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味な話の素
               No.18 2004年11月号(565-594)
 
逆さまロゴ(04/11/30-594)
 目の前に同じメーカーのPCが2台置かれている。機種も同じである。それを使って会議での議事録がとられている。その様子を見ながら、私は2台のうちどちらがより新しいかが分かった。そのことを入力している同僚に聞いたら、予想は当たっていた。なぜ、私が新旧の区別ができたのか。それは、開けたPCにあるロゴマークの向きであった。どちらも、Panasonicと書いてあるのだが、一方は向きが逆さまなのである。こちらから見た場合、どちらが格好いいか。それはいうまでもなく、まともな向きである。このとき、PCを使っている者には液晶ディスプレイしか見えていない。マークは裏側になっているからである。おそらくメーカーでもこれが話題になって、「格好いい」方に修正されたのだろう。はじめにディザインするときに、そのことが検討されかどうか興味深いところだ。市場に出回ってから修正すべきことに気づいたのかどうかである。製品を販売するに当たっては、ありとあらゆる角度から検討が行われるのだと思う。それでも完璧とはいかない。私自身が使っているMebiusの蓋を見るとロゴマークが反対に書かれている。それが気になっていた。どうしてこんな書き方をするんだろうと疑問に思っていた。その理由がようやく分かった瞬間であった。結局のところ、自己中心的な見方をしていたということだ。「向こう側」に回ってみれば、その謎は簡単に解消したのである。秘密や謎というほどのことすらなかった。「向こう側から見る」ことの大切さを再認識した。そして同時に「自己中心」を反省…。
ミスは減点?(04/11/29-593)
 仕事でミスをすると、おそらく減点されるだろう。事故を起こせばもっとすごいペナルティが課せられる。だから、とにかくミスをしないことだ。その精神が徹底すると、ミスは減っていくのだろうとは思う。しかし、それが程度を超えると、過度の緊張やストレスになる。仕事中も萎縮して、ミスを誘発するという逆効果も生まれる。また、減点されることを恐れてミスを隠そうとしたくなる。その気持ちが集まると職場ぐるみの隠蔽となる。ふと、「加点されるミス」はないんだろうかと思う。すでに本欄でも取り上げたが、「失敗の申告」が評価されるようなシステムである。「うゎー、そんなミスが起こるなんて夢にも思わなかったよ。それを実証してくれたあなたには+○点をあげましょう」「えーっ、そんなヒヤリハットがあったのぉー! そんなことって、あるんだぁ。その情報は+○点はあるわねぇ」。現実には、人間の行為に具体的な点数をつけることなど難しいに決まっている。それに、ここで挙げたような、度量が大きい落ち着いた反応だって簡単にはできないだろう。しかし、われわれは「引き算」だけでなく「足し算」だって知っている。それなら、「加点主義」だって活用した方がいい。「失敗だってみんなの参考になるんだ」。こんな気分の方が意欲にも繋がりやすい。精神衛生にもいいに決まってる。
監視カメラ設置法(04/11/28-592)
 戦時中までの束縛の反動で、戦後は「自由」が一大キーワードになった。とにかく「自由」なのである。何はなくとも「自由」なのである。しかし、何ごとも「無条件」というわけにはいかない。少なくとも「自由」は「他人の自由」との関係を考える必要がある。「自由」は「他人の自由」を奪わない、侵害しない範囲内で保障されるのである。一時、子どもから「どうして人を殺してはいけないの」と聞かれて答えに窮したという話しがあった。そんなもん、「他人の自由」を奪うからいけないのよ。何でもかんでも「自分の自由」だけを考えてはいかんのさ。この手の議論で大人が負けちゃあきまへんでな。まあ、とにかく「自由」が大手を振って歩き回った結果がどうなったか。犯罪を犯すことすら「自由」になってしまった? いまや、街々の監視カメラは増え続けている。道路にも各所にカメラが目を光らせる。犯罪がなければカメラだっていらないはずだ。「自由」がもたらした「不自由」のシンボル。それが監視カメラではないか。さあ、もっともっと「自由」を謳歌しよう。そのうち、監視カメラ設置法が成立しますよ。自宅のトイレにカメラを取り付けないと懲役3年でぶち込まれたりして。もちろん、刑務所に監視カメラが設置されていることは言うまでもない。そこの刑務官の仕事ぶりがカメラチェックの対象になっていることは、さらに言うまでもない…。
監視社会(04/11/27-591)
 木曜日のNHK「クローズアップ現代」はすごかった。社員が仕事中にパソコンを私的に使っていることが問題視されはじめた。ゲームをしたり私的メールをやりとりしている者がいるのである。それに対抗するために監視するソフトを導入するところが増えたという。まあ、このあたりまでは仕方がないかという気分である。たしかに、仕事中に遊んではいけないから…。しかし、事態はどんどん「進化(?)」する。だれでも知っている、ある大企業では、モニターカメラを使って社員の行動をチェックし、仕事の効率を上げるためのデータにする試みをはじめたという。そのくらいのことをしなければ、生き残っていけないという考え方である。チェックされたご本人も「客観的なデータを突きつけられると文句が言えない」と、自分の行動を大いに反省している。ソフトを開発した会社の人も、鼻高々で結果を説明しているように見えた。いやはや、それって本当に客観的データなのかしら。まるで動物園で飼育されてるみたいだ。そのうち、会議の発言までもモニターされるようになるのではないか。つまらない発言が多い。居眠りしている、内職している。さらには、会社の方針に反対しているなんて。自分たちが日常の行動を振り返りたいと思って自主的に分析するのなら、まだ分かるのだけれど…。これはいいと思い込むと、失うものは見えなくなる。仕事をサボっている者がいれば、それを指摘できる職場の雰囲気をつくることだ。これでは第一線の監督者などいらない。さてさて、この方式を採用した会社の経営者陣は、自分たちの行動も分析してもらうんだろうか。
うちの子だけ…(04/11/26-590)
