| 小さな親切、大きな感謝(03/10/31-196) 修学旅行の二日目に薬師寺を訪れた。吉本興業から派遣されたんかいなと疑いたくなるお坊さんが講話をして下さった。とにかく漫才タッチの楽しい話に笑いが起きる。しかし内容はなかなか感動的なものだった。その中でも、「先祖に感謝」「いま生きていることに感謝」と言ったことばが耳に残った。そのとおりだと思う。人と人との対話の中で、「ありがとう」ほど心を和ませることばはない。お礼や感謝の気持ちを伝えるときは、人は純粋になれる。そして、それによって相手も嬉しくなるものだ。しかし、「感謝」はそれに止まらない。「ありがとう」と言った本人も気持ちがよくなるのである。これは「感謝」の不思議な力だ。だから「人のため」ではなく「自分のため」にも「感謝する」ことが必要なのだと思う。この欄でも話題にした「小さな親切運動」についても、「小さな親切、大きなお世話」などと言って茶化して喜ぶ。何と寂しい心であることよ。むしろ「小さな親切」に「大きな感謝」で応える。それではじめてお互いが気持ちよくなるのである。これを少し拡大すると「挨拶運動」にも繋がるんだと思う。朝はもちろん昼間でも夕方や夜でも、そのときに応じた挨拶がある。こちらから率先して挨拶する。それに対して相手からも反応がくるだろう。それでまた嬉しくなるではないか。人生にはこうした基本的な働きかけとそれに対する反応が欠かせない。しかし、いまの日本では、それが当然のことにはなっていない。「小さな親切、大きな感謝」運動を始めましょうよ。おっと失礼「小さな親切運動」は現在でも健在だったのですよね。ここでは、「大きな感謝」を付け加えてはいかがですかとご提案したい。 |
| PHSでサーチ(03/10/30-195) 本日は修学旅行の自主研修だった。生徒たちは班ごとに分かれて京都の街へ出かけていく。あらかじめどこに行くかを決めて、交通手段やルートを調べている。8時過ぎには次々と出かけていった。教師も本部に陣取る役割から街を回る者まで分担を決める。子どもにはPHSが渡されている。その信号によって、生徒たちの現在地を知ることができるのである。まあ、これなら自由に動き回っても安心というわけだ。どの班がどこへ行っているかも分かるのだから…。それにしても時代は変わったものである。京都市内を動いている子どもの位置がコンピュータの画面で把握できるのだ。まるで007、ジェームス・ボンドの世界みたいではないか。私も松村教諭と数カ所を回った。清水寺では生徒がなかなか現れないので本部に確認した。すると、「もうすぐ着きます」という返事が返ってくる。そこで、遠くから写真を撮ろうと「待ち伏せる」ことになる。おいおい盗撮はいけませんよ…。まあ、子どもたちの自然な姿を撮るのですからご心配なく。これがなかなか楽しかった。ところで、わが附属中学校の生徒たちは、街中でもちゃんとした服装でいた。もちろん、制服を着ているのだが、そこここで出会う中学生の中には、どうかと思う者もけっこういた。やはりきちんとしてくれていると気持ちがいい。ともあれ、生徒たちは無事にホテルへ帰って来た。PHSのサーチも全員がそろったところでおしまいとなる。最近では徘徊する年寄りの居場所を知るためにもPHSが使われているらしい。まことに素晴らしいことだと思う。ただし、亭主がこれを持たされて奥様からチェックされるという悲劇の可能性もはなはだ高いと言わざるを得ない。さてさて、そうなったらどうしようかな…。 |
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連想ゲーム(03/10/29-194) |
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飛行機万歳(03/10/28-193) |
| Sunday物語(03/10/27-192) 先日のこと。附属中学校で実習生が一所懸命に授業をしていた。その日は英語がおもしろかった。相手は1年生である。Sunday 、Monday、…と曜日についての授業である。「さあ、英語の曜日ってどんな特徴があるかなー」「はーい、文の途中でも大文字で始まります」「そうですね。『@大文字で始まる』ですね。それからもう一つあります。『A‘日曜日’になんて言うときはinではなくてonを使う』んです」。さあて、これからどう展開するかなーっと期待する。しかし、その場はそれでおしまいになってしまった。「どうして曜日は大文字で始まるのか説明すればいいのに…」「どうしてinじゃなくonなのか言えばいいのに…」。こんな思いが私の頭を走った。そうしたちょっとした情報なんだよね。子どもたちに刺激を与えるのは…。こんなコメントをしたら実習生はどういうだろうか。「せーんせい。私だって、そのくらいのこと分かってますよ。だから、その理由については一所懸命に調べたんですよ。でも、本当になぜそうなってるのか分からなかったんです」。こんなこと言われたら私はどうするだろうか。「いやー、そうだったの。ごめん、ごめん。事情も知らずにケチつけちゃって申し訳ない」。少なくとも、これは私の応答ではない。私は言うはずだ。「なんだそうなの。じゃあ、そのことをどうして生徒に言わないの。『先生は、この理由について必死に調べたんだ。でも、どうしても分からなかった。だれか知ってる人いるかな。これからも調べたいと思ってる…』。この一言でまたまた生徒も反応すると思うんだけど」。そうなんだ、「知らないこと分からないことは言わないの心」ではない。知りたくても分からなかった。そんな事実を伝えることも大切な情報なのだ。私はそう思う。みなさまはいかがですか。 |
