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味な話の素
No.9 2004年新年号 (258-288)
 

明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
   心の時代のキーワード:小さな親切、大きな感謝
Small merit(04/01/31-288)
 スケールが大きいと利点も大きいが、それがマイナスに動き出すと、その損失も大きい。先日は Scale merit と demerit について考えた。そんな中で2つのすごいニュースに触れることができた。ひとつは、NHKで取り上げられた大英博物館から展示品のミニチュア制作を頼まれた会社のものである。それこそ見事なミニチュアで、博物館に行ったものはだれもが欲しくなるような美しさも再現されているようだった。もちろん、私はご当地に行ったことはありませんので、念のため。朝のニュースの一コマだが、その会社の社長さんが登場した。もともとは、お菓子の景品をつくる仕事をしていた。いまでは、私の生活からは消えてしまったが、昔からキャラメルなどに「おまけ」として付いていたものである。この社長さんは、そのおまけをとにかく精巧につくりはじめた。その熱心さとこだわりが本物を彷彿とさせる作品群を生み出したというわけだ。そのコメントが素晴らしい。「私たちは儲かるからするわけじゃない。したいからするんです」。なんと元気づけられる発言だろう。しかし、それにしても、大きな組織ではこうはいくまい。おそらく何をつくるかを考えるだけでも会議を開く。議論沸騰はいいのだが、賛否両論、お互いに譲らない。しかも、「失敗したら、だれが責任を取るんだ」なんて追求されると、つい口をつぐんでしまう。それに形式的な正論を言われると、まあ大体が反論できない。「それをやっても絶対に損はしないでしょうね」なんて「絶対論」を出されれば、太鼓判なんて捺せっこない。そして議論は果てしなくつづく。結論が出るまでには100年くらいかかりそうだ。おやおや、今日はひとつの事例しかお話しできなかった。そして、めでたく1月もおしまいだ。
不遜な態度(04/01/30-287)
 いつだったか、家内から私の態度が大きいと指摘されることを書いた。不動産屋さんに行ったとき、話を聞くのにソファーにふんぞり返っていた。タクシーに乗ると、いつも足を組んで偉そうにする…。自分ではそんなつもりはなかったのだが、言われてみると「そんなところもあるかなー」とも思う。かなり長い間、同じような指摘をされたこともあって、このごろはそこそこ気をつけるようになった。ときおり、ソファーに埋まった自分に気づいて、姿勢を変えたりする。改めて、繰り返し教育することの大事さを感じる。そんな気持ちの私にとって、この前のニュースには苦笑してしまった。24日か25日だったと思う。日時は今ひとつ憶えていないが、NHKのニュースである。そこで、イラクに派遣された自衛隊が地元の住民と対話をしている場面が流れた。会場には住民が集まっている。前の方に、自衛隊員と私服の日本人がいた。アナウンサーによると、その一人は外務省の職員だと推測された。時間にして1秒か2秒だったが、彼らがアップに映った。そのとき、私服の男性がふんぞり返っているように見えた。わずかな時間だったから、私の見間違いであることを祈りたい。しかし、少なくとも一瞬の画面からは不遜な雰囲気が伝わってきた。ご本人は、そんなつもりじゃないんだろうが、疲弊したイラクの人々には、どんな風に見えるんだろうなー。人間は、やっぱし尊敬されたいものである。しかし、不遜な態度からは尊敬の念は生まれない。むしろ軽蔑さえされるだろう。お金も持っていそうだから、表面的にはおだてられるかもしれない。しかし、それはまさに面従腹背というものだ。「日本人は傲慢で不遜だ」なんて思われないで下さいね。もっとも、映像の怖さは頭に入れておかねばならない。人間は間をおかず動いている。たとえば「座り直し」をする途中に「ふんぞり返った」ように見える瞬間があるかもしれない。あの日もそうであったのならいいのだけれど…。

すぐくるケン(04/01/29-286)
 「すぐくるケン」。これだけ見てと言うよりも聞いてその意味がお分かりだろうか。もちろん、「新手のじゃんけん」ではございません。それでは、「すぐ来るけん」と書けばどうだろう。だれかと電話する。そのうち、こちらが相手の方に出かけた方がよさそうな雰囲気になる。しかも、できるだけ早く…。そんなとき、「うーん。そんなら、すぐ来るけんね」となる。少なくとも福岡の人間はこう答えるはずだ。おそらく熊本の人たちも同じではないか。ところが、これが関東に住む人間には理解できないらしい。彼らに言わせれば、「それは、『すぐ行くから』の間違いだろう」となる。自分が相手のところに行くのだから、「来る」なんて表現はおかしいという理屈だ。学生時代に関東出身の後輩が、この言い回しを聞いてかなり驚いていたことを思い出す。なるほど、その気持ちは分かる。しかし、それって要するに自分を中心に置いた表現だよね。九州人は相手のことを思いやる気持ちが強いんですなー。つまり、相手から見て「来てくれるんだ」と思ってもらうような視点からものを言うのですたい。あまり自信はないけれど、英語なら“I'll come to you, soon” となるんじゃないか。“I'll go to you, soon” ではないでしょう。どうですか。九州人の方がよっぽど英語的な発想をしてるんですよ…。ことばはじつに面白い。その端々に人との関係やものの見方の違いが現れる。それに気づかないまま議論して、ますます誤解を深めることが少なくない。大いに気をつけたいものだ。ところで、「これは、あの人からかってきたんです」と聞いたらどういう事態をイメージされるだろうか。まずは「買ってきた」が圧倒的に多いだろう。私は小学校4年生から中学校2年生にかけて佐賀県の伊万里に住んでいた。そのころの記憶が正しければ、これを「借ってきた」つまり「借りる」という意味で使っていた。「買ってきた」は「こうてきた」と言ってたと思う。だから、「この本は図書館から借ってきたので、あなたには貸せない」なんて会話が成立したのである。これも、関東当たりではチンプンカンプンなんだろうな。それもまた大いに楽しい。
「今日も頑張るぞー」「おおっ」(04/01/28-285)
 金曜日の朝8時50分。都心から30分のところにあるスーパーマーケット西友の本社2階に50人の管理者が集まっている。人気商品や新製品、そして販売実績を表した掲示物に囲まれて、役職者の多くはすでに1時間前から働いている。コーヒーやお茶、あるいはダイエットコーラで元気をつけて、彼らは日々の献身を誓う。アーカンサスのBentonvilleで仲間たちがやっているのとまったく同じように。そこには、西友の株38%を保有するスーパーWal−Martの本社がある。「エース(S)」。日本人の管理者が叫ぶ。それに呼応して「エース(S)」と答えが返ってくる。そして、同じ調子で「S-E-I-Y-U 」と繋がるまで繰り返される。管理者はつづける。「もっとも大切なのわあー」。全員が拳を突き上げて答える。「お客様でーす」。これこそは、Wal−Martが苦戦する西友を蘇らせるためにとった方策の一つである…≠アれは、New York Times 12月14日号の記事の冒頭である。あとは、Wal−Mart が自前の店でなく日本の既存グループと提携した点について論評する。Toys "R" Us などとは対照的な戦略として分析されている。