 先日、近場の俵山に出かけた。なかなかのいい天気で、家族連れで賑わっていた。子どもたちが小さいころ、初めて草スキーを楽しんだ場所である。そのときは段ボールを持って行った。そのとき、よその子どもたちが本物の草スキーを使っていた。そこで、わが家でも、遅まきながらプラスティックの草スキーを買ったことを思い出す。その俵山には、小さな囲いを作って馬と山羊を飼っている。道路脇にある「萌えの里」という施設で野菜や漬け物などが売られているが、大根やニンジンの葉を分けてくれる。それをもらって、馬や山羊に与えることができる。子どもたちが喜ぶことは言うまでもない。その光景をほほえましく見ていたら、あるお父さんが手からこぼれそうなくらい葉っぱをいっぱい持ってきた。それを自分の子どもに与えて、キャッキャと楽しんでいる。それだけあるんだから、そこにいるよその子にも少しは分けてあげたらいいのに…。「ボクも馬さんにあげてみる?」なんて聞いてくれたらホッとするんだけどなあ。「お店から持ってきたのは自分だ。エサをやりたきゃぁ、自分で持ってくればいいじゃないか」。まあ、理屈はそうなんだけれど、何と言いましょうか、もっと横の繋がりが欲しいんですよね。これでは「うちの子だけ」で終わってしまってる。それって、どうなんでしょうねえ。自分の親が、よその子にも親切にしている。もらった子も嬉しそう。そうした行動の積み重ねが「無意識の教育」になるんですよね。
パワーレンジャーの秘密(04/11/25-589)
 わが息子が子どものころ、「太陽戦隊サンバルカン」がお気に入りだった。バルイーグル、バルシャーク、バルパンサーの3人が大活躍する物語。敵と闘う巨大母艦であるジャガーバルカンを持った息子のビデオがある。これは親が無理して買ったクリスマスプレゼントだ。分解・組み立てして巨大なロボットにもなるという、息子のお気に入りだった。このシリーズはその後も続いていくが、これをアメリカでリメークしたものが「パワーレンジャー」である。怪獣などとの闘い部分などは日本のものと同じだが、登場人物はアメリカ系だ。この番組、かなりの人気のようで、オーストラリアでも放映していた。そのアメリカでの放映権を持っているのがHaim Saban氏である。彼はエジプト生まれで、テルアビブへ逃れ、現在はロスで活躍する大金持ち。彼がパワーレンジャーの放映権を取得して、大いに稼いでいるという。いまではドイツの放送局も買収するなど、メディア界で大きな影響力を持っている。クリントン前大統領とも昵懇の仲だったようだ。そして彼はイスラエルを支援しているのである。アラハト氏の死去後、中東情勢は不透明な点が多い。そんな中で、Saban氏の影響は少なくないだろう。その彼が、日本の「戦隊シリーズ」で大いに収益を上げているのである。あの中東でのさまざま動きに、日本の子ども向け活劇が間接的に関わっているのだ。この世は、何が、どこで、どのように関係しているかわからない…。今日の内容はNew York times日曜版(9月5日号)の情報をもとにした。
遺恨試合(04/11/24-588)
 平和台で客の数よりもカラスの方が多かった1974年ころのお話。太平洋クラブ・ライオンズは、金田監督率いるロッテオリオンズと険悪の状態にあった。金田氏が、ライオンズを「田舎球団」と呼んで馬鹿にしたというのである。そのため、ロッテ戦は「遺恨試合」といわれて、けっこう客を呼んだ。私の記憶では、試合終了後にロッテの選手たちが球場から帰られなくなった。ライオンズファンが騒いで、まともにバスに乗れない状態になったからである。選手たちは仕方なく球場にいたが、寒くなったのか「たき火」をはじめた。その火に当たりながら騒ぎが静まるのを待ったというわけだ。球場でそんなことをしていいものかどうかは知らない。しかし、私の記憶には鮮烈なイメージが残っている。ところが、あるホームページによると、この「遺恨試合」なるものは、太平洋球団が金田監督と仕組んだ演出だったという。やれやれ、知らぬはファンだけというわけだ。世の中には、この手のものが多いんだろうな。弱いチームだから欲求不満が高まる。そこに、憎々しげな敵を作る。不満のはけ口がその敵に集中する。騒ぎが騒ぎを呼んで、興奮が高まっていく。その結果、事実を冷静に見る目が失われる…。まあ、スポーツだから笑い話になるのかもしれない。しかし、こうしたやり口は、国際政治でも使われてきた。そうなると笑いごとではなくなる。
ヘビに睨まれたカエル(04/11/23-587)
 先日、運転中にラジオで相撲を聞いていた。ある対戦後に解説者が言う。「○○は、まるで『ヘビに睨まれたカエル』でしたねぇ…」。私の口元がゆるんだ。そして、小さな疑問が湧いた。「この解説者は</span>、実際に『ヘビ』が『カエル』を睨んでいるところを見たことがあるのだろうか」。私自身は田舎で少年時代を送った。だから、墓石の横からヘビがちょろちょろ出てくるのに出会ったことがある。また、崖から急に落っこちてきたこともある。どんなときでも肝を冷やした。ヘビが何か大きな獲物をを喰って、体の一部がふくらんでいるのを見た経験もある…。しかし、「ヘビ」が「カエル」を睨んでいる場に遭遇したことは一度もない。この解説者も、おそらく実際に、その場に居合わせたことはないだろう。放送では、それを受けたアナウンサーも、「えー、そうでした」なんて相槌を打っていた。これまた、ヘビとカエルの対戦を実見したことはあるまいに。そもそも、ヘビがカエルを睨んでいるところを見たことがある人間が何人いるというのか…。しかし、そこが「ことば」のおもしろいところだ。解説者のヘビとカエルの話で、ラジオを聞いている私にも土俵の雰囲気が伝わってくるではないか。土俵の状況が目に浮かぶのである。たとえ未体験のことであっても、気持ちが分かり雰囲気が感じられる。それは、人間の想像力であり創造力でもある。「実体験したのか」などと揚げ足を取るのではなく、「ことば」を楽しむ。それがいい。 
楽しい理由、あと3つ(04/11/22-586)