| もう一度、相互作用(03/10/26-191) また「思考」に関わる話題を。ものは固定したものとして外にあるのではない。それを認識するのは外と主体との相互作用によって生まれるということだった。これは同じものであっても人によって見え方が違ってもおかしくないと言うことである。したがって、同じものを見ても大人と子どもの認識に違いがあるのは当然なのである。なぜなら、大人と子どもとでは経験の蓄積も持っている知識も異なっている。低学年の場合には体の大きさだって違いがある。そうした身体的な要因ですら、ものの見え方に影響を与えるものだ。わたしは小学4年生のときに福岡県の行橋市から佐賀県伊万里市へ引っ越した。それから6年後に行橋へ行ったことがある。そのときにまず驚いたのは駅前を走る道路の狭さだった。わたしの頭の中では、その道路はバスが離合しても十分な余裕があるほど広いイメージがあった。ところが目の前にあったのは極めて狭いメイン・ストリートなのである。その理由は簡単だ。小学校4年生のときは体が小さかったからである。ともあれ、こうして認識に個人的なあるいは年齢的な違いがあるのなら、それにうまく対応する必要がある。大人も子どもにある認識をして欲しいならば、そのような認識が得られるような環境や場づくりを工夫しなければならないのである。わたしは子どものときから小柄だった。いまでも周りを見ると自分より背の高い人が多い。180cmもの上背がある人とは随分世の中の見え方が違うんだろうなと思う。お互いに相手の世界は完全には分からない。そのことを理解することがまず大切だろう。その上で、その違いをできるだけ克服する努力もまた必要になる。その中で人間関係が築かれていく。 |
| りえママで笑えるか(03/10/25-190) 「ことば」は文化である。だから文化的な背景が分からないと、ことばの理解はできない。1996年のこと、私はオーストラリアで6ヶ月を過ごした。そのとき、テレビのニュースは大体のところ分かったつもりだった。画面と合わせると背景というか状況の雰囲気が伝わってくる。ところが「お笑い番組」は何ともチンプンカンプンだった。観客は大笑いしている。しかし、こちらはポカンとしているしかない。ちょうどそんなときのこと。「日本語が懐かしいだろう」と息子がテープを送ってくれた。その内容がNHKの「真打ち登場」。まさに、漫才や落語の「お笑い番組」である。さっそく通勤時にウォークマンで聞いて、いきなり吹き出した。「あした順子・ひろし」の熟年漫才が始まった。ちょっとした掛け合いの後、順子が言う。「私このごろ宮沢りえに似てるって言われるのよ」。もうこれで客が笑うのである。映像を見ていない私も笑う。「順子」さんには失礼だけど、顔を見なくても自信を持って笑える。「ひろし」がすぐに突っ込む。「えーっ、それって『りえママ』の間違いじゃないの」。この一言で、場内はさらに大爆笑が広がる。もちろん私もプッと吹き出す。なにせ路上で笑うのである。向こうから歩いてきたオーストラリア人は「変なガイジン」と訝しげな顔をした。まさにことばは文化だ。私がオーストラリアのお笑い番組が分からなくても自信をなくさなくてもいいだろう。だって、「りえに似ている」も「りえママじゃないの」も、そのまま英文に直しても、だれ一人笑うわけがない。ここでは、「宮沢りえ」と「りえママ」がどんな人物であるかを知っていてはじめて笑えるのである。ことばは、文化を理解していなければ分からないということだ。そういえば、オーストラリアで「もう一つ分からないなー」と思った場面がある。それは公園で遊んでいる小さな子どもたちの会話を聞いたときである。おそらく内容は単純に違いない。しかし、それには幼児ことばや方言、スラングなども含まれていたのだと思う。これも子ども文化の知識が必要なのだ。まあ、オーストラリア人などを例に出すまでもないか。いまの若者ことばは同じ日本人でも理解不能なことがある。これもその文化のことを知らないからだろう。 |
| 「ダラスのあの日」のつづき(03/10/24-189) ケネディが暗殺された日はいまでも記憶に生々しく残っている。日本時間の1963年11月23日のこと。その日は太平洋間で初めての衛星中継が予定されていた。アメリカが打ち上げたリレー衛星を使ってカリフォルニアから茨城の基地へ送信する計画である。私は中学生だったが、この日を夢に見るように楽しみにしていた。それは勤労感謝の日の早朝だった。「明日は絶対に起こしてよ」。そう父に頼んで寝た私だった。しかし、やはり興奮していたのだろう、自分で目を覚ました。5時ころだったと思う。起きるなり「まだ」と聞いた。これに対して父がぼそっと言った。「ケネディがダラスで殺された」。「えーっ」。まさに絶叫である。それと同時に「あー、今日の中継はなくなったな」と思った。しかしである。アメリカはすごい国だ。大統領が暗殺されたというのに、予定どおりに電波を流してきたのである。そして、予定された内容はキャンセルされた。まさにケネディが暗殺されたニュースそのものが日本中のテレビに映ったのである。そんなことがなければ、ビデオテープのケネディがにこやか登場したのだろう。「日本のみなさん、今日は歴史に残る日になりました」などと言いながら…。しかし、皮肉にもそうした演出はすべてなくなってしまった。生のニュースになったのである。いまでこそ、CNNをはじめ、海外のニュースが当たり前のように流れている。そのルーツとなる太平洋を越えた史上初のニュースは「ダラスにおけるケネディ暗殺」だった。父はかなりのショックを受けていた。なにせケネディと同じ1917年生まれだった。「それがどうしたの」と笑うなかれ。歴史を作るアメリカの大統領が自分と同じ年なのだ。そう思えば、やはりなにがしかの思いはあるだろう。その後も衛星中継はつづいた。犯人とされた護送中のオズワルドがジャック・ルビーなる人物に打たれた瞬間も流された。それはビデオだったかもしれないけれど、細かいことは記憶にない。そして、ケネディの葬儀と続く。長男だったか、父親の棺に向かって敬礼する姿は涙を誘った。その彼も後に飛行機事故で命を落とすことになる。あれやこれやの光景が生々しく印象に残っている。当時は「静止衛星」などなく、24時間の中継なんて夢物語だった。地球を回る衛星が二つの国から見える間だけ中継ができた。衛星が水平線の彼方に沈んでいくと電波は届かなくなる。また衛星が一周してくるまでは映像はお預けになる。そんな時代だった。ともあれ、こうしてテキサス州のダラスは世界の誰もが知る町になった。ちょうど玉名あたりと緯度が同じである。だから、何時間か経つとそこにダラスが回ってくる。 |