 この記事を読んだときの私の印象は、「あれーっ」である。Wal−Martは、アメリカの本社で「エイエイ、オーっ」と拳を挙げながら献身を誓っているのだ。それも毎朝のことだ。そして、その「独自」の方法が日本にも「輸入」されたのである。「えーっ、何かおかしいよな。それって、1970年ころに日本人がやってたんじゃなかったっけ」。そんな気持ちになってしまう。「集団的忠誠心の高揚だなんて、そんなもの何を考えてるか分からない日本人の文化じゃないか」。アメリカ人たちにはそうした抵抗があったはずだ。アメリカに進出した日本企業の朝礼やラジオ体操、はたまた従業員家族の運動会などなど…。そのどれもが、「理解不能の日本人」を象徴していたのではなかったか。New York Times の記事も、アメリカではやっていないが、日本人の精神構造に合わせて、この地では「朝からげんこつ。エイエイ、おーっ」戦術をとっているというのであれば納得もできる。しかし、そうではないのだ。「アメリカの本社と同じこと」をやっているというのである…。それは、われわれの真骨頂だったのではないか。いつの間にか日本人が忘れてしまったことではないか。彼らは日本人が大挙して押し寄せてきたときに、そのノウハウをじっと見ていたに違いない。
強みが弱みになるとき(04/01/27-284)
 先日も書いたが、Sony の出井氏がワースト経営者として名指しされた。この会社は、これからどうなるだろうか。Sony はJapanese Dreams 実現の旗頭だった。盛田昭夫氏の「学歴無用論」なども、Sony の盛田氏が言うから迫力があった。そして、戦後の日本経済の発展を象徴する会社でありつづけた。海外での信頼も厚く、その創造性は高く評価されてきた。とくに、何でもかんでも「世界初」が売りだった。トランジスタ・ラジオにポータブル・テレビ、トリニトロン・カラーに、ウォークマン…。CDだって…。だから、ソニー製品は値引きもしなかった。私が若いころは、値段は高く言い値で買うしかないのであった。その中でも、トリニトロンは素晴らしい製品だった。素人だから詳しいことは分からない。しかし、カラーテレビのブラウン管としてシャドーマスクという方式とは違うユニークなものらしい。まさに、ソニー独自の技術である。しかし、それが裏目に出ることもある。ソニーは「液晶」で出遅れてしまったのだ。トリニトロンという強みが、液晶開発を遅らせたらしい。そして提携した相手は韓国の Samusung である。いまや液晶や半導体は韓国の時代を迎えている。NHKが「電子立国日本の自叙伝」を放送していたのは、1990年代の初頭だっただろうか。あのころの日本は元気がよかった。それが傲慢に転じ、あっという間のバブル崩壊となる。韓国だって順風満帆だったわけではない。厳しい経済状況も体験しながら、ついにここまでやってきた。そして、わが国では「プロジェクトX」となる。じつに感動的な番組である。ただし、どうしても「過去の栄光」を懐かしむ、ノスタルジックなものになりがちだ。「あー、○○さんご苦労されましたね…」。国井アナが優しい声で語りかける。ゲストの目には涙がにじむ…。「うーん、昔はよかったなー」となる。どうも、「よおーしっ、これからやるぞーっ」といかないのである。一方の「電子立国日本の自叙伝」もやはり過去の苦労話ではあった。しかし、トーンはまるで違っていた。ディレクターの相田氏が三宅アナウンサーと掛け合う。「いやー、ここで大失敗をしまくっちゃうわけ。笑っちゃうよね…」。こんな感じでまあ、とにかく明るかった。本日もちと書きすぎた。ともあれ、「強みが弱みになる」のには気をつけましょう。もっとも、逆に「弱みも強みになる」ことだってあるはず。簡単に諦めるのも要注意です。
アメリカの焦りと中国(04/01/26-283)
 New York Times のつづき。とにもかくにも、アメリカは中国に対して熱い目を注いでいる。その目は熱いと言うよりも警戒の目であり、そこには強い不安の色も見える。その最大の要因は人口である。何と言っても12億の人口はものすごい。だからこそ、21世紀は中国の時代と考える。それが今のアメリカ人の焦りになっているようだ。そんな中で、われわれ日本はいかにして生きていくか。もちろん、平和で健康で幸せで安全に… 平和は Peace 健康は Health、そして幸せは Happiness 安全は Safety 。まあ、
PHS と呼ぶと楽しいかもしれない。松下さんのPHPにはおよばないが、まあまあじゃないですか。ともあれ、単に生きていくだけでは人生は面白くない。そこで、PHSを目指そうというわけだ。すでに「傲慢と一億総懺悔」で取り上げたように、日本人は情緒不安定なところがある。もっと自信をもって生きていこうではないか。そこで中国に戻るが、この国はこれからもドンドン動いていくはずだ。しかし、そう簡単でもないだろう。なにせ12億は強力パワーであると同時に足かせにもなる。いまから12年ほど前に北京・西安・上海の3都市に出かけた。西安ではホテルのテレビに日本のドラマが映っていた。当然のことながら中国語の吹き替えである。しかし、その画面にはもう一つ文字が流れていた。これが何と中国語なのである。吹き替えでは分からない人がいるのだ。地域によってことばが違うのほど中国は巨大なのである。そのときは、北京の研究会で通訳が同席してくれた。ところが、その彼が上海ではまるで役に立たないのであった。ご本人も、「私も、この地のことばは分からないんです」と嘆いていた。まるで外国語ほど違うんだろう。ことばは思想をつくり、思想は文化を創る。人間の行動に直接的な影響を与える。そのときの私の感想は、「わー、これって同じ国なんかいな」であった。こうした点では、彼の国も苦労することだろう。われわれ日本人は1億人しかいない。だから、しっかりまとまって生きていく努力をすればいい。そんなにめげることもないのだ。もっとも、このごろは、そうしたまとまりが怪しくなってきた。とても一枚岩とはいえない状況がある。その点ではかなりの不安を感じるが、あまりビリビリせずに生きていきましょうよ。ただし、それなりの展望と戦略は必要ですよね。
年賀の遅配、なーんだ(04/01/25-282)
 ついこの前、年賀状の配達が大幅に遅れたことをネタにした。「元日に着かない」と文句を言うのもいいけど、ちゃんと早めに出そうよと書いた。ところがである。せっかく郵政公社をサポートしたつもりだったのに、どうも雲行きが怪しくなってきた。熊本日日新聞(23日)によると、「作業ミスや人員配置のミスが混乱の原因となった可能性が強」いのだそうである。アルバイトも前年度よりも42人増やして366人だという。1割以上の増員である。これで業務時間は延べ1100時間も増えたことになるんだそうな。詳しい原因は調査中とのこと。自局と他局分の機械への振り分けがうまくいかなかった。また、手作業に当たる部分に人を十分に配置しなかった。「『先着分から順に処理する』という原則を守らなかった可能性がある」らしい。最後の「原則」破りなどは気になるところである。さまざまな職場でもマニュアルはあってもそれが守られないことがある。多くの場合は、何も起きないことが多いのだが、ちょっとしたタイミングで悪魔が牙をむくのである。こうなると、私が仕事にしている組織やリーダーシップ、そして危機管理の問題がクローズアップされてくる。いずれにしても、いま大事なことは原因をはっきりさせ、それを来年に生かすことだ。郵便局のみなさん、がんばって…。そうそう、こんなことがあったからといって、「それ見ろ28日に出したっていいんじゃないか」と責めるのはよしましょうね。「元日に着くには25日まで」とPRしてたんだから、「28日に出したのに元日に着かない」と文句を言ってはいけないのです。ここで明らかになった郵便局のちょんぼと、「遅く出しても元日に配達しろ」と要求することとは別の問題です。文句があれば、「努力して28日ころまでに遅らせろ」と言うべきなんですから…。
