密集型・多産型になってきた感じはする。人口が減少する現実を前にして、いろいろ考える時代がやってきた。
MMさん、もういいですよ(05/04/15-731)
 MMさんの番組が今ひとつ視聴率を稼げないとのこと。昼も夜も出てくるあの方、4月からは朝からも出始めた。その話を聞いたとき、私みたいな素人だっていい加減にしてよ≠ニ思ったものだ。放送局もご本人も何を考えてるんだろう=Bそんな話を家内ともした。その番組の視聴率が伸び悩んでいるというのである。まあ、わが家の感覚も平均的だったということか。つい、MMさん、もういいですよ≠ニ言いたくなってしまう。もともと、この方と私の相性は、かなり悪いらしい。夜にやっているクイズ番組でも、じらしにじらすあの雰囲気がじつにいやなのである。もっとも、「あれがいい」という人もいるんでしょうね。とにかく、ご本人には申し訳ないが、あの顔が映ると反射的にチャンネルを変えていた。今回はそれが朝にまで広がったわけだ。そんな個人的な好みはおくとしても、なんで老舗の大放送局がこんな意思決定をするんだろうと思う。お客様が見えていないのかなあ。グループに関心を持っている者としては、決定までのプロセスを知りたい。そう言えば、この局では夜の10時台に某宏さんに対抗するニュース番組をスタートさせたことがある。もうかなり昔の話である。その第1回目がすごかった。詳しい内容は忘れてしまったが、ここは巨人の系列局ではないかいと勘違いしてしまうような番組だった。とにかく開始早々から巨人、巨人、また巨人といった雰囲気に満ちあふれていた。まあ、それが悪いとは言わないが、巨人のことならN局に任せればいいのに…。そんな思いにさせる筋書きに、担当者の意図を疑ってしまったことを思い出す。何と言いましょうか、そのときも視聴者の視点に立っている感じがしなかったんですよね。MMファンの皆様には申し訳ないけど…。
「無線」の逆転(05/04/14-730)
 放送では、「有線」が「無線」を逆転して「かっこよく」なった。しかし、世の中はおもしろい。「無線」が「有線」をあっという間に逆転した例もある。その典型が「電話」だ。細かい統計は置いといて、いわゆる家庭電話は台数で携帯電話に凌駕された。いずれはそうなるかなとは思っていたが、その時期はとてつもなく早く来た。携帯こそは、まさに「無線」電話である。その昔、「日本電信電話公社」という国の組織があった。それがNTTとして民営化されたのが1985年である。私の知る限り大きなニュースにならなかったが、この4月1日で20周年だったのである。もっとも、4月1日は、ニュージーランドにいたので、テレビなどは見ていない。しかし、不在中の新聞には目を通したつもりだが気づかなかった。ともあれ、スーパー大企業であるNTTは、その後も巨人として成長し続けるにちがいない。だれもがとまでは言わないが、多くの人がそう思ったはずだ。それが、後発の企業から厳しい競争を仕掛けられることになる。そして、子会社だったはずのドコモの方が力をつけて目立ちはじめるのである。それこそ子どもが親を逆転する勢いである。NTTは、世界に冠たる大企業だ。その通信網は明治以来、営々として築かれてきた。だからこそ、だれもが追いつくことのできない巨大な力を蓄えていたのである。しかし、その大きさが逆に動きを鈍くすることにもなるのだろうか…。時代の変化から学ぶものは多い。それにしても、経済のプロの皆さんは、こうした事態をいつ頃から予見していただろうか。バブルが崩壊した後も、景気は「夏にはよくなる」「いや秋口まで延びる」なんていろいろおっしゃってました。しかし、結果的から見ると、今日の状況をまともに当てたプロっていらっしゃるのかしら。
「有線」の逆転(05/04/13-729)
