| 母とゴジラ(05/01/31-657) 昨年はゴジラ生誕50周年だったとのこと。NHKのBSでも連続して10本の作品を放映していた。そのときは、当然のように録画した。これは最近の私にとって珍しい行動といえる。私がテレビを録画しなくなってから随分と時間が経っている。以前はいろいろな番組を録って楽しんでいた。また、授業の教材としても大いに活用した。しかし、次第に仕事が忙しくなり、情報過多の問題も感じるようになった。ビデオをゆっくり見る暇がないのである。そのうち、録画済みのテープが増えていく。これではまずいと考えたのだ。しかし、私にとってゴジラだけは例外中の例外である。ただし、今回も録画しただけで、まだ1本も見ていない。「そのうち、そのうち」と思っている…。ところで、ゴジラのことを書き始めると、どのくらい続くか分からない。とにかく、思い出が溢れてきて止まることがない。その中には、ゴジラに対する苦情も含まれている。ゴジラを堕落させた人たちに文句があるのだ。それはともあれ、まずは、母と関わる思い出話からはじめよう…。私が中学2年生だった1962年(昭和37年)のことである。わが家は佐賀県の伊万里市に住んでいた。その夏、父が福岡に転勤になった。まずは父が単身で赴任して、住居を探す。それが決まってから夏休み中に家族が引っ越す。これが転勤族吉田家のいつものパターンだった。夏休みに入ったある日、母と妹と私の3人は福岡へ出かけた。引っ越し先が決まったので、事前に見に行ったのだろうと思う。そして福岡で、私は「キングコング対ゴジラ」の看板に気づいたのではないか。あるいは、伊万里から出かけるときに福岡で上映されていることを知っていたのかもしれない。「母とゴジラ」の物語は、ここからはじまる。 |
| 手引き書(05/01/30-656) ある手引き書が、アメリカで問題になっているという。New York Times の日曜版1月9日号の記事である。昨年の暮れに、メキシコ政府が「出稼ぎ労働者の手引き書(Guide for the Mexican Migrant)」を出した。漫画で構成された31ページの小冊子だが、その内容がすごいのである。アメリカに密入国するためのノウハウを教えているというのが、アメリカ側の主張である。記事によれば、年間100万ものメキシコ人が違法にアメリカへ入っているらしい。そして、少なくとも昨年は300人が、国境を越える際に命を落としているという。また、polleros∞coyotes∞pateros≠ニ呼ばれる輩たちの餌食になる犠牲者もいるのだそうな。このうち、コヨーテは分かるが、ほかの2つは、それぞれ「鶏飼」「アヒル飼」だという。いずれも、密入国を手引きするややこしい人々につけられたあだ名である。そんなことで、メキシコに言わせれば、手引きは人道的な配慮に基づくものということになるのだろうか。それにしても、内容は具体的でものすごい。この欄でも、その一部分は取り上げてみたいと思う。そこで、まずは「はじめに」の部分を覗いてみよう。「国民の皆さん、本手引き書は、国外で新たな仕事のチャンスを求めるという困難な決定をされた方々に、実践的なアドバイスをすることを目的に作られました。外国に入国する安全な方法は、外務省からパスポートを取得し、相手先の国からビザを取ることです」。ここまでは、ほとんど当たり前の内容である。それに続いて、「しかし、必要な書類なしで、北の国境を越える多くの国民がいるのも現実です。その人々は、砂漠や川など、危険な地帯を乗り越えなければなりません」。このあたりから、少しばかり怪しい雰囲気がにじみ出てくる。 |
| 勝手にして!(05/01/29-655) 昨日の続編。2002年の9月に出した原稿が日の目を見ないまま経過していた03年の秋ころである。すでに1年が経過していた。そんなとき、ある団体から6回連載の原稿を依頼されたのである。その際に、私は昨日から話題にしている原稿のことを思い出した。内容が関連していたので、もし出版期日が決まっていれば、引用文献として挙げられると考えた。長期にわたって出版社から何の音沙汰もない状態が続いていた。そんなこともあり、その進捗状況を問い合わせてみた。催促の気持ちがあったのも事実である。これに対して、なんと「まだ原稿を出していない人がいる」との返事が返ってきた。「締め切りをお守りいただいた先生方には申し訳ありません」。電話の向こうで担当の方が平身低頭している雰囲気が伝わってくる。ともあれ、出版は2004年7月ころになるという。その時点で、すでに1年半近くの遅れである。そんな状況では引用はできないので、そのときはあきらめた…。それからまた時間は経っていった。今日は2005年の1月29日である。それでも「校正」は届いていない。最初の出版予定は03年の2月だった。世の中には、意識的にやってるとしか思えないほど締め切りを遅らせる人がいる。だから、わたしも締め切り数ヶ月くらいで、「校正はまだか」と責めるほどせっかちではないつもりだ。しかし、それにしてもこの事例はものすごい。ものすごすぎる…。おかげで、書いた内容も陳腐化してしまった。だいたい書いていたことすら本人が忘れるほどなのだ。もっとも、私としては出版社を責める気にはならない。おそらく心底から困っているのは彼らなのである。とにかく書かない人がいる。約束を守らない人がいる。ただそれだけの話なのだ。一人の仕事なら出版社を泣かせるだけだろう。しかし、事典という多数の人間が参加している仕事でこれをやられるとかなわない。こうしたことが許される社会とは何なんだろうか。もう勝手にして頂戴の境地である。 |
| 原稿発見?(05/01/28-654) ワープロで過去のファイルを探していたら、6,300字ほどの原稿が保存されているのに気がついた。じつは、これを書いたことさえ忘れていた。それは、2002年の前半だったに違いない。ある方から、事典に原稿を書かないかとお誘いを受けた。私はそれを喜んで引き受けたのである。その締め切りは9月1日だった。出版社からの依頼文には「締め切り」を守る必要性のあることが強調されていた。私自身、原稿締め切りについては、そこそこ優等生だと自認している。このときも、約束の日に間に合ったはずだ。ただし、あまりにも昔のことで、はっきりした記憶はないのが悲しい。出版は翌2003年の2月ころに予定されていたと思う。「校正は1回しかできない」「高価で執筆者も多いため献本はできないが、割引で頒布する…」。こんな条件も書いてあったような気がする。とにかく、すべての記憶が怪しくなっている。それほど時間が経っているのである。賢明な読者はもうおわかりだと思う。この原稿が、いまだに日の目を見ていないのである。単純に時間を計算すると、2年と5ヶ月が経過している。私が、この原稿の存在を失念していたとしても、呆けの表れだと責められることもないだろう。どうしてこんな事態になったのか。その秘密は明日の話にしよう。 |