| ダラスのあの日(03/10/23-188) 教育学部3年生が実習で頑張っている。私は時間を見ては教室巡りをさせてもらう。教育実習生の授業を見て歩きするのである。なにせ、もともと教員免許を持たない人間だから、教科の内容に触れるアドバイスなどできっこない。それでも、「教師と子ども」の「対人関係」といった視点からは、そこそこ気づくこともある。だから実習生の授業を見るのは楽しいのである。もちろん未熟で頼りないところも多いが、まあそこが実習生のいいところ。それに、とにかく一所懸命にやっているところが目に見えてうれしくなる。先日のこと、3年の教室を覗いたら国語の時間だった。「ケネディ暗殺の日」のことが題材になっていた。あのテキサス州ダラスでの暗殺事件である。はじめから居合わせたわけではないので詳しい内容は分からない。しかし、とにかく「ケネディ暗殺」と聞いて耳をそばだてた。そして、ついついお邪魔虫が、廊下から手を挙げさせるのである。「ちょっとごめん。いまみんなが習ってるケネディ暗殺だけど、そのニュースを聞いたとき私は中学校3年生だったんだよ」。ただそれだけを言うつもりだった。ところが実習生もノリがよかった。「それじゃあ、40年前のことだから、先生は5□歳なんだ」ときた。「えーっ、若あーい」なんて生徒の声も聞こえたような気がした。そこでまた調子に乗るのである。「そうよ、じつは昨日が誕生日だったんだからー」。この瞬間にみんなが拍手してくれた。ようやくわたしは自分が実習生の授業の邪魔をしているだけだということに気づくのである。「いやー、ごめん、ごめん」と、あわてて教室を立ち去った。やれやれ、困った校長先生だこと…。 |
| 気になる無線(03/10/22-187) タクシーに乗っていた。やたらと無線の交信がつづく。会社が予約や呼び出しで話をしているのである。これは評判のいい会社になればなるほど、その頻度も多くなる。お客さんが多いのだから当然ではある。先日、タクシーに乗った際も最初のうちはあまり気にしていなかった。ところが、そのときちょっと関心のあるニュースが流れていた。そこで聞き耳を立てていたのだが、ひっきりなしの無線交信のために邪魔されてしまった。やれやれと思った瞬間に、「無線も適当にしてもらわんと」という気分になった。そんなときだから、その後の交信内容が嫌でも気になってくる。「○○マンションの△△さま」「スナック□□で◇◇さま」「◎◎2丁目の▽▽さま、18時ちょうど」。まあ、人の動向が分かること分かること。そういえば、私自身もこのタクシーを呼んだっけ。そうなると、「○○、△△号の吉田さま…」と部屋の号数まで言われたに違いない。「だからどうなのよ。だれもあんたのことなんか気にしてないわい。自意識過剰ーっ」とお笑いになりますか。いやいや、やっぱしこれもプライバシーではあるんよね。まあ、あまり無茶は言わんけど、ボリューム落とすとかさ、そのくらいの配慮は欲しくはありませんか。ヘッドホンつけてとまでは言いませんから…。それにしても、あれやこれやと文句の多いおじさんではありますが…。 |
| もっと本気で…(03/10/21-186) 九州外にある中学校の先生からメールが届いた。「はじめまして、…○○先生よりご紹介頂きました□□中学校で△△の教諭をしている◎◎といいます。今回本校の…研究として…グループダイナミックスの理論を取り入れて研究を進めたいと考えています。主な狙いとしては…を考えており、…。その一手段としてダイナミックスの理論を用いれればと考えておりますが、どう使えますでしょうか?何かよい案があれば教えて下さい。またそれ以外にこう使えば△△の学習では生きるというのがあれば教えていただければ幸いです…」。この先生は、まずは関西の大学に勤めるグループダイナミックスの専門家にメールを出した。その結果、わたしを紹介されたというわけだ。紹介したのはわたしの友人である。彼はこの先生に「お問い合わせの件ですが、熊本大学…の吉田道雄先生にご相談されてはいかがでしょうか。学校教育の現場で、グループ・ダイナミックスの実践的研究を展開されている先生です。吉田先生のホームページは…」という返事を出していたのである。何分にもわれわれはサービス業である。社会のお役に立つことはできるだけするつもりだ。それにしても、この文章だけでは具体的にどのような研究を展開されたいのか分からない。そこで、さっそく次のような趣旨のメールを出した。「メールをいただきました。できるだけのお手伝いはさせていただきたいと思います。ただ、そのためにも、ご研究についてもう少し具体的な内容をお知らせいただきたいと思います…」。わたしとしては、ごくごく自然な返事を出したつもりであった。ところが、これに対する応答がないのである。まさに、なしのつぶて、音沙汰なしなのだ。いやー、せっかくお手伝いしたいのに残念至極である。あれは8月のことだから、もうこのままおしまいなんだろう。何か事情がおありなんだろうけれど、せっかく動き始めたのであれば、そのままつづけていただきたいものだ。状況が変わったのであれば、それはそれなりに伝えて欲しいと思う。こっちは本気なんですから、先生も本気で行きましょうよ…。 |
| 外とわたしの相互作用(03/10/20-185) また、「考える力」の話題。岩波講座「思考」の「学習の手引き」には、「認識は外界の情報が認識主体に取り込まれるのではなく、外界と認識主体の相互作用が認識」だと書かれている。これは当然のことだ。絶対不変のものが外にあるのではない。同じものでも人によって見え方は違うのだ。わたしなどは取れたてのタコを見れば、「しめしめ、刺身にすれば一杯やれるぞーっ」と嬉しくなる。しかし、ある外国人に取っては「身の毛もよだつゲテモノ」かもしれない。納豆なんてものも、相当の日本びいきでも手を出さない。ひとは自分の経験や社会の規範などの影響を受ける。それによって、ものの見方や認識の仕方が違うのは当然のことだ。コウモリは視力は弱いが超音波を聞き分けるらしい。われわれは目は発達しているが、超音波なんぞ感じもしない。だから、「自分が感じないから世の中に存在しない」なんて発想は自己中心的で傲慢なのである。われわれは自分が頭に取り付けた自分の大脳でものを見ているだけなのである。だからこそ、自分で気づかないこと、見えない世界も尊重しなければならない。他人の発想や認識も大切にする必要があるわけだ。このことは、子どもたちに、「お互いの違いを認めそれを評価する」ことの大切さを知らせる根拠にもなる。ともあれ、人が置かれた状況や経験と外界の相互作用が人々の認識を生み出している。その意味で、われわれは一人ひとりが自分独自の世界を創り出しているのである。 |