お年玉付き年賀はがき(04/01/24-281)
 先日、年賀状の配達遅れの話題をとりあげた。今年は18日に年賀はがきの抽選会があったようだ。これまでは15日の成人の日と決まっていたが、これが第2月曜日だったかに替わってしまった。新聞に載った番号を見ながら、目を皿のようにして当選はがきを探した方もいるだろう。このお年玉付き年賀はがきだが、わたし自身はどうなんかなーという気持ちだ。もちろん景品が当たったら嬉しいに違いない。しかし、もう景品で人を釣る時代ではないんではないか。心を込めた年賀状をいただいて、返事を出そうとすると「あの年賀状」がない。何とも申し訳ない気持ちになってしまう。「やっぱし、お年玉付きでないとがっかりされるかも」と考えてしまうのである。もっとも、年が明けても年賀はがきが手に入ることは分かった。3日に健軍神社へ初詣に出かけたとき、鳥居の前で郵政公社の方が売っていたのである。その近くに東郵便局がある。さすがである。しかし、とにかく年賀はがきでないと「申し訳ない」気持ちにさせるところが罪なんだなー。ところで、お年玉付きの年賀はがきは、1949(昭和24)年12月にはじめて発行されたらしい。当初は、社会情勢を繁栄してお米などの生活必需品も景品になったと聞いたこともある。そんな時代なら大いに意味があったとは思う。歓迎されたに違いない。けれど、いらないものまで家の中にあふれる今の時代には、どうなんだろうね。旅行も含めてたくさんの選択肢を準備してるということなんだろうけれど…。なにせ、今度の年賀はがきは40億3000万枚も売れたそうだ。苦手な計算が間違ってなければ、2,000億円を超える売り上げである。それなら、景品はいらないから1枚40円くらいにしてくれたほうが、みんなハッピーになるんじゃないかな。この提案は、みんなが賛成してくれるとは思わないけど、現状は何か今ひとつという気分になるのであります。ともあれ、そうした中で、郵政公社は、要望が多い正月2日配達も考えるんだそうな。人の欲望は止まるところがない。
Scale Merit Demerit(04/01/23-280)
 Scale merit ということばは和製英語だそうな。大量生産や仕入れに販売など、規模が大きいことで得られる利益である。日本が工業化でもうまくいったのは、1億人という市場があったからだ。まずは買ってくれる人がいるから物も作れるのである。そのうち、製品のレベルが上がると輸出もできることになる。このごろも不景気解決のために「内需」が大事だと言われる所以であるある。みんなが消費すればお金が回り出す。それで全体が元気になるのである。しかし、「大きいことはいいことだ」だけでもなさそうだ。大きくなりすぎると柔軟性がなくなったしまう。その典型が恐竜かもしれない。子どものころは、「恐竜は巨大になり過ぎて、自由に動くこともできなくなって滅亡した」というのが定説のようだった。このごろは、巨大隕石が落ちてきて、その影響で滅びたと言う仮説が有力のようではある。しかし、ともあれゴキブリは生き残ったのであるから、「大きいだけ」がプラスではない。ビジネスウィーク誌によると、Sony の最高経営責任者である出井伸之氏が「ワースト経営者」に選ばれたんだそうな。なにせ四半期ベースで1000億円を超える赤字を出したという。まあ、気が遠くなるような数字である。うまくいっているときは merit も巨大になる。しかし、逆もまた真なり。歯車が逆に回れば、 demerit も天文学的な大きさになるということだ。これはダイエーなどでも同じだろう。1980年代頃であったか。列車の窓からは、日本国中どこに行っても、あのオレンジのダイエーマークが見えたものだ。本来はダイエーではなかったところも、マークは Daiei になった。地方のスーパーを、飲み込むように吸収していったのである。それが、今やダイエー再生の道は険しいものがある。ここまできてしまうと、scale demerit が重くのしかかってくる。しかし、考えてみると、わが国の債務残高は、2002年3月末で668兆7605億円(財務省)である。この scale demerit 重さは「不安」を通し越して「恐怖」に達している。
正調博多時間(04/01/22-279)
 新年早々に高校の同窓会に出かけた。わたし自身は「引っ込み思案」で、この種の会合にはほとんど出ていなかった。その会では「新参者」として一口スピーチをさせられた。正確には20年以上前に一度は出席したことがある。また、卒業後30周年のときは、とくに強く誘われて、出張帰りに泊まりがけで参加した。そんなことはあったが、今回は「初顔」と言われて当然の会合になった。団塊の世代のわれわれも、すでに50代の半ばに達している。高校の卒業から40年近くにもなるのだ。じつに懐かしく、楽しい時間が過ぎていった。そのうち、卒業時のクラスごとに集まり、ミニ舞台に上がって話す時間になった。その中で、U君の挨拶がすごかった。「きょうは、この会合は3時からだと思っていました」。(解説者の声)じつは
4時開始であった。「そこで、3時40分には、ここへ来てしまいました」。いやー、出ました。これぞ、まっことの「博多時間」たいね。「時間ば決めとおてもさ、まともに来るっとはおらんちゃんね」。この部分はほとんど博多弁タッチです。遠くにお住まいの方、お分かりいただけますか…。いやはや、博多に限らず日本国中にこうしたローカルタイムがあるようだ。少なくとも「日向時間」は聞いたことがある。その話をすると、学生が「『肥後時間』もありますよ」と教えてくれた。私は熊本に住んで20年以上になるが、人が「肥後時間」と言うのを耳にした記憶はない。しかし、熊本にもそうした雰囲気があるのだろう。わが国では、列車の運行などは神経質なほど正確である。その一方で、こうした「時間感覚」もある。発言者のU君自身が銀行の支店長さんだ。当然、プロの仕事になれば時間はきちんと守っているに違いない。しかし、仲間内になると、「博多時間」専用の時計が動き出す。それぞれの集団に許容される「規範」があるのだ。私の仕事であるグループダイナミックスの領域では、文字通り「集団規範」と呼んでいる。そこあたりをちゃんと弁えておくことが大切なんだな。ついつい、どこでもここでも「自分勝手のし放題」とは違うのである。
年賀状遅延大事件(04/01/21-278)
 熊本東郵便局の年賀状取扱量は全国で3番目、九州ではトップなんだそうな。いやー、驚いてしまった。その東局が年の始めからニュースになった。年賀状の配達が遅く苦情が殺到したらしい。「28日に出したのに5日になっても届かなかった」人もいた。たしかに遅いなと思う。その後に「例年だと元日に着くのに、おかしい…」と続く。記事を読み始めたときは、「5日に届かない」ところが気になった。いやー、かなり遅いではないか。そんなことで、郵便局もしっかりしてよと思ったのである。しかし、「例年だと元日に着くのに…」という文句を聞くと、「ちょっと待てよ」という気持ちになってしまう。もともと元日に配達できるのは、25日までに投函されたものとPRしてたんじゃないかしら。だから28日に出して、元日に着かなかったとしても当然なのである。例年着いているのは、郵便局が必死で頑張っているおかげなのだ。まあ、25日までに出したのに元日に着かなかったら、大いに文句も言うべきだろう。「約束違反だ」と叫んでもいい。しかし、はじめから保証していない日に出して怒るのはいかがなものか。それは「自己責任」の問題ではないか。とくに今年は29日に前年比44%増の引き受け枚数だったらしい。みんな忙しいんだろうが、遅く出しても着くと思うと、ついつい後の方にずれていく。その挙げ句にギリギリになって洪水のように押し込まれては、郵便局としてもなんとも仕方ないだろう。こうした事態に対応するために、わざわざ読み取り機を増設するわけにもいかない。そんなことすれば膨大な経費がかかる。それで料金が上がるとなれば、これまた囂々たる非難がわき起こる。やれやれ…。もっとも、今年はわが家でも、10日ころに配達されたものものあった。とにもかくにも、かなり遅くなったのは事実なのだろう。しかし、いずれにしても、まずは約束事を守りましょうや。それから文句を言いましょう。私には郵政公社の親戚や知り合いはおりません。念のため…。