| 蕎麦と若者(05/01/27-653) 昨年のこと。清和村に行ったとき「そば文楽」というお店に入った。この村は、県立劇場館長だった鈴木健二氏が、村人に受け継がれてきた文楽を紹介したこともあって、文楽の里として知られている。そんなことで、「そば文楽」という名のお店があるのは、当然なのだった。それにしても、その蕎麦が実にうまかった。なんというか、コシの入った素晴らしい味なのである。学校関係者の方と食べていたのだが、みんなで「うまい、うまい」と言いながらすすっていた。そのうちにお店の女性がやってきて、話をはじめる。蕎麦を作っているのは、春先に高校を卒業したばかりの若者だという。それを聞いて、みんなが改めて驚いた。そんなわれわれを見て、「せっかくですから本人を呼んできます。褒めてやってください」と言う。しばらくして青年が現れた。まさに、高校卒業するやいなや就職したという感じの若者であった。居合わせたみんなが、とにかくおいしいとべた褒めした。天然水を使うようだが、その温度がコシの強さに微妙に影響するという。高校生のときからアルバイトでそばづくりをしていたらしい。そんな話をする語り口は丁寧で感じがいい。われわれ年配者は「いまどきの若者」などと言って眉をしかめたりする。しかし、彼の態度を見ていると、なんのなんの好感度抜群なのである。こうした青年がどんどん育ってくれれば、日本の将来も安心なんだけれど…。 |
| ステテコ人生(05/01/26-652) 中学生のころ、私を「ステテコおじさん」と呼ぶ友人がいた。いわゆる、あだ名であるが、それは実体を伴っていた。なぜなら、私自身が中学生のときにステテコを穿いていたからである。いまから考えると、昔はおおらかなものだった。夏になるとふんどし一つで夕涼みするおじさんがいた。女性だっておばさんになると、シミーズという下着のままで団扇を扇いでいる光景なんてのも、珍しくはなかった。そんな環境の中で、友だちが来ると私はステテコとシャツで玄関先に出て行った。そこで一目瞭然、彼らが私のステテコ姿を認知するのである。まあ、私としても隠すようなことだとは思っていなかった。だから、「ステテコおじさん」などと言われても気にもしていなかった。ただし、当時でもステテコを愛用している中学生が少なかったことは間違いない。そして、私のステテコ趣味は、限りなく続いて今日に至っている。季節は問わない。とにかく365日である。結婚してからは家内が買ってくれている。最初のころは、若い女性がステテコ売り場に行くのは抵抗があったに違いない。悪かったなあ…。「ステテコを穿くくらいなら死んだ方がましだ」なんてひどいことを言った人がいた。私としては「ステテコがなくなったら死ぬしかない」と答えるだけのことである。 |
| 時代と人(05/01/25-651) 昨日は、松下幸之助氏が、天理教信者たちの掃除に使う水から経営の哲学を生み出したことを書いた。そのとき、松下氏は会社のこれからについて思いをめぐらせていたという。そんな中で「水道哲学」を確立したのは、松下氏の力である。しかし、同時に彼が生きていた時代がそうした発想を求めていたともいえる。極端な話、松下氏が縄文時代に生まれていれば、水道哲学の発見もない。その点では、「時代が人を創る」ということができる。その一方で、松下幸之助という希有の人材があって、はじめてそうした発見ができたのでもある。だれでもよかったわけではない。そして、その力によって、世の中が変わっていった。そこに焦点を当てると、「人が時代を創る」ということも、また真実なのである。「時代が人を創り、人が時代を創る」。これが正解なのだと思う。組織の安全についても、「安全風土や文化」が重視される。それが、人々の行動に影響を与え、行動を規制する。つまり、風土や文化が人を創るのである。しかし、そこで働く人々が風土や文化を創り出していくのも、また真実である。組織に関して言えば、順序が逆になるかもしれない。「人々が風土や文化を創り、風土や文化が人々を創る」。鶏と卵論争になるか…。 |
| 水道哲学(05/01/24-650) 立石泰則著「ソニーと松下」(講談社+α文庫)に、松下幸之助氏の「水道哲学」が紹介されている。松下氏が取引の関係で天理教の本部に出かけて行った。そこで、松下氏は一心に清掃活動をする信者たちを見る。みんなが水をどんどん使いながら作業をしているのである。水道の水は加工されている。だから価値があるはずだ。それを盗めば犯罪になるのが世間の常識である。ところが、水道の水は盗み飲みしても、咎められることはない。それはなぜか。水は価値があるにもかかわらず、その量があまりにも豊富だからである…。そんなことが、幸之助氏の「私の生き方考え方」に書かれているらしい。これが、「水道哲学」誕生のきっかけだという。そのひらめきをもとに、大量に売れるものを大量に生産するという大方針が確立されたのである。その後の松下電器の隆盛はだれもが知るところである。それにしても、天理教信者の掃除の水から、経営の基本哲学に繋げるところが、さすが「経営の神様」といわれる所以だろう。当時すでに、松下電器は従業員が1,000人を超える規模になっていたという。そうした中で、いつも経営について考えていたから、水を見て「ハッ」とひらめいたに違いない。人間は問題意識を持ち続けることが大切なのである。もちろん、時代は大きく様変わりして、現在では他品種を少量に生産することも重要になっている。松下氏が健在ならば、こうした時代に対応したアイディアを生み出していただろう。 |
