| 父へのお詫び(04/06/30-441) 「おじいちゃんの、小さーいっ」。1992年3月5日(木)午後2時45分のことである。声の主は私の甥っ子。当時は8歳。その場所は福岡市の油山にある火葬場である。父が息を引き取ったのは4日の零時過ぎだった。その日のうちに通夜を済ませ、5日が葬儀になった。母が亡くなったときはもちろん父が喪主を務めた。このときは、私がその役割を果たした。父の話によると、若いころは貧しく、思うように進学もできなかった。東京に就職して、通勤電車の中で「岩波文庫」を読んでいたという。ただし、哲学の本などは「まるで分からなかった」と笑っていた。戦後は公務員になり、まあ普通の生活を送るようにはなったと思う。なかなか身に付かないながら、「勉強」は好きだった。いまでいう「生涯学習」の走りである。そんな父が亡くなったとき、棺桶は相当に奮発した。すぐに燃えてしまうものではあるけれど、最後の眠りだけは豪華に行こう。本当にごくろうさまでした。そんな気持ちだった。妹も私の提案に一も二もなく賛成してくれた。通夜にきていただいた何人かの方に「ご立派ですね」と褒められた。父もにんまりしているだろうなと思った。そして、葬儀も無事に終わり火葬場に向かったのである。そこに到着するなり、「おじいちゃんの、小さーいっ」という発言が飛び出した。甥っ子が隣に止まった他家の霊柩車の大きさを見て、わがおじいちゃんの車が小さいことに気づいたのである。「しまったあ!」。じつは、葬儀屋さんから霊柩車の選択を求められたとき、「外車なんて大げさだよね。国産でいいや」と私が決めていたのである。そのときの心境は記憶にない。しかし、ひょっとしたらお骨を持って助手席に座る自分を想像したのかもしれない。そんなところを見られると「ちょっと恥ずかしい」なあんて、まるで自意識過剰な気持ちだった可能性もある。ともあれ、そのとき以来、街中でも外車の霊柩車を見るたびに甥っ子の声が聞こえてくる。「最後でちょっとしくじったかなあ」。父に対しては申し訳なく思う。しかし、まあ父のことだから許してくれるだろう。ところで私のときは国産車でいいですからね。念のため…。 |
| 出張制限のすすめ?(04/06/29-440) 飛行機で出張される方は要注意のようだ。「頻繁な出張は、身体的にも精神的にも問題を引き起こす」「度重なる飛行機利用が疲労やアレルギー反応をもたらす」これは、5月30日の New York Times に載った記事である。最近は、セキュリティチェックの強化でさらにストレスが増加し、多くの人々が食事や睡眠の障害を起こしているという。アメリカの会社は年間4,000億ドルの旅費を使っているらしい。日本円に直せば40兆円を優に超える。しかし、コストを削減することは注目されても、それがもたらすストレスの研究はほとんど行われていない。記事は、少なくとも3日以上の出張が年に6回以上あれば、体や心を疲れさせることをだれも知らないでいると指摘している。そんなこと言われると、明日にでも病気にならなければならない方も多いのではないか。世界銀行が行った1997年の調査によると、海外出張をするものは、そうでないものよりも心身共に問題を抱えていたという。いわゆる本拠地(ホーム)で仕事をしている人たちよりも、男性で80%、女性でも18%も多かったのである。ともあれ、不在中には他の人が仕事をカバーするといった配慮が必要だと提案している。それだけではない。飛行機では、空気を環流させることによる問題もあるんだそうな。ともあれ、出張から帰った後で、多くの人々に、欠勤、業績低下、病気、家庭生活への適応の問題などが起きているのだ。最後に、「年間90日以上の出張をさせないこと」「飛行機に9時間を超えて乗ったときには、24時間の休みを取らせること」を勧めている。ご出張の多い方、お気をつけ遊ばせ。 |
| 若者の成長(04/06/28-439) 土日は「教育実習事後指導」なるものをした。教育学部の4年生は6月になると、そのほとんどが熊本市内の学校へ教育実習に出かける。これが学校の場における最後の実習になる。そして、教育実習全体を振り返り、まとめ、これから教師を目指すための動機づけを高めるために「教育実習事後指導」が実施される。私が所属する「教育実践総合センター」では、5つのコースを提供している。私の担当は「グループワーク」である。小学生は言うまでもなく、中学生にしても、入学時と卒業するときでは大いに違う。グーンと成長していることが目に見えて分かる。そもそも体の大きさが違ってくる。それに対して、大学生の場合は身長などの外見はそれほど変わらない。しかし、教育実習の様子などを見ていると、彼らが確実に成長していることを実感させられる。とくに、4年生の「事後指導」の時期になると、それまでの蓄積の成果が目に見えるようになる。これはじつに楽しいことである。教育実習先での「うれしかった体験」「ちょっと困った体験」などをみんなの前できちんと伝えることができる。そうした中で、感動で目を潤ませるものもいる。私もグループの話に割り込んでいって、あれやこれやとコメントする。実習生から見ると、混ぜっ返しに見えるかもしれない。しかし、彼らはその話に頷きながら耳を傾けてくれる。別のグループに移ろうとすると、「ありがとうございました」の声が聞こえる。じつは、グループの間を回っているときにちょっと耳に挟んだ話にコメントを加えただけなのである。それでも、「何でも身につけたい」といった雰囲気が伝わってくる。これだから、「余計な一言コメント」をするのが楽しくなる。そして、若者の成長がたくましく思えてくる。いつの間にか、彼らの親たちよりも上の年齢になってきた。自分ではまだ「若者」と認識しているのだけれど…。そう考えながらトイレに行ったら、スリッパがきちんと揃えてあった。 |
| 見えないところの差(04/06/27-438) 昨年10月に附属中学校の2年生160人に引率されて修学旅行に行った。その際に薬師寺に出かけたことは、10月31日の「味な話の素」に書いた。おもろいお坊さんがありがたいお話をして下さったが、その中に東塔の水煙についての話があった。私はこの手の話に弱いのだが、塔のトップに避雷針のようなものがついている。この部分を「相輪」と「水煙」というんだそうな。さすがに薬師寺で、これも国宝である。その水煙に天人の姿が彫られているという。お坊さんはその部分をアップした写真を見せながら説明をつづけた。「みなさん、ここに天人が彫られているでしょう。昔の人は見えないところにもちゃんと力を入れていたんですよ」。とても説得力のある話だった。このごろは、どうも外見だけ何とか取り繕おうとする。外から見えないところにもきちんと気を配ることの大事さを改めて感じた。ほんの少し前のことである。ある大型ショッピング・センターに出かけてみた。その際に、ちょっと用事があってトイレに座った。そろそろ出ようかなと思って紙を取ろうとした。その紙をセットしている器具のフタがネジで留められていた。そのネジなんだけれど、「ゆがんで」はまってるんですよね。どうせトイレだし、紙を取る際にもほとんど気づかない部分ではある。しかし、このときに私の脳裏には薬師寺のお坊さんの顔が浮かんだ。いい仕事って、どこにも手を抜かないんだろうなー。最近、熊本市で橋の工事に手抜きが見つかったというニュースを見た。何と49の橋のうち、14橋にも及ぶという。ああ、嘆かわしい。見えないところにも心を込める。その精神がなくなったらおしまいやで。とくに物づくりで生きていかなければならない日本なんだから…。ところで、薬師寺のお坊さんだが、「水煙」のアップ写真を見せたあと、「写真集も売っているからどうぞ」ときた。いやー、商売も忘れない見上げたお坊さんではあった。全くの手抜きなし? |