アメリカの焦りのつづき(04/01/20-277)
 When the Chinese Consumer Is King≠ニ書いた New York Times(12月14日)は、小見出しでも言う。America's mass market is second to none. Someday it will just be second.=u今、アメリカの巨大な市場の右に出るものはない。しかし、いつの日か中国がその地位を確保するに違いない」。英語には second to none という面白い表現がある。二番目だけれど、その上にはだれもいない。まあ要するに「イチバン」ということである。しかし、そのうち「文字通り二番目」になる。これが小見出しが伝えているメッセージである。記事にはショッピングモールの写真がついている。少なくとも7階までは吹き抜けになったすごいスケールのものだ。その写真の説明は、「北京のショッピング:中国の巨大な市場がアメリカに取って代わるとともに、世界の覇権もシフトするかもしれない」。とにかく、アメリカが中国に対して、強烈な警戒心をもっていることが窺われる。すでに、「中国はアジアでは韓国を含めてアメリカを凌ぐ貿易相手国となった。その結果、アメリカの影響力は経済のみならず軍事的にも低下している」と訴える。「経済」と「軍事」を直結させるところがアメリカらしい。もちろん、「まだまだ賃金水準は低く、国営企業はリストラで800万、900万の労働者を首にしている。彼らを救うセーフティネットもない」とやや安心情報も挙げてはいる。しかし、しかし、最後には、「とにかく、21世紀はアメリカの世紀にはなりそうにない」と締めくくるのである。いつのころだったか。「21世紀は日本の世紀になる」とおだてられたのは…。古き良き時代の懐かしき思い出だ。ともあれ、アメリカはこうした視点に立って、これからの国際戦略を練っていくのである。こんな状況だから、本音を言えば、アメリカにとって日本はもはや重要な国ではなくなっている。それが現実というものである。もちろん、だからといっていじけているわけではない。ただ事実をきちんと押さえて、自分たちの生きる道を考えなくてはと思うのである。放っておけば、後で困るに違いない。この話題、もう1回は必要な気がしてきた。
無防備トイレ(04/01/19-276)
 空港や駅で危険なことがいろいろある。われわれ男にとって、とりわけキケンなのは小用中である。とくに一人のときは危険度も増す。バッグなどは前に置いて、じっと前を見ながら用を足す。まあー、何というかフロイトではないが、排泄の快感も味わいながら、ぼーっとする。その瞬間にだれかがバッグを取っていったらどうなるか。これはかなりヤバイ。「そのとき」、われわれは心身共に無防備になっている。急にバッグを持ち去られても、すぐに対処できないのである。おそらく、あまりにもの驚きで、出てるものは止まるだろう。しかし、慌てたために手に飛び散る可能性が高い。そんなこと気になんかしてはおれない。しかし、それは理屈の話。小さなときから、それが手につくと、やっぱしひるむ。「手を洗わなくっちゃあ」といった気持ちが頭に浮かぶ。それだけでも、こちらは不利になる。そのうえ、何としても納めなければならないものがある。そのまま追いかけると、「○○物陳列罪」になってしまう。「イヤーそんな場合は、緊急事態で許容される」なんてのは口で言うだけ。男であれば、あんなものは出したまま走ってはいけないことを本能的に弁えている。ときどきそうでない人も出現するようではあるが…。こんなそんなで、トイレはキケン極まりない場所だと思いながら用を足している。目の前に荷物を置けるスペースがあればいいが、大きなバッグなどを持っているとそれもままならない。そうかといって、あの場所は下に置くのもかなりの抵抗がある。けっこうしずくが飛散してるんですもんね。ともあれ、盗人の方も、人の弱みにつけ込む卑怯な戦法は取らないでいただきたい。ところで、女性の方はご存じだろうか。男性の小用便器の前で、しばしば見かける張り紙があることを。ここは解説抜きでその内容だけをお知らせしておしまいにしよう。本日は尾籠な話で失礼しました。なお、前もって言っておくと、これにはいくつかのバージョンがある。「心静かに手をそえて、外にこぼすな松茸のつゆ…」(詠み人知らず)。
アメリカの焦り(04/01/18-275)
 When the Chinese Consumer Is King≠アんな記事が New York Times 日曜版にでかでかと載った。昨年12月14日号である。その昔、「消費者は王様」という言い回しを聞いたことがある。われわれが小学校のころかもしれない。おそらく資本主義のパラダイスであるアメリカから入ってきたのだろう。ともあれ、消費拡大を目指す売り手側の大戦略に違いない。わが国でも、「大きいことはいいことだ」と大騒ぎしたこともある。そうそう、「お客さまは神様」と言いながら高額所得者になった人もいました。とにもかくにも消費者はおだてに乗って、買い物に突っ走ったものだ。それが、いまや New York Times が「中国の消費者たちが王様になるとき」という特集を打つ時代になった。この記事はなかなか興味深い。この話題、ときおり思い出したように取り上げていきたい。まずは、「アメリカは、利潤にしても賃金にしても、ほとんど1世紀の間、他国をはるかに引き離しながら最大の富を生み出してきた。これに匹敵する成果を上げた国はどこにも存在しなかった」。まあ、本当ではあるが、かなり傲慢ではある。しかし、この表現は、つぎに続く内容を際だたせる。「ところが」なのである。「ところが、いまや世界は中国における巨大市場の誕生を目の当たりにしている」。なにせ「そこには、アメリカをはるかに凌ぐ12億人もの有望な消費者がいるのだ」。もちろん、「それが現実の力になるのは1世代か2世代はかかる」というのが経済学者たちの見方だという。それも、「政治や経済で混乱が起きないことを前提として」のことである。いずれにしても、アメリカは中国に対してこうした見方をしはじめた。それがアメリカの長期戦略に影響を与えることは明らかである。
エレベータの飛び出し(04/01/17-274)
