| 密出国の手引(05/02/28-685) メキシコ政府が出した「出稼ぎ労働者の手引き書」のニュースを取り上げたのは1月30日だった。アメリカに「出稼ぎ」で入国する際の心得だが、実質的には「密出国のためのガイド」になっている。少なくとも、アメリカ側にはそう見えるため物議を醸しているという内容である。ほぼ1ヶ月ぶりだが、その後を読んでみよう。前回は、「正式な書類なしで、北の国境を越える多くの国民がいる」現実を認めた上で、その人々が「砂漠や川など、危険な地帯を乗り越えなければならない」と書かれているところまでご紹介した。なお、記事の出所は New York Times である。それから手引き書は「鶏飼にご用心」と警告する。国境のあたりに「鶏を飼っている」連中がいるらしい。それによると、「彼らはあなた方に、数時間で山や砂漠を越えて、間違いなく彼の国へ連れて行くと言うかもしれません。しかし、その手に乗せられてはいけません」。鶏さんを飼っているというのは仮の姿。じつは密出国ブローカーなのだ。この種の連中は、世界中のどこにもいる。「彼らは、川や灌漑用水路・砂漠・線路、さらには高速道路を越えさせようとします。しかし、それはあなたの命を危険にさらすことになります」。次第に具体性が出てくる。国境の障害物を乗り越える段階にまで来たのである。そして、「あなたが、『鶏飼』や『コヨーテ』、『アヒル飼』に助けられて国境を越えようと決めるときは、次のようなことに気をつけてください」。『』内は、どれも密出国を手引きする輩の別名である。注意の内容も具体的だ。「彼から目を離さないこと:彼だけが地理に詳しく、越境を助けられことを忘れてはいけません。『向こう側』に連れて行ってあげるとか、車を運転したり荷物を持っていってくれと頼む人間を信じてはいけません。そうした荷物には、麻薬や禁輸品が入っていることが少なくないのです。こうしたことで、多くの人々が刑務所行きになっています」。ややこしい物を持たされた話はよく聞く。そして、「もしあなたが他人を連れて行ったりすると、あなた自身が『鶏飼』や『コヨーテ』、『アヒル飼』と間違われることもあり得ます。そして、彼らがあなたを『人を密入国させた』とか『車を盗んだ』などと訴えるのです」。何と、自分たちの方がややこしい商売をやっていることにされてしまうのである。ああ、こわい。しかし、これが政府発行のガイドブックというのだから、アメリカ人は文句も言いたくなるはずだ。 |
| プロの弁護士?(05/02/27-684) つい数日前のワイドショーで、自転車の「ひき逃げ」が話題になっていた。男が書類送検されたという。ことの顛末は、2台の自転車同士の衝突から始まった。じつは、最初にぶつけた方がショックで気を失ったらしい。その際、ぶつけられた方は、相手の状態を見ていながら放置したという。警察が調べると、どちらも酒を飲んでいたため、まずは「飲酒運転」で書類送検となった。これは二人ともである。何せ、自転車は「軽車両」で道路交通法の「飲酒運転」の対象になるわけだ。それって、免許を取った「若いころ」に聞いた記憶がある。それに加えて、倒れた者がいるのに放って帰った方は「ひき逃げ」になるんだそうな。この場合、それが「ぶつけられた方」だったのである。そんな情報がワイドショーで取り上げられたのである。それを聞いた出演者の弁護士が即座に発言した。「ぶつけられた方も『ひき逃げ』で責任を追及されるんですねー」。その経過を聞いて驚いているのだ。なあんだ、プロの弁護士さんも知らないんだ…。それから自転車が軽車両であり、二人乗りも道路交通法違反だという情報が付け加えられた。そこで、ふたたび弁護士さんの解説が続く。「お母さん方が幼稚園に子どもを乗せて、傘をさして自転車に乗るなんてのも違反なんですよねー」。私も、「なるほど、厳密に言えばそりゃあそうじゃ」と十分に納得する。そのとき、すかさずフォローした者がいる。「6歳未満は二人乗りにならないそうですよ」。「……」。おやおや、プロの弁護士さん、しっかりしてよ…。私のように普通の人間と同じレベルの法知識??。いやいや、あまり突っ込むのはやめておきましょう。それだけ人間の行為は幅広く、弁護士といえどもすべてをカバーできないということである。「お前さんだって、グループ・ダイナミックス研究の全部を知ってるのかい」なんて攻められないうちに本日はおしまい。ただし、知らないことを知っているような顔をして言わない方がいいようですね。 |
| ゆとり=gひま(05/02/26-683) あのパブロ・ピカソのことば。When I work I relax. Doing nothing or entertaining visitors makes me tired.#゙は、仕事をしているときが最もリラックスするのである。何もしていないときや、お客を相手にしているときは疲れるという。彼にとっては、仕事そのものが「こころのゆとり」をもたらすのである。そんなピカソは「仕事中毒」のお父さん方にとって心強い味方にも見える。しかし、それはそれで大いなる誤解だろう。なぜなら、「仕事中毒」は自分のことを見失っている可能性がある。そして、おそらく家族のことも頭の中から消えている。私も詳しいことは知らないが、ピカソ氏は相当のご年齢に達するまで若い女性と一緒だったと思う。お客さんの相手は疲れるが、女性を愛することは、彼にとってもう一つのリラックス要因だったのではないか。「自分を見失わない」「愛することを忘れない」、そして「家族のことを忘れない」。仕事を「ゆとり」にするためには、こうした「ない、ない」が欠かせ「ない」のである。ともあれ、「ゆとりがある」というのは、暇をもてあましたり、ぼんやりしている状態のことではないんですよね。もちろん、「遊びほうけている」ことでもありません。「ゆとりの時間」の中で「真剣勝負」をすることが大事なのだ。そうした、本気で取り組む迫力に満ちた厳しい体験をするために、時間的な「ゆとり」を確保する。それが必要なのである。 |