 楽しそうに授業を受けていた中学生たちの分析。本日でおしまいです。昨日は、自分たちの「行動」が「見える」ことを挙げて終わりにした。しかし、「見える」だけでは楽しくなるはずがない。それをきちんと「評価」してもらうことが必要である。そこまで行って、初めて楽しくなり、意欲も高まってくるのだ。研究発表会では教師がきめ細かく「評価」していた。また、周りの私たちも「すごくいいよ−」という感じの雰囲気で見守っていた。これが効くのだと思う。したがって、第8番目の要因は、「周りからの評価・サポ−ト」である。それに加えて、中学生たちは、少しずつながら自分たちが「うまくなってきた」ことを感じていたと思う。「前よりもよくなったぞ」。そんな気がすると、それだけで、人生は楽しくなる。ワクワクしてくる。「前進していることを実感する」。これを第9番目に挙げることにしよう。さてさて、最後はどうなるか。おそらく、「やったー」という達成感・充実感だろう。中学生たちも、合奏の最後が決まったとき、ほかのグループから「おーっ」という声が上がった。そして、間をおかず拍手が続いた。このときの達成感は何とも言えないはずだ。その心地よさがつぎの意欲を生み出すのである。これが、あの「音楽」の授業を「楽しい」ものにし、生徒たちの「意欲」を生み出していた第10番目の要因だったと思う…。もちろん、私が強調したいことはお分かりいただいていますよね。そうです。これまで挙げた10個の要因は、私が見せていただいた「あの音楽の授業」だけに関わるものではありません。学校の授業全体に拡大して考えてほしいと言いたいのでもありません。ここで取り上げた10個の要因は、あらゆる「仕事」に求められているのだ。そう申し上げたいのです。
楽しい理由の追加(04/11/21-585)
 音楽の授業で、中学生が楽しそうにしている理由の続き。第5番目は、「全員参画」である。とにかく各人が「役割」を持っている。私が見た授業では、同じパートを2人1組で担当していた。だから、自然に「自分がいなければ成り立たない」という意識が高まるに違いない。自分がいなければ相手が困るのである。「あなたが必要」だというメッセージは人をやる気にさせる。その結果として、「責任感」も生まれてくる。これは第6番目の要因として挙げていいだろう。何をするにも「責任感」は重要だ。また、努力していることが「見える」のも、やる気を高める。われわれは、ついつい「手抜き」なるものをしがちである。「みんなで」「同じこと」をやっていると、手抜きの悪魔が誘惑してくる。歌うのがいやで口をパクパクさせるだけ。歯を食いしばったような顔を作って綱引きで手を抜いている…。まあ、いろいろある。その点、「手を叩く」なんてのは、周りに「見え見え」である。これでは手抜きのしようがない。こうして、「行動」が「見える」ことは、第7番目の要因として、やる気や楽しさに大きな役割を果たしている。ここまでくると、何としても10個の理由は挙げたくなってくる。あと3つだ。ご心配いりません。私としては10個の準備は出来ています。えっ、「だれも心配していない」ですって! そうか、そうか。まあ、ともあれ、本日はこれでおしまいにします。
楽しい理由(04/11/20-584)
 中学生が、じつに楽しそうに合奏をしている。しかも男女混合だ。発達段階的に見れば、異性に対する興味・関心が強まってくる時期である。だから、この年ごろには、お互いに距離を置きがちになる。一緒に何かをするのも嫌がったりするのである。周りから自分の内面が見透かされているような気がして、心とは裏腹の態度をとる。そんな彼らがニコニコして合奏するのだから素晴らしい。こうした状況が生まれるのには、いくつか理由が考えられる。その第1は、「目標がはっきりしている」ことだ。みんなで音譜を読みながら合奏するということが全員に分かっている。何のためにやっているのか分からないのでは、やる気も起こらない。つぎに大切なことは、その「目標を全員が受け入れている」点である(第2)。ここが重要だ。もちろん、心の中は見通せない。だから、子どもによっては「気が進まない」者がいる可能性はある。しかし、それは程度問題である。「仕方ない」と思いながらも、とりあえずは「受け入れ」ていればいい。そのうち、「意外に面白い」という発見をするかもしれない。第3は、「自分が何をすればいいか、はっきりしている」ことである。目標が明確であっても、個々人のなすべきことが分からなければ、意欲の湧きようがない。さらに、「自分にもできることがはっきりしている」ことも重要な要因だろう(第4)。やることが分かっていてもできなければお話にならない。このあたりは教師の腕の見せどころだ。はじめは「そんなの無理」なんて思っている子どもたちに、「ひょっとしたら私にも…」というところまで持っていくのである。しかし、その代わり、そこまでいけば「しめしめ」の状態だと言っていい。もう少し追加したいが、明日まで延ばそう。
音楽の授業(04/11/19-583)
 先日、中学校の研究発表会で音楽の授業を見せていただいた。子どもたちが音符を読みながら、手を叩いて合奏する。パートが6つに別れていて、同じところをペアで練習し、それから6組ほど集まって集団で演じる。私が「音楽」の授業に行ったと聞いたら、仲間は耳を疑うだろう。およそ「歌」などとは無縁の私なのである。ただし、この授業は「集団で学ぶ」ことの効果を明らかにするという目的があった。それで私も少しはお手伝いできるというストーリーになったのである。なにせ、グループ・ダイナミックスなんてものをやってると、どこにでも顔を出す。集団であれば、すべてグループ・ダイナミックスの対象だと思い込んでいるのだから止まらない。それにしても、授業はとても楽しかった。とにかく、生徒たちが音譜を読めるのである。私なんか、音符とアラビア文字は、チンプンカンプンの代表だと信じている。だから、それだけでもビックリしてしまう。それに、何とみんなが一生懸命にやっているではないか。それを見て、さらに驚くのである。まだ止まらない。みんなが楽しそうな顔をしているから、これまた仰天する。私が中学生のころといえば、無理矢理に歌えと言われて声が出ず、ますます音楽嫌いに拍車がかかった。悪ガキ連中が、歌うのをボイコットして音楽の先生が泣いたっけ…。そう言えば、附属中学校でも全員が楽しそうに歌うのを見て感動したものだ。生徒の声に合わせたパートが決められている。それなら上手でなくても「歌える」という気持ちが生まれてくる。われわれの時代は、とにかく「歌え」だった。ただし、それも「記憶」だから怪しいところはあるが…。しかし、少なくとも、われわれの子ども時代と教育のノウハウが違っていることは確かである。今の子どもたちは、いいなあ。今日は、音楽の授業で、みんなが楽しそうにしている理由をを考えるつもりだった。また、余計な思い出話を書いたので、その件は明日に持ち越しです。
「法律相談所」の功罪(04/11/18-582)