 あー、またやってしまった。エレベータからの飛び出しだ。たとえば8階に行くとしよう。エレベータはグーンと昇っていく。そして、ドアが開く。何の疑問ももたずに出ようとする。おっとっと、目の前に人が立っている。そこで、「すみませーん」と断ってエレベータから降りる。すぐさま、ドアが閉じて、エレベータは上に昇っていく。そこまでは順調だ。ところが、ふっと気づくと、そこは6階ではないか。「あいた、あいた」。あわてて違う階で降りてしまったのである。この体験、だれもがしたことがあるのではないか。とくに私の場合、エレベータに一人しかいないときに多い気がする。まあ、人間って自己中心的なんだなあ。最初に止まったところが自分が行く階だと決めてかかっている。とくに、上の方に階数の番号がついているエレベータでこの失敗が多い。じっと見ていればそんな間違いもないのだが、つい目を離したりするともういけない。とくに、せっかちを自認する私は、これでしょっちゅうひっかかっている。同じようなことがエレベータを待っているときにも起こる。上りないし下りのボタンを押す。しばらくするとエレベータがやってくる。ドアが開いた。「さあ、入るぞ」と気合いを入れて前進すると、対面から人が降りてくる。「おっと、失礼」となってしまう。これもまた、けっこう多い。エレベータはドアの向こうが見えない。だから危うく正面衝突が起きそうになる。エレベータは自分だけのものではない。乗ってる人はいくらでもいるはずだ。それにもかかわらず、ついつい確かめもせずに前に踏み込んでしまうのである。これまた、自己中心を反省させられる。その逆に、降りるときも、待っている人がいるなんて考えずに出ようとしてぶつかりそうになることもある。いやはや、エレベータではいつもニアミスが発生しているようだ。それは、人々をせっかちにさせる魔力を持ってるみたい。エレベータといえば、やたらと「閉」のボタンを押しまくる人がいる。そうそう、そのボタン表示にも問題ありだと思う。{→←}{←→}マークならまだいいが、▽を組み合わせたやつがどうもいけない。どっちが「開」で、どっちが「閉」なのか迷ってしまうのである。エレベータならまだいいが、危険な場所で、この手のマークを使われるとかなわない。間違いなくミスや事故が起きやすくなる。アイディアを出した人は「こんなに分かりやすいサインはない」なんて思ってるんだろうが…。
大相撲ダイジェスト(04/01/16-273)
 今年の初場所から、NHKは、その日の幕内全取り組みを放送し始めた。放送時間は深夜あるいは早朝らしく、どのくらいの人が見るのかは分からない。しかし、何となく懐かしい。あのテレビ朝日系でやっていた「大相撲ダイジェスト」の復活である。この番組は父が大好きだった。私にしても、じっと全取り組みなんて見てる時間はないから、けっこう楽しみにしていた。それが視聴率低下のせいなのだろう、いつの間にかなくなってしまった。その昔、私が小学生から中学生のころだった。大相撲は民放でもやっていた時代があった。ところがいつの日にか、それもなくなった。初代の若乃花や栃錦、あるいは朝潮などが頑張っているころで、相撲は人気スポーツだった。その後、大鵬と柏戸の柏鵬時代になっていく。このとき、とにかく大鵬が強すぎた。それだけが理由とは思わないが、次第に相撲は魅力がなってしまったような気がする。それから、数十年後に再び若貴時代の超人気の時代を迎える。その時代は、民放だってけっこう相撲放送に触手を動かしたのではないか。しかし、何と言っても視聴率に敏感な業界のこと。大相撲がパッとしなくなってしまうと、「ダイジェスト」も消えてなくなった。このところはNHKの孤軍奮闘という状況である。もちろん、NHKも世の中の動きに対応することが必要だ。しかし、同時に単なる視聴率だけで放送するしないを決めてはいけない。ここで、NHKが相撲放送を止めたら、大相撲はそのままじり貧となり、国技は消えていく。
プロバイダーの親切対応(04/01/15-272)
 昨年末に、加入しているプロバイダーに電話した。インターネットのことで質問があったからだ。内容は、ホームページのURLを確保する方法である。すでに2年ほど前から契約していたが、ホームページの領域は持っていなかった。おそらく、領域を確保することはできるだろうと思ってはいた。しかし、現実には、放りっぱなしのままだった。それが、ここにきて行動に移したというわけだ。冬休みにようやくその気になったのである。今や古くなった説明書に書いてあった0120で始まる電話にかけたら、すぐに繋がった。いやー、その対応がすごかったのである。じつにゆっくりと分かりやすい。質問にも丁寧に答えてくれる。本音を言うと、「ちょっとやりすぎばい」と思えるほどだった。語尾の「ばい」は九州弁です。うれしいことに、このごろは九州以外にお住まいの方にもお読みいただいている節があるので、念のための余計な解説…。さて、電話の相手はインターネットの専門家であるに違いない。自社が提供するサービスやインターネット一般について相当の知識を持っているはずだ。そんな人間から見れば、素人の質問など単純で幼稚なものばかりだろう。その中には、「お前アホとちゃうか」と怒鳴りたくなるような質問もあると思う。しかし、彼はだれに対しても、こんな調子で丁寧に答えるんだろうと想像された。そんな雰囲気が伝わってきたのである。何とも素晴らしい忍耐力であることよ。それは会社が徹底して教育している成果なのだろう。これこそ「本物のサービス」だと思う。おかげで5分もかからずにすべてのことを了解できた。そして、さっそく教えられたとおりにやってみると、ちゃんとうまくいったのである。相手は仕事だから当然と言えば当然なのかもしれない。しかし、世の中にはそうでもない例がいっぱいある。教師だって子どもに対して、「こんなことも、分からんかー」と言いたくなることが多いかもしれない。そりゃあ、自分が勉強してるんだから当たり前だ。しかし、それを顔に出してはおしまいなんだよね。そこでどれだけ耐えながら対応できるか。それがプロの腕の見せどころなのでございます。ともあれ、その日は少々気分がよくなったというわけ。そうか、これはいいことだからプロバイダーの名前も書いておくか。それはBiglobeです。
今度は一億総懺悔(04/01/14-271)
 傲慢からは何も生まれない。「驕る平家は久しからず。ただ春の夜の夢のごとし…」。平家物語の有名な一説である。13世紀初期の作品らしいが、このパートだけは、ほとんどの日本人が知っているだろう。人間は歴史を勉強しても、なかなか歴史に学べないものだ。まさにバブルはシャボン玉のように飛んで上がって、パチンとはじけた。飛び散った石けん水のしぶきが目に入って、沁みてくる。「あーいたい…」。人間というものは、反動が来ると、それまでの勢いが強いほど激しさも半端じゃない。あっという間に経済は落ち込み、地下に穴を掘るような下降スパイラルがやってきた。まさに「穴掘りスパイラル」と名付けたいような深刻さである。それは、「出口の見えないトンネル」よりひどい。「トンネル」だったら、いつかは向こう側に出るはずだ。ところが、地下に穴を掘ってても出口なんてないのである。その上、命綱を忘れたら、元にも戻れない。そんな中で、ついには「第二の敗戦」ときた。だれですか、そんなこと言うのは。あの昭和20年、1945年8月15日の敗戦から50有余年、今度は「経済戦争」に敗れたんだそうな。あのとき日本人は、「何でもかんでも悪うございました」の「一億総懺悔」状態だった。そして、またぞろ「一億総懺悔」の時代を迎えたかのようである。どうも日本人は情緒が不安定に過ぎないか。われわれは、あれだけ素晴らしい物づくりをしていたではないか。身の回りの生活用品の多くが、戦争で開発された副産物だったり、それによって進化した。それに対して、戦後の日本のように、民生用のために物づくりをしてきた国がどこにあったか。それこそは、わが国が人類の歴史の中でも特筆すべきことである。もっともっと自信をもっていいはずだ。もちろん、それが「過信」になって、さらに「傲慢」に育たないように気をつけないといけないけれど…。
傲慢の時代(04/01/13-270)