| 世界で一つ(03/10/19-184) 先日ある方から、「先生、Googleで『味な話しの素』が出ますよ」と教えていただいた。これまで YAHOO でも Google でも吉田道雄で入れるとホームページが出ることは知っていた。なにせ吉田はどこにでもある名前だ。当然のように私でない「吉田道雄」さんもいらっしゃる。今のところ「吉田道雄のホームページ」は最初に出てくるので人には紹介しやすい。そもそも YAHOO の検索はどのようになされているのだろうか。あっという間に探し出すなどものすごいことだと思う。その仕組みは是非とも知りたいところである。まあそれはともかく、これまで「味な話の素」で検索することは思いもよらなかった。さっそく、言われたままに Google に入力してみた。すると、瞬時に2件が表示された。どちらも私のホームページである。思わず笑みがこぼれた。いやー「味な話の素」は世界で一つなのである。もちろん「味の素」ならワンサと出てくるに違いない。しかし、「味な話の素」は唯一というわけだ。「なんじゃい『味の素』をもじっただけじゃないか」と冷やかされそうだ。しかし、ともあれ一つしかないんだから、私としては大満足なのである。しかも、単なるもじりではないつもりだ。講義や講演のネタになるようなものをまとめているのである。まあ、とにもかくにも満足感に浸りながら、本日はおやすみなさい。 |
| トキの絶滅(03/10/18-183) 日本産最後のトキ「キン」が亡くなった。絶滅である。推定年齢36歳、人間では100歳前後に当たるそうだ。そう言う意味では大往生である。だから「キン」自身としては幸せな一生を送ったことになる。しかし、これで日本生まれの「トキ」は絶滅した。トキは日本を代表する鳥として「ニッポニア・ニッポン」という学名がつけられた。1922年のことである。英語でも、Japanese crested ibis という。トキは羽や肉を求めて乱獲されて、明治時代に激減したという。そこで国は1910年には捕獲を禁止している。明治43年のことである。そして1952年には特別天然記念物に指定されたのである。しかし、それでも減少は止まらず、最後は佐渡島だけで見られるだけになった。環境相は「第二のトキを出さないことを目標に、野生生物の保護に一層尽力したい」と話している。こんな記事を見てふと思う。それって、野生生物の話だけなのかしら…。そう言ってるわれわれ日本人が、野生生物と同じ運命にあるんじゃないの。このままだと、「日本人、ついに絶滅」なんて記事が外国の新聞に出たりするんじゃないかしら。生き物の心配も必要だけれど、自分たちの運命そのものをもう少し考えましょうよ。トキだって昨日、今日になって絶滅したのではないのです。保護する法律までつくっていたのに、こうなってしまったのですから…。気がついたときには大抵のことが手遅れなのです。 |
| 映画の荒い画面(03/10/17-182) 昔は映画をよく見た。そりゃあそうだ。テレビがなかったのだから。そんなことだから、「動くニュース」は映画館でしか見られなかった。「産経スポーツ」なんてスポーツニュースもあった。予告編がありニュースがあってから本番の映画が始まる。これが常識だった。はっきり記憶はないけれど、月に2回や3回は映画館に行っていたのではないか。それにしても、映画の画面はけっこうチラチラしている。その原因は、映画の場合1秒に24コマで「点滅」していることもあるだろう。またあれだけの大画面にするために遠い距離から映写するから荒さも目立つのかもしれない。しかし、わたしはその荒さが大好きなのである。ビデオはあまりにもクリアすぎておもしろくない。いかにも、セットで演技をしているように見えてしまう。生っぽいところがかえって臨場感を失わせる。そんな感じなのである。もっとも、そうした感受性は映画を見ていたから身についたのだ。映画を知らない人には分からない。ともあれ、画面が荒っぽくて「現実でない」ように見えるからこそ「本物」のように感じる。いかにも説明のつかない説明ではある。しかし、わたしとしては、とにかくあの映画の荒さが好きなのである。ところでこのごろ映画館に行って驚いた。後ろからカタカタと映写機のシャッターが聞こえる。ランプのひかりがスクリーンに走る。それを見るとホコリが舞っている。こんな光景こそが映画館だった。ところが、そんな光がないのである。何のことはない、背面投影なのだ。スクリーンの裏側から映写している。なんじゃこりゃあ…。こんなの映画じゃないな。 |
| ボールペンの寿命(03/10/16-181) 「これ1本で長さ□Kmの直線が描けます」。こんなボールペンのコマーシャルを見た記憶がある。書く字の大きさや紙の材質などにもよるだろうが、とにかくボールペンは随分と書ける。昨年シンガポールであった学会の資料バッグにもブルーのボールペンが入っていた。これが適当に太字でなめらかに書ける。このごろは黒が主流なので、ブルーで書くのも変化があって楽しいものだ。そこで、差し障りがない限りこのペンを優先的に使っている。ところで、いつ頃からボールペンと付き合い始めたのだろうか。わたしが小学生のときには、景品や雑誌の付録としてボールペンが付いていた。ところが、これらが相当の粗悪品だった。寒い冬などは、インクが固まるのかすぐに書けなくなる。イライラしながら圧力をかけても、インクは出てこなかった。やがて高校生のころBicという名のフランス製ボールペンがはやりはじめた。考えてみれば、わが国もようやく輸入自由化の流れがはじまったころである。ちょっとごっついが外からインクの残量が見えるもので、構造は極めて単純だった。そして、書くうちに少しずつインクが減っていくのである。もちろん書いているときに減り方が目に見えるわけではない。しかし、気がつくとインクが減っていることが分かる。それだけでけっこう楽しかった。「もうこんなに使ったか」「さてさて、いつなくなるかな」。そんなことを考えるのである。その気分はいまでも同じだ。それこそシンガポールで仕入れた青インクのペンはもうすぐ寿命を迎えそうである。これはボールペンに限らない。外からインクが見えるものなら、水性ペンなどでも楽しみは変わらない。もうすぐ赤の水性ペンも終わりに近い。この次はどのペンにしようか。そう思っただけでワクワクしてくる。ところで、ボールペンは粗品や参加賞などとしてよく使われる。それを溜め込んでいると、いつの間にか机の中はボールペンだらけになる。これじゃまずいと思い、最近はもらうのをやめた。それでも定年までもてるのではないか。それほどたくさんになった。そうかといってばっさり捨てきれないのが団塊世代なのである。みなさんはいかがですか。ところでボールペンはball-point penが原語。ペン先に鋼鉄のボールが入っている。その回転によってインクを外に出すのである。このごろの書き味のスムーズさは隔世の感がある。 |