 「行列のできる法律相談所」は司会の島田紳助が降板状態になった。彼の過激な語り口でここまで来ていたが、今後はどうなることか。この評判がよかったのか、後追いの番組もできた。しかし、おもしろさには相当に差があった。もっとも、この番組にも先行するモデルがあると思う。NHKの「生活笑百科」である。土曜日のお昼過ぎ、笑福亭仁鶴が司会をしている番組である。漫才師がもめごとの相談にやってくる。これに、お笑いタレントとゲストの3人で回答する。そして、最後は弁護士が正解を出すというものだ。いつからやってるのだろうか。大阪発の長寿番組である。紳助版はこれがヒントになっているに違いない。ともあれ、この種の番組の貢献は、「法律が絶対ではない」ことを知らせてくれたことだろう。アメリカなどは訴訟社会と言われている。弁護士もわんさかいる。だから、救急車のあとを追いかける ambulance chaser と悪口を叩かれる弁護士もいるらしい。直訳すれば「救急車の追撃者」である。救急車の中では何らかの異変が起きている。それを追いかけて、関係者に、救急車を呼んだ原因をネタに裁判が起こせると誘いをかけるというのだ。いやはや、ここまで来ると…。おやおや、また脇道に逸れてしまった。ともあれ、こうした番組は、法律というものは「解釈」でまったく反対の結果にもなることを認識させてくれた。もっとも、あまりにやり過ぎると、「法律なんて『解釈』次第で何とでもなる」「法律なんて曖昧でいい加減なもの」となってしまう。それはそれで問題ではある。
ライオンズ物語(04/11/17-581)
 今年のパリーグは話題にあふれた。まあ、あんまり明るい話題とは言えないいけれど…。くすぶり続けていたダイエーの身売りも輪郭がはっきりしてきた。あの西武がアウトになりそうだと聞いたときには、さすがに驚いた。素人にとっては、寝耳に水だったからだ。私は根っからのライオンズファンである。もちろん早合点してはいけない。私は永遠の「西鉄ライオンズ」ファンなのである。そして、強かったライオンズも、どうしようもなく弱かったライオンズも無性に愛おしい。西鉄が最後にパリーグを制覇したのは1963年だった。それから数年後に不祥事が発覚、崩れ落ちるように弱くなっていった。そして、73年には太平洋クラブに買い取れられる。さらに、77年にはクラウンライターに変わる。このころは、とにかく弱かった。太平洋クラブが大金をはたいて大リーグのホームラン王ハワードを呼んだ。まさに鳴り物入りの大騒ぎで、開幕戦に出かけていったことを思い出す。三塁側の内野席に座ったことまで憶えている。それはそれは大男で、じつに頼もしい。その試合ではライトを守っていたと思う。何回だったか、彼の方へ球が飛んで行った。当然のことながら、ボールを追いかけていくハワード選手! うん? ちょっぴり足を挫いたようなご様子。じつは、それで退場し、再起できずアメリカに帰ってしまった。もう漫画でもこんなことは起きないだろうなあ。大体、いつホームラン王だったんかいな…。いやはや、とにかく勝てないチームだった。それでも、われわれは応援に行ったのである。大学で助手をしていたころ。ラジオを聞いた院生たちが言ってくる。「吉田さん、今日は勝ってますよ」。それを聞くや、タクシーを奮発してみんなで平和台に向かう。ワクワクしながら球場にはいると、見事に逆転されてる…。それでも、応援に行った。何とも寂しい話しだが、客の数より空を飛んでるカラスの方が多い。そんな状態だった。それでも、われわれは応援に行った。えっ、「同じことを繰り返すな。しつこい」ですって? どん底でも、それくらいの気持ちでいなくっちゃー。私に言わせりゃー、あのころの福岡人は冷たかったですばい。だから、球団を西武に取られて、所沢に持っていかれちゃった。この手の話を始めると、終わりが来ません。
英語も同じ(04/11/16-580)
 日本語はとても面白い。「自慢じゃないけど」といいながら自慢する。「言いたかあないけど」と言いながら、結局は言っちまってる。そんなら言うなよ…。しかし、こうした言い回しは日本語特有のものでもないらしい。NHKのラジオを聞いていたらNot to change the subject, but…≠ネんて表現があった。「話を変えるわけではないんですが…」と言いながら、じつは話題を変える前置きなのだ。英語人だって、われわれと同じような表現を使うんですね。私たちは、違いばかりに目が向いて、同じ点は軽視することがある。とくに、偏見や差別はそうした視点から生まれる。あるいは、そうした視点から人や物を見ようとする。相違点を強調して、煽る人たちもいる。日本人とアメリカ人の間にも大きな差があることだけが強調されやすい。しかし、案外と共通性も多いのである。私は、アメリカ人にも「義理と人情」感覚があると信じている。講義などでは、映画「七人の侍」と「荒野の7人」の2本を取り上げて、私の信じるところを話している。ご承知の方も多いと思うが、「七人の侍」は黒澤明監督の名作である。一方の「荒野の7人」は、「七人の侍」に感動したユル・ブリンナーが翻訳権を買い取り西部劇にリメークしたものだ。まずは、日本映画に感動するところがいいじゃないか。「七人の侍」の心と迫力が伝わったのである。「荒野の7人」の中で滲み出る「義理と人情」のお話は、またいつか。
妻の感受性(04/11/15-579)
 「ほおら、やっぱり言ったとおりでしょう」。家内が新聞記事を指さしながら話しかけてきた。先の新潟県中越地震の「天然ダム」に関するものである。被災者から表現に違和感があると指摘され、「河道閉塞」に換えるという。初めて「天然ダム」と聞いたとき、専門用語かと思った。しかし、家内は「『天然』と言われると、『仕方がない、どうしようもない』という感じがするよね。被災者の人たちは、どんな気持ちかしらね…」。たしかに、こんなことを言っていた。そう言われてみれば、「天然」だから、誰にも責任はないし、放置せざるを得ないといったニュアンスがある。当事者たちには冷たいことばだ。記事には、「『ダムは人工的にせき止める構造物という意味がある。天然ダムはふさわしくない』などの批判を受けた」とある(熊本日日新聞13日夕刊)。「など」ということばが微妙だ。実態がダムの定義に合わないからだけでなく、それを使う気持ちの冷たさを批判されたのではないか。家内が最初に言ったときも、定義の問題ではなく、被災者の心情を考えていたのである。「うん、うん。あのときホームページに書いとけばよかったね」。まあ、新聞に出てしまってからではあるが、そんな会話があったことくらいは残しておこう。そう考えると、報道関係者はどうだったんだろうと思う。国土交通省の発表のまま淡々と「事実」を伝えていたのだろうか。どこかに「問題提起」したところはなかったのかしらね…。災害時に限らず、お互い「こころ」を大切にしましょう。ところで、本日の主役である家内は「味な話の素」を読んでいない。なにせパソコンが使えないから…。私も「味な話の素」をプリントアウトしたことがない。とにかく「ない。ない」尽くしなのだ。これを機会に印刷して、初回から家内に読んでもらおうかな。
