| もう1回、先生の思い出話 教師は、大嘘をつくと子どもに憶えてもらえる。昨日は、そんなとんでもないことを言ってしまった。まあ、これはしゃれだと思っていただきたい。しかし、そう言った端から、また思い出してしまうのである。それは中学校の英語の先生だった。あるときその先生が東京に出張された。東京など一生のうちに行くかどうかも分からない時代である。子どもにとっては夢にしか出てこないような東京だった。もちろん、わが家には白黒テレビすらなかった。そんなときに東京へ先生は出張されたのである。当然のことながら帰ってこられてから土産話を聞いた。「東京は人が多くてビルがいっぱい。すごいぞー」。それだけで興奮してしまう子どもたちである。「それに、右を見ても左を見ても車がうじゃうじゃだ」。何せその数年前のこと、町に信号機がはじめて設置された。それを小学校から見学に行き、信号機の渡り方を教わった。そんな時代なんです。その町だって、ある県では3番目くらいの大きさだったはずである。そして、運動場で体操などしていると、たまにはるか上空を「ブーン」というかすかな音を残しながら飛行機が飛んでいった。「あー飛行機だ。一生のうちで1回くらい飛行機に乗れるんだろうか」。子どもたちがそんな思いをする時代だったんです。さてさて、閑話休題、、先生の土産話はつづく。「何せ皇居前なんかも車だらけだ。そこの道路を渡ろうとしたら、ビューっとタクシーが駆け抜けていった。危ないじゃないか。ちょっとカッとなって石を投げつけたんだよ。そしたら、その石が車に当たってさ…」。話はここでおしまい。「先生、それってきっと嘘だよね。そんな恐ろしいことしたら警察に捕まるでしょう。先生がするわけないよね」。わたしは心の中でそう言っていた。今でも、あの先生が放った一世一代の大嘘だと思っている。だからこそ、その名前も忘れていない。下宿されていた○○旅館の名前まで記憶している。あの旅館だってもうないだろうな。やはり、教師が大嘘をつくと子どもは忘れない???。気がつくと7月もおしまい。(03/7/31-104) |
| 先生の思い出はつづく それにしても、教師は子どもにどんなことで憶えられているか分からないものだ。信じられないほど凄いか、あっけにとられるほどの嘘を言うか…。いやー、教員養成学部の者が、こんなこと言っちゃあ怒られるな。しかし、印象とはそんなものなのだ。昨日は、ハイヒール先生の思い出を語った。この先生については後日談がある。大学生になってからのこと。銀行の支店を回る意識調査で、小学生時代に住んでいたあの町に行ったときのことだ。なぜかしらハイヒール先生のことが思い出された。気がついたら、教育委員会に電話して先生の勤務校を確認していた。さっそく電話をした。あの懐かしい声が聞こえてきた。相変わらずの方言丸出し。「あんたも大学生になったね。がんばっとるね」。先方もわたしのことを記憶しておられた。その声とともに、あの先生の顔が目の前に蘇った。もちろん、“ハイヒール“の嘘や“ジシザペン”のいい加減さは、もう楽しい思い出になっていた…。それから、さらにかなりの年月が経ったころである。ちょっとした巡り合わせで、その町で講演の約束をした。その際に、かの先生の消息を聞いてみたのである。驚いたことに先生はすでに亡くなられていた。残念なことだ。なぜかこの先生に1度だけでもお会いしたかった。もちろん、“ハイヒール“の件や“ジシザペン”のことを聞いてみたかったのである。それにしても、私の記憶から永遠に消えることのない先生である。(03/7/30-103) |
| 先生の思い出 わたしが子どものころの思い出。4年生か5年生のときだった。担任の先生がこんな話をした。前後の脈絡は記憶にない。「君たち女の人が履く靴をハイヒールというのを知ってるだろ。あれってどうしてハイヒールと言うか知ってるか?」。そんなこと知ってる子どもは1人もいない。そこで先生がやおら答えた。「英語で丘のことをヒールってんだ。あの靴はかかとが丘のように高くなってるだろ。だから高い丘みたいなのでハイヒールというんだよ」。みんなが先生の博識に感心したことは言うまでもない。それから何年後だったろうか。heelという英語が「かかと」であることを知ったのは…。こんなことに限って子どもはいつまでも憶えているから恐ろしい。そのうえ、この先生はわたしが中学2年生のときに小学校から異動されてきた。その先生が何と英語を教えられたのである…。まさに“ジシザペン”“ザットイズアブック”の世界だった。昭和30年代の後半のことである。今から考えると、そのころって本当に英語が読めては話せる先生はどのくらいおられたのだろうか。まさに60人学級も珍しくないような団塊世代の懐かしき思い出だ。それに比べて最近は随分と様変わりした。先生方はキチンと英語を話される。教育実習生も相当の力を持っていると感じる。時代は変わったのだなと思う。とてもいいことだ。(03/7/29-102) |
| 知識偏重 「知識の詰め込み主義」が批判されたのはずいぶんと昔のことのような気がする。それは、われわれ団塊の世代が受験の時期を迎えた1960年代のことだったのではないか。いずれにしても、そのころから「知育」に偏った教育の弊害が指摘され、その改善が声高に叫ばれた。しかし、ベーコンではないが「知は力なり」である。およそ知識の土台がないところに思考はない。考えることなしに人生を豊かに送ることはできるはずがない。だから、「知識」は必要なのである。問題にされたのは、本当の意味での知識ではなかったにちがいない。それは、ある短期的な目標が達成された途端に忘れても困らないようなものだった。たとえば、受験勉強の一部には、そうしたものが含まれていた。よく考えてみれば、それは「知識」に値するものではなかった。それを「知識」と呼んだら「知識」が怒るかもしれない。単なる「短期的記憶材料」だったのだ。とにもかくにも、「活きる力」を身に着けるためには「知識」はなくてはならないものである。そして知識は不思議な磁力を持っている。ひとつの知識を得ることが、また新しい知識を引きつける。それが個々人の大きな力となるのである。「知識偏重はいけない」「知識の詰め込みはいけない」。そんなことは当たり前のことだ。けれども、その反動で「知識軽視」に走ってしまっては取り返しがつかなくなる。子どもたちに「知ること」の楽しさを「知って」もらいたい。もちろん、本当に「知ること」を追求する過程では「苦しさ」だってあることも…。でも、それは充実感をもたらす苦しさである。「楽は苦の種、苦は楽の種」。このごろは、こんな言い回しも聞かなくなった。大人も子どもも、ついつい楽に流れていく…。(03/7/28-101) |