| 夫婦の対話(05/01/23-649) 村上春樹「アンダーグラウンド」は、地下鉄サリン事件の被害者に対するインタビューで構成されている。総ページは727ページにも及ぶ大作である。まだ読んでいる最中だが、さまざまな人々のサリンとの遭遇が生々しく伝えられる。その中に、商社マンIさんのものがある。彼はサリン事件の翌日、妻に離婚を申し出たという。南米への出張から帰った後だが、奥さんとしっくりいっていなかったらしい。そんな状況の中で、事件に巻き込まれた。その日に、会社から体験を電話しても反応が返ってこなかったらしい。家に帰ってからも、ほとんど会話がなかった。それで、翌日には離婚話をすんなり出せたという。「もしサリンの事件がなかったら、たぶんそんなに早く離婚の話しは持ち出さなかっただろうと思います。言い出せなかっただろうと思います…」。人と人とのつながりには、何としても会話が大事なのである。相手のことを心配する。その気持ちが伝わるかどうか。それによって、われわれは絆の確認をすることができる。高齢社会の中で、夫婦がいつまでも夫婦であり続けるためには、なにはともあれ会話をし続けることだ。本日は当たり前すぎる結論になった。 |
| 正しい評価(05/01/22-648) 昨日からの続き。空港に向かう車の中で駐車場のおじさんから声をかけられた。「いま、不動と宮里がやってますもんね」「はあ」「まだ2打差やから分からんですよ」「ええ…」。ニュースでその日に賞金女王が決まることだけは知っていた程度だから、返事もこんなものだ。しかし、おじさんは続ける。「不動選手はいつも家を使ってくれるんです。クラブを30本ばかり抱えてきます」。「えっ? 不動選手って熊本の人?」。私は心の中でつぶやいた。声に出たのは「えーっ、そうなんですかあ。一人ですか」「そう。試合が終わっても、その日のうちに帰ってきますもんね」「えーっ、偉いですね」「そう、勝てば勝ったでいろいろあるんでしょうが、真面目ですよ」。いやー、本当に素晴らしい人だと思い始めた。「それで、熊本に住んでるんですか」「自宅は菊池ですよ。熊本にもマンションを持ってますけど」。1億円以上を稼ぐ女王が身近に感じられた。そうこうするうちに空港に着いたため、お話はおしまいになった…。その日の午後7時ころ、帰路についた私は大阪空港にいた。ちょうどNHKのニュースがはじまった。スタートのフラッシュに宮里藍選手が大きく写った。つづいて、卓球の福原愛ちゃんも。「ああ、宮里選手が優勝したんだな。1時間半後に会う駐車場のおじさんは、どんな話しをするだろうか」。そんなことを思いながら本屋さんへ行った。本を2冊ほど買って手荷物検査場を通過した。そのとき、ちょうどゴルフのニュースになっていた。ゴルフに興味も関心もない私の足が止まった。なんと、優勝したのは不動選手だった。朝にあった差を逆転したらしい。試合後に二人が握手をしているシーンが流れた。さらに、10台もカメラが並ぶ場面が映し出される。それを見て「えーっ」と驚いているのは、なんと宮里選手だった。もちろんインタビューにもニコニコして応えている。とてもさわやかだ。そしてニュースは卓球の愛ちゃんに移っていった…。なあんか、変なんだよなあ。優勝した不動選手のインタビューはどうしたの。数年間続けている賞金女王ではないですか。その朝、彼女が熊本人で、その真面目さにも好感を持って「にわかファン」になった私としては大いなる疑問が湧いた。スポーツは勝負が第一でしょうもん。 |
| ゴルフ体験(05/01/21-647) 私はゴルフ経験は「ゼロ」と言っていい。いわゆるクラブを「握った」ことは生涯で1度だけである。それも学生時代に、リーダーシップ調査で三井グリーンランドに出かけた大昔の話。昼食後だったか、「ちょっとやってみませんか」と言われて打った。いわゆる「打ちっ放し」という場所だった。何度かボールを打ったが、どれもこれもそのあたりに転がっていった。それが、人生最初で最後のゴルフ体験となった。だから、スポーツニュースなどで有名選手の名前は知ってはいるが、どこが面白いのかさえ分からない。なるべく少ない打数でボールをホールに入れればいいくらいのことは知っているけれど…。その私が「不動祐理」と言うプロの名前を聞いた。彼女は数年連続して賞金女王になっているらしい。昨年は、それを19歳の宮里藍選手が追っていた。いつだったか、そんなニュースが流れていた。宮里選手は大いに売り出し中のようだ。インタビューの笑顔もさわやかで好感が持てる。そして、明日は最終ラウンド。ここで賞金女王が決まる…。その程度の基礎知識は持っていた。翌日、京都に出かける仕事があって空港へ向かった。車を駐車場に預けて空港に送ってもらう。空港近辺には民間の駐車場がたくさんあって競合している。その中で、「洗車サービス」の看板を掲げたところがあった。たまたま、近くを通ったとき、それに気づいていたので、そこに寄ってみることにした。自分の車が少しばかり汚れていたからである。この話、明日へ続けます。 |
| 遠隔地相談ネットワーク(05/01/20-646) 全国的に教員の不祥事が起きている。その原因を特定することはむずかしいが、「事前に防げなかったか」という疑問の声も少なくない。仕事や日常生活の悩みなどを相談する機会や場所を作ることも必要だ。そこで問題になるものに「場所」があると思う。最近では、「うつ病は『こころの風邪』」といった表現が使われる。だれでもいつでも罹る可能性があること。きちんと治療をすれば治るということだ。しかし、それでも身近にある病院に行くのには抵抗を感じる人もいるだろう。教師の場合には、そうした気持ちがさらに強くなると思う。最近、性的な問題を起こすのは、嗜癖ではないかと指摘した新聞もある。そうであれば、本人が自覚していても、なおさら相談がしにくくなる。その点、大学は中立性を保っている機関である。相対的には「安心して」訪れることができる。しかし、それでも「地元」では、「だれが見ているか分からない」という心配もあるだろう。そこで、大学間で相談体制のネットワークを作り上げるアイディアが浮かび上がってくる。たとえば、福岡の先生たちは鹿児島や熊本の大学にある相談機関に出かけるといった体制である。さらに大学としては、教育と医学の連携を深めることも期待される。九州大学の教育学部と医学部は半世紀以上も前に「教育と医学の会」を創り上げた。その機関誌「教育と医学」は50巻を超えて、欠号もなく続いている。 |