| 手を振ってバイバイ(03/10/15-180) 飛行機が出発するとき、誘導路まで車で押していく。そのスタッフたちが飛行機が動き出すときに手を振って見送る。これってとてもいいなと思う。機内の自分も思わず手を振ってしまう。もっとも、このごろは窓側に座ることがほとんどないので、そのチャンスも少ないけれど…。この習慣はいつまでもつづくのだと思う。いいことだ。じつは、わが吉田家には家訓がある。それは「家族が出かけるときは見えなくなるまでバイバイする」というものである。以前は公務員アパートに住んでいた。子どもたちが7時台に出かけたりするので、ほとんどわたしが見送り役だった。子どもが「行ってきまーす」と飛び出せば、パジャマであってもベランダに飛び出したものだ。ひげ剃りのためシェービング・クリームを塗りたくっている場合でも、そのまま出て行ってバイバイした。なにせ家訓なのである。家内からは「みっともないからやめてよ」よ言われてはいたけれど…。ところで、コンサートなどで会場のみんながライトペンを振る習慣がある。この際はっきりいしておきたいのだが、あれを世界で最初にやったのはわが家である。昭和30年ころ、「こんな懐中電灯が世界ではじめて出た」といっておじいちゃんが買ってきたのだ。松下電器製だったと思う。それをもらって、夜おじいちゃんが帰るときなど振っていたのである。だから、まちがいなく吉田家がライトペンを振る世界最初の家族だったはずなのだ。まあ、「だからどうしたの」と言われれば、「とにかくそうなのよ」と答えるだけなんですが…。 |
| 「考える力」を考える(03/10/14-179) 附属中学校では「考える力」の育成について研究を始めた。教育にとって「考える力」は古くて新しいテーマである。わたし自身はグループダイナミックスの領域で仕事をしてきた。仕事をするからにはいつも考えているのは間違いない。しかし、「考えること」を仕事として考えたことはなかったと言っていい。そこで、「60の手習い」ではないが、あらためて勉強してみる気になった。そういうと格好いいが、附属の先生方に情報提供するために必要に迫られたのである。そこで手元にあった「思考」というタイトルの本を読んでみることにした。岩波講座「認知科学」の第8巻である。同じ心理学でも「認知心理学」など名前を知っているだけである。これからときおり、この本の情報をもとに「考える」ことを話題にしたい。あくまでホームページのコラムなので、引用の際には、若干の厳密さを欠くことをお許しいただきたい。ともあれ、本を開くなり目に飛び込んできたのは、「『思考』は『認識』や『記憶』と結びついているので、それだけを切り離せない」という部分だ。そして「認識、思考、行動」を一体としてとらえることが必要だという。いやー、それならわれわれの発想とピッタシである。附属中学校では「考える力」について、「気づき」→「思考」→「表現」という図式を考えてきたのだった。しかも「極端には認識→思考→行動という図式が否定されつつある」んだそうな。われわれは、「気づき」「思考」「表現」の3つの輪は、最初は互いに横に並んで矢印で繋がっている。しかし、人の成長や学習にともなって、その3つの輪は「思考」を中央に置いて「限りなく重なる」のだと主張した。これも、「認知科学」の発想と同じではないか。同書では「学習の手引き」となっている部分の内容だが、スタートから「いいぞ、いいぞ」と自信が生まれてきた。 |
| 教育実習と「いま、ここで」(03/10/13-178) 先日、附属中学校で実習生の授業を見ていたときのこと。理科だったが、ちょうどお天気の話題のようで、気温や湿度、風向・風力などについて生徒たちとやりとりしていた。しばらくして、プリントが配られた。それには、3月と9月だったか、それぞれ数日間の気温や湿度、風向などが記入されていた。それを見て、わたしはちょっと疑問を感じて後ろにいた実習生に聞いた。「これって、どこの記録なんだろうね。実際のデータだよね」。「はい。インターネットで調べたと思います」という答えだった。すかさず「それってどこの」と問いかけると、「熊本だと思います」と答えた。そのとき、わたしは「どうして熊本と入れないのだろうか」と思った。データから気候の状況を読み取るためにはどこのデータであるかは関係ない。しかし、「熊本」と入れると授業はこうなる。「さあ、これは今年の熊本の3月と9月のデータだよ」。これだけでデータは生徒たちに身近になる。ひょっとしたらこの間に誕生日があった子どもがいる可能性もある。「あー、そうそう今年のぼくの誕生日は蒸し暑かった」なんて発言が飛び出るかもしれない。それだけで授業にエネルギーが出てくるのではないか。それから、温度や湿度の点を生徒たちがペンを使って線で結ぶ作業がつづいた。そのときである。神経質そうに、あるいは几帳面そうに定規を使って引く生徒がいる。その一方でパッパッとフリーで線を引く子もいた。ここは、まさに一声欲しいポイントだ。「おやおや、定規を引く人もいれば、ドーンと手で引いている人もいますね」。この一言で教室に笑いが起こるかもしれない。「いま、ここで」起きていることに気づくかどうか。そして、それをうまく使えるかどうか。このチャンスを生かすことで授業は格段に生き生きするだろう。 |
| 若者たちの教育実習(03/10/12-177) 附属中学校に教育学部の3年生が実習に来ている。このごろは随分少なくなったが、一時は大学の教室には、茶髪・金髪・紫髪に銀髪、さらには「そのごちゃ混ぜ」と様々な学生が座っていた。まれではあったがスキンヘッドまでいた。こうなると髪を染めようにも染める髪すらない。しかし、そんな学生も教育実習に来ると「生まれたときからこの髪でーす」とばかり真っ黒の髪をしているのである。調子がいいといえばいい。要領がいいとも言える。しかし、それは対応の柔軟さであり、やるべきときにはちゃんとするということでもある。その点では、まあ大半の若者たちは信じていいと思う。しかも、実習中は必死で頑張っている姿が若々しくていい感じだ。放課後も夜遅くまで附属の先生方と反省会をしている。この時期になると6時過ぎには真っ暗になる。そんな中で、いつまでも教室に灯りが煌々とついている。対応する先生方は大変だが、「実習中だなー。しっかり勉強して…」と声をかけたくなる。ところで就職には厳しいものがある。そして、中には教職をあきらめる学生もいる。実習中に怒られたり辛いこともあるに違いない。そんなとき、つい「わたし、教師にはならないんです」と開き直る者がいたりすると聞く。「それだけは実習中に言っちゃあいけない。そして、実習終了後にそれを言ったとき、『あーよかった、あなたは教師には向いていないから』なんて言われてもいけない。『えーっ、何ですって。あなたのような人にこそ先生になって欲しいのに』。先生方から、そう言われるように一生懸命に毎日を過ごそう。たとえ教職に就かなくても、この体験は人生にとって大いに役立つはずだから…」。実習生が来たとき、わたしはこんなメッセージを伝えている。 |