| 学力 最近は「学力低下」が話題になる。大学の理系の教員を中心に、それを心配する声も大きくなっている。文部科学省も「学力向上フロンティア校」を指定し、その研究・実践に踏み出した。もともと、「学力」の定義そのものが、今ひとつはっきりしない。みんなに共有化されていないのである。もっとも、学力に限らず人間の能力についてはいつもこうしたことが壁になっている。だから、「学力」がさまざまな側面を持っていてもおかしくはない。試験の点数などを基準にするときは、基本的には「学んだ力」を「学力」と考えている。いわゆる「学力テスト」「学力検査」などと言うときは、だれもがこうしたイメージを持つ。しかし、「学力テスト」の点数はどうして高くなったり低くなったりするのか。それは、「学力」の前に「学ぶ力」に違いがあるからだ。「学ぶ力」がなければ、結果としての「学力」は高まらない。それでは、「学ぶ力」の前にも何かがあるのか。答えはイエスだ。「学ぶ力」を最大限に保証するのは「学びたいと思う力」に違いない。それは「学習意欲」と言い換えることもできる。そして、こうした「意欲」の根底には、人間の「生きる力」があるはずだ。さらに正確には、「よりよく活きる力」「よりよく生きたい力」ということになるだろう。さらにその前にある原動力と言われると、もう生物学的な領域に入るのかもしれない。あるいは、宗教的な課題であるかも…。その当たりは、どなたかに譲るが、とにもかくにも「学力」は一言では語れない。けっこう奥深いものである。 ところで、気がついてみると、本シリーズも100回目となった。早いものだ。ここに至って、またぞろ不安になってきた。「あんたって随分と暇なのね」。そう思われているのではないかという不安である。いやー忙しい中で何とかやっているんですよ。それ信じて下さいね。そろそろ、「休憩」も必要だろう。1日も欠かさないのは健康じゃない。(03/7/27-100) 聞き違いではありませんでした このコラム22日の95回、長崎で起きた幼児殺害の少年が書いたメモについてのニュースでコメントした。ナレーターが「努力は『じつ』る」と言ったように聞こえた。しかし、これはどう考えても「実(みの)る」だろうと指摘し、もう少ししっかりして欲しいと要望した。車の運転中のテレビから聞こえたものなので「聞き違いならいいけど」と、若干はやわらかく書いてはいた。ところが、今日ある番組をを見ていたら、少年は「実る」に「じつる」というふりがなまでつけていたことが分かった。すぐに22日のことを思い出したのは言うまでもない。結論ははっきりしている。わたしは聞き違いをしたわけではなかった。しかし、同時にナレーターも原文を正しく読んでいたのである。結局はわたしに思い込みがあったのだ。「いくらなんでも、努力が『じつる』なんて書くわけがない」。それがわたしに疑問を抱かせたのだった。しかし、それが誤りであった。ここで「変な読み方したんじゃないの」と疑ったナレータにはお詫びしなければならない。それにしても、やはり人に文句を言うときはキチンと見ておくことだ。なにせ、車に乗っていたために画面そのものを確認していなかった。そこに落とし穴があった。今日は大いなる勉強をさせてもらった。それにしても、不思議な力が働いている。この事実を知ったのは、わたしが1週間のニュースを振り返る部分に遭遇したからである。この番組をいつも見ているわけではない。しかも、今日は土曜日だ。この先、今週のニュースを再点検するようなものはないだろう。まさにギリギリのところで、自分の間違いが分かったのである。すばらしいことだと思う。まだまだわたしはついている…。(03/7/26-99) |
| 目的と手段 「目的」を達成するために必要になるのが「手段」である。しかし、はじめは「手段」であったものが、いつの間にか「目的」になってしまうことがある。そうなると本来の目的はどこかへ行ってしまう。もっとも典型的な例はお金だろうか。「お金」は長い人類の歴史の中でも最大の発明物だろう。物と物の交換に代わって「お金」を仲介にする。1人ひとりの労働が極度に抽象化される。そして、この世の中にある多くの物が「お金」で買えることになる。だから、必要な物を手にするためには「お金」がいるのである。しかし、それは「必要な物」を得るための「手段」に過ぎない。ところが、いつの間にか「お金」そのものを手にすることが目的化する。それが極端に走ると「保険金殺人」といった言語道断の犯罪となる。それにしても、われわれ人類も含めて、生きているものたちはいつも先がどうなるか分からない。そこで少しでも安定を求めようとする。だから、食べ物にしても日常品にしても、いざというときに備えて貯め込もうとするのである。それはもう本能的・反射的行動に近い。だから、ちょっと食べてもすぐに脂肪として蓄えられる。しかし、「お金」が目的化しては寂しいではないか。われわれにとって大切なことは、普段から「目的」を確認しながら生活していくことだ。そういえば日本人の平均寿命はどんどん延びている。しかし、「平均まで生きること。できれば平均以上に生きること」が目的になっては問題だろう。人生の本来の目的は「よりよく生きるため」であり、「とにかく平均以上は生きる」ことではないはずだ。(03/7/25-98) |
| すっごいトイレ ある時、あるビルのトイレに入った。ビンが置いてあったが、それに書いてある内容がすごかった。「この瓶は吸い殻入れです。その他の物は入れないでください」。ここまでだったら別に驚きもしない。すごいのはそのつづきだ。「決して小便は入れないでください」。これってすごいと思いません?こんなことが書かれているからには、少なくとも1回は実例があったのだろう。まさか、こんなところで人を笑わせても仕方がないもんね。いやいや、たった一度だけでこんな文章まで書くかとも思う。それにしても、わざわざ便器のあるトイレでこんなことをする人がいるのだろうか。にわかには信じがたいが、世の中は何が起きるか分からないというわけだ。このビル、どう考えても子どもたちが出入りするところではない。したがって、その「犯人」は大人に違いない。いやはや、こんなことだから、「今時の若い者は」などといって若年者のことを嘆くこともできないのだ。大人がもっとしっかりしなければ、この世の中はよくはなりません。ところで、しゃれといえば、黒部渓谷に行ったときに吹き出しそうな掲示に出会ったことがある。それは、ある休憩所でのこと。壁に「Yes Smoking」と書いてあったのだ。もちろん「No Smoking」ならどこでも見慣れている。これと反対の「Yes」だから、「喫煙OK」ということである。もちろん遊び心に違いないが、なかなかのセンスである。これが意外に本気だったりして…。そんなことはなかぞなもし。(03/7/24-97) |
| シェーバーとカミソリ 朝ひげを剃る。道具はシェーバーかカミソリのどちらかだ。シェーバーは新聞や本を読みながらひげが剃れる。これは忙しい朝には、大きな魅力だ。しかし、ときどきカミソリで剃ってみたくなる。洗面台で顔を見ながら泡状のクリームを塗るのもまたいいものだ。白いクリームがカミソリが進んだ跡にさーっと消えていく。逆剃りで微妙なひげの残りもつるつるな肌に変わる。それがまた気持ちがいい。時間はけっこうかかるが、なかなか味のある一時でもある。ただし、わたしのカミソリはホテルからの「おみやげ」だ。ずいぶん前にはカミソリもちょっとした価格のものを買っていた。そのうち出張や旅行などでホテルに泊まるようになった。ほとんどの場合、ホテルにはカミソリが置いてある。これが1回で捨ててしまうにはもったいないのだ。わたしのひげはそれほど濃くないこともあって、かなり使い込めるのである。なにせ、1回や2回で捨てるなんて、資源の無駄遣いも甚だしい。もっとも、百円ショップでも3本組で売っている位のものなのだろうか。鼻の下のひげが濃い部分などは、なかなか満足いくようには剃れない。その点はシェーバーの方が強力な気がする。父がブラウン趣味だったこともあって、わたしもそれを使っている。ドイツ製らしく頑丈で、音もまたすばらしくやかましい。それが、剃り味のよさの理由のように思えるからおもしろい。しかも、ときにはどちらも使いたくなることがある。その際は、夜の風呂でカミソリを使う。そこで軽く剃っておいて、朝にはシェーバーのお世話になるというわけだ。こんなことでもけっこう楽しめる。何とも平和なことだが、そんな平和こそがもっとも大切なのではないか。ひげを剃るのも嫌になったら、もうおしまいだ。(03/7/23-96) |