| テレ・コミュニケーション(05/01/19-645) さて、昨日の後輩宅訪問のつづき。玄関の郵便箱に名前がないので困ったが、せっかく来たのにこのまま帰るのは惜しい気もする。時間はまだある。エレベータで昇っていけば、ドアには表札くらいあるだろう。そうは思ったが、あいにくと住所のメモもなく、何階なのかが分からない。しかし、ここは根性だ。すべての階を見ればいいじゃないか。そう考えて、まずは最上階の8階まで上がってみることにした。エレベータで8階に着くと、目の前にドアが一つだけあって、英字で名前が書かれている。一戸しかないところを見ると、アパートの所有者かもしれない。ともあれ、後輩の家でないことだけは、はっきりしている。エレベータに戻って7階のボタンを押す。ふとエレベータに防犯カメラがあることに気づいた。カバーで見にくいが、カメラがこちらを覗いている。各階のボタンを押している人間なんてかなり怪しい。しかも、意味ありげに覗いている。いやあな感じだ。7階は3戸のドアがあった。しかし、どのドアにも名前がない。「こりゃあダメだ」。そうは思ったが、念のため6階に向かう。ドアの向こう側は、やはり名無しのドアだった。「そんな時代なのか」と心の中で繰り返した。そして諦めかけながらも、5階のボタンを押していた。やっぱりドアには表札なしだ。これでは話にならない。ドアが閉まりはじめる。その瞬間、一つのドアが開いた。人が出てきそうだったので、思わず「開」のボタンを押していた。そして、大声を上げる。私も、また出てきた人物も。なんと、そこに現れたのは後輩本人ではないか。こんなことって、本当にあるのだ。数秒の違いでも、この事態は起こりえないのである。こうした体験をすると、「何かがある」と思ってしまう。英語のtelには「遠い、離れた」という意味がある。遠くから送られた映像を受信するから、tele-vision≠ニなる。それが声になると、tele-phone≠セ。お互いに離れたところのコミュニケーションだから、tele-communication≠熄o来上がる。そして、遠くの「感情」を感じるのがtele-pahty≠ネのである。まさに、眼前に起きていることは、テレ・コミュニケーションというか、テレパシーというべきか。何とも不思議な体験。魔法に出会ったような素晴らしい気分。やっぱし人間をやってるのはおもしろい。 |
| 名前のない世界(05/01/18-644) 熊本市内で会議が開催されることになった。その会場近くに後輩夫婦の自宅がある。数ヶ月前に結婚したばかりである。付近を車で通過することはあるが、立ち寄る暇はなかった。いい機会だから、彼らのアパートを訪ねてみようかと思った。そこで、少しばかり早めに出かけることにした。会場に着いてから、2分ほど歩いて彼らが住んでいるアパートへ向かった。ところが、エントランスへ入った途端に困惑した。住人の郵便箱に名前が書かれていないのである。それも全戸のラベルがない。これには、いささか驚いた。いろいろなことが起きるこのごろである。「これも時代の反映なのだろうか」と考え込んでしまった。もともと都市化することで匿名性は高まってくる。いわゆる「隣は何をする人ぞ」現象である。お互いに「自由」であることを重視する社会では、こうした傾向に拍車がかかる。それは時代の流れ。過去の束縛された社会に対する反動でもあった。「隣組」なども、為政者たちが、お互いに行動を監視させながら、人々を支配するために利用した面もある。しかし、何事も程度の問題である。あのグリコ・森永犯は、土日になると、東京の新聞社などに「毒入りお菓子」を置いて回った。関西から出かけていったことは間違いなさそうだ。しかし、懸命の捜査にも拘わらず、犯人たちはとうとう捕まらなかった。あれほど頻繁に遠出する人物がいれば、誰かが気づく。昔ならそうなったに違いない。だから、グリコ・森永事件が迷宮の奥に入ってしまったのは、われわれが有り余る「自由」を確保していることの象徴なのかもしれない。それは、匿名社会のコストとして甘受すべきなのか…。 |
| 浜の真砂(05/01/17-643) 「石川や浜の真砂は尽くるとも世に盗人の種はたへせじ」。歴史に名を残す大泥棒石川五右衛門の辞世の句と言われている。「浜の真砂」とは浜辺にある砂のこと。もう無尽蔵そのもの。粒の数を数えようなんて夢にも思わない。その砂がなくなったとしても、盗人の種は切れることはないというのだ。つまりは、「悪事」のネタは無限なのである。「白髪三千丈」で代表されるように、中国人の表現は大げさだといわれる。しかし、「浜の真砂」について言えば、われわれも負けちゃあいない。それにしても、まさに名言と言うべきか。偽札なんぞの古典的犯罪も、コンピュータという新しいハードに対応しながら生きながらえる。むしろ、より一般化しただけ、質が悪くなってきた。そして、「オレオレ詐欺」だか「振り込め詐欺」だか知らないが、この被害総額がまたすごい。これまでは、どちらかというと、人の「欲」につけ込むものが多かった。ところが、これは身内が起こした偽事故などをネタにしている。まさに、大事な「人のこころ」につけ込むところが罪深い。そんな中、スマトラ沖地震でも似たような犯罪行為が起きているという。子どもの人身売買は論外として、災害援助のために寄付金を募ったり、有料で行方不明者を捜すという内容のものがインターネットに載っているという。アメリカの事例として、先日のNHKニュースで伝えていた。「火事場泥棒」「香典泥棒」…。とにかく人の不幸につけ込むのは許せない。人々の善意やこころを傷つける犯罪はひときわ悪質である。しかし、「人をだます」行為は洋の東西、どころか南北(?)も問わない。困ったことだ。 |
| 分かっちゃいるけど(05/01/16-642) ローソン新浪社長の話は続く。「コンビニ店主の高齢化も進み、深夜から未明の営業は大変だ。疲れた声で『おはようございます』とあいさつするようでは無理がある」。これも同感だ。コンビニに限らず、「元気よく、明るく」がいいに決まってる。私も、それこそが対人関係の基礎条件だと公言している。「なぜコンビニはこんなに多くの商品を捨てるのか。食品は賞味期限が切れればすべて捨てる。その額は当社では経常利益を上回るほどだ。こんなビジネスモデルが今後30年、60年続くとは到底思えない」。まったく、その通りだ。不況と言われる時代になっても、宴会などでは、いまだに食べ残しがワンサと出る。それでカラスが、わが世を謳歌するほどだ。そんな事態に、私としても危機感を感じていた。それにしても、経常利益を上回るほどのものを捨てるなんて…。それで、どうして経営が成り立つのか。素人にはさっぱり分からない。「これからの企業は、利益の大小や規模の大きさだけではなく、いかに社会に貢献し「いい会社」かということで評価される時代だ…」。この記事を読んで、「ローソンはすごいっ」と感心した。しかし、ちょっと待てよ。そんなことは、賢い経営者ならもっと早い時期に気づいていたのではないか。考えてみれば、「今ごろ」という気もする。結局は、「分かっちゃいるけど、やめられない」の世界なんだろう。あのバブルのときもそうだ。まともな経営者であれば、「このままではまずい」「こんなことでは駄目になる」。そんな思いを持っていたと思う。それにも拘わらず、「やらなければ、こっちがやられる」という論理で突っ走ったのではないか。まあ、経営者ばかりを責めるわけにはいかない。消費者もその戦略や戦術にはまって、さらに過激化を促進したのである。われわれも賢くなる必要がある。他人の文句を言うだけでは悲しいではござんせんか。ともあれ、ローソンの今後が興味深い。 |