| サービス物語(04/06/26-437) ある日曜日のことである。家内と一緒にスーツを買いに行った。私はこの手の買い物が大の苦手だ。まあ、何でもいいのである。これが似合う、あれがいいと考えることがない。だから、すべて家内任せとなる。まるで着せ替え人形なのだ。もっとも、人形なんて言うと人形が気を悪くするか。私としては「着せ替えおじさん」でもかまいませんがね。ある時は、私があまりにも面倒くさがるので、家内が業を煮やして、寸法のメモを持ってイージーオーダーを頼みに行ったことがある。そのときはさすがに店員さんから笑われたらしい…。ともあれ、このときはちゃんとお店に行った。今日の話題はそのあとの出来事である。スーツやズボンを買ってるうちに、ちょうどお昼になった。そこで、大抵の人が知っているチェーン店に入った。まずは、ウエイトレスが声をかけてきた。「お二人様ですか」。「はい」。そこで「こちらへどうぞ」となる。まあ、ここまではいつものとおり。そこで指定された席に座る。それからお水を持ってきた彼女が言うのである。「こちらでよろしかったですか」。??? 「『よろしかったか』って、あんたが、ここに座れって言ったんじゃない」。そうは言わなかったが、心の中で笑ってしまった。家内の目も笑っていた。これってマニュアルなんだろうかなあ。やっぱり、ちょっとおかしいですよね。それから次はデパートに行った。立体の駐車場を上っていく。その先は行き止まりではあるが、天井に「空車」のマークが点いているところがあった。そこで前に進むと、なんと空きはなし。そうなるとバックせざるを得ないわけだ。なあんかおかしいですよね。その帰りがけのこと、駐車場へ行くエレベータ前にはけっこう客が待っていた。ところが、なんと手押し車の店員とおぼしき人が真っ先に乗っちゃった。われわれなんか、ギリギリで乗せていただいた感じになった。なあんかおかしいですよね。 |
| 究極のベストセラー(04/06/25-436) ミリオンセラーの本と言えば100万部が売れたことになる。レコードなら100万枚ということだ。日本の人口は1億3千万くらい。となるとミリオンセラーなら、赤ん坊も入れて130人に一人が買った計算である。これはかなりすごい話だ。1万部だって、13,000人に一人になる。これでも大したものである。ところで、日本で真のベストセラーといえる印刷物は何だと思いますか…。私の説は「お札」である。手元の千円札には「財務省印刷局製造」と書いてある。数枚の1万円を見ると「大蔵省印刷局製造」となっている。まだ切り替わる前のものだろう。いずれにしても、お札は間違いなく印刷物である。しかも、さすがに赤ん坊とまではいかないけれど、子どもから大人まで、ほとんどの日本人が持っている。その意味で、お札は究極のベストセラーと言っていいのではないか。しかも、みんなが毎日のようにそれを見ているのである。もっとも、本とは違って「読む」人はまずいないけれど…。そんなことを東京に行ったときのモノレールの中で思いついた。いつものように、ただそれだけの話ではある。しかし、そんな発想でお札を見直してみると、なかなか楽しいではないかいな。そういえば、5,000円は新渡戸稲造に代わって樋口一葉になる。女性としては初めてかもしれない。また、千円は夏目漱石が退場して野口英世が登場する。財務省のホームページでは16年上期をめどにしているという。現時点が上期だと思うが、実際に新札が出るのはいつになるんだろうか。ボーナスのときなどが交換の時期か。そうそう、2千円札というのもあったっけ。ただし、こちらの方は、本当にお目にかからない。 |
| 夜の必要性(04/06/24-435) 一日は朝に始まり、夜に終わる。いやいや、ひょっとしたら夜から始まるのかもしれない。それとも昼から? 人間が一日の始まりと決めたのは真夜中の零時である。だから、毎日が朝から始まるというのも正確ではない。それはともあれ、みなさんは朝がお好きですか。それとも夜? もちろん、お昼が大好きという方もいらっしゃるかもしれない。「夜は暗くて気が重くなる」と言う人がいる。そんな方は夜が来るのが怖いとか、来てほしくないとか思うらしい。しかし、人間は夜がなければ生きてはいけない。昼間に活動して疲れた体を癒すには、暗くて静かな夜が必要なのである。明日に夢を託すのも夜のことだ。夜がなければ星だって見えない。だから、夜は人間にとって欠かせないものなのである。その時間をゆったりと楽しく過ごしましょう。ともあれ、どんなものでも存在意義はあるものよ。見方、考え方次第で悲しくもなれば嬉しくもなる。みんなで夜を友だちにしよう。その昔、「夜は恋人」というムード音楽があった。トランペットが響き渡るそのメロディは、ばっちり記憶に残ったいる。ライターのマルマンが提供していた番組で流れていた。いまから考えると大人向けの番組だったと思う。私が中学生か高校生のころである。もっとも、大人向けといっても、いまから30年以上も前のことだ。このごろの小学生だって笑うような程度の番組だったに違いない。内容はとんと思い出せない。テーマソングの「夜は恋人」だけが頭に残っているのである。ともあれ、暗い夜も大切に。 |
| 電車のトイレ(04/06/23-434) 私の運が悪いのだろうか。JRの「有明」や「つばめ」のトイレで手洗いの水がでないことがけっこうある。その症状は少なくとも、この数ヶ月といった短期間に起きていることではない。最初に手が洗えなかったときのことを忘れてしまったほどだから、相当に前からである。何回か同じ目にあったとき、車掌さんに言ったこともある。このごろは、手を蛇口に持っていきながら、「今日はどうかなあ?」なんて余裕すら出てきた。なにせ自動式だから手を当てるまで出るかどうか分からないのである。私の個人的な体験であるから、そのトラブルが絶対的な基準で多いか少ないかは分からない。しかし、それが4回や5回でないことは間違いない。素人目には構造的な問題があるんではないかと思ってしまう。それとも、調子の悪い編成の車両は1セットだけで、私がいつもそれにだけ乗り合わせているのだろうか。そんなことは考えにくい。それほど私が「強運」なら、宝くじにだって当たっててもいいはずだ。もっとも、宝くじは友人とのお遊びで数回しか買ったことはないけれど…。いずれにしても、トイレの水の出具合などは、少なくとも1日1回はチェックされていると思う。そして、出ないのであればすぐに直さなくっちゃあ。それに、「大変申し訳ございません。ただいま水が出ません」くらいの札くらい置いた方がいい。おそるおそる手を出して、「やったあ、今日は出たあ!」なんて、そんなことで客を喜ばせても仕方ありません。 |