 私にとって「有線」は田舎にある施設であった。放送がまともに聞けない地域に設置された特別の設備なのである。その証拠に、中学校のときに福岡へ移ると、有線のかけらすらなかった。やっぱり有線が辺鄙なところの施設だったのである。私にはそう思えた。それからどのくらい時間が経っていっただろうか。あるとき、街中に「有線放送」なるものが存在することを知った。繁華街のお店や喫茶店などで音楽を流すために、わざわざお金を払っているという。さらに、大人になってから、あちこちのスナックなどが有線を契約していることも発見した。そんなところで、いわゆる既存の「放送」なんぞを流していたら「かっこ悪い」ことこの上ない。一方、「田舎」では、店に来るお客さまサービスとしての有線放送なんて存在しなかったはずだ。その当時、小さな町では、有線放送なんて経営として成り立たなかったと思う。かくして、いつの間にか「有線」は「かっこいい都会の施設」になっていたのである。そして、いまでは有線放送にもテレビが加わった。いわゆるケーブルテレビである。もう、何十というチャンネルが選択できるすごいやつだ。最近では普及率も高まって、けっこう広がっている。これも基本的には、都会の施設であった。とくにビルが林立する大都会では、無線の放送は電波状況が悪くなりがちだ。だからこそ、有線放送の存在価値が大きいのである。熊本でも、大きなビルが立つとき、電波障害が起きる世帯にケーブルテレビで補償した例を知っている。世の中には、気づかないうちに、物事が逆転していることがある。私にとって、有線放送の位置づけの変化は、そんな現象の代表例である。
田舎の「有線」(05/04/12-728)
 私が子どものころ、佐賀県の伊万里に住んでいた。テレビなどは町中を探しても数台しかないような時代である。そんな中に、有線放送というのがあった。今から考えると、農家の人々を主な対象にした施設だったと思う。田んぼのあぜ道などにも木製の素朴な電柱が立っていて、さびた針金のようなものが張ってある。その線が各戸に入っていく。家の中を覗くとそれがスピーカーに繋がっている。そこからラジオ放送が聞こえてくるのである。おじいちゃんたちが相撲中継に耳を傾けている様子などが記憶に残っている。スイッチだけで選局のダイヤルなんて付いていない、単なるスピーカーボックスだった。おそらく、音を大きくするアンプくらいは入っていたのだろうと思う。「田舎だから、ラジオもないんだ」。子どもごころに、そんな推測をしていた。悪ガキの私たちは、竹竿の先にフックをつけて、それに針金をつないだ道具≠作った。もう一方にイヤホーンをつける。それを、人から見つからないところを探して、張ってある電線に引っかけるのである。すると、摩訶不思議、イヤホーンから放送が聞こえてくるのだった。その行為は、盗聴をしているようで、子どもの心臓をドキドキさせた。「大人に見つかれば怒られる」。私よりもはるかに上手をいく悪の兄ちゃんからそんな話を聞いた。あるとき、偶然に針金が手首の内側に触れたことがある。そのとき、「ビリッ」という刺激が走った。それなりの電流が流れていたに違いない。「自分は間違いなく悪事をはたらいている」。そんな実感が襲ってきて、身震いした。その施設を大人たちが「有線放送」と呼んでいることは、後で知った。だから、私は「有線」と聞くと、放送もよく聴きとれない辺鄙なところにある施設だと思うようになった。そんなことで、私の世界では、「有線」は「無線」である「放送」に比べると、かなり遅れた「かっこ悪い」ものだという印象ができあがっていった…。
デジタル放送の不安(05/04/11-727)