| 「おざなり」「なおざり」(03/10/11-176) 相も変わらず日本語はむずかしい。「おざなり」と「なおざり」ってどう違うのかご存じですか。広辞苑を引くと「おざなり(御座なり)」は「当座をつくろうこと。 その場逃れにいい加減に物事をするさま」とある。かなり悪いイメージである。これに対して「なおざり(等閑)」は「あまり注意を払わないさま。 いい加減にするさま」という解説である。やはり「いい加減」さの意味合いがあって、好ましくはなさそうだ.ただし、第一義は「あまり注意を払わない」ということだから、悪さ加減は少しは軽いかもしれない。また、「おざなり」は繕うとかその場逃れという点では他者との関係が強く感じられる。その点では「なおざり」は自分自身のことについても「いい加減」という感じがある。やはり意味は微妙に違うようである。これについては、「耳ざわり」などといったことばもある。最近では「耳ざわりがいい」などという。しかしこれは漢字で書くと「耳障り」であって、聞いていて不愉快なことなのである。だから「耳ざわりがいい」とは言えないのである。これは「肌触り」といった言い回しと混同しているのだろう。こちらの場合は触れたときの感じだから「いい」ことも大いにあり得るのだ。少し考えてみれば「目障り」という表現がある。こちらの場合は、決して「いい」とは言わないはずだ。それなら、どうして「耳」は誤用が生じるのだろうか。なかなか興味のわくところだ。 |
| 体育の日(03/10/10-175) ほんの数年前までは、本日10日は「体育の日」だった。1964年(昭和39年)10月10日(土)に東京オリンピックの開会式が行われた。それを記念して「体育の日」に制定されたのである。しかし、ハッピー・マンデーかどうか知らないけれど、いつの間にか「第2月曜日」に変更されてしまった。もう、その由来を知るものはいなくなるだろう。1970年代ころから、わが国は、休みもとらず「働き過ぎ」と批判された。その結果のお休み増加であるが、いまでは世界でも冠たる祝日王国らしい。でも、本当に日本人は「勤勉」で「働き蜂」だったのだろうか…。それはそうと、この年は私が高校1年生のときである。真面目な高校生の道雄くんは無遅刻・無欠席の優等生だった(と思う)。しかし、この日ばかりは1時間目をちょっとサボることになる。当時は記念切手収集がブームだった。私もご多分に漏れずせっせと集めていた。ことにオリンピック切手は人気の的で、昼過ぎでは売り切れているに違いない。そう思った私は初めて授業をサボったのである。しかし、それでも道雄くんは小心者だ。首尾よく切手を手に入れてからは、「遅刻でもいいから学校に行ったほうがいい」と考えるのである。そして、その気持のままに1年5組の教室へ出かけた。15分遅れくらいだったと思う。そのときの授業は英語だった。吉永先生である。先生は優しい方で何も言われずに席についたと思う。記憶に残るお顔はそのときのままである。午後は天神の岩田屋に駆けつけた。初めて放映されるカラーテレビで開会式を見たかったからである。しかし、画面は赤色が滲んでいた。「カラーテレビって大したことないな」。これが最初の印象である。ともあれ、どれもこれも昨日のことのように思い出す。40年近く前のことが鮮烈に目前に浮かんでくるのだ…。それなのに、それなのに…。どうして車のキーがどこにあるのか分からないのだろう。さっきどこかに置いたのは確かなんだけれど…。 後で気づいたのだが、この話の遅刻の部分は8月13日に書いていた。いやあー170回もつづいてくると、こんなことも起こります。そのあたりはご容赦下さい。しかも、そのときのタイトルが「すぐ忘れる」だった…。 |
| ●しかないの?(03/10/09-174) 「77年高橋里志(広島) ●鈴木啓示(近鉄)」。これってなんだかお分かりかしら。日本シリーズの勝ち投手と負け投手?ね、ねっ、そう思うでしょ。それが違うんですよ。これは昨日の朝日新聞に載ったプロ野球の「ここ30年の20勝投手」リストの一部なのだ。ダイエーの斎藤が20勝をあげた記事に関連して過去を遡った記録情報なのである。正直な話し、最初に●はなんだろうと思った。よく見ると、下の方に(●はパリーグ)と説明があった。それにしても、何で●なんでしょうね。●は文字通り黒星である。お相撲さんならゾッとするマークに違いない。野球だって同じこと。実際に、前週の成績なんぞをまとめた記事では勝ちは○で、負けが●を使ってる。ともあれ、スポーツ選手に限らず●は縁起がいいとは言えない記号だ。こんなときに、何で●かと思う。マークなら他にいくらでもある。○なんぞは第一候補だし、☆だってかまわないではないか。どうしてそんなことに思い至らないのだろう。まったくセンスがないとしか言いようがない。センスがないと言うよりも思いやりがないと言った方がいいかもしれない。まさかこれを書いた記者さんは阪神ファンじゃないでしょうね。少なくともセリーグのチームがお気に入りなんじゃないかしら。そんなしょうもないことで噛みつくなと思いますか。いえいえ、そうした小さなことを馬鹿にしてはいけません。人は小さなことで人見られるんです。評価されるんですよね。因みに熊本日々新聞は夕刊で扱っていた。こちらは▽パリーグ ▽セリーグと分けていた。こちらの方が常識的だよね。しかもパリーグの記録だからパを先に持ってくるところも、納得できる。「そりゃあそうじゃないの」と思いませんか。 |