| 聞き違いと思いたい 日曜日のこと。テレビを「聞いていて」二つほど「うん?」と思ったことがあった。どちらも画面をきっちり見ていなかったので、聞き違いだろうとは思う。しかし、それでもちょっと気になるのである。いずれもニュースを含む報道番組。ひとつは18時10分過ぎのことだった。長崎での幼児殺害事件で補導された少年の作文が紹介された。その一節を読む中で、「努力はじつる」と聞こえた。そのときは車の中でテレビをつけていた。そのため、画面は見ていなかった。しかし、ほんの数秒前の画面には「実」という字が見えたような気がする。そうであれば、当然のことながら「努力は実る」のはずである。この場合は「みのる」としか読みようがない。とにかく画面で確認してはいない。しかし、子どもが意図的に「実る」を「じつる」と読ませるような書き方をするだろうか。わざわざ「ふりがな」までつけて…。これを聞いて、その朝のことを思い出した。こちらも洗面中でテレビが「聞こえる」ラジオをつけていた。「イラク」から追放されていた人が「イラン」から帰ってきたという内容の報道であった。特派員の声が聞こえてきた。そのはじめに、「○○さんは、『イラク』から帰ってきました」と聞こえた。「あれー、それって『イラン』からでしょ」と言いたくなった。どうにもそう聞こえたのである。それじゃあ、まるであべこべだ。どちらも、それからは何事もなかったように淡々と進んでいった。まあ、朝も夕方もその後までじっと「聞いて」いることはできなかった。おそらく間違いだったのだろうな。そうであって欲しいと思う。いずれも「生」ではないから、誰かがチェックするだろうに…。ともあれ、このごろは「ことばのプロ」がどうも危なっかしいのである。そんな気持があるから、ついつい「聞き耳」を立ててしまう。(03/7/22-95) |
| 少人数と喜びの共有化 少し前に熊本市内で少人数指導を導入している学校に行った。当然のことながら、教師が1人当たりの子どもに対応する時間は長くなる。そうした中で、ある教師は調べ学習をしたすべての子どもたちのレポート内容を記憶していた。もちろん、ただ憶えているだけでは意味がない。1人ひとりの子どもたちが書いた内容を、すべての子どもたちの前で紹介していった。その際、必ず褒めるという配慮がなされていた。褒められることが分かっている子どもたちは、自分の番が来るのを心待ちにしているように見えた。それだけではない、自分以外のクラスの友だちが褒められたときの子どもたちの反応が興味を引いた。まるで自分自身が褒められたように嬉しそうな表情を見せたのである。ほんの数名しか引用されない場合には、「○○さんはほめられていいな」といった感情が生まれるかもしれない。また、「何で○○さんだけ褒められるんだろう」といった嫉妬心すら生じる可能性もある。それが、全員が褒められるものだから、他人の「喜び」を共有できるのである。他の人と喜びを分かち合えることは、平和のもとである。人間理解の基礎である。時計で計ったわけではないが、教師が全員を引用した時間は10分程度だったと思う。少人数だからこそできることではないか。(03/7/21-94) |
| サービスもつらい 世の中は少しずつ変わっている。そしていつの間にか以前と違った光景が当たり前になる。ずいぶん前のこと。おそらく80年代のころだった。授業中に学生が口をもごもごさせている。「まさか」と思ったが、とにかく大声を出して聞いた。「おい、それってガムか!」。なんと授業中にガムをかんでいたのである。そのときは「信じられんことするな」と呆れた。もちろんガムは捨てさせた。そのうち、ある組織の会議で職業人がガムをかんでいる現場に居合わせた。年齢もそれほど若くはなかった。「ガムをかんで会議もありになったのか」と情けない気持になってしまった。ただし、気がついてみると、その後はガムかみはあまり見かけなくなった。そのかわりというか、このごろはペットボトルが机に載っているのが普通の景色になった。それを授業中に飲むかどうかが勝負だ。そんな心臓者が出るのも時間の問題か。また携帯電話も机の上に置かれている。そのほうが、机の下でメールするよりはいいかと思ったりする。そして、そんなことを考えて安心している自分がわびしくなる。もうお客様第一主義なんだものね。あるとき学生にこんな話をした。「教員という仕事はサービス業なのです。ですから、みなさんはお客様ということです」。その学期末試験の解答用紙にこんなメモが書かれていた。「先生は、わたしたち学生はお客様だと言いましたね。それならどうして、授業中に僕が帽子をかぶっていたときに脱げと言ったのですか?」。お客様は神様だから、何をしてもいいということか。ともあれ帽子ぐらいで文句なんか言うなってわけだ。勘違いもいい加減にしてもらいたい。「ホテルのロビーにステテコか赤ふんどしはいて行く客がいるかい?」。これがわたしの回答だ。何でもかんでも自由気まま。ルールも約束事もなしでやりたい放題。そんなのってありかい?ここは人間の社会なんですよ…。(03/7/20-93) |
| 老化の話 わたしには何かしら不思議な感覚がある。「少年」になったときは、その朝に「自分は今日から少年だ」と自覚した。体の大きな変化に気づいたからである。その後、「青年」になったときもそうだった。いつも目が覚めた瞬間にそのことが分かる。こうなると、わたしは自分が体の変化を感知する鋭い感覚を持っているに違いないと信じるに至った。そして「成人」になったときにも、やはりそのことを知ったのである。もちろん、このときも朝一番のことだった。これ以上はくどくなるが、それが「壮年」のときにもあったことは言うまでもない。だから、50代の半ばを迎えたいま、そう遠くないうちに、「老人」になった日を体験をするはずである…。ここまで読んでいただいてありがとうございます。ただし、そのすべてが「嘘」である。心から「すみません」とお詫びしたい。「少年」や「青年」「成人」だなんて人間が勝手に決めた基準である。「昨日までは少年だったが、今日から青年」なんてことは起こらない。だから、そのうち「いつの間にか」老人にもなるのである。ここで言いたいことは、体は「少しずつ変化する」ということだ。そ程度は小さすぎて、自覚することなどできはしない。そして、長い時間が経過する中で、「あー自分も年をとったものだ」という思いに至るのである。だから、はっきり気づいたときは、もうその域に達しているのだ。国だって同じことではないか。国民の中に「どうもちょっとおかしいかな」くらいの感じはある。そのうちに、気づいてみると国全体が疲弊し崩れかけている。そうなったら、もう昔の元気な状態に戻ることはむずかしい。個々人の人間としては、一生懸命に生きてきたのであれば、老化も自然の流れである。そして、いつの日かこの世とお別れする。それでいいと言えばいい。しかし、国は世界に「さよなら」といって消え去る訳にもいかないだろう。けれども、わたしが住んでいる国は、もうそうした状態を迎えているのではないか。このごろそんな気がするのである…(03/7/19-92) |