| その通り!(05/01/15-641) 毎日新聞の5日付にローソン社長の新浪剛史氏(45)のインタビュー記事が掲載されている。見出しは、「24時間営業、見直す」である。始めから終わりまで「うん、うん」と納得できる話しが続いていく。「これまではとにかく『顧客第一』で、便利な生活を優先してきた。しかし、便利さの裏で、悪い部分はなかったのか。夜型人間が増え、コンビニへの強盗も増えた。暴走族の集合場所になり、近隣住民の迷惑になっているコンビニもある。それでいいのかと」。まさにその通りだ。コンビニが、結果として非行や犯罪を誘発することになった面がある。それに、「我慢」を死語にしてきたともいえる。何かがほしくなっても、夜中ではどうしようもない。昔なら、「今日はあきらめなくっちゃ」と我慢したものだ、それが、「コンビニに行けばいい」となる。新浪氏の話は続く。「欧州では、日本のように24時間営業の店はほとんどない。でも生活は豊かだ。ひと昔前の日本は、夜に物が足りなくなったら、お隣さんに借りに行っていた。そんな地域のつながりが消えつつある」。いやー、その通り。私も、その点は「わざわざ運動」のすすめなどと称して以前から強調してきた。詳細は、バックナンバーをご覧いただきたい。「味な話しの素」をスタートさせた03年6月16日から24日まで9回シリーズで書いている。あー懐かしや…。ともあれ、お互いにお世話になる機会が減少し、だれもが「自力」で生きているという「妄想」にとりつかれている。そして、そのうち「感謝の言葉」も死語と化する…。新浪氏のコメントはもう少し続く。明日まで足を伸ばそう。 |
| 言葉の力(05/01/14-640) 日付をメモするのを忘れてしまったが、新聞の全面広告である。 いまも乗ってくれている人がいる。 その気持ちを忘れるわけにはいかない、と思いました。 その人が、ずっと乗ってくれるクルマを、 もう一度つくろう、と思いました。 いまも乗ってくれている人がいる。 「ありがとうございます」という言葉は、 クルマ造りで、伝えます。 いまも乗ってくれているあなたのために。 いつか乗ってくださるあなたのために。 広告主は、MITSUBISHI MOTORSである。 わたしは、これを読んで目頭が熱くなった。いや、正確に言えば涙が流れてきた。理由はいろいろある。第一線で働いている人たちの苦労が思いやられる。その人たちがこんな気持ちでがんばろうとしている。そう思うと、こころが揺さぶられたのである。そして、私はさらに思うのである。トップの人々は、この文章を読んで、涙したのだろうかと。現場の人々の気持ちを理解したのだろうかと…。「さすがプロだ。じつに『うまい』詩じゃないか。これで、消費者の反応も少しは変わるかも…」。そんな気持ちの人はいないだろうと信じたい。それにしても、「言葉の力」を改めて認識させられた。もちろん、事故で亡くなられた方がおられる。その関係者の方々にとっては、どんな言葉も免罪符にならないことを忘れるわけにはいかない。 |
| ドアが閉まります(05/01/13-639) 電車でもバスでも「ドアが閉まります。ご注意ください」というアナウンスを聞く。そのたびに、何かしら笑ってしまう。乗り物のドアは自分では閉まらない。かならず運転手さんか車掌さんが「閉めて」いる。「ドアが閉まります」と言われてドアに挟まれたらどうなるか。それは「ドア」の責任なんかいな。どうして、「ドアを閉めます。ご注意ください」とならないのかと思う。「閉める」となれば、「閉めた私も責任を負いますよ」というニュアンスが含まれている。もちろん、無生物を主語にした文章はいくらでもある。「雨が降る」「風が吹く」「星が流れる」…。これらは、いずれも「人間」が関われない現象だから、われわれに責任はない。もっとも、「酸性雨が降る」なんてことになると、人間の責任も出てくるけれど…。まあ、こうしたアナウンスを聞いたからと言って、「責任逃れをしている」なんて、本気で責める気持ちは毛頭ない。しかし言葉には、心の奥底に隠れた気持ちが出てくることもある。その点では、わずかな言い回しの違いの中に、その人の姿勢や人生観まで反映される可能性があるのだ。何となく責任を曖昧にする。そんな道具として言葉が使われるとまずい。そういえば、オーストラリアの電車ではDoors, Closing≠ニ言ってたような記憶があるなあ。これって、「ドアが閉まります」になるのかしら。 |
| タイムリー・ヒット(05/01/12-638) 昨夜、研究室で仕事をしていたら、昨日の本コラムについてのメールが入った。いつも「味な話しの素」をお読みいただいている先生からだった。お昼に、ダイオードについての訴訟が8億円で和解したニュースがあったことをお知らせいただく内容だった。昨日は朝からバタバタしていて、ニュースはまったく見ても聞いてもいなかった。ちょうど昼間の勉強会でも、この件を話題に取り上げてお話ししたばかりでもあった。そのメールを見て、私が「にやり」としたことは言うまでもない。結果が出る前に書いておいて正解だった。コラムを転送したのは午前5時前後だったはずである。ニュースになってしまえば、コラムの価値はほとんどなくなるところだった。じつは、手元に「味な話しの素」のミニ・メモがかなりある。昨日は、「さてさて、どれにしようかな」と思ったが、やはり「旬」なやつがいいかと思って、先週の出張の際に見た新聞記事を選んだのである。これまでにも、「あっ、あのとき書いておけばよかった」と思うことがあった。そんなわけで、昨日は勘が働いたのかもしれない。自宅に帰ったら、夕刊のトップに和解の記事が掲載されていた。こんなことがあると、またやる気がでてくるなあ。それにしても、先週の「大分合同新聞」の記事は、ほかでは報道されていたのだろうか。私が日頃から読んでいる2紙では気づかなかった。大分合同新聞も、なかなかのものである。ちなみに現在の時刻は5時15分です。もちろん、朝ですよ。これから転送します。はい。 |