 「傲慢と一億総懺悔」のつづきである。80年代まではわが国も「それいけ、やれいけ」で元気がよかったところまで見た。そうした状況の中で、だれともなく「もはや日本は海外から学ぶものがなくなった」などと言い始めた。その典型者な例として、アメリカ人の意欲の低さを嗤う話があちこちで聞かれた。「彼らは、週末が近づくと仕事に手がつかない。週末に遊ぶことしか考えてないんだ。そして、週の初めがまたひどい。休みに遊びすぎてやる気なんでありゃしない。なかには、ドラッグやってる連中だっているらしい…。だから、月曜や金曜製のアメリカ車なんか買うもんじゃないぞ。ドアのあたりで変な音がするんで開けてみたらコーラの瓶がはまってたなんて言ってたやつがいたらしいぜ…」。これが本当か嘘かは知らない。しかし、なんという傲慢な態度だことよ。「人から学ぶことがなくなった」なんて…。その結末がバブルである。カネ、カネ、カネ。土地、土地、土地…。採用にあたっても、内定縛りで食事接待漬け、ちょいと働いたら海外旅行付きだのなんだかんだの…。やっぱしおかしかったよね。日本全体が「傲慢フィーバー」に罹っていたとしか言いようがない。そんな時代は「人間関係」や「リーダーシップ」の研究も軽視されがちだった。働く者の意欲も満足度も、札束次第というわけだ。「そーんな悠長な。リーダーシップなんて考えているよりも、マネーで勝負。銭が入れば人はやる気でるんや」。こんな理屈だったんだろう。それでも、われわれは頑なに「リーダーシップ」や「対人関係」の仕事を進めてきた。いつも「人間的側面」の重要性を強調してきたつもりである。その点だけは、われわれグループダイナミックスという領域で仕事をしてきた者として、自慢できる。ともあれ、こうしてわが国は「傲慢の時代」を迎えたのであった。

傲慢と一億総懺悔(04/01/12-269)
 専門家によると、バブルは87年から90年にかけての4年間だという(日銀 翁邦雄也氏)。とにかく戦後の日本は荒廃の中から奇跡の復興を実現した。そのうち、それいけどんどんの時代がやってきた。田中角栄氏が首相の時代には、ベースアップ30%台なんてこともあった。10万円の月給が翌年には13万円なのである。物価上昇もすごかったが、収入もうなぎのぼりの感があった。そして、日本の製品は高く評価され、「集中豪雨」とたとえられるほど輸出をしまくった。アメリカのテレビ産業が崩壊してしまったのは、その典型的な例である。「戦争には負けたが、経済では勝った」。こんな満足感があふれはじめた。そんな中で、中東紛争によるオイルショックが襲ってきた。「さしもの日本もこれまでか」と不安がよぎる。しかし、そんな予想など、あっという間に吹っ飛ばす。もちろん、その裏には中小の企業をはじめとして、血のにじむ努力があったのだけれど…。ともあれ、「21世紀は日本の世紀」という文句をだれもが信じていた。外国だって、それなりに評価してくれていたはずだ。エズラ・ボーゲルの「Japan as No.1」が出版されたのは1979年のことである。彼はハーバード大学で東アジア研究所長を努め、国家情報会議の要職などにもついている。福岡にある集団力学研究所主催のシンポジウムにも登場したことがある。わたしもそれに参加するチャンスがあったが、日本語で笑いも取れるほどの人だった。その後はクリントン政権にも関わりをもったようだ。ここまで書いてきて、すでにけっこうな分量になった。まだタイトルの「傲慢」も「一億総懺悔」にも触れていない。しかし、そう焦ることもないでしょう。「味な話の素」はまだまだ続けるつもりなんだから。お読みいただいている方々には申し訳ないけれど、本日はこれでおしまい。

高血圧症への王道(04/01/11-268)
 ともあれ、私は「せっかち」だ。しかしそれって、笑い事ではすまないようだ。NTT DATA CORPORATIONの「healthクリック」というホームページによると、「高血圧になりやすい性格」があるという。いの一番が「せっかち」である。いやー、それだけではないのだ。2番目が「イライラしやすい」とくる。私の自己評価ではあるが、これはほとんど感じていない。だから安心かと思いきや、3番目に上がっているのは「忙しいのが好き」である。うーん、忙しいのが「好き」かと言われれば、「そんなことはない」と否定するのに躊躇してしまう。「好き」とは言わないにしても、決して「嫌い」ではない。しかも4番目が参ってしまう。「並んで待てない」ことだそうな。これはピッタシのあたりだ。もう、店の前に2人でも待ってると「ほかを探そう」となる。阿蘇にドライブに行ったときのこと。そんな調子で昼食をパスしていたら、最後は4時頃に妙なところで食べる羽目になったこともある。まあ、しょっちゅうやってる。こんなことなら、あそこで20分も待ってればよかったのにとなる。5番目の「挑戦的」というのはどうか。わたし自身は「流れに身を任せ」のつもりだから、これはあまりないと思う。しかし、最後がだめ押しだ。6番目は「食べるのが早い」である。このコラムで、さすがの私も看護師さんの「早食い」には負けたと書いた。しかし、そんな文章を書くくらい、わたし自身も「早食い」の傾向が強い。読者の皆さんはどうだろうか。こうした「性格の人は、自分でストレスを作りやすく、そのため高血圧となりやすい」んだそうな。そして、「いわゆる家庭そっちのけで仕事一筋、趣味もないタイプがキケンなのだ」と断定する。「趣味は仕事」なんて言ってるのは「キケン」極まりないわけである。ホームページは「『のんびりできる』というのも能力のうち。少しずつでもリラックス法を会得してみよう」というアドバイスで終わっている。団塊の世代の多くがここに挙げられたようなところをもってるんじゃないか。いやはや、お互い気をつけましょうね。ホームページをはじめたら最後、毎日更新しないと気が済まない粘着質の強い人なんか、本当に危ないんじゃないの。この「味な話の素」も、そろそろ休憩した方がいいかもね…。
せっかち症(04/01/10-267)
 私が「せっかち」であることは間違いない。昔から関わっている研究所のW女史からも、私の極端な「せっかち」ぶりを笑われている。その間の事情説明は措くとして、子どものころから本当に「せっかち」だった。いまでも、ものを買って「使用説明書」なんぞ読みもしない。とにかく早く使いたいのである。分からなくなったら後で調べればいいの精神だ。もっとも、最近では、説明書も厚いものが多くなった。とくにITに関係した機器などは、あれもこれもと多くの機能を持っている。PCだってそうだ。だから、私に限らず多くの人が、説明書など読まずに物を使うようになってきたのかもしれない。しかし、それはそうと、とにかく私は先に先にと走りがちなのだ。その「せっかち」ぶりは説明書以前の問題である。たとえば、物が入っている箱や袋だ。ちゃんと開ける順があったり、開け口が作られていたりすることが多い。しかし、「どんな順で開けるかな」「どこから切るのかな」。こんな考え方はまるでしない。即座にバリバリ、ビリビリ…とやっちまう。とにかく早く品物が見たい。その一心なのである。まあ、これはどう考えてもスマートとは言えない。まるで飢えた鶏が餌に突進し、ガツガツ食い散らかすようなもの。そんなこと言うと鶏が怒るかしら。そう言う点では、きわめて近視眼的なものの見方しかできないのかもしれない。目を細めて遠くを見る。その中から長期的な戦略を練る。それって、とってもかっこいい。しかし、私は「望遠鏡」的な見方は苦手なのではないか。それよりも、間近にあるものをでっかくする「虫眼鏡」タイプに近いのかもね。こけないように考えてから走り始める。それが「望遠鏡」タイプ。そうではなくて、まずは走り出す。そして、こける。その後で考えるのが「虫眼鏡」パターン。おっと危ない。今私が取り組んでいる「組織の安全」問題などは「虫眼鏡」方式じゃあいけないのよね…。