| ボートは押して引く その昔、福岡に住んでいたころのことだ。天気がいいと、友だちと福岡の大濠公園に遊びに行くことがあった。そんなときは、ゆったりとボートを漕ぎながら会話を楽しんだ。あのボート、まずは櫂を水につけずに、向こう側へ押す。そしてその先を水につけてから「えいっ」とばかり引き込むのである。その際は櫂と一緒に体も斜め後方へ倒れる感じになる。それにしても、人間の動作を文字で表現するのはむずかしい。いまわたしが文字で伝えようとしていることは、公園などの堀に浮いているボートを漕いだことのある人にはだれでも分かる。いや、見たことしかない人でも目に浮かぶことだと思う。だから、これ以上に細かい描写はしない。とにかくボートを漕いでいる姿をイメージしていただければいい。いずれにしても、櫂を「押し」て「引く」動作を繰り返すことでボートは前に進むのである。もっと正確に言うと、漕いでいる者から見れば自分が向いている方向とは反対の方へ「前進」する。ここで言いたいのは、ものごとを前に進めるためには、「押し」と「引き」の両者が必要だということである。問題解決にあたって、とにかく押しっぱなしと言う人がいる。自分が相手に与えている影響などお構いなし。そうした立場から見ると、「押される方が悪い」ということになる。「文句があるならお前だって押してみろ」というわけだ。しかし、それではお金を払って反発を買ってるようなものではないか。ちょっと相手の意見も聞いてみようよ。問題の解決に思わぬアイディアが出されるかもしれない。人生、「引き」も大事なのだ。何かしら浪花節というか演歌の世界になってきたが、人間関係には「相手」がいることを忘れてはならない。一方的な押しつけでは事態は進まない。ときには「引く」ことも考えたいものだ。そして、ときには自分を振り返ること、他人の意見を聞くことも必要である。そうでないと、どちらに向かって進んでいるのかも分からなくなる。ちょうどボートが背中の方向へ進んでいくように。ところで、大濠公園へ出かけていたという友人ですが…。ええ、同性の友だちでした。(03/7/18-91) |
| 内線問題 電話の内線を英語ではextensionという。extensionを英和辞典で引くと、名詞としては「延長」「増築」「延期」といった訳が並んでいる。形容詞で「大学公開の」といった意味もある。だから、「公開講座」はextension lectureあるいはcourseとなる。もとはと言えば、「広げる、延ばす」という意味を持つextendの名詞形である。これが日本語の「内線」と同じ意味になるところがおもしろい。動詞の意味を考えると、「extension」は「外線」かと思うほどである。日本語では、「内線」だから「閉じた」ニュアンスを持っているのに対して、英語では「その先に広げる」のだから「開けた」イメージがある。まるで正反対の感じではないか。たとえば、ある会社に電話をする。それから先は「内輪」の世界である。とりあえず入り口まで到達すると、後は中に入れてもらう。これが日本語の雰囲気である。これに対して英語では、入り口からさらに中の方へ入っていくことが求められる。「もっと先までどうぞ」といった感じになる。日本語では入り口に守衛さんがいて、その許可を得て中の方へ入れていただく。英語では、どうぞご自由にお入り下さいというわけだ。その後も目的の場所まで自分で行く。こんな違いを感じるのだがいかがだろうか。「それがどうした」と言われればそれまでのことではある。しかし、こうしたところに、部外者に対する組織の「閉鎖性対開放性」といった意識の差が出ているような気がするのである。とくにどちらがいいの悪いのということではないけれど、発想に違いがある点がおもしろい。考え方や受け止め方の違いが、ことばの差異となって現れる。だから英語の「extension」を日本語の「内線」と訳したとき、それが持っている意味合いは同じではないのである。「内線」程度のことなら実害も少ないだろう。しかし、ニュアンスの違いが決定的な影響を持った例もある。その昔、降伏を求めるポツダム宣言を日本政府が「黙殺」したとき、英語では「ignore」と翻訳されたという。前者は「取り合わない」と言ったニュアンスがあるとされる。まあ、「見て見ぬふりというか、聞いて聞かぬふり。その当たりのことは察してよ」という感じだったのだろう。これに対して「ignore」は「無視」という拒否的な意味合いを持つらしい。これは「内線」と「extension」のように、反対の意味合いを持ったことばではないが、ともあれかなり大きな違いがある。それが原爆投下にも繋がったという説が正しいかどうかは分からないが…。(03/7/17-90) |
| 傍若無人物語(つづき) 例の「傍若無人」さん。ご本人は、人があきれていることなどお気づきではないに違いない。そうであれば、とてもこんな行動はとれるわけがない。気づかないから、いつまで経っても治らない。むしろ、事情を知らない人間の前で、やや秘密めいた話をすることに快感を覚えていらっしゃるんだろう。「俺って、けっこう大事なことしてんだぞーっ」てわけだ。いやはや、その社会性のなさ、感受性の低さは見事と言うしかない。こうした人から影響を受けているみなさん。ぜひとも「反面教師」として認知してね。「かっこいいっ」なんて言って「模範」にでもされると、えらいこっちゃで…。まだ話はつづく。部屋の主がわたしに謝罪されるのである。「すみません。気にしないでください。わたしが『後で来て』と言わなかったものですから。止めればよかったのですが…」。何とも優しい方である。件の御仁は、自分の行為で人にお詫びまでさせてるなんて夢にも想っていないはずだ。案の定と言うべきか、相手がおっしゃるには、「前にも同じようなことがあった」のだそうな。そのときは、居合わせた人が大いに怒ったらしい。そりゃあそうだろう、あれで何も感じない人がいるわけがない。しかし、そうなると、怒らなかったわたしはアホかもね。いやいや、わたしの仕事は人間ウォッチング。またアンビリーバボーな行動パターンの人物に出くわして大感謝の心境なのでございます…。(03/7/16-89) |