| 午前と午後のお話(04/06/22-433) 「子」「丑」「寅」…「亥」。だれでも知ってる干支(えと)である。ひょっとしたら、「だれでも知ってる」とは言えないかもしれないけれど…。ところで、この干支は時間にも使われていた。「東山三十六峰、草木も眠る丑三つ時…」なんて言い回しがあった。それこそ、京都を舞台にした無声映画時代のチャンバラにピッタリのお決まり文句である。世の中は真っ暗闇、草や木までもが眠っているような静寂さの中で、突如としてチャンバラが始まったりするわけだ。その時間が「丑」の「三ツ」時なのであった。これは現在の午前二時から二時半にあたるんだそうな(広辞苑)。その昔は、一日24時間を十二支で分けていた。一つの干支で2時間ということになる。まずはスタートの午前0時あたりが「子の刻」である。だから「丑の刻」は午前2時ころである。これを四ツに分けると、一ツが30分だから、この計算だと3時半くらいが「丑三ツ時」になる。ただし、このあたりの対応はやや曖昧で、同じ広辞苑に「丑」は午前1時から3時の間と書いてある。ともあれ、ここで話題にしたいのは「午前」と「午後」だ。賢明な方はもう察しておられるだろう。そうなのです。十二支の7番目は「午(うま)」である。ずっと指を折っていくと、これが真昼の時刻に当たるのである。したがって、「午の刻」より前を「午前」、その後は「午後」というのである。まことに分かりやすい。「はなしはそれだけか」ですって? そうおっしゃいますな。これだけでもけっこうおもしろくはございませんか。もっとも、すでにご存じの方には新鮮味のない話で失礼しました。ついでに、英語の am は、ラテン語の ante meridiem の頭文字で、before noon の意味。pm は、post meridiem で、 afternoon だそうな。これは単にラテン語のを語源にしているというだけの話。お粗末でした。 |
| 気になる「かな」(04/06/21-432) 年金の未納問題が起きたとき、民主党の菅氏が「お詫びを申し上げたい」といった表現を取り挙げた。ここは「申し上げます」とストレートに言うべきだ。「〜したい」には、どうも「本当はしたくないが、仕方ない」という気持ちが見え隠れする。そんなことを書いた。少しばかりニュアンスは異なるが、「かなと思うんですよね」という言い回しも気になる。テレビなどでけっこう聞く表現である。「こういう態度は間違っているかなと思うんです」「はっきり言った方がいいかなと思うんです」。こんな調子である。まあ、日本文化の婉曲的な言い回しではある。はっきりっと断定はしない。しかし、実際には自分の考えだということを伝える。そう考えれば、「かな」を使う表現も「いいかな」と思ったりして…。まあ、日常的な会話までうるさく言う必要はないだろうか。しかし、テレビなんぞでメッセージを送る立場の人たちは使うのを避けてほしいと思う。発言に対して、反論が来ても、「だから、そんな感じかなって言ったでしょう。絶対そうだなんて断定はしてませんよ」と逃げられる。少なくとも、公的な発言では「かな」を使うのは避けた方が「いいかな」と思うんですよね。 |
| アメリカ人の引き際(04/06/21-431) アメリカの大統領は最長でも2期で辞める。法的な根拠はないが、ジョージ・ワシントン以来の不文律であり、常識である。そんなアメリカでも引き際については、いろんな議論があるようだ。「Greenspanさん、おやめなさい」。こんな見出しが New York Times で踊っている(5月30日号)。グリーンスパン氏といえば、アメリカにおける金融の救世主だ。わが国では日銀総裁に当たるのだろうが、やはり影響力が違う。その顔はニュースでも頻繁に出てくる。その人に、「もう引き際ですよ」と言っているのは Daniel Akst 氏である。Askt氏は、アメリカでは広く知られたジャーナリストらしい。昨年、ブッシュ大統領がFRB議長としてグリーンスパン氏を指名するだろうと言われたとき、「そりゃあまずい」と叫んだとのこと。なんと5期目というから確かに長いよね。Askt 氏に言わせれば、現在ではさらに指名すべき状況でなくなったという。「もう彼は若鶏(spring chicken)ではない。次の任期が終わる2008年には82歳なのである。彼は健康で精神的にもしっかりしているように見える。しかし、もし彼が病気で倒れたらどうなるか。ほんの少し口ごもっただけでも、中央銀行やドル、そして経済の信頼は失われるのだ」。私は金融については分からないが、まことに手厳しい。「トップでいるうちに辞めなさい。これが常識なのだ。78歳という年齢でそれに応えないこと自身が、疑念を呼ぶのだ…」。しかし、先週のニュースでは、グリーンスパン氏の再・再…任が決まったと伝えていた。ネットで確かめたら、すでに17年目らしい。いずこの国も、なかなかですなあー。ところで、私が関わっている講座に70代の方がおられる。若い人たちといつまでも学びたい。そんなお気持ちで勉強をされているとのこと。「おれが、おれが」などと叫んで地位にしがみつかない。そして淡々と勉強をつづける。こちらの方が格好いいと思いませんか。 |
| 弔辞(04/06/20-430) Cさん。少しばかり前から、あなたが元気でなくなったことには気づいていました。一生懸命に働いてエネルギーがなくなったときでも、新鮮なものを補給すれば息を吹き返していましたよね。ところが、この前は、それでも十分な回復が見られませんでした。「もう無理かもしれない…」。あなたには言わなかったけれど、心の中でそう思ったことを告白します。そして、とうとう最後の日を迎えることになってしまいました。あなたとお別れせねばなりません。これはお互い生きるものにとっての宿命です。本当に長い間お付き合いいただいてありがとう。私の影でずっと支えてくれてありがとう。こころから感謝しています。思い起こせば、最初は私があなたにあこがれたのでした。あなたは本当に颯爽としていました。そのあなたとお付き合いをはじめたとき、私は鼻高々でした。みんなに自慢したい気持ちでいっぱいでした。それなのに、少しなれてくるとあなたのことを軽く見るようになりましたね。そのうえ、もっと若くて元気のいい仲間が出てくると、そちらの方に目移りしてしまいました。しかも最後は、片隅に追いやってしまうなんて…。ごめんなさい。でも、命がつきるまであなたに助けていただいたことは、いつまでも忘れないつもりです。本当にありがとう…。この弔辞の相手は電卓と時計が一体化した CASIO CQ-81 Computer Quartz である。鹿児島女子短期大学に赴任した1978年5月に、地元の山形屋デパートで買った。それから26年間、私の机の上で時を刻みつづけた。いつもは時計だが、必要なときはすぐに電卓に変身した。昨年になって、ほとんど同じ機能の製品をいただいた。そのため、カシオ君は液晶表示に元気がなくなっていたこともあって、居場所をトイレに替えられた。彼は文句も言わず、それからも1年ほどがんばってくれたのである。本当に疲れさまでした。安らかにお眠りください。あなたは、日本における製造業のすばらしさを確信させてくれる希望の星でした。 |