| 裁判官の常識(05/01/11-637) 青色の発光ダイオードを開発した研究者に200億円を支払うよう命じた判決が出たのは、昨年の1月だった。このコラムでも2月9日に話題にしている。判決が出てから原告側がさらに請求額を上げたりといったニュースも流された。ともあれ、賛否両論の渦巻く話題になっていた。私自身は、金額は下がるだろうと予想している。正直なところ、「数十億円」なんて額が頭に浮かんだ。しかし、そこまでは書かなかった。ほんの数日前の8日、「大分合同新聞」の1面トップに「5-15億円軸に和解協議」との見出しが踊った。東京地裁で和解協議が進んでいるらしく、その額が5〜15億円というわけだ。この記事を読んで、「味な話しの素」で「数十億円」という金額まで踏み込んで書いておけばよかったと思った。最終的にどうなるかは分からないが、「素人」が結果をけっこういい線で予想できたことを自慢できるからである…。それにしても、裁判とはなんぞやと考え込んでしまう。地裁の裁判官の「判断」では200億円だったものが、何で十分の一以下にもなるんだあ? 調停中の額が正しければ、私のような素人が「常識」で考えるものと変わらないではないか。正確には、それよりも低額だけれど…。法律の用語に「自由心証主義」というものがある。細かい定義は知らないが、証拠の価値判断はとにかく裁判官の心に任せるという原則である。歴史の中で、権力による裁判への圧力などが、さまざまな悲劇を生み出した。そんな体験から生まれた考え方だと思われる。しかし、「自由」というのは、「何でもあり」と同義ではない。また、裁判官には「常識」がいらないわけでもない。当事者たちが、いずれも極端な額を提示して争うのは、成り行きから当然だろう。しかし、それを判断する裁判官が、こんなに違う結論を出すようでは、裁判自身の信頼をそこなうのではないか。それにしても、ダイオードを開発したときに会社が払った額は2万円だったという。そこには、いろいろな事情があったのだろう。それにしても、この金額もまた常識を外れすぎてはいる。 |
| あばよ、ガンマン(05/01/10-636) さて、銃で撃たれた断末魔のHarry にユル・ブリンナーが駆け寄る。「大丈夫か」。うっすらと目を開けたHarry は、「本当の目的は…」。死に直面して初めて、人間の善意が分かったという顔にも見える。「本当におまえたちは無償で農民たちを助ける気だったんだな…」。こんな解釈の方がおもしろいと思う。しかし、画面の雰囲気では、まだ「本当の目的」を知りたがっているようにも感じられる。ともあれ、抱きかかえたブリンナーが答える。「50万ドルだ…」。それを聞いたHarry が聞き返す。「一人頭は…」。「7万だ…」。Harry は心から満足そうな顔をして目を閉じる。「やっぱり俺の思ったとおりだな。俺の分け前は思えたちにくれてやるぜ…」と言いたそうな顔をして…。まさに、銃撃戦の真っ最中だ。悠長な会話など交わしている暇はない。そんな貴重な時間にこのやりとりが入るのである。まあ、映画だからこそではあるが、この二人が見つめ合う場面、いかがですか。「まだおまえ誤解してるのか。今回は農民を助けるだけだと言っただろうが。ゼニなんて手に入らないのさ」。死に際の賞金稼ぎに、こんなセリフを言ったんではおしまいでしょう。ここは、嘘も方便。ガンマンHarry にはこのセリフしかないのである。それは、まさに義理人情の世界そのものではないか。アメリカの観客も「よくぞ言った」と喝采するに違いない。この状況は基本的に善人ばかりの「七人の侍」にはあり得ない…。私が「荒野の7人」の方が、よほど「義理人情的だ」と主張する理由がお分かりになっただろうか。日本人とアメリカ人は根底から違う。そんな側面もあるが、根底的なところでは、けっこう共通点もあるんですよね。「ちがう、ちがう」ばかりを強調しないで、ちょっぴり「共通点」にも目を向けることも必要ではないか。 |
| ガンマンの義理人情(05/01/09-635) さて、賞金稼ぎのHarry も7人の仲間に加わることになる。そこで、全員が盗賊と戦って哀れな村人たちを救うのである。しかし、ものごとはうまくはいかないものだ。敵に裏をかかれて一時的に村から追い出されてしまう。そこで、どうするかが話し合われる。今回に限っては、本当に「ゼニ金」でやってるんじゃなさそうだと気づいたHarryは、「こんなばからしいこと、やってられない」とばかり、仲間からはずれる。残った6人は村に戻り、本格的な戦いが始まる。激しい戦闘が少し続いたときだ。あのHarry が馬に乗って帰ってくるのである。「やっぱり、おれも入れてもらうぜ」。まさに、「損得抜き」「男心(おとこごーこーろーー)に、男が惚れた(おとこーが、ほれーーたー)」の世界である。東海林太郎が歌う「名月赤城山」ではないか。若けーモンには、なんのこっちゃあ分からんだろうなあ…。まあ、とにかく「義理人情」丸出しのワンカットなのよ。しかし、それなら最初からはずれるなよ。せっかく威勢よく加わったのに、かっこいいセリフを言った途端に「バーン」と打たれてしまう。しかし、彼もすぐには死なない。日本のチャンバラなら、切られてからも少しは意識が残るかもしれない。それに対して、銃で撃たれれば即死してもおかしくないと思うのだが、Harry は死ねないのだ。なぜって、彼は大事な「セリフ」を言わなければならないから…。おやおや、まだ本物の「義理人情」物語まで達しませんでした。すみません。もう1回だけ続けます。 |
| 荒野の義理人情(05/01/08-634) 昨年のいつだったか、黒澤明監督「七人の侍」をリメークした「荒野の7人」は、原作よりも「義理人情的」だと書いた。その理由をお話しよう。なにせリメークだから、その内容は酷似している。最後にユル・ブリンナーが生き残った相手に語りかける。「勝ったのは農民たちだな。われわれは、また負け戦だった」。それは、「七人の侍」の志村喬が演じる島田堪兵衛が言うセリフと同じなのである。もちろん、主人公は7人の「ガンマン」たちだ。しかし、そのキャラクターは少しばかり違っていた。まず「七人の侍」の7人はともあれ善人である。もともとは農民の子だった三船敏郎の菊千代は、幼いときに親を殺された。おそらく下手人は侍か山賊なんだろう。そうしたところから、侍にある種の敵意を持っている。しかし、それと同時に憧れも感じているのである。そんな菊千代は、おっちょこちょいで、みんなからも失笑される行動を取る。まあ、そうではあるが善人であることは変わらない。ところが、「荒野の7人」でBrad Dexterが演じるHarry Luckは、お世辞にも善人とは言えない。いわゆる賞金稼ぎの風来坊といった感じである。農民から助けを求められ、腕のいい人間を探しているユル・ブリンナーに言い寄ってくる。「おい、久しぶりじゃないか。また一儲けするんだってな」「今度は金にならない」「嘘を言うな。隠したって分かってるんだぜ。今度は何が目的だ…」。こんな会話を交わす人間なのである。まだ、「荒野の7人」の方が義理人情的である理由にまでは達していない。明日まで続けましょう。 |