| 傍若無人物語 某月某日の話。ただし、それほど昔のことではない。ある人の部屋で話をしていた。その内容はけっこう大事なものだった。突然、ドアがノックされ、これまたある人が顔をのぞかせた。そこまでは、よくある話である。そして、普通はこうなる。「あっ、お話中?じゃあ、また後で…」。あるいは、こうなる。「お話中、申し訳ないけど、ちょっといいかな?」。ところが、現実には、そうならないところがすごい。この人、「例の件ねー」などと言いながら部屋に入ってきた。まるで押し入り強盗かハイジャックだ。そして、なにやら隠語風のことばを使ったやりとりをしながら、居座ること数分。いやー、開いた口がふさがらないとはこのことだと感動してしまった。「傍若無人」、「かたわら(傍)にひとなきが(人無)ごとし(若)」。まさに、そこにわたしがいることが前提にされていないのである。これほどことばの意味がストレートに実現した例はめずらしい。まさに歴史的体験であった。もちろんこうなると、「お邪魔しました」などといった庶民の使うことばなど期待してはいけない。そして、その通りに何もおっしゃらずに消えて行かれた。これって、何なんだろう…。「失礼します。○○ですが、○○しに来ました。入ってもいいでしょうか」。このごろ毎日のように聞いている中学生の声が聞こえてくる…。(03/7/15-88) |
| 知らない村のすごい力 昨日の朝ことだ。YAHOOのトピックス欄だったか、ある村で課長を選任するのに投票で決めると言う記事が載っていた。今朝になってから確認しようと思ったが、すでに更新されていた。したがって、詳細で正確なところは分からなくなったが、とにかく管理職を職員を選ぶという内容だった。われわれも、リーダーシップを測定するのに、30年以上も前から「部下評価」を基本にしてきた。教師についても「児童・生徒評価」を大事にしようと言ってきた。残念ながら、この方式はあまり人気がなかったようだ。しかし、最近になってようやく「部下評価」に関心を持つ機関が増えてきた。昨年は外務省でも「部下評価」を導入するというニュースも見た記憶がある。どうせそうするんだったら、永年の経験を持ったわれわれに頼みませんかと言いたくなった。もちろん、何も言わなかったが、その後どうなっただろうか。そんな中で、課長を投票で決めるなんて、おもしろい村もあるなと思ってホームページを覗いてみた。盛岡市の隣にある滝沢村である。地図を見ると、村内ではないが、あの有名な小岩井農場も近くにあることを知った。ともあれ、そのホームページが本格的ですごいのに驚いた。正直な話、市町村のホームページをじっくり見たことはない。だから、そのすごさが他の市町村と比較してどうなのかはよく分からない。しかし、このごろようやくホームページに目覚めたわたしとしては、まさにプロが作ったと思われるようなできばえである。「村長さんの部屋」もあって、交際費の詳細なリストも記載されている。毎日の行動予定も書かれていて、その忙しさに感心した。アクセスカウンタは25万件を超えている。いつスタートしたのか分からないけれど、とにかく大したものだ。人口は5万人ほどで、村としては日本一だそうな。これも新知識だった。九州土着のわたしとしては、インターネットがなければ、一生を通じて知ることのない村である。どんなところからも情報発信ができる時代なのだと、つくづく思う。それをうまく有効に使いたいものだ。これは情報化時代の「光」の部分か。(03/7/14-87) |
| 知らない土地 かなり昔のことである。東京羽田空港から山形へ行く用事があった。熊本空港の時点から、天候不良で「羽田−山形」は欠航するかもしれないとの情報が入っていた。わたしとしては、とにかく東京まで行くしかない。そんなことで羽田に着いた。状況は相変わらずで、「天候によっては仙台に回るかもしれない」という。おいおい冗談じゃないぞ。わたしは少々慌てた。仙台から山形なんて、そんな「遠く」に降ろされたんじゃ仕事に間に合わない。そこで、ゲート担当の女性に聞いたのである。「仙台から山形って遠いですよね」。これに対する回答は「そうですね」だった。そこで、「決断力あふれる(?)」わたしは、その場で飛行機を諦めた。「いまならJRで間に合う。そのリミットぎりぎりだ」。そこで、モノレールに飛び乗って浜松町から上野へと走ったのである。そして、上野に着いて駅員に聞いた。「すみません。山形までできるだけ早く行くにはどうしたらいいでしょうか…」。みなさんは、駅員の回答がお分かりだろうか。「えー、そうですね。それでしたら新幹線で仙台まで行かれて、仙山線で山形へ行かれればいいでしょう」。「えーっ!?仙台?」。ほとんど絶句だった。なんと、地上で一番早く山形に行くには仙台経由だというのだ。ここまで来てしまったからには、そのアドバイスに従うしかない。まあ、結果的には先方と約束した時間に間に合ったからいいものの、何と馬鹿な選択をしたのだろう。それにしても、知らない土地は知らないんだなーと思う。仙台や山形の地理的関係なんぞ、まるで分からない。正直なところ、相当に離れているという認識だった。実際は63Km程度で1時間少々しかからない。熊本−博多の120Kmよりもはるかに近いのである。そして、現在は山形まで「新幹線」が走っている。そのころよりも、山形は東京にさらに近くなっているはずだ。「知らない土地の思い込み事件」であった。わたしの「行動力」がそうさせた?と言うよりも、単なる「せっかち」なるが故の出来事だった。(03/7/13-86) |
| 失礼ですけれど… 昨日、あるところに電話した。先方は生憎と不在であったので、「改めてかけ直します」と切ろうとした。そのとき電話口の女性が「失礼ですけど」と聞いた。じつを言うと、最初はよく聞き取れなかったので確認した。そこでもう一度「失礼ですけど…」と言われて、「熊本の吉田と申します」と答えた。それにしても、面白いなと思う。「失礼ですけど」何なんだろうか。正確には「失礼ですがどちらさまでいらっしゃいますか」と聞くべきなんだろうと思う。こんなところまで日本語の省略化が進んでいるのだろうか。日本人は物事をはっきり言わないという評価がある。外国人から見ると曖昧ではっきりしないと見えるだろう。そこは、それ「言わずとも以心伝心ですよ」というわけだ。「最後まで言わなくったって分かるじゃないか」。また、「最後まで言わせないでよ」ということである。それはそれで面白いと思う。しかし、「言わぬが花」とは言いながらも、やっぱり言わねばならぬことはきちんと最後まで言って欲しいものだ。ともあれ日本語はネタになりやすい。落語か漫才で言っていたが、日本人は「どうも」が大好き。顔を合わせるなり「どうも」「いやー、どうも」「えー、どうも」「どうも、どうも…」と、「どうも」だけで会話が進んでいく。さすがにこれは誇張しすぎだが、日頃の会話を思い出しながら思って笑ってしまった。ことばと言えば、昨日の昼のニュースも思い出した。12時20分までの、正確には12時29分59秒99までのニュースだが、原稿が読み終わらないうちに、次の番組に切り替わってしまった。読む時間がオーバーしてしまったのだ。とても珍しいことだ。たまに時間に迫られて慌てている雰囲気が伝わることはある。しかし、昨日は気のせいかアナウンサーは焦っていないように聞こえた。わたしは、ヒューマンエラー、ことに組織におけるミスや事故との関係も研究している。そんなわたしとしては、どうしてそうなったのか聞いてみたいところだ。(03/7/12-85) |