| ゆとり≠ニいうこと(05/02/25-682) 「ゆとり」とは「余裕のあること。窮屈でないこと」(広辞苑)だそうな。そのまま、「遊びの時間」や「ぼんやりする時間」を意味しているわけではない。いま、学校が「ゆとり教育」で揺れている。これは、もともと「詰め込み教育」の反省から生まれた。団塊の世代のわれわれなんぞは、「詰め込み世代」の典型と目されているかもしれない。ともあれ、「詰め込み万能」「偏差値偏重」が子どもたちを疲れさせている。もっと、創造的な学習をするためには「ゆとり」が必要だ。こんな発想から「ゆとり」が強調されはじめたのである。そもそも、「万能」とか「偏重」なんてことばがつくのはまずいに決まってる。そこで、それに対する反動が一気に高まって、また極端な方向へ走っていく…。われわれには、そんな性向があるようだ。もともと、「ゆとり」の意味が共有化されていない。たとえば、一生懸命に勉強したいことがあるとしよう。ところが、「詰め込み」で、あれもこれもしなければならない。そんな中では、「自分が本当に学びたいこと」に充てる余裕がない。そこで、多少は「ゆとり」の時間を与えるのである。すると子どもたちは、その時間に必死で、脇見もせずに学びたいことに没頭する。そのときは、遊んでいるわけでもないし、ぼんやりしているのでもない。それどころか、苦しみにさへ耐えながら格闘しているかもしれない。しかし、とにかく興味や関心があって、損得抜きでがんばっているのである。だから、そこだけを見ると「詰め込み」的なことをしている場合だってあるに違いない。しかし、傍からどう見えようとも、本人にとっては、それが喜びでもある…。そんな時間を持てる「ゆとり」が必要なのだ。 |
| The Last Seven(05/02/24-681) ついに、「7」にまつわる物語も7回目を迎えた。いくら何でも、このくらいで区切りをつけた方がよさそうだ。もちろん、こだわり出せば「7×7」の49回だって可能なほど「7」は魅力あふれる数値であるけれど…。さてさて、「7」は人生の現実を伝えてくれる。何といっても人生は「七転び八起き」なのだ。これは、ヒトの浮き沈みの激しさを表しているともいう。しかし、とにかく「ちょっと転んだくらいで挫けちゃあならなえ」という応援歌でもある。まあ、7回も転ければ萎えてきそうだが、なんのなんの、また立ち上がればいいのである。もっとも、「七転八倒」というのもある。こちらは苦しみもだえ、最後は「倒れっぱなし」である。これではまずいですわな。しかし、その苦しみも乗り越えることができれば、世界は広がるはず。その先に、「七色の虹」の世界を夢見ましょうよ。世界といえば、ギリシャの時代にも「七賢人」と呼ばれる賢い人たちがいた。やはり「7人」なんですね。そして、The Last Seven を締めくくるにふさわしいのは「七人の侍」だろうか。ここで、「六人の侍」や「八人の侍」では締まらない。何といっても7人いるからこそ、さまざまなキャラクターが描かれるのである。この黒澤映画は、いま見ても迫力あふれるシーンに圧倒される。私としては何度見ても飽きない数少ない映画の一つである。グループ・ダイナミックスでいう「集団」の大きさの話から、今回の「七物語」がはじまった。それから、7回もおつきあいいただき、ありがとうございました。このあたりで幕を下ろすことにします。 |
| 七は愛と正義の味方(05/02/23-680) 「四十九日」はお亡くなりになった方を忍ぶ「7×7」だ。これに対して、「7月7日」は愛の「7×7」物語になる。いわゆる「七夕」である。もともとは中国の風習と日本の信仰が合体したものらしい。地学には詳しくないが、天の川の両岸にある、牽牛星と織女星が近づくというから、これは自然界の創造物だ。もっとも、7月7日という日付は人間が創ったものだ。したがって、これまた「神の業」というわけでもないか。毎年1度しか会えないというので、愛は激しく燃え上がる。それも、雨が降るとその年のデートはお流れというのだから、じつに厳しい。しかし、待ちこがれることも大切ではないか。いまや、即座に欲求を満たすものであふれている。だから、少しばかり思い通りにならないだけで、瞬間的に爆発する。自分の欲求満足のためには人を殺傷することすら厭わない。とにかく、待つこと、我慢することを知らないのである。こんなことを放っていたら、そのうち日本崩壊が現実のものになる。あー、日本を救う救世主はいないか…。なんて思っていると、いたいた正義の味方が。私が小学生のころのヒーローは「七色仮面」だったなあ。まあ、仮面をかぶった日本版スーパーマンといったところか。とにかく毎週欠かさず見ていたテレビのヒーローである。正義の味方は「七色」なんです。主役の波島進はかっこよかった。このあたりまで来ると、お若い方々には何のことやら、お分かりにならないだろう。ともあれ、ついでにもう少し江戸時代に近い方では、片岡千恵蔵の「多羅尾伴内(たらお・ばんない)」も思い出す。「ある時は○○、またあるときは□□…」と、名探偵がいろいろな姿に変装して事件を解決していく。これがまた「七つの顔」だった。そして、江戸時代そのものまで遡れば、「琴姫七変化」というのもあった。お若いみなさん、これって「しちへん」と読むんですよ。これまた、お姫様が「七色」の姿で大活躍する物語である。主演の松山容子はオロナミンのコマーシャルキャラクターでもあった…。いやー、子どものころの思い出も「7」ずくしじゃあないか。とうとう「七物語」は6回目まできてしまった。 |