共存共栄のつづき(04/11/14-578)
 松下幸之助氏が丁稚の時代、お駄賃代わりに、タバコ20箱で1箱分の差額を稼いでいたら、それがばれてしまった。松下さんは主人からこっぴどく叱られた。それにしても、どうしてその行為が主人に知られたのか…。その事情はすぐに分かった。仲間の丁稚どんが、自分だけ稼いでいるのを妬んで主人に告げ口したのである。ここで、仲間を恨んだり、ばれたことで沈み込んでしまえば、松下さんもおしまいだった。ところが、彼は違った発想をするのである。タバコの件を、仲間と相談してやっていたらどうなったか。きっとうまくいったはずだ。「自分だけよければいい」。こんな考え方では世の中はやっていけない…。この体験が、松下電器の「共存共栄」という経営理念を生み出したという。そして、この考え方を基礎にしながら、松下氏は全国に販売店網を築きあげていったのである。どの店とも「共に繁栄する」ことが重視されたことは言うまでもない。苦い体験をプラスに転じるところがすばらしい。社会心理学でも「葛藤」の解決手段として「共存共栄」が大事だとされる。自分たちの利益ばかり主張していては問題は解決しない。お互いにプラスになる目標を設定しようと勧める。それはもちろん誤りではないが、現実はなかなか難しい。つい先日、アラファト氏が亡くなった。中東の情勢などを見ていると、「共存共栄」が至難の業であることを感じる。しかし、だからといって諦めてはいけない。「諦めない」ためには「未来」が見える必要がある。せっかくなら「夢」もプラスしたい。「諦めない」ことができるのは「人間」の証なのだ。
共存共栄(04/11/13-577)
 昨日、連載の話しをしたばかりなので、今日は松下幸之助さんの「共存共栄」について。立石泰則「ソニーと松下」(2003)がベースである。私が知っている松下氏は貧乏な家庭で育ったこと、「二股ソケット」を発明したこと、そのおかげで日本一の大金持ちになったことくらいである。その大富豪が「いまほしいもの」を聞かれたとき、「若さ」と答えたことも知っている。子どものころにラジオでその話を聞いたと思う。だから、正確な発言内容は分からない。しかし、「あー、お金がなくても若いことがいいんだ」などと子ども心に思った記憶がある。そういえば、集団力学研究所長の安藤先生とお話ししたことを思い出した。先生はいま70代の半ばでいらっしゃる。「どのくらいまで若返りたいかと思いますか? この年になると、若いころといっても20代なんかじゃないですね。そのころは苦労も多かったし…。まあ、40歳くらいでしょうかね…」。それをお聞きして、私も「そうだなあー」と思った。私にとっても、それは子どものときや青春時代ではないような気がする。もうすでに家庭を持っていた30代ころだろうか。まあ、いずれにしても若返りなんて仮定の話だけれど…。さてさて、松下さんの話しから逸れてしまった。ともあれ、松下さんは「貧しい家庭で育った」というのが、私のイメージだった。しかし、和歌山の実家はそこそこの家庭だったという。ただし、父親が相場で失敗して没落したらしい。その結果として、生活が苦しくなってしまうのである。そんな経緯があって、大阪の自転車屋で奉公人になる。そして、丁稚の彼は修理待ちの客から、頻繁にタバコを買いにやらされる。そのうちに、タバコ20箱で1箱のおまけが付くことを知るのである。そこで買いだめしておいて、1箱分の小遣いを稼ぎはじめた。素晴らしいアイディアだったが、これが主人にばれてしまうのである。(つづく)
ソニーと松下(04/11/12-576)
 こんなこともあるもんだ。今日もいつものように朝方に更新していた「つもり」だった。たったいま、ある方と電話していて「今日はアップなし?」と聞かれて驚いた(19時45分)。単純にサーバーへ送っていなかっただけのこと。またまた、ヒューマンエラーについて学ぶことができました。ともあれ、すでにアップしていたつもりのお話は、以下の通りです。
 ソニーと松下は日本を代表するエレクトロニクス系の会社である。つい先日のニュースでは、松下がギリシャ・オリンピックにうまく乗ったこともあって好業績を上げた。これに対して、ソニーは出遅れたため、今ひとつだったという。2頭のマンモスが明暗を分けた形だった。現在、この両雄を分析した立石泰則著「ソニーと松下」(講談社+α文庫 上下巻)を読んでいるところだ。ここでは、二つの企業の対照的な側面が際だって強調されている。その分析の正否は現実の結果が出るのを待つしかない。しかし、とにかくかなり踏み込んだ断定的な文章が続いている。そして、これまで知らなかった興味深い情報を、そこここで見つけることができる。知っている人には常識だろうが、それがなかなか面白い。たとえば、松下の創業者である松下幸之助氏が提唱していた「共存共栄」や「水道哲学」なる思想・哲学にまつわる物語などである。また、ソニーの井深・盛田両氏がかなりのボンボンだった話しなどである。ここまで書いて、いつものように、本日は予告編だけで終わりとなる。折に触れて内容をお伝えしていきたい。そういえば、まだゴーンさんの名言集や黒澤明監督の「七人の侍」についても「連載中」だったっけ…。「心理学の弁明」だって、「天気予報」と関連させて1回だけ書いたっきりだ。どれもまだ続きがあるはずだった。もちろん、私としてはそのことを忘れてはいない。しかし、次から次へと新しいネタが現れるもので、ついつい先に延ばしてしまうのです…。
  本日は朝方から障害があったようです。お読みいただけなかった方がいらっしゃるのではないかと思います。

T市の思い出、もう一つ
(04/11/11-575)