 「ながら族」について書いたのは3日前。パソコンの画面で野球を見ながら、同時にワープロを打つ体験談だ。そこでふと考える。これまでズーッと使ってきた放送の電波が、近いうちに変わるらしい。とくに、「地上デジタル放送」というものがあって、数年後には日本国中がその方式になるという。すでに、全国では少しずつ変わっていっている。そうした流れの中で、熊本での切り替えはかなり遅いようだ。その昔、熊本は地理的に九州の中心にあるため、政府の機関などがけっこうあった。とくに電波関係では他の地区を圧倒していて、NHKの九州本部だって熊本にあった。おっと、その話はまた別の機会にするとして、今日の話題はデジタル放送である。これが普及すると、双方向のコミュニケーションも可能になる。視聴者が回答を送ったり、意見を出したりする事例は、すでにPRされている。そこまでは「なるほど」と思う。しかし、私のプロ野球中継+ワープロ入力=パソコン≠ニいう式が成り立つようになると、いわゆる放送はどうなるんだろう。PCなら、入力ボタンのような制約なしに、数値はもちろん文章だって即座に入力できる。日本国中の放送施設を根本的に入れ替えてしまっても、最終的にはPCの柔軟性にかなわない。そんな事態が生まれるのではないか。「いやいや、コンピュータはだれもが使えるわけではないから…」。この意見は、今後は説得力を失ってくる。なぜなら、今ではすべての中学生にPCを使える教育が行われているからである。デジタル放送への転換は、これから長い年月を見通したものだ。それだけに、素人ながら「それって大丈夫かな」という不安が過ぎるのである。
「患者学」のすすめ(05/04/10-726)
 昨日は、看護師が勉強好きなことを書いた。しかし、それでも看護師に文句を言いたくなる体験をされた方もいるだろう。まあ、看護師も人間だから、「いろいろ」ではある。もっと勉強していただかねばならない人だっている。しかし、一般論で言えば、それはどの世界でも同じこと。われわれ教員仲間にも、「信じられないこと」「とんでもないこと」をする者がいる。とくに、このごろは全国的に不祥事が多く、関係者は頭を悩ませている。それはともあれ、看護師にばかり要求するのは酷というものだ。患者だって、「信じられない」人がいるに違いない。看護師が頭に来たり、カチンと来る患者もけっこういるだろう。看護師も、相手によって気持ちよく仕事ができたり、そうでなかったりするはずだ。そんなことで、私は患者も「いい治療」「いい看護」を受けるために勉強すべきだと思う。医師や看護師とうまくコミュニケーションするための勉強である。コミュニケーションがスムーズに取れれば、治療だってうまくいくに決まってる。何よりも、自分自身の気持ちがよくなるはずだ。それを実現するために、患者が学ぶ「患者学」を確立しようではないか。この発想自身はかなり前から持っていて、学会でも発表したことがある。しかし、まだ具体的な仕事までには至っていない。
看護師は勉強好き(05/04/09-725)
 私が見るところ、看護師さんは勉強が大好きだ。また熱心でもある。企業素組織でも、さまざまな研修会に参加する人も多い。そして、中には目が飛び出るような費用が必要なものもある。しかし、それらは多くの場合、会社持ちである。ところが、看護師さんの場合は自腹を切っても勉強という方々が少なくない。このごろは、企業でも「自分の勉強は自分で負担する」という例も増えているようではある。それでも、まだ看護師さんにはかなわないのではないか。もちろん、看護界でも組織としての教育もちゃんとされている。それと同時に、自らの財布からお金を出して、進んで研修会に出席する方々が多いのだ。ちゃんと調査をしたわけでもなく、公式な統計を見たのでもない。しかし、私の体験と推測では、看護師さんたちの勉強に対する熱意は、かなりのものである。だからこそ、よく知っている看護師さんたちには、辛口の冗談も言っている。「看護師さんの熱心さには頭が下がります。あのチャンス、この機会、とにかく積極的ですよね。でも、その割には、なかなか成長しない、なーんて言っちゃって」。まあ、語尾のあたりは、ややごまかし風に笑ってすませる。それに対して、「うーん、そんなとこもあるよねー」といった顔をされる人もいる。私だって本気でそう思っているわけではない。倦まず弛まず勉強を続けることが真の成長に繋がるのである。一度や二度の研修で事足れりとする発想の方が間違っている。勉強はまさに生涯学習なのである。看護師さんたち、これからもがんばって!