| 伝統の七(05/02/22-679) 「ラッキー7」といった外来語の影響で、わが国が「7」を珍重するようになったわけではない。なぜなら、昔から「七草」なんて、わが国固有のものがあるからだ。いま、日本人で「春の七草」「秋の七草」の中身を言える人がどのくらいいるだろうか。正直な話、私自身は「七草」ということばしか知らない。家内は、「セリ、ナズナ、ゴギョウ、ハコベラ…」などとスラスラ言うが、そんな人間はけっこう減ってきたのではないか。春の七草は正月七日、羮にして食べるのが古いしきたりだという。なんと、ここでも「7」が登場するのである。そういえば、生まれたときは「お七夜」というのがある。子どもが生まれて「7日目」のお祝いである。そして、亡くなったときは「初七日」ということになる。さらに、「四十九日」が続く。これは「7×7」で、「7」の二重奏だ。「七七日(しちしちにち)」とも言うらしいから、間違いなく「7」のダブルなのである。ついでに「人の噂も七十五日」となる。この場合は、「7」で割り切れないが、「7」が頭に来ているところが印象的だ。まあ、2ヶ月半ぐらい我慢していれば、世間の人は忘れてくれると言うわけである。あの2大マスコミの論争も、年度内には過去のものになったりして…。まあ、こんな言い回しを持っているだけに、「日本人は忘れっぽい」と思われそうだ。しかし、何の何の、英語にはA wonder lasts but nine days≠チてのがあるらしいですよ。こちらは、たった9日ですものね。海の向こうの人も、けっこう早く忘れるようですバイ。「七物語」5回目の終了。 |
| 神が創った七色?(05/02/21-678) それにしても「7」がらみは、挙げ出すとキリがない。毎日の曜日も「日月火水木金土」の七曜である。これは、「日(太陽)」と「月」、そして、「火星」から「土星」までの5つの星を合わせたものだ。しかも、世界共通で1週間は7日となっている。人間が創作したものではないものといえば、「虹」を挙げることができる。その色は、「赤・橙・黄・緑・青・藍・紫」の「7色」である。しかし、これもそれほど単純ではない。イギリスやフランスなどでは、一般的には「藍」を除いた6色を虹の色とするらしい。また、明暗の2色として捉える民族もいるというからややこしい(Wikipedia)。それを、お互いに「おかしい」なんて言い出すと、なおさらややこしい「紛争」になる。自分たちだけが正しいと考えると、もめるのである。もともと虹は太陽の光が分かれたものである。そうだとすると、紫外線や赤外線だってあるに違いない。それらは「見えない」から色の名前も付けようがない。「なんたって2色に決まってる」「とんでもない。6色だ」「いやいや、7色じゃないか」。そんなことで騒いでいても、お互いに見えない「色」の存在には気づいていないというわけだ。こうして、虹色にしても「神様」が創った「7つ」ではないのである…。これで、「7物語」の4回目が終わり。 |
| 七つの海(05/02/20-677) さて、さて「7」の物語の3回目。気球規模でいうと、「七つの海」というのがある。これは中世に帆船で航海していた時代、アラビア人が自分たちの支配する海を指して呼んだという(広辞苑)。南シナ海・ベンガル湾・アラビア海・ペルシャ湾・紅海・地中海・大西洋の七つである。最も大きな太平洋が入っていないところがおもしろい。人間は、活動している範囲しか目に入らない。だから、「そこにあって」も「ある」と思わない。したがって、それを呼ぶ「ことば」や「名称」も生まれない。まあ、当然と言えば当然のこと。そんなわけで、太平洋が見えてくると、「7つの海」も変化する。現在は、太平洋と大西洋を南北に分けて4つ。これにインド洋と北極海および南極海をあわせて7つである。海になると人間の手が届かない自然の話だ。「神の業である自然界ですら7つか」と感動したいところだが、「7つの海」も結局は人間が勝手に決めたものなのである。そもそも、太平洋や大西洋を北と南に分けるなんて、かなり恣意的ではないか。それはそうと、太平洋は「太」で、大西洋は「大」である。これにも理由があるんだそうな。太平洋は英語で the Pacific Ocean である。つまり「平和で穏やかな海」なのだ。平和と言えば「天下太平」などという。そこで、「平和」を「太平」と訳したのである。これに対して大西洋の方は、昔の中国がヨーロッパのあたりを「大西洋」と呼んでいたらしい。そこで、それをそのまま持ってきたという説があるようだ。「太」と「大」については、不思議に思う人も多いようで、その由来を話題にしているサイトがあった。 |
| 七不思議(05/02/19-676) 「ラッキー7」は野球用語だ。本当の統計で7回がラッキーなのかどうかは知らない。しかし、もうすぐおしまいに近い7回で、運命を変えることができる(かもしれない)という発想は楽しい。7回といえば、その割合を計算してビックリした。なんと9回の77.777…%である。あくまで7が続く循環小数ではないか。まあ、人生も8割くらいは終わってもあきらめちゃあいけないってことですよね。しかも、このあたりで同点にしていれば、延長戦だってある。じつに奥が深い。とにかく7は世界共通のマジカルナンバーである。まさに magical は不思議で神秘的で魅惑的な数だ。「七不思議」というのもある。英語でも the Sevwn Wonders of the World と、そのものずばりである。昔から「越後の七不思議」なんてのもあるらしい。その中には、燃風火や臭水などが含まれている。前者は天然ガスで、後者は石油だという。「臭水」はくそうず≠ニ読むらしいが、前者はちょっと調べたくらいでは分からなかった。いずれにしても、英語の「七不思議」を明治時代になって直訳したわけでもないのだ。そんなことで、古今東西を問わず、われわれ人間はなぜか7には惹かれるようだ。どうもまずいな。昨日あたりから「7」の落とし穴にはまってしまった。「7」回分くらいは続けるか。 |