 昨日と同じ北陸T駅でのもう一つのお話し。自由席に乗るべく、かなり早めに駅に出かけて並んだ。さすがに連休最終日とあって、列はどんどん長くなっていく…。ここまでは昨日と共通である。ともあれ、絶対に「座れる」位置にいた私には心の余裕があった。「後ろの人は座れるかどうかドキドキしてるだろうな」。そんな人の心配までしていた。それから、しばらくしたときである。ほんの1mも離れていないところに中年の女性が立った。ホームの線路側の先頭である。いきなりイヤな予感がした。じつは、われわれが乗ろうとしている電車の前に、もう1本、近距離の特急が入ってくることになっていた。われわれの列の人間に一言も声をかけない彼女は、その「1本前の特急」に乗るつもりなのだろうか。おそらくそうではない。知らぬ顔をして先頭に並び、いざ前の電車が来たら「あら、みなさんこれに乗るんじゃなかったのかしら」なんて顔をして、その好位置に居続けるのではないか…。「きっとそうだ」と、確信のようなものを感じた。「ズルはいけない」。そう思うと、時間待ちで読んでいた本にも集中できなくなった。それからどのくらい経っただろうか。若者が一人、ふらりとやってきた。そして、問題の女性に声をかけた。「ここは○○に乗るんで待っているんですか」。まさに、われわれが並んでいる電車名である。その答えは単純明快。「はい、そうです」。その瞬間、私の体が動いていた。「その電車を待っているのは、この列ですよ。ずーっと後ろまで並んでいるんですよ」。少しばかり声が大きくなっていたかもしれない。彼女は、「えーっ」と、驚いたような顔をした。まるで「ちーっとも知らなかったあ」といった表情である。そして、青年と一緒に後ろに向かって歩いていった…。この物語は、時間的には昨日の「事件」よりも少しばかり前の話である。それにしても、T駅ではいろんなことが起きたような気がした…。
おかげさまで、10日の朝、アクセス30,000件を達成しました。今回は中学校の先生がゲットされました。
いつも読んでいただき、心から感謝申し上げます。まだまだネタは切れません。
T市の思い出(04/11/10-574)
 北陸路のT市で開催された学会に参加したときのこと。熊本へ帰る日は連休の最終日と重なっていた。生憎と、バタバタの仕事があって、あらかじめ指定席を取っていなかった。前日にT駅へ電話で問い合わせたが、当然のように指定席はグリーンも含めて満杯である。それなら早めに出かけて並ぶしかない。JRで3時間以上かかる距離だから、立ちんぼは辛いのである。そこで、発車時刻よりもかなり前に駅へと出かけた。そのおかげで、先頭から10番目以内の好位置をゲットすることに成功した。しばらくすると列はどんどん長くなっていく。そして、いよいよ電車が入って来る時間になった。新型車だったせいか、電車の停車位置を示す案内札と2mほどのズレが出た。そのときである。ズレたドアの目の前にいた母子連れが「さっ」と電車に入って行ったのである。信じられないような一瞬のできごとだった。後ろから「あっ、あれは何じゃ」と叫ぶ男性の声が聞こえた。しかし、二人の姿はすぐに車両の中に消えた。電車に乗ってみると、彼女らは「おじいちゃん、おばあちゃん」の席を取ったことが分かった。そして、ホームに降りた母親と孫とおぼしき女の子はニコニコ顔で電車に手を振った…。お年寄りの代わりに席を取るのはいい。むしろ当然だ。しかし、それは自分たちもちゃんと並んで取るものである。新型の電車で、停止位置のズレさえ計算していたような巧みな行動に、うすら寒さを感じた。「おじいちゃん、おばあちゃんのためだ」と、目的が正当化され易いだけに、とくにタチが悪い。あの小学生の女の子は、「これが世の中というもんだ」と頭に刻んだに違いない。こうした些細な「ズル」が日本国中で繰り返されているのではないか。それが、また人のこころ≠退化させていく。とくに、これからの日本を背負う子どもたちのこころ≠。わずか数秒の「事件」が、私のT市に対する思い出を、極めて不愉快なものにしてしまった…。
IC=Oh, I see(04/11/09-573)
 熊大医学部の附属病院で「リスクマネジメント」の研修会があった。そのお手伝いをした後で、看護部長さんをはじめ、教育をご担当のみなさんと話しをした。何の話題の時だったか記憶にないが、部長から「アイシー」ということばが発せられた。私は瞬間に「ウン? I see=c?」という疑問が湧いた。そこで、「いま、アイシー≠ニ言われましたか? それって何ですか」と確かめた。すると、「アイシー≠ヘ Informed Consentの頭文字ですよ」という回答が返ってきた。いやー、じつに面白い。何とも感動的ですらある。まさに、Informed Consentは、患者がI see≠ニ言うための手続きではないか。治療の前に患者が情報を受ける。その内容について了解し、処置や治療を納得≠キる。まさに、Oh, I see≠フ世界なのだ。そう考えて、妙に納得≠オてしまった。そして、すぐに頭に浮かんだのは、IC=I see≠フ式を成り立たせるための条件である。それは、治療者側の「コミュニケーション・スキル」だ。このスキルが欠けていると、患者側にI see≠フ雰囲気は生まれない。IC(I see)の前に、治療側と患者の間に信頼関係が醸成されていることが重要なのである。医療や看護に専門的な知識と技術が必要なことは言うまでもない。だからこそ、医師や看護師という職業は免許が前提条件になっているのである。私は、その専門性の中に、「コミュニケーション・スキル」も入れていただきたいと思う。それが、Oh, I see≠フ信頼関係をつくりあげる大きな力なのだから…。ところで、広辞苑を見ると「インフォームド・コンセント」は「権利」と書かれている。英語の文字面からは、「権利」というニュアンスは感じないない。まあ、患者側から言えば「権利」ということなのか。ともあれ、インフォームド・コンセントは、IC? Oh, I see≠ナいきたいものですね。  
思い出効果(04/11/08-572)