ながら族(05/04/08-724)
 ラジオを聞きながら、あるいはテレビを見ながら仕事をする。これを「ながら族」といった。ラジオの場合は、ついつい聞き入ってしまう。だから、私はラジオの「ながら族」になれなかった。もっとも、BGMなら仕事の邪魔にはならない。テレビは「見る」行為を伴うから、なおさら「ながら」はむずかしいと思うが、実際はそうでもない。音を消したまま、ときどきチラリと画面を見る。いい場面になると音を出すというわけである。これで何とか楽しめるのがテレビである。ただし、私自身は、そうした行動パターンも卒業した。まあ、仕事に集中するようになったと言っておこうか。そんな中で、野球が始まった。Yahooドームの試合はインターネットで中継すると聞いた。私も、けっこう新しもの好きのつもりである。先週だったか早速アクセスすると、確かに生中継をやっている。ただし、ちゃんと仕事もある。そこで、野球の画面をディスプレイの隅っこに移動させた。そして、ワープロを立ち上げて入力をはじめた。そんな自分に気づいて、おかしくなった。それと同時に、「テレビが変わる」と思った。何と、そのとき私は、「テレビ視聴」と「仕事遂行」を同じ画面上で行っていたのである。これは、いままでになかったことだ。その点では、「テレビは不滅です」としか言わないおじさんの方が旗色が悪いかもしれない。
小さな国の大きなお皿(05/04/07-723)
 ニュージーランド6日間の旅から帰ってきた。いつものことながら、この間にも「味な話しの素」のネタがけっこうできた。手元には9個のメモが残っている。あとで思い出しながらプラスしていくのも、気が抜けたコーラのようになる。しかし、あまり続け過ぎては飽きがくる。それに、私自身がニュージーランド以外のことだって書きたい。まあ、結論としては今朝まではニュージーランドの話題を続けよう。何といっても記憶が生々しいからである。それからはできるだけ早めに8個の話題を取り挙げることにしたい。さて、ウェリントンで夕食に出かけたときのこと。いわゆるシーフードの店に入った。それらしき魚料理とサラダを注文した。ところが、その一つひとつがじつに大きい。サラダに至っては、台所で使うボールのような食器に入っている。日本人でいえば4人前というところである。それを見て思わず苦笑いしたが、私はあることに気づいた。同じような体験はオーストラリアやアメリカでも体験したことがある。だから、大きな皿が出てきたって驚くにあたらない。それなのに、ニュージーランドでビックリしているのはどうしてか。それは、私がこう考えていたからではないか。「ニュージーランドは日本よりも狭い国だ」「だから日本と同じように、あるいはそれ以上にこぢんまり≠オているだろう」。こんな思いこみ∞仮説≠ェ頭にあったのではないか。ここに思考における大きな落とし穴がある。国土は狭くても、住んでいる人間の体は大きいのである。だから食べる量が多くても、驚くことはないのである。しかし、われわれの思考には、こうした勘違いが起こりやすい気がする。「オーストラリアは大きくて広い国、だから食べる量も多い」という発想の流れは一貫性があるように見える。「○○は大きいから□□も大きい。◎◎は小さいから□□も小さい」。いかにも論理的に思えてしまうのだ。しかし、国の面積とそこに住んでいる人間の体型との間には何の関係もないのである。われわれは、日常的にこうした錯誤を犯しやすいのではないか。それが思い過ごしや偏見に繋がっていくことも大いにあり得ることだ。
小:大=3:7(05/04/06-722)
 ニュージーランドで参加したのは「アジア社会心理学会」である。2年ごとの開催で、今回で6回目を迎える若い学会だ。会場は、Victoria UniversityのPipitea Campusだった。首都だけに、周りは官公庁の建物が並んでいた。東京の霞ヶ関といったところである。国会と国会図書館が並び、裁判所や国立図書館もあった。また、道路を隔てて風格のある鉄道の駅が建っている。表には大きくRailway Station≠ニ書かれていた。間違いなくウエリントン駅≠セろう。しかし、名前はない。そこがおもしろい。大学は近代的で大きなビルだった。東京でも都心にある明治大学などは巨大なビルであるが、まあそんな感じだ。その大学にあるトイレについては、ぜひとも触れておかねばならない。これが日本人泣かせなのである。とくに私の場合は、足の裏から必要な場所までの距離が極端に短い。そこでいつもギリギリの線で苦闘することになる。