| ラッキーナンバー(05/02/18-675) グループ・ダイナミックスの対象はあらゆる「集団」である。カウンセラーが患者と面接している。その際に、お互いは「一人」だと認識しいているかもしれない。しかし、それは二人のコミュニケーション状況そのものである。ということで、カウンセリング場面においてもグループのダイナミックスが働いている。人数が増えていっても、「集団」は「集団」だ。いくらでも大きくなる。日本人という「集団」もある。もっと大きい「われら地球人」という言い回しだってある。これも、「集団」といえば「集団」ではある。しかし、そんなことを言っているとどこに焦点を当てていいか分からなくなってしまう。そこで「集団」を、お互いに相互作用をしている人の集まりに限定して、そこで起こる現象に焦点を当てる。これも実践的には大事な視点である。そうなると、「何人ぐらいか適正か」という疑問も生まれる。私の恩師である故三隅二不二先生は、「マジカルナンバー7±1」といった表現をされていた。最後の「±1」がもう少し大きくて「±3」くらいだったかもしれない。もう35年くらいも昔の話で正確な記憶はない。いずれにしても、お互いが、その存在を認識していて作用しあえる大きさということである。「7±3」であれば、4人から10人というわけだ。私には、この「マジカルナンバー7」という言い回しがとても印象的だった。先生もどこかで聞かれたのだと思うが、「世の中には不思議に7がつくものが多い」というお話である。まずは、「ラッキー7」が頭に浮かぶ。この話、明日につなげよう。 |
| 24時間営業(05/02/17-674) グループ・ダイナミックスは集団を対象に研究を進める。文字通り、グループ(集団)で起きている、さまざまな出来事をダイナミック(力学的)に把握していく。静的な関係ではなく、時々刻々と変化する動的な関係を見ていこうというわけだ。ときには、「何人から集団というのか」と聞かれることがある。その回答としては、お互いに関係を持っている2人以上というのが基本だ。人と人が相互に作用している点がポイントになる。しかし、人の行動に影響を与えるという視点から見ると、一人の人間だって「集団」だと言えなくもない。われわれは一人のときも「ことば」を使っていろいろなことを考える。そのことばは、人類の歴史を背負っている。だから、ことばは集団の文化そのものなのだ。そうした性質を持ったことばを使うこと自体が、特定の集団から影響を受けているのである。そこには見えない他人がいる。朝のトイレで、「ウーン、今日の会議で思い切って発言してみよう。それはいいけど○○さんは反対するだろうなあ。いやいや、しかし□□君はバックアップしてくれるに違いない…」。いつだって、頭の中でこんな会話をしているではないか。そこには、会議で発言している「自分」という「人」がいる。そして、「○○さん」や「□□君」たちもいる。いやいや、それどころではない。夢にだって人が出て来るではないか。そう考えると、われわれはいつも「集団状況」の中で生きているのである。まさに、24時間営業で「集団」とかかわっているのだ。 |
| 昨夜(16日)、40000件に達しました。11月10日の30000件から、ほぼ100日になります。 今回は、広島県にお住まいの企業の方がゲットされました。いよいよ全国的(??)になってきました。これからも、よろしくお願いいたします。 |
| 最適人数(05/02/16-673) 私が専攻するグループ・ダイナミックスは集団の科学である。そこで、さまざまなことをする際の適正人数というものも研究の対象になる。しかし、そうはいってもあらゆる集団に適応できる「適正人数」を特定するなど不可能に決まってる。そこで、「ケース・バイ・ケース」なんて結論になる。それでは、答えを出したことにはならない。「だから心理学はいい加減だ。まるで頼りにならない」。そんな文句も言われそうだ。しかし、ここで大見得を切っても、あとで恥をかくだけだ。そんなモンなんですよというほかはない。しかし、そうかといって「正解がない」なんて言ったら、これまた無責任。現実の集団を分析しながら、「正解」をたくさん提供する。それが心理学の仕事だと思う。最終的には、そうした正解の中から、一人ひとりに「自分の正解」を見つけていただくのである。ところで、まったく私的な話だが、10日ほど前に、わが息子が結婚式を挙げた。「できるだけささやかに」ということで、披露宴は両家で50名にした。まあ、自画自賛の内輪話ではあるが、これがとてもよかった。まさに適正、いや最適人数だといっていい。何といっても、みんなが人の話を聴いてくれる。たしかに乾杯までは、出席者が多くても会場は静かだ。しかし、その後がいけない。あっちこっちで小宴会が始まるのである。そのうち、司会者が「みなさん、お静かに」なんて絶叫せざるを得なくなる。それでも騒ぎはなかなかおさまらない。そんな披露宴もけっこう多いのではないか。今回の私の経験では、50はラッキーナンバーだったと感じている。 |
| ニュースの中身(05/02/15-672) 1、2週間前のことだったと思う。昼間にNHKのニュースを見ていたが、その内容に気が重くなった。まずは、飲酒の上、無免許運転で8人をひき逃げした男が捕まった。そのうち4人は亡くなったという。画面に映った車はメチャメチャに壊れて、その衝撃の激しさを伝えていた。つぎは、奈良の小学生女児の誘拐殺人犯が現場検証に立ち会っている状況が流れる。世の中を不安に陥れたが、なかなか捕まらなかった犯人だ。さらには、愛知県安城市で起きた赤ん坊らの殺傷犯が身柄を拘束されている映像が流れる。この三つのニュースが連続していたかどうかは記憶がない。しかし、それにしてもわずか15分程度のニュースに3件もの「殺人事件」が取り上げられるのは、やはり尋常ではない。そんな中で、また学校で先生方が殺傷された。あまりにも簡単に、理不尽な理由、利己的な理由で人を殺す。そうだからこそ、悔悟の念すら感じられない事例もある。こうして嘆いてはいるが、人間は良きにつけ悪しきにつけ適応が早い。いつの間にか、困った事態にも鈍感になっていく。そして、気がついたときは手遅れと言うことだ。とにかく、殺人事件が多すぎる。殺人事件が特殊なものでなくなった社会は、どう考えてもまともではない。 |