| 長考の生中継(04/06/19-429) 今月の初めころのこと。たまたまテレビをつけたら、BSで将棋の名人戦を生中継していた。午後6時少し前である。画面には羽生名人が、髪に手を入れて考え込んでいる。前屈みで眉間にも皺ができているように見える。とにかく考えているのである。その日は森内王将との5戦目で、それまで羽生の1勝3敗だったようだ。まさに王手をかけられていたのである。アナウンサーの説明によると、いわゆる「長考」というやつらしく、ずーっと考えているんだそうな。そのうち、夕食のための休憩時間になった。そこで生中継は終了するという。その終わり際に、「放送中には一手だけでしたね…」というアナウンサーの声が聞こえた。なんと、この日は2時間の生中継で打たれたのは羽生名人の一手だけだったというのである。いやあー、まさに史上最長の「長考生中継」だったのではないか。私は将棋についてはコマの進み方を知っている程度のど素人である。将棋ファンには、2時間で一手という状況も迫力満点のおもしろさがあるのだろうか。「名人はいま何を考えているのか。いつ次の手を打つか…」それをリアルタイムで追いかける。まさに、たまらない時間なのかもしれない。とにかく、どの世界でもプロのすることはすごい。いずれにしても、偶然にこんな場面に行き当たってしまったものだから、そのあとが気になった。翌日の新聞を見たら、その日は羽生名人が勝っていた。やっぱり「考え込んだ」だけのことがあったのだろう。いやはや、すごいもんだ。最終的にはこの戦いは4勝2敗で森内氏が勝って、新名人になったようだ。将棋が分からない私だが、あの「集中」ぶりにはいつも感心している。持ち時間の関係だろうか、戦いは必ず2日間で決着がつくようだ。私のように、読書にしても、「あれ読み、これ読み」の分散型人間にとって、あの「集中力」には憧れを感じる。 |
| ほほえましい勘違い(04/06/18-428) 「夕ー焼ーけ子やけの赤とんぼー、『おわれて』見たのはあ、いつのを日いか…」。三木露風作詞、山田耕筰作曲の「赤とんぼ」である。辞書を引くと「夕焼け」はあるが、「こやけ」はない。これは作詞家の造語なんだろうか。じつにすばらしい。ところで、私はかなり大きくなるまで「おわれて」を「追われて」だと思い込んでいた。それがなんと「母の背中に『負われて』」だったと知ったときには、かなりドッキリした。それがいつのことだったのか、正確には覚えていない。しかし、けっこう成長してからだったことは間違いない。子どものころは日が暮れるまで田舎で走り回っていた。悪ガキだったから、「負われる」よりも、「追われる」体験の方がピッタリ心に入ってきたのである。われながら、なんともほほえましい勘違いである。トンボと言えば、「とんぼがえり」も勘違いしていた。なにせ、「目的地で用事が済んだら、すぐに帰る」ことを「とんぼがえり」というから、てっきり「トンボ帰り」だと信じていたのである。これも、トンボが急に向きを変えるから「トンボ返り」と言うことも、かなりあとで知った。いやー、ことばはおもしろい。そうそう、いつのころか、「汚職事件」のニュースかなにかを聞いて、「お食事券」と勘違いした子どものことも思い出す。その昔、北原謙二の青春歌に「若い二人」というのがあった。そのなかに、「わかく、さーいろに」と聞こえるところが出てくる。私はかなり長いこと、この「さーいろ」とはどんな色なんだろうかと思っていた。何のことはない、これもあとになって「若草色」だということが判明した。もっとも、「若草色」は辞書には載っていない。そのため、それがどんな色なのかは、いまでも分かっていない。私はこのときから、「歌の文句はどこで区切るかも分からない。日本語でこうなんだから、英語の歌がまるで理解できなくても当然なんだ」と信じるようになった。 |
| 八つ当たりもほどほどに(04/06/17-427) プロ野球ダイエーの杉内投手は昨年の日本シリーズのMVP(Most Valuable Player)である。その彼がいま戦列から離脱している。人間には予測できないことがいろいろ起きる。昨年の最高殊勲選手だって病気にもなれば怪我もする。しかし、それにしても、杉内投手が試合で投げていない理由がすごいのである。野球ファンでなければ、またパリーグに興味がなければ、そのあたりの事情は知らない方も多かろう。彼は6月1日のロッテ戦で2回までに7点も取られてしまった。自分のふがいなさに腹が立ったに違いない。ダッグアウトに帰ってから、ベンチをしこたま殴ったらしい。その結果、なんと手を骨折してしまったのだ。それも全治3ヶ月というから「重傷」である。さらに怪我をしたのが「両手」だというから驚いてしまう。投手にとって、「両手」は仕事に欠かせない「道具」だ。いくら頭にきても、やっていいこととそうでないことがあるではないか。一説によると600万円の罰金を取られたらしい。まさに、「泣きっ面に蜂」である。しかし、職場に与えた損害は計りようもなく、文句を言うわけにもいかないだろう。それにしても、華奢で優しそうな彼が、何とも信じられないちょんぼをしたものだ。まあ、プロのスポーツマンだから、見かけとは違って気が強く根性もあるのだろう。それにしても、攻撃の向けどころを間違っている。こんなときに冷静すぎるのもまずいんだろうが、カッとなってベンチに八つ当たりしてもベンチが困るだけの話。いやいや自分が困るだけである。心の葛藤や欲求不満をうまく処理できないと、とんでもないことになる。杉内選手の場合は自分にはね返ってきたが、これが他人に向けられることだってあり得る。このごろはイライラ症候群があちこちで見られる。それが怖い。 |
| 父親の叫び(04/06/16-426) 長崎県の学校で娘を失った父親の手記が出た。各紙で日曜日(13日)に掲載されたもので2つ目になる。私は8日のこの欄で、父親の記者会見について書いた。まだ、自分の娘が命を奪われた事実だけしか知らない時点で行われたものである。その中で、「そんなこと聞くなよ!」と言いたくなる質問に文句をつけた。そして、被害者の父親にしてほしいこととして、次のように書いた。「落ち着かれたら、このときの気持ちをまとめていただきたいと思う。当事者はどんな状態であるのかを。あのような状況で、あれやこれやと聞きまくられることのつらさを…」。今回の手記には、その回答の一部が書かれているように思う。「そしてニュースや記事で○○(実名)の名前や写真が出ると、事件のことを突きつけられるような感覚になります。勝手なことなのですが、『もう名前や写真を出さなくてもニュースや記事として成り立つのでは』と思ってしまいます」。それは決して「勝手なこと」ではない。親として当然のことである。ただし、ご本人がマスコミのお仕事をされているので、自分自身のこれまでの行動を振り返って、そう思われるのかもしれない。同じ仕事をしている仲間に対する配慮や遠慮もあるだろう。しかし、こんなときはふつうの人間として、その気持ちについて発信していいではないか。それに、父親は「報道をやめろ」と言っているわけではない。「名前や写真」を出さなくても「ニュースや記事」にできるではないかと訴えているのである。これまでにも、不幸な事例が繰り返されてきた。そして、ほとんどの人々がこうした心情でいたはずである。しかし、それを表現する気力も手段も持ち合わせていないことが圧倒的に多かったと思う。その点で、今回の発言は重い。とくに「悪を追求する」のではないのだから、こうした訴えを今後に生かしてほしい。それにしても、こうした内容であるにもかかわらず、手記にはご本人の「名前」が付いている。また、本文中には娘さんの実名が入っている。それが、また「ニュースや記事」として流される…。 |