| 思いやり 「思いやり」「譲り合い」という日本語は辞書からなくなったにちがいない。運転をされない方には今日の話の意味は分かりにくいだろう。ともあれ自動車を運転しているときのこと。右折しようと待っている。しかし、なかなか車の流れが切れない。そのうち、ちょっと間が空きそうにはなったが、まだ車がこちらに向かって来る。無理をすれば右折はできると思うけれど、まあ我慢することにしよう。そして、その車が10mくらい前に来たときである。なんと左折のウインカーをチカチカさせて曲がっていく…。こんな経験したことありませんか?何という意地悪、こころの曲がった人だことよ。それなら、もう少し前でサインをすればいいじゃんか。「わたしは直進せずに左折しますよ。あなた、よろしかったら先に右折しませんか」。こんな思いやりが何でできないのかしらね。「右折なんかさせないぞ」。そんな気持なのであれば寂しい限りだ。「えーっ。それって考えたこともなかった」なんて言う人はいるのだろうか。相手に対する思いやりのないことでは、「意識的」に譲らないの同罪だ。わびしい話しだこと。しかも、こんなこともある。こちらがちょっとでも譲ると、今度はこれ幸いとばかり何台もがそれにのってパスしていくこともある。まるで「間抜けが止まってるから、今のうち、今のうち」といった具合だ。譲るのはアホで、要領よくやるのが勝ちの世界。こうして親切心や譲り合いのこころが踏みにじられる。こんなことを繰り返していて、子どもたちに「譲り合い」「思いやり」などと絶叫しても、迫力のないこと甚だしい。街角の小さな出来事の積み重ねが人の心を蝕んでいく。(03/7/11-84) |
| シートベルトの思い出 いつのころだったか、高速バスに乗ってシートベルトを引き出そうとしたが、出てこない。あの凸の部分が、頑として動かないのである。仕方なく後ろの座席に移動した。ところが、そこもまたアウトの状態なのだ。少しばかり頭にきたが、「まあいいか」と嵌めるのを諦めた。それにしても、設備のチェックがなってないじゃないか。「これもいつかネタにするぞー」とばかり意気込んだ。しかし、その興奮もいつの間にか静まって、降りるときには運転手氏に文句を言うのも忘れていた。まあ、よくあることだ。ところが、ところがである。それから一月ばかり後に同じ会社のバスに乗ったところ、また駄目なのである。「こりゃー投書もんじゃわい」とまたまた興奮してしまった。さすがにひどいではないか。こんな安全無視のバスなんか乗れるかと言うわけである。それからどうなったかって?それが、よく分からないのです。興奮していたため、どうしてそうなったか分からないです。しかし、とにかく気づいたらベルトが嵌ったのである。じつは、ベルトの反対側、つまり凸の方が動いたというわけ。まさに、動かないというのは、わたしの思い込みだったのだ。それにしても、自分の経験では凹側の方が伸びるベルトって見たことがない。どなたか、このパターンのベルトをご存じだろうか。個人的に言わせてもらえば、わたしの思い込みも仕方ないような気がするのだ。もし、、凸部が伸びる方が圧倒的に多いのであれば、やはり公共のものはそれに合わせて欲しい。ユニバーサルデザインではないけれど、「みんながそうだと」思うやり方がいいはずだ。それに、一般と違う方式なら、そのことをお客さんに知らせなきゃあね。まあ、どれもこれもわたしの言い訳のように聞こえるかもしれないけれど…。 ちょっと追加。9日の18時台のニュースで、ある方のコメントを紹介していたが、「…なおさら質(たち)が悪い…」を「『しつ』が悪い」と読んでました。しかも画面の文字には「たち」とふりがなまでふってあったのに…。これも思い込みなのかしら。やっぱり気になってしまう。しっかり気をつけてくださいね。(03/7/10-83) |
| 緊張持続時間(本題) さてさて、とにもかくにも45分授業に参加した。いやはや、短い時間だと呆れたかというと、そうでもないのである。きちんと始まって目一杯の時間を使う。だから緊張感もあって、なかなかいい。もちろん、授業はあっという間に終わる。わたしも、シンポジウムなどで発言者の席に座ることがある。そんなとき、与えられた時間を守られる方の少ないこと、少ないこと。打合せのときに、「いやー、お互い発言は簡潔に要領よくいきましょうや。けっこう時間をオーバーする人がいますからなー。わっはっはっ…」なんて提案する人がいる。そんな方に限って時間を守らないから参ってしまう。学会などでも同じこと。発表時間を超えても平気で話しつづける人がいる。もうそれだけで発表を聞く気がしなくなってしまう。内容がどんなにすばらしいものであってもだ。それはともあれ、シンポジウムでは、時間が押してくるにつれて、「自分も発言させろ−っ」と叫びたくもなる。そんな切迫感が45分授業にもあるのだ。だから、なおさら時間は走るように経過していく。こんな体験をしてから、アメリカ人にも授業時間の長さを聞いてみた。その結果は、1コマ60分なんて答えがけっこう多かった。すると90分から100分という気が遠くなるような時間はどうして決まったのか。これはわたしの推測だが、日本が大学のシステムを整備しはじめたころ、ドイツあたりが100分タイプだったのではないか。かの国なら、何となくありそうな話だと思いませんか。もちろん、オーストラリアでも45分で十分でない場合は、2コマつづけることもあった。それは、それで45分でちょいと休憩を取るのである。そんな体験をすると、「こりゃあいいわ」とすぐに納得してしまう。「緊張感が持続したまま他人の話が聞けるのは、せいぜい45分だわな…」。そう言えば、附中でやっているわたしの「押し売り出前授業」も、50分だから退屈する前に終わるのである。これが100分にもなったら、子どもたちも嫌になるだろう。「もう少し聞いてもいいな…」。こんな気持のところで止めるのがコツなのかもしれない。(03/7/9-82) |
| 緊張持続時間 オーストラリアで半年ほど過ごしたことがある。いつものことながら、年月はあっという間に経っていく。あれは1996年だったから、もう7年も前のことだ。バブル崩壊が見えてはいたが、またまだ日本経済は大きな影響力を持っていた。経済ニュースでは円の為替相場が米ドルの次に挙げられていた。こうした中で、わたしはパースにある西オーストラリア大学に出かけたのである。大学に行って最初に聞いたこと。それは授業1コマの長さである。半年間は授業にも参加するつもりでいたので、まずはその長さを知りたかったのである。初日に会ったばかりの教授に「授業1時間は何分ですか」と尋ねた。その答えを聞いたわたしは、「えーっ」と驚き、のけぞった。なんと「45分」だというのである。「なんだ、それじゃあ日本の小学生レベルじゃないか。学生はその程度しか緊張感を持続できないの?」。そう叫びたくなったが、それは抑えた。わたしがかなり驚いた様子を見せた後、先方も聞いてきた。「日本ではどうなの」。わたしは「まあ大学は90分、場合によっては100分のところもある」と答えた。教授はわたしと同じくらい驚いた様子だったが、のけぞることはなかった。そりゃあそうだ。巨体の彼らは、のけぞっていたらひっくり返ってしまう。その後に彼が発した質問。「それで学生はちゃんと聞いてるのか」。これにはわたしもやや口ごもってしまった。とくに午後2時頃の教室風景が頭に浮かんでしまったのである。学生のみなさんの遠くを見る目などなどが…。そこでわたしは答えた。「いやー、90分といっても、まあ来客があってすぐに教室に出かけないこともあるし…。それに、区切りがいいところで終わることもあるので、必ずしも90分目一杯というわけでも…」。相手には意味不明な回答に聞こえたかもしれない…。本日はわたしが出かけたオーストラリアの大学では1コマが45分だったという情報だけで終わってしまった。この「緊張」を「持続」させて、明日もつづきを覗いてみていただきたい。(03/7/8-81) |