| 横断歩道の挨拶(05/02/14-671) ときおり、熊本城の横を走る旧国道3号線を通る。電車通りから京町方向に入って200mほどのところに横断歩道がある。熊本の地理にお詳しくない方も、今日の内容には関わりないので、このままお読みいただきたい。ここは小学生や中学生の通学路に当たっていて、その横断歩道を渡る子どもたちがいる。この子どもたちの反応がすばらしいのである。正直な話、横断歩道で止まる車はじつに少ない。どこそこはマナーが悪いと、お互いに日本国中で悪口を言い合っている。しかし、私が見るところ、どこも大して変わらない。「目くそ、鼻くそを笑う」といったところだ。それにしても、熊本だって負けてはいない気がする。それでも、宝くじに当たるがごとく、横断歩道で止まってくれる車もある。そのときである。子どもたちが最敬礼して、感謝の気持ちを行動に表すのである。「本当にありがとうございます」。その雰囲気が溢れるように伝わってくる。それを見ると運転している者も気持ちがよくなるに違いない。「なんかいいことしたみたい」なんて…。道路交通法上は、むしろしなければならないことをしただけなのに、大人が救われている。ここは城東小学校と藤園中学校の校区である。藤園中学校は、あの柔道家山下泰裕氏やKABAちゃんの出身校だ。何とも対照的な先輩たちではある。まあ、それはいいとして、学校や保護者の皆さんがしっかり育ててるんだろうなあと思う。感謝の気持ちが表せる子どもたちは、人を幸せにすることができる。すばらしい。 |
| 驚きサービス(05/02/13-670) 多くの人が羽田空港からモノレールを利用すると思う。横浜など西に行くときはバスや京浜急行に乗ることもある。しかし、そのほかのところならモノレール以外は考えられない。この東京モノレールは昭和39年にオリンピックが開催されたとき開業した。それからは羽田と都心を結ぶ足として、なくてはならないものになった。さすがに東京だけあって、数分おきに発車する。しかも、いつ乗っても客は多い。まさに、放っておいても客は来るという殿様商売に見える。ところが、このモノレールが価格サービスをはじめたことを知った。羽田から山手線内へ乗り換える場合は500円だという。もともと浜松町までが470円である。それが、新宿や池袋まで行っても500円というわけだ。いままでの感覚から言うと、驚きと感動の割引である。これには、京浜急行などとの競争があるのだろう。なにせ、京急に乗ると都内の地下鉄とも繋がっている。行き先によってはこちらの方が便利なところがあるのだ。とにかく、競争のすごさ、厳しさには驚くばかりである。ここまで書いてから、念のためモノレールのホームページを確認した。その結果、このサービスは最近始まったわけでもないことが分かった。期間限定らしく、昨年の7月17日から今年の3月27日までの土・日・祝日のみが対象だという。いままで気づかなかったのは、休みの日に移動していなかったということだろうか。まあ、このサービス、おそらく延長されるんじゃあないかな。なにせ、切符売り場の前で係員がハンドマイクを使ってサービス内容を叫んでいたもの…。 |
| コンプレックス(05/02/12-669) わが家から歩いて5分もかからないところにシネコンがオープンした。昨年暮れのことである。家内とオープンしたらすぐに行くぞと意気込んでいた。ところが、いざフタを開けてみると、飛びつくような映画がなかった。なんと言っても全部で10館もある。1本や2本は私好みのものがあってもよさそうなものだ。しかし、思い通りにいかないのが世の常なのである。何といっても、あの「ゴジラ」がないのだ。映画産業にも会社があり系列もある。熊本ダイエーの隣にできたシネコンはヘラルド系だという。そんなことでオープニングと同時に出かけるという計画は見事に頓挫した。しかし、それでも1月には家内と出かけることになる。しかし、そのときの話は別の機会に譲る。今日のテーマは「コンプレックス」である。シネコンは日本人の好きな省略形で、「シネマ・コンプレックス」のことである。そう聞くと、なんだか、映画館が劣等感を持っているみたいだ。なにせ、日本語では「劣等感」のことを「コンプレックス」と言っているからである。しかし、これは大いなる誤解なのだ。英語のコンプレックスが持っているもともとの意味は、「複合体」である。形容詞としては「多くの部分からなる」といった意味がある。だから、10個も映画館が集まっているから「シネマ・コンプレックス」なのである。それでは、劣等感は何というのか。英語ではinferiority complex≠ナある。inferiority≠ヘ「劣っていること」を意味している。つまりは、劣等感をもたらす複雑なこころの複合体があるのだ。だからcomplex≠ヘ「こころの複合体」ということになる。その反対の優越感はsuperiority complex≠ナある。superiority≠ヘ、「優越」という意味がある。だから、そうした気持ちにさせる「複合体」をsuperiority complex≠ニいうのは、大いに理にかなっているのだ。ともあれ、complex には「コンプレックス」の意味はないのである。 |
| Only One の危うさ(05/02/11-668) スマップの「世界に一つだけの花」をはじめて聞いたのは、熊本大学教育学部附属養護学校の文化祭であった。もう3年ほど前になるだろうか。なかなかいい歌詞だと思い、家族に話したところ、「知らなかったの」という顔をされた。いつのころからか、若者たちの歌が遠くなってしまった。ともあれ、一人ひとりがOnly One≠ニいうのは大事な視点である。しかし一方では、Only One≠ェ危ういことも少なくない。今年に入ってから、スマトラ沖地震のニュースが頻繁に流される。その中で、海外から来た専門家が一堂に集まっているセンターのような場所が映し出されたことがある。そこには、各種の PC が置かれていたが、どれもこれも Windows のようだった。今さら驚くことでもないが、世界中がたった一つのソフトウエアを基盤にして動いていることに、かなりの危うさを感じる。実際、昨日も「ウィンドウズXP」など、マイクロソフト社の製品に最高度の欠陥が見つかったという。大学の PC 管理者からも、頻繁にウイルスの情報や更新の依頼が届く。まさに、Only One≠ノ依存しきっているだけに、ことが起きるとダメージも大きいのである。独占禁止法ができたのも、Only One≠フ弊害が大きいからだろう。もっとも、Only One≠ニいうことばに責任はない。ソフトの場合は、Windows が業界全体でOnly One≠ノなっているから問題なのである。そこに、たくさんのOnly One≠ェ生まれてくれば、それでいいのですよね。 |