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自殺者3万人の重み(04/06/15-425) |
| 空港の最終バス(04/06/14-424) 羽田からある空港行きの最終便に乗ったときのお話。空港から街中までかなり遠いようだった。そこで、あらかじめ市内までのアクセスを調べてみた。その結果、最終便の着時刻からわずか13分後に発車するバスがある。なんとも13分という短い時間に若干の不安を覚えた。しかし、ネットには「空港リムジンは、航空機の発着時刻に合わせ、運行時刻を月に1回程度変更しております」と書いてある。これを読んで安心した。ちゃあんと運行時刻に合わせているのだ。ともあれ、そうした柔軟な対応をしてくれてるのだから大丈夫。なあんて信じてると、これが大きな問題を引き起こすのである。その日は羽田の出発が20分ほど遅れた。そもそも羽田はいつも満杯で、あそこは時間通りに離陸したら大当たりといった感じである。ともあれ、目的地では早めに降りた方がいい。そう思って前方の席を取った。やはり日頃の行いがいいに違いない。バッチリと前から2列目の通路側の座席をゲットした。願ってもない好位置である。こうして準備万端の上で目的地に着いた。そして先頭を切ってバス停に向かった。ところがである。お目当てのバスがいない。そこで待っていたのは県庁所在地行きのみ。不安げに担当者とおぼしきおじさんに聞いた。「○○行きは?」。 それに対するお答えは、「ああ、○○行きはありません」だって。そのおじさんのそっけないこと、そっけないこと…。その時間はタクシーしかないと言う。これって日本国中の常識なんだろうか。たしかに飛行機が遅れたのではあるが、それは分かっているはず。「航空機の発着に合わせ」てはどうなっているんかいな。そのあたりの事情を知っている地元の人は、最初から車を使うことだろう。これでびっくりし、なおかつ困るのは、ほとんどが旅行者である。もうそれだけでイメージダウンすること「請け合い」ですよ。もちろん、経営的には大赤字なんだろう。運転手さんを拘束できない事情があるのかもしれない。しかし、経営に当たっては、そうした県外者に対するイメージダウンも含めてコスト計算をしないとまずいんではないか。目先のコストを惜しんで、致命的なコストの見通しを立てきれない。絶えることのない組織の不祥事や○○隠しなどは、その典型ではないか…。ついでのお話。このとき乗ったタクシーの運転手さん曰く。「そうですもんね。すぐバスがなくなるんですよ。大体お客さんに対するサービスを本気で考えてないんですよ…」。運転手さあん、そんなに悪口を言っていいんですかいな。その「不親切」のおかげで、お仕事になってるんですよねえ。暗い座席でちょっぴり苦笑いしたが、私こんな運転手さん大好き! |
| またまたコメンテータ氏(04/06/13-423) 銀座でもたばこのポイ捨てがアウトになったらしい。注意しても聞かない人は名前を公表するんだそうな。そう言えば千代田区だったか、とにかく吸い殻が道路から無くなっていた。こちらは金を取られる。本当は一人ひとりの自覚の問題なんだけれど…。ともあれ、この銀座のニュースがワイドショーで取り上げられていた。先月の終わりか今月の初めころだ。司会者がこのニュースを読んでいたが、一区切りつくと、待ってましたとばかりにコメンテータ氏が叫ぶ。「たばこのポイ捨てなどは、われわれがちゃんとすればいいことでしょう。そんなことにまで公的な職員を使って…。街角に監視カメラなんぞも増えてるが、道路に寝っ転がっている人をどうにかしてくれといっても警察は来てくれないんですよ」。税金を使って人を動かすなら、もっと適切にと言いたいようだ。ここでは、後者の方に重きを置けというわけである。でもねえ、「たばこのポイ捨て」が個人のマナーの問題だなんて子どもだって知ってるよね。それができないからこうなってしまうんですよ。だから、公的なコストをかけることになっちゃうんでしょ。いまだって、ポイ捨てのたばこをだれが掃除してるのでしょうか? やっぱし、公的な金でやってるんですよね。道路の掃除という形で…。個人の常識や自覚の問題だというなら、あらゆる「犯罪」が個人の自覚の問題でしょうが。だれだって「やってはいけない」ことは分かっているはず。だからこそ、「殺人」の中には、ときおり「本人の責任が問えるかどうか」が重大な問題になるのである。とにかく文句を言ったりケチを付けるのはだれにでもできる。公共の電波を使ってる人は、それを「自覚」して、もっと「なるほど」というアイディアを出してちょうだい。えっ、そう言うおまえは、どうなんだですって? 今日は時間がありませんので、ここいらで終わりに…。 |
| アクセス 20,000件 |
| やったあ、「通過点」でっせ(04/06/12-422) おかげさまで、アクセスカウンターが20,000件に達した。昨夜のうちだろうと思う。ホームページ開設の昨年4月から、せっせとアクセスしていただいた。スタートから数日はカウンターをつけていなかった。しかし、そのあたりの細かいことは抜きにして、1日平均50件くらいになる。まことにありがたいことだ。しかし、これも「通過点」に過ぎないんですよ。いやー、このセリフ、言うてみたかったのよね。イチローや清原選手みたいではありませんか。10,000件の際は、「ゲットしました」とメールをいただいた。お寺のご住職の奥様だった。なかなか縁起がいい。これで成仏できると喜んだ。そうなると、20,000件目は教会の牧師さんの奥様? そうだと天国行きも保証されるというわけだ。今のところ、お知らせはいただいていないけれど…。ところで、毎日コツコツと読んでくださっている方からご質問があった。昨日のことである。せっせと書いてるけれど、風邪など引いたりしないのかと。これはまさに両親のおかげというほかはない。じつに健康な体をくれたのである。だから、風邪などで寝込んだのはいつのことか記憶にもない。昨年は軽い手術を受けて1週間ほど入院した。そのときもPCを持ち込んでこのコラムを書き続けた。その程度の手術だった。もう一つは、時間をどうやりくりして書いているのかというご質問である。これは、私が早起きだということにつきる。大抵は朝4時ころには目が覚める。今日もそうだった。まずは、いつも決めている本を読む。これが3〜4冊。さらに英字新聞。そう書くとすごそうだが、実態はほんの数行を読むだけだ。もちろん気分が乗れば一本の記事全体に目を通すこともある。しかし、そんな日は少ない。このあたりの経緯はすでに書いたが、私はとにかく細切れ派なのである。そうこうするうちに1時間くらい経過する。それからやおら「味な話の素」に取りかかるというわけだ。少しでもネタになりそうなことは日頃からメモにしている。それは数語であったり、数行であったりする。イメージができているので、これでけっこう書けるのである。もちろん、ときには朝に書けないこともある。それでも一日は始まったばかり。その日のうちに書けばいいのだから焦ることもない。転送が終われば、あとはまともな「仕事」をする。昨日の場合は、県教委からご依頼のあった「教育くまもと」の原稿を書いた。そのうち時間も進んできて、新聞を取りに行く。その中にもけっこうネタが埋まっているものだ。まあ、朝食までにこのくらいのことができるのである。ともあれ、これからもせっせと更新したい。 |