| 江戸時代!!(03/10/08-173) 「さすまた」って知ってますか?えっ「猿股(さるまた)」だって?そりゃあ昔のパンツのことでしょ。そうじゃないんです「刺股(さすまた)」です。恥ずかしながら私も知ったのは最近のことなのです。それは江戸時代からあるとのことで、悪者を捕まえるための道具です。説明するのは難しいのですが、棒の先にU字形の金属を付けたものです。悪者を捕まえるときに、首にU字形の部分を押し当てるんだそうです。壁や塀があれば相手は身動きできなくなります。もっともこれは広辞苑の知識で、先日は胴体を押さえつけるとお聞きしました。ともあれ、その「刺股」を附属中学校で購入したのです。定価は33,000円もします。どうしてですって?それはあの池田小学校事件の悲劇に端を発します。いま学校の最重要課題の一つはは危機管理です。ですから、昨日も中学校で不審者侵入に備える訓練をしました。警察からご担当の方が3人来られたのです。身の丈180cmはあるかと思われるお若い警察官が刃物を持った不審者を演じられました。その迫力の凄いこと。幸い説得もしながら相手は取り押さえられ、生徒たちも運動場に避難することができました。そうした危機管理対応の道具の一つとして「刺股」を取り入れることになったのです。ときおりアメリカでは学校で銃の乱射事件などが起こります。そんなニュースを見るたびに安全な日本の状況をありがたいことだと思っていました。しかし、それが対岸の火事ではなくなってきたのです。こうした訓練をしなければならなくなった日本って、これからどうなるんでしょうか。大人がもう少ししっかりしなくっちゃあ。数百年後に言われますよ。「20世紀後半から21世紀初頭の日本はひどい時代だった。借金は作るは、人心は荒れるは、文化は衰退するは…。そのつけはわれわれが払うんだから、やってられない。このころの日本人って何を考えてたんだ…」と怒られますよ。もっとも、そのころまで日本が存在していればの話しですが…。 |
| リセットのすすめ(03/10/07-172) 年末になると誰もが「来年こそは」と張り切る。「今年は日記をつけるぞ」「今年は1万歩は歩くぞ」などなど、さまざまな決意をする。英語では’New Year's Resolutions’と言うんだそうな。人の気持ちはどこの国も同じだ。しかし、そのうち思い通りには行かなくなる。なにせ「三日坊主」というではないか。だから、「三日」でアウトという例も多いのである。しかし、ご心配は無用だ。3月になれば「年度」が替わる。「新年度こそは頑張るぞーっ」となるのである。この時期には卒業から入学に入社、転勤だってある。まさに気持ちの切り替え時期である。しかし、それだって実現が怪しくなることもある。でも大丈夫ですよ。そのうち夏休みがやってくるではないですか。だから、子どもたちなら2学期からやり直せばいいのだ。大人だってお盆休みなどを境にして心機一転すればいい。墓参りなどすれば気持ちも落ち着く。しかしながら、これまた失敗したらどうするの。そのときは、ちょっと待ったらまた正月が来るわいな。人生、そんなに焦ることもないというわけ。ともあれ、こんなことを繰り返しながら人生の時間が過ぎていく。大事なことは、ときどき気持ちをリセットすることだ。日本語を使えば’ご破算’の効用ということになるだろうか。 |
| 思い込み(03/10/06-171) ある日、福岡へ行ったときのこと。朝早いバスで帰ろうと思い、インターネットで「ひのくに号」の時刻表を調べた。6時34分、44分とつづき、次は7時04分だった。まあ、34分は早すぎる。しかし7時04分だとやや遅いかなという感じだ。ただ、朝ご飯も食べた方がいいから、7時にしようと決めた。時間は余裕があった方がいい。朝食は6時30分からとれる。そこで、支払いを済ませておこうと6時25分にフロントへ行った。すると、もう朝食の準備ができているという。その瞬間である。「それならパッと食ったら44分に間に合うかもしれない」。そんな思いが頭を巡った。「10分あればバスセンターだ」。こんな自分に都合のいい発想が浮かぶのものである。そこで食事を終えるやいなや、鍵を投げ出すようにフロントに返した。あとは脱兎のごとくセンターへ走った。人が見たら、脱兎と言うよりは「脱豚(だっとん)」に近かったに違いない。この年になると、そしてこのごろの体型になると走るのはしんどい。それに血圧も高く危険でもある。しかし、とにかくバスセンターの発車口へたどり着いた。そして、電光掲示板を見て愕然とした。その時点で最も早い発車時刻は6時50分であり、次は7時00分である。「何といい加減なインターネット情報なのか」。わたしは即座にそう思った。それには伏線もあった。先ほどネットを見たとき「1日88本」という一文があったのである。わたしの認識では、正しくは100本だったはずだ。「これは以前の古いバージョンだろう」。そう思って、YAHOOにある別のサイトも開いたのだった。その結果はやはり同じ時刻になっていた。そこで、「まあ始発のころはこんなものか」などと考えて、とにかく6時44分を目指したのであった。「とにもかくにもいい加減なことだ」。やや不満げにわたしはバスを待たざるを得なかった。しかし、すぐにあることに気づいた。このバスが博多駅が始発であることを…。そうなのだ、あの横書きにされた時刻表の左端は博多駅の発時刻だったのだ。案の定、とにかく最初に来た6時50分発「ひのくに号」の運転手士に聞いてみた。「このバスは博多駅何分発ですか」。答えは当然というべきか「6時44分です」だった。思い込みはいつも自己中心的である。無謀にも走ったことを考えると危険ですらある。 |
| 苫小牧の火災(03/10/05-170) ナフサを入れたタンクが燃え尽きた。管理に問題もあったようだが、とにかくもったいない話である。あれでどのくらいのガソリンができたのかしら。しかし、それはそうとして損するのは会社だ。もったいないとは思っても自分が損をするわけではない…。そんな思いは大間違いだ。ことはそれほど単純ではない。それは一社の損害ではない。国全体が自分たちの持ち物を失ったと考える必要がある。これは地震や台風などの災害でも同じことだ。自分のところが被害に遭わなかったといって胸をなで下ろしていてはいけない。その損害は巡り巡って自分のところに回ってくるのである。災害に対する復旧などに税金が使われる。それがなければ福祉に回せるかもしれない税金が使われるのである。われわれは目に見えない網の目の中で生きている。NHKは受信料を取るが、民放は「タダ」という認識も正しいとは言えない。民放はCMで成り立っているが、そのCM代は会社が払うのである。そしてその会社の製品価格には「広告宣伝費」が含まれている。「でも私はトヨタの車に乗らないから、トヨタがスポンサーの番組はタダだ」。これも正しい認識ではない。自分が乗らなくても、トヨタに乗って仕事をしている人がいる。その人が働いている会社から製品を買えば、その価格の中にトヨタCM代が含まれていることになる。だって、われわれが支払うお金が集まって社員の給料が払われるのだから。そしてその会社の従業員が給料でトヨタ車を買えば、その時点でトヨタにCM料が払われることになる。まあNHKの受信料は直接税であり、民放には間接税方式で支払っていると言うことか。とにかく、人の不幸を他人事と考えてはいけない。遠い北海道で起きた自分とは無縁の事故と考えてはいけない。この国に住んでいるすべての人が、お互いに何らかの関わりを持っているのである。顔を知らないもの同士であっても…。 |