| いい旅(05/02/10-667) 先月の初めに大分へ出張した。熊本から特急の切符を買うとき、駅員から「指定はどうしますか」と聞かれた。私は、当然のように「混んでるんですか」と聞き返した。彼はにっこり笑って、「それほどでもないと思います」と応えてくれた。そんなことで、指定は取らなかったのである。実際に乗ってみると、列車はガラガラだった。私が乗った1両の席を数えてみると16列あった。1列あたり左右に4名が座れるから、1両で64名の定員である。そこに、私を含めて7人が乗っていた。途中で乗り降りがあったはずだが、とにかく乗客はこんなものだった。列車がホームに入ってきたときに見た感じでは、指定席の方がかえって人が多いようだった。この現象は珍しいものではない。だから、指定を取っていながら自由席に移動することもあるくらいだ。それにしても、この列車、「九州横断特急」とすばらしい名前が付いている。もっとも、その名の割にはけっこう止まるが、それもまた楽しいではないか。ともあれ、のんびりした旅になった。肥後の熊本と豊後の大分を結ぶ豊肥線は、阿蘇を横断する。その途中は雄大な景色の連続である。並行する道路を見ていると、登りのあたりでは車の方が速く走っていた。これまた、けっこうだという気持ちになる。ただし、この様子だと、どう見たってかなりの赤字に違いない。たまに乗る客は旅をエンジョイしているが、経営的には青息吐息だろう。いつの日か、存続の議論が出てくるかもしれない…。 |
| 元気をくれる人(05/02/09-666) 大村詠一くんを知っている人は多いに違いない。日本のエアロビクス界では若手の第一人者だ。彼はいわゆる小児糖尿病で、インシュリンを打ちながら生活している。そうした状態の中で、激しい運動を伴うエアロビクスでトップクラスを走っているのである。そこで注目度はさらに高まることになる。かなり前のことになるが、熊本にそんなすばらしい若者というか、少年がいることをテレビで見たことがあった。そのときは、「すごいなあ」と驚いた。その彼が熊本大学に入学したことも地元のニュースで見た記憶がある。しかし、彼についての情報はそこで止まっていた。後期になった昨年の10月である。全学部の1年生が選択する授業をはじめた。その授業を彼が受講していたのである。第1回目の授業が終わってから数日後だったか、彼からメールが入った。授業について興味・関心を持ったという内容だった。また、この「味な話しの素」も読んだという。将来は教師になりたいと書かれていた。メールを読んだ時点では、彼だという確信がなかった。しかし、「多分…」という気がして、ホームページを当たってみた。メールの送信者は彼に間違いなかった。授業の後で、学生たちからメールをもらうのは嬉しいものだ。そこで、さっそく返事を書いた。「大村君って、あの『大村君』でしょ」。ついついこんな表現が入ってしまった。そして、「あなたのような努力家が教師になると、子どもたちにも素晴らしい影響を与えることができます。しっかり勉強して下さい」。このような趣旨のメールを書いて返信した。それに対するメールも来たが、その中で「努力はまだまだ」と書かれてあった。この謙虚さには頭が下がる。「あなたが努力不足なんて言ってたら、世の中に努力している人間なんているのかいね」。思わずそう叫びたくなった。しかし、それが淡々と聞こえてくるから素晴らしい。ともあれ、ご存じの方には説明の必要はないが、とにかく笑顔がすごく印象的な好青年である。子どものころから糖尿病と闘っている人々にも大いなる勇気と元気を与え続けている。年齢には関わりなく、世の中には素晴らしい人たちがいるものだ。年末には、子どものころからの取材を交えたテレビ番組があった。やはり感動的な内容にあふれていた。 |
| かかわりの仕事(05/02/08-665) 身近にある小さな電器店の前を通るたびに、余計な心配をしていた。いつだって、お客さんが入っていたためしはない。そんな状態で、どうやって食べていけるんだろう。街中にも郊外にも、いわゆる量販店が競合して、1円でも安くと鎬を削っている。小さなお店には値札すらない、それどころか、品物だってあまり置いていない。わざわざ注文しなければならないんだろう。それじゃあ大きな店に太刀打ちできないだろうに…。これが余計な心配の内容である。それに対する回答のヒントが「ソニーと松下」(立石泰則著)に書かれている。ナショナルショップの話だ。ナショナルショップとは、松下電器の販売店である。彼らは、電球1個でも取り替えに行くという。そんな仕事の中で、家庭の経済状況なども知るのである。店じまいした後、夜になって電話がかかってくる。翌日にある子どもの運動会のためにビデオが欲しい。すぐ使えるようにして持ってきてくれないかという依頼である。そこで、その家に見合う製品をバッテリーチェックまでして持って行く。ここで最高値のものを売りつけたりはしない。あくまで、注文主に合った製品を選ぶのだ。こうした仕事をしていれば、お客さんとのコミュニケーションも深まり、信頼関係も生まれる。そして、「お宅もちゃんと儲かりなさいよ」と声をかけられることになるという。いやー、効率優先・安値販売とは対照的な発想である。そこでは、「かかわり」という付加価値が大事にされている。今日では、人間関係が希薄になり、コミュニケーション不足が問題になっている。子どもたちを見守る目も失われ、そこら中が危険地帯になってしまった。何かがあったら、すぐに飛び込める場所もなくなっていく。昔は、そこここに知ってるお店があり、おじちゃんやおばちゃんとも顔なじみだった…。そんなことも含めて、小さなお店の価値が再認識されないものか。世の中は効率がよくなって、みんなが得しているように見えてしまう。しかし、犯罪の増加だけでも、その防止と対策のために膨大なコストが必要になっている。それは、目に見えない負担として国民に伸し掛かり、気づかないうちに、国を疲弊させる。 |