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母と子の駅弁当(04/06/11-421) 先日、特急ツバメに乗ったときのこと。博多駅を発車して間もなく、通路を挟んだ向こう側の席で二人が駅弁当を食べ始めた。窓側にはかなり高齢のおばあちゃん。弁当はしっかり食べてはいるが、ちょっと口元が心許ない。その手前には年の頃は60歳くらいの男性が座っている。こちらも、おばあちゃんとまったく同じ弁当を食べている。その横顔から想像するに、この二人は親子に違いないと思った。少しばかり話もしている。ただそれだけの光景ではある。人が弁当を食べているところなどジロジロ見るもんではない。しかし、なぜかそのときは、ついつい二人を見つめてしまった。はっきり意識してはいなかったが、私はそのシルエットを母と私に重ね合わせていたのではないか。この欄でも折に触れて書いてきたが、母は47歳で逝った。だから、私にはあのシーンはつくれないわけだ。母の誕生日は6月25日だったので、元気であればもうすぐ78歳になるはずだ。ご本人たちは自覚していないかもしれないが、なんともほほえましい親と子の関係が見えたのである。やっぱし、ある程度は長生きしたいものですねえ。もっとも、それも元気であることが欠かせない条件だ。そうでないと電車にも乗れないし、弁当も一緒に食べられない。われわれの年になると、友人の中には親の介護をしている者もいる。正直なところ、夫婦ともどもで大変な様子である。もう少し時間がたつと、団塊の世代のわれわれが介護される側に回る可能性が高まってくる。これからが大変なのだ。とにもかくにも、年をとってから、子どもと駅弁を食べられるといいな…。 |
| コメンテータの大誤解(04/06/10-420) たしか5月の25日だったと思うが、朝7時10分ころのことである。朝のテレビ番組でラサール石井氏が新聞を読んでいた。首相の北朝鮮行きに対する外国の反応が話題になっている。それを評価するものもあれば批判的なものもあった。その中で、アメリカの軍事関係者だったか、批判的な意見を述べた人物がいた。小泉首相が北朝鮮に対して「制裁をしない」と約束してしまったことに噛みついているのである。世界が協力して北朝鮮が兵器を輸出するのを抑え込んだ。その結果、彼らは外貨獲得の道を絶たれたのである。そうした状況で経済制裁を加えれば、その効果はさらに期待できる。そんなときに、こともあろうに日本の首相は「制裁しない」などと言ってしまった。なんたることよと非難しているのだ。なるほど、そうした見方もあるよなと思う。ところが、それを聞いた大学教員らしきコメンテータがこんなことを言う。「でも、兵器と食糧援助は性質が違いますから…」。「???」。だれが人道援助の食料供与を責めているのかい? そうではなくて、いま北朝鮮に対して経済制裁を可能にする法律を作ろうとしているのに、わが国としてはそれを発動しない。そんな趣旨の発言をしたと報道されたから、そのことを責めているのである。あの船舶入港禁止法にからめての発言だ。アメリカの軍事関係者の発言を取り違えていらっしゃる。いやはや、世の中が分かったような顔をして公共の電波で堂々とコメントされてはかないませんでっせ、ほんまに。しかも、その「あー勘違い」をだれも指摘しない。それともみんな気づいていない? それならもっとやばいわ。もっとも、番組のずっと後で訂正していれば、ここでの文句はお門違い。でも朝って忙しいのよね。それから間もなく出かけたから、後のことは分からない。じっと見てなんかおれないんですわ。 |
| 権威主義の逆噴射(04/06/09-419) アラン・アトキンソン著「カサンドラのジレンマ」(枝廣淳子訳 PHP研究所)の中に興味深い話が載っている。壊血病にまつわるエピソードである。その治療法を最初に発見したのは英国軍総司令官のジェームス・ランカスター卿だそうな。彼は船員が罹る壊血病の症状が、レモンジュースを飲むことで改善することを発見した。壊血病はビタミンCの不足が原因だからその対処法は正解だった。そのことを海軍当局に報告したのが1601年である。ところが、彼は医師としての地位が低かったらしく、報告は無視されてしまう。その次の実験は何と150年後に、ジェームス・リンドによって行われることになる。彼は、より高い地位の軍医であったが、結果はランカスター卿のものと同じであった。しかし、それでも軍当局が柑橘類を壊血病の治療用として採用するまでにさらに48年もかかったそうだ。しかも、一般的に柑橘類が船に積まれるようになったのは、それから70年後の1865年だったという。「最初に治療法が発見されてから、なんと264年もかかった計算になる」と著者は嘆いている。まったく驚きあきれてしまう。じつに愚かな話だ。「責任者、出て来ーいっ」。まあ、こんなことに関しては洋の東西を問わない。偉いお方が言うと「おかしくても変わる」のに、影響力のない人間の意見は「正しそうでも無視」される。せっかくの前進に水をかける逆噴射だ。百年以上前のイギリスのことだと笑ってなんかいられない。こうした体質が組織の不祥事にも繋がってくるのである。今さら「実るほど、頭を垂れる稲穂かな」ではないが、「権力者」ほど「道徳」の勉強をしてもらわないといけない。しかし、現実を見るとその反対の事例が多すぎるなあー…。 |
| 記者会見(04/06/08-418) 佐世保で小学生が刺されて亡くなった。その親がマスコミ関係の人だったこともあって、早々に記者会見に応じていた。娘が死んだこと以外は情報をほとんど持たないタイミングだったようだ。数年前に妻を亡くし、3人の子どもたちを男手ひとりで育てていたらしい。まことに痛々しい。ある質問をされたとき、「自分が聞く立場にいたら同じことを聞くと思うが、いまはとにかく…」と、頭の整理がつかないことを伝えていた。大変に不幸なことである。その上で、落ち着かれたら、このときの気持ちをまとめていただきたいと思う。当事者はどんな状態であるのかを。あのような状況で、あれやこれやと聞きまくられることのつらさを…。会見時には、加害者が少女であることさえ知らなかった。そんな中で、「友だちもいたとは思う」ということばが出た。それに対して、すかさず、「加害者はその友だちのひとりなんでしょうか」なんてことを聞く。加害者が少女だったことさえ知らなかったと言ってるじゃないですか。もう相手の気持ちなどあったものじゃない。いまそれを聞く必然性があるのか。それは、「真実を伝えるために」必要なんだろうか…。そして、「将来は夢があったんじゃないかと思うんですが…」と追い打ちをかける。何が起きたかも十分に掌握できず、悲しみにうちひしがれている人に、亡くなった娘が夢を持ってたんじゃないかなんて聞くかあ! 人間はもっと人間であれ。ご本人はマスコミのお仕事であるが故に、すすんで対応しなければならないという義務感を感じておられたようだ。しかし、こんなときは人間になっていいんじゃないか。その後はさすがに表に出るのを断っておられるようだが、当然のことだ。それこそ会見そのものがPTSDになってしまう。先日イラクでご主人を亡くした方もカメラの前で気丈に対応されていた。その立派さには驚き、頭が下がる思いがした。しかし、私にはああしたキリッとした態度はとてもとれない。 |