 昨日からのつづきである。「諫早少年自然の家」での活動が生徒たちにどんな効果を及ぼすか。これが附属中学校の研究であり、私もそのお手伝いをすることになった。そこで、教師や生徒たちに調査をしながら、効果を図る項目づくりに着手した。もう詳しいことは記憶にないが、ごくごく一般的な手法で質問紙を作り上げていった。その作業と平行して、私は一つの提案をする。それは、「少年自然の家」の体験からしばらく経って、「思い出調査」をするというものである。たとえば学年の終わりころ、子どもたちに、その年度の思い出を聞くのである。「みなさん、もうすぐ○年生の年が終わります。今年度にはどんなことがありましたか。思い出すものを挙げてください」。こちらも、正確な問いかけの内容は覚えていない。とにかく、「思い出」を書いてもらうのである。その提案は快く受け入れていただいた。研究メンバーとして、長崎大学教育学部附属中学校の副校長先生も参加されていた。だから、長大附中からもデータをいただいたと思う。子どもたちが書いた内容はじつにさまざまだった。なかには、「夏休み中にお友達が泳いでいて亡くなった」といった衝撃的なものもあった。こうしたことがトップに来るのは当然である。そんな中で、「諫早少年自然の家」はどうなったか。じつは、多くの子どもたちが、「少年自然の家」を3番目や4番目に挙げていたのである。私がその結果に大満足したことは言うまでもない。「そうそう、これでいいんだ。『諫早少年自然の家』がトップに来る必要はない」。こんな気持ちだった。さすがに「いの一番」ではないけれど、それでも、子どもたちは「諫早少年自然の家」のことを覚えてくれていたのである。もちろん「記憶」が、体験の「効果」に直結するわけではない。しかし、少なくとも「体験」そのものすら覚えていないのでは、「効果」測定どころの話しではないだろう。そんなことで、私はトレーニングや研修についても「思い出調査」を効果測定の重要な道具だと考えている。
「思い出効果」の前置き?(04/11/07-571)
 研修やさまざまな働きかけの効果を測定する話のつづき。まずは1974年の物語からはじめよう。私は、その年の10月1日付で熊本大学に赴任した。いまから25年前のことである。すぐに附属中学校長の山下功先生から連絡があった。「附中では集団合宿訓練を諫早少年自然の家で行うことになりました。その効果を明らかにすることが研究テーマになっています。すでに、そのための予算をもらいました。そこであなたに力を借してほしいのです。ずっとあなたが赴任されるのを待っていました…」。いきなりのもの凄い「ご期待」である。正直なところ面食らってしまった。なにせ熊本に来てから2週間くらいしか経っていなかったのである。しかし、同時にありがたいお話しでもある。こうしたことにはすぐに感動するタイプだ。あの石原慎太郎氏は「No≠ニ言える」ことを大切にしているように見える。私はといえば、まったくその正反対。「Yes≠オか言わない」吉田なのだ。その性向はいまも変わってない…。そんなことで、着任直後の10月中に諫早に出かけることになった。ついでながら、同じ10月には「国立大学教育工学センター協議会」なる会議が金沢で開催されることになっていた。私は教育工学センターに赴任したのだが、当時センター長の吉良先生が、これまたいきなり言われた。「金沢でセンター関連の会議がある。それに行ってもらう手続きを取ってるから…」。まあ、有無を言わせずの出張となった。とにもかくにも強烈な思い出を残した10月になった…。ああ、いけない。本題の「思い出効果」にまだたどり着かない。私の「思い出」にはなってるんだけど。そんなもん、みなさんにとっては何のご関心もないですわね。それにしても、熊本にやってきて25年の歳月が経ちました。あっという間というべきでしょうか。
効果を測る(04/11/06-570)
 われわれは、さまざまな働きかけをして、その効果を測りたくなる。学校でも企業でも、また病院などでも…。いわゆる評価と言い換えることもできる。私が専門としている対人関係トレーニングでも、やはりその効果は明らかにしたい。そんなとき、じつにさまざまな質問項目や物差しが考えられる。細かい数値データなどで分析したものもある。しかし、私はけっこうラフな方法で効果は測定できると思っている。それは「リピート効果」と「思い出効果」である。たとえば「リーダーシップ・トレーニング」を実施したとする。その数ヶ月後に、「前回のトレーニングをバージョン・アップしました。ご参加されませんか」と呼びかける。これに対して、80%の人々が「参加したい」と回答してきたとする。この数値をどう受け止めるか。私は、これ以上の効果測定法はないと思う。一般的に研修などの終了時には情緒的になりがちだ。「やったあ」という満足感もある。感動していることさえある。そんなときに聞けば評価は高いに決まっている。もちろん、その時点で評価が低いというのなら、もう評価どころの話ではない。その点、「また参加する」という気持ちと行動は、ご本人たちに肯定的に評価されていることは間違いない。これが「リピート効果」である。それに加えて、わざわざ効果を評価する尺度なんているのか。これが私の基本的な考えである。ただ、「リピート効果」だけでは、研修のどんな点がプラスに働いたのかは分からない。しかし、それは参加者ご本人に聞けばいい。私は、こんな発想でトレーニングをはじめ、さまざまな仕事を進めている。さてさて、本日は「思い出効果」まで行き着かなかった。次はこれで行こう。
一人旅(04/11/05-569)
 朝、仕事場へ行くためにバスに乗った。熊本市内を回る第一環状線である。2つ目のバス停で、近くにある大学の学生や高校の生徒が降りていった。本を読んでいた目を上げて気がついた。何と客は私一人になっている。すぐ近くにある次のバス停にも人は待っていなかった。そして、その次も…。何とこのバスは私の貸し切りなんだ。そう思うと、つい口元がゆるんだ。しかし、その次は「子飼」である。ここは乗り換え客もいて、人がけっこう多い。まあ、一人旅もそこまでと考えた。ところが、「子飼」でも客は乗ってこなかったのである。さらに、その次の「浄行寺」にも人がいなかった。またまたニヤリとしたくなる。どこまで行くかな。そう思っていたら、とうとう「坪井横町」で中年の女性が乗ってきた。ようやく記録は止まったのである。さすがに目的地である「京町本丁」までの「一人旅」は実現しなかった。それでも朝8時ころに熊本市内を走っているバスでの出来事だ。これだけでも、かなり希な記録だと満足した。その後も2つのバス停で乗る人はおらず、2人旅が続く。いよいよ次のバス停で私は降りる。「さあ、おばさん。今度はあなたが一人旅を楽しんでね」。そんな気持ちでいたら、何と彼女も私と同じ「京町本丁」で降りてしまった。おやおや、あとは運転手さんが一人でバスを背負って行ってしまった。ただ、それだけのこと。でもなんだかドキドキ、興奮の20分だった。バスを降りて仕事場まで朝日に照らされながら歩いた。「今日もいい日だ」。そんな気持ちになった。