| 敗者復活(05/02/07-664) ブッシュ大統領が一般教書演説を行った。この「一般教書」は、アメリカの大統領が念頭に議会に送るメッセージである。広辞苑を見ると、英語では、the State of the Union message≠ニなっている。ちょっと CNN のホームページを覗いたら、the State of the Union addressとも言うようだ。それにしても、message≠竍address≠ェ、なんで「教書」に化けるんだろうか。もともと「教書」には、司教などが信徒に発するメッセージの意味もあるようだ。それなら「教書」という翻訳も納得できる。しかし、アメリカの大統領のメッセージが国民を「教え諭す」ものだというのは、ちとおかしいのではないか。意味の分かりにくい翻訳もけっこう多いなと思う。それはともあれ、ブッシュ演説を見ていてふと思った。アメリカでは大統領選挙で敗れた者は、歴史の彼方に消えて、二度と表に出てこないように見える。あのゴアさんも、どこかへ行っちゃった感じだ。ケリー氏だって再登場することはなさそうだ。そんな中で、ニクソン氏は例外のようだ。彼は、一度はケネディに敗れたが、その後に復活している。彼のような、「負けて勝った」大統領がいるのかどうか。わざわざ調べるほどの時間はないが、ちょっと興味がある。もっとも彼の場合は、任期中にウォーターゲート事件なる盗聴問題にかかわって、大統領辞任に追い込まれてしまう。「負けて勝って、また負けた」感じである。人生に敗者復活があることはすてきなことだが、その後は気をつけた方がいいようだ。ところで、次の大統領候補としてヒラリー・クリントン氏の名前も聞こえてくる。アメリカで女性か黒人の大統領が生まれるのはいつのことだろうか。わが国で女性の総理大臣が出るのはいつのことだろうか。そのいずれが先になるか。私は、これにもちょっとした興味を持っている。 |
| 危険な出国(05/02/06-663) メキシコ政府が出した「出国手引き書」(New York Times 1月9日号)の続き。1回目は1月30日に書いた。まずは、パスポートやビザの取得が必要だと断った上で、次のようなことが書かれている。「この手引きを読めば、必要な書類なしで米国に滞在する場合の基本的な問題について理解することができます。それと同時に、一度アメリカに入った場合は、あなたがどんな立場であれ、あなたに与えられる権利についても知ることができます。合法的に入国する手段があることは、いつも忘れないでおいていてください」。最後の一文が、「違法出国」を推奨しているのではないと念を押しているように読めるといえば、読める。しかし、いかにも取って付けた感じがしてしまう。それから、いよいよ本筋に入って、「越境の危険性」が強調される。「川を渡るのは大変に危険です。とくに夜間に一人の場合は、とくにそうです。衣服が濡れると泳いだり流れに乗るのがむずかしくなります。砂漠では、暑い時間帯を避けてください。道路や家々は遠く離れているので、道を見つけるのに数日間かかり、食べ物も水も手に入らないことがあります。また、迷ってしまうこともあり得ます。塩分を含んだ水が消耗した血液の助けになります。喉が渇くおそれはありますが、脱水作用を避けることができるのです。もし道に迷ったら、電線や鉄道、舗装していない道路などを手がかりにしましょう」。陸続きながら、川あり、砂漠あり、とにかく越境は命がけなのである。 |
| 心強いサポーター(05/02/05-662) ときおり、「味な話しの素」のご愛読者からメールをいただく。そのほとんどが、温かいサポート・メッセージである。また、「誤字」や「脱字」のご指摘もある。その場合はできるだけ速やかに訂正している。いずれにしても、まことにありがたい。先月、中学生のころから「ステテコ」を穿いていたというトップ・シークレットを自ら暴露した。そんな中で、今週の初めは全国的に冷えた。そこで、毎日のように「味な話しの素」をご訪問いただいている方からメールが届いた。昨年の11月に「ズボン下」を買われていたそうだが、それを着用されたらしい。そして、その温かさに感動されたという。まわりの人にも自慢されたとのこと。じつにすばらしいお話ではございませんか。メールは、「吉田先生、もしかして冬場は『股引(ももひき)』着用ではないでしょうか」というご質問で終わっていた。すぐに、「いえいえ、私は365日、欠かさず『ステテコ』ですよ」とご返事をした。もうお一方からも、「私もステテコ(ももひき?)愛好者です」というメールを頂戴した。「冬これを穿かずに外に出るなんて、命を捨てにいくようなものです!」と「力説」されていた。じつに心温まるサポート・メッセージである、世の中にはかならず同志がいるものだ! この方もご愛読者のお一人だが、20代半ばの女性である。わが意を得たりとはこういうときにいうものだろう。自分の判断の正しさにますます意を強くした。熊本にある放送局がインタビューしたところ、パンツを穿かないで街を歩いている人が予想以上にいたという。その理由はいろいろのようだが、体に悪いと思いますよ。とくに、「穿き忘れ」の方はご用心のほどを…。 |
| 豊かな創業者(05/02/04-661) 世界で最も知られた会社の一つにソニーがある。東京に行くたびに、モノレールから本社の威容が見える。しかし、このところソニーにも翳りが出てきた感がある。何分にもあっと驚く新製品が出ない。最大の売りであるフロンティア精神が揺らぎはじめている。新タイプの「ウォークマン」はマックにやられた。液晶も出遅れた。先日はソニー自身が、最近の不振について、戦略の誤りを認めていた。しかし、それでもまだまだ世界に誇れるブランドは維持していると思う。そのソニーを創設したのが井深大・盛田昭夫の両氏である。立石泰則著「ソニーと松下」によれば、この二人はともに似たような環境で育ったという。それも、かなり恵まれている。盛田氏の父親は技師で、学生時代に小さな発電所を建設したことでも知られていたらしい。母親は当時の女子大出だったそうである。父親が早く亡くなるなど苦労もあったようだが、育てられた祖父などもおおらかだった。一方の盛田氏は、300年以上つづく造り酒屋の長男である。そして、子どものころから「おまえは生まれたときから社長だ」と父から言われて育ったという。まあ、二人ともいわゆる金持ちのボンボンだったわけだ。そんなことで、若いころから自由な雰囲気のもとで育てられたのである。その二人が夢を抱いて世界のソニーを創り上げていく。一般ピープルの息子として生まれた人間としては、何ともうらやましい話しではある。これに対して松下幸之助氏は、貧困の苦労人として語られることが多い。そんな松下氏がいて、他方に井深・盛田氏がいる。この両者が戦後の成長期に、家電の両雄として競合していくことになる。こんな話は聞いただけでもおもしろい。 |