| 他人の財布(05/01/07-633) 毎日新聞が「あなたの値段」というタイトルで連載をはじめたのは、昨年の正月だった。まあ、他人の財布を覗くのはあまりいい趣味ではない。しかし、そう思っていながらもついつい読んでしまうのが庶民なのである。「いやーパイロットは年収 3,000万かあ」なんて言って羨ましがる。国会議員よりも高給取りの国会職員がいることに驚いたりもする。ある破綻した保険会社では50歳くらいの副部長が年収 1,300万だった。しかし、それもいまでは大幅にダウン。幹部職員はほとんどが退職に追い込まれたという。記事に書かれている元副部長も転職し、現在は500万になった。じつは、大学院に進学するつもりの私が一社だけ採用試験を受けた。それがこの保険会社である。福岡で一次試験があり、東京まで二次面接に行った。進学試験に合格したら、就職はしませんと言っておいたが、ありがたいことに「合格」させてもらった。このとき、生まれて初めて飛行機に乗ったのである。進学を決めた後も、人事の方からは、「気が変わったらいつでもいらっしゃい」と卒業ギリギリまで声をかけていただいた。ほかの学部からも二人が行った。彼らはどうなっただろうか…。ところで、記事はまとめられて本になった。あとがきに、連載は「覗き趣味」で始めたのではないと書かれている。「マネーの流れの変化を浮き彫りにしていこう」という趣旨だったらしい。筆者たちの気持ちが、読者にどのくらい通じただろうか。さて、私はこのシリーズがスタートしたときにあることを考えた。そして、それが実現されるかどうかを見守っていた。しかし、やっぱしと言うべきか、その期待は満たされなかった。じつは、記事の対象に新聞記者や論説委員を入れてほしかったのである。一般人とは距離がある職業かもしれない。しかし、テレビ局の記者や職員、アナウンサーの給料も取り挙げられているのだ。それなら、新聞社のみなさんもと思ってもおかしくはないだろう。何たって、「隗より始めよ」というではないですか。そんなことで、「いまかいまか」という気持ちと、「やっぱり出ないだろうなあ」という思いを交錯させながら待っていた。私のうっかりミスでない限り、話題にならなかったなあ…。 |
| 情報不足(05/01/06-632) ホームページを見ていて困ることがある。会社や大学などのホームページは、じつに美しく素晴らしいものが多い。それはいいのだが、意外と基本的な情報に欠けているのである。単純な話だが、連絡先が書いていないのだ。私もバタバタと時間を過ごしているので、ネットサーフィンを楽しむほどの余裕はない。ホームページを探すのは連絡先の情報を知りたいときである。ところが、これで思うようにいかないことがある。まず住所が書いていない。電話番号も見あたらない。せっかく住所があっても郵便番号がついていない…。まずは「いの一番」に必要な情報がないのである。「そんな馬鹿な」と思われる方は、ご自分の組織を含めて、何カ所か当たってみていただきたい。ちゃんとあれば、もちろんけっこうなことである。とにかく、郵便を送りたいのに、宛先が分からなくてガックリすることが少なくないのである。どこかには書いてあるのだろうが、それは玄関口の表紙に出すべきだと思う。先日も、ある会社の支店の住所を知りたくてアクセスしたが、住所がなかった。そこで本社を探したところ、支店のリストがあった。しかし、営業所の一覧だけで支店そのものは書いていない。リストに入っている県庁所在地の営業所が支店と重なっているのだろうか。しかし、外部のものにはそのことは分からない。私としては、「支店」の住所が知りたいのである。その上、住所には郵便番号がついていない…。まあ、人間なんて、こんな基本的なことにも気づかないものなのだ。その理由は推測できる。内部の人間にとっては、住所や電話番号など調べる必要がないからである。そして、自分たちのシステムややり方が当たり前のことだと考えてしまう。事情を知らない人の立場に立てないのである。第三者の視点を持つことの重要性をつくづく感じる。皆さんの組織はいかがですか…。 |
| なんかおかしい(05/01/05-631) カー用品の店に行った。もう何年ぶりのことだろう。じつは娘が車を買うことになり、内装品がいるというのでついていったのである。かなり昔は、やれワックスだの何だのと、車関連の品を手に入れるため出かけていた。しかし、いつの間にか洗車も給油の際に頼むようになっていった。もともと車にあれやこれやと飾る趣味もなかった。そんなわけで、カー用品のお店から足が遠のいたというわけである。正月ということもあって、家内と息子が娘とつきあいながら品物を選んでいる。その間、私は一人で店内をぶらぶらした。店の入り口近くにかなりのスペースをとって「レーダー」が置いてあった。あのネズミ取りの探知機である。捕まったときの反則金がオーバーしたスピードごとに書いてある。「これだけとられることを考えると、設置した方がはるかに得です」。こんなコピーが掲げられている。しかも、これまでのような誤作動をしない、すばらしい製品だという。ここまではっきり「利点」を強調して売られているのを見ると、やっぱり「なんかおかしい」と思ってしまう。つまりは、スピード違反は常識だといっているようなものなのだ。少なくとも仕方のないことといった前提がある。大切なのは捕まらないことなのである。これも大人がやっている世界。子どもから見れば、「ばればなければ、何をしてもいいんだ…」。こうした発想につながるのではないかと心配になる。読者の中にも設置されている方がおられると思う。どうなんでしょうねえ。 |