| それぞれの仕事 このところバタバタしていて、じっくり新聞が読めない。朝から新聞を読む気がなくなってきたら危ないそうだ。うつの前兆だともいわれている。わたしについては、今のところそうした心配はない。まだまだ読みたくてたまらない気持が持続している。ただ、十分に時間がとれないのである。不思議なもので、新聞は朝の時間に読みたくい。それを逸すると冷めたコーヒーを飲んでいるようで、今ひとつ気が乗らないのである。まあ、贅沢というかわがままというか、そんな気持で新聞に対している。しかも、少々時間がとれても、パラパラと全体をめくって、目についたところだけを読むしかない。だから、多くは見出しだけで斜め読みになる。なにせ20ページ〜30ページにもなる量だから、それもやむを得ない。そうした中で、自分の仕事に関係するところだけ、中身までちゃんと吟味する。そんなときふと思う。これを書いた人は、自分の仕事として気を入れていたんだろうなと。しかし、それは紙面全体に通じるはずだ。大きな記事はもちろん、片隅の小さなCMだって…。その制作者は、たくさんの人に見てもらいたいと願っているにちがいない。どれもこれもが、関わった当人には大事な自分の仕事のはずだ。もちろん、新人記者の「初めての仕事」だって、紙面のどこかにはまっているだろう。あるいは、一生に一度だけの投稿文が、投書欄に掲載されているかもしれない。それぞれが記念すべき記事、忘れることのできない作品であるはずだ。そう思うと、どの部分も大切にしてあげたいという気持になる。それにしても、新聞紙に載っかっている文字は、1部当たりどのくらいの数になるんだろうか。そんなこと考えても仕方ないか…。(03/7/7-80) |
| 納得性こそ一番 心理学では、さまざまなテストや調査項目が作られる。そんなとき、重要だとされるのが「妥当性」と「信頼性」である。テストや調査は、個人や集団の実態を知るために実施される。だから、「知りたい実態」を本当に測っていなければ意味がない。「測りたいものを本当に測ってい」れば妥当性は保証されたという。信頼性は、「同じ対象に実施したときに同じ結果が得られる」ことによって確かめられる。「測りたいものを測り」「何度測っても結果は同じ」。物事を測るものはこの二つが保証されなければ意味がない。たしかに、そう言われればそうだ。ここに、この上なく精密で、いつ測っても0.01mgの誤差もでないはかりがある。それを使って2個のメロンを計ってみよう。1つは200gでもう1つは250gだ。そこで、「250gの方が甘い」と結論づけたら、それは大間違いになる。はかりは「重さ」を測定するために妥当な道具である。その結果から甘さを知ることはできるわけがないのだ。この場合、信頼性は高くとも妥当性はまったく保証されていない。また、1個のメロンを計ったら、最初は200gで、もう1度計ってみると今度は250gなんてことでは困ってしまう。信頼性が低いのである。こうして、「妥当性」と「信頼性」は重要な指標とされている。しかし、ちょっと待てよと思うのである。まだ見落としているものがないですかということだ。それは「納得性」だ。テストや調査を受ける側が、受けること自身をどれだけ「納得」しているか。これを欠いては「妥当性」も「信頼性」もあったもんじゃない。テストや調査を実施する側がその重要性や意味を説明するのだから「説得性」といってもいい。しかし、わたしはやはり受ける側の視点に立った用語が好きだ。だから「納得性」なのである。これまでも「説得の心理学」はあったが「納得の心理学」に関する研究は聞かない。両者は単なる裏返しではない。心理学のような領域では、「どちらに立つか」は重要なポイントである。それは人間を扱う「科学」なのだ。「そんなの科学じゃない」と言われれば、「じゃあ、科学でなくていいや」と居直りたくもなる。ともあれ、何よりも「納得性」抜きでは、テストも調査も実践的な意味を持たないと考えたほうがいい。わたしは、「納得性」を大切にしながら仕事をつづけたい。(03/7/6-79) |
| 1人どころでない凄い人 3日前、わたしたちは1人で生まれてきたのだから、少なくとも1人にだけ望ましい影響を与えれば満足しようと提案した。その考えは変わらない。しかし、それはそうとして、やっぱし世の中には凄い人がいるもんだ。昨日の夜のこと、NHKを見ていたら、懐かしい方の顔が見えた。九大健康科学センターの峰松修教授である。若いころからよく知っている先輩だ。もともとカウンセラーとして仕事をつづけてこられた方である。番組での話題は、引きこもりがちな学生たちを対象にカウンセリングをすすめて30年ということだった。その場所をサイコリトリートと呼ぶんだそうな。「精神的避難所」と解説していた。そこに多くの学生が集まる。峰松先生は彼らに誠心誠意対応していくのである。その中から、社会復帰するものたちもいるようだった。そこで峰松先生って「凄いなー」と思った訳である。なんたって1人どころか何十人、いやその何倍もの学生たちに影響を与えつづけて来られたのだから…。画面からだけではお分かりにならないと思うが、峰松先生は190cmにも達する大男でいらっしゃる。そんな体格に似合わず、心根は徹底的に優しい方だ。人が嬉しい気持になっているときには、ご自分も嬉しくなれる。そんな心性を持っておられると思う。ややもすると、人は人の幸福をやっかみたがる。心から喜んであげられない。悲しみや苦しみには同情することがあっても…。そうしたチマチマとした心の揺れを超越したように見えるのが峰松先生なのだ。そんなことを思いながらテレビを見ていて、わたしの心もホッとしたようだった。今日もまた、ありがたや、ありがたや。(03/7/5-78) |
| 人間力 どんな組織でも、しっかりと仕事をするためには、それに関わる知識や技術を持っていなければならない。そうでなければプロとは言えない。しかし、それだけでは、いい仕事はできないはずだ。周りの人もついてこない。そこには「人間的な力」が求められると思う。まあ、一般的には「魅力」といってもいいものだ。「この人は、本物の人間だ」と感じさせる力、人を引きつける力である。それを敢えて「人間力」と呼ぶことにしたい。それは毎日の努力の積み重ねで身に付いていくものだと思う。ささやかなことにも興味を持ち、ちょっとしたことでも驚くことができる。人に対する思いやりを持ち、相手の気持を察することができる。間違っても、他人を傷つけるようなことはしない、言わない。これでは、まるで宮沢賢治の世界になってくる。しかし、そうしたことができるように努力しているうちに、それが意識しない対人関係の力になるのである。自分で当たり前にしている行動だって、はじめは意識しているものだ。「歯磨なんかしなくても平気だ」なんて人はいないだろう。しかし、この習慣だって、子どものころは嫌々ながら親から強制されてはじめたのではなかったか。そもそも習慣とは、そんなものなのだ。禁煙にしても、はじめは苦しくて、朝から晩までたばこが吸いたくなる。それを何とか耐えているうちに、頭の中からたばこのイメージが消えていく。そして、いつの間にかそれが、意識に上らなくなるのである。少なくとも、わたしの禁煙ではそうだった。当初は100m先の建物でたばこを吸っている人が見えたほどである。それが、だんだん気にならない状態になっていった。いずれにしても、嬉しいのは「人間力」は努力で強化できるということだ。歯磨きと同じように淡々と実行しているうちに身に付いてくるのである。ありがたや、ありがたや…。(03/7/4-77) |