| 児童福祉施設(04/06/07-417) 先週、第52回九州児童福祉施設職員研究大会が熊本市で開催された。私は、この領域に関してはまったくの素人である。ところが、事務局から「対人関係やリーダーシップの観点から情報を提供できないか」とお誘いを受けた。そこで、2日目の研究部会に参加させていただくことにした。なにせ、「Yesしか言わないMr. YOSHIDA」なのである。「児童福祉施設」という名称はほとんどの人が知っているだろう。しかし、その実際については十分な情報をもっているとはいいがたい。その意味でも、今回はとても勉強になった。戦後のしばらくは、戦争で親を亡くした子どもたちとの関わりが多かったと思う。しかし、いまでは虐待を受けて入所する子どもたちも少なくないようだ。研究会ではそうした子どもたちのことも聞いて心が痛んだ。この世の中でだれよりも信頼すべきは「自分の親」である。その親から虐待を受けた子どもたちは、それだけで「人に対する信頼」の心を失ってしまうにちがいない。人を「信頼する」ことは、対人関係の基礎中の基礎である。そうした子どもたちにどのように関わっていくか。失われた人に対する信頼感をどのようにして育んでいくか。施設の方々は、こうした難しい課題を解決するために努力されている。分科会における質疑応答をとおして、その姿が目に浮かんだ。学校や家庭での教育が大切なことは言うまでもない。しかし、こうした福祉施設における教育についても、もっと焦点が当てられるべきではないか。これからの日本を背負うすべての子どもたちを健全に育てるために。そして、重い「責任」をもってお仕事をされている関係者の方々に「誇り」を感じていただくためにも。「責任」と「誇り」はコインの両面。どちらが欠けても本物としては通用しない…。とにもかくにも、教育にしっかりエネルギーを注いでいこう。お金をかけよう。教育に投資しない国は、遅かれ早かれ崩壊する。子どもたちも時間も待ってはくれない。「そのうち」では手遅れになってしまう。まさに「教育」は「今日育」と認識すべし。 |
| パウエルさんのおしまい(04/06/06-416) 日本のKanehira氏が行ったアメリカのパウエル国務長官に対する会見記事のラストである。これで5回目になる。パウエル氏が「日本人は人質を誇りに思うべきだ」とのコメントをしたと報道されたので、その原文全部を訳してみたのである。そのポイントは5月23日の「味な話の素」に書いたが、とにかく「すべて」を漏らさず訳そうと決めていたので、5回にもなってしまった。お時間がある方は、5回分をつづけてお読みいただければと思う。第1回:5月15日、第2回:19日、第3回:23日、第4回:30日である。さて、最後の部分はこんな内容だ。「k: 最後にお伺いします。私はあなたの自伝『My Amerivan Journey』を読ませていただきました。大変に感銘を受けました。いま政府はイラクとベトナムを比較することは意味がないと笑っていますね。しかし、このところアメリカのメディアはその比較をし、アメリカの国民も二つの類似性を認識し始めているように思います。政府の言うように、そうした比較が間違っているとしても、そして、完全に撤退する方略がすぐに見つからないとしても、現実にこうした認識がなくならないことでどんな危険性があると思われますか」。「P: もちろん、われわれは戦略をもっています。イラクとベトナムやそのほかの問題との違いは、それがイラクの問題だからです。それはベトナムではなくイラクなのです。レバノンではなくイラクなのです。そして、われわれはイラクで達成することについて戦略をもっているのです。まず第一の目標は、悪魔のような独裁政権の交代でした。そして、彼はいなくなりました。われわれがそれを行ったのです。その目標を達成したのです。われわれの使命には何の混乱もありませんし、それを完遂できたのです。次の使命は民主主義を確立することです。イラクの人々が誇ることができ、国も近隣諸国と平和に生きることができるような、きちんと機能する民主主義を知らせることです。いまわれわれはその目標に向かって仕事をしています。そのために、多くの資金と兵士を投入してきました。国連やわれわれを助けてくれる多数の国も受け入れてきました。そうしたことで、われわれは目標を達成しようとしています。われわれはその目標を見失ってはいません。私たちは自分たちの目標を認識しており、その達成のために資源を活用しようとしています。われわれはうまくやれると思っています」。「K: 大変ありがとうございました」。これで、4月15日に行われたインタビューのすべてが終わる。少なくともアメリカの国務省が発表した限りにおいて。国務長官としてはこうとしか言いようがない回答になっている。彼はどちらかというと穏健派で、仮にブッシュ氏が再選されても、政権にとどまるつもりはないようだ。いつか、在任中の心中を伝える「回顧録」が出されるに違いない。 |
| 悪魔の平均値(04/06/05-415) さて、平均値は魔法のようだと死亡年齢を見ながら考えた。今日は女性の結果である。熊本県の2000年度の女性の平均寿命は85.30歳だった。その85歳でなくなった方は262人である。このデータも研究生の西井辰郎君が熊本日日新聞死亡告知欄の1年分を調べてくれた。さて、この数値より多いのは、86歳266人、87歳276人、88歳286人、89歳291人である。最も多いのは89歳なのだ。しかも、それ以上もすごい。90歳229人、91歳254人、92歳216人、93歳213人と200人台を維持している。その後も94歳は151人、95歳145人、96歳133人と続くのである。わたしの父は75歳と2週間ほどで亡くなった。その当時は、「まあ平均寿命までは生きた」などと自分を納得させていた。なにぶんにも47歳で母を亡くした者としては、「平均」は一つの目安だった。しかし、こうした実態を見ると、平均値の危うさが気になってくる。世の中には平均値で他人を説得しようとする人間がけっこういる。そう考えると、「魔法の平均値」なんて甘いことを言ってはおられない。もうそれは「悪魔の平均値」ですらある。とにもかくにも数値には要注意ですぞよ。ところで、西井君の丹念な調査によって、平均以外にも興味深いことが明らかになる。男性は40代後半から50代にかけて急に数値が伸びているのである。45歳は18人だが、46歳で39人になる。ちょうど50歳は49人、51歳に至っては71人とジャンプする。もちろん、その後も全体としては徐々に増えていくのであるが、ともあれ50台前半は気をつけた方がよさそうだ。最近では、この世代の男性では自殺も少なくない。高校同期の新年会でも「50代を乗り切るとけっこう長生きできる」なんて話が出ていたが、こうした結果を見ると頷ける。いずれにしても、人生の目標を「平均値まで生きる」なんてところに置くのはやめよう。大切なのは「どう生きるか」なのである。そのためにも「今日」をしっかり生きましょうよ。 |