| 胃カメラ自慢(05/01/04-630) 私にとって人間ドックは、ほとんど「趣味」の領域に入ってきた。それを公言してはばからない。そして、同じ調子で「胃カメラ」も趣味に近い。けっこうすんなり受けることができるので、苦にならないのである。検査室に行くと、まずは何人かの人が半ば不安そうに待っている。すでに検査が終わった人も、青い顔をして横になっている。そんな中を、うがいだけして、平気なのよと言わんばかりの顔で部屋を出て行く。さすがに、喉の麻酔と胃の動きを止めるためだという注射はする。しかし、麻酔っぽい注射は「いりませーん」とお断りする。周りからも「すごいなあ」という顔をされる。これがたまらないわけだ。何のことはない、単なる目立ちたがり屋ということである。ところが、ところがである。世の中には、上には上がいるものなのだ。昨年のドックでは、「胃の動き」を止める注射までしないという方が私の横に座られた。いやー、これには参ってしまった。ご本人によると、お医者さんはしないと困ると言われるそうだ。そりゃあそうだろう。胃の動きなんてコントロールできんもんね。「そりゃあすごいですね…」。私にはそんな表現しか選択の余地がなかった。ともあれ、豪傑を横にして、すっかり気落ちした。しかし、内心ではそれでよかったとホッとしていた。なぜなら、その人は前回この欄で取り上げた「親切」おじさんだったからである。「申し訳ないことをした」という気持ちがこれで解消された。そんな気持ちになれたからである。 |
| ドックでの親切(05/01/04-629) 昨年の暮れに人間ドックへ行った。なにせ「趣味の人間ドック」である。このときが21回目だった。その初日の午後2時ごろのことである。「痛くなかったですよ」「はあ、わたしドックの常連ですから…」「ああ、そうですか」。こんな会話が交わされた。大腸ファイバーの検査で待っていると、先に終わった方が声をかけて下さったのである。それに対して、「常連」であることを誇らしげに伝えたのが私である。「そんなこと、ご心配なく。あなたに言われなくっても、私の方が知ってますよお」というわけだ。しかし、そう言った瞬間、「あっ、すんません」と心の中でお詫びした。先方は私のためを思って言ってくださったのだ。そんな親切な気持ちをどうして素直に受け止められないのだろうか。「そうですか」とニコッとすれば、それでいいのに…。相手も、「安心しただろう。言ってよかった」と気持ちよくなるだろう。私の心の中に、「自己主張」「突っ張り」のガキ大将が住んでいるような気がした。ともあれ、私にとっていい勉強をさせていただいた。ところで、ファイバーの方は順調で、ピンク色の「美しい(?)」自分の腸を確認しましたよ。まるでホルモンですなあ…。食事どきにお読みでしたら、ごめんなさい。 |
| 悲しき相対的優位(05/01/03-628) 相変わらずというか、人を困らせて笑うといった体の番組が少なくない。笑いが下品すぎるように思う。漫才はボケと突っこみの組み合わせで、たいていはボケがアホと決まってる。突っこみが投げかけることばの内容は、昔だって相当に厳しいものがあった。しかし、それでもギリギリの線で抑制されていたと思う。「それを言っちゃあおしまいよ」の寸前で止まっていた気がするのだ。しかし、テレビの中で様々な娯楽番組がどんどん過激さを増してきた。まさに、「ボケ役」のお笑いタレントを標的に、罰ゲームなどと称して攻撃を加える。その内容も、ふつうの神経を持った人間なら「恥ずかしい」「惨めだ」と落ち込むようなものが「ふつう」になってきた。もう「いじめ」そのものである。このごろは、その時期も時間帯も選ばないように見える。正月も何もあったものではない。それが人々のストレスや欲求不満解消に役立つと考えているのだろうか。人間は自分よりも弱いものがいると安心するというのか。自分の欲求不満を、他人を貶めることで解消しようなんて、寂しすぎる。子どもたちは、この種の番組を食い入るように見ているのではないか。すでに全員が大人になったわが家では、その実態はわからない。それにしても、年の初めから「ボヤキ」が多いね。それだけ年をとった? |
| プロの神経(05/01/02-627) 昨日は、地震災害を伝えるレポーターの無神経さにあきれた話をした。平気で人のアルバムを開けてカメラに写させる様子を見ると、何の問題も感じていないように思える。そこには「自分だったら」という気持ちが見えない。他人を思いやる心が伺えないのである。報道する人間としてスタートからやり直してほしい。本音を言えば、目の前にアルバムがあれば、それを開けて見ることはあるかもしれない。しかし、その中身までアップして放送しなければならないのか。「瓦礫の中にはアルバムもありました。とても幸せそうなご家族がにこやかに笑って写っていました。そうした幸せも一瞬のうちに津波が押し流したしまったのです…」。これでどうしてまずいのだろうか。もっとも、この点はレポーターご本人だけの問題ではない。放送で流されたのはビデオである。だから放送局の関係者だって、それをヨシとしたに違いない。あるいは、このことについて議論があったのだろうか。知りたいところだ。強い立場にある伝える側は、いつも考え続けていることが求められるのである。中学生の間で、「イラクにおける日本人処刑」の映像が、「不幸の手紙」の形式で回されていると聞いた。少し前のことである。まったく言語道断のことだ。しかし、プロが人権感覚を欠いた行動をしていては、子どもにも示しがつかなくなってしまう。 |
| レポーターの神経(05/01/01-626) スマトラ沖地震は津波の恐怖を再認識させた。そして、その被害の大きさに、ただただ驚くばかりである。地球が持っている凄まじい力に恐怖を感じる。自然にはかなわない…。そんな中で、当然のことながら報道合戦が繰り広げられている。もちろん、かなりの日本人が犠牲になっていることである。また、地震国日本としては他人事ではない。悲惨な災害から学ぶべきもの、わが国としてサポートできるものを知ることは必要だ。だから、報道陣が大挙して行くのはいい。しかし、まともな神経を持った人に行ってもらいたいと思う。年末29日だった。TBS系の朝8時ころにタイの被災地から女性がレポートしていた。瓦礫の山になったリゾート地を歩く。真新しそうな家も崩れ落ちている。そんな中で彼女はアルバムを見つける。そして、それを1ページずつめくっていく。画面には、顔が分かるほどの大きさで家族の写真が映し出される。正確な言い回しはメモしていないが、いかにも悲しげにレポーターは続けていく。「幸せな生活を送っていた家族たちを、一瞬にして…」。こんな口調である。何という無神経。亡くなってしまったかもしれない人々の写真を覗き見る感覚。そこには、プライバシーを大切にしなければという気持ちのカケラさえ見えない。 |