| 少人数学級で教師が走る 現在、1学級の児童・生徒数は、小中学校の「設置基準」で最大40人と決められている。このため、41人になると2つの学級に分けられる。21人と20人の2クラスになるのである。こうしたことから、現実的には40人目一杯の学級数はそれほど多くはないはずだ。国立大学の附属校では40名を原則としているが、公立では計算上の平均値はかなり少ない。たとえば、文部科学省の統計によれば、2001年度における1学級当たり児童・生徒数は、公立中学校で32.1人、小学校の場合27人である。このような中で、文部科学省は自治体の判断で40人よりも少ない学級を設置することを可能にした。そうしたことから、全国で「少人数学級」に力を入れる自治体が出はじめた。熊本県や熊本市も積極的に対応している。教師にとって児童・生徒数が減れば、それだけ1人の子どもに対応する時間が長くなる。教室でも教壇に近いところに児童・生徒が集まっているイメージが浮かぶ。それだけ子どもが身近にいるのである。そして、4、5人からなるグループをつくれば、それも教師の周りにこぢんまりとまとまることができる。ここでは、「身近」がキーワードのように見える。しかし、ちょっと待てよという気持になる。6つくらいのグループができたとき、それらが教師の近くに固まって集まらなくてもいいのではないか。教室いっぱいを使って、グループが互いに離れているのもおもしろくはないか。そうすれば、よそのグループが何を話しているかも聞こえにくい。それだけ自分たちの仲間の発言に集中できる。その離れたグループの間を教師が走り回るのである。そうなると、先生の「動き」が目立ってくる。そのことによって授業が活気あるものに感じられるはずだ。それがまた子どもたちに影響し、さらに雰囲気は盛り上がるに違いない。子どもたちが少なくなったら、できるだけ小さく集まってコミュニケーションをよくしようと思いがちだ。しかし、実際には空間を最大限に使うといった工夫によって、授業はダイナミックになるのである。教師と子どもの距離を置くのも大いに意味がある。「灯台もと暗し」ではないが、距離が近すぎると、手前の方に座っている子には案外と目が届いていない。ものを見るときだって、対象物との間にはそれなりの距離がいる。人間関係には「適性距離」が必要なのである。そして少しでも「動き」を演出することで、「生き活き」した教室が生まれることになる(03/7/3-76) |
| 世の中の1人には影響を わたしたちは、この世に1人で生まれてきた。双子や五つ子も、誕生時間は同じかもしれないが、やっぱり1人ひとりが個性を持っている。わたしは、ふと思う。1人で生まれて、また1人でこの世ともおさらばする。だったら、少なくとも、この世の中の1人にだけは、「プラスの影響」を与えたいものだ。少なくとも、「あなたと会えてよかった」「あなたのおかげで成長することができた」といった気持になってもらう。それが、すべての人に広がれば、人類同士、みんなが望ましい影響を与え合うことになる。まずは1人。それで十分に満足していいのではないか。そして、そうした評価をしてくれる人が、もう1人増えたら、さらにすばらしいと喜ぼう。そして、その輪が何人かに広がったら、これまた有頂天になろうではないか。「せっかくこの世に生まれたからには、できるだけ多くの人にプラスの影響を与えよう」。それは、たしかにそうだとは思う。けれども、庶民であるわたしたちは、それほど張り切り過ぎなくてもいいのではないか。まずは、1人だけで満足しよう。自分の存在が、他の人に望ましい影響を与えたのである。だから十分に喜んでいいじゃないか。その点で、まずは親たちが、自分の子どもたちからそうした評価をもらいたいものだ。子どもが「自分の親からいい影響を受けた」と言ってくれれば、まずは大満足するのである。少なくとも「世の中の1人」に影響を与えているのだから…。もっとも、中学生ころには、なかなかそう思ってもらえないこともある。心の発達段階からも、親子関係はむずかしくなる時期でもある。しかし、それでも親としての責任を果たし、しっかりとした人生を送っておこう。青年から成人へと成長するにしたがって、親子関係は、また新たな段階を迎えるものである。「お父さん、お母さん」といっていた子どもが話さなくなる。その子どもが、いつのころからか友だちに「おふくろ、おやじ」といいはじめる。さらに、親たちに直接にそうした呼び方をするようになったら、関係は変わっている。そのときは、「親からいい影響を受けた」と感じているはずである。(03/7/2-75) |
| 朝食物語 わたしが学生のころ、恩師が関わった調査で北部九州を回った。そんなとき泊まるのは旅館と決まっていた。もちろんホテルもあったが、当時のホテルは高級で、金持ちが利用するものだった。昭和40年代のことである。それが、いつの間にか逆転してしまった。今では、5,000円程度でも泊まれるビジネス「ホテル」もある。これに対して、旅館はかなりのお値段を取られるところが多い。とくに観光地や人気の温泉スポットなどはその傾向が強い。それにしても、ホテルでも朝食がすごく高いところが多い。大都市地区では、まともに払うと2,000円や2,500円もかかる。夕食じゃなくて朝食がである。不景気風の吹きすさぶ中、サラリーマンのお父さんたちは500円程度のランチで頑張っている。それなのに、朝飯で2,000円や2,500円も払わなければならないとは、何ともあきまへーん。それはそうとして、このごろ体験したお話。あるホテルで朝食を取りにレストランへ行った。予め和食を注文していたので、テーブルに部屋番号札と松花堂が置かれていた。わたしが席に着くなり、ウエイトレスが言う。「あちらにサラダバーがございます」。「えーっ、和食にサラダバーね?まあいいや」。そんなことを考えながら松花堂のふたを開けると、ご飯がない。そこで「ご飯は」と聞く。「はいすぐにお持ちします」。その割にすぐには来なかった。しかし、それはともあれご飯が来た。ところが、まだみそ汁がないんだな。そこで、ひょっとしたらとサラダバーの方まで行って見たが、まあ当然のことながら、みそ汁はないわな。そうなると、いやでもまた聞かざるを得ない。「みそ汁は?」「はい、すぐにお持ちします」。「あっ、そう」。そこで、「すぐに」を信じてご飯を食べ始めた。ところが、これがまた来ないんだなー。とうとう、ご飯茶碗が半分くらいになったころ。ようやく来ましたよ、みそ汁が。そんなこんなで、とうとうサラダを食べる気にもならず、朝食を終わったのでした。もうちょっとサービスを考えてよね。わたし、「朝からワクワクしたいんだから…」。(03/7/1-74) |