| 熱中物語(03/10/04-169) 通勤時も本を読んでいる。時間的な余裕がないときは焦るが、赤信号になりそうなときでも無理はしない。信号待ちも楽しめる。本が読めるからである。バス停だって同じこと。さすがにバスはすぐに来た方がいい。けれど、ちょっとくらい来なくってもイライラすることもない。家を出るときや帰りついたときはエレベータに乗る。そのときもドアを閉めるボタンを押さないことが多い。なぜって、本が読めるからである。しかし、エレベータの中で本を読んでいるとき、私自身が自分を見て笑っていた。「あんたも、せわしないおっさんやなー。ものの1分とかからないエレベータで本を読むか…」。そう思うとおかしくなって笑ったのである。とにもかくにも楽しいのだから仕方がない。そう思ったときである。「道雄っ。ご飯よー」。こんな母の声が聞こえてきた。おそらく小学校のときである。本を読み始めたらおもしろくて止まらない。先ほどから「ご飯、ご飯」と呼ばれているのに、「うん、うん」と言うばかり。机から動こうとしない私がいた。「もういい加減にしなさい。みんな待ってるんだから…」。そこまで言われたどうかまでは記憶にない。それはともあれ、本を熱中して読んでいた子どものころが懐かしい。 |
| Ambulance(03/10/03-168) Ambulance って何だかご存じですか?英語の辞書を引くと「救急車」だということが分かります。つい先日のこと、わたしが乗っていたタクシーを「ピーポウ、ピーポウ」と言いながら救急車が追い越していきました。車の後ろ側には大きな文字で AMBULANCE と書き込まれていました。DOCTOR CAR と書いてあるものもあります。この救急車にはお医者さんが乗っているんでしょうね。またまた考えてしまいます。ここはアメリカなんだろうかと…。どうして日本語で「救急車」と書けないのでしょうか。もう、本当に嫌になっちゃうんだから。そう言えば、殺人事件などが起きると流れるニュースでも、警察官の人は POLICE と書いた制服を着ていますね。なんで英語なんでしょうか。何か積極的な意味があるのなら聞きたいな。こんなの見ると、まだ「鹿鳴館気質」を引きずってるのかいなと思ってしまいます。日本語ですむことは日本語ですませましょうよ。ところで、お若い方はご存じでしょうか。その昔、日本の救急車は「ウーーン」とパトカーと同じようなサイレンで走っていたことを…。その当時、ヨーロッパの映画では「ピーポウ、ピーポウ」と鳴らして走っていました。そんな映画を見るたびに、何だか変だなと違和感を感じたものです。ところが、いつのころからか日本も今のようにヨーロッパ式になったのでした。もうずいぶんと以前のことのような気がしますけれど…。 |
| ファインプレー(03/10/02-167) 先日ダイエー対ロッテのテレビを見ていた。あの優勝が決まった日である。はじめの4回表まで小刻みに得点し、3対0でリードしていた。ところがその裏、杉内が連打された。なんと6点も取られたのである。そして5回の表は3者凡退。ダイエーベンチには嫌なムードが漂いはじめたはずである。しかもその裏はいきなりノーアウト1,2塁になってしまう。これで間違いなく追加点を取られる雰囲気が高まった。やれやれ、またぞろ勝てないんじゃないか…。そのときだった。キャッチャーの城島が1塁牽制でフェルナンデスを刺したのである。試合が終わった後でこんなこと書いても迫力ないのは分かっている。しかし、あえて書こう。そのとき私は「ホークスが勝つ」とメモをしたのである。そして、このコラムのために、そのときの状況も走り書きしたのである。「サンキュー、城島、」。ピッチャーもこんな気持になったのだろうか、その回は次の二人から三振を取って終わり。そして6回の7点に繋がっていくのである。これで筋書きに書かれていたように、あっけなく逆転した。嫌なムードの中で決してあきらめない。冷静に1塁走者を刺す。まさにプロ魂を見たような気がした。こんなプレーを見れば、「まだまだいけるぞーっ」「俺もやったるぞーっ」。みんながこんな気持ちで奮い立つはずである。野球は優するにしても勝率6割に達するか否かの世界である。実力が段違いということもない。最後は冷静さ沈着さが勝負を左右する。まさに気持ちの勝負なのだ。そんな気にさせた城島のファインプレーだった。ところでダイエーの優勝セールはいいけれど、本屋さんも負けてくれないかなー。昨日は帰りに下通のダイエーに行った。全館優勝セールと言った感じだったが、4冊の本はまともな値段で買ってしまったんですが…。 |
| 膏薬(03/10/01-166) 膏薬:膏(あぶら)で練った薬で、患部に塗って患部に貼る薬である。「オロナイン軟膏」などは子どものころお世話になった。「理屈と膏薬はどこでも貼れる」と言った人がいた。人間は嘘をついても屁理屈をつけて正当化する。弱いところ(患部)を貼ってごまかす?それは「(政権)公約」も同じ?ここで本当に言いたかったのは公約のことだ。選挙の公約はまるで守られないものの代表になったようだ。あるいは、本音とは違うものを隠すための膏薬のようなものだったか。おかげで「マニフェスト」などという英語がまた日本語化されようとしている。政治家もマスコミもひどくご執心のようだが、じゃあ「政権公約」って日本語はなくなるの?政治家の皆さんも「これまでの公約はいい加減でした」と自ら認めるわけね?横文字ばかりでうんざりだから、日本語で表現しようよという反省の時代に、またまた横文字ですかい。「もう少し日本語を大切にする」といった公約ぐらい掲げてよ。わたしの方こそ「いい加減にしてよ」と言いたくなるわいな。日本語で言えるのにわざわざ英語を使うなんて、なんて無駄なことだろう。政治家は、こうした日常的なことから「日本の将来」を考えて欲しいものだ。それに、「マニフェスト」なんて言われたら、「わが党は政権公約だ」と叫ぶくらいの頑固さを持ってよ。敵が言い出したらそれにすぐ乗ってしまうなんて、それこそポリシーないわね。おっと失礼、「党としての基本的方針」がないわね。今日も国会で、ある党首は「マニフェストの…コンセプトの…」だって。何ですか「コンセプト」って。 |