Mr. Goan(04/11/04-568)
 いま、わが国でもっとも有名な外国人は誰か。人によって答えは違ってくるだろう。えーッ、○○サマですって? いえいえ、私はカルロス・ゴーン氏を挙げたい。それで本気で反論する人はいないと思う。本やマスコミを通して知っているだけだが、それはそれは、すごい人物だ。とにかく希に見るカリスマである。ただ、9月16日にも書いたが、ゴーンさんの行状を聞いていると、日本の経営者が、いつの間にその心を忘れたのと言いたくなるようなことが多い。ゴーンさんは、工場にもどんどん出かけて行く。そして、手が油にまみれた若者と握手する。そりゃあ感動するに決まってる。こうしたことって、70年代には、日本のトップは誰だってやってたのではないか。それが外国人には容易にできなかったのである。そんな関係づくりがいつの間にか忘れられしまったようだ。そして、なんでんかんでん「懺悔」してる。調子がいいと「もう外国に学ぶものはない」なんて傲慢になり、景気が悪くなると「第二の敗戦」だと落ち込んでしまう。まるで、「一億総懺悔」の悪夢の再現ってわけだ。もういい加減に、そんなの止めましょうよ。とにもかくにも、われわれは揺れが大きすぎる。「奢らず」「挫けず」の心で行こうではないか。しかし、そうはいっても、超カリスマのゴーンさんの言行録くらいは勉強していた方がいいだろう。そんな思いで、半年くらい前に読んだ本がある。小宮和行編「カルロス・ゴーンの『答えは会社の中にある』」(あさ出版)である。さすが、Mr. Goan というべきか、なかなか面白かった。私が気に入ったものだけを選びながら、ときおり取り上げて行こう。まあ、今日はその予告だけでおしまい。
回顧録(04/11/03-567)
 クリントン前大統領の回顧録「マイライフ」を読み始めた。上巻が781ページ、下巻は771ページである。単純に合計すると1552ページになる。私は何冊かを並列して読んでいる。机の前にある新しい本を見ると、つい手が出てしまうのである。1冊の本とじっくり向き合ってなんてことができない。読書でも、私の「せっかちさ」は十分に発揮されている。したがって、現在はこの本を入れて、7冊で走っている。だから、クリントン氏の本がいつ読了するのかは分からない。もちろん、いつまでにという目標もない。じつに気楽なものである。それにしても、アメリカやイギリスなんぞでは、政治家が回顧録を出すのは、慣習になっているようだ。サッチャー氏もこれで相当に稼いだのではないか。私自身は、この手の本を読むのは初めてである。それにしても、クリントン氏の小さなころから、じつに細かいことまで書いてある。まあ、そうでなければ、1500ページにはならないということだろう。この調子をまねれば、私の「味な話の素」だって永遠に続く。子どものころの細かい思い出なら、ごまんとあるから。もっとも、ちゃんと読んでもらえるのは、前大統領だからである。勘違いしてはいけない…。余談ながら、New York Timesによると、中国ではクリントン回顧録の海賊版が出回っているらしい。しかも、その翻訳内容もかなり怪しいという。その記事は、アメリカの出版物だけで、少なくとも年間400億ドルの損害を見積もっている。日本円で4兆円を超える膨大な額である。何としても、知的財産に関する価値の共有化が必要だ。
タバコを捨てる人、拾う人(04/11/02-566)
 朝方、熊本城を見ながら勤務先に向かうときのことである。京町台の方からサラリーマンとおぼしき人たちが歩いてくる。そのうち、二人ほど手にビニール袋を持っった男性と会う。そこここに落ちたタバコの吸い殻を拾っているのだ。それを見ているだけで頭が下がってくる。いつも出会うわけではないが、それが日常的な行動であることは間違いない。この二人には、やや時間をおいてすれ違うわけで、一緒の仲間ではない。まったく独立に、「吸い殻拾い」をしているのである。世の中には人知れず素晴らしいことをされている人たちがいる。そんな感動を覚える。まさに、ボランティア活動の原点というべきだろう。ある日のこと、その二人とすれ違ってから、すがすがしい気持ちで後ろを振り返ってみた。すると、こちらへ歩いてくる男性がタバコを吸っている。少しばかりイヤな予感がした。その心配はすぐに現実のものになった。しばらくしてから振り返ると、まさに彼が道路にタバコを投げ捨てるところだった。せっかくいい気持ちになっていたのに…。そこで立ち止まって、「ちょっと、吸い殻なんか捨てないでよ」なんて言う勇気はない。この世の中から、タバコを捨てる者がいなくなるといいのに。しかし、それがなかなか実現しないのが人間の社会だ。とうとう「罰金」を課した東京の区もある。私自身もその街の道路を見て、吸い殻がないのに驚いた。しかし、これもどこか寂しい。やっぱり教育なのかなあ。「そんなに感動したおまえさんは吸い殻拾いをはじめたんかい」ですって? 「……」。
学会での大発見(04/11/01-565)
 
学会に出かけた時のお話。宿泊先のビジネスホテルで朝食を取った。周りにも同じ学会の参加者のように見える人たちがいた。朝食券を渡してしばらくすると洋食セットが運ばれてくる。「ゆっくり食べなさいよ」。いつも家内から言われていることばを思い出す。そのつもりで、食パンを少しずつちぎりながら口に持っていく。やや離れたところに若者が座った。近くに置いてある新聞を取りに行く。そのうち、彼の朝食もテーブルに準備された。メニューは単一で、私と同じものである。彼は新聞を読みながら、かなりのスピードで食べていく。そしてあっという間に食べ終わった。「ゆっくり食べなさいよ」。また家内の声がして、私はにんまり笑った。今度は正面に近いところに、私と同じ年配とおぼしき男性が座る。さすがに彼と比べると、私の方が先に食べてしまった。しかし、彼の食べ様はじつに興味深いものだった。まずはお箸で野菜を口に持っていく。それをモグモグしているうちに、また野菜を取って口に入れるのである。私はこのとき大いなる発見をしたことに感動した。「まだ食べ終わらないうちに、次のエサを口に入れるから早食いになるんだ」。そのことに気づいたのである。ひょっとしたら、こんな理屈なんか、小学生でも常識なのかもしれない。しかし、私にとっては衝撃的な「新発見」だった。「これを知っただけでも学会に来た甲斐があった」。そう思いながら、またまた家内の「ゆっくり食べなさいよ」を思い出していた…。