もっとも、これは初体験ではない。私が初めて海外に出かけた先は中国だった。そのときはトイレの高さが問題になった記憶はない。むしろ、その美しさ≠ノビビれた。また、観光地などではドアがはずして≠るなど、その開放的≠ネことに驚いた。そうなると、出るものも出なくなるものだ。もっとも、これは10年以上前の話なので念のため。その次の海外体験はオーストラリアだった。その際に、シドニーでガリバーのトイレに出くわしたのである。そして、今回もまたその体験を思い出した。ところが、私にとってさらに新鮮な驚きが加わった。それは、小と大の比率である。女性はご存じないはずだが、男性用のトイレといえば小用がずらりと並び、大は気持ちだけというのが多い。まずもって、大の方が小よりも多いということはない。それがこの大学の1階のトイレは、小と大の比率が3:7だったのだ。これには単純に驚いた。さすがに体が大きいだけに入るものも出るものも大きいか。まあ、その発想は明らかに間違っている。量の多さとトイレの数の多さとは関係はないのである…。さてさて、本日は半日以上をかけて熊本へ帰ることになる。滞在中に書きためたものを早くアップしたい。現在の時刻は午前4時30分です。どこにいても目は覚めますわ。
神の仕業?(05/04/05-721)
 今回はアジア社会心理学会ということもあって、日本の仲間も多い。その中に京都大学の矢守克也氏もいた。彼とはかなり深い縁がある。初めて会ったのは神戸大学での学会だったと思う。まだ、彼が大学院の学生だった。その後、論文作成のためにデータを収集する際に、お手伝いをした。その後、私も関わりを持っている集団力学研究所の研究員として福岡で仕事をしたこともある。そして、私の勤務先で事務の仕事をしていた新谷さんと結婚したのである。その際に、私は仲人を務めた。私の所属の関係から、張り付きの学生はいない。そんなこともあって、仲人をするチャンスなどはまるでない職場にいる。私にとっては、彼らの仲人をしたのが最初にして最後である。私としては二人ともよく知っていたから、いわゆる「頼まれ」ではなかった。その点では、仲人としては本物だった。そのことについては、いささか自負しているところだ。まあ、その矢守君とウエリントンで会った。昼食をとっているときに、仲間の一人が彼に宿泊先を聞いた。それに対する矢守君の答えを聞いて愕然とした。何と私と同じホテルなのだ。そのこと彼にを伝えると、今度は矢守君が驚いて、私の部屋番号を尋ねた。「1822」と応えると、さらに驚きが大きくなった。彼の部屋は「1820」だったのである。奥さんと一緒に来ているという。ホテルに戻って分かったことだが、この二つの部屋は完璧に隣り合っていた。日本で、まったく独立に手配した結果がこうなった。しかも、単に知っている人というのではない。最初に書いたような、関係の深い人物なのである。何という巡り合わせ。イヤー、また神様がいるんじゃないかと考え込んでしまった。本当に、こんなことがあるのだ。あまりにも感動して、昨夜は一緒に食事をしながら、楽しい時間を過ごした。ニュージーランドにやってきてからも、「味な話しの素」のネタは尽きない…。いま、朝の5時29分。
法王の危篤(05/04/04-720)
 ローマ法王が亡くなった。CNNではずっとこのニューを流していた。ブッシュ大統領もその死を悼むスピーチをし、ホワイトハウスも半旗を掲げている。キリスト教の世界では超重大ニュースであることは間違いない。ニュースを見ると、nearly death≠ニいう表現をしていた。そのまま訳せば死が近い≠ニいうか、まあほとんど死んでいる≠ニいうことになる。日本語にしてしまうと、かなり不謹慎な表現に感じられる。こうした場合、われわれは危篤≠ニいう言葉を使う。英語と比べるとじつに婉曲な言い回しである。もちろん、あちらはあちらで、こちらはこちら。やはり、それぞれの文化の違いが表れているのである。ウエリントンの新聞Sundy Star Times≠ノは、This evening or night, Christ flings open the doors to the Pope'≠ニいう小見出しになっていた。「今夕か夜に、キリストが法王のためにドアを開け放つ」という感じだろうか。「今日の夕方か晩には」というのもかなり直接的である。日本では、こうした表現すらしないと思う。しかし、「ドアを開け放つ」の方は、かなり間接的な言い回しになってはいる。キリスト文化では臨終前に死を伝えるような儀式もあるという。これまた、われわれの価値意識とは相当な違いを感じる。法王のご冥福をお祈りしたい。