| 日本の力(05/02/03-660) 「世界を動かした名言」(講談社+α文庫)を読んでいる。その中で、裁判官の John Gibbons 氏が言ったことばが目を引いた。「日本人は、工場の現場から経営者を調達し、われわれはロー・スクールから調達する」。ロー・スクールは、わが国でも話題を呼んだ法科大学院である。Gibbons 氏は、日本人が現場の実践家を大事にしていることを強調したかったのだろう。その点、アメリカは「理屈」や「理論」で組織を運営すると考えているのだろうか。発言の一部だけが取り上げられているので、 彼が日本を持ち上げているのかどうかは分からない。しかし、どんな世界でも実践が大事なことは言うまでもない。理屈ばかりで世の中は動かない。数年前にノーベル経済学賞を取った二人が経営する投資会社も潰れてしまった。これなんぞは、理論だけではうまくいかないという典型例である。もちろん、実践ばかりに偏っていても組織は動かない。しかし、まずは実践がはじめにあったことは間違いない。理論から実践が生まれることはあるが、それも現実の中で評価される。実践を通して得られた事実を積み上げていくことで、役に立つ理論が引き出されるのである。私が専門にしているグループ・ダイナミックスも幅が広い。実験室実験に現場実験、自然実験などというものもある。さらに、アクション・リサーチといった用語もある。そこでは、実践と研究を連結した試みが大事にされる。そんな中で、私は徹底した「実践重視主義」だと自認している。そんなことで、私がこれまで書いた「実験的研究論文」は2本しかない。それも、1本は共著である。とにかく「役に立つ」ことを最大の目標にしているつもりだ。「実験も現実に役立つためにやってるんだぞ」。そんな文句も聞こえてきそうではありますが…。 |
| 母の決断(05/02/02-659) ゴジラを見ることができなかった私の嘆きがあまりに大きかったのだろう。母は恐るべき決断をする。福岡からの帰り、伊万里を越えて、その先にある佐世保まで足を伸ばしたのである。佐世保市は長崎県では長崎に次ぐ町で、映画の封切り館があった。母はそのことを知っていたのだ。博多から乗っていた列車が佐世保まで行ったのかどうか、その記憶は定かでない。しかし、わたしは間違いなく、その日のうちに「キングコング対ゴジラ」を見たのである。映画のラストシーンは鮮烈だった。組み合ったキングコングとゴジラが、そのまま海に落ちていく。そんな画面のイメージがくっきりと目に浮かぶ。どちらかが勝つという結末にしなかったのである。その裏には、ゴジラの版権やアメリカのメンツなど、ややこしい問題があったのかもしれない。しかし、ゴジラと並んでキングコングのファンでもあった私は、ホッと胸をなで下ろしたと思う…。それからどうなったか。映画が終わったときには汽車はなくなっていた。交通手段はタクシーしか残されていない。父は公務員だった。小さな町の住人としては、そこそこの給料ではあったと思う。しかし、母は家計のやり繰りに苦労していた。日本人全体がそんな経済状態だった時代のことだ。そんな中で突然に佐世保まで行って映画を見る。その上、帰りはタクシー。現在のJRの距離で見ると、二つの駅は33.6kmもある。当時としては信じられない贅沢である。母は、まさに清水の舞台から飛び降りるような決断をしたに違いない。この日のことは父に内緒にしたと思う。しかも、お金が十分でなく、伊万里駅前あたりで降りて、自宅まで歩いて帰ったイメージも残っている…。母は自分のことになると、欲しいものも買わない人であった。この日の大冒険は、ただひたすら息子のためだったのである。今でも忘れることができない「母とゴジラの物語」…。 |
| ミッシング・ゴジラ(05/02/01-658) 「キングコング対ゴジラ」をインターネットで調べてみた。封切りは、1962年の8月11日になっている。母と妹と私の3人で福岡に出かけたのはお盆前後のことだったのだろう。ゴジラを見たくてたまらない私は、父と会うことすら二の次に考えていたかもしれない。とにかく、「ゴジラを見よう、ゴジラを見よう」と言い続けたはずである。「お父さんと会ったら『ゴジラ』も見に行こうね」。母はこんな約束をして、私をなだめた可能性もある。しかし、ことはそううまくは運ばない。正確なことは記憶にないが、その当時は伊万里から福岡は遠く離れた街だった。さすがに蒸気機関車は表舞台から降りようとしていたが、それでもまだ現役だった。あとは、ディーゼルカーが、すさまじい音を響かせながら走っていた。そんな状況だったから、父と会ったり、新しい住居を見ているうちに時間は過ぎていったに違いない。結局は、バタバタして帰りの汽車に乗ったのだろうと思う。ゴジラを見るまたとないチャンスを失って、私はひどく落胆していたはずだ。もちろん伊万里でも、いずれは公開される。だから、そのときまで待てばいい。しかし、それは私を説得する理由にはならない。もうすぐ福岡へ引っ越しだ。映画が伊万里に来ないうちに福岡へ行くことになるのではないか。そのときは福岡での上映が終わっているかもしれない。そうなると、「キングコングとゴジラ」を永遠に見ることができない…。「どうしても今日のうちに見たかった…」。これが私の気持ちだったと思う。そんな私を見た母は、人生最大(?)の決断をするのである。 |