せっかち(04/01/09-266)
 私は自分自身をせっかちだと自認している。説明もろくに聞かずに走ってしまうこともある。知らないところへ出かける。前方が分かれ道になっている。このとき、私は右と左のどちらに行くかを迷うことはない。ほとんど山勘で自分が思った方を選ぶのである。もちろん、間違っていたら戻るだけのことだ。こんな調子なのである。もう何年も前になるが、息子とアメリカに行く機会があった。1週間ほど滞在して帰る際にサンフランシスコの空港で荷物を預けた。そして無事に関西空港に着いて入国手続きをした後、息子が「ここで荷物を取るんじゃないの」と聞く。「いやー、あれって福岡まで転送してくれるのさ」。それが私の自信あふれる回答だった。息子にとっては初めての海外旅行である。この際は、海外旅行には多少の経験がある親父を信じようと思う。しかし、関空・福岡便は国内線である。となると、福岡では税関を通らない。それなら、この関空で荷物のチェックを受けなければならないのではないか。彼はまことにもっともな疑問をもったのである。これに対して私なんぞは、経験も理屈もなし。ただ、そうに決まってると勝手に思いこんでいたわけだ。そちらの方が面倒もなく好都合じゃないか。しかし、その後すぐに福岡行きの手続きをするときになって、荷物は自動的に移してもらえないことが判明する。そこで、また国際線の到着口まで戻ることになった。事務室まで行って事情を説明して、先ほどの到着ロビーに入れてもらう。相変わらずぐるぐる回っているコンベアには何も乗っていない。その横に、降ろされた荷物が1個だけポツンと置いてある。われわれのスーツケースだった…。それ以来、息子は私の判断に疑問を抱くようになったようだ。何か即座に決めることがあると、「また始まった」という顔をする。いや、顔だけでなく声に出して言う。「危ない、危ない。信用するとやばいぞ…」。まあ、仕方ないでしょうな。とにかく私が途方もなくせっかちだということだけは間違いない。
好奇心(04/01/08-265)
 プリンタのインクを替えるためにケース開ける。下の方に金属板があって「濡れたように」光って見える。こうした光沢をもった金属もあるから、まあそんなものかと思っていた。それでも、とにかく「濡れて」いるようなところが気になって、ついに左手の中指で触ってみた。その瞬間、「うぇーっ」と言いたくなるほど、べっとりインクがついてしまった。やれやれ、本当に「濡れ」ていたのだった。スポンジみたいになっていて手がずっぽりはまる感じになった。だから、指のインクのつきかたも半端じゃない。そのあと4,5日は爪にたまった部分は取れないままだった。それにしても、好奇心がそうした結果をもたらした。もう少し慎重にすればいいのだが、よく考えもせずに行動してしまう。私はかなりのせっかちであることを自認している。それはともあれ、好奇心は生きる力の原動力ではある。ときおり失敗はするけれど…。子どものころに聞いた笑い話。障子の部屋に猿を残して外に出る。何をしてるかなと思って、障子につばをつけて穴を開けた。そこから覗いてみたら、なんと猿もこちらを覗いていた…。ただそれだけの話なのだが、なかなか面白い。今年の干支はお申さんだ。みんな好奇心丸出しで元気に行きましょう。ところで、「障子」を知らない若者はいないでしょうね。それが分からないと、猿の笑い話もイメージがわかないでしょうから…。
いいところでCM(04/01/07-264)
 このごろテレビを見なくなった。もともとは「テレビっ子」だったし、つい最近まで「テレビおじさん」を自認していた。自分では気が短いとは思っていないが、昔から連続ものは苦手だった。毎日はもちろん、毎週だって欠かさず見るなんてことはできない。だから、はじめから連続物は見たことがない。もちろん本当に子どものころはそうでもなかった。自宅にテレビがないのでよその家に行って見た。その中でも「怪傑ハリマオ」「恐怖のミイラ」「七色仮面」なんぞは毎週放送で、忘れずに通った。さぞかし迷惑だったことだろう。そうそう、金曜日夜の「三菱ダイヤモンドアワー」と題するプロレスは大人までよその家に上がり込んで見ていた。それが、このごろはもっと気持ちが続かなくなった。たとえば野球をはじめから終わりまで見ることがない。映画もそうだ。とにかく「しない」づくしになってきた。それに拍車をかけるのが、いいところでCMを入れる手法だ。いよいよというときにコマーシャルが入る。スポンサーの皆さんどうでしょうか。そんなことがあるとカチンときて、リモコンで他局に回す人がどのくらいいると思いますか。少なくとも私はそういう行動パターンを取ってますわ。もっとも、続きは気になるので1分くらいでもとのチャンネルに戻る。だから、はじめの1、2本分を見ないことになる。その部分のスポンサー料はお安くしないとまずいかもね。私としては、いいところまで見せてから、「さあコマーシャルもどうぞ」とくればチャンネルを変えないかもしれないんですが…。そんな人には見てもらわなくても構いませんか。ともあれ、もったいぶったのが大嫌いだ。クイズにしても、司会者が当たってるかどうかじりじりさせる番組がある。少々なら愛嬌があるが、やりすぎなんだよね。最初に見たとき気持ちが悪くなってチャンネルを変えた。それ以来、2度と見ないなあ。私の方がせっかちで変わってるのかしら。
Fail-safe & Feel-unsafe(04/01/06-263)
 Fail-safe(フェイルセーフ)は日本語になってきたかもしれない。何かまずいことがあったら安全な選択肢を取ることである。Fail(失敗)してもSafe(安全な方向へ)というわけだ。だから異常な事態を関知すれば新幹線は止まる。原子力発電所でも運転を停止する。いずれもFail-safeの発想である。今日では、安全が問われる設備や機械は、ほとんどがこの思想のもとに設計されている。何はともあれ、安全第一主義である。だから、これを使う人間も、その思想に対応した行動をとる必要がある。「何かおかしい」と感じたら、それは「安全に問題があるのではないか」と考えることである。自分の思い過ごしや間違いなどといった判断はしない方がいい。実際に仕事をしていれば、運転を止めたりするのには抵抗がある。もう少しやって確認してみようかという気になる。一度止めると、再開に時間がかかるような場合には、とくにそんな気持ちになる。当然の心理である。しかし、そこで問題が発生することになる。もちろん、現実としては、停止しなくてもうまくいく可能性はある。それに、「何かおかしい」と感じたのは、自分の思い過ごしかも知れない。しかし、そうであっても、リーダーたるものは、「危険だと」感じる方を選択してほしい。「まあいいや。大丈夫だろう」ではまずいのである。そんなときは、危機を感じ取るFeel-unsafeの精神が大事なのである。機器や設備の設計と運転は、
Fail-safeで、そしてそれを運用する人間はFeel-unsafeでいきたいものだ。
趣味の胃カメラ(04/01/05-262)