日本のチョコレート(05/04/03-719)
 最近、チョコレートに凝っている。私たちが子どものころ、チョコレートは贅沢品だった。だから、そうそう簡単には食べられなかった。そんな中で、中学生のときだったと思うが、森永からハイクラウンチョコレートが発売された。スマートな箱入りで、当時としてはかなりの高級品だった。たしか1箱が50円したと思う。中学生の小遣いでは手が届かず、ときおり母から買ってもらった。記憶が怪しくなっているが、福岡の市内電車が片道13円、往復25円の時代だったと思う。それを考えてみても、50円はすごい値段であることが分かる。あれから40年、いまではチョコレートも高嶺の花ではなくなった。今日は、ウエリントンのスーパーマーケットでチョコレートを買ってみた。しかし、これが作りはビッグだけれど、味が気に入らない。まあ、形と同様に大味なのである。とにかく日本のチョコレートにはかなわない。舌の感触、とろけ方、甘さのどれをとっても日本製の方が勝っている。食べ物は、それ自身が文化である。外国人から見ると、日本製にはダイナミックさが感じられないかもしれない。チョコはとろける甘いものなのか、それともガッツがあってほろ苦いものと考えるのか。はじめから評価の基準が違えば、どちらがいいとも言えなくなる。しかし、とにかく日本のチョコレートはうまい。苦みのあるビターというやつだって、やっぱり優れていると思う。いま、朝の6時56分だが、日本では3時56分である。相変わらずこの時間に目が覚める…。
ニュージーランドだより(05/04/02-718)
 「ニュージーランドからこんにちは」といきたかったのだが、環境が許さなかった。まずはエイプリルフールの昨日、JRで博多まで行き、福岡空港から成田へ向かった。それから夜の便でニュージーランドのオークランドへ飛んだ。今日の朝にはオークランドで乗り継いでウエリントンに着いた。ホテルに着くなりインターネットが使えるかどうか確認した。フロントの話によると、インターネットデスクがあって時間制で使えるという。「味な話しの素」はどうやっても更新したい。だから、その話に気持ちが動いた。しかし、備え付けのPCでは、ホームページのサーバーにファイルを送ることができないのである。そんなことで、この「味な話しの素」も帰国後に公開せざるを得なくなった。しかし、ウエリントンのホテルでこれを書いていることだけは事実として記念にしておこう。このごろは、日本のホテルではかなりの確率でインターネットが使える。最もスピードが遅いのはダイヤルアップというものだが、いわゆるLANケーブルで結ぶ本格派のものも増えてきた。さらに、無線LANを整備したところもある。しかも、そのほとんどが無料である。そんな状況をかすかに期待しながらニュージーランドにやってきた。しかし、残念ながらこのホテルではそこまでいっていなかった。いまの時刻は2日の20時54分。日本より3時間ほど進んでいる。
春うらら(05/04/01-717)
 春になった。今年はやや寒さが残り、サクラはまだ咲きそびれている。それでも、日差しは温もりを感じはじめた。「春眠暁を覚えず」というが、私は相変わらず「キャッキャ」叫びながら飛び起きている。今朝も4時前に目が覚めた。さて、本日から学会に出席するためニュージーランドへ出かける。ホテルでインターネットが使えれば、せっせと更新するつもりでいる。乞ご期待。ただし、運が悪ければ7日の朝までお待ちいただかねばならない。それはそうと、春がまだ来ない2月だったか、乗った飛行機のスチュワーデスさんがコックリ、コックリ…。着陸前に気流が悪いとかで早めに座ったのはよかったが、前日に夜更かしでもしたのだろうか。目が三重くらいになって居眠りしていた。私だって、あえて覗き見したのではない。何せこちらを向いて座ってるので、いやでも見えてしまうのである。もちろん、それが長時間続いたわけではないし、マジで彼女を責めるつもりもない。しかし、プロは厳しいものだ。仕事中にスキを見せると、こんなことを書かれてしまう運命にある。つい先日は、やはりシートに座って、伸びた爪をちぎっているように見えるスチュワーデスさんがいましたよ。こちらは、いかにも退屈そうな感じだった。ともあれ、スチュワーデスさんというか、このごろはフライトアテンダントですか、みなさんがお座りになるお席は、乗客と対面状態にあるので、十分にご注意を…。