| 魔法の平均値(04/06/04-414) 平均値には魔力がある。ある村のはずれに二軒の家が隣り合わせで建っている。そこはとても大金持ちらしく、二軒の平均年収は何と2億100万円だという…。たしかに一軒は大豪邸だから裕福に違いない。しかし、そのお隣は何ともパットしない。なんか変だなーと思って調べてみた。じつは、一軒の主は年収4億円だが、もう一軒は200万円の収入で四苦八苦していたのである。しかし、二軒の平均年収は間違いなく2億100万円だ。まことに平均値は恐ろしい…。わたしのところに西井辰朗君という研究生がいる。彼が熊本県人の平均寿命を調べてくれた。2000年度の時点で男性78.29歳、女性85.30歳だとのこと。それでは実態はどうなっているのだろうか。これまた西井君に頼って熊本日日新聞に載っている県内の人々の死亡欄をチェックしてもらった。なにせ1年分のすべてを見るのだから、西井君の根気に頭が下がる。その結果を見るとじつにおもしろい。まずは結論から言うと、男性の場合、最も死亡が多い年齢は79歳である。259人いた。「ああ、それなら平均の78歳に近いわね」と思われるかも知れない。しかし、もう少しデータを見ると、平均の四捨五入である78歳での死亡数は217名である。これに対して、77歳が220人で78歳よりも多い。もっと興味深いのは80歳以上の多さである。西井君の努力に敬意を払うためにも、平均の78歳よりも多い死亡年齢を上げてみよう。80歳228人、81歳241人、82歳237人、83歳251人、84歳241人、85歳246人、86歳244人、87歳231人である。88歳だって193人だし、89歳も209人なのだ。ついでながら、その後も93歳までは100人を超えている。いかがだろうか、「平均値」ってのは、こんなものなのである。若くて亡くなる方々がおられるので、平均値は低めに出がちになるのだ。とにかく「平均値」を見るときは要注意なのである。まだ女性の話をしていない。この話はもう少しつづけよう。けっこうおもしろいですよ。 |
| Super Giantsは何人いるの?(04/06/03-413) 子どものころは映画全盛の時代。福岡県の行橋に住んでいたころは、母が映画館にしょっちゅう連れて行ってくれた。記憶が定かではないが「富士館」なんて劇場が心に残っている。そこでは新東宝の映画をやっていた。小学3年生のころだが、子どもなりに「絶対に見たい」ものがあった。それが上映されるときには必ず連れて行っ てくれるという約束が成立していた。その代表が「スーパージャイアンツ」である。なにせ「エメラルド彗星」からやってきた正義の味方である。あの格好よさは未だに忘れられない。もっとも、いま考えると、あれはどう見てもアメリカのスーパーマンの物まねだ。ともあれ、その「颯爽たる」勇姿をこの文章でどう表現していいか困ってしまった。そこで思いついたのがインターネットである。「ひょっとして」といった気持ちで検索したら、何とDVDがあるというから驚いてしまった。これを買うのは団塊の世代プラス、マイナス3歳くらいに違いない。もうお互いに先が見えてきたおじさんたちだ。ともあれその姿はご覧の通りである。マスクの額の上にはアンテナがあったはずだ。主演はあの宇津井健である。どう見ても足長とはいかず、少々ふっくら気味、しかもモッコリとしているところがなかなかいい。ともあれスーパージャイアンツは、わたしにとって憧れの的であり、まさに正義の味方であった。映画の最初に「エメラルド彗星」から地球へ飛び立つときだけは、なぜか画面がブルーの色付きだったような記憶もある。パートカラーなのだ。後世のウルトラマンに出でてくるような怪獣と戦う姿に感動した。ただし、怪獣たちの大きさは人間並みだった。ズボン下をはいて、その上に海水パンツを着ける。それに風呂敷を首に巻けば、わたしはほぼ完璧に(?)スーパージャイアンツになった。もちろん空は飛べないから、机の上から飛び降りた。そう言えば、当時のスーパー・ヒーロー、プロレスの力道山も同じようなパッチとパンツをはいていた。ともあれ、それだけで十分に満足だったのである。よく考えてみると、「スーパージャイアンツ」という呼び方もおかしいよね。だって、彼は一人しかいなかったのだから。ジャイアン「ツ」は間違いなく複数形だ。ドラえもんだって「ジャイアン」だものね。しかし、当時は映画を作る側だって、そんな「些細なこと」なんぞろくに考えてもいなかったのだろう。そこが、また限りなく嬉しい。わたしの記憶が間違いでなければ、そのシリーズはすべてを見たはずである。(写真:http://www.mmjp.or.jp/ldfile/html/imbs1010.html) |
| 負け惜しみのエネルギー(04/06/02-412) 本日も附属中学校の体育大会でのお話。どこでもそうだと思うが、体育大会では複数の団が直接対決することがある。その結果、1位から4位までの順位が着く。たとえば綱引きで、「赤龍団」と「白虎団」が戦い、「青龍団」と「黄龍団」が競う。この団名は附属中学校体育祭における伝統ある名前である。所属する団を勝たせようと先生方も本気になる。まずは2回の戦いがあり、その後、負けた2グループが3位と4位の決定戦を行う。そして、ラストは勝った組同士の優勝決定戦となる。すべての戦いの終了後に「1位はーっ○○団」とコールされる。それに答えて勝ったチームは「バンザイ、バンザイ、バンザイ、バンザイ」と叫びながら喜びをかみしめる。万歳三唱というが、ここでは万歳四唱である。これには理由があって、2位のチームは「バンザイ、バンザイ、バンザイ」と三唱するのだ。ご想像のとおり、3位は「バンザイ、バンザイ」の二唱になる。そして、4位のチームも「バンザイ」と唱えることができるのである。これはなかなかいい発想だ。最下位だからといって卑屈になってはいけない。とりあえずはがんばったんだから、「バンザイ」を1回くらいは言おうというわけだ。ところが、実際には最下位のチームは、今ひとつ「バンザイ」がピリッとしなかった。当日は前PTA会長の山田氏と隣り合わせに座っていたが、「どうも元気がないですなー」と意見が一致した。進行担当者からも「『バンザイ』を言ってください」と促される始末。やっぱり最下位ということで気分は最高という訳にはいかないのだろう。最下位でバンザイなんて、負け惜しみみたいで「ヤダ」なんて思ってしまうのかもしれない。しかし、そこはそれ、しゃれの気分で行こうじゃないか。負け惜しみで思いっきり「バンザイ」と叫ぼうよ。そして、その悔しさをエネルギーにして、その後につなげるのさ。しょんぼりじゃあ、意気が上がらんでしょうが。えーっ? 「そう言うお前さんは、『なにくそ』といった気持ちで日頃の生活を送っているのか」ですって? まあ、わたしのことは置いときましょうよ。ともあれ、負け惜しみもまた楽し。ただし、行き過ぎにはご注意を…。 |
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劇的決断物語(04/06/01-411) |