 私の趣味の一つに胃カメラがある。人間ドックで胃カメラが可能になったと聞いたときから、これがやみつきになった。喉に薬を垂らす。つぎに肩へ注射をする。胃の動きを止めるらしい。それから希望者にはもう1本注射がある。その目的は分かっていないが、これを打つとしばらく運転もできないらしい。少なくとも私は打ったことがない。初めての人などは、やはり心配気である。それを見ながら「平気なのよ」という顔をする。なにせ趣味なんですから。終わってからもベッドからすくっと立ち上がる。昨年は看護師さんから「あー、びっくりした。注射を打ってなかったんですね」と言われた。これが快感。そして、うがいをすると平気な顔をして検査室を出る。前に終わった人に「お先に」と目で会釈しながら…。これがまた快感。ドックに戻ると担当の看護師さんたちが「もう終わったんですか。早かったですね」と声をかける。少し驚いている雰囲気がたまらない。またまた快感。いやー、そんなことで快感を重ねるなんて、われながら精神年齢は子どもレベルですね。もちろん、カメラが喉を通るときまで淡々としているわけではない。なにせ異物が体内に入ってくるのだから、「うえっ」とくる。ここで大切なことはあきらめの精神である。あるときNTT病院の久木田先生が素晴らしいアドバイスをして下さった。「腹に力を入れないで、ふーっとため息をつくように、飲み込まない気持ちですよー」。先生は、その話し方・伝え方がじつに上手だった。患者をその気にさせるのである。お医者さんも専門的な技術や知識だけでは合格点はあげられない。人を相手にした仕事なんだから、対人関係の力が必要なのだ。ともあれ、2番目の「ため息」はかなり効果的であった。「あーあ、(なんでこんなことするんかいな)。あーあ」と呪文を唱えるのである。このとき、「やれやれ」ではうまくいかない。なぜなら、舌を動かす必要があるから…。ここは、ひたすら「あーあ」と嘆くことだ。ほとんど「俎上の鯉」の心境である。これで私の場合はバッチリいくんです。皆さんお試しになってはいかがですか。
ドック21周年へ向けて(04/01/04-261)
 私の趣味の一つに「人間ドック」がある。昨年は12月10日と11日だったが、そのときめでたく20周年を迎えた。このコラムでも紹介したが、私の母は47歳で亡くなった。そこでお守りのつもりもあって、あるときからドックに行くと決めていた。その当時、満35歳から共済組合の補助が受けられることになっていた。事前の申し込みが必要なため、はじめてドックに入ったのは36歳になる年である。当然のことながら、最初のうちは健康そのものだった。それが20年にもなると、データは次第に危うくなってくる。そのために「行く気持ち」にもためらいが出てくる。しかし、本当はこれからが本番なんだ。なにせ趣味だから、これからもせっせと通うつもりだ。もちろんドックは万全ではない。ロッキード事件などで知られる元検事総長伊藤栄樹氏は盲腸あたりのガンで亡くなった。この人は健康を大事にする人で、ドックにも通っていたらしい。それでも見つからないものもある。しかし、「見つからないこともあるからドックに行かない」というのは短絡的判断である。事故やミスも同じこと。「100%安全でないから」といって何もしないではまずいことこの上ない。安全対策は「完全でなくてもやる」べきなのである。ところで、私の先輩に死んでもドックに行かないという方がいらっしゃった。もちろん死んでしまえば行く必要はないのだが…。その理由は「あれがあるから」である。あれとは今では「大腸ファイバー」のことだ。ただし、先輩が嫌だと言ったころは、医師が人差し指をそのまま突っ込んでいた。人間、時と場所を考えて冗談を言わねばならない。そのとき、わたしは言ってしまったのである。「いやあー先輩、僕はそれがあるから行くんですよ…」。もちろん、これは断固として冗談である。しかし、その発言以降は、私の「趣味」について関心を示す人が増えたような感じがした…。
団塊の世代(04/01/03-260)
 堺屋太一氏の命名になる「団塊の世代」。昭和22年から24年生まれの人々を呼ぶ。その数は昭和22年 2,678,792人、昭和23年 2,681,624人、昭和24年 2,696,638人である。この3年間で、805万人になる。因みに平成12年度の出生数は1,190,547人である。したがって、彼らを「団塊」と呼ぶにふさわしい数である。じつは、こういう私も「団塊世代」そのものである。そして、そんな呼び方をされることをそれなりに楽しんでいる。学校では、ほとんど60人近い学級で勉強した。そのころの日本は決して豊かではなかった。しかし、子どももたくさんいて元気があったと思う。最近、東京ガス都市生活研究所が行った調査結果を見た。回答者は、首都圏の一戸建て持ち家に住む50歳以上の男女1,261人である。ここでは、昭和21年から25年生まれの372人が団塊の世代と定義されているようだ。彼らのうち9.1%が「典型的な団塊世代と言われたらどう感じるか」に「うれしい」と答えている。これに対して、「うれしくない」は25.5%である。どうなんでしょうね。もっと「団塊の世代」と呼ばれることを楽しみませんか。わんさかわんさか生まれて、仲間はまだまだいっぱいいるじゃないですか。「だから嫌がられる」ですって。まあ、そんなこと言わないで…。ただし、このことばには男性的な響きがある気はしますね。女性のことをあまり考えていない感じなんだな。このテーマが取り上げられるときは、大抵は男が出てくると思いませんか。そのあたりは、言葉が生まれた時代の状況を反映しているのでしょうね。そうそう、いつだったか「だんこんの世代」だと言う人がいてびっくりたまげたこともあったっけ…。 
知らんぷりでごめなさいん(04/01/02-259)
 ほんのちょっと前屈みになった。コピー機に紙が詰まったので覗いたのである。ただそれだけのことだったが、どうも腰のあたりがおかしい。そのうちピリピリときた。さらに、まともに背筋を伸ばせなくある。「あいたた、たった…」。数年前もそうだった。1月のことである。単純に座布団から立ち上がっただけだった。そのときはとくに違和感はなかったが、ほんの少し後からおかしくなった。はじめて私が「ぎっくり腰」というものを体験した瞬間であった。歩くのは辛いし、背筋が伸ばせない。ところが車の運転は可能なのである。ともあれ、授業中のことで、タクシーを使って大学に行き、おとぎ話のおじいちゃんのようにして講義をした。学生たちは、いつになく楽しそうな顔に見えた…。いつもは元気でいるから、小さな筋肉のことなど、その存在すら意識していない。こうした何かがあると、その役割を文字通り痛いほど知らされる。われわれは「縁の下の力持ち」たちにどんなにお世話になっていることか。社会という体だって同じこと。日ごろは自分の力だけで生きているなんて思いこんでいないか。自分が多くの人たちの存在なしには一瞬たりとも生きていけないことを忘れていないか。あー、「いつも知らんぷりでごめんなさい」。
イヤというほど痛い(04/01/01-258)
 歩いていて自動車のバンパーにぶつかる。脛が当たる。そのときの痛さは格別である。一瞬、吐き気を催すほどだ。「ただ普通に歩いていたのに…」。そんな独り言を言いながら、とにかく痛みが鎮まるのを待つ。しかし、考えてみればすごいエネルギーなんだ。歩くなんて、これ以上に軽い運動はないと考えがちである。しかし、それはものすごいエネルギーを使っているのだ。だから、子どもたちが廊下で走っていてぶつかったりして怪我をするのもうなずける。われわれは何かが起きないと分からないことが多い。その点では、昔の子どもは擦り傷程度の怪我はよくしていた。わたしもナイフで自分の手を切ったりした。友だちがふざけてひょいと動かしたナイフで小指を切ったこともある。その傷はまだ残っている。だから、自然に人の痛みを理解できるようになる。このごろは、こうした体験の機会が減ってきたように思う。もちろん、だれだって怪我はしないほうがいい。だから、「脛を打っただけでも痛い」といった体験をもっと生かせるような働きかけが欲しい。「自分は気づいていなくても相手にはひどく痛いこともある」。こんな感受性を持つことができるような働きかけである。もちろん、これは子どもたちに対するだけではない。われわれ大人がまずは互いに感受性を高めること。それが始まりだろう。